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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2019-167588(P2019-167588A)
(43)【公開日】2019年10月3日
(54)【発明の名称】溶射用スラリー
(51)【国際特許分類】
   C23C 4/11 20160101AFI20190906BHJP
【FI】
   C23C4/11
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2018-56785(P2018-56785)
(22)【出願日】2018年3月23日
(71)【出願人】
【識別番号】000236702
【氏名又は名称】株式会社フジミインコーポレーテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(74)【代理人】
【識別番号】100115679
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 勇毅
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【弁理士】
【氏名又は名称】森 哲也
(72)【発明者】
【氏名】益田 敬也
(72)【発明者】
【氏名】杉村 和弥
【テーマコード(参考)】
4K031
【Fターム(参考)】
4K031CB42
4K031CB51
4K031DA04
(57)【要約】
【課題】溶射粒子の凝集が生じにくい溶射用スラリーを提供する。
【解決手段】溶射用スラリーは、セラミックからなる溶射粒子と、溶射粒子が分散した分散媒と、分散媒に対する溶射粒子の分散安定性を向上させる分散剤と、を含有する。そして、分散剤は、分子量が1000以上の有機酸及びその塩の少なくとも一方である第1の分散剤と、分子量が40以上400以下の有機酸である第2の分散剤とを含有する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
セラミックからなる溶射粒子と、前記溶射粒子が分散した分散媒と、前記分散媒に対する前記溶射粒子の分散安定性を向上させる分散剤と、を含有し、前記分散剤は、分子量が1000以上の有機酸及びその塩の少なくとも一方である第1の分散剤と、分子量が40以上400以下の有機酸である第2の分散剤とを含有する溶射用スラリー。
【請求項2】
前記第2の分散剤の含有量が前記第1の分散剤の含有量よりも多い請求項1に記載の溶射用スラリー。
【請求項3】
前記第1の分散剤がポリカルボン酸系高分子型分散剤である請求項1又は請求項2に記載の溶射用スラリー。
【請求項4】
前記第2の分散剤が、ピルビン酸、クエン酸、リンゴ酸、ギ酸、乳酸、ピログルタミン酸、酢酸、コハク酸、プロピオン酸、レブリン酸、酒石酸、及びヒドロキシ酸のうちの少なくとも1種の有機酸である請求項1〜3のいずれか一項に記載の溶射用スラリー。
【請求項5】
前記セラミックが金属酸化物である請求項1〜4のいずれか一項に記載の溶射用スラリー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は溶射用スラリーに関する。
【背景技術】
【0002】
溶射粒子を分散媒に分散させた溶射用スラリーを溶射材料として用いるスラリー溶射法が知られている(例えば特許文献1を参照)。スラリー溶射法においては、作業効率の向上、すなわち成膜速度の向上が求められており、これを実現する手段としては、溶射用スラリー中の溶射粒子の含有量の向上が最も直接的な手段である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−150617号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、溶射用スラリー中の溶射粒子の含有量が50質量%を超えると、溶射粒子が凝集しやすくなるため、溶射用スラリーを溶射トーチへ送る供給配管内に詰まりが発生して、溶射トーチへの溶射用スラリーの供給が困難となるおそれがあった。
本発明は、溶射粒子の凝集が生じにくい溶射用スラリーを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一態様に係る溶射用スラリーは、セラミックからなる溶射粒子と、溶射粒子が分散した分散媒と、分散媒に対する溶射粒子の分散安定性を向上させる分散剤と、を含有し、分散剤は、分子量が1000以上の有機酸及びその塩の少なくとも一方である第1の分散剤と、分子量が40以上400以下の有機酸である第2の分散剤とを含有することを要旨とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、溶射粒子の凝集が生じにくい。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本発明の一実施形態について詳細に説明する。なお、以下の実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。また、以下の実施形態には種々の変更又は改良を加えることが可能であり、その様な変更又は改良を加えた形態も本発明に含まれ得る。
【0008】
本実施形態の溶射用スラリーは、セラミックからなる溶射粒子と、溶射粒子が分散した分散媒と、分散媒に対する溶射粒子の分散安定性を向上させる分散剤と、を含有する。そして、この分散剤は、分子量が1000以上の有機酸及びその塩の少なくとも一方である第1の分散剤と、分子量が40以上400以下の有機酸である第2の分散剤と、を含有する。
【0009】
このような構成の溶射用スラリーは、溶射用スラリー中の溶射粒子の含有量が高い場合であっても、溶射用スラリー中において溶射粒子の凝集が生じにくい。よって、本実施形態の溶射用スラリーを用いて溶射を行えば、例えば、溶射用スラリーを溶射トーチへ送る供給配管内に詰まりが発生しにくいので、溶射トーチへの溶射用スラリーの供給に支障が生じにくい。したがって、溶射粒子の含有量の高い溶射用スラリーとすることが可能であるので、成膜速度が高く作業効率の良好な溶射を行うことができる。
【0010】
以下に、本実施形態の溶射用スラリーについて、さらに詳細に説明する。
〔溶射粒子〕
本実施形態の溶射用スラリーに含有される溶射粒子は、セラミックからなる。セラミックの種類は特に限定されるものではないが、金属酸化物を好適に用いることができる。金属酸化物としては、例えば、酸化イットリウム(Y23)、酸化アルミニウム(Al23)、酸化ケイ素(SiO2)、酸化チタン(TiO2)、酸化ジルコニウム(ZrO2)を使用することができる。
【0011】
本実施形態の溶射用スラリー中の溶射粒子の含有量は、特に限定されるものではないが、低濃度や中濃度である場合のみならず、例えば50質量%以上の高濃度である場合であっても、溶射用スラリー中において溶射粒子の凝集が生じにくい。よって、本実施形態の溶射用スラリーは、溶射粒子の含有量を高く設定することが可能であり、本実施形態の溶射用スラリーを用いれば、成膜速度が高く作業効率の良好な溶射を行うことができる。
【0012】
〔分散媒〕
分散媒の種類は特に限定されるものではないが、例えば、水、有機溶剤、及びこれらの溶剤のうち2種以上の溶剤の混合溶剤を使用することができる。水は、不純物の少ないものを用いることが好ましく、例えば、イオン交換水、純水、超純水、蒸留水、精製水、ろ過水、水道水等を用いることが好ましい。有機溶剤としては、例えば、メタノール、エタノール、n−プロピルアルコール、イソプロピルアルコール等のアルコール類を使用することができる。
【0013】
〔分散剤〕
本実施形態の溶射用スラリーは、分散媒に対する溶射粒子の分散安定性を向上させる分散剤を含有するが、分散剤として少なくとも2種の分散剤を含有する。第1の分散剤は、分子量が1000以上の有機酸及びその塩の少なくとも一方である。第2の分散剤は、分子量が40以上400以下の有機酸である。
【0014】
本実施形態の溶射用スラリーは、上記分子量を有する第1の分散剤と、第1の分散剤よりも分子量が小さい第2の分散剤とを含有することにより、溶射粒子が分散した状態をより維持することができ、溶射粒子の凝集が抑制される。第1の分散剤である有機酸及びその塩は、有機酸の分子量が3000以上であることがより好ましく、5000以上であることがさらに好ましい。第2の分散剤である有機酸の分子量は、100以上であることがより好ましく、150以上であることがさらに好ましい。また、第2の分散剤である有機酸の分子量は、200以下であることがより好ましい。
【0015】
第1の分散剤である分子量1000以上の有機酸の種類は、特に限定されるものではないが、例としては、ポリカルボン酸系高分子化合物等のポリカルボン酸系高分子型分散剤が挙げられる。また、ポリカルボン酸系高分子型分散剤以外では、例えば、ポリスチレンスルホン酸系高分子化合物を使用することもできる。分子量1000以上の有機酸の塩の例としては、上記の分子量1000以上の有機酸の金属塩やアンモニウム塩が挙げられる。金属塩の例としては、ナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩が挙げられる。第1の分散剤は、1種を単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて併用してもよい。
【0016】
第2の分散剤である分子量40以上400以下の有機酸の種類は、特に限定されるものではないが、例としては、ピルビン酸、クエン酸、リンゴ酸、ギ酸、乳酸、ピログルタミン酸、酢酸、コハク酸、プロピオン酸、レブリン酸、酒石酸、ヒドロキシ酸が挙げられる。第2の分散剤は、1種を単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて併用してもよい。
【0017】
本実施形態の溶射用スラリー中の第1の分散剤及び第2の分散剤の含有量は、特に限定されるものではないが、第1の分散剤の含有量は1質量%以上3質量%未満とすることができ、第2の分散剤の含有量は3質量%以上8質量%以下とすることができる。
第1の分散剤の含有量は、2質量%以上であることがより好ましい。また、第1の分散剤の含有量は、多量でも悪影響は無いが、費用対効果を考慮すると、3質量%未満であることが好ましい。
【0018】
第2の分散剤の含有量は、5質量%以上であることがより好ましい。また、第2の分散剤の含有量は、多量でも悪影響は無いが、費用対効果を考慮すると、8質量%以下であることが好ましい。
【0019】
ただし、第2の分散剤の含有量が第1の分散剤の含有量よりも多いことが好ましく、第2の分散剤の含有量が第1の分散剤の含有量の2倍以上であることがより好ましい。第2の分散剤の含有量が第1の分散剤の含有量よりも多いことにより、溶射粒子の凝集を抑制する効果がより一層奏される。
【0020】
本実施形態の溶射用スラリーは、所望により、溶射粒子、分散媒、分散剤以外の成分をさらに含有してもよい。例えば、溶射用スラリーの性能を向上させるために、必要に応じて、添加剤をさらに含有してもよい。添加剤としては、例えば、pH調整剤、粘度調整剤、再分散性向上剤、消泡剤、凍結防止剤、防腐剤、防カビ剤が挙げられる。これらの添加剤は、1種を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて併用してもよい。
本実施形態の溶射用スラリーのpHは特に限定されるものではないが、pH調整剤を添加することなどにより、例えば8以上10以下とすることができる。pHが8以上10以下であれば、溶射用スラリーの取扱性が優れている。
【0021】
〔実施例〕
以下に実施例及び比較例を示し、本発明をさらに具体的に説明する。
(実施例1)
溶射粒子である酸化イットリウム粒子と、2種の分散剤と、分散媒である水とを混合し、酸化イットリウム粒子を水に分散させて、実施例1の溶射用スラリーを調製した。
【0022】
実施例1の溶射用スラリー中の酸化イットリウム粒子の含有量は、60質量%である。また、酸化イットリウム粒子のD50(体積基準の積算粒子径分布において小粒径側からの積算頻度が50%となる粒子径)は、2.6μmである。酸化イットリウム粒子の粒子径や体積基準の積算粒子径分布は、株式会社堀場製作所製のレーザー回折/散乱式粒子径分布測定装置LA−300を用いて測定した。
【0023】
分散剤としては、第1の分散剤であるポリカルボン酸アンモニウムと、第2の分散剤であるクエン酸を使用した。ポリカルボン酸アンモニウムの分子量は5000であり、クエン酸の分子量は192である。また、実施例1の溶射用スラリー中のポリカルボン酸アンモニウムの含有量は2質量%であり、クエン酸の含有量は5質量%である。
さらに、実施例1の溶射用スラリーのpHは9.5である。
【0024】
次に、実施例1の溶射用スラリーにおける溶射粒子の凝集の生じにくさを、スラリー供給指数Ifによって評価した。以下に、スラリー供給指数の測定方法を説明する。
まず、内径5mm、外径8mm、長さ5mのポリウレタン製チューブ(CHIYODA製 タッチチューブ(ウレタン) TE−8)を、高低差のない試験台の上に水平に設置し、チューブの一方の端部にスラリー供給用のローラーポンプを取り付け、他方の端部をスラリー回収容器内に配した。
【0025】
そして、実施例1の溶射用スラリーを、マグネチックスターラーで撹拌することによって溶射粒子の分散状態が良好であることを確認した後に、ローラーポンプにより35mL/minの流速でチューブ内に供給した。その後、チューブを通過した溶射用スラリーをスラリー回収容器にて回収し、回収した溶射用スラリーに含まれる溶射粒子の質量Bを測定した。
調製後の溶射用スラリー800mLに含まれる溶射粒子の質量Aを予め測定しておき、この質量Aと、回収した溶射用スラリーに含まれる溶射粒子の質量Bとから、次式に基づき、スラリー供給指数を算出した。結果を表1に示す。
If(%)=B/A×100
【0026】
【表1】
【0027】
さらに、実施例1の溶射用スラリーを用いて溶射が可能か否かを試験した。溶射は、プログレッシブサーフェイス社製のプラズマ溶射装置100HEを用いて行った。溶射用スラリーをプラズマ溶射装置に供給する供給装置には、プログレッシブサーフェイス社製のLiquifeederHE(商品名) SPS/SPPSフィードシステムを用いた。溶射条件は、以下の通りである。
【0028】
アルゴンガスの流量:180NL/min
窒素ガスの流量 : 70NL/min
水素ガスの流量 : 70NL/min
プラズマ出力 :105kW
溶射距離 : 76mm
トラバース速度 :1500mm/s
溶射角度 : 90°
スラリー供給量 : 38mL/min
パス数 : 50パス
溶射可否の結果を表1に示す。表1においては、溶射が可能であった場合は○印、溶射ができなかった場合は×印で示してある。
【0029】
(実施例2)
第2の分散剤としてクエン酸に代えてリンゴ酸を使用した点以外は、実施例1と全く同様にして、実施例2の溶射用スラリーを調製した。なお、リンゴ酸の分子量は134である。そして、実施例1と全く同様にして、スラリー供給指数の算出と、溶射可否の試験を行った。結果を表1に示す。
【0030】
(比較例1)
分散剤を全く用いない点以外は、実施例1と全く同様にして、比較例1の溶射用スラリーを調製した。なお、比較例1の溶射用スラリーのpHは10である。そして、実施例1と全く同様にして、スラリー供給指数の算出と、溶射可否の試験を行った。結果を表1に示す。
【0031】
(比較例2)
分散剤として、第1の分散剤であるポリカルボン酸アンモニウムのみを使用し、第2の分散剤であるクエン酸は使用しない点以外は、実施例1と全く同様にして、比較例2の溶射用スラリーを調製した。なお、比較例2の溶射用スラリーのpHは9.5である。そして、実施例1と全く同様にして、スラリー供給指数の算出と、溶射可否の試験を行った。結果を表1に示す。
【0032】
(比較例3)
分散剤として、第2の分散剤であるクエン酸のみを使用し、第1の分散剤であるポリカルボン酸アンモニウムは使用しない点以外は、実施例1と全く同様にして、比較例3の溶射用スラリーを調製した。なお、比較例3の溶射用スラリーのpHは4である。そして、実施例1と全く同様にして、スラリー供給指数の算出と、溶射可否の試験を行った。結果を表1に示す。
【0033】
(比較例4)
分散剤として、第1の分散剤であるポリカルボン酸アンモニウムと第2の分散剤であるクエン酸を使用する代わりに、無機酸である硝酸を使用した点以外は、実施例1と全く同様にして、比較例4の溶射用スラリーを調製した。その結果、溶射用スラリーは固化してしまい、送液や溶射は不可能であった。
【0034】
表1に示す結果から分かるように、比較例1〜3の溶射用スラリーは、第1の分散剤及び第2の分散剤の一方又は両方を使用していないため、いずれも溶射粒子の凝集が生じた。そのため、プラズマ溶射装置の溶射トーチへ溶射用スラリーを送る供給配管内に詰まりが発生し、溶射トーチへ溶射用スラリーを供給することができず、溶射を行うことができなかった。
【0035】
これに対して、実施例1、2の溶射用スラリーは、溶射粒子の凝集は生じなかった。そのため、プラズマ溶射装置の溶射トーチへ溶射用スラリーを送る供給配管内に詰まりは発生せず、溶射トーチへ溶射用スラリーを供給することができたので、問題なく溶射を行うことができた。溶射粒子の含有量が60質量%と高い溶射用スラリーを用いて溶射を行ったので、成膜速度が高く作業効率の良好な溶射を行うことができた。