【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
腸内に存在するフリーラジカル量を把握し、コントロールすることは、宿主の健康改善等の効果につながる可能性がある。しかしながら生体において腸内のフリーラジカル量を直接評価するために腸管内容物を試料として用いることは現実的な手法ではない。
【0007】
本発明は、非侵襲で腸内環境を評価可能な方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは意外にも、ESR(Electron Spin Resonance)装置を用いて測定される糞便中のフリーラジカル量が、腸内のフリーラジカル量と強く相関していることを新たに見出した。
【0009】
本発明の腸内環境評価方法は、ESR装置を用いて糞便中のフリーラジカル量を測定することを含む。当該方法により、非侵襲で簡便に腸内のフリーラジカル量を評価することができる。
【0010】
本発明の大腸炎罹患リスク評価方法は、ESR装置を用いて糞便中のフリーラジカル量を測定することを含む。当該方法により、糞便中のフリーラジカル量を指標として、非侵襲で簡便に大腸炎への罹患リスクを評価することができる。
【0011】
本発明の腸内環境改善物質のスクリーニング方法は、被験物質を摂取した後の被験動物の糞便中のフリーラジカル量を、ESR装置を用いて測定することを含む。当該方法により、被験物質の摂取が腸内環境に与える影響を評価することができ、腸内環境を改善する効果のある物質を簡便にスクリーニングすることができる。
【0012】
上記方法は、測定対象である糞便とスピントラップ剤とを混合することを含んでいてよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明の腸内環境評価方法により、非侵襲で腸内環境を評価することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではない。
【0016】
本実施形態に係る腸内環境評価方法は、ESR装置を用いて糞便中のフリーラジカル量を測定することを含む。
【0017】
本明細書において糞便とは、体外に排出されたものをいい、腸管内に残存している状態のものは含まない。フリーラジカルは反応性が非常に高いため、従来、腸内に存在するフリーラジカルは、糞便とともに体外に排出されると、酸化反応等が生じた結果、腸内のフリーラジカル量を反映したものではなくなると考えられていた。しかしながら本発明者らは、糞便中のフリーラジカル量は意外にも腸内のフリーラジカル量を反映していることを見出した。
【0018】
本実施形態に係る腸内環境評価方法は、腸を試料として直接測定する必要がなく、採取しやすい糞便を試料として用いることができるため、非侵襲で簡便に腸内環境を評価することができる。また、糞便を試料として用いることにより、後述するスピントラップ剤を体内に投与する必要なく腸内環境を評価することができる。
【0019】
ESR装置は、電子スピン共鳴を用いた装置であり、ラジカルの定性及び定量分析に用いられるものである。ESR装置では生体試料から直接フリーラジカル量を測定することが感度的に困難であるため、寿命が短いフリーラジカルを捕捉するために、スピントラップ剤が用いられる。スピントラップ剤は、フリーラジカルと素早く反応し、スピンアダクトを生成する。生成したスピンアダクトをESR装置で測定することにより、得られたスペクトルのピーク長から、フリーラジカルの相対量を調べることができる。ピークが長いほど、フリーラジカル量が多いことを示す。また、得られたスペクトルのピーク幅等を解析することによりフリーラジカル種を同定することも可能である。ESRはいずれの周波数のものであってもよく、例えばXバンドESRであってよい。ESR装置としては市販の装置を用いることができ、例えばX10SA(キーコム株式会社製)、EMX−plus(ブルカーバイオスピン株式会社製)が挙げられる。
【0020】
測定対象である糞便と混合されるスピントラップ剤としては、例えば、POBN(α−(4−pyridyl−1−oxide)−N−t−butylnitrone)、CYPMPO(2−(5,5−Dimethyl−2−oxo−2λ5−[1,3,2]dioxaphosphinan−2−yl)−2−methyl−3,4−dihydro−2H−pyrrole 1−oxide)、DMPO(5,5−dimethyl−1−pyrroline−N−oxide)、M4PO(3,3,5,5−Tetramethyl−1−pyrroline−N−oxide)、PBN(N−tert−Buthyl−α−phenylnitrone)、DBNBS(3,5−Dibromo−4−nitrosobenzenesulfonic acid sodium salt)等が挙げられる。スピントラップ剤としては、POBN又はCYPMPOを用いることが好ましい。POBNは、フリーラジカル検出感度がよいため好ましい。CYPMPOは、ラジカル種の同定がしやすいため好ましい。
【0021】
測定されるフリーラジカルは、生体内に存在するいずれの種類であってもよく、例えば、スーパーオキシド、ヒドロキシラジカル等の活性酸素種、アルコキシルラジカル、ヒドロペルオキシラジカル、ペルオキシルラジカルなどであってよい。本実施形態に係る方法において測定されるフリーラジカル量は、種類を特に区別せずにフリーラジカルの総量であってもよく、特定又は一部の種類のフリーラジカルの量であってもよい。フリーラジカル量の算出に用いるピークとしては、得られたスペクトルから任意のピークを選択することができる。なお、サンプル間で比較する場合は、g値に基づいて選択するピークを揃える。
【0022】
ESR測定用試料は、例えば、糞便試料にスピントラップ剤を添加することにより調製することができる。測定に用いる糞便試料は、採取した糞便そのものであってよく、糞便を水、緩衝液等に懸濁させた懸濁液であってもよい。糞便は体外に排出された後速やかに採取されたものであることが好ましい。糞便は測定時まで冷凍又は冷蔵(例えば0〜10℃)で保存されることが好ましい。
【0023】
ESR測定用試料としては、例えば、糞便試料と、スピントラップ剤を緩衝液に溶解した溶液とを混合し、所定時間経過後に混合液に遠心分離を行って得られる上清を用いることができる。スピントラップ剤は糞便試料に対して過剰の量を用いることが好ましい。例えば糞便試料1gに対して、1mM〜1Mのスピントラップ剤溶液を5〜50g混合することによりESR測定用試料を調製してもよい。ESR測定用試料の調製は、複数試料を比較評価する場合には、例えば試料濃度、スピントラップ剤の種類及び濃度等の条件を試料間で揃えることが好ましい。特に、糞便試料にスピントラップ剤を添加してから、ESR装置で測定するまでの時間を試料間で揃えることが好ましい。糞便試料にスピントラップ剤を添加してからESR装置により測定するまでの時間は、評価対象である動物が例えばマウス等である場合は、例えば5分〜2時間としてよく、10分〜1時間としてもよく、20〜40分とすることが好ましい。上記時間内とすることにより、より精度よく腸内環境を反映した結果を得ることができる。
【0024】
調製したESR測定用試料をESR装置によって測定することにより、試料中のフリーラジカルを検出してスペクトルを得、スペクトルを解析することにより、フリーラジカルの量及び必要に応じてフリーラジカル種を把握することができる。
【0025】
上記方法における評価対象は、糞便を採取できる動物であればいずれの動物であってもよい。評価対象である動物は例えば哺乳類であってよく、例えば、イヌ及びネコ等のコンパニオン動物、ウマ、ウシ、ブタ及びトリ等の家畜、ヒト、マウス、ラット、ハムスター、サル、ウサギ、モルモット等を挙げることができる。
【0026】
腸内環境評価方法における評価対象としての腸は、小腸又は大腸であってよい。小腸は、十二指腸、空腸及び回腸からなる群から選ばれる少なくとも1種であってよい。大腸は、盲腸、結腸(上行結腸、横行結腸、下行結腸)、S状結腸及び直腸からなる群から選ばれる少なくとも1種であってよい。評価対象は大腸であることが好ましい。大腸におけるフリーラジカル量は、糞便中のフリーラジカル量との相関がより強いため、大腸が評価対象であると、より精度よく腸内環境を評価できる。
【0027】
腸内環境の評価とは、例えば、腸内環境がより良いか否かを評価することを含み、具体的には例えば、腸内に存在するフリーラジカルの量を予測することをいう。腸内環境がよりよいとは、具体的には例えば、腸内の特定種類のフリーラジカルの量又はフリーラジカルの総量がより少ないことをいう。腸内のフリーラジカル量がより少ないと、腸管壁等の細胞及び又はDNA損傷を防ぎ、大腸炎、大腸ガン等の疾患のリスクを軽減することにつながると考えられる。
【0028】
したがって、本実施形態に係る腸内環境評価方法は、測定したフリーラジカル量に基づき、腸内環境を評価することを含んでいてもよい。
【0029】
(大腸炎罹患リスク評価方法)
本発明者らは、後述する実施例に示すように、糞便中のフリーラジカル量が、大腸炎への罹りやすさを反映していることを見出した。したがって上述の腸内環境評価方法は、大腸炎罹患リスク評価方法として応用することができる。
【0030】
具体的には、被験動物の糞便中のフリーラジカル量が多いほど、当該被験動物が大腸炎に罹患する可能性が高く、糞便中のフリーラジカル量が少ないほど、当該被験動物が大腸炎に罹患する可能性が低いと考えられる。このように、被験動物の糞便中のフリーラジカル量を、当該被験動物の大腸炎への罹患しやすさの指標とすることができる。すなわち、本実施形態に係る大腸炎罹患リスク評価方法は、ESR装置を用いて糞便中のフリーラジカル量を測定することを含む。大腸炎は、例えば潰瘍性大腸炎であってよい。本実施形態に係る大腸炎罹患リスク評価方法は、測定したフリーラジカル量及び/又は種類に基づき、大腸炎罹患リスクを評価することを含んでいてよい。
【0031】
(腸内環境改善物質スクリーニング方法)
本発明はまた、腸内環境改善物質のスクリーニング方法を提供する。腸内環境改善物質スクリーニング方法は、被験物質を摂取した後の被験動物の糞便中のフリーラジカル量を、ESR装置を用いて測定することを含む。上述のとおり、糞便中のフリーラジカル量は、腸内のフリーラジカル量を反映したものであるため、被験物質を摂取した後の糞便中のフリーラジカル量を指標として、摂取した物質が腸内の環境に与える影響を評価することができる。腸内環境改善物質とは、例えば、摂取により腸内のフリーラジカル量を低減することができる物質をいう。上記方法により、腸内環境を改善することができる物質を短期間に簡便にスクリーニングすることができる。
【0032】
上記スクリーニング方法は、例えば、被験動物に被験食品を摂取させること、摂取後の当該被験動物の糞便を採取すること、ESR装置を用いて当該糞便中のフリーラジカル量を測定すること、測定されたフリーラジカル量に基づいて当該被験動物の腸内環境を評価すること、及び、評価結果に基づいて、摂取させた被験物質の腸内環境改善効果を評価することを含んでいてもよい。上記スクリーニング方法は、腸内環境の改善に有効と評価された物質を選抜することを含んでいてもよい。上記スクリーニング方法により腸内環境改善に有効と判定された物質は、腸内環境改善用として用いることができる。腸内環境の評価は、フリーラジカル量に加えてフリーラジカルの種類を指標としてもよい。
【0033】
被験物質は例えば、化合物、組成物、食品、食品成分、食品組成物、サプリメント等であってよい。食品は飲料であってもよい。被験物質としては1種を単独で用いてもよく、複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0034】
被験動物は例えば、マウス、ラット、ウサギ等の一般に用いられる実験動物であってよい。候補となる被験物質は、例えば被験動物に与える飲用水、餌等に混ぜることによって摂取させることができる。
【実施例】
【0035】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0036】
[試験例1:糞便と消化管との比較]
8週齢のddYマウス(n=6)(日本SLC)から糞便を回収した。回収した糞便はクラッシュアイス上で測定時まで保管した。スピントラップ剤にはN−tert−Butyl−α−(4−pyridyl)nitrone N’−Oxide(POBN)(東京化成)を用いた。糞便に、100mM POBN溶液(D−PBS−EDTA、pH7.0)を糞便重量の9倍量添加し、1分間スパチュラにて懸濁した。15秒間ボルテックスミキサーにより攪拌した後、37℃で静置した。糞便にスピントラップ剤を添加してから30分後に、13,000rpmで2分間遠心分離を行い、上清をESR用扁平石英ホルダーに封入した。ESR分光器はXバンドのX10SA(キーコム株式会社)を用いた。ESRの測定は次のパラメータ設定で行った。周波数9.5GHz、変調周波数100kHz、マイクロウェーブパワー16mW、掃引巾16mT、時定数0.03sec、スキャン数5回である。Mnマーカーをスタンダードとして利用した。
【0037】
また、8週齢のddYマウスにペントバルビタール(東京化成)を投与することにより麻酔を行った。上記マウスを開腹した後、小腸(盲腸入口から5〜15cmの間)(n=7)又は大腸(盲腸出口から2〜7cm)(n=6)の両端を外科用糸で縛った。22Gの留置針を用いて、100mM POBN溶液を、小腸には800μl、大腸には700μlそれぞれ充填した。充填30分後に小腸内容物及び大腸内容物を切り取って回収し、13,000rpm、2分間遠心した。上清を採取し、上記と同じ条件にてESR測定を実施した。なお、大腸内容物を採取した個体は、糞便を試験した個体と同一である。
【0038】
試験例1における、小腸、大腸及び糞便におけるフリーラジカルスペクトルの一例を
図1に示す。
図1のスペクトルにおいて、aNは1.52mT、aHは0.22mTと計測された。超微細結合定数から、ヒドロキシラジカルのアダクトが検出されたと推測される。
【0039】
各サンプルのフリーラジカル量の比較は、
図1中の*印を付したピークを用い、Mn由来ピーク長、凍結乾燥重量、及びスピントラップ注入量(反応容量)の値を用いて次の計算式により補正して行った。
(POBNのピーク長/Mnピーク長)÷(凍結乾燥重量/反応容量)
【0040】
糞便におけるヒドロキシルラジカル量を1とした場合の相対比較の結果を
図2に示す。糞便中のフリーラジカル量は、小腸及び大腸、特に大腸におけるフリーラジカル量を反映していることが示された。
【0041】
[試験例2:マウスの系統間比較]
8週齢のddYマウス、ICRマウス及びC57BL/6マウス(日本SLC)から糞便を回収した。回収した糞便をクラッシュアイス上で測定時まで保管した。スピントラップ剤としては、2−(5,5−Dimethyl−2−oxo−2λ5−[1,3,2]dioxaphosphinan−2−yl)−2−methyl−3,4−dihydro−2H−pyrrole 1−oxide(CYPMPO、株式会社司代システム)を用いた。
【0042】
糞便に、100mMのCYPMPO溶液(Tris−EDTA、pH8.0)を糞便重量の9倍量添加し、1分間スパチュラにて懸濁した。懸濁液を15秒間ボルテックスミキサーで攪拌した後、室温にて静置した。糞便にスピントラップ剤を添加してから30分後に、3,000rpmで1分間遠心分離を行い、上清をESR用扁平ディスポーザブルセル(ラジカルリサーチ株式会社)に封入した。ESR分光器はXバンドのEMX−plus(ブルカーバイオスピン株式会社)を用いた。ESRの測定は次のパラメータ設定で行った。周波数9.8GHz、変調周波数100kHz、マイクロ波パワー6mW、掃引巾20mT、時定数0.1s、スキャン数10回である。
【0043】
試験例2における、フリーラジカルスペクトルの一例を
図3に示す。超微細結合定数を算出した結果、ヒドロキシルラジカル(aN: 1.37, 1.35 mT, aH: 1.36, 1.23 mT, aP: 4.87, 4.68 mT)及びスーパーオキシド(aN: 1.27, 1.27 mT, aH: 1.11, 1.06 mT, aP: 5.24, 5.09 mT)が同定された。各群の比較は、一元配置分散分析を実施した後、Tukeyの多重比較検定により行った。ヒドロキシラジカルの相対比較結果を
図4(a)に、スーパーオキシドの相対比較結果を
図4(b)に示す。3種のマウスではddYマウスの糞便においてヒドロキシルラジカル及びスーパーオキシドがともに多いことが確認された。ddYマウスの腸内においてフリーラジカル量がその他の系統マウスと比較して多いことが示唆された。
【0044】
[試験例3:大腸炎の誘発]
6週齢のddYマウス、ICRマウス及びC57BL/6(日本SLC)を各10匹ずつ導入し、1週間予備飼育を行った。その後、分子量25,000のDSS(デキストラン硫酸ナトリウム)を4%濃度となるように飲水に添加し、マウスに自由摂取させた。DSS摂取開始後の生存個体数を記録した。結果を
図5に示す。DSSは大腸炎誘発試薬として一般に用いられる薬剤である。評価したマウスの生存日数は通常の寿命より著しく短かったことから、マウスはDSSによって誘発された大腸炎に起因して死亡したものと推測できる。DSS摂取開始後の生存個体数の減少が最も早いのはddYマウスであった。試験例2の結果と併せると、通常時の糞便中フリーラジカル量が多い系統のマウスは、糞便中フリーラジカル量がより少ない他の系統のマウスと比較して、大腸炎誘発時に大腸炎を発症しやすい傾向にあることが示唆された。試験例2及び3の結果は、糞便中のフリーラジカル量に基づいて大腸炎への罹りやすさを予測可能であることを示している。