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特開2017-214226黒リン単原子膜、熱電材料、及び熱電変換素子
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2017-214226(P2017-214226A)
(43)【公開日】2017年12月7日
(54)【発明の名称】黒リン単原子膜、熱電材料、及び熱電変換素子
(51)【国際特許分類】
   C01B 25/02 20060101AFI20171110BHJP
   H01L 35/22 20060101ALI20171110BHJP
   H01L 35/32 20060101ALI20171110BHJP
   H01L 35/34 20060101ALI20171110BHJP
   H01L 29/06 20060101ALI20171110BHJP
   H02N 11/00 20060101ALI20171110BHJP
【FI】
   C01B25/02 Z
   H01L35/22
   H01L35/32 A
   H01L35/34
   H01L29/06 601N
   H02N11/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2014-209402(P2014-209402)
(22)【出願日】2014年10月10日
(71)【出願人】
【識別番号】000125370
【氏名又は名称】学校法人東京理科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079049
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 淳
(74)【代理人】
【識別番号】100084995
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 和詳
(74)【代理人】
【識別番号】100099025
【弁理士】
【氏名又は名称】福田 浩志
(72)【発明者】
【氏名】山本 貴博
(57)【要約】
【課題】本発明は、熱電変換材料に有用であり、熱電変換性能に優れ、伸張度合いに応じて熱電変換性能を変調し得る伸張した結晶構造を有する黒リン単原子膜、熱電変換出力が高く、熱電変換性能を変調し得る熱電変換材料及び熱電変換素子を提供する。
【解決手段】未伸張の黒リン単原子膜における単位胞を基準として、ジグザグ軸方向及びアームチェア軸方向の少なくとも一方に2%〜10%伸張された結晶構造を有する黒リン単原子膜である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
未伸張の黒リン単原子膜における単位胞を基準として、ジグザグ軸方向及びアームチェア軸方向の少なくとも一方に2%〜10%伸張された結晶構造を有する黒リン単原子膜。
【請求項2】
請求項1に記載の黒リン単原子膜を含む熱電材料。
【請求項3】
更に、未伸張の黒リン単原子膜を含む請求項2に記載の熱電材料。
【請求項4】
前記ジグザグ軸方向に伸張された結晶構造を有する黒リン単原子膜におけるドープ量が、リン原子1個あたりのキャリア数として、0.0100〜0.0700(e/atom)である請求項2又は請求項3に記載の熱電材料。
【請求項5】
前記アームチェア軸方向に伸張された結晶構造を有する黒リン単原子膜におけるドープ量が、リン原子1個あたりのキャリア数として、0.00280〜0.00350(e/atom)である請求項2又は請求項3に記載の熱電材料。
【請求項6】
請求項1に記載の黒リン単原子膜と、
電極と、
前記黒リン単原子膜と前記電極との間に配置された電解質材料又は誘電体材料と、
を備えた熱電変換素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、黒リン単原子膜、熱電材料、及び熱電変換素子に関する。
【背景技術】
【0002】
今日、消費されているエネルギーのうちの6割を超えるエネルギーが廃熱として環境中に放出されており、従来から、この廃熱エネルギーを有効利用することが検討されている。近年、例えば、物体の温度差が電圧に直接変換される現象である、いわゆるゼーベック効果と呼ばれる現象を利用して、熱エネルギーを電気エネルギーに変換する熱電変換技術の開発が行われるようになってきている。
【0003】
このような熱電変換技術に用いる材料としては、例えば、ビスマス−テルル系等の無機系材料が知られていた。しかし、無機系材料では、機械的強度が非常に弱く、脆弱な材料である難点を抱えていることもあり、用途が限られていた。そのうえ、希少元素を含む無機系材料では、コストが高い上に、資源確保が困難になる可能性が考えられ、継続的な製造が困難になる場合もあり得る。そのため、希少元素を含まない熱電材料が求められていた。
一方、希少元素を含まない熱電材料として、例えば、カーボンナノチューブ等の炭素原子材料や、有機導電性高分子薄膜等の有機材料が知られている。しかし、これらの材料を用いた熱電材料は、熱電変換性能が十分ではなく満足できるものではなかった。
【0004】
最近、これらの材料に代わる熱電材料として、単一軽元素である黒リンの単原子膜が注目されている。黒リン単原子膜は、リンの元素から構成されるものであり、リンは、ありふれた元素であるため、資源確保の点からも有利である。黒リン単原子膜を熱電材料として利用する検討は、始められたばかりであり(例えば、非特許文献1,2)、熱電材料として、より高性能な黒リン単原子膜の開発が期待されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Large thermoelectric power factors in black phosphorus and phosphorene、Hongyan Lv, Wenjian Lu, Dingfu Shao, and Yuping Sun、arXiv:1404.5171
【非特許文献2】Enhanced Thermoelectric Efficiency via Orthogonal Electrical and Thermal Conductances in Phosphorene、Ruixiang Fei, Alireza Faghaninia, Ryan Soklaski, Jia-An Yan, Cynthia Lo, and Li Yang、arXiv:1405.2836
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記事情に鑑みなされたものであり、熱電変換材料に有用であり、熱電変換性能に優れ、伸張度合いに応じて熱電変換性能を変調し得る伸張された結晶構造を有する黒リン単原子膜を提供することを目的とする。
また、熱電変換出力が高く、熱電変換性能を変調し得る熱電変換材料、及び熱電変換素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は鋭意検討した結果、黒リン単原子膜を所定の方向に対して伸張させることにより、熱電変換性能が向上するとともに、伸張の度合いに応じて熱電変換性能を変調できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、前記課題を解決するための手段は以下のとおりである。
【0008】
<1> 未伸張の黒リン単原子膜における単位胞を基準として、ジグザグ軸方向及びアームチェア軸方向の少なくとも一方に2%〜10%伸張された結晶構造を有する黒リン単原子膜。
【0009】
<2> <1>に記載の黒リン単原子膜を含む熱電材料。
【0010】
<3> 更に、未伸張の黒リン単原子膜を含む<2>に記載の熱電材料。
【0011】
<4> 前記ジグザグ軸方向に伸張された結晶構造を有する黒リン単原子膜におけるドープ量が、リン原子1個あたりのキャリア数として、0.0100〜0.0700(e/atom)である<2>又は<3>に記載の熱電材料。
【0012】
<5> 前記アームチェア軸方向に伸張された結晶構造を有する黒リン単原子膜におけるドープ量が、リン原子1個あたりのキャリア数として、0.00280〜0.00350(e/atom)である<2>又<3>に記載の熱電材料。
【0013】
<6> <1>に記載の黒リン単原子膜と、
電極と、
前記黒リン単原子膜と前記電極との間に配置された電解質材料又は誘電体材料と、
を備えた熱電変換素子。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、熱電変換材料に有用であり、熱電変換性能に優れ、伸張度合いに応じて熱電変換性能を変調し得る伸張された結晶構造を有する黒リン単原子膜が提供される。
また、本発明によれば、熱電変換出力が高く、熱電変換性能を変調し得る熱電変換材料、及び熱電変換素子が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】黒リン単原子膜の結晶構造を示す模式図であり、(A)はアームチェア軸方向に沿って切断した結晶構造の断面図、(B)は、ジグザグ軸方向に沿って切断した結晶構造の断面図、(C)は、黒リン単原子膜の結晶構造の平面図である。
図2】伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜を用いた熱電変換素子の一例を示す模式図である。
図3】伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜の、未伸張の黒リン単原子膜に対するパワーファクターの増加率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一例である実施形態について、詳細に説明する。
【0017】
<伸張された結晶構造を有する黒リン単原子膜>
伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜は、未伸張の黒リン単原子膜における単位胞を基準として、ジグザグ軸方向及びアームチェア軸方向の少なくとも一方に対して、2%〜10%伸張させた黒リン単原子膜であり、伸張された結晶構造を有する(以下、「伸張された結晶構造を有する黒リン単原子膜」ということがある)。
【0018】
[黒リン単原子膜]
黒リン単原子膜は、天然の黒リン、又は合成した黒リンから得られるものである。例えば、リン灰石等を含む鉱石にケイ砂とコークスを加え、電気炉中で1,300〜1,400℃で加熱し、蒸気として留出させた後、冷却すると黄リンが得られる。そして、得られた黄リンを、例えば、約12,000気圧で加圧し、約200℃で加熱することにより、バルクの黒リンが得られる。
【0019】
バルクの黒リンの結晶構造は、斜方晶系の層状構造である。黒リンの単原子膜を得るための方法は特に限定されない。例えば、バルクの黒リンの表面に粘着テープのような粘着層と基材層とを有する剥離部材を貼りつけ、この剥離部材を黒リンから剥離させることで、黒リンの単原子膜を得ることができる。この方法は、簡易的に得られる方法としてよく知られているものである。
【0020】
[伸張された結晶構造を有する黒リン単原子膜]
バルクの黒リンから剥離した黒リン単原子膜は、図1(A)〜図1(C)に示すような結晶構造を形成している。図1(C)は、黒リン単原子膜の結晶構造の平面図である。また、図1(A)は、図1(C)のアームチェア軸方向に沿って切断した結晶構造の断面図であり、図1(B)は、図1(C)のジグザグ軸方向に沿って切断した結晶構造の断面図である。
なお、図1(A)〜図1(C)において、(z)は、アームチェア軸方向及びジグザグ軸方向に対して垂直な軸方向を表す。
ここで、図1(C)において、a辺とb辺で囲まれた領域を結晶構造中の単位胞(以下、「ユニットセル」ということがある)という。また、黒リン単原子膜は2つの結晶軸を有しており、本発明において、a辺に沿う方向と平行な結晶軸方向をジグザグ軸方向(Zigzag direction)、及びb辺に沿う方向と平行な結晶軸方向をアームチェア軸方向(Armchair direction)という。
【0021】
従来、バルクの黒リンは柔軟性に乏しく伸張させることは困難であった。一方、単原子膜は、単原子からなる単膜であるために、柔軟性が飛躍的に向上する。そのため、単原子膜であれば、伸張することが可能になると考えられる。黒リンの単原子膜が得られていることは知られているが、この単原子膜を伸張させると熱電物性が変調することは知られておらず、例えば、黒鉛の単原子膜(グラフェン)では熱電変換性能の変調は得られない。単原子膜を伸張させることができれば、結晶構造が変化すると考えられ、その結果、黒リン単原子膜の熱電物性を変調し得る可能性が考えられる。
そこで、本発明者は、鋭意検討した結果、黒リン単原子膜をジグザグ軸方向及びアームチェア軸方向の少なくとも一方に伸張することで、未伸張の黒リン単原子膜に比べて、熱電変換性能が向上するとの知見が得られ、しかも、伸張度合いに応じて熱電変換性能を変調できることを見出した。ジグザグ軸方向に伸張すると、未伸張の黒リン単原子膜に比べて、熱電変換性能が飛躍的に向上し、伸張度合いに応じて変調できるとの知見が得られた。また、アームチェア軸方向の熱電変換出力は非常に高く、アームチェア軸方向に伸張させることで熱電変換性能をさらに向上できるとの知見が得られた。
すなわち、本発明によれば、熱電変換性能に優れ、伸張度合いに応じて熱電変換性能を変調し得る伸張された結晶構造を有する黒リン単原子膜が提供される。また、本発明によれば、熱電変換出力が高く、熱電変換性能を変調し得る熱電変換材料、及び熱電変換素子が提供される。さらに、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜は単原子膜であることから、柔軟性に優れている。
【0022】
本発明によって、上記効果が得られる理由としては、例えば、ジグザグ軸方向に伸張させた場合には、黒リン単原子膜のユニットセルにおけるa辺の格子定数aが伸びるとともに、b辺の格子定数bが縮まることにより、電子や正孔といったキャリアが移動しやすくなり、かつゼーベック係数が増加するためと推測される。
【0023】
前述のように、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜は、未伸張の黒リン単原子膜における単位胞を基準として、ジグザグ軸方向及びアームチェア軸方向の少なくとも一方に対して、2%〜10%伸張させた黒リン単原子膜であり、伸張させた結晶構造を有する。中でも、4%〜10%伸張させた黒リン単原子膜が好ましい。この範囲であると、熱電変換性能がより向上する。ただし、10%を超えて伸張させると、黒リン単原子膜に破れや亀裂が生じることがある。
伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜は、ジグザグ軸方向に対して、2%〜10%伸張させた場合において、後述するように、格子定数aは3.363Å〜3.628Åの範囲を示し、格子定数bは4.560Å〜4.128Åの範囲を示す。また、アームチェア軸方向に対して、2%〜10%伸張させた場合において、後述するように、格子定数aは3.296Å〜3.268Åの範囲を示し、格子定数bは4.720Å〜5.090Åの範囲を示す。
【0024】
伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜において、ジグザグ軸方向及びアームチェア軸方向の少なくとも一方に伸張された結晶構造を有するための方法としては、特に限定されない。例えば、黒リン単原子膜を伸張可能な材料の上に載置した状態で、伸張可能な材料と黒リン単原子膜との少なくとも両端を固定し、伸張可能な材料と黒リン単原子膜とをともに、両端、又はいずれか一端を移動させることにより伸張させる方法;黒リン単原子膜を2つの伸張可能な材料の間に挟み込んだ状態で、伸張可能な材料と黒リン単原子膜との少なくとも両端を固定し、伸張可能な材料と黒リン単原子膜とをともに、両端、又はいずれか一端を移動させることによりに伸張させる方法;等が挙げられる。
【0025】
伸張可能な材料と黒リン単原子膜との少なくとも両端を固定させる態様としては、特に限定されず、伸張可能な材料と黒リン単原子膜との全面を固定させてもよく、端部のみを固定してもよい。また、固定させる手段としては、いずれの手段を用いてもよい。例えば、粘着剤や、接着剤等により固定してもよく、ねじ等の固定部材で固定してもよく、それら以外の手段で固定してもよい。
例えば、バルクの黒リンから、黒リン単原子膜を剥離するために用いた粘着層と基材層とを有する剥離部材(一例として、粘着テープ)の粘着層に黒リン単原子膜を付着させた状態のままで、両端部を把持して、ジグザグ軸方向及びアームチェア軸方向の少なくとも一方に伸張させることで、黒リン単原子膜に伸張した結晶構造を設けることができる。
なお、伸張可能な材料として、弾性材料(例えば、ゴム材料等)を使用した場合には、弾性材料を伸張させた状態を含むように使用する。
【0026】
さらに、他の方法としては、湾曲可能な材料、又は折り曲げ可能な材料の上に、黒リン単原子膜を載置して、湾曲可能な材料、又は折り曲げ可能な材料と黒リン単原子膜とを固定した状態で、湾曲可能な材料、又は折り曲げ可能な材料が内側になるように、黒リン単原子膜を湾曲、又は折り曲げることにより、黒リン単原子膜に、ジグザグ軸方向及びアームチェア軸方向の少なくとも一方に伸張された結晶構造を設けることも可能である。
つまり、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜において、伸張された結晶構造を有するとは、黒リン単原子膜の少なくとも一部分がジグザグ軸方向及びアームチェア軸方向の少なくとも一方に伸張されることで、伸張された結晶構造を有しているものであればよい。言い換えると、黒リン単原子膜の全体がジグザグ軸方向及びアームチェア軸方向の少なくとも一方に伸張されて結晶構造を有しているものでなくてもよい。
なお、湾曲、又は折り曲げることにより黒リン単原子膜に伸張させた結晶構造を設ける場合には、湾曲、又は折り曲げた状態を含むように使用する。本発明の黒リン単原子膜は、伸張度合いに応じて熱電変換作用を変調し得るので、このような特性を利用して、例えば、熱電材料としてセンサー等の用途に使用が可能である。
具体的には、例えば被検体に単原子膜を付した場合は、被検体が熱や応力などで膨張したり、変形したりした場合に変調機能が働き、どの程度の膨張、変形であるかを、単原子膜の伸張度(すなわち変調度合い)によりセンサーのように計測することが可能になる。
【0027】
<熱電材料>
次に、熱電材料について説明する。
一般に、熱電材料の性能を評価するための指標として、性能指数Zが使用される。性能指数Zが高いほど、熱電変換性能が高い材料である。ここで、Zは以下の式Aによって表される。また、式A中のPは熱電出力因子(以下、「パワーファクター」ということがある)であり、以下の式Bによって表される。なお、式Bにおいて、Sはゼーベック係数、σは電気伝導率を表し、式Aにおいて、λは熱伝導率を表す。
【0028】
【数1】
【0029】
【数2】

黒リン単原子膜を熱電材料として利用する場合において、熱伝導率については無視できると考えられるので、上記の式より、熱電出力因子Pを大きくすれば、さらなる熱電変換性能の向上を図れることが分かる。つまり、黒リン単原子膜の熱電出力因子Pを向上させることで、熱電材料としての性能が飛躍的に向上し得ると考えられる。
【0030】
したがって、黒リン単原子膜をジグザグ軸方向及びアームチェア軸方向の少なくとも一方に伸張することにより、未伸張の黒リン単原子膜に比べて、伸張した黒リン単原子膜のパワーファクターが大きな数値を示すことができれば、熱電材料としての熱電変換性能の向上が達成できることになる。
【0031】
本発明者は、ジグザグ軸方向及びアームチェア軸方向の少なくとも一方に結晶構造を伸張することにより、黒リン単原子膜の熱電材料としての熱電変換性能が向上することについて、ジグザグ軸方向又はアームチェア軸方向に伸張された結晶構造の安定化と電子状態のシミュレーションを行うことによって検証した。以下、本発明の検証に用いたシミュレーションについて詳細に説明する。
【0032】
伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜のシミュレーションによる検証において、伸張された黒リン単原子膜のパワーファクターを計算するために、2段階のプロセスを経た。第1段階は、伸張した結晶構造を有する黒リン単原子膜の電子状態の計算であり、第2段階はパワーファクターの計算である。なお、第1段階の電子状態計算には、第一原理計算ソフトウェアー「Quantum ESPRESSO」を用い、第2段階のパワーファクターの計算には、輸送係数計算ソフトウェアー「BoltzTrap」を用いた。以下に、第1段階と第2段階で用いた基本方程式の数式とシミュレーションで用いたパラメータ値を示す。なお、これらのソフトウェアーは、世界中で使用されている標準的なソフトウェアーである。また、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜のシミュレーションによる検証結果については、後述する。
【0033】
[電子状態計算]
伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜のシミュレーションでは、伸張した結晶構造を有する黒リン単原子膜の電子状態を計算するために、密度汎関数理論に基づいた第一原理計算を行った。密度汎関数理論は、下記式1で表されるコーン−シャム方程式を用いた。この式を解くことで、コーン−シャム軌道と軌道エネルギーとを求める。また、コーン−シャムポテンシャルは下記式2で表される。
【0034】
【数3】
【0035】
【数4】
【0036】
伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜のシミュレーションにおいて、外部ポテンシャルには、ウルトラソフト擬ポテンシャルを使用し、交換相関相互作用汎関数には、GGA−PW91を使用した。K点サンプリング法にはMonkhorst−Pack法を用い、k点メッシュは12×10×1とした。また、波動関数のカットオフエネルギーは30Ry、電子密度のカットオフエネルギーは300Ryとした。
【0037】
[熱電出力因子(パワーファクター)の計算]
伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜のシミュレーションでは、伸張した結晶構造を有する黒リン単原子膜の熱電出力因子(パワーファクター)を計算するために、緩和時間近似に基づくボルツマン半古典輸送理論を採用した。
伸張した結晶構造を有する黒リン単原子膜のジグザグ軸方向又はアームチェア軸方向のいずれかのパワーファクターPαは、電気伝導率σαとゼーベック係数Sαを用いて、下記式3によって与えられる。なお、下記の式3〜式5において、αは軸方向を示し、ジグザグ軸方向又はアームチェア軸方向のいずれかを示す。
【0038】
【数5】
【0039】
ここで、電気伝導率σαとゼーベック係数Sαは、下記式4によって与えられる。
また、Lα(ε)は下記式5によって与えられる。下記式5において、軌道エネルギー、及び群速度は、いずれも第一原理計算によって計算される。
【0040】
【数6】
【0041】
【数7】
【0042】
伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜のシミュレーションにおいて、ジグザグ軸方向、及びアームチェア軸方向に伸張させる伸張率を変化させたときのパワーファクターについて計算を行った。本発明におけるジグザグ軸方向に伸張させるシミュレーションでは、Lα(ε)の計算の際に用いたk点メッシュは120×100×1とした。また、ταは、α軸(ジグザグ軸方向又はアームチェア軸方向)に沿った方向の電流緩和時間である。なお、本発明におけるシミュレーションでは、ジグザグ軸に沿った方向の電流緩和時間として、バルクの黒リンの実験値である1.34×10−13secを採用した。
また、本発明におけるアームチェア軸方向に伸張させるシミュレーションでは、Lα(ε)の計算の際に用いたk点メッシュは120×100×1とした。なお、本発明におけるシミュレーションでは、アームチェア軸に沿った方向の電流緩和時間として、バルクの黒リンの実験値である6.20×10−14secを採用した。
【0043】
[熱電材料の態様]
熱電材料として用いる場合に、熱電材料中に、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜を含んでいれば、いずれの形態でも用いることができ、その態様は特に限定されない。例えば、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜を1層の単層で用いることができる。また、同じ伸張率に調整された、伸張された黒リン単原子膜を重ねて2層以上の多層にしてもよく、異なる伸張率に調整された2種、又は3種以上の黒リン単原子膜を重ねて2層以上の多層にしてもよい。ジグザグ軸方向に伸張された結晶構造を有する黒リン単原子膜とアームチェア軸方向に伸張された結晶構造を有する黒リン単原子膜とを重ねて多層にしたものでもよい。さらに、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜と、未伸張の黒リン単原子膜とを重ねて多層にしたものでもよい。
【0044】
[ドープ]
熱電変換性能をより向上させるために、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜に対して、化学的ドーピング、又は電気的ドーピングを施すことが考えられる。化学的ドーピングでは、黒リン単原子膜に、価数の異なる不純物元素で置換、又は付着させることで、電気を流す電子や正孔といったキャリアを材料へ供給する。また、電気的ドーピングは、電界効果を用いた電気的なキャリアドーピングを行い、元素置換を伴わずに、電気を流す電子や正孔といったキャリアを材料へ供給する。
なお、化学的ドーピングを行う場合には、熱電材料としての性能を最大限に発揮するための最適なドープ量を設定するために、労力を要する。しかしながら、電気的ドーピングは、化学組成を変化させずにキャリア量を変化させることができるため、最適なドープ量が簡便に設定し得る点で有用である。
【0045】
例えば、化学的ドーピングとして、一例を挙げると、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜に対して、酸素を吸着させることによりドープして、正孔を供給することができる。伸張された結晶構造を有する黒リン単原子膜に酸素を吸着させた熱電材料は、例えば、そのまま熱電変換素子として用いることが可能になる。また、電気的ドーピングとしては、黒リン単原子膜に正電圧を印加すると、正孔が供給され、負電圧を印加すると電子が供給される。
【0046】
伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜を用いた熱電材料において、伸張された黒リン単原子膜にドープを施した場合のドープ量は、化学的ドーピング、電気的ドーピングにかかわらず、ジグザグ軸方向に伸張された黒リン単原子膜において、リン原子1個あたりのキャリア数として、0.0100〜0.0700(e/atom)の範囲であることが好ましい。このキャリア数は、正孔、又は電子のいずれのキャリアであってもこの範囲であればよい。より熱電変換性能を向上させる点から、0.0100〜0.0300(e/atom)の範囲であることがより好ましい。この範囲のドープ量であれば、より優れた熱電変換性能を備えた伸張された黒リン単原子膜が得られる。
また、アームチェア軸方向に伸張された黒リン単原子膜にドープを施した場合のドープ量は、化学的ドーピング、電気的ドーピングにかかわらず、リン原子1個あたりのキャリア数として、0.00280〜0.00350(e/atom)であることが好ましく、0.0300〜0.0345(e/atom)の範囲であることがより好ましい。このキャリア数も上記と同様に、正孔、又は電子のいずれのキャリアであってもこの範囲であればよい。
【0047】
<熱電変換素子>
伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜は、前述のように高い熱電変換性能を備えている。伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜を熱電変換素子用の熱電材料として好適に用いることができる。
【0048】
本発明の熱電変換素子は、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜と、電極とを備え、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜と電極との間に、電解質材料又は誘電体材料が配置された構造を備えている。また、本発明の熱電変換素子は、さらに、基板や、他の電極などの部材を備えていてもよい。
本発明の熱電変換素子が、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜と電極との間に、電解質材料が配置された構造を備えた熱電変換素子である場合には、以下のような構造に形成することができる。
例えば、電解質材料を挟んで電極と対向して設けられた伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜の電解質材料が配置されていない側に、樹脂材料等の柔軟性を示す基板を設けることができる。
また、例えば、電解質材料を挟んで伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜と対向して設けられた電極を第1の電極とした場合に、次のような構造に形成されていてもよい。すなわち、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜の電解質材料が配置されていない側に、第1の電極とは異なる第2の電極を設けることもできる。また、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜の電解質材料が配置される側に、伸張された結晶構造を有する黒リン単原子膜を含む平面の方向に、第1の電極とは異なる第2の電極と第3の電極とを設け、前記第2の電極と前記第3の電極とを電解質材料を挟んで、対向するように設けることもできる。さらに、電解質材料を挟んで、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜と対向して設けられた第1の電極を含む平面上に、前記電解質材料に接して、前記第1の電極と離間させて第2の電極を設けることもできる。そして、電極と電解質材料との間、電解質材料と伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜との間のいずれか一方、又は両方において、機能層を設けることも可能である。
また、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜と電極との間に、誘電体材料が配置された構造を備えた熱電変換素子とする場合には、上記に例示した構造を備えた熱電変換素子において、電解質材料に代えて、誘電体材料を用いた構造を形成すればよい。
【0049】
図2は、本発明の熱電変換素子の構成の一例を示す模式断面図である。また、図2において、1は伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜、2は電解質材料、3は電極を表す。
【0050】
図2の示す熱電変換素子は、例えば、電極3の上に電解質材料2が設けられ、電解質材料2の上に伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜1が設けられているが、これに限定されない。また、図2において、電極3と伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜1とを接続する回路を形成しており、電圧を印加できるようになっている。なお、図2では、電極3と伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜1とを接続する回路が形成されているが、本発明の熱電変換素子において、電極3と伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜1とを接続する回路は形成されていなくてもよい。
以下、図2の示す熱電変換素子を例に挙げて説明するが、本発明の熱電変換素子は、図2に示す熱電変換素子に限定されるものではない。
【0051】
例えば、図2に示す本発明の熱電変換素子において、電極3と伸張した結晶構造を有する黒リン単原子膜1との間に電圧を印加すると、電界効果により、伸張した結晶構造を有する黒リン単原子膜1には、正孔、又は電子が注入されることで、熱電変換性能が向上する。そして、電圧を印加する際に、正電圧、又は負電圧を選択することにより、正孔、又は電子の注入を選択することができる。図2において、電極3と伸張した結晶構造を有する黒リン単原子膜1との間に電圧を印加した状態で、例えば、A側とB側とで温度差を生じさせると、伸張された結晶構造を有する黒リン単原子膜1は、優れた熱電変換作用を示し、効率的に発電されるようになる。なお、A側とB側との温度差は一方が加熱され、他方が冷却されるようにすればよい。加熱手段、及び冷却手段はいずれの手段でもよく、温度差が生じ得る手段を採用すればよい。
【0052】
上記のように、図2に示す本発明の熱電変換素子において、電極3と伸張された結晶構造を有する黒リン単原子膜1との間に電圧を印加した状態で、A側とB側とで温度差を生じさせると、効率的に発電される。
【0053】
本発明の熱電変換素子の一例としては、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜1を陽極、又は陰極として用いることができる。そして、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜1を陽極として用いた熱電変換素子と、伸張された結晶構造を有する黒リン単原子膜1を陰極として用いた熱電変換素子とを直列につないで使用することもできる。
【0054】
また、本発明の熱電変換素子において、電解質材料2としてゲル状の電解質材料であるイオン性ゲルを用いた場合には、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜1を陽極、及び陰極として用いることもできる。
【0055】
以下、本発明の熱電変換素子を構成する各部材について詳細に説明する。以下、符号は省略して説明する。
【0056】
[電極]
電極に用いる材料は、導電性を示す物質で形成されていれば、特に限定されるものではない。具体的には、例えば、金属、金属酸化物、導電性高分子等が使用される。
金属としては、例えば、具体的には、マグネシウム、アルミニウム、金、銀、銅、クロム、チタン、ニッケル、モリブデン、タンタル、インジウム、パラジウム、リチウム、カルシウム及びこれらの合金が挙げられる。
金属酸化物としては、例えば、具体的には、酸化リチウム、酸化マグネシウム、酸化アルミニウム、酸化スズインジウム(ITO)、酸化スズ(NESA)、酸化インジウム、酸化亜鉛、酸化インジウム亜鉛等の金属酸化膜があげられる。
導電性高分子としては、例えば、具体的には、ポリアニリン、ポリチオフェン、ポリチオフェン誘導体、ポリピロール、ポリピリジン、ポリエチレンジオキシチオフェンとポリスチレンスルホン酸の錯体等があげられる。
【0057】
[電解質材料]
電解質材料に用いる形状としては、固体状、ゲル状、液体状であってもよく、特に限定されない。空気中で安定に存在する点、カチオン、アニオンの種類と、それらの組み合わせを数限りなく作り出すことができる点や、蒸気圧が実質的に0である点で、液体状であるイオン性液体を好ましく用いることができる。また、取扱い性の点から、イオン性ゲルを用いることがより好ましい。さらに、イオン性ゲルを電解質材料として用いれば、柔軟性により優れた熱電変換素子が得られる。なお、以下において、「(メタ)アクリル」とは、「アクリル」及び「メタクリル」のいずれをも含む表現である。
【0058】
固体状の電解質材料としては、具体的に、例えば、CuI、CuBr、CuSCN、ポリアニリン、ポリピロール、ポリチオフェン、アリールアミン系ポリマー、(メタ)アクリル基を有するポリマー、ポリビニルカルバゾール、トリフェニルジアミンポリマー、ポリオリゴエチレングリコールメタクリレート、パーフルオロスルフォネートなどのようなプロトン伝導性を有するフッ素系のイオン交換樹脂、パーフルオロカーボン共重合体、パーフルオロカーボンスルホン酸等が挙げられる。
【0059】
液体状の電解質材料としては、上記のように、カチオン、アニオンの種類と、それらの組み合わせを数限りなく作り出すことができる。例えば、液体状の電解質材料であるイオン性液体の一例としては、イミダゾリウムイオン、ピロリジニウムイオン、ピリジニウムイオン、ピペリジニウムイオン等をカチオン性物質として用いるものが挙げられ、ハロゲン化物イオン(Cl、Br)、テトラフルオロホウ酸イオン(BF)、ヘキサフルオロリン酸イオン(PF)、ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドイオン((CFSO)等をアニオンとして用いるものが挙げられる。これらのカチオン性物質、及びアニオン性物質は、それぞれ、1種単独で用いてもよいし2種以上を用いてもよい。
【0060】
また、ゲル状の電解質材料としては、例えば、イオン性液体をゲル化させたイオン性ゲルが挙げられる。イオン性液体をゲル化させる物質としては、イオン性液体をゲル化できる物質であれば、特に限定されない。イオン性ゲルは、例えば、次のようにして得られる。イオン性液体に対して、ポリ(メタ)アクリル酸またはそれらの塩を加えることで得られる。または、(メタ)アクリル酸の単量体と、アクリル酸アルキルエステル、アルキル分岐アクリル酸及びそれらのエステル、ハロゲン化ビニル、酢酸ビニル、ビニルアルコール、ジビニルエーテル、無水マレイン酸、アクリロニトリル、スチレン、及びそれらの組み合わせからなる群から選ばれる少なくとも一つの単量体と、を共重合させた共重合体を加えることで得られる。
また、ゲル状の電解質材料としては、イミダゾリウム化合物及びその塩と、アクリル酸、メタクリル酸、ビニルスルホン酸などの酸モノマーとを反応させてポリマーイオン性ゲルとしてもよい。
【0061】
[誘電体材料]
誘電体材料としては、例えば、具体的には、酸化シリコン(SiO)、酸窒化シリコン(SiO)、窒化シリコン(SiN)、酸化ハフニウム(HfO)、酸化ランタン(La)、酸化ジルコニウム(ZrO)、酸化アルミニウム(Al)、チタン酸バリウム(BaTiO)、チタン酸ストロンチウム(SrTiO)等が挙げられ、特に限定されるものではない。これらの誘電体材料は、例えば、膜状に形成して使用することができる。膜状の誘電体材料を形成する方法は公知の方法を採用すればよい。
【0062】
[伸張された結晶構造を有する黒リン単原子膜]
伸張された結晶構造を有する黒リン単原子膜は前述したものを用いる。本発明の熱電変換素子において、黒リン単原子膜の伸張方向であるジグザグ軸方向及びアームチェア軸方向の少なくとも一方と温度差が生じる方向とが、平行になるように、伸張した結晶構造を有する黒リン単原子膜を配置することが好ましい。また、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜は、ジグザグ軸方向及びアームチェア軸方向の少なくとも一方に伸張することで、伸張度合いに応じて熱電変換性能を変調し得ることから、所望の熱電変換性能に応じて、伸張度合いを変化させた黒リン単原子膜をジグザグ軸方向及びアームチェア軸方向の少なくとも一方と温度差が生じる方向とが平行となるように配置すればよい。なお、平行とは、ジグザグ軸方向及びアームチェア軸方向の少なくとも一方と温度差が生じる方向とが平行関係にあるほか、完全な平行状態になくても、一見して平行関係にあると見なせるほぼ平行な場合も含まれる。
【0063】
伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜を用いて熱電変換素子を構成する際に、例えば、ジグザグ軸方向及びアームチェア軸方向の少なくとも一方に予め伸張させた状態で、電解質材料の上に設けてもよい。また、未伸張の黒リン単原子膜を電解質材料の上に設けて、電解質材料とともに黒リン単原子膜をジグザグ軸方向及びアームチェア軸方向の少なくとも一方に伸張させた後、電極の上に電解質材料を設けてもよい。さらに、未伸張の黒リン単原子膜を電解質材料の上に設けて熱電変換素子を得た後で、電極側を内側にして湾曲、又は折り曲げた熱電変換素子とすることで、黒リン単原子膜をジグザグ軸方向及びアームチェア軸方向の少なくとも一方に伸張させてもよい。この場合には、熱電変換素子の電極側を内側にして湾曲、又は折り曲げた状態で使用する用途に用いられればよい。
【0064】
本発明の熱電変換素子は、例えば、太陽熱発電素子、蓄電素子と一体化した電力システムとして使用することが可能である。
また、本発明の熱電変換素子は、黒リン単原子膜を用いていることから、柔軟性に優れる。したがって、ポータブル(携帯性、可搬性)、または、ウェアラブル(着用性、身につけられる)な熱電変換素子として使用することが可能である。本発明の黒リン単原子膜は、伸張度合いに応じて熱電変換作用を変調し得るので、このような特性を利用して、既述したように例えばセンサー等の用途に使用が可能である。また、ウェアラブルな熱電変換素子として使用するような場合には、着用時の動作によって生じる伸張作用によって、熱電変換作用を変調し得るので、センサー等の用途に使用できる。
さらに、電界効果型トランジスタや、薄膜トランジスタに使用することが可能である。
【0065】
図2に示す熱電変換素子を想定して、既述の方法により、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜において、ジグザグ軸方向又はアームチェア軸方向に伸張させた場合のパワーファクターの変化について、シミュレーションによる検証を行った。結果を表1及び表2に示す。なお、正孔のドープ量は、電気的ドーピングにより、正孔のキャリアが供給されことを想定したものである。また、正孔のドープ量は、リン原子1個あたりのキャリア数を表す。
【0066】
【表1】
【0067】
【表2】
【0068】
シミュレーションによる検証の結果、未伸張の黒リン単原子膜に比べて、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜のパワーファクターは向上することがわかった。これにより、伸張した結晶構造を有する伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜は、熱電材料として優れた性能を示す。また、伸張率によって、パワーファクターに変化がみられることから、伸張度合いに応じて熱電変換性能を変調できる優れた黒リン単原子膜が得られた。
【0069】
上記のシミュレーションによる検証の結果から、未伸張の黒リン単原子膜のパワーファクターに対する伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜のパワーファクターの増加率を求めた。結果を図3に示す。例えば、未伸張の黒リン単原子膜における単位胞を基準として、ジグザグ軸方向に10%伸張させた黒リン単原子膜は、160%を超える程度に増加しており、黒リン単原子膜をジグザグ軸方向に伸張させることで熱電変換性能が飛躍的に向上することがわかった。また、アームチェア軸方向に10%伸張させた黒リン単原子膜のパワーファクターは、未伸張の黒リン単原子膜のパワーファクターに対して20%程度増加しており、熱電変換性能が向上することがわかった。
【0070】
表1,2中において、正孔のドープ量は、熱電材料としての効果を最大限に発揮するための最適なドープ量を示している。シミュレーションによる検証の結果、ジグザグ軸方向に伸張させた場合には、未伸張の黒リン単原子膜の場合に比べて、黒リン単原子膜の伸張率が大きくなるとともに、正孔のドープ量の最適量が少なくなることがわかる。つまり、黒リン単原子膜は、ジグザグ軸方向に伸張させることで、少ないドープ量でより熱電変換性能が高い、優れた熱電材料を示すことがわかる。
一方、アームチェア軸方向に伸張させた場合には、未伸張の黒リン単原子膜の場合に比べて、正孔のドープ量の最適量はわずかに増加する傾向があるものの、その増加量は極めて少ないことがわかる。つまり、アームチェア軸方向に伸張させた黒リン単原子膜において、正孔のドープ量の最適量は伸張率に依存せず、非常に狭い範囲で変化することがわかる。そして、ジグザグ軸方向に伸張させた場合に比べると、非常に少ない正孔のドープ量で熱電材料としての効果を最大限に発揮することがわかる。
【0071】
また、表1,2中において、格子定数aは図1に示すユニットセルにおけるジグザグ軸方向の格子定数を示し、格子定数bは図1に示すユニットセルにおけるアームチェア軸方向における格子定数を示す。表1に示す結果のように、黒リン単原子膜は、伸張度合いに応じて、格子定数aが増加し、格子定数bが低下することが分かる。つまり、伸張させた黒リン単原子膜は、格子定数aと格子定数bとが、上記のような結晶構造をとることで、パワーファクターが向上すると考えられる。
【0072】
なお、従来から知られているカーボンナノチューブ薄膜を用いた熱電変換素子におけるカーボンナノチューブ薄膜のパワーファクターは0.11mW/m・Kであった。これに対し、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜は、表1に示す結果のように、ジグザグ軸方向に伸張させた場合には、10mW/m・K程度までの範囲でパワーファクターが変調可能であり、アームチェア軸方向に伸張させた場合には、10mW/m・Kを超える巨大なパワーファクターが得られ、およそ14〜17W/m・K程度の範囲でパワーファクターが変調可能であるから、従来の熱電材料に比べて優れた熱電変換性能を示すことがわかる。
また、ジグザグ軸方向に伸張させた場合において、パワーファクターが変調させる下限値を1mW/m・Kとすれば、優れた熱電変換性能を示す熱電変換材料が得られる。
【0073】
伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜は、熱電変換性能が優れていることから、黒リン単原子膜を積層させた熱電材料としたとしても、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜を含んでいることで、単なるバルクの黒リンよりも、優れた熱電変換性能を示す熱電材料が得られると考えられる。
【0074】
上記の結果のように、ジグザグ軸方向に伸張させた場合には、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜に電気的ドーピングを施した場合、熱電変換性能を最大限に発揮するためのドープ量は少なく抑えられる。また、アームチェア軸方向に伸張させた場合には、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜に電気的ドーピングを施した場合、熱電変換性能を最大限に発揮するためのドープ量は極めて少ない。
したがって、例えば、伸張された結晶構造を有する本発明の黒リン単原子膜を熱電変換素子に用い、この熱電変換素子を電界効果型トランジスタに用いた場合、ゲート電極に印加する電圧を低くすることが可能となり、その結果、リーク電流が抑えられること、及び省エネルギーが図れることが期待される。
【符号の説明】
【0075】
1 伸張された結晶構造を有する黒リン単原子膜
2 電解質材料
3 電極
図1
図2
図3