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特開2021-167289水溶性化合物を内包した脂質ナノ粒子
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2021-167289(P2021-167289A)
(43)【公開日】2021年10月21日
(54)【発明の名称】水溶性化合物を内包した脂質ナノ粒子
(51)【国際特許分類】
   A61K 9/51 20060101AFI20210924BHJP
   A61K 47/24 20060101ALI20210924BHJP
   A61K 31/51 20060101ALI20210924BHJP
   A61P 9/10 20060101ALI20210924BHJP
   A61P 3/02 20060101ALI20210924BHJP
   A61K 9/127 20060101ALI20210924BHJP
【FI】
   A61K9/51ZNA
   A61K47/24
   A61K31/51
   A61P9/10
   A61P3/02 105
   A61K9/127
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
【全頁数】27
(21)【出願番号】特願2020-71309(P2020-71309)
(22)【出願日】2020年4月10日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 発行日:令和2年(2020年)2月26日 刊行物:修士論文要旨集、182〜184頁、国立大学法人北海道大学大学院生命科学院発行 公開者:石丸 拓也
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【弁護士】
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100119183
【弁理士】
【氏名又は名称】松任谷 優子
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【弁理士】
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 裕
(72)【発明者】
【氏名】山田 勇磨
(72)【発明者】
【氏名】原島 秀吉
【テーマコード(参考)】
4C076
4C086
【Fターム(参考)】
4C076AA19
4C076AA65
4C076AA95
4C076CC11
4C076CC24
4C076DD63H
4C076FF63
4C076FF68
4C086AA01
4C086AA02
4C086BC83
4C086GA07
4C086GA10
4C086MA02
4C086MA05
4C086MA24
4C086MA38
4C086NA05
4C086NA13
4C086ZA36
4C086ZC25
(57)【要約】      (修正有)
【課題】水溶性化合物を内包した脂質ナノ粒子の提供。
【解決手段】脂質ナノ粒子は、リン脂質と水溶性化合物を含み、動的光散乱法で測定した平均粒子径が、60〜150nmである組成物。脂質ナノ粒子は、水溶性化合物を細胞内(特にミトコンドリア)に送達することに有利に用いられ得る。水溶性化合物は、ビタミンB1であることが望ましく、リン脂質は、ジオレイルホスファチジルエタノールアミンとホスファチジン酸及び/又はスフィンゴミエリンを含むことが好ましい。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶性化合物を内包した脂質ナノ粒子を含む組成物であって、
脂質ナノ粒子は、リン脂質と水溶性化合物を含み、動的光散乱法で測定した平均粒子径が、60〜150nmである、組成物。
【請求項2】
脂質ナノ粒子は、動的光散乱法で測定した多分散性指数(PDI)が0.3以下である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
水溶性化合物が、ビタミンB1である、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
脂質ナノ粒子が、非中空の脂質構造体であり、水溶性化合物がビタミンB1である、請求項3に記載の組成物。
【請求項5】
脂質ナノ粒子が、中空の脂質構造体であり、水溶性化合物がビタミンB1である、請求項3に記載の組成物。
【請求項6】
前記リン脂質は、ジオレイルホスファチジルエタノールアミンとホスファチジン酸及び/又はスフィンゴミエリンを含む、請求項1〜5のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項7】
脂質ナノ粒子が、細胞膜透過性ペプチドを表出する脂質ナノ粒子である、請求項1〜6のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項8】
水溶性化合物をミトコンドリアに送達することに用いるための、請求項1〜7のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項9】
ビタミンB1を含み、虚血性疾患の対象に投与することに用いるための、請求項1〜8のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項10】
ビタミンB1を含み、ビタミンB1欠乏症の対象に投与することに用いるための、請求項1〜8のいずれか一項に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水溶性化合物を内包した脂質ナノ粒子に関する。
【背景技術】
【0002】
ビタミンB1(VB1、チアミン)は1911年に鈴木梅太郎によって発見された水溶性ビタミンであり、脚気に対する治療薬として用いられている。VB1は各組織でチアミンピロホスホキナーゼによって活性型へと変換され、チアミン二リン酸キナーゼによってさらにチアミン二リン酸へと変換される。生体内でのVB1の主な作用部位はミトコンドリアマトリックス内のTCAサイクルであり、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体(PDHC, Pyruvate dehydrogenase complex)、2−オキソグルタル酸デヒドロゲナーゼ複合体(OGDHC, 2−oxoglutarate dehydrogenase complex)の補酵素として働き、TCA回路を活性化することでATP産生を促進する。また、脳においてはVB1は非補酵素作用を有しており、VB1およびその誘導体がタンパク質のアロステリック調節を担うことも明らかとなっている。VB1の誘導体チアミン三リン酸およびアデニル化チアミン三リン酸はグルタミン酸デヒドロゲナーゼを、チアミンおよびチアミン二リン酸はリンゴ酸デヒドロゲナーゼアイソフォームおよびピリドキサールキナーゼを調節している。
【0003】
体内に取り込まれたVB1は通常、チアミン輸送タンパク質Thiamine transporter (THTR)1および2によって細胞内へ輸送され、チアミン二リン酸に変換されトランスケトラーゼの補酵素として働く他、ミトコンドリア膜上の輸送タンパク質SLC25A19によりミトコンドリアのマトリックスに輸送される。これまでの研究では、例えば、VB1をキトサンおよびゼラチンに基づくハイドロゲルから徐放する研究が報告されている(非特許文献1)。しかし、体内に取り込まれたVB1の細胞内への能動輸送の能力には限界があり、大量投与が必ずしもVB1の細胞内への輸送量には結びつかない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Kaur K. et al., International Journal of Biological Macromolecules, 146: 987−999, 2019
【発明の概要】
【0005】
本発明は、水溶性化合物を内包した脂質ナノ粒子を提供する。
【0006】
本発明によれば、以下の発明が提供される。
(1)水溶性化合物を内包した脂質ナノ粒子を含む組成物であって、
脂質ナノ粒子は、リン脂質と水溶性化合物を含み、動的光散乱法で測定した平均粒子径が、60〜150nmである、組成物。
(2)脂質ナノ粒子は、動的光散乱法で測定した多分散性指数(PDI)が0.3以下である、上記(1)に記載の組成物。
(3)水溶性化合物が、水溶性の医薬有効成分である、上記(1)または(2)に記載の組成物。
(4)水溶性化合物が、ビタミンB1である、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の組成物。
(5)脂質ナノ粒子が、非中空の脂質構造体であり、水溶性化合物がビタミンB1である、上記(4)に記載の組成物。
(6)脂質ナノ粒子が、中空の脂質構造体であり、水溶性化合物がビタミンB1である、上記(4)に記載の組成物。
(7)前記リン脂質は、ジオレイルホスファチジルエタノールアミンとホスファチジン酸及び/又はスフィンゴミエリンを含む、上記(1)〜(6)のいずれかに記載の組成物。
(8)脂質ナノ粒子が、細胞膜透過性ペプチドを表出する脂質ナノ粒子である、上記(1)〜(7)のいずれかに記載の組成物。
(9)水溶性化合物をミトコンドリアに送達することに用いるための、上記(1)〜(8)のいずれかに記載の組成物。
(10)ビタミンB1を含み、虚血性疾患の対象に投与することに用いるための、上記(1)〜(9)のいずれかに記載の組成物。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1図1は、リン脂質を有する脂質相と水溶性化合物を含む水相とから、単純水和法および逆相蒸発法(REV法)をそれぞれ用いて得られた粒子の動的光散乱法(DLS法)による平均粒子径および多分散性指数(PDI)を示す。
図2A図2Aは、リン脂質を有する脂質相と種々の濃度のビタミンB1(VB1)を含む水相とから、REV法を用いて得られた粒子の脂質ナノ粒子への封入率(%)とDrug/Lipid比(すなわち、ビタミンB1(VB1)/リン脂質比)を示す。*は、封入率に関してp<0.05であることを表し、**は、Drug/Lipid比に関して他と統計学的に有意な差を有することを示す。検定としては、nrANOVAに続きSNKを行った(n=3)。
図2B図2Bは、種々の濃度のリン脂質を有する脂質相とビタミンB1(VB1)を含む水相とから、REV法を用いて得られた粒子の脂質ナノ粒子への封入率(%)とDrug/Lipid比(すなわち、ビタミンB1(VB1)/リン脂質比)を示す。**は、Drug/Lipid比に関して、他と有意差p<0.01があることを示す。検定としては、nrANOVAに続きSNKを行った(n=3)。
図3図3は、ビタミンB1(VB1)濃度を2mMとし、脂質濃度5.5mM(パネルA)または1.38mM(パネルB)としたときにREV法で得られた脂質ナノ粒子の透過電子顕微鏡像(ネガティブ染色像)を示す。
図4図4は、REV法で得られる脂質ナノ粒子に関して、オクタアルギニン(R8)表出脂質ナノ粒子とRP aptamer表出脂質ナノ粒子を作製し、細胞(SH−SY5Y)への取込み能を測定した結果である。本実施例では、細胞播種48時間後に脂質ナノ粒子(キャリア)が添加され、1時間後に測定がなされた。R8表出脂質ナノ粒子とRP aptamer表出脂質ナノ粒子は、それぞれ、ステアリル化R8およびステアリル化RP aptamerを図に示されるモル%で添加した脂質相を用い、他の条件は変えないことにより作製した。
図5A図5Aは、細胞に取り込まれた脂質ナノ粒子と当該細胞のミトコンドリア(MITO Tracker Deep Red染色)との局在をレーザー走査顕微鏡で観察した結果を示す。
図5B図5Bは、R8表出脂質ナノ粒子とR8及びRP aptamer表出脂質ナノ粒子のミトコンドリアへの移行率およびミトコンドリアの占有率を示す。左パネルにおいて、**は、両側独立t−検定(n=22〜30)において有意差p<0.01であることを示し、右パネルにおいて、**は、nrANOVAに次ぐTukey−Kramer検定(n=22〜30)において有意差p<0.01を有することを示す。
図6図6は、図示されたビタミンB1(VB1)の水相を用いて作製した脂質ナノ粒子と細胞を接触させ、1時間後、3時間後、および6時間後のATP産生速度(%)を示す。ATP産生速度(%)は、未処理細胞のATP産生速度との比として求められた。*および**はそれぞれ、未封入のビタミンB1(VB1)とR8/PR aptamer表出ナノ粒子との間で有意差(それぞれ、p<0.05およびp<0.01)を有することを示す。図中、白抜きのバーは、未封入のビタミンB1(VB1)による結果を示し、黒いバーは、R8表出脂質ナノ粒子による結果を示し、斜線のバーは、R8/PR aptamer表出ナノ粒子による結果を示す。
図7図7は、LSNDS細胞に対して未封入のビタミンB1(VB1)、R8表出脂質ナノ粒子、S2ペプチド表出脂質ナノ粒子を接触させた後の各成分の細胞内への取込み量を評価した結果を示す。
図8図8は、LSNDS細胞に対して、未封入のビタミンB1(freeB1)、空のR8表出脂質ナノ粒子、空のS2ペプチド表出ナノ粒子、ビタミンB1を含むR8表出脂質ナノ粒子、およびS2ペプチド表出ナノ粒子を接触させた3時間後の細胞のATP産生量を示す図である。結果は、未処理の細胞に対する比として表されている。*は、nrANOVAに続くSNK(n=3)において有意差p<0.05を有することを示す。
図9図9は、塩化カリウム投与による心停止の8分後に胸骨圧迫とエピネフリン投与により自己心肺の再開を誘発させ、再開1分後にR8表出脂質ナノ粒子またはS2ペプチド表出脂質ナノ粒子を投与したマウスの生存曲線を示す。横軸は心停止後の時間(日)である。
図10図10は、心停止蘇生24時間後の神経機能(意識、角膜反射、呼吸数、四肢運動協調性、活動性)の評点の合計値を示す。評点はそれぞれ、0、1または2の3段階(2点:正常、1点:正常より劣るが、低下した反応または動きが認められる、0点:反応または動きが認められないか著しく低下している)で評価した。
図11図11は、心停止蘇生48時間後の神経機能(意識、角膜反射、呼吸数、四肢運動協調性、活動性)の評点の合計値を示す。評点はそれぞれ、0、1または2の3段階(2点:正常、1点:正常より劣るが、低下した反応または動きが認められる、0点:反応または動きが認められないか著しく低下している)で評価した。
図12図12は、両側総頚動脈閉塞(BCCAO)モデルにおける一過性の虚血(60分間)の後に、閉塞を解消して再灌流を誘導し、再灌流と同時にR8表出脂質ナノ粒子またはPEG化R8表出脂質ナノ粒子を投与したときの脳および肝臓への各粒子の蓄積量を示す。**は、nrANOVAに続くSNK(n=3)において有意差p<0.01を有することを示す。
図13図13は、DiD(緑色)で蛍光標識されたR8表出脂質ナノ粒子およびDiI(赤色)で蛍光標識されたPEG化R8表出脂質ナノ粒子のBCCAOモデルの脳組織内への蓄積を示すレーザー走査顕微鏡像である。
図14図14は、R8表出脂質ナノ粒子またはPEG−R8表出脂質ナノ粒子を投与したBCCAOモデルの神経学的機能スコアの回復を示す。**は、nrANOVAに続くSNK(n=5〜7)において有意差p<0.01を有することを示す。
図15図15は、虚血再灌流および各脂質ナノ粒子投与1時間後のBCCAOモデル群の区画間の移動回数の計数結果を示す。**は、nrANOVAに続くSNK(n=5〜7)において有意差p<0.01を有することを示す。
図16図16は、虚血再灌流およびR8表出脂質ナノ粒子または空の脂質ナノ粒子投与後のBCCAOモデル群の神経学的機能スコアおよび体重の推移を示す。横軸は、時間(日)である。**は、nrANOVAに続くSNK(n=5〜7)において有意差p<0.01を有することを示す。
図17図17は、虚血再灌流および未封入のビタミンB1(freeB1)、空のR8表出脂質ナノ粒子、ビタミンB1を含むR8表出脂質ナノ粒子投与後のBCCAOモデル群の生存曲線を示す。横軸は、時間(日)を示す。**は、nrANOVAに続くSNK(n=5〜7)において有意差p<0.01を有することを示す。
図18図18は、虚血再灌流および緩衝液またはR8表出脂質ナノ粒子投与8日後のマウスの各成分の濃度の測定結果を示す。**は、nrANOVAに続くSNK(n=5〜7)において有意差p<0.01を有することを示す。
図19図19は、虚血再灌流および緩衝液またはR8表出脂質ナノ粒子投与8日後のマウスの海馬CA1領域のヘマトキシリン−エオシン(HE)染色像およびNeuN陽性細胞像を示す。
図20図20は、虚血再灌流および緩衝液またはR8表出脂質ナノ粒子投与8日後のマウスの海馬CA1領域のNeuN陽性細胞数を示す。**は、nrANOVAに続くSNK(n=5〜7)において有意差p<0.01を有することを示す。
【本発明の具体的な説明】
【0008】
本発明によれば、水溶性化合物を含む脂質構造体(または脂質ナノ粒子)を含む組成物が提供される。上記組成物において、水溶性化合物を含む脂質ナノ粒子は分散質であり得、水系溶媒が分散質であり得る。上記脂質構造体(または脂質ナノ粒子)は、リン脂質を含む。上記脂質構造体(または脂質ナノ粒子)は、細胞透過性因子をさらに表出していてもよい。
【0009】
本発明では、リン脂質は、特に限定されないが例えば、ホスファチジルコリン(例えば、ジオレオイルホスファチジルコリン、ジラウロイルホスファチジルコリン、ジミリストイルホスファチジルコリン、ジパルミトイルホスファチジルコリン、ジステアロイルホスファチジルコリン等)、ホスファチジルグリセロール(例えば、ジオレオイルホスファチジルグリセロール、ジラウロイルホスファチジルグリセロール、ジミリストイルホスファチジルグリセロール、ジパルミトイルホスファチジルグリセロール、ジステアロイルホスファチジグリセロール等)、ホスファチジルエタノールアミン(例えば、ジオレイルホスファチジルエタノールアミン、ジラウロイルホスファチジルエタノールアミン、ジミリストイルホスファチジルエタノールアミン、ジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン、ジステアロイルホスファチジエタノールアミン等)、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジン酸、カルジオリピン、スフィンゴミエリン、セラミドホスホリルエタノールアミン、セラミドホスホリルグリセロール、セラミドホスホリルグリセロールホスファート、1、2−ジミリストイル−1、2−デオキシホスファチジルコリン、プラスマロゲン、卵黄レシチン、大豆レシチン、これらの水素添加物等であることができる。リン脂質は、ホスファチジルエタノールアミン(例えば、ジオレイルホスファチジルエタノールアミン、ジラウロイルホスファチジルエタノールアミン、ジミリストイルホスファチジルエタノールアミン、ジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン、ジステアロイルホスファチジエタノールアミン等)、スフィンゴミエリンであることが好ましく、より好ましくはジオレイルホスファチジルエタノールアミン、スフィンゴミエリンであり得る。
【0010】
本発明では、リン脂質を含む脂質膜は、リン脂質に加えて荷電物質を含有することができ、荷電物質は、脂質膜に正荷電又は負荷電を付与することができる、脂質膜の構成成分であり、脂質膜に含有される荷電物質量は、脂質膜を構成する総物質量の通常30%(モル比)以下、好ましくは25%(モル比)以下、さらに好ましくは20%(モル比)以下である。なお、荷電物質の含有量の下限値は0である。正荷電を付与する荷電物質としては、例えば、ステアリルアミン、オレイルアミン等の飽和又は不飽和脂肪族アミン;ジオレオイルトリメチルアンモニウムプロパン等の飽和又は不飽和カチオン性合成脂質等が挙げられ、負電荷を付与する荷電物質としては、例えば、ジセチルホスフェート、コレステリルヘミスクシネート、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジン酸等が挙げられる。ある態様では、脂質膜構造体(または脂質ナノ粒子)のゼータ電位が5mV以上、10mV以上、15mV以上、16mV以上、17mV以上、18mV以上、19mV以上、または20mV以上、例えば、約20mVであり得る。
【0011】
本発明のある態様では、ミトコンドリア内への目的物質(水溶性化合物)の効果的な送達の観点では、リン脂質は、ジオレイルホスファチジルエタノールアミンとホスファチジン酸及び/又はスフィンゴミエリンであること(すなわち、ホスファチジン酸及びスフィンゴミエリンからなる群から選択される1以上のリン脂質と、ジオレイルホスファチジルエタノールアミンと、を含むこと)が、好ましい。
【0012】
本発明では、膜透過性分子は、例えば、カチオン性のポリマーであり得る。膜透過性分子は、例えば、膜透過性ペプチドであり得る。膜透過性ペプチドは、ミトコンドリア内への目的物質の効果的な送達に有効な膜透過性ドメインである。膜透過性ペプチドは、特許文献1に記載の段落0052〜0092に記載の膜透過性ペプチドであることができ、好ましくは連続した4〜20個のアルギニン残基からなるポリアルギニンペプチドである。ポリアルギニンペプチドは、好ましくは6〜12個、さらに好ましくは7〜10個の連続したアルギニン残基、または8個の連続したアルギニン残基からなる。膜透過性ペプチドは、脂質と連結させることができる。これにより、脂質膜構造体に膜透過性ペプチドを含有させ、かつ、膜透過性ペプチドを脂質膜構造体上に表出させることができる。ある態様では、脂質膜構造体(または脂質ナノ粒子)のゼータ電位が5mV以上、10mV以上、15mV以上、16mV以上、17mV以上、18mV以上、19mV以上、または20mV以上、例えば、約20mVであり得る。
【0013】
本発明のある態様では、上記脂質構造体(または脂質ナノ粒子)は、ポリエチレングリコール(PEG)を表出するものであってもよいが、好ましくはPEGを表出するものではない。ポリエチレングリコールの表出は、脂質で修飾したPEG(脂質修飾PEG)を下記で説明する脂質構造体(または脂質ナノ粒子)の調製時に脂質混合物に添加することによりなされ得る。脂質修飾ポリエチレングリコール(PEG)は、ポリエチレングリコール(PEG)に脂質修飾した化合物であり、ポリエチレングリコールの分子量は、例えば300〜10、000程度、好ましくは500〜10、000程度、さらに好ましくは1、000〜5、000程度である。PEGの分子量は、数平均分子量で表される。脂質修飾ポリエチレングリコールとしては、例えば、ジオレオイルグリセロール修飾PEG、ジラウロイルグリセロール修飾PEG、ジミリストイルグリセロール修飾PEG、ジパルミトイルグリセロール修飾PEG、ジステアロイルグリセロール修飾PEG等であることができる。脂質修飾ポリエチレングリコール(脂質修飾PEG)は、より具体的には、例えば、ステアリル化ポリエチレングリコール(例えばステアリン酸PEG45(STR−PEG45)など)を用いることができる。その他、N−[カルボニル−メトキシポリエチレングリコール−2000]−1、2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスフォエタノールアミン、n−[カルボニル−メトキシポリエチレングリコール−5000]−1、2−ジパルミトイル−sn−グリセロ−3−ホスフォエタノールアミン、N−[カルボニル−メトキシポリエチレングリコール−750]−1、2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスフォエタノールアミン、N−[カルボニル−メトキシポリエチレングリコール−2000]−1、2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスフォエタノールアミン、N−[カルボニル−メトキシポリエチレングリコール−5000]−1、2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスフォエタノールアミンなどのポリエチレングリコール誘導体などを用いることもできる。
【0014】
本発明のある態様では、細胞膜透過性を高めるために、細胞膜透過性ペプチドなどのカチオン性のポリマー(例えば、カチオン性アミノ酸のポリマー、例えば、ポリアルギニンまたはポリリジン)を表出していてもよい。カチオン性のポリマーを脂質膜構造体に表出させるためには、カチオン性のポリマーと脂質(特に限定されないが例えば、ミリストイル基)とのコンジュゲートを作製し、当該コンジュゲートの脂質部分で脂質膜構造体にアンカーさせることによって、カチオン性ポリマーを安定的に脂質膜構造体に表出させることができる。膜透過性ペプチドとしては、tatペプチド(ヒト免疫不全ウイルスのtatタンパク質のGenBank登録番号:AAF35362.1のアミノ酸配列の48〜60位に対応するペプチド配列を有する)、オリゴアルギニン(R9)、オリゴリジン(K10)などの塩基性アミノ酸に富むペプチド、ペネトラチンなどの塩基性部分と疎水性部分とを有する両親媒性ペプチド、トランスポーチン、TP10などのペプチドが挙げられる。膜透過性ペプチドであって、ミトコンドリア指向性を有するペプチドとしては、オクタアルギニン(R8)、親油性トリフェニルホスホニウムカチオン(Lipophilic triphenylphosphonium cation;TPP)若しくはローダミン(Rhodamine)123などの脂溶性カチオン物質、ミトコンドリア標的配列(Mitochondrial Targeting Sequence;MTS)ペプチド(Kong,BW. et al.,Biochimica et Biophysica Acta 2003,1625,pp.98−108)若しくはS2ペプチド(Szeto,H.H. et al.,Pharm.Res. 2011,28,pp.2669−2679)などのポリペプチドが挙げられる。ある好ましい態様では、細胞透過性ペプチドは、オクタアルギニン(R8)またはS2ペプチドであり得、より好ましくはS2ペプチドであり得る。ここでS2ペプチドとしては、Dmt−D−Arg−FK−Dmt−D−Arg−FK−NH2{ここで、Dmtは、2,6−ジメチルチロシンであり、D−ArgはD体のアルギニンであり、Fは、L体のフェニルアラニンであり、Kは、L体のリジンである}が挙げられる。ある態様では、脂質膜構造体(または脂質ナノ粒子)のゼータ電位が5mV以上、10mV以上、15mV以上、16mV以上、17mV以上、18mV以上、19mV以上、または20mV以上、例えば、約20mVであり得る。
【0015】
ある好ましい態様では、本発明の分散体は、分散媒中に、製造途上で用いられ得るアルコールを1%未満、0.5%未満、0.1%未満、または0.05%未満しか含まないか、またはアルコールを含まない。製造途上で用いられ得るアルコールを含まない分散体を得るためには、例えば、分散体をアルコールを含有しない透析外液で透析することができる。透析外液は、例えば、生理食塩水などの水溶液であり得る。
【0016】
ある好ましい態様では、上記脂質構造体(または脂質ナノ粒子)は、DLS法で測定した粒径において150nm以下、140nm以下、130nm以下、120nm以下、100nm以下、90nm以下、80nm以下、70nm以下、60nm以下、好ましくは55nm以下、または、より好ましくは50nm以下の脂質膜構造体(または脂質ナノ粒子)を含み得る。当該脂質膜構造体(または脂質ナノ粒子)は、DLS法で測定した粒径において、10nm以上、20nm以上、30nm以上、40nm以上、または50nm以上であり得る。
【0017】
ある好ましい態様では、上記脂質膜構造体(または脂質ナノ粒子)の数平均粒径は、例えば、30nm以上、35nm以上、40nm以上、45nm以上、または50nm以上であり得、150nm以下、140nm以下、130nm以下、120nm以下、110nm以下、100nm以下、95nm以下、90nm以下、85nm以下、80nm以下、75nm以下、70nm以下、65nm以下、または60nm以下であり得る。数平均粒径は、ある態様では、30nm〜150nm以下、例えば、50nm〜100nmであり得る。粒径は上述の通り、DLS法により求められる粒径であり得る。
【0018】
ある好ましい態様では、上記脂質膜構造体(または脂質ナノ粒子)は、DLS法によって求められる多分散性指数(PDI)が、0.5以下、0.45以下、0.4以下、0.35以下、0.3以下、0.25以下、または0.2以下であり得る。PDIは、1を最大とし、数値が小さくなるほど粒径が均一になる(粒径分布がシャープになる、及び/又は、単分散になる)ことを意味する。本発明のある好ましい態様では、脂質膜構造体(または脂質ナノ粒子)のPDIは、0.3以下である。
【0019】
本発明のある態様では、脂質膜構造体(または脂質ナノ粒子)は、
DLS法によって測定される粒径が、30nm〜150nmであり、
DLS法によって求められるPDIが、0.3以下である、脂質膜構造体(または脂質ナノ粒子)を含む。ここで上記粒径は、例えば、30nm〜40nm、40nm〜150nm、40nm〜140nm、40nm〜130nm、40nm〜120nm、40nm〜110nm、40nm〜100nm、40nm〜90nm、40nm〜80nm、40nm〜70nm、40nm〜60nm、40nm〜50nm、50nm〜150nm、50nm〜140nm、50nm〜130nm、50nm〜120nm、50nm〜110nm、50nm〜100nm、50nm〜90nm、50nm〜80nm、50nm〜70nm、50nm〜60nm、60nm〜150nm、60nm〜140nm、60nm〜130nm、60nm〜120nm、60nm〜110nm、60nm〜100nm、60nm〜90nm、60nm〜80nm、または60nm〜70nmであり得る。
【0020】
本発明のある態様では、脂質膜構造体(または脂質ナノ粒子)は、
DLS法によって測定される粒径が、30nm〜150nmであり、
DLS法によって求められるPDIが、0.3以下である、脂質膜構造体(または脂質ナノ粒子)を50%以上、60%以上、70%以上、または80%以上含む。ここで上記粒径は、例えば、30nm〜40nm、40nm〜150nm、40nm〜140nm、40nm〜130nm、40nm〜120nm、40nm〜110nm、40nm〜100nm、40nm〜90nm、40nm〜80nm、40nm〜70nm、40nm〜60nm、40nm〜50nm、50nm〜150nm、50nm〜140nm、50nm〜130nm、50nm〜120nm、50nm〜110nm、50nm〜100nm、50nm〜90nm、50nm〜80nm、50nm〜70nm、50nm〜60nm、60nm〜150nm、60nm〜140nm、60nm〜130nm、60nm〜120nm、60nm〜110nm、60nm〜100nm、60nm〜90nm、60nm〜80nm、または60nm〜70nmであり得る。
【0021】
本発明のある態様では、脂質膜構造体(または脂質ナノ粒子)は、
DLS法によって測定される粒径の数平均(数平均粒径)が、30nm〜150nmであり、
DLS法によって求められるPDIが、0.3以下である、脂質膜構造体(または脂質ナノ粒子)を含む。ここで、数平均粒径は、ここで粒径は、例えば、30nm〜40nm、40nm〜150nm、40nm〜140nm、40nm〜130nm、40nm〜120nm、40nm〜110nm、40nm〜100nm、40nm〜90nm、40nm〜80nm、40nm〜70nm、40nm〜60nm、40nm〜50nm、50nm〜150nm、50nm〜140nm、50nm〜130nm、50nm〜120nm、50nm〜110nm、50nm〜100nm、50nm〜90nm、50nm〜80nm、50nm〜70nm、50nm〜60nm、60nm〜150nm、60nm〜140nm、60nm〜130nm、60nm〜120nm、60nm〜110nm、60nm〜100nm、60nm〜90nm、60nm〜80nm、または60nm〜70nmであり得る。
【0022】
本発明では、水溶性化合物は、水系溶媒に対して溶解性を示す化合物、例えば、水溶性ビタミン(例えば、ビタミンB1(VB1))が挙げられる。
【0023】
本発明によれば、ビタミンB1(VB1)を含む脂質構造体(または脂質ナノ粒子)を含む組成物が提供される。上記組成物においては、ビタミンB1(VB1)を含む脂質ナノ粒子は分散質であり得、水系溶媒が分散質であり得る。
【0024】
本発明のある態様では、ビタミンB1(VB1)を含む脂質構造体(または脂質ナノ粒子)は、中空であり得る。この中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)は、脂質二重膜の殻とその内部に水系溶媒を含み得る。
【0025】
本発明のある態様では、ビタミンB1(VB1)を含む脂質構造体(または脂質ナノ粒子)は、非中空であり得る。この非中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)は、内部が脂質または脂質膜で充填されている。この態様において、DLS法で測定される平均粒径が100〜150nmであり、PDIが0.3以下である脂質構造体(または脂質ナノ粒子)がより好ましく提供される。PDIは、0.1以上、0.11以上、0.12以上、0.13以上、0.14以上、0.15以上、0.16以上、0.17以上、0.18以上、0.19以上、または0.2以上であり得、かつ0.3以下であり得る。
【0026】
本発明の水溶性化合物を含む脂質構造体(または脂質ナノ粒子)を含む組成物は、例えば、以下の製造方法によって製造され得る。具体的には、本発明の水溶性化合物を含む脂質構造体(または脂質ナノ粒子)を含む組成物の製造方法は、逆相蒸発法(Reverse−phase Evaporation Vesicles;またはREV)法によって得ることができる。REV法では、脂質を含む有機相と水溶性化合物を含む水相とを混合し、混合物を超音波処理に供して、油中水滴型エマルション(w/oエマルション)を形成させ、次いで有機溶媒を留去し、超音波処理にさらに供することによって脂質ナノ粒子を得ることができる。
すなわち、本発明の製造方法は、リン脂質を含む有機溶媒と水溶性化合物を含む水系溶媒とを混合することと、得られた混合物を超音波処理に供することと、得られたw/oエマルションからアルコールを留去することと、その後、アルコールが留去された組成物に超音波処理に供することとを含み得る。上記において、リン脂質を含むアルコール溶液と水溶性化合物を含む水系溶媒とを混合して得られた混合物を超音波処理に供することにより、w/oエマルションが形成され得る。また、w/oエマルションにおいて水滴は水溶性化合物を含み得る。
【0027】
本発明のある態様では、有機溶媒としては、アルコール(例えば、t−ブタノール、1−プロパノール、2−プロパノール及び2−ブトキシエタノール)を用いることができる。本発明のある態様では、水系溶媒としては、水を用いることができる。水系溶媒は、緩衝剤、および塩などの生理的にまたは薬学的に許容可能な賦形剤を含んでいてもよい。本発明のある態様では、水系溶媒は、緩衝液(pH7〜8、例えば、pH7.2〜7.6、特に約pH7.4)であり得、例えば、Hepes緩衝液(pH7〜8、例えば、pH7.2〜7.6、特に約pH7.4)であり得る。
【0028】
本発明のある態様では、水溶性化合物は、ビタミンB1(VB1)である。リン脂質を含む有機溶媒中のリン脂質濃度は、例えば、3mM以上、3.5mM以上、4mM以上、4.5mM以上、5mM以上、または5.5mM以上であり得、例えば、5.5mMであり得る。リン脂質は、好ましくは、ホスファチジン酸及びスフィンゴミエリンからなる群から選択される1以上のリン脂質と、ジオレイルホスファチジルエタノールアミンとを含み得る。ビタミンB1(VB1)は、好ましくは、3mM以下の濃度で水相に含まれ得る。このようにすることで、ビタミンB1(VB1)を含む非中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)が得られ得る。得られた非中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)は、例えば、DLS法で測定したときの平均粒径が100nm〜150nmであり得、PDIが0.3以下であり得る。この態様において、得られた非中空の脂質構造体におけるVB1/脂質(重量比)は、数値が大きいほど好ましく、例えば、0.03以上、0.04以上、0.05以上、0.06以上、0.07以上、0.08以上、0.09以上、0.1以上、0.11以上、または0.12以上であり得る。VB1/脂質(重量比)の上限は、例えば、0.3、0.35または0.4程度であり得る。得られた非中空の脂質構造体におけるVB1/脂質(重量比)は、例えば、0.04〜0.15であり得る。得られた非中空の脂質構造体におけるVB1/脂質(重量比)は、例えば、0.04〜0.1であり得る。得られた非中空の脂質構造体におけるVB1/脂質(重量比)は、例えば、0.1〜0.15であり得る。
【0029】
本発明のある態様では、水溶性化合物は、ビタミンB1(VB1)である。リン脂質を含む有機溶媒中のリン脂質濃度は、例えば、3mM未満、2.5mM以下、2mM以下、または1.5mM以下であり得、例えば、1.4mM(例えば、1.38mM)であり得る。リン脂質は、好ましくは、ホスファチジン酸及びスフィンゴミエリンからなる群から選択される1以上のリン脂質と、ジオレイルホスファチジルエタノールアミンとを含み得る。ビタミンB1(VB1)は、好ましくは、2〜5mMの濃度で水相に含まれ得る。このようにすることで、ビタミンB1(VB1)を含む中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)が得られ得る。得られた中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)は、例えば、DLS法で測定したときの平均粒径が100nm〜150nmであり得、PDIが0.3以下であり得る。本発明では、中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)であっても、ビタミンB1(VB1)の封入率に変わりは無い一方で、製造過程で用いる脂質量を低減することができる。したがって、本発明では、このようにして得られ得る中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)は、製造上のメリットを有する。この態様において、得られた中空の脂質構造体におけるVB1/脂質(重量比)は、数値が大きいほど好ましく、例えば、0.03以上、0.04以上、0.05以上、0.06以上、0.07以上、0.08以上、0.09以上、0.1以上、0.11以上、0.12以上、0.13以上、0.14以上、0.15以上、0.16以上、0.17以上、0.18以上、0.19以上、または0.20以上であり得る。VB1/脂質(重量比)の上限は、例えば、0.3、0.35または0.4程度であり得る。得られた中空の脂質構造体におけるVB1/脂質(重量比)は、例えば、0.1〜0.4であり得る。得られた中空の脂質構造体におけるVB1/脂質(重量比)は、例えば、0.2〜0.3であり得る。得られた中空の脂質構造体におけるVB1/脂質(重量比)は、例えば、0.1〜0.2であり得る。
【0030】
本発明によれば、水溶性化合物を含む中空のまたは非中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)またはこのいずれか若しくは両方を含む組成物は、医薬として製剤化され得る。したがって、医薬製剤が提供される。本発明の医薬製剤は、薬学的に許容可能な賦形剤をさらに含んでいてもよい。賦形剤としては、特に限定されないが、緩衝剤、等張化剤、薬学的に許容可能な塩、分散剤、抗酸化剤、保存剤、および無痛化剤が挙げられる。
【0031】
本発明の組成物は、化粧品またはサプリメントとして調製され得る。したがって、本発明によれば、本発明の組成物を含む化粧品およびサプリメントが提供され得る。
【0032】
本発明において、ビタミンB1(VB1)を含む中空の若しくは非中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)またはこのいずれか若しくは両方を含む組成物または医薬製剤は、ミトコンドリアに機能異常(特に機能低下)を有する対象に投与され得る。ビタミンB1(VB1)を含む中空の若しくは非中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)またはこのいずれか若しくは両方を含む組成物または医薬製剤は、ミトコンドリアに機能異常(特に機能低下)を有する対象において、ミトコンドリア機能を向上させること(またはATP産生を増強すること)に用いられ得る。
【0033】
本発明において、ビタミンB1(VB1)を含む中空の若しくは非中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)またはこのいずれか若しくは両方を含む組成物または医薬製剤は、虚血性疾患を有する対象に投与され得る。虚血性疾患としては、虚血性脳疾患(例えば、脳梗塞)および虚血性心疾患(例えば、心筋梗塞、心不全)が挙げられる。本発明において、ビタミンB1(VB1)を含む中空の若しくは非中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)またはこのいずれか若しくは両方を含む組成物または医薬製剤は、虚血性疾患を有する対象において虚血再灌流傷害を処置することに用いられ得る。本明細書では、「対象」は、動物、特に哺乳動物、特に霊長類、特に好ましくはヒトであり得る。
【0034】
本発明において、ビタミンB1(VB1)を含む中空の若しくは非中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)またはこのいずれか若しくは両方を含む組成物または医薬製剤は、神経変性疾患を有する対象に投与され得る。神経変性疾患としては、アルツハイマー病やパーキンソン病が挙げられる。本発明において、ビタミンB1(VB1)を含む中空の若しくは非中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)またはこのいずれか若しくは両方を含む組成物または医薬製剤は、神経変性疾患を有する対象において、低下するATP産生または低下するATP産生により引き起こされる症状を処置することに用いられ得る。
【0035】
本発明において、ビタミンB1(VB1)を含む中空の若しくは非中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)またはこのいずれか若しくは両方を含む組成物または医薬製剤は、ビタミンB1(VB1)欠乏症を有する対象に投与され得る。ビタミンB1(VB1)欠乏症を有する対象としては、例えば、脚気を有する対象が挙げられる。本発明において、ビタミンB1(VB1)を含む中空の若しくは非中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)またはこのいずれか若しくは両方を含む組成物または医薬製剤は、ビタミンB1(VB1)欠乏症を有する対象において、ビタミンB1(VB1)の欠乏により引き起こされる症状を処置することに用いられ得る。
【0036】
本発明によれば、水溶性化合物(例えば、ビタミンB1(VB1))を投与する方法であって、対象に本発明の水溶性化合物(例えば、ビタミンB1(VB1))を含む中空の若しくは非中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)またはこのいずれか若しくは両方を含む組成物または医薬製剤を投与することを含む、方法が提供される。
本発明によれば、水溶性化合物(例えば、ビタミンB1(VB1))を対象の細胞内に送達する方法であって、対象に本発明の水溶性化合物(例えば、ビタミンB1(VB1))を含む中空の若しくは非中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)またはこのいずれか若しくは両方を含む組成物または医薬製剤を投与することを含む、方法が提供される。
本発明によれば、水溶性化合物(例えば、ビタミンB1(VB1))を対象の細胞内のミトコンドリアに送達する方法であって、対象に本発明の水溶性化合物(例えば、ビタミンB1(VB1))を含む中空の若しくは非中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)またはこのいずれか若しくは両方を含む組成物または医薬製剤を投与することを含む、方法が提供される。
本発明によれば、虚血性疾患を有する対象に水溶性化合物(例えば、ビタミンB1(VB1))を投与する方法であって、対象に本発明の水溶性化合物(例えば、ビタミンB1(VB1))を含む中空の若しくは非中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)またはこのいずれか若しくは両方を含む組成物または医薬製剤を投与することを含む、方法が提供される。
本発明によれば、虚血性疾患を有する対象において虚血性疾患を処置する方法であって、対象に本発明の水溶性化合物(例えば、ビタミンB1(VB1))を含む中空の若しくは非中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)またはこのいずれか若しくは両方を含む組成物または医薬製剤を投与することを含む、方法が提供される。
本発明によれば、ビタミンB1(VB1)欠乏症(例えば、脚気)を有する対象を処置する方法であって、対象に本発明の水溶性化合物(例えば、ビタミンB1(VB1))を含む中空の若しくは非中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)またはこのいずれか若しくは両方を含む組成物または医薬製剤を投与することを含む、方法が提供される。
【0037】
本発明によれば、本発明の水溶性化合物(例えば、ビタミンB1(VB1))を含む中空の若しくは非中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)またはこのいずれか若しくは両方を含む医薬製剤の製造における水溶性化合物(例えば、ビタミンB1(VB1))の使用が提供される。
本発明によれば、本発明の水溶性化合物(例えば、ビタミンB1(VB1))を含む中空の若しくは非中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)またはこのいずれか若しくは両方を含む医薬製剤の製造におけるリン脂質の使用が提供される。
本発明によれば、本発明の水溶性化合物(例えば、ビタミンB1(VB1))を含む中空の若しくは非中空の脂質構造体(または脂質ナノ粒子)またはこのいずれか若しくは両方を含む医薬製剤の製造における水溶性化合物(例えば、ビタミンB1(VB1))およびリン脂質の使用が提供される。
【0038】
実施例1:培養細胞中のミトコンドリアへのビタミンB1の送達
本実施例では、ビタミンB1(VB1)を細胞内のミトコンドリアに送達する系を構築した。
【0039】
<準備するもの>
□脂質溶液(1,2−ジオレイル−sn−グリセロ−3−ホスファチジルエタノールアミン(DOPE)およびスフィンゴミエリン(SM)を9:2のモル比で含むエタノール溶液)
DOPE: 1,2−ジオレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン
SM: スフィンゴミエリン
DMG−PEG 2000: 1,2−ジミリストイル−sn−グリセロール, メトキシポリエチレングリコール 2000
□EtOH
□PBS(−)
□20 mg/mL STR−R8を含むエタノール溶液
STR−R8: ステアリル化R8
□透析膜 Spectra/Por 4 dialysis membrane (MWCO 12k−14k、 Spectram Labpratories)
□1 mL、 2.5 mLガラスシリンジ(HAMILTON)
□シリンジポンプStandard infusion Only Pump 11 Elite(HARVARD APPARATUS)
□透析膜クリップSpectra/Por Closures
【0040】
1−1.VB1を内包した脂質ナノ粒子の調製
VB1としては、チアミン塩化物塩酸塩(SIGMA−ALDRICH社、製品番号:C8754)を用いた。VB1を脂質ナノ粒子に内包させ、ステアリルアルギニン8重合体(STR−R8)を用いてミセルにR8を表出させた。
脂質ナノ粒子作製は、単純水和法およびReverse−phase Evaporation Vesicles(REV)法により行い、脂質濃度をそれぞれ0.55mM、および5.5mMとし、VB1濃度を1〜5mMとして小胞を形成させた。
【0041】
単純水和法では、試験管に脂質溶液を添加した後に、溶媒を除去して試験管内壁に脂質膜を形成させた。その後、10mM Hepes緩衝液(pH7.4)に溶解したVB1を試験管に添加した。その後、超音波処理を行うことによってVB1を内包した脂質ナノ粒子(単純水和法)を得た。
REV法では、試験管に脂質溶液と10mM Hepes緩衝液(pH7.4)に溶解したVB1を添加し、混合した上で超音波処理を行って試験管内で油中水滴(w/o)型エマルションを形成させた。得られたw/oエマルションに対してN2置換によって溶媒を留去した。その後、超音波処理を行うことでVB1を内包した脂質ナノ粒子(REV法)を得た。
得られた脂質ナノ粒子を動的光散乱法によりZETA SIZER Nano−ZS (Malvern Instruments, Worcestershire, UK) を用いて粒子径(nm)と多分散指数(PDI)を測定した。
【0042】
結果は、図1に示されるとおりであった。図1に示されるように、いずれのVB1濃度においても良好な粒径およびPDIを有する脂質ナノ粒子が得られたが、単純水和法ではVB1濃度が2mM以下の系において、REV法ではVB1濃度が3mM以下の系において0.3未満の特に良好なPDIを有する粒子が得られていることが明らかとなった。
【0043】
1−2.脂質ナノ粒子におけるVB1の封入率
単純水和法とREV法で調製した脂質ナノ粒子におけるVB1の封入率の評価のため、超遠心による精製を行った。74,000×gで超遠心すると、VB1を封入した脂質ナノ粒子およびVB1を封入していない脂質ナノ粒子は沈殿してペレットを形成するが、封入されていない遊離形態のVB1は沈殿せず上清に残る。したがって、これらを分離し精製することができる。超遠心(74,000×g,20分,4℃)を3回行い精製した後に、回収した粒子を10% SDS処理によって破壊し、粒子の脂質回収率(%)、VB1の回収率(%)、およびVB1の封入率(%)を算出した。各数値は以下の式(1)〜(3)からそれぞれ算出した。また、数値の算出の場合のみ脂質膜に0.1モル% ニトロベンゾオキサジアゾールで標識したDOPE(NBD−DOPE)で蛍光を付与した。
【0044】
【数1】
【0045】
VB1は、10mM Hepes緩衝液(pH7.4)条件下では233nmと266nmに二つの吸収極大波長を有する。本実施例では、10mM Hepes緩衝液(pH7.4)条件下で266nmの波長における吸光度を測定してVB1濃度を求めた。
【0046】
10mM Hepes緩衝液(pH7.4)中に含有させるVB1濃度を2mMとした。単純水和法およびREV法によって上述の通りに脂質ナノ粒子を調製し、粒子の脂質回収率(%)、VB1の回収率(%)、およびVB1の封入率(%)を算出した。
【0047】
結果は、表1に記載される通りであった。
【0048】
【表1】
【0049】
図1および表1に示されるように、脂質濃度0.55mMでは、単純水和法およびREV法のいずれでもPDIが0.3以下の均質な脂質ナノ粒子が形成された。これに対して、脂質濃度5.5mMでは、REV法では脂質ナノ粒子が形成されたのに対して、単純水和法では、調整中に凝集が生じてしまい、脂質ナノ粒子を得ることはできなかった。ところで、VB1の封入率(%)に注目すると、REV法で脂質濃度5.5mMの場合には、26%が脂質ナノ粒子に封入(内包)できたことが明らかとなった。この封入率は、単純水和法およびREV法の脂質濃度0.55mM条件下での封入率(それぞれ、2.4%および5.4%)よりも大きな率であった。このことから、VB1のような水溶性化合物を内包した脂質ナノ粒子を得るには、REV法を用い、かつ脂質濃度を5.5mMの条件で調製することがよいことが明らかになった。
【0050】
1−3A.脂質ナノ粒子におけるのVB1の封入率とVB1/脂質比(重量/重量比)
さらに、脂質濃度5.5mMの条件下で、様々な濃度のVB1を含むHepes緩衝液(pH7.4)を用いてREV法によって脂質ナノ粒子を作製した。上記と同様に、VB1の脂質ナノ粒子への封入率(%)を求めた。また、VB1/脂質比(重量/重量比)を以下の式(4)にしたがって求めた。
【0051】
【数2】
【0052】
結果は、図2Aに示される通りであった。図2Aに示されるように、VB1濃度を高めても脂質ナノ粒子に対するVB1の封入率は向上しなかった。一方で、VB1/脂質比は、VB1濃度を高めると向上することが明らかとなった。
【0053】
さらに、Hepes緩衝液中のVB1濃度が2mMである条件下で、様々な濃度の脂質を含む脂質相を用いて脂質ナノ粒子を調製し、上記の通りにVB1の脂質ナノ粒子への封入率(%)とVB1/脂質比(重量/重量比)を求めた。結果は、図2Bに示される通りであった。図2Bに示されるように、脂質濃度を1.38mMまで低下させてもVB1の脂質ナノ粒子への封入率(%)は低下しなかった。一方で、脂質濃度を1.38mMまで低下させると、VB1/脂質比(重量/重量比)は向上した。このとき、DLS法による平均粒径は125±8nmであり、PDIは0.28±0.10であった。
また、調製時の脂質濃度5.5mM、2.75mMおよび1.38mMのぞれぞれのケースにおいて得られた脂質ナノ粒子における透析後のVB1/脂質(重量比)を求めた。脂質濃度が5.5mMの時ではVB1/脂質(重量比)は0.060であり、脂質濃度が2.75mMの時ではVB1/脂質(重量比)は0.124であり、脂質濃度が1.38mMの時ではVB1/脂質(重量比)は0.23であった。VB1/脂質(重量比)は、0.05以上が好ましく、0.1以上は特に好ましい数値である。
【0054】
VB1が脂質ナノ粒子の水層にのみ取り込まれるとすると、VB1濃度を増加させると封入されないVB1が増加するため、封入率は低下し、VB1/脂質比は低下すると考えられる。しかしながら、上記の実験においては、VB1濃度を増加させても封入率は低下せず、VB1/脂質比は増加した。これは、正電荷を有するVB1が脂質ナノ粒子のリン脂質を含む脂質膜構造と相互作用し、粒子形成に影響を与えた結果であると考察される。なお、REV法において、VB1非存在下で脂質濃度0.55mMの条件下では、w/oエマルションは形成されず、粒子形成ができなかったことから、VB1は脂質ナノ粒子形成時に、脂質と相互作用し、その粒子形成に影響を与えていることが示唆される。
電荷を有しない水溶性化合物や負電荷を有する水溶性化合物では、脂質膜構造との相互作用を考える必要はないであろう。
【0055】
1−3B.得られた脂質ナノ粒子の構造の検討
ネガティブ染色法を用いて常法により透過電子顕微鏡下で得られた脂質ナノ粒子を観察した。結果は図3に示される通りであった。図3に示されるように、脂質濃度5.5mMの条件下で調製した脂質ナノ粒子は、粒子内部まで脂質が充填していた(図3パネルA)のに対して、脂質濃度1.38mMの条件下で調製した脂質ナノ粒子は、リポソーム様の中空のナノ粒子であることが明らかとなった(図3パネルB)。VB1は水溶性にもかかわらず、脂質濃度5.5mMの条件下で調製した脂質ナノ粒子への封入率が高かったことから、VB1は脂質膜に取り込まれている可能性が示唆される。
【0056】
1−4.得られた脂質ナノ粒子の細胞内への送達アッセイ
本アッセイ系では、REV法においてVB1を2mM、脂質濃度を1.38mMとして調製した脂質ナノ粒子を用いた。
神経芽細胞株SH−SY5Y細胞における脂質ナノ粒子の細胞内導入能をフローサイトメーターによって評価した。脂質ナノ粒子を蛍光観察するために、脂質相に0.5モル%NBD−DOPEを添加した。また、脂質ナノ粒子の細胞取込み能を向上させるために、STR−R8及び/またはステアリル化したミトコンドリア移行性アプタマーを脂質相に添加し、REV法で脂質ナノ粒子を形成させた。得られた脂質ナノ粒子をSH−SY5Y細胞に添加し、1時間インキュベートした後に、細胞を回収し、細胞内に取り込まれた脂質ナノ粒子の蛍光に基づいてフローサイトメーターにより細胞を測定した。ミトコンドリア移行性アプタマーとしては、RNase P aptamer (RP aptamer) [5’− UCUCCCUGAGCUUCAGG −3’]を使用した。結果は、図4に示される通りであった。図4に示されるように、STR−R8を添加して調製した脂質ナノ粒子は、その細胞内導入能を大きく向上させた。また、アプタマーをさらに添加して調製した脂質ナノ粒子では、その細胞内導入能をさらに大きく向上させた。R8とRP aptamerによる脂質ナノ粒子の表面修飾は、協調して粒子の細胞内導入能を向上させており、他の群に対して有意であった。
【0057】
さらに、脂質ナノ粒子を取り込ませた細胞を共焦点レーザー走査型顕微鏡を用いて観察した。脂質ナノ粒子は、NBDに由来する蛍光(緑色)に基づいて検出し、ミトコンドリアは、Mitotracker Deep Red(赤色)により染色した。結果は図5Aに示される通りであった。図5Aに示されるように、未修飾の脂質ナノ粒子よりも修飾した脂質ナノ粒子の方が多く細胞内に取り込まれていた。また、脂質ナノ粒子のミトコンドリアへの局在(黄色)が確認された。
【0058】
R8及び/またはRP aptamerによる脂質ナノ粒子の表面修飾が、脂質ナノ粒子のミトコンドリアへの移行性に影響しているかを確認するために、以下の式(5)によりミトコンドリア移行率を算出した。
【0059】
【数3】
【0060】
上記式中、黄色の面積は、ミトコンドリアと脂質ナノ粒子が重なった部分の面積であり、緑色の面積は、脂質ナノ粒子の観察される面積である。これは、細胞内に導入された脂質ナノ粒子のうちミトコンドリアに局在する粒子の量に相当する。また、ミトコンドリア占有率(%)は、以下式(6)により算出した。
【0061】
【数4】
【0062】
結果は、図5Bに示される通りであった。図5Bに示されるように、ミトコンドリア移行率およびミトコンドリア占有率において、R8修飾によってミトコンドリアへの脂質ナノ粒子の移行が促進され、RP aptamerによりミトコンドリアへの移行がさらに促進されることが認められた。
【0063】
1−5.細胞に送達されたVB1による細胞機能の亢進の評価アッセイ
細胞内では、VB1は、ペントースからグリセルアルデヒド3リン酸への変換、ピルビン酸からアセチルCoAへの変換、およびTCAサイクルにおいてα−ケトグルタル酸からコハク酸CoAへの変換を触媒する酵素に作用し、これらの反応を活性化させることによって、細胞内のATP産生を促進する。本実施例では、細胞内に導入されたVB1が細胞内で細胞機能を亢進させることができるかをATP産生の評価系において確認した。
実験では、10モル%STR−R8、または10モル%STR−R8と2モル%STR−RP aptamer(STR−RP)を用いてミトコンドリア移行性を高めた脂質ナノ粒子(それぞれR8表出脂質ナノ粒子およびR8/RP表出脂質ナノ粒子という)を用いた。細胞としては、神経芽細胞株SH−SY5Y細胞を用いた。細胞に対して、VB1、R8表出ナノ粒子、R8/RP表出ナノ粒子をVB1当量でそれぞれ10μMまたは20μMとなるように細胞に添加し、1時間〜6時間後のATP産生量を測定した。ATP産生量の評価には、CellTiter−Glo Luminescent Cell Viability Assayを用いた。結果は、各時間の未処理細胞(陰性対照)に対する割合で表示した。結果は、図6に記載される通りであった。
【0064】
図6に記載されるように、R8表出脂質ナノ粒子も、R8/RP表出ナノ粒子も、細胞のATP産生量を増加させることが明らかとなった(図中、白抜きのバーは、未封入のビタミンB1(VB1)による結果を示し、黒いバーは、R8表出脂質ナノ粒子による結果を示し、斜線のバーは、R8/PR aptamer表出ナノ粒子による結果を示す。)。R8表出脂質ナノ粒子処理細胞とVB1処理細胞のATP産生量を比較する実験を行った。するとR8表出脂質ナノ粒子処理細胞は、10μM以上で細胞のATP産生量を大きく向上させることができたが、VB1処理細胞では、10mMでも細胞のATP産生量を有意に向上させることはできなかった。このことから、R8表出脂質ナノ粒子は、VB1を1000倍以上効果的に細胞内に導入し、細胞内で機能させることが明らかである。
【0065】
従来のVB1治療薬の難点として、VB1が細胞内に取り込まれ難いことに加えて、VB1が細胞に取り込まれたとしても細胞外に排出され、細胞内に蓄積しにくいことが指摘されている。本発明の脂質ナノ粒子は、ATP産生を現に向上させる能力を有しており、この問題を解決し得るものとなる。
【0066】
1−6.ミトコンドリア疾患細胞に対するVB1の導入アッセイ
ミトコンドリア病患者由来皮膚細胞であるLSND3細胞は呼吸鎖複合体Iのサブユニット3に異常を有し、これによって電子伝達系が正常に機能せず、ミトコンドリアにおけるATP産生能が低下した細胞である。LSND3細胞に対して、VB1を内包した脂質ナノ粒子(未修飾)、10モル%のSTR−R8を導入したR8表出脂質ナノ粒子、または10モル%STR−S2を導入したS2表出脂質ナノ粒子を接触させて、細胞内への取込み量を確認した。STR−S2は、S2ペプチド(Dmt−D−Arg−FK−Dmt−D−Arg−FK−NH2)(Szeto,H.H. et al.,Pharm.Res. 2011,28,pp.2669−2679)をステアリル化したものを意味し、脂質相に添加して、S2表出脂質ナノ粒子を作製した。細胞内への脂質ナノ粒子の取込みは上記の通り0.5モル%のNBD−DOPEを各脂質ナノ粒子に導入することにより、ナノ粒子を蛍光標識し、これをフローサイトメーターにより検出することによって測定した。結果は、図7に記載される通りであった。
【0067】
図7に示されるように、未処理細胞(NT)に対して、未修飾脂質ナノ粒子は、若干の細胞内への導入を示したが、R8表出脂質ナノ粒子およびS2表出脂質ナノ粒子は、細胞内への導入効率が顕著に高かった。
【0068】
1−7.ミトコンドリア疾患細胞におけるATP産生の回復アッセイ
LSND3細胞に対して、VB1、またはVB1を内包したR8表出脂質ナノ粒子若しくはS2表出脂質ナノ粒子を接触させて、細胞内にVB1を取り込ませて細胞のATP産生能を回復させた。接触させるVB1は、7μMとなるようにそれぞれの添加量を調整した。添加3時間後のATP産生量を測定した。結果は、未処理細胞に対するATP産生量の比(%)によって示された。ATP産生量の評価は、上記1−5と同様に行った。結果は、図8に記載される通りであった。
図8に示されるように、細胞のATP産生量は、細胞にVB1を接触させるだけではほとんど増強されず、細胞にVB1を内包しない空のR8表出脂質ナノ粒子若しくはS2表出脂質ナノ粒子を接触させた場合にも増強されることはなかった。これに対して、細胞にVB1を内包したR8表出脂質ナノ粒子若しくはS2表出脂質ナノ粒子を接触させたときには、細胞のATP産生能を有意に向上させた。
【0069】
2.インビボにおける治療実験
静脈投与した脂質ナノ粒子が効率的に脳へ到達するためには、粒子サイズの微小化が必要であると思われた。調製した脂質ナノ粒子をエクストゥルーダー(エクストルーダーMini−Extruder (AVANTI POLAR−LIPIDS)、メンブレン polycarbonate membrane filter (Nucrepore)(0.1μmのサイズ))を用いて整粒し、数平均粒径において150nm程度の脂質ナノ粒子を100nm程度に調整することに成功した。
【0070】
治療効果の検証
下記の手順で脳虚血モデルマウスを作成し、治療効果の検証を行った。マウスを100%酸素下5%イソフルランによる全身麻酔下に気管挿管し、人工呼吸器を装着した。1.5〜2.0%の吸入イソフルラン濃度で麻酔を維持した。食道体温計を経口的に留置、観血的動脈圧を左大腿動脈より測定し、薬物投与経路として左大腿静脈に静脈路を確保した。また、経皮ニードルプローブを用いて心電図をモニターした。
塩化カリウム0.08mg/g体重を経静脈投与することにより心停止させ、人工呼吸器を停止した。
胸骨圧迫の30秒前から100%酸素による人工呼吸とエピネフリン0.6 μg/分での持続静注を開始した。心停止8分後より用手的胸骨圧迫300〜350回/分を開始した。胸骨圧迫とエピネフリンの持続静注は、自己心拍再開まで継続した。洞調律と平均動脈圧40mmHg以上を10秒維持した時点を、自己心拍再開と定義した。自己心拍再開1分後に、VB1を内包した脂質ナノ粒子を静脈投与した。VB1を10μmol/kg相当、5μL/kgの用量で経静脈的に投与した。食道温は、保温ランプを用いて、実験開始から蘇生開始1時間後まで、一貫して37.2±0.1℃に維持した。胸骨圧迫開始1時間後に動静脈カテーテルを抜去し、モノフィラメント糸で閉創した。抜管後、術後鎮痛目的にブピバカイン(0.25%、2mg/kg)とブプレノルフィン(0.05mg/kg)を皮下投与した。手術終了から2時間は30℃に保温したケージで経過観察した後、室温下のケージ内で飼育した。観察期間を10日間とし、10日目での両群の生存率を比較検証した。10日間の生存率を確認後は速やかにペントバルビタールナトリウム150mg/kgの腹腔内投与により安楽死させた。結果は、図9に示される通りであった。図9に示されるように、R8表出脂質ナノ粒子もS2表出脂質ナノ粒子もマウスの生存曲線を改善した。特に短期における救命効果が高く、R8表出脂質ナノ粒子またはS2表出脂質ナノ粒子を用いたVB1の投与は、脳虚血疾患モデル動物において有効性が示された。
【0071】
さらに下記の手順で神経学的機能スコアを評価した。心停止蘇生24時間および48時間後の神経機能を5つのカテゴリ(意識、角膜反射、呼吸数、四肢運動協調性、活動性)で評価した(例えば、Maier, C. M. et al., Stroke, 29, 2171−2180,1998およびAbella, B. S. et al., Circulation, 109, 2786−2791, 2004)。角膜反射は、用手的にマウスを把持し、ティッシュのコヨリで角膜を軽く刺激して評価した。具体的には、以下の5つのカテゴリ:意識、角膜反射、呼吸数、四肢運動協調性、および活動性)について、0、1または2の3段階(2点:正常、1点:正常より劣るが、低下した反応または動きが認められる、0点:反応または動きが認められないか著しく低下している)で評価した。次に、5つの評点を加算して、神経学的機能スコアとした。その他の4項目については、マウスの拘束および苦痛は生じない。その結果、R8表出脂質ナノ粒子もS2表出脂質ナノ粒子もコントロール群と比較して神経スコアに大きな差が確認され治療効果があると示唆された(図10および11参照)。
【0072】
3.両側総頚動脈閉塞(BCCAO)モデルにおける脳虚血再灌流に対するVB1内包脂質ナノ粒子の治療効果
両側総頚動脈閉塞(BCCAO)モデルは、マウス(C57BL/6−J、20〜30週齢、雄)の両頸動脈を一時的に閉塞させることで得られるモデルである。本実施例では、BCCAOモデルの脳において一過性の虚血(60分間)を誘発させた後に、閉塞を解消して再灌流を誘導し、その際に生じる脳組織ダメージに対するVB1内包脂質ナノ粒子の効果を確認した。
【0073】
DOPE、SM、およびSTR−R8(DOPE:SM:STR−R8=9:2:0.1)を含むエタノール溶液(総脂質濃度:2mM)を脂質層として用いる以外は上記と同様の条件で、R8表出脂質ナノ粒子を作製した。また、DOPE、SM、STR−R8、および1,2−ジステアロイル−sn−グリセロ−3−ホスホエタノールアミン(DSPE)−PEG2k(日油株式会社社製の製品番号DSPE−020CN)(DOPE:SM:STR−R8:DSPE−PEG2k=9:2:0.1:0.03)を含むエタノール溶液(総脂質濃度:2mM)を脂質相として用い、2mM VB1を含むPBS(−)を水相として用い、エタノール最終希釈濃度20%の条件下にて上記実施例の通りにマイクロ流路デバイスを用いて脂質ナノ粒子(PEG−R8表出脂質ナノ粒子)を作製した。DSPE−PEG2kは、脂質ナノ粒子の血中滞留性の向上のために用いられた。
【0074】
治療効果を確認するため、BCCAOモデルの虚血再灌流の1日後に得られた脂質ナノ粒子を投与し、投与1時間後および24時間後の肝臓および脳組織における脂質ナノ粒子の移行量を確認した。具体的には、BCCAOモデル作製24時間後において、脂質量に対し0.3モル%になるようにDiIを修飾したR8表出脂質ナノ粒子(VB1)およびDiDを修飾したPEG−R8表出脂質ナノ粒子(VB1)をそれぞれ100μL/匹の容積で静脈内に投与した。投与から1時間後および24時間後にマウスから全血を採取し、右心耳を切除し、左心室からPBS(−)を5分間灌流した後、肝臓および脳を摘出した。摘出した組織を1%SDSで20倍希釈した後、ジルコニウムビーズを加え、ホモジナイザーによって破砕した。その後遠心分離(10000×g、10分、4℃)し、上清を採取した。上清に含まれるDiIおよびDiDの蛍光強度をVarioskanLUX (Thermo fisher Scientific)により測定し、脳および肝臓への移行量を評価した。
【0075】
結果は、図12に示される通りであった。図12に示されるように、脂質ナノ粒子投与1時間後に、R8表出脂質ナノ粒子は脳において0.8 ID%/g脳の蓄積量を示した。一方で、脂質ナノ粒子投与1時間後に、PEG−R8表出脂質ナノ粒子は脳において0.3 ID%/g脳の蓄積量を示した。投与24時間後には、R8表出脂質ナノ粒子およびPEG−R8表出脂質ナノ粒子のいずれの脳の蓄積量も低下した。これに対して、肝臓組織への脂質ナノ粒子の蓄積量は、図12に示されるように、投与1時間後および24時間後において、PEG−R8表出脂質ナノ粒子の蓄積量は、他と比較して少なかった。
【0076】
次いで、投与1時間後のマウスの脳組織を共焦点レーザー走査型顕微鏡で観察した。核はHoechst33342で染色し、R8表出脂質ナノ粒子はDiDで染色し、PEG−R8表出脂質ナノ粒子はDiIで染色した。結果は、図13に示される通りであった。図13に示されるように、脳組織中にはR8表出脂質ナノ粒子が大量に蓄積していることが確認された。図13中では、白い矢尻はR8表出脂質ナノ粒子の蓄積場所を示す。これに対して、PEG−R8表出脂質ナノ粒子は、脳移行量が少なく、蛍光観察によっては明確な蓄積を確認することができなかった。この結果は、図12においてPEG−R8表出脂質ナノ粒子がR8表出脂質ナノ粒子よりも脳における蓄積量が低いことと一致する結果である。
【0077】
上記R8表出脂質ナノ粒子またはPEG−R8表出脂質ナノ粒子を投与したBCCAOモデルの神経学的機能スコアを上記の通りに評価し、神経学的機能スコアを求めた。
【0078】
上記評価基準によると、健常マウスは通常10の評点となる。モデルを作成し、1日後に神経学的機能スコアが5以下となった個体のみをBCCAOモデル(各群でn=5〜7)として用いた。1日後に、Hepes緩衝液、VB1を含むHepes緩衝液、VB1を含まないR8表出脂質ナノ粒子、R8表出脂質ナノ粒子またはPEG−R8表出脂質ナノ粒子をBCCAOモデルマウスに静脈内(i.v.)投与した。それぞれの時点での神経学的機能スコアは、図14に示される通りであった。図14に示されるように、R8表出脂質ナノ粒子は、BCCAOモデルマウスの神経学的スコアを2日目には大きく改善し、3日目にはさらに大きく改善した。
上記評価において、2日目における活動性評価の結果は図15に示される通りであった。図15に示されるように、5分間の活動性を区画間を移動した回数によって評価すると、R8表出脂質ナノ粒子では、区画移動回数が未処置(Sham;虚血処置せず)マウス(非BCCAOモデル)と同等のレベルにまで回復した。PEG−R8表出脂質ナノ粒子を投与したBCCAOモデル群では、Hepes緩衝液を投与したBCCAOモデル群よりも区画移動回数の平均は大きかったが、その効果は小さかった。
【0079】
R8表出脂質ナノ粒子を投与したBCCAOモデル群とHepes緩衝液を投与したBCCAOモデル群の4日目移行の神経学的機能スコアおよび体重の推移を調べた。結果は、図16に示される通りであった。図16に示されるように、R8表出脂質ナノ粒子で処置されたBCCAOモデル群では神経学的スコアが有意に改善していることが明らかである。また、R8表出脂質ナノ粒子で処置されたBCCAOモデル群では、体重の低下が抑制された。
【0080】
次いで、8日目までのBCCAOモデル群の生存率を調べた。その結果、図17に示されるように、R8表出脂質ナノ粒子で処置されたBCCAOモデル群ではすべてのマウスが生存した。これに対して、Hepes緩衝液で処置したBCCAOモデル群、VB1を含むHepes緩衝液で処置されたBCCAOモデル群、および、空の脂質ナノ粒子で処置された群では、死亡するマウスが認められた。
【0081】
さらに、8日目において、未処置(Sham)マウス、Hepes緩衝液で処置したBCCAOモデル群、およびR8表出脂質ナノ粒子で処置されたBCCAOモデル群からそれぞれ採血し、カリウム濃度、AST濃度、ALT濃度、LDH濃度、およびCK濃度を確認し、神経機能障害の程度を評価した。図18に示されるように、カリウム濃度、AST濃度、ALT濃度、LDH濃度、およびCK濃度のいずれにおいても、Hepes緩衝液で処置したBCCAOモデル群では濃度が上昇するのに対して、R8表出脂質ナノ粒子で処置したBCCAOモデル群では、その値が未処理群(Sham)と同等程度まで低下した。このことから、VB1を内包したR8表出脂質ナノ粒子は、神経機能障害を回復させることが確認された。
【0082】
8日目において、未処置(Sham)マウス、Hepes緩衝液で処置したBCCAOモデル群、およびR8表出脂質ナノ粒子で処置されたBCCAOモデル群から脳を回収し、海馬のCA1領域を免疫組織化学染色に供した。BCCAOモデルでは、頸動脈の虚血により海馬のCA1領域が主に損傷を受けるとされている。脳を常法に基づいて固定し、ヘマトキシリン−エオシン染色(HE染色)またはNeuN染色に供した。NeuN抗体は、ニューロンを染色する抗体として知られている。NeuN抗体としては、Anti−NeuN antibody (ab177487、abcam (Cambridge, USA))を用い、二次抗体としてGoat Anti−Rabbit IgG H&L Alexa fluor(R) 647 (ab150079、abcam (Cambridge, USA))を用いた。また、CA1領域におけるNeuN陽性細胞の数を示すグラフを図20に示した。
【0083】
結果は図19および20に示される通りであった。図19および20に示されるように、Hepes緩衝液で処置したBCCAOモデル群では、NeuN陽性細胞が明らかに減少しており、虚血再灌流によってCA1領域のニューロンが障害を受けて減少したことが明らかであったが、これに対してR8表出脂質ナノ粒子で処置したBCCAOモデル群では、その減少が未処置群(Sham)と同等のレベルにまで回復していることが明らかとなった。
図1
図2A
図2B
図3
図4
図5A
図5B
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]