【実施例】
【0020】
以下に、本発明の実施例について説明する。なお、本発明は、これらの実施例に限定されるものではなく、これらの実施例を本発明の趣旨に基づいて変形、変更することが可能であり、それらを本発明の範囲から除外するものではない。
【0021】
(実施例1)
(2mM DMPCリポソーム(20mol% ドデシルトリエトキシシラン)溶液の調製)
脂質として、1,2−ジミリストイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン(DMPC)を用いたリポソームに、アルキルシランとして、上記式(1)においてR
1をエチル基とし、n=11で表される市販のドデシルトリエトキシシラン(以下において、Dotsと示すことがある)を用いることにより、シロキサン結合のネットワークを形成したリポソームを生成した。
【0022】
具体的には、まず、50mMのDMPCクロロホルム溶液80μLと、10mMのドデシルトリエトキシシラン-クロロホルム溶液80μLとを用意した。なお、ドデシルトリエトキシシランはDMPCに対して20mol%の配合量である。そして、これらをガラス容器に入れ、窒素ガスを吹き付けることで溶媒を留去し薄膜を形成した。そして、一晩静置後、重水1.0mLを加え、ボルテックスミキサーで撹拌した。脂質二重膜を単層にするために、液体窒素および50℃の湯浴に交互に浸す凍結融解を7回繰り返した。その後、エクストルーダー(アベスチンフィルター;細孔径50nm)に11回通した。脂質二重膜が形成された状態で、この溶液に2.0mMの塩酸を1.0mL加え、1日静置することにより、ドデシルトリエトキシシランを脱エタノール化し、脂質二重膜の表面にシロキサン結合のネットワークを形成することで、最終脂質濃度が2mMのDMPCリポソーム(20mol% ドデシルトリエトキシシラン)溶液(最終塩酸濃度1mM)を得た。
【0023】
(実施例2)
(2mM DMPCリポソーム(20mol% オクタドデシルトリエトキシシラン)溶液の調製)
実施例1と同様の方法にて、上記式(1)においてR
1をエチル基とし、n=17で表される市販のオクタデシルトリエトキシシラン(以下において、Odtsと示すことがある)を用い、2mM DMPCリポソーム(20mol% オクタデシルトリエトキシシラン)溶液を得た。
【0024】
(比較例1乃至3)
実施例1と同様の方法にて、脂質として、DMPCを用いたリポソームに、アルキルシランとして、上記式(1)においてR
1をエチル基とし、n=5で表される市販のへキシルトリエトキシシラン(以下において、Htsと示すことがある)を用い、2mM DMPCリポソーム(20mol% へキシルトリエトキシシラン)溶液を調製して比較例1とした。
【0025】
また、上記式(1)においてR
1をエチル基とし、n=7で表される市販のオクチルトリエトキシシラン(以下において、Otsと示すことがある)を用い、2mM DMPCリポソーム(20mol% オクチルトリエトキシシラン)溶液を調製して比較例2とした。
【0026】
さらに、上記式(1)においてR
1をエチル基とし、n=9で表される市販のデシルトリエトキシシラン(以下において、Detsと示すことがある)を用い、2.0mM DMPCリポソーム(20mol% デシルトリエトキシシラン)溶液を調製して比較例3とした。
【0027】
(蛍光分光器を用いたリポソームの安定性評価)
実施例1および2、ならびに比較例1乃至3で得られた、DMPCリポソーム(20mol% アルキルトリエトキシシラン)溶液における、リポソームの構造安定性の評価を、界面活性剤であるトリトンX−100(TX−100)を添加することにより行った。蛍光分光器には、HITACHI製のF−2700を用いた。
【0028】
リポソームは、およそ100nmのサイズであるため、その溶液は若干白濁しており、光散乱している。そこで、400nmの光を照射したときの400nmの散乱光を蛍光分光器で測定することによって、リポソームの崩壊度を評価した。
【0029】
具体的には、TX−100を0%添加したときの散乱強度を100%として、TX−100の添加による散乱強度の減少によってリポソームの崩壊を確認した。なお、散乱強度が15%を切ったときをリポソームが完全に崩壊したと判断した。
【0030】
図1に、本発明の実施例及び比較例に係るリポソームに界面活性剤を添加した際の光散乱強度を測定したグラフを示す。
図1中、アルキルシランを加えないDMPCリポソームのみの測定結果を○および灰一点鎖線で示す。また、Htsを加えたDMPCリポソーム(比較例1)を●および黒実線、Otsを加えたDMPCリポソーム(比較例2)を▲および灰実線、Detsを加えたDMPCリポソーム(比較例3)を■および黒点線、Dotsを加えたDMPCリポソーム(実施例1)を▼および灰点線、そして、Odtsを加えたDMPCリポソーム(実施例2)を◆および黒一点鎖線で示す。なお、これらは、DMPCに対して20mol%のアルキルシランを加えたDMPCリポソームであり、塩酸水溶液を加えた後、20℃で24時間静置後に測定を行った。
【0031】
DMPCのみからなるリポソームはTX−100を4当量添加することで、完全に崩壊した。同様に、Hts、Ots、Dets、及びOdtsを20mol%加えたDMPCリポソームでは、TX−100を4当量添加することで完全に崩壊したため、安定性の向上は見られなかった。これに対して、Dotsを20mol%加えたリポソームではTX−100を10当量添加しても安定であった。
【0032】
(
1H NMRスペクトルによる加水分解の確認)
アルキルシランを加えたリポソームに、酸またはアルカリを加えると、水中においてアルキルシランは下記式(2)のように、まず水と反応して加水分解し、その後シロキサン結合のネットワークが形成される。加水分解する際にアルコールを発生させるため、本発明の実施例において、エタノールを
1H NMRスペクトルによって検出することによって、加水分解の進行度を決定した。核磁気共鳴測定装置には、Varian製、400−MRを用いた。
【0033】
【化4】
【0034】
図2に示す
1H NMRスペクトルにおいて、○で示したピークがエタノールに帰属されるものであり、基準物質として3mMとなるように加えたジメチルスルホキシド(DMSO)と積分値を比較することで、エタノール濃度を決定した。この結果を反応進行度として表1に示す。なお、
図2(A)はHtsを加えたDMPCリポソーム(比較例1)、
図2(B)はOtsを加えたDMPCリポソーム(比較例2)、
図2(C)はDetsを加えたDMPCリポソーム(比較例3)、
図2(D)はDotsを加えたDMPCリポソーム(実施例1)、および
図2(E)はOdtsを加えたDMPCリポソーム(実施例2)を示す。なお、これらは、DMPCに対して20mol%のアルキルシランを加えたDMPCリポソームであり、塩酸水溶液を加えた後、20℃で24時間静置後に測定を行った。
【0035】
【表1】
【0036】
アルキル鎖が短いHts(比較例1)、Ots(比較例2)、およびDets(比較例3)では加水分解があまり起こっていないことがわかった。DMPCに対してアルキルトリエトキシシランのアルキル鎖が短いことでトリエトキシシランの部位がリポソームの脂質二重膜の中、つまり疎水場に存在することが示唆されており、このため、水と接触できず加水分解があまり進行しなかったものと考えられる。加水分解が進行していないため、この後のシロキサン結合ができる反応は進行せず、これらのアルキルトリエトキシシランでは安定性が向上しなかったことがわかった。
【0037】
これに対して、Dots(実施例1)とOdts(実施例2)はアルキル鎖が十分長く、トリエトキシシランの部位がバルク溶媒に接触できるため、加水分解が進行したものと考えられる。よって、上記式(1)において、n=11以上であることが好ましく、より好ましくはn=11〜17である。
【0038】
なお、加水分解が50%以下の値であるのは、リポソームの内膜に存在するDotsとOdtsは、内水相が中性条件であるため、加水分解が進行しなかったものと考えられる。
【0039】
(酸の濃度による安定性評価)
次に、シロキサン結合のネットワークを形成する際に添加する酸の濃度を変化させて、リポソームの安定性評価を行った。
【0040】
図3は、添加する塩酸の濃度を変化させて光散乱強度を測定したグラフである。測定の方法は
図1において説明した方法と同じであり、DMPCに対して20mol%のDotsを加えたDMPCリポソームへ、所定の濃度の塩酸水溶液を加えた後、20℃で24時間静置後に測定を行った。
【0041】
図3中、0mMの塩酸水溶液を添加した場合を●および黒実線、0.5mMの塩酸水溶液を添加した場合を▲および灰実線、1.0mMの塩酸水溶液を添加した場合を■および黒点線、2.5mMの塩酸水溶液を添加した場合を▼および灰点線、5.0mMの塩酸水溶液を添加した場合を◆および黒一点鎖線、そして、50mMの塩酸水溶液を添加した場合を○および灰一点鎖線で示す。なお、0mMの塩酸水溶液の場合、加水分解が進行せず、シロキサン結合も形成されないため、安定性は全く変化しなかった。
【0042】
1.0mMの塩酸水溶液では、安定性の向上が確認できた。それ以上塩酸濃度の高い条件において、TX−100をDMPCに対して10当量加えたときの安定性を比較するとそれほど大きな違いは無かった。以上のことより、シロキサンネットワークを形成するためにはリポソーム溶液の最終塩酸濃度が1.0mM以上であればよく、1.0〜50mMの酸を添加することが好ましいことがわかった。なお、アルカリについても同様の効果が期待される。
【0043】
(Dotsの添加量の変化による安定性評価)
次に、Dotsの添加量を変化させて、リポソームの安定性評価を行った。
図4は、本発明の実施例に係るリポソームに界面活性剤を添加した際の光散乱強度を測定したグラフである。測定の方法は
図1において説明した方法と同じである。
【0044】
図4中、DotsをDMPCリポソームに対して10mol%加えたリポソーム(比較例4)を●および黒実線で示す。また、DotsをDMPCリポソームに対して20mol%加えたリポソーム(実施例1)を▲および灰実線、DotsをDMPCリポソームに対して40mol%加えたリポソーム(実施例3)を■および黒点線、DotsをDMPCリポソームに対して70mol%加えたリポソーム(実施例4)を▼および灰点線、そして、DotsをDMPCリポソームに対して100mol%加えたリポソーム(実施例5)を◆および黒一点鎖線で示す。20mol%の添加量においても、安定性は見られたが、40mol%以上の添加量でTX−100をDMPCに対して10当量加えたときの安定性がほぼ100%であることがわかった。以上のことから、Dotsの添加量は20mol%以上であることが好ましく、より好ましくは40〜100mol%である。
【0045】
(Odtsの添加量の変化による安定性評価)
図2において、Odts(実施例2)は、トリエトキシシリル基がバルク溶媒に大きく出ているため自由度が大きく、このあとのシロキサン結合のネットワークがうまく形成されなかったものと考えられる。しかしながら、Odtsの添加量を変化させることによりリポソームの安定性が向上した。
【0046】
図5は、本発明の実施例に係るリポソームに界面活性剤を添加した際の光散乱強度を測定したグラフである。測定の方法は
図1において説明した方法と同じである。
【0047】
図5中、Odtsを加えないDMPCリポソームのみ(比較例5)を●および黒実線で示す。また、OdtsをDMPCリポソームに対して20mol%加えたリポソーム(実施例2)を▲および灰実線、OdtsをDMPCリポソームに対して40mol%加えたリポソーム(実施例6)を■および黒点線で示す。Odtsは、DMPCリポソームに対する添加量を40mol%に増やすことで安定性が向上した。この結果により、Odtsは脂質に対して40mol%以上の配合量とするのが好ましいことがわかった。
【0048】
(24時間静置する際の温度の影響による安定性評価)
本発明の実施例におけるリポソームは、脂質二重膜を形成させ、酸またはアルカリを添加した後、24時間静置することにより、シロキサン結合のネットワークを形成させる。そこで、24時間静置する際の温度によってリポソームの安定性に変化が見られるかを調べた。
【0049】
図6は、本発明の実施例に係るリポソームに塩酸を添加し、異なる温度で静置した際の光散乱強度を示すグラフである。測定の方法は
図1において説明した方法と同じである。また、この評価は、DMPCリポソームに対して40mol%のDotsを添加したリポソームを、1mM塩酸溶液中にて、所定の温度で24時間静置後に測定することにより行った。
【0050】
図6中、静置温度を4℃とした場合を●および黒実線、20℃とした場合を▲および灰実線、80℃とした場合を■および黒点線で示す。
【0051】
その結果、4℃では安定性の向上が見られなかった。これは、温度が低いため加水分解が進行しなかったものと考えられる。一方、20℃と80℃では同じように安定性の向上が確認された。以上のことから、静置温度は20℃以上が好ましいことがわかった。
【0052】
(透過型電子顕微鏡によるリポソームの構造確認)
DMPCリポソームに対して40mol%のDotsを添加したリポソームについて、構造確認を行うため透過型電子顕微鏡測定を行った結果を
図7に示す。透過型電子顕微鏡は日本電子社のJEM−1400を用いた。
図7(A)に示すように、DMPCリポソームに対して40mol%のDotsを添加したリポソームは、球状構造をとっていることが確認された。また、このリポソームにTX−100を4当量添加した場合も、
図7(B)に示されるように、球状構造は維持されており、リポソームが安定に存在していることが確認できた。