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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2017-85945(P2017-85945A)
(43)【公開日】2017年5月25日
(54)【発明の名称】3次元培養による肝臓組織の構築方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/00 20060101AFI20170421BHJP
   A61L 27/00 20060101ALI20170421BHJP
   A61K 35/407 20150101ALI20170421BHJP
   A61P 1/16 20060101ALI20170421BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20170421BHJP
   C12N 5/071 20100101ALN20170421BHJP
   A61K 35/44 20150101ALN20170421BHJP
   A61K 35/28 20150101ALN20170421BHJP
【FI】
   C12N1/00 B
   A61L27/00 V
   A61K35/407
   A61P1/16
   A61P43/00 121
   C12N5/071
   A61K35/44
   A61K35/28
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2015-218865(P2015-218865)
(22)【出願日】2015年11月6日
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】396007188
【氏名又は名称】株式会社ジェイテックコーポレーション
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100170221
【弁理士】
【氏名又は名称】小瀬村 暁子
(72)【発明者】
【氏名】植村 壽公
(72)【発明者】
【氏名】田山 瑞季
(72)【発明者】
【氏名】津村 尚史
【テーマコード(参考)】
4B065
4C081
4C087
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065BC41
4B065BC50
4B065BD05
4C081AB11
4C081AB35
4C081BA12
4C081BA16
4C081CD121
4C081CD34
4C081DA01
4C081DB03
4C081EA01
4C081EA02
4C081EA11
4C081EA13
4C087AA01
4C087AA02
4C087AA03
4C087BB52
4C087BB63
4C087CA04
4C087CA16
4C087MA02
4C087MA67
4C087NA05
4C087NA14
4C087NA20
4C087ZB22
4C087ZC75
(57)【要約】
【課題】肝臓活性を有する肝臓組織を効率よく作製する方法の提供。
【解決手段】肝細胞、内皮細胞、及び間葉系幹細胞を、生分解性の足場材料に播種し、その足場材料内で擬微小重力環境下にて共培養することを含む、3次元肝臓組織の作製方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
肝細胞、血管内皮細胞、及び間葉系幹細胞を、生分解性の足場材料に播種し、その足場材料内で擬微小重力環境下にて共培養することを含む、3次元肝臓組織の作製方法。
【請求項2】
肝細胞、内皮細胞、及び間葉系幹細胞の細胞混合物を、前記足場材料に播種する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
肝臓分化誘導因子を含む培地を使用することなく、前記共培養を行う、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記細胞混合物が、肝細胞、内皮細胞、及び間葉系幹細胞を4:2:1の混合比で含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記足場材料が、多孔性足場材料である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記足場材料が、コラーゲンを含む、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
擬微小重力環境が、時間平均して地球の重力の1/10〜1/100に相当する重力を物体に与える環境である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
回転で生じる応力で地球の重力を相殺することにより擬微小重力環境を地上で実現する1軸回転式バイオリアクターを用いて、擬微小重力環境下での共培養を行う、請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記1軸回転式バイオリアクターがRWVバイオリアクターである、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
請求項1〜9に記載の方法により3次元肝臓組織を構築し、それを被験物質と接触させ、肝臓組織の肝臓活性への影響を調べることを含む、被験物質の肝臓に対する薬効又は毒性の試験方法。
【請求項11】
気孔内に肝細胞、血管内皮細胞、及び間葉系幹細胞を含有する、生分解性の足場材料。
【請求項12】
請求項11に記載の足場材料を含む、被験物質の肝臓に対する薬効又は毒性の試験用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、3次元培養による肝臓組織の構築方法に関する。
【背景技術】
【0002】
肝臓の代謝毒性は、薬剤開発における臨床試験中止、発売後に生じた有害事象による販売中止などの大きな要因になっている。実際、肝臓毒性症例によって、例えば、最近では、クロルメザノン(抗不安剤、日本での撤退年:1996)、ブロムフェナク(非ステロイド性解熱鎮痛剤、1998)、トロバフロキサシン(キノロン系抗菌剤、1999)、トログリタゾン(糖尿病、2000)などが市場から撤退し、莫大な損失を医薬品メーカーに与えている。このような状況からも、薬剤の前臨床試験段階での肝臓毒性評価が極めて重要と考えられている。
【0003】
現在、薬剤の肝臓毒性試験は、主にラットなどの実験動物を用いて行われている。しかし、動物愛護(3R)の問題に加えて、実験動物種により肝臓毒性試験の結果が大きく異なるという問題が指摘されており、そのため実験動物試験に代わる代替法の開発が切望されている。その最も期待される手法は、ヒト由来肝細胞の培養系を用いた試験である。この方法では、例えば、肝細胞をディッシュに播種・培養した後、被験薬剤を添加し、肝細胞の増殖特性、アルブミン産生能、シップ(CYP;シトクロムP450)活性などを調べることにより、被験薬剤の肝臓における活性や毒性を評価する。しかし、ディッシュ上で2次元単層培養した肝細胞は2次元シートしか形成せず、これは本来の生体内環境からは大幅に異なる環境であるため、低い肝臓活性しか示さない。そこで創薬スクリーニングのためには高い肝臓活性を有する3次元肝臓組織を効率よく構築できる3次元培養法が切望されているが、そのような3次元培養法は未だ開発されていない。
【0004】
一般的に、細胞から3次元組織の構築を行う場合、適当な足場材料を用いて3次元培養を行うか、撹拌培養を行う必要がある。しかし、従来の撹拌培養では、細胞に与えられる機械的刺激や損傷が強く、大きな組織を得ることは困難か、あるいは得られたとしても内部で壊死を起こしていることが多かった。そこで、肝細胞を内部まで壊死させることなく立体的な3次元構造を有する高い活性を持った組織にまで成長させることができる手法の開発が望まれている。
【0005】
一方、細胞培養時に細胞にかかる重量を最適化するために設計された一連のバイオリアクターが存在する。その一つであるRWV(Rotating Wall Vessel)バイオリアクターは、NASAが開発したガス交換機能を備えた回転式バイオリアクターである。本発明者らは、以前からこのRWVバイオリアクターを用いた3次元培養により骨髄細胞等からの軟骨再生技術をはじめとする研究開発を行ってきた(特許文献1〜3、非特許文献1〜2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開WO2005/056072号
【特許文献2】国際公開WO2006/135103号
【特許文献3】特開2012−80874号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Ohyabu Y., et al., Biotechnology and Bioengineering, 95(5) p.1003-1008 (2006)
【非特許文献2】Yoshioka T., et al., Journal of Orthopaedic Research, 25(10) p.1291-1298 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、肝臓活性を有する3次元肝臓組織を効率よく作製する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、肝細胞を、他の細胞、特に血管内皮細胞及び間葉系幹細胞と共に、足場材料に播種し、足場材料内で擬微小重力環境下で共培養することにより、肝臓活性を有する3次元肝臓組織を効率よく構築できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下を包含する。
[1] 肝細胞、血管内皮細胞、及び間葉系幹細胞を、生分解性の足場材料に播種し、その足場材料内で擬微小重力環境下にて共培養することを含む、3次元肝臓組織の作製方法。
[2] 肝細胞、内皮細胞、及び間葉系幹細胞の細胞混合物を、前記足場材料に播種する、上記[1]に記載の方法。
[3] 肝臓分化誘導因子を含む培地を使用することなく、前記共培養を行う、上記[1]又は[2]に記載の方法。
[4] 前記細胞混合物が、肝細胞、内皮細胞、及び間葉系幹細胞を4:2:1の混合比で含む、上記[1]〜[3]のいずれかに記載の方法。
[5] 前記足場材料が、多孔性足場材料である、上記[1]〜[4]のいずれかに記載の方法。
[6] 前記足場材料が、コラーゲンを含む、上記[1]〜[5]のいずれかに記載の方法。
[7] 擬微小重力環境が、時間平均して地球の重力の1/10〜1/100に相当する重力を物体に与える環境である、[1]〜[6]に記載の方法。
[8] 回転で生じる応力で地球の重力を相殺することにより擬微小重力環境を地上で実現する1軸回転式バイオリアクターを用いて、擬微小重力環境下での共培養を行う、上記[1]〜[7]のいずれかに記載の方法。
[9] 前記1軸回転式バイオリアクターがRWVバイオリアクターである、上記[8]に記載の方法。
[10] 上記[1]〜[9]に記載の方法により3次元肝臓組織を構築し、それを被験物質と接触させ、肝臓組織の肝臓活性への影響を調べることを含む、被験物質の肝臓に対する薬効又は毒性の試験方法。
[11] 気孔内に肝細胞、血管内皮細胞、及び間葉系幹細胞を含有する、生分解性の足場材料。
[12] 上記[11]に記載の足場材料を含む、被験物質の肝臓に対する薬効又は毒性の試験用キット。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、肝臓活性を有する肝臓組織、例えば肝臓組織モデルを効率よく構築することができる。本発明の特に好ましい実施形態では、高い薬剤感受性を有する均質な肝臓組織を構築することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は擬微小重力環境下で培地中に浮遊しながら3次元培養されている多数の細胞/コラーゲンスポンジコンポジットの写真を示す図である。
図2図2はアセトアミノフェン投与による、3次元培養で得られた肝臓組織のアルブミン産生量への影響を示す図である。
図3図3はトログリタゾン投与による、3次元培養で得られた肝臓組織のアルブミン産生量への影響を示す図である。
図4図4はアセトアミノフェン投与による、2次元培養した肝細胞のアルブミン産生量への影響を示す図である。
図5図5はトログリタゾン投与による、2次元培養した肝細胞のアルブミン産生量への影響を示す図である。
図6図6はアセトアミノフェン投与後の細胞数の変化をDNA量で示す図である。
図7図7はトログリタゾン投与後の細胞数の変化をDNA量で示す図である。
図8図8は細胞足場材料としてテルダーミス(R)又はハニカムスポンジを用いて構築した、HepG2/HUVEC/hMSCs混合培養系由来の3次元肝臓組織のアルブミン産生量測定値をサンプル毎に示した図である。
図9図9は細胞足場材料としてテルダーミス(R)又はハニカムスポンジを用いて構築した、HepG2/HUVEC/hMSCs混合培養系由来の3次元肝臓組織の凍結切片のHE染色像を示す写真である。A:テルダーミス(R)、B:ハニカムスポンジ。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は肝細胞を微小重力環境下で3次元培養し、肝臓組織を構築する方法に関する。
【0014】
肝細胞(肝実質細胞)は、他の細胞と比べて凝集しやすい性質を有する。この性質が、肝細胞の増殖を従来の細胞培養技術で制御することを困難にする大きな要因となっている。例えば、2次元ディッシュで培養すると、肝細胞は自発的にさまざまな形や大きさのスフェロイドを形作ることが多く、その場合、創薬スクリーニングに使いやすい均質な3次元組織を構築することが極めて困難である。また、肝細胞は塊を作りやすいため、多孔性足場材料に効率よく播種することは困難であり、このため多孔性足場材料を用いた培養で均質な多数の組織を作ることも難しい。
【0015】
本発明は、このような肝細胞を、肝細胞以外の細胞と共に播種し、共存3次元培養を擬微小重力環境下で行うことにより、均質な3次元肝臓組織の構築を実現したものである。より具体的には、本発明は、肝細胞以外の細胞、特に血管内皮細胞及び間葉系幹細胞と共に播種した肝細胞を足場材料内で擬微小重力環境下で培養することにより、3次元肝臓組織を作製する方法を提供する。本発明の好ましい実施形態では、肝細胞を含む混合培養系を用いて肝細胞を足場材料に、より均一に播種することができ、また、高い肝臓活性を発揮できる安定した均質な肝臓組織を多数構築することができる。
【0016】
本発明において「肝細胞」とは、肝実質細胞を指す。本発明で用いる肝細胞は、好ましくは培養細胞であり、初代培養細胞又は樹立細胞株であり得る。そのような肝細胞は正常肝由来であっても肝がん細胞由来であってもよい。本発明における肝細胞は、任意の哺乳動物(例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、イヌ、ネコ、サル、ウシなど)由来であってよいが、ヒト由来が好ましい。ヒト肝細胞株としては、以下に限定されないが、例えば、HepG2、HepaRG、HuH1、HuH6、HuH7、PLC/PRF/5、HLE、HLF、JHH-1、JHH-2等が挙げられる。本発明における肝細胞はまた、体性幹細胞、臍帯血幹細胞、ES細胞、iPS細胞等の幹細胞から分化誘導により肝細胞に分化させたものであってもよい。肝細胞は不死化されていても、有限増殖性であってもよい。本発明における肝細胞はまた、ヒト肝臓(腫瘍切除により得られた肝臓組織等)より採取した初代細胞(正常細胞)でもよい。本発明における肝細胞は、遺伝子導入等の遺伝子改変がされていない非遺伝子組換え細胞であってもよい。
【0017】
本発明で用いる「血管内皮細胞」は、以下に限定するものではないが、臍帯静脈、臍帯動脈、大動脈、冠動脈、伏在動脈、伏在静脈、肺動脈、皮膚血管、微小血管内皮細胞(新生児皮膚微小血管など)等の任意の血管の内皮細胞であってよい。本発明における血管内皮細胞は、好ましくは培養細胞であり、初代培養細胞又は樹立細胞株であり得る。本発明における血管内皮細胞は正常細胞由来であってもよいし、がん細胞由来であってもよい。血管内皮細胞は、健常ドナー由来であってもよいし、糖尿病ドナー等の血管系疾患を有するドナー由来であってもよい。血管内皮細胞は、任意の哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、イヌ、ネコ、サル、ウシなど)由来であってよいが、ヒト由来が好ましい。血管内皮細胞は、使用する肝細胞及び/又は間葉系幹細胞と同じ生物種に由来することが好ましいが、同じドナー個体に由来するものであっても異なるドナー個体に由来するものであってもよい。ヒト血管内皮細胞株としては、以下に限定されないが、例えば、HUVEC(ヒト臍帯静脈内皮細胞;Human Umbilical Vein Endothelial Cells)、HUAEC(ヒト臍帯動脈内皮細胞;Human Umbilical Artery Endothelial Cells)、HCAEC(ヒト冠動脈内皮細胞;Human Coronary Artery Endothelial Cells)、HAoEC(ヒト大静脈内皮細胞;Human Aortic Endothelial Cells)、HDMEC(Human Dermal Microvascular Endothelial Cells)等が挙げられる。本発明における血管内皮細胞はまた、体性幹細胞、臍帯血幹細胞、ES細胞、iPS細胞等の幹細胞から分化誘導により血管内皮細胞に分化させたものであってもよい。血管内皮細胞は不死化されていても、有限増殖性であってもよい。本発明における血管内皮細胞は、遺伝子導入等の遺伝子改変がされていない非遺伝子組換え細胞であってもよい。
【0018】
本発明で用いる「間葉系幹細胞(MSC)」は、中胚葉性組織に由来する体性幹細胞である。本発明における間葉系幹細胞は、以下に限定されないが、例えば、骨髄、臍帯血、胎盤、脂肪等に由来するものであってよい。本発明における間葉系幹細胞は、好ましくは培養細胞であり、初代培養細胞又は樹立細胞株であり得る。間葉系幹細胞は、任意の哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、イヌ、ネコ、サル、ウシなど)由来であってよいが、ヒト由来が好ましい。間葉系幹細胞は、使用する肝細胞及び/又は血管内皮細胞と同じ生物種に由来することが好ましいが、同じドナー個体に由来するものであっても異なるドナー個体に由来するものであってもよい。本発明における間葉系幹細胞はまた、体性幹細胞、臍帯血幹細胞、ES細胞、iPS細胞等の幹細胞から分化誘導により間葉系幹細胞に分化させたものであってもよい。間葉系幹細胞は不死化されていても、有限増殖性であってもよい。本発明における間葉系幹細胞は、遺伝子導入等の遺伝子改変がされていない非遺伝子組換え細胞であってもよい。
【0019】
肝細胞、血管内皮細胞及び間葉系幹細胞は市販されているが、ATCC(American Type Culture Collection)や理研細胞バンクを含む様々な生物資源バンクから入手することもできる。
【0020】
本発明の方法では、上記のような肝細胞を、他の細胞、特に血管内皮細胞及び間葉系幹細胞と共に、生分解性の足場材料に播種する。本発明において足場材料とは、細胞が3次元的に増殖するための足場として機能する細胞足場材料(スキャホールド)を意味する。足場材料の足場部分は3次元構造を有しており、すなわち足場部分が立体的に配置されている。足場材料はその内部への細胞の侵入を可能にするため、多数の気孔(空隙)を有する。足場材料は、気孔を任意の形状及び/又は分布で有するものであってよいが、多孔性であることが好ましい。足場材料は、気孔間連通性を有していることがさらに好ましく、3次元ネットワーク構造を有していることも好ましい。足場材料について「多孔性」とは、孔径数μm〜数百μm程度の無数の気孔(空隙)が足場材料全体に比較的均一に存在することを指す。本発明においては、足場材料の空隙率(足場材料の全体積に比した空隙部分の体積の割合)は好ましくは30〜95%、より好ましくは60〜90%である。足場材料の孔径(気孔の直径)は、以下に限定されないが、好ましくは10〜500μm、より好ましくは50〜300μm、例えば50〜200μm(平均値)である。
【0021】
足場材料の形状は、特に限定されず、円筒形、ディスク状、ブロック状、球形、楕円球形など任意の形状であってよい。本発明では、足場材料の大きさは、特に限定されないが、作製する肝臓組織の大きさに合わせた大きさであることが好ましい。足場材料の大きさの設定においては、足場材料の最長部の長さ(例えば直径、長径又は長辺等の長さ)として、以下に限定されないが、例えば、10mm以下、好ましくは0.2mm〜10mmの範囲より適宜選択することができる。また足場材料の最短部の長さ(例えば短径又は短辺等の長さ)として、以下に限定するものではないが、例えば、0.1mm以上、好ましくは0.1mm〜9.5mmの範囲より適宜選択することができる。本発明で用いる足場材料の最短部及び最長部の長さは、好ましくは1〜7mm、例えば2〜5mmであってよい。
【0022】
本発明で用いる足場材料は、生分解性材料で構成される。本発明の足場材料は、医療分野等で使用される、生体内で分解されて細胞及び/又は生体に無毒な代謝産物を生成する生分解性材料で構成されることが好ましい。本発明における生分解性の足場材料は、例えば、コラーゲン、生分解性ポリマー、多糖類、又はそれらの組み合わせを含むものであってよい。「コラーゲン」としては、I型、II型、III型、IV型、V型、VI型及びVII型コラーゲンのいずれか、若しくはそれらの処理物(テロペプチドを除去したアテロコラーゲンや、熱変性体であるゼラチン等)、又はそれらの混合物が挙げられる。コラーゲンは、2種以上のコラーゲンの混合物であってもよく、一例として、生体内での利用のために抗原性低減が望まれる場合には複数種のアテロコラーゲンの混合物、例えば、熱変性アテロコラーゲンと線維化アテロコラーゲンの混合物(線維化アテロコラーゲンに熱変性アテロコラーゲンを5〜20%、例えば7〜12%添加したものなど)であってもよい。他の生分解性ポリマーとしては、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリカプロラクトン、ポリアルギン酸などの生分解性ポリエステル類、キチン、キトサン、アルギン酸、ポリアスパラギン酸、ヒアルロン酸等が挙げられるが、これらに限定されない。生分解性の足場材料は市販のものを用いてもよいし、動物組織から抽出・精製したコラーゲン等の生分解性材料から作製したものを用いてもよい。本発明で用いる生分解性足場材料の好ましい例として、テルダーミス(R)(オリンパステルモバイオマテリアル株式会社)などの多孔性コラーゲンスポンジが挙げられる。
【0023】
なお、構築する3次元組織間の均質性を確保するためには、材料や大きさなどが同一の複数の足場材料を用いることが好ましい。通常、肝細胞、血管内皮細胞及び間葉系幹細胞が播種された足場材料1個から、1つの3次元肝臓組織が構築される。
【0024】
本発明では、肝細胞を、血管内皮細胞及び間葉系幹細胞と共に、生分解性の足場材料へ播種する。肝細胞、血管内皮細胞及び/又は間葉系幹細胞は、2次元培養又は3次元培養で予め増殖させ(前培養)、細胞密度の測定等により細胞数を測定しておくことが好ましい。肝細胞、血管内皮細胞及び/又は間葉系幹細胞を、2次元培養で予め増殖させた場合には、通常は、トリプシン処理等の常法により細胞を剥離し、遠心等により回収したものを用いればよい。
【0025】
肝細胞をより均一に播種するため、肝細胞、血管内皮細胞及び間葉系幹細胞は、混合状態で足場材料に播種することが好ましい。足場材料への播種に供する、肝細胞、血管内皮細胞及び間葉系幹細胞は、肝細胞の細胞数を基準(100%)としたときに、血管内皮細胞の細胞数が35〜65%、間葉系幹細胞の細胞数が17.5〜32.5%となる量で混合されることがより好ましい。肝細胞、血管内皮細胞及び間葉系幹細胞は、肝細胞の細胞数を基準(100%)としたときに、血管内皮細胞の細胞数が40〜60%、間葉系幹細胞の細胞数が20〜30%となる量で混合してもよい。好ましい一実施形態では、足場材料への播種に供する、肝細胞、血管内皮細胞及び間葉系幹細胞の細胞混合物は、肝細胞、血管内皮細胞及び間葉系幹細胞を4:2:1の混合比(細胞数の比)で含む。但しこの混合比は、その性質上、厳密に解釈されるべきものではない。本発明において、肝細胞:血管内皮細胞:間葉系幹細胞=4:2:1の混合比は、肝細胞の細胞数を基準として、血管内皮細胞の細胞数が約0.5倍(ここで「約」とは、±15%、好ましくは±5%の範囲内を意味する)、間葉系幹細胞の細胞数が約0.25倍(ここで「約」とは、±15%、好ましくは±5%の範囲内を意味する)となる量で、それらの細胞が混合されることを意味する。細胞数は、当業者であれば、細胞密度等の測定値を元に算出することができる。
【0026】
肝細胞、血管内皮細胞及び間葉系幹細胞の細胞混合物の足場材料への播種は、任意の方法で行うことができるが、好ましくは、肝細胞、血管内皮細胞及び間葉系幹細胞を培地に懸濁し、その懸濁液に足場材料を浸漬するか又は足場材料にその懸濁液を注入して細胞を足場材料に接触させることによって行えばよい。細胞を懸濁する培地は、それらの細胞の培養に適した培地であれば特に限定されない。培地には、FBS(ウシ胎仔血清)や、Antibiotic-Antimycotic等の抗生物質を添加してもよい。好ましい一実施形態では、肝細胞の培養に適した培地、血管内皮細胞の培養に適した培地、間葉系幹細胞の培養に適した培地を、肝細胞、血管内皮細胞及び間葉系幹細胞の混合比と同じ比率(例えば、4:2:1)で混合したものを培地として用いることができる。肝細胞の培養に適した培地、血管内皮細胞の培養に適した培地、間葉系幹細胞の培養に適した培地は、それぞれの細胞の前培養で用いたものと同じ培地であってもよい。
【0027】
足場材料への細胞の侵入(導入)を促進するには、肝細胞、血管内皮細胞及び間葉系幹細胞を含む懸濁液を接触させた足場材料を、陰圧又は加圧条件下に置くことも好ましい。例えば、肝細胞、血管内皮細胞及び間葉系幹細胞を含む懸濁液に足場材料を浸漬し、スターラー等で培地を撹拌しながら、密閉容器内で真空ポンプ及び圧力調整器を用いて80〜120mmHg、例えば95〜105mmHgの陰圧をかけて一定時間(例えば5〜20分間)保持することにより、細胞を足場材料内(その気孔内)に効率よく導入することができる。
【0028】
以上のようにして肝細胞、血管内皮細胞及び間葉系幹細胞を播種した足場材料は、擬微小重力環境下で培養する前に、30分〜24時間の静置培養に供し、細胞の足場材料への接着を促進することが好ましい。静置培養は通常の培養条件下で行えばよいが、例えば、37℃、5%CO2の条件下で行うことができる。
【0029】
続いて、肝細胞、血管内皮細胞及び間葉系幹細胞を播種した足場材料を、擬微小重力環境下に置き、肝細胞、血管内皮細胞及び間葉系幹細胞を足場材料内で共培養する。
【0030】
本発明において、「擬微小重力環境」とは、宇宙空間等における微小重力環境を模して人工的に作り出された微小重力(simulated microgravity)環境を意味する。こうした擬微小重力環境は、例えば、回転で生じる応力によって地球の重力を相殺することにより実現される。回転している物体は、地球の重力と応力のベクトル和で表される力を受けるため、その大きさと方向は時間により変化する。回転している物体には、時間平均すると地球の重力(1g)よりもはるかに小さな重力しか作用しないこととなり、宇宙空間によく似た「擬微小重力環境」が実現される。好ましくは、擬微小重力環境は、時間平均して地球の重力の1/10〜1/100に相当する重力を物体に与える環境を意味する。
【0031】
本発明において「擬微小重力環境」は、培養液(培地)中で、細胞をその内部に含有する足場材料(細胞/足場材料コンポジット)が沈降することなく液中に浮いた状態となり、その状態での培養の結果として足場材料内で細胞が増殖し3次元組織を形成できるように調節される。擬微小重力環境を作り出すために、例えば細胞に対する地球の重力の影響を最小化する回転速度で、培養系を回転させることができる。具体的には、培養細胞にかかる微小重力を、時間平均して地球の重力(1g)の1/10〜1/100に相当する重力に低減するような回転速度とすることが好ましい。培養系の回転速度は、細胞と足場材料とのコンポジットの沈降速度に合わせて適宜調節されるが、好ましくは、細胞と足場材料とのコンポジットが液中で一列状に並んで浮遊するように調節され得る。
【0032】
本発明では、擬微小重力環境を実現するために、回転式バイオリアクターを使用することができる。その回転式のバイオリアクターは、好ましくは、回転で生じる応力で地球の重力を相殺することにより擬微小重力環境を地上で実現する1軸回転式バイオリアクターである。回転式バイオリアクターとしては、例えば、RWV(Rotating-Wall Vessel: US特許No.5,002,890)、RCCS(Rotary Cell Culture SystemTM: Synthecon Incorporated)、3D-clinostat、並びに特開平8-173143号、特開平9-37767号、及び特開2002-45173号に記載されているようなものを挙げることができる。本発明では円筒の中央部分に細い円筒形の酸素透過膜を備えたベッセルを用いた1軸回転式のバイオリアクターを用いることがより好ましい。一方、多軸回転式(例えば、2軸式のclinostat等)では、ずれ応力(シェアストレス)を最小化することができず、またサンプル自体も回転するため、1軸回転式のようにベッセル内にふわふわと浮かんだ状態を再現することができない。なかでも、RWV及びRCCSはガス交換機能を備えているという点で優れている。
【0033】
RWVバイオリアクターは、NASAによって開発されたガス交換機能を備えた1軸回転式のバイオリアクターであり、横向き円筒形バイオリアクター内に培養液を満たし、細胞を播種した後、その円筒の水平軸方向に沿って回転しながら培養を行う1軸回転式の回転培養装置である。RWVバイオリアクター内では、回転による応力のため地球の重力が相殺され、地上の重力に比較してはるかに小さい(1/100程度)微小重力環境が実現される。RWVバイオリアクター内のその微小重力環境(擬微小重力環境)下で、多数個の細胞/足場材料コンポジットは、培養液中でおよそ同じ高さに一列状に並んで浮遊し、3次元培養によりコンポジット間で均質な組織成長を促すことができる。
【0034】
RWVバイオリアクターを用いた場合の好ましい回転速度は、ベッセルの直径及び構築しようとする組織の大きさや質量に応じて適宜設定することができるが、例えば、直径7cmの円筒型RWVベッセル(容量250ml)を用いた場合であれば10〜15 rpm程度に調節することができる。回転速度が一定の場合は回転中心からの半径に比例して流速が早くなる。そのため、容量がさらに大きいベッセル、例えば250ml、500ml、1000ml、及び2000mlなどの大きな容量及び直径を有するベッセルを用いる場合は、当業者であれば、回転速度を低下させる方向で適切な回転速度に調節することができる。このような回転速度で培養を行うとき、ベッセル内の細胞に作用する重力は実質的に地上の重力(1g)の1/10〜1/100程度となり、組織が沈降せず浮遊している状態を維持することができる。
【0035】
回転式バイオリアクターにおいて用いる培養容器(例えば、ベッセル)は、以下に限定するものではないが、例えば5ml〜5000ml、10ml〜2000ml、又は10ml〜100mlの容量を有するものであってよい。培養容器の容量は、構築しようとする肝臓組織の個数又は足場材料の個数に応じて設定すればよい。一例として、培養容器の250mlであれば500個程度、500mlであれば1000個程度までの肝臓組織を培養することができる。
【0036】
肝細胞、血管内皮細胞及び間葉系幹細胞の擬微小重力環境下での培養に用いる培地は、それらの細胞の培養に適した培地であれば特に限定されない。培地には、FBS(ウシ胎仔血清)や、Antibiotic-Antimycotic等の抗生物質を添加してもよい。そのような培地として、例えば、肝細胞の培養に適した培地、血管内皮細胞の培養に適した培地、間葉系幹細胞の培養に適した培地を、肝細胞、血管内皮細胞及び間葉系幹細胞の混合比と同じ比率(例えば、4:2:1)で混合したものを用いることができる。肝細胞の培養に適した培地、血管内皮細胞の培養に適した培地、間葉系幹細胞の培養に適した培地は、それぞれの細胞の前培養又は足場材料への播種の際に用いたものと同じ培地であってもよい。
【0037】
細胞培養は、3〜10%CO2、30〜40℃、例えば5%CO2、37℃の条件下で行うことが好ましい。培養期間は、特に限定されないが、少なくとも4日、好ましくは5〜28日である。足場材料に播種された肝細胞、血管内皮細胞及び間葉系幹細胞は、培養期間中に足場材料上で分化及び/又は増殖し、足場材料を分解・置換しながら3次元構造を形成し、肝臓組織を構築していく。
【0038】
本発明では、以上のような3次元培養により、3次元構造を有する肝臓組織(3次元肝臓組織)を構築(作製)することができる。本発明の方法では、多数の足場材料を並行して同じ条件で培養することができるため、多数の均質な肝臓組織を構築できる。このことは、肝臓に対する薬効スクリーニング(薬理試験)や毒性試験に用いる際の肝臓組織モデルを多数作製する必要があるときに特に有用である。
【0039】
なお本発明では、細胞の足場材料への播種、及び擬微小重力環境下での培養を、肝臓分化誘導因子を含む培地(肝臓分化誘導用培地)を使用することなく行うことができる。本発明において「肝臓分化誘導因子」とは、培地に添加して未分化細胞から肝臓組織への分化を誘導することができる、因子又は因子の組み合わせを意味する。肝臓分化誘導因子は、肝細胞や肝臓組織の分化誘導に使用できることが公知の任意の因子(液性因子)であってよく、以下に限定しないが、例えば、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、上皮増殖因子(EGF)、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、及び骨形成因子4(BMP4)の組み合わせ;アクチビンA、bFGF、BMP、肝細胞増殖因子(HGF)、及びEGFの組み合わせ;上皮増殖因子;HGFとHGFの組み合わせ;アクチビンAとbFGFの組み合わせ;ニコチンアミド、EGF、線維芽細胞増殖因子4(FGF4)、HGF、オンコスタチンM及びデキサメタゾンの組み合わせ;HGF、オンコスタチンM及びデキサメタゾンの組み合わせ;BMP4、アクチビン、bFGF、VEGF及びTGFb阻害剤の組み合わせ等が挙げられる。ここで、単独では肝臓組織の分化を誘導することができない因子のみを使用する場合は、その因子は「肝臓分化誘導因子」には含まれないものとする。本発明において「肝臓分化誘導因子を含む培地を使用することなく」とは、肝臓分化誘導因子を含む組成で調製した培地又は肝臓分化誘導因子を後から添加した培地を3次元培養に使用しないことを意味する。肝臓分化誘導因子を含まない培地に肝細胞、血管内皮細胞、又は間葉系幹細胞等の細胞を播種した後、培養中に細胞から内因性の分化誘導因子が培地中に分泌されたとしても、その培地は「肝臓分化誘導因子を含む培地」には包含されないものとする。本発明の方法では、肝臓分化誘導因子を含む培地を使用せずに、3次元肝臓組織を構築することができる。本発明ではまた、フィーダー細胞及び/又は細胞外マトリックスを使用せずに3次元肝臓組織を構築してもよい。
【0040】
このようにして構築(作製)された肝臓組織は、肝臓活性を有する。本発明において肝臓活性とは、肝臓における代謝(分解、合成)、貯蔵、解毒、又は排泄等を担う少なくとも1つの肝機能(酵素等)の活性を意味する。アルブミンは肝臓のみで合成されるため、肝機能の指標の1つとして用いられている。したがって本発明の方法で作製される肝臓組織の肝臓活性は、例えば、アルブミン産生量(アルブミン合成活性)やアルブミン遺伝子の転写量(転写活性)を指標として評価することができる。アルブミン産生量の測定は、例えば、後述の実施例に記載のように、肝臓組織を一定時間培養した後の培地を、アルブミン特異的ポリクローナル抗体を予めコーティングしたプレートに添加し、培地中に細胞から分泌されたアルブミンをELISA法で検出することにより行うことができる。あるいは、本発明における肝臓組織の肝臓活性は、アルブミン以外の因子、例えば薬物代謝関連遺伝子(例えばCYP活性)及びその遺伝子産物の活性の測定値を指標として評価してもよい。本発明の方法で3次元培養により作製された肝臓組織は、好ましい実施形態では、肝細胞、血管内皮細胞、及び間葉系幹細胞の2次元混合培養系と比較して、顕著に増加した肝臓活性を有する。
【0041】
本発明の方法で、特に多孔性足場材料を用いると、足場材料の中心付近まで細胞がより均一に侵入・増殖することができるため、肝臓活性をより安定して発揮できる均質な肝臓組織を作製することができる。得られた肝臓組織内の構造は、例えばその凍結切片を作製し、ヘマトキリシン・エオジン染色等を行い、染色像を観察することにより確認することができる。
【0042】
本発明の方法により作製した肝臓組織は、肝臓活性を示すことから、天然の肝臓の一部又は全部の代替物として利用することができる。
【0043】
本発明の方法により作製した肝臓組織はまた、肝機能に影響を及ぼす薬物に対して高い感受性を示す。そのため当該肝臓組織は、薬物の肝臓に対する薬効又は毒性を試験するのに好適な3次元肝臓組織モデルとして用いることができる。あるいは当該肝臓組織は、肝臓活性の作用メカニズム等を調べる研究のために、3次元肝臓組織モデルとして用いることもできる。
【0044】
したがって本発明では、上記の方法により作製した肝臓組織を、in vitroで被験物質と接触させ、肝臓組織の肝臓活性への影響を調べることを含む、被験物質の肝臓に対する薬効又は毒性の試験方法も提供する。本方法は、肝臓に対する薬効の有無及び/又は程度について被験物質をスクリーニングするために用いることができる(薬効スクリーニング)。本方法はまた、肝臓に対する毒性の有無及び/又は程度について被験物質をスクリーニングするために用いることもできる(毒性試験)。被験物質は、肝臓に対する薬効又は毒性を試験すべき任意の物質であってよく、例えば、肝障害を引き起こす恐れがあることが知られているか又はそれが疑われる物質であってもよいし、肝臓活性への影響が未知である新規の薬物であってもよい。被験物質は、例えば、アセトアミノフェンやトログリタゾンなどであり得る。
【0045】
具体的には例えば、上記の方法により作製した肝臓組織を含む培地に、被験物質を添加し、一定時間(例えば48時間)培養すればよい。被験物質は異なる濃度で添加し、肝臓活性の濃度依存的変化を調べることが好ましい。この培養は2次元培養であってよいが、3次元培養(例えば、上述の擬微小重力環境下での培養)であってもよい。好ましい実施形態では、対照として、肝臓組織を含む培地に、被験物質を添加することなく、同じ時間(例えば48時間)培養する(無処理群)。被験物質の肝臓活性への影響を調べるため、培養中に、培地中のアルブミン量(アルブミン産生量)、又は細胞中のアルブミン遺伝子の転写活性を、好ましくは経時的に測定する。培地中のアルブミン量の測定は、常法により行えばよく、例えば市販のアルブミンアッセイキットを用いて行うことができる。あるいは、被験物質の肝臓活性への影響は、アルブミン以外の因子、例えば薬物代謝関連遺伝子又はその遺伝子産物の活性を測定することにより、調べることもできる。
【0046】
ここで用いる肝臓組織は、テルダーミス(R)等の多孔性足場材料を用いて作製したものがより好ましい。多孔性足場材料を用いて作製した肝臓組織は、より安定した肝臓活性を発揮できるため、薬効スクリーニングや毒性試験においてより信頼性の高いデータを得るのに有用である。
【0047】
肝臓組織を被験物質と接触させて培養した後、培地中のアルブミン量等の肝臓活性の測定値が、被験物質無処理群と比較して減少(好ましくは統計学的に有意に減少、例えば20%以上減少)した場合には、その被験物質は肝毒性を有する可能性があると判定することができ、その判定結果に基づいて被験物質の肝臓への毒性を示すデータを取得する毒性試験を行うことができる。
【0048】
一方、肝臓組織を被験物質と接触させて培養した後、培地中のアルブミン量等の肝臓活性が、被験物質無処理群と比較して増加(好ましくは統計学的に有意に増加、例えば20%以上増加)した場合には、その被験物質は肝臓に対して薬効(肝機能を高める効果)を有する可能性があると判定することができ、その判定結果に基づいて肝臓への薬効を示す候補薬剤として被験物質を選抜する薬効スクリーニング試験を行うことができる。
【0049】
本発明はまた、上記のようにして肝細胞、血管内皮細胞、及び間葉系幹細胞を播種した、生分解性の足場材料も提供する。肝細胞、血管内皮細胞、及び間葉系幹細胞は、混合状態で足場材料に播種されたものであることが好ましい。そのような播種の結果として、気孔内に肝細胞、血管内皮細胞、及び間葉系幹細胞を含有する生分解性の足場材料は、例えば、上記のような毒性試験や薬効スクリーニング試験において有利に使用できる。本発明はまた、そのような足場材料を含む、被験物質の、肝臓に対する薬効又は毒性を試験するためのキットも提供する。そのような被験物質の肝臓に対する薬効又は毒性の試験用キットは、例えば、肝細胞、血管内皮細胞、及び間葉系幹細胞を含有する足場材料を培養するための培地をさらに含んでもよい。
【実施例】
【0050】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0051】
[実施例1]RWVバイオリアクターを用いた3次元培養による3次元肝臓組織の構築
本実施例では、肝細胞としてHepG2細胞(ヒト肝がん由来細胞株;理研細胞バンク(理化学研究所バイオリソースセンター細胞材料開発室))、血管内皮細胞としてHUVEC細胞(ヒト臍帯静脈内皮細胞;理研細胞バンク)、間葉系幹細胞としてヒト骨髄由来間葉系幹細胞(hMSCs)(Lonza)を用いた。
【0052】
前培養として、HepG2細胞を、T75フラスコにて、10% FBS(Sigma)と1%Anti-Anti(Antibiotic-Antimycotic;Life Technologies)を含むDMEM培地(高グルコース;Wako)中で培養(2次元増殖培養)した。同様に、前培養として、HUVEC細胞を内皮細胞増殖培地2(Endothelial Cell Basal Medium 2;PromoCell)を用いて、hMSCsをMSCGMTM培地(Lonza)を用いて、それぞれT75フラスコにて2次元培養により増殖させた。
【0053】
3次元培養に用いる細胞足場材料として、多孔性コラーゲンスポンジであるテルダーミス(R)(コラーゲン単層タイプ;オリンパステルモバイオマテリアル)を生検パンチ(Biopsy Punch;Kai Medical)を用いて円筒形に成形したもの(厚さ3 mm x 3 mmφ)を多数個作製した。
【0054】
トリプシンを用いた常法に従い、2次元培養したHepG2細胞、HUVEC細胞及びhMSCsをフラスコから剥離し、遠心によって細胞を集めた。次いで、細胞数の比が、HepG2:HUVEC:hMSCs=4:2:1になるようにこれらの細胞を混合した。培地は、それぞれの前培養に用いた培地をHepG2:HUVEC:hMSCs=4:2:1の比で混合することによって調製し、混合した細胞をこの培地に加えて懸濁液を作製した。細胞総数1.4x106個を含む懸濁液20ml中に、上記で作製したコラーゲンスポンジ(3mmx3mmφ)100個を浸し、デシケータ―内にセットし、圧力調整器(真空制御ユニットNVC-2100;EYELA)と真空ポンプを用いてデシケータ内をほぼ100mmHgの陰圧に10分間保持し、スターラーで撹拌しながら細胞を足場材料内に導入し、細胞/コラーゲンスポンジコンポジット(cells-collagen composite)を作製した。その後、圧力を常圧に戻し、37℃、5%CO2のインキュベーター内で静置培養を1時間行った。その後、細胞/コラーゲンスポンジコンポジットをすべて回収し、直径約7cmの円筒型RWVベッセル(250ml;Synthecon)に播種した。回転数(回転速度)を10rpmから開始して多数のコンポジットがその円筒状ベッセル内の培地中で一直線に並ぶように目視で回転数を調節しながら、RWVバイオリアクター(Synthecon)を用いて擬微小重力環境下で37℃で7日間回転培養した(3次元培養)。この3次元培養によって100個の3次元肝臓組織が得られた。得られた3次元肝臓組織は直径およそ2mmであり、用いた足場材料が分解・消失し、成長した組織で置換されたことにより、この時点での肝臓組織のサイズは足場材料よりも小さかった。なお擬微小重力環境下で3次元培養中の、ベッセル内で浮遊している多数の細胞/コラーゲンスポンジコンポジットの写真を図1に示す。構築された3次元肝臓組織を取り出し、後述の毒性試験に用いた。
【0055】
なお、比較実験として、HepG2細胞のみの懸濁液、又はHepG2細胞とHUVEC細胞を混合した懸濁液に足場材料を浸漬し、減圧下で細胞を足場材料に導入し、上記と同様にしてRWVバイオリアクター(Synthecon)を用いて擬微小重力環境下で培養を行った。しかしHepG2細胞のみの懸濁液を用いた場合、細胞を足場材料にうまく導入することができなかった。HepG2細胞とHUVEC細胞を混合した懸濁液を用いた場合には、3次元培養中に足場材料の表面に細胞が出てきてしまい、足場材料同士の接着が起こったため、組織をうまく培養・形成させることができなかった。
【0056】
[実施例2]毒性試験
アルブミンが肝臓のみで生産され、肝障害によりアルブミン産生能は著しく低下することから、アルブミン産生量は肝障害の1つの指標として用いられている。一方、肝障害を引き起こし得る薬剤としてアセトアミノフェン及びトログリタゾンが知られている。そこで、構築された肝臓組織にアセトアミノフェン及びトログリタゾンを投与し、そのアルブミン産生量の変化を調べることにより、実施例1で構築された肝臓組織の薬剤感受性を評価した。
【0057】
実施例1に従って構築した肝臓組織を、実施例1の3次元培養に用いた混合培地を含む96穴プレートに1ウェル当たり1個ずつ移した。培地にアセトアミノフェン(Wako)又はトログリタゾン(Wako)を添加し、5%CO2環境下、湿度95%、37℃で24時間及び48時間培養後にアルブミン産生量を評価した。アセトアミノフェンの添加濃度は0mmol/L(無処理、対照)、5mmol/L、10mmol/L又は20mmol/Lとした。トログリタゾンの添加濃度は0μmol/L(無処理、対照)、25μmol/L、50μmol/L、又は100μmol/Lとした。アルブミン産生量はAssayMax Human Albumin ELISA Kit(Assaypro)を用いて、培地中のアルブミンを測定することにより評価した。
【0058】
また比較のため、2次元培養した肝細胞についても同様の試験を行った。具体的には、まず、実施例1と同様にしてHepG2細胞、HUVEC細胞及びhMSCsを4:2:1の比で混合し(三元混合培養系)、これを実施例1の3次元培養に用いた混合培地を含む96穴プレートに播種し、5%CO2環境下、湿度95%、37℃で24時間培養(2次元培養)した。次いで培地にアセトアミノフェン(Wako)又はトログリタゾン(Wako)を添加し、さらに24時間及び48時間培養した後にアルブミン産生量を評価した。アセトアミノフェンの添加濃度は0mmol/L(無処理、対照)、5mmol/L、10mmol/L又は20mmol/Lとした。トログリタゾンの添加濃度は0μmol/L(無処理、対照)、25μmol/L、50μmol/L、又は100μmol/Lとした。アルブミン産生量の評価は上記と同様にして行った。またアセトアミノフェン又はトログリタゾンの添加の24時間及び48時間後、培地中の全細胞を回収してDNAを抽出し、Quant-iTTMPicoGreen dsDNA Assay Kit(Thermo Fisher Scientific)を用いてDNA定量を行い、細胞数の変化を評価した。
【0059】
得られた結果を図2〜7に示す。3次元培養により得た肝臓組織へのアセトアミノフェンの投与では、48時間後、アセトアミノフェン濃度依存的なアルブミン産生量の低下が認められ、アセトアミノフェン投与による効果として無処理の対照群と比較して最大で約75%のアルブミン産生能の低下が認められた(図2)。また3次元培養により得た肝臓組織へのトログリタゾンの投与では、48時間後、全体的傾向としてトログリタゾン濃度依存的なアルブミン産生量の低下が認められ、トログリタゾン投与による効果として無処理の対照群と比較して最大で約90%のアルブミン産生能の低下が認められた(図3)。この結果から、本発明の培養方法で構築した肝臓組織が、薬剤の肝毒性に対して高い感受性を有することが示された。このことは、本発明の培養方法で構築した肝臓組織を、薬剤の肝毒性を評価するための毒性試験に有利に使用できることを示している。
【0060】
一方、2次元培養肝細胞へのアセトアミノフェンの投与では、無処理の対照群と比較して最大でも約30%のアルブミン産生能の低下が認められた程度であった(図4)。また2次元培養肝細胞へのトログリタゾンの投与では、無処理の対照群と比較して最大でも約40%のアルブミン産生能の低下が認められた程度であった(図5)。さらに、細胞数の指標となるDNA量については、アセトアミノフェンの投与で最大約25%の低下(図6)、トログリタゾンの投与で最大約6%の低下(図7)が認められたが、これら薬剤の投与による2次元培養肝細胞への細胞障害効果は比較的小さかった。
【0061】
以上の結果から、同じ三元混合培養系を用いても、2次元培養肝細胞と3次元培養により構築した肝臓組織とでは薬剤投与による細胞障害レベルが異なり、3次元培養により構築した肝臓組織の方が薬剤の肝毒性に対して増幅された高い感受性を有することが示された。したがって本発明の培養方法で構築した肝臓組織は、2次元培養した肝細胞よりも肝臓に対する薬効試験や毒性試験に適しているといえる。
【0062】
[実施例3]足場材料の検討
細胞足場材料として、いずれもアテロコラーゲンを用いた、上述のテルダーミス(R)、又はハニカムスポンジ(高研(日本))を用いたこと、及び擬微小重力環境下で8日間回転培養したこと以外は実施例1と同様の方法で、HepG2細胞、HUVEC細胞及びhMSCsの三元混合培養系を用いた3次元培養を行った。
【0063】
構築された肝臓組織をランダムに8個取り出して、実施例1の3次元培養に用いた混合培地を含む96穴プレートに1ウェル当たり1個ずつ移し、回転培養に用いたのと同じ培地で24時間培養した後にアルブミン産生量を評価した。アルブミン産生量の評価は上記と同様にして行った。またアルブミン量の測定後、肝臓組織の凍結切片を作製し、ヘマトキシリン・エオジン染色法(HE染色)により染色し、染色像を観察した。
【0064】
アルブミン量の測定結果を図8に示す。テルダーミス(R)では、サンプル間で比較的均質なアルブミン産生量が示された。ハニカムスポンジでもアルブミンの産生が示されたが、テルダーミス(R)と比較するとアルブミン産生量にばらつきが見られた(図8)。この結果から、足場材料全体が均質な多孔性を示すテルダーミス(R)(孔径100μm程度)の方が、より安定した肝臓活性を示し、蜂の巣状に気孔が一方向に密に並んだ構造(ハニカム構造)を有するハニカムスポンジ(孔径200〜400μm)よりも、本発明の3次元培養法により適していることが示された。
【0065】
HE染色像を図9に示す。テルダーミス(R)では細胞が細胞足場材料の中央付近まで均質に侵入して増殖することが示された(図9A)。一方、ハニカムスポンジでは孔内への不均質な局在が示された(図9B)。したがってテルダーミス(R)のような多孔性の細胞足場材料の方がより均質な肝臓組織を構築できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明は、高い肝臓活性を有する肝臓組織を多数作製するために有用である。本発明はまた、薬剤の肝臓に対する薬効スクリーニングや毒性試験のために有利に用いることができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9