【実施例】
【0036】
以下に、本発明に係る新規ポリペプチドについて詳細に説明するための実施例を示す。
【0037】
[実施例1:Halimeda borneensisからのHBL40の単離]
(HBL40の単離)
まず、屋久島の春田浜沿岸で採集されたHalimeda borneensisの凍結藻体100gを、液体窒素を用いて粉末にした。この粉末に200mLのリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を加え、4℃で一晩中撹拌した後に、遠心分離(9000g、30分、4℃)により上清を回収した。回収した上清に硫安を70%飽和となるように加え、30分間緩やかに撹拌し、4℃で一晩中静置した。その後、遠心分離(9000g、30分、4℃)により沈殿物を回収し、回収した沈殿物を少量のPBSに溶解し、同溶媒に対して十分に透析した。その後、内液をさらに遠心分離(9000g、30分、4℃)して上清を塩析画分として回収した。得られた塩析画分を硫安で1M溶液に調製し、1M硫安含有20mMリン酸緩衝液(PB)で平衡化されたHiPrep Phenyl FF カラム(1.6×10cm, Vt=20.1ml, GE Healthcare, Buckinghamshire, UK)に注入した。カラムを開始溶液で十分に洗浄した後に、PBで溶出した。なお、流速は2mL/minとし、溶出された5mLずつの画分を分取し、それぞれのUV280nmの吸光度及び赤血球凝集活性について測定した。その後、溶出された活性画分をプールし、限外ろ過(分画分子量10kDa)により濃縮した。濃縮液を20mMトリス‐塩酸緩衝液(pH8.0)に対して透析し、同一の緩衝液で平衡化されたTSKgel DEAE-5PWカラム(7.5×75mm, 東ソー製)に注入した。カラムを開始溶液で十分に洗浄した後に、上記緩衝液に0〜1M NaClの線形濃度勾配で含まれた溶液を用いて溶出した。溶出された1mLずつの画分を分取し、それぞれのUV280nmの吸光度及び赤血球凝集活性について測定した。
【0038】
(UV280nmの吸光度測定)
UV280nmに対する吸光度を測定することにより、それぞれの画分におけるタンパク質量を決定した。具体的に、280nmの吸光度が1.0の場合にタンパク質濃度が1mg/mLと推定し、又はウシ血清アルブミン(BSA)を標品として用いて、Pierce BCA Protein Assay Kit(Thermo FisherScientific, IL, USA)により測定した。
【0039】
(赤血球凝集活性の測定)
それぞれの画分の赤血球凝集活性を測定することにより、それぞれの画分の糖鎖結合性を評価した。赤血球凝集活性の測定のために、96ウェルプレートの各ウェルに対して25μLずつ生理食塩水による系列2倍希釈でそれぞれの画分を分注し、それらに等量の2%赤血球懸濁液を加えた。その後、混合液を緩やかに振とうし、室温で60分間インキュベートした。赤血球凝集活性を肉眼で観察し、凝集活性を示す最大希釈液の濃度を力価として決定した。
【0040】
(SDS−PAGE)
SDS−PAGEは12%アクリルアミドゲルを用いて、常法に従って行った。具体的に、上記画分に0.2%SDSを含むローディングバッファを加え、2%の2−メルカプトエタノールを加え又は加えずに100℃で5分間加熱した。電気泳動は100Vで2時間行い、電気泳動後のゲルはクマシーブリリアントブルー(CBB)R−250で染色した。参照タンパク質を含むマーカーキットはTefco社から購入した。
【0041】
(結果)
HiPrepPhenyl FF カラムを用いた疎水性クロマトグラフィーにより得られたそれぞれの画分のUV280nmの吸光度及び赤血球凝集活性の結果を
図1に示す。なお、
図1において、活性画分としてプールした画分は、ピーク上方のバーで示している。また、さらにTSKgel DEAE-5PWカラムを用いたイオン交換クロマトグラフィーにより得られたそれぞれの画分のUV280nmの吸光度及び赤血球凝集活性の結果を
図2に示す。なお、
図2において、活性画分として、すなわち精製HBL40として回収された画分は、ピーク上方のバーで示している。また、当該活性画分に対して行ったSDS−PAGEの結果も
図2に示す。なお、SDS−PAGEの結果において、レーン1は2%2−メルカプトエタノールを含む(還元)HBL40であり、レーン2は2−メルカプトエタノールを含まない(非還元)HBL40であり、レーン3は分子量マーカーである。さらに、抽出、硫安塩析、疎水性クロマトグラフィー及びイオン交換クロマトグラフィーの各工程後に得られた溶液における液量、タンパク質濃度、赤血球凝集活性(HA)、総赤血球凝集力価(THA)及び最小凝集濃度(MAC)を表1に示す。
【0042】
【表1】
【0043】
図1、
図2及び表1に示すように、各精製工程によって、Halimeda borneensisからHBL40が効果的に分離、精製され、精製されたHBL40において強い赤血球凝集活性が認められた。また、そのような活性画分についてSDS−PAGEを行った結果、還元下で約20kDa、非還元下で約40kDaの位置にバンドが認められた。従って、HBL40は糖鎖結合性を有し、20kDaのサブユニットからなる二量体型タンパク質であると示唆される。
【0044】
[実施例2:HBL40の糖鎖結合特異性]
(赤血球凝集阻害試験)
次に、HBL40の糖鎖結合特異性を赤血球凝集阻害試験により明らかにした。まず、96ウェルプレートの各ウェルに対して25μLずつ生理食塩水による系列2倍希釈で糖及び糖タンパク質を分注し、各ウェルに等量の赤血球凝集力価が4のHBL40を加えた。その後、プレートを緩やかに振とうし、室温で1時間静置した後に各ウェルに25μLの2%赤血球懸濁液(PRBC)を加え、再度プレートを緩やかに振とうし、室温で1時間静置した。赤血球の凝集阻害は肉眼で観察し、凝集阻害活性は、HBL40が完全に赤血球凝集を阻害する糖又は糖タンパク質の最小阻害濃度(mM又はμg/mL)で示した。なお、用いた糖は、単糖類のD−グルコース(Glc)、D−ガラクトース(Gal)、D−マンノース(Man)、D−フコース(Fuc)、N−アセチル−D−ガラクトサミン(GalNAc)、N−アセチル−D−グルコサミン(GlcNAc)、N−アセチル−D−ノイラミン酸(NeuAc)、D−キシロース(Xyl)及びD−ラムノース(Rha)、並びにニ糖類のD−ラクトース(Lac)であり、用いた糖タンパク質は、トランスフェリン、アシアロトランスフェリン、フェチュイン、アシアロフェチュイン、ウシ顎下腺ムチン(BSM)、アシアロBSM、ブタサイログロブリン(PTG)、アシアロPTG及びイーストマンナンである。結果を表2に示す。
【0045】
【表2】
【0046】
表2に示すように、HBL40の赤血球凝集活性は、単糖類や二糖類では阻害されず、また、糖タンパク質のうち複合型の特にN−グリカン及びO−グリカンを含むものによって強く阻害された。特に、アシアロ誘導体の糖タンパク質において強い阻害が認められた。一方、高マンノース型の糖タンパク質では、HBL40の赤血球凝集活性の阻害効果が認められなかった。以上から、HBL40は、複合型N−グリカンに好適に結合すると示唆された。
【0047】
(オリゴ糖結合解析)
HBL40のオリゴ糖結合特異性を遠心限外ろ過−HPLC法によって測定した。すなわち、まず、90μLの1μMHBL40と10μLの300nMピリジルアミノ化(PA)−オリゴ糖(タカラバイオ製)とを50mMトリス−塩酸(pH7.0)に混合し、室温で1時間インキュベートした。続いて、その混合液に対して、遠心限外ろ過器(分画分子量10kDa、PALL, NY, USA)を用いて室温で10000gの遠心分離を30秒間行った。20μLのろ液を、15%メタノール含有0.1M酢酸アンモニウム緩衝液で平衡化されたTSKgel ODS-80TMカラム(4.6×150nm)(東ソー製)に注入し、同一の溶液を用いて溶出した。このHPLCは流速1mL/min、40℃で行った。溶出液は、励起波長320nm、蛍光波長400nmでモニターした。一方、HBL40を含まない90μLの50mMトリス−塩酸(pH7.0)を上記PA−オリゴ糖と混合し、上記遠心限外ろ過を行い、ろ液をブランクとして用いた。HBL40と結合したPA−オリゴ糖の量[O
bound]は、加えられたPA−オリゴ糖の量[O
added]から未結合のPA−オリゴ糖の量[O
unbound]を引くことにより得た。[O
added]に対する[O
bound]の比率を結合活性(%)として定義した。用いた25種のPA−オリゴ糖を
図3に示し、試験結果を
図4に示す。
【0048】
図4に示すように、2本又は3本に分岐した糖鎖を有する複合型N−グリカン(No.1〜8)に対して強く結合した。しかしながら、他の4本又は5本に分岐した糖鎖を有する複合型N−グリカン(No.9〜11)、HM−グリカン(No.12、13)、糖脂質由来の糖タンパク質(No.14〜24)及びN−グリカンをコアとする五糖類(No.25)には結合しなかった。以上から、HBL40は、2本又は3本の分岐鎖を有する複合型N−グリカンを好適に認識することが示唆された。
【0049】
[実施例3:抗インフルエンザ活性の測定]
(感染阻害効果の測定)
HBL40の抗インフルエンザ活性を測定するために以下の試験を行った。まず、ヒトNCI−H292細胞(ATCC #CRL1848, Culture Collections, Public Health England, London,UK)を48ウェルプレートに播種し、インフルエンザウイルスA/H3N2/Udorn/72株を2.5の多重感染度(MOI)で感染させた。また、同時に、種々の濃度のHBL40を細胞培養液に添加した。感染から24時間後に、細胞を80%アセトンにより固定し、0.5%アミドブラック含有45%エタノール−10%酢酸により染色した。染色したプレートをグレースケールで撮影し、写真の色濃度をNHI-ImageJ 1.48vソフトウェアにより測定した。HBL40を添加しない場合、重度の細胞変性が見られ、細胞生存率を0%とした。一方、擬似感染させた細胞は、変性が無く、細胞生存率を100%とした。試験結果を
図5に示す。
【0050】
図5に示すように、HBL40は、NCI−H292細胞に対するインフルエンザウイルスの感染を濃度依存的に阻害し、ED50は8.02nMであった。この結果から、HBL40は、抗インフルエンザ活性を有することが示唆された。
【0051】
(表面プラズモン反応によるヘマグルチニン結合活性の測定)
次に、HBL40のインフルエンザウイルスエンベロープの糖タンパク質ヘマグルチニンに対する直接の相互作用について、BIAcore X100 system (GE Healthcare)を用いて評価した。そのために、まず、センサチップ(CM5,GE Healthcare)をN−ヒドロキシコハク酸イミド/N−エチル−N’−ジメチルアミノプロピルカルボジイミドで活性化させ、ヘマグルチニンをアミンカップリング法によりセンサチップ上に固定した。なお、センサ表面の未反応基を1Mエタノールアミンでブロックした。10mMの4−(2−ヒドロキシエチル)−1−ピペラジンエタンスルホン酸(HEPES)、150mMのNaCl(pH7.4)からなるランニングバッファ(HBS−N)を用いて、種々の濃度のHBL40を流速30μL/minで流して結合試験を行った。結合試験の条件は、接触時間120秒、解離時間600秒とし、10mMのグリシン−塩酸(pH1.5)により表面を再生した。動態パラメータ(k
a:会合速度定数、k
d:解離速度定数、K
A:会合定数、K
D:解離定数)をBiacore X100 evaluationソフトウェア(GE Healthcare)を用いた1:1の結合のためのラングミュアモデルにデータをフィッティングすることで算出した。その結果を
図6及び表3に示す。
【0052】
【表3】
【0053】
図6及び表3に示すように、HBL40は、インフルエンザウイルスのヘマグルチニンに濃度依存的に直接結合することが示された。その親和性は、表3に示すようにK
D値で1.21×10
−6Mであった。この結果から、HBL40はインフルエンザウイルスのヘマグルチニンに直接に結合することが明らかとなった。以上から、HBL40は、抗インフルエンザ活性を有するものと認められる。
【0054】
[実施例4:HBL40の分子量の測定]
HBL40のN末端アミノ酸配列を以下の通りに決定した。すなわち、まず、HBL40に対して、5%アセトニトリル含有0.05%水性トリフルオロ酢酸(TFA)で平衡化されたTSKgel ODS-80TMカラム(4.6×150mm)で逆相HPLCを行った。HBL40の注入後、カラムを開始溶液で洗浄し、5〜70%の濃度勾配アセトニトリル含有0.05%TFAで溶出した。溶出液のUV280の吸光度を観察し、タンパク質ピークを回収し、得られた2種の精製HBL40(後に説明するHBL40−1及びHBL40−2)に対して分子量測定を行った。分子量測定は、AXIMA-CFR plus(島津製作所)を備えたマトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析計(MALDI−TOFMS)を用いて行った。
【0055】
図7に逆相HPLCで得られた溶出液のUV280の吸光度の変化を示す。
図7に示すようにHBL40は、HBL40−1及びHBL40−2の2つのピークが認められた。これらについて分子量測定を行った結果を
図8に示す。
図8に示すように、HBL40−1の分子量は38141Daであり、HBL40−2の分子量は38451Daであり、両者共に概ね38〜39kDaであった。
【0056】
[実施例5:HBL40のN末端アミノ酸配列の決定]
HBL40のN末端アミノ酸配列(16アミノ酸)を以下の通りに決定した。すなわち、YMC-Pack Protein-RPカラムによる逆相HPLCにより精製されたHBL40(HBL40−1及びHBL40−2)に対してProcise 492 HT protein sequencing system(ThermoFisher Scientific)を用いて配列決定を行った。その結果を
図9に示す。
【0057】
図9に示すように、HBL40−1及びHBL40−2は、共にN末端に同一の16アミノ酸配列(配列番号1)を有していた。なお、このN末端配列と顕著に類似する配列はデータベースにおいて発見されなかった。
【0058】
以上のように、Halimeda borneensis由来の新規レクチンであるHBL40は、N末端に配列番号1で示されるアミノ酸配列を有し、分子量が約38〜39kDaであって、抗インフルエンザウイルス活性を有しており極めて有用である。