【実施例】
【0054】
以下、具体的実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
以下の実施例では、様々な食品を用いてユーグレナの培養を行い、ユーグレナ細胞の生育状態を検討した。
【0055】
<試験に用いたユーグレナ>
試験で使用したユーグレナ・グラシリス(E. gracilis)は、表1に示す組成のKH培地(Koren−Hutner培地)で維持した細胞を用いて、1ヶ月以上の期間にわたり、表2に示すCM培地(Cramer−Myers培地)を用いて独立栄養状態で前培養をしたものを用いた(白色蛍光灯常時照射40〜60μmol/m
2・秒、温度24〜27℃(概ね26℃)、静置培養)。CM培地は、その中の成分であるビタミンB
1(V.B
1)、及びビタミンB(V.B
12)は必須であることが知られる。例えば、当該培養液のオートクレーブ処理を繰り返すことにより、培養液中のビタミンB
1(V.B
1)、ビタミンB(V.B
12)が破壊されている培養液を用いて1か月程度にわたり植え継ぎを繰り返しユーグレナの培養を行うと、定常期細胞密度が小さく、色が黄緑色となり、ほぼ全ての細胞が沈殿する。
上記のように準備したユーグレナ細胞を食品に植継ぐ際には、ユーグレナの細胞懸濁液を植継先となる食品の体積比で1%v/v以下に調整するか、滅菌水で植継元の懸濁液中の栄養成分を洗浄することにより、ユーグレナにとって負荷がかかる生育条件を採用した。
【0056】
【表1】
【0057】
【表2】
【0058】
なお、ビタミン不足によりユーグレナ細胞が生育不良を起こしたCM培地に、CM培地に当初含有されている量のV.B
1、V.B
12を再度添加すると、翌日には浮遊するユーグレナ細胞が多く見られ、3日後には目視で確認できるほど深い緑色を呈した(
図3左)。ただし、V.B
1、V.B
12の一方のみを添加した場合には、顕著な細胞の運動性回復、及び増殖は観察されなかった(
図3中央、右)。V.B
12のみを添加した場合は浮遊細胞の増加は確認されたが、色は薄い黄緑色のままであった(
図3中央)。V.B
1のみの添加では、細胞の回復が全く見られなかった(
図3右)。
【0059】
以上より、加熱処理によってビタミンB(V.B
1、V.B
12)は損傷を受けやすいことが確認され、調理において熱を加えない生食が最もバイオアベイラビリティの高い方法であることが示唆された。なお、一般的にV.B
1は熱に弱く、V.B
12は比較的強いとされており、上記の結果と矛盾するように見受けられるが、これはV.B
12が酸性(pH3.5)かつ光存在下で分解されることに起因するものであると考えられる。
【0060】
<試験1 納豆を利用した培養(1)>
(試験1の試験方法)
試験1では、納豆を含有する培養液を用いてユーグレナ細胞の培養を行った。
V.B
12がCM培地と当量となるように、V.B
12源としての煮干または海苔を納豆水溶液に添加した。また、V.B
12源として添加した食品(煮干または海苔)中のV.B
12と、納豆中のV.B
12の合計値が、CM培地と等量となるように納豆の添加量を調整した(表3)。100mLの密閉容器を培養容器として用い、培地の総量が100mLとなるように精製水でメスアップした。各食品成分値は、日本食品標準成分表2015年版(七訂)を使用した。
【0061】
【表3】
【0062】
納豆は、挽き割り納豆(株式会社mizkan製、製品名:金のつぶ国産ひきわり3P)を用い、温度27.5℃、光源として白色蛍光灯を用い、光強度40〜50μmol/m
2・秒で常時照射を行い、ユーグレナの培養を行った。
【0063】
(試験1の結果と考察)
ユーグレナ細胞の植継ぎ後4日で、底部に沈殿した納豆の表面に細胞の増殖が目視確認できるようになり、植継ぎ後7日で定常期に達した。培養7日後の生育状況を示す写真を
図4に示す。V.B
12は植物性食品である納豆には含まれないため、納豆のみの培養液では生育が限定される要因となった(
図4左)。V.B
12高含有食品である煮干や海苔を適量添加することにより、ユーグレナ細胞は良好な生育を示した(
図4中央、右)。納豆菌の静菌作用(ジピコリン酸等)により、クリーンベンチの外でユーグレナ細胞を植継いでも、他の微生物が、目視で確認できるほど生育してしまうことはなかった。
【0064】
納豆菌は、大豆中のタンパク質をはじめとする各種栄養素を、アミノ酸等の低分子などによってユーグレナが利用しやすい形に変換する。一方、植継元において無機培地で生育したユーグレナは光合成により、好気性細菌である納豆菌に酸素を供給する。このような共生系が実現されるため、培養容器を密閉して静置するだけで良好なユーグレナの生育が実現されたと考えられる。
【0065】
従来、ユーグレナの培養は、培地にポンプでCO
2を供給・撹拌したり、複雑な組成の有機培地(KH培地)を用いたりしなければ実現できなかった。また、ユーグレナと同じ単細胞微細藻類の仲間であるクラミドモナスは、納豆菌を用いた培地では、ほぼ生育しないため、納豆菌の共生相手は選択性が高いことが判明した。
【0066】
また、培地における納豆の含有率を0.2質量%/mL(納豆0.1gに対して水50mL)という極少量にしても、
図4に示した例ほどではないが良好な生育が観察された。なお、納豆含有量が20%w/v以上では、生育が抑制された。したがって、培地に添加する納豆の濃度は、0.2質量%/mL以上20質量%/mL以下であることが好ましいことがわかった。
【0067】
培地に含まれる栄養源として、納豆と海苔の組合せで生育したユーグレナは、非動物性食品のみから構成されるため、厳格なベジタリアン(ヴィーガン)食において欠乏しがちなV.B
12の供給源とすることができる。特に、V.B
12の一種であるメチルコバラミンは、体内での活性が高く、付加価値が高いため、クロレラや海苔など他のV.B
12含有食品よりも多く含まれる可能性もあり、V.B
12補給用のサプリメントとして用いることが可能である。納豆と海苔の組合せで生育したユーグレナは、欧米の最先端の栄養学において主流になりつつある、プラントベース・ホールフードやローフードとして利用可能である。
【0068】
<試験1−2 納豆を利用した培養(2)>
試験1−2では、納豆を含有する培養液を用いてユーグレナ細胞の培養を行う際に、光照射条件、V.B
12源添加の有無、及びV.B
12源の種類によるユーグレナ細胞の生育の差異を検討した。
【0069】
○実験1
ユーグレナ細胞をCM培地(初発pH3.5)にて定常期まで生育させ、ユーグレナ細胞懸濁液を滅菌水にて2回洗浄した(6000rpm、5分、4℃)。試験管(直口:φ15×105mm、型番:A−ワッセルマン)に、滅菌水を10mL加え、表4のとおりV.B
12源を添加した。なお、「納豆(CM培地)」のみ、水の代わりにCM培地(pH3.5)を加えた。
CM培地はオートクレーブを用いて一度滅菌処理をしたものを用い、V.B
12源は非滅菌のものを使用した。
【0070】
【表4】
【0071】
納豆は、「におわなっとう(mizukan製)」を使用し、各0.44g添加した。
シアノコバラミン(和光純薬工業)は、0.1g/L溶液を0.55μL添加した。
海苔は、「きざみのり(大森屋)」を使用し、一片を幅2mm、長さ10mm以下にして添加した。
「納豆(豆なし)」のサンプルは、滅菌水を加えてよく撹拌した後、豆粒を回収した。
「海苔のみ」には海苔のみを投入し、納豆は投入しなかった。
【0072】
各サンプルの試験管に、洗浄後のユーグレナ細胞懸濁液を1mLずつ添加し、初期細胞密度は2.5×10
4cell/mLであった。
シリコンゴム栓(1号)で試験管を密閉した。
なお、一連の作業はクリーンベンチ外の非無菌的環境で行った。
【0073】
各サンプルを光照射培養条件または暗所培養条件で9日間静置培養した。
光照射培養条件では、白色蛍光灯常時照射、光量60μmol/m
2・秒、温度24℃で、試験管を金属板上に水平にセットし、上方から光照射した。
暗所培養条件では、試験管を水平になるよう金属の箱に入れ、蓋をして光照射培養条件のサンプルの近傍に静置した。
【0074】
○結果1
培養9日後(定常期)の各サンプルの細胞密度を、プランクトン計数板(MPC−200、松浪硝子工業)を用いて測定した結果を
図5に示す。塩化ベンザルコニウム溶液(大洋製薬)を水で2%に希釈した溶液を用いて、各サンプルを希釈して、ユーグレナ細胞の運動を固定させて計数を行った。
【0075】
○考察1
納豆を用いて培養を行う際に、ユーグレナ細胞の生育には光照射を行うこと必要であることがわかった。
海苔はV.B
12源として、シアノコバラミンと同等の効果を示した。海苔の添加量(KH培地含有V.B
12の1/10の量(=CM培地等量)に相当)を考慮すると、通常のCM培地における生育の限定要因はV.B
12だけでなく、他の有機的な栄養素であることが示唆された。
V.B
12を含まない「納豆のみ」の培養液においても、本試験では良好な生育を示した。これは納豆の種類によっては、V.B
12添加がなくてもある程度はユーグレナ増殖に寄与可能であることを示す。
【0076】
○実験2
ユーグレナ細胞をCM培地(初発pH3.5)を用いて定常期まで生育させ、ユーグレナ細胞懸濁液を滅菌水にて3回洗浄した(6000rpm、5分、4℃)。試験管(直口:
φ18×180mm、型番:A・18)に、滅菌水を29mL加え、表5に示す通りV.B
12源を添加した。V.B
12源は非滅菌のものを使用した。
【0077】
【表5】
【0078】
納豆は、「におわなっとう(mizukan製)」を使用し、各1.2g添加した。
シアノコバラミン(和光純薬工業)は、0.001g/L濃度溶液を15μL添加した。
海苔は、「きざみのり(大森屋)」を使用し、一片を幅2mm、長さ10mm以下にして添加した。
【0079】
各サンプルの試験管に、洗浄後のユーグレナ細胞懸濁液を1mLずつ添加し、初期細胞密度は2.6×10
4cell/mLであった。
シリコンゴム栓(3号)で試験管を密閉した。
一連の作業はクリーンベンチ外の非無菌的環境で行った。
【0080】
各サンプルを白色蛍光灯常時照射、光量60μmol/m
2・秒、温度24℃で、試験管を金属板上に水平にセットし、上方から光照射する光照射培養条件で、11日間静置培養した。
【0081】
シリコンゴム栓にシリンジを刺してサンプルを数10〜200μL程度抜き取り、試験管内部を好気条件にせず、細胞計数板を用いて細胞密度を算出した。サンプル抽出の際は、70%イソプロピルアルコールにて簡易消毒をしてクリーンベンチ外で行った。
【0082】
○結果と考察2
各サンプルの生育曲線を
図6に示す。なお、培養6日目から7日目にかけて、9時間ほど暗所培養条件で培養を行った。
【0083】
海苔を添加したサンプルは、シアノコバラミンを添加した培地とほぼ等しい生育曲線を示した。海苔は食品成分表においてV.B
12を含有することになっているが、実際には擬似的なV.B
12が検出された結果である。擬似的なV.B
12はヒトの体内で実際にはV.B
12の働き(メチルマロン酸代謝)を担うことができないため、海苔はV.B
12源とはならない。一方でユーグレナが蓄積するV.B
12は、ヒトが利用可能な形態のものが含まれることが知られる。生育にV.B
12を必須ビタミンとして要求するユーグレナが海苔添加培地において、V.B
12添加培地とほぼ同等の良好な生育を示したことから、ユーグレナが海苔の擬似的なV.B
12を利用可能な形態のV.B
12に変換していることを示唆する。この場合、ユーグレナを用いることで、海苔にV.B
12源としての付加価値を付与することができる。ユーグレナは海苔に密集して育つため、ユーグレナを海苔表面で生育させて乾燥させることで、ユーグレナ海苔を製造することが可能である。
【0084】
10
6オーダー程度の高い細胞密度において、光を遮断することは細胞に大きなストレスを与える。また、光照射を再開しても28時間程度は細胞が減少し続けることが分かった。細胞密度の回復は「納豆+V.B
12」に比べて、「納豆+海苔」の方が良好であった。このことから、高細胞密度環境下では光合成を維持しなければならないことが示唆された。海苔が添加されているサンプルにおいて、良好な回復を示したのは、光合成や生育に必要なビタミン・ミネラル類が多く含まれていたためであると考えられる。
一方、10
5オーダー程度の低い細胞密度においては、光遮断による生育阻害は受けないことがわかった。
【0085】
実験2においても、必須ビタミンであるV.B
12源を含まない「納豆のみ」の培養液において良好な生育が得られた(ただし生育速度はV.B
12源ありのものと比べて遅かった)。この原因として、納豆菌の培養に「肉汁」を使用していること可能性が考えられる。
食品成分表(日本食品標準成分表2015年版(七訂))における糸引き納豆(普通の粒納豆)のV.B
12含有量は「Tr」、挽き割り納豆は「0」となっている。Tr(トレース)は含まれているが最小記載量に達していないこと、0は食品成分表の最小記載量の1/10未満又は検出されなかったことを表すため、普通の粒納豆にV.B
12が極微量ではあるが含まれており、他の有機的な栄養素の補助があることも関係して、ユーグレナ細胞の生育が可能であったと考えられる。したがって、納豆として挽き割り納豆よりも糸引き納豆を用いることが好ましい。
【0086】
ユーグレナにおけるV.B
12が要求される主な理由としては、メチオニン合成に必須であるとされ、培地中への微量のメチオニン添加によりV.B
12欠乏状態を緩和可能である。一方で、培地中に多量のメチオニンが存在すると、逆に増殖を阻害することも知られる。このため、納豆を培養液に含ませることにより、適量のメチオニン、もしくはメチオニン含有ペプチドが培養液に溶出し、それによりV.B
12欠乏下での増殖促進が達成された可能性も考えられる。
【0087】
なお、E.gracilisはCbl(コバラミン)制限培地(0.05μgCbl/mL培地(Koren−Hunter培地))で生育させると、容易にCbl制限細胞(10
6cell/mL)となり、培地中のCbl濃度に比例した生育を示すことが知られている(北岡正三郎、「ユーグレナ」、学会出版センター、1989年)。
【0088】
<試験2 ヨーグルトを利用した培養>
(試験2の試験方法)
試験2では、ヨーグルトを用いてユーグレナ細胞の培養を行った。
本試験ではKH培地で生育したユーグレナ細胞をサンプルとして使用した。試験管に総量10mLとなるように、精製水を用い、無調整牛乳または無調整豆乳を10vol%刻みで各々希釈分注した。ユーグレナ細胞を含む培養液100μL、V.B
1 2μL、V.B
12 0.5μLを各試験管に添加した。スターターとして、カスピ海ヨーグルト(おいしいカスピ海:グリコ社)または豆乳ヨーグルト(マルサンアイ株式会社製、製品名:豆乳グルト)を0.2g程度ずつ滴下し、シリコンゴム栓で密閉後、よく混合して27℃、光源として蛍光灯を用い、光強度35〜50μmol/m
2・秒で常時照射を行い、ユーグレナ細胞の生育の様子を観察した。
【0089】
(試験2の結果と考察)
ユーグレナは酸耐性があるため、乳酸菌との共生が可能である。乳酸菌が作り出す乳酸によって周囲環境のpHが低下する(pH4.1〜4.3)ため、保存性が高まると同時に、タンパク質の変性による凝固が起こる。
図7は、牛乳を基質としてカスピ海ヨーグルト(クレモリス菌)をスターターとした培地に、ユーグレナを植継いで9日経過した後の様子を示す写真である。
図7中の数字は、水:牛乳の比率(体積比)を示しており、左から右に向かって基質(牛乳)濃度が高くなっている。生育と牛乳の濃度には相関があり、牛乳濃度が30〜50vol%(水:牛乳が3:7〜5:5)の範囲において、ユーグレナ細胞の生育速度と生育量のバランスが良かった。また、当該牛乳濃度の範囲では、ヨーグルト飲料である、飲むヨーグルト程度の硬さに仕上がるため、ヨーグルト飲料として利用することが可能である(より高い基質濃度では通常のヨーグルトと同じ硬さに仕上がる)。ユーグレナはヨーグルト中でも、通常の液体培地で育てたときと同様の細胞形態(桿状)と運動性を示した。
【0090】
また、基質として豆乳を用い、スターターを豆乳ヨーグルト(植物性乳酸菌)とした場合も、ユーグレナ細胞の良好な生育が観察された(
図8は植継24日後の様子、図中の数字は、豆乳:水の比率(体積比)を示す)。ただし、豆乳の大豆固形成分は8〜10%が適しており、14%では固くなりすぎて、ユーグレナ細胞が試験管の底面に留まったままであった。ユーグレナ、豆乳及び豆乳ヨーグルトを用いて得られる植物性発酵食品は、ヴィーガンを対象とした、完全非動物性V.B
12含有ローフードとして用いることが可能である。また、豆乳を基質とした場合、牛乳を基質とした場合と比べて、ユーグレナ細胞の定常期における色が鮮やかであり、深い緑色を呈し、その状態が長く維持された。
【0091】
カスピ海ヨーグルトに含まれるクレモリス菌の生育至適温度は、30℃程度(ユーグレナの生育温度に近い)であるため、スターターとしてクレモリス菌を用いることが好ましい。クレモリス菌を用いた場合、基質は1日足らずで凝固が完了するのに対し、他の高温乳酸菌(至適温度40〜45℃)は、基質が凝固するまでに3日以上を要した(基質濃度が高いほど凝固速度が速かった)。なお、40〜45℃の温度領域においてヨーグルトの発酵を行った場合は、1日で凝固したが、ユーグレナは生育しなかった。
【0092】
ヨーグルトを用いた培地で生育を行う際、過剰に細胞濃度が高くなった場合や、長時間常温環境に置かれた場合に、不快臭を呈するようになった。不快臭の発生は、ユーグレナ細胞の生育を適切な段階で止めるか(低温で保存)、適切な香料を用いることで防止された。具体的には、バナナやコーヒー風味の豆乳を用いて生育させることで、臭いは抑制された。また、培地に含まれるヨーグルトが劣化すると、その色が白色から黄土色に変色した(
図8)が、冷蔵庫のような低温環境に置くことで長期間にわたり培地の劣化を防ぐことができた。冷蔵庫内(10〜15℃)で光照射を行って培養(光強度1.5〜35μmol/m
2・秒)すると、ユーグレナ細胞の生育速度が極めて遅く、培地の劣化も遅くなるため、品質管理(生育の管理)が可能であった。なお、KH培地の代わりにCM培地で生育したユーグレナ細胞の懸濁液をサンプルとして、培養を行った試験においても、ユーグレナ細胞の生育を確認した。
【0093】
<試験3 野菜飲料または果実飲料を利用した培養>
○実験1
実験1では、野菜飲料または果実飲料を用いてユーグレナ細胞の培養を行った。
野菜飲料であるトマトジュース(株式会社伊藤園製、製品名:理想のトマト)を用いた培養液の組成及び培養条件は表6のとおりである。また、V.B
12源として、煮干または海苔をトマトジュースに添加した。
【0094】
【表6】
【0095】
また、酸性を呈する果実飲料として、ブドウジュース、プルーンジュース、パイナップルジュース、オレンジジュース、リンゴジュースを用い、V.B
1、V.B
12を添加した。
【0096】
○結果と考察1
トマトジュースを用いた場合、V.B
1、V.B
12を添加しなくても、ユーグレナ細胞は特に良好な生育を示した(
図9)。トマトは食材として適用範囲が広いため、汎用性が高い培養方法である。また、トマトジュースを用いた場合、ユーグレナ細胞の対数増殖期(植継8日後)において、赤色から緑色への劇的な色相の変化が観察された。色相の変化は振盪培養した試料の方が、静置培養した試料よりも顕著であった。
【0097】
トマトジュースに煮干を添加した培地を用いた場合、赤色から黄色への色相の変化が観測され、その後24時間以内に濃い緑色を呈するようになった(
図10)。
【0098】
また、酸性を呈する果実飲料であるパインジュース、オレンジジュース、リンゴジュースの中においても、V.B
1、V.B
12を添加した場合、ユーグレナは良好な生育を示した。
【0099】
ブドウジュースやプルーンジュースを用いてユーグレナを培養すると、細胞が赤紫色に染まることが観察されたことから、ユーグレナはポリフェノールの一種であるアントシアニンによく染まることがわかった(
図11)。なお、カスピ海ヨーグルトに含まれる乳酸菌であるクレモリス菌も、アントシアニンによく染まるが、トマトのリコピンや、ニンジンのカロテンには目視できるほどは染まらなかった。
【0100】
ユーグレナは、野菜飲料や果実飲料の中で培養することにより、ポリフェノール等の抗酸化物質(色素)を積極的にその細胞内に蓄積させることができるため、栄養的付加価値の高いユーグレナを提供することができる。また、所望の色彩に対応した色素を含有する野菜又は果実を選択することで、ユーグレナ細胞を所望の色彩に染色することができる。
【0101】
さらに、アーモンドミルク、ココナッツミルク、アセロラジュース、プルーンジュース、甘酒、コーンスープ、ライスミルク、青汁、牛乳、豆乳、とろけるプリンの各種希釈溶液中においても、ユーグレナ細胞は良好な生育を示した(V.B
1、V.B
12添加)。
一方、メープルウォーター(カエデ樹液)、ココナッツウォーター中ではユーグレナ細胞の顕著な増殖は観察されなかった。
【0102】
○実験2
CM培地(初発pH3.5)を用い、ユーグレナ細胞を定常期まで生育させ、ユーグレナ細胞懸濁液を滅菌水にて3回洗浄した(6000rpm、5分、4℃)。
バイアル瓶(FSメディアバイアル(φ55×85)、型番:T−150)中で、トマトジュースと水(滅菌水)を以下の表7に示す体積比(vol%)で混合したものを生育培地とした。水の体積には、洗浄後の細胞懸濁液も含まれている。総量は100mLとした。
トマトジュースは「カゴメ トマトジュース 食塩無添加」を使用し、トマトジュースの開封はクリーンベンチ内で行い、オートクレーブ処理は行わずにそのまま使用した。
初期細胞密度は2.9×10
4(cell/mL)であった。
【0103】
【表7】
【0104】
各サンプルを、白色蛍光灯常時照射、光量40μmol/m
2・秒、温度25℃、バイアル瓶の蓋を軽く緩めて好気条件にて、9日間静置培養した。
【0105】
○結果と考察2
培養9日目における対数増殖期細胞密度を
図12に示す。
全てのサンプルでV.B
12を添加しないにも関わらず、10
6オーダーの細胞密度となり、良好な生育が得られることがわかった。静置培養した際のユーグレナ細胞の生育の特徴として、瓶内にトマトジュースの沈殿層(下層)と水槽(上層)ができ、その境界を中心として細胞が増殖した。
【0106】
○実験3
バイアル瓶(500mL)に、精製水100mL、V.B
1、V.B
12及び、撹拌子(φ8×30mm、型式:C8×30)を投入してオートクレーブ滅菌した。
V.B
1:0.5g/L×100μL=50μg(CM培地等量)
V.B
12:0.001g/L×250μL=0.25μg(CM培地等量)
【0107】
トマトジュース(株式会社伊藤園製、製品名:理想のトマト)をクリーンベンチ内で開封し、滅菌後のバイアル瓶にトマトジュース100mlを注入した。
CM培地(初発 pH3.5)で定常期まで生育させたユーグレナ細胞を、遠心分離機を用いて沈殿させた(6000rpm、5分、4℃)。上清を捨てた後、ユーグレナ細胞を滅菌水に懸濁してバイアル瓶に注入し、滅菌水にて500mLにメスアップした(基質食品:水=2:8の体積比に相当)。初期細胞密度は3.4×10
4(cell/mL)であった。 一連の作業はクリーンベンチ内の無菌環境にて行った。
【0108】
各サンプルを白色蛍光灯常時照射、光量10〜15μmol/m
2・秒、温度26℃、バイアル瓶の蓋を軽く緩めて好気条件で、スターラーで撹拌しながら15日間培養した。
細胞計数のためのサンプル採取はクリーンベンチ内で行い、培養10日まではバクテリア計算盤(サンリード硝子、型式A−161)を用い、11日以降はプランクトン計算板用いて計数を行った。
【0109】
○結果と考察3
図13に生育曲線を示す。培養7日目までは増加を示したが、それ以降は細胞密度の変動があり安定しなかったが、培養日数の経過とともに良好な生育が観察された。
【0110】
<試験4 ゲル状食品を利用した培養>
(試験4の試験方法)
試験4では、ゲル状食品を用いてユーグレナ細胞の培養を行った。
具体的には、豆乳希釈液を寒天やゼラチンで凝固させたもの、卵黄を加熱して凝固させた卵黄プディング、豆腐を培地として用いてユーグレナ細胞の培養を行った。
【0111】
豆乳:水=1:9(体積比)の豆乳希釈液を用い、寒天粉末0.2wt%とゼラチン粉末0.1w%を添加した試料(
図14左)と、寒天粉末0.2wtを添加した試料(
図14中央)を調製し、オートクレーブ滅菌後、ユーグレナ細胞の定常期CM培地懸濁液を50μL添加して8日培養した。
また、卵黄液を牛乳:水=7:3(体積比)混合液で希釈したものを加熱して卵黄プディング(
図14右)を調整し、オートクレーブ滅菌後、ユーグレナ細胞の定常期CM培地懸濁液を50μL添加して5日培養した。
【0112】
(試験4の結果と考察)
寒天やゼラチン中(豆乳希釈液)では、試験1〜3の場合と比べてユーグレナ細胞の生育速度が遅く、定常期における細胞密度も小さかった。顕微鏡観察を行った結果、ユーグレナ細胞が球状となり運動性は見られないことがわかった。寒天やゼラチンは、食品としての適用範囲が広いため、利用価値は高いと考えられる。また、食品への応用を考えると、ユーグレナ細胞が生育しすぎることが好ましくないこともある。本試験では、寒天やゼラチン中に必須ビタミンを添加していなかったが、必須ビタミンを添加することで、ユーグレナ細胞の生育が促進される。
【0113】
図14右は、卵黄のプディングに、ユーグレナ培養液をピペット刺突植継ぎしたもので、ピペットの軌跡と上面の液状部で良好な増殖が見られたが、卵黄プディング内(ゲル内)に浸透拡散して生育はしなかった。なお、卵黄を乳化剤としてアマニ油を乳化させたα-リノレン酸高含有マヨネーズ培地においても、良好な生育は観察されなかった(
図14左)。また、卵白希釈液を加熱によりゲル化した培地での生育も、同様に良好ではなかった(
図14中央)。
【0114】
豆腐を用いた培地では、周囲の水溶液、及び豆腐表面においてユーグレナ細胞の増殖が見られたが(
図15左)、豆腐を割るとその内部にも一様なユーグレナ細胞の増殖が観察された(
図15右)。納豆(試験1)、豆乳ヨーグルト(試験2)、豆乳(試験3)と同様に豆腐でもユーグレナ細胞が良好に生育し、鮮やかな緑色を呈したため、ユーグレナと大豆食品の相性は良好であることがわかった。
【0115】
<試験1〜4の考察>
各試験で取り扱った食品の中で、特に良好な生育を示したトマトジュース(無塩)、納豆(ひきわり納豆)、ヨーグルトの3食品について、ユーグレナのアミノ酸組成と比較した結果を
図16に示す。
図16の横軸の番号は、18種のアミノ酸を示し、下の表がその対応表である。図の縦軸は、各食品に含まれる18種のアミノ酸の総重量に対する、その食品中の各種アミノ酸18種個々の百分率を示す。(例:15グルタミン酸におけるトマトの含有率は大きいが、トマトの総アミノ酸量に対してであるため、絶対量の比較では納豆に劣る)。ユーグレナのアミノ酸組成は、財団法人日本食品分析センターの分析結果を利用した(http://www.eu-glena.net/eiyou/)。他の食品は、日本食品標準成分表2015年版(七訂)のアミノ酸成分表編 第2章 第1表 可食部100g当たりのアミノ酸成分表を参照した。「納豆、豆腐、豆乳」または「ヨーグルト、普通乳」はそれぞれほぼ同じ組成比率を示したので、代表として「納豆」、「ヨーグルト」を使用した。試験1〜4では各食品ごとに、適当な濃度に希釈して使用した。
【0116】
納豆とヨーグルトは、ユーグレナとほぼ等しいアミノ酸組成を示した。ユーグレナ自身のアミノ酸組成に近い食品である納豆やヨーグルトは、ユーグレナの増殖においてアミノ酸バランスがよい基質であるといえる。
一方、ユーグレナ細胞の生育が最も良好であったトマトは、グルタミン酸(15番)含有率が突出して多い(他の食品の2倍)のに対し、その他のアミノ酸はあまり含まれていない。ユーグレナ細胞の生育において、グルタミン酸は炭素源としても、窒素源としても利用可能である。したがって、グルタミン酸が豊富に含まれていることは、ユーグレナ細胞の生育に有利であることを示している。さらに、ユーグレナ細胞の生育に対して、抑制的に作用するイソロイシン、ロイシン、フェニルアラニン、チロシン(1、2、6、7番)の含有率が少ないことも、トマトジュースを用いた培地において良好な生育を示した原因と考えられる。また、トマトに含まれるリコピンは対数増殖期に急速に分解され、その後長期に渡って培養液の色が良好に維持されたことから、リコピンがユーグレナ細胞の生育に及ぼす影響は大きいと考えられる。また、V.B
12欠乏を補う何らかの物質がトマトの成分に存在していることが示唆された。
【0117】
以上、試験1〜4では、栄養素の少ないCM培地で生育させたユーグレナ細胞を、培地となる食品の1%以下の割合になるよう植継いだサンプルにおける経過を観察した。これはユーグレナ細胞の生育に大きな負荷をかけた条件を採用することで、各食品中におけるユーグレナ細胞の生育様式の差を顕著にするという意図によるものであった。したがって、ユーグレナ細胞を培地となる食品へと植継ぐ量を適切に増加させることで、試験1〜4で得られた以上の生育速度でユーグレナ細胞を定常期へ成長させることが可能である。
【0118】
<試験5 飲料を利用した培養>
試験5では、野菜飲料、果実飲料及びその他の飲料を用いてユーグレナ細胞の培養を行った。
【0119】
(試験5の試験方法)
(1)オートクレーブ滅菌したラボランスクリュー管瓶(No.5、20mL)に、V.B
1(チアミン塩酸塩)およびV.B
12(シアノコバラミン)を添加した。
V.B
1:0.5g/L×3μL=1.5μg(CM培地等量)
V.B
12:0.1g/L×0.75μL=0.075μg(KH培地等量)
各試薬は精製水に溶解し、熱による損傷を防ぐため、オートクレーブ滅菌は行わなかった。
【0120】
(2)スクリュー管瓶内に、基質となる各種飲料(非加熱)、精製水をオートクレーブした滅菌水、細胞懸濁液を投入した。
基質となる各種飲料と滅菌水の体積比は以下のとおりとした。
・トマトジュース:滅菌水=4:6
・ココナッツウォーター:滅菌水=14:1
・メープルウォーター:滅菌水=14:1
・ブドウジュース(濃):滅菌水=7:3
・にんじんジュース(濃):滅菌水=7:3
・その他飲料:滅菌水=3:7
滅菌水にはユーグレナ細胞懸濁液も含まれており、ユーグレナ細胞は滅菌水で2回洗浄した(遠心分離条件:6000rpm、5分、4℃)。
【0121】
基質となる飲料をスクリュー管瓶に注入し、滅菌水を総量の8分目程度まで入れて軽く撹拌した。洗浄済のユーグレナ細胞懸濁液を注入し、滅菌水で15mLにメスアップした。基質となる飲料が高濃度の場合、ユーグレナ細胞にダメージを与える可能性があるため、希釈した飲料を用いた。滅菌水でメスアップした後、スクリュー管瓶の蓋を閉めて軽く撹拌した。
各試料の初期細胞密度は1.6×10
4cell/mLとした。
【0122】
(3)作成した各試料のスクリュー管瓶の蓋を緩め、好気条件、で静置培養した。
光照射培養条件:白色蛍光灯常時照射、光量100μmol/m
2・秒、温度26℃
暗所培養条件:暗所にて、温度23℃
【0123】
上記(1)及び(2)の操作はクリーンベンチ内で行った。
植継元のユーグレナ細胞の培養はCM培地(初発pH3.5)を用いて行った。対比例として用いたCM培地のみの試料の初発pHも3.5とした。
【0124】
(試験5の結果と考察)
各試料を光照射培養条件または暗所培養条件で培養し、定常期(培養を開始して11日経過した時)における細胞密度を測定した結果を
図17に示す。
【0125】
ほぼ全ての試料において、光照射培養条件において、暗所培養条件よりもユーグレナ細胞の密度が高くなる傾向があった。特に、トマト、オレンジ、パイン、ブドウ、にんじん、グレープフルーツ、プルーンで良好な生育が確認された。
また、暗所培養条件で培養を行った場合、ユーグレナ細胞は緑色を呈さず白色を呈したことから、基質食品の色相を大きく変化させることなく、食品の栄養を強化できるというメリットがあることがわかった。
【0126】
次に、各試料の明暗条件を入れ替えて、培養を継続し、明暗条件を入れ替えて15日経過した時の細胞密度を測定した。結果を
図18及び19に示す。
図18は、定常期まで暗所培養条件で培養を行った後に、光照射培養条件で培養を行った際の各種試料における細胞密度を示している。
光照射培養条件に切り替えて1.5日程度で各試料の色が白色から緑色に変化した。特に、柑橘系のパイン、オレンジ、グレープフルーツ、及びトマトでは緑色への変化が早かったが、リンゴではほとんど緑色を呈さなかった。トマトを用いた試料においてユーグレナ細胞が良い成長を示したが、トマトにはグルタミン酸やリコピンが豊富であることに起因すると考えられる。また、甘酒はV.B
1、V.B
2、グルコースが豊富である。
【0127】
図19は、定常期まで光照射培養条件で培養を行った後に、暗所培養条件で培養を行った際の各種試料における細胞密度を示している。
光照射培養条件から暗所培養条件に切り替えることで、各試料の色が鮮やかな緑色からくすんだ緑色へと変化したが、白色にはならなかった。
【0128】
<試験6 滅菌飲料培地における培養>
試験6では、オートクレーブ滅菌した飲料含有培地用い、「明もしくは暗」かつ、「開放もしくは密閉」の各組合せによる生育条件でユーグレナ細胞を定常期まで増殖させ、ユーグレナ細胞密度の計測と官能検査(テイスティング)を行い、光や、容器の気密性がユーグレナの生育に及ぼす影響を検討した。
【0129】
(試験6の試験方法)
(1)オートクレーブ滅菌したスクリュー管瓶(No.5,φ27×55mm)に、V.B
1(チアミン塩酸塩)およびV.B
12(シアノコバラミン)を下記の量添加した(サンプル溶液総量は15mLとした)。
V.B
1:0.5g/L×3μL=1.5μg(CM培地等量)
V.B
12:0.1g/L×0.75μL=0.075μg(KH培地等量)
各試薬は精製水に溶解し、熱による損傷を防ぐため、オートクレーブ滅菌は行わなかった。
【0130】
(2)飲料は、ブドウジュース、パインジュース、リンゴジュース、甘酒、にんじんジュース、トマトジュース、オレンジジュース、プルーンジュースを用いた。
トマトジュースについては、滅菌水との体積比が、トマトジュース:滅菌水=3:7と、トマトジュース:滅菌水=4:6の2種類を用意した。
基質となる飲料を投入し、スクリュー管瓶に半分程度(10mL)まで精製水を加え、スクリュー管瓶の蓋を締め、高圧蒸気滅菌器(アルプ株式会社製,型式:KT−2322)を用いて、121℃、20分間、オートクレーブ滅菌した。ここで、オートクレーブ時に香気成分の散逸、及び混入を防ぐためにスクリュー管瓶の蓋を締めた。なお、他の試験においても、オートクレーブ滅菌処理は当該条件にて行った。
【0131】
(3)ユーグレナ細胞をCM培地(初発pH3.5)にて定常期まで生育させた。ユーグレナ細胞懸濁液を、滅菌水を用いて2回洗浄した(6000rpm、5分、4℃)。滅菌した各培地に洗浄した細胞を添加して、滅菌水で15mLにメスアップした。
初期細胞密度は1.1×10
4cell/mLであった。
一連の作業はクリーンベンチ内の無菌環境にて行った。
【0132】
(4)各サンプル毎に「光照射・開放」、「光照射・密閉」、「暗所・開放」、「暗所・密閉」4種類の生育条件にて、9日間静置培養した。
・光照射条件:白色蛍光灯常時照射、光量100μmol/m
2・秒、温度26℃
・暗所培養条件:暗所にて、温度23℃
・開放条件:スクリュー管瓶の蓋を軽く緩めた
・密閉条件:スクリュー管瓶蓋を固く締めた
【0133】
(試験6の結果と考察)
各サンプルを所定の条件で培養し、定常期(培養を開始して11日経過した時)における細胞密度を測定した結果を
図20に示す。
図20のグラフを
図17のグラフと比較すると、オートクレーブ滅菌処理の有無によって、定常期におけるユーグレナ細胞密度は大きく変わらないことがわかった。よって、衛生面を考慮して食品含有培地をオートクレーブ滅菌処理することは有益であるといえる。
【0134】
トマト以外のサンプルでは、「光照射・密閉」条件においても「光照射・開放」条件とほぼ等しい良好な生育が得られた。トマトの「光照射・密閉」の細胞密度は、その値自体が他のサンプルに比べて大きいので、良好な生育が得られたと言える。
全てのサンプルにおいて、ユーグレナ細胞は運動性を示し、生存が確認されたため、ユーグレナ細胞が生きた状態で栄養が強化された食品組成物の提供が可能である。
【0135】
目視による培養液外観の細胞の色は、密閉もしくは開放に関わらず光照射条件で緑色、暗所条件で白色を呈していた。培養後の各サンプルの官能試験の結果、食味及び香りは共に不快なものではなく、食するに適していた。
【0136】
全てのサンプルに共通の傾向として、ユーグレナ細胞の増殖が進むにつれて、元の基質飲料と比べて酸味が弱くなり、角が取れたまろやかな甘さを呈するようになった。この傾向はユーグレナ細胞密度が大きくなる「光照射」の条件において顕著であった。基質となる飲料の香りによって、ユーグレナ藻体の臭いがマスクされたが、臭いのマスクは、ユーグレナ細胞密度が小さい「暗所・密閉」条件において顕著であった。
【0137】
培養後に基質飲料とは異なる香りを呈したサンプルとして、「光照射・密閉」条件におけるトマトは缶詰のみかんの香りを呈していた。また、甘酒はすずらんの花の香り、オレンジは金柑香りを呈していた。なおブドウとパインは基質飲料とほぼ同じ香りを呈していた。
【0138】
以上より、基質飲料(基質食品)の特性(色、食味、香り)を残したい場合は、「暗所・密閉」条件で培養を行うとよい。また、ユーグレナの特性やユーグレナの細胞密度を高めたい場合は、「光照射、密閉」条件で培養を行うとよい。
【0139】
食品を含有する培地をオートクレーブ滅菌処理しても、ユーグレナが適切に増殖したことから、他の微生物の増殖を防止することができる。
また、一般的な飲料製品で用いられている密閉容器においても、ユーグレナが適切に増殖したことから、生きたユーグレナ細胞を含有する栄養強化飲料製品を密閉容器の形態で提供することが可能である。
【0140】
<試験7 ワイン又はブドウジュースを利用した培養>
試験7では、ブドウ果汁を含有するワイン又はブドウジュースを含む培地を用いてユーグレナ細胞の培養を行った。
【0141】
(試験7の試験方法)
ワインは「おいしい酸化防止剤無添加ワイン(ふくよかで濃い)、KIRIN製」を使用し、所定量のワインを培養容器に注入し、湯煎にてアルコールを除去した。
ブドウジュースは「赤葡萄(名古屋製酪株式会社製)」を使用した。
30mLサンプルの容器(スクリュー管No.6、φ30×65)、または50mLサンプルの容器(FSメディアバイアル、φ40×75、型式:T−50」を培養容器として使用した。
各培養容器にV.B
1(CM培地等量)、V.B
12(KH培地等量)を添加し、水を5分目程度まで入れてオートクレーブした。
各サンプルの配合を表8に示す(表中の水には細胞懸濁液も含まれる)。
【0142】
【表8】
【0143】
CM培地(初発pH3.5)を用い、定常期まで生育させたユーグレナ細胞を、遠心分離機を用いて沈殿させた(6000rpm、5分、4℃)。上清を捨てた後、ユーグレナ細胞を滅菌水に懸濁して培養容器に注入した。滅菌水にて所定の総量にメスアップした。初期細胞密度は1.5×10
4cell/mLであった。
【0144】
各サンプルを白色蛍光灯常時照射、光量40μmol/m
2・秒、温度26℃、バイアル瓶の蓋を軽く緩めて好気条件にて、静置培養した。
ワイン培地における細胞密度測定は、プランクトン計算板を用い、培養9日目に行った。
【0145】
(試験7の結果と考察)
各サンプルの生育曲線を
図21に、ワイン培地における培養9日目の細胞密度を
図22に示す。
アルコールを除去した場合、ワインを含有する培地においても、ブドウ果汁液同様の良好な生育が得られることがわかった。一方、ブドウジュースで培養を行うと、ワインのような芳香を呈し、藻体の臭いがマスクされた。
なお、ワインの濃度についてはワイン:水の体積比が3:7の場合に最も良い生育が得られ、他の果汁飲料と同様の傾向を示した。
【0146】
<試験8 果実飲料によるユーグレナ細胞の染色>
試験8では、果実飲料としてブドウジュースを用いた培養液を用いてユーグレナ細胞を培養し、ユーグレナ細胞の色相を観察した。
【0147】
(試験8の試験方法)
培地として、CM培地、体積比がブドウジュース:水=3:7の培地、体積比がブドウジュース:水=7:3の培地を用い、ユーグレナ細胞の培養を1日間行った。
ブドウジュースを用いて培養したユーグレナ細胞の洗浄は、遠心分離条件8000rpm、5分、5℃にて、滅菌水で2回洗浄した。
【0148】
バクテリア計算盤(サンプル厚さ20μm)を用いることで光路長を短くし、背景色の紫色が強調されないようにして、洗浄した後のユーグレナ細胞を観察した。
結果を
図23に示す。
【0149】
ブドウジュース:水=3:7の培養液で培養を行った後のユーグレナ細胞では、洗浄前は紫色に染色された部分が細胞内に均一に分散していたが、洗浄(遠心分離)後の細胞では、染色部が局在化していたことから、染色部と非染色部で比重がことなっていることがわかった。どの細胞も形状は球もしくは楕円体で、ゆっくりとした伸縮運動をしていた。
【0150】
ブドウジュース:水=7:3の培養液で培養を行った後のユーグレナ細胞では、細胞全体が染色されており、細胞は桿状で運動性が低下していた。
また、CM培地で培養を行った後のユーグレナ細胞は緑色を呈していた。
【0151】
以上の結果から、果実飲料を用いてユーグレナ細胞の培養を行うと、ブドウジュースに含まれるアントシアニンにより、細胞の染色を行うことが可能であることがわかった。
【0152】
<試験9 野菜搾汁液を用いた培養>
試験9では、野菜搾汁液を用いた培養液を用いてユーグレナ細胞を培養した。
(試験9の試験方法)
(1)赤パプリカのへたと種を除去し、ホールスロージューサー(Kuvings製,型式:JSG−621)を用いて搾汁した。茶漉しを用いて、赤パプリカ搾汁液の固形成分を除去した。
オートクレーブ滅菌したスクリュー管瓶(No.5,φ27×55mm)に、V.B
1(チアミン塩酸塩)およびV.B
12(シアノコバラミン)を下記の量添加した(サンプル溶液総量は15mLとした)。
V.B
1:0.5g/L×2μL=1.0μg(CM培地等量)
V.B
12:0.001g/L×50μL=0.05μg(KH培地等量)
【0153】
赤パプリカ搾汁液を各スクリュー管瓶に注入した。総体積の10%から100%まで、10%毎に異なる搾汁液濃度となるように調整した。
スクリュー管瓶の半分程度(10mL弱)まで精製水を注入し、蓋を締めて、高圧蒸気滅菌器(アルプ株式会社製,型式:KT−2322)を用いて、121℃、20分間、オートクレーブ滅菌した。
【0154】
(2)滅菌後の培養液に、CM培地で定常期まで生育させたユーグレナ細胞懸濁液を添加し、10mLに滅菌水でメスアップした。
初期細胞密度は6.3×10
3cell/mLであった。
【0155】
白色蛍光灯常時照射、光量45μmol/m
2・秒の光照射条件、温度26℃で12日間静置培養した。
【0156】
(試験9の結果と考察)
図24に、培養6日目における、ユーグレナ細胞の生育状態を示す(図中の数字は搾汁液:水の体積比を表している)。また、
図25は、培養3日目(左)から1日おきの培養液の色の変化を示している(サンプルは搾汁液:水=1:9,2:8,3:7)。さらに、
図26において培養12日後のユーグレナ生育状態を示す。
図27は培養12日後の培養液中のユーグレナの細胞密度を示す。
【0157】
全てのサンプルでユーグレナ細胞の増殖が観察されたが、市販の飲料の場合と同様に「基質食品:水」の比率が「3:7」又は「4:6」において初期の良好な生育が得られた。一方で、より高濃度の搾汁液の方が最終細胞濃度は高くなった。従って、すぐに食品として提供する場合には基質食品(搾汁液):水の比率が3:7〜4:6の範囲であることが特に好ましく、より提供までより長期間かかる場合には、4:6〜10:0の範囲の濃度で搾汁液を調製することが好ましい。また、全ての搾汁液濃度でトマトと同様に培養液の劇的な色の変化が観察された。赤パプリカに含まれる赤い色素は、主にキサントフィル類のカプサンチンに由来し、トマトに含まれるリコピンと同様に高い抗酸化力を有するため、ユーグレナに含まれる栄養成分と併せて栄養強化食品組成物を提供可能である。