コンクリート構造物に備えられた電極を陽極とし、該コンクリート構造物の内部に備えられた鋼材を陰極として両極間に電位差を設け、且つ、前記鋼材の近傍に配置した照合電極によって通電条件を設定して電気防食を行うコンクリート構造物の電気防食方法であって、
前記照合電極によって設定された通電条件で電気防食が行われるエリア内において鋼材周囲のコンクリートの塩化物イオン濃度を測定する第1の工程を実施し、
該第1の工程では、前記照合電極の埋設箇所を含む複数箇所において前記塩化物イオン濃度を測定し、
塩化物イオン濃度の最高値が前記照合電極の埋設箇所以外で測定された場合には、該埋設箇所の塩化物イオン濃度を前記最高値以上に増加させる第2の工程をさらに実施するコンクリート構造物の電気防食方法。
【背景技術】
【0002】
従来、鉄筋や鋼管などの鋼材が内部に配されたコンクリート構造物においては、電気防食と称される方法によって前記鋼材の腐食防止が図られている。
電気防食は、例えば、コンクリート構造物の表面上に電極を形成させ、当該電極を陽極とし、前記鋼材を陰極として両極間に電位差を発生させるような方法で行われている。
電気防食の機能は、コンクリート構造物の建設時点でコンクリート構造物に組み込まれている場合もあるが、後付けされる場合がある。
後付けによって電気防食の機能をコンクリート構造物に付与する場合、コンクリート構造物に対して鋼材に達する穴を設ける掘込工程と、該掘込工程で露出させた鋼材の近傍に照合電極を収容する収容工程と、この穴を断面修復材などによって埋め戻す埋設工程とが行われている。
【0003】
一般に鋼材は、コンクリート構造物中において負の自然電位を示し、この自然電位が卑なほど腐食され易い。
そして、電気防食においては、通常、鋼材の自然電位との間に防食性能を発揮するのに有効な電位差を生じるように通電条件を設定することが求められる。
そこで、従来、鋼材近くに照合電極を埋設し、この照合電極による電位の測定結果に基づいて通電条件を設定することが行われている(下記特許文献1参照)。
より具体的には、照合電極で鋼材のインスタントオフ電位を測定し、このインスタントオフ電位が鋼材の自然電位との間に一定以上の電位差を示すように通電条件を設定することが従来行われている。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下においては、図を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。
まず、電気防食方法が実施されるコンクリート構造物について、壁体(コンクリート壁)を例に説明する。
図1は、電気防食方法が実施されるコンクリート壁を示したもので、水平方向に延在するコンクリート壁を断面の様子とともに示した概略斜視図である。
図に示すように本実施形態のコンクリート壁1は、高さ方向H(垂直方向)の寸法が厚み方向tの寸法よりも大きく、断面形状が縦長な長方形となっている。
即ち、前記コンクリート壁1は、厚み方向tに扁平な直方体形状を有している。
【0011】
コンクリート壁1は、主体となって全体形状を構成するコンクリート2と、該コンクリート2に埋設された鋼材とを備えている。
本実施形態においては、前記鋼材として複数本の鉄筋3がコンクリート壁1に備えられており、前記鉄筋3は、コンクリート壁1の長さ方向L(水平方向)に延在する形でコンクリート中に埋設されている。
本実施形態のコンクリート壁1における複数の前記鉄筋3は、所定の間隔を高さ方向Hに設けて互いに並行している。
また、前記コンクリート壁1は、厚み方向一面側において長さ方向Lに延びる条溝2aがコンクリート2の表面に複数条形成されている。
複数の前記条溝2aは、所定の間隔を高さ方向Hに設けて互いに並行し、内部に細い帯状の電極4が収容されている。
そして、本実施形態のコンクリート壁1は、照合電極5を有しており、該照合電極5が当該コンクリート壁1の高さ方向中央部に配された鉄筋3の近傍に備えられている。
本実施形態においては、当該電極4が陽極とされ、前記鉄筋3が陰極とされて電気防食が実施される。
また、本実施形態においては、前記照合電極5によって得られる情報に基づき電気防食の通電条件が設定される。
コンクリート壁1には、通常、照合電極5が1又は2以上備えられ、複数の照合電極5が備えられる場合、個々の照合電極5が管理するエリアを分けてエリアごとに通電条件が設定されて電気防食が行われる。
照合電極5が1つの場合は、全体を1つのエリアとして単一の照合電極5の測定結果に基づいて当該エリア内の通電条件が定められる。
【0012】
本実施形態の電気防食方法は、内部に鋼材を有するコンクリート構造物に設けられた電極を陽極とし、前記鋼材を陰極として両極間に電位差を設け、且つ、鋼材の近傍に配置した照合電極を用いて通電条件を設定して電気防食を行うコンクリート構造物の電気防食方法である。
具体的には、照合電極5に対する鉄筋3の自然電位(負の電位)よりもインスタントオフ電位がさらにマイナスとなり、鉄筋3の自然電位とインスタントオフ電位との電位差が100mV以上の電位差を示すように電気防食が実施される。
【0013】
なお、後述するように本実施形態の電気防食方法では、前記照合電極5によって設定された通電条件で電気防食が行われるエリア内において鋼材周囲のコンクリート2の塩化物イオン濃度を測定する第1の工程を実施し、該第1の工程では、前記照合電極5の埋設箇所を含む複数箇所において鋼材周囲の前記塩化物イオン濃度を測定する。
さらに、本実施形態の電気防食方法では、塩化物イオン濃度の最高値が前記埋設箇所以外で測定された場合には、該埋設箇所の塩化物イオン濃度を前記最高値以上に増加させる第2の工程をさらに実施する。
【0014】
なお、電気防食の機能が設けられていないコンクリート構造物については、以下の(a)〜(d)のような工程を行って電気防食を実施することができる。
(a)照合電極を収容可能な穴をコンクリート構造物に設ける掘込工程。
(b)前記穴に照合電極を収容する収容工程。
(c)照合電極を収容した前記穴に水硬性組成物と水とを含む混合物を充填して照合電極を埋設する埋設工程。
(d)コンクリート構造物の表層部に陽極となる電極を設置する陽極設置工程。
【0015】
以下に、
図2を参照しつつ、各工程について説明する。
(a)掘込工程
掘込工程は、例えば、インパクトドリルなどの一般的な穴あけ装置を用いて実施することができる。
掘込工程は、コンクリート壁1’の一面側からコンクリート2’の一部を斫り照合電極5’を埋設するのに十分な大きさを有する穴を設けるような方法で実施できる。
このとき形成する穴は、例えば、照合電極と鉄筋との位置関係を正確に設定する上において、電気防食の際に陰極となる鉄筋3’を露出させるような深さとすることが好ましい。
【0016】
この掘込工程では、照合電極5’を埋設する位置とは別の位置においてもコンクリート2’を斫り、照合電極5’の埋設箇所を含む複数箇所から鉄筋周囲のコンクリート2’を塩化物イオンの測定試料として採取する。
この測定試料については、鉄筋の自然電位が最も卑と思われる箇所から採取することが好ましく、コンクリート壁1’の表面上にひび割れが生じている位置などから採取することが好ましい。
試料の採取は、1箇所のみとする必要はなく、2箇所以上としてもよい。
【0017】
そして、本実施形態の電気防食方法においては、第1の工程として、得られた測定試料と、照合電極5’を埋設するために掘り出したコンクリートとを対象に塩化物イオン濃度を測定する工程を実施する。
また、本実施形態の電気防食方法においては、照合電極5’を埋設するために掘り出したコンクリートを含めて全ての試料の内、最も高い塩化物イオン濃度の値(以下、単に「最高値」ともいう)を選定し、この最高値が照合電極5’の埋設箇所以外で測定された場合には、第2の工程として、該埋設箇所における塩化物イオン濃度を前記最高値以上に増加させる工程を実施する。なお、塩化物イオン濃度の値の決定には、事前に調査された塩化物イオン濃度を用いることもできる。
本実施形態における第2の工程は、後段における埋設工程で照合電極5’を埋設するのに用いる前記混合物の塩化物イオン濃度を調整することにより実施する。
【0018】
なお、コンクリートの「塩化物イオン濃度」とは、JIS A 1154「硬化コンクリート中に含まれる塩化物イオンの試験方法」により測定される塩化物イオン濃度の値を意味する。具体的には、コンクリートの「塩化物イオン濃度」は、JIS A 1154「硬化コンクリート中に含まれる塩化物イオンの試験方法」に規定された「塩化物イオン電極を用いた電位差滴定法」、「チオシアン酸水銀(II)吸光光度法」、「硝酸銀滴定法」、又は、「サプレッサ方式のイオンクロマトグラフ法」によって測定されるものであればよい。なお、下記の[実施例]におけるコンクリートの「塩化物イオン濃度」は、前記「硝酸銀滴定法」によって測定されたものである。
【0019】
(b)収容工程。
収容工程では、掘込工程において露出させた鉄筋3’の近傍に照合電極5’を設置する。
この収容工程では、予め定められた位置に照合電極5’を設置し、且つ、照合電極5’の埋設位置が後段の埋設工程などにおいてずれてしまうことがないように、照合電極5’をコンクリートや鉄筋に対して固定することが好ましい。
このとき、照合電極5’は、例えば、鉄筋3’との距離(表面間距離)が1mm〜100mmとなるように設置することができる。
【0020】
(c)埋設工程
埋設工程では、照合電極5’を収容した穴にポリマーセメントなどを含む水硬性組成物と水とを混合した混合物2b’を充填する。
なお、この混合物としては、塩化物イオンを含む塩をさらに含み、硬化物の塩化物イオン濃度が前記最高値以上となるように調製されたものを用いる。
なお、当該混合物は、硬化物の塩化物イオン濃度が5kg/m
3以上30kg/m
3以下となるよう調製されることが好ましく、7.5kg/m
3以上20kg/m
3以下となるように調製されることがより好ましい。
【0021】
(d)陽極設置工程
本実施形態における陽極設置工程は、電気防食の機構をコンクリート構造物に形成させるために一般に採用されている方法と同様の方法を採用することができる。
【0022】
上記工程を実施することで、埋設箇所における自然電位をその周辺と比較して卑な電位とすることが出来るため、従来であれば電気防食において鉄筋の自然電位との間に十分な電位差を与えることが難しかった場所においても十分な電位差を与えることができる。
即ち、本実施形態においては、従来の方法よりも鋼材の腐食防止効果を向上させた電気防食方法を提供することができる。
【0023】
なお、本実施形態の電気防食方法は、上記のような方法以外でも実施することができる。
例えば、前記掘込工程では、鉄筋が露出するまで深い穴をコンクリート壁に形成させる必要はなく、鉄筋が露出する手前までの深さの穴を形成させてもよい。
また、照合電極が既に埋設されているコンクリート壁であれば、収容工程などについては割愛することができる。
さらに、照合電極が埋設されている箇所の塩化物イオン濃度を増加させる方法としては、照合電極が収容可能となるような大きな穴を開けずに、例えば、ドリルやホールソーなどによって鉄筋近傍に及ぶ小さな穴を開け、この穴に塩化ナトリウム水溶液、塩化カリウム水溶液、塩化カルシウム水溶液などといった塩化物イオンを含む液体を注入するような方法で実施してもよい。
この方法においては、照合電極の埋設箇所における鋼材周囲のコンクリートの塩化物イオン濃度を正確にコントロールすることが難しい反面、当該コンクリートの塩化物イオン濃度を増加させるための手間を簡略化させることができる。
なお、本発明の電気防食方法は、当然ながら、このような方法以外にも各種の方法で実施可能であり、上記例示に何等限定されるものではない。
【実施例】
【0024】
次に実施例を挙げて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0025】
図3に示すように長さ方向に沿って鉄筋3xが埋設されたコンクリート壁1xを用いて実証試験を実施した。
まず、
図3に1から10の矢印で示すように鉄筋3xの長さ方向に等間隔で10点の測定点を設定した。
図3正面視左側(矢印1〜5)の部分2Aを塩化物イオンを含んでいないコンクリートで形成させるとともに
図3正面視右側(矢印6〜10)の部分2Bを塩化物イオンを含むコンクリートで形成させた。
また、コンクリート壁1xの表面には、陽極(図示せず)を形成させた。
なお、この右側部分2Bの塩化物イオン濃度を測定したところ7.2kg/m
3の濃度であった。
【0026】
照合電極(銅硫酸銅電極:CSE)によって求められる鉄筋の各位置での自然電位と、17μA通電時及び75μA通電時のインスタントオフ電位(INS電位)とを測定した。結果を
図4に示す。
【0027】
また、矢印1〜5の部分のコンクリートの塩化物イオン濃度が5kg/m
3及び10kg/m
3となるように調製し(矢印6〜10は、7.2kg/m
3の塩化物イオン濃度)、矢印1〜5においてインスタントオフ電位との電位差が約100mVとなるように通電した際に各測定地点において発生する分極量を観測した。
結果を、下記表1に示す。
【0028】
【表1】
【0029】
図、表からわかるように、電気防食における通電条件が同じであっても塩化物イオンを含んでいないコンクリートが周囲に存在する方が自然電位に対して高い電位差を発生させることがわかる。
言い換えれば、照合電極の埋設された箇所における塩化物イオン濃度が低いと、この塩化物イオン濃度が低い部分には電気防食において十分な電位差が発生するものの別の箇所で塩化物イオン濃度が高い箇所があると十分な電位差が発生しないおそれがあることがこの図などからわかる。
即ち、照合電極の埋設箇所の塩化物イオン濃度を増加させることが電気防食においてエリア全体に十分な電位差を発生させるのに有効となることが
図4及び表1からわかる。
【0030】
即ち、本発明によれば、従来の方法よりも鋼材の腐食防止効果を向上させた電気防食方法が提供されることが上記結果からわかる。