(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2020-33336(P2020-33336A)
(43)【公開日】2020年3月5日
(54)【発明の名称】有機化合物の酸化物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C07C 5/48 20060101AFI20200207BHJP
C07C 317/14 20060101ALI20200207BHJP
C07C 315/02 20060101ALI20200207BHJP
C07C 49/04 20060101ALI20200207BHJP
C07C 45/28 20060101ALI20200207BHJP
C07C 31/125 20060101ALI20200207BHJP
C07C 29/48 20060101ALI20200207BHJP
C07C 13/263 20060101ALI20200207BHJP
C07C 49/413 20060101ALI20200207BHJP
C07C 49/607 20060101ALI20200207BHJP
C07C 5/25 20060101ALI20200207BHJP
C07C 35/20 20060101ALI20200207BHJP
C07C 45/34 20060101ALI20200207BHJP
B01J 31/22 20060101ALI20200207BHJP
C07C 27/16 20060101ALI20200207BHJP
C07C 27/12 20060101ALI20200207BHJP
C07B 61/00 20060101ALN20200207BHJP
C07D 401/14 20060101ALN20200207BHJP
【FI】
C07C5/48
C07C317/14
C07C315/02
C07C49/04 A
C07C45/28
C07C31/125
C07C29/48
C07C13/263
C07C49/413
C07C49/607
C07C5/25
C07C35/20
C07C45/34
B01J31/22 Z
C07C27/16
C07C27/12 330
C07B61/00 300
C07D401/14
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2019-140155(P2019-140155)
(22)【出願日】2019年7月30日
(31)【優先権主張番号】特願2018-157577(P2018-157577)
(32)【優先日】2018年8月24日
(33)【優先権主張国】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000004444
【氏名又は名称】JXTGエネルギー株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504261077
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人自然科学研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100169454
【弁理士】
【氏名又は名称】平野 裕之
(74)【代理人】
【識別番号】100162352
【弁理士】
【氏名又は名称】酒巻 順一郎
(72)【発明者】
【氏名】相田 冬樹
(72)【発明者】
【氏名】正岡 重行
(72)【発明者】
【氏名】岡村 将也
【テーマコード(参考)】
4C063
4G169
4H006
4H039
【Fターム(参考)】
4C063AA03
4C063BB01
4C063CC22
4C063DD12
4C063EE10
4G169AA06
4G169AA08
4G169BA28A
4G169BA28B
4G169BC31A
4G169BC31B
4G169BC66A
4G169BC66B
4G169BD06A
4G169BD06B
4G169BE13A
4G169BE13B
4G169BE38A
4G169BE38B
4G169CB07
4G169CB70
4H006AA02
4H006AC12
4H006AC14
4H006AC41
4H006AC44
4H006AC62
4H006BA05
4H006BA19
4H006BA47
4H006BA60
4H006BE30
4H006BE32
4H006FC22
4H006FE11
4H006FE12
4H006TA01
4H006TA02
4H006TB02
4H006TB04
4H039CA60
4H039CA62
4H039CA80
4H039CC10
4H039CC30
4H039CC60
(57)【要約】
【課題】有機化合物の酸化物の新規な製造方法を提供すること。
【解決手段】錯体触媒存在下、有機化合物を酸化剤と接触させる工程を備え、錯体触媒が、下記一般式(1)で表される配位子前駆体と、二価鉄化合物又は二価銅化合物と、を反応させて得られる金属五核錯体触媒であり、有機化合物が、炭化水素化合物及び含硫黄有機化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種である、有機化合物の酸化物の製造方法。
[一般式(1)中、R
1〜R
9は、それぞれ独立に水素原子、ハロゲン原子、炭素数1〜8の炭化水素基、又は炭素数1〜8のアルコキシ基を示す。]
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
錯体触媒存在下、有機化合物を酸化剤と接触させる工程を備え、
前記錯体触媒が、
下記一般式(1)で表される配位子前駆体と、
二価鉄化合物又は二価銅化合物と、
を反応させて得られる金属五核錯体触媒であり、
前記有機化合物が、炭化水素化合物及び含硫黄有機化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種である、有機化合物の酸化物の製造方法。
【化1】
[一般式(1)中、R
1〜R
9は、それぞれ独立に水素原子、ハロゲン原子、炭素数1〜8の炭化水素基、又は炭素数1〜8のアルコキシ基を示す。]
【請求項2】
前記酸化剤が過酸化水素を含む、請求項1に記載の酸化物の製造方法。
【請求項3】
前記酸化剤が酸素を含む、請求項1に記載の酸化物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機化合物の酸化物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有機化合物の酸化物の製造方法は数多く知られている。有機化合物の酸化物を選択的に得るために、主として遷移金属錯体触媒存在下、有機化合物を過酸化物等の酸化剤と接触させることがよく行われている。例えば、非特許文献1には、遷移金属錯体触媒存在下、アルカン、シクロアルカン等をアルデヒド、酸素等の酸化剤と接触させて、アルコール化合物又はカルボニル化合物に変換することが開示されている。また、非特許文献2には、オレフィンの酸化反応が開示されており、これによって、アリルアルコール類若しくはそれらがさらに酸化されたα,β−不飽和カルボニル化合物、又はエポキシ化合物が得られている。ここでも酸化剤としてのアルデヒド化合物が必須成分となっている。
【0003】
非特許文献2では、反応機構として、(A)アルデヒドと遷移金属錯体と酸素とからアシルパーオキシラジカルが発生し、アシルパーオキシラジカルが直接オレフィンと反応してオレフィンの酸化物が生成する機構、(B)アシルパーオキシラジカルと金属錯体とで別の錯体を形成し、形成された別の錯体がオレフィンと反応してオレフィンの酸化物が生成する機構、及び(C)アシルパーオキシラジカルと遷移金属錯体とから金属オキソ錯体が発生し、発生した金属オキソ錯体がオレフィンと反応してオレフィンの酸化物が生成する機構が提唱されている。アルデヒドは、酸素により酸化を受け、対応するカルボン酸へと変換されるため、当量の酸素が必要となる。特に(C)機構における金属オキソ錯体は、有機化合物の酸化の鍵中間体の一つとして考えられており、ポルフィリン錯体又はサイクラム錯体を、酸素と直接的に反応させる又はスカンジウム化合物若しくはホウ素化合物存在下で酸素と反応させることによって得ることができる(例えば、非特許文献3〜6)。金属オキソ錯体の形成は、酸素が活性化された状態ともいえる。
【0004】
また、特に飽和炭化水素の酸化反応に関しては、大環状テトラアミド配位子(Tetra−amido Macrocyclic Ligand、TMAL)と鉄とから構成される錯体において、シクロヘキサンの酸化が報告されている(例えば、非特許文献7)。ここでは、シクロヘキサンの酸化において、Fe(V)=Oが鍵中間体と称されている。
【0005】
有機化合物の酸化物は、工業的に重要な化合物である。特にエポキシ化合物は、エポキシ樹脂として広く使用されている。エポキシ化合物はオレフィンと過酸化物とから合成され得るが、非特許文献6、8には、錯体触媒を用いたオレフィンの酸素酸化によるエポキシドの合成が開示されている。また、非特許文献9、10には、不斉錯体触媒存在下、酸素又は過酸化水素を酸化剤と接触させることで、光学活性なスチレン誘導体のエポキシ化合物が得られることが開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】J.Am.Chem.Soc.,114巻,1992年,p.7913
【非特許文献2】Inorg.Chem.,35巻,1996年,p.1045
【非特許文献3】J.Am.Chem.Soc.,127巻,2005年,p.4178
【非特許文献4】J.Am.Chem.Soc.,135巻,2013年,p.10198
【非特許文献5】Dalton Trans.,43巻,2014年,p.11190
【非特許文献6】J.Mol.Cat.A:Chem.,256巻,2006年,p.265
【非特許文献7】J.Am.Chem.Soc.,136巻,2014年,p.9524
【非特許文献8】Inorg.Chim.Acta,378巻,2011年,p.19
【非特許文献9】有機合成化学協会誌,2013年,p.1126
【非特許文献10】J.Am.Chem.Soc.,135巻,2013年,p.148
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、有機化合物の酸化物の新規な製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一側面は、錯体触媒存在下、有機化合物を酸化剤と接触させる工程を備え、錯体触媒が、下記一般式(1)で表される配位子前駆体と、二価鉄化合物又は二価銅化合物と、を反応させて得られる金属五核錯体触媒であり、有機化合物が、炭化水素化合物及び含硫黄有機化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種である、有機化合物の酸化物の製造方法を提供する。
【0009】
【化1】
【0010】
一般式(1)中、R
1〜R
9は、それぞれ独立に水素原子、ハロゲン原子、炭素数1〜8の炭化水素基、又は炭素数1〜8のアルコキシ基を示す。
【0011】
このような製造方法によれば、特に炭化水素化合物及び含硫黄有機化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種の有機化合物を酸化剤によって酸化することによって、有機化合物の酸化物を得ることが可能となる。
【0012】
酸化剤は、過酸化水素を含んでいてよく、酸素を含んでいてよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、有機化合物の酸化物の新規な製造方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0015】
[有機化合物の酸化物の製造方法]
本実施形態に係る有機化合物の酸化物の製造方法は、錯体触媒存在下、有機化合物を酸化剤と接触させる工程を備える。
【0016】
(錯体触媒)
錯体触媒は、下記一般式(1)で表される配位子前駆体と二価鉄化合物又は二価銅化合物とを反応させて得られる金属五核錯体触媒である。
【0018】
一般式(1)中、R
1〜R
9は、それぞれ独立に水素原子、ハロゲン原子、炭素数1〜8の炭化水素基、又は炭素数1〜8のアルコキシ基を示す。
【0019】
ハロゲン原子としては、例えば、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等が挙げられる。炭素数1〜8の炭化水素基としては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、3級ブチル基、ペンチル基、シクロペンチル基、ヘキシル基、シクロヘキシル基、フェニル基、メチルシクロヘキシル基、トルイル基、キシリル基等が挙げられる。炭素数1〜8のアルコキシ基としては、例えば、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、イソプロポキシ基、ブトキシ基、イソブトキシ基、3級ブトキシ基、ペントキシ基、シクロペントキシ基、ヘキシルオキシ基、シクロヘキシルオキシ基、フェノキシ基、メチルシクロヘキシルオキシ基、メチルフェノキシ基、ジメチルフェノキシ基等が挙げられる。R
1〜R
9は、入手のし易さ及び錯形成の観点から、すべて水素原子であることが好ましい。一般式(1)で表される配位子前駆体は、市販品をそのまま用いてもよい。
【0020】
一般式(1)において、水素原子以外の原子又は基を導入する場合、特にR
3、R
5、及びR
7から選ばれる1又は2以上の位置に導入することが好ましい。これらの位置は、中心金属(鉄又は銅)に配位する部位から遠い位置であり、錯形成の際に、立体障害になり難い傾向にある。R
3、R
5、及びR
7に導入される原子又は基は、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子、メチル基、又はメトキシ基であってよい。
【0021】
二価鉄化合物としては、例えば、硫酸鉄(II)、塩化鉄(II)、臭化鉄(II)、ヨウ化鉄(II)、硝酸鉄(II)、酢酸鉄(II)、リン酸鉄(II)、炭酸鉄(II)、鉄(II)アセチルアセトナート、過塩素酸鉄(II)、これらの水和物等が挙げられる。二価鉄化合物は、市販品をそのまま用いてもよい。二価鉄化合物は、入手のし易さの観点から、硫酸鉄(II)又は硫酸鉄(II)の水和物であることが好ましい。
【0022】
二価銅化合物としては、例えば、硫酸銅(II)、塩化銅(II)、臭化銅(II)、ヨウ化銅(II)、硝酸銅(II)、酢酸銅(II)、リン酸銅(II)、炭酸銅(II)、銅(II)アセチルアセトナート、過塩素酸銅(II)、これらの水和物等が挙げられる。二価銅化合物は、市販品をそのまま用いてもよい。二価銅化合物は、入手のし易さの観点から、酢酸銅(II)又は酢酸銅(II)の水和物であることが好ましい。
【0023】
一般式(1)で表される配位子前駆体と二価鉄化合物又は二価銅化合物とを反応させて得られる金属五核錯体触媒は、鉄のみから構成される鉄五核錯体触媒、銅のみから構成される銅五核錯体触媒、又は鉄及び銅から構成される複合金属五核錯体触媒のいずれであってもよい。金属五核錯体触媒は、合成の観点から、鉄五核錯体触媒又は銅五核錯体触媒であることが好ましい。
【0024】
一般式(1)で表される配位子前駆体と二価鉄化合物とを反応させて得られる鉄五核錯体触媒としては、例えば、以下のカチオン構造を有する[{Fe
II(μ−L)
3}
2Fe
II2Fe
III(μ−O)](BF
4)
3・7H
2O(以下、「[Fe5]」という場合がある。)等が挙げられる。なお、[Fe5]には、鉄−鉄間を架橋する配位子Lが6個存在するが、以下のカチオン構造においては、1個の配位子のみを記載し、他の5個の配位子を省略している。他の5個の配位子は、以下のカチオン構造において、円弧で示す鉄−鉄間を架橋し、2個の鉄に配位している。
【0026】
鉄五核錯体触媒[Fe5]は、例えば、Nature,530巻,2016年,p.465に記載の方法に従って又は準じて合成することができる。[Fe5]は、一般式(1)で表される配位子前駆体(LH)を水酸化ナトリウムで処理して脱プロトン化し、これに硫酸鉄(II)水和物(FeSO
4・7H
2O)を加え、NaBF
4を用いてSO
42−をBF
4−にアニオン交換することによって、合成することができる。
【0027】
鉄五核錯体触媒[Fe5]において、鉄原子の価数は、還元的雰囲気又は酸化雰囲気を適宜選択することによって、2価鉄原子と3価鉄原子との組み合わせを調整することができる。当該組み合わせは、電気化学的還元又は電気化学的酸化によっても調整することができる。[Fe5]において、2価鉄原子をx個、3価鉄原子をy個としたとき、[Fe5]のカチオンは、下記一般式(X)で表される構成となり得る。
[Fe
IIxFe
IIIy(μ−L)
6(μ−O)]
(2x+3y−8)+ (X)
[一般式(X)中、xは0〜5を示し、yは0〜5を示す。ただし、x+yは5である。]
【0028】
鉄五核錯体触媒[Fe5]の対アニオンの合計の価数は、2価鉄原子と3価鉄原子との組み合わせによって変動し得る。鉄五核錯体触媒[Fe5]の対アニオンの合計の価数は、(2x+3y−8)価である。
【0029】
一般式(1)で表される配位子前駆体と二価銅化合物とを反応させて得られる銅五核錯体触媒としては、例えば、以下のカチオン構造を有する[{Cu
II(μ−L)
3}
2Cu
II3(μ
3−OH)](PF
6)
3・5H
2O(以下、「[Cu5]」という場合がある。)等が挙げられる。なお、[Cu5]には、銅−銅間を架橋する配位子Lが6個存在するが、以下のカチオン構造においては、1個の配位子のみを記載し、他の5個の配位子を省略している。他の5個の配位子は、以下のカチオン構造において、円弧で示す銅−銅間を架橋し、2個の銅に配位している。
【0031】
銅五核錯体触媒[Cu5]は、例えば、Chemistry A European Journal,16巻,2010年,p.11139に記載の方法に従って又は準じて合成することができる。[Cu5]は、一般式(1)で表される配位子前駆体(LH)を(tert−Bu)
4NOHで処理して脱プロトン化し、これに酢酸銅(II)水和物(Cu(OCOCH
3)
2・H
2O)を加え、NaPF
6を用いてCH
3COO
−をPF
6−にアニオン交換することによって、合成することができる。
【0032】
銅五核錯体触媒[Cu5]において、銅原子の価数は、還元的雰囲気又は酸化雰囲気を適宜選択することによって、1価銅原子と2価銅原子との組み合わせを調整することができる。当該組み合わせは、電気化学的還元又は電気化学的酸化によっても調整することができる。[Cu5]において、1価銅原子をa個、2価銅原子をb個としたとき、[Cu5]のカチオンは、下記一般式(Y)で表される構成となり得る。
[Cu
IaCu
IIb(μ−L)
6(μ
3−OH)]
(a+2b−7)+ (Y)
[一般式(Y)中、aは0〜5を示し、bは0〜5を示す。ただし、a+bは5である。]
【0033】
銅五核錯体触媒[Cu5]の対アニオンの合計の価数は、1価銅原子と2価銅原子との組み合わせによって変動し得る。銅五核錯体触媒[Cu5]の対アニオンの合計の価数は、(a+2b−7)価である。
【0034】
対アニオンとしては、特に制限されず、例えば、SO
42−、NO
3−、CO
32−、ClO
4−、AcO
−(CH
3COO
−)、PO
43−、BF
4−、BPh
4−、B(C
6F
5)
4−、B(3,5−(CF
3)
2C
6F
3)
4−等が挙げられる。これらの対アニオンは、酸化反応に対する安定性、中心金属への配位の強さ等を踏まえ、適宜選択することができる。対アニオンは、導入予定の対アニオンを有する二価鉄化合物又は二価銅化合物を原料として用いることによって導入することができる。また、対アニオンは、得られた鉄五核錯体又は銅五核錯体と導入予定の対アニオン塩とを反応させ、対アニオンを交換することによっても導入することができる。
【0035】
一般式(1)で表される配位子前駆体と二価鉄化合物又は二価銅化合物と反応させる場合の条件は、特に制限されず、使用される一般式(1)で表される配位子前駆体並びに二価鉄化合物及び二価銅化合物の種類に合わせて適宜設定することができる。反応温度は0〜100℃であってよく、反応時間は1分〜48時間であってよい。
【0036】
本実施形態に係る有機化合物の酸化物の製造方法において、錯体触媒の添加量は、後述の有機化合物のモル数に対して、1×10
−7〜100モル%であってよく、反応させる有機化合物の反応性、酸化剤の種類によって、適宜調整することができる。錯体触媒の添加量が、有機化合物のモル数に対して、1×10
−7モル%以上であると、酸化反応にかかる時間を短くできる傾向にある。錯体触媒の添加量が、有機化合物のモル数に対して、100モル%以下であると、反応性を保ちつつ、経済性に優れる傾向にある。錯体触媒の添加量は、好ましくは1×10
−6モル%以上、より好ましくは1×10
−5モル%以上である。錯体触媒の添加量は、好ましくは50モル%以下、より好ましくは10モル%以下である。
【0037】
(有機化合物)
本実施形態に係る有機化合物の酸化物の製造方法において、酸化の対象となる有機化合物は、炭化水素化合物及び含硫黄有機化合物からなる群より選ばれる少なくとも1種である。
【0038】
炭化水素化合物としては、例えば、メタン、エタン、n−プロパン、n−ブタン、n−ペンタン、n−ヘキサン、n−ヘプタン、n−オクタン、イソブタン、イソペンタン等の直鎖状又は分岐状の飽和炭化水素化合物(パラフィン);シクロペンタン、メチルシクロペンタン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、ジメチルシクロヘキサン、エチルシクロヘキサン、シクロオクタン、オクタヒドロインデン、デカリン等の環状の飽和炭化水素化合物(シクロパラフィン);エチレン、プロピレン、ブテン、ヘキセン、オクテン、イソブテン等の直鎖状又は分岐状の不飽和炭化水素化合物(オレフィン);シクロヘキセン、シクロヘキサジエン、シクロオクテン、シクロオクタジエン、ビニルシクロヘキセン、テトラヒドロインデン等の環状の不飽和炭化水素化合物(シクロオレフィン);ベンゼン、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、スチレン、α−メチルスチレン、β−メチルスチレン等の上述の飽和炭化水素化合物又は不飽和炭化水素化合物から任意の水素原子を1個除いて誘導される一価の基を置換基として有していてもよい芳香族化合物などが挙げられる。これらの中でも、炭化水素化合物は、好ましく直鎖状、分岐状、若しくは環状の飽和炭化水素化合物、又は直鎖状、分岐状、若しくは環状の不飽和炭化水素化合物である。
【0039】
含硫黄有機化合物は、−S−結合を有するスルフィド化合物、−S(O)−結合を有するスルホキシド化合物、又は−SH基を有するチオール化合物であってよい。これらは、それぞれスルホキシド化合物、スルホン化合物、又はジスルフィド化合物に酸化され得る。スルフィド化合物としては、例えば、ジメチルスルフィド、ジエチルスルフィド、ジフェニルスルフィド、チオアニソール等が挙げられる。スルホキシド化合物としては、例えば、ジメチルスルホキシド、ジエチルスルホキシド、ジフェニルスルホキシド、メチルフェニルスルホキシド等が挙げられる。チオール化合物としては、例えば、メチルチオール、エチルチオール、チオフェノール、メチルチオフェノール、ジメチルチオフェノール等が挙げられる。なお、チオール化合物の各化合物は、ジメチルジスルフィド、ジエチルジスルフィド、ジフェニルジスルフィド、ジ(メチルフェニル)ジスルフィド、又はジ(ジメチルフェニル)スルフィドに酸化され得る。これらの中でも、含硫黄有機化合物は、好ましくはスルフィド化合物である。
【0040】
(酸化剤)
酸化剤としては、例えば、酸素(O
2)、過酸化物、ハロゲンオキソ酸等が挙げられる。過酸化物としては、例えば、過酸化水素、過酢酸、t−ブチルハイドロパーオキサイド、過酸化ベンゾイル、m−クロロ過安息香酸、ジクミルパーオキサイド等が挙げられる。ハロゲンオキソ酸としては、例えば、次亜塩素酸、亜塩素酸、塩素酸、過塩素酸、次亜臭素酸、亜臭素酸、臭素酸、過臭素酸、次亜ヨウ素酸、亜ヨウ素酸、ヨウ素酸、過ヨウ素酸、これらのリチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム等のアルカリ金属塩、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム等のアルカリ土類金属塩などが挙げられる。これらの中でも、酸化剤は過酸化水素を含んでいてよく、酸素(O
2)を含んでいてよい。なお、これらの酸化剤は、他の酸化された酸化剤を再生させる再酸化を目的として含まれるものであってもよい。
【0041】
酸化剤の添加量は、有機化合物1モルに対して、好ましくは100当量以下、より好ましくは50当量以下である。酸化剤の添加量が、有機化合物の1モルに対して、100当量以下であると、過度の酸化反応が進行することを抑制し、経済的に優れる傾向にある。酸化剤の添加量の下限は、例えば、有機化合物の1モルに対して、1当量以上であってよい。酸化剤の添加量は、有機化合物1モルに対して、1当量以上であると、酸化反応が充分に完結する傾向にある。ただし、あえて部分酸化をさせる場合、過度の酸化を抑制して選択性を向上させる場合等においては、酸化剤の添加量を有機化合物1モルに対して、1当量未満としてもよい。
【0042】
酸化剤として酸素、酸素を含む空気等を使用する場合、有機化合物の酸化の圧力条件は、常圧下であってもよく、減圧下であってもよく、加圧下であってもよい。有機化合物の酸化は、例えば、オートクレーブ等の密閉容器などを使用することができる。密閉容器を用いる場合の圧力は、ゲージ圧力が0〜10MPaの範囲で適宜選定することができる。
【0043】
本実施形態に係る有機化合物の酸化物の製造方法は、溶媒中で行ってもよい。溶媒としては、例えば、ベンゼン、クロロベンゼン、ジクロロベンゼン、トルエン、トリフルオロメチルベンゼン、キシレン、メシチレン、ナフタレン、メチルナフタレン、トリフルオロメチルナフタレン、ジメチルナフタレン、ビス(トリフルオロメチル)ナフタレン、パーフルオロデカリン等の芳香族炭化水素及びその誘導体、アセトニトリル、ベンゾニトリル等のニトリル化合物、酢酸、N,N’−ジメチルホルムアミド、4−メチルテトラヒドロピラン、メトキシシクロペンチルエーテル、プロピレンカーボネート、エチレンカーボネート等の極性溶媒が挙げられる。これらは1種を単独で又は2種以上を組み合わせてもちいてもよい。また、室温(25℃)で固体のものは、その融点を超える温度で用いることが好ましい。これらの中でも、溶媒は、アセトニトリル、クロロベンゼン、ジクロロベンゼン、酢酸、4−メチルテトラヒドロピラン、メトキシシクロペンチルエーテル、プロピレンカーボネート、又はエチレンカーボネートであることが好ましい。なお、本実施形態に係る有機化合物の酸化物の製造方法は、有機化合物を溶媒としてとらえ、バルク状態とみなして反応させてもよい。また、これらの溶媒は、水と混合して混合溶媒として用いてもよい。
【実施例】
【0044】
以下、本発明について実施例を挙げてより具体的に説明する。ただし、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0045】
[鉄五核錯体触媒の合成]
Nature,530巻,2016年,p.465に記載の方法に従って、鉄五核錯体触媒[{Fe
II(μ−L)
3}
2Fe
II2Fe
III(μ−O)](BF
4)
3・7H
2O([Fe5])を合成した。当該[Fe5]のカチオン構造を以下に示す。なお、[Fe5]には、鉄−鉄間を架橋する配位子Lが6個存在するが、以下のカチオン構造においては、1個の配位子のみを記載し、他の5個の配位子を省略している。他の5個の配位子は、以下のカチオン構造において、円弧で示す鉄−鉄間を架橋し、2個の鉄に配位している。
【0046】
【化5】
【0047】
[銅五核錯体触媒の合成]
Chemistry A European Journal,16巻,2010年,p.11139に記載の方法に従って、銅五核錯体触媒[{Cu
II(μ−L)
3}
2Cu
II3(μ
3−OH)](PF
6)
3・5H
2O([Cu5])を合成した。当該[Cu5]のカチオン構造を以下に示す。なお、[Cu5]には、銅−銅間を架橋する配位子Lが6個存在するが、以下のカチオン構造においては、1個の配位子のみを記載し、他の5個の配位子を省略している。他の5個の配位子は、以下のカチオン構造において、円弧で示す銅−銅間を架橋し、2個の銅に配位している。
【0048】
【化6】
【0049】
[転化率及び選択率の算出]
水素炎イオン化型検出器(FID)を備えるGC2014(株式会社島津製作所製)を用いて、ガスクロマトグラフィー(GC)による分析を行い、転化率及び選択率を算出した。キャピラリーカラムには、Rxt−1701(株式会社島津ジーエルシー製、30m、0.25mm径、膜厚0.25μm、14%シアノプロピルフェニル−86%ジメチルポリシロキサン)を用いた。キャリアーガスとして、ヘリウムを用い、気化室温度を300℃、スプリット比を40、線速度を28.8cm/秒、FID温度を300℃とした。オーブン温度は、45℃から100℃までの間を10℃/分で昇温させ、100℃から300℃までの間を40℃/分で昇温させた後、300℃で10分間保持した。転化率及び選択率は、原料及び生成物と内部標準物質との比から算出した。
【0050】
[生成物の同定]
QP2020(株式会社島津製作所製)を用いて、ガスクロマトグラフ質量分析(GCMS)による定性分析を行い、生成物の同定を行った。キャピラリーカラムには、Rxt−1701(株式会社島津ジーエルシー製、30m、0.25mm径、膜厚0.25μm、14%シアノプロピルフェニル−86%ジメチルポリシロキサン)を用いた。キャリアーガスとして、ヘリウムを用い、気化室温度を250℃、スプリット比を40、線速度を46.1cm/秒とした。オーブン温度は、45℃から100℃までの間を10℃/分で昇温させ、100℃から250℃までの間を40℃/分で昇温させた後、10分間250℃で保持した。得られたクロマトグラムから生成物を同定した。
【0051】
[チオアニソールの酸化反応]
(実施例1−1)
100mMのチオアニソール(PhSMe)のアセトニトリル溶液を準備した。当該溶液に、チオアニソールに対して2モル%の[Fe5]及び少量のオルトジクロロベンゼン(ガスクロマトグラフィーの内部標準)を加え、混合液を調製した。さらにチオアニソールに対して400モル%の過酸化水素(30%水溶液)を加えて、窒素雰囲気下、50℃まで昇温し、その温度で3時間反応させることによって、チオアニソールの酸化反応を行った。酸化反応終了後の混合液をGC及びGCMSによって分析したところ、チオアニソールの転化率並びにメチルフェニルスルホキシド及びメチルフェニルスルホンの選択率(収率)を求めた。結果を表1に示す。
【0052】
(実施例1−2)
鉄五核錯体触媒[Fe5]に代えて、銅五核錯体触媒[Cu5]を用いた以外は、実施例1−1と同様にして、チオアニソールの酸化反応を行った。結果を表1に示す。
【0053】
(比較例1)
鉄五核錯体触媒[Fe5]を用いなかった以外は、実施例1−1と同様にして、チオアニソールの酸化反応を行った。結果を表1に示す。
【0054】
【表1】
【0055】
[n−ヘキサンの酸化反応]
(実施例2−1)
50mMのn−ヘキサンのアセトニトリル溶液を準備した。当該溶液に、n−ヘキサンに対して0.4モル%の[Fe5]及び少量のオルトジクロロベンゼン(ガスクロマトグラフィーの内部標準)を加え、混合液を調製した。さらにn−ヘキサンに対して800モル%の過酸化水素(30%水溶液)を加えて、窒素雰囲気下、20℃で3時間反応させることによって、n−ヘキサンの酸化反応を行った。酸化反応終了後の混合液をGC及びGCMSによって分析したところ、n−ヘキサンの転化率は14%であった。生成物は3−ヘキサノン及び3−ヘキサノールであり、その質量比は54:46であった。
【0056】
(実施例2−2)
反応温度を20℃から50℃に変更した以外は、実施例2−1と同様にして、n−ヘキサンの酸化反応を行った。n−ヘキサンの転化率は60%であった。生成物は3−ヘキサノン、2−ヘキサノン、及び3−ヘキサノールであり、その質量比は45:36:19であった。
【0057】
(比較例2)
鉄五核錯体触媒[Fe5]を用いなかった以外は、実施例2−1と同様にして、n−ヘキサンの酸化反応を行った。酸化反応終了後の混合液をGC及びGCMSによって分析したところ、n−ヘキサンの酸化物は何ら検出されなかった。
【0058】
[シクロオクタンの酸化反応]
(実施例3)
50mMのシクロオクタンのアセトニトリル溶液を準備した。当該溶液に、シクロオクタンに対して0.4モル%の[Fe5]及び少量のオルトジクロロベンゼン(ガスクロマトグラフィーの内部標準)を加え、混合液を調製した。さらにシクロオクタンに対して800モル%の過酸化水素(30%水溶液)を加えて、窒素雰囲気下、40℃で24時間反応させることによって、シクロオクタンの酸化反応を行った。酸化反応終了後の混合液をGCMSによって分析したところ、シクロオクテン及びシクロオクタノンが検出された。
【0059】
(比較例3)
鉄五核錯体触媒[Fe5]を用いなかった以外は、実施例3と同様にして、シクロオクタンの酸化反応を行った。酸化反応終了後の混合液をGCMSによって分析したところ、シクロオクタンの酸化物は何ら検出されなかった。
【0060】
[シクロヘキセンの酸化反応]
(実施例4−1)
50mMのシクロヘキセンのアセトニトリル溶液を準備した。当該溶液に、シクロヘキセンに対して0.4モル%の[Fe5]及び少量のオルトジクロロベンゼン(ガスクロマトグラフィーの内部標準)を加え、混合液を調製した。さらにシクロヘキセンに対して800モル%の過酸化水素(30%水溶液)を加えて、窒素雰囲気下、40℃で24時間反応させることによって、シクロヘキセンの酸化反応を行った。酸化反応終了後の混合液をGC及びGCMSによって分析したところ、シクロヘキセンの転化率は39%であり、1,2−エポキシシクロヘキサンの収率は14%、2,3−シクロヘキセン−1−オンの収率は9%、1,2−エポキシシクロヘキサン−3−オンの収率は16%であった。
【0061】
(実施例4−2)
アセトニトリル40mLに、シクロヘキセン(0.3349g)及びオルトジクロロベンゼン(0.3946g、ガスクロマトグラフィーの内部標準)を加え、シクロヘキセンのアセトニトリル溶液を調製した。このアセトニトリル溶液5mLに、[Fe5](5.4mg)を加え、混合液を調製した。調製した混合液を酸化安定度試験機(アントンパール社製、商品名:RapidOxy)にセットして、500kPaの条件での酸素圧力をかけて50℃で3時間反応させることによって、シクロヘキセンの酸化反応を行った。酸化反応終了後の混合液をGCMSによって分析したところ、2,3−シクロヘキセン−1−オン及び1,2−エポキシシクロヘキサン−3−オンが検出された。
【0062】
[1,5−シクロオクタジエンの酸化反応]
(実施例5−1)
50mMの1,5−シクロオクタジエンのアセトニトリル溶液を準備した。当該溶液に、1,5−シクロオクタジエンに対して0.4モル%の[Fe5]及び少量のオルトジクロロベンゼン(ガスクロマトグラフィーの内部標準)を加え、混合液を調製した。さらに1,5−シクロオクタジエンに対して800モル%の過酸化水素(30%水溶液)を加えて、窒素雰囲気下、20℃で3時間反応させることによって、1,5−シクロオクタジエンの酸化反応を行った。酸化反応終了後の混合液をGCMSによって分析したところ、オレフィンが異性化した1,3−シクロオクタジエン、9−オキサビシクロ[6.1.0]ノン−4−エン(1,2−エポキシ−5−シクロオクテン)、及び9−オキサビシクロ[3.3.1]ノナ−2,6−ジエンが検出された。
【0063】
(実施例5−2)
1,5−シクロオクタジエン(4.32g)をアセトニトリル100mLに加え、さらに少量のオルトジクロロベンゼン(ガスクロマトグラフィーの内部標準)を加え、1,5−シクロオクタジエンのアセトニトリル溶液を調製した。このアセトニトリル溶液5mLに、[Fe5](32.1mg)を加え、混合液を調製した。調製した混合液を酸化安定度試験機(アントンパール社製、商品名:RapidOxy)にセットして、700kPaの条件での酸素圧力をかけて50℃で20時間反応させることによって、1,5−シクロオクタジエンの酸化反応を行った。酸化反応終了後の混合液をGCMSによって分析したところ、9−オキサビシクロ[6.1.0]ノン−4−エン、2,6−シクロオクタジエン−1−オール、2,5−シクロオクタジエン−1−オン、1,5−シクロオクタジエン−4−オン、及び5,10−ジオキサトリシクロ[7.1.0.0]デカンが検出された。