(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2017-211322(P2017-211322A)
(43)【公開日】2017年11月30日
(54)【発明の名称】構造体および成膜方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/333 20060101AFI20171102BHJP
C01B 32/15 20170101ALI20171102BHJP
C01B 32/18 20170101ALI20171102BHJP
C01B 32/182 20170101ALI20171102BHJP
H01M 4/04 20060101ALI20171102BHJP
H01M 4/1393 20100101ALI20171102BHJP
G01N 27/30 20060101ALI20171102BHJP
【FI】
G01N27/333 331E
C01B31/02 101Z
H01M4/04 Z
H01M4/1393
G01N27/30 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2016-105746(P2016-105746)
(22)【出願日】2016年5月27日
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(71)【出願人】
【識別番号】000102212
【氏名又は名称】ウシオ電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109380
【弁理士】
【氏名又は名称】小西 恵
(74)【代理人】
【識別番号】100109036
【弁理士】
【氏名又は名称】永岡 重幸
(72)【発明者】
【氏名】川口 俊一
(72)【発明者】
【氏名】森田 金市
【テーマコード(参考)】
4G146
5H050
【Fターム(参考)】
4G146AA01
4G146AA02
4G146AD23
4G146CB12
4G146CB22
4G146CB35
5H050AA07
5H050AA19
5H050BA17
5H050CB07
5H050DA09
5H050EA22
5H050FA04
5H050FA18
5H050GA13
5H050GA15
5H050GA22
5H050HA12
(57)【要約】
【課題】炭素材料からなる表面全体に亘って、有機分子からなる自己組織化単分子膜を形成する。
【解決手段】構造体の一態様は、炭素材料からなる表面と、炭素数が8以上のアルキル基を有し前記表面に一端が固定された有機分子が配向した単分子膜と、を備える。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素材料からなる表面と、
炭素数が8以上のアルキル基を有し前記表面に一端が固定された有機分子が配向した単分子膜と、
を備えたことを特徴とする構造体。
【請求項2】
前記有機分子は炭素数が20以下のアルキル基を有するものであることを特徴とする請求項1記載の構造体。
【請求項3】
前記有機分子はアルキルアミンであり、アミノ基を有する一端が前記表面に固定されていることを特徴とする請求項1または2記載の構造体。
【請求項4】
炭素材料からなる表面を有した電極を、炭素数8以上のアルキル基を有した有機分子の溶液に浸漬する浸漬過程と、
前記電極から前記溶液に電流を流して前記有機分子の一端を酸化する酸化過程と、
前記電極表面と前記有機分子の酸化された一端との間に結合を生じることで該有機分子を該電極表面に固定し、固定された有機分子が配向することで単分子膜を形成する配向過程と、
を有することを特徴とする成膜方法。
【請求項5】
前記有機分子はアルキルアミンであり、前記酸化過程でアミノ基をアミンラジカルへと酸化することを特徴とする請求項4記載の成膜方法。
【請求項6】
前記溶液の溶媒が水であることを特徴とする請求項4または5記載の成膜方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素材料からなる表面に有機分子からなる自己組織化単分子膜が形成された構造体、およびそのような単分子膜の形成方法に関する。本発明は、特に、センサデバイス、蓄電デバイス、環境浄化炭素基板などに使用される炭素基板表面への有機分子による単分子膜の成膜方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素材料は、軽量であり、安価であり、また、剛体であって加工性が良好といった特徴を有し、更に、導電性が高いという特徴も有する。そのため、炭素材料は、電極材料としては理想的である。このような炭素材料からなる炭素電極は、例えば電池、コンデンサなどの電極として広く採用されている。
また、炭素電極は、電気化学センサのようなバイオセンサにおいても使用される。電気化学測定では、溶液中に浸漬した電極の電位および電流を制御・計測することにより、溶液中の物質を分析する。その際、炭素電極は、高電位条件においても溶媒の電気分解が発生し辛く、炭素電極自身が酸化還元されにくいという利点を有する。更に、炭素電極は、金や白金のような貴金属材料からなる電極と比較すると、電位窓が広い点でも利点を有する。
【0003】
近年、炭素材料として、カーボンナノチューブやフラーレン、グラフェンシートなど、炭素の同素体を用いた新規の材料が開発され、例えば、特許文献1に記載されているように、これらを用いたバイオセンサや電極などの研究・開発も進んでいる。
更に、炭素基板の表面を、各種機能を有する有機分子と結合させて修飾することにより炭素基板の用途を広げている。例えば、炭層基板を電極として用いる電気化学センサでは、このような表面修飾された炭素電極を用いることにより、上記した電気化学現象の制御を多種多様に行うことが可能となる。また、例えば、リチウム電池で用いられる炭素基板では、有機−無機のコンポジット材料(複合材料)による高分子膜でその表面を被覆することにより、高い蓄電特性を生み出している。
【0004】
ここで、例えば、上記したリチウム電池における表面修飾された炭素基板からなる電極においては、高分子材料(高分子膜)と炭素基板表面との間の結合は、物理吸着によるものである。すなわち、両者は化学的な結合を作っていないので、リチウム電池が充放電を繰り返すと高分子材料が凝集などの表面構造変化を引き起こす。その結果、蓄電性能が低下するというリチウム電池の劣化が生じてしまう。
同様の不具合は、炭素材料を用いたバイオセンサでも発生する。例えば、カーボンナノチューブやフラーレン、グラフェンシートなどを用いたバイオセンサは、溶液中で、有機−無機のコンポジット材料や有機材料と炭素材料表面とを物理的に結合させたものであり、蛍光標識などを用いたバイオセンシングに用いられている。
【0005】
しかし、上記した炭素材料と有機材料(あるいは、有機−無機のコンポジット材料)とがハイブリッドした複合材料を基板上に固定化する場合は、このようなハイブリッドした複合材料が、基板表面において凝集をおこす。そして、そのように凝集した材料の隙間に不純物が吸着されてしまい、バイオセンサの特異性が悪化するなどの不具合を生じる。
上記のような事情により、炭素材料からなる基板(電極)を修飾する場合、共有結合を介して機能性分子を炭素基板表面に固定化する方法(化学的な結合による固定化方法)が期待される。
【0006】
一般に、炭素材料はグラファイト型炭素(sp
2−炭素)とダイヤモンド型炭素(sp
3−炭素)から構成されている。
sp
3−炭素は立体構造を形成するため、酸素などの他の元素と結合を作りやすい。一方、sp
2−炭素は平面構造を形成するため、表面の反応性は乏しい。炭素材料を平板に加工した場合、平面部はsp
2−炭素となる。そのため、炭素基板表面に有機分子を結合させる場合は、上記したように、有機分子材料を当該表面に物理的に吸着させることになる。また、化学的に有機分子を固定する場合は、有機分子は、炭素基板の欠損サイトもしくはエッジサイトには固定できるが、金属基板やガラス基板等を用いるときのように、有機分子の単分子膜を構築することはできない。
【0007】
単分子膜を構成する有機分子は、金属基板やガラス基板等を構成する固体表面と化学結合する官能基とそれに続く鎖状構造とを有している。そして、基板をこのような有機分子の溶液に浸漬することにより、基板表面と上記官能基とが化学結合する。また、各分子の鎖状構造間の引力相互作用(例えば、アルキル鎖間のファンデルワールス力)により、自発的に高い配向性をもって単分子膜が形成される。このような単分子膜は、自己組織化単分子膜(Self-Assembled Monolayer:SAM膜)とも呼ばれる。
【0008】
炭素基板のフラットなベイサル部分へ有機分子を化学的な結合により固定しようとすると、環状構造を有する有機分子をπ−π相互作用により結合させる以外に方法が実質無いに等しい。しかしながら、この固定方法では、環状構造を有する有機分子の芳香環がスタッキングされた状態で安定化する傾向があるため、これらの有機分子は炭素基板表面においては最密構造とはならずSAM膜が形成されない。
そのため、sp
2−炭素をsp
3−炭素に構造変換させて、化学結合を用いて機能を有する有機分子を固定化する方法が求められる。
【0009】
このような構造変換を利用して、炭素基板表面に有機分子を固定する方法として、非特許文献1には、アミノ化合物を用いた炭素平板への電気化学的表面修飾法が記載されている。非特許文献1よれば、電極としてグラッシーカーボン(GC)電極を用い、陽極酸化処理用に用いる溶媒としては修飾剤であるアミノ化合物の溶解度を考慮してエタノールを用いる。そして、アルキルアミンを電気化学酸化法によってラジカル化させ、ラジカル接触によりsp
2−炭素からsp
3−炭素への転換を促して、アミン基と炭素基板の間に化学結合を生じさせる。
生化学反応を利用したバイオセンサでは、アミノ酸を含むタンパク質などが多く活用されているので、炭素基板上にアミン基を固定する上記方法は有用である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第5120453号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Randall S. Deinhammer et al," Electrochemical Oxidation of Amine-Containing Compounds: A Route to the Surface Modification of Glassy Carbon Electrodes",Langmuir,1994,10,1306-1313
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、発明者らの研究の結果、上記方法では、炭素基板表面に固定される有機分子が、必ずしもバイオセンサに適した表面を有する自己組織化単分子膜とはならないことを見出した。
本発明はかかる事情によりなされたものであり、炭素材料からなる表面全体に亘って、有機分子からなる自己組織化単分子膜を形成して構成される構造体を提供すると共に、当該自己組織化単分子膜を形成する成膜方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、本発明に係る構造体の一態様は、炭素材料からなる表面と、炭素数が8以上のアルキル基を有し前記表面に一端が固定された有機分子が配向した単分子膜と、を備える。
発明者らの検討の結果、炭素数が7以下の場合には、全体としての分子間力(ファンデルワールス力)が不十分であることおよび偶奇性の影響で、炭素基板表面に固定される有機分子は高密度とはならないことが分かった。炭素数が7の場合には偶奇性の影響で、炭素基板表面に構成される有機分子膜において立体障害が生じるので有機分子は高密度とはならない。一方、炭素数が8以上のアルキル基を有する有機分子であると、長鎖アルキル基のフレキシビリティ(柔軟性)が十分であるとともに偶奇性の影響が小さくなるため、アルキル基間のファンデルワールス力が効果的に働いてSAM膜を形成することが分かった。
【0014】
上記構造体において、上記有機分子は炭素数が20以下のアルキル基を有するものであることが望ましい。
炭素数が20を超えるとアルキル鎖自体の自重により当該アルキル鎖が折れ曲がり、単分子膜の表面が荒れる原因となる。
また、上記構造体において、前記有機分子はアルキルアミンであり、アミノ基を有する一端が前記表面に固定されていることが望ましい。
アミノ基が炭素材料とCN結合を生じることによりsp
2−炭素がsp
3−炭素に構造変換されるので、有機分子は上記表面全体に亘って固定される。
【0015】
また、上記課題を解決するために、本発明に係る成膜方法の一態様は、炭素材料からなる表面を有した電極を、炭素数8以上のアルキル基を有した有機分子の溶液に浸漬する浸漬過程と、前記電極から前記溶液に電流を流して前記有機分子の一端を酸化する酸化過程と、前記電極表面と前記有機分子の酸化された一端との間に結合を生じることで該有機分子を該電極表面に固定し、固定された有機分子が配向することで単分子膜を形成する配向過程と、を有する。
このような成膜方法によれば、有機分子の酸化された一端が炭素材料と結合することでsp
2−炭素がsp
3−炭素に構造変換されるので、炭素材料からなる表面全体に亘って有機分子からなる自己組織化単分子膜を形成することができる。
上記成膜方法において、前記有機分子はアルキルアミンであってもよい。また、前記酸化過程でアミノ基をアミンラジカルへと酸化してもよい。
また、上記成膜方法において、前記溶液の溶媒が水であってもよい。極性が高い水を溶媒に用いることで、アミンラジカルの寿命が長くなるという利点がある。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、炭素材料からなる表面全体に亘って、有機分子からなる自己組織化単分子膜を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の成膜方法の一実施形態を実現するための成膜装置を示す図である。
【
図2】炭素基板にアルキルアミンが結合されるメカニズムを表した図である。
【
図3】炭素基板の表面に固定された有機分子の状態を示す図である。
【
図4】電子顕微鏡での観察結果(原子像)を示す図である。
【
図5】光電子スペクトルの測定結果を示すグラフである。
【
図6】フーリエ変換型反射赤外分光測定による窒素のスペクトルを示す図である。
【
図7】炭素基板の表面が修飾されていない場合における酸化還元反応を示す図である。
【
図8】炭素基板の表面が修飾されている場合における酸化還元反応の阻害を示す図である。
【
図9】酸化還元プローブ法による電流応答の測定結果を示す図である。
【
図10】サイクリックボルタンメトリー特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
<成膜装置の構成>
図1は、本発明の成膜方法の一実施形態を実行するための成膜装置を示す図である。
成膜装置1は、容器10と、炭素基板からなる作用電極11と、白金黒付白金電極からなる対極12と、銀/塩化銀電極からなる参照電極13とを有する。そして、容器10内にアルキルアミン溶液14が注入され、作用電極11、対極12、および参照電極13の各一部がアルキルアミン溶液14に浸漬されることで三電極セルが形成されている。
ここに示す例では、作用電極11を構成する炭素基板として、高配向熱分解グラファイト基板(Highly Oriented Pyrolytic Graphite基板:HOPG基板)が用いられている。また、アルキルアミン溶液14の溶媒としては、極性が高い水を使用した。作用電極11は、直流電源15と電流計16を介して対極12に接続されている。また、作用電極11は、電圧計17を介して参照電極13に接続されている。
【0019】
アルキルアミンとしては、アルキル鎖長(炭素数)が8以上、20以下のものを使用した。具体的には、アルキルアミンとして、メチル基末端を有するアルキルアミンであるH
2N−(CH
2)
10−CH
3、水酸基末端を有するアルキルアミンであるH
2N−(CH
2)
10−OH、アミノ基末端を有するアルキルアミンであるH
2N−(CH
2)
11−NH
2、カルボキシ基末端を有するアルキルアミンであるH
2N−(CH
2)
10−COOHを用いた。
このような成膜装置1を用いて、作用電極11である炭素基板へ、参照電極13に対する電位が+1.4V以上となるように酸化電圧を印加した。このとき、当該電位は、水の電気分解に由来する酸素発生が生じない電位範囲とした。
【0020】
<炭素基板表面への有機分子の固定>
図2は、炭素基板にアルキルアミンが結合されるメカニズムを表した図である。
図2の(A)には、アルキル基Rにアミノ基H
2Nが結合したアルキルアミンH
2N−Rが示されており、作用電極11である炭素基板のアルキルアミン溶液側の表面近傍では、アルキルアミンH
2N−Rのアミノ基から作用電極11へと電子が奪われる。
その結果、
図2の(B)に示すように、アルキルアミンH
2N−Rのアミノ基H
2Nがアミンラジカルへと酸化される。
このアミンラジカルが作用電極11である炭素基板と接触すると、
図2の(C)に示すようにアミンラジカルからプロトンH
+が解離し、炭素基板表面のsp
2−炭素がsp
3−炭素に構造変換される。
【0021】
この結果、
図2の(D)に示すように、炭素基板Cとアミンラジカルの間にCN結合が形成される。すなわち、電気化学酸化処理により、有機分子であるアルキルアミンを炭素基板に共有結合によって強く固定することができる。上述したように、アルキルアミン溶液の溶媒としては、極性が高い水が用いられているので、上記したアミンラジカルの寿命が長くなり、炭素基板との反応が安定化するという利点がある。
なお、アルキルアミンでなくても、上述したような電気化学酸化処理が可能な有機分子であれば、同様に炭素基板に固定することができると考えられる。
ここで、炭素基板Cの表面に固定された有機分子の状態について検討する。
【0022】
<SAM膜の形成>
図3は、炭素基板の表面に固定された有機分子の状態を示す図である。
上述したように、炭素基板Cの表面にはアルキルアミンがCN結合によって固定されている。アルキルアミンはアルキル基Rを有しており、アルキル基Rの相互間には分子間力(ファンデルワールス力)Wが作用している。この分子間力Wによってアルキルアミン同士が自発的に高い配向性をもって整列してSAM膜を形成する。
上述したように、本実施形態ではアルキル鎖長(炭素数)が8以上となっているため、アルキル基Rのフレキシビリティ(柔軟性)が十分に高く、アルキル基R間のファンデルワールス力が効果的に働いてSAM膜20を形成する。
このように形成されるSAM膜はCN結合によって炭素基板Cの表面に固定されているため、炭素基板表面に有機分子を物理的に吸着させた際に起こりうる有機分子の凝集という不具合が発生しない。
【0023】
また、本実施形態ではアルキル鎖長(炭素数)が20以下となっているため、アルキル基Rが自重で折れ曲がることが回避され、SAM膜の表面は滑らかで欠陥のない表面になる。
このようなSAM膜が炭素基板Cの表面に形成されることで、本発明の構造物の一実施形態が得られる。
本実施形態では、有機分子としてアルキルアミンが用いられており、生化学反応を利用したバイオセンサでは、アミノ酸を含むタンパク質などが多く活用されているので、特にバイオセンサ用として非常に有用な修飾炭素基板表面を提供することが可能となった。
また、アルキルアミンからなる単分子層の末端の官能基を適宜選択することにより、炭素材料からなる成形体表面に様々な機能を付与することが可能となる。例えば、炭素からなる基板へ親水性官能基、例えば、水酸基、カルボキシ基を末端に有するアルキルアミン単分子層を被覆した場合、通常は疎水性を示す炭素基板を親水性に変えることができる。
【0024】
<走査型トンネル顕微鏡による表面の分子構造観察>
次に、グラファイト基板(HOPG基板)の表面へ、上記したメチル基末端、水酸基末端、アミノ基末端、カルボキシ基末端を有するアルキルアミンを固定化したとき、炭素基板(HOPG基板)の表面にそれぞれの官能基(メチル基、水酸基、アミノ基、カルボキシ基)が配列している状態を走査型トンネル顕微鏡で測定した。測定には、日本ビーコ社製NANOSCOPE IIIを使用した。
【0025】
図4は、電子顕微鏡での観察結果(原子像)を示す図である。
図4には、A〜Eの5つの画像が示されており、各画像が表しているサイズは5nm×5nmのスケールである。Aの画像は炭素基板(HOPG基板)の原子像であり、Bの画像はメチル基末端を有するアルキルアミンが固定化された炭素基板(以下、CH
3−TM/HOPGとも言う)の原子像である。Cの画像は水酸基末端を有するアルキルアミンが固定化された炭素基板(以下、OH−TM/HOPGとも言う)の原子像であり、Dの画像はアミノ基末端を有するアルキルアミンが固定化された炭素基板(以下、NH
2−TM/HOPGとも言う)の原子像であり、Eの画像はカルボキシ基末端を有するアルキルアミンが固定化された炭素基板(以下、COOH−TM/HOPGとも言う)の原子像である。B〜Eのいずれの原子像についても、Aの原子像に示された炭素原子の整列状態と同様の整列状態が観察された。
【0026】
また、測定の結果、Bの画像に示されたメチル基末端を有するアルキルアミンの表面密度は3.0±0.0nmol/cm
2であり、Cの画像に示された水酸基末端を有するアルキルアミンの表面密度は2.5±0.1nmol/cm
2であり、Dの画像に示されたアミノ基末端を有するアルキルアミンの表面密度は3.0±0.0nmol/cm
2であり、Eの画像に示されたカルボキシ基末端を有するアルキルアミンの表面密度は3.2±0.1nmol/cm
2であり、B〜Eのいずれについても最密充填における表面密度に相当していることが分かった。
以上のように、各官能基を末端とする有機分子で修飾されたいずれの炭素基板も、それぞれの官能基が最密充填した構造をしている様子が観測された。
【0027】
<X線光電子分光測定>
有機分子の修飾がない炭素基板(Bare HOPG)、CH
3−TM/HOPG、OH−TM/HOPG、NH
2−TM/HOPG、COOH−TM/HOPGについて、光電子スペクトルを測定することで、有機分子の結合エネルギーを確認した。測定は、株式会社リガク製XPS−7000を使用して行った。
図5は、光電子スペクトルの測定結果を示すグラフである。
図5のグラフの横軸は有機分子の結合エネルギーを表し、縦軸はスペクトル強度を表している。また、
図5には、下段から順に、Bare HOPG、COOH−TM/HOPG、OH−TM/HOPG、CH
3−TM/HOPG、NH
2−TM/HOPGの測定スペクトルが示されている。
【0028】
図5から明らかなように、有機分子の修飾がないBare HOPGを除き、CH
3−TM/HOPG、OH−TM/HOPG、NH
2−TM/HOPG、COOH−TM/HOPGのいずれにおいても、結合エネルギーが400.8eV付近のピークが観測された。このピークはN1sスペクトルであり、炭素基板の炭素とアルキルアミンとのCN結合に由来するものと考えられる。すなわち、Bare HOPGを除き、各基板において、基板の炭素とアルキルアミンがCN結合を形成しているものと考えられる。
【0029】
<フーリエ型反射赤外分光測定>
また、CH
3−TM/HOPG、OH−TM/HOPG、NH
2−TM/HOPG、COOH−TM/HOPGについて、フーリエ変換型反射赤外分光測定を実施し、アルキルアミンが基板の炭素とCN結合を形成しているかを調査した。
図6は、フーリエ変換型反射赤外分光測定による窒素のスペクトルを示す図である。
図6のグラフの横軸は赤外線の波数を表し、縦軸は吸収率を表している。また、
図6には、下段から順に、COOH−TM/HOPG、OH−TM/HOPG、NH
2−TM/HOPG、CH
3−TM/HOPGの測定スペクトルが示されている。
図6に示されている通り、1750cm
−1付近には、カルボキシ基由来のC=Oの伸縮振動が観測され、1550cm
−1付近には、CN結合由来のNH伸縮振動が観測された。したがって、炭素の表面とアルキルアミンが共有結合であるCN結合を作って固定化されていることが判明した。
【0030】
<電気化学酸化処理時間の評価>
次に、
図1に示す成膜装置において、電気化学酸化処理により炭素基板にアルキルアミンからなる有機分子を固定する際、当該電気化学酸化処理時間の最適な時間を調査した。
具体的には、この調査には酸化還元プローブ法を用い、酸化還元プローブとしてフェロシアン化物イオンを採用した。この酸化還元プローブ法は、炭素基板の表面にアルキルアミンが被覆していくと電気化学応答が阻害されて電流応答が小さくなることを利用して、炭素基板表面の被覆率を推定する手法である。
【0031】
図7は、炭素基板の表面が修飾されていない場合における酸化還元反応を示す図である。
図7に示すように、炭素基板の表面がアルキルアミンによって修飾されていない場合には、炭素基板表面での電子の授受によるフェロシアン化物イオンの酸化還元反応が発生可能となる。([Fe(CN)
6]
4− ←→ [Fe(CN)
6]
3−)。
図8は、炭素基板の表面が修飾されている場合における酸化還元反応の阻害を示す図である。
図8に示すように、炭素基板の表面がアルキルアミンの単分子層(SAM膜20)によって修飾されている場合には、この単分子層が、炭素基板表面での電子の授受を阻害する。その結果、フェロシアン化物イオンの酸化還元反応が阻害される。([Fe(CN)
6]
4− ←×→ [Fe(CN)
6]
3−)。
【0032】
図1に示す成膜装置1にて、電気化学酸化処理時間を0分、15分、30分、40分とした炭素基板をそれぞれ用いて、電流応答を測定した。なお、アルキルアミンとしては、アルキル鎖長が8のものを用いた。
測定実験は、
図1と同様の三電極セルを用いた。ここで、三電極セルの対極には白金黒付白金電極を使用し、参照電極には銀/塩化銀電極を使用した。また、作用電極として、上記した電気化学酸化処理時間を0分、15分、30分、40分とした各炭素基板を使用した。
ここで、フェロシアン化物溶液としては、0.1M塩化ナトリウム水溶液に0.1mMフェロシアン化カリウムを添加したものを用いた。
また、電流応答(ピーク電流)の測定は、北斗電工株式会社製のオートマチックポラリゼーションシステムHSV−110を使用して行った。
【0033】
図9は、酸化還元プローブ法による電流応答の測定結果を示す図である。
図9のグラフの横軸は、アルキルアミンからなる有機分子を炭素基板に被覆させる電気化学酸化処理における電気化学酸化処理時間を表しており、縦軸は、ピーク電流値を表している。
上記した酸化還元プローブ法の説明から明らかなように、
図9に示すグラフは、実質、上記電気化学酸化処理時間に対する炭素基板表面における単分子膜の非被覆面積の変化を表している。
図9から明らかなように、本測定実験において観測されたピーク電流が、電気化学酸化処理を30分以上行った炭素基板においては、ほとんど無くなることから、電気化学酸化処理時間は30分間以上必要であることがわかった。
【0034】
図10は、サイクリックボルタンメトリー特性を示す図である。
図10のグラフの横軸は電位を表し、縦軸は電流を表している。また、本実験における電位の掃引速度は、50mV/sである。
また、グラフ中の点線は、アルキルアミンからなる有機分子の単分子膜を設けていない炭素基板(Bare HOPG)におけるサイクリックボルタンメトリー特性を表し、グラフ中の実線は、有機分子の単分子膜を設けた炭素基板(Monolayer modified HOPG)におけるサイクリックボルタンメトリー特性を表している。
図10から明らかなように、Bare HOPG(点線)においては、酸化・還元を示す波形が確認されている。一方、Monolayer modified HOPG(実線)においては、電位掃引に対し、電流の変化は殆どない。すなわち、この炭素基板においては、当該基板表面に単分子膜の皮膜がほぼ全体に亘って施されていて、フェロシアン化物イオンの酸化還元反応が阻害されていることが分かった。
【符号の説明】
【0035】
1…成膜装置、10…容器、11…作用電極、12…対極、13…参照電極、R…アルキル基、C…炭素基板、20…SAM膜