【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度 国立研究開発法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業、ラビ分裂による化学反応操作法の確立の委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願、及び、平成31年度 国立研究開発法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業、ナノスケールの電気化学イメージング技術の創成の委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【解決手段】リアクタは、その内部で化学物質を反応させて目的物を生成する反応槽と、反応槽を挟んで対向配置された1対のミラーと、ミラーのうちの少なくとも1つを移動させてミラー間の距離を調整するアクチュエータと、ミラーによって構成される光共振器の共振波数を検出する検出装置とを備える。アクチュエータは、化学物質の分子振動と光共振器によって形成される光学モードとを相互作用させて化学反応を制御するように、検出装置によって検出された共振波数に基づいてミラー間の距離を調整する。
前記反応槽は、前記化学物質を含む流体を導入するための入口と、前記化学物質を含む流体及び前記目的物を含む流体のうちの少なくとも一方を排出するための出口と、を有する流路である、請求項1に記載のリアクタ。
前記アクチュエータは、前記目的物に含まれるアルデヒド及びケトンのうちの少なくとも1つの生成量を制御するように、前記検出装置によって検出された共振波数に基づいて前記ミラー間の距離を調整する、請求項4〜6のいずれか1項に記載のリアクタ。
【発明を実施するための形態】
【0009】
<本開示の基礎となった知見>
図1は、光共振器90の構成を示す模式図である。光共振器90は、例えば、互いに向かい合った2枚のミラー91a,91bで構成される。光共振器90の中では、特定の波長の光がミラー91a,91bに繰り返し反射されて、定在波として存在する。ここで、特定の波長λは、ミラー91a,91bの位置が波の節の位置と一致するような波長であり、例えば、ミラー間の距離dの1/2倍、2/3倍、1倍、2倍である。
【0010】
レーザ素子等の光源を用いて、光共振器90の中に特定の波長の光を入射すれば、定在波を生成することができる。光共振器90の中の定在波の準位(光学モード)と、光共振器90内に配置した分子振動の準位とが一致すると、光学モードと分子振動が光子を介して強く相互作用し、振動強結合と呼ばれる状態になる。振動強結合の状態では、光学モードと分子振動の混成状態(振動ポラリトン)のエネルギー準位が上枝(P+)と下枝(P−)の2つに分裂したラビ分裂が生じる。
【0011】
図2は、ラビ分裂を説明するための模式図である。
図2は、分子と光の混成状態をエネルギー準位で示したものである。
図2(a)は、分子のエネルギー準位を示している。ここで、ν-
0は、分子の基底状態のエネルギーを表し、ν
1〜ν
nは、分子の励起状態のエネルギーを表す。
図2(c)は、光共振器90の中の定在波、すなわち光学モードのエネルギー準位を表す。
図2(b)は、光学モードと分子振動の混成状態におけるエネルギー準位のラビ分裂を表している。上枝状態(P+)と下枝状態(P−)のエネルギー差は、ラビ分裂エネルギーと呼ばれる。混成状態では、振動ポラリトンは、上枝状態と下枝状態との間をラビ角振動数Ω
Rで遷移する。
【0012】
光共振器90内の振動強結合が、化学反応に影響を及ぼすことが実証された(Thomas, A. et al. Ground-State Chemical Reactivity under Vibrational Coupling to the Vacuum Electromagnetic Field. Angew. Chemie - Int. Ed. 55, 11462-11466, 2016参照)。アルキルシランのSi−C振動は、光共振器90の中で振動強結合を起こす。Si−Cの振動強結合状態では、シリル基の脱離反応が5倍程度遅くなることが確認されている。その後、シリルエーテルを用いたシリル基の脱離反応で、Si−Oの振動強結合下では、脱離反応が大きく減速することも確認されている。
【0013】
このように、光共振器90の中では、光子を介した分子の相互作用が観測される。本願発明者は、以上のような知見に基づいて鋭意検討を行った結果、振動強結合を一般的な化学反応に適応するためのリアクタの着想を得た。
【0014】
<本開示に係る実施形態の原理>
前述のように、レーザ素子等の光源を用いて、光共振器90の中に特定の波長の光を入射すれば、定在波を生成することができる。しかしながら、光共振器90の中に光源等によって光を入射しなくても、光共振器90の中に定在波が存在し得ることが知られている。これは、光を照射していない空間においても電磁場のゆらぎがあり、仮想光子が存在するためと理解されている。
【0015】
このような電磁場のゆらぎ(「量子ゆらぎ」又は「真空場のゆらぎ」とも呼ばれる。)も原子又は分子と相互作用をする。例えばカシミール効果として知られているように、光共振器90のような特殊な空間の中では、真空場がミクロ又はマクロな現象に影響を見せるようになる。例えば、光共振器90を使うと、真空場と分子とを強く相互作用させることが可能となる。このように、量子ゆらぎによって、光を照射しなくとも、光共振器90内において光子を介して分子が相互作用し得る。特に、本願発明者は、以上のような知見に基づいて更に検討を行った結果、レーザ等の光源を用いることなく化学反応を制御するためのリアクタの着想を得た。
【0016】
以下、添付の図面を参照して本開示に係るリアクタの実施形態を説明する。
【0017】
<実施形態>
本開示の第1態様に係るリアクタは、
その内部で化学物質を反応させて目的物を生成する反応槽と、
前記反応槽を挟んで対向配置された1対のミラーと、
前記ミラーのうちの少なくとも1つを移動させて前記ミラー間の距離を調整するアクチュエータと、
前記ミラーによって構成される光共振器の共振波数を検出する検出装置とを備え、
前記アクチュエータは、前記化学物質の分子振動と前記光共振器によって形成される光学モードとを相互作用させて化学反応を制御するように、前記検出装置によって検出された共振波数に基づいて前記ミラー間の距離を調整する。
【0018】
この構成により、ミラーによって構成される光共振器内に、レーザ等の光源を用いることなく、ある光学モードの定在波を形成することができる。この光学モードと化学物質の分子振動とを相互作用させて振動強結合状態にすることにより、化学反応を制御することができる。このように、本開示に係るリアクタは、保護剤及びレーザなしで化学反応を制御することができる。さらに、アクチュエータがミラーを移動させてミラー間の距離を調整することにより、例えば化学物質の反応が進んで反応槽内の流体の屈折率が変わった場合であっても、共振波数のずれを補正して振動強結合状態を維持することができる。
【0019】
本開示の第2態様によれば、前記反応槽は、前記化学物質を含む流体を導入するための入口と、前記化学物質を含む流体及び前記目的物を含む流体のうちの少なくとも一方を排出するための出口と、を有する流路である、第1態様のリアクタを提供する。
【0020】
この構成により、連続的に化学反応を生じさせることができ、バッチ式のリアクタに比べて短時間で多量の目的物を生成することができる。
【0021】
本開示の第3態様によれば、
前記検出装置は、赤外分光装置であり、
前記ミラーは、セレン化亜鉛板と、前記セレン化亜鉛板の上に形成された金とを含む、第1態様又は第2態様のリアクタを提供する。
【0022】
セレン化亜鉛は赤外線に対して透明である。したがって、検出装置として赤外分光装置を使用し、ミラーとして機能する金をセレン化亜鉛の上に形成することにより、検出装置による検出を妨げることなく、反射率の高いミラーを提供することができる。よって、高性能の光共振器を得ることができる。
【0023】
本開示の第4態様によれば、前記化学物質は、アルデヒド基及びケトン基を有する、第1〜第3態様のいずれか1つに記載のリアクタを提供する。
【0024】
本開示の第5態様によれば、前記化学物質は、4−アセチルベンズアルデヒドである、第4態様に記載のリアクタを提供する。
【0025】
本開示の第6態様によれば、前記化学物質は、アルデヒド及びケトンのうちの少なくとも1つを含む、第4態様又は第5態様に記載のリアクタを提供する。
【0026】
本開示の第7態様によれば、前記アクチュエータは、前記目的物に含まれるアルデヒド及びケトンのうちの少なくとも1つの生成量を制御するように、前記検出装置によって検出された共振波数に基づいて前記ミラー間の距離を調整する、第4〜第6態様のいずれか1つに記載のリアクタを提供する。
【0027】
以下、実施形態に係るリアクタについて、添付図面を参照しながら説明する。なお、図面において実質的に同一の部材については同一の符号を付している。
【0028】
また、以下では、説明の便宜上、通常使用時の状態を想定して「上」、「下」、「前」、「後」等の方向を示す用語を用いている。しかしながら、これらの用語は、本開示のリアクタの使用状態等を限定することを意味するものではない。
【0029】
1.構成
図3は、本開示の実施形態に係るリアクタ1の例示する斜視図である。
図4は、
図3に示したリアクタ1の分解斜視図である。
図3及び
図4には、説明の便宜のため、互いに直交するX軸、Y軸及びZ軸を示している。Z軸は、鉛直方向に平行である。
【0030】
リアクタ1は、例えばマイクロリアクタ、マイクロ流路等として知られている化学反応のためのデバイスである。リアクタ1は、積層体10を含む。積層体10は、表面2aと裏面2bとを有する基板2を備える。基板2には、流路24が形成されている。流路24は、基板2を表面2aから裏面2bまで鉛直方向(Z方向)に貫通する開口部であり、水平方向(X方向またはY方向)に延びている。流路24は、本開示の「反応槽」の一例である。流路24は、
図3に示すように蛇行していてもよいが、直線的に延びるものであってもよい。
【0031】
積層体10は、基板2の表面2aの上に形成された保護膜3aと、基板2の裏面2bの下に形成された保護膜3bとを更に備える。このように、基板2は、保護膜3a,3bに挟まれている。
【0032】
積層体10は、保護膜3aの上に形成されたミラー4aと、保護膜3bの下に形成されたミラー4bとを更に備える。保護膜3a,3bは、例えばSiO
2で形成され、流路24内の反応溶液中の分子がミラー4a,4bに接触することを防ぐ。ミラー4a,4bは、例えば金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)等の金属で形成され、中赤外領域の波長を有する光を反射することができる。ミラー4a,4bの反射面は、中赤外領域の波長を有する光に対して透明なセレン化亜鉛(ZnSe)板の上に金属をめっき又はスパッタリングすることによって形成されてもよい。
【0033】
このように、リアクタ1は、流路24がミラー4a,4bに挟まれた構成を有する積層体10を備える。これにより、積層体10は、光共振器として機能する。
【0034】
積層体10には、流路24に流体的に接続された入口11、入口12、及び出口13が設けられている。入口11と入口12には異なる化学物質を含む溶液がそれぞれ導入される。入口11から流入した溶液と、入口12から流入した溶液とは、合流点Jで合流して混合液となり、流路24に流れ込む。混合液は、流路24内で化学反応を起こして生成物となり、生成物は出口13から排出される。
【0035】
図4に示すように、入口11を形成するために、基板2には貫通孔21が形成され、保護膜3aには貫通孔31が形成され、ミラー4aには貫通孔41が形成されている。入口12を形成するために、基板2には貫通孔22が形成され、保護膜3aには貫通孔32が形成され、ミラー4aには貫通孔42が形成されている。出口13を形成するために、基板2には貫通孔23が形成され、保護膜3aには貫通孔33が形成され、ミラー4aには貫通孔43が形成されている。すなわち、貫通孔21と貫通孔31と貫通孔41とが接続されて入口11を構成し、貫通孔22と貫通孔32と貫通孔42とが接続されて入口12を構成し、貫通孔23と貫通孔33と貫通孔43とが接続されて出口13を構成する。
【0036】
リアクタ1は、積層体10によって構成される光共振器の共振波数を監視するモニタ装置30を更に備える。モニタ装置30は、例えば、顕微赤外分光装置、フーリエ変換赤外分光光度計(Fourier Transform Infrared Spectrometer、FTIR)等の分光装置である。モニタ装置30は、本開示の「検出装置」の一例である。モニタ装置30は、赤外光源30aと、赤外線検出器30bとを備える。赤外光源30aは、中赤外領域の波長を有するプローブ光を出射する。プローブ光は、ミラー4a,4bに垂直に入射され、ミラー4a,4bを透過した光は、赤外線検出器30bに入射する。赤外線検出器30bは、流路24内の物質の赤外透過スペクトルを測定する。
【0037】
リアクタ1は、ミラー4bの裏面に取り付けられたピエゾアクチュエータ5と、ピエゾアクチュエータ5を駆動するピエゾドライバ52とを更に備える。ミラー4bの裏面には、1つ又は複数のピエゾアクチュエータ5が取り付けられる。ピエゾアクチュエータ5は、赤外光源30aから出射された赤外線が赤外線検出器30bに到達することを妨げないように、赤外線の経路から離れた位置に配置される。
【0038】
ピエゾドライバ52は、ピエゾアクチュエータ5と電気的に接続され、ピエゾアクチュエータ5に電力を供給する。ピエゾアクチュエータ5は、例えば、ピエゾドライバ52によって印加される電圧に応じて、自己のZ軸方向の厚さを変動させる1軸圧電素子である。ピエゾアクチュエータ5は、ミラー4bのZ軸方向の位置を変位させることができ、ミラー4bとミラー4aとの距離を調節することができる。
【0039】
リアクタ1は、ピエゾドライバ52を制御する制御部51を更に備える。制御部51は、赤外線検出器30bの検出結果を受信し、受信した検出結果に基づいて、ピエゾドライバ52を制御する。
【0040】
ピエゾアクチュエータ5は、本開示の「アクチュエータ」の一例である。アクチュエータは、ピエゾ素子を利用したピエゾアクチュエータ5に限定されず、ミラー4bのZ軸方向の位置を変位させることができるものであればよい。例えば、アクチュエータは、ステッピングモータ、DCモータを含んでもよい。
【0041】
制御部51は、CPU(Central Processing Unit)、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)等を含み、赤外線検出器30bによる検出情報の処理と、情報処理に応じてピエゾドライバ52の制御とを行う情報処理装置である。制御部51の各構成要素は、制御部51が必要なプログラムを実行することによって、それぞれが担当する処理を実行してもよい。このようなプログラムは、ハードディスクドライブ、ソリッドステートドライブ等の記憶装置(図示せず)に記憶されていてもよい。制御部51は、RAMに展開された当該プログラムをCPUにより解釈及び実行して、ピエゾドライバ52を制御する。以上の機能の一部又は全部は、1又は複数の専用のプロセッサにより実現されてもよい。また、制御部51の構成要素に関して、実施形態に応じて、適宜、機能の省略、置換及び追加が行われてもよい。制御部51は、CPU、MPU、GPU、マイコン、DSP、FPGA、ASIC等の種々の半導体集積回路で構成されてもよい。
【0042】
図5は、ピエゾアクチュエータ5の厚さの変動によってミラー4bとミラー4aとの距離を調節するための機構を例示する斜視図である。
図5に例示するように、積層体10及びピエゾアクチュエータ5は、支持基板61と押さえ部材62との間に挟まれている。支持基板61及び押さえ部材62は、Z方向に変位しないように固定されている。これにより、ピエゾアクチュエータ5の厚さが変動した場合、ピエゾアクチュエータ5上のミラー4bはZ方向に変位し、ミラー4bとミラー4aとの距離が変動する。ミラー4bがZ方向に変位できるように、例えば基板2及び保護膜3a,3bのうちの少なくとも1つは、可撓性材料で構成されてもよい。例えば、基板2は、ポリイミドフィルムで構成されてもよい。
【0043】
図6は、積層体10の構造、特に流路24を側方から見た構造を例示する模式図である。前述のように、流路24の上には保護膜3aが形成され、保護膜3aの上にはミラー4aが形成されている。流路24の下には保護膜3bが形成され、保護膜3bの下にはミラー4bが形成されている。ミラー4bの下にはピエゾアクチュエータ5が取り付けられている。
【0044】
流路24の厚さrは、例えば1μm〜1cmである。流路24は、例えば直径rが数十μmである円筒形のマイクロ流路である。保護膜3a,3bの厚さt1は、例えば1nm〜1μm、例えば100nmである。ミラー4a,4bの厚さt2は、例えば1nm〜1μm、例えば10nmである。前述のように、ミラー4a,4bは、例えば100μm〜1cmの範囲内の厚さを有するZnSe板の上に金をめっき又はスパッタリングすることによって形成されてもよい。
【0045】
2.動作例
次に、リアクタ1の動作例について説明する。入口11及び入口12から1つ以上の化学物質が導入される(
図3参照)。入口11から流入した溶液と、入口12から流入した溶液とは、合流点Jで合流して混合液となり、流路24に流れ込む。混合液は、流路24内で化学反応を起こして生成物となり、生成物は出口13から排出される。
【0046】
図7に示すように、入口11には、例えば、反応サイトとしてケトン基とアルデヒド基とを有する化合物Aを導入する。化合物Aの一例は、4−アセチルベンズアルデヒドである。入口12には、例えば、ヨウ素I
2等のハロゲン元素とホモアリルアルコールを導入する。通常、ケトン基とアルデヒド基とを有する化合物Aに対してヨウ素存在下でホモアリルアルコールと環化反応(例えば、プリンス反応)を進行させると、3種類の反応が進行し、化合物B、C、及びDが生成され得る。
【0047】
前述のように、光共振器内の振動強結合は、化学反応に影響を及ぼす。例えば、積層体10によって構成される光共振器の共振波数を、アルデヒド基の分子振動の吸収体の波数に一致させることにより、アルデヒド基の反応性を不活性化することができる。すなわち、アルデヒドについての反応速度を遅くすることができる。これにより、ケトン基についての反応のみを進行させることができ、
図7のケトンCのみを選択的に得ることができる。
【0048】
したがって、
図3〜6に示した積層体10の流路径r及び保護膜3a,3bの厚さt1を設計し、光共振器の共振波数を、アルデヒド基の分子振動の吸収体の波数に一致させて振動強結合を生じさせることにより、アルデヒド基の反応性を不活性化することができる。このように設計することで、出口13からケトンCのみを選択的に得ることができる。このように、振動強結合がケトンCの化学反応を促進する。
【0049】
しかしながら、流路24内における反応が進行するに連れて、流路24内の溶液の組成が変わり、溶液の屈折率が変化する問題がある。溶液の屈折率が変化すると、積層体10によって構成される光共振器の共振波数も変化する。したがって、入口11,12から溶液を導入し始めた直後には狙った通りにアルデヒド基の反応性を不活性化することができるが、反応が進むに連れて不活性化を達成できなくなる。これにより、出口13からケトンCのみを選択的に得ることができなくなるおそれがある。
【0050】
そこで、モニタ装置30が、積層体10によって構成される光共振器の共振波数を監視し、制御部51が共振波数のずれを検出する。制御部51は、検出したずれを補正して零にするように、ピエゾドライバ52を制御してピエゾアクチュエータ5を駆動する。ピエゾアクチュエータ5によってミラー4aとミラー4bとの距離が変動し、共振波数のずれが補正される。これにより、流路24内の物質の屈折率が変化しても、所望の共振波数で共振する光共振器を得ることができる。
【0051】
3.作用効果
以上のように、本実施形態に係るリアクタ1は、流路24を挟んで対向配置された1対のミラー4a,4bと、ピエゾアクチュエータ5と、モニタ装置30とを備える。ピエゾアクチュエータ5は、ミラー4a,4bのうちの少なくとも1つ、例えばミラー4bを移動させてミラー間の距離を調整する。モニタ装置30は、ミラー4a,4bによって構成される光共振器の共振波数を検出する。ピエゾアクチュエータ5は、化学物質の分子振動と光共振器によって形成される光学モードとを相互作用させて化学反応を制御するように、モニタ装置30によって検出された共振波数に基づいてミラー4a,4b間の距離を調整する。
【0052】
この構成により、積層体10によって構成される光共振器内に、レーザ等の光源を用いることなく、ある光学モードの定在波を形成することができる。この光学モードと化学物質の分子振動とを相互作用させて振動強結合状態にすることにより、化学反応を制御することができる。このように、リアクタ1は、保護剤及びレーザなしで化学反応を制御することができる。さらに、ピエゾアクチュエータ5がミラー4bを移動させてミラー4a,4b間の距離を調整することにより、例えば化学物質の反応が進んで流路24内の流体の屈折率が変わった場合であっても、共振波数のずれを補正して振動強結合状態を維持することができる。
【0053】
流路24は、化学物質を含む流体を導入するための入口11と、化学物質を含む流体及び目的物を含む流体のうちの少なくとも一方を排出するための出口13と、を有する流路であってもよい。
【0054】
この構成により、連続的に化学反応を生じさせることができ、バッチ式のリアクタに比べて短時間で多量の目的物を生成することができる。
【0055】
モニタ装置30は、顕微赤外分光装置又はFTIR等の分光装置であってもよい。ミラー4a,4bは、ZnSe板と、ZnSe板の上に形成された金とを含んでもよい。
【0056】
モニタ装置30として赤外分光装置を使用し、ミラー4a,4bとして機能する金を赤外線に対して透明であるZnSeの上に形成することにより、モニタ装置30による検出を妨げることなく、反射率の高いミラーを得ることができる。したがって、高性能の光共振器を得ることができる。
【0057】
4.確認実験の結果
本実施形態に係るリアクタ1の効果に関する確認実験の結果について、
図8を用いて説明する。
【0058】
図8は、ピエゾアクチュエータ5を用いて化学反応を制御する処理の効果に関する確認実験の結果を示すグラフである。
図8のグラフは、積層体10によって構成される光共振器の共振波数と、4−アセチルベンズアルデヒドの吸収スペクトル(実線)と、共振波数に対するアルデヒドの反応率(〇印及び×印)との間の関係を示している。
図8のグラフの横軸は、積層体10によって構成される光共振器の共振波数を示し、左側の縦軸は吸光度を示し、右側の縦軸はアルデヒドの反応率を示している。
【0059】
図8のグラフにおいて、〇印はピエゾアクチュエータ5を動作させる本実施形態に係るリアクタ1におけるアルデヒドの反応率を示し、×印はピエゾアクチュエータ5を駆動させない比較例に係るリアクタにおけるアルデヒドの反応率を示している。
図8に示すアルデヒドの反応率は、反応開始から30分経過後におけるアルデヒドの反応率である。
【0060】
ここで、アルデヒドの反応率は、例えば、反応サイトとしてケトン基とアルデヒド基とを有する化合物(例えば
図7の化合物A)の化学反応の結果、(i)アルデヒド基を有する化合物(例えば
図7の化合物B)、(ii)ケトン基を有する化合物(例えば
図7の化合物C)、及び、(iii)アルデヒド基とケトン基とを有する化合物(例えば
図7の化合物D)が生成される場合において、(i)〜(iii)の化合物の総生成量に対する(i)の化合物の生成量の割合で表される。
【0061】
図8のグラフにおいて、紙面に向かって左側にある吸収スペクトルのピークは、アルデヒド基の吸収極大に対応し、右側にある吸収スペクトルのピークは、ケトン基の吸収極大(1687cm
−1)に対応している。
図3〜6に示した積層体10の流路径r及び保護膜3a,3bの厚さt1を設計し、光共振器の共振波数を、ケトン基の吸収極大(1687cm
−1)に設定すると、ケトン基の反応性が不活性化し、アルデヒドの反応性が上昇する。したがって、ケトン基が反応することによる副生成物の生成を抑制することができる。
【0062】
図8に示すように、光共振器を構成しない反応槽において、4−アセチルベンズアルデヒドに対してヨウ素存在下でホモアリルアルコールとプリンス反応を開始させると、反応開始から30分経過後におけるアルデヒドの反応率は、60%程度であった。
【0063】
図8に示すように、積層体10によって構成される光共振器において、ピエゾアクチュエータ5を駆動させずに同様の反応を観測した比較例においては、反応開始から30分経過後におけるアルデヒドの反応率は、約79%であった。
【0064】
図8に示すように、積層体10によって構成される光共振器において、ピエゾアクチュエータ5を駆動させて光共振器の共振波数のずれを補正する本実施形態においては、反応開始から30分経過後におけるアルデヒドの反応率は、約88%であった。このように、本実施形態に係るリアクタ1は、比較例に比べて、アルデヒドの反応率を向上させることができる。本実施形態に係るリアクタ1では、ミラー4a,4b間の距離を調整することにより、アルデヒドの反応率及びケトンの反応率を制御することもできる。