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特開2020-78250低線量放射線被ばくに対する感受性の判定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2020-78250(P2020-78250A)
(43)【公開日】2020年5月28日
(54)【発明の名称】低線量放射線被ばくに対する感受性の判定方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/06 20060101AFI20200501BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20200501BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20200501BHJP
   G01N 33/533 20060101ALI20200501BHJP
   C12Q 1/6841 20180101ALI20200501BHJP
   C12N 5/078 20100101ALI20200501BHJP
【FI】
   C12Q1/06ZNA
   G01N33/50 P
   G01N33/53 M
   G01N33/533
   C12Q1/6841 Z
   C12N5/078
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2018-212052(P2018-212052)
(22)【出願日】2018年11月12日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 平成30年7月24日にRADIATION RESEARCH 第190巻 第4号 第424〜432頁にて発表
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100121728
【弁理士】
【氏名又は名称】井関 勝守
(74)【代理人】
【識別番号】100165803
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 修平
(72)【発明者】
【氏名】田代 聡
(72)【発明者】
【氏名】時 林
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CB01
2G045DA13
4B063QA01
4B063QA13
4B063QA18
4B063QA19
4B063QQ03
4B063QQ08
4B063QQ42
4B063QQ60
4B063QR56
4B063QS32
4B063QS34
4B063QX02
4B065AA90X
4B065AA92X
4B065AC20
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】低線量の放射線被ばくを測定できる方法を開発し、その方法を用いて低線量放射線被ばくに対する個体の感受性を判定できるようにする。
【解決手段】低線量放射線被ばくに対する感受性の判定方法は、PNA−FISH法を用いて対象の個体から得られた細胞で生じた染色体異常の量を測定するステップ(a)と、 前記ステップ(a)の後に、前記個体又は前記個体から得られた細胞に対して低線量の放射線を曝露するステップ(b)と、前記ステップ(b)の後に、PNA−FISH法を用いて前記低線量の放射線が曝露された個体から得られた細胞又は前記低線量の放射線が曝露された細胞で生じた染色体異常の量を測定するステップ(c)と、前記ステップ(a)の測定結果と前記ステップ(c)の測定結果とを比較するステップ(d)とを備えている。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
PNA−FISH法を用いて対象の個体から得られた細胞で生じた染色体異常の量を測定するステップ(a)と、
前記ステップ(a)の後に、前記個体又は前記個体から得られた細胞に対して低線量の放射線を曝露するステップ(b)と、
前記ステップ(b)の後に、PNA−FISH法を用いて前記低線量の放射線が曝露された個体から得られた細胞又は前記低線量の放射線が曝露された細胞で生じた染色体異常の量を測定するステップ(c)と、
前記ステップ(a)の測定結果と前記ステップ(c)の測定結果とを比較するステップ(d)とを備えていることを特徴とする低線量放射線被ばくに対する感受性の判定方法。
【請求項2】
前記ステップ(b)において、CT装置を用いて前記個体又は前記個体から得られた細胞に対して低線量の放射線を曝露することを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記低線量は、DLPで1600mGy・cm以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記個体から得られた細胞は、末梢血リンパ球であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記PNA−FISH法は、染色体のセントロメア及びテロメアをそれぞれ異なる色の蛍光色素で標識されたペプチド核酸(PNA)プローブで標識することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低線量放射線被ばくに対する感受性を判定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から放射線被ばくは、染色体やDNAを損傷させてそれらの異常を誘導することが知られており、染色体やDNAの異常は、白血病やがんの原因となると考えられている。特に高線量の放射線被ばくでは、多数の染色体及びDNAの異常が誘導され、染色体及びDNA異常と被ばく線量とは相関が認められるため、末梢血リンパ球の染色体及びDNA解析は放射線災害での生物学的な被ばく線量の推定として最も重要な検査として確立されている。
【0003】
染色体の解析は、例えば、対象の個体から末梢血リンパ球を採取し、その細胞分裂中期のサンプルを作製し、染色体をギムザ染色することにより行われる。染色された染色体の形態を、顕微鏡を用いて観察することにより環状染色体や二動原体染色体といった染色体異常の頻度を評価することができて、これにより被ばく線量を推定できる。
【0004】
ところで、近年、CT検査は、その機器の改良によって撮影時間が短くなり、また解像度も向上しているため、種々の疾患の診断やスクリーニングのための極めて重要な診断方法となっている。CT検査による医療放射線被ばくは、100mSv以下であるが、小児では白血病やがんのリスクが増大する可能性が報告されており、小児や妊娠した女性では、慎重な放射線診断が行われている。小児以外でも、免疫不全症等の遺伝性疾患の一部の患者では、放射線に対する感受性が高く、染色体異常率、並びに白血病及びがんの罹患率が高いことが知られている。一方、現在のところ、一般の健常人においては、CT検査等による低線量の放射線被ばくに対する影響がどの程度であるかについては明らかではなく、低線量の放射線被ばくへの感受性を測定する方法の開発が望まれている。
【0005】
これまでは、低線量の放射線被ばくであっても、上記のような染色体異常の発生と被ばく線量とが相関するか否かについても明らかになっていないため、上記ギムザ染色を利用した方法を利用できるか否か明らかでない。仮に、低線量の放射線被ばくであっても被ばく線量と染色体異常の発生頻度とが相関し、上記ギムザ染色を利用した方法を利用できるとしても、低線量では染色体異常の発生が少ないと考えられるため、上記ギムザ染色を利用した方法では、正確なデータを得るために多くの細胞について解析を行う必要がある。しかしながら、このような染色体の解析には多大な手間と時間を要するため、被ばく線量の測定方法として効率的な方法とはいえない。
【0006】
上記ギムザ染色を利用して染色体異常を観察する方法の他に、細胞核において放射線被ばくにより損傷が生じた部分に局在するγ‐H2AXを測定することによって、放射線被ばく量を測定する方法が非特許文献1に開示されている。当該方法では、γ‐H2AXの発生及び局在を免疫染色法によって簡便に評価することができ、さらに、比較的低線量であっても、被ばく線量とγ‐H2AXの検出量とが相関する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】PNAS, Vol.107, no.32, August 10 (2010),p14205-14210.
【非特許文献2】RADIATION RESEARCH, Vol.177, no.5,May 2012, p533-538.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、非特許文献1に開示の方法では、放射線被ばくを受けた後、DNA損傷修復タンパク質等により染色体及びDNA異常が修復すると、γ‐H2AXを検出することができなくなるため、放射線被ばくを受けた直後に測定用サンプルを作製してγ‐H2AXを測定する必要がある。すなわち、測定のために時間的制限があり、被験者及び測定者にとって好ましくない。
【0009】
また、上述の通り、低線量の放射線被ばくでは、上記環状染色体や二動原体染色体といった染色体の構造異常と被ばく線量とが相関するか否かについては、現在のところ明らかとなっておらず、染色体の構造異常の頻度により被ばく線量を推定する方法を用いることができるか否か不明である。
【0010】
本発明は、前記問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、低線量の放射線被ばくを測定できる方法を開発し、その方法を用いて低線量放射線被ばくに対する個体の感受性を判定できるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記の目的を達成するために、本発明者らは、鋭意研究の結果、多数の細胞に対して簡便且つ短時間で染色体異常の検出ができる方法としてPNA−FISH法を見出し、さらに、これを用いることにより、健常人においても低線量の放射線被ばくが染色体に影響し、その影響の大きさには個人差があることを見出して本発明を完成した。
【0012】
具体的に、本発明に係る低線量放射線被ばくに対する感受性の判定方法は、PNA−FISH法を用いて対象の個体から得られた細胞で生じた染色体異常の量を測定するステップ(a)と、前記ステップ(a)の後に、前記個体又は前記個体から得られた細胞に対して低線量の放射線を曝露するステップ(b)と、前記ステップ(b)の後に、PNA−FISH法を用いて前記低線量の放射線が曝露された個体から得られた細胞又は前記低線量の放射線が曝露された細胞で生じた染色体異常の量を測定するステップ(c)と、前記ステップ(a)の測定結果と前記ステップ(c)の測定結果とを比較するステップ(d)とを備えていることを特徴とする。
【0013】
PNA−FISH法は、別々の色の蛍光色素によって標識され、それぞれ染色体の動原体(セントロメア)と染色体の末端(テロメア)とに特異的に結合する2種類のペプチド核酸(PNA)プローブを用いて、二動原体染色体や環状染色体といった染色体異常を検出する方法である(非特許文献2を参照)。具体的に、上記のようなPNAプローブで染色体のセントロメア及びテロメアを標識すると、異常がない染色体であれば染色体の中央付近にセントロメアを標識する蛍光が一箇所認められ、染色体の両端にテロメアを標識する蛍光が認められる。一方、二動原体染色体の場合、染色体の末端以外の2箇所にセントロメアを標識する蛍光が認められ、染色体の両端にテロメアを標識する蛍光が認められる。また、環状染色体では、セントロメアを標識する蛍光のみが認められ、テロメアを標識する蛍光が認められない。このため、認められる蛍光パターンによって、簡便且つ迅速に染色体異常を評価することができる。
【0014】
本発明に係る低線量放射線被ばくに対する感受性の判定方法によると、このようなPNA−FISH法を用いるため、上記のように簡便且つ迅速に染色体異常を評価することができ、その結果、低線量の放射線被ばく前後における染色体異常の量の差を容易に評価することができる。このため、低線量の放射線被ばく前後における染色体異常の量の差が大きい場合は低線量放射線被ばくに対する感受性が高く、反対にその差が小さい場合は低線量放射線被ばくに対する感受性が低いと判定することができる。
【0015】
本発明に係る方法では、ステップ(b)において、CT装置を用いて前記個体又は前記個体から得られた細胞に対して低線量の放射線を曝露することが好ましい。
【0016】
例えば、患者が実際にCT検査を受ける際に本発明に係る方法を行えば、患者が別途本発明に係る方法のために低線量の放射線を受ける必要がなく、患者の負担を低減できる。
【0017】
本発明に係る方法において、低線量とは、DLP(dose length product)で1600mGy・cm以下であることが好ましい。
【0018】
本発明に係る方法において、個体から得られた細胞は、末梢血リンパ球であることが好ましい。末梢血リンパ球は、一般的な採血で得ることができ、容易に採取可能であるため有用である。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る低線量放射線被ばくに対する感受性の判定方法によると、低線量の放射線被ばく前後における染色体異常の量の差を容易に評価することができるため、個々の低線量放射線被ばくに対する感受性を容易に判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】染色体異常の形態を示すモデル図である。
図2】染色体異常の形態を示す写真である。
図3】実施例1の結果を示すグラフである。
図4】実施例2の結果を示すグラフである。
図5】実施例3の結果を示すグラフである。
図6】実施例4の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を実施するための形態を図面に基づいて説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用方法或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0022】
本発明は、PNA−FISH法を用いて、低線量放射線被ばくの前後における対象個体の染色体異常の量の差を比較する方法であり、その結果から対象個体の低線量放射線被ばくに対する感受性を容易に判定することができる方法である。
【0023】
PNA−FISH法は、上述の通り、別々の色の蛍光色素によって標識され、それぞれ染色体のセントロメアと染色体のテロメアとに特異的に結合する2種類のPNAプローブを用いて、二動原体染色体や環状染色体といった染色体異常を検出する方法である。より具体的には、対象となる個体から採取された細胞の細胞分裂中期サンプルを作製し、当該サンプルにおける染色体に対して、上記2種類のPNAプローブをハイブリダイズさせ、さらに染色体全体をDAPIやHoechst33342等の核染色液により染色する。このようにすると、染色体中のセントロメア及びテロメアの位置及び数を容易に検出することが可能となる。
【0024】
異常がない染色体であれば染色体の中央付近にセントロメアを標識する蛍光が一箇所認められ、染色体の両端にテロメアを標識する蛍光が認められるが、染色体異常がある場合は、染色体中の蛍光標識の数が異なる。図1及び図2に示すように、二動原体染色体の場合、染色体の末端以外の2箇所にセントロメアを標識する蛍光(図2の細い実線矢印)が認められ、染色体の両端にテロメアを標識する蛍光(図2の細い点線矢印)が認められる。また、三動原体染色体の場合、染色体の末端以外の3箇所にセントロメアを標識する蛍光(図2の細い実線矢印)が認められ、染色体の両端にテロメアを標識する蛍光(図2の細い点線矢印)が認められる。また、環状染色体では、染色体全体の形態が円状に見られ、セントロメアを標識する1箇所の蛍光(図2の細い実線矢印)のみが認められ、テロメアを標識する蛍光が認められない。二動原体環状染色体ではセントロメアを標識する2箇所の蛍光(図2の細い実線矢印)のみが認められる。このため、認められる蛍光パターンによって、簡便且つ迅速に染色体異常を評価することができる。
【0025】
染色体異常の検出は、例えば蛍光顕微鏡を用いて目視により、正常な染色体と異常が生じている染色体との数をカウントして、染色体異常の発生比率を算出してもよい。その他に、撮像装置やイメージングソフトウェア等を利用して、自動的に二動原体染色体や環状染色体等の染色体異常を検出し、さらに、検出された正常な染色体と異常が生じている染色体との数から自動的に染色体異常の発生比率を算出してもよい。
【0026】
本発明に係る方法では、対象個体から細胞を採取して、採取された細胞に対して上記PNA−FISH法を用いて染色体異常を測定する。当該細胞は特に限定されないが、例えば末梢血リンパ球を用いることが好ましい。
【0027】
また、本発明に係る方法では、対象となる個体自身に低線量の放射線を曝露してもよいし、当該個体から得られた細胞に低線量の放射線を曝露してもよい。個体自身に低線量の放射線を曝露する場合、例えば、当該個体(患者)がCT検査等の放射線検査を受ける際に、本発明に係る方法を並行して行うことができるため、別途放射線被ばくさせる必要が無いため患者の負担を低減できて好ましい。
【0028】
本発明に係る方法において、個体や細胞に低線量の放射線を曝露するのに用いられる機器は限定されないが、例えばCT装置等の放射線検査機器を用いることができる。
【0029】
上記のような本発明に係る方法を用いることにより、低線量放射線被ばくの前後における対象個体の染色体異常の量を測定でき、それらの差を比較することができる。さらに、それらの差を比較した結果、それらの差が大きい場合は、対象個体は低線量放射線被ばくの感受性が高く、反対にそれらの差が小さい場合は、対象個体は低線量放射線被ばくの感受性が低いと判定することができる。
【実施例】
【0030】
以下に、本発明に係る低線量放射線被ばくに対する感受性の判定方法について詳細に説明するための実施例を示す。
【0031】
[実施例1:体外(インビトロ)でのCT装置による放射線照射後の健常人PBLの染色体異常の測定]
まず、4名の健常人(被験者)の末梢血リンパ球(PBL)を用いて、インビトロでのCTスキャンによる低線量被ばくでの影響を評価した。以下にその方法及び結果を説明する。
【0032】
(サンプルの作製)
まず、シリンジを用いて被験者の末梢血を採取し、非イオン性造影剤(OMNIPAQUE−300,第一三共)を7.2mgI/mlの濃度で混合したものと、しないものとを作製した。その後、当該末梢血を含むシリンジを人体ファントム(Magen Phantom BMU−1,京都科学)の中心の穴に挿入し、この人体ファントムに対してCTスキャン(Aquilion ONE,東芝メディカルシステムズ)を行って、低線量の放射線(DLPで1600mGy・cm)を末梢血に曝露した。スキャンパラメータは、以下の通りである。
・100kVp
・回転時間:0.275秒
・プリセットノイズ値:22
・検出器コンフィギュレーション:320×0.5mm
【0033】
血液サンプルへの放射線曝露後に、Lymphoprep(Axis−Shield PoC AS,Oslo、Norway)を用いて血液サンプルからPBLを分離し、RPMI1640培地(20%ウシ血清、2%フィトヘマグルチニン、0.05μg/mLコルセミド含有)にて、37℃、5%COの雰囲気下で48時間培養した。その後、HANABI Metaphase Spreader(ADSTEC Corp.,Japan)を用いて、PBLから細胞分裂中期染色体のサンプルスライドを調製した。このサンプルスライドは、リン酸緩衝液(PBS)で洗浄後、3.7%ホルマリン含有PBSで固定した。その後、PBSで5分間の洗浄を3回繰り返した後に、乾燥させた。
【0034】
(PNA−FISH法を用いた染色体異常の検出)
PNA−FISH法に用いるPNAプローブとして以下のものを用いた。なお、両方ともPanagene社(韓国)から購入した。
・Cy3標識セントロメア認識用プローブ(Cent−Cy3)
5’−AAACTAGACAGAAGCATT−3’(配列番号1)
・FAM標識テロメア認識用プローブ(TelC−FAM)
5’−CCCTAACCCTAACCCTAA−3’(配列番号2)
【0035】
25nMのCent−Cy3、200nMのTelC−FAM、70%ホルムアミド及び10%ブロッキングタンパク質(rainbow FISH,Cambio)を含む20%マレイン酸緩衝液からなるハイブリダイズ用プローブ溶液を調製した。調製したプローブ溶液を上記サンプルスライド上に滴下し、その後、核DNAを80℃で30分間処理して変性させた。続いて、サンプルスライドを暗室において室温で1時間静置した後、室温においてスライドを70%ホルムアミドを含むTEバッファで15分間、2回洗浄し、さらに、0.15MのNaCl及び0.05%Tween20を含むTEバッファで15分間、2回洗浄した。その後、核染色液であるDAPIを含むVectashield(Vector Laboratories)で封止した。
【0036】
その後、サンプルスライドの写真を、Metaferソフトウェア(MetaSystems社)により制御されたCoolCube1カメラ(Altlussheim)で撮影した。Isisイメージングソフトウェア(MetaSystems)を用いて、1つのサンプルスライドにおいて、1000個の細胞分裂中期リンパ球について、二動原体染色体や環状染色体といった染色体異常の数を検出した。
【0037】
測定結果を図3に示す。図3は、4名の被験者(A〜D)のそれぞれのCTスキャン前後の1000細胞当たりの環状染色体及び二動原体染色体の数を示し、造影剤処理の有無についても比較して示す。図3に示す通り、いずれの被験者においても、CTスキャン前(○)よりもCTスキャン後(△)では、染色体異常が有意に増加した(*:P<0.05、**:P<0.01、***:P<0.001、****:P<0.0001)。このため、本願発明に係る方法は、例えばPBLに対する体外でのCT装置を用いた放射線照射を行った場合でも適用可能であることが分かる。また、血液に造影剤を添加した場合であっても、同様にCTスキャンを受けた後に染色体異常は増大した。従って、例えば、実施にCTスキャンによる検査を受ける患者に対して、並行して本発明に係る方法を適用することもできることが示唆された。
【0038】
[実施例2:個体へのCT装置による放射線照射後に個体から採取されたPBLの染色体異常の測定]
次に、個体自身にCTスキャンを行った場合の、CTスキャン前後の染色体異常を測定した。以下にその方法及び結果を示す。
【0039】
(サンプルの作製)
サンプルスライドの作製のために、CTスキャンの前後において60名の被験者(39名の心房細動患者、21名の肝炎患者)に対して採血を行った。
【0040】
心房細動患者に対するCTスキャンは以下の通りに行った。CTスキャン装置としては東芝メディカルシステムズ社のAquilionONE及びGE Healthcare社のLightSpeed VCTを用いた。また、retrospective ECG gating及びautomatic tube current modulationを利用した。Aquilion ONEでは、スキャンモードをvolume scan(table fixed serial scan)とし、スキャンパラメータは上記と同様にし、回転時間は患者の心拍に従って回転時間は0.275秒から0.350秒とした。LightSpeedVCTでは、スキャンモードをhericalにし、スキャンパラメータを以下のようにした。なお、患者への線量は各患者によって異なるが、DLPで概ね500〜3000mGy・cmとした(図4Bを参照)。
・管電圧:120kVp
・回転時間:0.350秒
・プリセットノイズ値:0.625mmのスライス厚で20HU
・検出器コンフィギュレーション:640×0.625mm
全ての被験者には、12秒で300mgI/mL/kg(体重)の非イオン性造影剤を投与した。
【0041】
肝炎患者に対するCTスキャンは以下の通りに行った。CTスキャン装置としてはLightSpeedVCTを用いた。肝臓の上部からヘリカルを開始し、肝臓全体のヘリカル画像を得た。スキャンパラメータは以下のようにした。
・回転時間:0.45秒
・ビームコリメーション:0.625×64mm
・断面厚さ及び間隔:5.0mm
・ヘリカルピッチ(ビームピッチ):0.938
・テーブル移動速度:93.8mm/秒
・視野:50cm
・電圧:120kVp
・オートmA(ノイズインデックス10)
なお、600mgI/kg(体重)の造影剤を、22gの静脈カテーテルを用いて肘脈に30秒間注入した。
【0042】
上記のようなCTスキャンの前後に患者から採血し、実施例1と同様にPBLを採取、培養した後にサンプルスライドを作製した。
【0043】
(PNA−FISH法を用いた染色体異常の検出)
実施例1と同様に、作製したサンプルスライドを用いて、PNA−FISH法によってそれぞれの染色体異常を測定した。その結果を図4に示す。
【0044】
図4のA及びBは、60名の個体のCTスキャン前と後とにおける各1000個の細胞分裂中期リンパ球中の二動原体染色体や環状染色体といった染色体異常の数を比較するグラフである。Aは各個人のCTスキャン前後の1000細胞中の染色体異常数を示しており、Bは各個人の受けた放射線被ばく量を併せて示すグラフである。図4のAに示すように、CTスキャン前では平均で5.6±3.6個/1000細胞の染色体異常が見られ、一方、CTスキャン後では平均で7.2±3.7個/1000細胞の染色体異常が見られ、それらに有意な差が認められた(***:P<0.001)。なお、図示はしないがCTスキャンの15分後及び16時間後のサンプルで染色体異常の数に変化は認められず、また、心房細動患者と肝炎患者との間にも顕著な差は認められなかった。しかしながら、図4のBに示すように、同一のDLP又は実効線量であっても各個体において、CTスキャン後における染色体異常が誘導される程度は異なることが認められた。
【0045】
[実施例3:体外(インビトロ)での低線量放射線被ばくによるPBLの染色体異常の測定]
次に、より低線量の放射線被ばくであっても染色体異常の誘導を検出できるかについて検討した。以下にその方法及び結果を示す。
【0046】
(サンプルの作製)
サンプルスライドの作製のために、15名の健常人から実施例1と同様に血液を採取し、採取した血液に対してセシウム‐137(137Cs)放射線装置(産業科学株式会社)を用いて0.667mGy/分の線量率で15、40又は80mGyの放射線を曝露した。その後、実施例1と同様にPBLを採取し培養した後にサンプルスライドを作製した。
【0047】
(PNA−FISH法を用いた染色体異常の検出)
実施例1と同様に、作製したサンプルスライドを用いて、PNA−FISH法によってそれぞれの染色体異常を測定した。その結果を図5に示す。
【0048】
図5のA及びBは、15名の個体から得られたサンプルの放射線曝露前(0mGy)及び15、40又は80mGyの放射線曝露後における各1000個の細胞分裂中期リンパ球中の二動原体染色体や環状染色体といった染色体異常の数を示すグラフである。Aは15名の平均を示しており、Bは15名それぞれの結果についてポアソン回帰を用いて示すグラフである。図5のAに示すように、放射線曝露前では約1.8個/1000細胞の染色体異常の数が、放射線量依存的に増加することが明らかとなった。また、図5のBに示すように、各個人間において、放射線曝露による染色体異常の数の増加の程度が異なることも明らかとなった。
【0049】
以上の結果から、健常人において非常に低線量の放射線被ばくであっても、染色体異常に影響があること、また、その影響の大きさは個人差があること、さらに、その染色体異常はPNA−FISH法を用いることによって測定可能であることが明らかとなった。
【0050】
以上の通り、上記本発明に係る低線量放射線被ばくに対する感受性の判定方法を用いることで、低線量の放射線被ばく前後における染色体異常の量の差を容易に評価することができる。従って、本発明に係る方法は個々の低線量放射線被ばくに対する感受性を容易に判定することができて、極めて有用である。
【0051】
[実施例4:PNA−FISH法を用いた低線量被ばくの感受性測定と、従来のγ−H2AXの検出を用いた低線量被ばくの感受性測定との対比]
次に、本発明に係る方法と、上記従来のγ−H2AXの検出を利用した方法との検出感度を比較した。以下にその方法及び結果を示す。
【0052】
(放射線処理)
サンプルスライドの作製のために、肺CTスキャンの前後において49名の肺がん患者に対して採血を行った。肺がん患者に対するCTスキャンにおいて、CTスキャン装置としては東芝メディカルシステムズ社のAquilionONEを用い、スキャンパラメータを以下のようにした。なお、各患者へ与える線量をDLPで100mGy・cmに調整した。
・管電圧:120kVp
・回転時間:0.50秒
・検出器コンフィギュレーション:80×0.5mm
【0053】
(PNA−FISH用サンプルの作製)
上記のようなCTスキャンの前後に患者から採血し、実施例1と同様にPBLを採取、培養した後にサンプルスライド(33例)を作製した。
【0054】
(PNA−FISH法を用いた染色体異常の検出)
実施例1と同様に、作製したサンプルスライドを用いて、PNA−FISH法によってそれぞれの染色体異常を測定した。その結果を図6のAに示す。図6のAは、33名の個体のCTスキャン前と後とにおける各1000個の細胞分裂中期リンパ球中の二動原体染色体や環状染色体といった染色体異常の数を比較するグラフである。図6のAに示すように、CTスキャン前では平均で約7個/1000細胞の染色体異常が見られ、一方、CTスキャン後では平均で約12個/1000細胞の染色体異常が見られ、それらに有意な差が認められた(P<0.0001)。
【0055】
(核内γ−H2AXの検出用サンプルの作製)
血液サンプルへの放射線曝露後に、Lymphoprep(Axis−Shield PoC AS,Oslo、Norway)を用いて血液サンプルからPBLを分離し、Cytospin 4(ThermoFisher)を用いてスライドガラスに付着させた(45例)。その後、PBLを4%パラフォルムアルデヒドで固定し、0.5%Triton X−100で透過処理した後、1000倍希釈した抗ヒストンH2AX(phosphor Ser139)抗体(Millipore)に37℃、30分反応させた。その後、200倍希釈したCy3標識抗マウス抗体(Jackson ImmunoResearch)に37℃、30分反応させた。その後、DAPI含有Vectashield包埋剤(Vector Labs,)を用いてスライドを封入し、サンプルスライドを作製した。
【0056】
(核内γ−H2AXの検出)
作製したサンプルスライドに対して、Metafer4(MetaSystems)を装備したAxio Imager Z2顕微鏡(Zeiss)を用いて1000細胞以上のCy3に基づく蛍光画像の自動解析を行った。その結果を図6のBに示す。図6のBは、45名の個体のCTスキャン前と後とにおける細胞1個あたりの核内γ−H2AXの平均検出数を示すグラフである。図6のBに示すように、CTスキャン前後で、その検出数に有意な差は認められなかった。
【0057】
それぞれの結果を対比して明らかなように、従来の核内γ‐H2AXの検出方法では、低線量被ばく前後でその検出数に有意な差が認められず、すなわち低線量被ばくの感受性の評価に用いることができないが、一方、本発明に係る方法では低線量の被ばくであっても被ばく前後で染色体異常数に有意な差が認められるため、低線量被ばくに対する感受性の測定が可能となる。以上の通り、本発明に係る方法は、個々の低線量放射線被ばくに対する感受性を容易に判定することができるため、極めて有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]