【解決手段】生体適合性ポリマーからなるファイバーシート上に播種された心筋細胞を、擬微小重力環境下にて培養することを含む、多層心筋組織培養物の製造方法。該方法により得られる、重厚かつ生存率の高い多層心筋組織培養物。
生体適合性ポリマーがポリ乳酸−ポリグリコール酸共重合体(PLGA)、ポリメチルグルタルイミド(PMGI)又はポリスチレンである、請求項1又は2に記載の方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明の目的は、より重厚な心筋組織を作製し、かつ該組織を良好な生存状態で維持し得る新規な培養手段を提供し、以て、移植に適した心筋組織を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の目的を達成すべく鋭意検討を重ねた結果、心筋組織を回転浮遊培養することにより、多層心筋組織の機能を改善できるのではないかと着想した。そこで、本発明者らは、成熟度が高く機能的にも優れた心筋組織片を作製し得ることが知られている、生体適合性(特に生分解性)ポリマーからなる配向性ファイバーシート上に心筋細胞を含む細胞集団を播種し、これを回転浮遊培養装置を用いて培養した。その結果、平面培養で得られるよりも約2倍の厚さを有する重厚な心筋組織を得ることに成功した。しかも、得られた心筋組織は、平面培養により得られる心筋組織に比べて、細胞の生存度が高い、細胞サイズが大きい、拍動力が大きい等の、優れた特性を有することが明らかとなった。
本発明者らは、かかる知見に基づいてさらに研究を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、本発明は以下のものを提供する。
[1]生体適合性ポリマーからなるファイバーシート上に播種された心筋細胞を、擬微小重力環境下にて培養することを含む、多層心筋組織培養物の製造方法。
[2]ファイバーシートが配向性を有する、[1]に記載の方法。
[3]生体適合性ポリマーが生分解性である、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]生体適合性ポリマーがポリ乳酸−ポリグリコール酸共重合体(PLGA)、ポリメチルグルタルイミド(PMGI)又はポリスチレンである、[1]又は[2]に記載の方法。
[5]擬微小重力環境が、時間平均して地球の重力の1/10〜1/100に相当する重力を物体に与える環境である、[1]〜[4]のいずれかに記載の方法。
[6]擬微小重力環境が回転浮遊培養により得られる、[1]〜[5]のいずれかに記載の方法。
[7]回転浮遊培養がRWVバイオリアクターを用いて行われる、[6]に記載の方法。
[8]心筋細胞が多能性幹細胞から分化誘導されたものである、[1]〜[7]のいずれかに記載の方法。
[9]多能性幹細胞が人工多能性幹(iPS)細胞である、[8]に記載の方法。
[10]心筋細胞がヒト由来である、[1]〜[9]のいずれかに記載の方法。
[11][1]〜[10]のいずれかに記載の方法により得られる多層心筋組織培養物。
[12]以下の(a)〜(e)から選ばれる1以上の性質を有する、[11]に記載の組織培養物。
(a)同一条件下で平面培養した場合に比べて、組織の厚さが1.5倍以上である
(b)同一条件下で平面培養した場合に比べて、組織中の生存細胞の割合が高い
(c)同一条件下で平面培養した場合に比べて、細胞の平均サイズが大きい
(d)同一条件下で平面培養した場合に比べて、Cx43、MLC2a、MLC2v、MYH6及びMYH7から選ばれる1以上の遺伝子の発現量が高い
(e)同一条件下で平面培養した場合に比べて、組織の拍動力が大きい
[13]以下の(a)〜(c)の性質を有する、多層心筋組織培養物。
(a)組織の厚さが300〜700μmである
(b)組織中の生存細胞の割合が85〜95%である
(c)1×10
4μm
2あたりの核数が10〜20%である
[14]さらに、以下の(d)〜(f)から選ばれる1以上の性質を有する、[13]に記載の組織培養物。
(d)サルコメア構造を有する
(e)多電極アレイによる活動電位が3500〜5000μVである
(f)多電極アレイによる伝導速度が14〜18cm/secである
[15][11]〜[14]のいずれかに記載の組織培養物を含有してなる医薬組成物。
[16]心疾患の治療用である、[15]に記載の医薬組成物。
[17]有効量の[11]〜[14]のいずれかに記載の組織培養物を、哺乳動物の心臓に移植することを含む、該哺乳動物における心疾患の治療方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の培養方法によれば、重厚な多層心筋組織を作製し、良好な生存状態で維持培養することができ、かつ従来法により得られるものに比べて、機能的にも優れた心筋組織培養物が得られるので、より移植に適した心筋組織培養物を提供することができる。また、該心筋組織培養物を創薬スクリーニング系として利用する場合には、生体内の心筋組織をよく反映しているので、より正確な薬効及び/又は心毒性評価が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[I]多層心筋組織の培養方法
本発明は、生体適合性ポリマーからなるファイバーシート上に播種された心筋細胞を、擬微小重力環境下にて培養することを含む、多層心筋組織培養物の製造方法(以下、「本発明の製法」という場合がある)を提供する。
ここで「多層心筋組織」とは、2層以上の多層構造を有するシート状の心筋組織を意味するが、本発明の製法により得られる多層心筋組織は、好ましくは20層以上、より好ましくは30〜80層、さらに好ましくは40〜70層の多層構造を有する。
【0013】
(A)心筋細胞
本発明の製法においては、まず生体適合性ポリマーからなるファイバーシート上に播種された心筋細胞が提供される。
【0014】
本明細書において「心筋細胞」とは、自律的に拍動し、心筋細胞マーカーであるcTnT及び/又はCD172aを発現する細胞を意味する。心筋細胞は、他の1以上の心筋細胞マーカー、例えば、FLK1、PDGFα受容体、EMILIN2、VCAM等を発現していてもよい。
本発明の製法において用いられる心筋細胞は、心筋細胞を含む細胞集団であればいかなる由来のものであってもよく、例えば、哺乳動物(例、ヒト、マウス、ラット、イヌ、サル、ブタ等)、好ましくはヒト由来の多能性幹細胞、心筋組織幹細胞等から分化誘導された心筋細胞、あるいは、心筋線維芽細胞からダイレクトリプログラミングにより得られた心筋細胞などが挙げられるが、それらに限定されない。好ましくは、多能性幹細胞から分化誘導された心筋細胞である。尚、本明細書において、技術的に不適切でない限り、「心筋細胞」なる用語は、純化された心筋細胞のみならず、心筋細胞を含む細胞集団をも包含する意味で用いられる。
【0015】
(A−1)多能性幹細胞からの心筋細胞の調製
本発明で用いられる多能性幹細胞は、未分化状態を保持したまま増殖できる「自己再生能」と三胚葉系列すべてに分化できる「分化多能性」とを有する未分化細胞であれば特に制限されず、例えば、胚性幹(ES)細胞、iPS細胞の他、始原生殖細胞に由来する胚性生殖(EG)細胞、精巣組織からのGS細胞の樹立培養過程で単離されるmutipotent germline stem(mGS)細胞、骨髄から単離されるmultipotent adult progenitor cell(MAPC)、MUSE細胞等が挙げられる。ES細胞は体細胞から核初期化されて生じたES細胞であってもよい。好ましくはES細胞またはiPS細胞である。
【0016】
ES細胞は、哺乳動物の受精卵の胚盤胞から内部細胞塊を取出し、内部細胞塊を線維芽細胞のフィーダー上で培養することによって樹立することができる。また、継代培養による細胞の維持は、白血病抑制因子(leukemia inhibitory factor (LIF))、塩基性線維芽細胞成長因子(basic fibroblast growth factor (bFGF))などの物質を添加した培養液を用いて行うことができる。ヒトおよびサルのES細胞の樹立と維持の方法については、例えばUSP5,843,780; Thomson JA, et al. (1995), Proc Natl. Acad. Sci. U S A. 92:7844-7848;Thomson JA, et al. (1998), Science. 282:1145-1147;H. Suemori et al. (2006), Biochem. Biophys. Res. Commun., 345:926-932; M. Ueno et al. (2006), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103:9554-9559; H. Suemori et al. (2001), Dev. Dyn., 222:273-279;H. Kawasaki et al. (2002), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99:1580-1585;Klimanskaya I, et al. (2006), Nature. 444:481-485などに記載されている。
また、ヒトES細胞株は、例えばWA01(H1)およびWA09(H9)は、WiCell Reserch Instituteから、KhES-1、KhES-2およびKhES-3は、京都大学再生医科学研究所(京都、日本)から入手可能である。
【0017】
iPS細胞は、特定の初期化因子を、DNA又はタンパク質の形態で体細胞に導入することによって作製することができる、ES細胞とほぼ同等の特性、例えば分化多能性と自己複製による増殖能、を有する体細胞由来の人工の幹細胞である(K. Takahashi and S. Yamanaka (2006) Cell, 126:663-676; K. Takahashi et al. (2007), Cell, 131:861-872; J. Yu et al. (2007), Science, 318:1917-1920; Nakagawa, M.ら, Nat. Biotechnol. 26:101-106 (2008);国際公開WO 2007/069666)。ここで「体細胞」とは、卵子、卵母細胞、ES細胞などの生殖系列細胞または分化全能性細胞を除くあらゆる動物細胞(好ましくは、ヒトを含む哺乳動物細胞)を意味し、胎児(仔)の体細胞、新生児(仔)の体細胞、および成熟した健全なもしくは疾患性の体細胞のいずれも包含されるし、また、初代培養細胞、継代細胞、および株化細胞のいずれも包含される。具体的には、体細胞は、例えば(1)神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)、(2)組織前駆細胞、(3)リンパ球、上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、線維芽細胞(皮膚細胞等)、毛細胞、肝細胞、胃粘膜細胞、腸細胞、脾細胞、膵細胞(膵外分泌細胞等)、脳細胞、肺細胞、腎細胞および脂肪細胞等の分化した細胞などが例示される。
【0018】
得られるiPS細胞がヒトの再生医療用途に使用される場合には、拒絶反応が起こらないという観点から、患者本人またはHLAの型が同一もしくは実質的に同一である他人から体細胞を採取することが特に好ましい。ここでHLAの型が「実質的に同一」とは、免疫抑制剤などの使用により、該体細胞由来のiPS細胞から分化誘導することにより得られた細胞を患者に移植した場合に移植細胞が生着可能な程度にHLAの型が一致していることをいう。例えば、主たるHLA(例えば、HLA-A、HLA-BおよびHLA-DRの3遺伝子座、あるいはHLA-Cを加えた4遺伝子座)が同一である場合などが挙げられる。
【0019】
初期化因子は、ES細胞に特異的に発現している遺伝子、その遺伝子産物もしくはnon-cording RNAまたはES細胞の未分化維持に重要な役割を果たす遺伝子、その遺伝子産物もしくはnon-coding RNA、あるいは低分子化合物によって構成されてもよい。初期化因子に含まれる遺伝子として、例えば、Oct3/4、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Klf4、Klf2、c-Myc、N-Myc、L-Myc、Nanog、Lin28、Fbx15、ERas、ECAT15-2、Tcl1、beta-catenin、Lin28b、Sall1、Sall4、Esrrb、Nr5a2、Tbx3またはGlis1等が例示され、これらの初期化因子は、単独で用いても良く、組み合わせて用いても良い。
【0020】
多能性幹細胞から心筋細胞を誘導する方法としては、様々な手法が知られており(例えば、Burridge et al., Cell Stem Cell. 2012 Jan 6;10(1):16-28; Kattman et al., Cell Stem Cell 2011; 8: 228-240; Zhang et al., Circ Res 2012; 111: 1125-1136; Lian et al., Nat Protoc 2013; 8: 162-175; WO 2016/076368; WO 2013/111875; Minami et al., Cell Rep. 2012, 2(5): 1448-1460等)、例えば、胚様体形成による方法、単層分化培養による方法、強制凝集による方法などが挙げられる。いずれの方法においても、中胚葉誘導因子(例えば、アクチビンA、BMP4、bFGF、VEGF、SCFなど)、心臓決定因子(例えば、VEG F、DKK1、Wntシグナル阻害剤(例えば、IWR-1、IWP-2、IWP-4等)、BMPシグナル阻害剤(例えば、NOGGIN等)、TGFβ/アクチビン/NODALシグナル阻害剤(例えば、SB431542等)、レチノイン酸シグナル阻害剤など)、心臓分化因子(例えば、VEGF、bFGF、DKK1など)を、順次作用させることにより誘導効率を高めることができる。一態様において、多能性幹細胞からの心筋細胞の分化誘導は、浮遊培養下で形成した胚様体に、(1) BMP4、(2) BMP4、bFGF及びアクチビンA、(3) IWR-1、並びに(4) VEGF及びbFGFを順次作用させることにより行うことができる。
【0021】
(A−2)多能性幹細胞以外の細胞からの心筋細胞の調製
心筋組織幹細胞は、例えば、心筋組織からLin陰性c-kit陽性の細胞分画、あるいはIsl-1陽性細胞分画を選別することにより採取することができる。得られた心筋組織幹細胞を例えば、END2細胞と共培養することにより心筋細胞に分化誘導することができる。
心筋線維芽細胞から心筋細胞へのダイレクトリプログラミングは、心筋線維芽細胞に、iPS細胞作製時と同様の手法を用いて、GATA-4、MEF2c及びTbx5を導入することにより行うことができる(Ieda et al., Cell, 142: 375-386、 2010)。
【0022】
(A−3)心筋細胞の精製
上記のようにして作製された心筋細胞を含む細胞集団から、心筋細胞を選別し、その純度を高めることができる。例えば、心筋細胞特異的なマーカー(例えば、細胞表面マーカーなど)を用い、磁気細胞分離法(MACS)、フローサイトメトリー法、アフィニティ分離法等により心筋細胞を選別する方法が挙げられる。心筋細胞特異的な細胞表面マーカーとしては、例えば、CD172a、KDR(FLK1)、PDGFα受容体、EMILIN2、VCAMなどが挙げられる。あるいは、心筋細胞特異的プロモーターの制御下にあるマーカー遺伝子(例えば、蛍光タンパク質等のレポーター遺伝子、抗生物質等の薬剤耐性遺伝子など)を導入した多能性幹細胞から心筋細胞を分化誘導し、該マーカー遺伝子の発現を指標にして、心筋細胞を選別することもできる。心筋細胞特異的プロモーターとしては、例えば、NKX2-5、MYH6、MLC2V、ISL1遺伝子のプロモーターなどが挙げられる。
本発明の製法に供される心筋細胞を含む細胞集団は、心筋細胞の純度が50%以上であれば、いかなる純度のものであってもよいが、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上の純度を有するものである。
【0023】
本発明の製法に供される心筋細胞は、多能性幹細胞等から心筋細胞を誘導する処理を施すことにより得られる細胞集団そのものであってもよいし、心筋細胞誘導後の細胞集団から心筋細胞を精製して純度を高めたものであっても、あるいは、心筋細胞誘導後の細胞集団から心筋細胞の一部を除去するか、もしくは精製した心筋細胞を他の細胞集団(例えば、心筋細胞精製後に残った非心筋細胞集団)と混合するかして、純度を低下させたものであってもよい。
【0024】
本発明で用いられる心筋細胞集団には、心筋細胞以外に、例えば、血管内皮細胞、平滑筋細胞、筋線維芽細胞、線維芽細胞等が含まれていてもよい。血管内皮細胞はCD-31陽性、平滑筋細胞はα-SMA陽性、筋線維芽細胞はα-SMA及びTE-7陽性、線維芽細胞はTE-7陽性を指標にして検出することができる。重厚な心筋組織を構築する際に、中心部等の低栄養・低酸素による細胞障害を低減させるために、血管内皮細胞と共培養し、組織内に血管内皮細胞のネットワークを形成する試みがなされている。また、心筋細胞集団に上記の心筋以外の細胞が含まれることにより、心筋細胞を90%以上の高純度で含む場合よりもサイトカイン産生能が高まることが知られている。
しかしながら、本発明においては、ファイバーシート上で擬微小重力環境下での培養を行うことにより、中心部の生存状態を良好に保つことができるので、心筋細胞をより高純度で含ませることも可能である。
【0025】
(B)ファイバーシート
上記のようにして調製された心筋細胞は、生体適合性ポリマーからなるファイバーシート上に播種される。
ここで「ファイバーシート」とは、ファイバーが集積されてなるシート状の構造体を意味する。本発明で用いられるファイバーシートは、ファイバーがランダムに集積されたもの(ランダムファイバーシート)であっても、ファイバーが一方向に配向するように集積されたものであってもよいが、生体内の心筋構造をよく模倣できることから、配向性を有するファイバーシートが好ましい。
【0026】
本明細書において「配向性ファイバーシート」とは、ファイバーが一方向に配向するよう集積されてなるファイバーシートであって、特に、シートを構成するファイバーのうち60%以上のファイバーが配向方向(0°)の±20°以内にあるものを意味する。好ましくは、シートを構成するファイバーのうち70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上のファイバーが配向方向の±20°以内にある配向性ファイバーシートが用いられる。
【0027】
ファイバーシートのファイバーを構成する素材は、生体適合性ポリマーである。本明細書において「生体適合性ポリマー」とは、ある高分子材料を生体に装着あるいは移植した場合に、副作用等の有害事象を引き起こさず、また異物として認識され排除されることなく馴染む性質を有する高分子を意味する。生体適合性ポリマーは、使用目的に応じて、生体内で分解する(以下、「生分解性」という)ものであっても、生体内で分解されにくいものであってもよい。例えば、移植に用いる心筋組織の製造に用いる場合には、生分解性のものが好適に用いられる。一方、薬物の薬効及び/又は心毒性の評価系として用いる心筋組織の製造に用いる場合には、非生分解性のポリマーも好適に用いられ得る。
【0028】
生分解性ポリマーとしては、例えば、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリグリコール酸(PGA)、ポリ乳酸(PLA)、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリエチレン酢酸ビニル(PEVA)、ポリエチレンオキサイド(PE0)、ポリ乳酸−ポリグリコール酸共重合体(PLGA)が挙げられるが、それらに限定されない。好ましくはPLGAである。PLG AはPLAとPGAの重合比によって、分解速度を調節することが可能である。
【0029】
非生分解性ポリマーとしては、例えば、ポリスチレン(PS)、ポリ力ーポネー卜(PC)、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリ塩化ビニル、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリアミド(PA)、ポリメチルグルタルイミド(PMGI)が挙げられるが、それらに限定されない。好ましくは、PMGI及びPSが挙げられる。
【0030】
本発明で用いられる生体適合性ポリマーの分子量は、後述の直径を有するファイバーを形成し得る限り特に制限されず、例えば、PLGAやPMGIの場合、20〜200kDa、好ましくは50〜150kDa、また、PSの場合は、50〜500kDa、好ましくは100〜400kDaの範囲で適宜選択することができる。
【0031】
ファイバーの直径は、用いるポリマー素材、ポリマー溶液の濃度、製造手法等によって変動し得る。当業者であれば、用いるポリマー素材や使用目的に応じて適宜最適な直径を選択することができる。例えば、PLGAやPMGIを素材として用いる場合、ファイバーの直径として、1〜1.5μm、PSを用いる場合は、2〜2.5μmが例示される。
ファイバーシートの厚みとしては、例えば1〜20μm、好ましくは5〜20μm、より好ましくは5〜15μmが挙げられる。
【0032】
ファイバーシートのファイバー密度は、用いるファイバーの直径によって変動し得るが、例えば、ファイバー直径が1〜1.5μmのPLGA又はPMGI配向性ファイバーシートの場合、例えば、幅1mmあたり150〜15000本、好ましくは5000〜15000本、より好ましくは8000〜13000本の密度を有するものを用いることができる。また、ファイバー直径が2〜2.5μmのPS配向性ファイバーシートの場合、例えば、幅1mmあたり30〜1000本、好ましくは150〜1000本、より好ましくは200〜500本の密度を有するものを用いることができる。
【0033】
本発明で用いられるファイバーシートは、例えば、エレクトロスピニング法、ドライスピニング法、コンジュゲート溶融紡糸法、メルトブロー法等により製造することができるが、簡便で応用性が広いエレクトロスピニング法が好ましく用いられる。
エレクトロスピニング法による場合、まず生体適合性ポリマーを適当な溶媒に溶解する。ここで用いられる溶媒としては、用いる生体適合性ポリマーを溶解し得る溶媒であれば、無機溶媒、有機溶媒を問わずいかなるものも使用可能であるが、例えば、アセトン、卜リアセトン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセ卜アミド、テ卜ラヒド口フラン等が用いられ得る。複数の溶媒を混合して用いてもよい。
ポリマー溶液の濃度は、使用するポリマーの種類や分子量、溶媒により異なるが、好ましいファイバー径及び均一性を得るためには、例えば、0. 1〜40wt%、好ましくは10〜40wt%の範囲内で適宜選択することができる。
【0034】
エレクトロスピニング法は自体公知の手法に従って実施することができる。エレクトロスピニング法の原理は、電気の力で材料をスプレーし、ナノサイズのファイバーにすることである。ポリマー溶液をシリンジに充てんし、先端に注射針のようなノズルを設置したものに、シリンジポンプを接続して流速を与えるようにする。ノズルから適当な距離の位置にナノファイバーが収集するコレクタ(平板でもよいし、巻き取り式とすることもできる。平板なコレクタ上に後述の支持体を設置して、直接、支持体上にナノファイバーを形成させてファイバーシートとすることもできる)を設置し、ノズル側に電源の+極、コレクタ側に−極を接続する。シリンジポンプの電源を入れるとともに、電圧をかけることにより、コレクタ上にポリマーが噴射され、ファイバーが形成される。ここで、電圧、ノズルからコレクタまでの距離、ノズルの内径などにより、ファイバーの形態や直径が変動するが、当業者であれば、これらを適宜選択して所望のファイバー径を有し、かつ均一なファイバーを作製することができる。
配向性ファイバーシートを製造する場合、例えば、ファイバーのコレクタとなるシート、例えばアルミテープのような金属製シートを巻き付けた回転ドラムを用い、ドラムを回転させながらノズルから噴射されるファイバーを回転ドラム上へ巻き取ることで、ファイバーシートを得ることができるが、これに限定されるものではない。
【0035】
印加する電圧は、用いるポリマーの種類や物性により適宜設定すればよいが、例えば0.1〜50kV、好ましくは、1〜40kVとすることができる。ノズルとコレクタの距離は、用いるポリマーの種類や物性、印加電圧により適宜設定すればよいが、例えば10〜1000mm、好ましくは30〜50Ommとすることができる。
【0036】
ファイバーシートの大きさは特に制限はないが、例えば、3〜30mm四方のものが挙げられる。
【0037】
(C)心筋細胞のファイバーシートへの播種
心筋細胞のファイバーシートへの播種は、例えば、ファイバーシートを、細胞培養に通常使用される培養容器(例えば、デッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用デッシュ、マルチデッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウエルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック等)内に設置して、上記のようにして作製した心筋細胞を、必要に応じて酵素及び/又はセルストレイナー等を用いて解離させた後、培地中に懸濁し、該細胞懸濁液を、該ファイバーシート上に滴下することにより行うことができる。ファイバーシートは、培養容器の底面に接着させてもよいし、させなくてもよい。シートの接着は、例えば圧着により、あるいは、粘着剤を用いて接着する等、種々の方法にて行うことができる。粘着剤としては、細胞培養に影響を及ぼさない物質であれば特に限定されず、例えば、ファイバーの製造に用いたものと同じポリマー溶液、ポリジメチルシロキサン(PDMS)、市販の生体適合性粘着剤(例、シリコーン液縮合型RVTゴム(信越KE-45-T))が挙げられる。
【0038】
心筋細胞用の培地は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle's Minimum Essential Medium (EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco's modified Eagle's Medium (DMEM)培地、Ham's F12培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、StemPro34(invitrogen)、及びこれらの混合培地などが包含される。培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは無血清でもよい。必要に応じて、培地は、例えば、アルブミン、トランスフェリン、Knockout Serum Replacement(KSR)(FBSの血清代替物)、N2サプリメント(Invitrogen)、B27サプリメント(Invitrogen)、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール(2ME)、チオールグリセロールなどの1つ以上の血清代替物を含んでもよいし、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、Glutamax(Invitrogen)、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類などの1つ以上の物質も含有し得る。培地は、好ましくは、FBSを含有するDMEM、DMEM/F12培地であり得る。FBSの濃度は特に制限はないが、例えば、1〜30%、好ましくは、5〜20%の範囲内である。
培地には、さらに細胞死を抑制するためにROCK阻害剤(例えば、Y-27632等)を添加してもよく、ファイバーへの細胞の接着を促進するために、ラミニン、コラーゲン、マトリゲル等のマトリクスを添加してもよい。
【0039】
ファイバーシート上に播種される細胞の密度は、例えば、10
5〜10
7/cm
2の範囲内で適宜選択することができる。
【0040】
心筋細胞は、ファイバーシートの片面又は両面に播種することができる。両面に細胞を播種する場合、例えば、ファイバーシートの周囲にスペーサーを有するシートを用いることができる。ここで「スペーサー」とは、シート面が培養容器の底面と接触しないようにするために、ファイバーシートの周辺に設置する構造体を意味する。スペーサーの素材は、細胞培養に影響を及ぼさず、かつシートから容易に剥がすことができる素材であれば特に限定されず、例えば、PDMSやガラスが挙げられる。スペーサーの貼付方法としては、例えばスペーサーをシートへ圧着する、細胞培養に影響を及ぼさず、後で剥がすことの可能な粘着剤を用いて接着する等、常套的な手段を適宜用いればよい。該粘着剤としては、上記と同様のものが例示される。
【0041】
まずスペーサーが付された面を上にして培養容器へ設置し、シートの片面へ細胞を播種して細胞を接着させる。播種した細胞が接着した後、シートを反転させ、シートの反対面へ細胞を播種する。あるいは、シートの片面へ細胞を播種し、培養容器ごと振とうしながら培養することにより、細胞をシート内部に入り込ませてもよい。
【0042】
播種した心筋細胞がファイバーシートに接着すれば、該ファイバーシートを擬微小重力環境下に置いて培養することにより、多層心筋組織の培養物を作製することができる。播種後4時間程度で心筋細胞はファイバーシートに接着し得るが、好ましい一実施態様においては、ファイバーシート上に播種された心筋細胞を、そのまま培養容器内で前培養することができる。前培養は、平面培養(静置培養)、振とう培養等により行われ得るが、好ましくは平面培養である。培養は、例えば、CO
2インキュベーター中、1〜10%、好ましくは2〜5%のCO
2濃度の雰囲気下、30〜40℃、好ましくは約37℃で、1〜5日間、好ましくは2〜4日間行われ得る。
【0043】
(D)擬微小重力環境下での培養
ファイバーシート上に播種され接着した心筋細胞は、次いで、擬微小重力環境下にて培養される。
ここで「擬微小重力環境」とは、宇宙空間等における微小重力環境を模して人工的に作り出された微小重力(simulated microgravity)環境を意味する。好ましくは、擬微小重力環境は、時間平均して地球の重力の1/10〜1/100に相当する重力を物体に与える環境を意味する。
【0044】
擬微小重力環境は、例えば、回転で生じる応力によって地球の重力を相殺することにより実現される。回転している物体は、地球の重力と応力のベクトル和で表される力を受けるため、その大きさと方向は時間により変化する。回転している物体には、時間平均すると地球の重力(1g)よりもはるかに小さな重力(1/10〜1/100g)しか作用しないこととなり、宇宙空間によく似た擬微小重力環境が実現される。
【0045】
本発明における擬微小重力環境は、培養液中で、心筋細胞とファイバーシートからなる複合体が沈降することなく液中に浮いた状態となり、その状態での培養の結果として、ファイバーシート上で多層からなる心筋組織を形成できるように調節される。擬微小重力環境を作り出すために、例えば細胞に対する地球の重力の影響を最小化する回転速度で、培養系を回転させることができる。具体的には、培養細胞にかかる微小重力を、時間平均して地球の重力(1g)の1/10〜1/100に相当する重力に低減するような回転速度とすることが好ましい。培養系の回転速度は、心筋細胞とファイバーシートとの複合体の沈降速度に合わせて適宜調節されるが、好ましくは、該複合体が液中で浮遊するように調節され得る。
【0046】
本発明では、擬微小重力環境を実現するために、回転式バイオリアクターを利用して、心筋細胞とファイバーシートとの複合体を回転浮遊させることができる。その回転式のバイオリアクターは、好ましくは、回転で生じる応力で地球の重力を相殺することにより擬微小重力環境を地上で実現する1軸回転式バイオリアクターである。回転式バイオリアクターとしては、例えば、RWV(Rotating-Wall Vessel)、RCCS(Rotary Cell Culture SystemTM: Synthecon Incorporated)、特開2008−237203、WO 2010/143651、特開2017-121220、特開2017-200468等に記載される装置を挙げることができる。RWVバイオリアクターはまた市販されている(例えば、CELLFLOAT(登録商標)システム、株式会社ジェイテックコーポレーション製)。
【0047】
RWVバイオリアクターは、NASAによって開発されたガス交換機能を備えた1軸回転式のバイオリアクターであり、横向き円筒形バイオリアクター内に培養液を満たし、細胞を播種した後、その円筒の水平軸方向に沿って回転しながら培養を行う1軸回転式の回転培養装置である。RWVバイオリアクター内では、回転による応力のため地球の重力が相殺され、地上の重力に比較してはるかに小さい(1/100程度)微小重力環境が実現される。RWVバイオリアクター内のその微小重力環境(擬微小重力環境)下で、心筋細胞とファイバーシートとの複合体は、培養液中でおよそ同じ高さに浮遊し、多層心筋組織を形成することができる。
【0048】
RWVバイオリアクターを用いた場合の好ましい回転速度は、ベッセルの直径及び構築しようとする組織の大きさや質量に応じて適宜設定することができるが、例えば、直径7cmの円筒型RWVベッセル(容量250ml)を用いた場合であれば10〜15rpm程度に調節することができる。回転速度が一定の場合は回転中心からの半径に比例して流速が早くなる。そのため、容量がさらに大きいベッセル、例えば250ml、500ml、1000ml、及び2000mlなどの大きな容量及び直径を有するベッセルを用いる場合は、当業者であれば、回転速度を低下させる方向で適切な回転速度に調節することができる。このような回転速度で培養を行うとき、ベッセル内の細胞に作用する重力は実質的に地上の重力(1g)の1/10〜1/100程度となり、組織が沈降せず浮遊している状態を維持することができる。
【0049】
回転式バイオリアクターにおいて用いる培養容器(例えば、ベッセル)の容量は特に限定されず、例えば5〜5000ml、10〜2000ml、又は10〜100mlの容量を有するものであってよい。培養容器の容量は、構築しようとする心筋組織又はファイバーシートの個数・サイズ等に応じて適宜設定すればよい。
【0050】
擬微小重力環境下での培養に用いる培地としては、ファイバーシート上に心筋細胞を播種及び該ファイバーシート上で心筋細胞を前培養する際に例示されたものと同様の培地を挙げることができる。培養は、1〜10%、好ましくは2〜5%のCO
2濃度の雰囲気下、30〜40℃、好ましくは約37℃で、4〜10日間行われ得る。
【0051】
上記のようにして、ファイバーシート上に播種された心筋細胞を擬微小重力環境下で培養することにより、従来法により得られるよりも、重厚でかつ生存状態のよい多層心筋組織培養物を作製ことができる。いかなる理論にも拘束されることを望むものではないが、培養時に物理的刺激(シェアストレス)を与えると心筋組織の収縮性が改善し、また、細胞増殖に関連するERK1/2の活性化が生じることが、その一因であると考えられる。さらに、培地を流動させることにより、細胞に新鮮な培地を供給するとともに、細胞からの老廃物を除去し得ることも、良質の多層心筋組織培養物が得られることに寄与していると考えられる。
【0052】
[II]多層心筋組織の培養物
上記のようにして得られる心筋組織培養物(以下、「本発明の組織培養物」ともいう。)は、重厚かつ組織全体にわたって良好な生存状態を保持する多層心筋組織を含む。
即ち、本発明の組織培養物は、擬微小重力環境下で培養する以外は同一条件下にて、平面培養することによって得られる心筋組織培養物と比較して、以下の(a)〜(e)のうちの少なくとも1つの性質を有することを特徴とする。
(a)組織の厚さが1.5倍以上、好ましくは2〜4倍である
(b)組織中の生存細胞の割合が高い
(c)細胞の平均サイズが大きい
(d)Cx43、MLC2a、MLC2v、MYH6及びMYH7から選ばれる1以上の遺伝子の発現量が高い
(e)組織の拍動力が大きい
【0053】
あるいは、本発明の組織培養物は、以下の(a)〜(c)の性質を有する。
(a)組織の厚さが300〜700μmである
(b)組織中の生存細胞の割合が85〜95%である
(c)1×10
4μm
2あたりの核数が10〜20%である
好ましくは、本発明の組織培養物は、さらに以下の(d)〜(f)のうちの少なくとも1つの性質を有する。
(d)サルコメア構造を有する
(e)多電極アレイによる活動電位が3500〜5000μVである
(f)多電極アレイによる伝導速度が14〜18cm/secである
【0054】
[III]多層心筋組織培養物の用途
本発明の組織培養物は、種々の目的で使用することができる。例えば、患者本人、又は該患者とHLAの型が同一もしくは実質的に同一である他人から採取した体細胞を用いて誘導したiPS細胞から分化させた心筋細胞を、特に生分解性ポリマーからなるファイバーシート上に播種して作製した本発明の組織培養物は、ファイバーシートを除去することなく、そのまま該患者の心臓の病変部に移植することができ、自家もしくは同種異系移植による心疾患の幹細胞療法剤としての臨床応用が可能となる。本発明の組織培養物は、多層からなるシート状の心筋組織からなり、細胞外マトリクス(ECM)を維持した状態にあり、これが糊の役割を果たすので、縫合などの処置なしに周辺組織に十分生着することができ、高い生着率を実現し得る。
しかも、本発明の組織培養物は、従来法により作製される心筋組織と比較して、十分な厚みと、組織全体にわたる良好な生存状態とを兼ね備えているので、十分量の質のよい心筋細胞を提供することができる。
【0055】
本発明の組織培養物を用いて治療することができる心疾患としては、例えば、心筋梗塞(心筋梗塞に伴う慢性心不全を含む)、拡張型心筋症、虚血性心筋症、収縮機能障害(例えば、左室収縮機能障害)を伴う心疾患(例えば、心不全、特に慢性心不全)などが挙げられる。
【0056】
本発明の他の態様として、本発明の組織培養物は、従来法により作製される心筋組織と比較して、高い活動電位を有し、拍動力が大きく、しかも、心筋の成熟度の一指標とされる種々のマーカー遺伝子の高発現も認められることから、生体内での心筋組織の状態をよく反映していると考えられる。従って、本発明の組織培養物は、心疾患治療薬の薬効や心毒性のin vitro評価系としても好適に用いることができる。さらに原因が未解明の心疾患の病理学的研究のツールとしても好ましく用いられ得る。
【0057】
本発明の組織培養物を、上記のようなin vitro評価系として使用する場合、自体公知の方法により、心筋拍動及び収縮力、活動電位、電動速度、Caトランジエント、機械的ストレス応答、細胞周期、細胞死等を検定することにより行うことができる。具体的には、例えば、WO 2016/060260に記載される種々の電気生理学的評価などを挙げることができる。
【0058】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明がこれらに限定されないことは言うまでもない。
【実施例】
【0059】
実施例1 ヒトiPS細胞由来心筋細胞をファイバーシートに播種した心筋細胞シートの作製
ヒトiPS細胞(細胞株名:253G1株、入手先:RIKEN Cell Bank)から、WO 2016/076368に記載の方法を一部改良して、心筋細胞(以下、「iPSC-CM」という)を分化誘導した。TnT陽性率を指標として、心筋細胞の割合が80%以上の細胞集団を用いた。
得られたiPS-CMは、countessで細胞数を数えてから必要細胞数を準備した(例えば、6mm×6mmのファイバーシート4枚に播種する場合は2.0×10
6×4=8.0×10
6 個準備した)。細胞を4℃、1000rpmで5分間遠心した後、上清を捨て、30μlあたり1.0×10
6個のiPSC-CMとなるように培養液(DMEM(ダルベッコ改変イーグル培地)500ml+FBS(ウシ胎児血清)50ml+ペニシリン10000units/ml及びストレプトマイシン10000ug/ml 2.5ml)を追加した(8×10
6個の細胞数を準備した場合は、30×8=240μlとなる)。該細胞懸濁液に1000分の1量のROCK inhibitor(Y-27632)、50分の1量のiMatrix-511を添加した。
6-wellプレートを用意し、各wellに1つずつPLGAからなる配向性ファイバーシート[WO 2016/060260、Li, J. et al., Stem Cell Rep., 9: 1546-1559 (2017)に記載の方法に従って作製;PLGAはSigma製(分子量:66000〜107000)を使用、ファイバー径1〜1.5μm、厚さ2μm、密度300本/mm、6mm×6mm)を置き、その表面に細胞懸濁液60μl(2.0×10
6細胞)を播種した(細胞密度:約5.6×10
6細胞/cm
2)。37℃、5% CO
2のインキュベーター中で4時間培養した後、各wellに5mlずつ培養液を追加し、さらに3日間、37℃、5% CO
2のインキュベーター内で平面(静置)培養した(この間培地交換は行わなかった)。
【0060】
実施例2 心筋細胞シートの回転浮遊培養
実施例1で作製した心筋細胞シートを2群に分け、一方は7日間の回転浮遊培養に供し、他方は新鮮な培地に交換した後、さらに7日間平面培養を続けた。
回転浮遊培養は、ジェイテックコーポレーション社製のCELLFLOAT(登録商標)システム(型番:VS100)を使用して行った。培養器にコーティング剤(JSRライフサイエンス社製 吸着防止ポリマーBlockmaster PA651)5mlを入れ、15分間静置して片面をコーティングした後、装置をひっくり返し、さらに15分間静置して反対面をコーティングした。コーティング剤を回収し、PBS(リン酸緩衝生理食塩水)で培養器内を洗浄した後、実施例1で作製した心筋細胞シートを培養器内に入れ、実施例1で用いたのと同一組成の培養液を50ml加え、インキュベーター内の回転浮遊培養装置に移動・装着し、37℃、5% CO
2、回転速度10rpmの条件下で7日間培養した。
回転浮遊培養又は平面培養により得られた各心筋組織培養物について、組織学的評価、遺伝子発現解析、電気生理学的解析等を行い、両者を比較した。
図1に実験の概略を示す。
【0061】
試験例1
実施例2において得られた各心筋組織培養物について、細胞生存アッセイキット(LIVE/DEAD(登録商標)Viability/Cytotoxicity Assay Kit)を用いて、細胞の生存率を評価した。本法によれば、死細胞は赤く染まり、生存している細胞は緑色に染まる。生存細胞及び死細胞をそれぞれカウントし、生存率を算出した。その結果、平面培養では生存率が84±4%であったのに対して、浮遊培養では90±5%と有意に生存率の上昇を認めた(p<0.05)(
図2)。
【0062】
試験例2
平面培養と浮遊培養とにより得られた各心筋組織について、HE(ヘマトキシリンエオジン)染色を実施した。結果を
図3に示す。シートに垂直に切った断面であるが、浮遊培養の方が厚みのある組織が得られており、平面培養と比較して組織もしっかりとしている所見が得られた(平面培養は隙間が多かった)。
HE染色した組織の厚みを比較したところ、平面培養が201±31.8μmなのに対し、浮遊培養は412.5±84.9μmと有意に分厚くなっていた(p<0.01)(
図4左)。また、1×10
4μm
2あたりの核の数を比較したところ、平面培養が26.5±8.1個なのに対して、浮遊培養は15.1±3.9個と有意に少なく(p<0.05)、一細胞あたりの大きさが浮遊培養の方が大きいことが示唆された(
図4右)。
【0063】
試験例3
免疫染色法にて心筋トロポニンT(緑色)及びフィブロネクチン(赤色)の発現を調べた(
図5〜7)。心筋トロポニンTは心筋細胞特異的なタンパク質であるが、平面培養よりも浮遊培養の方がよりたくさんのトロポニンTの発現が認められ、強拡大では平面培養よりも浮遊培養の方がサルコメア構造をしっかりと確認できた(
図5)。
フィブロネクチンは細胞接着因子であり、平面培養では片方の面だけに発現が認められるのに対し、浮遊培養の方では両面に発現が認められ、内部ではほとんど発現していない(
図6)。これは浮遊培養においても極性を持って培養可能であることを示唆している。
図7は、心筋トロポニンT(緑色)、フィブロネクチン(赤色)、核(青色)を全て重ねて表示したものである。
【0064】
試験例4
免疫染色法にてコネキシン43(緑色)及びMYH7(赤色)の発現を調べた(
図8及び9)。コネキシン43は心室心筋で主に認められるギャップ結合を形成する膜貫通タンパク質であり、図の中では細胞と細胞の間に点状に認められるが、平面培養よりも浮遊培養の方が多く認められた(
図8)。
MYH7は成熟心筋に認められる傾向にあるが、浮遊培養の方が平面培養よりも多く発現しており、浮遊培養の方が、成熟度が進む可能性が示唆された(
図9)。
【0065】
試験例5
リアルタイムPCRにより心筋特異的な種々のRNAの発現を調べた。その結果、コネキシン43に関しては約3倍、MLC2aに関しては約6倍、MLC2vに関しては約2.5倍、MYH6に関しては約5倍、MYH7に関しては約1.5倍、浮遊培養の方が平面培養よりも高発現していた(
図10)。
【0066】
試験例6
作製した心筋組織を、64チャネル多電極(multi-channel systems社(ドイツ)製)上に接着させて、電気活動の測定を行った。その結果、浮遊培養の方が平面培養よりもシグナルが強く(
図11)、活動電位に関しては約4倍近く浮遊培養の方が有意に高かった(p<0.01)(
図12左)。これは収縮力が浮遊培養の方が高いことを示唆していた。一方、伝導速度に関しては、有意差は認められないものの、浮遊培養の方が速い傾向にあった(
図12右)。
【0067】
以上のように、回転浮遊培養により得られた心筋組織培養物の方が、同一条件下で平面培養により得られた心筋組織培養物に比べて、組織の厚みが顕著に大きく、かつ細胞の生存率も有意に高かった。
また、遺伝子発現解析及び免疫組織学的解析の結果、回転浮遊培養により得られた心筋組織培養物の方が、平面培養により得られたものに比べて、成熟度が進んでいる可能性が示唆された。
さらに、電気生理学的解析の結果、回転浮遊培養により得られた心筋組織培養物の方が、平面培養により得られたものに比べて、心筋拍動や収縮力に優れることが示唆された。