特開2019-88900(P2019-88900A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2019-88900(P2019-88900A)
(43)【公開日】2019年6月13日
(54)【発明の名称】椎間板治療用組成物
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/20 20060101AFI20190524BHJP
【FI】
   A61L27/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
【全頁数】36
(21)【出願番号】特願2019-27933(P2019-27933)
(22)【出願日】2019年2月20日
(62)【分割の表示】特願2018-507084(P2018-507084)の分割
【原出願日】2017年1月27日
(31)【優先権主張番号】特願2016-58396(P2016-58396)
(32)【優先日】2016年3月23日
(33)【優先権主張国】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(71)【出願人】
【識別番号】000181147
【氏名又は名称】持田製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100149010
【弁理士】
【氏名又は名称】星川 亮
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】須藤 英毅
(72)【発明者】
【氏名】辻本 武尊
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 倫政
(72)【発明者】
【氏名】清水 賢
(72)【発明者】
【氏名】伊佐次 三津子
【テーマコード(参考)】
4C081
【Fターム(参考)】
4C081AB04
4C081AB05
4C081BA12
4C081BB08
4C081BC02
4C081CC05
4C081CD04
4C081CE02
4C081DA14
4C081DA15
(57)【要約】      (修正有)
【課題】椎間板の髄核の再生を促進することが可能な髄核補填用組成物を提供する。
【解決手段】対象の髄核部位に適用し、適用後に一部分を硬化するように用いられ、髄核部位への適用時に流動性を有する、低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有する、椎間板の髄核補填用組成物が提供される。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象の髄核部位に適用し、適用後に一部分を硬化するように用いられ、髄核部位への適用時に流動性を有する、低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有する、椎間板の髄核補填用組成物。
【請求項2】
前記組成物の硬化を、前記組成物の表面の少なくとも一部分に架橋剤を接触させることで行う、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記組成物の髄核部位への適用を、椎間板表面の組成物の充填口を介して行い、前記組成物の一部分の硬化を、椎間板表面の組成物の充填口に架橋剤を接触させることで行う、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
前記組成物の一部分の硬化が、髄核部位への充填と同様の架橋剤の使用方法および使用比率を用いて、本明細書の実施例4に準じて、in vitroで、直径6mmの試験管に低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム500μLおよび架橋剤を充填して1時間静置後に、試験管内の組成物の容量の少なくとも5割が21Gの注射針をつけたシリンジで吸引できることで示される、請求項1〜3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項5】
前記組成物の髄核部位への適用を、髄核の少なくとも一部を除去することで形成した髄核欠損部に、前記組成物を適用することで行う、請求項1〜4のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項6】
前記流動性を有する組成物の見掛け粘度が、コーンプレート型粘度計を用いた20℃の条件での測定により、100mPa・s〜30000mPa・sである、請求項1〜5のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項7】
前記低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩は、GPC−MALS法により測定された重量平均分子量(絶対分子量)が8万以上である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項8】
前記組成物は、低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩の濃度が0.5w/w%〜5w/w%である、請求項1〜7のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項9】
前記組成物は、前記対象の髄核部位に適用する前に、前記組成物を硬化させる量の架橋剤を含有しない、請求項1〜8のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項10】
前記流動性を有する組成物は、組成物を20℃で1時間静置した後に、21Gの注射針で注入できる流動性を有する、請求項1〜9のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項11】
前記組成物は、細胞を含有しない、請求項1〜10のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項12】
架橋剤が2価以上の金属イオン化合物である、請求項2〜11のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項13】
前記組成物が、椎間板変性および/または椎間板損傷の治療、予防または再発抑制のために用いられる、請求項1〜12のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項14】
前記椎間板変性および/または椎間板損傷が、椎間板ヘルニア、椎間板症、脊椎変性辷り症、化膿性椎間板炎、変形性脊椎症、脊柱管狭窄症、及び椎間板損傷からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項13に記載の組成物。
【請求項15】
前記組成物が、髄核部位への適用前に乾燥状態または溶液状態である、請求項1〜14のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項16】
前記乾燥状態の低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩が、凍結乾燥体である、請求項15に記載の組成物。
【請求項17】
請求項1ないし16のいずれか1項に記載の組成物、および架橋剤を少なくとも含む、椎間板の髄核補填用キット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、椎間板治療用組成物、特には、椎間板の髄核補填用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
脊椎は、椎骨が連なる棒状の骨格であり、体幹および頭部を支える。椎骨と椎骨は、椎骨間にある椎間板によって連結されている。椎間板は、円板状の無血管組織であり、髄核を中心にして周りを線維輪が取り巻き、さらに上下に終板が配置された構造をしている。椎間板の髄核は、髄核細胞とその細胞外マトリクスから構成され、水分を多く含むゲル状の弾力に富む構造物であり、椎体間にかかる圧を吸収するクッションの役割を果たす。線維輪は、層状構造の線維軟骨とそれを取り巻くコラーゲンの層からできており、椎体間の回転運動を制限する。終板は、硝子軟骨組織であり、椎間板と椎体を強固に連結する。
【0003】
椎間板の中心部に位置する髄核は、線維輪や終板、また他の軟骨組織と比較して特徴的な組成を有する。すなわち、髄核の細胞外マトリックスの主成分は、水分(70〜90%;加齢に伴い低下)、タイプIIコラーゲン(乾燥重量の20%)、プロテオグリカン(乾燥重量の50%)であり、終板や関節軟骨などの他の軟骨組織と比較して、コラーゲンに対するプロテオグリカンの割合が高い、という特徴をもつ(非特許文献1)。一方、関節軟骨など他の軟骨組織の細胞外マトリックスは、プロテオグリカンと比較してコラーゲンの割合が高い。椎間板のショック吸収体としての機能は、その豊富な水分含量に負うところが大きい。こうした豊富な水分は、主としてプロテオグリカンのコア蛋白に結合しているグリコサミノグリカンが陰性に荷電し、水分を引き寄せていることによって維持されている。また、椎間板に存在するプロテオグリカンの構造と大きさは、関節軟骨に存在するプロテオグリカンと異なり、特に髄核のプロテオグリカンはその差が顕著であったことが開示されている(非特許文献2)。
【0004】
椎間板の髄核、線維輪、及び終板は、それぞれ異なる構造及び機能を持ち、それぞれ異なる表現型をもつ細胞群により維持されている。髄核に存在する髄核細胞は、円形で、プロテオグリカン豊富なマトリックスを作り出している。線維輪に存在する細胞はコラーゲンファイバーマトリックスに包まれている。このような椎間板内の細胞は、それぞれ表現型が異なり、また、関節軟骨細胞と比較しても、表現型の差異があることが近年報告されている(非特許文献1)。
【0005】
椎間板は、加齢、外傷、疾病などにより変性、損傷が生じる。椎間板の変性は、椎間板の細胞数、水分含有量、細胞外マトリックス(タイプIIコラーゲン、アグリカンなど)等が低下している状態であり、進行すると椎間板のショック吸収体としての機能が果たせなくなる。椎間板変性および椎間板損傷は、具体的には、椎間板ヘルニア、椎間板症、脊椎変性辷り症、化膿性椎間板炎、変形性脊椎症、脊柱管狭窄症、外傷などによる椎間板損傷などである。例えば、椎間板ヘルニアでは、髄核を覆う線維輪が変形または亀裂を生じることによってヘルニアを形成して椎間板外へ突出し、突出した髄核が、脊髄神経を圧迫し、痛み、麻痺などを引き起こす。
【0006】
椎間板ヘルニアに対する治療の一つに椎間板髄核摘出(切除)術があり、一定の効果が確認されている。しかしながら、椎間板髄核摘出(切除)術では、椎間板髄核摘出術後の手術部位に処置を施さないため、椎間板の変性変化が進行することがあることが知られている。椎間板髄核摘出術で髄核の一部を取り除くと、髄核部位に空洞(本明細書において「欠損部」ともいう)ができる。髄核には自己修復能及び再生能がほとんどないため、髄核の空洞は物理的にも弱くなりやすい。また、空洞部分には、線維芽様細胞が集積して本来の髄核とは力学的特性の異なる組織が形成されることがある。このため、椎間板髄核摘出術後は、ヘルニアの再発率が高い。椎間板髄核摘出後の5年以内の再発率は4〜15%程度といわれているが、最近の長期データでは10年後には過半数に再発することが分かってきた。ヘルニアが再発すると再手術が必要になるが、脊髄神経は、1回目の手術後に形成された瘢痕組織の中に埋没しており、脊髄神経の位置を確認することが困難となる。たとえ脊髄神経の位置を確認できても瘢痕は厚く硬くなっているので脊髄神経と周囲の組織との間を分離することは極めて困難となる。再手術では、極めて難しい技術を要求される。このため、椎間板髄核摘出術後に、ヘルニアが再発せず、瘢痕化しない手術方法の確立が求められている。
【0007】
椎間板疾患に対する治療の試みとして、例えば、髄核又は線維輪を除去することなく、椎間板のスペースへ高分子電解質材料(polyelectrolyte materials)を導入する治療方法が提案され、その高分子電解質の多数ある具体例のひとつとしてアルギネートが挙げられている(特許文献1)。また、グリコサミノグリカン等の軟骨保護材料を必要とする部位へ注入することを含む椎間板の機能を高める方法が提案されており、その軟骨保護材料の多数ある具体例のひとつにアルギン酸ナトリウムの両親媒性誘導体が挙げられている(特許文献2)。また、制酸剤を椎間板へ注入するためのデバイスが開示されている(特許文献3)。制酸剤を注入することに加え、任意で椎間板のフィラーを注入してもよいとされ、フィラーの多数ある具体例のひとつとしてカルシウム又はバリウムで架橋したアルギネートが挙げられている(特許文献3)。しかし、これらの文献では、多数ある具体例のひとつとしてこれらが挙げられているにすぎず、その具体的な使用方法や使用例は記載されていない。
【0008】
また、髄核補填材料として、アルギン酸塩などのハイドロゲルが検討されている。アルギン酸塩などのハイドロゲルを髄核補填材料として用いる場合には、その機械的強度が問題とされ、in vivoで用いられたとき一定期間形状が保たれるものが推奨され、硬度の高いほうがよいと考えられていた(非特許文献3〜9)。
【0009】
ここで、アルギン酸塩を、関節、胸郭壁、椎間板、半月板などの軟骨の再生に利用することが提案されている(特許文献4〜5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】米国特許出願公開第2007/0150060号明細書
【特許文献2】米国特許出願公開第2003/0069639号明細書
【特許文献3】米国特許出願公開第2009/0082719号明細書
【特許文献4】国際公開第2008/102855号
【特許文献5】国際公開第2013/027854号
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Journal of Anatomy(2012)221,p.480−496
【非特許文献2】Journal of Orthopaedic Research(1989)7, p.146−151
【非特許文献3】Eur Spine J (2007) 16, p.1892−1898
【非特許文献4】Osteoarthritis and Cartilage (2009) 17, p.1377−1384
【非特許文献5】Journal of the Mechanical Behavior of Biomedical Materials (2014) 29, p.56−67
【非特許文献6】Journal of the Mechanical Behavior of Biomedical Materials (2011) 4, p.1196−1205
【非特許文献7】Acta Biomateria (2014) 10, p.1646−1662
【非特許文献8】Spine J (2013) 13(3), p.243−262
【非特許文献9】Materials Science and Engineering 63 (2016) p.198−210
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記状況において、本発明の課題は、椎間板の髄核の再生を促進することが可能な髄核補填用組成物を提供することである。また、充填操作が比較的簡便で、脊髄神経の圧迫などの合併症の恐れの少ない髄核補填用組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、椎間板変性や椎間板損傷の治療方法として、生体適合性材料による髄核補填の可能性を検討した。従来、この治療分野において、特に、髄核補填材料としてアルギン酸塩などのハイドロゲルを用いることが検討される場合には、ハイドロゲルの機械的強度が問題とされ、in vivoで用いられたときにも一定期間形状が保持されることが推奨されていた。しかし、本発明者らは、逆に、低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムを含む組成物をゾル状態で髄核部位に注入し、漏出を防ぐために椎間板の表面の組成物の充填口に架橋剤を接触させて組成物の一部を硬化させることにより、椎間板髄核の変性を抑制し、髄核再生に好ましいタイプIIコラーゲン陽性細胞の割合を増加させ、椎間板髄核の再生を促進することを見出した。また、線維輪も含めた椎間板組織全体の変性も抑制することを見出した。
本発明者らは、このような知見に基づきさらに検討を重ね、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
[1] 対象の髄核部位に適用し、適用後に一部分を硬化するように用いられ、髄核部位への適用時に流動性を有する、低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有する、椎間板の髄核補填用組成物。
[1A] 低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有し、髄核部位への適用時に流動性を有する、対象の髄核部位への適用後に一部分を硬化するように用いられる、椎間板の髄核補填用組成物。
[2] 前記組成物の硬化を、前記組成物の表面の少なくとも一部分に架橋剤を接触させることで行う、上記[1]または[1A]に記載の組成物。
[3] 前記組成物の髄核部位への適用を、椎間板表面の組成物の充填口を介して行い、前記組成物の一部分の硬化を、椎間板表面の組成物の充填口に架橋剤を接触させることで行う、上記[1]〜[2]のいずれか1項に記載の組成物。
[4] 前記組成物の髄核部位への適用を、髄核の少なくとも一部を除去することで形成した髄核欠損部に、前記組成物を適用することで行う、上記[1]〜[3]のいずれか1項に記載の組成物。
[5] 前記流動性を有する組成物の粘度が、100mPa・s〜30000mPa・sである、上記[1]〜[4]のいずれか1項に記載の組成物。
[5A] 前記流動性を有する組成物の見掛け粘度が、コーンプレート型粘度計を用いた20℃の条件での測定により、100mPa・s〜30000mPa・sである、上記[1]〜[4]のいずれか1項に記載の組成物。
[6] 前記低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩は、GPC−MALS法により測定された重量平均分子量が8万以上である、上記[1]〜[5A]のいずれか1項に記載の組成物。
[6A] 前記低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩は、GPC−MALS法により測定された重量平均分子量(絶対分子量)が8万以上である、上記[1]〜[5A]のいずれか1項に記載の組成物。
[7] 前記組成物は、低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩の濃度が0.5w/v%〜5w/v%である、上記[1]〜[6A]のいずれか1項に記載の組成物。
[7A] 前記組成物は、低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩の濃度が0.5w/w%〜5w/w%である、上記[1]〜[6A]のいずれか1項に記載の組成物。
[8] 前記組成物は、前記対象の髄核部位に適用する前に、前記組成物を硬化させる量の架橋剤を含有しない、上記[1]〜[7A]のいずれか1項に記載の組成物。
[9] 前記組成物は、細胞を含有しない、上記[1]〜[8]のいずれか1項に記載の組成物。
[10] 架橋剤が2価以上の金属イオン化合物である、上記[2]〜[9]のいずれか1項に記載の組成物。
[10A] 2価以上の金属イオン化合物がCa2+、Mg2+、Ba2+、Sr2+からなる群より選ばれる少なくとも1つの金属イオン化合物である、上記[10]に記載の組成物。
[11] 前記組成物が、椎間板変性および/または椎間板損傷の治療、予防または再発抑制のために用いられる、上記[1]〜[10A]のいずれか1項に記載の組成物。
[12] 前記椎間板変性および/または椎間板損傷が、椎間板ヘルニア、椎間板症、脊椎変性辷り症、化膿性椎間板炎、変形性脊椎症、脊柱管狭窄症、及び椎間板損傷からなる群から選択される少なくとも1種である、上記[11]に記載の組成物。
[13] 前記組成物が、髄核部位への適用前に乾燥状態である、上記[1]〜[12]のいずれか1項に記載の組成物。
[13A] 前記組成物が、髄核部位への適用前に乾燥状態または溶液状態である、上記[1]〜[12]のいずれか1項に記載の組成物。
[14] 前記乾燥状態の低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩が、凍結乾燥体である、上記[13]または[13A]に記載の組成物。
[14A] 前記組成物の一部分の硬化が、髄核部位への充填と同様の架橋剤の使用方法および使用比率を用いて、本明細書の実施例4に準じて、in vitroで、直径6mmの試験管に低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム500μLおよび架橋剤を充填して1時間静置後に、試験管内の組成物の容量の少なくとも5割が21Gの注射針をつけたシリンジで吸引できることで示される、上記[1]〜[14]のいずれか1項に記載の組成物。
[14B] 前記流動性を有する組成物は、組成物を20℃で1時間静置した後に、21Gの注射針で注入できる流動性を有する、上記[1]〜[14A]のいずれか1項に記載の組成物。
[15] 上記[1]ないし[14B]のいずれか1項に記載の組成物、および架橋剤を少なくとも含む、椎間板の髄核補填用キット。
[16] 椎間板変性および/または椎間板損傷の治療、予防または再発抑制のための方法であって、
低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有し、流動性を有する組成物を、前記治療、予防または再発抑制を必要とする対象の椎間板の髄核部位に適用し、
適用した前記組成物の一部分を硬化することを含む、前記方法。
[17] 前記椎間板変性および/または椎間板損傷が、椎間板ヘルニア、椎間板症、脊椎変性辷り症、化膿性椎間板炎、変形性脊椎症、脊柱管狭窄症、及び椎間板損傷からなる群から選択される少なくとも1種である、上記[16]に記載の方法。
[18] 椎間板変性および/または椎間板損傷の治療、予防または再発抑制のための組成物を製造するための低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩の使用であって、
前記組成物が、対象の髄核部位に適用され、適用後に一部分を硬化するように用いられ、髄核部位への適用時に流動性を有する、前記使用。
[19] 前記椎間板変性および/または椎間板損傷が、椎間板ヘルニア、椎間板症、脊椎変性辷り症、化膿性椎間板炎、変形性脊椎症、脊柱管狭窄症、及び椎間板損傷からなる群から選択される少なくとも1種である、上記[18]に記載の使用。
[20] 低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有し、流動性を有する組成物を、椎間板変性および/または椎間板損傷の治療、予防または再発抑制を必要とする対象の椎間板の髄核部位に適用し、適用した組成物の一部を硬化する、椎間板変性および/または椎間板損傷の治療、予防または再発抑制において使用されるための低エンドトキシンアルギン酸の1価の金属塩。
【発明の効果】
【0015】
本発明は、椎間板の髄核の再生を促進することが可能な髄核補填用組成物を提供する。本発明の組成物によれば、椎間板髄核のみならず線維輪も含めた椎間板組織全体の変性変化も抑制することも可能となる。また、本発明の組成物は、髄核におけるタイプIIコラーゲン陽性の硝子軟骨様細胞の割合を増加させる効果を有する。
【0016】
本発明の好ましい態様の1つでは、本発明の組成物は、椎間板ヘルニア等の椎間板変性に関する疾患、あるいは外傷などによる椎間板損傷等の予防、治療、または再発抑制において、髄核補填材料として用いることができる。
【0017】
また、本発明の好ましい態様の組成物は、ゾル状態でシリンジ等を用いて髄核部位に注入することが可能であり、また、直視下のみならず、経皮的髄核摘出術(約5mmの切開)、顕微鏡下(約3〜4 cmの切開)および内視鏡下(約1〜2cmの切開)での充填も可能となるため、患者の負担を軽減でき、手技も比較的簡便である。
【0018】
さらに、全体をゲル化した従来の髄核補填材料では、万一脊柱管内に突出した場合に、脊髄神経を圧迫し障害する恐れがあるが、本発明のさらに好ましい態様の組成物は、表面のみをゲル化するため、そのような合併症の心配も少なく安全である。
【0019】
本発明の特に好ましい態様の組成物は、椎間板髄核摘出(切除)術後のヘルニアの再発や、瘢痕化を防ぐことができる。また、本発明の好ましい態様の1つでは、椎間板変性および/または椎間板損傷のある椎間板髄核に本発明の組成物を適用して治療することにより、治療した椎間板に隣接する椎間板の負担も軽減され、隣接する椎間板の変性を予防および/または軽減することが可能となる。
【0020】
本発明の組成物は、上記のいずれか1以上の効果を満たす。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】血清飢餓開始後6時間後、48時間後の生細胞率を示す。A群:低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム;およびB群:食品グレードアルギン酸ナトリウム。
図2】血清飢餓開始後6時間後、48時間後のアポトーシス細胞率を示す。A群:低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム;およびB群:食品グレードアルギン酸ナトリウム。
図3】術後4週における、Pfirrmann分類による椎間板組織の評価結果を示すグラフである。正常コントロール群、吸引単独群、および治療群(A−1群およびA−2群)。
図4】術後4週における、MRI indexによる椎間板組織の評価結果を示すグラフである。吸引単独群、および治療群(A−1群およびA−2群)。
図5】術後4週における、椎間板変性の重症度の組織学的評価結果を示すグラフである。正常コントロール群、吸引単独群、および治療群(A−1群およびA−2群)。
図6】(A)術後4週の椎間板組織標本の染色写真を示す。正常コントロール群、吸引単独群、および治療群(A−2群)。 (B)術後12週の椎間板組織標本の染色写真を示す。正常コントロール群、吸引単独群、および治療群(A−2群)。
図7】術後4週と12週における、椎間板組織切片中の細胞数に対する抗Type IIcollagen抗体陽性細胞率を示すグラフである。正常コントロール群、吸引単独群、および治療群(A−2群)。
図8】ヒツジ 術後4週における、改変されたBoos分類による評価結果を示すグラフである。正常コントロール群、髄核摘出群、および治療群。*P<0.05、**P<0.01。
図9】ヒツジ 術後4週における椎間板高インデックスによる評価結果を示すグラフである。正常コントロール群、髄核摘出群、および治療群。*P<0.05。
図10】ヒツジ 術後4週における椎間板組織切片中の細胞中に対する抗Type II collagen抗体陽性細胞率を示すグラフである。正常コントロール群、髄核摘出群、および治療群。*P<0.05。
図11】術後4週時における椎間板髄核のヒドロキシプロリン(HYP)に対する硫酸化グリコサミノグリカン(GAG)の割合を示す。髄核摘出群、治療群、正常コントロール群、および関節軟骨。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明について詳細に説明する。

1.本発明の組成物
本発明は、椎間板の髄核補填に好ましく用いられる組成物に関する。
本発明の組成物は、対象の髄核部位に適用し、適用後に一部分を硬化するように用いられ、髄核部位への適用時に流動性を有する、低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有する、椎間板の髄核補填用組成物である(本明細書において、「本発明の組成物」という場合がある)。
【0023】
「低エンドトキシン」、「アルギン酸の1価金属塩」は、後述の通りである。
【0024】
「椎間板」は、脊椎に連なる椎骨と椎骨との間にある円柱状の組織である。椎間板は、円板状の無血管組織であり、髄核を中心にして周りを線維輪が取り巻き、さらに上下に終板が配置された構造をしている。
【0025】
「髄核」は、椎間板の中心に存在するゲル状の組織であり、髄核細胞と、主にプロテオグリカンとII型コラーゲンで構成される細胞外基質と、水を主として含有する。髄核には、自己修復能・再生能がほとんどないと考えられている。
【0026】
「髄核補填」とは、加齢、外傷、感染、およびそれらに対する外科的手術(例えば、椎間板髄核摘出(切除)術)などにより、変性、縮小、または除去した髄核の変性分、縮小分、または除去分を補填することをいう。なお、本明細書において「髄核充填」の語は、「髄核補填」と同じ意味で用いられ、本発明の「髄核補填用組成物」は「髄核充填用組成物」と同義である。
【0027】
「髄核部位」とは、髄核が存在する部位、髄核の変性若しくは縮小が生じている部位、又は、髄核の少なくとも一部を除去することで形成された髄核の欠損部をいい、髄核が存在する部位の周辺部も含む。
【0028】
「対象」は、ヒト、またはヒト以外の生物、例えば、トリおよび非ヒト哺乳動物(例えば、ウシ、サル、ネコ、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ブタ、イヌ、ウサギ、ヒツジ、およびウマ)である。
【0029】
「適用」とは、本発明の組成物を椎間板の髄核部位の変性分、縮小分、除去分、欠損部などを埋めるのに十分な量で髄核部位に充填することを意味する。
【0030】
「一部分を硬化する」とは、後述の通りである。
【0031】
「低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有する」とは、本発明の組成物が、適用された髄核部位において、髄核を再生するのに十分な量の低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有することを意味する。
【0032】
「流動性を有する」とは、後述の通りである。
【0033】
「椎間板変性および/または椎間板損傷」、「治療、予防または再発抑制」とは、後述の通りである。
【0034】
本発明の組成物は、溶媒を用いて溶液状態で提供されてもよいし、凍結乾燥体(特には、凍結乾燥粉体)などの乾燥状態で提供されてもよい。乾燥状態として提供される場合、本発明の組成物は、適用時には溶媒を用いて、溶液状などの流動性を有する状態で使用される。溶媒は、生体へ適用可能な溶媒であれば特に限定されないが、例えば、注射用水、精製水、蒸留水、イオン交換水(または脱イオン化水)、ミリQ水、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)などが挙げられる。好ましくは、ヒトおよび動物の治療に用いることが可能な注射用水、蒸留水、生理食塩水などである。
【0035】
2.アルギン酸の1価金属塩
「アルギン酸の1価金属塩」は、アルギン酸の6位のカルボン酸の水素原子を、NaやKなどの1価金属イオンとイオン交換することでつくられる水溶性の塩である。アルギン酸の1価金属塩としては、具体的には、アルギン酸ナトリウム、アルギン酸カリウムなどを挙げることができるが、特には、市販品により入手可能なアルギン酸ナトリウムが好ましい。アルギン酸の1価金属塩の溶液は、架橋剤と混合したときにゲルを形成する。
【0036】
本発明に用いる「アルギン酸」は、生分解性の高分子多糖類であって、D−マンヌロン酸(M)とL−グルロン酸(G)という2種類のウロン酸が直鎖状に重合したポリマーである。より具体的には、D−マンヌロン酸のホモポリマー画分(MM画分)、L−グルロン酸のホモポリマー画分(GG画分)、およびD−マンヌロン酸とL−グルロン酸がランダムに配列した画分(MG画分)が任意に結合したブロック共重合体である。アルギン酸のD−マンヌロン酸とL−グルロン酸の構成比(M/G比)は、主に海藻等の由来となる生物の種類によって異なり、また、その生物の生育場所や季節による影響を受け、M/G比が約0.4の高G型からM/G比が約5の高M型まで高範囲にわたる。
【0037】
アルギン酸の1価金属塩は高分子多糖類であり、分子量を正確に定めることは困難であるが、分子量が低すぎると粘度が低くなり、適用した部位の周辺組織への密着性が弱くなる恐れがあり、また、分子量が高すぎるものは製造が困難であるとともに、溶解性が低下する、溶液状にした際に粘度が高すぎて取扱いが悪くなる、長期間の保存で物性を維持しにくい等の問題を生じるため、一般的に重量平均分子量で1万〜1000万、好ましくは2万〜800万、より好ましくは5万〜500万の範囲である。本明細書において、「〜」を用いて示された数値範囲は、「〜」の前後に記載される数値をそれぞれ最小値および最大値として含む範囲を示す。
【0038】
一方、天然物由来の高分子物質の分子量測定では、測定方法により値に違いが生じうることが知られている。例えば、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)又はゲルろ過クロマトグラフィー(これらを合わせてサイズ排除クロマトグラフィーともいう)により測定した重量平均分子量は、本発明の実施例で示された効果によれば、好ましくは10万以上、より好ましくは50万以上であり、また好ましくは、500万以下、より好ましくは300万以下である。その好ましい範囲は、10万〜500万であり、より好ましくは50万〜350万である。
【0039】
また、例えば、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)と多角度光散乱検出器(Multi Angle Light Scattering:MALS)とを組み合わせたGPC−MALS法によれば、絶対重量平均分子量を測定することができる。GPC−MALS法により測定した重量平均分子量(絶対分子量)は、本発明の実施例で示された効果によれば、好ましくは1万以上、より好ましくは8万以上、さらに好ましくは9万以上であり、また好ましくは、100万以下、より好ましくは80万以下、さらに好ましくは70万以下、とりわけ好ましくは50万以下である。その好ましい範囲は、1万〜100万であり、より好ましくは8万〜80万であり、よりさらに好ましくは9万〜70万、とりわけ好ましくは9万〜50万である。
【0040】
通常、高分子多糖類の分子量を上記のような手法で算出する場合、10〜20%以上の測定誤差を生じうる。例えば、40万であれば32〜48万、50万であれば40〜60万、100万であれば80〜120万程度の範囲で値の変動が生じうる。
【0041】
アルギン酸の1価金属塩の分子量の測定は、常法に従い測定することができる。
分子量測定にゲル浸透クロマトグラフィーを用いる場合の代表的な条件は、本明細書の実施例に記載のとおりである。カラムは、例えば、GMPW−XL×2+G2500PW−XL(7.8mm I.D.×300mm)を用いることができ、溶離液は、例えば、200mM硝酸ナトリウム水溶液とすることができ、分子量標準としてプルランを用いることができる。
【0042】
分子量測定にGPC−MALSを用いる場合の代表的な条件は、本明細書の実施例に記載のとおりである。検出器として、例えば、RI検出器と光散乱検出器(MALS)を用いることができる。
【0043】
アルギン酸の1価金属塩は、褐藻類から抽出された当初は、分子量が大きく、粘度が高めだが、熱による乾燥、精製などの過程で、分子量が小さくなり、粘度は低めとなる。製造工程の温度等の条件管理、原料とする褐藻類の選択、製造工程における分子量の分画などの手法により分子量の異なるアルギン酸の1価の金属塩を製造することができる。さらに、異なる分子量あるいは粘度を持つ別ロットのアルギン酸の1価金属塩と混合することにより、目的とする分子量を有するアルギン酸の1価金属塩とすることも可能である。
【0044】
本発明に用いられるアルギン酸の1価金属塩は、好ましくは、アルギン酸の1価金属塩をMilliQ水に溶解して1w/w%濃度の溶液とし、コーンプレート型粘度計を用いて、20℃の条件で、粘度測定を行ったときの見掛け粘度が、40mPa・s〜800mPa・sであることが好ましく、より好ましくは、50mPa・s〜600mPa・sであることが望ましい。見掛け粘度の測定条件は、後述の条件に従うことが望ましい。なお、本明細書において「見掛け粘度」を単に「粘度」という場合がある。
【0045】
本発明に用いるアルギン酸は、天然由来でも合成物であってもよいが、天然由来であるのが好ましい。天然由来のアルギン酸としては、例えば、褐藻類から抽出されるものを挙げることができる。アルギン酸を含有する褐藻類は世界中の沿岸域に繁茂しているが、実際にアルギン酸原料として使用できる海藻は限られており、南米のレッソニア、北米のマクロシスティス、欧州のラミナリアやアスコフィラム、豪のダービリアなどが代表的なものである。アルギン酸の原料となる褐藻類としては、例えば、レッソニア(Lessonia)属、マクロシスティス(Macrocystis)属、ラミナリア(Laminaria)属(コンブ属)、アスコフィラム(Ascophyllum)属、ダービリア(Durvillea)属、アラメ(Eisenia)属、カジメ(Ecklonia)属などがあげられる。
【0046】
3.低エンドトキシン処理
本発明で用いるアルギン酸の1価金属塩は、低エンドトキシンのアルギン酸の1価金属塩である。低エンドトキシンとは、実質的に炎症、または発熱を惹起しない程度にまでエンドトキシンレベルが低いことをいう。より好ましくは、低エンドトキシン処理されたアルギン酸の1価金属塩であることが望ましい。
【0047】
低エンドトキシン処理は、公知の方法またはそれに準じる方法によって行うことができる。例えば、ヒアルロン酸ナトリウムを精製する、菅らの方法(例えば、特開平9−324001号公報など参照)、β1,3−グルカンを精製する、吉田らの方法(例えば、特開平8−269102号公報など参照)、アルギネート、ゲランガム等の生体高分子塩を精製する、ウィリアムらの方法(例えば、特表2002−530440号公報など参照)、ポリサッカライドを精製する、ジェームスらの方法(例えば、国際公開第93/13136号パンフレットなど参照)、ルイスらの方法(例えば、米国特許第5589591号明細書など参照)、アルギネートを精製する、ハーマンフランクらの方法(例えば、Appl Microbiol Biotechnol (1994)40:638−643など参照)等またはこれらに準じる方法によって実施することができる。本発明の低エンドトキシン処理は、それらに限らず、洗浄、フィルター(エンドトキシン除去フィルターや帯電したフィルターなど)によるろ過、限外ろ過、カラム(エンドトキシン吸着アフィニティーカラム、ゲルろ過カラム、イオン交換樹脂によるカラムなど)を用いた精製、疎水性物質、樹脂または活性炭などへの吸着、有機溶媒処理(有機溶媒による抽出、有機溶剤添加による析出・沈降など)、界面活性剤処理(例えば、特開2005−036036号公報など参照)など公知の方法によって、あるいはこれらを適宜組合せて実施することができる。これらの処理の工程に、遠心分離など公知の方法を適宜組み合わせてもよい。アルギン酸の種類などに合わせて適宜選択するのが望ましい。
【0048】
エンドトキシンレベルは、公知の方法で確認することができ、例えば、リムルス試薬(LAL)による方法、エントスペシー(登録商標)ES−24Sセット(生化学工業株式会社)を用いる方法などによって測定することができる。
【0049】
本発明の組成物に含有されるアルギン酸の1価金属塩のエンドトキシンの処理方法は特に限定されないが、その結果として、アルギン酸の1価金属塩のエンドトキシン含有量が、リムルス試薬(LAL)によるエンドトキシン測定を行った場合に、500エンドトキシン単位(EU)/g以下であることが好ましく、さらに好ましくは、100EU/g以下、とりわけ好ましくは50EU/g以下、特には30EU/g以下である。低エンドトキシン処理されたアルギン酸ナトリウムは、例えば、Sea Matrix(登録商標)(持田製薬株式会社)、PRONOVATMUP LVG(FMC BioPolymer)など市販品により入手可能である。
【0050】
4.アルギン酸の1価金属塩の溶液の調製
本発明の組成物は、アルギン酸の1価金属塩の溶液を用いて調製してもよい。アルギン酸の1価金属塩の溶液は、公知の方法またはそれに準じる方法により調製することができる。すなわち、本発明で用いられるアルギン酸の1価金属塩は、前述の褐藻類を用いて、酸法、カルシウム法など公知の方法により製造することができる。具体的には、例えば、これらの褐藻類から、炭酸ナトリウム水溶液などのアルカリ水溶液を用いて抽出した後、酸(例えば、塩酸、硫酸など)を添加することによってアルギン酸を得ることができ、アルギン酸のイオン交換によりアルギン酸の塩を得ることができる。前述のとおり、低エンドトキシン処理を行う。アルギン酸の1価金属塩の溶媒は、生体へ適用可能な溶媒であれば特に限定されないが、例えば、精製水、蒸留水、イオン交換水、ミリQ水、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)などが挙げられる。これらは、滅菌されていることが好ましく、低エンドトキシン処理されたものが好ましい。例えば、ミリQ水をろ過滅菌して用いることができる。
【0051】
本発明の組成物が、凍結乾燥体などの乾燥状態で提供される場合にも、上記の溶媒を用いて流動性のある溶液に調製することができる。
また、本発明の組成物を得るための操作は全てエンドトキシンレベル、および、細菌レベルの低い環境下で行うことが望ましい。例えば、操作はクリーンベンチで、滅菌器具を使用して行うことが好ましく、使用する器具を市販のエンドトキシン除去剤で処理してもよい。
【0052】
5.本発明の組成物の見掛け粘度
本発明のいくつかの態様の組成物は、流動性のある液体状、すなわち、溶液状である。本発明の組成物は、髄核部位への適用時に流動性を有する。本発明の態様の1つでは、好ましくは、本発明の組成物は、組成物を20℃で1時間静置した後に、21Gの注射針で注入できる流動性を有する。この態様の本発明の組成物の見掛け粘度は、本発明の効果が得られれば、特に限定されないが、粘度が低すぎると適用した部位の周辺組織への密着性が弱くなる恐れがあるため、好ましくは10mPa・s以上、より好ましくは100mPa・s以上、さらに好ましくは200mPa・s以上、とりわけ好ましくは500mPa・s以上である。見掛け粘度が高すぎると取扱性が悪くなる恐れがあるため、好ましくは50000mPa・s以下、より好ましくは20000mPa・s以下であり、さらに好ましくは10000mPa・s以下である。見掛け粘度が20000mPa・s以下のときシリンジ等での適用がより容易に行える。しかし、見掛け粘度が20000mPa・s以上であっても加圧型や電動型の充填器具やその他の手段を用いて適用可能である。本発明の組成物の好ましい範囲は、10mPa・s〜50000mPa・s、より好ましくは、100mPa・s〜30000mPa・s、さらに好ましくは200mPa・s〜20000mPa・s、またさらに好ましくは500mPa・s〜20000mPa・s、とりわけ好ましくは700mPa・s〜20000mPa・sである。別の好ましい態様では、500mPa・s〜10000mPa・s、あるいは2000mPa・s〜10000mPa・sであってもよい。本発明のいくつかの態様の組成物は、シリンジ等で対象に適用することもできる粘度である。
【0053】
アルギン酸類の水溶液などアルギン酸の1価金属塩を含有する組成物の見掛け粘度の測定は、常法に従い測定することができる。例えば、回転粘度計法の、共軸二重円筒形回転粘度計、単一円筒形回転粘度計(ブルックフィールド型粘度計)、円すい−平板形回転粘度計(コーンプレート型粘度計)等を用いて測定することができる。好ましくは、日本薬局方(第16版)の粘度測定法に従うことが望ましい。本発明において粘度測定は20℃の条件で行うことが望ましい。後述のように本発明の組成物が細胞など溶媒に溶解しないものを含有する場合には、粘度測定を正確に行うため、組成物の見掛け粘度は、細胞などを含有しない状態の見掛け粘度とすることが好ましい。
【0054】
本発明においては、アルギン酸の1価金属塩を含有する組成物の見掛け粘度の測定は、特に、コーンプレート型粘度計を用いて測定することがより望ましい。例えば、以下のような測定条件で測定することが望ましい。試料溶液の調製は、MilliQ水を用いて行う。測定温度は20℃とする。コーンプレート型粘度計の回転数は、アルギン酸1価金属塩の1%溶液測定時は1rpm、2%溶液測定時は0.5rpmとし、これを目安にして決定する。読み取り時間は、アルギン酸1価金属塩の1%溶液測定の場合は2分間測定し、開始1分から2分までの平均値とする。2%溶液測定の場合は2.5分間測定し、開始0.5分から2.5分までの平均値とする。試験値は3回の測定の平均値とする。
【0055】
本発明の組成物の見掛け粘度は、例えば、アルギン酸の1価金属塩の濃度、分子量、又はM/G比等を制御することにより調整することができる。
【0056】
アルギン酸の1価金属塩の溶液の見掛け粘度は、溶液中のアルギン酸1価金属塩濃度が高い場合に粘度が高く、濃度が低い場合に粘度が低くなる。またアルギン酸1価金属塩の分子量が大きい場合に粘度が高く、分子量が小さい場合に粘度が低くなる。
【0057】
アルギン酸の1価金属塩の溶液の見掛け粘度は、M/G比によって影響を受けるため、例えば、溶液の粘度等により好ましいM/G比を有するアルギン酸を適宜選択することができる。本発明に用いるアルギン酸のM/G比は、約0.1〜5.0であり、好ましくは約0.1〜4.0、より好ましくは約0.2〜3.5である。
【0058】
前述のように、M/G比が主に海藻の種類によって決まることなどから、原料として用いられる褐藻類の種類はアルギン酸の1価金属塩の溶液の粘度に影響を及ぼす。本発明で用いられるアルギン酸としては、好ましくは、レッソニア属、マクロシスティス属、ラミナリア属、アスコフィラム属、ダービリア属の褐藻由来であり、より好ましくはレッソニア属の褐藻由来であり、特に好ましくはレッソニア・ニグレッセンズ(Lessonia nigrescens)由来である。
【0059】
6.本発明の組成物の調製
本発明の組成物は、低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を有効成分として含有することを特徴とする。本発明者らは、低エンドトキシンアルギン酸1価金属塩を生体の髄核部位に充填した場合に、アルギン酸の1価金属塩自体が髄核組織の再生または治療効果を発揮することを初めて見出した。有効成分として含有するとは、低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩が患部に適用された際に、髄核組織の再生または治療効果を発揮できる量で含有されていればよく、少なくとも、組成物全体の0.1w/v%以上であることが好ましく、より好ましくは0.5w/v%以上、さらに好ましくは、1w/v%である。本発明の組成物中の好ましいアルギン酸の1価金属塩濃度は、分子量の影響を受けるので、一概にはいえないが、好ましくは0.5w/v%〜5w/v%、より好ましくは1w/v%〜5w/v%であり、さらに好ましくは、1w/v%〜3w/v%で、とりわけ好ましくは1.5w/v%〜2.5w/v%である。また、別の態様では、本発明の組成物中のアルギン酸の1価金属塩濃度は、好ましくは、0.5w/w%〜5w/w%、より好ましくは1w/w%〜5w/w%であり、さらに好ましくは、1w/w%〜3w/w%で、とりわけ好ましくは1.5w/w%〜2.5w/w%であってもよい。
【0060】
好ましいエンドトキシンレベルを示すまで精製したアルギン酸の1価金属塩を用いて、上記のように組成物を作製した場合には、組成物のエンドトキシン含有量は、通常、500EU/g以下であり、より好ましくは300EU/g以下、さらに好ましくは150EU/g以下であり、とりわけ好ましくは100EU/g以下である。
【0061】
本発明の組成物は、細胞を含有しないことが好ましい。
本発明の別のいくつかの態様の組成物は、細胞を用いる。
細胞としては、例えば、髄核細胞、幹細胞、間質細胞、間葉系幹細胞、骨髄間質細胞などが挙げられ、由来は特に限定されないが、椎間板髄核、骨髄、脂肪組織、臍帯血などを挙げることができる。また、細胞として、ES細胞およびiPS細胞を挙げることもできる。
【0062】
「細胞を用いる」とは、必要に応じて、椎間板髄核、骨髄、脂肪組織、臍帯血などから目的とする細胞を回収し濃縮する処理や、培養して量を増やす処理を行い、調製した細胞を本発明の組成物に添加することを言う。具体的には、例えば、1×10個/ml以上、または1×10個/ml以上、好ましくは、1×10個/ml〜1×10個/mlの細胞を本発明の組成物に含有させることを言う。細胞は市場から入手して用いてもよい。
【0063】
本発明の組成物は、細胞の成長を促進する因子を含ませることもできる。そのような因子としては、例えば、BMP、FGF、VEGF、HGF、TGF−β、IGF−1,PDGF,CDMP(cartilage-derived-morphogenetic protein),CSF,EPO、IL、PRP(Platelet Rich Plasma)、SOXおよびIF等が挙げられる。これらの因子は、組み換え法により製造してもよく、あるいは蛋白組成物から精製してもよい。尚、本発明のいくつかの態様の組成物は、これらの成長因子を含まない。成長因子を含まない場合でも、髄核の再生は十分に良好であるし、積極的に細胞の成長を促す場合と比較してより安全性も高い。
【0064】
本発明の組成物は、細胞死を抑制する因子を含ませることもできる。細胞死を引き起こす因子としては、例えば、Caspase、TNFα等が挙げられ、これらを抑制する因子としては、抗体やsiRNA等が挙げられる。これらの細胞死を抑制する因子は、組み換え法により製造してもよく、あるいは蛋白組成物から精製してもよい。尚、本発明のいくつかの態様の組成物は、これらの細胞死を抑制する因子を含まない。細胞死を抑制する因子を含まない場合でも、髄核の再生は十分に良好であるし、積極的に細胞死を抑制する場合と比較してより安全性も高い。
【0065】
尚、本発明の1つの態様では、本発明の組成物は、低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩以外に、椎間板の髄核組織に対し薬理作用を発揮する成分を含まない。低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩のみを有効成分として含有する組成物においても、充分な髄核の再生または治療効果を発揮しうる。
【0066】
本発明のいくつかの態様では、必要に応じて、他の医薬活性成分や、慣用の安定化剤、乳化剤、浸透圧調整剤、緩衝剤、等張化剤、保存剤、無痛化剤、着色剤等、通常医薬に用いられる成分を本発明の組成物に含有させることもできる。
【0067】
7.本発明の組成物の硬化
本発明の組成物は、髄核部位への適用後に一部分を硬化するように用いられる。
「一部分を硬化する」とは、流動性を有する本発明の組成物の一部分に架橋剤を接触させて、架橋剤と接触した組成物の全体ではなく一部分をゲル化し、固めることをいう。好ましくは、流動性を有する本発明の組成物の表面の少なくとも一部分に架橋剤を接触させることで本発明の組成物の一部分を硬化する。本発明のいくつかの態様では、「組成物を髄核部位への適用後に一部分を硬化させる」とは、髄核部位への充填と同様の架橋剤の使用方法および使用比率を用いて、本明細書の実施例4に準じて、in vitroで、直径6mmの試験管に低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム500μLおよび架橋剤を充填して1時間静置後に、試験管内の組成物の容量の少なくとも5割はゲル化しておらず、ゲル化していない部分は、試験管内の組成物の容量の少なくとも5割が21Gの注射針をつけたシリンジで吸引できることで示されてもよい。組成物が髄核部位への充填後にもこのような性状を示すことにより、充填後に椎間板の頭尾側から圧縮力をかけた場合でも組成物が逸脱することがないと考えられる。「組成物の表面の少なくとも一部分」は、例えば、髄核へつながる椎間板の表面の開口部であり、好ましくは、髄核部位に組成物を適用するのに使用した椎間板の表面の開口部、すなわち組成物の充填口である。組成物の表面の少なくとも一部分をゲル化して固めることで、椎間板から組成物が漏れ出すのを効果的に防ぐことができる。椎間板表面の組成物の充填口は、例えば、椎間板の表面にシリンジの針やメスで作製した組成物の充填に用いられた開口部、あるいは、椎間板ヘルニア摘出時にメス等により作製された椎間板表面の開口部であることが好ましい。この態様における椎間板とは好ましくは線維輪である。
【0068】
本発明の組成物は、好ましくは、対象の髄核部位に適用する前に、組成物を硬化させる量の架橋剤を含有しない。このため、本発明の組成物には、一定時間経過後も組成物を硬化させない量の架橋剤が含まれていてもよい。ここでの一定時間とは、特に限定されないが、好ましくは30分〜12時間程度である。「組成物を硬化させる量の架橋剤を含有しない」ことは、例えば、組成物を20℃で1時間静置した後に、21Gの注射針をつけたシリンジで注入できることで示されてもよい。本発明のいくつかの態様の組成物には、架橋剤が含まれていない。
【0069】
架橋剤としては、アルギン酸の1価金属塩の溶液を架橋することにより、その表面を固定化することができるものであれば、特に限定されない。架橋剤として、例えば、Ca2+、Mg2+、Ba2+、Sr2+などの2価以上の金属イオン化合物、分子内に2〜4個のアミノ基を有する架橋性試薬などが挙げられる。より具体的には、2価以上の金属イオン化合物として、CaCl、MgCl、CaSO、BaCl等を、分子内に2〜4個のアミノ基を有する架橋性試薬として、窒素原子上にリジル(lysyl)基(−COCH(NH)−(CH−NH)を有することもあるジアミノアルカン、すなわちジアミノアルカンおよびそのアミノ基がリジル基で置換されてリジルアミノ基を形成している誘導体が包含され、具体的にはジアミノエタン、ジアミノプロパン、N−(リジル)−ジアミノエタン等を挙げることができるが、入手しやすいこと、ゲルの強度等の理由から、特に、CaCl溶液とするのが好ましい。
【0070】
本発明のいくつかの態様の1つでは、本発明の組成物の表面に架橋剤を接触させるタイミングは、好ましくは、本発明の組成物を髄核部位へ適用した後である。本発明の組成物の一部分に架橋剤(例えば、2価以上の金属イオン)を接触させる方法としては、特に限定されないが、例えば、シリンジ、噴射器(スプレー)などで、2価以上の金属イオンの溶液を組成物表面にかける方法などを挙げることができる。例えば、架橋剤は、ゆっくりと数秒〜10数秒、椎間板に形成された組成物の充填口にかけ続けてもよい。その後は、必要に応じて、充填口付近に残存する架橋剤を除去する処理を加えてもよい。架橋剤の除去は、例えば、生理食塩水等による適用部位の洗浄であってもよい。
【0071】
架橋剤の使用量は、本発明の組成物の適用量、椎間板表面の組成物の充填口の大きさ、椎間板の髄核の適用部位サイズ、などを考慮して適宜調節するのが望ましい。組成物の充填口の周囲組織に架橋剤の影響を強く及ぼさないためには、架橋剤の使用量を過剰にならないよう調節する。2価以上の金属イオンの使用量としては、アルギン酸の1価金属塩を含有する組成物の表面を固めることができる量であれば、特に限定されない。しかし、例えば、100mMのCaCl2溶液を用いる場合には、椎間板の表面の充填口が直径1mm程度の場合には、CaCl2溶液の使用量は0.3ml〜5.0ml程度であることが好ましく、より好ましくは0.5ml〜3.0ml程度である。椎間板表面の充填口が椎間板ヘルニア摘出時にメス等により作製され、辺縁が5mm×10mm程度の場合には、100mMのCaCl2溶液の使用量は、0.3ml〜10ml程度であることが好ましく、より好ましくは、0.5ml〜6.0ml程度である。適用部位における本発明の組成物の状態を見ながら、適宜増減できる。
【0072】
架橋剤にカルシウムが含まれる場合、カルシウムの濃度が高い方が、ゲル化が早く、また、より硬いゲルを形成することができることが知られている。しかし、カルシウムには細胞毒性があるため、濃度が高すぎると、本発明の組成物の椎間板の髄核再生作用に悪影響を及ぼす恐れもある。そこで、アルギン酸の1価金属塩を含有する組成物の表面を固めるのに、例えばCaCl2溶液を用いる場合には、好ましくは、25mM〜200mM、より好ましくは、50mM〜150mMの濃度とするのが望ましい。
【0073】
本発明においては、好ましくは、組成物に架橋剤を添加後、一定時間静置した後に、添加した部位に残存する架橋剤を洗浄などにより除去することが望ましい。静置する一定時間は特に限定されないが、好ましくは、約1分間以上、より好ましくは約4分間以上静置して組成物の表面をゲル化させることが望ましい。あるいは、約1分〜約10分間、より好ましくは約4分〜約10分間、約4分間〜約7分間、さらに好ましくは約5分間静置することが好ましい。この一定時間の間は、組成物と架橋剤とを接触させた状態にすることが望ましく、組成物の液面が乾かないように、架橋剤を適宜追加してもよい。
【0074】
例えば、アルギン酸ナトリウム溶液をCaCl2溶液中に滴下し、ゲル化して作成したものにアルギン酸ビーズがある。しかし、アルギン酸ビーズは、適用部位に押し付けて適用する必要があるが、適用部位の大きさにあったものを作成する必要があり、実際の臨床で使うには、技術的に困難である。また、CaCl2溶液を架橋剤として用いた場合、ビーズ表面のCaイオンが周囲組織に接触するため、カルシウムの細胞毒性の問題もある。これに対して、本発明の組成物は、溶液状であるから、いずれの形状の適用部位へも容易に適用することができるし、適用部位の全体を本組成物で覆うことができ、周囲組織への密着性も良い。本発明の組成物の周囲組織に接触する部分は、カルシウム濃度を低く保つことが可能であり、カルシウムの細胞毒性の問題も少ない。本発明の組成物の周囲組織に接触する部分は、架橋剤の影響が少ないから、本発明の組成物は、容易に適用部位の細胞や組織にコンタクトできる。好ましくは、本発明の組成物は、髄核部位に適用した後、約4週間も経過すれば、適用した部位において識別できなくなるほど生体の組織と融合し、生体への親和性も高い。
【0075】
本発明の組成物を髄核部位に適用する際に、架橋剤により一部分をゲル化させると、本発明の組成物は患部で一部分が硬化し、周囲組織に密着した状態で局在し、髄核部位からの漏出を防ぐことができる。加えて、本発明の組成物が周囲組織に密着することにより、本発明の組成物の髄核再生効果がより強力に発揮される。
【0076】
本発明の実施例において、比較例として、髄核部位へ充填した補填材全体をゲル化させ硬化させた場合には、椎間板に頭尾側から圧縮力をかけると椎間板表面の組成物充填口から硬化ゲルが逸脱する現象がみられた。一方、本発明の溶液状の組成物を髄核部位に充填した場合には、頭尾側から圧縮力をかけた場合にも椎間板表面の充填口からの逸脱はなかった。すなわち、実際に本発明の組成物により髄核補填を行った場合、椎間板に対する上下からの圧力に対しても、補填した組成物が漏れ出る恐れが低いといえる。
【0077】
また、硬化したゲルを髄核部位へ充填する場合には、硬化したゲルが脊柱管内に突出し、重大な神経障害を引き起こす危険性がある。一方、本発明の溶液状の組成物は、そのような危険性は低く、合併症発症の危険が低い。
【0078】
8.本発明の組成物の適用
本発明の組成物は、ヒト、またはヒト以外の生物、例えば、トリおよび非ヒト哺乳動物(例えば、ウシ、サル、ネコ、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ブタ、イヌ、ウサギ、ヒツジ、およびウマ)の椎間板の髄核部位に適用し、髄核の再生を促進するために用いられる。
【0079】
本発明の組成物の形態は、好ましくは流動性のある液体状、すなわち、溶液状である。本発明において「流動性を有する」とは、その形態を不定形に変化させる性質を持つことを意味し、例えば溶液のように、常に流れ動く性質を持つことを必要としない。好ましくは、例えば、組成物をシリンジなどに封入し、椎間板の髄核部位へ注入することができるような流動性を有することが望ましい。また、本発明のいくつかの態様の1つでは、組成物を20℃で1時間静置した後に、14G〜26Gの注射針をつけたシリンジで椎間板の髄核部位へ注入できるような流動性を有することが望ましく、さらに好ましくは21Gの注射針で注入できることが望ましい。本発明の組成物が凍結乾燥体などの乾燥状態で提供される場合には、適用時に溶媒などを用いて上述のような流動性のある組成物とすることができる。
【0080】
溶液状である本発明の組成物は、シリンジ、ゲル用ピペット、専用注射器、専用注入器、充填器具などで椎間板の髄核部位に容易に適用することができる。
本発明の組成物の粘度が高い場合には、シリンジで適用するのが困難になるため、加圧型や電動型などのシリンジを用いてもよい。シリンジなどを使用しなくても、例えば、へら、棒などで髄核部位の欠損部へ適用してもよい。シリンジで注入する場合、例えば、14G〜27Gまたは14G〜26Gの針を使用するのが好ましい。
【0081】
本発明の組成物の髄核部位への適用方法は、特に限定されないが、好ましくは、公知の外科的手法により患部を直視下に露出した後に、あるいは、顕微鏡下又は内視鏡下で、シリンジ、充填器具等を用いて、本発明の組成物を髄核部位に適用することができる。好ましい態様の一つでは、例えば、線維輪表面から髄核部位へ向かって充填器具の針などを挿入し、本発明の組成物を適用してもよい。
【0082】
本発明の組成物は溶液状であるため、髄核の縮小、髄核部位の空洞や欠損部など、いずれの形状の髄核部位にも適合することができ、髄核の縮小、空洞または欠損部の全体を充填することもできる。髄核の縮小、髄核部位の空洞や欠損部は、椎間板の変性または損傷により生じたものであり得るし、あるいは、外科的手術で髄核の少なくとも一部を除去または吸引することにより生じたものでもあり得る。好ましくは、髄核の少なくとも一部を除去することで形成した髄核欠損部に、本発明の組成物を適用することが望ましい。
【0083】
髄核の少なくとも一部の除去は、特に限定されず、例えば、直視下、経皮的、顕微鏡視下、又は内視鏡的に行われる椎間板髄核摘出術等であってもよい。また例えば、背中に2cm〜10cmの切開を加え、筋肉を椎弓という脊椎の後方要素後面から剥離し、椎弓間の靭帯を切除し、神経と椎間板ヘルニアを確認し、神経を圧迫しているヘルニアを摘出する方法(ラブ法)であってもよい。また、髄核にレーザーを照射し、髄核の容量を減少させる方法であってもよい。
【0084】
本発明の組成物の髄核部位への適用後は、前術のとおり、架橋剤により組成物の一部を硬化させることができる。
【0085】
本発明の組成物の適用量は、適用する対象の髄核の適用部位の容積に応じて決めれば良く、特に限定されないが、例えば、0.01ml〜10ml、より好ましくは、0.1ml〜5mlであり、さらに好ましくは0.2ml〜3mlである。本発明の組成物を髄核欠損部に適用する場合は、髄核部位の欠損部容積を十分に満たすように注入されるのが望ましい。
【0086】
本発明の組成物の適用回数・頻度は、症状と効果に応じて増減可能である。例えば、1回のみの適用であってもよいし、1月〜1年に1回の適用を継続して行ってもよい。
アルギン酸は動物の体内に元来存在しない物質であるため、動物はアルギン酸を特異的に分解する酵素を保有していない。アルギン酸は動物体内においては、通常の加水分解により徐々に分解されるが、ヒアルロン酸等のポリマーに比べ体内の分解が緩やかであり、また髄核内には血管が存在しないため、髄核内に充填した場合、長期間の効果持続が期待できる。
【0087】
本発明の組成物が、前述のような細胞や成長因子とともに提供されない場合でも、本発明の組成物が髄核部位へ適用される際に、前述の細胞や成長因子、細胞死抑制因子、後述の他の薬剤などが併用して用いられてもよい。
【0088】
本発明の組成物は、髄核部位へ適用することにより、椎間板組織全体及び髄核の変性変化を抑制し、再生を促進する効果を発揮する。そのため、本発明の組成物は、椎間板の髄核補填用組成物として好ましく用いられる。
【0089】
本発明の組成物の好ましい態様の1つは、椎間板の変性抑制のための組成物、より好ましくは、椎間板髄核の変性抑制のための組成物である。「椎間板又は髄核の変性」とは、加齢などにより椎間板の細胞数、水分含有量、細胞外マトリックス(タイプIIコラーゲン、アグリカン等)等が低下して形態的な変化が生じ、機能低下をきたす状態をいい、進行すると椎間板のショック吸収体としての機能が果たせなくなる。本明細書において「変性の抑制」は、未処置の場合と比較して、変性変化が抑制されていればよく、必ずしも変性のない状態にすることを意味するものではない。
【0090】
本発明の組成物の態様の1つは、髄核再生のための組成物である。髄核再生とは、線維芽様細胞の集積を防ぎ、髄核細胞の比率が高い髄核が再生されることを目的とするものであり、II型コラーゲンやプロテオグリカンに富む髄核組織が再生されることを意図するものである。この髄核再生の語には、髄核の変性を抑制することも包含される。本発明の好ましい態様のひとつは、本発明の組成物を適用して再生された髄核の組成が、天然の正常な髄核の組成に近いことが望ましい。
【0091】
また、本発明の好ましい態様の組成物は、椎間板変性および/または椎間板損傷の治療、予防または再発抑制のために用いられる。本明細書において「治療、予防または再発抑制」は、治療、予防、再発抑制、低減、抑制、改善、除去、発症率の減少、発症時期の遅延、進行抑制、重症度の軽減、再発率の低下、再発時期の遅延、臨床症状の緩和等を含む。
【0092】
これらの本発明の組成物の好ましい態様、組成物の使用方法等は、前記の記載に従う。
【0093】
椎間板変性および/または椎間板損傷は、例えば、椎間板ヘルニア、椎間板症、脊椎変性辷り症、化膿性椎間板炎、変形性脊椎症、脊柱管狭窄症、椎間板損傷からなる群から選択される少なくとも1種の状態または疾患である。
【0094】
9.治療方法
本発明は、前記本発明の組成物を用いる、椎間板変性および/または椎間板損傷の治療、予防または再発抑制のための方法を提供する。好ましくは、本発明の治療方法は、椎間板変性および/または椎間板損傷の治療、予防または再発抑制のための方法であって、低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有し、流動性を有する組成物を、前記治療、予防または再発抑制を必要とする対象の椎間板の髄核部位に適用し、適用した前記組成物の一部分を硬化することを含む。
【0095】
本発明の治療方法は、本発明の組成物を髄核部位へ適用する前に、髄核の少なくとも一部を除去する工程を含んでもよい。
【0096】
前記椎間板変性および/または椎間板損傷は、例えば、椎間板ヘルニア、椎間板症、脊椎変性辷り症、化膿性椎間板炎、変形性脊椎症、脊柱管狭窄症、椎間板損傷からなる群から選択される少なくとも1種の状態または疾患である。本発明のいくつかの態様の治療方法では、前記椎間板変性および/または椎間板損傷は、椎間板ヘルニアであり、特には、腰椎椎間板ヘルニアである。
【0097】
また、本発明のいくつかの態様の1つでは、前記本発明の組成物を用いる、椎間板の変性変化を抑制する方法を提供する。また、本発明の好ましい態様の1つでは、前記本発明の組成物を用いる、椎間板の髄核を再生する方法を提供する。
【0098】
これらの方法は、エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有し、流動性を有する組成物を、椎間板変性抑制または髄核再生を必要とする対象の椎間板の髄核部位に適用し、適用した組成物の一部を硬化することを含む。前記の方法は、本発明の組成物を髄核部位へ適用する前に、髄核の少なくとも一部を除去する工程を含んでもよい。
【0099】
本発明の組成物の好ましい態様、具体的な椎間板の髄核部位への適用方法、組成物の硬化方法、用語の意義等は、前述のとおりである。他の椎間板の治療方法や治療薬を適宜組み合せて本発明の治療方法を行ってもよい。
【0100】
また、髄核部位に本発明の組成物を適用する前に、あるいは同時に、あるいは後で、ストレプトマイシン、ペニシリン、トブラマイシン、アミカシン、ゲンタマイシン、ネオマイシン、およびアンホテリシンB等の抗生物質、アスピリン、非ステロイド性解熱鎮痛剤(NSAIDs)、アセトアミノフェン等の抗炎症薬、タンパク分解酵素、副腎皮質ステロイド薬、シンバスタチン、ロバスタチン等のHMG−CoA還元酵素阻害剤等の併用薬を充填するようにしても良い。これらの薬剤は本発明の組成物に混入して用いてもよい。または、経口あるいは非経口で併用して投与されてもよい。その他、筋弛緩薬、オピオイド鎮痛薬、神経性疼痛緩和薬等が必要に応じて経口あるいは非経口で併用して投与されてもよい。
【0101】
また、本発明のいくつかの態様では、本発明の組成物とともに、前述の細胞を髄核部位に適用してもよい。あるいは、本発明のいくつかの態様では、本発明の組成物とともに、前述の細胞の成長を促進する因子を髄核部位に適用してもよい。なお、本発明の別の態様では、本発明の組成物が前述の細胞を併用しない態様も望ましい。また、本発明の組成物が細胞の成長を促進する因子を併用しない態様も望ましい。本発明の組成物は、これらの細胞や因子を用いない場合でも、髄核の再生を促すことができる。
【0102】
本発明は、本発明の組成物を製造するための低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩の使用にも関する。
【0103】
本発明の使用は、椎間板変性および/または椎間板損傷の治療、予防または再発抑制のための組成物を製造するための低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩の使用であって、前記組成物が、対象の髄核部位に適用し、適用後に一部分を硬化するように用いられ、髄核部位への適用時に流動性を有する。
【0104】
本発明は、さらに、低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有し、流動性を有する組成物を、椎間板変性および/または椎間板損傷の治療、予防または再発抑制を必要とする対象の椎間板の髄核部位に適用し、適用した組成物の一部を硬化する、椎間板変性および/または椎間板損傷の治療、予防または再発抑制において使用されるための低エンドトキシンアルギン酸の1価の金属塩を提供する。
【0105】
10.凍結乾燥製剤、キット
本発明は、椎間板の髄核補填用キットを提供する。
本発明のキットには、本発明の組成物を含めることができる。本発明のキットに含める本発明の組成物は、溶液状態または乾燥状態であるが、好ましくは、乾燥状態であり、より好ましくは、凍結乾燥体であり、特に好ましくは、凍結乾燥粉体である。また、本発明の組成物が乾燥状態のときは溶解用の溶媒(例えば、注射用水)を含むことが望ましい。
本発明のキットは、さらに、架橋剤を含んでいてよい。
本発明のキットは、さらに、架橋剤、シリンジ、注射針、ゲル用ピペット、専用充填器、取り扱い説明書等を含めることができる。
【0106】
キットとして好適な具体例としては、(1)低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムの凍結乾燥体を封入したバイアル(2)溶解液として注射用水などの溶媒を封入したアンプル(3)架橋剤として塩化カルシウム溶液など2価以上の金属イオン化合物を封入したアンプル等を一つのパックに入れたキットとすることができる。また別の例としては、一体成型され、隔壁により仕切られた二つの部屋からなるシリンジの1室にアルギン酸の1価金属塩を封入し、他方の部屋に溶解液としての溶媒、または架橋剤を含む溶液を封入し、両部屋の隔壁を用時容易に開通できるよう構成し、用時両者を混合・溶解して用いることのできるキットとする。他の例としては、アルギン酸の1価金属塩溶液をプレフィルドシリンジに封入し、使用時に調製操作なくそのまま充填できるキットとする。他の例としては、アルギン酸溶液と架橋剤を別々のシリンジに封入し、一つのパックに同梱したキットとする。あるいは、アルギン酸の1価金属塩溶液を充填したバイアルと架橋剤を封入したアンプル等を含むキットとしてもよい。「本発明の組成物」、「架橋剤」、「シリンジ」などについては、前記で説明した通りである。
【0107】
本キットは、例えば、本発明の治療方法に用いることができる。
【0108】
なお、本明細書に記載した全ての文献および刊行物は、その目的にかかわらず参照によりその全体を本明細書に組み込むものとする。また、本明細書は、本願の優先権主張の基礎となる日本国特許出願である特願2016-058396 (2016年3月23日出願)の特許請求の範囲、明細書、および図面の開示内容を包含する。
【実施例】
【0109】
以下の実施例により本発明を更に詳述するが、本発明はこれらの実施例に限定して理解されるべきではない。
【0110】
実施例1:ヒト椎間板細胞に対する低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムの効果

1−(1)非変性ヒト椎間板細胞の単離・培養
ヒト非変性椎間板組織から髄核組織を取り出し、0.25%コラゲナーゼ(Wako)を含むDMEM(Dulbecco’s modified Eagle’s medium)培地で37℃、4時間処理し、髄核細胞を単離した。得られた髄核細胞を1%ペニシリン/ストレプトマイシン、1.25μg/ml ファンギゾン(fungizone,Invitrogen)、10%FBS(fetal bovine serum)を含むDMEMを培養液として37℃、5%CO、20%Oの条件下で培養し、2継代の細胞を実験で使用した。
【0111】
1−(2)アルギン酸ビーズの作製、培養
下記表1に示す(A)低エンドトキシン処理されたアルギン酸ナトリウムと、(B)食品グレード(commercial grade)のアルギン酸ナトリウム(和光純薬工業(株)、199−09961)の2種類のアルギン酸ナトリウム(持田製薬(株))とをそれぞれ用いて、ヒト髄核細胞を培養し、比較を行った。
【0112】
ミリQ水を用いて、2w/v %濃度のアルギン酸ナトリウム溶液をそれぞれ作製した。上記(1)で得られたヒト髄核細胞4.0×10cellsを、これらのアルギン酸ナトリウム溶液1.0mlにそれぞれ懸濁した。この細胞懸濁液を、22ゲージ針を用いて102mM塩化カルシウム水溶液に滴下し10分間放置することにより、髄核細胞含有アルギン酸ナトリウム溶液を内包するビーズを作製した。
【0113】
得られたビーズは0.9%生理食塩水で2回洗浄後、1%ペニシリン/ストレプトマイシン、1.25μg/ml ファンギゾン、10%FBSを含むDMEM培養液中に入れて、37℃、5%CO、20%Oの条件下で3次元(3D)培養した。培養開始後48時間、7日、14日、および28日後に細胞を回収し、以下の評価に用いた。
【0114】
【表1】
【0115】
1−(3)生細胞率の評価
培養開始から48時間、7日、14日、および28日後にビーズを回収し、4℃の55mMクエン酸ナトリウム水溶液中にビーズを20分間浸すことでビーズを溶解し、遠心分離により細胞を回収した。5μMのCalcein AMと1.5μMのpropidium iodide(PI)により、得られた細胞を染色し、共焦点レーザー顕微鏡(オリンパス、FV300)で観察した。Calcein AM陽性細胞を生細胞、PI陽性細胞を死細胞とし、ImageJ(National Institutes of Health, Bethesda, MD, USA)を用いて、生細胞率を算定した。細胞を回収した各時点においてn=5とした。
【0116】
本明細書の実施例における統計分析は、結果を平均値±標準偏差(mean±SD)で示した。2群間比較には、Student’s t-test、多群間比較にはSteel-Dwass-testを用いた。p<0.05を統計学的有意とした。
【0117】
その結果、A群(低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム)およびB群(食品グレードアルギン酸ナトリウム)は、培養開始48時間後、7日、14日、および28日後のいずれの時点においても、生細胞率は約90%程度であり、両群間で生細胞率に差は見られなかった。
【0118】
1−(4)アポトーシス細胞の評価
1−(3)と同様に、培養開始から48時間、7日、14日、および28日後にそれぞれビーズを回収し、ビーズをPBSで2回洗浄後細胞を回収し、3.6×10個の細胞をAnnexin V-fluorescein isothiocyanate(FITC) Apoptosis Detection Kit II(BD Biosciences, San Jose, CA, USA)によりラベリングし、フローサイトメーター(FACS Cant; BD biosciences, CA, USA)を用いてアポトーシス細胞を計測した。FITC+/PI−を早期アポトーシス細胞、FITC+/PI+を後期アポトーシス細胞とし、これらを合わせてアポトーシス細胞とした。また、FITC−/PI−を生細胞として、全細胞に対する生細胞の比率、および、全細胞に対するアポトーシス細胞の比率を評価した。細胞を回収した各時点においてn=5とした。
【0119】
その結果、A群(低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム)およびB群(食品グレードアルギン酸ナトリウム)は、培養開始48時間後、7日、14日、および28日後のいずれの時点においても、生細胞率は約90%程度、アポトーシス細胞の比率は約10%程度であり、両群間に差は見られなかった。
【0120】
1−(5)血清飢餓誘導下における細胞の評価
ヒト椎間板内は無血管領域であり低栄養の環境下にあるため、椎間板内の環境を想定した血清飢餓下で細胞培養試験を実施し、評価した。
【0121】
1−(2)の3D培養7日目にビーズを回収し、PBSを用いてビーズを2回洗浄した。血清を含まないDMEM、1%ペニシリン/ストレプトマイシン、1.25μg/ml ファンギゾン培地にビーズを添加し、37℃、5%CO、20%Oの条件でインキュベートを行い、血清飢餓を誘導した。血清飢餓開始後6時間後、48時間後にそれぞれ細胞を回収した。前記と同様に、共焦点レーザー顕微鏡を用いた評価、および、フローサイトメーターを用いた評価を行った。
【0122】
その結果、血清飢餓条件下での共焦点レーザー顕微鏡を用いた評価では、A群(低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム)およびB群(食品グレードアルギン酸ナトリウム)における生細胞率は、6時間後、48時間後とも、両群間に有意な差はみられなかったが、48時間後では、A群(低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム)はB群(食品グレードアルギン酸ナトリウム)と比較して生細胞率が高い傾向がみられた。
【0123】
また、フローサイトメーターを用いた評価では、6時間後のサンプルは両群間に差は見られなかったが、48時間後では、A群(低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム)はB群(食品グレードアルギン酸ナトリウム)と比較して生細胞率が有意に高く、かつ、アポトーシス細胞率が有意に低かった(図1および図2)。
【0124】
本試験の血清飢餓の誘導は、無血管野で低栄養の環境下にあるヒト椎間板髄核の環境を想定した試験である。低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムを用いた髄核細胞の培養は、食品グレードアルギン酸ナトリウムを用いた場合と比較して、血清飢餓誘導下におけるアポトーシスに対して抵抗性が高いことが示唆された。すなわち、低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムは、食品グレードアルギン酸ナトリウムと比較して、椎間板の髄核部位へ充填したとき、髄核細胞のアポトーシスを誘導せず、細胞生存率を保持することが示唆された。
【0125】
実施例2:ウサギ椎間板髄核欠損モデルへの低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液の適用

ウサギ椎間板髄核欠損モデルに対して、2種類の低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液をそれぞれ充填し、効果を評価した。
【0126】
2−(1)ウサギ椎間板髄核欠損モデルの作製
体重3.2〜3.5kgの日本白色家兎に対し、ペントバルビタールによる静脈麻酔と1%キシロカインの局所麻酔を行い、18G針を用いて椎間板の髄核組織を吸引し、椎間板髄核欠損モデルを作製した。L2/3、および、L4/5椎間板髄核に対し吸引を行い、椎間板欠損モデルとし、L3/4は吸引を行わず、正常椎間板とした(正常コントロール群)。
【0127】
2−(2)低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液の充填
低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムは、次の2種類を用いた。いずれもエンドトキシン含量は、50g/EU未満であった。各低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムの見掛け粘度及び重量平均分子量は表2のとおりである。アルギン酸ナトリウムの見掛け粘度測定は、日本薬局方(第16版)の粘度測定法に従い、回転粘度計法(コーンプレート型回転粘度計)を用いて測定した。具体的な測定条件は以下のとおりである。試料溶液の調製は、MilliQ水を用いて行った。測定機器は、コーンプレート型回転粘度計(粘度粘弾性測定装置レオストレスRS600(Thermo Haake GmbH)センサー:35/1)を用いた。回転数は、1w/w%アルギン酸ナトリウム溶液測定時は1rpm、2w/w%アルギン酸ナトリウム溶液測定時は0.5rpmとした。読み取り時間は、1w/w%溶液測定時は、2分間測定し、開始1分から2分までの平均値とし、2w/w%溶液測定時は、2.5分間測定し、開始0.5分から2.5分までの平均値とした。3回の測定の平均値を測定値とした。測定温度は20℃とした。
【0128】
また、各アルギン酸ナトリウムの重量平均分子量は、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)と、GPC−MALSの2種類の測定法で測定した。測定条件は以下のとおりである。
【0129】
[前処理方法]
試料に溶離液を加え溶解後、0.45μmメンブランフィルターろ過したものを測定溶液とした。
(1)ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)測定
[測定条件(相対分子量分布測定)]
カラム:TSKgel GMPW−XL×2+G2500PW−XL(7.8mm I.D.×300mm×3本)
溶離液:200mM硝酸ナトリウム水溶液
流量:1.0mL/min
濃度:0.05%
検出器:RI検出器
カラム温度:40℃
注入量:200μL
分子量標準:標準プルラン、グルコース
【0130】
(2)GPC−MALS測定
[屈折率増分(dn/dc)測定(測定条件)]
示唆屈折率計:Optilab T−rEX
測定波長:658nm
測定温度:40℃
溶媒:200mM硝酸ナトリウム水溶液
試料濃度:0.5〜2.5mg/mL(5濃度)
【0131】
[測定条件(絶対分子量分布測定)]
カラム:TSKgel GMPW−XL×2+G2500PW−XL(7.8mm I.D.×300mm×3本)
溶離液:200mM硝酸ナトリウム水溶液
流量:1.0mL/min
濃度:0.05%
検出器:RI検出器、光散乱検出器(MALS)
カラム温度:40℃
注入量:200μL
【0132】
【表2】
【0133】
各低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムをミリQ水で溶解して2w/v%溶液を調製した。
椎間板の側面から髄核へ向かって注射針を挿入し、低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液20μlを髄核欠損部へ注入した。注射針を抜いた椎間板の側面に、102mM塩化カルシウム水溶液を数秒かけた(それぞれA−1群、A−2群といい、これらを合わせて治療群という)。
【0134】
髄核吸引のみを行った群を吸引単独群とした(吸引単独群)。
【0135】
術後4週にペントバルビタールを過量充填し安楽死させ腰椎を切除し、椎間板組織を回収した。A−2群は、術後12週についても評価した。各群8例ずつ実施した。
【0136】
2−(3)MRI,Pfirrmann分類による椎間板組織の評価
7.0-Tesla MR scanner (Unity Inova, Varian)により、椎間板のT2強調矢状断像を撮影した。椎間板のT2強調MRI画像により、椎間板の変性による変化が確認できる。椎間板変性の重症度を評価するため、Pfirrmann分類を用いてスコア化した。本分類は、MRIにおける椎間板変性を5段階で評価した指標である(グレード1:正常〜グレード5:高度に変性)。椎間板変性の評価基準を表3に示す(Spine (Phila Pa 1976). 2001;26(17) 1873-8)。
【0137】
【表3】
【0138】
その結果、椎間板変性の重症度をスコア化したPfirrmann分類では、術後4週において、吸引単独群および治療群(A−1群およびA−2群)は、正常コントロール群と比較して、有意にスコアが高値であり椎間板変性を示す所見であった。また、A−1群は、吸引単独群と比較してスコアが有意に低く、変性が抑制されていた。A−2群と吸引単独群では、スコアに有意な差は見られなかったが、A−2群は吸引単独群に比較してスコアが低値である傾向がみられた(図3)。
【0139】
A−2群についての術後12週の評価では、A−2群のスコアは、吸引単独群と比較して、有意に低値を示した。
【0140】
2−(4)MRI indexによる椎間板組織の評価
Analyze 10.0 software (AnalyzeDirect, Overland Park, KS, USA)を用いて、矢状断におけるMRI index(髄核の平均信号強度と髄核面積の積)を測定し定量的に評価した。正常コントロール群の椎間板のMRI indexを100としたときの、各群におけるMRI indexの割合で評価した(Spine (Phila Pa 1976). 2005 Jan 1;30(1):15-24.参照)。
【0141】
その結果、術後4週において、治療群(A−1群およびA−2群)のMRI indexは、吸引単独群と比較して有意に高値であり、変性変化が抑制されていた(図4)。
A−2群についての術後12週の評価においても、A−2群のMRI indexは、吸引単独群と比較して有意に高値であった。
【0142】
2−(5)組織学的評価
MRI撮像後に椎間板の組織標本を作製した。10%ホルムアルデヒドでサンプルを固定、10%EDTA(pH7.5)で脱灰処理し、パラフィンに包埋した。矢状断5μm厚のパラフィン切片をキシレンにより脱パラフィンし、アルコール処理、水洗いした後、HE染色、サフラニン−O染色を施した。線維輪における変性変化の分類であるNishimuraらの分類(Spine (Phila Pa 1976). 1998;23(14):1531-8)を用いて、椎間板組織全体における変性度をスコア化した。Nishimuraらの分類は以下のとおりである。
【0143】
グレード1:破裂を伴い低度に湾曲(mildly serpentine with rupture)
グレード2:破裂を伴い中程度に湾曲(moderately serpentine with rupture)
グレード3:低度に逆転を伴い高度に湾曲(severely serpentine with mildly reversed)
グレード4:高度に逆転した形状(severely reversed contour)
グレード5:不明瞭(indistinct)
【0144】
椎間板変性の重症度を組織学的に評価した結果、術後4週の時点において、吸引単独群、および、治療群(A−1群およびA−2群)は、正常コントロール群と比較して、Nishimuraらの分類によるスコアが有意に高値を示し、変性を示唆する所見であった。しかし、治療群(A−1群およびA−2群)は、吸引単独群と比較して、スコアが有意に低く、変性が抑制されていた(図5)。
【0145】
A−2群についての術後12週の評価においても、A−2群は、吸引単独群と比較してスコアが有意に低かった。正常コントロール群、吸引単独群、およびA−2群の術後4週と12週の組織標本の写真を示す(図6)。
【0146】
2−(6)免疫組織学的評価
2−(5)で作製した組織標本に対して、抗Type I collagen抗体および抗type II collagen抗体を用いて免疫組織学的染色を行い、椎間板髄核において無作為に選択した5視野において陽性細胞数を計測した。
【0147】
その結果、切片中の細胞数に対する抗Type I collagen抗体陽性細胞率は、術後4週の時点において、正常コントロール群、吸引単独群、および治療群(A−1群およびA−2群)の間で差はみられなかった。
【0148】
一方、抗type II collagen抗体陽性細胞率は、術後4週の時点において、正常コントロール群と比較して、吸引単独群および治療群(A−1群およびA−2群)ともに有意に低値を示し、正常椎間板組織にみられる細胞外器質産生が低下していた。しかし、治療群(A−1群およびA−2群)は、吸引単独群と比較して、抗type II collagen抗体陽性細胞率が有意に高値であった。
【0149】
A−2群についての術後12週の評価では、A−2群の抗type II collagen抗体陽性細胞率は、吸引単独群と比較して有意に高く、かつ、正常コントロール群との差がみられなくなった。術後4週と12週における正常コントロール群、吸引単独群、およびA−2群の椎間板髄核組織切片中の細胞数に対する抗type II collagen抗体陽性細胞率のグラフを図7に示す。Type II collagen抗体陽性細胞は、硝子軟骨様細胞の存在を示している。低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液を用いることにより、ウサギ椎間板髄核における硝子軟骨様細胞の割合は、術後12週時点で、正常コントロール群に匹敵する程度まで回復していることが示された。
【0150】
以上より、低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液は、髄核欠損部へ充填することにより、椎間板組織全体及び髄核の変性変化を抑制し、再生を促進することが明らかとなった。また、低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムのA−1とA−2では、同程度の椎間板変性抑制及び再生効果が認められた。
【0151】
取扱性の観点からは、A−2の2%溶液は、A−1の2%溶液と比較して粘度が高いため、髄核部位への充填時に充填部から逆流しにくい、体液との判別がつきやすいなどの利点を有していた。A−2の2%溶液は、充填するのに粘度が適度であり、取扱性に優れることが分かった。
【0152】
実施例3:低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液の注入方法の検討

3−(1)低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液の注入方法の検討
次の2種類の注入方法(i)(ii)により、低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液をヒツジ屍体(Cadaver)腰椎へ注入し、評価を行った。
【0153】
(i)実施例2の記載に従い、実施例2に記載のA−2の低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム2%溶液を椎間板髄核部分摘出部へ注入した後、椎間板表面の注射針の穴付近に100mM塩化カルシウム溶液を接触させる方法(アルギン酸ナトリウムは塩化カルシウム溶液と接触した部分が硬化する)。
(ii)A−2の低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム2%溶液と100mM塩化カルシウム溶液とを同時に1:1で椎間板髄核部分摘出部へ充填する手法(髄核部位へ注入するアルギン酸ナトリウム全体が硬化する)。
(ii)は、低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液と塩化カルシウム溶液をそれぞれ別のシリンジに入れ、22G針で椎間板髄核の欠損部に同時に注入することにより実施した。
【0154】
その結果、(i)の手法は、ヒツジカダバーの椎間板で実施した場合、注入の手技に困難性はなかった。一方、(ii)の手法は、低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液と塩化カルシウム溶液との混合割合を均一にすることに対する再現性が低いと考えられた。また、充填の途中で一部がゲル化した場合、残りの空間も空隙なくゲルを充填させることができるか不確定であった。さらに、(ii)の手法により椎間板髄核部位に硬化ゲルを充填後、椎間板に頭尾側から圧縮力をかけると、ゲルを注入した椎間板側面の穴から、硬化したゲルが逸脱する現象がみられた。(i)の手法では、椎間板外への逸脱は見られなかった。
【0155】
(i)の方法は、(ii)の方法と比較して、椎間板内のカルシウム濃度を低減でき、細胞毒性を軽減できるというメリットがある。また、(ii)の方法は、硬化したゲルが脊柱管内に突出すると重大な神経障害を引き起こす危険性があるところ、(i)の方法ではそのような危険性は低い。
【0156】
以上より、(i)の方法、すなわち、低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液を椎間板髄核部位へ注入した後に椎間板表面に塩化カルシウム溶液をかける手法が、低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムを用いた髄核補填に適した方法であると考えられた。
【0157】
3−(2)ヒツジカダバーを用いた力学的試験
3−(1)において(i)の手法で作製したヒツジカダバーの椎間板(A−2の低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム2%溶液を椎間板髄核部分摘出部へ注入後、椎間板表面の注射針の穴付近に100mM塩化カルシウム溶液を接触させたもの)について、充填から約1時間後に、Instron5943(インストロン社)を用いて、椎間板に頭尾側から、−300N〜300Nの軸圧縮・伸張力で、1000回繰り返し圧縮力および伸張力をかけて、アルギン酸ナトリウム溶液を注入した穴からの逸脱がないかを観察した。このとき、アルギン酸ナトリウム溶液は、視認性向上のために0.05%トルイジンブルーで呈色したものを用いた。
【0158】
その結果、注入口から椎間板外へのアルギン酸ナトリウム溶液の逸脱は見られなかった。このことから、アルギン酸ナトリウム溶液を椎間板髄核へ注入後、椎間板表面の注入口付近を架橋剤で硬化させる手法は、アルギン酸ナトリウム溶液の充填後の、体位の変更や歩行などによる椎間板への圧縮力や伸張力にも耐えられる充填方法であることが示唆された。
【0159】
実施例4:低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液注入後の性状の検討

椎間板髄核に低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液を注入後、椎間板表面のアルギン酸ナトリウム溶液注入口付近に塩化カルシウム溶液を接触させ、その接触部を硬化させたとき、注入した低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液が椎間板髄核内でどのような性状であるかを予測するため、in vitroで以下の検討を行った。
【0160】
4−(1)試験方法
下記のX、Y、Zの3種の方法で、ミクロ試験管(直径6mm、高さ25mm)にアルギン酸ナトリウム溶液をそれぞれ入れて、試験管を横にして静置し、1時間後、24時間後、48時間後、1週間後に、試験管内の被験物質の性状を評価した。実施例5のヒツジ椎間板髄核摘出モデルにおいて、線維輪を5mm×3mmで切除して髄核摘出を行っているため、このin vivo試験に比較的サイズが近く、かつ、試験管内での操作が可能なサイズとして直径6mmのミクロ試験管を選択した。実施例2のA−2の低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムを生理食塩水で溶解し、2w/v%溶液として用いた。試験は室温20℃で行った。
【0161】
【表4】
【0162】
4−(2)結果
試験に用いた2w/v%アルギン酸ナトリウム溶液は、生理食塩水と比較して粘度が高く、バイアルを傾けると液面がゆっくり移動し、21Gの注射針をつけたシリンジで時間をかけて吸うことができた。
【0163】
X群の性状は、1時間後から1週間後までほぼ同様であった。すなわち、試験管内のアルギン酸ナトリウム溶液の表面部分2〜3mm程度はゲル状であったが、表面以外は固まりが観察されず、ゾル状であった。ゾル状の部分は、そのほとんどは21Gの注射針をつけたシリンジで吸引することができたが、2w/v%アルギン酸ナトリウム溶液と比較して粘度が高く、吸引により時間を要した。
【0164】
Y群の性状は、1時間後から1週間後までほぼ同様であった。すなわち、試験管内の大部分がゼリー状にゲル化しており、わずかに一部、水のような液体がみられた。ゲルが収縮して液が分離して滲みだす「離漿」現象と推測された。ゲル化している部分は21Gの注射針をつけたシリンジで吸引することは不可能であった。
【0165】
Z群の性状は、1時間後から1週間後までほぼ同様であった。すなわち、直径5mmほどの白く濁ったゲル化した塊が形成され、その他の部分は水のような液体となった。これも離漿現象と推測された。ゲル化している部分は21Gの注射針をつけたシリンジで吸引することは不可能であった。
【0166】
以上、X群の方法が、本発明の実施例で行った椎間板髄核への注入方法を模した方法であって、アルギン酸ナトリウム溶液を椎間板髄核へ注入したときにもアルギン酸ナトリウム溶液はゾル状で存在すると予測された。一方、Y群およびZ群は、ともにゲル状で存在しており、本発明の実施例3で確認されたように、椎間板髄核にゲルを充填した後に頭尾側から圧縮力をかけた場合、ゲルを注入した椎間板の側面から硬化したゲルが逸脱する可能性が懸念された。
【0167】
実施例5:ヒツジ椎間板髄核欠損モデルへの低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液の適用

ヒツジ椎間板髄核欠損モデルに対して、低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液を充填し、効果を評価した。体重40kg〜60kgのヒツジ(雄、サフォーク種)の7頭の椎間板のL1/2、L2/3、L3/4、及びL4/5を用いて以下の評価を行った。
【0168】
5−(1)ヒツジ椎間板髄核欠損モデルの作製
ヒツジに対して麻酔を行い、電気メスを用いて椎間板を露出した。椎間板の線維輪を5mm×3mmで切除、除去し、その穴から鉗子を挿入し髄核を0.10g除去し、椎間板髄核欠損モデルを作製した。ここで、線維輪の切除の大きさ、及び、髄核摘出量は、事前に、ヒツジ椎間板髄核摘出による椎間板変性試験を行い決定した。線維輪の切除の大きさは、5mm×3mm、及び10mm×3mmで検討し、髄核摘出量に応じて椎間板変性の進行を認めた5mm×3mmを選択した。髄核摘出量は、0.02g、0.05g、0.1g、及び0.2gの4種類で検討した。ヒツジ髄核摘出量0.1gは、ヒトに換算すると1.2gとなり、最もヒト臨床での髄核摘出量に近いため、髄核摘出量は、0.1gを選択した。
【0169】
5−(2)低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液の充填
実施例2のA−2の低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムをミリQ水で2w/v%溶液に調製し、その0.10mlをシリンジで、5−(1)で作製したヒツジ椎間板髄核欠損部へ注入した。注入したアルギン酸ナトリウム溶液の表面に、102mM塩化カルシウム水溶液を数秒かけた。約5分間放置した後、塩化カルシウム溶液をかけた部位を生理食塩水で洗浄し、縫合した。これを治療群とした(n=11)。また、5−(1)で椎間板髄核摘出のみ行い縫合を行った群を髄核摘出群(n=10)とした。無処置のヒツジ椎間板を正常コントロール群(n=7)とした。
術後4週時にペントバルビタールを過量投与し安楽死させ、腰椎を切除し、椎間板組織を回収した。
【0170】
5−(3)組織学的評価
前記2−(5)の記載に準じて、HE染色、サフラニンO染色を施し、椎間板の組織標本を作製した。Boos分類をもとに改変された分類(Eur Spine J. 2014 Jan; 23(1):19-26. Spine 2002 Vol.27, No.23 p.2631-2644)を用いて、椎間板の変性度を評価した。分類を表5に示す。椎間板の項目は最大20ポイント、椎体終板の項目は最大16ポイントであり、合計を最大36ポイントとして評価した。
【0171】
【表5】
【0172】
椎間板変性の重症度を組織学的に評価した結果、術後4週の時点において、髄核摘出群、および、治療群は、正常コントロール群と比較して、表5の分類によるスコアが有意に高値を示し、変性を示唆する所見であった。しかし、治療群は、髄核摘出群と比較してスコアが有意に低く、変性が抑制されていた(図8)。
【0173】
また、椎間板高インデックス(Disc height index:DHI)により、椎間板の高さを評価した。椎間板高インデックスは、椎間板高(前部、中央部および後部の椎間板の高さの平均値)を、椎間板の前後の直径で除した値とした(Eur Spine J. 2014, 23(1):19-26.)。
【0174】
その結果、髄核摘出群の椎間板高インデックスは、正常コントロール群と比較して、有意に低下していた。一方、治療群の椎間板高インデックスは、正常コントロール群と比較して有意な差がみられなかった。このことから、低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液の髄核への充填により、髄核摘出による椎間板高の低下が抑制されたことが分かった(図9)。
【0175】
5−(4)免疫組織学的評価
前記5−(3)で作製した組織標本に対して、抗Type I collagen抗体および抗Type II collagen抗体を用いて免疫組織学的染色を行い、椎間板髄核において無作為に選択した5視野において陽性細胞数を計測した。
【0176】
その結果、術後4週の時点において、切片中の細胞数に対する抗Type I collagen抗体陽性細胞の割合は、正常コントロール群では10%以下であるのに対し、髄核摘出群、および、治療群では、有意に高値を示した。しかし、治療群では、髄核摘出群と比較して、抗Type I collagen抗体陽性細胞の割合は有意に低かった。
【0177】
また、術後4週の時点において、切片中の細胞数に対する抗Type II collagen抗体陽性細胞の割合は、正常コントロール群および治療群では、いずれも約60%程度を示し、差がみられなかった。一方、髄核摘出群では約40%程度を示し、正常コントロール群と比較して、また治療群と比較して、それぞれ有意な差がみられた(図10)。髄核摘出のみでは、抗Type II collagen抗体陽性細胞の割合は正常と比較して低下を示すが、低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液を充填することにより、術後4週時には正常コントロール群に匹敵する程度まで回復することが示された。
【0178】
以上の結果から、低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液の髄核への適用は、椎間板髄核の変性を抑制し、再生を促進することが示された。実施例3の力学的試験の結果も合わせて考えると、本発明の組成物は、特に、椎間板髄核摘出術後の髄核の補填に好ましく用いることができる。また、治療群では髄核摘出による椎間板高インデックスの低下が抑制されたこと等から、治療した椎間板に隣接する椎間板についても、その変性を予防および/または軽減する可能性が示唆された。
【0179】
実施例6: ヒツジ椎間板髄核の組成の検討

椎間板の髄核の細胞外マトリックスの主成分は、水分、タイプ II コラーゲン、プロテオグリカンであり、椎間板終板や関節軟骨など他の軟骨組織と比較して、コラーゲンに対するプロテオグリカンの割合が高いといわれている。このコラーゲンに対するプロテオグリカンの比を、ヒドロキシプロリン(Hydroxyproline: HYP)に対する硫酸化グリコサミノグリカン(sulfated glycosaminoglycans: GAG)の比でみた文献が存在する(European Cells and Materials Vol.8. 2004 p.58-64)。
ヒツジ椎間板髄核欠損モデルに対して、低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液を充填し、術後4週時に、上記文献に準じて髄核組織の生化学的分析を行い、評価を行った。
【0180】
6−(1)方法
体重35kg〜60kgのヒツジ(雄、サフォーク種)の2頭の椎間板のL1/2、L2/3、L3/4、および、L4/5を試験に用いた。実施例5に準じて、ヒツジ椎間板髄核欠損モデルを作製し、2w/v%低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液を充填し、治療群とした(n=4)。実施例5に準じて、椎間板髄核摘出のみ行い縫合を行った群を髄核摘出群とした(n=4)。無処置のヒツジ椎間板(T12/L1、L5/6)を正常コントロール群とした(n=4)。術後4週時に椎間板髄核、および、無処置の大腿骨左右の軟骨組織(関節軟骨)を回収し、検体の前処理をした後、硫酸化グリコサミノグリカン(GAG)およびヒドロキシプロリン(HYP)の測定を行った。
【0181】
検体の前処理は、検体を凍結乾燥し、乾燥重量測定後、乾燥済みの検体に1mLのプロナーゼ液(プロナーゼ(Calbiochem社)を1mg/mLの濃度で含む20mM HEPES緩衝液(pH7.5))を加え、1時間おきに撹拌しながら60℃で3時間消化した。8,000×gで10分間、遠心分離し、得られた上清を測定用試料原液とした。測定時まで冷蔵保存した。
【0182】
硫酸化グリコサミノグリカン(GAG)の測定は、Wieslab (登録商標) sGAG quantitative kit (Euro Diagnostica、品番:GAG201RUO)を用いて、取扱説明書に従い、GAG量を測定した。測定用試料原液を精製水で100倍希釈し、得られた希釈液を測定用試料とした。ブランク試料はプロナーゼ液の100倍希釈とした。測定波長は620nmとし、測定キット中のchondroitin 6-sulfate(CS-6)を標準として作成した検量線を用いて、検体中のGAG量を算出した。
【0183】
ヒドロキシプロリン(HYP)の測定は、以下のように実施した。測定用試料原液を精製水で100倍希釈し、得られた希釈液を測定用試料とした。ブランク試料はプロナーゼ液の100倍希釈とした。50μLの測定用試料を加水分解用バイアルビンに採取し、同量の濃塩酸を加え、密閉した後、120℃で16時間、加水分解した。1検体あたり3本の加水分解試料を調製した。20μLの加水分解試料、100μLのHYP標準溶液をウエルプレートに採取し、40℃で15時間減圧し、乾固させた。乾燥済みの試料に100μLの精製水を加え、以下、Woessnerの方法(Woessner JF Jr, Arch Biochem Biophys, 93,(1961) p.440-447)に従って発色し、557nmの吸光度を測定した。加水分解及び発色時における測定用試料の希釈率は10倍なので、総希釈率は1000倍になる。標準HYP溶液の結果に基づいて作成した検量線を用いて、検体中のHYP量を算出した。
【0184】
6−(2)結果
検体乾燥重量あたりのGAG量およびHYP量(μg/mg dry weight)を得て、HYPに対するGAGの比(GAG/HYP)を求めた。各群n=4について、平均値および標準偏差を求めた(表6)。また、各群の散布図を図11に示す。
【0185】
【表6】
【0186】
その結果、正常コントロール群(椎間板髄核)のGAG/HYPの平均値は17.8であり、無処置の関節軟骨の3.1と比較して高値を示した。術後4週時に、髄核摘出群および治療群のGAG/HYPの平均値は、正常コントロール群の同値と比較して、低下していた。治療群は、髄核摘出群と比較して、GAG/HYPの平均値はやや高い傾向がみられた。以上より、椎間板髄核は、関節軟骨と比較して、硫酸化グリコサミノグリカン(GAG)/ヒドロキシプロリン(HYP)の値が高く、すなわち、組織を構成する成分比が異なり、椎間板髄核と関節軟骨とでは組織の特性も異なることが示唆された。本発明の組成物は、このような髄核特有の組成を回復する可能性があると考えられた。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11