【課題】 燃焼化学反応が非平衡状態の燃焼流れである数値解析に適用できるとともに、それに伴う計算負荷の増加を抑制することができる、燃焼流れ数値解析プログラムおよび燃焼流れ数値解析方法を提供する。
【解決手段】 所定の前記保存スカラー量を用いて熱平衡状態における温度、熱平衡状態における密度および質量燃焼速度を含む化学反応条件を化学反応条件データベース42に記憶させる化学反応条件データベース作成手段6と、瞬時・局所保存スカラー量を取得する瞬時・局所保存スカラー量取得手段7と、瞬時・局所化学反応条件を算出する瞬時・局所化学反応条件算出手段8と、指標スカラー量の保存方程式および瞬時・局所化学反応条件を用いて瞬時・局所物性値を算出する瞬時・局所物性値算出手段9と、燃料、酸化剤および燃焼混合気の燃焼を伴う流れを数値解析する燃焼流れ解析手段10とを有する。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明に係る燃焼流れ数値解析プログラムおよび燃焼流れ数値解析方法の一実施形態について図面を用いて説明する。
図1は、本実施形態における燃焼流れ数値解析プログラム1aを備えたコンピュータ1の構成を示すブロック図である。
【0017】
本実施形態におけるコンピュータ1は、主として、入力手段2、表示手段3、記憶手段4および演算処理手段5から構成されている。
【0018】
入力手段2は、テキストや数値を入力する操作キー、操作マウス等からなる。本実施形態においては、燃焼流れ数値解析プログラム1aを実行する際に用いられる初期条件、設定条件等の数値の入力操作等に用いることができるようになっている。
【0019】
表示手段3は、画像やテキストデータを表示する液晶ディスプレーやCRTディスプレー、タッチパネル等からなり、燃焼流れ数値解析プログラム1aにおけるユーザーインターフェースとして、入力手段2により入力された内容や解析結果等を表示できるようになっている。
【0020】
記憶手段4は、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、ハードディスク、フラッシュメモリ等によって構成されており、各種のデータを記憶するとともに、演算処理手段5が演算を行う際のワーキングエリアとして機能するものである。
【0021】
本実施形態において、記憶手段4は、
図1に示すように、主として、燃焼流れ数値解析プログラム1aを記憶するプログラム記憶部41と、後述する演算処理手段5の化学反応条件データベース作成手段6により取得された化学反応条件を記憶させておく化学反応条件データベース42とを有する。
【0022】
プログラム記憶部41には、本実施形態の燃焼流れ数値解析プログラム1aがインストールされている。そして、演算処理手段5が、前記燃焼流れ数値解析プログラム1aを実行し、コンピュータ1等を後述する各構成部として機能させるようになっている。
【0023】
なお、燃焼流れ数値解析プログラム1aの利用形態は、上記構成に限られるものではない。例えば、CD−ROMやUSBメモリ等のように、コンピュータ1で読み取り可能な非一時的な記録媒体に燃焼流れ数値解析プログラム1aを記憶させておき、この記録媒体から直接読み出して実行してもよい。また、外部サーバ等からクラウドコンピューティング方式やASP(application service provider)方式等で利用してもよい。
【0024】
演算処理手段5は、CPU(Central Processing Unit)等から構成されており、記憶手段4にインストールされた燃焼流れ数値解析プログラム1aを実行させることにより、
図1に示すように、化学反応条件データベース作成手段6、瞬時・局所保存スカラー量取得手段7、瞬時・局所化学反応条件算出手段8、瞬時・局所物性値算出手段9および燃焼流れ解析手段10としてコンピュータ1を機能させるようになっている。以下、演算処理手段5の各構成部について説明する。
【0025】
化学反応条件データベース作成手段6は、燃料、酸化剤およびそれらを混合した燃焼混合気における各化学組成に基づいて設定される複数の保存スカラー量を用いて、化学反応条件を取得し、その化学反応条件を記憶手段4の化学反応条件データベース42に保存するものである。
【0026】
本実施形態における化学反応条件は、後述する瞬時・局所物性値算出手段9において、燃焼反応の非平衡状態を表す指標スカラー量Gに基づき燃焼場における瞬時かつ局所の物性値を算出可能とするため、熱平衡状態の温度、熱平衡状態の密度および質量燃焼速度が含まれている。なお、化学反応条件は、熱平衡状態の温度、熱平衡状態の密度および質量燃焼速度に限定されるものではなく、必要に応じて化学種分率等が含まれていてもよい。
【0027】
本実施形態における化学反応条件データベース作成手段6は、
図1に示すように、保存スカラー量設定部61と、保存スカラー量組合せ設定部62と、化学反応条件取得部63と、データベース作成部64とを有する。
【0028】
保存スカラー量設定部61は、複数の保存スカラー量を設定するものである。燃焼反応において一般的に炭素分子、水素分子は酸化され、燃料として働く。そのため混合気体中の炭素Cと水素Hを燃料、酸素Oと窒素Nを酸化剤とみなすと、燃料と酸化剤を流入気体ではなく元素で区別できる。この考えに基づくと、混合気中の燃料の質量分率ξ、混合気体の正規化エンタルピξ
h、燃料中の炭素の割合ξ
c、酸化剤中の酸素の割合ξ
oを用いることで一般的な火炎構造を表すことができる。
【0029】
よって、本実施形態では、保存スカラー量として、混合気中の燃料の質量分率ξ、混合気体の正規化エンタルピξ
h、燃料中の炭素の割合ξ
c、酸化剤中の酸素の割合ξ
oが設定されている。以下、各保存スカラー量について説明する。
【0030】
混合気中の燃料の質量分率ξは、燃料に含まれる炭素Cおよび水素Hの質量保存則に基づき設定されるものであり、燃料に含まれる炭素Cの質量分率Z
Cと、燃料に含まれる水素Hの質量分率Z
Hとの和により、以下の式(1)により表される。
・・・式(1)
また、燃料の質量分率ξをξ=Z
C+Z
H=Zとして置き換えると、燃料の質量分率ξの保存方程式は、以下の(2)により表される。
・・・式(2)
【0031】
このとき、混合気中の燃料の質量分率ξは以下の式(3)に示す範囲で定義される。
・・・式(3)
これにより、混合気中の燃料の質量分率ξは、以下の式(4)および式(5)の制限が設けられる。
のとき
・・・式(4)
のとき
・・・式(5)
【0032】
混合気体の正規化エンタルピξ
hは、エンタルピの基準値h
l、h
h(h
l>h
h)を用いて無次元化された、以下の式(6)により表される。
・・・式(6)
また、エンタルピhの簡略化された保存方程式は、以下の式(7)により表される。
・・・式(7)
【0033】
このとき、混合気体の正規化エンタルピξ
hの最大値をξ
h,max、最小値をξ
h,minとすると、混合気体の正規化エンタルピξ
hは、以下の式(8)に示す範囲で定義される。
・・・式(8)
これにより、混合気体の正規化エンタルピξ
hは、以下の式(9)および式(10)の制限が設けられる。
のとき
・・・式(9)
のとき
・・・式(10)
【0034】
燃料中の炭素割合ξ
cは、混合気中の燃料の質量分率ξと燃料中の炭素Cの質量分率Z
cとの比として、以下の式(11)により表される。
・・・式(11)
また、燃料中の炭素割合Z
cの保存方程式は、以下の式(12)により表される。
・・・式(12)
【0035】
このとき、燃料の組成によって決まる燃料中の炭素割合ξ
cの最大値をξ
c,max、最小値をξ
c,minとすると、燃料中の炭素割合ξ
cは以下の式(13)に示す範囲で定義される。
・・・式(13)
これにより、燃料中の炭素割合ξ
cは、以下の式(14)および式(15)の制限が設けられる。
のとき
・・・式(14)
のとき
・・・式(15)
【0036】
酸化剤中の酸素の割合ξ
oは、酸化剤である酸素と窒素の質量分率の和であるZ
O+Z
N(=1−ξ)と、酸素の質量分率Z
Oとの比として、以下の式(16)により表される。
・・・式(16)
また、酸素の質量分率Z
Oの保存方程式は、以下の式(17)により表される。
・・・式(17)
【0037】
このとき、燃料の組成によって決まる酸化剤中の酸素割合ξ
Oの最大値をξ
O,max、最小値をξ
O,minとすると、酸化剤中の酸素の割合ξ
oは以下の式(18)に示す範囲で定義される。
・・・式(18)
これにより、酸化剤中の酸素割合ξ
oは、以下の式(19)および式(20)の制限が設けられる。
のとき
・・・式(19)
のとき
・・・式(20)
【0038】
なお、式(2)、式(7)、式(12)および式(17)における、μは粘性係数を、σ
Zは各化学種の拡散係数が等しいと仮定した場合のシュミット数を、Prはプラントル数をそれぞれ表している。
【0039】
次に、保存スカラー量組合せ設定部62は、保存スカラー量設定部61で設定された複数の保存スカラー量のうち、所定の数の保存スカラー量の値による任意の組み合わせを設定するためのものである。本実施形態では、水素H
2とメタンCH
4とからなる、異なる組成の燃料が複数の燃料供給口から流入し、また、これらの各組成が時間変化する断熱燃焼場を仮定している。そこで、燃料の各化学組成に基づいて設定された混合気中の燃料の質量分率ξと、燃料中の炭素割合ξ
cとを用いる。
【0040】
また、保存スカラー量組合せ設定部62において、本実施形態における設定された保存スカラー量の任意の組み合わせは、燃焼条件の範囲内で想定される式(3)、式(8)、式(13)および式(18)により表される保存スカラー量の値の範囲内で設定される。例えば、
図2に示すように、燃焼場と使用される燃料および酸化剤の種類を設定することで、想定される混合気中の燃料の質量分率ξの値の範囲a
1からa
nが設定される。
【0041】
よって、本実施形態における保存スカラー量組合せ設定部62は、
図3に示すように、燃焼条件の範囲内で想定される混合気中の燃料の質量分率ξの値a
1からa
nを適当な間隔に分割するとともに、その燃焼条件の範囲内で想定される燃料中の炭素割合ξ
cの値A
1からA
mを適当な間隔に分割することで任意の組み合わせを設定している。
【0042】
なお、保存スカラー量の組み合わせは、数学的に同値である複数の組み合わせ方が可能であり、理論的には解析結果への影響はない。また、2種類の保存スカラー量の組み合わせに限定されるものではなく、3つ以上の保存スカラー量を組み合わせてもよい。
【0043】
化学反応条件取得部63は、保存スカラー量組合せ設定部62により設定された保存スカラー量の各組み合わせにおける化学反応条件を数値解析により取得するものである。
【0044】
本実施形態では、前記保存スカラー量組合せ設定部62により設定された混合気中の燃料の質量分率ξの値a
1からa
nと燃料中の炭素割合ξ
cの値A
1からA
mとの組み合わせに対して、式(1)〜式(21)に基づき、無次元反応計算を行うことにより、化学反応条件である熱平衡状態の温度、熱平衡状態の密度および質量燃焼速度を取得する。
【0045】
そして、データベース作成部64は、前記化学反応条件取得部63により取得された各組み合わせにおける化学反応条件である熱平衡状態の温度、熱平衡状態の密度および質量燃焼速度を記憶手段4の化学反応条件データベース42に記憶させるものである。
【0046】
次に、瞬時・局所保存スカラー量取得手段7は、保存スカラー量の保存方程式、式(2)、式(7)、式(12)および式(17)を用いて、瞬時・局所保存スカラー量を数値解析により取得するものである。
【0047】
本実施形態では、燃料中の質量分率ξの保存方程式である式(2)と、燃料中の炭素割合ξ
cの保存運動方程式である式(12)とを連成して、その数値解を求めることにより、瞬時かつ局所の燃料中の質量分率ξおよび瞬時かつ局所の燃料中の炭素割合ξ
cを取得するようになっている。
【0048】
次に、瞬時・局所化学反応条件算出手段8は、前記化学反応条件データベース42に記憶された化学反応条件および前記瞬時・局所保存スカラー量を用いて瞬時・局所化学反応条件を算出するものである。
【0049】
例えば、
図4に示すように、瞬時・局所保存スカラー量取得手段7により取得された瞬時かつ局所の燃料の質量分率ξおよび瞬時かつ局所の燃料中の炭素割合ξ
cの組み合わせが(a
x,A
x)であった場合、その組み合わせ(a
x,A
x)に近傍する化学反応条件データベース42に記憶された燃料の質量分率ξと燃料中の炭素割合ξ
cの4つの組み合わせ(a
y,A
z)、(a
y,A
z+1)、(a
y+1,A
z)、(a
y+1,A
z+1)における化学反応条件を取得し、その4つの組み合わせと瞬時・局所の組み合わせとの差分等から瞬時・局所化学反応条件を算出するようになっている。
【0050】
これにより、化学反応条件、例えば、温度、密度および質量分率は、瞬時かつ局所の燃料の質量分率ξおよび瞬時かつ局所の燃料中の炭素割合ξ
cの関数として、以下の式(21)により表される。
,
,
・・・式(21)
【0051】
なお、瞬時・局所保存スカラー量取得手段7により取得された瞬時・局所保存スカラー量に対する瞬時・局所化学反応条件の算出方法は上述した方法に限定されるものではなく、例えば、取得された瞬時・局所保存スカラー量に最も近い保存スカラー量の組み合わせにおける化学反応条件を瞬時・局所化学条件としてもよい。
【0052】
また、本実施形態における化学反応条件データベース作成手段6、瞬時・局所保存スカラー量取得手段7および瞬時・局所化学反応条件算出手段8は、特許文献1に記載の発明における、化学反応条件データベース作成手段、瞬時・局所保存スカラー変数取得手段および瞬時・局所化学反応条件算出手段と基本的に同じプログラムコードが適用できるため、特許文献1に記載の発明の汎用性を継承することができる。
【0053】
次に、瞬時・局所物性値算出手段9は、燃焼反応の非平衡状態を表す指標スカラー量の保存方程式および前記瞬時・局所化学反応条件を用いて瞬時・局所物性値を算出するものである。以下、指標スカラー量について説明する。
【0054】
指標スカラー量とは、燃焼反応の非平衡状態を表すものである。本実施形態におけるスカラー量は、
図5に示すように、火炎の状態を指標スカラー量Gと表し、予混合火炎の火炎面の位置をG=G
0=0.5として、G>G
0を既燃気体側、G<G
0を未燃気体側と定義して燃焼反応の非平衡状態を表している。このとき指標スカラー量Gは、以下の式(22)により表される。
・・・式(22)
ここで、T
uは未燃の気体温度を表し、T
bは既燃の気体温度を表す。
【0055】
また、予混合火炎面G=G
0の移動現象を表現する方程式はG方程式として、以下の式(23)により表される。
・・・式(23)
ここで、ρ
uは未燃気体の密度、S
Lは予混合火炎面が燃焼反応による予混合火炎の消費によって未燃側から既燃側へ移動する速度、いわゆる層流燃焼速度を表す。また、式(23)の左辺第2項は予混合気の流動による火炎面の移流現象を表し、右辺は予混合燃焼により火炎が層流燃焼速度S
Lで移動する火炎伝播現象を表している。
【0056】
ただし、このモデルでは予混合火炎はG=G
0の非常に薄い領域にのみ存在し、火炎厚みは非常に薄いと定義したモデルであるが、実際の火炎は数ミリメートルオーダーの厚さを持っている。よって、本実施形態では、指標スカラー量Gの保存方程式として、火炎厚みを考慮した以下の式(24)を用いる。
・・・式(24)
ここで、C
pは定圧比熱である。また、層流燃焼速度S
Lの代わりにS
*という物理量を用いる。このS
*は火炎厚み中に分布を持つ局所燃焼速度と呼ばれる物理量であり、以下の式(25)により表される。
・・・式(25)
【0057】
また、指標スカラー量Gの一次近似モデルは、異なる空燃比、予熱温度に対しても精度よく成り立つ、以下の式(26)により表される。
・・・式(26)
【0058】
また、後述する実施例2において解析対象としたガスタービン燃焼器では拡散燃焼と予混合燃焼が入り混じっている状態である。よって、式(1)〜式(21)による拡散燃焼モデルと、式(22)〜式(26)による予混合燃焼モデルとを、各々単独で扱うことは適切ではない。そこで本実施形態では、2つのモデルを組み合わせた部分予混合燃焼モデルを用いる。
【0059】
予混合燃焼モデルの指標スカラー量GについてはG=0を未燃、G=1を既燃のパラメータとし、拡散燃焼モデルについてはξとξ
cの分布に対して温度、密度、化学種αの質量分率を化学反応条件データベース42から与えることになる。また、未燃、既燃の両状態の結合を最も単純な指標スカラー量Gによる線形結合として仮定する。
【0060】
以上より、2つのモデルを組み合わせることにより式(21)に表した質量分率、温度、密度については、指標スカラー量Gの調和平均として、以下の式(27)〜式(29)により表される。
・・・式(27)
・・・式(28)
・・・式(29)
【0061】
本実施形態における瞬時・局所物性値算出手段9は、指標スカラー量Gの保存方程式である式(24)を数値解析により瞬時かつ局所の指標スカラー量Gを取得するとともに、代数式(27)〜(29)に当該瞬時・局所の指標スカラー量Gと、瞬時・局所保存スカラー量取得手段7により取得された瞬時・局所保存スカラー量とを代入することにより、瞬時かつ局所の温度、密度およびその他の必要な物性値を算出する。
【0062】
なお、指標スカラー量は、上述したG方程式に基づくものに限定されるものではなく、例えば、本願の発明者により報告された文献(大島伸行,”An extensional formulation for a diffusive solution of the level-set equation by considering a relation to the scalar conservation equation”、Mechanical Engineering Letters、Vol. 2 (2016) p. 16-00220、[online]、 平成28年4月21日、一般社団法人日本機械学会、[平成28年5月2日検索]、<URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/mel/2/0/2_16-00220/_article>)に示す、いわゆるレベルセット法等を用いてもよい。
【0063】
次に、燃焼流れ解析手段10は、前記瞬時・局所化学反応条件および前記瞬時・局所物性値を用いて前記燃料、前記酸化剤および前記燃焼混合気の燃焼を伴う流れを数値解析するものである。
【0064】
本実施形態においては、流れを解析する解析方法として、ラージ・エディ・シミュレーション(Large eddy simulation:LES)法が用いられている。このラージ・エディ・シミュレーション法は、乱流渦を空間的に平均化する処理を施した乱流モデルによるシミュレーションである。
【0065】
低Mach数近似を適用した非圧縮性流体の質量保存則、運動量保存則に空間フィルタを施したラージ・エディ・シミュレーション法の基礎方程式は以下の式(30)および式(31)により表される。
・・・式(30)
・・・式(31)
ここで、ρは混合気の密度、x
iは直交座標系における空間座標(i=1,2,3)、u
iは混合気のi方向の速度、μは粘性係数である。また、上付の−は空間平均、上付の〜は空間ファブル平均(「密度重み平均」ともいう)を表し、添字のSGSは空間平均以下の変動影響を表すサブグリッドスケールモデル定数を表している。
【0066】
また、SGS乱流モデルには標準Smagorinskyモデルを用いた。このモデルは、次の式(32)のように表される。
,
,
・・・式(32)
ここで、C
sはSmagorinsky定数、Δは空間フィルタ幅(解析格子幅)、上付の〜を有するS
ijはひずみテンソルである。
【0067】
また、燃料と酸化剤の混合分率を表すZの保存方程式である式(2)は、以下の式(33)のように表される。
・・・式(33)
ここで、σ
Z,SGSは乱流シュミット数に相当するパラメータである。
【0068】
さらに、燃料に含まれる炭素Cの質量分率Z
Cの保存方程式である式(12)は、以下の式(34)のように表される。
・・・式(34)
【0069】
また、指標スカラー量Gの保存方程式である式(24)は、以下の式(35)のように表される。
・・・式(35)
ここで、σ
Gは指標スカラー量Gを無次元温度とみなした場合、乱流プラントル数に相当するパラメータである。
【0070】
また、本実施形態では、上記の式(35)の右辺第二項は、勾配拡散モデルである以下の式(36)を用いた。
・・・式(36)
【0071】
さらに、上記の式(35)の右辺第一項の局所乱流燃焼速度S
*は、上記の式(26)に基づき、以下の式(37)により表される。
・・・式(37)
つまり、式(37)は、SGS乱流燃焼速度S
SGSに対してLESの空間フィルタリングにより粗視化されたGS火炎面の面積において、SGSの変形により実際の火炎面積が増大する影響を考慮するためのものである。
【0072】
本実施形態では、SGS乱流燃焼速度モデルとして、以下の式(38)および式(39)を用いた。
,
・・・式(38)
,
・・・式(39)
また、S
SGS/S
Lの制限値は、以下の式(40)のように表される。
・・・式(40)
【0073】
また、指標スカラー量Gを考慮した質量分率、温度、密度を表す上記の式(27)〜式(29)については、以下の式(41)〜式(43)のように表される。
・・・式(41)
・・・式(42)
・・・式(43)
【0074】
本実施形態における燃焼流れ解析手段10は、上記式(30)〜式(43)をラージ・エディ・シミュレーション法に基づき数値解析することにより、流れの計算を行っている。
【0075】
なお、燃焼流れ解析手段10は、ラージ・エディ・シミュレーション法によるものに限定されるものではなく、モデルを用いずに直接ナビエストークス方程式を解くDNS法(Direct Numerical Simulation)や、レイノルズ平均モデルといった他のモデルを用いる方法等から適宜選択することができる。
【0076】
次に、本実施形態の燃焼流れ数値解析プログラム1aにおける各構成の作用および燃焼流れ数値解析方法について、
図6に示す各構成の機能を示す機能ブロック図および
図7に示すフローチャートを用いて説明する。
【0077】
図7に示すように、まず、化学反応条件データベース作成手段6が、保存スカラー量を用いて化学反応条件を数値解析により取得し、記憶手段4内に記憶させて化学反応条件データベース42を作成する(ステップS1)。以下、
図8を用いて、本実施形態における化学反応条件データベース作成手段6による化学反応条件データベース42の作成手順を説明する。
【0078】
化学反応条件データベース作成手段6の保存スカラー量設定部61は、式(1)に示す混合気中の燃料の質量分率ξ、式(6)に示す混合気体の正規化エンタルピξ
h、式(11)に示す燃料中の炭素の割合ξ
c、式(16)に示す酸化剤中の酸素の割合ξ
oの4種類の保存スカラー量を設定する(ステップS11)。本実施形態では、この4種類の保存スカラー量を設定することにより、一般的な火炎の構造を表すことができる。
【0079】
次に、保存スカラー量組合せ設定部62が、混合気中の燃料の質量分率ξおよび燃料中の炭素の割合ξ
cの2種類の保存スカラー量の値の任意の組み合わせを設定する(ステップS12)。具体的には、
図3に示すように、燃焼条件に基づき混合気中の燃料の質量分率ξの値として想定しうるa
1からa
nを分割するとともに、燃料中の炭素の割合ξ
cの値として想定しうるA
1からA
mを分割し、それらの組み合わせとして設定する。
【0080】
次に、化学反応条件取得部63が、保存スカラー量組合せ設定部62により設定された混合気中の燃料の質量分率ξおよび燃料中の炭素の割合ξ
cの各組み合わせにおける熱平衡状態の温度、熱平衡状態の密度および質量燃焼速度を含む化学反応条件を、式(1)〜式(21)に基づき、無次元反応計算を行うことにより取得する(ステップS13)。本実施形態では、化学反応条件として熱平衡状態の密度および質量燃焼速度を含めたため、瞬時・局所物性値算出手段9における指標スカラー量Gの計算が可能となる。
【0081】
そして、データベース作成部64が、前記化学反応条件取得部63により取得された各組み合わせにおける化学反応条件を記憶手段4の化学反応条件データベース42に記憶させる(ステップS14)。混合気中の燃料の質量分率ξおよび燃料中の炭素の割合ξ
cの各組み合わせにおける化学反応条件データベース42の作成が終了したら、次のステップへと進む(return)。
【0082】
瞬時・局所保存スカラー量取得手段7は、混合気中の燃料の質量分率ξおよび燃料中の炭素の割合ξ
cの保存方程式を連成して、その数値解を求めることにより、瞬時かつ局所の混合気中の燃料の質量分率ξおよび瞬時かつ局所の燃料中の炭素の割合ξ
cを取得する(ステップS2)。
【0083】
そして、瞬時・局所化学反応条件算出手段8が、
図6に示すように、瞬時・局所保存スカラー量取得手段7から瞬時かつ局所の混合気中の燃料の質量分率ξおよび瞬時かつ局所の燃料中の炭素の割合ξ
cを取得するとともに、それらの瞬時・局所保存スカラー量の組み合わせに近傍する混合気中の燃料の質量分率ξおよび燃料中の炭素の割合ξ
cの組み合わせの化学反応条件を化学反応条件データベース42から読み出し、読み出された化学反応条件に基づいて瞬時・局所化学反応条件を算出する(ステップS3)。
【0084】
次に、瞬時・局所物性値算出手段9が、指標スカラー量Gの保存方程式を数値解析することにより瞬時かつ局所の指標スカラー量Gを算出する。そして、本実施形態では、当該瞬時・局所の指標スカラー量Gと、瞬時・局所保存スカラー量取得手段7により取得された瞬時・局所保存スカラー量とを式(41)〜(43)に代入することにより、瞬時かつ局所の温度、密度およびその他の必要な物性値を算出する(ステップS4)。このように、本実施形態では、瞬時・局所物性値を指標スカラー量Gの時間発展微分方程式によって解くことができる。
【0085】
そして、燃焼流れ解析手段10では、
図6に示すように、瞬時・局所化学反応条件算出手段8から瞬時・局所化学反応条件を取得するとともに、瞬時・局所物性値算出手段9から瞬時・局所物性値を取得する。そして、取得された瞬時・局所化学反応条件および瞬時・局所物性値と、上記式(30)〜式(43)とを用いて、ラージ・エディ・シミュレーション法により、燃焼を伴う流れを数値解析する(ステップS5)。
【0086】
以上のような本実施形態の燃焼流れ数値解析プログラム1aおよび燃焼流れ数値解析方法によれば、以下のような効果を得ることができる。
1.指標スカラー量Gを用いることにより、燃焼化学反応が非平衡状態の燃焼流れの数値解析を行うことができる。
2.理論値や実験に基づく物性値を使用することなく、指標スカラー量Gの時間発展微分方程式を解くことで物性値を算出することができるため、理論値の入力や実験が不要となり、様々な解析対象への応用が容易になる。
3.特許文献1に記載の発明における汎用性を継承でき、計算負荷やデータ量の増加を抑制することができる。
【0087】
次に、本発明に係る燃焼流れ数値解析プログラムおよび燃焼流れ数値解析方法の具体的な実施例について説明する。なお、本発明の技術的範囲は、以下の実施例によって示される特徴に限定されるものではない。
【実施例1】
【0088】
実施例1では、本発明に係る燃焼流れ数値解析プログラムおよび燃焼流れ数値解析方法の実機燃焼器への適用前に、燃料をメタンと水素の混合気とする層流燃焼についてテスト解析を行った。この数値解析は、燃焼流れ数値解析プログラムを実装したコードの動作確認を主な目的として行われた。以下、本実施例1における数値解析条件および数値解析結果について説明する。
【0089】
<解析対象>
解析領域は、
図9に示すように、x軸方向が400mm、y軸方向が100mm、z軸方向が5mmの矩形板状の燃焼流動場である。この解析領域は、解析領域全域が六面体立方格子からなる複数個の解析格子により形成されている。前記解析格子の総要素数は10000であり、その総接点数は20402である。
【0090】
<境界条件>
次に、燃焼流動場の境界条件について説明する。
図9に示すように、燃焼流動場の一端面は、燃料および酸化剤が流入する流入面(Inlet)であり、この流入面の対称位置にある他端面は流出面(Outlet)である。また、その他の4面は熱および流れの出入りのない断熱壁面である。
【0091】
流入面は、複数の流入口から異なる組成のガスが供給される系とするため、下から順に、純燃料を供給するInlet_Fuel、酸化剤として乾き空気を供給するInlet_Air1、燃料と空気とを予め混合させた予混合気を供給するInlet_Premixedおよび乾き空気を供給するInlet_Air2から構成されている。
【0092】
本実施例1では、下記の表1に示すように、3つの流入条件に基づき数値解析を行った。
(表1)
【0093】
具体的には、以下の通りである。なお、供給されるガスの構成を示すパーセンテージ(%)は、質量流量比である。
ケースAは、Inlet_Fuelから燃料として水素100%、Inlet_Premixedから予混合気として水素100%、Inlet_Air1およびInlet_Air2から酸化剤として乾き空気100%をそれぞれ供給した。
ケースBは、Inlet_Fuelから燃料としてメタン100%、Inlet_Premixedから予混合気としてメタン100%、Inlet_Air1およびInlet_Air2から酸化剤として乾き空気100%をそれぞれ供給した。
ケースCは、Inlet_Fuelから燃料としてメタン50%と水素50%、Inlet_Premixedから予混合気としてメタン100%、Inlet_Air1およびInlet_Air2から酸化剤として乾き空気100%をそれぞれ供給した。
【0094】
各ケースにおいて、式(11)に基づき算出される燃料中の炭素割合ξ
cは、ケースAにおいてξ
c=0、ケースBにおいてξ
c=0.75であり、ケースCにおいてξ
c=0.35である。つまり、ξ
c=0のとき水素の質量割合が100%を表し、ξ
c=0.75のときメタンの質量割合が100%を表している。
【0095】
よって、燃料中の炭素割合ξ
cの範囲は、式(13)に基づくと0≦ξ
c≦0.75である。また、燃料中の炭素割合ξ
cは、ξ
c,min =0、ξ
c,max =0.75であることから、式(14)および式(15)に基づき、0>ξ
cのときξ
c=0、ξ
c>0.75のときξ
c=0.75との制限を設ける。
【0096】
断熱壁面は、熱および流れの出入りのない条件とするため、熱勾配および速度勾配のない、いわゆる滑り条件とした。
【0097】
周囲条件は、下記の表2に示すように、周囲気圧が1.82MPa、燃料温度が298.15K、酸化剤温度が723.15Kである。また、ケースAの燃料が水素100%の場合における燃料密度は0.206kg/m
3である。同様に、ケースBの燃料がメタン100%の場合における燃料密度は4.855kg/m
3である。さらに、ケールCの燃料が水素50%およびメタン50%の場合における燃料密度は2.616kg/m
3である。そして、酸化剤の密度は、21.14kg/m
3である。
(表2)
【0098】
<化学反応条件データベースの作成>
次に、本実施例1における化学反応条件データベースの作成について説明する。
【0099】
まず、熱平衡状態の温度、熱平衡状態の密度、および層流燃焼速度を混合分率ξと炭素割合ξ
cに対する関数として数値解析により算出する。具体的には、化学反応計算ソフトCHEMKIN-PRO15112[18](Reaction Design(現ANSYS, Inc.)社製)を用いて、式(1)〜式(21)に示す化学平衡モデルの無次元の詳細反応計算を行った。このとき、化学反応における各種の物性値はアメリカガス協会(GRI)によって公開されているデータベースGRI-MECH3.0を使用した。
【0100】
上述のとおり、ξ
cの最小値はξ
c,min=0であり、ξ
cの最大値はξ
c,max=0.75である。よって、温度、密度、および層流燃焼速度の算出は、ξ
cの値が0.05刻みで0から0.75まで、それぞれ16本作成した。前記層流燃焼速度については、数値解析を簡便にするため、層流燃焼速度S
Lと未燃密度ρ
uとの積である質量燃焼流速として数値解析を行った。
【0101】
熱平衡状態の温度、熱平衡状態の密度および質量燃焼速度の数値解析結果を
図10〜
図16に示す。なお、
図13および
図14に示すように、密度についてはその逆数である比体積で記載した。
【0102】
本実施例1における化学反応条件データベースは、ξおよびξ
cの関数とする多項式に近似して後述する燃焼流れの数値解析を行うコンピュータ1の記憶部に記憶させた。各テーブルの間の値は、補間するデータを選択して算出を行う。例えば、ξ
c=0.33の場合の値は、ξ
c=0.30とξ
c=0.35のデータを選択して線形補間される。
【0103】
<燃焼流れの解析モデル>
燃焼モデルの数値解析には有限体積法を用いた。また、本実施例1における流れの解析は、低流速の層流であることを考慮して、乱流モデルは用いずに流れ場の支配方程式を直接計算するDNS法による数値解析を行った。
【0104】
時間刻みを5.0×10
−4sとし、時間積分法はEuler陰解法を用いた。運動方程式と保存スカラー量の保存方程式の移流項離散化スキームには1次風上差分を用いた。また、運動量と圧力のカップリングにはSIMPLE法、圧力解法にはICGC法を使用した。
【0105】
<燃焼流れ解析に用いられる物性値>
保存スカラー量ZおよびZ
cの保存方程式の計算の際に用いる層流Schmidt数σ
zはσ
z=1.0とした。また、指標スカラー量Gの保存方程式の計算の際に用いる層流Prandtl数相当のパラメータσ
Gはσ
G=1.0とした。
【0106】
粘性係数については、温度依存性を考慮するため、簡略化輸送係数モデルである以下の式(44)を用いた。
・・・式(44)
ここで、A=2.58×10
−5kg/m/s、γ=0.7、T
0=298Kである。
【0107】
<燃焼流れ解析に用いられたコンピュータ>
本実施例1では、数値解析用のコンピュータとして九州大学情報基盤研究開発センターのHITACHI HA8000-tc/HT210を用いた。当該コンピュータは、2並列計算可能な計算機であり、本実施例1において計算時間は5000ステップ当たり約1時間であった。
【0108】
<燃焼流れの解析結果>
以下に示す解析結果は、ステップ数50000における瞬時値である。また、
図19,
図21,
図24,
図28に示すZ軸断面のプロット取得位置は、
図17に示すように、流れ方向に対する中央位置であるx=200mmのy=0mmからy=100mmの位置である。
【0109】
解析結果として温度分布について説明する。
図18は、解析で得られた温度分布である。以下、各分布図においては、色のグラデーションで各値の大小を示している。
【0110】
図18に示す燃料が水素100%であるケースAと、燃料がメタン100%であるケースBとを比較すると、ケースAはケースBよりも温度の高い領域が広い傾向を示している。つまり、ケースAはケースBよりも既燃領域が広いことを示しており、
図23および
図24に示された指標スカラー量Gの数値解析結果とも一致する。
【0111】
次に、燃料が水素50%、メタン50%を混合したケースCは、水素100%のケースAと比較すると概ね同じ分布傾向を示しており、メタン100%のケースBと比較すると温度が高い領域は広くなった。
【0112】
図19に示すZ軸断面におけるY方向の温度分布を見ると、水素100%のケースAと水素50%、メタン50%を混合したケースCは、ここでも概ね同じ分布傾向を示しており、メタン100%のケースBよりも温度は高かった。
【0113】
次に、
図18および
図19に示した温度分布と、混合気中の燃料の質量分率ξおよび燃料中の炭素割合ξ
cとの関係について考察する。
【0114】
図20および
図21に示すように、混合気中の燃料の質量分率ξの分布は、ケースA、ケースBおよびケースCの間で大きな差は見られなかった。一方、
図11に示すように、熱平衡状態の温度の最大値はξ
c=0からξ
c=0.75まで大きな差がないように見えるが、化学反応条件データベースの
図12に示すように、拡大図から熱平衡状態の温度を示す混合分率ξの値は、燃料中の炭素割合ξ
cによって異なることがわかる。よって、温度分布に関しては燃料中の炭素割合ξ
cの値によって差が生じると考えられる。
【0115】
そこで、燃料中の炭素割合ξ
cの分布に関して考察した。
図22に示すように、燃料が水素100%のケースAでは、全域でξ
c=0となっている。一方、燃料がメタン100%であるケースBでは、全域でξ
c=0.75となっている。また、上述のとおり、燃料が水素50%、メタン50%を混合したケースCでは、Inlet_PremixedとInlet_Fuelから供給された異なる組成の燃料ガスが流れに沿って混合されていく様子が見て取れる。
【0116】
化学反応条件データベースの
図12に示すように、同じ混合気中の燃料の質量分率ξの値を示す場所でも、水素を多く含み燃料中の炭素割合ξ
cの値が小さい場合の方が、断熱火炎の温度は高いということがわかる。
【0117】
次に、
図23および
図24は指標スカラー量Gの分布を示したものである。
【0118】
図24に示すように、解析領域の中央位置において水素100%のケースAは、メタン100%のケースBよりも指標スカラー量Gの値が大きな値を示しており、既燃領域が広いことが分かる。
【0119】
また、メタン100%のケースBと、水素50%、メタン50%のケースCとでは、y=70mm付近まではケースBの方が指標スカラー量Gの分布は大きいが、y=70mm以上の部分ではケースCの方が指標スカラー量Gの分布の方が大きい結果となっている。この指標スカラー量Gの差が、上述したとおり、各ケースにおける既燃領域の分布および温度分布の差を生じさせていると考えられる。
【0120】
また、
図25に示すように、流入面付近の指標スカラー量Gの拡大分布図を見ると、各ケースの違いがよくわかる。例えば、水素100%のケースAでは質量燃焼速度ρ
uS
Lが大きいため、メタン100%のケースBよりも可燃の長さが短くなっている。また、水素50%、メタン50%のケースCでは、ケースAと同様に、火炎の長さが短くなっている。これらのことから火炎の長さは水素割合が影響することがわかる。
【0121】
図26はz軸断面の質量燃焼速度ρ
uS
Lの分布を示したものである。化学反応条件データベースの
図15および
図16に示すように、質量燃焼速度ρ
uS
Lの大きさは、ξ
c=0と、ξ
c=0.75との間では大きな差があるものの、ξ
c値の変動幅が小さい場合に質量燃焼速度ρ
uS
Lの値は大きく変化しない。実際、
図26において水素100%のケースAとメタン100%のケースBとを比較すると、質量燃焼速度ρ
uS
Lの値に大きな差が見られる。また、水素50%、メタン50%のケースCの質量燃焼速度ρ
uS
Lの分布は、メタン100%であるケースBよりも大きい。
【0122】
よって、各ケース間の質量燃焼速度ρ
uS
Lの差が、指標スカラー量Gの分布の差を生じさせているものと考えられる。また、水素100%のケースAはメタン100%であるケースBよりも質量燃焼速度ρ
uS
Lの値の分布が大きいため既燃領域が大きく、指標スカラー量Gの分布も大きくなったと考えられる。
【0123】
次に、密度分布ついて考察する。
図13および
図14に示すように、水素100%のξ
c=0の方が比体積は大きい。つまり、密度は小さいことを示している。よって、燃料中の炭素割合ξ
cの値が小さくなり水素の割合が大きくなるほど密度は小さくなる。
【0124】
実際に、
図27および
図28に示すように、水素100%のケースAの方がメタン100%であるケースBよりも全体的に密度分布が小さい値を示している。同様に、水素50%、メタン50%のケースCでも、メタン100%であるケースBよりも密度が小さく、水素を導入した影響が見て取れる。また、水素を導入したことで既燃領域が増えたことも密度低下の原因と考えられる。
【0125】
以上より、本実施例1では、燃料をメタンおよび水素混合気とする層流燃焼について数値解析を行い、指標スカラー量Gを用いた燃焼流れ数値解析プログラムを実装したコードを実行することにより、燃焼化学反応が非平衡状態の燃焼流れを数値解析できることを示すことができた。
【実施例2】
【0126】
実施例2では、実施例1において動作確認を行った燃焼流れ数値解析プログラムを実装したコードを用いて、実機燃焼流動場を対象とした燃焼流れの数値解析を行った。
【0127】
<解析対象>
本実施例2では、本出願人である川崎重工業株式会社が開発した18MW級のガスタービンL20Aに搭載されている燃焼器を解析対象とした。
図29に示すように、当該燃焼器の解析領域は、燃焼器のスワラー(旋回器)から、逆流を防ぐために燃焼器後端部に追加したバッファ領域までとした。
【0128】
解析格子は燃焼器内部全域で六面体構造格子を用いた。解析格子の総要素数は10025904であり、その接点数は10181403である。
【0129】
<境界条件>
本実施例2では、空燃比として実働条件のAFR値約42を用いた。また、下記の表3に示すように、運転条件も実動条件に合わせて、燃料温度を25℃、空気温度を450℃、空気流入圧力を約1.8MPaとした。
(表3)
【0130】
また、
図30に示すように、INLET-MAIN、INLET-PRIMARYからは予混合気が流入し、INLET-PILOTからは火炎を安定にするために燃料が流入する。また、INLET-LINERからは空気が流入する。INLET-SBからは条件によって異なる燃料濃度や組成の予混合気が流入する。いずれの流入境界からも未燃の気体が流入するため指標スカラー量GについてはG=0としている。実際の燃焼器では、燃料と空気を別々の流路から燃焼室の手前で流入させて、燃焼室までの流路内で混合させるため、計算領域においてもそのための流入口を設けているが、今回の解析においては実験における空気の流入口から流量を調整し予混合気として流入させている。また、それぞれの気体を一様流と仮定した。
【0131】
本実施例2では、メタンのみを燃焼させるケース1とメタンと水素を燃料として燃焼させるケース2についてそれぞれ解析を行い、比較を行った。
【0132】
下記の表4および表5に示すように、ケース1およびケース2は、共にINLET-MAIN、INLET-PRIMARYから燃料にメタン100%(ξ
C=0.75)の予混合気を供給した。また、INLET-PILOTからも純燃料としてメタン100%を供給した。さらに、ケース1では、INLET-SBからメタン100%のみを供給した。一方、ケース2では火炎が十分に発達した段階において質量分率でメタン44%と水素56%(ξ
C=0.33)で混合した燃料に切り替えて供給した。なお、酸化剤としては乾き空気(酸素:窒素=21%:79%)を用いた。
(表4)
(表5)
【0133】
着火の手順は、全領域で未燃であるG=0とし2000ステップの間に流れ場を形成(コールドフロー)した後、流入条件INLET-MAINにおいて既燃であるG=1を与えて着火を行った。その後、12000ステップで十分に火炎が発達したと判断し、INLET-MAINの指標スカラー量Gの値を未燃のG=0にした。引き続き、火炎を安定させるためにステップ数を進め、水素を導入するケース2では、19000ステップ目で流入境界INLET-SBにおいてξ
C=0.33とし、水素を供給する条件とした。
【0134】
<化学反応条件データベース>
本実施例2における化学反応条件データベースは、実施例1において作成したものと同一のものを使用した。
【0135】
<計算条件>
本実施例2では、複数の保存スカラー量に基づく燃焼計算と、ラージ・エディ・シミュレーション法とを組み合わせた非定常乱流数値解析手法を用いた。また、本実施例2では有限体積法を用いた。
【0136】
ラージ・エディ・シミュレーション法のサブグリットスケールモデルには式(32)の標準Smagorinskyモデルを採用し、Smagorinsky定数はC
s=0.1とした。燃料と酸化剤の混合分率を表すZの保存方程式および燃料に含まれる炭素Cの質量分率Z
Cの保存方程式を計算する際に用いる層流Schmidt数σ
Zはσ
Z=0.7、乱流Schmidt数σ
Z,SGSはσ
Z,SGS=0.5とした。また、指標スカラー量Gの保存方程式の計算の際に用いる乱流Prandtl数相当のパラメータσ
G,SGSはσ
G,SGS=0.25とした。粘性係数は温度依存性を考慮するために、下記の式(45)で表されるSutherlandの式を用いた。
・・・式(45)
【0137】
また、各パラメータは、参照温度T
0=298.15K、参照粘性係数μ0=1.82×10
−5kg/m/s、Sutherlandの係数C=110.4とした。時間積分法にはEuler陰解法を用い、保存方程式の移流項離散化スキームには2次精度中心差分法95%と1次風上差分法5%を線形結合したスキームを使用し、スカラーの保存方程式の移流項離散化スキームには2次精度中心差分を使用した。運動量と圧力のカップリングにはSIMPLE法、圧力開放としてICCG法を用いた。
【0138】
<燃焼流れ解析に用いられたコンピュータ>
本実施例2では、実施例1と同様、数値解析用のコンピュータとして九州大学情報基盤研究開発センターのHITACHI HA8000-tc/HT210を用いた。また、本実施例2では、並列数は128であった。さらに、計算時間は1000ステップ当たり約6時間であった。
【0139】
<燃焼流れの解析結果>
以下、解析結果を示す。
図32には
図31に示す燃焼器のz軸断面における温度分布の瞬時値を示し、
図33には
図31に示す燃焼器出口のx軸断面における温度分布の瞬時値を示す。ケース1およびケース2の両者とも、燃焼器の追い焚きバーナーにあたる境界INLET-SBより上流では燃焼器の中心部分に高温な領域が形成されており、壁面近傍では温度が低くなっていることがわかる。
【0140】
一方、燃料にメタンのみを用いたケース1と、水素を導入したケース2では燃焼器の追い焚きバーナー(INLET-SB)より下流で温度分布が大きく異なっていた。
【0141】
図34は燃焼器z軸断面における質量燃焼速度ρ
uS
Lの瞬時値分布である。メタンのみを燃料としたケース1と、燃料に水素を導入したケース2では追い焚きバーナー(INLET-SB)より下流で分布に大きな差が見受けられるが、追い焚きバーナー(INLET-SB)よりも上流の部分では分布に差は見られない。
図35における燃料中の炭素割合ξ
cの分布からわかるように、追い焚きバーナー(INLET-SB)よりも上流では水素が存在しないため、水素が存在する追い焚きバーナーより下流側でのみ質量燃焼速度ρ
uS
Lに差が見られたと予想される。ケース1およびケース2ともに混合気中の燃料の質量分率ξの分布には差が見られないことから、これは水素を導入したことによる燃料中の炭素割合ξ
cの分布の違いが影響していると考えられる。実際、化学反応条件データベースの
図15と
図16のグラフを参照すると、同じξ値を示す場所では水素を多く含みξ
c値が小さいほど質量燃焼速度ρ
uS
Lが大きくなることがわかる。このことから水素を導入したことで追い焚きバーナー(INLET-SB)より下流の質量燃焼速度ρ
uS
Lの値が大きく評価されたことが理解できる。
【0142】
図14に示す化学反応条件データベースの質量燃焼速度ρ
uS
Lおよび
図34に示す燃焼器z軸断面における質量燃焼速度ρ
uS
Lの瞬時値によると、水素を多く含みξ
c値が小さいほど質量燃焼速度ρ
uS
Lが大きくなり、燃焼しやすいということがわかる。つまり、水素を供給したケース2では、追い焚きバーナー(INLET-SB)付近やその下流でξ
c値が小さくなり水素割合が増えたことで質量燃焼速度ρ
uS
Lが大きくなり、燃焼しやすくなったことにより、
図36に示すように、既燃の指標スカラー量Gの分布も大きくなったと考えられる。また、既燃のG分布が広がったことで温度が高い領域も広がったと思われる。
【0143】
以上のように、燃焼流れ数値解析プログラムを装したコードを用いて、実機燃焼流動場を対象とした燃焼流れの数値解析を行うことができた。また、解析の結果、本第2実施例で対象とした18MW級のガスタービンL20Aに搭載されている燃焼器では、追い焚きバーナー(INLET-SB)から水素燃料を供給することにより、その下流において温度が高い領域が広がることがわかった。
【0144】
なお、本発明に係る燃焼流れ数値解析プログラムおよび燃焼流れ数値解析方法は、前述した実施形態に限定されるものではなく、適宜変更することができる。数値解析により取り扱う燃料や酸化剤は水素やメタン、乾き空気に限定されるものではない。例えば、炭化水素系燃料は、メタンに限定されるものではなく、多重結合や環状構造を含むエチレン(C
2H
4)やシクロヘキサン(C
6H
12)、ベンゼン環系やガソリン等の高分子燃料であってもよい。また、燃料は、水素燃料や炭化水素系燃料に限定されるものではなく、メチルアルコール(CH
3OH)など酸素元素Oを含む燃料や、アンモニア(NH
3)や亜硫酸(SO
2)などの硫黄元素Sや窒素元素Nを含む燃料であってもよい。さらに、燃料や酸化剤は、蒸気(水)や一酸化炭素、アルゴン等の不活性元素等が含まれていてもよい。