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特開2021-173705標的ポリペプチドの情報取得方法および試薬キット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2021-173705(P2021-173705A)
(43)【公開日】2021年11月1日
(54)【発明の名称】標的ポリペプチドの情報取得方法および試薬キット
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/64 20060101AFI20211004BHJP
   G01N 33/533 20060101ALI20211004BHJP
【FI】
   G01N21/64 F
   G01N33/533
   G01N21/64 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】21
【出願形態】OL
【全頁数】25
(21)【出願番号】特願2020-79588(P2020-79588)
(22)【出願日】2020年4月28日
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(71)【出願人】
【識別番号】390014960
【氏名又は名称】シスメックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】金城 政孝
(72)【発明者】
【氏名】アクシェイ ガングリ
(72)【発明者】
【氏名】ラマスワミー ラソニア
【テーマコード(参考)】
2G043
【Fターム(参考)】
2G043AA03
2G043AA04
2G043BA16
2G043CA04
2G043DA02
2G043EA01
2G043FA03
2G043FA07
2G043KA02
2G043NA01
2G043NA11
(57)【要約】
【課題】より正確に、標的ポリペプチドの大きさに関する情報を取得する方法および試薬キットを提供することを課題とする。
【解決手段】蛍光相関分光法または蛍光相互相関分光法により、蛍光標識した標的ポリペプチドの拡散時間と、蛍光標識した複数の参照ポリペプチドの各々の拡散時間を取得する工程と、前記蛍光標識した複数の参照ポリペプチドの拡散時間に基づいて、前記蛍光標識した標的ポリペプチドの大きさに関する情報を取得する工程と、
を含み、前記蛍光標識した複数の参照ポリペプチドは各々の大きさに関する情報が既知であり、前記複数の参照ポリペプチドの大きさは互いに異なる、標的ポリペプチドの情報取得方法により、課題を解決する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
蛍光相関分光法または蛍光相互相関分光法により、蛍光標識した標的ポリペプチドの拡散時間と、蛍光標識した複数の参照ポリペプチドの各々の拡散時間を取得する工程と、
前記蛍光標識した複数の参照ポリペプチドの拡散時間を参照として、前記蛍光標識した標的ポリペプチドの拡散時間から前記蛍光標識した標的ポリペプチドの大きさに関する情報を取得する工程と、
を含み、
前記蛍光標識した複数の参照ポリペプチドは各々の大きさに関する情報が既知であり、
前記複数の参照ポリペプチドの大きさは互いに異なる、
標的ポリペプチドの情報取得方法。
【請求項2】
前記大きさが、流体力学的半径、流体力学的直径、および体積から選択される少なくとも1つである、請求項1に記載の標的ポリペプチドの情報取得方法。
【請求項3】
前記参照ポリペプチドの流体力学的半径が、1nm以上20nm以下である、請求項1または2に記載の標的ポリペプチドの情報取得方法。
【請求項4】
前記蛍光標識した複数の参照ポリペプチドが、少なくとも蛍光標識した第1の参照ポリペプチド、および前記蛍光標識と同じ蛍光標識を施した第2の参照ポリペプチドを含み、
蛍光標識した第1の参照ポリペプチド、および蛍光標識した第2の参照ポリペプチドは互いに異なる大きさであり、
前記拡散時間取得工程において、前記蛍光標識した第1の参照ポリペプチドの拡散時間、および蛍光標識した第2の参照ポリペプチドの拡散時間が取得され、
前記情報取得工程において、前記蛍光標識した第1の参照ポリペプチドの拡散時間、および蛍光標識した第2の参照ポリペプチドの拡散時間を参照として前記蛍光標識した標的ポリペプチドの拡散時間から前記蛍光標識した標的ポリペプチドの大きさに関する情報が取得される、
請求項1から3のいずれか一項に記載の標的ポリペプチドの情報取得方法。
【請求項5】
前記第1の参照ポリペプチドの流体力学的半径が、1nm以上5nm未満であり、
前記第2の参照ポリペプチドの流体力学的半径が、5nm以上10nm以下である、
請求項1から4のいずれか一項に記載の標的ポリペプチドの情報取得方法。
【請求項6】
第1の参照ポリペプチドの流体力学的半径が第2の参照ポリペプチドの流体力学的半径の少なくとも2倍である、
請求項1から5のいずれか一項に記載の標的ポリペプチドの情報取得方法。
【請求項7】
前記蛍光標識した複数の参照ポリペプチドが、少なくとも蛍光標識した第1の参照ポリペプチド、蛍光標識した第2の参照ポリペプチド、および蛍光標識した第3の参照ポリペプチドを含み、前記蛍光標識はすべて同じ蛍光標識であり、
蛍光標識した第1の参照ポリペプチド、蛍光標識した第2の参照ポリペプチドおよび蛍光標識した第3の参照ポリペプチドはそれぞれ異なる大きさであり、
前記拡散時間取得工程において、前記蛍光標識した第1の参照ポリペプチドの拡散時間、蛍光標識した第2の参照ポリペプチドの拡散時間、および蛍光標識した第3の参照ポリペプチドの拡散時間が取得され、
前記情報取得工程において、前記蛍光標識した第1の参照ポリペプチドの拡散時間、蛍光標識した第2の参照ポリペプチドの拡散時間、および蛍光標識した第3の参照ポリペプチドの拡散時間を参照として、前記蛍光標識した標的ポリペプチドの拡散時間から前記蛍光標識した標的ポリペプチドの大きさに関する情報が取得される、
請求項1から3のいずれか一項に記載の標的ポリペプチドの情報取得方法。
【請求項8】
前記第1の参照ポリペプチドの流体力学的半径が、1nm以上3nm未満であり、
前記第2の参照ポリペプチドの流体力学的半径が、3nm以上6nm未満であり、
前記第3の参照ポリペプチドの流体力学的半径が、6nm以上9nm未満である、
請求項7に記載の標的ポリペプチドの情報取得方法。
【請求項9】
前記蛍光標識した標的ポリペプチドにおいて、前記蛍光色素が前記標的ポリペプチドに化学結合されており、
前記蛍光標識した参照ポリペプチドにおいて、前記蛍光色素が前記参照ポリペプチドに化学結合されている、
請求項1から8のいずれか一項に記載の標的ポリペプチドの情報取得方法。
【請求項10】
前記化学結合が、共有結合である、請求項9に記載の標的ポリペプチドの情報取得方法。
【請求項11】
前記蛍光標識した標的ポリペプチドにおいて、抗体を介して蛍光色素が前記標的ポリペプチドに結合しており、
前記蛍光標識した参照ポリペプチドにおいて、抗体を介して前記参照ポリペプチドに結合している、
請求項1から9のいずれか一項に記載の標的ポリペプチドの情報取得方法。
【請求項12】
前記拡散時間を取得する工程の前に、前記標的ポリペプチドと、前記標的ポリペプチドを認識する蛍光標識抗体とを反応させることにより、前記蛍光標識した標的ポリペプチドを調製する工程、
を含む、請求項11に記載の標的ポリペプチドの情報取得方法。
【請求項13】
前記情報取得工程において、前記蛍光標識した複数の参照ポリペプチドの拡散時間から検量線を作成し、前記検量線に基づいて前記蛍光標識した標的ポリペプチドの大きさに関する情報が取得される、
請求項1から12のいずれか一項に記載の標的ポリペプチドの情報取得方法。
【請求項14】
前記拡散時間取得工程の前に、
生体から採取された前記標的ポリペプチドを含む検体を第1アリコート、第2アリコートおよび第3アリコートに分割し、
前記第1アリコートに含まれる標的ポリペプチドを蛍光標識して前記蛍光標識した標的ポリペプチドを調製し、
前記第2アリコートと蛍光標識した第1の参照ポリペプチドとを混合し、
前記第3アリコートと蛍光標識した第2の参照ポリペプチドとを混合する工程、
を含み
前記拡散時間取得工程において、第1アリコート中の蛍光標識した標的ポリペプチドの拡散時間と、第2アリコート中の蛍光標識した第1の参照ポリペプチドの拡散時間と、第3アリコート中の蛍光標識した第2の参照ポリペプチドの拡散時間とが取得される、
請求項1から13のいずれか一項に記載の標的ポリペプチドの情報取得方法。
【請求項15】
前記標的ポリペプチドは生体から採取された検体に由来し、前記検体が、全血、血漿、血清、脳脊髄液、または尿である、請求項1から14のいずれか一項に記載の標的ポリペプチドの情報取得方法。
【請求項16】
前記拡散時間取得工程が蛍光相互相関分光法により行われ、
前記蛍光標識した標的ポリペプチドが、蛍光波長の異なる2種類の蛍光色素を含み、
前記蛍光標識した複数の参照ポリペプチドのそれぞれが、前記2種類の蛍光色素を含む、
請求項1から15のいずれか一項に記載の標的ポリペプチドの情報取得方法。
【請求項17】
前記蛍光標識した標的ポリペプチドが、前記標的ポリペプチドと、第1蛍光色素を含む第1抗体と、前記第1蛍光色素とは蛍光波長の異なる第2蛍光色素を含む第2抗体との複合体である、
請求項16に記載の標的ポリペプチドの情報取得方法。
【請求項18】
蛍光標識した複数の参照ポリペプチドを含む試薬キットであって、
前記蛍光標識した複数の参照ポリペプチドは各々の大きさに関する情報が既知であり、
前記複数の参照ポリペプチドの大きさは互いに異なり、
請求項1から17のいずれか一項に記載の方法に用いられる、前記試薬キット。
【請求項19】
前記蛍光標識した複数の参照ポリペプチドが各々別の容器に収容されている、請求項18の試薬キット。
【請求項20】
複数の参照ポリペプチドと、前記複数の参照ポリペプチドの各々と結合する蛍光標識抗体を含む試薬キットであって、
前記複数の参照ポリペプチドは各々の大きさに関する情報が既知であり、
前記複数の参照ポリペプチドの大きさは互いに異なり、
請求項1から17のいずれか一項に記載の標的ポリペプチドの情報取得方法に用いられる、前記試薬キット。
【請求項21】
前記複数の参照ポリペプチドの各々と結合する蛍光標識抗体は、1つの参照ポリペプチドに対して結合する第1の蛍光標識抗体と第2の蛍光標識抗体を含み、
前記第1の蛍光標識抗体は、標識されている蛍光色素の蛍光波長が前記第2の蛍光標識抗体に標識されている蛍光色素の蛍光波長と異なり、
前記第1の蛍光標識抗体のエピトープは、第2の蛍光標識抗体のエピトープと異なる、
請求項20に記載の試薬キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、標的ポリペプチドの情報取得方法および試薬キットに関する。
【背景技術】
【0002】
ポリペプチドの大きさに関する情報を取得する分析法として、蛍光相関分光法(FCS)および蛍光相互相関分光法(FCCS)が知られている。非特許文献1には、FCSを用いたタンパク質の失活による構造変化について記載されている。この文献には、拡散係数が既知の色素および検体タンパク質についてFCSにより得られた拡散時間を用いた比例計算で検体タンパク質の大きさが推定されることが記載されている。非特許文献2には、色素標識した大きさの異なるポリスチレンビーズ等を含む標準試料を用い、蛍光相関分光法によりそれぞれの大きさのポリスチレンビーズの拡散時間を求め、検量線を作成することが記載されている。この文献には、標的タンパク質についてFCSで求めた拡散時間を前記検量線に適用して標的タンパク質の大きさが計算されることが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Eilon Sherman, Biophysical Journal Volume 94,June 2008,4819-4827,“Using Fluorescence Correlation Spectroscopy to Study Conformational Changes in Denatured Proteins ”
【非特許文献2】Tingjuan Gao, PROTEIN SCIENCE 2011 VOL 20:437-447,“Characterizing diffusion dynamics of a membrane protein associated with nanolipoproteins using fluorescence correlation spectroscopy”
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明者らは、従来の方法では測定誤差が大きく正確性の観点で課題があることを見出した。
本発明は、より正確に、標的ポリペプチドの大きさに関する情報を取得する方法および試薬キットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明のある実施形態は、標的ポリペプチドの情報取得方法に関する。前記標的ポリペプチドの情報取得方法は、蛍光相関分光法または蛍光相互相関分光法により、蛍光標識した標的ポリペプチドの拡散時間と、蛍光標識した複数の参照ポリペプチドの各々の拡散時間を取得する工程と;前記蛍光標識した複数の参照ポリペプチドの拡散時間を参照として、前記蛍光標識した標的ポリペプチドの拡散時間から前記蛍光標識した標的ポリペプチドの大きさに関する情報を取得する工程と;を含む。ここで、前記蛍光標識した複数の参照ポリペプチドは各々の大きさに関する情報が既知であり、前記複数の参照ポリペプチドの大きさは互いに異なる。
【0006】
本実施形態のタンパク質の情報取得方法によれば、非特許文献1および非特許文献2と比較して、より正確に、標的ポリペプチドの大きさに関する情報を取得することができる。
本発明のある実施形態は、試薬キットに関する。
【0007】
試薬キットのある実施形態は、蛍光標識した複数の参照ポリペプチドを含む試薬キットに関する。前記蛍光標識した複数の参照ポリペプチドは各々の大きさに関する情報が既知であり、前記複数の参照ポリペプチドの大きさは互いに異なる。また、前記試薬キットは前記タンパク質の情報取得方法に用いられる。
【0008】
試薬キットの別の実施形態は、複数の参照ポリペプチドと、前記複数の参照ポリペプチドのそれぞれと結合する蛍光標識抗体を含む試薬キットに関する。前記蛍光標識した複数の参照ポリペプチドは各々の大きさに関する情報が既知であり、前記複数の参照ポリペプチドの大きさは互いに異なる。また、前記試薬キットは前記標的ポリペプチドの情報取得方法に用いられる。
【0009】
上記実施形態の試薬キットによれば、非特許文献1および非特許文献2と比較して、より正確に、標的ポリペプチドの大きさに関する情報を取得することができる。
【発明の効果】
【0010】
より正確に、標的ポリペプチドの大きさに関する情報を取得することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、本発明の概略を示す。本概略はFCCSを用いる例である。
図2図2は、試薬キットの外観を示す。
図3図3は、比較例1で使用する比例転換の概略を示す。
図4図4(A)は、PBS内で流体力学的半径を測定し、基準化した後の結果を示す。図4(B)は、希釈血漿内で流体力学的半径を測定し、基準化した後の結果を示す。図4(C)は、水性溶媒としてPBSを用いた場合と希釈検体を用いた場合における検量線の違いを示す。図4(C)において略語は、それぞれAP:aprotinin、L:lysozyme、CA:carbonic anhydrase、BS:bovine serum albumin、BA:β-amylase、AF:apoferritin、T:thyroglobulinを示す。エラーバーは3回の測定の標準偏差を示す。
図5図5(A)は、希釈血清を使用して測定した拡散時間に基づいて作成した検量線である。図5(B)は、希釈血漿1を使用して測定した拡散時間に基づいて作成した検量線である。図5(C)は、希釈血漿1とは異なる希釈血漿2を使用して測定した拡散時間に基づいて作成した検量線である。
図6図6(A)は、本発明の方法によりβ-Amylaseについて求めた予測値と理論値の差の値を示す。図6(B)は、各参照ポリペプチドについて求めた予測値と理論値の差の絶対値と参照ポリペプチドとの関係を示す。
図7図7(A)は、比較例1の方法によりβ-Amylaseについて求めた予測値と理論値の差の値を示す。図7(B)は、各検体において、各参照ポリペプチドについて求めた差の絶対値と参照ポリペプチドの分子サイズとの関係を示す。
図8図8(A)は、リコンビナントVWFタンパク質をFCCSにより測定した際の基準化前の相互相関G(τ)とlag timeを示す。図8(B)は、本発明の方法に基づいて算出されたリコンビナントVWFタンパク質の予測値、理論値、およびその差を示す。
図9図9(A)は、卵白リゾチームをFCCSにより測定した際の基準化前の相互相関G(τ)とlag timeを示す。図9(B)は、本発明の方法に基づいて算出された卵白リゾチームタンパク質の予測値、理論値、およびその差を示す。
図10図10(A)はPBSを水性溶媒としてFCCSにより測定した際の各参照ポリペプチドの拡散時間(μs)と、流体力学的半径の予測値を示す。図10(B)は、図10(A)に基づいて作成した検量線を示す。図10(C)は、実施例4により求められた予測値と理論値の差の絶対値と、精度を示す。図10(D)は、比較例2により求められた予測値と理論値の差の絶対値と、精度を示す。
図11図11(A)は、PBSを水性溶媒としてFCSにより測定した各参照ポリペプチドの拡散時間(μs)と、流体力学的半径の予測値を示す。また、図11(B)は、図11(A)に基づいて作成した検量線を示す。図11(C)は、参考例により求められた検量線と回帰式を示す。
図12図12(A)は、実施例5の結果を、図12(B)に参考例の結果を、図12(C)に比較例3の結果を示す。
図13図13(A)は、β-Amylaseの差の絶対値の比較データを示す。図13(B)にThyroglobulinの差の絶対値の比較データを示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.標的ポリペプチドの情報取得方法
1−1.用語の説明
参照ポリペプチドは、標的ポリペプチドの大きさに関する情報を取得するための参照として用いられるポリペプチドであり、大きさに関する情報が既知である。また、大きさが互いに異なる参照ポリペプチドを複数使用することが好ましい。例えば、2種、3種、4種、5種、6種または7種の参照ポリペプチドを用いることができる。
【0013】
参照ポリペプチドの大きさは、標的ポリペプチドの予想される大きさに応じて適宜選択される。例えば、参照ポリペプチドの流体力学的半径は、1nm以上20nm以下である。複数の参照ポリペプチドは、少なくとも第1の参照ポリペプチドと、第2の参照ポリペプチドを含む。第1の参照ポリペプチド、および第2の参照ポリペプチドは互いに異なる大きさである。一実施形態では、第1の参照ポリペプチドの流体力学的半径と、第2の参照ポリペプチドの流体力学的半径の差が、少なくとも2倍である。別の実施形態では、第1の参照ポリペプチドの流体力学的半径が、1nm以上5nm未満であり、第2の参照ポリペプチドの流体力学的半径が、5nm以上10nm以下である。
【0014】
複数の参照ポリペプチドは、第1の参照ポリペプチド、第2の参照ポリペプチドおよび第3の参照ポリペプチドを含んでもよい。第1の参照ポリペプチド、第2の参照ポリペプチドおよび第3の参照ポリペプチドはそれぞれ異なる大きさである。一実施形態では、第1の参照ポリペプチドの流体力学的半径が、1nm以上3nm未満であり、第2の参照ポリペプチドの流体力学的半径が、3nm以上6nm未満であり、第3の参照ポリペプチドの流体力学的半径が、6nm以上9nm未満である。
【0015】
参照ポリペプチドは、具体的には、Aprotinin(流体力学的半径1.4nm);Hen egg−white lysozyme(lysozyme)(流体力学的半径1.9nm);Carbonic anhydrase(CA)(流体力学的半径2.1nm);ウシ血清アルブミン(BSA)(流体力学的半径3.5nm);β−アミラーゼ(流体力学的半径5.4nm)、Apo−ferritin(流体力学的半径6.4nm)、Thyroglobulin(流体力学的半径8.6nm)等を使用することができる。これらのうちから、標的ポリペプチドの予想される大きさに応じて2種以上が選択され得る。
【0016】
標的ポリペプチドは、測定対象となるポリペプチドである。標的ポリペプチドは、生体から採取された検体に由来するポリペプチドであってよい。検体として、例えば、全血、血漿、血清、脳脊髄液、尿等を挙げることができる。標的ポリペプチドは、タンパク質、タンパク質の断片、またはポリペプチドの凝集体であり得る。ポリペプチドの凝集体は、「重合体」または「多量体」とも呼ばれ、複数のモノマー分子が物理的および/または化学的に重合して形成される。凝集体の具体例は、フォン・ヴィレブランド因子凝集体、アミロイドβ凝集体、タウタンパク質凝集体、血清−アミロイド−A−タンパク質凝集体、IgG−軽鎖凝集体、AapoAI凝集体、AapoAII凝集体、ATTR凝集体、DISC1凝集体、FUS凝集体、IAPP凝集体、SOD1凝集体、α−シヌクレイン凝集体、TDP−43凝集体、ハンチンチン凝集体、リゾチーム凝集体などである。ポリペプチドの凝集体は、疾患の存否などの判定に用いられ得る。例えば、フォン・ヴィレブランド因子は、健常人の血中では凝集体(フォン・ヴィレブランド因子マルチマー)として存在するが、後天性フォン・ヴィレブランド因子症候群ではこの凝集体が分解されていることがある。すなわち、フォン・ヴィレブランド因子の大きさに関する情報は、後天性フォン・ヴィレブランド因子症候群の指標となり得る。また、アミロイドβ凝集体、タウタンパク質凝集体などの大きさに関する情報はアルツハイマー病などの神経性疾患の指標となり得る。
【0017】
蛍光相関分光法(以下、「FCS」と呼ぶことがある)は、1つの分子に結合した1色の蛍光色素を検出する方法である。蛍光相互相関分光法(以下、「FCCS」と呼ぶことがある)は、1つの分子に結合した2色の蛍光色素を検出する方法である。FCSまたはFCCSによる解析を行う装置は公知である。例えば、倒立顕微鏡Zeiss AxioObserver(カールツァイス株式会社)と同社のZen softwareを組み合わせることによりFCSおよびFCCSの両方の解析が可能である。また、FCSの解析装置として、例えば蛍光相関分光装置FCSコンパクトシリーズ(浜松ホトニクス株式会社)を挙げることができる。FCCSの解析装置として、例えば蛍光相互相関分光装置FCCSコンパクト(浜松ホトニクス株式会社)を挙げることができる。
【0018】
拡散時間は、一般的に記号τ等で表され、例えばマイクロ秒(μs)あるいはミリ秒等の単位で表すことができる。
【0019】
FCSまたはFCCSによって取得される大きさに関する情報として、流体力学的半径、流体力学的直径、体積などが例示される。流体力学的半径および流体力学的直径は、例えばナノメートル(nm)等の単位で表すことができる。体積は、立方ナノメートル(nm)等の単位で表すことができる。
【0020】
FCSにおいて使用する蛍光色素は、1色であるため、FCS解析装置が検出できる範囲のいずれの蛍光色素も使用することができる。
【0021】
一方、FCCSは、2種類の蛍光色素を使い、これらの蛍光色素をほぼ同時に検出する。このため、使用する2種類の蛍光色素の蛍光波長は、互いに異なることが好ましい。例えば、2色の蛍光色素のうち一方の蛍光色素の蛍光波長のピークが400nmから550nmの範囲である場合、もう一方の蛍光色素の蛍光波長のピークは、600nmから800nmの範囲であることが好ましい。励起波長で表現すると、2色の蛍光色素のうち一方の蛍光色素の励起波長のピークが400nmから500nmの範囲である場合、もう一方の蛍光色素の励起波長のピークは、530nmから700nmの範囲であることが好ましい。例えば、一方の蛍光色素にAlexa Fluor(商標) 488、FITC、Cy3、Cy2等を使用する場合には、もう一方の蛍光色素にAlexa Fluor(商標) 647、ローダミン、Cy5等を使用することができる。蛍光スペクトルが重なる2種類の蛍光色素を使用する場合には、例えば、バンドパスフィルター等を介して蛍光シグナルを検出してもよい。
【0022】
標的ポリペプチドに標識する蛍光色素と、参照ポリペプチドに標識する蛍光色素は、同じであることが好ましい。
【0023】
参照ポリペプチドまたは標的ポリペプチドには、公知の方法により共有結合などの化学結合を介して蛍光色素を標識することができる。以下、化学結合を介する蛍光標識方法を直接標識法ともいう。例えば、アミノラベリング、チオールラベリング等を利用して蛍光色素をポリペプチドに共有結合により標識することができる。アミノラベリングは、蛍光色素のN−ヒドロキシスクシンイミド(NHS)エステル、sulfodicholorphenol(SDP)エステル、tetrafluorophenyl(TFP)エステル等を使用し、前記エステルと、ポリペプチドのアミンとのアミンカップリング反応により蛍光色素を標識することができる。また、チオールラベリングは、蛍光色素のマレイミド誘導体とポリペプチドのチオール基との共有結合により、蛍光色素を標識することができる。
【0024】
標識を行う際、ポリペプチドと蛍光色素エステルまたは蛍光色素誘導体は所定の反応バッファー内で混合される。ポリペプチドと蛍光色素エステルまたは蛍光色素誘導体の混合比は、ポリペプチド1モルに対して、蛍光色素エステルまたは蛍光色素誘導体2モルから50モルとすることができる。2つの蛍光色素を使用する場合には、例えば、ポリペプチド1モルに対して、第1の蛍光色素エステルまたは第1の蛍光色素誘導体2モルから50モルおよび第2の蛍光色素エステルまたは第2の蛍光色素誘導体2モルから50モルとすることができる。第1と第2の蛍光色素エステルまたは蛍光色素誘導体のモル比は同じになるように混合することが好ましい。
【0025】
標識反応は、暗所で、例えば20℃から28℃で攪拌しながら、30分から2時間程度行うことができる。
【0026】
蛍光標識されたポリペプチドは、反応液を脱塩・バッファー交換用カラム等を使用して脱塩し、未反応の蛍光色素エステルまたは蛍光色素誘導体を除去することにより精製することができる。脱塩・バッファー交換用カラムとして、例えば、HiTrap Desalting(GE Healthcare Cat. No. 29048684)を使用することができる。
【0027】
別の実施形態として、参照ポリペプチドまたは標的ポリペプチドに蛍光標識プローブを使用して、公知の方法によりプローブを介して蛍光色素を標識することができる。以下、プローブを介する蛍光標識方法を間接標識法ともいう。ここで、プローブは、個々の参照ポリペプチド、または標的ポリペプチド等に特異的に結合できる限り制限されない。本明細書では、特異的に結合するとは、測定に悪影響を及ぼさない程度の非特異的な反応を含んでよいことを意味する。プローブには、抗体、レクチン、アプタマー等が含まれる。プローブは好ましくは抗体である。抗体には、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、およびそれらの断片(例えば、Fab、F(ab’)、F(ab)等)のいずれも用いることができる。免疫グロブリンのクラスおよびサブクラスは特に制限されない。前記抗体は、抗体ライブラリからスクリーニングされたものであってもよく、キメラ抗体、scFv、シングルドメイン抗体(sdAb)等であってもよい。また、抗体には、ラクダ科動物由来重鎖抗体のVHH(variable domain of heavy chain of heavy chain antibody)ドメイン、軟骨魚類(例えばサメ)重鎖抗体IgNAR(new antigen receptor)由来のVNAR(variable new antigen receptor)ドメイン等も含み得る。蛍光標識プローブとして使用される抗体は、それ自体の分子サイズが小さいFab、VHH、VNAR、scFvを使用することが好ましい。
【0028】
FCSでは、個々の参照ポリペプチド、または標的ポリペプチドに結合するプローブには、同じ蛍光波長の蛍光色素、好ましくは同じ蛍光色素を標識することができる。
【0029】
FCCSでは、前記1−1.で述べた蛍光波長の異なる2種類の蛍光色素をポリペプチドに結合させて、参照ポリペプチドが2種類の蛍光色素を含むように蛍光標識を行うことができる。この場合、2種類の蛍光色素のうち一方の蛍光色素を含む第1プローブと、他方の蛍光色素を含む第2プローブとをポリペプチドに結合させることが好ましい。標的ポリペプチドについても同様に、蛍光波長の異なる2種類の蛍光色素を異なる2つのプローブに結合させて標的ポリペプチドが2種類の蛍光色素を含むように蛍光標識を行うことができる。このとき、参照ポリペプチドに標識される2種類の蛍光色素は、標的ポリペプチドに標識される蛍光色素と同じであることが好ましい。
【0030】
第1プローブと第2プローブが認識するポリペプチド内の領域は、異なっていても同じであってもよいが、異なっていることが好ましい。プローブが抗体の場合、第1蛍光色素を含む第1抗体のエピトープと第2蛍光色素を含む第2抗体のエピトープは、1つのポリペプチド内の異なる部位であることが好ましい。
【0031】
蛍光標識プローブは、PBS等のバッファー内、検体内、または希釈検体内で、個々の参照ポリペプチド、または標的ポリペプチドと混合し結合させることができる。希釈検体は、PBS、生理食塩水等で1.5倍から10倍程度に希釈された検体であり得る。反応時間は、例えば、室温(約23℃から27℃)、3分から7分程度である。蛍光標識抗体は、例えば、タンパク質濃度で50nMから150nM程度添加することができる。この反応により、蛍光標識された各参照ポリペプチド、または蛍光標識された標的ポリペプチドを調製することができる。
【0032】
1−2.標的ポリペプチドの情報取得方法
本発明のある実施形態は、標的ポリペプチドの情報取得方法(以下、単に「情報取得方法」と呼ぶことがある)に関する。情報取得方法は、FCSまたはFCCSにより、蛍光標識した標的ポリペプチドの拡散時間と、蛍光標識した複数の参照ポリペプチドの拡散時間を取得する第1の工程と、蛍光標識した複数の参照ポリペプチドの拡散時間に基づいて、蛍光標識した標的ポリペプチドの大きさに関する情報を取得する第2の工程と、を含む。
【0033】
(1)第1の工程:拡散時間取得工程
第1の工程では、各標準サンプルから、蛍光標識した参照ポリペプチドの拡散時間が取得される。標準サンプルは、直接標識により蛍光標識した参照ポリペプチドまたは間接標識により蛍光標識した参照ポリペプチドを用いて調製され得る。標準サンプルには、蛍光標識した第1の参照ポリペプチドを含む第1の標準サンプルと、蛍光標識した第2の参照ポリペプチドを含む第2の標準サンプルとが含まれる。したがって、各標準サンプルから取得される拡散時間は、蛍光標識した第1の参照ポリペプチドの拡散時間、および蛍光標識した第2の参照ポリペプチドの拡散時間を含む。標準サンプルが蛍光標識した第3の参照ポリペプチドを含む第3の標準サンプルをさらに含む場合には、標準サンプルから取得される拡散時間は、少なくとも蛍光標識した第1の参照ポリペプチドの拡散時間、蛍光標識した第2の参照ポリペプチドの拡散時間、および蛍光標識した第3の参照ポリペプチドの拡散時間を含む。
【0034】
各参照ポリペプチドを直接標識法により蛍光標識する場合、一実施形態では、水性溶媒中で参照ポリペプチドと蛍光色素とを反応させ、その反応液を標準サンプルとして用いることができる。別の実施形態では、蛍光標識された参照ポリペプチドと水性溶媒とを混合し、その混合液を標準サンプルとして用いることができる。標準サンプルは、参照ポリペプチドごとに調製される。本明細書における「水性溶媒」は、液状の溶媒であれば特に限定されない。水性溶媒としては、水、緩衝液、生理食塩水などが例示される。また、生体から採取された液状の検体を「水性溶媒」として用いてもよい。検体は、細胞などの不溶性成分を含んでいてもよく、全血、血漿、血清、脳脊髄液、尿等の検体が例示される。また、検体は必要に応じて公知の方法により不溶性成分の除去や希釈などの前処理を行ってもよい。
【0035】
参照ポリペプチドを間接標識法により蛍光標識する場合、一実施形態では、水性溶媒中で参照ポリペプチドと蛍光プローブとを反応させる。この実施形態ではその反応液を標準サンプルとして用いることができる。別の実施形態では、蛍光標識された参照ポリペプチドと水性溶媒とを混合し、その混合液を標準サンプルとして用いることができる。
【0036】
さらに、第1の工程では、測定サンプルから、蛍光標識された標的ポリペプチドの拡散時間が取得される。
【0037】
直接標識法により蛍光標識した標的ポリペプチドまたは間接標識法により蛍光標識した標的ポリペプチドを用いて測定サンプルを調製することができる。標的ポリペプチドを直接標識法により蛍光標識する場合、一実施形態では、水性溶媒中で標的ポリペプチドと蛍光色素とを反応させ、その反応液を測定サンプルとして用いることができる。
【0038】
標的ポリペプチドを間接標識法により蛍光標識する場合、一実施形態では、水性溶媒中で標的ポリペプチドと蛍光プローブとを反応させる。この実施形態ではその反応液を測定サンプルとして用いることができる。別の実施形態では、蛍光標識された標的ポリペプチドと水性溶媒とを混合し、その混合液を測定サンプルとして用いることができる。
【0039】
液中の分子の拡散時間は水性溶媒の粘度が影響する。したがって、好ましくは、蛍光標識した参照ポリペプチドを含む水性溶媒の粘度と、蛍光標識した標的ポリペプチドを含む水性溶媒の粘度とは同程度である。より好ましくは、蛍光標識した参照ポリペプチドを含む水性溶媒と、蛍光標識した標的ポリペプチドを含む水性溶媒とが同じである。測定サンプルが蛍光標識した標的ポリペプチドが生体から採取された検体などの不純物を含む水性溶媒に含まれる場合には、標準サンプルは蛍光標識した各参照ポリペプチドと、測定サンプルに用いた水性溶媒と同じ水性溶媒とを混合することにより調製されることが好ましい。この場合、より好ましい実施形態では、生体から採取された検体などの水性溶媒を複数に分割し、一方には標的ポリペプチドを標識する蛍光標識プローブが添加され、他方には蛍光標識した参照ポリペプチドが添加される。これにより、蛍光標識した標的ポリペプチドを含む測定サンプルと、蛍光標識した参照ポリペプチドを含む標準サンプルとが調製され得る。より具体的には、生体から採取された標的ポリペプチドを含む検体を第1アリコート、第2アリコートおよび第3アリコートに分割する。第1アリコートと標的ポリペプチドと結合する蛍光標識プローブとを混合することにより、蛍光標識した標的ポリペプチドを含む測定サンプルを調製することができる。第2アリコートと蛍光標識した第1の参照ポリペプチドとを混合することにより、第1の標準サンプルを調製することができる。また、第3アリコートと蛍光標識した第2の参照ポリペプチドとを混合することにより、第2の標準サンプルを調製することができる。
【0040】
蛍光標識された各参照ポリペプチドまたは蛍光標識された標的ポリペプチドを含む測定サンプルの粘度は、23℃で、0.800〜30.00mPa.s程度であることが好ましい。また、ペプチド溶液に含まれる蛍光色素の量は、0.1nMから1000nM程度となるように調製することが好ましい。
【0041】
一実施形態では、標的ポリペプチドと蛍光色素との結合様式は、参照ポリペプチドと蛍光色素との結合様式と同じである。例えば、標的ポリペプチドに直接標識により蛍光色素が結合している場合、参照ポリペプチドには直接標識により蛍光色素が結合してよい。標的ポリペプチドに間接標識により蛍光色素が結合している場合、参照ポリペプチドには間接標識により蛍光色素が結合してよい。この場合、標的ポリペプチドと蛍光色素との間接標識に用いられる蛍光標識プローブの種類は、参照ポリペプチドと蛍光色素との間接標識に用いられる蛍光標識プローブの種類と同じであることが好ましい。具体例としては、標的ポリペプチドが、当該標的ポリペプチドに特異的に結合する蛍光標識抗体により標識され、参照ポリペプチドは、当該参照ポリペプチドに特異的に結合する蛍光標識抗体により標識される。
【0042】
別の実施形態では、標的ポリペプチドと蛍光色素との結合様式は、参照ポリペプチドと蛍光色素との結合様式と相違する。参照ポリペプチドはポリペプチドの大きさに関する情報について標的ポリペプチドの参照となることができればよいため、必ずしも結合様式が同じである必要はない。例えば、標的ポリペプチドに直接標識により蛍光色素が結合している場合、参照ポリペプチドには間接標識により蛍光色素が結合してよい。標的ポリペプチドに間接標識により蛍光色素が結合している場合、参照ポリペプチドには直接標識により蛍光色素が結合してよい。具体例としては、標的ポリペプチドが、当該標的ポリペプチドに特異的に結合する蛍光標識抗体により標識され、参照ポリペプチドは、当該参照ポリペプチドは共有結合を介して蛍光色素により標識される。
【0043】
後述する拡散時間の取得において、測定サンプル中の蛍光標識した標的ポリペプチドの拡散時間と、第1の標準サンプル中の蛍光標識した第1の参照ポリペプチドの拡散時間と、第2の標準サンプル中の蛍光標識した第2の参照ポリペプチドの拡散時間とがそれぞれ取得され得る。
【0044】
各サンプルは、例えば、384ウェルのガラス底プレート(Sigma−Aldrich,M4437−16EA)等に30μl程度ずつ独立して分注し、測定に供する。標準サンプルおよび測定サンプルの測定時の温度は、同程度にすることが好ましく、例えば、23℃から25℃程度で測定することがより好ましい。
【0045】
測定に使用するレーザーは、各サンプルに含まれる蛍光色素を励起できる限り制限されない。レーザーは、1fL領域程度まで焦点を絞り、サンプル中の蛍光標識ポリペプチドが共焦点領域を通過した時に発する蛍光シグナルを検出する。FCSでは、1つのレーザーを使って蛍光色素を励起し、経時的に蛍光シグナルを取得する。FCCSでは、2つのレーザーを使って蛍光色素を励起し、経時的に蛍光シグナルを取得する。検出された蛍光シグナルの生データは、信号強度と測定時間とで表されるデータ群である。この生データの処理は、FCSとFCCSとで異なるため、以下に両者を分けて説明する。
【0046】
生データには、必要に応じてベースラインのドリフトまたはバースト(平均蛍光輝度と3倍以上高い蛍光信号)を示す測定値を削除する前処理を行ってもよい。
【0047】
(i)FCS
上述したFCS解析装置により、単一波長の光子計測の生データを取得する。生データの自己相関分析を行い、自己相関関数の生曲線を取得する。自己相関関数の曲線に対して適切なフィッティングモデルによるフィッティングを行い、相関関数G(τ)とlag time(τ)によって引かれる相関曲線を求める。
【0048】
測定サンプルおよび標準サンプルが、生体から採取した検体を用いて調製される場合、2成分モデルで自己相関関数によるフィッティングを行うことができる。2成分モデルで使用する1成分目は、例えば未反応の蛍光標識プローブとすることができる。2成分目は、各ポリペプチドとこれらに対応する蛍光標識プローブとの各複合体とすることができる。例えば、Zen software等の解析ソフトウエア上で、1成分モデルを選択し、蛍光標識プローブごとに、1成分目の拡散時間を測定する。次に、同じソフトウエア上で、2成分モデルを選択し、1成分目の拡散時間を先に測定した1成分目の拡散時間に固定し、2成分目の拡散時間を測定する。
【0049】
(ii)FCCS
上述したFCCS解析装置により、2波長の光子計測生データを取得する。生データの相互相関分析を行い、相互相関関数の生曲線を取得する。相互相関関数の曲線に対して適切なフィッティングモデルでフィッティングを行い、例えばX軸がlag time (τ)、Y軸が相互相関関数G(τ)で表される相関曲線を得る。具体的な関数は実施例のEq.1A、Eq.1B、Eq.2、及びEq.3に示す。
【0050】
FCCSでは、1成分モデルで相関関数のフィッティングを行うことができる。1成分は、各ポリペプチドとこれらに対応する蛍光標識プローブとの各複合体である。Zen software等のソフトウエア上で、1成分モデルを選択し、各複合体の拡散時間を測定する。FCCSは1つのポリペプチドに対して2種類の蛍光色素を使用するため、より精度の高い解析が可能である。
【0051】
ここで、τ=0の時のG(τ)の値を原点の値とし、拡散時間は原点の値が1/2となったときのlag time τを示す。具体的には、lag time(τ)が0であるG(τ)値、すなわちG(0)がaである場合、拡散時間は、G(τ)=a×1/2となるlag time τを意図する。より具体的には、相関関数G(τ)において、G(0)の時の値を1に換算した時、拡散時間は、G(τ)=0.5となるlag time τである。したがって、相関関数G(τ)は、最大値が「1」、最小値が「0」となるように基準化してもよい。相関関数G(τ)を基準化する場合、最大値および最小値の組み合わせは、適宜設定することができる。例えば、最大値が「2」および最小値が「1」である組み合わせとしてもよく、最大値が「100」および最小値が「0」である組み合わせ等としてもよい。
【0052】
(2)第2の工程:情報取得工程
第1の工程で得られた各標準サンプルに含まれる参照ポリペプチドの所定のG(τ)値に対応する拡散時間を参照として、標的ポリペプチドの拡散時間から、標的ポリペプチドの大きさに関する情報を取得することができる。蛍光標識した第1の参照ポリペプチドの拡散時間、および蛍光標識した第2の参照ポリペプチドの拡散時間が取得されている場合には、これらを参照として、標的ポリペプチドの大きさに関する情報を取得する。蛍光標識した第1の参照ポリペプチドの拡散時間、蛍光標識した第2の参照ポリペプチドの拡散時間、および蛍光標識した第3の参照ポリペプチドの拡散時間が取得されている場合には、これらを参照として、標的ポリペプチドの大きさに関する情報を取得する。
【0053】
好ましくは、各標準サンプルに含まれる参照ポリペプチドの所定のG(τ)値に対応する拡散時間とあらかじめわかっている各々の参照ポリペプチドの大きさに基づいて回帰式を求め検量線を作成する。参照ポリペプチドの所定のG(τ)値と同じ標的ポリペプチドのG(τ)値に対応する拡散時間を取得する。取得した標的ポリペプチドの拡散時間を検量線にあてはめ、標的ポリペプチドの大きさに関する情報を取得する。ここで求められる標的ポリペプチドの大きさは、蛍光標識されていない標的ポリペプチドの大きさである。
【0054】
(3)実施形態の一例
本実施形態の方法の原理について、図1に示す具体例を用いて説明する。図1に示す例はあくまで一例であり、本発明は、この例に限定して解釈されるものではない。図1には、蛍光相互相関分光法を用いた情報取得方法を示す。
【0055】
工程Aにおいて蛍光色素で標識した複数の参照ポリペプチドについて、FCCSにより拡散時間(lag timeともいう)τを取得する。溶液中の分子は、ブラウン運動等により常に自由に移動している。FCSおよびFCCSは、共焦点レーザーを用い、溶液中の分子が共焦点領域を通過した時に発する蛍光シグナルを検出する。検出された蛍光シグナルの生データは、信号強度と測定時間とで表される。これを、FCCSでは相互相関関数でフィッティングし、例えばX軸が拡散時間(τ)、Y軸が相関関数G(τ)で表される相関曲線が得られる。FCSの場合には、検出された蛍光シグナルの生データを自己相関関数でフィッティングし、相関関数G(τ)の曲線を得ることができる。ここで、工程Aに示されている相関関数G(τ)は基準化後の相関曲線である。
【0056】
工程Bにおいて、検量線が作成される。参照ポリペプチドは、あらかじめ大きさがわかっているため、それぞれの参照ポリペプチドにおける一定のG(τ)値に対応する拡散時間と、それぞれの参照ポリペプチドの大きさ(ここでは、流体力学的半径)から回帰式を求め、検量線を作成することができる。
【0057】
工程Cは、蛍光標識した標的ポリペプチドの拡散時間を求める工程である。拡散時間は、参照ポリペプチドの拡散時間と同様に求めることができる。
【0058】
工程Aと工程Cは、蛍光標識した標的ポリペプチドの拡散時間と、蛍光標識した複数の参照ポリペプチドの拡散時間を取得する工程に相当する。工程Aと工程Cの順序は限定されない。工程Cの前に工程Aを行ってもよいし、工程Aの前に工程Cを行ってもよいし、工程Aと工程Cとを同時に行ってもよい。
【0059】
工程Dは、工程Bで作成した検量線と、工程Cで求めた標的ポリペプチドの拡散時間から、標的ポリペプチドの大きさに関する情報を取得する工程である。検量線を作成した時のG(τ)値に対応する標的ポリペプチドの拡散時間を検量線にあてはめ、標的ポリペプチドの分子の大きさに関する情報を取得する。
【0060】
2.試薬キット
本発明のある実施形態は、試薬キットに関する。試薬キットは、上記1−2.で述べた蛍光標識した複数の参照ポリペプチドを含む。この試薬キットは、標的ポリペプチドの大きさに関する情報を取得するためのキャリブレータとして用いられ得る。蛍光標識した複数の参照ポリペプチドは、それぞれ別の容器に収容されていることが好ましい。試薬キットは、図2に例示するキットとしてユーザに提供され得る。試薬キット50は、外装箱55と、蛍光標識された第1の参照ポリペプチドを格納する第1容器51と、蛍光標識された第2の参照ポリペプチドを格納する第2容器52と、蛍光標識された第3の参照ポリペプチドを格納する第3容器53と、試薬キットの添付文書54とを含む。添付文書54には、試薬キットの取り扱い方法、保管条件、使用期限などを記載しておくことができる。希釈用の水性溶媒を含む容器などを外装箱55に同梱してもよい。
【0061】
また、試薬キットは、複数の参照ポリペプチドと、前記複数の参照ポリペプチドのそれぞれと結合する蛍光標識抗体を含む試薬キットとしてユーザに提供されてもよい。
【0062】
複数の参照ポリペプチドのそれぞれと結合する蛍光標識抗体は、1つの参照ポリペプチドに対して結合する第1の蛍光標識抗体と第2の蛍光標識抗体を含んでいてもよい。好ましくは、第1の蛍光標識抗体は、標識されている蛍光色素の蛍光波長が前記第2の蛍光標識抗体に標識されている蛍光色素の蛍光波長と異なる。また、第1の蛍光標識抗体のエピトープは、第2の蛍光標識抗体のエピトープとは異なることが好ましい。
【実施例】
【0063】
以下に、実施例を用いて本発明についてより詳細に説明する。しかし、本発明は、実施例に限定して解釈されるものではない。
【0064】
I.方法
1.参照ポリペプチド
参照ポリペプチドとして、Aprotinin(Sigma-Aldrich, A3886-1VL, 流体力学的半径1.4 nm);Hen egg-white lysozyme(lysozyme)(Sigma-Aldrich, L4919-500MG, 流体力学的半径1.9 nm);Carbonic anhydrase(CA)(Sigma-Aldrich, C7025-1VL, 流体力学的半径2.1 nm);ウシ血清アルブミン(BSA)(Sigma-Aldrich, A8531-1VL, 流体力学的半径3.5 nm);β−アミラーゼ(Sigma-Aldrich, A8781-1VL, 流体力学的半径5.4 nm)、Apo-ferritin(Sigma-Aldrich, A3660-1VL, 流体力学的半径6.4 nm)、Thyroglobulin(Sigma-Aldrich, T1001-100MG, 流体力学的半径8.6 nm)を使用した。
【0065】
2.ポリペプチドへの蛍光標識
(1)蛍光色素のポリペプチドへの直接標識
Alexa Fluor(商標) 647 (Invitrogen, Cat. No. A20006)、および/またはAlexa Fluor(商標) 488 (Invitrogen, Cat. No. A20000)のN-hydroxy succinimidyl (NHS) esterを用いて参照ポリペプチドおよび標的ポリペプチドのアミンに、アミンカップリング反応により蛍光色素を標識した。FCSで測定する各ポリペプチドには、上記のうちいずれか1種類の蛍光色素を標識した。FCCSで測定する各ポリペプチドには、上記の2種類の蛍光色素を標識した。
アミンカップリング反応は、蛍光色素とポリペプチドとをPBSの中で混合し、暗所の室温で400 rpmで攪拌しながら1時間行った。
【0066】
FCSでは、ポリペプチドと蛍光色素のNHS esterの混合比は、モル比で、Aprotinin:蛍光色素=1:2、CA:蛍光色素=1:2、lysozyme:蛍光色素=1:2、BSA:蛍光色素=1:5、β−アミラーゼ:蛍光色素=1:20、Apo-ferritin:蛍光色素=1:20、Thyroglobulin:蛍光色素=1:50とした。FCCSにおいて2つの蛍光色素を使用する場合には、例えば、モル比をAprotinin:第1の蛍光色素:第2の蛍光色素=1:2:2のように、第1と第2の蛍光色素のモル比は同じになるように混合した。
【0067】
アミンカップリング反応後に、HiTrap Desalting column (GE Healthcare Cat. No. 29048684)を使って、反応液を脱塩し、未反応の蛍光色素を除去した。脱塩後の反応液を、さらにTSKgel G3000SWXL column (TOSOH Cat. No. 08541)を使った超高速液体クロマトグラフィ(Ultra High Performance Liquid Chromatography, UHPLC)に供し、蛍光標識ポリペプチドの品質を解析した。
【0068】
蛍光標識ポリペプチドの品質は、230 nmから700 nmの領域の蛍光スペクトルを取得し、タンパク質に由来する280 nmの領域と、各蛍光色素の蛍光波長領域のピークを観察することで評価した。
【0069】
(2)蛍光色素のポリペプチドへの間接標識
間接標識は、血清や血漿のように多数の成分を含む検体中の標的ポリペプチドを検出する測定で使用した。
【0070】
標的ポリペプチドに対するAlexa Fluor(商標) 647またはAlexa Fluor(商標) 488を結合した標識抗体を検体に含まれる各ポリペプチドと反応させることにより、標的ポリペプチドに間接的に蛍光標識をした。FCCSで測定する各ポリペプチドには、Alexa Fluor(商標)647標識抗体とAlexa Fluor(商標)488標識抗体の両方を使って標識した。
【0071】
血清または血漿には、検体と同じ量の蛍光標識抗体溶液を添加した。蛍光標識抗体を添加したあと、暗所、室温、5分間混合し、インキュベートした。その後、13,000 rpm/5分遠心し、上清を測定サンプルとした。
【0072】
3.測定
(1)蛍光標識参照ポリペプチドの測定
水性溶媒としてPBSを用いる場合には、蛍光色素を直接標識した各蛍光標識参照ポリペプチドを100 nMとなるようにPBSに添加し、検量線作成用の標準サンプルとした。水性溶媒として希釈検体を用いる場合には、血清または血漿に各蛍光標識参照ポリペプチドを100 nMとなるように添加し検量線作成用の標準サンプルとした。
【0073】
それぞれの標準サンプルを、ブロッキング試薬N101(日本油脂、71S410050011)であらかじめブロッキングされた384ウェルのガラス底プレート(Sigma-Aldrich, M4437-16EA)に30μlずつ添加し、測定に供した。測定は、LSM710レーザーモジュールを備えたZeiss AxioObserverのConfocor3セットアップで行った。Alexa Fluor(商標) 488は488 nmのレーザーで励起した。Alexa Fluor(商標) 647は、633 nm レーザーで励起した。488 nmおよび633 nmのレーザーは、それぞれ8 mWおよび1.2 mWで出力した。各ウェルあたり1回の測定を20秒間とし、10回の測定を行った。すなわち、各ウェルあたりの総測定時間を 200秒とした。相関関数は、この10回の測定に基づいて算出した。測定時の温度は23℃とした。FCS解析、およびFCCS解析には、Zeiss社のZen softwareを使用した。
【0074】
(2)各関数のフィッティングとポリペプチドのサイズ推定
Zen softwareを使用し、取得した生データに対して、ベースラインのドリフトまたはバースト(平均蛍光輝度と3倍以上高い蛍光信号)を示す測定値を削除する前処理を行った。FCCSにおいて使用する相互相関、及びFCSに使用する自己相関曲線のフィッティングは、3D拡散モデルに基づく1成分または2成分フィッティング(3D、または3D+3D、またはT×3D、またはT×{3D+3D})により行った。
【0075】
3次元1成分相関曲線(3D)を求めるためのフィッティング関数G(τ)は、下記Eq. 1Aで表される。3次元2成分相関曲線(3D+3D)を求めるためのフィッティング関数G(τ)は、下記Eq. 1Bで表される。両方ともの関数は、並進拡散プロセスを示す。相互相関曲線から並進拡散時間を算出する場合、下記Eq.1AまたはEq.1Bのようにフィッティングモデルを使用した。
【0076】
【数1】
【数2】
【0077】
Eq.1Aにおいて、Nは振幅(分子数)を表す。τDは拡散時間(μs)を示す。τは、lag timeを示す。ω(構造因子)は、レーザー焦点体積の横(XY)幅及び縦(Z)軸幅の比(wz/wxy)である。 Eq.1Bにおいて、Qは量子収率である。
【0078】
構造因子は、参照として使用される100 nM のAlexa Fluor(商標) 488 と10 nMのAlexa Fluor(商標) 647の色素混合物から得られた公知の拡散時間に基づいて、測定開始時に毎日割り当てた。
【0079】
三重項状態遷移時間(T)を算出する為、以下Eq.2のようにフィッティングモデルを使用した。
下記Eq. 2は、三重項状態遷移を示す。
【0080】
【数3】
Eq. 2において、Τは、は三重項状態振幅を示す。τTは色素フルオロフォアの三重項状態遷移を示す。
【0081】
自己相関関数の場合は、並進拡散時間及び色素の三重項状態遷移時間両方(T×3D、又はT×{3D+3D})を含めた以下Eq. 3のようにフィッティングモデルを使用した。
【0082】
【数4】
上記各数式は公知(Krichevsky and Bonnet, 2002. Fluorescent Correlation Spectroscopy, the technique and its applications. Rep. Prog. Phys.65 251)である。
【0083】
(i)検体を用いたFCS解析
FCSは、2成分モデルで自己相関関数のフィッティングを行った。1成分目を未反応蛍光標識抗体とした。2成分目は、各参照ポリペプチドとこれらに対応する蛍光標識抗体との各免疫複合体とした。はじめに、Zen software 上で、1成分モデルを選択し、蛍光標識抗体ごとに、1成分目の拡散時間を、抗原を含まない別の独立した実験系で測定した(Tp488またはTp647)。次に、Zen software 上で、2成分モデルを選択し、1成分目の拡散時間を先に測定した1成分目の拡散時間(Tp488またはTp647)に固定した。2成分目の拡散時間を測定した。取得された拡散時間と、各参照ポリペプチドの流体力学的半径(nm)の回帰式を求め、検量線を作成した。
【0084】
標的ポリペプチドについても、参照ポリペプチドと同様に拡散時間を求め、検量線から、流体力学的半径を算出した。
【0085】
(ii) 希釈検体を用いたFCCS解析
FCCSは、1成分モデルで相関関数のフィッティングを行った。1成分は、各ポリペプチドとこれらに対応する蛍光標識抗体との各免疫複合体である。Zen software 上で、1成分モデルを選択し、各免疫複合体の拡散時間を測定した。取得された拡散時間と、各参照ポリペプチドの流体力学的半径(nm)の回帰式を求め、検量線を作成した。
標的ポリペプチドについても、参照ポリペプチドと同様に拡散時間を求め、検量線から、流体力学的半径を算出した。
【0086】
II.比較例1
比較例1として、非特許文献1に記載の比例転換を用いた。図3に比例転換の概略を示す。比例転換では、はじめに、スタンダードとして流体力学的半径RHCが既知のAlexa Fluor(商標) 488(流体力学的半径RHC=0.7 nm)の拡散時間と、Alexa Fluor(商標) 647(流体力学的半径RHC=0.8 nm)の拡散時間とをFCSにより測定した(図3の工程1)。測定時の温度は23℃とした。続いて、スタンダードの自己相関関数を求め、蛍光色素の拡散時間を補正した(図3の工程2)。続いて、蛍光標識標的ポリペプチドの拡散時間をFCSで測定し、蛍光色素の拡散時間τDC(μs)と蛍光標識標的ポリペプチドの拡散時間τD(μs)と、スタンダードとして流体力学的半径RHCから、蛍光標識標的ポリペプチドの流体力学的半径RHを求めた。
【0087】
III.実施例1
上記I.において説明した方法にしたがい、水性溶媒としてPBSまたは希釈検体を用い、参照ポリペプチドとして、Aprotinin、lysozyme、CA、BSA、β-Amylase、Apo-ferritin、Thyroglobulinを用いてFCCSにて拡散時間を測定し、検量線を作成した。さらに、血清1例、被検者が異なる血漿2例を検体として用いて、検量線を作成した。
【0088】
図4に、水性溶媒としてPBSを用いた場合と希釈血漿を用いた場合の拡散時間(lag time(s))の違いを示す。図4(A)は、PBS内で流体力学的半径を測定し、基準化した後の結果を示す。図4(B)は、希釈血漿内で流体力学的半径を測定し、基準化した後の結果を示す。図4(B)では、図4(A)に比べて、相関曲線が右にシフトした。また、図4(C)は、水性溶媒としてPBSを用いた場合と希釈血漿を用いた場合における検量線の違いを示す。検量線の傾きは、水性溶媒としてPBSを用いた場合と希釈血漿を用いた場合で変わらないが、PBSの方が接片が低くなった。このことから、PBSよりも粘度の高い希釈血漿では、分子移動速度が遅くなることが示された。
【0089】
図5に、異なる3種の検体を使用し取得した検量線を示す。図5(A)は、希釈血清を使用して測定した拡散時間に基づいて作成した検量線である。図5(B)は、希釈血漿1を使用して測定した拡散時間に基づいて作成した検量線である。図5(C)は、希釈血漿1とは異なる希釈血漿2を使用して測定した拡散時間に基づいて作成した検量線である。血漿と比べて、血清は拡散時間が短かった。また血漿に関しても、検体によって、拡散時間に差があることが示された。
【0090】
これらの結果から、標的ポリペプチドの大きさを予測するためには、参照ポリペプチドの測定も標的ポリペプチドと同等の溶媒環境で行い、検量線を作成することが好ましいと考えられた。
【0091】
また、参照ポリペプチドのそれぞれを標的ポリペプチドと仮定し、本発明のFCCSの希釈検体を用いた測定系で得られた検量線に基づいて、各参照ポリペプチドの流体力学的半径の予測値を算出した。検体は、血清、血漿1または血漿2を用いた。そして、ゲル濾過クロマトグラフィマーカとして記載されている分子サイズを流体力学的半径の理論値として予測値と理論値の間の差、および差の絶対値を求めた。図6(A)にβ-Amylaseについて求めた差の値を示す。また、図6(B)に、各検体において、各参照ポリペプチドについて求めた差の絶対値と参照ポリペプチドの流体力学的半径との関係を示す。
【0092】
さらに、比較例1の方法にしたがって、同様に参照ポリペプチドの予測値を算出し、それぞれの参照ポリペプチドの理論値と比較した。その結果を図7に示す。図7(A)は、β-Amylaseについて求めた予測値と理論値の差の値を示す。図7(B)は、各検体において、各参照ポリペプチドについて求めた差の絶対値と参照ポリペプチドの分子サイズとの関係を示す。比較例1に記載の方法では、スタンダードとして、Alexa Fluor(商標) 488およびAlexa Fluor(商標) 647の蛍光色素を用いた場合でも、予測値と理論値の差が大きかった。また、3種類の検体のいずれを用いた場合であっても、予測値と理論値の差が大きかった。特に、参照ペプチドの流体力学的半径が大きくなるほど、予測値と理論値の差が大きくなることが示された。
【0093】
これらの結果から、本発明の情報収集方法の方が、比較例よりも予測精度が高いことが示された。
【0094】
IV.実施例2
大きなサイズのポリペプチドについて、本発明の情報の取得方法により流体力学的半径の予測が可能であることを証明するため、FCCSを用いた本発明の情報取得方法にしたがって、フォン・ヴィレブランド因子(von Willebrand factor:VWF;分子量約250kDa)の分子サイズを予測した。
【0095】
陽性サンプルとして、終濃度で、25nMとなるようにリコンビナントVWFタンパク質(Merck、681300-100UGCN)を血漿に添加したサンプルを調製した。陰性サンプルとして、リコンビナントVWFタンパク質を添加せず、リコンビナントVWFタンパク質溶液と同じ量のバッファーを血漿に添加したサンプルを調製した。陽性サンプルと陰性サンプルは、以下に示す同様の処理を行った。
【0096】
各サンプルに、Alexa Fluor(商標)488標識2F2A9抗体(BD Biosciences、555849)およびAlexa Fluor(商標)647標識NMC4 Fabを終濃度でそれぞれ100nMとなるように添加し、暗所室温で、5分間反応させた。NMC4 Fabは、公知のNMC4 Fabのアミノ酸配列から遺伝子組換えにより作製した。
上記3.に記載の方法にしたがって、FCCSの測定を行った。
【0097】
結果を図8に示す。図8(A)は、基準化前の相互相関G(τ)とlag timeを示す。図8(B)は、本発明の情報取得方法に基づいて算出されたリコンビナントVWFタンパク質の予測値、理論値、およびその差を示す。
【0098】
リコンビナントVWFタンパク質の流体力学的半径の理論値は、抗体と反応させていない状態で16.25 nmであり、比較的大きなタンパク質である。このように大きなタンパク質であっても、予測値と実測値の差は2.3 nmと小さく、精度よく予測が可能であることが示された。
【0099】
V.実施例3
小さなサイズのポリペプチドについて、本発明の情報の取得方法により流体力学的半径の予測が可能であることを証明するため、FCCSを用いた本発明の情報取得方法にしたがって、卵白リゾチーム(分子量約14kDa;流体力学的半径3 nm)の流体力学的半径を予測した。
【0100】
陽性サンプルとして、終濃度で、100 nMとなるように卵白リゾチームタンパク質(Sigma-Aldrich、L4919-500MG)を血漿に添加したサンプルを調製した。陰性サンプルとして、卵白リゾチームタンパク質を添加せず、卵白リゾチームタンパク質溶液と同じ量のバッファーを血漿に添加したサンプルを調製した。陽性サンプルと陰性サンプルは、以下に示す同様の処理を行った。
【0101】
各サンプルに、Alexa Fluor(商標)488標識cAB-Lys2 VHHおよびAlexa Fluor(商標)647標識D2L24 VHHを終濃度でそれぞれ100 nMとなるように添加し、暗所室温で、5分間反応させた。cAB-Lys2 VHHおよびD2L24 VHHは、それぞれ公知のcAB-Lys2 VHHのアミノ酸配列およびD2L24 VHHのアミノ酸配列から遺伝子組換えにより作製した。
上記3.に記載の方法にしたがって、FCCSの測定を行った。
【0102】
結果を図9に示す。図9(A)は、基準化前の相互相関G(τ)とlag timeを示す。図9(B)は、本発明の情報取得方法に基づいて算出された卵白リゾチームタンパク質の予測値、理論値、およびその差を示す。
【0103】
卵白リゾチームタンパク質の流体力学的半径の理論値は、抗体と反応させていない状態で3 nmであり、比較的小さなタンパク質である。このように小さなタンパク質であっても、予測値と実測値の差は0.5 nmと小さく、精度よく予測が可能であることが示された。
【0104】
VI.実施例4および比較例2
水性溶媒としてPBSを用いた測定系において、本発明の情報取得方法をFCCSにより実施した場合の予測精度を評価した。
【0105】
実施例4では、上記3.で述べた水性溶媒としてPBSを用いたFCCSの測定系を使用し、上述の2色の蛍光色素で二重標識した参照ポリペプチドを用いて検量線を作成した。それぞれの参照ポリペプチドを標的ポリペプチドと仮定し、それぞれの参照ポリペプチドの流体力学的半径を検量線から求めた。図10(A)は、FCCSでの各参照ポリペプチドの拡散時間(μs)と、流体力学的半径の予測値を示す。また、図10(B)は、図10(A)に基づいて作成した検量線を示す。図10(C)は、実施例4により求められた予測値と理論値の差の絶対値と、精度を示す。精度(%)は、100%から%エラーを差し引くことにより求めた。%エラーは、100×[(差の絶対値)÷(理論値)]の式でもとめた。
【0106】
また、比較例2において、FCCSで測定した拡散時間測定値τDCを使って比較例1と同様に非特許文献1に記載の比例転換により流体力学的半径を予測した。但し、スタンダードは、FCCSで測定できるよう、蛍光色素にかえてAlexa Fluor(商標) 647標識抗BSA抗体、およびAlexa Fluor(商標) 488標識抗BSA抗体を結合させたBSAを用いた。また、測定系はPBSを水性溶媒として用いた。二重蛍光標識BSAの流体力学的半径RHCは、3.5 nmであり、拡散時間測定値τDCは、230 μsである。二重蛍光標識したそれぞれの参照ポリペプチドを標的ポリペプチドと仮定し、それぞれの参照ポリペプチドの流体力学的半径を比較例1の方法にしたがって求めた。図10(D)は、比較例2により求められた予測値と理論値の差の絶対値と、精度を示す。用語の定義は、図10(C)と同様である。
【0107】
比較例2は、スタンダードとしてBSAを用いているため、差の絶対値は0、予測精度は100%となったが、それ以外は本発明の実施例4の方が精度が高かった。
【0108】
VII.実施例5、参考例および比較例3
水性溶媒としてPBSを用いた測定系において、本発明の情報取得方法をFCSにより実施した場合の予測精度を評価した。
【0109】
実施例5では、上記3.で述べた水性溶媒としてPBSを用いたFCSの測定系を使用し、上述の2色の蛍光色素で標識した参照ポリペプチドを用いて検量線を作成した。それぞれの参照ポリペプチドを標的ポリペプチドと仮定し、それぞれの参照ポリペプチドの流体力学的半径を検量線から求めた。検量線を図11(A)は、FCSでの各参照ポリペプチドの拡散時間(μs)と、流体力学的半径の予測値を示す。また、図11(B)は、図11(A)に基づいて作成した検量線を示す。
【0110】
参考例は、非特許文献2に記載のキャリブレータとして蛍光ビーズを使用する方法で測定した例である。図11(C)に示すように、様々な粒子径の蛍光ビーズの拡散時間(m秒)をFCSで測定し、拡散時間と粒子径に基づいて回帰式を作成し、この回帰式に蛍光標識した標的ポリペプチドのFCSで測定した拡散時間をあてはめた。Alexa Fluor(商標) 647標識抗体と反応させたそれぞれの参照ポリペプチドを標的ポリペプチドと仮定して流体力学的半径を求めた。
【0111】
比較例3は、II.で述べた比較例1と同様の方法で、流体力学的半径を求めた例である。スタンダードとして、Alexa Fluor(商標) 647色素を使用した。また、測定系はPBSを水性溶媒として用いた。Alexa Fluor(商標) 647色素の流体力学的半径RHCは、0.8 nmであり、拡散時間測定値τDCは、49 μsである。蛍光標識したそれぞれの参照ポリペプチドを標的ポリペプチドと仮定し、それぞれの参照ポリペプチドの流体力学的半径を比較例1の方法にしたがって求めた。
【0112】
図12(A)は、実施例5の結果を、図12(B)は、参考例の結果を、図12(C)は、比較例3の結果を示す。実施例5は、使用した参照ポリペプチドの範囲において、良好な精度を示した。参考例および比較例3は、流体力学的半径が大きい範囲での精度が実施例5と比べて不良であり、流体力学的半径が実際よりも小さく出る傾向があることが示された。
【0113】
図13(A)は、β-Amylaseの差の絶対値の比較データを示す。図13(B)は、Thyroglobulinの差の絶対値の比較データを示す。実施例5は、どちらのポリペプチドにおいても、参考例および比較例3よりも、差の絶対値が小さかった。
【0114】
異常タンパク質は正常タンパク質と比較して流体力学的半径が大きいことがある。そのような場合は、非特許文献1および非特許文献2に記載の方法では、異常タンパク質の流体力学的半径が実際より小さく見積もられてしまい、偽陰性のリスクがあると考えられた。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13