【実施例】
【0115】
〔1.RsptxABCDのクローニング〕
Ralstonia sp. 4506株(参考文献:Hirota et al., J. Biosci. Bioeng., Vol. 113, 445-450, 2012.)の亜リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子:RsptxDおよび亜リン酸トランスポーター遺伝子:RsptxABCを含む、RsptxABCDを、以下のようにしてクローニングを行った。
【0116】
4506株の染色体をテンプレートとして、以下のプライマーを用いてPCRを行い、約3.6kbの増幅DNAを取得した。
プライマー配列:
ptxA(-186)fw:5’−GGAATTCTAGCAGGCGTCTATATTTGGCATAG−3’(配列番号16)なお、5’末端側の「GGAATTC」はクローニングのために付加された配列である。
ptxD_rv :5'−AAGGATCCCAGATCTATCACGCCGCCTTTACTC−3’(配列番号17)なお、5’末端側の「AAGGATCC」はクローニングのために付加された配列である。
【0117】
得られたDNA断片を精製後、pGEM-Easy T-vector(プロメガ社)にクローニングした。得られたプラスミドのEcoRI消化産物を、pSTV28(タカラバイオ社)のEcoRI消化産物にライゲーションし、大腸菌DH5αに導入した。
【0118】
形質転換体からプラスミドを取得し、得られたプラスミドの中で、lacZの転写方向と同方向にRsptxABCDが挿入されているプラスミドを選択し、「RsptxABCD/pSTV28」と命名した(
図1を参照のこと。)。
【0119】
〔2.大腸菌へのRsptxABCD導入と亜リン酸培地での増殖〕
RsptxABCD/pSTV28を、リン酸および亜リン酸に対する利用能を完全に欠如させた大腸菌MT2012(参考文献:K. Motomura, et al., FEMS Microbiol. Lett., 320, 25-32 (2011))に導入した。そして、当該大腸菌MT2012を、0.5mMの亜リン酸を含むモルホリノプロパンスルホン酸平板培地:MOPS-Pt(0.5)(0.5mM phosphite、22.2mM glucose、40mM potassium morpholinopropane sulfonate[pH7.2]、50mM NaCl、9.52mM NH
4Cl、4mM Tricine、0.52mM MgCl
2、0.28mM K
2SO
4、0.01mM FeSO
4、0.0005mM CaCl
2、20μM thiamine、1.5% Agar)に塗布し、37℃でインキュベートした。
【0120】
その結果を
図2に示す。
図2(a)はRsptxABCD/pSTV28が導入されていない大腸菌MT2012の結果、
図2(b)はRsptxABCD/pSTV28が導入された大腸菌MT2012の形質転換体の結果である。
図2によれば、RsptxABCDが発現した大腸菌のみが、亜リン酸を唯一のリン源とする培地において成育することができた。つまりRsptxABCDを大腸菌に導入することによって、大腸菌の選択的培養が可能であるということが示された。
【0121】
なお、72時間後に良好な増殖を示す形質転換体のコロニーが確認された。これは、リン酸を獲得できない制限圧がある状態で長時間培養することにより、プラスミド中の遺伝子に自己変異誘導が起こり、適合性が高まったRsptxABCD変異体を持つクローンが出現した可能性が考えられた。
【0122】
そこで、MOPS-Pt(0.5)上で生育したクローンが持つプラスミドを取得し、DNA断片の全てのDNA塩基配列を決定したところ、RsptxAの開始コドンの8塩基上流に位置するG(グアニン)がA(アデニン)に変異していることを確認した。この変異はリボソーム結合領域と考えられるため、この変異によってRsptxABCDの翻訳量が適切な量に変化した結果、大腸菌に対する適合性が高まり、亜リン酸を効率良く利用できるようになったと考えられた。以後の実験においては、RsptxABCD変異体から取得したプラスミドRsptxABCDmt/pSTV28を用いた。
【0123】
〔3.シアノバクテリアSynechococcus elongates PCC7942へのRsptxABCD導入と亜リン酸培地での増殖〕
RsptxABCDmt/pSTV28をEcoRI消化し、得られたDNA断片(約3.6kb)を、S. elongates PCC7942 (以下「PCC7942株」という。)への遺伝子導入用プラスミドpNSHA(参考文献:Watanabe et al., Mol Microbiol. 2012 Feb;83(4):856-65)のEcoRIサイトに導入した。プロモーター制御とDNA断片中の遺伝子の向きが同じになっているプラスミドを選択し、RsptxABCDmt/pNSHAとした(
図3を参照のこと。)。
【0124】
RsptxABCDmt/pNSHAを用いて、以下の方法でPCC7942株を形質転換した。PCC7942株を10mLのBG−11培地(NaNO
3 :1.5g、K
2 HPO
4 :30mg、MgSO
4 ・7H
2 O:75mg、CaCl
2 ・2H
2 O:36mg、クエン酸:6mg、Na
2 ・EDTA:1mg、Na
2 CO
3 :20mg、H
3 BO
3 :2.86mg、MnCl
2 ・4H
2 O:1.81mg、ZnSO
4 ・7H
2 O:222μg、Na
2 MoO
4 ・2H
2 O:0.39mg、CuSO
4 ・5H
2 O:79μg、Co(NO
2 )
2 ・6H
2 O:49.4μg、ビタミンB
12:1μg、蒸留水:1リットル)で培養し、OD
750が0.7〜1.0程度になった後、遠心分離(6,000 rpm、5分間)で集菌し、BG−11培地1.0mLに細胞を再懸濁した。この懸濁液400μLにプラスミド5μL(100μg/mL)を加え、アルミホイルで遮光して28℃インキュベーター中でシェーカーを用いて12時間混合した。
【0125】
その後、アルミホイルを外してさらに1時間混合を続けた。この菌体混合液を、スペクチノマイシン(40μL/mL)を含むBG−11平板培地に塗布し、植物インキュベーター内(照度2000〜3000 Lux, 温度28℃)で培養を行った。培養開始から約10日後に得られたコロニーを形質転換体として以後の解析に用いた。
【0126】
上記で取得した形質転換体を、BG−11培地で培養した後、遠心分離(8,000 rpm,5分間)により菌体を沈殿させ、滅菌水で再懸濁した。この操作を3回繰り返すことで菌体懸濁液に残留するリン酸を除去した後、唯一のリン源として0.2mMの亜リン酸を含むBG−11培地に植菌し、28℃でインキュベートした。コントロールとしてpNSHAをPCC7942株に導入して取得された形質転換体を用いて同様に培養を行った。
【0127】
その結果を、
図4に示す。
図4(a)はpNSHAをPCC7942株に導入して取得された形質転換体(コントロール)の結果であり、
図4(b)はRsptxABCDmt/pNSHAをPCC7942株に導入して取得された形質転換体の結果である。
図4によれば、RsptxABCDmt/pNSHA が導入された形質転換体のみが増殖した。つまり、RsptxABCDmtが発現することによってシアノバクテリアが亜リン酸を資化できるようになったといえる。このため、RsptxABCDmtをシアノバクテリアに導入することによって、シアノバクテリアの選択的培養が可能であるということが示された。
【0128】
〔4.部位特異的変異導入によるRsPtxDのNADP利用型への改変〕
RsPtxDの175番目のアスパラギン酸をアラニンに置換した変異体(RsPtxD D175A)、RsPtxDの176番目のプロリンをアルギニンに置換した変異体(RsPtxD P176R)、並びにRsPtxDの175番目のアスパラギン酸をアラニンに置換するとともに176番目のプロリンをアルギニンに置換した変異体(RsPtxD D175A/ P176R)を取得することにした。変異体の取得方法は以下の通りである。
【0129】
まずはptxDの全長配列を取得するためのプライマー(RsPTXD−FおよびRsPTXD−R)を作製した。以下に、これらのプライマーの塩基配列を示す。
RsPTXD−F:5’−CGGGATCCGATGAAGCCCAAAGTCGTCCTC−3’(配列番号18)
RsPTXD−R:5’−CGGAATTCGCCGCCTTTACTCCCGGATAC −3’(配列番号19)
RsPTXD−FおよびRsPTXD−Rを用いて、4506株の染色体DNAを鋳型としてPCRを行い、約1kbのDNA断片を増幅した。増幅されたDNA断片を、プラスミドであるpET21b(Novagen社製)へ挿入し、RsPtxD/pET21bを作製した。
【0130】
次にRsPtxD/pET21bをテンプレートとして、以下のプライマーとPrime Star Mutagenesis Basal Kit (タカラバイオ社)を用いてPCRを行い、キットのマニュアルに従ってコンピテントセルにDNAを導入し、得られたコロニーからプラスミドを得た。なお、シークエンス解析により目的の位置に変異が導入されていることを確認した。
ptxD sdm_DM-fw:5’−TTGCGCACGTATTCCGCTCAATGCCGAA−3’(配列番号20)
ptxD sdm_DM-rv:5’−GGAATACGTGCGCAATACAAGAGATTCA−3’(配列番号21)
ptxD sdmP176R-fw:5’−TTGCGATCGTATTCCGCTCAATGCCGAA−3’(配列番号22)
ptxD sdmP176R-rv:5’−GGAATACGATCGCAATACAAGAGATTCA−3’(配列番号23)
ptxD sdmD175A-fw:5’−TTGCGCACCGATTCCGCTCAATGCCGAA−3’(配列番号24)
ptxD sdmD175A-rv:5’−GGAATCGGTGCGCAATACAAGAGATTCA−3’(配列番号25)
得られたプラスミドを大腸菌Rosetta 2(クロンテック社)に導入し、組換えタンパク質を含む細胞粗抽出液を得た。この細胞粗抽出液を用いて、NADおよびNADPを基質とした場合の亜リン酸デヒドロゲナーゼ活性を測定した。亜リン酸デヒドロゲナーゼ活性の測定方法は以下の通りである。
【0131】
上記で所得された各クローンを、4mLの2×YT液体培地に植菌し、45℃にて一晩培養した。1mLの培養液を1.5mL容量のチューブ内へ入れ、当該チューブを12000rpmにて5分間遠心分離した後、上清を捨てて菌体のペレットを得た。
【0132】
培地由来のリン酸を除くために、上記菌体のペレットを1mLのリン成分を含まないMOPS培地(MOPS(0):22.2mM glucose、40mM potassium morpholinopropane sulfonate[pH7.2]、50mM NaCl、9.52mM NH
4Cl、4mM Tricine、0.52mM
MgCl
2、0.28mM K
2SO
4、0.01mM FeSO
4、0.0005mM CaCl
2、20μM thiamine)中に懸濁し、当該懸濁液を12000rpmにて5分間遠心分離した後、上清を捨てて菌体のペレットを得た。当該洗浄操作をもう一度行った後、得られた菌体のペレットを1mLのMOPS(0)中に懸濁した後、100μLの当該懸濁液を10mLのMOPS-Pt(0.5)に植菌して、45℃にて培養した。
【0133】
24〜72時間の培養を行って、OD
600の値が1.5〜2.0に達した時に、全培養液を50mLの容量のチューブに移し、当該チューブを6000rpm、10分間の遠心分離処理にかけた。遠心分離処理の後、上清を捨てて菌体のペレットを得た。
【0134】
上記菌体のペレットを10mLのMOPS(0)に懸濁した後で、出力20%にて、10分間の超音波破砕(Digital sonifier, BRANSON)を行った。超音波破砕処理を施したMOPS(0)を超遠心分離用チューブ(Centrifuge Tubes, BECKMAN, 349622)に分注し、当該チューブを、超遠心分離機(OptimaTM TLX Ultracentrifuge, BECKMANCOULTER)にて、270,000×g、4℃、45分間の超遠心分離にかけた。
【0135】
超遠心分離後の上清を回収して、当該上清を、亜リン酸デヒドロゲナーゼ活性測定用の粗抽出液とした。当該粗抽出液(タンパク質量:10μg)、NADまたはNADP(1mM)、亜リン酸(1mM)およびMOPS−KOHbuffer(20mM、pH7.4)を含む、全量1000μLの反応液を調製し、当該反応液の温度を45℃に上昇させて反応を開始させた。所定の時間の間(0〜180分)、所定の時間間隔にて100μLずつのサンプルを採取し、各サンプルの吸光度(340nm)を測定した。亜リン酸デヒドロゲナーゼ活性は、1mgのタンパク質が単位時間あたりに生成するNADH(NADP基質の場合はNADPH)量として評価した。
【0136】
結果を
図5に示す。
図5の「WT」は変異されていないRsPtxDの結果を示し、「D175A/ P176R」はRsPtxD D175A/ P176Rの結果を示し、「D175A」はRsPtxD D175Aの結果を示し、「P176R」はRsPtxD P176Rの結果を示す。
【0137】
RsPtxDでは、NADPを基質として用いた場合よりもNADを基質として用いた場合の方が、圧倒的に亜リン酸デヒドロゲナーゼ活性が高かった(NADP/NAD=0.0785)のに対して、RsPtxD P176Rの場合はNADPを基質として用いた場合の亜リン酸デヒドロゲナーゼ活性がWTに比して高くなった。その結果、RsPtxD P176Rの場合、NADP/NAD=0.23となった。またRsPtxD D175Aの場合は、NADPを基質として用いた場合の亜リン酸デヒドロゲナーゼ活性がWTに比して高くなるとともに、NADを基質として用いた場合の亜リン酸デヒドロゲナーゼ活性がWTに比して低くなった。その結果、RsPtxD D175Aの場合、NADP/NAD=0.34となった。さらに、RsPtxD D175A/ P176Rの場合、NADを基質として用いた場合よりもNADPを基質として用いた場合の方が、亜リン酸デヒドロゲナーゼ活性が高くなった。その結果、RsPtxD D175A/ P176Rの場合、NADP/NAD=1.63となった。つまり、RsPtxD D175A/P176Rの亜リン酸デヒドロゲナーゼ活性は、WTに比して20.7倍高くなっていた。
【0138】
よって、部位特異的変異導入によって、RsPtxDのNADP利用能が向上したことが確かめられた。
【0139】
〔5.大腸菌野生株へのRsptxABCD導入と亜リン酸培地での増殖〕
上述の〔2.大腸菌へのRsptxABCD導入と亜リン酸培地での増殖〕では、リン酸および亜リン酸に対する利用能を完全に欠如させた大腸菌MT2012を用いたが、今回は、リン酸および亜リン酸に対する利用能を欠如させていない大腸菌野生株(大腸菌K−12株MG1655:以下「大腸菌MG1655」という。(Blomfield IC, et al., Mol. Microbiol. 1991, Jun;5(6):1439-45))を用いて実験を行った。
【0140】
大腸菌MG1655にRsptxABCDmt/pSTV28およびpSTV28を導入した株を作製し、4mLのMOPS-Pt(0.5)液体培地を用いて37℃で終夜培養した。得られた菌体培養液を、MOPS(0)で1回洗浄し、OD
600が1.0になるように再懸濁したものを、60mLのMOPS-Pt(0.5)培地が入った300mL三角フラスコに1%(v/v)植菌した。植菌後の培養液を37℃で培養し、経時的にOD
600の値を計測した。得られた値を培養時間に対してプロットし、菌体の比増殖速度を計測した。
【0141】
その結果を
図7に示す。
図7はRsptxABCDmt/pSTV28が導入された大腸菌MG1655の形質転換体、およびベクターpSTV28のみが導入された大腸菌MG1655の形質転換体のOD
600経時変化を示すグラフである。
【0142】
図7によれば、ベクターpSTV28のみが導入された大腸菌MG1655の形質転換体に比して、RsptxABCDmt/pSTV28が導入された大腸菌MG1655の形質転換体の方が、増殖速度が2倍以上高くなった。ここで、pSTV28のみが導入された大腸菌MG1655の形質転換体の比増殖速度は0.248h
−1であり、RsptxABCDmt/pSTV28が導入された大腸菌MG1655の形質転換体の比増殖速度は0.524h
−1であった。さらに、pSTV28のみが導入された大腸菌MG1655の形質転換体は、ラグタイム(増殖が開始するまでに必要な時間)が、RsptxABCDmt/pSTV28が導入された大腸菌MG1655の形質転換体に比べ、2倍近くかかることが分かった。これにより、仮に2つの菌が同時に存在した場合は、RsptxABCDmt/pSTV28が導入された大腸菌MG1655の形質転換体が増殖し終わった時には培地の栄養成分が枯渇し、pSTV28のみが導入された大腸菌MG1655の形質転換体は、もはや増殖が起こらないことが予想できる。よって、大腸菌野生株に対しても、RsptxABCD導入の効果が確認されたことになる。
【0143】
〔6.無殺菌培地を用いた開放系培養〕
(i)MOPS-Pt培地および三角フラスコに対して殺菌処理を施さずに培養を行ったこと、および(ii)培養時にはシリコ栓を用いず、開放系で培養を行ったこと、以外は上述の〔5.大腸菌野生株へのRsptxABCD導入と亜リン酸培地での増殖〕と同様にして実験を行った。
【0144】
培養終了時の、コンタミネーションの有無を確認するために、クロラムフェニコールを含む2×YTプレートと、クロラムフェニコールを含まない2×YTプレートとに対して、16時間後の培養液の2×10
5倍希釈液40μLをスプレッドした。このプレートを37℃で終夜培養し、出現コロニー数を計数し、比較した。
【0145】
図8は、RsptxABCDmt/pSTV28が導入された大腸菌MG1655の形質転換体を、無殺菌培地および開放系で培養した際の、大腸菌MG1655の形質転換体のOD
600の経時変化を示すグラフである。
【0146】
増殖速度(0.476h
−1)および最終到達OD
600は(1.45)、共に
図7に示す滅菌培地を使用した場合と略同等であった。またクロラムフェニコールを含まない培地におけるコロニー数(308±28個/プレート)と、クロラムフェニコールを含む培地におけるコロニー数(315±14個/プレート)との間に有意差は見られなかった。クロラムフェニコールを含む培地では、RsptxABCDmt/pSTV28が導入された大腸菌MG1655の形質転換体が増殖できるが、雑菌(目的外の微生物)は増殖できない。クロラムフェニコールを含まない培地では、RsptxABCDmt/pSTV28が導入された大腸菌MG1655の形質転換体と雑菌の両方が増殖し得る。もし、雑菌が増えれば、クロラムフェニコールを含まない培地におけるコロニー数が、クロラムフェニコールを含む培地に比べ、10倍以上に増えることが考えられる。この結果は、無殺菌培地を用いた開放系で培養を行った場合であっても、コンタミネーションがほとんど起こっていないということを意味する。
【0147】
〔7.継代によるプラスミド保持の安定性〕
RsptxABCDmt/pSTV28が導入された大腸菌MG1655の形質転換体を、MOPS-Pt (0.5)で約12時間培養し、増殖した後に、新しいMOPS-Pt(0.5)に再び1%(v/v)植菌するという植え継ぎ操作を10回繰り返した。
【0148】
得られた菌体(OD
600=1.0で1.0mL相当量)からアルカリ−SDS法によりプラスミドDNAを抽出し、40μLの滅菌水に溶解させた。このプラスミドDNA溶液2μLをアガロースゲル電気泳動により分離後、エチジウムブロマイドで染色し、可視化した。
【0149】
この時のアガロースゲル電気泳動像を
図9に示す。10回継代培養を行ったが、プラスミドDNAのバンドの濃度にほとんど変化が見られず、菌体内のプラスミドDNA量はほとんど変化していないことが分かった。よって、菌体内のプラスミドDNAは、安定に保持されていると考えられる。このため、本発明の選択的培養方法は、安定的に実施することができるということが確認できた。
【0150】
〔8.継代によるプラスミド保持の安定性−2〕
RsptxABCDmt/pSTV28をEcoRI消化し、得られたDNA断片(約3.6kb)を、pUC118(タカラバイオ社)のEcoRIサイトに導入した。プロモーター制御とDNA断片中の遺伝子の向きが同じになっているプラスミドを選択し、RsptxABCDmt/pUC118とした(
図10を参照のこと。)。
【0151】
RsptxABCDmt/pUC118を大腸菌MG1655に導入し、当該大腸菌MG1655を2×YTプレート(アンピシリンを含む)上に塗布し、37℃にて一晩培養した。得られた大腸菌MG1655の形質転換体のシングルコロニーを2xYT液体培地(アンピシリン50mg/Lを含む)に植菌し、37℃にて一晩培養し前培養液を作製した。当該前培養液1.0mLを遠心分離して菌体と培養液を分離し、培地由来のリン酸を除くために、上記菌体のペレットを1mLのリン成分を含まないMOPS(0)に再懸濁した。この菌体懸濁液0.04mLを、4.0mLのMOPS培地に加えた。上記MOPS培地としては、リン酸(0.5mM)を唯一のリン源として含むMOPS培地(MOPS-Pi, Amp(-):22.2mM glucose、40mM potassium morpholinopropane sulfonate[pH7.2]、50mM NaCl、9.52mM NH
4Cl、4mM Tricine、0.5mM K
2HPO
4、0.52mM MgCl
2、0.28mM K
2SO
4、0.01mM FeSO
4、0.0005mM CaCl
2、20μM thiamine)、リン酸(0.5mM)を唯一のリン源として含み、さらにアンピシリンを含むMOPS培地(MOPS-Pi, Amp(+):22.2mM glucose、40mM potassium morpholinopropane sulfonate[pH7.2]、50mM NaCl、9.52mM NH
4Cl、4mM Tricine、0.5mM K
2HPO
4、0.52mM MgCl
2、0.28mM K
2SO
4、0.01mM FeSO
4、0.0005mM CaCl
2、20μM thiamine、50mg/L ampicillin)、亜リン酸(0.5mM)を唯一のリン源として含むMOPS培地(MOPS-Pt(0.5):組成は上述の〔2.大腸菌へのRsptxABCD導入と亜リン酸培地での増殖〕を参照)の3つの培地を用意した。
【0152】
大腸菌MG1655の形質転換体をそれぞれの培地で一晩培養し、増殖した後に、それぞれ新しい培地に再び1%(v/v)植菌するという植え継ぎ操作を5回繰り返した。
【0153】
初代培養後、および2〜6回継代培養後には毎回、得られた菌体(約1×10
8細胞)からアルカリ−SDS法によりプラスミドDNAを抽出し、40μLの滅菌水に溶解させた。このプラスミドDNA溶液5μLをアガロースゲル電気泳動により分離後、エチジウムブロマイドで染色し、可視化した。
【0154】
図11は、RsptxABCDmt/pUC118が導入された大腸菌MG1655の形質転換体(初代培養後、および2〜6回継代培養後)から調製したプラスミドDNAについて、アガロースゲル電気泳動を行った結果を示す写真図、および、上記形質転換体に含まれるプラスミドの含有量の継代培養による変化を示すグラフである。グラフの横軸は継代数であり、写真図の各バンドも当該継代数に対応している。つまり、写真図の最も左のバンドは初代培養後のバンドである。グラフは初代培養後のプラスミドの含有量を100%とした場合の変化を表している。
図11の(a)は上記形質転換体を、MOPS-Pi, Amp(+)上で培養した結果であり、(b)はMOPS-Pi, Amp(-)上で培養した結果であり、(c)はMOPS-Pt上で培養した結果である。
【0155】
MOPS-Pi培地にて培養した菌体では、アンピシリンが含まれているか否かにかかわらず、継代培養を重ねるごとにプラスミドの含有量が減少した。これは、プラスミドから発現するアンピシリン分解酵素(アンピシリン耐性に関与する)が、培地のアンピシリンを分解してしまうため、プラスミドの脱落した大腸菌の割合が増えたと考えられる。一方、MOPS-Pt培地にて培養した菌体では、6回継代培養を行ったが、プラスミドDNAのバンドの濃度にほとんど変化が見られず、MOPS-Pi培地にて培養した場合に比べて菌体内のプラスミドDNA量はほとんど変化していないことが分かった。
【0156】
図12は、
図11の(a)、(b)および(c)における結果を、上記形質転換体に含まれるプラスミドの含有量(μg/mL/OD
600)の継代培養による変化として示すグラフである。プラスミドDNA含有量は以下のようにして決定した。得られたプラスミドDNA溶液を適宜希釈し、光路長1.0cmのセルを用いて260nmの吸光度を分光光度計により測定し、得られた値に希釈倍率とDNA濃度係数(50μg/mL)を乗じて得られたプラスミドDNA溶液のDNA濃度を算出した。菌体濃度(OD
600)が1.0の培養液1.0mL相当の菌体から抽出したプラスミドDNA濃度をプラスミド含有量(μg/mL/OD
600)とした。
【0157】
図12より、MOPS-Pt培地にて培養した菌体では、MOPS-Pi培地にて培養した場合に比べてプラスミドDNA量の変化が小さいだけではなく、プラスミドが高コピー数にて保持されていることがわかる。つまり、本発明の選択的培養方法は、抗生物質を用いること無くプラスミドを高コピー数にて安定的に保持できるという点でも優れているということが確認できた。
【0158】
〔9.競合株存在下における、ptxDが導入された大腸菌の選択的培養〕
コンタミネーションが起こった場合を想定し、競合株存在下におけるptxDが導入された大腸菌(以下、ptxD導入株ともいう)の生育について調べた。ptxD導入株としてはアンピシリン耐性を有するMG1655を使用し、競合株としてはカナマイシン耐性を有する大腸菌MG1655(yjbB::Kmr)を使用した。なお、上記ptxD導入株は、〔8.継代によるプラスミド保持の安定性−2〕に記載した方法によって得られた。
【0159】
上記ptxD導入株と上記競合株とを、亜リン酸(0.5mM)を唯一のリン源として含むMOPS培地(MOPS-Pt(0.5):組成は上述の〔2.大腸菌へのRsptxABCD導入と亜リン酸培地での増殖〕を参照)に混合植菌し、37℃で15時間培養した。上記培養は、混合植菌時の総菌体数に対するptxD導入株の割合を10%、20%、30%、40%、50%、60%、70%、80%、90%として競合株とともに植菌したMOPS-Pt(0.5)培地をそれぞれ用意して行われた。なお以下では、総菌体数に対するptxD導入株および競合株の割合をそれぞれ単に「ptxD導入株の割合」及び「競合株の割合」と称する。各MOPS-Pt(0.5)培地における総菌体数は4.0×10
6であった。
【0160】
各MOPS-Pt(0.5)培地から得られた培養物を、アンピシリンを含むLB培地およびカナマイシンを含むLB培地にそれぞれプレーティングし、37℃で10時間培養し、出現したコロニー数からptxD導入株および競合株の菌体数を決定した。つまり、アンピシリンを含むLB培地からptxD導入株の菌体数を決定し、カナマイシンを含むLB培地から競合株の菌体数を決定した。アンピシリンを含むLB培地における菌体数(cfu)をAとし、カナマイシンを含むLB培地における菌体数(cfu)をKとすると、培養終了時のptxD導入株の割合D(%)は以下の式で表される。
【0161】
D={A/(A+K)}×100
図13は、培養前および培養後におけるptxD導入株の割合の変化を示す図である。
図13(a)は培養前のptxD導入株の割合を示し、
図13(b)は培養後のptxD導入株の割合を示している。
図13の横軸の番号は培地の対応関係を示しており、
図13(a)および(b)において同じ番号が付されているデータは同じ培地に由来することを示している。各バーに付された数値はptxD導入株の細胞数を示している。培養前のptxD導入株の割合が20〜90%であった場合、培養後のptxD導入株の割合は95%以上であった。また、培養前のptxD導入株の割合が10%であった場合においても、培養後のptxD導入株の割合は90%程度に達した。つまり、本発明の選択的培養方法は、コンタミネーション等により競合株が存在する場合であっても、ptxD導入株を優先的に培養することができるという点で優れていることが確認できた。
【0162】
〔10.酵母の亜リン酸資化能力の判定〕
目的酵母菌株にptxDを導入して選択的に増殖させるためには、宿主が亜リン酸資化能力を有していないことが前提となる。そこで、分裂酵母に亜リン酸資化能力があるかどうか調べた。
【0163】
菌株は、分裂酵母Schizosaccharomyces pombe (Sz. pombe) L972株(h-)、同L975株(h+)(いずれも野生型株)を用いた。前培養ではYeast extract-Peptone-Dextrose (YPD)培地 (1.0% yeast extract, 2.0% peptone, 2% glucose) を用い、上記酵母菌株を30℃で24時間培養した。得られた菌体培養液1mLをマイクロチューブに移し、遠心分離(3,000×g、3分)により菌体を沈殿させた。上記マイクロチューブから上清を除いた後、滅菌水1mLで懸濁し、再度遠心分離を行い、菌体を沈殿させた。この操作を3回繰り返し、菌体の洗浄を行った。この後、菌体濃度がOD600値で1.0になるように、滅菌水を用いて菌体懸濁液の濃度を調整した。
【0164】
この菌体懸濁液40μLを、4mLのEdinburgh minimal medium (EMM2)最少培地(Forsburg S.& Rhind N., Yeast, 23:173-183, 2006)を用いた培地に植菌し、28℃で培養した。亜リン酸資化能力を判定するにあたり、上記培地として、リン源無しの培地(none)、リン酸をリン源とした培地(Pi)、および、亜リン酸をリン源とした培地(Pt)の3種類を作製し、試験に用いた。なお、上記3種類の培地のそれぞれについて、固体培地と液体培地とを作製した。
【0165】
以下に上記培地の作製方法を示す。寒天を使用した固体培地の作製については、寒天中に含まれる微量のリン酸を取り除くため、洗浄操作を施した寒天を用いた。例えば50mLの固体培地を作製する場合、遠沈管に1.2gの精製寒天末および脱イオン水50mLを入れ、5分間転倒混和させた後、1,500rpm×3分で遠心分離し、寒天を沈殿させ上清を捨てた。この操作を3回繰り返し、寒天を培地の作製に使用した。リン酸溶液および亜リン酸溶液は濃度1M、pH7.0で調製し、フィルター濾過により滅菌処理を行った。EMM2培地を用いた全ての培地において、リン源を除く成分をオートクレーブした。その後、リン酸溶液または亜リン酸溶液を終濃度が15mMとなるようにEMM2培地に添加し、リン酸をリン源とした培地、および、亜リン酸をリン源とした培地を作製した。
【0166】
結果を
図14および15に示す。
図14は、Sz. pombeのL972株およびL975株を、液体培地において40時間培養した結果を示すグラフである。「none」はリン源無しの培地、「Pi」はリン酸をリン源とした培地、「Pt」は亜リン酸をリン源とした培地において培養した結果である。
図15は、L972株およびL975株を、固体培地において4日培養した結果を示す写真図である。
図15(a)はリン酸をリン源とした培地(Pi)、
図15(b)は亜リン酸をリン源とした培地(Pt)において培養した結果である。分裂酵母はリン酸をリン源とした最少培地では増殖を示した。一方、亜リン酸をリン源とした培地では増殖しなかった。液体培養および固体培養のどちらにおいても同様の結果が得られた。培養時間を延長しても結果は同様であった。以上のことから分裂酵母は亜リン酸をリン源として利用できないことが明らかになった。
【0167】
〔11.分裂酵母へのptxDの導入と亜リン酸依存的増殖〕
前述のように分裂酵母は亜リン酸を利用できないことが明らかになったため、ptxDを酵母株に導入し機能的に発現させることができれば、亜リン酸を唯一のリン源として生育させることができる可能性がある。本実験においては、分裂酵母において2種類のバクテリア由来のptxD遺伝子を導入し、亜リン酸を利用することができるか検討した。
【0168】
(11−1.PtxD発現プラスミドの作製)
発現プラスミドの作製には、Sz. pombeにおけるタンパク質発現システムとして知られるpDUALベクターを用いた(Matsuyama A. et al, Yeast, 21: 1289-1305, 2004)。本ベクターには、プロモーターの強度が高(HFF1)、中(HFF41)、低(HFF81)の3つの異なる種類のプラスミドがあり、これらを用いた発現株を構築することにより、PtxD発現強度と増殖との関係について知見が得られると考えた。
【0169】
PtxD発現プラスミドの作製は、In-Fusion HD Cloning System (タカラバイオ社製)を用いて行った。まず、Ralstonia sp. 4506株由来のptxD(RsptxD、配列番号2)を、Ralstonia sp. 4506株の染色体DNAをテンプレートとして下記プライマーを用いたPCR反応により増幅した。
pombe_RsptxD IF fw:5’−caccatcatcatatgAAGCCCAAAGTCGTCCTCAC−3’(配列番号26)
pombe_RsptxD IF rv:5’−atcatccttataatcTCACGCCGCCTTTACTCCCG−3’ (配列番号27)
また、同様にPseudomonas stutzeri由来のptxD(PsptxD、配列番号28)を、P. stutzeriの染色体DNAをテンプレートとして下記プライマーを用いたPCR反応により増幅した(配列番号28の塩基配列によってコードされているタンパク質のアミノ酸配列を配列番号29に示す)。
pombe_PsptxD IF fw:5’−caccatcatcatatgCTGCCGAAACTCGTTATAAC−3’(配列番号30)
pombe_PsptxD IF rv:5’−atcatccttataatcTCAACATGCGGCAGGCTCGGC−3’(配列番号31)
小文字の配列部分はIn-Fusion Cloning反応において必要となる15塩基の付加配列を意味する。
【0170】
また、ベクターDNAとして、pDUAL-HFF1、pDUAL-HFF41、pDUAL-HFF81をテンプレートとして下記プライマーを用いたPCR反応を行い、増幅した約7kbのDNA断片を線状化ベクターとして反応に用いた。
pDUAL_rv:5’−CATATGATGATGGTGGTGATGCATAG−3’(配列番号32)
pDUAL_fw:5’−GATTATAAGGATGATGACGATAAAC−3’(配列番号33)
得られたDNA断片を精製し、キットの説明に従って反応を行い、反応産物で大腸菌DH5aを形質転換して目的クローンを得た。得られたプラスミドのptxD配列は、DYEnamic ET Terminator(アプライドバイオシステムズ社製)を用いて塩基配列を決定し、目的DNA配列が正しく導入されていることを確認した。具体的な方法は、DYEnamic ET Terminatorに添付のプロトコールに従った。以上の操作により、RsPtxD/HFF1、RsPtxD/HFF41、RsPtxD/HFF81、PsPtxD/HFF1、PsPtxD/HFF41、PsPtxD/HFF81、計6種類のPtxD発現プラスミドを構築した。
【0171】
(11−2.PtxD発現プラスミドの導入(染色体導入型))
作製したPtxD発現プラスミドのSz. pombe染色体への導入は、線状化プラスミドを用いた酢酸リチウム法により行った。本方法では、ゲノム上に1コピーで目的遺伝子が挿入されるため、上記3種類のプロモーターの強度による影響を比較することが可能となる。
【0172】
具体的には、下記手順に従って形質転換を行った。まず、4mLのYE(5S)液体培地(3% glucose、0.5% yeast extractsに終濃度100μg/mLで硫酸アデニン、ウラシル、ロイシン、ヒスチジン-HCl、およびリジンをそれぞれ溶解させたもの)で対象株Sz. pombe 635株(leu1-32)を終夜培養し、OD600=0.5程度の培養液を遠心分離し、菌体を沈殿させた。ピペットで上清を除去し、細胞を滅菌水で洗浄した。再度遠心分離を行い、上清を捨て、0.3mLの酢酸リチウム溶液(0.1M Lithium-acetate, TE (10mM Tris-HCl, 1mM EDTA) pH 7.5)に懸濁した。これを再び遠心し、酢酸リチウム溶液を取り除き、0.3mLの酢酸リチウム溶液に細胞を懸濁した。この細胞懸濁液100μLに、制限酵素NotIで処理して線状化したプラスミドDNA溶液(<10μL、約1μg)をCarrier DNA (サケ精子DNA)2μLとともに混合し、室温で10分間静置した。その後、50%PEG(polyethylene glycol (average MW 3350) 50% (w/v) in water)を260μL加えて混合し、60分間室温で静置した。その後、43μLのDMSOを加えてよく混ぜた後、42℃で5分インキュベートした。この細胞を上記と同様に滅菌水で2回洗浄し、0.3mLの滅菌水に懸濁した。当該細胞懸濁液0.1mLを亜リン酸またはリン酸をリン源としたEMM2固体培地(Leu
-)にプレーティングした。30℃で3〜5日程度培養し、形質転換体を得た。
【0173】
(11−3.ptxD導入Sz. pombeの亜リン酸培地における増殖)
得られた形質転換体のコロニーをYPD培地に植菌し、終夜培養した。この培養液を〔10.酵母の亜リン酸資化能力の判定〕の項と同様に洗浄し、菌体懸濁液を作製した。この菌体懸濁液40μLを亜リン酸またはリン酸をリン源とするEMM2培地(4mL)に植菌して28℃で培養を行い、経時的にOD600値を計測した。
【0174】
結果を
図16および17に示す。
図16は、Sz. pombeの形質転換体を固体培地において培養した結果を示す写真図である。
図16(a)はリン酸をリン源とした培地(Pi)、
図16(b)は亜リン酸をリン源とした培地(Pt)において培養した結果である。
図17は、Sz. pombeの形質転換体を液体培地において培養した結果を示すグラフである。
図17(a)はリン酸をリン源とした培地(Pi)、
図17(b)は亜リン酸をリン源とした培地(Pt)において培養した結果である。なお、「Rs−1」はRsPtxD/HFF1導入株、「Rs−41」はRsPtxD/HFF41導入株、「Rs−81」はRsPtxD/HFF81導入株、「Ps−1」はPsPtxD/HFF1導入株、「Ps−41」はPsPtxD/HFF41導入株、「Ps−81」は、PsPtxD/HFF81導入株、「Control」はpDUAL-HFF41導入株を表す。
【0175】
HFF1プロモーター制御下でRsPtxDおよびPsPtxDを発現するSz. pombeは、亜リン酸をリン源とした培地において培養4日ほどで生育を示した(
図16(b))。一方、コントロールプラスミドを導入した株は生育を示さなかった。HFF41、HFF81制御下のコンストラクトでは培養期間を延長することで弱い生育が観察された。以上の結果から、分裂酵母においてPtxDを発現させることで亜リン酸をリン源として増殖することが可能であることが明らかとなった。
【0176】
液体培養においても、同様にHFF1プロモーター制御下でRsPtxDおよびPsPtxDを発現するSz. pombeは亜リン酸をリン源とした培地で良好な増殖を示した(
図17(b))。最終到達ODはリン酸を用いたときとほぼ遜色ないレベルであった。HFF41制御下の発現系においてもHFF1制御下の場合には劣るが、増殖が見られた。なお、〔4.部位特異的変異導入によるRsPtxDのNADP利用型への改変〕に記載の測定方法によって、細胞粗抽出液のPtxD活性を測定したところ、プロモーターの強度とPtxD活性は比例関係にあった。以上の結果から、亜リン酸依存的な増殖はPtxDの発現強度に依存している事が明らかになった。
【0177】
液体培養における増殖特性において、RsPtxDまたはPsPtxDのどちらを用いた場合も、同程度の生育が見られたことから、両者の機能に大きな差は無いと考えられる。
【0178】
以上のように、ptxDの導入によってSz. pombeは本来利用することのできない亜リン酸を利用して生育することができた。すなわち、PtxDがSz. pombeのマーカーとして利用できる可能性が示された。また、亜リン酸依存的な増殖速度はPtxDの発現強度に依存している事が明らかになった。さらに2種類のPtxD(Ralstonia sp. 4506由来PtxD (RsPtxD)、Pseudomonas sp.由来PtxD(PsPtxD))のどちらも同様の効果があることが明らかになった。
【0179】
〔12.ptxD導入プラスミドを保持した分裂酵母の選択的培養〕
PtxDをマーカーとして利用する場合、プラスミドに導入して利用するケースが想定される。そこで、PtxD発現プラスミドを細胞内で保持させた場合に機能的に作用するか、また、PtxD発現プラスミドで形質転換された株が、亜リン酸最少培地で選択的にスクリーニングできるか調べた。
【0180】
使用菌株には、Sz. pombe KSP632(ura4-D18)、プラスミドは(11−1.PtxD発現プラスミドの作製)で作製したRsPtxD/HFF1、コントロールプラスミドとしてpDUAL-HFF1を使用した。プラスミドによる菌株の形質転換は、制限酵素処理とCarrier DNAの使用が不要である点を除いては、(11−2.PtxD発現プラスミドの導入(染色体導入型))と同様に操作を行った。形質転換操作後の菌体溶液は、リン源無しの培地(none)、リン酸をリン源とした培地(Pi)、および、亜リン酸をリン源とした培地(Pt)の3種類のEMM2固体培地にプレーティングし、28℃で7日間培養した。
【0181】
結果を
図18に示す。
図18(a)はコントロールプラスミドを導入した形質転換体における結果、
図18(b)はRsPtxD/HFF1プラスミドを導入した形質転換体における結果を示す写真図である。
図18(a)および(b)のそれぞれにおいて、(i)はリン源無しの培地(none)、(ii)はリン酸をリン源とした培地(Pi)、(iii)は亜リン酸をリン源とした培地(Pt)における結果を示す。また、(iv)、(v)および(vi)はそれぞれ(i)、(ii)および(iii)の拡大図である。
【0182】
コントロールプラスミドおよびRsPtxD/HFF1プラスミドを導入した分裂酵母は、どちらもリン酸をリン源としたEMM2プレートではコロニーを形成した(
図18(a)の(ii)および
図18(b)の(ii))。このことから、それぞれのプラスミドが目的菌株に形質転換されていることが確認された。しかし、亜リン酸をリン源としたプレートにおいてはコントロールプラスミドを導入した株は全く生育できない一方、RsptxDを導入した株はコロニーを形成した(
図18(a)の(iii)および
図18(b)の(iii))。
【0183】
このことから、ptxDを導入することで、形質転換体をプレート上で容易に判別できることが明らかとなった。また、RsPtxD/HFF41を用いた場合でもわずかではあるが形質転換体が得られた(データ示さず)。このことは、弱いプロモーターを用いた場合でも、亜リン酸資化能力を発揮するために十分なタンパク質発現量を確保できるコピー数のptxDがあれば、亜リン酸依存的な生育が可能であることを意味している。以上の結果から、ptxDは酵母の有用な選択マーカーとして利用できることが示された。
【0184】
〔13.競合株存在下における、ptxDが導入された大腸菌の選択的培養−2〕
コンタミネーションが起こった場合を想定し、競合株存在下におけるptxDが導入された大腸菌の生育について調べた。ptxD導入株としてはアンピシリン耐性を有するMG1655を使用し、競合株としては亜リン酸を利用しないBacillus subtilisを使用した。なお、上記ptxD導入株は、〔8.継代によるプラスミド保持の安定性−2〕に記載した方法によって得られた。
【0185】
上記ptxD導入株と上記競合株とを、亜リン酸(0.5mM)を唯一のリン源として含むMOPS培地(MOPS-Pt(0.5):組成は上述の〔2.大腸菌へのRsptxABCD導入と亜リン酸培地での増殖〕を参照)に混合植菌し、37℃で15時間培養した。上記培養は、混合植菌時の総菌体数に対するptxD導入株の割合を2.9%、13.4%、24.6%、42.4%、55.8%、66.2%、74.6%、81.5%、87.3%、92.2%、96.4%としてB.subtilisとともに植菌したMOPS-Pt(0.5)培地をそれぞれ用意して行われた。なお以下では、総菌体数に対するptxD導入株および競合株の割合をそれぞれ単に「ptxD導入株の割合」及び「競合株の割合」と称する。各MOPS-Pt(0.5)培地における総菌体数は1.4×10
6〜3.7×10
6の間であった。
【0186】
各MOPS-Pt(0.5)培地から得られた培養物を、アンピシリンを含むLB培地および通常のLB培地にそれぞれプレーティングし、37℃で10時間培養し、出現したコロニー数からptxD導入株および競合株の菌体数を決定した。B. subtilisのコロニーは、その形態から明確に大腸菌のコロニーと区別できたため、LB培地上でのコロニーを計数する事で測定した。つまり、アンピシリンを含むLB培地からptxD導入株の菌体数を決定し、通常のLB培地から競合株の菌体数を決定した。アンピシリンを含むLB培地における菌体数(cfu)をAとし、通常のLB培地におけるB. subtilisの菌体数(cfu)をBとすると、培養終了時のptxD導入株の割合D(%)は以下の式で表される。
【0187】
D={A/(A+B)}×100
表1は、培養前および培養後におけるptxD導入株およびB. subtilisの菌体数および割合の変化を示す。
【0188】
【表1】
【0189】
図19は、培養前および培養後におけるptxD導入株の割合の変化を示す図である。つまり
図19は表1に示される実験結果を図として表したものである。
図19(a)は培養前のptxD導入株の割合を示し、
図19(b)は培養後のptxD導入株の割合を示している。
図19の横軸の番号は培地の対応関係を示しており、表1、
図19(a)および(b)において同じ番号が付されているデータは同じ培地に由来することを示している。各バーに付された数値はptxD導入株の細胞数を示している。いずれの条件においても、培養後のptxD導入株の割合は99%以上に達した。つまり、本発明のptxD導入株の選択的培養方法は、他種微生物の増殖を長期に防ぐことができることが確認できた。
【0190】
〔14.競合株存在下における、ptxDが導入された大腸菌の選択的培養−3〕
上述の〔13.競合株存在下における、ptxDが導入された大腸菌の選択的培養−2〕の表1の11番と同様の条件で、長期間にわたる選択的培養について調べた。つまり、ptxD導入株3%、B. subtilis97%(総菌体数1.5×10
6)を、亜リン酸(0.5mM)を唯一のリン源として含むMOPS培地(MOPS-Pt(0.5):組成は上述の〔2.大腸菌へのRsptxABCD導入と亜リン酸培地での増殖〕を参照)に混合植菌し、37℃で0時間、24時間、48時間または72時間培養した。菌体数の測定方法は、上述の〔13.競合株存在下における、ptxDが導入された大腸菌の選択的培養−2〕と同様である。
【0191】
結果を表2に示す。
【0192】
【表2】
【0193】
また、
図20は、表2に示される実験結果を図として表したものである。当該実験により、亜リン酸利用能が無い競合株が30倍以上の割合で持ち込まれた状態で長期間培養しても、競合株は増殖せず、ptxD導入株のみが選択的に増殖することが確認できた。
【0194】
本発明は、以上説示した各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態や実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態や実施例についても本発明の技術的範囲に含まれる。