ヘテロ元素を含有した酸化グラフェンおよびグラフェンの製造方法に関し、窒素および/または硫黄を分子内に炭素網面と化学結合した形態で有する石炭系コークスを原料とすることを特徴とする製造方法を提供する。
窒素や硫黄といったヘテロ元素量を調整した特定の石炭系コークスを原料として用い、Hummers法などによって酸化グラフェンを製造することによって、ヘテロ元素を分子内に炭素網面と化学結合した形態で有する酸化グラフェンおよびグラフェンの製造を可能とする。
X線回折法による分析において結晶構造のd002面のピークが検出される炭素材料の炭素網面間を剥離することによる酸化グラフェンの製造方法であって、原料として、面間隔d002が0.3390nm以上、0.3447nm以下であり、窒素および/または硫黄を含有した石炭系コークスを使用することを特徴とする酸化グラフェンの製造方法。
【背景技術】
【0002】
グラフェンは炭素原子のSp2結合によるπ電子共役系で構成された六員環構造が二次元平面上に展開されたハニカム構造を有しており、その厚みは原子1層分程度であることから、高い比表面積を示す。このグラフェンを酸化した構造である酸化グラフェンもまた、グラフェンと同様に高い比表面積の特性を示し、さらに酸化によるエポキシ基、ヒドロキシ基、カルボキシ基といった酸素含有官能基を有することから、極性溶媒への高い分散性を示すなどグラフェンとは異なった特性を有する。これらの酸素含有官能基は陽イオンの吸着性能を示し、水質浄化への利用や、金属および金属化合物との複合化による触媒への利用が期待されている。その他にも、高いプロトン伝導性を示すことから、燃料電池への利用が期待されている。
【0003】
酸化グラフェンの製造方法はHummersが報告したように(非特許文献1)、黒鉛を硫酸酸性下で過マンガン酸カリウムを反応させることで得る方法が簡便かつ大量に合成可能であり、数多く研究されている。しかしながら、この手法は硫酸や過マンガン酸といった環境負荷の高い試薬を使用しており、また、硫酸イオンやマンガンイオンを含んだ廃液の処理が必要であるため、環境負荷やコストの観点から、これらの処理剤の使用量を低減させることが好ましい。
【0004】
酸化グラフェンの製造に要する処理剤の使用量を低減させるために、酸化処理前の黒鉛にマイクロ波を照射することが特許文献3に提案されているが、工業的にはマイクロ波を照射するための特殊な設備を要し、大量生産が難しいという欠点が存在する。
【0005】
またこうしたHummers法を用いた酸化グラフェンの合成は、原料として工業的に多量に入手可能なものとして、天然黒鉛や石炭、およびそれらを前処理したものが存在する。しかしながら、天然黒鉛は産出地域が限られることに加えて、黒鉛化度が高いことから過酷な酸化反応が要求されることが考えられる。また、石炭を処理したものとしては無煙炭を原料とした酸化グラフェンの製造方法が特許文献4にて提案されているが、石炭を溶剤処理するために設備や溶剤といったコストを要することから不利である。
【0006】
特許文献1は、グラフェン量子ドットを合成する炭素源として、石炭、コークスを例示する。特許文献2は、酸化グラフェン分散体または酸化グラフェンゲルを調製するための黒鉛材料として、天然黒鉛、人造黒鉛、中間相炭素、中間相ピッチ、メソカーボンマイクロビーズ、軟質炭素、硬質炭素、コークス、炭素繊維、カーボンナノファイバー、カーボンナノチューブなどを例示する。しかし、これらの文献では、原料としてのコークスの詳細は明らかにされておらず、コークスは単に炭素源や黒鉛材料として使用できる可能性を期待しているだけにすぎない。さらに、炭素源に含まれるヘテロ元素の形態、およびその活用も開示しない。
【0007】
酸化グラフェンは熱還元、光還元、還元剤によって還元されてグラフェンになることが知られており、グラフェンを製造するための前駆体としての価値も知られている。酸化グラフェンを前駆体として用いないグラフェンの製造方法は、古くは黒鉛をスコッチテープにより剥離させて得るスコッチテープ法などがあり、近年ではCVD法や超臨界流体による合成法が知られている。しかしながら、CVD法では工業的に利用可能な大量の製造が困難であることや、製造した基板から転写するといった操作が必要であるといった技術的課題が存在している。超臨界流体を用いた方法については、高圧に対応した設備が必要となり、剥離後のグラフェンは自身の有するπ電子共役系のスタッキングにより積層体であるグラファイトに戻りやすく、工業的にも不利な点を有している。そのため、酸化グラフェンを経由したグラフェンの製造法は工業的観点において重要な意味を持つ。
【0008】
グラフェンは理論的にはバンドギャップが存在しない材料であり、グラフェンに窒素や硫黄、ホウ素、リンを導入することによってフェルミ準位を操作し、p型やn型の半導体特性を発現させる研究もおこなわれている。グラフェンに対してヒドラジンのような窒素化合物を反応させることによって、炭素以外の元素を添加するドープと呼ばれる手法や、グラフェンの原料である炭素材料を製造する際に、窒素や硫黄、ホウ素、リンを含んだ材料を添加して混合物を形成してから炭素化・黒鉛化の際に反応させることでグラフェンに導入するといった手法が存在している。しかしながら、反応剤の添加や、混合物を調整することは、処理剤や設備を必要とすることからコストを要するため工業的に好ましくない。また、反応剤の多くは取り扱いに特別な配慮を要し、例えばヒドラジンなどは自身の生物有害性に加え、爆発性を示すことから好ましくない。また、炭素源に窒素や硫黄、ホウ素、リンを添加して混合物を形成してから炭素化・黒鉛化する方法については、試料の均一化や反応による副生成物の除去などといった欠点が存在する。
【0009】
特許文献5には酸化グラフェンに硫黄含有化合物を含むスラリーを液中プラズマ処理してドープする手法が提案されているが、プラズマ処理設備を要するという欠点が存在している。
【0010】
また、平均サイズ(面方向)が100nm以上の結晶であるものを仮にグラフェンと定義すると、特許文献6および非特許文献2に記載されるように、天然黒鉛以外の非晶質(微結晶)炭素素材である、人造黒鉛、カーボンブラックは、これらを処理してもグラフェンは得られないと考えられていた。
【発明を実施するための形態】
【0020】
グラフェンとは、ナノサイズのシート状の炭素分子であり、酸化グラフェンとは、様々な酸素官能基を有したグラフェン類縁体である。
酸化グラフェンは、その製造方法や製造条件によって構造が異なることから厳密な構造の規定は困難であるが、本発明によって石炭系コークスから得られる酸化グラフェンは、酸素原子を0.1wt%以上、60.0wt%以下有し、層数が1層以上、10層以下であって、そのシートの平均サイズが10nm以上であるグラフェン類縁体である。酸化グラフェンの平均シートサイズは、好ましくは100nm〜100μm、より好ましくは1.0〜50μmである。酸化グラフェンの平均シート膜厚は、好ましくは0.8〜80nm、より好ましくは0.8〜3.2nmである。酸素原子を好ましくは1〜65wt%、より好ましくは30〜45wt%含有する。
また、本発明の製法で得られる酸化グラフェンは窒素および/または硫黄が分子内に炭素網面と化学結合した形態で存在していてもよい。窒素および/または硫黄の存在量はそれぞれN:0.1〜0.9wt%、S:0.1〜0.9wt%の範囲内まで調整可能である。窒素原子を好ましくは0.1〜0.8wt%、より好ましくは0.2〜0.6wt%含有する。硫黄原子を好ましくは0.1〜0.8wt%、より好ましくは0.2〜0.6wt%含有する。
なお、本発明による酸化グラフェン内部の窒素および/または硫黄は、原料である石炭系コークスがその分子内に炭素網面と化学結合した形態で存在している窒素および/または硫黄を由来としていると推測され、酸化グラフェンに対して種々の添加処理を施す「ドープ」と呼ばれる操作によって窒素および/または硫黄を導入する方法とは異なる手法である。
【0021】
酸化グラフェンの製法として広く知られているHummers法は、原料となる黒鉛の積層した炭素網面に対して酸化反応を施し、網面間の分子間力を低減させて剥離させることで酸化グラフェンを得るものである。酸化反応に際しては、網面間に硫酸イオンなどの分子のインターカレーションを経由していると考えられている。そのため、黒鉛化度の高い炭素材料原料は網面間が狭く、分子間力が強く働いていると推測される天然黒鉛やHOPGのような人造黒鉛といった高結晶性な炭素材料に対してHummers法を用いて酸化グラフェンとするときに、より過酷な反応場で行わなければならない。
【0022】
天然黒鉛やHOPGのような人造黒鉛は、本発明の石炭系コークスよりも、高い熱処理温度や圧力条件下のもとで製造され、その結晶性および配向性は極めて高く、いわゆる黒鉛化度の高い高結晶性の炭素材料である。それに対して、本発明の石炭系コークスは炭素網面がある程度発達した状態(結晶質)でありながら、黒鉛やHOPGよりも網面間距離が広いために分子間力が弱い。このため、コークスを酸化グラフェンの原料としてHummers法などの手法を適用した場合、層間に処理剤が浸透しやすく、少量の処理剤で温和な条件にて酸化グラフェンが得られる。
【0023】
本発明の対象とする石炭系コークスは、原料油として、石炭系重質油を少なくとも50wt%以上、好ましくは65wt%以上使用して製造されたコークスである。本発明の酸化グラフェンの製造方法は、石油系重質油から得られる石油系コークスも使用することができるが、原料中の窒素および/または硫黄の含有量の観点、そして炭素網面を構成する六員環構造を多く有する観点から、石炭系重質油を使用して得られる石炭系コークスが酸化グラフェンの容易な合成や窒素や硫黄の含有が容易であるので好適である。
石炭系コークスの原料である石炭系重質油とは、高炉で用いられる製鉄用コークスを製造する際にコークス炉から副生するコールタール、タール系重質油、タールピッチ、等が例示されるが、これらを水素化したタールピッチ等を用いることもできる。また、石炭系重質油と共にコークス化する原料油としては、石油系ピッチ、アスファルト、重油類、重質原油等を用いてもよい。
【0024】
石炭系コークスには、生コークス、か焼コークス、黒鉛化コークスの3種類が存在する。これらはいずれも本発明で酸化グラフェン原料として使用することができるが、好ましくは生コークスおよびか焼コークスであり、より好ましい原料はか焼コークスである。これは、生コークスおよびか焼コークスは、熱処理温度の操作によって結晶性の調整が容易である利点が存在することによる。
【0025】
本発明の酸化グラフェンの原料となる石炭系のコークスは、X線回折装置を用いて学振法にて測定・解析される構造パラメータがd002=0.3390〜0.3447nm、Lc=2.9nm以上、の範囲内にあって、真密度が1.600〜2.200、見かけ密度が1.399以上である結晶性がある程度進んだコークスが好ましい。d002や真密度、見かけ密度の値が上記範囲外である場合、酸化グラフェンを容易に合成するために必要な適度な結晶性にならない。すなわち、d002が上限を超えるなど低結晶性では、炭素網面の発達が不十分であることによる酸化グラフェンおよびグラフェンのシート構造が極めて小さくなる欠点が存在する。一方、d002が下限より小さくなるなど高結晶性では、網面間の距離が狭い、もしくは網面間の分子間力が強いことによって、層間に処理剤が浸透しにくく、要する処理剤の使用量や反応時間の増加が必要となる等の欠点が存在する。
なお、石炭系コークスは好ましくは、d002:0.3420〜0.3447、Lc:3〜120nm、真密度:2.000〜2.190である。
【0026】
本発明の酸化グラフェンの原料となる石炭系のコークスは、窒素および/または硫黄をそれぞれN:0.1〜0.9wt%、S:0.1〜0.9wt%含有することが望ましい。ヘテロ元素を含有した酸化グラフェンを簡便に得ることができる。
なお、コークス中の窒素および硫黄は、所望する酸化グラフェン中に存在させたい量に応じ、例えばコークス原料となる石炭系重質油を窒素分や硫黄分を取り除いた油を用いて希釈することや、石炭系重質油を脱窒素もしくは脱硫黄すること、硫黄分の多い石油系重質油を添加することなどによって調整される。
【0027】
石炭系コークスの製造方法としては、コークスを製造するための一般公知の方法であれば本発明においては特に限定されるものではないが、大量に製造可能であるという観点からディレードコーキング法による製造が好ましい。
【0028】
本発明に好適な石炭系コークスの製造方法は、好ましくは、ディレードコーカー等を用いて石炭系コークスの原料となる石炭系重質油を最高到達温度が400℃〜700℃程度の温度で24時間程度、熱分解・重縮合反応を進めることによって、先ず石炭系生コークスを得る。
【0029】
次に、上記石炭系生コークスを、粗粉砕してロータリーキルンを用いて低酸素雰囲気で最高到達温度800℃〜1500℃でか焼し、石炭系か焼コークスとする。か焼温度は、好ましくは900℃〜1500℃、より好ましくは1000℃〜1400℃の範囲である。か焼処理は、生コークス中の水分、揮発分を除去するとともに、高分子成分として残存する炭化水素をコークスに転化し結晶の成長を促進する。なお、石炭系生コークスのか焼処理には、大量の熱処理が可能な設備であればロータリーキルン以外にもリードハンマー炉、シャトル炉、トンネル炉、ローラーハースキルンあるいはマイクロウェーブ等の設備を用いることができるが、特にこれらに限定されるものではない。また、これらのか焼処理設備は、連続式及びバッチ式のどちらでもよい。
【0030】
上記で得られた石炭系生コークスもしくは石炭系か焼コークスは、冷却後粉砕してメッシュ径で5mm以下の粒度に調整されたのち、酸化グラフェンを得るための原料に供される。
【0031】
以下、本発明による酸化グラフェンの製造方法について説明する。その後、得られた酸化グラフェンを用いたグラフェンの製造方法について説明する。
【0032】
発明の石炭系コークスを用いた酸化グラフェンの製造方法は、例えば、次の(1)〜(4)の手順によって行われる。
(1)原料コークスの酸化工程
(2)得られた酸化物を洗浄、精製する工程
(3)得られた洗浄酸化物を剥離する工程
(4)得られた剥離した酸化グラフェンを分離する工程
【0033】
石炭系コークスを酸化グラフェンとするための酸化方法は、Hummers法、電気的方法など、慣用の酸化方法から選択できる。多量に合成可能という観点からは、液相酸化方法が好ましい。
【0034】
石炭系コークスの粒度は、以降の操作におけるハンドリング性と、酸化反応の速度に応じて調整される。一般的にはコークス粒度が小さいほど比表面積が大きくなり、処理剤への接触面積量も増加して反応速度も大きくなるため、JIS規格の標準篩で2.5メッシュ以下の粒度が好ましい。なお、粒度は325メッシュ以下の粒度のものも使用することもできるが、あまりにも細かくすると粉砕するためのコストが増加するため、200メッシュ以上が適当である。
【0035】
石炭系コークスを酸化するときに用いられる酸化剤の種類および量は、得たい酸化グラフェンの酸化度合い、結晶の欠陥構造の程度、および結晶サイズ(シートサイズ)に応じて調整される。
本発明においては、原料として、汎用の人造黒鉛ではなく、低結晶性のためグラフェンを得ることが困難と考えられていた石炭系コークスに着目し、特定の石炭系コークスを原料として使用することにより、従来の人造黒鉛に比べて宇、処理剤(酸化剤など)の使用量を低減できる。
なお、酸化剤の具体例としては、硫酸、過マンガン酸カリウム、硝酸ナトリウム、リン酸等が単独、または複合しての使用が挙げられる。反応性や操作の容易さ、製造コストの観点から硫酸と過マンガン酸カリウムを組み合わせて使用することが好ましく、さらに高い酸化度合いとするためには硫酸と過マンガン酸カリウムに加えて硝酸ナトリウムを組み合わせての使用が好ましい。
【0036】
石炭系コークスを酸化するときの反応条件(温度、時間、圧力、雰囲気、攪拌速度)は、用いられる酸化剤の種類(反応性)および量、所望の酸化グラフェンの酸化度合い、結晶の欠陥構造の程度、および結晶サイズ(シートサイズ)に応じて調整される。
【0037】
Hummers法を用いた場合には、酸化した石炭系コークスは用いた酸化剤の硫酸イオンやマンガンイオン、反応によって生じた酸化マンガンなどが混在している。このため、酸化した石炭系コークスおよび、後の工程で得られる酸化グラフェンを純度良く取り出したい場合は、洗浄処理を行ってもよい。洗浄方法は、塩酸と純水を用いて遠心分離により分取する方法、分離精製法など、慣用的な方法を使用できる。洗浄条件(塩酸の濃度、洗浄回数、遠心分離の回転速度および時間など)や精製条件は、得たい純度に応じて調整される。
【0038】
酸化した石炭系コークスから酸化グラフェンへと剥離する方法は、溶媒中で超音波を印加する方法、超臨界流体を使用する方法など、慣用の方法を用いて剥離することができる。
溶媒中での超音波の印加による剥離の方法においては、溶媒は酸化グラフェンの酸化官能基に対して、または炭素網面に対して親和性を示し、分散能を有するものであればよく、例えば水やメタノール、エタノールやDMSO、ヘキサンやエチレングリコールなどを使用することができるが、コストや環境負荷の観点から水を用いることが好ましい。また、界面活性剤などを使用することによって、静電気的な反発力を利用して、超音波による剥離を促進することもできる。
【0039】
溶媒中での超音波の印加による剥離の方法において、酸化した石炭系コークスから酸化グラフェンへと剥離するときの反応条件(超音波の強度、温度、時間など)は、酸化度合い、所望酸化グラフェンの結晶の欠陥構造の程度、および結晶サイズ(シートサイズ)に応じて調整してよい。結晶の欠陥構造が少なく、大きな結晶サイズ(シートサイズ)の酸化グラフェンを得たい場合は印加する超音波の強度を低減し、時間も短くすることが好ましい。
【0040】
酸化した石炭系コークスを剥離した状態においては、層数が1層から10層までの酸化グラフェンと、11層以上の酸化グラファイトが混在している場合がある。また、酸化反応後の洗浄方法を十分に、または、一切行わなかった場合には、反応副生物の酸化マンガンなどが混在している場合がある。酸化グラフェンとして、層数が1層から10層の酸化グラフェンを分取する方法は、沈降分離や濾過など、慣用の方法を用いて分離することができる。得られる酸化グラフェンの層数および、シートのサイズの選択が簡便であるという観点からは、遠心分離による分取方法が好ましい。なお、分取された複数層の酸化グラフェンは再度超音波処理などを行って剥離処理をおこなってもよい。
【0041】
本発明により得られた酸化グラフェンからグラフェンを製造する方法は、上記の(1)〜(4)と同様の手順に続き、下記の(5)の工程を行う。
(5) 得られた酸化グラフェンを還元する工程。
【0042】
得られた石炭系コークスを原料とした酸化グラフェンを、グラフェンへと還元する方法は、アスコルビン酸やヒドラジンなどの還元剤を用いた方法、熱還元、光還元などの慣用の方法を用いて還元することができる。得たいグラフェンの還元度合いによって方法および条件を調整してもよい。例えば、還元度合いが低いグラフェンを製造するのであればアスコルビン酸を用いた還元方法が好ましく、還元度合いの高いグラフェンを製造するのであれば、水素存在下での熱還元や光還元が好ましい。グラフェン中の窒素の存在量を増加させるのであればヒドラジンを用いた還元方法が好ましい。
【0043】
本発明の方法によって得られた酸化グラフェンおよび、酸化グラフェンを還元処理して得られるグラフェンは、窒素および/または硫黄を分子内に炭素網面と化学結合した形態で有することができ、p型やn型の半導体特性を活用する観点からは半導体材料や、触媒などの用途に好適である。
【実施例】
【0044】
以下、本発明についてHummers法を用いた実施例及び比較例によってさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0045】
原料として用いた石炭系コークスの物性評価は、以下の方法により行った。
【0046】
[X線回折法による結晶格子パラメーター]
XRDによる面間隔d002、結晶子サイズLcは、JIS R 7651に準拠して測定した。
【0047】
[コークス中の窒素および硫黄分の測定方法]
コークス中窒素分は、JIS M 8819に準拠して測定した。 コークス中硫黄分は、JIS M 8813に準拠して測定した。
【0048】
[コークスの真密度と見かけ密度]
コークスの真密度は、JIS K 2151に準拠して測定した。 コークスの見かけ密度は、コークスをジョークラッシャーで粉砕後、8−16Meshを篩とり、真密度と同様の測定手順にて測定した。
【0049】
[原料コークス]
石炭系コークス:シーケム製LPC−U(d002:0.3444、Lc:5.1nm、真密度:2.145、見かけ密度:2.106、N:0.39wt%、S:0.30wt%)
【0050】
[天然黒鉛粉]
天然黒鉛:和光純薬工業製 試薬特級(d002:0.3356、Lc:100nm以上、真密度:2.260、見かけ密度:2.250、N:0.00wt%、S:0.00wt%)
【0051】
実施例1
5mm以下に粉砕した石炭系コークス0.5gと硝酸ナトリウム (和光純薬工業製 試薬特級)0.5gを500mlのナスフラスコにマグネットスターラーチップと共に入れ、氷浴に漬ける。次いで硫酸(和光純薬工業製 試薬特級 )23mlを滴下し、30分間撹拌する。その後、過マンガン酸カリウム(キシダ化学製 試薬特級)を3gを少量ずつ添加する。添加完了後にナスフラスコを氷浴から取り出し、35℃のウォーターバスに設置して60 分撹拌する。その後、純水40mlを滴下し、ウォーターバスの温度を90℃に設定して30分間撹拌する。撹拌後に純水を100ml加える。その後に過酸化水素水(和光純薬工業製 試薬特級)を2ml加える。
【0052】
得られた酸化物の懸濁液を50mlの遠心分離用チューブに注ぎ、遠心分離機(佐久間製作所製 SL−IVDH)を用いて3000r.p.m.で10分間遠心分離を行い、上澄み液を取り除く。取り除いた液量と同量の5%塩酸(和光純薬工業製 試薬特級を純水にて希釈し調整 )をチューブに注ぎ3000r.p.m.で10分間遠心分離を行い、上澄み液を取り除く。この塩酸による洗浄を合計で3回行った後に、同様に純水をチューブに注ぎ、3000r.p.m.で10分間遠心分離を行い、上澄み液を取り除く。この純水による洗浄を合計で2回行う。得られた沈殿物である粘性物質をシャーレにとり、乾燥機にて乾燥させる。
【0053】
乾燥後の酸化物を0.1g 、純水200mlと共に300mlの三角フラスコに加える。超音波洗浄機(アズワン製 ASU−2)を用いて、超音波を2時間印加する。
【0054】
得られた分散液を3000r.p.m.で30分間遠心分離し、積層数が11層以上の未剥離の酸化グラファイトと分離する。得られた上澄み液の分散物が目的とする石炭系コークスを原料とした酸化グラフェンである。上澄み液を取り除いた後の未反応成分である沈殿物をシャーレにとり、乾燥機にて乾燥させる。乾燥後の重量は0.010gであった。
【0055】
比較例1
実施例1の炭素原料である石炭系コークスを天然黒鉛粉(和光純薬工業製 試薬特級)に変更した以外は同様の操作を行った。遠心分離後の沈殿物の乾燥後の重量は0.070gであった。
【0056】
実施例2
実施例1の過マンガン酸カリウム(キシダ化学製 試薬特級)を6gに変更した以外は同様の操作を行った。遠心分離後の沈殿物の乾燥後の重量は0.006gであった。
【0057】
比較例2
実施例1の炭素原料である石炭系コークスを天然黒鉛粉(和光純薬工業製 試薬特級)に変更し、過マンガン酸カリウム(キシダ化学製 試薬特級)を6gに変更した以外は同様の操作を行った。遠心分離後の沈殿物の乾燥後の重量は0.045gであった。
【0058】
上記で得られた酸化グラフェンの物性評価は、以下の方法により行った。
【0059】
膜厚および結晶サイズ:得られた酸化グラフェン分散液を表面の段差1nm以下の雲母板に滴下し、乾燥させ、走査プローブ顕微鏡(SPM、Bruker−AXS社製Dimension Icon型SPM、測定モード:タッピングモード、プローブ:AC160(オリンパス社製))を用いて膜厚およびシートサイズを測定した。
なお、表1に評価結果を示すが、平均シートサイズおよび平均膜厚に関しては酸化グラフェン50個の測定結果の算術平均値を記載しており、シートサイズについては、1つのシートにおいて外周のある2点間の距離が最長となるときの、二点間距離より求めたものである。
【0060】
[窒素分および硫黄分の分析]
酸化グラフェン分散液を30℃の乾燥機で乾燥し、得られた個体を分析に供した。
酸素分は、JIS M 8813に準拠して測定した。
窒素分は、JIS M 8819に準拠して測定した。
硫黄分は、JIS K 0127を参考に、自動燃焼‐イオンクロマトグラフ法にて測定した。
【0061】
【表1】
【0062】
図1のSPM画像において(a)の箇所のように暗色の斑点として観察されているのが本発明の方法によって得られた酸化グラフェンであり、得られた酸化グラフェンは平均シートの膜厚が約1.2nmであることから、1層の酸化グラフェンが数多く存在していることが伺える。
表1において、未反応物は剥離できなかった残渣であり、未反応物重量が少ないほど、酸化グラフェンの生成量が多くなることを示している。表1に示すように、石炭コークスを原料とする本発明の酸化グラフェンの製造方法(実施例1)は、天然黒鉛を原料とする製法(比較例1)に比べて未反応物の重量が少なくなっており、同じ酸化剤KMnO
4の量でより多くの酸化グラフェンを得ることができる。同様に、酸化剤KMnO
4の量を倍増した場合であっても、石炭コークスを原料とした場合(実施例2)、天然黒鉛を原料とした場合(比較例2)に比べて、未反応物重量が少なく、酸化グラフェンの生成量が多くなっている。
加えて、実施例1と比較例2との対比から、原料として石炭コークスを使用した場合(実施例1)、原料として天然黒鉛を使用し酸化剤KMnO
4として二倍量を使用した場合(比較例2)よりも、未反応物重量が少なく、酸化グラフェンの生成量が多くなっている。よって、本発明の製法は、同量の酸化グラフェンの合成に必要な酸化剤の量を低減することが可能であるといえる。
さらに、本発明の方法によって得られる酸化グラフェンは、窒素分と硫黄分が天然黒鉛を原料とする場合よりも多く、これらの重量比率は出発原料に対して若干減少しているものの、依然として酸化グラフェンに内在していることから、ドープのために特別な処理を行う必要がないこともまた示している。