特開2019-107025(P2019-107025A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2015.5.11 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2019-107025(P2019-107025A)
(43)【公開日】2019年7月4日
(54)【発明の名称】網膜色素上皮細胞の純化方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20190614BHJP
   A61L 27/38 20060101ALI20190614BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20190614BHJP
【FI】
   C12N5/10ZNA
   A61L27/38 100
   A61L27/38 300
   C12N15/09
【審査請求】有
【請求項の数】12
【出願形態】OL
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2019-40104(P2019-40104)
(22)【出願日】2019年3月6日
(62)【分割の表示】特願2015-541642(P2015-541642)の分割
【原出願日】2014年10月9日
(31)【優先権主張番号】特願2013-212345(P2013-212345)
(32)【優先日】2013年10月9日
(33)【優先権主張国】JP
(71)【出願人】
【識別番号】513229509
【氏名又は名称】株式会社ヘリオス
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(72)【発明者】
【氏名】澤田 昌典
(72)【発明者】
【氏名】関口 清俊
【テーマコード(参考)】
4B065
4C081
【Fターム(参考)】
4B065AA93X
4B065AA93Y
4B065AB01
4B065AC20
4B065BA01
4B065BB12
4B065BB15
4B065BB19
4B065BB37
4B065BC11
4B065BC41
4B065BD18
4B065BD45
4B065CA44
4C081AB21
4C081CD34
(57)【要約】      (修正有)
【課題】多能性幹細胞からの網膜色素上皮細胞への分化誘導により得られる細胞群から、簡易な操作で高い純度の網膜色素上皮細胞を短期間で得ることができる、網膜色素上皮細胞の純化方法の提供。
【解決手段】多能性幹細胞をラミニン又はそのフラグメント上で分化誘導して得られた網膜色素上皮細胞を含む細胞群をフィルターに導入し、フィルターを通過した細胞群を得る工程を含む、純化方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多能性幹細胞をラミニンまたはそのフラグメント上で分化誘導して得られた網膜色素上皮細胞を含む細胞群をフィルターに導入し、フィルターを通過した細胞群を得る工程を含む、網膜色素上皮細胞の純化方法。
【請求項2】
ラミニンまたはそのフラグメントが、ラミニンE8フラグメントである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
網膜色素上皮細胞を含む細胞群が、分化誘導ののち細胞分離液で処理して回収したものである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
細胞分離液が、トリプシンを含むことを特徴とする、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
フィルターのポアサイズが20〜70μmである、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
多能性幹細胞から網膜色素上皮細胞を製造する方法であって、
(1)多能性幹細胞をラミニンまたはそのフラグメント上で分化誘導して網膜色素上皮細胞を含む細胞群を得る工程;
(2)(1)で得られた細胞群をフィルターに導入し、フィルターを通過した細胞群を得る工程:
を含む、方法。
【請求項7】
ラミニンまたはそのフラグメントが、ラミニンE8フラグメントである、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
工程(1)で得られる細胞群が、網膜色素上皮細胞を含む細胞群を細胞分離液で処理して回収されるものである、請求項6または7に記載の方法。
【請求項9】
細胞分離液が、トリプシンを含むことを特徴とする、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
フィルターのポアサイズが20〜70μmである、請求項6〜9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
請求項6〜10のいずれか一項に記載の方法で得られる、網膜色素上皮細胞。
【請求項12】
請求項6〜10のいずれか一項に記載の方法で得られる、網膜色素上皮細胞シート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞からの網膜色素上皮(RPE)細胞への分化誘導により得られる細胞群から網膜色素上皮細胞を純化する方法、および該方法を用いる網膜色素上皮細胞の製造方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
多能性幹細胞から網膜色素上皮細胞を製造する方法として、SFEB法と称される無血清培地中でES細胞を浮遊凝集体として培養する方法(特許文献1等)、および分化誘導因子の存在下、弱細胞接着性のコーティング剤でコーティングされた培養基材上で多能性幹細胞を分化誘導する方法等が知られている(非特許文献1など)。しかしこれらの方法では、色素細胞のコロニーを光学顕微鏡下で選択的にピックアップするといった、作業負担も時間もかかる純化工程を要するという問題があった。またこれらの方法では培養容器中に誘導されたRPE細胞のごく一部しか得ることができず、また得られる細胞の純度には実験者の手技による影響が非常に大きくなり大量生産には不向きであるという問題点もあった。従ってRPE細胞を大量生産した場合でも高純度の網膜色素上皮細胞を簡易な方法で安定して取得できる方法が求められていた。
【0003】
ヒト多能性幹細胞の維持培養に際し、フィーダー細胞に代えて細胞外マトリクスを用いる方法が広く用いられている。なかでもラミニンが好適に用いられつつあり、例えば非特許文献2には、ラミニン511上でヒトES細胞を長期間維持培養できたという報告がなされている。さらに細胞接着活性を向上させたラミニン改変体として知られているE8フラグメントについて、例えば、特許文献2や非特許文献3には、ヒトラミニンα5β1γ1のE8フラグメント(ラミニン511E8、以下同様に表記)及びヒトラミニン322E8を使用したヒト多能性幹細胞の培養方法が開示されている。非特許文献4には、ラミニン511E8が全長ラミニン511と同程度のα6β1インテグリンに対する結合活性を保持していることが記載されており、また特許文献2には、このラミニン511E8を用いることで多能性幹細胞を培養皿上に安定に固定し、その結果該細胞の分化多能性を保持した状態で維持培養することができることが記載されている。しかし、このようなラミニンのE8フラグメントを、多能性幹細胞の培養以外、たとえば多能性幹細胞の分化誘導等に利用することの報告はない。
【0004】
一方、ヒト多能性幹細胞をフィーダー細胞の非存在下で網膜色素上皮細胞に分化誘導する方法として、ラミニンを用いた方法が知られている。例えば非特許文献5には、ラミニン111およびマトリゲル上で多能性幹細胞を接着培養することで、網膜色素上皮細胞への分化誘導効率が著しく上昇したことが記載されている。しかしながら、未だラミニンのE8フラグメントを多能性幹細胞の網膜色素上皮細胞への分化誘導のために用いたという報告はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2005/123902号
【特許文献2】国際公開第2011/043405号
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】PLoS One. 2012; 7(5): e37342.
【非特許文献2】Nature Biotech. June 2010; 28(6): 611-5
【非特許文献3】Nat. Commun. 3:1236 doi: 10.1038/ncomms2231
【非特許文献4】J Biol Chem. 284:7820-7831, 2009
【非特許文献5】J. Tissue Eng Regen Med 2013; 7: 642-653
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、多能性幹細胞からの網膜色素上皮細胞への分化誘導により得られる細胞群から、簡易な操作で高い純度の網膜色素上皮細胞を短期間で得ることができる網膜色素上皮細胞の純化方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記目的を達成するために鋭意検討した結果、ヒト多能性幹細胞をラミニンE8でコーティングした培養基材上で培養すると、播種した多能性幹細胞が培養基材へ速やかに接着し、早い段階から多量の色素細胞の生成が認められ、網膜色素上皮細胞の収量を著しく向上でき、網膜色素上皮細胞だけでなく他の視細胞系の細胞もマトリックス成分と一緒に製造されることを見出した。さらに本発明者らは、このようにラミニン上で製造された網膜色素上皮細胞は他の細胞やマトリックス成分に埋もれて存在しているにも関わらず、この全体を纏めてフィルターに導入するという操作だけで網膜色素上皮細胞だけを効率よく純化できることを見出した。これにより、多能性幹細胞を網膜色素上皮細胞へ分化誘導した際に課題であった回収率の低さが著しく改善され、目的の網膜色素上皮細胞を簡便かつ安定に純化できることを見出した。本発明者らはその後鋭意検討を重ね、本発明を完成させた。
【0009】
即ち、本発明は以下に関する。
[1]多能性幹細胞をラミニンまたはそのフラグメント上で分化誘導して得られた網膜色素上皮細胞を含む細胞群をフィルターに導入し、フィルターを通過した細胞群を得る工程を含む、網膜色素上皮細胞の純化方法。
[2]ラミニンまたはそのフラグメントが、ラミニンE8フラグメントである、上記[1]に記載の方法。
[3]網膜色素上皮細胞を含む細胞群が、分化誘導ののち細胞分離液で処理して回収したものである、上記[1]または[2]に記載の方法。
[4]細胞分離液が、トリプシンを含むことを特徴とする、上記[3]に記載の方法。
[5]フィルターのポアサイズが20〜70μmである、上記[1]〜[4]のいずれかに記載の方法。
[6]多能性幹細胞から網膜色素上皮細胞を製造する方法であって、
(1)多能性幹細胞をラミニンまたはそのフラグメント上で分化誘導して網膜色素上皮細胞を含む細胞群を得る工程;
(2)(1)で得られた細胞群をフィルターに導入し、フィルターを通過した細胞群を得る工程:
を含む、方法。
[7]ラミニンまたはそのフラグメントが、ラミニンE8フラグメントである、上記[6]に記載の方法。
[8]工程(1)で得られる細胞群が、網膜色素上皮細胞を含む細胞群を細胞分離液で処理して回収されるものである、上記[6]または[7]に記載の方法。
[9]細胞分離液が、トリプシンを含むことを特徴とする、上記[8]に記載の方法。
[10]フィルターのポアサイズが20〜70μmである、上記[6]〜[9]のいずれかに記載の方法。
[11]上記[6]〜[10]のいずれかに記載の方法で得られる、網膜色素上皮細胞。
[12]上記[6]〜[10]のいずれかに記載の方法で得られる、網膜色素上皮細胞シート。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、多能性幹細胞から誘導された網膜色素上皮細胞を簡便かつ高収率に純化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】ラミニンE8の構造の模式図を示す。
図2】ヒトiPS細胞(201B7および1120C7)から誘導したRPE細胞におけるRPE関連遺伝子の発現を示す。
図3】純化直前の培養細胞の状態を示す。
図4】フィルター純化前後の網膜色素上皮細胞マーカー遺伝子および、当該前駆細胞および神経細胞マーカー遺伝子の発現を示す。値はフィルター実施前の発現量を1とした時の相対値±標準偏差を示す(n=1、繰り返し3回測定)。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.網膜色素上皮細胞の純化方法および製造方法
本発明は、多能性幹細胞をラミニンまたはそのフラグメント上で分化誘導して得られた網膜色素上皮細胞を含む細胞群をフィルターに導入することで、網膜色素上皮細胞を純化する方法(以下、本発明の純化方法ともいう。)に関する。本発明はまた、該方法を用いることを特徴とする多能性幹細胞から網膜色素上皮細胞を製造する方法(以下、本発明の製造方法ともいう。)にも関する。本発明の製造方法は、大きく分けて以下の二つの工程:
(1)多能性幹細胞をラミニンまたはそのフラグメント上で分化誘導することで、「網膜色素上皮細胞を含む細胞群」を得る工程;および、
(2)(1)で得られた「網膜色素上皮細胞を含む細胞群」を、フィルターに導入して網膜色素上皮細胞を純化する工程;
を含むものである。なお、本発明の純化方法は、上記工程(2)を対象とするものである。以下、各工程について詳細に説明する。
【0013】
(1)網膜色素上皮細胞を含む細胞群を得る工程
工程(1)は、ラミニンまたはそのフラグメントがコーティングされた培養基材を用いて多能性幹細胞を接着培養して分化誘導し、網膜色素上皮細胞を含む細胞群を得る工程である。
【0014】
本発明における「多能性幹細胞」とは、自己複製能と分化多能性を有する幹細胞を意味し、特に限定されることはなく、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)等が広く利用される。好ましくはヒトES細胞またはヒトiPS細胞が利用され、より好ましくはヒトiPS細胞が利用される。
【0015】
本発明における「iPS細胞」とは、体細胞(例えば線維芽細胞、皮膚細胞、リンパ球等)へ核初期化因子を接触させることにより、人為的に自己複製能及び分化多能性を獲得した細胞をいう。本発明におけるiPS細胞の製造法は、特に限定されるものではない。
【0016】
本発明において、多能性幹細胞としては、例えば哺乳動物に由来する多能性幹細胞を使用できる。哺乳動物としては、特に限定されないが、臨床応用の観点から好ましくはヒトである。
【0017】
本発明における「網膜色素上皮細胞」とは、網膜色素上皮を構成する上皮細胞、及びその前駆細胞をいう。網膜色素上皮細胞であるかは、例えば、細胞マーカー(RPE65、CRALBP、MERTK、BEST1等)の発現や、細胞の形態(細胞内のメラニン色素沈着、多角形で扁平状の細胞形態、多角形のアクチン束の形成等)等により確認できる。また、網膜色素上皮細胞の前駆細胞とは、網膜細胞への分化誘導が方向づけられた細胞を意味し、当該前駆細胞であるかは、細胞マーカー(Mitf(色素上皮細胞、前駆細胞)、Pax6(前駆細胞)、Rx(網膜前駆細胞)、Crx(視細胞前駆細胞)、Chx10(双極細胞)等)の発現等により確認できる。また網膜色素上皮細胞の機能評価は、例えばサイトカイン(VEGFやPEDF等)の分泌能や貪食能等を指標にして確認できる。これらの機能評価および確認操作は、当業者であれば適宜条件を設定して実施することが可能である。
【0018】
本発明における「ラミニン」とは、α、β、γ鎖からなるヘテロ三量体分子であり、サブユニット鎖の組成が異なるアイソフォームが存在する細胞外マトリックスタンパク質である。具体的には、ラミニンは、5種のα鎖、4種のβ鎖および3種のγ鎖のヘテロ三量体の組合せで約15種類のアイソフォームを有する。α鎖(α1〜α5)、β鎖(β1〜β4)およびγ鎖(γ1〜γ3)のそれぞれの数字を組み合わせて、ラミニンの名称が定められている。例えばα1鎖、β1鎖、γ1鎖の組合せによるラミニンをラミニン111といい、α5鎖、β1鎖、γ1鎖の組合せによるラミニンをラミニン511といい、α5鎖、β2鎖、γ1鎖の組合せによるラミニンをラミニン521という。ラミニンとしては、例えば哺乳動物に由来するラミニンを使用できる。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ、サル、ヒトが挙げられる。ヒトへの移植を目的として網膜色素上皮細胞を製造する場合等には、ヒトラミニンが好ましく用いられる。現段階でヒトラミニンには15種類のアイソフォームが知られている。
本発明におけるラミニンとしては、いずれのアイソフォームも使用することができる。例えば、ヒト多能性幹細胞及び/又はヒト網膜色素上皮細胞の表面に発現するインテグリンの少なくとも一つに対する結合特異性を示すラミニンアイソフォーム、好ましくはヒト多能性幹細胞及びヒト網膜色素上皮細胞の両細胞の表面に発現するインテグリンと、ヒト網膜色素上皮細胞の表面に発現するインテグリンに結合特異性を示すラミニンアイソフォームが好ましく用いられる。ヒト多能性幹細胞の表面に発現するインテグリンとしては、α6β1インテグリン等が挙げられ、ヒト網膜色素上皮細胞の表面に発現するインテグリンとしては、例えばα6β1インテグリン、α3β1インテグリン、α7β1インテグリン等が挙げられる。以上のことから好ましいラミニンとしては、α6β1インテグリンに対する結合特異性を示し、分化誘導初期の多能性幹細胞を安定に接着させ、分化誘導後期の網膜色素上皮細胞またはその前駆細胞を安定に接着できるものが好ましく用いられる。この観点から、ラミニンアイソフォームのなかでも、ラミニン511およびラミニン521が好ましいものとして挙げられる。ラミニン511はα6β1インテグリンに加え、α3β1インテグリン及びα7β1インテグリンに対する結合特異性を有し、ラミニン521はα6β1インテグリンに加え、更に強いα3β1インテグリンに対する結合特異性を有する。そのため、これらのアイソフォームは、網膜色素上皮細胞に対する接着活性を向上させることにより、多能性幹細胞を網膜色素上皮細胞へと分化誘導する効率を向上させることに寄与する点で、あるいは網膜色素上皮細胞の維持培養の安定化に寄与しうる。
【0019】
本発明における「ラミニンフラグメント」は、対応する各ラミニンの機能を保持する限り、どのようなフラグメントであってもよい。すなわち、本発明における「ラミニンフラグメント」は、ラミニンα鎖、β鎖、γ鎖がヘテロ三量体を構成し、インテグリンに対する結合活性を保持すると共に、細胞接着活性を保持している分子であれば各鎖の長さは限定されない。ラミニンフラグメントは、元となるラミニンアイソフォームごとに異なるインテグリン結合特異性を示し、対応するインテグリンを発現する細胞へ接着活性を発揮することができる。このようなラミニンフラグメントとして好ましくはラミニンE8フラグメントである。
【0020】
ラミニンE8フラグメントは、そもそもマウスラミニン111をエラスターゼで消化して得られたフラグメントの中で、強い細胞接着活性をもつフラグメントとして同定されたものである(EMBO J., 3:1463-1468, 1984.、J. Cell Biol., 105:589-598, 1987.)。マウスラミニン111以外のラミニンについてもエラスターゼで消化した際にマウスラミニン111のE8フラグメントに相当するフラグメントの存在が推定されるが、マウスラミニン111以外のラミニンをエラスターゼで消化してE8フラグメントを分離・同定したことはこれまで報告されていない。したがって、本発明に用いられるラミニンE8フラグメントは、各ラミニンのエラスターゼ消化産物であることを要するものではなく、対応する各ラミニンと同様の細胞接着活性を有し、エラスターゼで消化したE8フラグメントと対応する構造を有するラミニンのフラグメントであれば組換え体であってもよい。本発明における「ラミニンE8フラグメント(以下、「ラミニンE8」と記載する場合もある)」は、α鎖、β鎖、γ鎖の各C末端領域でヘテロ三量体を構成し、インテグリンに対する結合活性を保持すると共に、細胞接着活性を保持している。ラミニンE8は、ラミニンアイソフォームごとに異なるインテグリン結合特異性を示し、対応するインテグリンを発現する細胞へ強い接着活性を発揮することができる。
【0021】
本発明におけるラミニンE8とは、具体的に説明すると、
(1)機能上、全長ラミニンと少なくとも同等の細胞接着活性を有し、かつ少なくとも同等のインテグリン結合活性を有し、かつ
(2)構造上、マウスラミニンE8に対応する構造を有する、具体的にはラミニン三量体のコイルドコイルC末端領域からGドメインの1〜3番目に対応する構造を有するラミニンフラグメントをいう。以下、ラミニンフラグメント、特にラミニンE8について、(1)機能面および(2)構造面からさらに詳細に説明する。
【0022】
(1)ラミニンフラグメントの機能について
本発明におけるラミニンフラグメントとしては、例えば、ヒト多能性幹細胞及び/又はヒト網膜色素上皮細胞の表面に発現するインテグリンの少なくとも一つに対する結合特異性を示す分子、好ましくはヒト多能性幹細胞及びヒト網膜色素上皮細胞の両細胞の表面に発現するインテグリンと、ヒト網膜色素上皮細胞の表面に発現するインテグリンに結合特異性を示す分子が好ましく用いられる。これらのインテグリンについては上述した通りである。
【0023】
本発明におけるラミニンフラグメントは、インテグリンに対する結合特異性を示し、好ましくは対応する各ラミニンと少なくとも同等のインテグリンに対する結合特異性を示す。また、特にインテグリンに対する親和性が強いものが好ましく用いられる。「インテグリンに対する親和性が強いラミニンフラグメント」とは、公知の方法で測定された解離定数が有意に低いものであって、例えば、The Journal of Biological Chemistry (2009) 284, pp.7820-7831のTable 1に示される方法で測定された解離定数が、例えば10 nM以下である。
【0024】
本発明におけるラミニンフラグメントは細胞接着活性を有し、好ましくは細胞接着活性が強いものが用いられる。「細胞接着活性が強いラミニンフラグメント」とは、公知の方法で測定された細胞接着性試験において有意に強い接着活性を示すものであって、例えば、The Journal of Biological Chemistry (2007) 282, pp.11144-11154に記載の細胞接着アッセイを行った場合に、該フラグメントのコーティング濃度が10 nM以下で400個/mm2以上の接着細胞数が得られるものである。
【0025】
本発明においては、ラミニンフラグメントとしては、α6β1インテグリンに対する結合特異性を示し、分化誘導初期の多能性幹細胞を安定に接着させ、分化誘導後期の網膜色素上皮細胞またはその前駆細胞を安定に接着できるものが好ましく用いられる。この観点から、ラミニンフラグメントのなかでも、ラミニン511またはラミニン521等のフラグメントが好ましいものとして挙げられ、特に好ましいものとしては、ラミニン511E8およびラミニン521E8である。ラミニン511E8はα6β1インテグリンに加え、α3β1インテグリン及びα7β1インテグリンに対する結合特異性を有し、また、ラミニン521E8はα6β1インテグリンに加え、更に強いα3β1インテグリンに対する結合特異性を有する。そのため、これらのラミニンE8は、網膜色素上皮細胞に対する接着活性を向上させることにより、多能性幹細胞を網膜色素上皮細胞へと分化誘導する効率を向上させることに寄与し得る。あるいはこれらのラミニンE8は、網膜色素上皮細胞の維持培養の安定化に寄与し得る。
【0026】
(2)ラミニンフラグメントの構造について
本発明におけるラミニンフラグメントは、ラミニンα鎖、β鎖、γ鎖がヘテロ三量体を構成し、インテグリンに対する結合活性を保持すると共に、細胞接着活性を保持している分子であれば各鎖の長さは限定されない。このようなラミニンフラグメントは、ラミニンの各ドメインの構造等を理解した当業者であれば適宜設計可能である。このようなラミニンフラグメントのなかでも前述のとおり、あるいは図1に示されるとおり、マウスラミニン111のエラスターゼ消化物における細胞接着活性を有するフラグメント(E8フラグメント)に構造上対応するラミニンフラグメントであることが好ましい。すなわち全長ラミニンにおけるドメインII(三本鎖コイルドコイルドメイン)の一部を保持(図1のE8 fragmentを表す絵ではそのようには記載されていないが、実際はコイルドコイル構造を保持している)し、E8のN末端側ではβ鎖の対応するフラグメントおよびγ鎖の対応するフラグメントとで短いコイルドコイル構造を形成する。またE8のC末端側では、α鎖のG1〜G3ドメイン構造が保持されている。またβ鎖とγ鎖とは、それぞれのC末端側にあるシステイン残基を介して、ジスルフィド結合を形成することにより、互いに結合している。
【0027】
本発明におけるラミニンフラグメントは、ラミニンE8について前述した通り、天然ラミニンをエラスターゼ処理して得られる酵素処理体であってもよく、あるいは遺伝子組換えにより産生される組換え体であってもよい。
【0028】
本発明のラミニンまたはそのフラグメントが組換え体である場合、対応する全長(天然)ラミニンにおけるインテグリンとの結合活性を保持し、その細胞接着性を損なわない範囲で、精製すること等を目的としてN末端にタグが結合していてもよい。そのようなタグとしては特に限定されず、例えばHisタグ、Flagタグ、HAタグなどが挙げられる。またタグとラミニンまたはそのフラグメントとのリンカー部分の配列についても、対応する全長(天然)ラミニンにおけるインテグリンとの結合活性を保持し、細胞接着性を損なわない限りにおいて特に限定されない。
【0029】
本発明におけるラミニンまたはそのフラグメントは、対応するラミニンにおけるインテグリンとの結合活性を保持し、その細胞接着性を損なわない範囲で、アミノ酸配列の一部が欠失、付加、又は置換されたものであってもよい。例えばE8フラグメントは、一般的にはα鎖C末端側のGドメインを二つ(G4およびG5)欠失しているが、本発明におけるラミニンE8においては、対応する全長(天然)ラミニンにおけるインテグリンとの結合活性を保持し、その細胞接着性を損なわない範囲で、このG4、G5ドメインの一部または全部が含まれていてもよい。例えばラミニン511E8においては、ラミニン511と同等のインテグリンα6β1への結合活性を保持し、細胞接着活性が損なわれていなければG4、G5ドメインの一部または全部が含まれていてもよい。
一方で、ラミニンE8は全長ラミニンと同様にβ鎖とγ鎖とがコイルドコイル部分のC末端側でシステインを介して結合しているが、このシステインはインテグリン結合活性に影響するため、置換、欠失されないことが望ましい。さらにγ鎖における当該システイン以降のC末端側アミノ酸もインテグリン結合活性に影響するため、少なくとも欠失されないことが望ましい(J Biol Chem. 2007 Apr 13;282(15):11144-54.)。
【0030】
このようなラミニンE8の具体的な例としては、WO2011/043405の実施例(3)で作製されたrhLM511E8が挙げられる。当該ラミニン511E8は、本発明のラミニンE8として好ましく利用することができる。
【0031】
本発明に用いる「培養基材」は、ラミニンまたはそのフラグメントを培養器表面にコーティングすることにより製造できる。ここで培養器表面への「コーティング」とは、ラミニンまたはそのフラグメントと培養器表面との何らかの相互作用を介してラミニンまたはそのフラグメントを培養器表面に吸着させることをいい、本発明の効果を奏するにあたって特にラミニンまたはそのフラグメントの配向性は問題にならない。培養器としては、細胞培養に使用できるものであれば特に限定されず、例えば、ディッシュ(培養皿とも称する)、シャーレやプレート(6穴、24穴、48穴、96穴、384穴、9600穴などのマイクロタイタープレート、マイクロプレート、ディープウェルプレート等)、フラスコ、チャンバースライド、チューブ、セルファクトリー、ローラーボトル、スピンナーフラスコ、フォロファイバー、マイクロキャリア、ビーズ等が挙げられる。本発明における培養基材は、ラミニンまたはそのフラグメントによる細胞接着特性を損なわない限り、適宜表面処理が施されていてもよい。
【0032】
本発明における「接着培養」とは、目的の細胞がラミニンまたはそのフラグメントを介して培養器の底面に接着し、培養中に培養器を軽く揺らしても細胞が培養液中に浮かんでこない状態における培養を意味する。本発明に用いるラミニンまたはそのフラグメントは、優れた細胞接着性を示し得るため、細胞播種後、速やかに培養器を振動させるなどの方法で均一に分散させることが好ましい。なお本発明の目的の範囲内であれば、接着培養の前後で、目的の細胞をラミニンまたはそのフラグメントが存在する培養器中で浮遊培養してもよい。
【0033】
培地は、基礎培地、血清及び/又は血清代替物、及びその他の成分で構成される。基礎培地としては、哺乳動物細胞の培養に一般的に用いられる合成培地を一種又は複数種を組み合わせて利用でき、例えば、DMEM、GMEM等の市販品が入手可能である。
【0034】
血清は、ウシ、ヒト、ブタなどの哺乳動物に由来する血清を使用できる。血清代替物とは、細胞培養に用いられるFBS等の血清の代わりとなる低タンパク質代替品であって、市販品として、例えば、Knockout Serum Replacement(KSR)、Chemically-defined Lipid concentrated(Gibco社製)、Glutamax(Gibco社製)などのほか、神経細胞培養用血清代替物であるN2、B27などが入手可能である。好ましくは、基礎培地に精製した、または組み換えによって作製したアルブミン、サイトカイン、さらに脂質混合物などを個別に適量合わせることもできる。本発明においては、目的の細胞の品質管理上の観点から血清代替物が好ましく、特にKSRが好適である。
【0035】
血清又は血清代替物の濃度は、例えば0.5〜30%(v/v)の範囲から適宜設定でき、濃度は一定でもよく、段階的に変化させて用いても良く、例えば濃度を1〜3日程度(好ましくは2日)の間隔で、段階的に低下させて用いてもよい。例えば、血清又は血清代替物の濃度を20%、15%、10%の3段階に分けて添加することができる。
【0036】
培地を構成するその他の成分として、培養液中に分散されたヒト多能性幹細胞の細胞死を抑制する目的で、Y-27632などのRhoキナーゼ阻害剤を用いることができる。Rhoキナーゼ阻害剤の添加期間は、分化誘導工程の一部または全期間いずれであってもよい。例えば、分化誘導工程の後期は、Rhoキナーゼ阻害剤を添加しない培地を用いることで、目的の細胞へ分化しなかった不要な細胞を細胞死により除去することができる。
【0037】
培地は、上述以外に、哺乳動物細胞の培養に一般的に使用されるその他の成分を含むことができる。
【0038】
本発明の製造法に用いられるヒト多能性幹細胞の濃度は、多能性幹細胞を均一に播種でき、接着培養可能な濃度であれば特に限定されないが、例えば、10cmディッシュを用いる場合、1ディッシュ当たり1×10〜1×10細胞、好ましくは2×10〜5×10細胞、より好ましくは5×10〜9×10細胞である。
【0039】
本発明の製造方法における接着培養は、分化誘導因子の存在下で行うこともできる。分化誘導因子としては、目的の細胞への分化誘導を促進する因子として公知のものを利用することができる。本発明の製造方法では、網膜色素上皮細胞への分化誘導を行うため、網膜色素上皮細胞への分化誘導因子を用いることが望ましい。網膜色素上皮細胞の分化誘導因子としては、例えば、Nodalシグナル阻害剤、Wntシグナル阻害剤、ソニック・ヘッジホッグシグナル阻害剤、及びActivinシグナル促進剤などが挙げられる。
【0040】
Nodalシグナル阻害剤は、Nodalにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されず、蛋白質、核酸、低分子化合物等を用いることができる。Nodalシグナル阻害剤としては、例えば、Lefty−A、可溶型Nodal受容体、抗Nodal抗体、Nodal受容体阻害剤等のタンパク質、ペプチド、又は核酸;SB−431542等の低分子化合物等が挙げられ、特に、入手が容易でロット間の差も少ない、SB−431542等の低分子化合物が好適である。
【0041】
Wntシグナル阻害剤は、Wntにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されず、蛋白質、核酸、低分子化合物等を用いることができる。Wntシグナル阻害剤としては、例えば、Dkk1、Cerberus蛋白、Wnt受容体阻害剤、可溶型Wnt受容体、Wnt抗体、カゼインキナーゼ阻害剤、ドミナントネガティブWnt蛋白等のタンパク質、ペプチド、又は核酸;CKI−7(N−(2−アミノエチル)−5−クロロ−イソキノリン−8−スルホンアミド)、D4476(4−{4−(2,3−ジヒドロベンゾ[1,4]ジオキシン−6−イル)−5−ピリジン−2−イル−1H−イミダゾール−2−イル}ベンズアミド)、IWR−1−endo(IWR1e)、IWP−2等の低分子化合物が挙げられ、特に、入手が容易でロット間の差も少ない低分子化合物が好適である。なかでも、カゼインキナーゼIを選択的に阻害する活性を有する低分子化合物が好ましく、例えばCKI−7、D4476などを利用できる。
【0042】
Activinシグナル促進剤としては、例えば、Activinファミリーに属する蛋白、Activin受容体、Activin受容体アゴニストなどが挙げられる。
【0043】
これらの分化誘導因子の濃度は、分化誘導因子の種類に応じて適宜選択できるが、具体的には、Nodalシグナル阻害剤としてSB−431542を用いる場合、例えば、0.01〜50μM、好ましくは0.1〜10μM、より好ましくは5μMの濃度であり、Wntシグナル阻害剤としてCKI−7を用いる場合、0.01〜30μM、好ましくは0.1〜30μM、より好ましくは3μMの濃度で添加する。
【0044】
本発明の製造方法においては、好ましくは、分化誘導因子として、Nodalシグナル阻害剤(例、SB−431542)とWntシグナル阻害剤(例、CKI−7)とが組み合わせて用いられる。
【0045】
上述の方法に従った培養により、多能性幹細胞から網膜色素上皮細胞への分化を誘導し、それにより、多能性幹細胞の播種から通常25〜45日目に網膜色素上皮細胞を生じさせることができる。網膜色素上皮細胞が生成したことの確認は、上述した方法に従って行うことができる。網膜色素上皮細胞の生成が確認されたら、培地を網膜色素上皮細胞の維持培地に交換し、例えば3日に1回以上の頻度で全量培地交換を行いながら5〜10日間更に培養することが好ましい。それにより、さらにはっきりとメラニン色素沈着細胞群や基底膜に接着する多角扁平状の形態を有する細胞群を観察することができる。
【0046】
網膜色素上皮細胞の維持培地は、例えばIOVS, March 2004, Vol. 45, No.3, Masatoshi Haruta, et. al.、IOVS, November 2011, Vol. 52, No. 12, Okamoto and Takahashi、J. Cell Science 122 (17),Fumitaka Osakada, et. al.、IOVS, February 2008, Vol. 49, No. 2, Gamm , et. al.に記載のものを使用することができ、基礎培地、血清及び/又は血清代替物、及びその他の成分で構成される。基礎培地としては、哺乳動物細胞の培養に一般的に用いられる合成培地を一種又は複数種を組み合わせて利用でき、例えば、DMEM、GMEM等の市販品が入手可能である。
血清は、ウシ、ヒト、ブタなどの哺乳動物に由来する血清を使用できる。血清代替物とは、細胞培養に用いられるFBS等の血清の代わりとなる低タンパク質代替品であって、市販品として、例えば、Knockout Serum Replacement(KSR)、Chemically-defined Lipid concentrated(Gibco社製)、Glutamax(Gibco社製)などのほか、神経細胞培養用血清代替物であるN2、B27などが入手可能である。本発明においては、目的の細胞の品質管理上の観点から血清代替物が好ましく、特にB27が好適である。
その他の成分としては、例えば、L-glutamine、ペニシリンナトリウム、硫酸ストレプトマイシン等が挙げられる。
【0047】
本発明に従う培養により得られる網膜色素上皮細胞を含む細胞群は、網膜色素上皮細胞に加えて、視細胞様細胞、神経様細胞、神経膠細胞、ミュラー細胞、アマクリン細胞、双極細胞、水平細胞、神経節細胞といった細胞だけでなく、多糖類、リン脂質、接着タンパク質といった各種マトリックス成分等も含み得る。より具体的には、本発明に従う培養によれば、多能性幹細胞の播種後、細胞接着性に優れたラミニンE8を介して該細胞が培養器に速やかに接着、固定され、多能性幹細胞の播種から20日目頃には、培養器に接着した細胞を覆うようにして上に、豊潤に細胞が重層し様々な形態を呈す細胞層、すなわち全体を覆う緩やかな隆起を持った細胞層を基盤として、その上に管状および索状構造体もしくは、蜘蛛の巣状や回状の細胞群を有する複合的な細胞層の構造体が形成され得る。該構造体の形成後、更に培養を続けることにより、網膜色素上皮細胞は一見して視細胞や各種マトリックスタンパク質、多糖類、リン脂質といった細胞外マトリックス成分の混合物と思われる粘性の物質(ゼリー状の物質)の中に埋もれるようにして誘導、製造され得る。
【0048】
(2)(1)で得られた「網膜色素上皮細胞を含む細胞群」を、フィルターに導入して網膜色素上皮細胞を純化する工程
本工程では、上記の工程(1)で得られた「網膜色素上皮細胞を含む細胞群」から網膜色素上皮細胞を純化するために、該細胞群が後述の通りにフィルターに導入される。
【0049】
網膜色素上皮細胞を含む細胞群は上記のとおり多能性幹細胞を分化誘導して得られたものであることが望ましく、目的物である網膜色素上皮細胞の他に、分化誘導のステージが揃わない網膜前駆体細胞、目的外の視細胞や神経細胞、さらにこれらの細胞が製造したと思われる細胞外マトリックス成分を含み得る。
【0050】
例えばWO2005/123902に記載されたSFEB法であれば、支持細胞非存在下で特殊な無血清培地を用い、幹細胞を浮遊条件下で培養することにより凝集塊を形成させ、さらに未熟な神経前駆細胞を分化誘導し、ここから形成された浮遊細胞塊から網膜上皮細胞群を、光学顕微鏡下で採取する必要があった。またポリLリジンやゼラチンといった弱細胞接着性コーティング剤を用いた方法(SFEB改変法(US 20130224156 A1に記載))であっても、本法と同様に分化誘導した網膜色素上皮細胞を含む細胞群をある程度解離させてから、一度浮遊培養によって細胞塊を形成させた後、顕微鏡下で、よりメラニン産生能の強い細胞塊をその呈色程度または黒〜褐色分布を目安に選別しさらにこれを接着培養し、異形・異種細胞が増殖した場合は顕微鏡下にて手作業で除去しながら、十分な純度と細胞数になるまで培養してから採取する方法をとっていた。このようなラミニンまたはそのフラグメントを基材としない従来法では、網膜色素上皮細胞の出現率は極めて低かった。またこれを浮遊培養に供して増殖させ細胞塊を形成させても、目的の網膜色素上皮細胞が目的外の細胞等に組織的に一体となっているために、個々の細胞塊毎に手作業で目的外細胞除去の選別をしなければならなかった。
【0051】
したがって、多能性幹細胞から網膜色素上皮細胞を分化誘導した場合、従来公知の方法では目的の網膜色素上皮細胞だけではなく目的外の細胞も同時に得られることが通常であった。また網膜色素上皮細胞の集団(メラニン黒〜褐色を呈する細胞塊)は視認できるものの量が少なかったり、細胞塊と組織的に一体となっているため、ここから直接、手作業で網膜色素上皮細胞を取り出して純化するという煩雑で専門的な工程を要していた。
【0052】
本発明の純化方法あるいは製造方法ではラミニンまたはそのフラグメントを分化誘導基材として採用しているため、基材へのiPS細胞の接着が著しく密である。しかしながら分化誘導工程の最終段階では、豊潤に網膜色素上皮細胞だけではなく目的外の細胞も得られる。そしてこれを光学顕微鏡で観察したところ、網膜色素上皮細胞を含む細胞群は、目的外の視細胞やこれらの細胞が製造したと思われる細胞外マトリックス成分の混合物(上記ゼリー状の物質)と同時に得られており、また一見してこれらの混合物に埋もれて存在しているように見えていた(図3)。したがって、上記SFEB改変法と同様に顕微鏡下で直接採取せざるを得ない点は同じであって、純度の高い網膜色素上皮細胞を簡便・効率的に得ることは不可能であり、単にフィルターに導入するだけで網膜色素上皮細胞が純化できるとは想像だにしなかった。
【0053】
しかしながら本発明者らがよく観察したところ、分化誘導された網膜色素上皮細胞は、単にその重層した細胞混合物内部に埋もれているだけではなく、基質としたラミニンまたはそのフラグメントとの強い接着により、他の視細胞等を含むゼリー状の物質の下(即ち、ラミニンまたはそのフラグメント上)に、該ゼリー状の物質と混合物を形成することなく存在していたのである。そしてこのような細胞群の存在様式から、フィルターに導入することで網膜色素細胞を純化する方法の着想に至ったのである。本純化方法は従来法のように煩雑で専門的、技巧的な純化工程は必要無く、簡便かつ効率的であり、汎用化し得る点で極めて有用である。
【0054】
フィルターへの導入に供するために、得られた細胞群は培養器から剥離される。剥離は、ピペッティングやセルスクレイパー等、細胞を物理的に接触面から掻き取ることにより行ってもよいし、トリプシン、コラゲナーゼ、ディスパーゼ等のタンパク質分解酵素を用いた処理により行ってもよい。好ましくは、剥離はトリプシン、コラゲナーゼ、ディスパーゼ等のタンパク質分解酵素で処理することにより行われる。これらの処理は自体公知の方法に従って行うことができる。
【0055】
上記剥離後の細胞群において、フィルターへの導入に供する前に、該ゼリー状の物質が覆うことでフィルター穴を塞がないように、ある程度は細胞間の接着を解離してやる処理を行うことが好ましい。該処理は例えば、該細胞群を緩やかに数往復ピペッティングすることにより行うことができる。過度な細胞解離処理は該ゼリー状の物質を破壊してしまうため望ましくない。更に、遠心分離により細胞混合物中のタンパク質分解酵素液とその残渣不純物、およびマトリックス成分などを上清とともに除去することが望ましい。
【0056】
上記のようにして得られた細胞群を回収し、フィルターへの導入に供する。本発明の方法によれば、網膜色素上皮細胞がフィルターを通過し、その他の細胞(例、視細胞等)や各種マトリックス成分を含む混合物がフィルターに補足され得、網膜色素上皮細胞を純化し得る。本発明におけるフィルター処理は、当該目的を実現し得る限り、フィルターの形態や手順等は特に限定されない。以下、フィルター処理についてより詳細に説明する。
【0057】
フィルターの材質は、細胞培養液のフィルタリングのために通常用いられるものを使用することができ、例えば、ポリエステル、ポリプロピレン、ポリスチレン、アクリル、レーヨン、ポリオレフィン、ビニロン、ポリエチレン、ナイロン、ポリウレタンなどの少なくとも1種より選択される合成高分子である。好ましくは、極性が低くタンパク質の吸着が少ないナイロンなどである。極性やイオン性の荷電が高いもの、疎水性の強いものは、該ゼリー状の物質にフィルター表面が覆われる傾向にあるため、使用しにくい。
【0058】
フィルターの形状は、連通孔構造の多孔質体形状でも、繊維の集合体、織物などでも良いが、不織布であることがより好ましい。繊維の撚りが出たものは、該ゼリー状の物質にフィルター表面が覆われ目詰まりの原因になるため使用しないことが望ましい。
【0059】
フィルターの繊維径は、不要な成分の捕捉と網膜色素上皮細胞の通過を効率的に生じ得る限り特に限定されないが、網膜色素上皮細胞の通過を考慮するとフィルターのポアサイズよりも小さいものが用いられ、例えば5〜20μmである。
【0060】
フィルターのポアサイズは、不要な成分の捕捉と網膜色素上皮細胞の通過を効率的に生じ得る限り特に限定されないが、通常15〜100μmである。細胞の大きさや不要成分の捕捉効果を考慮すると20〜70μmであることが好ましく、20〜40μmであることがより好ましい。ポアサイズが20μmより小さいと網膜色素上皮細胞の通過率が低下する恐れがあり、100μmより大きいと不要な成分の捕捉効率の低下につながる恐れがある。
なお、フィルターのポアサイズは、フィルターを走査型電子顕微鏡にて写真撮影し、異なる2本以上の繊維が交差することにより形成される実質的な孔の口径(最大長さ)を画像解析装置にて無作為に50ポイント以上測定し、平均値を求めることにより測定することができる。
【0061】
フィルターの使用形態は、球、コンテナ、カセット、バッグ、チューブ、カラム等、任意の形態をとりうるが、好ましい具体例としては、例えば、容量約0.1〜1000ml程度、直径約0.1〜15cm程度の透明または半透明の円柱状容器、あるいは一片の長さ0.1cm〜20cm程度の正方形あるいは長方形で、厚みが0.1cm〜5cm程度の四角柱状の形態等が挙げられる。
【0062】
フィルターへの通液は、細胞群(細胞懸濁液)をプールしたバッグなどから自然落下によって行ってもよいし、あるいはシリンジやポンプを使用してもよい。
【0063】
以上の操作により、フィルターへの導入に供した細胞培養液中の不要な成分がフィルターに捕捉されると共に網膜色素上皮細胞が選択的にフィルターを通過し、それにより該細胞の純化を達成し得る。フィルターを通過した液体中の細胞数に関して、例えば80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上の網膜色素上皮細胞の純度を実現し得る。純度は、Pax6、Bestrophin、Mitfの免疫染色を行い、いずれかが染色された場合には網膜色素上皮細胞と判定し、また蛍光が見られない細胞については細胞内のメラニン色素の褐〜黒色呈色の有無を調べ、色素の生成を確認することで網膜色素上皮細胞と判定することができる。さらに、得られた細胞群を再び新しいラミニンまたはそのフラグメントコーティング培養容器に播種し、再び本純化作業を実施することにより、この純度をさらに向上させることができる。この段階で得られる網膜上皮色素細胞はSFEB改変法に比し、50から100倍程度の収率であった。
【0064】
本発明の製造方法によれば、細胞接着性に優れたラミニンまたはそのフラグメントを介して多能性幹細胞が培養器に速やかに接着、固定された状態で培養を行うことにより、分化誘導効率が著しく向上し、しかも培地交換中の細胞損失を抑制することができる。更に、上記の純化工程により、簡易な操作で短時間のうちに高濃度の網膜色素上皮細胞の細胞集団を極めて効率よく大量に得ることができる。また本発明の製造方法によれば、網膜色素上皮細胞は互いに接着しシート状構造を採り得る。したがって本発明の製造方法により網膜色素上皮細胞のシートを製造することが可能である。この網膜色素上皮細胞のシートは、後述されるように、網膜疾患を治療する細胞移植治療薬として用いる細胞集団として有用である。
【0065】
また、上述のようにして製造された網膜色素上皮細胞を更なる増幅培養に供することもできる。該増幅培養は、上述した方法と同様に、ラミニンまたはそのフラグメントがコーティングされた培養器上に網膜色素上皮細胞を播種し、該細胞をラミニンまたはそのフラグメント上に接着させ、接着培養を行うことで実行できる。この継代、増幅培養によって、基材となるラミニンまたはそのフラグメントに特異的に接着しうる細胞のみを選抜することになり、この結果、優勢となった網膜色素上皮細胞によるモノレイヤー構造が安定に保持されれば、分化誘導した網膜色素上皮細胞のなかに含まれる分化誘導しきれなかった細胞を相対的に減らすことができるため、網膜色素上皮細胞の更なる純化方法としても用いることが可能である。
【0066】
播種される網膜色素上皮細胞の濃度は、網膜色素上皮細胞を均一に接着培養可能な濃度であれば特に限定されないが、例えば、10cmディッシュを用いる場合、1ディッシュ当たり1×10〜1×10細胞、好ましくは2×10〜5×10細胞、より好ましくは5×10〜1×10細胞である。
【0067】
該増幅培養におけるラミニンまたはそのフラグメント、培養基材へのコーティング方法は上述したものと同様であり、好ましい態様についても同様である。
【0068】
培養液は、上述した網膜色素上皮細胞の維持培地を使用することができる。
【0069】
培養期間は、特に限定されないが、好適には、網膜色素上皮細胞の播種後、3日に1回以上の頻度で維持培地を用いた全量培地交換を行いながら、3週間程度培養を行うことができる。該培養後の細胞培養液を、上記工程(2)と同様の処理(即ち、培養器からの剥離、任意に細胞間の解離処理、およびフィルター処理)に供し、網膜色素上皮細胞の更なる純化を行うことが好ましい。更に、そのようにして得られた網膜色素上皮細胞を用いて、上記の増幅培養と同様の培養を2週間程度行い、得られた細胞培養液を再び上記工程(2)と同様の処理に供して更なる純化を行うことも好ましい。以上の操作により、フィルターを通過した液体中の細胞数に関して、例えば85%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは99%以上の網膜色素上皮細胞の純度を実現し得る。
【0070】
該増幅方法によれば、細胞接着性に優れたラミニンまたはそのフラグメントを介して網膜色素上皮細胞が培養器に速やかに固定され、培地交換時の細胞損失を抑制でき、さらに継代による細胞形態の変形を抑制できるため、安定して網膜色素上皮細胞の維持培養、そして培養増殖を行うことができる。また、該増幅方法によれば、膜状の網膜色素上皮細胞群をそのまま、又は培養基材より分離回収した懸濁液として、さらにはこれを移植する患部に適した形態に形作るための新たな基材・支材(生分解性、多孔性、メッシュ構造など)に固定することにより、下記に示す網膜疾患治療薬として利用することもできる。
【0071】
2.網膜色素上皮細胞
本発明の純化方法あるいは製造方法によって得られた網膜色素上皮細胞は、細胞単独でも、そしてシートとしても純度が高く優れた特性を有している。
【0072】
3.網膜疾患治療薬
本発明の純化方法あるいは製造方法により製造された網膜色素上皮細胞は、懸濁液やシート形状に製剤することにより生体へ移植して網膜疾患を治療する細胞移植治療薬として用いることができる。網膜疾患とは、網膜に関わる眼科疾患であって、糖尿病など他の疾患による合併症も含まれる。
【0073】
4.毒性・薬効評価薬
本発明の純化方法あるいは製造方法により製造された網膜色素上皮細胞は、健常および疾患のモデル細胞として網膜系疾患治療薬および・薬効評価糖尿病など他の合併症の疾患治療薬、またその予防薬のスクリーニング、化学物質等の安全性試験、ストレス試験、毒性試験、副作用試験、感染・混入試験に活用が可能である。一方、網膜細胞特有の光毒性、網膜興奮毒性等の毒性研究、毒性試験等に活用することも可能である。その評価方法としては、アポトーシス評価などの刺激・毒性試験のほか、前駆細胞から網膜色素上皮細胞および視細胞への正常分化に及ぼす影響を評価する試験(各種遺伝子マーカーのRT-PCR、サイトカインのELISAなどによる発現タンパク質解析、貪食能試験)、光毒性などの毒性試験、視機能に対する網膜電位や経上皮電気抵抗、自己免疫反応に起因する細胞傷害試験などがある。また、これらの試験の為の細胞材料としては、網膜色素上皮細胞のみならず、その前駆細胞も用いることが可能で、例えば、細胞を播種接着したプレート、細胞懸濁液、そのシートまたは成形体を提供することができる。これは、ヒトおよび動物試験の外挿試験として用いることができる。
【0074】
本明細書中で挙げられた特許及び特許出願明細書を含む全ての刊行物に記載された内容は、本明細書での引用により、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
【0075】
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下に示す実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0076】
検討例1 iPS細胞由来RPE細胞の製造
試薬
・分化誘導基本培地(GMEM培地(Invitrogen), KSR(Invitrogen), 0.1mM MEM非必須アミノ酸溶液(Invitrogen), 1mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA), 0.1M 2-メルカプトエタノール(和光純薬), 100U/ml ペニシリン-100μg/ml ストレプトマイシン(Invitrogen))
・第1分化誘導培地(KSRを20%含む分化誘導基本培地、10μM Y-27632(和光純薬)、5μM SB431542(SIGMA)、3μM CKI-7(SIGMA))
・第2分化誘導培地(KSRを15%含む分化誘導基本培地、10μM Y-27632(和光純薬)、5μM SB431542(SIGMA)、3μM CKI-7(SIGMA))
・第3分化誘導培地(KSRを10%含む分化誘導基本培地、10μM Y-27632(和光純薬)、5μM SB431542(SIGMA)、3μM CKI-7(SIGMA))
・第4分化誘導培地(KSRを10%含む分化誘導基本培地)
・RPE維持培地 (67% DMEM low glucose (SIGMA), 29% F12 (SIGMA), 1.9mM L-glutamine (Invitrogen), 1.9% B-27 supplement (Invitrogen), 96 U/mL ペニシリンナトリウム, 96 μg/mL 硫酸ストレプトマイシン)
【0077】
網膜色素上皮細胞の製造(分化誘導)
ヒト末梢血(単核球)由来iPS細胞(1120C7、京都大学提供)をラミニンコーティング培養皿(住化ベークライト社製)へ、9×106cells/9cm dishになるように播種した。ラミニンコーティング培養皿は、9cm培養皿(BD FALCON)をラミニン511E8フラグメント(WO2011043405の実施例(3)に開示のタンパク質。(ニッピ社製(iMatrix-511、NIP-8920-02)))の0.5μg/cm2水溶液を用い、37℃で1時間以上コーティングして作成した。iPS細胞は、培養皿上に速やかに接着し、浮遊凝集体の形成は確認されなかった。
培養初日をDay0とし、培養開始後(Day1)から色素細胞が確認されるDay40ごろまで毎日、全量培地交換を行った。培地は、次に示す通り段階的に組成を変更した。すなわちDay1-4は第1次分化誘導培地(20% KSR)、Day5-8は第2次分化誘導培地(15% KSR)、Day9-12は第3次分化誘導培地(10% KSR)、Day13から色素細胞が確認されるDay40ごろまでは第4次分化誘導培地(10% KSR)を用いた。
Day40ごろに色素細胞が確認された後は、Day47まで、RPE維持培地を用いて、3日に1回以上、全量培地交換を行った。培養が進むにつれ、細胞の色素が濃くなり、Day47には、多数の濃い色素を有する細胞群が認められた。Day 47に色素細胞を含む細胞集団を回収した。
コーティング剤としてラミニン511E8フラグメントを用いたことにより、播種されたiPS細胞は、培養皿に高密度で速やかに接着し、分化誘導培地による培養期間中も接着状態を安定に維持していた。そのため、全量培地交換を繰り返した際にも細胞の損失を低く抑えることができた。さらに、コラーゲンをコーティングした培養器にiPS細胞を播種したときと比較して、色素細胞が生成される割合が大幅に向上し、分化誘導効率が著しく改善された。
【0078】
検討例2 RPE細胞の製造 (他のiPS細胞)
ヒト末梢血(単核球)由来iPS細胞(1120C7、京都大学提供)に代えて、ヒト皮膚(繊維芽細胞)由来iPS細胞(201B7、京都大学提供)を用いた点以外は検討例1と同様の方法で色素細胞を得た。
その結果、検討例1と同様に、播種したiPS細胞に対して色素細胞が生成される割合が大幅に向上し、分化誘導効率が著しく改善された。
【0079】
実施例1 iPS細胞由来RPE細胞の純化および増幅
検討例1及び検討例2におけるDay47の色素細胞を含む細胞集団が接着培養された培養皿(図3)に、0.01%Trypsin-0.53mM EDTAを加えて処理し培養皿から細胞塊を剥離した。次いで穏やかなピペッティングにより、細胞間の接着を解離した。さらに遠心分離により細胞混合物中のタンパク質分解酵素液とその残渣不純物を上清と共に除き、次いで、セルストレーナー(DB Falcon Cell Strainer 40μm Nylon)を通してフィルター濾過分離を行って不要な細胞を分離して、RPE細胞を含む細胞集団を回収した(Day48)。
得られた細胞を、9×106cells/9cm dishになるように、検討例1に記載のRPE維持培地を用いて、検討例1で用いたのと同じラミニン511E8コーティング培養皿5枚へ播種し、RPE細胞コロニーの接着が確認されるDay50ごろまで静置培養した。
Day51からDay71まで、3日に1回以上3週間、RPE維持培地を用いた全量培地交換を行い、次いで、2度目のフィルター濾過分離(純化)に供したのち同じラミニン511E8コーティング培養皿各5枚へ播種し、同様に2週間培養したところ、検討例1及び検討例2のいずれの細胞集団からも、網膜色素上皮細胞を10cmディッシュで25枚分の収量にまで増幅した。得られた細胞集団の純度(n=4)は、それぞれ96.4%、100%、98.6%、99.6%であった。
一例として、98.6%純度であったディッシュの純度算出データを示す。
【0080】
【表1】
【0081】
純度は、Pax6、Bestrphin、Mitfの免疫染色を行い、いずれかが染色された場合にはRPE細胞と判定し、また蛍光が見られない細胞については細胞内のメラニン色素の有無を調べ、色素を確認することでRPE細胞と判定した(色素により蛍光観察が阻害されることがあるため、蛍光が見られなくとも色素が存在すればRPE細胞と判定)。そしてそれぞれを陽性細胞に加算する方法により求めた。
なお本実施例を異なるライン(201B7)のiPS細胞で行っても、同様の結果が得られた。また、ポアサイズ70μmおよび20μmのフィルターを用いて本実施例と同様に純化を行っても、同様に高いRPE細胞純度が得られた。
【0082】
比較例1
検討例1の分化誘導工程において、ラミニン511E8でコーティングした培養皿(BD FALCON)による接着培養に代えて、MPC(2-Methacryloxylethyl Phosphoryl Choline)処理された非接着性培養皿(Nunc)を用いて浮遊培養を行った点以外は、検討例1と同様の方法で分化誘導工程を行った。
その結果、分化誘導工程における培地交換中にほぼすべての色素細胞が失われ、Day 47には色素細胞を回収できなかった。
【0083】
比較例2
検討例1の分化誘導工程において、ラミニン511E8でコーティングされた培養皿に代えて、ポリDリジン及びゼラチンでコーティングした培養皿を用いて接着培養を行った点以外は、検討例1と同様の方法で分化誘導を行った。
ラミニン511E8コーティング培養皿に比べて、ポリDリジン/ゼラチンコート培養皿に対する細胞の接着性は弱く、培地交換中に細胞が失われやすかった。そのため、培養開始後Day47の色素細胞の割合は、培養皿中の全細胞に対する色素細胞数を目視観察したところ、検討例1の1/20以下であり、分化誘導効率も著しく低かった。
【0084】
(評価1)RPE細胞マーカーの発現
検討例1、2および実施例1で得られた色素細胞について、Journal of Cell Science 2009 Sep 1 1223169-79に記載された方法に従って、以下に示す配列のプライマーを用いてRT-PCR解析を行ったところ、市販のヒトRPE細胞株と同様、RPE細胞特異的遺伝子(RPE65,CRALBP,MERTK,BEST1)の発現がみられ、RPE細胞であることが確認された。
RPE65-F TCC CCA ATA CAA CTG CCA CT(配列番号1)
RPE65-R CCT TGG CAT TCA GAA TCA GG(配列番号2)
CRALBP-F GAG GGT GCA AGA GAA GGA CA(配列番号3)
CRALBP-R TGC AGA AGC CAT TGA TTT GA(配列番号4)
MERTK-F TCC TTG GCC ATC AGA AAA AG(配列番号5)
MERTK-R CAT TTG GGT GGC TGA AGT CT(配列番号6)
BEST1-F TAG AAC CAT CAG CGC CGT C(配列番号7)
BEST1-R TGA GTG TAG TGT GTA TGT TGG(配列番号8)
【0085】
なお本実施例を異なるライン(201B7)のiPS細胞で行っても、同様の結果が得られた。代表的な例として、RPE65で行った結果を図2に示す。
【0086】
(評価2)サイトカイン分泌能
検討例1、2および実施例1で得られた色素細胞について、IOVS.2006 47 612-3624に記載の方法に準じて、ELISAでPEDFの産生量を検出した。その結果、成人網膜のRPE細胞と同様にサイトカイン分泌能があることが確認された(表2)。
【0087】
【表2】
【0088】
なお本実施例を異なるライン(201B7)のiPS細胞で行っても、同様の結果が得られた。
【0089】
(評価3)貪食能
検討例1、2および実施例1で得られた色素細胞について、J Cell Sci. 1993 104 37-49に記載の方法に準じて、FluoSpheres(登録商標)蛍光マイクロスフェア(Invitrogen, F13081)を用いて貪食能を解析したところ、市販のヒトRPE細胞株と同程度の貪食能があることが確認された。なお本評価を異なるライン(201B7)のiPS細胞で行っても同様の結果が得られた。また異なるライン(201B7)のiPS細胞を用い、The Lancet 2012 379 713-720に記載された方法に準じてpHrod Green E. coli BioParticles(登録商標) Conjugate for Phagocytosisb (Molecular Probes, P35366)を用いて貪食能を解析しても、同様の結果が得られた。
【0090】
(評価4)純化前後の細胞群に対する発現解析
検討例1及び検討例2において剥離した細胞塊をセルストレーナー(DB Falcon Cell Strainer 40ul Nylon)を通すことにより、フィルター上に残った細胞群と分離された網膜上皮細胞群を含む細胞群について、それぞれを遺伝子発現解析に供し、細胞の種類、分化ステージを評価した。
具体的には、定量RT-PCR法により特異的遺伝子の発現を検出し、フィルター濾過法による網膜色素上皮細胞分離の効果を評価した。定法に従ってフィルターの上下に分離した細胞からRNAを抽出し(RNeasy Micro Kit, 79254, QIAGEN)、抽出したRNAを鋳型としてcDNA合成を行った(SuperScript III逆転写酵素キット, 18080-044, invitrogen、0.5 μg/μL Oligo (dT)12-18 Primer, invitrogen, 18418-012, invitrogen、10 mM dNTP Mix, 18427-013, invitrogen)。合成したcDNAを鋳型として1)95℃20秒、2)95℃1秒、3)60℃20秒(2)〜3)を40サイクル)のPCR条件で目的遺伝子の発現を検出した(20×TaqMan(登録商標) Gene Expression Assay, Applied Biosystems、2×TaqMan(登録商標) Fast Advanced Master Mix, 4444557, Applied Biosystems)。内部標準としてGAPDHを用いて発現量を補正し、さらにフィルター濾過前の目的遺伝子の発現量を1として比較Ct法により相対値を算出した(図4)。遺伝子増幅に使用したプライマー配列を以下に示す。
20×TaqMan(登録商標) Gene Expression Assay (RAX(Rx)) (Applied Biosystems) Hs00429459_m1
20×TaqMan(登録商標) Gene Expression Assay (Pax6) (Applied Biosystems) Hs00240871_m1
20×TaqMan(登録商標) Gene Expression Assay (MITF) (Applied Biosystems) Hs01117294_m1
20×TaqMan(登録商標) Gene Expression Assay(RPE65) (Applied Biosystems) Hs01071462_m1
20×TaqMan(登録商標) Gene Expression Assay (CRX) (Applied Biosystems) Hs00230899_m1
20×TaqMan(登録商標) Gene Expression Assay (VSX2(Chx10)) (Applied Biosystems) Hs1584047_m1
20×TaqMan(登録商標) Gene Expression Assay (GAPDH) (Applied Biosystems) Hs02758991_g1
【0091】
その結果、フィルター下部には網膜色素上皮細胞マーカー(RPE65)および、その前駆細胞マーカーMitf(色素上皮細胞、前駆細胞)が高く発現しており、一方フィルター上部には、Pax6(前駆細胞)、Rx(網膜前駆細胞)、Crx(視細胞前駆細胞)、Chx10(双極細胞)等のきわめて分化誘導初期に発現するマーカーおよび、目的外の視細胞や神経細胞マーカー発現が高く発現していることが確認できた。このことから、分化誘導工程の終点で該純化方法を用いることは網膜色素上皮細胞を効率的に分離する方法として適していると考える。
【産業上の利用可能性】
【0092】
本発明の純化方法によれば、多能性幹細胞から誘導された網膜色素上皮細胞を簡便かつ高収率に純化することができる。該純化方法を用いる本発明の製造法によれば、ラミニンまたはそのフラグメントでコーティングされた培養基材により、網膜色素上皮細胞を簡易な方法で効率よく高純度に製造できる。本発明の製造法は、分化誘導効率に優れ、簡易な操作で網膜色素上皮細胞を純化でき、しかも工程中の細胞損失を抑えて高い収量で網膜色素上皮細胞を産生することができる。本発明の方法で製造された網膜色素上皮細胞は網膜疾患の治療のみならず、健常および疾患モデル細胞の製造・調製法としても有用である。
【0093】
本出願は日本で出願された特願2013−212345(出願日:2013年10月9日)を基礎としており、その内容は本明細書に全て包含されるものである。
図1
図2
図3
図4
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]