【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和元年12月7日にThe 16th Nano Bio Info Chemistry Symposiumにて発表 〔刊行物等〕令和元年11月16日に2019年日本化学会中四国支部大会にて発表
【解決手段】本発明に係る金属材料は、水を含む溶媒23と混合されて水素を製造する金属材料であって、320MPa以上の残留応力を有するケイ素粉末22である。また、本発明に係る水素の製造方法は、金属材料に残留応力を与える残留応力付与工程と、残留応力付与工程で残留応力を与えられた金属材料と水を含む溶媒23とを混合し、水素を製造する水素発生工程と、を含み、金属材料は、ケイ素粉末22であり、残留応力付与工程で与えられる残留応力は320MPa以上である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の方法では、金属材料と溶媒とを混合した状態で機械的エネルギーを付与し、メカノケミカル反応により、水素を発生させる。すなわち、水素を発生させる密閉容器内で金属材料に機械的エネルギーを付与するため、装置が複雑化する。したがって、大型の装置で大量に水素を製造することは困難である。
【0005】
また、産業用途等、広く一般に利用するためには、所定の量の材料について発生される水素の量を増加させ、効率的に水素を発生させることができる材料及び水素の製造方法が求められる。
【0006】
本発明は、上述の事情に鑑みてなされたものであり、簡素な装置で、水素の発生量を増加させることができる金属材料及び水素の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、この発明の第1の観点に係る金属材料は、
水を含む溶媒と混合されて水素を製造する金属材料であって、
320MPa以上の残留応力を有するケイ素粉末である。
【0008】
この発明の第2の観点に係る金属材料は、
水を含む溶媒と混合されて水素を製造する金属材料であって、
アモルファス度が20%以上であるケイ素粉末である。
【0009】
この発明の第3の観点に係る水素の製造方法は、
金属材料に残留応力を与える残留応力付与工程と、
前記残留応力付与工程で残留応力を与えられた金属材料と水を含む溶媒とを混合し、水素を製造する水素発生工程と、を含み、
前記金属材料は、ケイ素粉末であり、
前記残留応力付与工程で与えられる残留応力は320MPa以上である。
【0010】
この発明の第4の観点に係る水素の製造方法は、
金属材料に残留応力を与える残留応力付与工程と、
前記残留応力付与工程で残留応力を与えられた金属材料と水を含む溶媒とを混合し、水素を製造する水素発生工程と、を含み、
前記金属材料は、ケイ素粉末であり、
前記残留応力付与工程で残留応力を与えられたケイ素粉末のアモルファス度は20%以上である。
【0011】
また、前記残留応力付与工程では、
残留応力を付与された金属材料をアニールして残留応力を調整する、
こととしてもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、予め残留応力を付与されたケイ素粉末を用いて水素を製造するので、水素の発生量を増加させることができ、製造装置を簡素化することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態に係る金属材料及び水素の製造方法について、図面を参照して詳細に説明する。
【0015】
本実施の形態では、水素製造に用いる金属材料としてケイ素粉末22(Si)を用いる。また、本実施の形態に係る水素の製造方法は、
図1のフローチャートに示すように、ケイ素粉末22に残留応力を与える残留応力付与工程と、ケイ素粉末22と水との反応により水素を発生させる水素発生工程とを含む。
【0016】
残留応力付与工程では、ケイ素粉末22に残留応力を与える。本実施の形態では、遊星ボールミル装置1を用いて、ケイ素粉末22を変形、粉砕させることにより、残留応力を与える方法を例として説明する。
【0017】
遊星ボールミル装置1は、
図2の概念図に示すように、回転駆動される中心軸11と、中心軸11と一体に回転するテーブル13と、テーブル13に回転可能に支持された複数の容器12を備える。
【0018】
容器12は、中心軸11の周りを、
図2及び
図3に示すように、図中の矢印Aの方向に公転しながら、容器12の中心軸12aのまわりを図中の矢印Bの方向に自転する。これにより、各容器12内で、粉砕媒体21により、ケイ素粉末22が変形、粉砕され、ケイ素粉末22に残留応力が付与される。
【0019】
本実施の形態に係る水素の製造処理では、
図1のフローチャートに示すように、まず、容器12に粉砕媒体21と、ケイ素粉末22を投入する(ステップS11)。
【0020】
容器12は、粉砕媒体21、粉砕されるケイ素粉末22等を収容するものであり、例えば円筒形状の蓋付き容器である。容器12は、上述のように、遊星ボールミル装置1にセットされ、遊星ボールミル装置1の動作によって回転する。
【0021】
容器12の材質は特に限定されず、ケイ素粉末22に残留応力を与えられるものであればよい。本実施の形態に係る容器12の材質は、炭化タングステン(WC)である。容器12の容量は特に限定されず、残留応力を与えるケイ素粉末22の量、容器12の製造コスト、耐久性等によって適宜選択すればよい。本実施の形態に係る容器12の容量は80mlである。
【0022】
粉砕媒体21は、ケイ素粉末22とともに容器12に収容され、遊星ボールミル装置1の回転によってケイ素粉末22を変形、粉砕する媒体である。粉砕媒体21の形状は、ボール状、ロッド状等、特に限定されない。また、粉砕媒体21の材質は特に限定されず、ケイ素粉末22を変形、粉砕して残留応力を与えられるものであればよい。本実施の形態に係る粉砕媒体21は、直径約15mmの炭化タングステン製ボールである。また、容器12内に投入される粉砕媒体21は、4個である。
【0023】
上述のように、容器12及び粉砕媒体21の材質は特に限定されず、例えばジルコニア(ZrO
2)、アルミナ(Al
2O
3)、窒化ケイ素(Si
3N
4)、炭化ケイ素(SiC)、炭化ホウ素(B
4C)、窒化ホウ素(BN)、クロム(Cr)等を用いてもよい。容器12及び粉砕媒体21は、効果的にケイ素粉末22を変形、粉砕して残留応力を与えられるように、ケイ素粉末22より硬度の高い材質であることが好ましい。本実施の形態に係る容器12及び粉砕媒体21は、ケイ素粉末22より硬い炭化タングステン製であり、効果的にケイ素粉末22に残留応力を与えることができる。
【0024】
容器12に投入されるケイ素粉末22は、容器12内で変形、粉砕されることにより、残留応力を与えられる。本実施の形態に係るケイ素粉末22の粒径は大凡10μm〜60μmであり、上述のように粉砕媒体21よりも小さい。これにより、ケイ素粉末22に効果的に残留応力を与えることができる。また、容器12内に投入されるケイ素粉末22の量は、1.1gである。
【0025】
粉砕媒体21、ケイ素粉末22が投入された後、容器12は、蓋を閉められて密閉される。本実施の形態では、密閉前に容器12内をアルゴンガス雰囲気に調整している。これにより、粉砕の際の酸化等によるケイ素粉末22の変質を抑制することができる。
【0026】
密閉された容器12は、
図2に示すように、遊星ボールミル装置1にセットされる(ステップS12)。本実施の形態で用いる遊星ボールミル装置1は、ドイツ・フリッチュ社製の遊星ボールミル(商品名:プレミアムラインP−7)である。
【0027】
容器12を遊星ボールミル装置1にセットした後、遊星ボールミル装置1を動作させ、ケイ素粉末22に残留応力を与える(ステップS13)。本実施の形態では、遊星ボールミルの回転速度、すなわち容器12の回転速度は、700rpmであり、動作時間は20分である。容器12が回転することによってケイ素粉末22に機械的なエネルギーが付与されて、ケイ素粉末22が変形、粉砕される。この際、ケイ素粉末22に残留応力が付与される。
【0028】
続いて、水素発生工程として、残留応力を有するケイ素粉末22を用いて、水素を発生させる。以下、
図4に示す水素発生装置30の概念図を参照しつつ、水素発生工程について説明する。水素発生工程では、まず、残留応力付与工程で残留応力が与えられたケイ素粉末22と溶媒23とを、水素発生装置30の容器31に投入する(ステップS14)。溶媒23は、特に限定されず、ケイ素粉末22と反応して水素を発生させるために必要な水を含むものであればよい。
【0029】
本実施の形態では、容器31としてのフラスコに、ケイ素粉末22を0.4g、蒸留水である溶媒23を150ml投入する。そして、ケイ素粉末22の濡れ性を向上させるため、容器31に、界面活性剤を投入する(ステップS15)。界面活性剤は特に限定されず、例えば、ベタイン(Betaine)、ラウリン酸ナトリウム(Sodium Laurate)、ラウリル硫酸ナトリウム(Sodium Lauryl Sulfate)等を用いることができる。本実施の形態に係る界面活性剤は、ベタインを主成分(12%含有)とする界面活性剤であり、容器31へ、溶媒23とともに1.5g投入される。
【0030】
容器31内のケイ素粉末22と溶媒23とを、マグネティックスターラである攪拌機32で混合、攪拌し、水素を発生させる(ステップS16)。尚、本実施の形態に係る攪拌機32は、温度調節機能(ヒータ)を備えるマグネティックスターラであり、ステップS16では、容器31を加熱することとしている。攪拌機32の構成はこれに限られず、オイルバス、恒温槽等容器の温調機能と、ケイ素粉末22及び溶媒23の攪拌機能とを備えるものであればよい。容器31の加熱温度は、好ましくは30〜95℃、より好ましくは60〜80℃であり、本実施の形態では70℃としている。これにより、ケイ素粉末22と溶媒23の水との反応を促進し、水素の発生量を増加させることが可能となる。
【0031】
図5に、本実施の形態に係る方法によって水素を製造した場合の水素発生量の例を示す。
図5では、比較のため、ステップS13の後、アニール処理を行い、ケイ素粉末22の残留応力の大きさを調整して、残留応力の大きさと水素発生量との関係を示している。本例に係る遊星ボールミル装置1の動作時間は20分、アニール処理は200〜600℃の温度範囲で0〜2時間行った。
【0032】
ここで、
図5の残留応力は、ステップS13後のケイ素粉末22についてラマンスペクトルを取得し、ラマンスペクトルのピークシフトに基づいて計測することとしている。詳細には、残留応力σは、
図6(A)に示すシリコンウエハのラマンシフトと、
図6(B)に示すケイ素粉末22のラマンシフトとの差に基づいて、以下の式によって算出される。
【数1】
【0033】
この算出式は、ケイ素粉末22の結晶面(111)面に相当するXY平面における、X軸、Y軸の2軸方向へ応力がかかっている場合の、応力を算出する式として公知のものである。また、係数は、Si結晶の劈開面である、結晶面(111)面に対する値である。
【0034】
図5に示すように、ケイ素粉末22の残留応力が320MPa以上の範囲で、水素の発生量が大きく増加していることがわかる。より具体的には、付与する残留応力の値を変化させた場合の水素発生量の実験結果をプロットし、3次スプライン補間する。そして、3次スプライン補間した際の最大の水素発生量の10%を臨界値と設定し、その臨界値を越える水素発生量を与える残留応力値を求める。この臨界値を超える水素発生量となる残留応力が320MPaである。すなわち、所定の大きさ以上の残留応力を有するケイ素粉末22を用いることにより、発生される水素の量を大幅に増加させることが可能となる。
【0035】
残留応力を有するケイ素粉末22を用いることによって、水素の発生量を増加できる要因として、ケイ素粉末22のSi−Siの共有結合が伸び、化学結合が切れやすくなることが考えられる。例えば、ケイ素粉末22に320MPaの応力が加わることにより、Si−Siの共有結合は、0.14〜0.3%伸びる。これにより、溶媒23に含まれる水分子の酸素原子が、ケイ素粉末22のSi原子核へ求核置換反応しやすくなる。そして、求核置換反応の際、Si−Siの共有結合の切断と、水分子の化学結合の切断とが協奏的に進行し、水から水素が発生しやすくなるものと考えられる。
【0036】
上述のように、ケイ素粉末22に付与される残留応力の大きさは320MPa以上であることが好ましく、残留応力の上限値は、ケイ素粉末22に付与可能な範囲であれば、特に制限されない。物理的にケイ素粉末22に付与可能な残留応力の上限は、単結晶Siの破断応力に基づいて、23GPa程度と考えられる。
【0037】
図7は、残留応力付与工程で残留応力を与えられたケイ素粉末22のアモルファス度と水素の発生量との関係を示している。ここで、
図7のアモルファス度は、ケイ素粉末22の結晶成分とアモルファス成分との比を表すものであり、
図8に示すケイ素粉末22のX線回折(XRD:X-ray diffraction)の測定結果から算出される値である。
【0038】
具体的には、アモルファス度は、粉砕を行ったケイ素粉末22についてXRDで取得されたケイ素(Si)(111)の回折パターンの面積(
図9(A)の概念図のA0)に基づいて算出される。より詳細には、結晶成分を表すローレンツ関数(
図9(B)の概念図のA1)と、アモルファス成分を表すガウス関数(
図9(C)の概念図のA2)との線形結合である関数(A1+A2)で、A0を最適化フィッティングする。そして、結晶成分の量を示すA1の面積と、アモルファス成分の量を示すA2の面積とを用いて、ケイ素粉末22のアモルファス成分の割合を示すものとしてA2/(A1+A2)で算出される値を、アモルファス度とする。
【0039】
図7に示すように、ケイ素粉末22のアモルファス度が20%以上の範囲で、水素の発生量が大きく増加していることがわかる。より具体的には、アモルファス度の値を変化させた場合の水素発生量の実験結果をプロットし、3次スプライン補間する。そして、3次スプライン補間した際の最大の水素発生量の10%を臨界値と設定し、その臨界値を越える水素発生量となるアモルファス度を求める。この臨界値を超える水素発生量を与えるアモルファス度が20%である。すなわち、所定の大きさ以上のアモルファス度のケイ素粉末22を用いることにより、発生される水素の量を大幅に増加させることが可能となる。
【0040】
上述のように、ケイ素粉末22のアモルファス度の大きさは20%以上であることが好ましく、アモルファス度の上限値は、ケイ素粉末22について実現可能な範囲であれば、特に制限されない。物理的にケイ素粉末22に付与可能なアモルファス度の上限は、98%程度と考えられる。
【0041】
以上、詳細に説明したように、本実施の形態では、金属材料として予め残留応力が与えられたケイ素粉末22を用いることにより、水素発生量を増加させることが可能である。具体的には、ケイ素粉末22の残留応力を320MPa以上とすることにより、水素の発生量を大幅に増加させることができる。また、ケイ素粉末22のアモルファス度を20%以上とすることにより、水素の発生量を大幅に増加させることができる。
【0042】
また、残留応力を有するケイ素粉末22と水を含む溶媒23とを混合することにより水素を発生させることができるので、金属材料と溶媒とを破砕しながら水素を発生させる製造工程と比較して、製造装置、すなわち水素発生装置30を簡素化することができる。より具体的には、水素発生工程では、残留応力を有するケイ素粉末22と溶媒23とを混合、攪拌するのみで、水素を発生させることができるので、メカノケミカル反応を生じさせるための粉砕機のような複雑な装置は不要となる。したがって、水素製造装置の大型化が容易となり、容易に水素の製造量を増加させることが可能となる。
【0043】
本実施の形態では、残留応力付与工程でケイ素粉末22に残留応力を付与して、水素発生工程の容器31に投入することとしたが、これに限られない。例えば、粉砕機によってケイ素粉末22に残留応力を与えた後、アニール処理を行うこととしてもよい。アニール処理の条件は、例えば、200〜600℃、0〜2時間である。これにより、粉砕機によって与えた残留応力を、減少させる等、ケイ素粉末22の残留応力を適当な大きさに調整することができる。具体的には、
図10に示すように、アニール処理によって、アモルファス度が低下しており、残留応力を調整できることがわかる。
【0044】
また、本実施の形態では、遊星ボールミル装置1を用いて、ケイ素粉末22に残留応力を付与することとしたが、これに限られない。例えば、振動ミル、ロッキングミル等を用いてケイ素粉末22に残留応力を与えることとしてもよく、ケイ素粉末22の大きさ、生産量、生産コスト等を考慮して、所望の残留応力を与えるための適切な方法を選択することができる。