【実施例】
【0024】
以下、実施例等を示して本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、以下の実施例において、(n, m)カーボンナノチューブと表記した場合、(n, m)はカイラル指数である。
【0025】
単離した一次元ナノ構造として、既報(Phys. Rev. B, 92, 205407 (2015))にしたがい、アルコール化学気相成長法によって、開放スリット上に架橋した単層カーボンナノチューブを合成した。単層カーボンナノチューブは、2000Kでも優れた熱安定性を有する究極的に薄い一次元ナノ構造を有する(Phys. Rev. B 71, 075424 (2005).)。単一架橋単層カーボンナノチューブを真空(10
-7気圧)中に設置し、可能な限り周囲とのエネルギー交換を防止した(
図1(a))。連続波(CW)レーザー照射により、単層カーボンナノチューブの中性電荷バランスを維持しながら非接触下での加熱を行った。暗視野光学系にすることで、単層カーボンナノチューブの微弱な光信号の高感度検出が可能となった。
【0026】
本実施例では、中性半導体の(18,8)単層カーボンナノチューブと、比較のために金属性の(30,12) 単層カーボンナノチューブを用意した。単層カーボンナノチューブの幾何学構造は、グラフェンを巻く方向(ベクトル)によって定義され、整数組(n,m)で表す。既報(Phys. Stat. Sol. (b) 249, 2436 (2012)、Nat. Nanotech. 7, 325 (2012))に従い、レイリースペクトル(
図1(b))とラマンスペクトル(
図2(a))から、中性半導体の(18,8)単層カーボンナノチューブの幾何学構造を同定した。同様に、レイリー散乱(
図2(b))とラマン散乱(
図2(c))から、金属性の(30,12)単層カーボンナノチューブの幾何学構造を同定した。
図2(b)の1.06eV及び1.93eVにおける共鳴ピークは、中性半導体の(18,8)単層カーボンナノチューブの第2及び第3のサブバンド(S
22及びS
33)励起子と同定される。
【0027】
この光学系では、CWレーザーを光源としたラマン信号(Gモード特性)を用いて、単層カーボンナノチューブの温度測定も可能にした(Jpn. J. Appl. Phys. 47, 2010 (2008).)。既報(Jpn. J. Appl. Phys. 47, 2010 (2008).)にしたがい、中性半導体の(18,8)単層カーボンナノチューブのGモードピークのシフトから温度を評価し、
図1(c)に要約した。この結果、中性半導体の(18,8)単層カーボンナノチューブの温度が2000Kまで上昇したことを確認した。
【0028】
2000 K以上(2100K)の中性半導体の(18,8)単層カーボンナノチューブの、近赤外から可視に及ぶ発光を観測した(
図1(d))。この中性半導体の(18,8)単層カーボンナノチューブの発光は直線偏光特性を示した(
図1(e))。1470 Kにおける中性半導体の(18,8)単層カーボンナノチューブは、同温度の黒体と比較して極めてスペクトル幅が細い近赤外発光を示した(
図1(f)の挿入図)。その半値幅(FWHM)は約170meVであり、ジュール加熱(電流による加熱)されたナノチューブ(約350meV;ACS Nano 5, 4634-4640 (2011).)よりも狭いことが理解できる。このことから、CWレーザー加熱により、中性半導体の(18,8)単層カーボンナノチューブ固有の特性を観察できることを示している。
【0029】
始めに、この発光が熱駆動であるかを確認した。中性半導体の(18,8)単層カーボンナノチューブの発光強度の温度に対する非線形的な増加は、この発光が単純なフォトルミネッセンスではないことを示している(
図1(g)の挿入図)。一方、中性半導体の(18,8)単層カーボンナノチューブの発光強度は逆温度に対して指数関数的に減少した(
図1(g))。この傾向は、この発光がボルツマン統計に従っていることを示している。この実験結果をボルツマン統計に従ってフィッティングしたところ、フィッティング結果は0.80eVのエネルギー量子が熱生成されていることを示しており(
図1(g))、これは中性半導体の(18,8)単層カーボンナノチューブの発光エネルギーの裾と一致する(
図1(f))。この結果は、中性半導体の(18,8)単層カーボンナノチューブの発光が熱生成されたエネルギー量子の発光であることを証明しており、発光は熱駆動であると結論づけた。
【0030】
次に、高温の中性半導体の(18,8)単層カーボンナノチューブの発光のピーク構造の起源を検討するために、金属性の(30,12)単層カーボンナノチューブの熱発光との比較を行った。1000K以上の金属性の単層カーボンナノチューブでは励起子は電子と正孔に乖離しており(Phys. Rev. Lett. 99, 227401 (2007).)、これらの再結合が熱輻射に関与していると推測される(Phys. Rev. Lett. 99, 227401 (2007).)。1410Kにおける中性半導体の(18,8)単層カーボンナノチューブの発光は低エネルギー側に裾を持ち(
図3(a))、一方、1430Kにおける金属性の(30,12)単層カーボンナノチューブの熱発光は高エネルギー側に裾を持つという、質的に異なる発光スペクトルを観測した。2000 K以上ではこの質的な違いが顕著となり、中性半導体の(18,8)単層カーボンナノチューブはピーク構造を持ち(
図3(c))、金属性の(30,12)単層カーボンナノチューブはブロードな発光(
図3(d))を示した。この質的な違いは、中性半導体の(18,8)単層カーボンナノチューブの熱輻射が金属性の(30,12)単層カーボンナノチューブとは異なるメカニズムであることを示している。これらの結果を踏まえて、スペクトル解析を行った。中性半導体の(18,8)単層カーボンナノチューブは励起子とフォノンサイドバンド(
図3(a)の黒線)を、金属性の(30,12)単層カーボンナノチューブは一次元のvan Hove特異点間の電子と正孔とのバンド間再結合(
図3(b)の黒線)によって、発光スペクトルが良く再現できた。この結果は、中性半導体の(18,8)単層カーボンナノチューブの発光ピークは励起子の再結合によるもであることを示している。
【0031】
上記で得られた示唆は、中性半導体の(18,8)単層カーボンナノチューブの光誘電率の温度依存性からも確認できた。
図3(e)は620〜970Kはレイリー散乱、970〜2100Kは発光スペクトルを纏めた、光学誘電率の温度依存性である。また、
図3(f)は温度の関数としてピークエネルギーを纏めた。スペクトル形状(
図3(e))と光学誘電率のピークエネルギー(
図3(f))は連続的に温度上昇とともに変化した。620Kで安定に存在する励起子が、もし温度上昇過程で電子と正孔に乖離したら、300meVの急激な光学誘電率のピークエネルギーの変化が期待される(Phys. Rev. B 75, 035407 (2007).)。620〜2100Kの広範な温度域におけるピークエネルギーの連続的な変化は、2100Kでも励起子が安定に存在していることを示している。これらの結果から、観測した中性半導体の(18,8)単層カーボンナノチューブの発光ピークの起源は励起子であり、高温の中性半導体の(18,8)単層カーボンナノチューブの発光は、熱で生成された励起子によるものであると結論づけた。
【0032】
次に、単一ナノチューブ中でどの程度の範囲が高温に達しているかを調べるために、ナノチューブの軸に沿った温度を測定した。ラマン散乱を用いた温度測定(Jpn. J. Appl. Phys. 47, 2010 (2008).)は信号が微弱であるため、空間依存性した温度の測定には適していない。そこで、我々は温度敏感且つ高感度測定可能な光学誘電率を利用した温度測定法を確立して、ナノチューブの温度の空間依存性を測定した。
【0033】
まず準備実験として、光学誘電率と温度の相関を測定した。この実験では白色光とCWレーザーの2種類の光をナノチューブの同じ領域に同時に照射した(
図4(a))。白色光は光学誘電率測定、CWレーザーは加熱とラマン散乱測定の光源として用いた。CWレーザーの強度を変えて温度を変えながら、光学誘電率(レイリー散乱スペクトル)とラマン散乱スペクトルを測定した(
図4(b))。ラマン信号のシフトから既存の経験則(Jpn. J. Appl. Phys. 47, 2010 (2008).)を用いて決定した温度と、光学誘電率のピークエネルギーの間では直線的な良い相関を得た(図(c))。この相関を直線で近似し、ピークエネルギーから温度を導く経験則を決定した。
【0034】
得られた経験則を用いて、局所レーザー加熱下のナノチューブの温度分布を測定した。準備実験とは異なり、白色光を広範囲に照射することで、複数の地点の光学誘電率の同時測定が可能となった(
図4(d))。複数箇所の光学誘電率を測定して、経験則を用いてエネルギーピークからナノチューブの軸に沿った温度分布を決定した(
図4(e))。加熱箇所の温度は1000Kに達しており、熱輻射直前の温度となっていた。高温領域は単一ナノチューブ中で4μm程度の狭い領域に制限されていた。
【0035】
以上のような特性を有する本発明の熱光変換素子は、実際のデバイスとして、
図5に示すような膜形状に成形して適用することができることが明らかである。