【実施例】
【0030】
以下に、本発明に係る低線量放射線被ばくに対する感受性の判定方法について詳細に説明するための実施例を示す。
【0031】
[実施例1:体外(インビトロ)でのCT装置による放射線照射後の健常人PBLの染色体異常の測定]
まず、4名の健常人(被験者)の末梢血リンパ球(PBL)を用いて、インビトロでのCTスキャンによる低線量被ばくでの影響を評価した。以下にその方法及び結果を説明する。
【0032】
(サンプルの作製)
まず、シリンジを用いて被験者の末梢血を採取し、非イオン性造影剤(OMNIPAQUE−300,第一三共)を7.2mgI/mlの濃度で混合したものと、しないものとを作製した。その後、当該末梢血を含むシリンジを人体ファントム(Magen Phantom BMU−1,京都科学)の中心の穴に挿入し、この人体ファントムに対してCTスキャン(Aquilion ONE,東芝メディカルシステムズ)を行って、低線量の放射線(DLPで1600mGy・cm)を末梢血に曝露した。スキャンパラメータは、以下の通りである。
・100kVp
・回転時間:0.275秒
・プリセットノイズ値:22
・検出器コンフィギュレーション:320×0.5mm
【0033】
血液サンプルへの放射線曝露後に、Lymphoprep(Axis−Shield PoC AS,Oslo、Norway)を用いて血液サンプルからPBLを分離し、RPMI1640培地(20%ウシ血清、2%フィトヘマグルチニン、0.05μg/mLコルセミド含有)にて、37℃、5%CO
2の雰囲気下で48時間培養した。その後、HANABI Metaphase Spreader(ADSTEC Corp.,Japan)を用いて、PBLから細胞分裂中期染色体のサンプルスライドを調製した。このサンプルスライドは、リン酸緩衝液(PBS)で洗浄後、3.7%ホルマリン含有PBSで固定した。その後、PBSで5分間の洗浄を3回繰り返した後に、乾燥させた。
【0034】
(PNA−FISH法を用いた染色体異常の検出)
PNA−FISH法に用いるPNAプローブとして以下のものを用いた。なお、両方ともPanagene社(韓国)から購入した。
・Cy3標識セントロメア認識用プローブ(Cent−Cy3)
5’−AAACTAGACAGAAGCATT−3’(配列番号1)
・FAM標識テロメア認識用プローブ(TelC−FAM)
5’−CCCTAACCCTAACCCTAA−3’(配列番号2)
【0035】
25nMのCent−Cy3、200nMのTelC−FAM、70%ホルムアミド及び10%ブロッキングタンパク質(rainbow FISH,Cambio)を含む20%マレイン酸緩衝液からなるハイブリダイズ用プローブ溶液を調製した。調製したプローブ溶液を上記サンプルスライド上に滴下し、その後、核DNAを80℃で30分間処理して変性させた。続いて、サンプルスライドを暗室において室温で1時間静置した後、室温においてスライドを70%ホルムアミドを含むTEバッファで15分間、2回洗浄し、さらに、0.15MのNaCl及び0.05%Tween20を含むTEバッファで15分間、2回洗浄した。その後、核染色液であるDAPIを含むVectashield(Vector Laboratories)で封止した。
【0036】
その後、サンプルスライドの写真を、Metaferソフトウェア(MetaSystems社)により制御されたCoolCube1カメラ(Altlussheim)で撮影した。Isisイメージングソフトウェア(MetaSystems)を用いて、1つのサンプルスライドにおいて、1000個の細胞分裂中期リンパ球について、二動原体染色体や環状染色体といった染色体異常の数を検出した。
【0037】
測定結果を
図3に示す。
図3は、4名の被験者(A〜D)のそれぞれのCTスキャン前後の1000細胞当たりの環状染色体及び二動原体染色体の数を示し、造影剤処理の有無についても比較して示す。
図3に示す通り、いずれの被験者においても、CTスキャン前(○)よりもCTスキャン後(△)では、染色体異常が有意に増加した(*:P<0.05、**:P<0.01、***:P<0.001、****:P<0.0001)。このため、本願発明に係る方法は、例えばPBLに対する体外でのCT装置を用いた放射線照射を行った場合でも適用可能であることが分かる。また、血液に造影剤を添加した場合であっても、同様にCTスキャンを受けた後に染色体異常は増大した。従って、例えば、実施にCTスキャンによる検査を受ける患者に対して、並行して本発明に係る方法を適用することもできることが示唆された。
【0038】
[実施例2:個体へのCT装置による放射線照射後に個体から採取されたPBLの染色体異常の測定]
次に、個体自身にCTスキャンを行った場合の、CTスキャン前後の染色体異常を測定した。以下にその方法及び結果を示す。
【0039】
(サンプルの作製)
サンプルスライドの作製のために、CTスキャンの前後において60名の被験者(39名の心房細動患者、21名の肝炎患者)に対して採血を行った。
【0040】
心房細動患者に対するCTスキャンは以下の通りに行った。CTスキャン装置としては東芝メディカルシステムズ社のAquilionONE及びGE Healthcare社のLightSpeed VCTを用いた。また、retrospective ECG gating及びautomatic tube current modulationを利用した。Aquilion ONEでは、スキャンモードをvolume scan(table fixed serial scan)とし、スキャンパラメータは上記と同様にし、回転時間は患者の心拍に従って回転時間は0.275秒から0.350秒とした。LightSpeedVCTでは、スキャンモードをhericalにし、スキャンパラメータを以下のようにした。なお、患者への線量は各患者によって異なるが、DLPで概ね500〜3000mGy・cmとした(
図4Bを参照)。
・管電圧:120kVp
・回転時間:0.350秒
・プリセットノイズ値:0.625mmのスライス厚で20HU
・検出器コンフィギュレーション:640×0.625mm
全ての被験者には、12秒で300mgI/mL/kg(体重)の非イオン性造影剤を投与した。
【0041】
肝炎患者に対するCTスキャンは以下の通りに行った。CTスキャン装置としてはLightSpeedVCTを用いた。肝臓の上部からヘリカルを開始し、肝臓全体のヘリカル画像を得た。スキャンパラメータは以下のようにした。
・回転時間:0.45秒
・ビームコリメーション:0.625×64mm
・断面厚さ及び間隔:5.0mm
・ヘリカルピッチ(ビームピッチ):0.938
・テーブル移動速度:93.8mm/秒
・視野:50cm
・電圧:120kVp
・オートmA(ノイズインデックス10)
なお、600mgI/kg(体重)の造影剤を、22gの静脈カテーテルを用いて肘脈に30秒間注入した。
【0042】
上記のようなCTスキャンの前後に患者から採血し、実施例1と同様にPBLを採取、培養した後にサンプルスライドを作製した。
【0043】
(PNA−FISH法を用いた染色体異常の検出)
実施例1と同様に、作製したサンプルスライドを用いて、PNA−FISH法によってそれぞれの染色体異常を測定した。その結果を
図4に示す。
【0044】
図4のA及びBは、60名の個体のCTスキャン前と後とにおける各1000個の細胞分裂中期リンパ球中の二動原体染色体や環状染色体といった染色体異常の数を比較するグラフである。Aは各個人のCTスキャン前後の1000細胞中の染色体異常数を示しており、Bは各個人の受けた放射線被ばく量を併せて示すグラフである。
図4のAに示すように、CTスキャン前では平均で5.6±3.6個/1000細胞の染色体異常が見られ、一方、CTスキャン後では平均で7.2±3.7個/1000細胞の染色体異常が見られ、それらに有意な差が認められた(***:P<0.001)。なお、図示はしないがCTスキャンの15分後及び16時間後のサンプルで染色体異常の数に変化は認められず、また、心房細動患者と肝炎患者との間にも顕著な差は認められなかった。しかしながら、
図4のBに示すように、同一のDLP又は実効線量であっても各個体において、CTスキャン後における染色体異常が誘導される程度は異なることが認められた。
【0045】
[実施例3:体外(インビトロ)での低線量放射線被ばくによるPBLの染色体異常の測定]
次に、より低線量の放射線被ばくであっても染色体異常の誘導を検出できるかについて検討した。以下にその方法及び結果を示す。
【0046】
(サンプルの作製)
サンプルスライドの作製のために、15名の健常人から実施例1と同様に血液を採取し、採取した血液に対してセシウム‐137(
137Cs)放射線装置(産業科学株式会社)を用いて0.667mGy/分の線量率で15、40又は80mGyの放射線を曝露した。その後、実施例1と同様にPBLを採取し培養した後にサンプルスライドを作製した。
【0047】
(PNA−FISH法を用いた染色体異常の検出)
実施例1と同様に、作製したサンプルスライドを用いて、PNA−FISH法によってそれぞれの染色体異常を測定した。その結果を
図5に示す。
【0048】
図5のA及びBは、15名の個体から得られたサンプルの放射線曝露前(0mGy)及び15、40又は80mGyの放射線曝露後における各1000個の細胞分裂中期リンパ球中の二動原体染色体や環状染色体といった染色体異常の数を示すグラフである。Aは15名の平均を示しており、Bは15名それぞれの結果についてポアソン回帰を用いて示すグラフである。
図5のAに示すように、放射線曝露前では約1.8個/1000細胞の染色体異常の数が、放射線量依存的に増加することが明らかとなった。また、
図5のBに示すように、各個人間において、放射線曝露による染色体異常の数の増加の程度が異なることも明らかとなった。
【0049】
以上の結果から、健常人において非常に低線量の放射線被ばくであっても、染色体異常に影響があること、また、その影響の大きさは個人差があること、さらに、その染色体異常はPNA−FISH法を用いることによって測定可能であることが明らかとなった。
【0050】
以上の通り、上記本発明に係る低線量放射線被ばくに対する感受性の判定方法を用いることで、低線量の放射線被ばく前後における染色体異常の量の差を容易に評価することができる。従って、本発明に係る方法は個々の低線量放射線被ばくに対する感受性を容易に判定することができて、極めて有用である。
【0051】
[実施例4:PNA−FISH法を用いた低線量被ばくの感受性測定と、従来のγ−H2AXの検出を用いた低線量被ばくの感受性測定との対比]
次に、本発明に係る方法と、上記従来のγ−H2AXの検出を利用した方法との検出感度を比較した。以下にその方法及び結果を示す。
【0052】
(放射線処理)
サンプルスライドの作製のために、肺CTスキャンの前後において49名の肺がん患者に対して採血を行った。肺がん患者に対するCTスキャンにおいて、CTスキャン装置としては東芝メディカルシステムズ社のAquilionONEを用い、スキャンパラメータを以下のようにした。なお、各患者へ与える線量をDLPで100mGy・cmに調整した。
・管電圧:120kVp
・回転時間:0.50秒
・検出器コンフィギュレーション:80×0.5mm
【0053】
(PNA−FISH用サンプルの作製)
上記のようなCTスキャンの前後に患者から採血し、実施例1と同様にPBLを採取、培養した後にサンプルスライド(33例)を作製した。
【0054】
(PNA−FISH法を用いた染色体異常の検出)
実施例1と同様に、作製したサンプルスライドを用いて、PNA−FISH法によってそれぞれの染色体異常を測定した。その結果を
図6のAに示す。
図6のAは、33名の個体のCTスキャン前と後とにおける各1000個の細胞分裂中期リンパ球中の二動原体染色体や環状染色体といった染色体異常の数を比較するグラフである。
図6のAに示すように、CTスキャン前では平均で約7個/1000細胞の染色体異常が見られ、一方、CTスキャン後では平均で約12個/1000細胞の染色体異常が見られ、それらに有意な差が認められた(P<0.0001)。
【0055】
(核内γ−H2AXの検出用サンプルの作製)
血液サンプルへの放射線曝露後に、Lymphoprep(Axis−Shield PoC AS,Oslo、Norway)を用いて血液サンプルからPBLを分離し、Cytospin 4(ThermoFisher)を用いてスライドガラスに付着させた(45例)。その後、PBLを4%パラフォルムアルデヒドで固定し、0.5%Triton X−100で透過処理した後、1000倍希釈した抗ヒストンH2AX(phosphor Ser139)抗体(Millipore)に37℃、30分反応させた。その後、200倍希釈したCy3標識抗マウス抗体(Jackson ImmunoResearch)に37℃、30分反応させた。その後、DAPI含有Vectashield包埋剤(Vector Labs,)を用いてスライドを封入し、サンプルスライドを作製した。
【0056】
(核内γ−H2AXの検出)
作製したサンプルスライドに対して、Metafer4(MetaSystems)を装備したAxio Imager Z2顕微鏡(Zeiss)を用いて1000細胞以上のCy3に基づく蛍光画像の自動解析を行った。その結果を
図6のBに示す。
図6のBは、45名の個体のCTスキャン前と後とにおける細胞1個あたりの核内γ−H2AXの平均検出数を示すグラフである。
図6のBに示すように、CTスキャン前後で、その検出数に有意な差は認められなかった。
【0057】
それぞれの結果を対比して明らかなように、従来の核内γ‐H2AXの検出方法では、低線量被ばく前後でその検出数に有意な差が認められず、すなわち低線量被ばくの感受性の評価に用いることができないが、一方、本発明に係る方法では低線量の被ばくであっても被ばく前後で染色体異常数に有意な差が認められるため、低線量被ばくに対する感受性の測定が可能となる。以上の通り、本発明に係る方法は、個々の低線量放射線被ばくに対する感受性を容易に判定することができるため、極めて有用である。