【解決手段】液体培地が入った培養容器内で、当該培養容器に接着した幹細胞を増殖させ、増殖させた前記幹細胞を、タンパク質分解酵素を含まず、少なくともキレート剤を含む剥離液により、前記培養容器から剥離し、剥離した前記幹細胞を、液体培地中に懸濁する幹細胞の培養方法であって、前記培養容器のうち、少なくとも前記幹細胞が接着する部分が脂環構造含有重合体で形成されていることを特徴とする、幹細胞の培養方法。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
(幹細胞の培養方法)
本実施形態においては、幹細胞を懸濁させた培地を培養容器内に移し、培養容器を静置して、幹細胞を培養容器に接着させて培養する。幹細胞を接着させる部分は、例えば、培養容器の底面が挙げられるが、幹細胞が接着できればどのような面や部位であってもよく、これに限定されない。
<幹細胞>
幹細胞としては、脂肪幹細胞(ASC)、骨髄幹細胞(MSC)、間葉系幹細胞、造血幹細胞、神経幹細胞、皮膚幹細胞などの組織幹細胞(成体幹細胞、体性幹細胞とも言う)が挙げられる。自己複製能と分化能とを有する増殖可能な細胞であれば特に限定されず、目的に応じて任意に選択することができる。
【0013】
<液体培地>
液体培地を用いて、上記幹細胞を培養する。
液体培地としては、通常、pH緩衝作用があり、浸透圧が幹細胞に好適なものであり、細胞の栄養成分を含み、かつ、細胞に対して毒性がないものが用いられる。
液体培地にpH緩衝作用を付与する成分としては、トリス塩酸塩、各種リン酸塩、各種炭酸塩等が挙げられる。
液体培地の浸透圧調整は、通常、細胞の浸透圧とほぼ同じになるように、カリウムイオン、ナトリウムイオン、カルシウムイオン、グルコース等の濃度を調整した水溶液を用いて行われる。かかる水溶液としては、具体的には、リン酸緩衝生理食塩水、トリス緩衝生理食塩水、HEPES緩衝生理食塩水等の生理食塩水;乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液、重炭酸リンゲル液等のリンゲル液;等が挙げられる。
細胞の栄養成分としては、アミノ酸、核酸、ビタミン類、ミネラル類等が挙げられる。
液体培地としては、市販の、各種幹細胞に好適な培地を利用することができる。
【0014】
<添加剤>
液体培地には、添加剤を配合することもできる。
用いる添加剤としては、ペプチド;ミネラル;金属;ビタミン成分;細胞表面の受容体に作用する、リガンド、アゴニスト、アンタゴニスト;核内受容体の、リガンド、アゴニスト、アンタゴニスト;コラーゲンやファイブネクチンなどの細胞外マトリックス;細胞外マトリックスの一部分あるいは、細胞外マトリックスを模擬した化合物;細胞内の情報伝達経路に関わるタンパク質に作用する成分;細胞内の1次代謝または2次代謝の酵素に作用する成分;細胞内の核内またはミトコンドリア内の遺伝子の発現に影響を与える成分;等が挙げられる。
これらの添加剤は、一種を単独で、あるいは二種以上を組み合わせて用いることができ、幹細胞の増殖を促進させる、所定の細胞に分化誘導する、といった目的に応じて添加される。
【0015】
<幹細胞の培養条件>
幹細胞の培養条件は特に限定されず、用いる幹細胞や目的に応じて適宜決定することができる。例えば、二酸化炭素濃度が5%程度で、温度が20℃〜37℃の範囲で一定に維持された、加湿された恒温器を用いて細胞を培養することができる。
【0016】
(培養容器)
本実施形態において、培養容器は、脂環構造含有重合体を任意の形状に成形してなるものである。なお、本発明においては、少なくとも幹細胞が接着する部分が脂環構造含有重合体で形成されていればよい。
脂環構造含有重合体は、主鎖および/または側鎖に脂環構造を有する樹脂であり、機械的強度、耐熱性などの観点から、主鎖に脂環構造を含有するものが好ましい。
【0017】
<脂環構造>
脂環構造としては、飽和環状炭化水素(シクロアルカン)構造、不飽和環状炭化水素(シクロアルケン)構造などが挙げられるが、機械的強度、耐熱性などの観点から、シクロアルカン構造やシクロアルケン構造が好ましく、中でもシクロアルカン構造を有するものが最も好ましい。
【0018】
脂環構造を構成する炭素原子数は、格別な制限はないが、通常4〜30個、好ましくは5〜20個、より好ましくは5〜15個である。脂環構造を構成する炭素原子数がこの範囲内であるときに、機械的強度、耐熱性、および成形性の特性が高度にバランスされ、好適である。
【0019】
脂環構造含有重合体中の脂環構造を有する繰り返し単位の割合は、使用目的に応じて適宜選択されればよいが、通常30重量%以上、好ましくは50重量%以上、より好ましくは70重量以上%である。脂環構造含有重合体中の脂環構造を有する繰り返し単位の割合が過度に少ないと耐熱性に劣り好ましくない。脂環構造含有重合体中の脂環構造を有する繰り返し単位以外の残部は、格別な限定はなく、使用目的に応じて適宜選択される。
【0020】
<脂環構造含有重合体>
脂環構造含有重合体の具体例としては、(1)ノルボルネン系重合体、(2)単環の環状オレフィン系重合体、(3)環状共役ジエン系重合体、および、(4)ビニル脂環式炭化水素系重合体などが挙げられる。これらの中でも、耐熱性、機械的強度等の観点から、ノルボルネン系重合体が好ましい。
【0021】
(1)ノルボルネン系重合体
ノルボルネン系重合体は、ノルボルネン骨格を有する単量体であるノルボルネン系単量体を重合してなるものであり、開環重合によって得られるものと、付加重合によって得られるものに大別される。
【0022】
開環重合によって得られるものとしては、ノルボルネン系単量体の開環重合体およびノルボルネン系単量体とこれと開環共重合可能なその他の単量体との開環重合体、並びにこれらの水素化物などが挙げられる。
付加重合によって得られるものとしては、ノルボルネン系単量体の付加重合体およびノルボルネン系単量体とこれと共重合可能なその他の単量体との付加重合体などが挙げられる。
これらの中でも、ノルボルネン系単量体の開環重合体水素化物、ノルボルネン系単量体とこれと共重合可能なその他の単量体との付加重合体、および当該付加重合体の水素添加物などの飽和ノルボルネン系重合体が、耐熱性、機械的強度等の観点から好ましく、幹細胞の剥離のしやすさから、とりわけ官能基を有しないものが好ましい。ここで、官能基とは、炭素及び水素以外の原子を有する原子又は原子団のことをいう。官能基としては、アミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシル基、酸無水物基、ハロゲン原子などが挙げられる。
【0023】
ノルボルネン系単量体としては、ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン(慣用名:ノルボルネン)、5−メチル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5,5−ジメチル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−エチル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−エチリデン−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−ビニル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−プロペニルビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−メトキシカルボニル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−シアノビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン、5−メチル−5−メトキシカルボニル−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン等の2環式単量体;トリシクロ[4.3.0
1,6.1
2,5]デカ−3,7−ジエン(慣用名:ジシクロペンタジエン)、2−メチルジシクロペンタジエン、2,3−ジメチルジシクロペンタジエン、2,3−ジヒドロキシジシクロペンタジエン等の3環式単量体;テトラシクロ[4.4.0.1
2,5.1
7,10]−3−ドデセン(テトラシクロドデセン)、テトラシクロ[4.4.0.1
2,5.1
7,10]−3−ドデセン、8−メチルテトラシクロ[4.4.0.1
2,5.1
7,10]−3−ドデセン、8−エチルテトラシクロ[4.4.0.1
2,5.1
7,10]−3−ドデセン、8−エチリデンテトラシクロ[4.4.0.1
2,5.1
7,10]−3−ドデセン、8,9−ジメチルテトラシクロ[4.4.0.1
2,5.1
7,10]−3−ドデセン、8−エチル−9−メチルテトラシクロ[4.4.0.1
2,5.1
7,10]−3−ドデセン、8−エチリデン−9−メチルテトラシクロ[4.4.0.1
2,5.1
7,10]−3−ドデセン、8−メチル−8−カルボキシメチルテトラシクロ[4.4.0.1
2,5.1
7,10]−3−ドデセン、7,8−ベンゾトリシクロ[4.3.0.1
2,5]デカ−3−エン(慣用名:メタノテトラヒドロフルオレン:1,4−メタノ−1,4,4a,9a−テトラヒドロフルオレンともいう)、1,4−メタノ−8−メチル−1,4,4a,9a−テトラヒドロフルオレン、1,4−メタノ−8−クロロ−1,4,4a,9a−テトラヒドロフルオレン、1,4−メタノ−8−ブロモ−1,4,4a,9a−テトラヒドロフルオレン等の4環式単量体;等が挙げられる。
【0024】
ノルボルネン系単量体と開環共重合可能なその他の単量体としては、シクロヘキセン、シクロヘプテン、シクロオクテン、1,4−シクロヘキサジエン、1,5−シクロオクタジエン、1,5−シクロデカジエン、1,5,9−シクロドデカトリエン、1,5,9,13−シクロヘキサデカテトラエン等の単環のシクロオレフィン系単量体が挙げられる。
これらの単量体は、置換基を1種または2種以上有していてもよい。置換基としては、アルキル基、アルキレン基、アリール基、シリル基、アルコキシカルボニル基、アルキリデン基等が挙げられる。
【0025】
ノルボルネン系単量体と付加共重合可能なその他の単量体としては、エチレン、プロピレン、1−ブテン、1−ペンテン、1−ヘキセン等の炭素数2〜20のα−オレフィン系単量体;シクロブテン、シクロペンテン、シクロヘキセン、シクロオクテン、テトラシクロ[9.2.1.0
2,10.0
3,8]テトラデカ−3,5,7,12−テトラエン(3a,5,6,7a−テトラヒドロ−4,7−メタノ−1H−インデンとも言う)等のシクロオレフィン系単量体;1,4−ヘキサジエン、4−メチル−1,4−ヘキサジエン、5−メチル−1,4−ヘキサジエン、1,7−オクタジエン等の非共役ジエン系単量体;等が挙げられる。
これらの中でも、ノルボルネン系単量体と付加共重合可能なその他の単量体としては、α−オレフィン系単量体が好ましく、エチレンがより好ましい。
これらの単量体は、置換基を1種または2種以上有していてもよい。置換基としては、アルキル基、アルキレン基、アリール基、シリル基、アルコキシカルボニル基、アルキリデン基等が挙げられる。
【0026】
ノルボルネン系単量体の開環重合体、またはノルボルネン系単量体とこれと開環共重合可能なその他の単量体との開環重合体は、単量体成分を、公知の開環重合触媒の存在下で重合して得ることができる。開環重合触媒としては、例えば、ルテニウム、オスミウムなどの金属のハロゲン化物と、硝酸塩またはアセチルアセトン化合物、および還元剤とからなる触媒、あるいは、チタン、ジルコニウム、タングステン、モリブデンなどの金属のハロゲン化物またはアセチルアセトン化合物と、有機アルミニウム化合物とからなる触媒を用いることができる。
ノルボルネン系単量体の開環重合体水素化物は、通常、上記開環重合体の重合溶液に、ニッケル、パラジウムなどの遷移金属を含む公知の水素化触媒を添加し、炭素−炭素不飽和結合を水素化することにより得ることができる。
【0027】
ノルボルネン系単量体の付加重合体、またはノルボルネン系単量体とこれと共重合可能なその他の単量体との付加重合体は、単量体成分を、公知の付加重合触媒の存在下で重合して得ることができる。付加重合触媒としては、例えば、チタン、ジルコニウムまたはバナジウム化合物と有機アルミニウム化合物とからなる触媒を用いることができる。
【0028】
(2)単環の環状オレフィン系重合体
単環の環状オレフィン系重合体としては、例えば、シクロヘキセン、シクロヘプテン、シクロオクテンなどの、単環の環状オレフィン系単量体の付加重合体などが挙げられる。
(3)環状共役ジエン系重合体
環状共役ジエン系重合体としては、例えば、シクロペンタジエン、シクロヘキサジエンなどの環状共役ジエン系単量体を1,2−または1,4−付加重合した重合体およびその水素化物などが挙げられる。
(4)ビニル脂環式炭化水素重合体
ビニル脂環式炭化水素重合体としては、例えば、ビニルシクロヘキセン、ビニルシクロヘキサンなどのビニル脂環式炭化水素系単量体の重合体およびその水素化物;スチレン、α−メチルスチレンなどのビニル芳香族系単量体の重合体の芳香環部分の水素化物;などが挙げられる。
ビニル脂環式炭化水素重合体は、これらの単量体と共重合可能な他の単量体との共重合体であってもよい。
これらの脂環構造含有重合体は、それぞれ単独で、あるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0029】
脂環構造含有重合体の分子量に格別な制限はないが、シクロヘキサン溶液(重合体が溶解しない場合はトルエン溶液)のゲル・パーミエーション・クロマトグラフィーで測定したポリスチレン換算の重量平均分子量で、通常5,000以上であり、好ましくは5,000〜500,000、より好ましくは8,000〜200,000、特に好ましくは10,000〜100,000である。重量平均分子量がこの範囲内であるときに、機械的強度と成形加工性とが高度にバランスし、好適である。
【0030】
脂環構造含有重合体のガラス転移温度は、使用目的に応じて適宜選択されればよいが、通常50〜300℃、好ましくは100〜280℃、特に好ましくは115〜250℃、さらに好ましくは130〜200℃である。ガラス転移温度がこの範囲内であるときに、耐熱性と成形加工性とが高度にバランスし、好適である。なお、上記脂環構造含有重合体のガラス転移温度は、JIS K 7121に基づいて測定されたものである。
【0031】
脂環構造含有重合体には、熱可塑性樹脂材料で通常用いられている配合剤、例えば、軟質重合体、酸化防止剤、紫外線吸収剤、光安定剤、近赤外線吸収剤、離型剤、染料や顔料などの着色剤、可塑剤、帯電防止剤、蛍光増白剤などの配合剤を、通常採用される量で添加することができる。
また、脂環構造含有重合体には、軟質重合体以外のその他の重合体(以下、単に「その他の重合体」という)を混合しても良い。脂環構造含有重合体に混合されるその他の重合体の量は、脂環構造含有重合体100重量部に対して、通常200重量部以下、好ましくは150重量部以下、より好ましくは100重量部以下である。
脂環構造含有重合体に対して配合する各種配合剤やその他の重合体の割合が多すぎると細胞が浮遊し難くなるため、いずれも脂環構造含有重合体の性質を損なわない範囲で配合することが好ましい。
【0032】
脂環構造含有重合体と、配合剤やその他の重合体との混合方法は、ポリマー中に配合剤が十分に分散する方法であれば、特に限定されない。また、配合順序に格別な制限はない。混合方法としては、例えば、ミキサー、一軸混練機、二軸混練機、ロール、ブラベンダー、押出機などを用いて樹脂を溶融状態で混練する方法、適当な溶剤に溶解して分散させた後、凝固法、キャスト法、または直接乾燥法により溶剤を除去する方法などが挙げられる。二軸混練機を用いる場合、混練後は、通常は溶融状態で棒状に押出し、ストランドカッターで適当な長さに切り、ペレット化して用いられることが多い。
【0033】
<培養容器の成形>
培養容器の成形方法は、培養容器の形状に応じて任意に選択することができる。成形方法の具体例としては、射出成形法、押出成形法、キャスト成形法、インフレーション成形法、ブロー成形法、真空成形法、プレス成形法、圧縮成形法、回転成形法、カレンダー成形法、圧延成形法、切削成形法、紡糸等が挙げられ、これらの成形法を組み合わせたり、成形後必要に応じて延伸等の後処理をすることもできる。
【0034】
また、培養容器は、少なくとも幹細胞が接着する面が脂環構造含有重合体成形体で構成されたものであればよく、培養容器の全体が脂環構造含有重合体で形成されたものでなくてもよい。
つまり、培養容器は、脂環構造含有重合体成形体を構成部材の一部として含む容器であってもよいし、脂環構造含有重合体成形体で全体が構成された容器であってもよいし、脂環構造含有重合体成形体と他の重合体成形体との積層体で構成された容器であってもよい。
【0035】
幹細胞が接着する部分を形成する脂環構造含有重合体成形体の形状に格別な制限はなく、板状、シート状などが挙げられ、また、その表面は平らであっても、凹凸形状を有していてもよい。
培養容器の形状としては、ディッシュ、プレート、バッグ、チューブ、スキャホールド、カップ、ジャー・ファーメンターなどが挙げられる。
【0036】
<培養容器の滅菌処理>
培養容器は、細胞培養に使用する前に滅菌処理を施すことが好ましい。
滅菌処理の方法に格別な制限はなく、高圧蒸気法や乾熱法などの加熱法、γ線や電子線などの放射線を照射する放射線法、高周波を照射する照射法、酸化エチレンガス(EOG)などのガスを接触させるガス法、滅菌フィルタを用いる濾過法など、医療分野で一般的に採用される方法から、培養容器の形状や用いる幹細胞に応じて、選択することができる。なかでも、表面状態の変化が少ないことから、ガス法が好ましい。
【0037】
<成形体の表面処理>
また、幹細胞が接着する部分を形成する脂環構造含有重合体成形体の表面は、プラズマ処理、コロナ放電処理、オゾン処理、紫外線照射処理など、幹細胞の接着を促すために容器内面に親水性を付与する目的で一般的に施す親水化処理を行うこともできる。ただし、これらの表面処理操作を施すことにより発生する費用を抑えることができること;表面処理に伴う形成体表面の部分分解により清浄性が損なわれるおそれがあること;幹細胞の剥離性が低下するおそれがあること(即ち、後述の水接触角の範囲を維持できなくなること);などの理由から、親水化処理を実質的に行わないことが好ましい。
【0038】
<成形体の水接触角>
幹細胞が接着する部分を形成する脂環構造含有重合体成形体の表面の水接触角は、85°以上110°以下であることが好ましく、85°以上105°以下であることがより好ましく、85°以上100°以下であることが特に好ましい。ここで、水接触角は、公知の全自動接触角計(例えば、協和界面科学社製「LCD−400S」)を用い、測定する面を直径30mmのサークルカッターで切り取って、試料の中心と、そこを中央とする1辺20mmの正方形の頂点4か所の計5か所を測定点とし、液滴の半径rと高さhを求め、tanθ
1=h/r、θ=2θ
1→θ=2arctan(h/r)で求められるθである(θ/2法)。
【0039】
(幹細胞の剥離)
培養された幹細胞を液体培地中に懸濁させるためには、成形体の表面に接着している幹細胞を剥離することを要する。上記成形体の表面で培養された幹細胞は、タンパク質分解酵素を必要とせず、少なくともキレート剤を含む剥離液の添加で剥離可能である。キレート剤の中でも、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)を剥離剤に用いると、幹細胞の剥離性が特に良好となる。また、成形体の表面が上述した水接触角を有していると、幹細胞の剥離性がさらに良好となる。幹細胞を剥離するにあたっては、タンパク質分解酵素も、細胞に直接力を与えるスクレイパーなどの器具も必要としない。
【0040】
<幹細胞の増殖状態>
キレート剤を用いた剥離処理は、培養中の幹細胞が、成形体の表面をすべて覆う状態で存在している状態(100%コンフルエント)になる前に行うことが望ましく、成形体の表面に存在する細胞が、成形体の表面の面積の通常95%以下(95%コンフルエント)の状態、好ましくは90%以下(90%コンフルエント)の状態、より好ましくは85%以下(85%コンフルエント)の状態である。幹細胞の存在する面積の下限は特に制限されないが、培養効率の観点から、通常60%以上(60%コンフルエント)の状態、好ましくは65%以上(65%コンフルエント)の状態、より好ましくは70%以上(70%コンフルエント)の状態である。
【0041】
<剥離液>
剥離液は、キレート剤の他、キレート剤を希釈する目的で、生理食塩水やPBS等の緩衝液を含むこととしてもよいが、トリプシンのようなタンパク質分解酵素は含まない。剥離液に含まれるキレート剤の濃度は、0.1〜10mMが好ましい。より好ましくは、0.5〜5mMである。
剥離液に含まれるキレート剤としては、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、グリコールエーテルジアミン四酢酸(EGTA)、ニトリロ三酢酸(NTA)、ジエチレントリアミン五酢酸(DTPA)などのアミノカルボン酸系キレート剤が好適な例として挙げられる。これらの中でも、特にエチレンジアミン四酢酸(EDTA)が幹細胞の剥離性の良さから好ましい。
キレート剤を含む剥離液と幹細胞との接触時間は、通常1〜20分間、好ましくは1〜15分間、より好ましくは5〜15分間である。
キレート剤を含む剥離液と幹細胞との接触時の温度に格別な制限はないが、細胞の生存率を考慮して任意の温度を設定することができる。通常15〜37℃、好ましくは20〜30℃である。
【実施例】
【0042】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
脂環構造含有重合体として、ノルボルネン系開環重合体水素化物〔日本ゼオン社製;ゼオノア(登録商標)1060R〕を用いて、射出成形法により、内径10cmのシャーレ状の培養容器を得た。以下、この培養容器を「1060R製ディッシュ」という。次いで、得られた培養容器のエチレンオキサイド滅菌処理を行った。1060R製ディッシュの底面(細胞と接触する側)の水接触角は、90°であった。
10mLのイスコブ変法ダルベッコ培地(ナカライテスク社製;以下、「IMDM」という。)に懸濁した脂肪由来幹細胞(ASC)を、20%コンフルエントになるように1060R製ディッシュに播種し、5%CO
2雰囲気37℃の条件で培養し、12時間後に2%ウシ胎児血清(FBS)を添加した脂肪由来幹細胞培養用培地(コスモ・バイオ社製;カタログ番号KBM ADSC−2)とIMDMとの混合培地に交換した。その後、引き続き5%CO
2雰囲気37℃の条件で80%コンフルエントな状態になるまで培養した。培養容器内の培養液を吸引除去し、生理食塩水で洗浄した後、1mMエチレンジアミン四酢酸(EDTA)含有生理食塩水5mLを添加し、10分間静置した。その後、トランスファーピペットでEDTA含有生理食塩水を吹き付けるようにしてASCを剥離した。剥離したASCを間葉系幹細胞増殖培地と生理食塩水との混合液を入れたコニカルチューブに移した。培養容器に残存する細胞を、同じ操作で再度回収しコニカルチューブに移した。このようにして回収したASCを上記混合液40mlに懸濁させ、1200rpmで3分間遠心分離して、ASCを沈殿させてペレット状態で回収した。
回収したペレットをIMDMに懸濁して、同様の方法で培養することを繰り返して継代培養をすることが可能である。
回収したASCのペレットを、リシスバッファー(2mM Phenylmethylsulfonyl fluoride、1重量%ノニデット(登録商標) P−40(ナカライテスク社製;界面活性剤)、PBS(−))1mLに加え、細胞ホモジネートして、上清をCXCR4 ELISA Kit(Aviva System Biology社製;カタログ番号OKEH01535)で、CXCR4の発現を確認したところ(測定波長450nm)、760pg/mLであった。同様に、E−Cadherin ELISA Kit(Aviva System Biology社製;カタログ番号OKAG00117)で、E−Cadherinの発現を確認したところ(測定波長450nm、570nm)、380pg/mLであった。なお、CXCR4は、容器からの剥離工程で、細胞の表面がダメージを受けていないことを確認するための指標であり、E−Cadherinは、容器からの剥離工程後も、細胞が接着性能を保持していることを確認するための指標である。
【0043】
(比較例1)
1060R製ディッシュの代わりに、市販の接着細胞用ディッシュ(TruLine社製;型番TR4002;直径10cm;ポリスチレン製)としたこと以外は、実施例1と同様にASCを培養した。培養容器内の培養液を吸引除去し、生理食塩水で洗浄した後、0.25%トリプシン溶液(ナカライテスク社製;商品コード35555−54)1mLを入れて、室温で3分間細胞を剥離した。次いで、0.5mg/mLのトリプシンインヒビター(ThermoFisher社製;製品番号17075029)1mLを加えて反応を停止し、実施例1と同様にして遠心分離し、細胞ペレットを得た。
得られたペレットについて、実施例1と同様にしてCXCR4とE−Cadherinの発現を確認したが、いずれも検出限界以下(CXCR4の検出限界は156pg/mL、E−Cadherinの検出限界は188pg/mL)であった。
【0044】
上記の結果より、実施例1のASCは、CXCR4とE−Cadherinの発現が確認できたことから、容器からの剥離工程で細胞の表面がダメージを受けておらず、接着性能を保持していることがわかる。これに対し、比較例1のASCは、CXCR4とE−Cadherinの発現が確認できなかったことから、トリプシンにより細胞がダメージを受けており、接着性能も低下していることがわかる。