【実施例】
【0029】
以下、本発明をさらに具体化した実施例について説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0030】
[1]シロイヌナズナの播種及び生育
シロイヌナズナ種子を、滅菌液(次亜塩素酸ナトリウム2%、Triton(登録商標)X−100(商品名、非イオン系界面活性剤)0.02%の混合液)に5分間浸し、滅菌した。
滅菌したシロイヌナズナ種子を、滅菌した純水で5回洗浄した後、発芽培地に播種した。発芽培地には、1/2濃度のムラシゲ・スクーグ(MS)培地用混合塩類に、スクロース(濃度1%)、2−モルホリノエタンスルホン(MES)緩衝剤(濃度0.5mg/ml)、寒天(濃度0.8%)を添加し、pH5.8としたものを使用した。
播種後は、温度22℃で一定とした環境下において、明期を16時間、暗期を8時間とし、明期に使用する光源を蛍光灯(光量子束密度、70μmol/m
2/s)として、播種から10日後に芽生えしたものを培養土に移植し、シロイヌナズナの生育を行った。そして、培養土に移植後、約2ヶ月間生育したシロイヌナズナから種子を収穫した。
【0031】
[2]ヒマの播種及び生育
ヒマ種子を、滅菌液(次亜塩素酸ナトリウム2%、「Triton(登録商標)X−100」(商品名、非イオン系界面活性剤)0.02%の混合液)に5分間浸し、滅菌した。
滅菌したヒマ種子を、滅菌した純水で5回洗浄した後、滅菌水で湿潤させたキッチンペーパーで包み、プラスチック製の容器に入れて遮光し、該容器を、室温22℃で一定とした培養室に5日間静置して、発根したヒマ種子を培養土に播種した。
播種後は、室温28℃で一定とした人工気象室内において、明期を16時間、暗期を8時間とし、明期に使用する光源をメタルハライドランプ(光量子束密度、1000μmol/m
2/s)として、ヒマの生育を行った。そして、培養土に播種後、約4ヶ月間生育したヒマから種子を収穫した。
【0032】
[3]分子系統樹の作成
ヒマと、ヒマの近縁種であるナンヨウアブラギリ(学名:Jatropha curcas、以下「ヤトロファ」とも記載する)とについて、これらのゲノムにコードされるタンパク質の中で、TAGリパーゼに特徴的なドメインであるclass_3 リパーゼ(PF01764)を持つタンパク質を抽出した。この抽出には、Phytozome12〈URL:https://phytozome.jgi.doe.gov/pz/portal.html〉を利用した。
そして、抽出したタンパク質のアミノ酸配列を系統解析し、分子系統樹を作成した。この系統解析には、MEGA7〈URL:https://www.megasoftware.net/〉を利用し、ブートストラップ値は1000回反復から決定された。
作成した分子系統樹を、
図1に示す。
尚、
図1では、ヒマ由来のタンパク質に○を、ヤトロファ由来のタンパク質に●を付した。
【0033】
[4]TAGリパーゼ遺伝子の探索
上記[3]で作成した分子系統樹から系統樹解析を行い、ヒマ及びヤトロファのゲノムにコードされるclass_3 リパーゼ(PF01764)ドメインを持つ遺伝子を抽出した。
class_3 リパーゼドメインを持つ遺伝子がヒマゲノムには39、ヤトロファゲノムには31存在した。これらの中から、ヒマゲノムにのみ存在し、近縁種であるヤトロファゲノムには存在しないヒマ特異的リパーゼ遺伝子を探索して、28424.m000016、29900.m001596、29935.m000048、30183.m001305の4つの遺伝子を候補として選抜した(
図1中に矢印で示す)。
【0034】
[5]ヒマ由来遺伝子の単離
[5−1]RNAの抽出
上記[2]に従って生育した開花後3週間又は4週間のヒマ種子を採取し、ヒマのRNAを抽出した。このRNAの抽出は、以下(1)〜(3)に示す手順に従って行った。
(1)ヒマ種子をチューブ(容量:1.5mL、ポリプロピレン製)に収容し、液体窒素で凍結した後、ポリビニルピロリドン(分子生物学用、濃度:1w/v%)を添加したRNA抽出用の細胞溶解バッファー(以下、「PVP添加バッファー」ともいう)100μLを加え、温度4℃、遠心力1000×gで1分間、遠心分離し、モーターグラインダー及びステンレス鋼製の乳棒を用いて60秒間均質化した。
(2)さらにPVP添加バッファー550μLを加え、逆さまにしてPVP添加バッファーを混合し、25℃で10分間インキュベートした後、温度25℃、遠心力8000×gで5分間、遠心分離した。
(3)(2)の遠心分離後、上清550μLを新しいチューブ(容量:1.5mL、ポリプロピレン製)に移し替え、温度25℃、遠心力10000×gで5分間、遠心分離した後、上清450μLを新しいチューブ(容量:1.5mL、ポリプロピレン製)に移し替え、これをヒマRNAの抽出物として使用した。
【0035】
[5−2]cDNAの合成
上記[5−1]で抽出したヒマRNAからcDNA合成キット(「PrimeScript(登録商標) II 1st strand cDNA Synthesis Kit」(商品名)、タカラバイオ社)を用いてcDNA合成を行った。
合成したヒマのcDNAについて、このcDNAを鋳型として、上記[4]で選抜した4つの遺伝子について、表1に示したプライマーセットと、DNAポリメラーゼ(「Prime STAR GXL」(商品名)、タカラバイオ社)とを使用したPCR法により増幅した。
プライマーセットについては、5’末端側のプライマーの塩基配列を配列番号1,4,7,10とし、3’末端側のプライマーの塩基配列を配列番号2,5,8,11とする。
そして、配列番号3で示される29935.m000048、配列番号6で示される30183.m001305、配列番号9で示される28424.m000016、配列番号12で示される29900.m001596の4種の遺伝子を単離し、それぞれの塩基配列を常法に従って解析した。
また、上記4つの遺伝子の他、さらに配列番号13で示される水酸基付加酵素(FAH12)を単離した。
PCR法で用いたプライマー及び得られた遺伝子の関係を表1に示す。
なお、上記PCR法による増幅は、DNA二本鎖解離を95℃で1分、アニーリングを98℃で10秒と60℃で15秒と68℃で3分とを1サイクルとして30サイクル、DNA合成を68℃で5分、を条件として行った。
【0036】
【表1】
【0037】
[6]遺伝子発現量の確認
上記[2]で得られたヒマの種子のうち、開花後25日目の登熟種子、開花後35日目の登熟種子、発芽直後の種子、及び、発芽後の芽生えの子葉、について、上記[4]で選抜した4つの遺伝子の遺伝子発現量を、定量的RT−PCR分析法で定量した。その結果を、
図2のグラフに示す。
【0038】
〔6−1〕定量的RT−PCR法
定量的RT−PCR法の手順について、以下(1)〜(3)に示す。
(1)種子については、RNA抽出キット(「RNeasy Plant Mini Kit」(商品名)、QIAGEN社)を使用し、total RNAを抽出した。
子葉については、RNA抽出キット(「「RNeasy Plant Mini Kit」(商品名)、QIAGEN社)を使用し、total RNAを抽出した。
(2)(1)で抽出した2μgのtotal RNAから、cDNA合成キット(「PrimeScript(登録商標) RT Reagent Kit」(商品名)、タカラバイオ社)を使用し、cDNAを合成した。
(3)定量PCRキット(「KAPA SYBR(登録商標) FASTユニバーサルキット」(商品名)、KAPA BIOSYSTEMS社)と、リアルタイムPCRシステム(「Applied Biosystems(登録商標) 7500Fast」(商品名)、Life Technologies社)と、を使用し、参照遺伝子にELF3k(真核生物翻訳開始因子3K)及びMAP2B(メチオニンアミノペプチダーゼ2B)を用いて、遺伝子発現量を定量した。
【0039】
〔6−2〕遺伝子発現量の定量結果
図2のグラフに示されるように、上記[4]で選抜した選抜した4つの遺伝子のうち、8424.m000016、29900.m001596は、登熟種子(開花後25日目、35日目)、発芽直後の種子、及び、発芽後の芽生えの子葉の全てで、遺伝子発現量が検出限界以下であり、遺伝子の発現が見られなかった。
29935.m000048、30183.m001305は、開花後25日目及び35日目の登熟種子で、遺伝子発現量が5を超えており、遺伝子の発現が見られた。また、29935.m000048、30183.m001305は、発芽直後の種子、及び発芽した芽生えの子葉では、遺伝子発現量が0(ゼロ)であり、遺伝子の発現が見られなかった。
上記の結果は、29935.m000048、30183.m001305が、発芽後は機能せず、登熟種子で特異的に機能するリパーゼであることを示唆している。
よって、29935.m000048をTAGリパーゼA、30183.m001305をTAGリパーゼBと同定し、以下ではTAGリパーゼAである29935.m000048をRcTL1、TAGリパーゼBである30183.m001305をRcTL2と記載する。
また、RcTL1の塩基配列(配列番号3)に基づき、TAGリパーゼAのアミノ酸配列を解析し、TAGリパーゼAのアミノ酸配列を、配列番号18に示す。
さらに、RcTL2の塩基配列(配列番号6)に基づき、TAGリパーゼBのアミノ酸配列を解析し、TAGリパーゼBのアミノ酸配列を、配列番号19に示す。
【0040】
[7]シロイヌナズナ由来DNA断片の単離
上記[1]に従って4週間生育したシロイヌナズナから葉を採取し、その葉を液体窒素で凍結させた後、液体窒素を加えて冷やしながら乳鉢・乳棒ですり潰した。
すり潰した植物体粉末0.1gからDNA抽出キット(「DNeasy Plant Mini Kit」(商品名)、Qiagen社)を用いてシロイヌナズナのゲノムDNAを抽出した。
抽出したシロイヌナズナのゲノムDNAについて、このゲノムDNAを鋳型とし、シロイヌナズナ由来の特定のDNA断片をPCR法により増幅し、単離した。
単離したDNA断片を表2に示す。
【0041】
【表2】
【0042】
[8]形質転換植物体の作成
リシノール酸合成を担う水酸基付加酵素であるFAH12を導入No.1として、このNo.1のみをシロイヌナズナへ導入し、比較試料とした。
さらに、No.1のFAH12とともに、上記[6]で同定されたリパーゼのうち、RcTL1(TAGリパーゼA)を導入No.2、RcTL2(TAGリパーゼB)を導入No.3として、No.1+No.2の組み合わせと、No.1+No.3の組み合わせとを、それぞれシロイヌナズナへ導入し、No.1+No.2を実施試料1、No.1+No.3を実施試料2とした。
比較試料、実施試料1及び2のシロイヌナズナからそれぞれ採取した種子を、25μg/mlのハイグロマイシンを含む発芽培地に播種し、形質転換植物としてそれぞれ30個ずつ合計150個を選抜した。
上記No.1〜3のシロイヌナズナへの導入は、クローニングキット(「In−Fusion(登録商標) HD Cloning kit」(商品名)、タカラバイオ社)を用い、Tiプラスミド(「pGWB501」(Addgene提供))に導入後、このTiプラスミドをアグロバクテリウム法によりシロイヌナズナへ導入して行った。
No.1について、種子における強力な発現を目的として、FAH12を、シロイヌナズナのプロモーター(12S1)及び3’UTR(12S1)と融合した。
No.2及びNo.3については、RcTL1及びRcTL2をそれぞれ、シロイヌナズナのオレオシン1および2のプロモーターと融合した。
この導入における組み合わせを表3に示す。
【0043】
【表3】
【0044】
[9]リシノール酸含量の定量
上記[8]で得られた形質転換植物について、ガスクロマトグラフィー質量分析法(以下、「GC−MS」と略す)により、リシノール酸含量の定量を行った。その結果を、
図3のグラフに示す。
なお、比較試料、実施試料1及び2の形質転換植物(種子)は、リシノール酸含量を定量化するため、各30個ずつをホモジナイザーで粉砕して使用した。
【0045】
[9−1]GC−MSの手順
GC−MSは、以下(1)〜(6)に示す手順に従って行った。
(1)比較試料、実施試料1及び2の形質転換植物(種子)各30個ずつを、クロロホルム:メタノールを2:1で混合した抽出溶媒400mLと、ホモジナイザーと、を使用して粉砕した後、温度25℃、遠心力2000×gで5分間、遠心分離し、上清を回収した。
(2)(1)の上清の回収後に残ったペレットに、クロロホルム:メタノールを2:1で混合した抽出溶媒400mLを加え、温度25℃、遠心力2000×gで5分間、遠心分離し、上清を回収した。
(3)(1)で回収した上清と、(2)で回収した上清とを混合し、乾燥した後、得られた乾燥脂質を25mLのヘキサンに溶解させた。
(4)(3)で得た乾燥脂質から、シリカゲル薄層クロマトグラフィー(TLC)用のプレート(Merck Millipore社)を用い、TAGを分離した。TLCにおけるTAG中の脂肪酸定量時の内標準物質には、トリヘプタデカノイン(和光社)を使用した。TLC溶媒には、ヘキサン:ジエチルエーテル:酢酸を80:20:1で混合したものを使用した。
(5)(4)のプレートから、TAGのスポットを収集し、ヘキサン100mLでTAGを抽出した。
(6)前処理として、脂肪酸メチル化キット(ナカライテスク社)を使用してTAG中の脂肪酸をメチル化して脂肪酸メチルエステルとした後、カラム(DB−23、アジレント・テクノロジー社)と、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC−14、島津製作所社)と、スペクトル測定に二重収束型質量分析計(JMSDX−300、日本電子社)と、を用い、TAG中の脂肪酸メチルエステルを定量した。
【0046】
[9−2]リシノール酸含量の定量結果
図3のグラフに示されるように、FAH12のみを導入した比較試料(
図3中に「No.1」と記載)は、リシノール酸含量が4〜6%前後であった。
FAH12とRcTL1(TAGリパーゼA)を導入した実施試料1(
図3中に「No.1+No.2」と記載)は、リシノール酸含量が7〜10%であった。
FAH12とRcTL2(TAGリパーゼB)を導入した実施試料2(
図3中に「No.1+No.3」と記載)は、リシノール酸含量が9〜12%であった。
これらの結果から、リパーゼ(RcTL1、RcTL2)の機能により、種子中におけるリシノール酸含量が向上することが示された。