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特開2019-196521複合タングステン酸化物膜及びその製造方法、並びに該膜を有する膜形成基材及び物品
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2019-196521(P2019-196521A)
(43)【公開日】2019年11月14日
(54)【発明の名称】複合タングステン酸化物膜及びその製造方法、並びに該膜を有する膜形成基材及び物品
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/06 20060101AFI20191018BHJP
   C23C 14/58 20060101ALI20191018BHJP
   C03C 17/245 20060101ALI20191018BHJP
【FI】
   C23C14/06 L
   C23C14/58 A
   C03C17/245 A
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2018-90939(P2018-90939)
(22)【出願日】2018年5月9日
(11)【特許番号】特許第6540859号(P6540859)
(45)【特許公報発行日】2019年7月10日
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100067736
【弁理士】
【氏名又は名称】小池 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100192212
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 貴明
(74)【代理人】
【識別番号】100204032
【弁理士】
【氏名又は名称】村上 浩之
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 啓一
(72)【発明者】
【氏名】安東 勲雄
【テーマコード(参考)】
4G059
4K029
【Fターム(参考)】
4G059AA01
4G059AC06
4G059AC07
4G059EA01
4G059EA07
4G059EB04
4K029AA09
4K029AA24
4K029BA43
4K029BC08
4K029CA06
4K029DC05
4K029DC09
4K029DC34
4K029EA01
4K029GA01
(57)【要約】
【課題】可視光域における透明性、赤外光域における赤外光吸収性を併せ持ち、実質的な電波透過性を有し、光を吸収して遮蔽する機能、光を吸収して発熱する機能、光を吸収して電子を放出する機能に加え、波長が700〜1200nmの光の透過性を有する複合タングステン膜とその製造方法を提供し、更にはこれらのいずれか、もしくは複数の機能を利用した膜形成基材又は物品を提供する。
【解決手段】一般式M(ただし、Mはアルカリ金属、アルカリ土類金属、Fe、In、Tl、Snの内から選択される1種以上の元素、Wはタングステン、Oは酸素)で表される組成を主成分とする複合タングステン酸化物膜であって、0.001≦x/y≦1、2.2≦z/y≦3.0であり、有機物成分を実質的に含まず、シート抵抗が10Ω/□以上で、波長550nmにおける透過率が50%以上、波長1400nmにおける透過率が30%以下、かつ、波長1400nmにおける吸収率が35%以上である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式M(ただし、Mはアルカリ金属、アルカリ土類金属、Fe、In、Tl、Snの内から選択される1種以上の元素、Wはタングステン、Oは酸素)で表される組成を主成分とする複合タングステン酸化物膜であって、
0.001≦x/y≦1、2.2≦z/y≦3.0であり、
有機物成分を実質的に含まず、シート抵抗が10Ω/□以上で、
波長550nmにおける透過率が50%以上、波長1400nmにおける透過率が30%以下、かつ、波長1400nmにおける吸収率が35%以上であることを特徴とする複合タングステン酸化物膜。
【請求項2】
波長1400nmにおける吸収率に対する波長800nmにおける吸収率が80%以下であることを特徴とする請求項1に記載の複合タングステン酸化物膜。
【請求項3】
スパッタリング成膜由来であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の複合タングステン酸化物膜。
【請求項4】
前記Mは、Cs、Rb、K、Tl、In、Ba、Li、Na、Ca、Sr、Fe、およびSnの内から選択される1種以上の元素であることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の複合タングステン酸化物膜。
【請求項5】
20nmより厚い膜厚を有することを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれか1項に記載の複合タングステン酸化物膜。
【請求項6】
請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載の複合タングステン酸化物膜が被成膜基材の少なくとも一方の面に形成されている膜形成基材。
【請求項7】
400℃以上の軟化点もしくは熱変形温度を有することを特徴とする請求項6に記載の膜形成基材。
【請求項8】
前記被成膜基材がガラスであることを特徴とする請求項6又は請求項7に記載の膜形成基材。
【請求項9】
請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載の複合タングステン酸化物膜及び/又は請求項6乃至請求項8のいずれか1項に記載の膜形成基材を1又は複数有することを特徴とする物品。
【請求項10】
複合タングステン酸化物膜の製造方法であって、
物理的な成膜法により膜を形成する成膜工程と、
前記膜を熱処理する熱処理工程とを有し、
前記成膜工程と前記熱処理工程の条件が下記(1)、(2)のいずれかであることを特徴とする複合タングステン酸化物膜の製造方法。
(1)前記成膜工程において、不活性ガス中でスパッタリング成膜した後、前記熱処理工程において、前記膜を酸素が含まれるガス中で400℃〜600℃の温度で熱処理する。
(2)前記成膜工程において、酸素を含むガス中でスパッタリング成膜した後、前記熱処理工程において、前記膜を不活性雰囲気中または還元雰囲気中で400℃〜900℃の温度で熱処理する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合タングステン酸化物膜及びその製造方法に関し、更には当該複合タングステン酸化物膜を有する膜形成基材や当該複合タングステン酸化物膜が有する機能を利用した物品に関する。
【背景技術】
【0002】
窓材等に使用される遮光部材として各種材料が提案されている。例えば、特許文献1には、窓材などの遮光部材として、アルミニウムなどの金属を蒸着法により形成した鏡面状態を有する膜の遮光部材が記載されている。また、銀等をスパッタリング法により形成した膜の遮光部材もある。しかしながら、これらの遮光部材を用いた場合、外観がハーフミラー状となることから、屋外で使用するには反射がまぶしく、景観上の問題がある。さらに、アルミニウムや銀などの金属膜は高い導電性を有するため、電波を反射し、携帯電話やスマートフォンなどの電波を利用する機器が繋がりにくいという問題がある。
【0003】
これに対し本出願人は特許文献2に記載の複合タングステン酸化物微粒子を有する赤外線遮蔽微粒子分散体を提案した。複合タングステン酸化物微粒子は、太陽光線、特に近赤外線領域の光を効率よく吸収し、加えて可視光に対して高い透明性を有する。赤外線遮蔽微粒子分散体は、複合タングステン酸化物微粒子を、適宜な溶媒中に分散させて分散液とし、得られた分散液に媒体樹脂を添加した後、基材表面にコーティングして薄膜を形成するものであり、遮熱と電波透過性を併せ持つ。
【0004】
また、特許文献3には、複合タングステン酸化物の原料化合物を含む溶液を基板に塗布後、熱処理して製造する複合タングステン酸化物膜が開示されている。
【0005】
特許文献2や特許文献3に記載の発明は、塗布法で膜を形成するため、膜厚のコントロール、大面積の膜厚の均一性、平坦性を確保するためには高度な塗布技術を要する。また、これらの方法は基本的に複合タングステン酸化物化合物の微粒子を用いるため化学量論組成から外れた組成を製造するためには用いる微粒子の組成をコントロールする必要がある。
【0006】
加えて、波長が700〜1200nmの近赤外域において、車載用途等の近赤外光を用いる通信機器、撮像機器、センサー等では透過性が求められることがある。特許文献2や特許文献3の実施例に記載の複合タングステン酸化物微粒子を含む塗布液で形成された膜は、前記近赤外域の光を吸収してしまう問題があった。
【0007】
このような複合タングステン酸化物薄膜を得る別の手段として、特許文献1の例に見られる蒸着法やスパッタリング法などの物理的な方法がある。物理的な成膜法の薄膜は、目的とする組成物以外の元素(たとえば樹脂や溶剤等の有機物)を除外した膜にすることができる。また、高温の処理に適さない分散剤や媒体樹脂を使用する必要がないため、高温の製造工程に供することができ、例えば、高温熱処理する強化ガラスの製造工程に供することができる。さらに、物理的な成膜法の薄膜は膜厚をコントロールすることが容易であり、積層構造とすることも容易に可能である。
【0008】
特許文献4には車両用窓ガラスとその製造方法が提案され、車両用窓等の大面積の基板への処理が可能な大型インライン方式のスパッタリング装置が用いられている。このような製造設備が使用可能であれば、容易に膜厚が均一で高品質で安定した膜を得られ、かつ、生産性も高い。また、物理的な成膜法の成膜源(例えば、スパッタリング法ではターゲット材料)は単一の化合物でなくても、例えば単体元素の組成物組合せや複数の化合物等から成る混合物でも構わず、組成選択の自由度が極めて広い。
【0009】
特許文献5には、スパッタリング法により作製した複合タングステン酸化物膜が提案されている。ガラス基板上に、タングステンと周期律表のIVa族、IIIa族、VIIb族、VIb族及びVb族から成る群から選ばれた少なくとも1種の元素からなる複合タングステン酸化物膜を形成している。しかしながら、この組成の酸化物膜は赤外線透過率が40%以上と熱線遮蔽性能は十分でなく、他の透明誘電体膜との多層膜にしなければ機能を発揮できないという問題があった。
【0010】
特許文献6には、近赤外線を吸収して熱に変える(光熱変換)用途への酸化タングステンが示されている。
【0011】
また、特許文献7には、複合タングステン酸化物微粒子が太陽光の光エネルギーを吸収し、色素への電荷移動等による光電変換用途への利用が示されている。
【0012】
このように、複合タングステン酸化物は、光を吸収して遮蔽する機能の他にも光を吸収して発熱する機能や光を吸収して電子を放出する機能を有している。しかしながら、特許文献6、7はいずれも微粒子を含む溶液をコーティングして成膜する必要があり、前記と同様に物理的な成膜法による利点を有していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開平5−113085号公報
【特許文献2】特許第4096205号公報
【特許文献3】特開2006−096656号公報
【特許文献4】特開2002−020142号公報
【特許文献5】特開平8−12378号公報
【特許文献6】特表2011−503274号公報
【特許文献7】特開2013−025949号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上述の通り、従来の物理的な成膜法による複合タングステン酸化物膜の熱線遮蔽性能は、未だ十分であるとは言えない状況であり、加えて光熱変換用途や光電変換用途に至ってはその例すら示されていない。一方で、塗布法により形成された膜は前記近赤外域における透過性に劣る問題がある。
【0015】
そこで、本発明は、このような状況を解決するためになされたものであり、可視光域における透明性、赤外光域における赤外光吸収性を併せ持ち、実質的な電波透過性を有し、光を吸収して遮蔽する機能、光を吸収して発熱する機能、光を吸収して電子を放出する機能に加え、波長が700〜1200nmの光の透過性を有する複合タングステン膜とその製造方法を提供し、更にはこれらのいずれか、もしくは複数の機能を利用した膜形成基材又は物品を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上述した課題に対して、複合タングステン酸化物膜について鋭意研究し、物理的な成膜法によれば、成膜時の条件を最適化することで光吸収して遮蔽しながら近赤外域の透過性を有する機能、光を吸収して発熱する機能、光を吸収して電子を放出する機能を有する優れた複合タングステン膜を得るに至った。
【0017】
すなわち、本発明の一態様は、一般式M(ただし、Mはアルカリ金属、アルカリ土類金属、Fe、In、Tl、Snの内から選択される1種以上の元素、Wはタングステン、Oは酸素)で表される組成を主成分とする複合タングステン酸化物膜であって、0.001≦x/y≦1、2.2≦z/y≦3.0であり、有機物成分を実質的に含まず、シート抵抗が10Ω/□以上で、波長550nmにおける透過率が50%以上、波長1400nmにおける透過率が30%以下、かつ、波長1400nmにおける吸収率が35%以上である。
【0018】
本発明の一態様によれば、可視光域における透明性、赤外光域における赤外光吸収性を併せ持ち、実質的な電波透過性を有する複合タングステン酸化物膜を、電波障害が生じない赤外線遮蔽膜や光熱変換膜および光電変換膜として提供することができる。
【0019】
このとき、本発明の一態様では、波長1400nmにおける吸収率に対する波長800nmにおける吸収率が80%以下であるとしてもよい。
【0020】
本発明の一態様では、波長が700〜1200nmの近赤外域の透過性と、上記特徴を併せ持つ複合タングステン酸化物膜として、上記波長域の透過が必要な用途においても優れた光吸収特性を有する膜となる。
【0021】
また、本発明の一態様では、複合タングステン酸化物膜はスパッタリング成膜由来であるとしてもよい。
【0022】
スパッタリング成膜由来とすることで、組成選択の自由度が極めて広く、安定に成膜できる複合タングステン酸化物膜とすることができる。
【0023】
また、本発明の一態様では、Mは、Cs、Rb、K、Tl、In、Ba、Li、Na、Ca、Sr、Fe、およびSnの内から選択される1種以上の元素であるとしてもよい。
【0024】
Mを上記元素から選択することで、より高い赤外線遮蔽機能や光熱変換機能および光電変換機能を有する複合タングステン酸化物膜とすることができる。
【0025】
また、本発明の一態様では、複合タングステン酸化物膜は、20nmより厚い膜厚を有することができる。
【0026】
このような膜厚とすることにより、高い赤外線遮蔽機能や光熱変換機能および光電変換機能を有する複合タングステン酸化物膜とすることができる。
【0027】
本発明の他の態様は、複合タングステン酸化物膜が被成膜基材の少なくとも一方の面に形成されている膜形成基材である。
【0028】
上述した複合タングステン酸化物膜が形成された膜形成基材とすることで、機械特性や加工性等の実用に供する形態とすることができる。
【0029】
また、このとき、本発明の他の態様では、膜形成基材が400℃以上の軟化点もしくは熱変形温度を有するようにしてもよい。
【0030】
このような特性とすることで、成膜後の熱処理で、より優れた機能を付与した膜形成基材とすることができる。
【0031】
また、本発明の他の態様では、被成膜基材をガラスとすることができる。
【0032】
被成膜基材をガラスとすることで、車両用窓や建築用窓のガラス窓、ガラス繊維、太陽光発電用ガラス、ディスプレイ用ガラス、レンズや鏡用ガラス、半導体やMEMS等で用いられているガラス基板等、幅広い分野で使用されるガラスを用いた機材に赤外線遮蔽機能や光熱変換機能および光電変換機能を付与することができる。
【0033】
また、本発明の他の態様では、上述した複合タングステン酸化物膜及び/又は膜形成基材を1又は複数有することを特徴とする物品である。
【0034】
本発明の他の態様によれば、エネルギー削減や製造時の環境負荷の小さい物品を大量に安価で様々な用途に提供することができる。
【0035】
本発明の他の態様は、複合タングステン酸化物膜の製造方法であって、物理的な成膜法により膜を形成する成膜工程と、膜を熱処理する熱処理工程とを有し、成膜工程と熱処理工程の条件が下記(1)、(2)のいずれかである。
(1)成膜工程において、不活性ガス中でスパッタリング成膜した後、熱処理工程において、膜を酸素が含まれるガス中で400℃〜600℃の温度で熱処理する。
(2)成膜工程において、酸素を含むガス中でスパッタリング成膜した後、熱処理工程において、膜を不活性雰囲気中または還元雰囲気中で400℃〜900℃の温度で熱処理する。
【0036】
このような製造方法によれば、既存の製造設備で容易に均一な厚さで高品質な前記特徴を有する複合タングステン酸化物膜を安定に高い生産性で製造することができる。
【発明の効果】
【0037】
本発明によれば、可視光域における透明性、赤外光域における赤外光吸収性を併せ持ち、実質的な電波透過性を有する複合タングステン酸化物膜を、電波障害が生じない赤外線遮蔽膜や光熱変換膜および光電変換膜として提供することができる。また、このような複合タングステン酸化物膜は、工業的に広く利用され、成膜時に比較的無害な方法で、更に使用原料が長期保存に優れ、危険物保管や輸送時の制限を受けない、物理的な製造方法で提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
図1】本発明の複合タングステン酸化物膜の代表的な光学特性で、特許文献2に記載の赤外線遮蔽材料微粒子分散体の代表的な光学特性との違いを示す図である。
図2】本発明の複合タングステン酸化物膜の光吸収特性を示す代表的な例で、特許文献2に記載の赤外線遮蔽微粒子分散体との違いを示す図である。
図3】本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜の製造方法におけるプロセスの概略を示す工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0039】
以下、本発明に係る複合タングステン酸化物膜とその製造方法について以下の順序で説明する。なお、本発明は以下の例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、任意に変更可能である。
1.複合タングステン酸化物膜
2.複合タングステン酸化物膜の製造方法
2−1.成膜工程
2−2.熱処理工程
3.膜形成基材
4.物品
【0040】
<1.複合タングステン酸化物膜>
本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜について説明する。本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、一般式M(ただし、Mは、アルカリ金属、アルカリ土類金属、Fe、In、Tl、Snの内から選択される1種以上の元素、Wはタングステン、Oは酸素)で表される組成を主成分とする膜であり、0.001≦x/y≦1、2.2≦z/y≦3.0の範囲の構成である。
【0041】
組成範囲の詳細については、本出願人による特許文献2に詳細が示されており、この組成範囲の複合タングステン酸化物を主成分とすることが、高い透明性と赤外光吸収性を有する膜とするためには必要である。複合タングステン酸化物膜が有する基本的な光学特性は、理論的に算出された、元素Mと、タングステンWおよび酸素Oの原子配置に由来する。一方で、本発明の一実施形態は、特許文献2に記載の赤外線遮蔽体とは異なる特性を有する複合タングステン酸化物膜であり、以下、特許文献2に係る発明と適宜対比しながら詳細に説明する。
【0042】
複合タングステン酸化物の光学特性は2種類の吸収に由来することを特許文献2に係る複合タングステン酸化物の微粒子分散膜で本出願人は示している。しかしながら、本発明における複合タングステン酸化物膜の光学特性は特許文献2に係る微粒子分散膜と異なり波長700〜1200nmの近赤外域の吸収が低く、微粒子分散膜と異なる特性を示す。この理由は後述のように微粒子分散膜と連続膜の違いであると推測されるがその詳細は未だ判っていない。
【0043】
本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜の元素Mは、アルカリ金属、アルカリ土類金属、Fe、In、Tl、Snの内から選択される1種以上の元素であり、より好ましくは、Cs、Rb、K、Tl、In、Ba、Li、Na、Ca、Sr、Fe、およびSnの内から選択される1種以上の元素である。これは、特許文献2に記載の構成元素よりも狭い範囲としているが、これは実施例に依り効果が確認できた元素を示すに過ぎず、本発明に含まれない特許文献2に記載の元素でも少なからず同様の機能を有する可能性はある。
【0044】
本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、一般式Mにおいて、元素MとW(タングステン)の原子数比x/yが0.001≦x/y≦1であり、O(酸素)とW(タングステン)の原子数比z/yが2.2≦z/y≦3.0である。x/yが0.001未満であると十分な量の自由電子が生成されず赤外線遮蔽効果を得ることができない。また、x/yが1を超えると複合タングステン酸化物膜中に不純物相が形成されてしまう。z/yが2.2未満であると、複合タングステン酸化物膜中に目的以外であるWOの結晶相が現れてしまう。また、z/yが3を超えると赤外線遮蔽効果を得るための自由電子が生成されなくなってしまう。
【0045】
本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、有機物成分を実質的に含まない。後述するように、本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、物理的な成膜法により形成されるため、特許文献2や特許文献3に係る発明のように分散剤や媒体樹脂、あるいは界面活性剤や溶媒を使用する必要がない。ここで、有機物成分を実質的に含まないとは、膜の製造過程において、例えば高分子分散剤等、意図的に添加される有機物成分を含んでいないことを指す。
【0046】
特許文献2は、複合タングステン酸化物微粒子の粒径として800nm以下の粒子直径を有することが好ましく、更には100nm以下がより好ましいことが示されており、微粒子が媒体中に分散した分散体である。本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、複合タングステン酸化物が、有機物成分を実質的に含まない状態で粒子状を有さずに連続的に形成されており、この点で、特許文献2の微粒子分散膜と大きく異なる。
【0047】
複合タングステン酸化物は、六方晶、立方晶、正方晶、斜方晶などの結晶構造、及び非晶質構造が知られている。本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、六方晶、立方晶、正方晶、斜方晶などの結晶構造、及び非晶質構造を含んでいても構わないが、赤外域の吸収がより大きい六方晶相を構成する元素とその結晶相を多く含むことが好ましい。
【0048】
図1は、本発明の複合タングステン酸化物膜の代表的な光学特性で、特許文献2に記載の赤外線遮蔽材料微粒子分散体の代表的な光学特性との違いを示す図であり、図2は、本発明の複合タングステン酸化物膜の光吸収特性を示す代表的な例で、特許文献2に記載の赤外線遮蔽微粒子分散体との違いを示す図である。本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、赤外領域の光を大きく吸収する。一方で、本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、特許文献2の複合タングステン酸化物微粒子を含有する微粒子分散体から成る膜(微粒子分散膜)と比較すると、図1及び図2に示すように、700から1000nm付近にかけての近赤外域における光の吸収が少ない。このため、本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、微粒子分散膜よりも赤外線遮蔽機能や光熱変換機能および光電変換機能が低下するが、他の材料に比べては十分高い機能を有し、加えて微粒子分散膜では難しい700nmから1000nm付近にかけての選択波長透過性を有する。この機能によって車載用途等の近赤外光を用いる通信機器、撮像機器、センサーの使用を可能とする。
【0049】
本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、波長550nmにおける透過率が50%以上、波長1400nmにおける透過率が30%以下、かつ、波長1400nmにおける吸収率が35%以上である。すなわち、可視光における透明性の指標として波長550nmにおける透過率が50%以上であることが必要であり、また、赤外領域における光の遮蔽性能と吸収性能の指標として波長1400nmにおける透過率が30%以下、かつ、波長1400nmにおける吸収率が35%以上を満たす必要がある。なお、吸収率は、1から透過率と反射率を引いた値とする。
【0050】
透明性の指標とした、波長550nmにおける透過率が上記よりも低くても用途によっては使用することができる。例えば、車用のウィンドフィルムでは、後席ウィンドはプライバシー保護の観点から黒色やダークグレーが好まれ、熱線遮蔽材料と同時に顔料などを意図的に使用することがある。
【0051】
本発明の透明性の指標は、前記のような意図的な顔料などを含まない状態での膜特性を指すものである。透明性の指標が前記値より低いと採光が悪くなり、例えば屋内が暗くなる、外部の景色が見づらくなるなどに繋がる。
【0052】
同様に、光の遮蔽性能と吸収性能の指標とした、波長1400nmにおける透過率および、波長1400nmにおける吸収率が前記値を満たさない構成とすることもできるが、これらの場合は、赤外光の透過が高くなり、遮熱では皮膚のジリジリ感や室温の上昇、光熱変換では発生する熱量の低下などに繋がる。
【0053】
本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、波長1400nmにおける吸収率に対する波長800nmにおける吸収率が80%以下であることが好ましい。波長1400nmにおける吸収率に対する波長800nmにおける吸収率が80%を超えると、波長700〜1200nmの近赤外域の透過が低下して、当該域の光透過および赤外域の高い光吸収や遮蔽を目的とする用途に適さなくなる。このため、近赤外光を用いる通信機器、撮像機器、センサー等の使用ができなくなる。
【0054】
本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、20nmを超える膜厚で形成されることが好ましい。本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、後述するように、スパッタリング法等による成膜で得られる物理的な方法による膜で、例えば、特許文献3に記載の、溶液を塗布後に熱処理して成膜した膜では、成膜に不可欠となる溶媒や樹脂等の成分を揮発させて形成されるため、膜にはこれに伴う残留応力が生じ、揮発成分の残留やボイド等の欠陥が内在することがある。本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、揮発成分を含むことなく成膜されるため、成膜に伴う膜の残留応力を小さくすることができるとともに、揮発成分の残留やボイド等の欠陥が生じない。このため、クラックや剥離のない膜を形成することができる。
【0055】
複合タングステン酸化物膜の膜厚が20nm以下の場合は、赤外域での十分な吸収性能が得られず、1400nmにおける赤外線透過率が30%を超えてしまう。本発明は前記膜厚を超える厚さであれば特に膜厚の上限に制限はない。しかし、膜厚が厚くなり過ぎると、波長550nmにおける可視光域の透過率が50%を下回り、可視光透過性が悪くなることや、成膜時の残留応力の影響で膜の剥離が生じることがある。膜の透過率は分光光度計を用いて測定することができる。
【0056】
本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、シート抵抗が1.0×10Ω/□以上、より好ましくは1.0×1010Ω/□を超える値である。膜のシート抵抗が前記値よりも低いと、膜の自由電子が静電場を遮蔽して電波を反射するので、電波透過性が低下し、例えば携帯電話等の電波を使用した機器の通信障害や、電波反射による干渉障害を招くことがある。一方で、膜の使用用途によっては帯電や帯電による曇りが生じるため高すぎでも弊害となる場合がある。シート抵抗は後述の成膜条件や熱処理条件で調整することができる。シート抵抗は、例えば、抵抗率計を用いて測定することができる。
【0057】
また、本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、通常は連続膜として形成されるが、パターンニングを行って反射の制御を付与した形態、凹凸を設けてレンズ機能を付与した形態など膜の形状や凹凸などの形態であっても、本発明の特長を有するものであればいかなる形態でも構わない。
【0058】
以上より、本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜によれば、特許文献2や特許文献3に記載の複合タングステン酸化物膜とは異なる特性を有し、可視光域における透明性、赤外光域における赤外光吸収性を併せ持ち、実質的な電波透過性を有する複合タングステン酸化物膜とすることができる。
【0059】
<2.複合タングステン酸化物膜の製造方法>
次に、複合タングステン酸化物膜の製造方法について説明する。図3は、本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜の製造方法の概略を示す工程図である。本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜の製造方法は、元素MとタングステンWと酸素Oを主成分とする複合タングステン酸化物膜の製造方法であって、物理的な成膜法を用いて膜を形成する成膜工程S1と、膜を熱処理する熱処理工程S2とを有する。以下、各工程について詳細に説明する。
【0060】
<2−1.成膜工程>
成膜工程S1では、物理的な成膜法を用いて膜を形成する。本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜の物理的な成膜方法としては、真空蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法、イオンビーム法などがある。この中でも、スパッタリング法は、成膜粒子のエネルギーが大きく付着力が強く、成膜が緻密で膜質が強く、かつ成膜プロセスが安定していて膜質、膜厚の制御が高い精度で可能である。さらに、スパッタリング法は、高融点金属・合金・化合物の成膜が可能で、反応性ガスの導入で酸化物や窒化物などの成膜が可能であり、組成の調整が比較的容易などの特長を持ち、液晶表示素子やハードディスク等の電子機器、ウィンドフィルムやミラー等の汎用品など幅広い分野で多く利用され、製造装置も多いことから好ましい。
【0061】
一般式Mで表した複合タングステン酸化物膜を形成するためのスパッタリングターゲットは、例えば、元素Mと、元素Wからなるスパッタリングターゲット、元素Mと、元素Wと元素Oの化合物から成るスパッタリングターゲット、元素Mと元素Oの化合物と、元素Wから成るスパッタリングターゲットおよび元素Mと元素Wと元素Oの化合物から成るスパッタリングターゲット等、種々の構成から選択することができる。好ましくは、予め化合物相として形成したスパッタリングターゲットを用いることが良い。スパッタリングターゲットを予め化合物相として構成すると各元素の蒸気圧の差による膜組成の依存を軽減することができ、安定した成膜が可能となる。
【0062】
スパッタリングターゲットは、例えば前記スパッタリングターゲット組成物の粒子からなる粉を圧粉して形成した圧粉体や、前記スパッタリングターゲット組成物を焼結させて形成した焼結体の形態で用いれば良い。
【0063】
また、スパッタリングターゲットは、前記の通り圧粉体や焼結体で形成されるため、有機物成分を実質的に含まず、例えば有機溶媒に分散された微粒子分散液などのような危険物としての輸送や保管における制限を受けず、揮発成分も含まないため安全かつ安定に長期保管が可能となる。また、当然ながら当該スパッタリングターゲットを用いて形成された膜は有機物成分を実質的に含んでいない。
【0064】
スパッタリングターゲットが、例えば比抵抗1Ω・cm以下の導電体であると生産性が高いDCスパッタリング装置を使用することができる。また、スパッタリングターゲットが、例えば相対密度70%以上の焼結体であると輸送時の振動による割れが少なくなり、装置への取付け時等のハンドリングで極端な注意をする必要がなくなるなどの理由により工業的な製造に適した形態となる。
【0065】
成膜工程の雰囲気は、種々選択されるが、不活性ガス雰囲気中、もしくは不活性ガスと酸素ガスの混合雰囲気が良い。不活性ガスとしては、例えば、ヘリウムガスやアルゴンガスなどの希ガス、窒素ガスなどを用いれば良いが、窒素ガスの場合は、選択元素Mによっては窒化物を形成することがあるため、一般的に使用され入手が容易なアルゴンガスがより好ましい。酸素ガスは任意の割合で混合させてよいが、酸素ガスが多いと成膜レートが極端に遅くなるので、20%以下が好ましい。
【0066】
成膜後の膜は、通常は非晶質であるが、X線回折分析した際に結晶に基づく回折ピークが出現していても構わない。
【0067】
<2−2.熱処理工程>
次に、熱処理工程S2では、成膜工程S1で得られた膜を熱処理する。本発明に記載の膜特性を得るには、成膜工程S1における成膜雰囲気の酸素ガスの割合に応じて、膜の熱処理雰囲気の条件を変える必要がある。熱処理の雰囲気は、酸化性または不活性または還元雰囲気中で行う。
【0068】
成膜工程S1での成膜雰囲気の酸素ガスの割合が0%以上1%未満の場合は、熱処理工程S2では、大気など酸化性雰囲気で熱処理を行うことができる。酸化性雰囲気は例えば大気、酸素を5〜20%含む酸素と窒素の混合ガスなどである。
【0069】
この場合の熱処理温度は400〜600℃が良い。熱処理温度が400℃よりも低いと膜は非晶質のままで結晶化しないか、または結晶化してもX線回折における六方晶の回折ピークが極めて微弱となり、赤外域の吸収特性が低い。熱処理温度が600℃よりも高いとしても本発明の膜の特徴を得ることができるが、膜と基材が反応する、膜が基材から剥離するなど実用上の不具合が生じる。
【0070】
成膜工程S1での成膜雰囲気の酸素ガスの割合が1%以上10%以下の場合は、熱処理工程S2の雰囲気は不活性雰囲気あるいは、還元性ガスを含む雰囲気で行うほうが良い。不活性雰囲気としては、例えばアルゴンガスなどの希ガス、窒素ガスなどが考えらえる。還元性ガスとしては、例えば水素ガスなどである。還元性ガスを含む雰囲気は、水素ガスのみ、水素と窒素の混合ガス、水素とアルゴンなど希ガスとの混合ガスなどである。
【0071】
この場合の熱処理温度は400〜900℃が良い。熱処理温度が400℃よりも低いと膜は非晶質のままで結晶化しないか、または結晶化してもX線回折における六方晶の回折ピークが極めて微弱となり、赤外域の吸収特性が低い。熱処理温度が900℃よりも高いとしても本発明の膜の特徴を得ることができるが、膜と基材が反応する、膜が基材から剥離するなど実用上の不具合が生じる。
【0072】
成膜工程S1での成膜雰囲気の酸素ガスの割合が10%を超える場合は、熱処理工程S2の雰囲気は還元性ガスを含む雰囲気が良い。還元性ガスとしては、例えば水素ガスなどである。還元性ガスを含む雰囲気は、水素ガスのみ、水素と窒素の混合ガス、水素とアルゴンなど希ガスとの混合ガスなどである。
【0073】
この場合の熱処理温度は400〜900℃とする。熱処理温度が400℃よりも低いと膜は非晶質のままで結晶化しないか、または結晶化してもX線回折における六方晶の回折ピークが極めて微弱となり、赤外域の吸収特性が低い。熱処理温度が900℃よりも高いとしても本発明の膜の特徴を得ることができるが、膜と基材が反応する、膜が基材から剥離するなど実用上の不具合が生じる。
【0074】
成膜雰囲気の酸素ガスの割合が1%以上で熱処理雰囲気が酸化性ガスを含む場合、もしくは、成膜雰囲気の酸素ガスの割合が10%を超える割合で熱処理雰囲気が不活性雰囲気の場合、熱処理後の膜は赤外域の吸収特性が低下して本発明の効果を得ることができない。
【0075】
成膜雰囲気の酸素ガスの割合が1%未満で熱処理雰囲気が不活性雰囲気または還元性雰囲気の場合、熱処理後の膜は膜抵抗が低下して電波透過性に劣る膜となる。
【0076】
前記いずれの熱処理温度においても、熱処理時間は、基材の熱伝導等にも依るが、5分〜60分であれば十分である。
【0077】
なお、特許文献3には複合タングステン酸化物を用いた透明導電膜の製造方法が記されている(段落0065)。これによれば、特許文献3の透明導電膜は複合タングステン化合物を含む溶液を出発タングステン原料溶液として基材に塗布後に不活性ガス、不活性ガスと還元性ガス、還元性ガスのいずれかの雰囲気中で熱処理して得られることが示されている。この方法によれば、メタタングステン酸アンモニウム水溶液とM元素の塩化物水溶液に有機成分を含有するポリシロキサン骨格を有する界面活性剤を添加して溶液としている。
【0078】
特許文献3の実施例2ではM元素としてルビジウム(Rb)を用いた膜の特性が特許文献3の図3に示されており、同図から読み取れる透過率と反射率から算出した波長1400nmにおける吸収率に対する波長800nmにおける吸収率はおおよそ90%を超えており、本発明の複合タングステン酸化物膜とは異なる、従来の複合タングステン酸化物微粒子を含む塗布液で形成された膜と同様の特徴を有している。
【0079】
また、本願の図2は可視光域の透過率を同等に併せた吸収率を示す図で、この場合の各値は、セシウムタングステン酸化物スパッタ膜(本発明)が57.3%、セシウムタングステン酸化物インク塗布膜(微粒子分散膜)(特許文献2)が83.0%であった。したがって、本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜は、波長800nmの前後(700〜1200nm)において、特許文献2や特許文献3に記載の複合タングステン酸化物膜とは異なる特性を有することがわかる。
【0080】
以上より、本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜の製造方法によれば、上述した特性を有する複合タングステン酸化物膜を、工業的に広く利用され、成膜時に比較的無害な方法で、更に使用原料の長期保存に優れ、輸送時の制限がない、物理的な製造方法で提供することができる。
【0081】
<3.膜形成基材>
本発明の一実施形態に係る膜形成基材は、上述した複合タングステン酸化物膜が被成膜基材の少なくとも一方の面に形成されたものである。被成膜基材は、本発明の一実施形態に係る複合タングステン酸化物膜の形成が可能であれば特に限定されるものではない。
【0082】
被成膜基材は、成膜後の膜の熱処理温度が400℃以上であるため、400℃以上の軟化点もしくは熱変形温度を有する基材が好ましい。軟化点もしくは熱変形温度が400℃未満の基材を用いた場合、前記熱処理の際に膜が被成膜基材から剥離する、膜にクラックが発生するなどの問題が生じる。好ましくは、被成膜基材の熱膨張係数が膜の熱膨張係数に近いほうが良い。なお、被成膜基材から膜を剥離して使用する場合は必ずしも前記条件である必要はなく、例えば、400℃以下で溶解する基材でも良い。
【0083】
400℃以上の軟化点もしくは熱変形温度を有する被成膜基材には、ガラス、セラミックス、単結晶等がある。被成膜基材は、必ずしも透明である必要はないが、本発明の複合タングステン酸化物膜を基材と共に用いる場合には透明な基材が求められる。透明基材には、例えば、ガラス、YAGやYなどの透明セラミックス、サファイヤなどの単結晶がある。なかでも、入手しやすく、安価で、耐候性、耐薬品性などの観点から、400℃以上の軟化点のガラスを被成膜基材に用いるのが好ましい。
【0084】
また、基材は、平面でなく曲面や凹凸面を有するものでも本発明の特長を損なうものでなく、種々選択すれば良い。
【0085】
以上より、本発明の一実施形態に係る膜形成基材によれば、光を吸収して遮蔽する機能、光を吸収して発熱する機能、光を吸収して電子を放出する機能に加え、近赤外域の透過性を有する複合タングステン酸化物膜とすることができる。
【0086】
<4.物品>
本発明の一実施形態に係る物品は、上述した複合タングステン酸化物膜及び/又は膜形成基材を1又は複数有する。本発明の複合タングステン酸化物膜及び/又は膜形成基材とを有する物品は、複合タングステン酸化物膜が光を吸収して遮蔽する機能、光を吸収して発熱する機能、光を吸収して電子を放出する機能のいずれか、またはそれら複数の機能を有する物品であればどのような物品でも構わない。
【0087】
加えて、本発明の複合タングステン酸化物膜及び/又は膜形成基材が、例えば他の機能を有する膜や粒子等と共に使用されていても、本発明に記載の機能を利用した物品に含まれる。
【0088】
光を吸収して遮蔽する機能を有する物品には、例えば遮熱ガラスがある。遮熱ガラスは、透明でありながら熱を遮蔽する特長があり、夏場の太陽光による室内温度の上昇や車内温度の上昇などを軽減する。また、光を吸収して遮蔽する機能を有する他の物品の例としては、例えば、発光素子により生じる赤外域の光をカットした光学フィルターや、赤外域の光ノイズを吸収して光検出素子の性能を向上させる媒体、特開2015−117353などの偽造防止用物品などがある。
【0089】
光を吸収して発熱する機能を有する物品には、例えばWO2006−049025などの繊維、特表2015−527700などのOLED用転写フィルム、特表2016−528343などのレーザー画像形成用インク、WO2006−100799などの農園芸用覆土フィルム、特開2012−021066などの硬化性コーティング剤などがある。
【0090】
光を吸収して電子を放出する機能を有する物品には、例えば特開2018−26586などの太陽電池、特開2017−092210などの光センサなどがある。
【0091】
以上より、本発明の一実施形態に係る物品によれば、光を吸収して遮蔽する機能、光を吸収して発熱する機能、光を吸収して電子を放出する機能に加え、近赤外域の透過性を有する複合タングステン酸化物膜を利用した、エネルギー削減や製造時の環境負荷の小さい物品を大量に安価で様々な用途で提供することができる。
【実施例】
【0092】
以下、本発明について、実施例を用いてさらに具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0093】
(実施例1)
実施例1では、Cs/W原子比が0.33のセシウムタングステン酸化物粉末(住友金属鉱山株式会社製YM−01)をホットプレス装置に投入し、真空雰囲気、温度950℃、押し圧250kgf/cmの条件で焼結し、セシウムタングステン酸化物焼結体を作製した。焼結体組成を化学分析した結果、Cs/Wは0.33であった。この酸化物焼結体を直径153mm、厚み5mmに機械加工で研削し、ステンレス製バッキングプレートに金属インジウム蝋材を用いて接合して、セシウムタングステン酸化物スパッタリングターゲットを作製した。
【0094】
次に、このスパッタリングターゲットをDCスパッタリング装置(アルバック社製SBH2306)に取り付け、到達真空度5×10−3Pa以下、成膜時の雰囲気は、酸素5%/アルゴン95%の混合ガス雰囲気とし、ガス圧は0.6Pa、投入電力は直流600Wの条件で、ガラス基板(コーニング社製EXG、厚み0.7mm)の上にセシウムタングステン酸化物膜を成膜した(成膜工程S1)。成膜後の膜厚は400nmであった。成膜後の膜の構造をX線回折装置(X’Pert-PRO(PANalytical社製)を用いて調べた。成膜後膜は、結晶構造に由来する回折ピークは認められない非晶質の構造であった。
【0095】
成膜後の膜を、ランプ加熱炉(株式会社米倉製作所製HP−2−9)に投入し、窒素雰囲気中、500℃の温度で30分間熱処理した(熱処理工程S2)。この熱処理後の膜を化学分析した結果、Cs/W原子比x/yは0.33であった。
【0096】
熱処理後の膜を、分光光度計(日立製、型番V−670)を用いて、透過率Tと反射率Rを測定した。また、(吸収率)=1−(透過率T)−(反射率R)とした。
【0097】
熱処理後の膜の、波長550nmの透過率は65.2%、波長1400nmの透過率は6.9%、波長1400nmの吸収率は76.3%であった。
【0098】
また、波長800nmの吸収率は51.8%であり、波長1400nmの吸収率76.3%に対する比は67.9%であった。
【0099】
熱処理後の膜のシート抵抗は、抵抗率計(三菱化学社製、ハイレスタ)を用いた測定の結果、1.2×1010Ω/□であり、熱処理後の膜は導電性が低い高抵抗の膜であった。
【0100】
以上より、スパッタリング装置で成膜後に熱処理を行った膜は、可視光域に十分な透明性を保つと同時に、赤外域の光を吸収し、高い電波透過性も有する膜であった。
【0101】
(実施例2〜25および比較例1〜12)
実施例1と同様に同じ装置を用い、表1及び表2に記載されているように元素M、膜厚、成膜雰囲気、熱処理雰囲気および時間を変えて複合タングステン酸化物膜の作成を行い、膜の特性を調べた。表1及び表2に実施例及び比較例の結果を示す。
【0102】
【表1】
【0103】
【表2】
【0104】
表1及び表2より、本発明に含まれる実施例1〜25では、波長550nmにおける透過率が50%以上の可視光域における透明性を有し、波長1400nmの赤外光域における透過率が30%以下で吸収率が35%以上の赤外光吸収性を併せ持ち、抵抗が10Ω/□以上の実質的な電波透過性を有する膜となることが確認できた。さらに、本発明に含まれる実施例1〜25では、波長1400nmにおける吸収率に対する波長800nmにおける吸収率が80%以下であり、700nmから1000nm付近にかけての選択波長透過性を有することも確認できた。なお、実施例1〜25はいずれもスパッタリング法により成膜したものであるため、有機物成分を含むものではない。
【0105】
なお、上記のように本発明の一実施形態及び各実施例について詳細に説明したが、本発明の新規事項及び効果から実体的に逸脱しない多くの変形が可能であることは、当業者には、容易に理解できるであろう。従って、このような変形例は、全て本発明の範囲に含まれるものとする。
【0106】
例えば、明細書又は図面において、少なくとも一度、より広義又は同義な異なる用語と共に記載された用語は、明細書又は図面のいかなる箇所においても、その異なる用語に置き換えることができる。また、複合タングステン酸化物膜及びその製造方法、並びに該膜を有する膜形成基材及び物品の構成も本発明の一実施形態及び各実施例で説明したものに限定されず、種々の変形実施が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0107】
本発明に係る複合タングステン酸化物膜は、可視光域の高い透明性と赤外域の優れた光吸収性および電波透過性を備えているため、光を吸収して遮蔽する機能、光を吸収して発熱する機能、光を吸収して電子を放出する機能のいずれか、もしくは複数を利用した幅広い用途へ利用できる可能性を有している。
図1
図2
図3
【手続補正書】
【提出日】2019年4月17日
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式M(ただし、Mはアルカリ金属、アルカリ土類金属、Fe、In、Tl、Snの内から選択される1種以上の元素、Wはタングステン、Oは酸素)で表される組成を主成分とする複合タングステン酸化物膜であって、
0.001≦x/y≦1、2.2≦z/y≦3.0であり、
有機物成分を実質的に含まず、シート抵抗が10Ω/□以上で、
波長550nmにおける透過率が50%以上、波長1400nmにおける透過率が30%以下、かつ、波長1400nmにおける吸収率が35%以上であり、
波長1400nmにおける吸収率に対する波長800nmにおける吸収率が80%以下であることを特徴とする複合タングステン酸化物膜。
【請求項2】
スパッタリング成膜由来であることを特徴とする請求項に記載の複合タングステン酸化物膜。
【請求項3】
前記Mは、Cs、Rb、K、Tl、In、Ba、Li、Na、Ca、Sr、Fe、およびSnの内から選択される1種以上の元素であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の複合タングステン酸化物膜。
【請求項4】
20nmより厚い膜厚を有することを特徴とする請求項1乃至請求項のいずれか1項に記載の複合タングステン酸化物膜。
【請求項5】
請求項1乃至請求項のいずれか1項に記載の複合タングステン酸化物膜が被成膜基材の少なくとも一方の面に形成されている膜形成基材。
【請求項6】
400℃以上の軟化点もしくは熱変形温度を有することを特徴とする請求項に記載の膜形成基材。
【請求項7】
前記被成膜基材がガラスであることを特徴とする請求項又は請求項に記載の膜形成基材。
【請求項8】
請求項1乃至請求項のいずれか1項に記載の複合タングステン酸化物膜及び/又は請求項乃至請求項のいずれか1項に記載の膜形成基材を1又は複数有することを特徴とする物品。
【請求項9】
一般式M(ただし、Mはアルカリ金属、アルカリ土類金属、Fe、In、Tl、Snの内から選択される1種以上の元素、Wはタングステン、Oは酸素であり、0.001≦x/y≦1、2.2≦z/y≦3.0)で表される組成を主成分とする複合タングステン酸化物膜の製造方法であって、
元素Mと元素Wと元素Oの化合物から成るスパッタリングターゲットを用いて物理的な成膜法により膜を形成する成膜工程と、
前記膜を熱処理する熱処理工程とを有し、
前記成膜工程と前記熱処理工程の条件が下記(1)、(2)のいずれかであることを特徴とする複合タングステン酸化物膜の製造方法。
(1)前記成膜工程において、不活性ガス中でスパッタリング成膜した後、前記熱処理工程において、前記膜を酸素が含まれるガス中で400℃〜600℃の温度で熱処理する。
(2)前記成膜工程において、酸素を含むガス中でスパッタリング成膜した後、前記熱処理工程において、前記膜を不活性雰囲気中または還元雰囲気中で400℃〜900℃の温度で熱処理する。
【手続補正2】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0017
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0017】
すなわち、本発明の一態様は、一般式M(ただし、Mはアルカリ金属、アルカリ土類金属、Fe、In、Tl、Snの内から選択される1種以上の元素、Wはタングステン、Oは酸素)で表される組成を主成分とする複合タングステン酸化物膜であって、0.001≦x/y≦1、2.2≦z/y≦3.0であり、有機物成分を実質的に含まず、シート抵抗が10Ω/□以上で、波長550nmにおける透過率が50%以上、波長1400nmにおける透過率が30%以下、かつ、波長1400nmにおける吸収率が35%以上であり、波長1400nmにおける吸収率に対する波長800nmにおける吸収率が80%以下である
【手続補正3】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0019
【補正方法】削除
【補正の内容】
【手続補正4】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0035
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0035】
本発明の他の態様は、一般式M(ただし、Mはアルカリ金属、アルカリ土類金属、Fe、In、Tl、Snの内から選択される1種以上の元素、Wはタングステン、Oは酸素であり、0.001≦x/y≦1、2.2≦z/y≦3.0)で表される組成を主成分とする複合タングステン酸化物膜の製造方法であって、元素Mと元素Wと元素Oの化合物から成るスパッタリングターゲットを用いて物理的な成膜法により膜を形成する成膜工程と、膜を熱処理する熱処理工程とを有し、成膜工程と熱処理工程の条件が下記(1)、(2)のいずれかである。
(1)成膜工程において、不活性ガス中でスパッタリング成膜した後、熱処理工程において、膜を酸素が含まれるガス中で400℃〜600℃の温度で熱処理する。
(2)成膜工程において、酸素を含むガス中でスパッタリング成膜した後、熱処理工程において、膜を不活性雰囲気中または還元雰囲気中で400℃〜900℃の温度で熱処理する。