(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2020-110094(P2020-110094A)
(43)【公開日】2020年7月27日
(54)【発明の名称】低アレルゲン化小麦
(51)【国際特許分類】
A01H 5/00 20180101AFI20200626BHJP
A01H 6/46 20180101ALI20200626BHJP
A23L 5/00 20160101ALI20200626BHJP
A23L 7/10 20160101ALI20200626BHJP
A23L 33/00 20160101ALI20200626BHJP
A21D 13/00 20170101ALN20200626BHJP
【FI】
A01H5/00 A
A01H6/46
A23L5/00 N
A23L7/10 H
A23L33/00
A21D13/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2019-4081(P2019-4081)
(22)【出願日】2019年1月15日
(71)【出願人】
【識別番号】504155293
【氏名又は名称】国立大学法人島根大学
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(71)【出願人】
【識別番号】519014914
【氏名又は名称】遠藤 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100116861
【弁理士】
【氏名又は名称】田邊 義博
(72)【発明者】
【氏名】森田 栄伸
(72)【発明者】
【氏名】河野 邦江
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 隆
(72)【発明者】
【氏名】松尾 裕彰
(72)【発明者】
【氏名】横大路 智治
【テーマコード(参考)】
2B030
4B018
4B023
4B032
4B035
【Fターム(参考)】
2B030AA02
2B030AB02
2B030AD20
2B030CA01
2B030CA14
2B030CB02
4B018MD49
4B018ME07
4B023LC09
4B023LE26
4B023LG06
4B023LP20
4B032DB01
4B032DG02
4B035LC06
4B035LG35
(57)【要約】
【課題】1B染色体を有しながらω5グリアジン遺伝子を欠失している第1の小麦品種であるチャイニーズスプリング(Triticum aestivum cv. Chinese Spring)の染色体欠失系統1BS−18株に対して、第2の小麦品種群であるホクシン、ミナミノカオリ、春よ恋、はるきらり、および、ハルユタカの中から1種類以上の小麦品種を用いて少なくとも1回戻し交配し、ω5グリアジン遺伝子を有さず、他の遺伝子は前記第2の小麦品種群の遺伝子を概ね承継した低アレルゲン化小麦品種を作出することを特徴とする小麦品種作出方法である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
1B染色体を有しながらω5グリアジン遺伝子を欠失している第1の小麦品種であるチャイニーズスプリング(Triticum aestivum cv. Chinese Spring)の染色体欠失系統1BS−18株に対して、第2の小麦品種群であるホクシン、ミナミノカオリ、春よ恋、はるきらり、および、ハルユタカの中から1種類以上の小麦品種を用いて少なくとも1回戻し交配し、ω5グリアジン遺伝子を有さず、他の遺伝子は前記第2の小麦品種群の遺伝子を概ね承継した低アレルゲン化小麦品種を作出することを特徴とする小麦品種作出方法。
【請求項2】
戻し交配後全粒粉に加工し、箱形の型に入れてパンとして焼き上げた際に、前記チャイニーズスプリングのみを全粒粉として同工程を経てパンとして焼き上げたものより、型の開口方向への高さが1.5倍以上となるものを選抜することを特徴とする請求項1に記載の小麦品種作出方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の小麦品種作出方法により得られた低アレルゲン化小麦品種を用いた小麦製品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低アレルゲン化小麦品種の作出方法および例アレルゲン化小麦をもちいた小麦製品に関し、特に、小麦依存性運動誘発アナフィラキシーを発症しにくい低アレルゲン化小麦技術に関する。
【背景技術】
【0002】
重篤な即時型アレルギーを引き起こす食物アレルギーの原因として、小麦は、卵、乳製品に続いて3番目に患者数の多い食物として知られている。その症状としては、全身のかゆみ、呼吸困難、おう吐や腸炎、アナフィラキシーショックといったものが挙げられる。
【0003】
そして近年、食物を摂取するのみでは症状が誘発されず、食物摂取後の運動や非ステロイド性消炎鎮痛薬の内服などの二次的要因が加わることにより重篤な症状が誘発される、いわゆる食物依存性運動誘発アナフィラキシーが存在することが明らかになってきている。そして、食物依存性運動誘発アナフィラキシーの原因食物としては、小麦が最も多く報告されている(非特許文献2)。
【0004】
この、二次的要因を必要とする小麦依存性運動誘発アナフィラキシーに関しては、その性質上、発見および確定が困難であり、本人もそのようなアレルギー体質であることを自覚できないため、予防策、たとえば、小麦の摂取を自制することは実質的に不可能である。すなわち、病状が何度か出てから後にアレルギー体質を自覚することができるのみである。
【0005】
医学的には、小麦依存性運動誘発アナフィラキシーの原因抗原のうち、重篤な症状を引き起こすものは、4種類のグリアジン(α,β,γ,ω)のうち、ωグリアジンの一つであるω5グリアジンであることが突き止められている(非特許文献3)。そして、小麦は、グリアジンとグルテニンという2種のタンパク質からなるグルテンをもつ唯一の穀物であってこれらにより小麦特有の粘りが生じる。
【0006】
すなわち、小麦である以上ω5グリアジンが含まれるため、本質的に小麦製品を食すれば発症の可能性を除去できないという問題点があった。また、二次的要因が加わる場合でないと発症しないので、本人も潜在的な患者であることが自覚できず、防衛方法もないという問題点があった。
【0007】
また、小麦品種によりグルテンの含量やグルテニンやグリアジンの成分比も異なり、また、どのような小麦製品をどれだけ食するかによっても、摂取量の過多が生じるので、発症の仕方にもばらつきが生じやすいという問題点があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2010−226958号
【特許文献2】特開2006−126083号
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】松尾裕彰,他9名,「Identification of the IgE-binding epitope in omega-5 gliadin, amajor allergen in wheat-dependent exercise-induced anaphylaxis」, The Journal ofBiological Chemistry,2004年,279巻,13号,p.12135-12140
【非特許文献2】望月満,他2名,「食物依存性運動誘発性アナフィラキシー」小児科診療2003年,4月 第66巻,増刊号,P.39-43
【非特許文献3】KatiPalosuo 他7名,「Anovel wheat gliadin as a cause of exercise-induced anaphylaxis.」,Journal of Allergy andClinical Immunology,1999年,103巻,5号,P.912-917.
【非特許文献4】KatiPalosuo 他6名, 「Wheat omega-5 gliadin is amajor allergen in children with immediate allergy to ingested wheat.」,Journal of Allergy andClinical Immunology, 2001年,108巻,4号,P.634-638
【非特許文献5】T. R. Endo 他1名,「The deletion stocks of common wheat」,Journal of Heredity,1996年,87巻,P. 295-307
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上記に鑑みてなされたものであって、小麦依存性運動誘発アナフィラキシーを含め、アレルギー予防に資する低アレルゲン化小麦を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1に記載の小麦品種作出方法は、1B染色体を有しながらω5グリアジン遺伝子を欠失している第1の小麦品種であるチャイニーズスプリング(Triticum aestivum cv. Chinese Spring)の染色体欠失系統1BS−18株に対して、第2の小麦品種群であるホクシン、ミナミノカオリ、春よ恋、はるきらり、および、ハルユタカの中から1種類以上の小麦品種を用いて少なくとも1回戻し交配し、ω5グリアジン遺伝子を有さず、他の遺伝子は前記第2の小麦品種群の遺伝子を概ね承継した低アレルゲン化小麦品種を作出することを特徴とする。
【0012】
すなわち、請求項1に係る発明は、小麦依存性運動誘発アナフィラキシー原因抗原のうち、特に、重篤な症状を招来する可能性の高いω5グリアジンを蓄積しない品種に基づいて食味のよい品種を自然手法(交配)により作出する。
【0013】
もどし交配は、第2の小麦品種群のうちどれかひとつの品種のみを用いつづけるものであってもよく、また、複数の品種を用いるものであってもよい。
なお、概ね承継とは、略承継ということもできる。
【0014】
請求項2に記載の小麦品種作出方法は、請求項1に記載の小麦品種作出方法において、戻し交配後全粒粉に加工し、箱形の型に入れてパンとして焼き上げた際に、前記チャイニーズスプリングのみを全粒粉として同工程を経てパンとして焼き上げたものより、型の開口方向への高さが1.5倍以上となるものを選抜することを特徴とする。
【0015】
すなわち、請求項2に係る発明は、膨らみが良好であり官能評価に優れる小麦を得ることができる。
【0016】
請求項3に記載の小麦製品は、請求項1または2に記載の小麦品種作出方法により得られた低アレルゲン化小麦品種を用いた小麦製品である。
【0017】
すなわち、請求項3に係る発明によれば、潜在的な患者であっても、小麦依存性運動誘発アナフィラキシーの発症を予防可能となる。
なお、小麦製品とは、低アレルゲン化小麦を原料とする製品のほか、小麦から特定の物質例えばグルテンを抽出した素材製品も含まれるものとする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、小麦依存性運動誘発アナフィラキシーの罹患を含み、小麦アレルギーの予防に資する低アレルゲン化小麦品種および低アレルゲン化小麦を用いた小麦製品を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】ω5グリアジン遺伝子を有さないホクシンの特徴を引き継いで固定された低アレルゲン化小麦の穂の乾燥体の写真である。
【
図2】チャイニーズスプリングのみを用いた場合と、本発明により得られた低アレルゲン化小麦のみを用いた場合の、製パン性評価(膨らみ)を示した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態を図面を参照しながら詳細に説明する。本発明は、本願発明者らが鋭意検討の結果、極めて多数の株がある小麦品種のうちω5グリアジンを生成しない株が存在することを見いだしてなした発明である。すなわち、グリアジンを総て欠失させるのではなく、小麦の性質を維持しつつ、重篤な症状を発症しにくく食味も保持する低アレルゲン化小麦を得ようとしてなした発明である。
【0021】
ここでは、ω5グリアジン遺伝子を欠失しているチャイニーズスプリング(Triticum aestivum cv. Chinese Spring)の染色体欠失系統1BS−18株をもちいて、これに食用品種をもどし交配させることとした。
【0022】
なお、この株は次のように選定した。まず、NBRP(National Bioresource Project)が管理保存している1B染色体のDeletion小麦株40種(非特許文献5)を用い、ω5グリアジン遺伝子は欠損しているものの、他の小麦構成蛋白質をコードする遺伝子に関してはなるべく多く保存しているものを基準として選抜した。ω5グリアジン遺伝子は、短腕1BSに乗っているため、各1BS株の抗原性の有無を調べ、1BS−18株,1BS−19株,1BS−23株,1BS−22株,1BS−24株を抽出した。これらのうち、染色体の外形上欠失量がもっとも少ないものとして1BS−18株を選定した。
【0023】
なお、HPLC(高速液体クロマトグラフィー)法より評価した結果、1BS−18株にはω5グリアジンのピークが観測されず、ω5グリアジンが欠失していることが確認できた。
同様に、ウエスタンブロット法により、ω5グリアジンエピトープ特異的抗体を用いてアレルゲン性を評価したところ、1BS−18株には、ω5グリアジンの抗原性が消失していることが確認できた。
【0024】
ここで、チャイニーズスプリングは、研究用の小麦品種であって一般的に食味はよくない。したがって、食味のよい品種と交配して食味をよくすることとした。なお、1BS−18株は、前述のように、1BS染色体のほとんどの遺伝子を保存しているので、他の品種との交配にも適している。
【0025】
食味のよい品種として、ホクシン(小麦農林142号)、ミナミノカオリ(小麦農林160号)、春よ恋、はるきらり、および、ハルユタカについて戻し交配をおこなうこととした。ここでは、ホクシンを用いた例について説明する。
【0026】
まず、1BS−18株とホクシンとを人工交配し、得られた種子を再播種し、再度ホクシンと人工交配させる(戻し交配する)。このとき、株毎に1BS−18染色体を有する株の種のみを再播種して、更にホクシンを戻し交配する。この交配→確認→欠失種子の播種の作業を3回繰り返し、その後、自家受精して、1B染色体の代わりに1BS−18染色体を2本有する1BS−18ホモ接合個体を選抜し、さらに2回自家受精してω5グリアジンを有さず、他の性質はホクシンの性質を持ち合わせる株を作出する。戻し交配を3回、自家受精を3回おこなえば均一性や安定性がそなわりいわば品種が固定される。この戻し交配をおこなって均一性・安定性が備わった系統をホクシン−1BS−18と表記することとする。
図1は、ホクシン−1BS−18を自然乾燥させた穂の外観写真である。
【0027】
次に、ホクシン−1BS−18の加工性や食味について調べた。全粒粉にして製パン試験をおこなったところ、膨らみが良好であった。これは、全粒粉に所定量のイースト菌、塩、水を加えて一次発酵、二次発酵させ、箱形の型に入れてパンとして焼き上げるものであるが、元のチャイニーズスプリング1BS−18の全粒粉を同工程にて製パンした場合に比べて、1.5倍以上の膨らみとなった。
図2に膨らみの違いを表した写真を示す。市販の強力粉を用いたパンよりかはわずかに膨らみが少ないものの、概ね良好な系統が選抜されていることが確認できた。
なお、官能評価においては、香ばしさがあり、高評価であった。
【0028】
以上は、ホクシンを用いての戻し交配した結果について説明したものであるが、同様の手法により、ミナミノカオリ、春よ恋、はるきらり、ハルユタカを用いても食味がよく、低アレルゲン性化した小麦を得ることができる。なお、同一品種のみを用いて戻し交配しても良いが、均一性・安定性が備わるのであれば、複数の品種により戻し交配しても良い。
【0029】
本発明により、小麦アレルギー特にω5グリアジンを有さず、通常の小麦と比較して感作が成立しにくい革新的な小麦(低アレルゲン化小麦)を得ることができる。この小麦が広く流通するほど小麦アレルギーの発症を大幅に低減させることも可能性である。
アレルギーが起こる原因は解明されていないが、小麦アレルギー等はあるときアレルギー症状が出ると、その後は程度の違いはあれ小麦を食するとアレルギー症状が出てしまう。本発明による低アレルゲン化小麦は、ω5グリアジンを有さないので、アレルギーの予防に資することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0030】
ω5グリアジンが欠失していても、小麦のなかには、他のωグリアジン、またα、β、γグリアジンやグルテニンが存在するため、粘性等にはほとんど影響がない。よって、従来どおりの小麦製品を製造できる。特に、グルテンを分離させ、これを米粉パン、ハム、練り物などの素材として利用することもできる。