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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2019-123845(P2019-123845A)
(43)【公開日】2019年7月25日
(54)【発明の名称】ゲルの製造方法及びコラーゲンゲル
(51)【国際特許分類】
   C08J 3/075 20060101AFI20190704BHJP
   C07K 14/78 20060101ALI20190704BHJP
   C07K 17/02 20060101ALI20190704BHJP
【FI】
   C08J3/075
   C07K14/78
   C07K17/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2018-7402(P2018-7402)
(22)【出願日】2018年1月19日
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001841
【氏名又は名称】特許業務法人梶・須原特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】古澤 和也
(72)【発明者】
【氏名】芳賀 永
(72)【発明者】
【氏名】立花 真美
【テーマコード(参考)】
4F070
4H045
【Fターム(参考)】
4F070AA62
4F070AC12
4F070AC17
4F070AC20
4F070AD10
4F070AE28
4F070AE30
4F070BA07
4F070BB08
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA40
4H045EA20
4H045EA28
4H045FA71
4H045FA83
(57)【要約】
【課題】透析を用いてゲルを製造する方法であって、所望の特性を有するゲルを取得しやすいゲルの製造方法を提供すると共に、これによって、再生組織の構築に十分な長さを有するコラーゲンゲルを提供する。
【解決手段】pH及びイオン強度の少なくともいずれかを変化させるゲル化剤の溶液を収容した容器11内から高分子化合物の溶液を収容した容器12内へと半透膜17を介してゲル化剤を導入する。また、pH及びイオン強度の少なくともいずれかを変化させる物質であってゲル化剤とは異なる物質であるゲル化制御剤の溶液を収容した容器13内から容器12内へと、ゲル化剤を導入する位置とは異なる位置において半透膜18を介してゲル化制御剤を導入する。これによって、3cmを超える複数の管構造が内部に形成されたコラーゲンゲルを生成可能である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲル化剤を用いて高分子化合物の溶液をゲル化させるゲルの製造方法であって、
前記ゲル化剤の溶液を収容した第1容器内から前記高分子化合物の溶液を収容した第2容器内へと半透膜を介して前記ゲル化剤を導入すると共に、前記第2容器内の溶液のpH及びイオン強度の少なくともいずれかを変化させる物質であって前記ゲル化剤とは異なる物質であるゲル化制御剤の溶液を収容した第3容器内から前記第2容器内へと、前記ゲル化剤を導入する位置とは異なる位置において半透膜を介して前記ゲル化制御剤を導入することを特徴とするゲルの製造方法。
【請求項2】
前記ゲル化剤が、前記第2容器内の溶液においてpHを変化させることで前記高分子化合物の溶液をゲル化させるものであり、
前記ゲル化制御剤が、前記第2容器内の溶液において前記ゲル化剤とは逆方向にpHを変化させるものであることを特徴とする請求項1に記載のゲルの製造方法。
【請求項3】
前記高分子化合物がコラーゲンであり、
前記ゲル化剤の導入開始時点の前記第2容器内の溶液が酸性であり、
前記ゲル化剤の溶液が、前記第2容器内の溶液のpHを上昇させるリン酸緩衝液であり、
前記ゲル化制御剤が酸であることを特徴とする請求項2に記載のゲルの製造方法。
【請求項4】
前記第2容器が一方向に沿って長尺に延びており、
前記ゲル化剤を導入する位置が、前記一方向に関して前記第2容器の一方の端部に配置されており、
前記ゲル化制御剤を導入する位置が、前記一方向に関して前記第2容器の他方の端部に配置されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のゲルの製造方法。
【請求項5】
一方向に長尺であって、前記一方向に関する一端から他端まで3cmを超えて延びた複数の管構造が内部に形成されていることを特徴とするコラーゲンゲル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、透析を用いたゲルの製造方法及びコラーゲンゲルに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、特許文献1のように、ゲル化剤の溶液を用いて高分子化合物の溶液を透析することにより、高分子化合物の溶液をゲル化させる方法がある。具体的には、ゲル化剤を収容した容器から高分子化合物の溶液を収容した容器へと半透膜を介してゲル化剤を導入する。これによって、高分子化合物の溶液を容器内でゲル化させていく。ゲルは、高分子化合物の溶液へのゲル化剤の拡散に伴って成長する。
【0003】
また、非特許文献1のように、透析を用いて生成されたコラーゲンゲルを人工的な再生組織の構築に応用する研究がなされている。当該研究では、リン酸緩衝液を用いた透析によって管構造を有するコラーゲンゲルが生成される。そして、再生組織の構築に当たって、かかるコラーゲンゲルの構造が細胞足場として利用される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第5103630号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】北海道大学大学院生命科学院組織構築科学研究室ホームページ、[online]、[平成29年12月10日検索]、インターネット〈URL:http://altair.sci.hokudai.ac.jp/g1/studies/tissue_engineering.html〉
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ゲルの生成に当たっては、ゲルの用途に応じた所望の特性を有するゲルを取得することが好ましい。一方、本発明者らは、特許文献1や非特許文献1の方法のような従来のゲルの製造方法によると、用途に応じた所望の特性を有するゲルを取得しにくい場合があることに気づいた。
【0007】
例えば、非特許文献1のように、再生組織の構築において細胞足場にコラーゲンゲルを用いる場合、再生組織を十分な長さに構築するために、コラーゲンゲルをなるべく長い管構造を有するものとすることが好ましい。これに対し、本発明者らは、非特許文献1に係るコラーゲンゲルの製造方法においては、コラーゲンゲルの管構造がある長さになると管構造の成長が停止することを見出した。したがって、構築したい再生組織の長さに応じた管構造の長さを確保できないおそれがある。この例に挙げるように、従来のゲルの製造方法によると、ゲルの用途に応じた所望の特性を有するゲルを取得しにくい場合がある。
【0008】
本発明の目的は、透析を用いてゲルを製造する方法であって、所望の特性を有するゲルを取得しやすいゲルの製造方法を提供すること、及び、これによって、再生組織の構築に十分な長さを有するコラーゲンゲルを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係るゲルの製造方法は、ゲル化剤を用いて高分子化合物の溶液をゲル化させるゲルの製造方法であって、前記ゲル化剤の溶液を収容した第1容器内から前記高分子化合物の溶液を収容した第2容器内へと半透膜を介して前記ゲル化剤を導入すると共に、前記第2容器内の溶液のpH及びイオン強度の少なくともいずれかを変化させる物質であって前記ゲル化剤とは異なる物質であるゲル化制御剤の溶液を収容した第3容器内から前記第2容器内へと、前記ゲル化剤を導入する位置とは異なる位置において半透膜を介して前記ゲル化制御剤を導入する。
【0010】
本発明者らは、従来技術によると、所望の特性を有するゲルを取得しにくいのは、高分子化合物の溶液に対する透析の経路として、ゲル化剤を導入するための1つの経路のみが設けられていることによると考えた。仮に、かかる1つの経路のみを設けて第1容器から第2容器へとゲル化剤の導入を行う場合、第2容器内で生成されるゲルの特性がこの1つの経路を通じた物質の出入りのみに依存してしまう。
【0011】
そこで、本発明においては、第3容器から第2容器へとゲル化制御剤を導入する、ゲル化剤の導入経路とは別の経路が設けられている。ゲル化制御剤は、第2容器内の溶液のpH及びイオン強度の少なくともいずれかを変化させる、ゲル化剤とは異なる物質である。ゲルの特性は、高分子化合物の溶液におけるpH及びイオン強度の少なくともいずれか(以下、pH等という。)の変化に依存する。したがって、ゲル化制御剤を用いたpH等の変化を利用して様々な特性を有するようにゲルを生成できる。このため、ゲル化剤を導入するための1つの経路のみを設ける場合と比べて、ゲルの用途に応じた所望の特性を有するゲルを取得しやすい。
【0012】
なお、本発明においては、高分子化合物の溶液のpH及びイオン強度の少なくともいずれかの変化によりゲル化を生じさせるような高分子化合物及びゲル化剤が用いられてもよい。また、物理的相互作用又は共有結合によって高分子を直接架橋することによりゲル化を生じさせるような高分子化合物及びゲル化剤が用いられてもよい。物理的相互作用には、水素結合における相互作用、疎水性相互作用及び静電相互作用が含まれる。
【0013】
また、本発明においては、前記ゲル化剤が、前記第2容器内の溶液においてpHを変化させることで前記高分子化合物の溶液をゲル化させるものであり、前記ゲル化制御剤が、前記第2容器内の溶液において前記ゲル化剤とは逆方向にpHを変化させるものであることが好ましい。これによると、第1容器からのゲル化剤が第2容器内の溶液のpHを変化させることで高分子化合物の溶液をゲル化させる。pHの変化は、第1容器に対して近い位置から離れた位置へとゲル化剤が拡散するのに伴って進行していく。これにより、高分子化合物の溶液のゲルからなるゲル層が、第1容器に対して近い位置から離れた位置へと成長する。これに対し、第3容器からのゲル化制御剤は第2容器内の溶液のpHをゲル化剤によるpHの変化とは逆方向に変化させる。このため、第3容器からのゲル化制御剤により、第2容器内において、ゲル化剤の拡散に伴って第1容器に対して近い位置から離れた位置へとpHが変化していくのを抑制することができる。これにより、ゲル層の成長の速度を調整することができる。ゲル層の成長速度を調整することで、成長速度に応じた様々な構造等の特性を有するゲルを生成することが可能となる。よって、ゲルの用途に応じた所望の構造等の特性を有するゲルを取得しやすい。なお、「ゲル化剤とは逆方向にpHを変化させる」とは、ゲル化剤によるpHの上昇に対してはpHの降下を意味し、ゲル化剤によるpHの降下に対してはpHの上昇を意味する。
【0014】
また、本発明においては、前記高分子化合物がコラーゲンであり、前記ゲル化剤の導入開始時点の前記第2容器内の溶液が酸性であり、前記ゲル化剤の溶液が、前記第2容器内の溶液のpHを上昇させるリン酸緩衝液であり、前記ゲル化制御剤が酸であることが好ましい。第2容器内の酸性のコラーゲンの溶液に対してそのpHを上昇させるゲル化剤を用いた透析を行うと、第2容器内においてゲル化剤の拡散に伴ってコラーゲンの溶液が酸性から中性に変化していく。これに伴って第2容器内でコラーゲンゲルが成長していく。本発明者らの知見によると、特にリン酸緩衝液をゲル化剤の溶液として用いた場合、複数の管構造を有するコラーゲンゲルを成長させることができる。一方、本発明者らは、ゲル化剤を導入するための1つの経路のみを設ける場合、コラーゲンゲルの管構造が一定の長さを超えてまでは成長しないことを見出した。さらに、その理由として、第2容器内の溶液中の酸が第1容器へと出ていくため、第2容器内の溶液が酸性から中性に変化していく速度が、第2容器内を管構造が成長していく速度より大きくなるためであることを見出した。前者の速度が後者の速度より大きいと、管構造の成長方向に関してその成長の前線より前方の位置において、管構造の生成より早く溶液が酸性から中性に変化していく。したがって、管構造の成長の前線より前方の位置で管構造を有しないコラーゲンゲルが生成されることにより、管構造の成長が途中で停止してしまう。これに対し、本発明は、1つ目の経路とは別の経路から第2容器内に酸を導入する。これによって、第2容器内の溶液が酸性から中性に変化していく速度を、所望の長さの管構造を有するコラーゲンゲルを取得するために適切な速度に制御できる。したがって、管構造の成長の前線より前方の位置における酸性から中性への変化が起こりにくくなる。よって、管構造の成長が途中で止まりにくい。
【0015】
また、本発明においては、前記第2容器が一方向に沿って長尺に延びており、前記ゲル化剤を導入する位置が、前記一方向に関して前記第2容器の一方の端部に配置されており、前記ゲル化制御剤を導入する位置が、前記一方向に関して前記第2容器の他方の端部に配置されていることが好ましい。これによると、第2容器の一方の端部からゲル化剤が導入され、第2容器の他方の端部からゲル化制御剤が導入される。このため、ゲル化剤によるゲルの成長とゲル化制御剤によるゲル化の制御とを両端から互いにバランス良く進行させることが可能である。
【0016】
本発明に係るコラーゲンゲルは、一方向に長尺であって、前記一方向に関する一端から他端まで3cmを超えて延びた複数の管構造が内部に形成されている。かかるコラーゲンゲルを再生組織の構築において細胞足場として用いることで、再生組織を十分な長さに構築することが可能となる。本発明のコラーゲンゲルのように3cmを超える長さまでゲル中の複数の管構造を成長させるには、本発明に係るゲルの製造方法が必要となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の一実施形態に係るゲルの製造方法に用いられる製造装置の内部構成を示す断面図である。
図2図1の製造装置内で生成されるコラーゲンゲルの構造図である。
図3】比較例に係るゲルの製造方法に用いられる製造装置の内部構成を示す断面図である。
図4】比較例においてフッ素樹脂チューブ内の水溶液の酸性から中性への変化及び管構造の成長の推移を表す模式図である。
図5】第1変形例に係る製造装置の内部構成を示す断面図である。
図6】第2変形例に係る製造装置の内部構成を示す断面図である。
図7】第3変形例に係る製造装置の内部構成を示す断面図である。
図8】第4変形例に係る製造装置の内部構成を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の一実施形態に係るゲルの製造方法について図1を参照しつつ説明する。本実施形態に係るゲルの製造方法においては、一例として、図1に示す製造装置10が使用される。製造装置10は、水溶液14を収容した容器11、水溶液15を収容した容器12及び水溶液16を収容した容器13を備えている。容器11は不透水性の合成樹脂製の容器であり、上方に開口した円筒の形状を有している。容器12は不透水性の合成樹脂製の容器であり、上下方向に長尺に延びた円管の形状を有している。容器12の上下両端はそれぞれ開口している。容器12の上端の開口は半透膜17によって封止され、容器12の下端の開口は半透膜18によって封止されている。半透膜17及び18としては、再生セルロースや酢酸セルロース製の半透膜が用いられる。その他、ポリエチレンテレフタレート、ポリテトラフルオロエチレン、ポリカーボネート等の合成樹脂製の半透膜が用いられてもよい。なお、半透膜17と半透膜18とは、互いに同じ素材からなるものであってもよいし、互いに異なる素材からなるものであってもよい。容器13は不透水性の合成樹脂製の容器であり、直方体の形状を有している。容器13の上壁には開口が形成されており、この開口を通じて上方から容器12の下端部が半透膜18ごと容器13内に挿入されている。容器12は、容器13の開口との間に隙間が生じないようにこの開口に挿入されている。
【0019】
水溶液15は、高分子化合物が溶解した、ゲル化の対象となる水溶液(以下、対象水溶液15という。)である。高分子化合物は、半透膜17及び18のいずれをも透過しない程度の大きさを有する分子からなる。高分子化合物としては、多糖類、タンパク質、核酸、ポリアミノ酸等のいずれであってもよいし、これらの物質が組み合わされて用いられてもよい。タンパク質の例としてはコラーゲンが、多糖類の例としてはキトサンやアルギン酸ナトリウムが用いられてもよい。コラーゲンやキトサンは酸性の溶液に溶解可能である。このため、対象水溶液15に溶解させる高分子化合物としてこれらを用いる場合、対象水溶液15は塩酸や酢酸等の酸を混合することにより酸性に調製される。また、核酸の例としてデオキシリボ核酸が用いられてもよい。ポリアミノ酸の例としてポリグルタミン酸やポリリジンが用いられてもよい。対象水溶液15は容器12内に、これを完全に満たすように充填される。
【0020】
水溶液14はゲル化剤が溶解した水溶液(以下、ゲル化剤水溶液14という。)である。ゲル化剤は半透膜17を透過する程度の大きさを有する分子からなる。ゲル化剤は、容器12内に導入された際に対象水溶液15をゲル化させる物質である。ゲル化剤は、対象水溶液15のpH及びイオン強度の少なくともいずれか(以下、pH等という。)を変化させる。ゲル化剤には、対象水溶液15のpHを変化させる塩化水素、硫酸、酢酸、硝酸、クエン酸等の酸、水酸化ナトリウム、アンモニア、炭酸水素ナトリウム、四ほう酸ナトリウム、水酸化カリウム等の塩基等が用いられてよい。また、ゲル化剤水溶液14として、リン酸緩衝液、酢酸緩衝液等のpHの緩衝液等が用いられてよい。また、ゲル化剤には、対象水溶液15のイオン強度を変化させる塩化銅、食塩、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、塩化バリウム、塩化コバルト、塩化ニッケル、塩化鉄、塩化アルミニウム等の電解質等が用いられてよい。さらに、これらの物質が組み合わされてゲル化剤として用いられてもよい。対象水溶液15がコラーゲンやキトサンの水溶液である場合、これらに対するゲル化剤水溶液14の具体例としては塩基性の水溶液やリン酸緩衝液等が用いられてよい。これらは、コラーゲンやキトサンの溶液である対象水溶液15のpHを上昇させることによって対象水溶液15をゲル化させる。対象水溶液15がアルギン酸ナトリウムやデオキシリボ核酸である場合、ゲル化剤水溶液14としては、カルシウムイオン、銅イオン等の多価の金属カチオンを含む水溶液が用いられてよい。対象水溶液15がポリグルタミン酸やポリリジンである場合、ゲル化剤水溶液14としては、ゲニピンやグルタルアルデヒド、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル等の化学架橋剤の水溶液が用いられてよい。ゲル化剤水溶液14は、その液面下に容器12及び13の全体が没するように容器11内に収容される。
【0021】
水溶液16は、ゲル化剤とは異なる物質であるゲル化制御剤が溶解した水溶液(以下、制御水溶液16という。)である。ゲル化制御剤は半透膜18を通過する程度の大きさを有する分子からなる。ゲル化制御剤は、対象水溶液15のpH等を変化させることにより対象水溶液15のゲル化を制御するための物質である。ゲル化制御剤は、ゲル化剤とは異なる物質である。ゲル化制御物質には、対象水溶液15のpHを変化させる塩化水素、硫酸、酢酸等の酸、水酸化ナトリウム、アンモニア、炭酸水素ナトリウム等の塩基等が用いられてよい。また、制御水溶液16には、リン酸緩衝液、酢酸緩衝液等のpHの緩衝液等が用いられてよい。また、ゲル化制御剤には、対象水溶液15のイオン強度を変化させる塩化銅、食塩等の電解質等が用いられてよい。さらに、これらの物質が組み合わされてゲル化制御剤として用いられてもよい。制御水溶液16は容器13内に、これを完全に満たすように充填される。高分子化合物としてコラーゲンやキトサンが用いられた場合には、ゲル化制御剤の具体例として塩化水素、酢酸等の酸が用いられてよい。これにより、ゲル化剤による対象水溶液15のpHの上昇が抑制される。高分子化合物としてアルギン酸ナトリウムやデオキシリボ核酸が用いられる場合には、制御水溶液16として酸性、中性及び塩基性それぞれの液性条件におけるpHを維持することが可能な緩衝液が用いられてよい。緩衝液の具体例としては、酸性の条件であればクエン酸緩衝液や酢酸緩衝液、中性の条件であればリン酸緩衝液やTris−HCL緩衝液、塩基性の条件であればホウ酸緩衝液や炭酸緩衝液等が挙げられる。また、高分子化合物としてポリグルタミン酸やポリリジンが用いられる場合には、制御水溶液16として、pHを制御する各種の緩衝液が用いられてよい。
【0022】
製造装置10を用いたゲルの製造方法は以下の通りである。水溶液14〜16が容器11〜13に収容された状態で製造装置10を静置すると、容器12の上端の半透膜17を介した透析と容器12の下端の半透膜18を介した透析とが同時に進行する。半透膜17を介した透析においては、ゲル化剤水溶液14中のゲル化剤が半透膜17を通じて容器12内へと導入される。容器12内へと導入されたゲル化剤は容器12の上端から下方に向かって拡散する。ゲル化剤の拡散に伴い、容器12内の対象水溶液15のpH等は、容器12の上端から下方に向かって変化していく。そして、対象水溶液15のpH等の変化に伴って対象水溶液15がゲル化していく。これにより、対象水溶液15のゲルからなるゲル層が容器12の上端から下方に向かって成長する。一方、半透膜18を介した透析においては、制御水溶液16中のゲル化制御剤が容器13から半透膜18を介して容器12内へと導入される。容器12内へと導入されたゲル化制御剤は容器12の下端から上方に向かって拡散する。ゲル化制御剤の拡散に伴い、容器12内の対象水溶液15のpH等は、容器12の下端から上方に向かって変化していく。したがって、容器12内の対象水溶液15のpH等には、ゲル化剤及びゲル化制御剤の両方による変化が表れる。
【0023】
以上説明した本実施形態によると、次の通り、所望の特性を有するゲルを取得しやすいゲルの製造方法が実現する。本発明者らは、従来のゲルの製造方法における問題は、高分子化合物の溶液に対する透析において、ゲル化剤を導入するための1つの経路のみを設けることによって生じると考えた。ゲルの特性はゲル化の対象となる水溶液中のpH等の変化に依存する。仮に、ゲル化剤を導入するための1つの経路のみを設けるとすると、生成されるゲルの特性がこの1つの経路を介した物質の出入りによるpH等の変化のみに依存してしまう。
【0024】
これに対し、本実施形態では、容器11から容器12へとゲル化剤を導入する経路の他に、容器13から容器12へとゲル化制御剤を導入する別の経路が設けられている。ゲル化制御剤は、対象水溶液15のpH等を変化させる、ゲル化剤とは異なる物質である。したがって、ゲル化制御剤を用いたpH等の変化を利用して様々な特性を有するゲルを生成しやすくなる。このため、用途に応じた所望の特性を有するゲルを取得しやすい。
【0025】
例えば、ゲル化剤水溶液14としてリン酸緩衝液を、対象水溶液15としてコラーゲンの水溶液及び塩酸の混合物を、制御水溶液16として塩酸を用いたとする。この場合、後述の実施例に示すように、リン酸緩衝液が対象水溶液15のpHを上昇させ、対象水溶液15を酸性から中性に変化させることにより、対象水溶液15をゲル化させる。これに対し、制御水溶液16は、上昇した対象水溶液15のpHを降下させるように作用する。つまり、制御水溶液16はゲル化剤水溶液14によるpHの変化とは逆の変化を引き起こす。このため、対象水溶液15中のリン酸水素二ナトリウム及びリン酸二水素カリウムの拡散に伴って半透膜17側から半透膜18側へと対象水溶液15のpHが変化していくのを制御水溶液16が抑制する。これにより、第1実施例に示すように、対象水溶液15が酸性から中性に変化していく速度を、所望の長さの管構造を有するコラーゲンゲルを取得するために適切な速度に制御できる。具体的には、容器12におけるコラーゲンゲルのゲル層の成長速度を調整することで、生成されるゲルの管構造を長くすることが可能となる。また、本実施形態に係るゲルの製造方法によって生成されたコラーゲンゲル(本発明に係るコラーゲンゲル)は、第1実施例に示すように、3cmを超える長さを有するものとなる。よって、本実施形態に係るコラーゲンゲルが、再生組織の構築に当たって細胞足場として利用される場合には、再生組織を十分な長さに構築することが可能となる。
【0026】
また、例えば、ゲル化剤水溶液14として塩基性の水溶液やリン酸緩衝液を、対象水溶液15としてキトサンの水溶液を、制御水溶液16として塩酸等を用いたとする。この場合、コラーゲンの水溶液に係る上記の例と同様、ゲル化剤水溶液14中のゲル化剤が対象水溶液15をゲル化させると共に、制御水溶液16中のゲル化制御剤が対象水溶液15におけるpHの変化を抑制する。かかるゲル化制御剤の作用により、容器12内で生成されるキトサンのゲルの構造が、ゲル化制御剤を用いない場合に生成されるゲルの構造と比べて変化する。これに伴い、ゲルの粘弾性等の力学的な特性も変化する。したがって、ゲル化制御剤の種類や制御水溶液16におけるゲル化制御剤の濃度を調整することにより、ゲルの構造や力学的な特性に関して所望の特性を有するようにキトサンのゲルを生成することが可能となる。例えば、本実施形態に係るキトサンのゲルが、再生組織の構築に当たって細胞足場として利用される場合には、ゲルの特性が細胞の生着性や、生着した細胞の形態等に影響を与える。したがって、ゲル化制御剤を利用することにより、細胞の生着性等に関して所望の特性を有するゲルを生成することが可能である。
【0027】
また、例えば、ゲル化剤水溶液14として各種の緩衝液を、対象水溶液15としてアルギン酸ナトリウムやデオキシリボ核酸の水溶液を、制御水溶液16として酸性、中性及び塩基性それぞれの液性条件におけるpHを維持することが可能な緩衝液を用いたとする。この場合、ゲル化剤水溶液14に含まれる金属カチオンがゲル化剤として容器12内に導入されると、対象水溶液15中のアルギン酸ナトリウムやデオキシリボ核酸と金属カチオンとの静電相互作用を介した反応によってゲルが形成される。一方、制御水溶液16中のゲル化制御剤が対象水溶液15に導入されると、制御水溶液16として用いる緩衝液の種類に応じ、対象水溶液15のpHが酸性、中性及び塩基性のいずれかに調整される。対象水溶液15のpHはアルギン酸ナトリウムやデオキシリボ核酸と金属カチオンとの反応性に影響を及ぼす。したがって、アルギン酸ナトリウムやデオキシリボ核酸と金属カチオンとの反応によって生成されるゲルの構造等の特性が、反応時の対象水溶液15のpHに応じて変化する。例えば、対象水溶液15のpHの違いによってアルギン酸のゲル中に管構造が形成されるか否かに関して違いが生じる。これにより、制御水溶液16として用いる緩衝液の種類を適宜選択することで、所望の特性を有するアルギン酸のゲル又はデオキシリボ核酸のゲルを取得することが可能となる。
【0028】
また、本実施形態では、長尺に延びた容器12の両端の一方からゲル化剤を導入すると共に、他方からゲル化制御剤を導入する。したがって、ゲル化剤によるゲルの成長とゲル化制御剤によるゲル化の制御とを容器12の両端から互いにバランス良く進行させることが可能である。
【0029】
<実施例>
以下、本実施形態に係る実施例について説明する。
【0030】
[第1実施例]
製造装置10を用いて次の通りにコラーゲンゲルを生成した。容器11としてビーカーを、容器12として外径3mm、内径2mm、長さ3cm〜5cmのフッ素樹脂チューブを、容器13としてアクリル板を直方体の容器状に組み合わせたものをそれぞれ使用した。ゲル化剤水溶液14はリン酸緩衝液、具体的には、リン酸水素二ナトリウム及びリン酸二水素カリウムの水溶液とした。ゲル化剤水溶液14のリン酸水素二ナトリウムの濃度は20mM、リン酸二水素カリウムの濃度は13mMとした。ゲル化剤水溶液14のpHは7付近である。対象水溶液15には、コラーゲンと塩酸を水に添加し、コラーゲンを水に溶解させたものを使用した。対象水溶液15のコラーゲンには、ウシ真皮由来アテロコラーゲン、具体的には、高研社のAteloCell(登録商標)のIPC―50を用いた。このコラーゲンには、I型コラーゲンが95%、III型コラーゲンが5%含まれている。対象水溶液15中のコラーゲンの濃度は5mg/mLとし、塩酸の濃度は1mMとした。対象水溶液15のpHは3付近である。制御水溶液16は1mMの濃度の塩酸とした。制御水溶液16のpHは3付近である。水溶液14〜16の調製温度は20℃とした。半透膜17及び18には日本メデカルサイエンス社のヴィスキングチューブを用いた。この半透膜は再生セルロース製である。
【0031】
製造装置10を静置すると、半透膜17及び18を通じた透析がそれぞれ進行した。透析開始時のpHは、ゲル化剤水溶液14が7付近であり、対象水溶液15及び制御水溶液16がいずれも3付近である。半透膜17を通じた透析においては、ゲル化剤水溶液14中のリン酸水素二ナトリウム及びリン酸二水素カリウムが半透膜17を介して容器12内に移動する。容器12内に移動したリン酸水素二ナトリウム及びリン酸二水素カリウムは、対象水溶液15のpHを7付近まで上昇させる。ゲル化剤水溶液14中のリン酸水素二ナトリウム及びリン酸二水素カリウムは容器12の上端から下方に向かって拡散する。その一方、対象水溶液15中の塩化水素は容器12の上端の半透膜17を介して容器12外へと移動する。容器12内のリン酸水素二ナトリウム及びリン酸二水素カリウムの拡散並びに容器12外への塩化水素の移動に伴い、容器12内の対象水溶液15は、容器12の上端から下方に向かって酸性から中性に変化していく。これに伴って対象水溶液15がゲル化していく。半透膜18を通じた透析においては、制御水溶液16中の塩化水素が半透膜18を介して容器12内へと移動する。塩化水素は容器12の下端から上方に向かって拡散する。この塩化水素は、対象水溶液15の酸性から中性への変化が容器12の上端から下方に向かって進むのを抑制するように作用する。
【0032】
対象水溶液15から生成されるコラーゲンゲルは、リン酸水素二ナトリウム及びリン酸二水素カリウムの作用により、図2に示す構造を有したものとなった。コラーゲンゲルは、容器12の長尺方向に沿って長尺な形状を有し、その内部には長さの異なる複数の空洞が形成された。これらの空洞は、コラーゲンゲルの上端から、コラーゲンゲルの成長と共に下方に向かって成長した。これらの空洞は様々な長さを有している。空洞のうちの一部は、コラーゲンゲルの上端から下端付近まで延びている。かかる空洞は、コラーゲンゲルの上端から下端付近まで延びた管構造を形成する。コラーゲンゲル内には、このような管構造が複数形成された。管構造より下部には、図2に示すように、コラーゲン分子が凝集した層と脱凝集した層とが重なった縞構造が形成された。なお、かかるコラーゲンゲルを容器12から取り出した後、縞構造を有する部分を切除することにより、ゲルの一端から他端まで延びた複数の管構造を有するコラーゲンゲルを取得できる。
【0033】
[比較例]
比較例においては、図3に示す製造装置20を用いてコラーゲンゲルを生成した。製造装置20は、水溶液24を収容したビーカー21及び水溶液25を収容したフッ素樹脂チューブ22を備えている。ビーカー21は第1実施例で用いられた容器11と同様のものである。フッ素樹脂チューブ22は、上下方向に長尺に延びた円管の形状を有しており、第1実施例で用いられた容器12のフッ素樹脂チューブと同じ長さ及び同じ径を有している。ただし、第1実施例と異なり、フッ素樹脂チューブ22は上方にのみ開口している。フッ素樹脂チューブ22の上端の開口は半透膜27によって封止されている。水溶液24は、第1実施例のゲル化剤水溶液14と同様に調製されたリン酸緩衝液である。水溶液24は、その液面下にフッ素樹脂チューブ22の全体が没するようにビーカー21内に収容される。水溶液25は、第1実施例の対象水溶液15と同様に調製されたコラーゲンの水溶液及び塩酸の混合液である。水溶液25はフッ素樹脂チューブ22内に、これを完全に満たすように充填される。その他の条件は第1実施例と同じとしつつ、フッ素樹脂チューブ22内でコラーゲンゲルを生成させた。このコラーゲンゲル内には第1実施例と同様の管構造が複数形成された。しかしながら、後述の通り、管構造は第1実施例と比べて短かった。
【0034】
[第1実施例と比較例との対比]
第1実施例において容器12内で生成されたコラーゲンゲルの管構造は、比較例において容器12と同じ径且つ同じ長さのフッ素樹脂チューブ22を用いて生成されたコラーゲンゲルの管構造より長くなった。また、比較例では3cmを超える長さの管構造を有するコラーゲンゲルが生成されなかった。これに対し、第1実施例では、容器12内で生成されたコラーゲンゲルの長さが3cmを超えた。
【0035】
第1実施例と比較例において生成されるコラーゲンゲル中の管構造の長さに上記のような違いが生じる理由は以下の通りである。比較例においては、水溶液25の酸性から中性への変化及び管構造の成長が図4に示すように進行する。図4(a)〜図4(c)の上段は、比較例においてフッ素樹脂チューブ22内で水溶液25が酸性から中性に変化していく推移を模式的に示す。図4(a)〜図4(c)の下段は、比較例においてフッ素樹脂チューブ22内で管構造が成長していく推移を模式的に示す。酸性から中性への変化及び成長は、図4(a)→図4(b)→図4(c)の順に進む。水溶液25の酸性から中性への変化は、半透膜27に近い位置から遠い位置に向かって進む。これは、半透膜27を通じてリン酸水素二ナトリウム及びリン酸二水素カリウムがフッ素樹脂チューブ22内へと拡散することと、半透膜27を通じて塩化水素がフッ素樹脂チューブ22外へと移動することとの両方による。また、コラーゲンゲル中の管構造も、半透膜27に近い位置から遠い位置に向かって成長する。しかしながら、図4に示すように、水溶液25が酸性から中性へと変化していく速度が、管構造が成長する速度より大きい。このため、時間が経過していくと、管構造の成長方向に関して管構造の成長の前線より前方(図4中、右方)の位置において、管構造の成長の前線が到達するより早い時点で、管構造を有しないコラーゲンゲルが生成される。このため、フッ素樹脂チューブ22における半透膜27とは反対側の端部付近まで管構造の成長が到達するよりかなり前の時点で管構造の成長が停止してしまう。
【0036】
これに対し、第1実施例では、容器12の一端における半透膜17を通じた透析のみならず、容器12の他端における半透膜18を通じた透析を行う。このため、半透膜17を介してフッ素樹脂チューブ22外へと塩化水素が移動するのと同時に、その反対側から半透膜18を介してフッ素樹脂チューブ22内へと塩化水素が移動する。したがって、前者の移動が容器12内の対象水溶液15における酸性から中性への変化を促進するのを、後者の移動が抑制する。このため、対象水溶液15において酸性から中性への変化が半透膜17側から半透膜18側へと進行するのが抑制される。よって、対象水溶液15が酸性から中性へと変化していく速度が、管構造が成長する速度より大きくなりにくいので、管構造が比較例と比べて長くなるまで成長しやすい。
【0037】
以上のように、比較例においては、透析の経路としてゲル化剤を導入する1つの経路のみが設けられている。このため、生成されるゲルの特性は、その1つの経路を介した透析によるpH等の変化のみに依存してしまう。具体的には、コラーゲンゲルの特性が、半透膜27を通じたリン酸水素二ナトリウム及びリン酸二水素カリウムのフッ素樹脂チューブ22内への拡散と、半透膜27を通じた塩化水素のフッ素樹脂チューブ22外への移動とによって生じるpHの変化のみに依存してしまう。これにより、管構造の成長が途中で停止してしまうため、管構造の長さが制限される。
【0038】
これに対し、第1実施例においては、透析の経路としてゲル化剤の導入経路のみならず、ゲル化制御剤の導入経路も設けられている。したがって、ゲル化制御剤を用いたpH等の変化を利用して様々な特性を有するようにゲルを生成できる。このため、ゲル化剤の導入のみを行う場合と比べて、ゲルの用途に応じた所望の特性を有するゲルを取得しやすい。具体的には、半透膜17を通じた透析のみならず、半透膜18を通じた透析も行うことにより、対象水溶液15における酸性から中性への変化の進行を制御する。これにより、第1実施例は、長い管構造を生成すること、つまり、所望の特性を有するコラーゲンゲルを取得することが可能となっている。
【0039】
第1実施例では、容器12の両端から半透膜17及び18を用いた透析を行っているため、ゲル化剤によるゲルの成長とゲル化制御剤によるゲル化の制御とを容器12の両端から互いにバランス良く進行させることができる。このことにより、a)管構造の雛形となる構造(相分離構造)が形成された後でb)コラーゲン水溶液のゲル化が起こるという、a)→b)の現象の順序をより長期間にわたって保つことができる。そして、これにより、より長い管構造を持つコラーゲンゲルを取得することができる。
【0040】
[第2実施例]
ゲル化剤水溶液14のリン酸緩衝液においてリン酸水素二ナトリウムの濃度を40mM、リン酸二水素カリウムの濃度を26mMとした以外、第1実施例と同様にコラーゲンゲルを生成した。これにより、第1実施例と比べ、図2に示す縞構造が上下方向に関して短くなった。そして、縞構造が短くなった分、管構造が上下方向に関して長くなった。
【0041】
[第3実施例]
制御水溶液16の塩酸の濃度を第1実施例と比べて高くした以外、第1実施例と同様にコラーゲンゲルを生成した。これによると、図2に示す縞構造が第1実施例と比べて上下方向に関して長くなった。そして、縞構造が長くなった分、管構造が上下方向に関して短くなった。
【0042】
[第4実施例]
次の条件以外においては第1実施例と同様にコラーゲンゲルを生成した。水溶液14〜16の調製温度は20℃とした。ゲル化剤水溶液14のリン酸緩衝液において、リン酸水素二ナトリウムの濃度を40mM、リン酸二水素カリウムの濃度を26mMとした。制御水溶液16の塩酸は、0.5mM、1mM及び2mMの濃度で調製したものを用意し、それぞれについてコラーゲンゲルを生成した。その結果、制御水溶液16の塩酸の濃度を1mMとした場合においてコラーゲンゲルの管構造が最も長くなった。
【0043】
<製造装置に関する変形例>
以下、製造装置10の代わりに用いることができる製造装置に係る第1変形例〜第4変形例について説明する。
【0044】
第1変形例に係る製造装置30は、図5に示すように、ゲル化剤水溶液14を収容した容器31、対象水溶液15を収容した円筒形の容器32及び制御水溶液16を収容した直方体の容器33を有している。容器31〜33はいずれも不透水性の合成樹脂製の容器である。容器32の下端部の側壁には複数の貫通孔32aが形成されている。容器32の上端の開口は半透膜37によって封止され、貫通孔32aの開口は半透膜38によって封止されている。容器33の上壁には開口が形成されており、この開口を通じて上方から容器32の下端部が、貫通孔32aの開口を封止した半透膜38ごと容器33内に挿入されている。容器32は、容器33の開口との間に隙間が生じないようにこの開口に挿入されている。容器32及び33は、ゲル化剤水溶液14の液面下に全体が没するように容器31内に収容されている。半透膜37を通じた透析により、ゲル化剤水溶液14中のゲル化剤が容器32内に導入され、これによって対象水溶液15がゲル化する。一方、半透膜38を通じた透析により制御水溶液16中のゲル化制御剤が容器32内に導入される。ゲル化制御剤の導入によって、容器32内に生成されるゲルを所望の特性を有するものとしやすい。なお、貫通孔32aは、容器32の下端部の側壁に加えて、又は代えて、容器32の底壁に形成されていてもよい。
【0045】
第2変形例に係る製造装置40は、図6に示すように、ゲル化剤水溶液14及び制御水溶液16を収容した容器41及び対象水溶液15を収容した円筒形の容器42を有している。容器41及び42はいずれも不透水性の合成樹脂製の容器である。容器41内は隔壁45によって仕切られている。これによって、容器41内の空間が上部と下部とに分離されている。上部の空間にはゲル化剤水溶液14が、下部の空間には制御水溶液16が収容されている。容器42は隔壁45を上下方向に貫通している。容器42の上端部は容器41内の上部の空間に配置され、その上端開口が半透膜47によって封止されている。容器42の上端部は半透膜47ごとゲル化剤水溶液14内に浸漬されている。容器42の下端部は容器41内の下部の空間に配置され、その下端開口が半透膜48によって封止されている。容器42の下端部は半透膜48ごと制御水溶液16内に浸漬されている。半透膜47を通じた透析により、ゲル化剤水溶液14中のゲル化剤が容器42内に導入され、これによって対象水溶液15がゲル化する。一方、半透膜48を通じた透析により制御水溶液16中のゲル化制御剤が容器42内に導入される。ゲル化制御剤の導入によって、容器42内に生成されるゲルを所望の特性を有するものとしやすい。
【0046】
第3変形例に係る製造装置50は、図7に示すように、ゲル化剤水溶液14を収容した容器51、対象水溶液15を収容した円筒形の容器52及び制御水溶液16を収容した円筒形の容器53を有している。容器51〜53はいずれも不透水性の合成樹脂製の容器である。容器52の上端の開口は半透膜57によって封止され、容器52の下端の開口は半透膜58によって封止されている。容器53は上端のみ開口しており、この開口が半透膜59によって封止されている。半透膜58と半透膜59とは互いに上下に接続されている。この接続部にはゴムチューブ55が掛けられている。容器52及び53は、ゲル化剤水溶液14の液面下に全体が没するように容器51内に収容されている。半透膜57を通じた透析により、ゲル化剤水溶液14中のゲル化剤が容器52内に導入され、これによって対象水溶液15がゲル化する。一方、半透膜58及び59を通じた透析により制御水溶液16中のゲル化制御剤が容器52内に導入される。ゲル化制御剤の導入によって、容器52内に生成されるゲルを所望の特性を有するものとしやすい。
【0047】
第4変形例に係る容器60は、図8に示すように、半透膜からなる円筒形の外壁62、半透膜からなる円筒形の隔壁63並びに不透水性の合成樹脂製の容器の上壁64及び65を有している。隔壁63が外壁62内に配置されることで、容器60が全体として二重管の構造を有するものとなっている。外壁62と隔壁63との間には対象水溶液15が、隔壁63内には制御水溶液16が収容されている。容器60はゲル化剤水溶液14中に浸漬されている(不図示)。外壁62を通じた透析により、ゲル化剤水溶液14中のゲル化剤が容器60内に導入され、これによって対象水溶液15がゲル化する。一方、隔壁63を通じた透析により制御水溶液16中のゲル化制御剤が対象水溶液15中に導入される。ゲル化制御剤の導入によって、容器60内に生成されるゲルを所望の特性を有するものとしやすい。
【0048】
<その他の変形例>
以上は、本発明の好適な実施形態についての説明であるが、本発明は上述の実施形態に限られるものではなく、課題を解決するための手段に記載された範囲の限りにおいて様々な変更が可能なものである。
【0049】
上述の実施形態においては、容器12及び13が鉛直方向に沿って並んでいる。しかし、容器12及び13の全体が横倒しにされたり上下反転されたり等、図1とは異なる姿勢に保持されつつゲルが生成されてもよい。かかる場合でも半透膜17及び18を通じた透析の進行に支障は生じない。その他の変形例においても同様である。
【0050】
また、上述の実施形態においては、長尺方向に関する容器12の一端からゲル化剤が導入され、他端からゲル化制御剤が導入される。つまり、ゲル化剤及びゲル化制御剤は、容器12における互いに反対側の端部から導入される。しかし、ゲル化剤及びゲル化制御剤が導入される位置はこれに限られない。例えば、ゲル化剤が容器12の一端から導入されるのに対し、ゲル化制御剤は容器12の中間部から導入されてもよい。このように、ゲル化剤が導入される容器12上の位置とゲル化制御剤が導入される容器12上の位置とが異なっていれば、各位置がどのような位置であってもよい。
【0051】
また、上述の実施形態においては、ゲル化剤及びゲル化制御剤がゲル化剤水溶液14及び制御水溶液16として用いられている。しかしながら、ゲル化剤及びゲル化制御剤の少なくともいずれかが水以外の溶媒に溶解した溶液として用いられてもよい。水以外の溶媒として、例えば、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール等のアルコールと水との混合溶媒等が挙げられる。アルコールを水に添加することにより、例えば、コラーゲン水溶液の誘電率が低くなり、コラーゲン分子間の相互作用等、ゲル化に影響を及ぼす因子が変化することになる。このため、これによってゲルの構造等の特性を制御することが可能となる。また、対象水溶液15についても同様である。
【0052】
また、上述の第1実施例では、対象水溶液15のpHを上昇させるゲル化剤水溶液14としてリン酸緩衝液が、対象水溶液15として塩酸を加えたコラーゲンの水溶液が、対象水溶液15のpHを降下させる制御水溶液16として塩酸が用いられている。しかし、ゲル化剤水溶液14として水酸化ナトリウムの水溶液が、対象水溶液15としてキトサン及び酢酸の水溶液が、制御水溶液16として酢酸水溶液又は塩酸がそれぞれ用いられてもよい。つまり、半透膜17を通じて容器12内に導入される水酸化ナトリウムにより、対象水溶液15が酸性から中性へと変化していき、容器12内にキトサンのゲルが生成される。一方、制御水溶液16中の酢酸又は塩化水素が半透膜18を通じて容器12中に導入されることにより、水酸化ナトリウムによる対象水溶液15における酸性から中性への変化の進行が抑制される。これにより、容器12内に形成されるキトサンのゲルの構造を調整することが可能となる。この他、制御水溶液16として食塩等の電解質の水溶液が用いられると、半透膜18を通じて電解質が容器12内に導入されることにより、対象水溶液15のイオン強度が変化する。このイオン強度の変化により、容器12内に生成されるゲルの特性(長さ、強度、構造等の物理的特性や、化学的な安定性等の化学的特性)を制御することが可能である。このように、制御水溶液16中のゲル化制御剤により、容器12内で生成されるゲルを所望の特性を有するものとしやすい。
【0053】
また、上述の実施形態に係るゲル化剤としては、対象水溶液15中の高分子化合物の分子を物理的相互作用又は共有結合によって直接架橋する物質が用いられてもよい。物理的相互作用には、水素結合における相互作用、疎水性相互作用及び静電相互作用が含まれる。この場合、ゲル化剤が容器12内に導入されると、対象水溶液15中の高分子化合物の分子がゲル化剤によって架橋されていき、もって、対象水溶液15がゲル化していく。一方、ゲル化制御剤が容器12内に導入されると、容器12内の対象水溶液15のpH等がゲル化制御剤によって変化していく。これによって、容器12内で生成されるゲルの特性を制御することが可能である。
【0054】
また、上述の第1実施例においては、ゲル化剤水溶液14として対象水溶液15のpHを上昇させるリン酸緩衝液が、対象水溶液15としてpHの上昇によりゲル化するコラーゲン水溶液が、ゲル化制御剤として対象水溶液15のpHを降下させる塩酸が用いられている。しかし、ゲル化剤水溶液14として対象水溶液15のpHを降下させる水溶液が、対象水溶液15としてpHの降下によりゲル化する高分子化合物の水溶液が、ゲル化制御剤として対象水溶液15のpHを上昇させる水溶液が用いられてもよい。一例として、等電点が酸性側にある電解質である高分子化合物(タンパク質等)が対象水溶液15に用いられてもよい。この場合、ゲル化剤が対象水溶液15に導入されると対象水溶液15のpHがゲル化剤によって降下する。そして、対象水溶液15のpHが等電点に対応する大きさになると対象水溶液15がゲル化する。一方、ゲル化制御剤が容器12内に導入されると、対象水溶液15のpHがゲル化制御剤によって上昇する。これによって、容器12内のゲル層の成長速度を調整できる。
【符号の説明】
【0055】
10、20、30、40、50、60 製造装置
11〜13、31〜33、41〜42、51〜53 容器
14 ゲル化剤水溶液
15 対象水溶液
16 制御水溶液
17、18、27、37、38、47、48、57〜59 半透膜
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8