特開2021-114609(P2021-114609A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2021-114609(P2021-114609A)
(43)【公開日】2021年8月5日
(54)【発明の名称】半導体装置用ボンディングワイヤ
(51)【国際特許分類】
   H01L 21/60 20060101AFI20210709BHJP
   C22C 9/06 20060101ALI20210709BHJP
   B32B 15/02 20060101ALI20210709BHJP
   B32B 15/01 20060101ALI20210709BHJP
   C22F 1/08 20060101ALN20210709BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20210709BHJP
【FI】
   H01L21/60 301F
   C22C9/06
   B32B15/02
   B32B15/01 H
   C22F1/08 P
   C22F1/00 613
   C22F1/00 625
   C22F1/00 630D
   C22F1/00 630K
   C22F1/00 630M
   C22F1/00 661Z
   C22F1/00 682
   C22F1/00 685Z
   C22F1/00 691B
   C22F1/00 691C
   C22F1/00 691Z
   C22F1/00 694Z
   C22F1/08 Z
   C22F1/00 661A
   C22F1/00 686B
【審査請求】有
【請求項の数】2
【出願形態】OL
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2021-53275(P2021-53275)
(22)【出願日】2021年3月26日
(62)【分割の表示】特願2018-222908(P2018-222908)の分割
【原出願日】2016年6月24日
(31)【優先権主張番号】特願2015-244358(P2015-244358)
(32)【優先日】2015年12月15日
(33)【優先権主張国】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000006644
【氏名又は名称】日鉄ケミカル&マテリアル株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】595179228
【氏名又は名称】日鉄マイクロメタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100137800
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 正義
(74)【代理人】
【識別番号】100148079
【弁理士】
【氏名又は名称】梅村 裕明
(74)【代理人】
【識別番号】100158241
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 安子
(72)【発明者】
【氏名】小山田 哲哉
(72)【発明者】
【氏名】宇野 智裕
(72)【発明者】
【氏名】小田 大造
(72)【発明者】
【氏名】山田 隆
【テーマコード(参考)】
4F100
5F044
【Fターム(参考)】
4F100AA01
4F100AB09
4F100AB16
4F100AB17A
4F100AB17D
4F100AB18A
4F100AB24A
4F100AB24C
4F100AB31C
4F100AB40
4F100AB40A
4F100BA03
4F100BA04
4F100YY00A
4F100YY00B
4F100YY00C
4F100YY00D
5F044FF02
5F044FF06
5F044FF10
(57)【要約】
【課題】高い接合信頼性を確保しつつ、優れた耐キャピラリ摩耗性と表面疵耐性を有し、さらにボール形成性、ウェッジ接合性などの総合性能を満足する車載用デバイス用ボンディングワイヤに好適な半導体装置用ボンディングワイヤを提供する。
【解決手段】Cu合金芯材と、前記Cu合金芯材の表面に形成されたPd被覆層と、前記Pd被覆層の表面に形成されたCu表面層を有する半導体装置用ボンディングワイヤにおいて、前記Cu合金芯材がNiを含み、ワイヤ全体に対するNiの濃度が0.1〜1.2wt.%であり、前記Pd被覆層の厚さが0.015〜0.150μmであり、前記Cu表面層の厚さが0.0005〜0.0070μmであることを特徴とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cu合金芯材と、前記Cu合金芯材の表面に形成されたPd被覆層と、前記Pd被覆層の表面に形成されたCu表面層を有する半導体装置用ボンディングワイヤにおいて、Niを含み、ワイヤ全体に対するNiの濃度が0.1〜1.2wt.%であり、前記Pd被覆層の厚さが0.015〜0.150μmであり、前記Cu表面層の厚さが0.0005〜0.0070μmであることを特徴とする半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項2】
前記Pd被覆層と前記Cu表面層の間にAuとPdを含む合金被覆層を有し、前記合金被覆層の厚さが0.0005〜0.0500μmであることを特徴とする請求項1記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項3】
前記Cu合金芯材がさらにZn、In、Pt及びPdから選ばれる少なくとも1種以上の元素を含み、前記元素の濃度が0.05〜0.50wt.%であることを特徴とする請求項1又は2記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項4】
さらにB、P、Mg、及びSnから選ばれる少なくとも1種以上の元素を含み、ワイヤ全体に対する前記元素の濃度が1〜110wt.ppmであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項5】
さらにGa、Geから選ばれる少なくとも1種以上の元素を含み、ワイヤ全体に対する前記元素の濃度が0.02〜1.2wt.%であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体素子上の電極と外部リード等の回路配線基板の配線とを接続するために利用される半導体装置用ボンディングワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
現在、半導体素子上の電極と外部リードとの間を接合する半導体装置用ボンディングワイヤ(以下、「ボンディングワイヤ」ともいう)として、線径15〜50μm程度の細線が主として使用されている。ボンディングワイヤの接合方法は超音波併用熱圧着方式が一般的であり、汎用ボンディング装置、ボンディングワイヤをその内部に通して接続に用いる冶具としてキャピラリが用いられる。ボンディングワイヤの接合プロセスは、ワイヤ先端をアーク入熱で加熱溶融し、表面張力によりボールを形成した後に、150〜300℃の範囲内で加熱した半導体素子の電極上にこのボール部を圧着接合(以下、「ボール接合」という)し、次にループを形成した後、外部リード側の電極にワイヤ部を圧着接合(以下、「ウェッジ接合」という)することで完了する。ボンディングワイヤの接合相手である半導体素子上の電極にはSi基板上にAlを主体とする合金を成膜した電極構造、外部リード側の電極にはAgめっきやPdめっきを施した電極構造が主に用いられている。
【0003】
ボンディングワイヤの材料は、耐酸化性に優れ、良好な接合性が得られることから、Auが主に用いられてきた。しかしながら、近年のAu価格の高騰を受けて、より安価かつ高機能なボンディングワイヤの開発が求められていた。この要求に対し、安価かつ電気伝導率が高い利点を生かして、Cuを用いたボンディングワイヤが提案されている。Cuを用いたボンディングワイヤについては、高純度Cu(純度:99.99wt.%以上)を使用したものが提案されている(例えば、特許文献1)。高純度Cuを使用したCuボンディングワイヤは、優れた電気伝導性を有する等の利点はあるものの、表面酸化によって接合性が劣る、Auボンディングワイヤに比べて高温高湿環境におけるボール接合部の寿命(以下、「接合信頼性」という)が劣る等の課題があった。上述のような課題を解決する手法として、Cu合金芯材の表面をPdで被覆したボンディングワイヤ(以下、「Pd被覆Cuボンディングワイヤ」という)が提案されている(例えば、特許文献2、特許文献3)。Pd被覆Cuボンディングワイヤは、耐酸化性に優れるPdでCu合金芯材を被覆することで、優れた接合性を実現し、さらに高温高湿環境における接合信頼性を改善した点が特徴である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭61−48543号公報
【特許文献2】特開2005−167020号公報
【特許文献3】特開2012−36490号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
Pd被覆Cuボンディングワイヤは、主にLSI用途で実用化されている。今後は、さらに厳しい性能が求められる車載用デバイスにおいても、AuボンディングワイヤからPd被覆Cuボンディングワイヤへの代替が求められている。
【0006】
車載用デバイスは、一般的な電子機器に比べて、高温高湿環境における長時間の動作性能が要求される。従来のPd被覆Cuボンディングワイヤを用いた場合、車載用デバイスに要求される接合信頼性の基準を満足することは困難である。したがって、車載用デバイスへのPd被覆Cuボンディングワイヤの適用に際しては、高温高湿環境における接合信頼性を更に改善する必要がある。
【0007】
また、車載用デバイスは、電気自動車やハイブリッド自動車の高機能化、多機能化により、高密度実装化が進んでいる。実装が高密度化すると、使用するボンディングワイヤの線径は細くなるため、細線化に伴う新たな課題への対応が求められている。具体的には、耐キャピラリ摩耗性と表面疵耐性である。
【0008】
キャピラリ摩耗は、ボンディングワイヤの接合時に、ボンディングワイヤとキャピラリの接触部において、キャピラリが摩耗する現象である。キャピラリは、一般的に先端の孔の形状が円形のものが用いられるが、摩耗することによって孔の形状は楕円形になる。キャピラリの孔の形状が楕円形になると、ボール形成不良が発生しやすくなる。特に、ボンディングワイヤの細線化が進むほど、ボール形成性は不安定になる傾向があり、耐キャピラリ摩耗性の改善が求められている。
【0009】
表面疵は、ボンディングワイヤの接合時に、ボンディングワイヤとキャピラリの接触部において、ボンディングワイヤの表面の一部に疵が発生する現象である。例えば、ループ部分に表面疵が発生すると、表面疵の凹部に応力が集中し、ループの形状がばらつく原因となる。特に、ボンディングワイヤの細線化が進むと、ループ形状に及ぼす表面疵の影響が大きくなるため、表面疵耐性の改善が求められている。
【0010】
Pd被覆Cuボンディングワイヤは、Cu合金芯材の表面をAuよりも硬度の高いPdで被覆するため、Auボンディングワイヤに比べてキャピラリが摩耗し易い傾向にある。キャピラリ摩耗を低減する方法として、例えば、Pd被覆層の厚さを薄くすることが有効であると考えられるが、Pd被覆層の厚さを薄くすると、ボンディングワイヤの表面の硬度が低下し、表面疵が増加してしまう。したがって、Pd被覆Cuボンディングワイヤを車載用デバイスに適用するためには、優れた耐キャピラリ摩耗性と表面疵耐性を同時に改善することが求められている。
【0011】
以上から、車載用デバイスへのPd被覆Cuボンディングワイヤの適用に際しては、高い接合信頼性を確保しつつ、優れた耐キャピラリ摩耗性と表面疵耐性を実現することが求められている。
【0012】
車載用デバイスに要求される特性を踏まえて、従来のPd被覆Cuボンディングワイヤを評価したところ、後述するような実用上の課題が残されていることを本発明者らは見出した。
【0013】
まず、接合信頼性評価における課題について詳細に説明する。接合信頼性の評価は、半導体デバイスの寿命を加速評価する目的で行われる。接合信頼性の評価には、半導体の使用環境における不良発生機構を加速するために、高温放置試験や高温高湿試験が一般的に用いられる。高温高湿環境における接合信頼性評価には、温度が130℃、相対湿度が85%の試験条件であるuHAST(unbiased−highly accelerated test)と呼ばれる試験が用いられることが多い。一般的な電子機器の使用環境を想定した場合には、uHASTで150時間以上の接合信頼性が要求されるのに対し、車載用デバイスの使用環境を想定した場合には、uHASTで250時間以上の接合信頼性が要求される。
【0014】
一般的な金属フレーム上のSi基板に純Alを成膜して形成した電極に対して、従来のPd被覆Cuボンディングワイヤを市販のワイヤーボンダーを用いてボール接合を行い、エポキシ樹脂によって封止した。こうして得られたサンプルについてuHASTによる接合信頼性評価を実施した結果、250時間未満で、ボール接合部の接合界面に剥離が発生して接合強度が低下し、車載用デバイスで要求される接合信頼性が得られないことがわかった。剥離が発生した接合界面の詳細な観察を行ったところ、AlとCuを主体とする複数の金属間化合物が形成されており、これらの金属間化合物のうちCuAlが封止樹脂中に含まれる塩素によって優先的に腐食されたことが接合強度低下の原因と推定された。
【0015】
次に、耐キャピラリ摩耗性と表面疵耐性の課題について詳細に説明する。キャピラリ摩耗と表面疵が発生するボンディングワイヤの接合工程は、ボンディングワイヤとキャピラリが接触するボール接合工程、ウェッジ接合工程、ループ形成工程である。これらの接合工程のなかでも、キャピラリ摩耗や表面疵はループ形成工程において最も発生し易い。これは、ボンディングワイヤとキャピラリの孔の内壁が接触する時間が、他の工程よりも長いためである。キャピラリ摩耗や表面疵の発生しやすさには、ボンディングワイヤの表面の機械的特性、ボンディングワイヤ表面の凹凸形状、潤滑性などが影響を及ぼす。特に、ボンディングワイヤの表面の硬度はキャピラリ摩耗や表面疵の発生に大きな影響を及ぼす。ボンディングワイヤ表面の硬度が高くなるほどキャピラリは摩耗しやすくなり、硬度が低くなるほど表面疵は発生し易くなる。耐キャピラリ摩耗性は、ボンディングワイヤを一定回数接合した後にボールを形成したときのボール形成不良の発生頻度によって判定することができる。耐キャピラリ摩耗性の評価にボール形成不良の発生頻度を用いる理由は、キャピラリが摩耗すると、ボンディングワイヤとキャピラリの間に隙間ができ、ボールの重心位置がワイヤの中心軸からずれるボール形成不良(以下、「偏芯」という)が発生するためである。この方法を用いれば、耐キャピラリ摩耗性を比較的簡便に評価することができる。表面疵耐性は、ボンディングワイヤの接合を行った後の、ループ部分における表面疵の発生頻度によって判定することができる。
【0016】
車載用デバイスで求められる耐キャピラリ摩耗性の目安は、線径がφ20μmのボンディングワイヤを5000回接合した後、100個のボールを形成したときの偏芯の発生数が2個以下である。同じく、車載用デバイスで求められる表面疵耐性の目安は、線径がφ20μmのボンディングワイヤの接合を行った後に、100本のループ部分を観察したときの、表面疵の発生数が3本以下である。これらの評価に用いるキャピラリは市販のもので、主成分はAlとする。
【0017】
従来のPd被覆Cuボンディングワイヤを用いて上述の評価を行った結果、Pd被覆層が厚い場合には、5000回接合した後、100個のボールのうち偏芯が3個以上発生した。このとき、キャピラリの先端の孔の形状は楕円形に変形した。Pd被覆層の厚さが薄い場合には、100本のループ部分のボンディングワイヤの表面を観察したうちの、4本以上で表面疵が発生していた。以上の結果より、従来のPd被覆Cuボンディングワイヤを用いた場合には、車載用デバイスで求められる要求性能が得られないことがわかった。
【0018】
そこで本発明は、高い接合信頼性を確保しつつ、優れた耐キャピラリ摩耗性と表面疵耐性を有し、車載用デバイスに好適な半導体装置用ボンディングワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明に係る半導体装置用ボンディングワイヤは、Cu合金芯材と、前記Cu合金芯材の表面に形成されたPd被覆層と、前記Pd被覆層の表面に形成されたCu表面層を有する半導体装置用ボンディングワイヤにおいて、Niを含み、ワイヤ全体に対するNiの濃度が0.1〜1.2wt.%であり、前記Pd被覆層の厚さが0.015〜0.150μmであり、前記Cu表面層の厚さが0.0005〜0.0070μmであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、高い接合信頼性を確保しつつ、優れた耐キャピラリ摩耗性と表面疵耐性を有し、車載用デバイスに好適なボンディングワイヤを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0022】
1.実施形態
(全体構成)
本発明の実施形態に係るボンディングワイヤは、Cu合金芯材と、前記Cu合金芯材の表面に形成されたPd被覆層と、前記Pd被覆層の表面に形成されたCu表面層を有する半導体装置用ボンディングワイヤにおいて、Niを含み、ワイヤ全体に対するNiの濃度が0.1〜1.2wt.%であり、前記Pd被覆層の厚さが0.015〜0.150μmであり、前記Cu表面層の厚さが0.0005〜0.0070μmである。本発明の実施形態に係るボンディングワイヤは、高い接合信頼性を確保しつつ、優れた耐キャピラリ摩耗性と表面疵耐性を有し、車載用デバイスに好適である。本発明の実施形態に係るボンディングワイヤはさらに、ボール形成性、ウェッジ接合性などの総合性能を満足することができる。
【0023】
本発明の実施形態に係るボンディングワイヤの接合信頼性改善に対する有効性について説明する。本発明の実施形態に係るボンディングワイヤは、Cu合金芯材と、前記Cu合金芯材の表面に形成されたPd被覆層と、前記Pd被覆層の表面に形成されたCu表面層を有し、Niを含むことで接合信頼性が改善できる。これにより、本発明の実施形態に係るボンディングワイヤは、uHASTによる接合信頼性評価において、車載用デバイスに要求される接合信頼性を満足することができる。
【0024】
本発明の実施形態に係るボンディングワイヤを用いて、ボールを形成すると、ボンディングワイヤが溶融して凝固する過程で、ボールの表面にボールの内部よりもPd、Niの濃度が高い合金層が形成される。ボールの表面にPdとNiの濃度が高い領域を形成するためには、Cu合金芯材の表面にPd被覆層を有し、さらにPd被覆層の表面にCu表面層を備えて、さらにボンディングワイヤにNiを含めることが有効である。これは、ボール形成時に、Cu合金芯材の表面に形成したPd被覆層からボール表面にPdが供給される効果と、ボンディングワイヤに含まれるNiがCu表面層を介してボール表面に供給される効果によるものと推定される。
【0025】
このボールを用いてAl電極とボール接合を行い、高温高湿試験を実施すると、ボールとAl電極の界面にPdとNiの濃度が高い領域が形成される。ボール接合部の界面に形成されたPdとNiの濃度が高い領域は、高温高湿試験中のボール接合部におけるCu、Alの拡散を抑制し、易腐食性の金属間化合物であるCuAlの成長速度を低下させることができる。つまり、本発明の実施形態に係るボンディングワイヤは、PdとNiが同時にボール接合部の界面に存在することによって、高い接合信頼性を発現したと推定される。ここで、Pd被覆のみ、ボンディングワイヤにNiを含めることのみでは、高い接合信頼性を得ることができなかった。Pd被覆とボンディングワイヤにNiを含めることを組み合わせただけでも高い接合信頼性を得ることができなかった。
【0026】
上述した接合信頼性に対する改善効果を得るためには、ワイヤ全体に対するNi濃度、Pd被覆層の厚さ、Cu表面層の厚さをそれぞれ適切に制御する必要がある。すなわち、接合信頼性に対する改善効果が得られるワイヤ全体に対するNi濃度は0.1wt.%以上であり、Pd被覆層の厚さは0.0150μm以上、Cu表面層の厚さは0.0005μm以上0.0070μm以下である。ここで、ワイヤ全体に対するNi濃度が0.1wt.%未満、またはCu表面層の厚さが0.0005μm未満の場合には、ボール接合部界面のNi濃度の高い領域の形成が不十分になり、接合信頼性に対する十分な改善効果が得られなかった。Pd被覆層の厚さが0.015μm未満、またはCu表面層の厚さが0.0070μmよりも大きい場合には、ボール接合界面のPd濃度の高い領域の形成が不十分となり、接合信頼性に対する十分な改善効果が得られなかった。
【0027】
本発明の実施形態に係るボンディングワイヤの耐キャピラリ摩耗性と表面疵耐性に対する有効性について説明する。本発明の実施形態に係るボンディングワイヤは、Cu合金芯材と、前記Cu合金芯材の表面に形成されたPd被覆層と、前記Pd被覆層の表面に形成されたCu表面層を有し、Niを含むことで耐キャピラリ摩耗性と表面疵耐性が同時に改善できる。これにより、本発明の実施形態に係るボンディングワイヤは、車載用デバイスに要求される耐キャピラリ摩耗性と表面疵耐性を満足することができる。
【0028】
本発明の実施形態に係るボンディングワイヤにおいて、耐キャピラリ摩耗性が改善できる理由は、Pd被覆層の表面にCu表面層を形成することによって、ボンディングワイヤの表面の硬度が低下する効果によるものである。Cuの硬度はPdの硬度よりも低く、ボンディングワイヤの表面とキャピラリの接触部に作用する摩擦力が低減できるためである。ただし、単純にPd被覆層の表面にCu表面層が存在するだけでは、Cu表面層が軟質であるが故に、表面疵が増加してしまう。この課題を解決する手法として、ボンディングワイヤにNiを含めることが有効である。ボンディングワイヤにNiを含めることで、ボンディングワイヤの表層に形成されるCu表面層にNiが存在し、Cu表面層の硬度が高くなる。これにより、優れた表面疵耐性が得られると同時に、Cu表面層にNiが存在して硬度が高くなった場合においても、Pd被覆層と比較すると軟質であるため、耐キャピラリ摩耗性が低下するおそれもない。
【0029】
上述した優れた耐キャピラリ摩耗性と表面疵耐性が同時に得られる条件は、ワイヤ全体に対するNi濃度が0.1wt.%以上1.2wt.%以下、Pd被覆層の厚さが0.150μm以下、Cu表面層の厚さが0.0005μm以上である。ここで、ワイヤ全体に対するNi濃度が0.1wt.%未満では、Cu表面層が軟質であり、表面疵耐性の十分な改善効果が得られなかった。Cu表面層の厚さが0.0005μm未満では、ボンディングワイヤ表面の硬度を低下させる効果が小さく、耐キャピラリ摩耗性の十分な改善効果が得られなかった。ワイヤ全体に対するNi濃度が1.2wt.%よりも高くなると、ボンディングワイヤ全体の硬度が高くなり、耐キャピラリ摩耗性が低下してしまうため実用に適さない場合がある。Pd被覆層の厚さが0.150μmよりも大きくなると、ボンディングワイヤ表面にCu表面層が形成されていても、キャピラリ摩耗に対してPd被覆層の硬度の影響が支配的となり、耐キャピラリ摩耗性が低下してしまうため実用に適さない場合がある。ここで、Pd被覆層のみ、ボンディングワイヤにNiを含めることのみ、Cu表面層のみでは、優れた耐キャピラリ摩耗性と表面疵耐性を同時に得ることができなかった。上記の3つの構成のうち、2つの構成のみを満たす場合においても、同様に優れた耐キャピラリ摩耗性と表面疵耐性を同時に得ることができなかった。
【0030】
以上から、車載用デバイス用ボンディングワイヤに求められる接合信頼性と優れた耐キャピラリ摩耗性と表面疵耐性を得るためには、Cu合金芯材と、前記Cu合金芯材の表面に形成されたPd被覆層と、前記Pd被覆層の表面に形成されたCu表面層を有し、Niを含み、ワイヤ全体に対するNiの濃度が0.1〜1.2wt.%であり、前記Pd被覆層の厚さが0.015〜0.150μmであり、前記Cu表面層の厚さが0.0005〜0.0070μmであることが必要である。接合信頼性、耐キャピラリ摩耗性及び表面疵耐性を一層改善する観点から、ワイヤ全体に対するNiの濃度の下限は、好ましくは0.2wt.%以上、より好ましくは0.3wt.%以上、0.4wt.%以上、0.5wt.%以上、又は0.6wt.%以上である。ワイヤ全体に対するNiの濃度の上限は、好ましくは1.1wt.%以下、より好ましくは1.0wt.%以下である。Pd被覆層の厚さの下限は、好ましくは0.020μm以上、0.022μm以上、0.024μm以上、又は0.025μm以上である。Pd被覆層の厚さの上限は、好ましくは0.140μm以下、0.130μm以下、0.120μm以下、0.110μm以下、又は0.100μm以下である。Cu表面層の厚さの下限は、好ましくは0.0006μm以上、0.0008μm以上、又は0.0010μm以上である。Cu表面層の厚さの上限は、好ましくは0.0065μm以下、0.0060μm以下、又は0.0055μm以下である。
【0031】
本発明のボンディングワイヤは、Pd被覆層とCu表面層の間に合金被覆層を有していてもよい。合金被覆層は、AuとPdとを含む。本発明のボンディングワイヤが合金被覆層を有する場合、合金被覆層の厚さは0.0005〜0.0500μmの範囲が好適である。これによりボンディングワイヤは、接合信頼性とウェッジ接合性を更に改善することができる。合金被覆層を形成することによって、高温高湿環境において接合信頼性を改善できる理由は、合金被覆層からボール接合部の接合界面にAuが供給され、Pd、Niと共にAu、Ni、Pdからなる3元系合金で濃化層を形成し、易腐食性化合物の成長速度を低下させることができるためと推定される。合金被覆層を形成することによって、ウェッジ接合性が改善できる理由は、AuがPdに比べて耐酸化性や耐硫化性に優れるため、外部リード側の電極との接合界面において不純物によって金属の拡散が阻害され難いためである。ここで、合金被覆層の厚さが、0.0005μm未満の場合は、接合信頼性やウェッジ接合性の十分な改善効果が得られない。合金被覆層の厚さが、0.0500μmよりも大きくなると、ボール形成性が低下するため実用に適さない場合がある。合金被覆層の厚さの下限は、好ましくは0.0006μm以上、より好ましくは0.0008μm以上、0.0010μm以上、0.0015μm以上、又は0.0020μm以上である。合金被覆層の厚さの上限は、好ましくは0.0480μm以下、より好ましくは0.0460μm以下、0.0450μm以下、又は0.0400μm以下である。したがって一実施形態において、ボンディングワイヤは、Cu合金芯材と、前記Cu合金芯材の表面に形成されたPd被覆層と、前記Pd被覆層の表面に形成された合金被覆層と、前記合金被覆層の表面に形成されたCu表面層を有し、Niを含み、ワイヤ全体に対するNiの濃度が0.1〜1.2wt.%であり、前記Pd被覆層の厚さが0.015〜0.150μmであり、前記Cu表面層の厚さが0.0005〜0.0070μmであることを特徴とする。好適な一実施形態において、前記合金被覆層の厚さは0.0005〜0.0500μmである。
【0032】
本発明のボンディングワイヤは、ループ形成性を改善する観点から、Cu合金芯材がさらにZn、In、Pt及びPdから選ばれる少なくとも1種以上の元素を含むことが好ましい。前記Cu合金芯材に含まれる前記元素の濃度は0.05〜0.50wt.%であることが好適である。これにより、高密度実装で要求されるループの直進性が向上すると共に、ループの高さのばらつきを低減することができる。これは、Cu合金芯材がZn、In、Pt及びPdから選ばれる少なくとも1種以上の元素を含むことにより、ボンディングワイヤの降伏強度が向上し、ボンディングワイヤの変形を抑制することができるためと推定される。ループの直進性の向上や高さのばらつき低減には、Cu合金芯材の強度が高いほど効果的であり、Pd被覆層の厚さを厚くする等の層構造の改良では十分な効果は得られない。Cu合金芯材に含まれるZn、In、Pt及びPdから選ばれる少なくとも1種以上の元素の濃度が0.05wt.%未満では上記の効果が十分に得られず、0.50wt.%より高くなるとボンディングワイヤが硬質化して、ウェッジ接合部の変形が不十分となり、ウェッジ接合性の低下が問題となる場合がある。前記Cu合金芯材に含まれる前記元素の濃度の下限は、好ましくは0.06wt.%以上、0.08wt.%以上、又は0.10wt.%以上である。前記Cu合金芯材に含まれる前記元素の濃度の上限は、好ましくは0.48wt.%以下、0.46wt.%以下、又は0.45wt.%以下である。前記Cu合金芯材に含まれる前記元素の総計濃度が上記の範囲にあることが好ましい。
【0033】
本発明のボンディングワイヤは、ボール接合部の形状を改善する観点から、ボンディングワイヤがさらにB、P、Mg、及びSnから選ばれる少なくとも1種以上の元素を含むことが好ましい。ワイヤ全体に対する前記元素の濃度は1〜110wt.ppmであることが好適である。これにより、高密度実装に要求されるボール接合部のつぶれ形状を改善、すなわちボール接合部形状の真円性を改善することができる。これは、前記元素を添加することにより、ボールの結晶粒径を微細化でき、ボールの変形が抑制できるためと推定される。ワイヤ全体に対する前記元素の濃度が1wt.ppm未満では上記の効果が十分に得られず、110wt.ppmより高くなるとワイヤが硬質化し、ウェッジ接合性が低下するため実用に適さない場合がある。ワイヤ全体に対する前記元素の濃度の下限は、好ましくは3wt.ppm以上、5wt.ppm以上、又は10wt.ppm以上である。ワイヤ全体に対する前記元素の濃度の上限は、好ましくは105wt.ppm以下、100wt.ppm以下、又は90wt.ppm以下である。ワイヤ全体に対する前記元素の総計濃度が上記の範囲にあることが好ましい。
【0034】
本発明のボンディングワイヤは、接合直後のボール接合強度を改善する観点から、ボンディングワイヤがさらにGa、Geから選ばれる少なくとも1種以上の元素を含むことが好ましい。ワイヤ全体に対する前記元素の濃度は0.02〜1.2wt.%であることが好適である。これにより、高密度実装に要求される接合直後のボール接合部の接合強度を改善することができる。これは、前記元素を添加することにより、主に固溶強化作用によってボールの硬度が高くなり、ボール接合時に供給される超音波等のエネルギーを効率良く接合部に伝達できるためと推定される。ワイヤ全体に対する前記元素の濃度が0.02wt.%未満では上記の効果が十分に得られず、1.2wt.%より高くなるとワイヤが硬質化し、ウェッジ接合性が低下するため実用に適さない場合がある。ワイヤ全体に対する前記元素の濃度の下限は、好ましくは0.03wt.%以上、0.05wt.%以上、又は0.08wt.%以上である。ワイヤ全体に対する前記元素の濃度の上限は、好ましくは1.1wt.%以下、1.0wt.%以下、又は0.9wt.%以下である。ワイヤ全体に対する前記元素の総計濃度が上記の範囲にあることが好ましい。
【0035】
なおボンディングワイヤのCu合金芯材、Pd被覆層、合金被覆層、Cu表面層の界面には、製造工程での熱処理等によって原子が拡散し、濃度勾配を有する合金層が形成される場合がある。すなわち、Pd被覆層は、Pdの不可避不純物と、Pd被覆層の内側のCu合金芯材を構成する元素を含む場合がある。さらに、Pd被覆層の外側に合金被覆層が存在する場合には、Pd被覆層は、Pdの不可避不純物と、Pd被覆層の内側のCu合金芯材を構成する元素、Pd被覆層の外側の合金被覆層を構成する元素を含む場合がある。合金被覆層は、Au及びPdの他に、Au及びPdの不可避不純物と、Cu合金芯材を構成する元素を含む場合がある。Cu表面層は、Pd被覆層、合金被覆層およびCu合金芯材を構成する元素を含む場合がある。
【0036】
ボンディングワイヤがCu合金芯材、Pd被覆層、Cu表面層から構成される場合について説明する。Cu合金芯材とPd被覆層の境界は、Pd濃度を基準に判定した。Pd濃度が70at.%の位置を境界とし、Pd濃度が70at.%以上の領域をPd被覆層、70at.%未満の領域をCu合金芯材と判定した。この根拠は、Pd濃度が70at.%以上であればPd被覆層の構造から特性の改善効果が期待できるためである。また、Pd被覆層はCu合金芯材の表面を完全に被覆していなくても、特性の改善効果を得ることができる。Cu合金芯材の表面積に対して、Pd被覆層が存在する面積が、60%以上を占めているのが好ましく、80〜100%を占めていることがより好ましい。Pd被覆層とCu表面層の境界は、Cu濃度を基準に判定した。Cu濃度が3at.%の位置を境界とし、Cu濃度が3at.%以上50at.%未満の領域をCu表面層と判定した。この根拠は、Cu濃度が3at.%以上50at.%未満であればCu表面層の構造から特性の改善効果が期待できるためである。ここで、Cu濃度が50at.%以上になるとワイヤの表面が軟質化して、表面疵耐性が低下してしまうため、Cu表面層としての特性が得られない。
【0037】
次に、ボンディングワイヤがCu合金芯材、Pd被覆層、合金被覆層、Cu表面層から構成される場合について説明する。Cu合金芯材とPd被覆層の境界は、Pd濃度を基準に判定した。Pd濃度がCu合金芯材側からはじめて70at.%となった位置を境界とし、Pd濃度が70at.%以上の領域をPd被覆層、70at.%未満の領域をCu合金芯材と判定した。Pd被覆層と合金被覆層の境界は、Au濃度を基準に判定した。Au濃度がPd被覆層側からはじめて10at.%となった位置を境界とし、Au濃度が10at.%以上かつPd濃度が60at.%以上の領域を合金被覆層、Au濃度が10at.%未満の領域をPd被覆層と判定した。この根拠は、上記基準によって規定されるPd被覆層、合金被覆層の構造であれば、特性の改善効果が期待できるためである。また、Pd被覆層はCu合金芯材の表面を完全に被覆していなくても、特性の改善効果を得ることができる。Cu合金芯材の表面積に対して、Pd被覆層が存在する面積が、60%以上を占めているのが好ましく、80〜100%を占めていることがより好ましい。合金被覆層はPd被覆層の表面を完全に被覆していなくても、特性の改善効果を得ることができる。Pd被覆層の表面積に対して、合金被覆層が存在する面積が、60%以上を占めているのが好ましく、70〜100%を占めていることがより好ましい。なお、Cu合金芯材及びPd被覆層の表面積は、ボンディングワイヤの表面積によって近似できる。合金被覆層とCu表面層の境界は、Cu濃度を基準に判定した。Cu濃度が合金被覆層側からはじめて3at.%となった位置を境界とし、Cu濃度が3at.%以上50at.%未満の領域をCu表面層と判定した。この根拠は、Cu濃度が3at.%以上50at.%未満であればCu表面層の構造から特性の改善効果が期待できるためである。ここで、Cu濃度が50at.%以上になるとワイヤの表面が軟質化して、表面疵耐性が低下してしまうため、Cu表面層としての特性が得られない。
【0038】
本発明の効果をより享受し得る点から、Pd被覆層におけるPdの最大濃度は、97at.%以上であれば良く、好ましくは98at.%以上、より好ましくは98.5at.%以上、99.0at.%以上、99.5at.%以上、100at.%である。
【0039】
Pd被覆層において、Pd濃度が97.0at.%以上である領域の厚さは、好ましくは0.040μm以下、より好ましくは0.035μm以下、0.030μm以下、0.025μm以下、0.020μm以下、0.015μm以下、0.010μm以下、又は0.005μm以下である。
【0040】
本明細書では、Pd被覆層、合金被覆層、Cu表面層における金属元素の濃度について、これらの層を構成する金属元素の総計に対する金属元素の比率を用い、表面近傍のC、O、N、H、Cl、S等のガス成分、非金属元素等は除外している。Cu合金芯材、Pd被覆層、合金被覆層、Cu表面層、Cu合金芯材中のZn、In、Pt及びPdの濃度分析には、ボンディングワイヤの表面から深さ方向に向かってスパッタ等で削りながら分析を行う方法、あるいはワイヤ断面を露出させて線分析、点分析等を行う方法が有効である。これらの濃度分析に用いる解析装置は、走査型電子顕微鏡に備え付けたオージェ電子分光分析(AES)装置や透過型電子顕微鏡に備え付けたエネルギー分散型X線分析(EDX)装置を用いることができる。ボンディングワイヤの表面積に対する、Pd被覆層や合金被覆層の存在比率は、ボンディングワイヤの表面を深さ方向に削りながら、線分析や面分析を行うことによって測定することができる。ワイヤ断面を露出させる方法としては、機械研磨、イオンエッチング法等を利用することができる。ボンディングワイヤ全体に含まれる元素の濃度分析には、上記方法のほかに、ICP発光分光分析装置、ICP質量分析装置を利用することができる。
【0041】
(製造方法)
本発明の実施形態に係るボンディングワイヤの製造方法の一例を説明する。ボンディングワイヤは、芯材に用いるCu合金を製造した後、ワイヤ状に細く加工し、Pd被覆層、必要に応じてPd被覆層上にAu層を形成し、中間熱処理と最終熱処理を実施することで得られる。加工方法は、ダイスと呼ばれる冶具にワイヤを通すことで加工する伸線加工と呼ばれる手法を用いることができる。Pd被覆層、Au層を形成後、再度伸線加工と中間熱処理を行う場合もある。Cu合金芯材の製造方法、Pd被覆層、合金被覆層、Cu表面層の形成方法、中間熱処理と最終熱処理方法について詳しく説明する。
【0042】
芯材に用いるCu合金は、原料となるCuと添加する元素を共に溶解し、凝固させることによって得られる。原料となるCuの純度は99.99wt.%以上、添加する元素の純度は、99wt.%以上であることが好ましい。これは、意図しない元素がCu合金芯材に混入することによって、電気抵抗が高くなる等の問題が発生することを防ぐためである。溶解には、アーク加熱炉、高周波加熱炉、抵抗加熱炉等を利用することができる。大気中からのO、N、H等のガスの混入を防ぐために、真空雰囲気あるいはArやN等の不活性雰囲気中で溶解を行うことが好ましい。
【0043】
Pd被覆層、Au層の形成方法について説明する。Pd被覆層、Au層をCu合金芯材の表面に形成する方法として、めっき法、蒸着法等を用いることができる。めっき法は、電解めっき法、無電解めっき法のどちらも適用可能である。ストライクめっき、フラッシュめっきと呼ばれる電解めっきでは、めっき速度が速く、下地との密着性も良好である。無電解めっきに使用する溶液は、置換型と還元型に分類され、厚さが薄い場合には置換型めっきのみでも十分であるが、厚さが厚い場合には置換型めっきの後に還元型めっきを段階的に施すことが有効である。蒸着法は、スパッタ法、イオンプレーティング法、真空蒸着等の物理吸着と、プラズマCVD等の化学吸着を利用することができる。いずれも乾式であり、Pd被覆層、Au層形成後の洗浄が不要であり、洗浄時の表面汚染等の心配がない。
【0044】
Pd被覆層、Au層の形成に対しては、太径のCu合金芯材にこれらの層を形成してから、狙いの線径まで複数回伸線する方法が有効である。太径のCu合金芯材にPd被覆層、Au層を形成する手法の具体例としては、電解めっき溶液の中にワイヤを連続的に掃引しながらPd被覆層、Au層を形成する手法、あるいは、太径のCu合金芯材を電解又は無電解のめっき浴中に浸漬してPd被覆層、Au層を形成する手法等が挙げられる。Pd被覆層、Au層形成後に熱処理を行うことにより、Pd被覆層のPdがAu層中に拡散し、合金被覆層が形成される。Au層を形成した後に熱処理をすることによって合金被覆層を形成するのではなく、最初から合金被覆層を被着することとしてもよい。
【0045】
次にCu表面層の形成方法について説明する。Cu表面層を形成する方法は、太径のCu合金芯材にPd被覆層やAu層を形成した後に伸線を行い、中間熱処理によって、Cu合金芯材中のCuをPd被覆層や合金被覆層の表面に拡散させる方法が有効である。Pd被覆層や合金被覆層中のCuの拡散速度は、熱処理温度と熱処理時間によって制御できる。ここで、熱処理温度が低すぎる場合や熱処理時間が短すぎる場合には、Cuの拡散が不十分となり、Cu表面層が十分形成されない。反対に、熱処理温度が高すぎる場合や熱処理時間が長すぎる場合には、Cu表面層が厚くなり過ぎたり、Pd被覆層や合金被覆層の厚さの制御が困難となる。したがって、Cu表面層を形成するためには、中間熱処理において、適切な熱処理温度と熱処理時間を用いる必要がある。
【0046】
中間熱処理の他に最終熱処理によってCu表面層を形成する方法が考えられる。高密度実装に要求されるループ直進性を実現する観点から、中間熱処理によってCu表面層を形成する方法が好適である。これは最終熱処理においてCu表面層の形成に必要な温度域で熱処理を行うと、Cu合金芯材の結晶粒径が粗大化して軟質化し、高密度実装に要求されるループ直進性が得られなくなるためである。一方で、中間熱処理において、Cu合金芯材の結晶粒径が粗大化した場合には、その後の伸線工程における加工性が向上する等の効果を得ることができる。
【0047】
中間熱処理および最終熱処理は、ボンディングワイヤの酸化や硫化を防ぐために、真空雰囲気あるいはArやN等の不活性雰囲気中で行うことが好ましい。効率的に製造するために、中間熱処理および最終熱処理は、ワイヤを連続的に掃引しながら加熱する方法を用いることができる。
【0048】
(変形例)
本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨の範囲内で適宜変更することが可能である。
【0049】
2.実施例
以下では、実施例を示しながら、本発明の実施形態に係るボンディングワイヤについて、具体的に説明する。
【0050】
(サンプル)
まずサンプルの作製方法について説明する。芯材の原材料となるCuは純度が99.99wt.%以上で残部が不可避不純物から構成されるものを用いた。Ni、Zn、In、Pt、Pd、B、P、Mg、Sn、Ga、Geは純度が99wt.%以上で残部が不可避不純物から構成されるものを用いた。
【0051】
芯材のCu合金は、直径がφ3〜6mmの円柱型に加工したカーボンるつぼに原料を装填し、高周波炉を用いて、真空中もしくはNやArガス等の不活性雰囲気で1090〜1300℃まで加熱して溶解した後、炉冷を行うことで製造した。得られたφ3〜6mmの合金に対して、引抜加工を行ってφ0.9〜1.2mmまで加工した後、ダイスを用いて連続的に伸線加工等を行うことによって、φ300〜350μmのワイヤを作製した。伸線加工を行う場合には、市販の潤滑液を用い、伸線速度は20〜150m/分とした。ワイヤ表面の酸化膜を除去するために、塩酸による酸洗処理を行った後、芯材のCu合金の表面全体を覆うようにPd被覆層を0.2〜2.3μmの厚さで形成した。さらに、一部のワイヤはPd被覆層の上にAu層を0.007〜0.800μmの厚さで形成した。Pd被覆層、Au層の形成には電解めっき法を用いた。Pdめっき液、Auめっき液は市販のめっき液を用いた。
【0052】
その後、さらに伸線加工等を行うことによって、φ70〜150μmのワイヤを作製し、中間熱処理を行った。中間熱処理の熱処理温度は510〜600℃とし、ワイヤの送り速度は10〜100m/分、熱処理時間は0.4〜2.0秒とした。中間熱処理後のワイヤは最終線径であるφ20μmまで伸線加工し、最終熱処理を行った。最終熱処理の熱処理温度は250〜470℃とし、ワイヤの送り速度は20〜200m/分、熱処理時間は0.2〜1.0秒とした。中間熱処理および最終熱処理の熱処理方法はワイヤを連続的に掃引しながら行い、Arガスを流しながら行った。上記の手順で作製した各サンプルの構成を表1−1、表1−2および表2に示す。
【0053】
Pd被覆層、合金被覆層、Cu表面層、Cu合金芯材中のZn、In、Pt及びPdの濃度分析は、ボンディングワイヤの表面から深さ方向に向かってArイオンでスパッタしながらAES装置を用いて分析した。得られた深さ方向の濃度プロファイル(深さの単位はSiO換算)からPd被覆層、合金被覆層およびCu表面層の厚み、Cu合金芯材中のZn、In、PtおよびPdの濃度を求めた。Cu合金芯材、Pd被覆層、Cu表面層から構成されるボンディングワイヤの場合、Cu合金芯材とPd被覆層の境界は、Pd濃度を基準に判定した。Pd濃度が70at.%の位置を境界とし、Pd濃度が70at.%以上の領域をPd被覆層、70at.%未満の領域をCu合金芯材と判定した。Pd被覆層とCu表面層の境界は、Cu濃度を基準に判定した。Cu濃度が3at.%の位置を境界とし、Cu濃度が3at.%以上50at.%未満の領域をCu表面層と判定した。また、Cu合金芯材、Pd被覆層、合金被覆層、Cu表面層から構成されるボンディングワイヤの場合、Cu合金芯材とPd被覆層の境界は、Pd濃度を基準に判定した。Pd濃度が70at.%の位置を境界とし、Pd濃度が70at.%以上の領域をPd被覆層、70at.%未満の領域をCu合金芯材と判定した。Pd被覆層と合金被覆層の境界は、Au濃度を基準に判定した。Au濃度が10at.%の位置を境界とし、Au濃度が10at.%以上かつPd濃度が60at.%以上の領域を合金被覆層、Au濃度が10at.%未満の領域をPd被覆層と判定した。合金被覆層とCu表面層の境界は、Cu濃度を基準に判定した。Cu濃度が3at.%の位置を境界とし、Cu濃度が3at.%以上50at.%未満の領域をCu表面層と判定した。各サンプルについて任意の3箇所について分析し、得られた値の平均値を表1−1、表1−2および表2に示す。Ni、B、P、Mg、Sn、Ga、Ge等のボンディングワイヤ全体に含まれる元素の濃度は、ICP発光分光分析装置により測定した。
Cu合金芯材の表面積に対するPd被覆層および、Pd被覆層の表面積に対する合金被覆層の存在比率は、ボンディングワイヤの表面から深さ方向に向かってArイオンでスパッタしながら、AES装置を用いて面分析を行い、測定面積に対するPd被覆層および合金被覆層が存在する面積の割合によって算出した。面分析を行う領域は、ワイヤの長手方向に対して40μm以上、ワイヤ短手方向に対して10μm以上であることが好ましい。
【0054】
【表1-1】
【0055】
【表1-2】
【0056】
【表2】
【0057】
(評価方法)
接合信頼性は、接合信頼性評価用のサンプルを作製し、高温高湿環境に暴露したときのボール接合部の接合寿命によって判定した。
【0058】
接合信頼性評価用のサンプルは、一般的な金属フレーム上のSi基板に厚さ1.0μmの純Alを成膜して形成した電極に、市販のワイヤーボンダーを用いてボール接合を行い、エポキシ樹脂によって封止して作製した。評価に使用したボンディングワイヤの線径は20μmとした。エポキシ樹脂は、水溶性塩素イオンの濃度が40wt.ppmのものを用いた。ボールはN+5%Hガスを流量0.4〜0.6L/分で流しながら形成し、その大きさはφ34〜36μmの範囲とした。
【0059】
作製した接合信頼性評価用のサンプルを、不飽和型プレッシャークッカー試験機を使用し、温度130℃、相対湿度85%の高温高湿環境に暴露した。ボール接合部の接合寿命は100時間毎にボール接合部のシェア試験を実施し、シェア強度の値が初期に得られたシェア強度の1/2となる時間とした。高温高湿試験後のシェア試験は、酸処理によって樹脂を除去して、ボール接合部を露出させてから行った。
【0060】
シェア試験機はDAGE社製の試験機を用いた。シェア強度の値は無作為に選択したボール接合部の10か所の測定値の平均値を用いた。上記の評価において、接合寿命が250時間未満であれば実用上問題があると判断し△印、250〜500時間であれば実用上問題ないと判断し○印、500時間を超える場合は特に優れていると判断し◎印とし、表3および表4の「接合信頼性」の欄に表記した。
【0061】
耐キャピラリ摩耗性は、ボンディングワイヤを5000回接合した後、100個のボールを形成して観察し、偏芯の発生数によって判定した。評価に用いたキャピラリは、主成分がAlで、一般的にφ20μmのボンディングワイヤの接合に使用される市販のキャピラリを用いた。ボールはN+5%Hガスを流量0.4〜0.6L/分で流しながら形成し、その大きさはφ34〜36μmの範囲とした。100個のボールのうち、偏芯が3個以上発生した場合には耐キャピラリ摩耗性に問題があると判断し△印、不良が2個以下の場合は優れていると判断し○印とし、表3および表4の「耐キャピラリ摩耗性」の欄に表記した。
【0062】
表面疵耐性は、ボンディングワイヤの接合を行った後に、100本のループ部分のボンディングワイヤの表面を観察したときの、表面疵の発生数によって判定した。評価に用いたキャピラリは、主成分がAlで、一般的にφ20μmのボンディングワイヤの接合に使用される市販のキャピラリを用いた。観察した100個のループ部分のうち、表面疵が4本以上発生した場合には、表面疵耐性に問題があると判断し△印、表面疵が3本以下の場合は優れていると判断し○印とし、表3および表4の「表面疵耐性」の欄に表記した。
【0063】
ウェッジ接合部におけるウェッジ接合性の評価は、リードフレームのリード部分に1000本のボンディングを行い、接合部の剥離の発生頻度によって判定した。リードフレームは1〜3μmのAgめっきを施したリードフレームを用いた。本評価では、通常よりも厳しい接合条件を想定して、ステージ温度を一般的な設定温度域よりも低い150℃に設定した。上記の評価において、不良が6個以上発生した場合には問題があると判断し△印、不良が1〜5個の場合は問題ないと判断し○印、不良が発生しなかった場合には優れていると判断し◎印とし、表3および表4の「ウェッジ接合性」の欄に表記した。
【0064】
ループ形成性の評価は、直進性と高さのばらつきによって判定した。ループの形成条件はループ長さを2mm、最大高さを80μmとした。ループの最大高さはボール接合部の電極の表面からワイヤの最高地点までの距離とした。直進性の評価は、1条件に対して50本のボンディングワイヤを走査型電子顕微鏡で観察し、ボール接合部とウェッジ接合部を直線で結んだ軸とボンディングワイヤの間の最大のずれが45μm未満の場合は良好、45μm以上の場合は不良として判断した。高さのばらつきの評価は、1条件に対して50本のボンディングワイヤを走査型電子顕微鏡で観察して平均の高さを算出し、平均値からのずれが±15μm未満の場合は良好、±15μm以上の場合は不良と判断した。上記の評価において、直進性及び高さバラつきのいずれかの不良が6本以上発生した場合には問題があると判断し△印、不良が1〜5本の場合は問題ないと判断し○印、不良が発生しなかった場合には優れていると判断し◎印とし、表3および表4の「ループ形成性」の欄に表記した。
【0065】
ボール接合部のつぶれ形状の評価は、ボンディングを行ったボール接合部を直上から観察して、その真円性によって判定した。接合相手はSi基板上に厚さ1.0μmのAl−0.5%Cuの合金を成膜した電極を用いた。観察は光学顕微鏡を用い、1条件に対して200個を観察した。真円からのずれが大きい楕円状であるもの、変形に異方性を有するものはボール接合部のつぶれ形状が不良であると判断した。上記の評価において、不良が6個以上発生した場合には問題があると判断し△印、1〜5個の場合は問題ないと判断し○印、全て良好な真円性が得られた場合は、特に優れていると判断し◎印とし、表3および表4の「つぶれ形状」の欄に表記した。
【0066】
接合直後のボール接合部の接合強度は、シェア試験によって測定した。シェア強度の値は無作為に選択したボール接合部の10か所の測定値の平均値を用いた。上記の評価において、単位接合面積あたりの接合強度が、10kg/mm未満であれば実用上問題があると判断し△印、10kg/mm〜12kg/mmであれば実用上問題ないと判断し○印、12kg/mmを超える場合は特に優れていると判断し◎印とし、表3および表4の「ボール接合部の接合強度」の欄に表記した。
【0067】
【表3】
【0068】
【表4】
【0069】
(評価結果)
実施例1〜48に係るボンディングワイヤは、Cu合金芯材と、前記Cu合金芯材の表面に形成されたPd被覆層と、前記Pd被覆層の表面に形成されたCu表面層を有し、Niを含み、ワイヤ全体に対するNiの濃度が0.1〜1.2wt.%であり、前記Pd被覆層の厚さが0.015〜0.150μmであり、前記Cu表面層の厚さが0.0005〜0.0070μmである。これにより実施例1〜48に係るボンディングワイヤは、良好な接合信頼性、及び優れた耐キャピラリ摩耗性と表面疵耐性が得られることを確認した。一方、比較例1〜8は、Pd被覆層やCu表面層が存在しない場合や、これらが存在してもNi濃度、Pd被覆層、Cu表面層が上記範囲外である場合には、接合信頼性、耐キャピラリ摩耗性や、表面疵耐性改善において十分な改善効果が得られないことを示している。
【0070】
実施例17〜22、24、26〜30、32、34〜48は、Pd被覆層とCu表面層の界面に合金被覆層を有し、前記合金被覆層の厚さが0.0005〜0.0500μmであることで、優れた接合信頼性とウェッジ接合性が得られることを確認した。
【0071】
実施例23〜34、41〜43は、Cu合金芯材がさらにZn、In、Pt及びPdから選ばれる少なくとも1種以上の元素を含み、Cu合金芯材に含まれる前記元素の濃度が0.05〜0.50wt.%であることにより、優れたループ形成性が得られることを確認した。
【0072】
実施例35〜43は、ボンディングワイヤがさらにB、P、Mg、及びSnから選ばれる少なくとも1種以上の元素を含み、ワイヤ全体に対する前記元素の濃度が1〜110wt.ppmであることにより、真円性に優れたボール接合部のつぶれ形状が得られることを確認した。
【0073】
実施例1〜16、23、25、31、33は、Cu合金芯材の表面積に対するPd被覆層の存在比率が60%以上であり、良好な接合信頼性、及び優れた耐キャピラリ摩耗性と表面疵耐性が得られることを確認した。実施例17〜22、24、26〜30、32、34〜48は、Cu合金芯材の表面積に対するPd被覆層の存在比率が60%以上、Pd被覆層の表面積に対する合金被覆層の存在比率が60%以上であり、良好な接合信頼性、及び優れた耐キャピラリ摩耗性、表面疵耐性と優れた接合信頼性とウェッジ接合性が得られることを確認した。
【0074】
実施例44〜48は、ボンディングワイヤがさらにGa、Geから選ばれる少なくとも1種以上の元素を含み、ワイヤ全体に対する前記元素の濃度が0.02〜1.2wt.%であることにより、接合直後のボール接合部の優れた接合強度が得られることを確認した。
【手続補正書】
【提出日】2021年4月23日
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cu合金芯材と、前記Cu合金芯材の表面に形成されたPd被覆層と、前記Pd被覆層の表面に形成されたCu表面層を有する半導体装置用ボンディングワイヤであって、Niを含み、ワイヤ全体に対するNiの濃度が0.1〜1.2wt.%である半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項2】
前記Pd被覆層と前記Cu表面層の間にAuとPdを含む合金被覆層を有する請求項1記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。