【実施例】
【0040】
以下、本発明の実施例を開示する。
【0041】
[製造例と解析手法]
<本実施例において用いた抗原蛋白質又はペプチド>
(1)抗原蛋白質又はペプチドのリスト
本実施例においては、下記の抗原蛋白質又はペプチドを用いた。
【0042】
(a)DIDO1
・「DIDO1蛋白質」(配列番号3):DIDO1蛋白質(配列番号2)のうち、N末端がGST修飾されたN末端から275アミノ酸のN末端領域部分(配列番号3)
・「DIDO1ペプチド」(配列番号4):上記DIDO1蛋白質(配列番号2)のうち、N末端がビオチン化修飾された543−560番目のアミノ酸配列(配列番号4)のペプチド
図1に、DIDO1蛋白質のアミノ酸配列(配列番号2)を一文字表示で示し、DIDO1ペプチドのアミノ酸配列(配列番号4)に相当する部分に下線を施した。
【0043】
(b)CPSF2
・「CPSF2ペプチド」(配列番号7):CPSF2のDNA(配列番号5)がコードする全長蛋白質(配列番号6)のうち、N末端がビオチン化修飾された607−620番目のアミノ酸配列(配列番号7)のペプチド
図2に、CPSF2蛋白質のアミノ酸配列(配列番号6)を一文字表示で示し、CPSF2ペプチドのアミノ酸配列(配列番号7)に相当する部分に下線を施した。
【0044】
(2)抗原蛋白質又はペプチドの調製
上記リストの抗原蛋白質とペプチドは下記の要領で調製した。
【0045】
(a)DIDO1蛋白質の発現と精製
ヒトU2OS骨肉腫細胞からHigh Pure RNA Isolation Kit(Roche,Basel,Switzerland)を用いて全RNAを単離し、Superscript III First−Strand Synthesis System for RT−PCR(Thermo Fisher Scientific)を用いてcDNAを合成した。それを鋳型として、Pyrobest DNA polymerase(Takara Bio Inc.,Shiga,Japan)を用いたPCR法により、DIDO1蛋白質(配列番号2)のうち、N末端領域(275アミノ酸;配列番号3)を増幅し、Glutathione S−transferase(GST)遺伝子部位がクローニングサイトの上流に設けられているプラスミドベクターpGEX−4T−1(GE Healthcare Life Sciences,Pittsburgh,PA)のEcoRI/SalI部位に挿入して、遺伝子発現用の組換えプラスミドであるpGEX−4T−1−DIDO1を作製し、DNAシークエンシングにより塩基配列を確認した。さらに、pGEX−4T−1−DIDO1を大腸菌BL−21に導入して形質転換を行い、0.1mM IPTG(isopropyl−β−D−thiogalactoside)による、25℃、4時間処理により、DIDO1cDNAの発現を誘導した。誘導後、当該大腸菌を回収し、BugBuster Master Mix(Merck Millipore,Darmstadt,Germany)を加えて溶解し、蛋白質抽出液を得た。当該蛋白質抽出液中のGST−DIDO1蛋白質は、glutathione−Sepharose(GE Healthcare Life Sciences)カラムクロマトグラフィーにより精製し、緩衝液をPBSに交換し、これを上記の「DIDO1蛋白質」とした。対照としてGSTを同様に精製した。
【0046】
(b)ペプチドの設計
CPSF2蛋白質の公開されているアミノ酸配列(配列番号6)からウェブ公開のエピトープ検索サイトプログラムProPred(http://www.imtech.res.in/raghava/propred/)を用いて抗体認識部位を検索した。その結果、当該エピトープ候補の配列、CPSF2−547〜550、CPSF2−607〜620、CPSF2−712〜725を得た。なお、各候補の数字は配列番号6においてエピトープ候補として選ばれたアミノ酸の番号:例えば、547〜550であれば、配列番号6の547〜550番の一連のアミノ酸配列からなるペプチドを表す。これらのエピトープ候補の各ペプチドを、N端にビオチン化修飾を持つペプチドとして、Fmoc法を用いて合成し、抗体レベルの解析によりCPSF2−607〜620(配列番号7)を選別し、上記の「CPSF2ペプチド」として用いた。
【0047】
bCPSF2−607: biotin-QVRLKDSLVSSLQFC(配列番号7)
【0048】
DIDO1蛋白質のアミノ酸配列(配列番号2)についても、上記のCPSF2と同様に検索し、DIDO1−543〜560、DIDO1−568〜585、DIDO1−643〜658、及びDIDO1−802〜819のN末端にビオチン化修飾を持つ未精製品を合成し、抗体レベルの解析により、脳梗塞に最もよく反応したbDIDO1−543〜560を選別し、上記の「DIDO1ペプチド」とした。その構造は以下のとおりである。
【0049】
bDIDO1−543:biotin-AMAASKKTAPPGSAVGKQ(配列番号4)
【0050】
<AlphaLISA法による解析>
個別の実施例の開示に先立ち、本実施例において用いたAlphaLISA法による解析の概要を以下に説明する。
【0051】
AlphaLISA法(Amplified Luminescence Proximity Homogeneous Assay)は、具体的には、384穴マイクロタイタープレート(white opaque OptiPlate
TM,Perkin Elmer,Waltham,MA)を用いて行った。各ウェルに、AlphaLISA専用緩衝液(25mM HEPES,pH7.4,0.1% casein,0.5% Triton X−100,1mg/mL dextran−500,0.05% Proclin−300)で100倍希釈した血清を2.5μL、及び、抗原となるGST、又はDIDO1蛋白質(10μg/mL)、あるいはビオチン化ペプチド(DIDO1ペプチド又はCPSF2ペプチド)(400ng/ml)を、AlphaLISA専用緩衝液に希釈して混合した。6−8時間室温でインキュベートした後、anti−human IgG−conjugated acceptor beads(2.5μL at 40μg/mL)、及び、glutathione−、又はstreptavidin−conjugated donor beads(2.5μL at 40μg/mL)をAlphaLISA専用緩衝液に希釈して混合した。1−14日間、室温で放置した後、EnSpire Alpha microplate reader(PerkinElmer)で生じた光子の数を測定して、「Alpha Count」とした。DIDO1蛋白質の場合はコントロールのGSTを、上記ビオチン化ペプチドの場合は緩衝液コントロールの値を差し引いて、CPSF2、又はDIDO1抗原に特異的な抗体レベルを算出した。
【0052】
[実施例1] AlphaLISA法を用いた一過性脳虚血発作(TIA)患者と急性期脳梗塞(aCI)患者における検討
急性期脳梗塞(aCI)とは、脳の血流が滞ることにより運動機能や感覚機能に突如大きなダメージが生じる状態を言う。一過性脳虚血発作(TIA)とは、脳梗塞と同様の原因で脳神経細胞が障害を受けるが、24時間以内、多くは数分以内に回復する疾患である。それぞれの血清検体は発症後2週間以内に採取した。
【0053】
健常者(HD)、TIA患者、及びaCI患者における、DIDO1蛋白質、及びCPSF2ペプチドに対する血清抗体レベルをAlphaLISA法により測定した。健常者の血清サンプルはポートスクエア柏戸クリニックにおいて頭部MRI検査で異常の認められない被験者から得た。TIAとaCIの患者血清は千葉県立佐原病院、千葉労災病院、千葉市立青葉病院、及び千葉メディカルセンターにおいて入手した。
【0054】
検討結果を
図3と表1に示す。
図3の内容は、図面の簡単な説明において記した。表1は、
図3に示すAlphaLISA法によるデータ解析結果を示している。表1の上から、健常者サンプルの平均値、SD、カットオフ値(平均値+2SD)、全サンプル数、カットオフ値以上を示す陽性サンプル数、陽性率、及び、TIA患者とaCI患者サンプルの平均値、SD、全サンプル数、カットオフ値以上を示す陽性サンプル数、陽性率、及び、健常者サンプルと患者サンプルを比較した時のP値を示す。P値が0.05以下、又は陽性率が10%以上の値を太字で示した。
【0055】
【表1】
【0056】
表1において、カットオフ値を健常者サンプルの平均値+2SDに設定した時のDIDO1蛋白質に対する、HD、TIA、aCIの血清サンプルにおける抗体レベルの陽性率は、それぞれ0.0%、11.7%、9.5%であり、一方、CPSF2ペプチドに対する同抗体レベルの陽性率は、それぞれ4.1%、6.5%、9.5%、であったことが分かる。すなわち、
図3と表1において、DIDO1蛋白質、及びCPSF2ペプチドの抗体レベルは、TIA、aCIのどちらの患者血清においても有意に高かったことを示している。
【0057】
[実施例2] AlphaLISA法を用いた急性心筋梗塞(AMI)患者と糖尿病(DM)患者における検討
AMI患者とDM患者における、DIDO1蛋白質及びCPSF2ペプチドに対する血清抗体レベルをAlphaLISA法により測定し、健常者(HD)と比較した。
【0058】
検討結果を
図4と表2に示す。
図4の内容は、図面の簡単な説明において記した。表2は、
図4に示すAlphaLISA法によるデータ解析結果を示している。表中の項目は、表1について説明した通りである。
【0059】
【表2】
【0060】
上記の検討の結果、AMI患者とDM患者におけるDIDO1抗体レベルは、HDに比べて有意な差を認めなかった(
図4a、表2)。一方、CPSF2抗体は、DM患者においてHDに比べ有意な高値を示したが、AMI患者では健常者と比較して有意な差を認めなかった(
図4b、表2)。
【0061】
[実施例3] AlphaLISA法を用いた慢性腎臓病(CKD)患者における検討
健常者(HD)とCKD患者における、DIDO1蛋白質及びCPSF2ペプチドに対する血清抗体レベルを、AlphaLISA法により測定し、健常者(HD)と比較した。
【0062】
検討結果を
図5と表3に示す。
図5の内容は、図面の簡単な説明において記した。表3は、
図5に示すAlphaLISA法によるデータ解析結果を示している。表中の項目は、表1について説明した通りである。また、「Type 1−CKD」は糖尿病性腎症、「Type 2−CKD」は腎硬化症を、「Type 3−CKD」は糸球体腎症を示す。
【0063】
【表3】
【0064】
上記の検討の結果、DIDO1抗体レベルはいずれのタイプのCKDにおいてもHDに比べ有意な高値を示し(
図5a、表3)、特にType 1−CKDにおいて大きな差を示した。一方、CPSF2抗体はいずれのタイプのCKDにおいてもHDと比べて有意な差は認められなかった(
図5b、表3)。
【0065】
[実施例4] ROC解析結果
上記実施例1−3により、各疾患についてAlphaLISA法により得られたDIDO1血清抗体レベル及びCPSF2に対する血清抗体レベルを、さらにROC解析して得たareas under the curve(AUC)値、95% Confidence interval(CI)、カットオフ値、感度、特異度、P値について、表4(表4−1:DIDO1、表4−2:CPSF2)に示した。表4−1と表4−2において、ROC解析により得られた数字は、上から順番にAUC値、95% CI、カットオフ値、感度、特異度、P値を示す。表4−1において、例えば、「DIDO1 vs TIA」と記載されている場合には、「DIDO1蛋白質に対するTIA患者血清中の抗体レベル」についての欄であることを示し、「DIDO1−pep vs TIA」と記載されている場合には、「DIDO1ペプチドに対するTIA患者血清中の抗体レベル」についての欄であることを示している。
【0066】
【表4-1】
【0067】
【表4-2】
【0068】
DIDO1蛋白質に対する血清抗体値は表4−1に示す通りに、CKDに対して著しく高いAUC値を示した。TIAとaCIについても有意な高値を示したが、AMIとDMに対しては有意差を認めなかった。同様にDIDO1ペプチドに対する血清抗体値もTIA及びaCIに対して高いAUC値を示した。
【0069】
CPSF2ペプチドによるCPSF2血清抗体値は表4−2に示す通りに、TIA、aCI及びDMに対して高いAUCを示したが、AMIやType 1−CKDとType 3−CKDに対しては有意差を認めず、Type 2−CKDについてもわずかな有意差を認めたのみであった。
【0070】
[実施例5] 血清抗体レベルと被験者データの相関解析
(1)Mann−Whitney U解析
次に、DIDO1ペプチドとCPSF2ペプチドに対する血清抗体レベルと被験者データについて、Mann−Whitney U解析(対応のない2群のデータについての、母集団分布の同一性の検定手法)を行った。
【0071】
具体的には、千葉県立佐原病院において採取された851血清サンプルについて、DIDO1ペプチドとCPSF2ペプチドを抗原とした場合の、これらに対する血清抗体レベルをAlphaLISA法により測定して、得られた測定値と被験者のデータの間における上記検定を行った。
【0072】
被験者データは、性別、現在の症状[無し(HD)、びまん性白質軟化(DSWMH)、無症候性脳梗塞(asympt−CI)、TIA、aCI、慢性期脳梗塞(cCI)、糖尿病(DM)、高血圧症(HT)、心血管障害(CVD)、脂質異常症(Lipidemia)]、及び生活習慣(喫煙習慣、飲酒習慣)、を群として用いた。
【0073】
結果を表5(表5−1、表5−2、表5−3)に示す。表5−1、表5−2、表5−3には、群ごとのサンプル数、DIDO1ペプチド抗原とCPSF2ペプチド抗原に対する血清抗体レベル(アルファカウント)の平均値とSD、そして各群と対照群におけるMann−Whitney U解析によるP値を示した。
【0074】
【表5-1】
【0075】
【表5-2】
【0076】
【表5-3】
【0077】
表5−1、表5−2、表5−3に示す通りに、DIDO1ペプチド抗原に対する血清抗体レベルは、DIDO1蛋白質抗原に対する血清抗体レベルと同様に、aCIに対して最も高値を示した。また、TIAやcCIでも有意差を認めた。また、高血圧症、心血管障害、脂質異常症と有意な相関を認めたが、糖尿病や性別とは無関係であった。また、生活習慣では喫煙習慣と強い相関が認められたが、飲酒習慣とは無関係であった。
【0078】
一方、CPSF2ペプチド抗原に対する抗体レベルは、aCIのみならず、cCIでも高度に有意な差を示した。さらにTIAやasympt−CIでも有意差を示した。このことは、CPSF2抗体は脳梗塞に関係する微細な異変をも感知するものであると推定された。さらに他疾患ではDM、HTには対応していたが、LipidemiaやCVDでは有意差が認められなかった。生活習慣では喫煙習慣と相関していたが、飲酒習慣とは無関係であった。
【0079】
(2)Spearmanの相関解析
次に、DIDO1ペプチドとCPSF2ペプチドに対する、千葉県立佐原病院において採取された917血清サンプルにおける上記血清抗体レベルと、被験者データについて、Spearmanの相関解析(2変数間に、どの程度、順位づけの直線関係(単純増加あるいは単純減少関係)があるかを数値で表す分析)を行った。被験者データは、年齢、身長、体重、body mass index (BMI)、最大頸動脈内膜中膜肥厚(maximum intima−media thickness;max IMT)、血液検査データ[albumin/globulin ratio(A/G)]、aspartate aminotransferase(AST)、alanine aminotransferase(ALT)、alkaline phosphatase(ALP)、lactate dehydrogenase(LDH)}、total bilirubin(tBil)、cholinesterase(CHE)、γ−glutamyl transpeptidase(γ−GTP)、total Protein(TP)、albumin(ALB)、blood urea nitrogen(BUN)、creatinine(CRE)、estimated glomerular filtrating ratio(eGFR)、uric acid(UA)、amylase(AMY)、total cholesterol(T−CHO)、HDL−cholesterol(HDL−C)、triglyceride(TG)、sodium (Na)、potassium(K)、chlorine(Cl)、calcium(Ca)、inorganic phosphate (IP)、iron(F)、C−reactive protein(CRP)、LDL−cholesterol(LDL−C)、white blood cell/白血球(WBC)、red blood cell/赤血球(RBC)、hemoglobin(HGB)、hamatocrit(HCT)、mean corpuscular volume/平均赤血球容積(MCV)、mean corpuscular hemoglobin/平均赤血球色素量(MCH)、mean corpuscular hemoglobin concentration/平均赤血球血色素濃度(MCHC)、Red cell distribution width(RDW)、platelet/血小板(PLT)、mean platelet volume(MPV)、procalcitonin(PCT)、platelet distribution width(PDW)、blood sugar (BS)、glycated hemoglobin(HbA1c)〕、血圧(BP)、及び喫煙期間(年数)、を用いた。
【0080】
表6(表6−1、表6−2)は、DIDO1ペプチド抗原及びCPSF2ペプチド抗原に対する血清抗体レベルと被験者データの相関解析結果を示している。これらの表では、千葉県立佐原病院において採取された917血清サンプルについて、群ごとのサンプル数、DIDO1ペプチド、及びCPSF2ペプチド抗原に対する血清抗体レベル(アルファカウント)のSperamanの相関解析により得られた順位相関係数(r)とP値を示した。
【0081】
【表6-1】
【0082】
【表6-2】
【0083】
表6−1、表6−2に示す通り、Spearman相関解析の結果、DIDO1血清抗体レベルとCPSF2血清抗体レベルはいずれも、年齢、max IMT、CRP、喫煙期間と相関し、身長、体重、ALB、TPとは逆相関していることがわかった。また、DIDO1血清抗体レベルはBPに相関していた、一方で、CPSF2血清抗体レベルはA/G、ALT、tBIL、T−CHO、LDL−Cに逆相関を示した。これらの結果から、DIDO1とCPSF2の血清抗体バイオマーカーはいずれも、年齢、IMT、喫煙習慣に関係し、動脈硬化を反映していると考えられるが、一方で、DIDO1血清抗体バイオマーカーは高血圧に、またCPSF2血清抗体バイオマーカーは血中蛋白質の減少やコレステロールの減少を反映しているとも考えられる。
【0084】
[実施例6] 多目的コホートサンプル解析
対象は、1990年、及び1993年に岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の9保健所管内在住であった40−69歳の男女のうち、多目的コホート(JPHC:Japan Public Health Center−based Cohort Study)研究に参加し、血漿が保存されている約3万人である。
【0085】
追跡開始から2008年までの間に急性期脳梗塞(aCI)の発症があった症例を「症例群」、その時点で脳梗塞を発症していない生存者を「対照群」として、各症例について性別、年齢、地域をマッチさせ、無作為に1例の対照を選び出し、症例202人、対照202人の合計404人を同定した。DIDO1抗原(DIDO1蛋白質とDIDO1ペプチド)と、CPSF2抗原(CPSF2ペプチド)のそれぞれに対する血漿抗体レベルをAlphaLISA法により測定し、四分位とaCI発症との関連を、条件付きロジスティックモデルにより分析した。
【0086】
結果を表7に表す。
【0087】
【表7】
【0088】
その結果、DIDO1蛋白質に対する血漿抗体レベルはaCI発症と強い関連を示した。血漿抗体レベルの最も低い群に対し、第2四分位でのaCI発症の条件付オッズ比(95% confidence intervals)は3.99 (1.93−8.23)、第3四分位では3.40 (1.62−7.13)、最も高い群では4.02 (1.94−8.35)であった。DIDO1ペプチドに対する血漿抗体レベルもDIDO1蛋白質抗原と同様の結果を示したが、オッズ比はやや低かった。また、CPSF2ペプチドに対する血漿抗体レベルもaCI発症と関連を示し、条件付きオッズ比はそれぞれ1.19 (0.63−2.23)、1.66 (0.89−3.09)、2.41 (1.33−4.37)であった。この結果は、DIDO1体液抗体レベルとCPSF2体液抗体レベルはaCIの発症予測に有用なバイオマーカーであることを意味している。
【0089】
[実施例のまとめ]
DIDO1体液(血清又は血漿)抗体レベルは、TIA、aCI及びCKDの患者体液において高値を示し、AMIとDMの患者体液においては有意な上昇は認められなかった。
【0090】
特に、DIDO1体液抗体レベルはCKDにおいて0.8を越す高いAUC値を示したことから、腎不全と高血圧によく対応するバイオマーカーである。DIDO1体液抗体レベルは、脳梗塞では、cCIやTIAよりaCIに大きな差を示したことから、腎不全からaCIを発症する人を識別している。さらにDIDO1体液抗体レベルは、asympt−CIには反応しないことから、急性期脳梗塞発症の直前で急増するバイオマーカーである。このバイオマーカーが高値の人は、脳梗塞発症が極めて差し迫っていると推定されるので、腎臓病の治療や血圧管理により早急な予防対策が必要である。
【0091】
また、cCIではDIDO1体液抗体レベルが下がることから、これを治療後のモニタリングにも適用できる。
【0092】
一方、CPSF2体液抗体レベルは、CKDにはあまり関係せず、AMI、DM、aCI及びTIAに良く反応しており、特にDMの原因によるaCIとAMIを識別している。CPSF2体液抗体レベルは、DMバイオマーカーであるHbA1cやBSには相関が認められない。これは、多くの患者は治療を受けているためにこれらのバイオマーカー値が減少している故と考えられる。従って、他のDMバイオマーカー値が下がっていても、このCPSF2体液抗体レベルが高値であれば、脳梗塞発症のリスクは依然として下がっていないと推定される。さらに、血中総蛋白質やアルブミンの減少が見られ、コレステロール値の低下が観察される場合にも、このバイオマーカーが高値であれば、脳梗塞発症のリスクは下がっていないと推定される。
【0093】
aCIの患者体液サンプルは、脳梗塞の発症後2週間以内に採取したものであり、発症後に新しく自己抗体が出現する可能性は低いことから、DIDO1体液抗体とCPSF2体液抗体は、脳梗塞の発症前から存在していたと考えられる。従って、このバイオマーカーは動脈硬化症の発症予測にも適用可能である。
【0094】
より実際的なJPHCコホートサンプルの解析においても、DIDO1体液抗体レベルとCPSF2体液抗体レベルは、aCIの発症者において有意に高く、脳梗塞予測に有用なバイオマーカーとなることが示された。
【0095】
上述したように、DIDO1体液抗体レベルとCPSF2体液抗体レベルは、それぞれ腎臓病と糖尿病という異なる基礎疾患に対応している。即ち、これらのバイオマーカーは腎臓病や糖尿病等の基礎疾患を持つ人の中において、脳梗塞を発症する人を識別できる。さらに、これらのDIDO1体液抗体バイオマーカーとCPSF2体液抗体バイオマーカーを併用することにより、広範囲の脳梗塞発症の高リスク者を前もって検出することが可能となる。
【0096】
例えば、aCIの前段階と言われるAsympt−CIやTIAの段階からaCIが近づくに従って、徐々に上昇するCPSF2体液抗体バイオマーカーと、aCIの直前になって急増するDIDO1体液抗体バイオマーカーを合わせて評価すれば、どの程度の危険が差し迫っているかを推定することが可能である。さらにこれらのバイオマーカー測定により、糖尿病や腎臓病等の原因をも予測することが可能で、ハイリスクの人はそれぞれの原因に対応した早急な予防措置が必要となるであろう。