【実施例】
【0048】
以下の実施例において、顕微鏡観察には、透過型顕微鏡(TEM;日本電子株式会社製JEM−2010)、電界放出走査型顕微鏡(FE−SEM;株式会社日立ハイテクノロジーズ製S−5200)、または、電界放出透過型電子顕微鏡(FE−TEM;日本電子株式会社製JEM−3000F)を用いた。実施例中、大きさに関する記載(粒径など)は、電子顕微鏡像に基づいて測定した値である。
【0049】
〔1.SiO
2−Auナノ粒子の製造〕
製造条件を様々に変更しながら、本発明の一実施形態に係るSiO
2−Auナノ粒子の製造方法によって、SiO
2−Auナノ粒子を製造した。
【0050】
[1−1.製造例]
金前駆体としては、テトラクロロ金(III)酸四水和物(HAuCl
4・4H
2O;富士フイルム和光純薬株式会社)を用いた。二酸化ケイ素前駆体としては、オルトケイ酸テトラエチル(TEOS;東京化成工業株式会社製)を用いた。塩基性アミノ酸としては、L−アルギニン(ナカライテスク株式会社製)を用いた。実験の溶媒には、全て脱イオン水を用いた。
【0051】
L−アルギニン水溶液(8mM、35.2mL)に、HAuCl
4水溶液(24mM、1.0mL)を加えた後、TEOS(2.40mmol)をさらに加えた。この混合物を、80℃の油浴中にて24時間攪拌し(攪拌速度:500rpm)、SiO
2−Auナノ粒子を得た。この反応では、副生成物として二酸化ケイ素ナノ粒子が生じるので、懸濁液を洗浄してこれを除去した。具体的には、8000rpmにて10分間遠心分離し、上澄み液を捨て、脱イオン水に再分散させた。
【0052】
精製したSiO
2−Auナノ粒子の電子顕微鏡像を、
図2に示す。TEM像から判るように、得られたSiO
2−Auナノ粒子の内部には複数の凹部が認められた(
図2aおよびb)。高分解能TEM像から判るように、凹部の周囲の壁および粒子表面は、結晶性であった(
図2c)。結晶格子の面間距離は約2.37Åであり、これは金結晶の(111)平面に対応していた(d)。XRD分析の結果、この結晶は面心立方構造であることを確認した(不図示)。また、SEM像からは、SiO
2−Auナノ粒子の表面には複数の隆起が見られ、各隆起の直径は約20nmであることが判った。
【0053】
また、SiO
2−Auナノ粒子を元素分析したところ、金原子の分布は、SiO
2−Auナノ粒子の輪郭とよく一致していることが判った(
図2fおよびg)。このことは、粒子表面が結晶性の金であるとの観察結果(
図2c)とも整合している。一方、ケイ素および酸素は一様に分布していることから、粒子内部にSiO
2が存在していることが示唆される。また、電子エネルギー損失スペクトルによると、ケイ素のピークは金の谷間に当たる箇所であった(
図2j)。このことから、SiO
2が金の凹部に存在し、作製したSiO
2−Auナノ粒子は、複数の二酸化ケイ素ナノ粒子が金に包接されている形状(ザクロ状)であることが強く示唆される。
【0054】
[1−2.加熱時間の変更]
[1−1]に示した製造方法において、加熱時間を変更することによる影響を検討した(これにより、SiO
2−Auナノ粒子の形成機構が推察される)。具体的には、[1−1]に示した製造方法において、加熱時間を10分間、30分間、60分間、90分間、120分間、150分間、180分間、240分間または300分間に変更した(加熱温度:80℃)。それぞれの製造方法における産物の電子顕微鏡像を、
図3に示す(
図3a〜i)。
【0055】
加熱時間を10分間とした条件では、ばらばらな金ナノ結晶が形成された(
図3a)。加熱時間を30分間とした条件では、不定形状の粒子が形成された(
図3b)。加熱時間を60分間とした条件では、樹状構造を取るようになった(
図3c)。以上の結果から、金ナノ粒子の凝集は、拡散による粒子の衝突が律速段階となる、拡散律速凝集(diffusion-limited aggregation; DLA)であると推定される。
【0056】
加熱時間を90分間とした条件では、樹状構造が縮んで緻密なコアが形成され、樹状構造は周辺部のみになった(
図3d)。このとき、いくつかの粒子は、コア内部がザクロ状になっていた(
図3dの差込み図)。加熱時間を120分間とした条件では、SiO
2−Auナノ粒子の形成が見られた(
図3e)。この段階では、凹部のある中間生成物も同時に観察された。この凹部の大きさ(約15nm)は、[1−1]において副生成物として得られた二酸化ケイ素ナノ粒子の粒径(約16nm)と概ね同じである。このことから、ザクロ状のSiO
2−Auナノ粒子における金の構造は、二酸化ケイ素ナノ粒子の影響を受けていることが示唆される。
【0057】
加熱時間を150分間とした条件では、これまでの段階がさらに進展した構造のSiO
2−Auナノ粒子が得られた(
図3f)。すなわち、コア構造と樹状構造が見られた。このことから、金の核形成および凝集が進行していることが判る。加熱時間を180分間以上とした条件では、ほぼ完全に形成されたSiO
2−Auナノ粒子が観察された(
図3g〜i)。このように、加熱時間を150分以上にしても、金前駆体の消費量ほどは、SiO
2−Auナノ粒子の粒径は成長しない。このことは、SiO
2−Auナノ粒子の大きさが多分散である事実を支持している(本願実施例の[1−6]節および
図12を参照)。
【0058】
図4は、SiO
2−Auナノ粒子の製造工程における加熱時間と、得られるナノ粒子の吸光スペクトルとの関係を表すグラフである。このグラフによると、加熱後240分が経過すると、SiO
2−Auナノ粒子の吸光スペクトルが安定するようになる。これは、金前駆体の還元が完了したことを示唆している。
【0059】
[1−3.加熱温度の変更]
[1−1]に示した製造方法において、加熱温度を変更することによる影響を検討した。具体的には、[1−1]に示した製造方法において、加熱温度を40℃または90℃に変更した。その結果得られたSiO
2−Auナノ粒子の顕微鏡像を、
図5に示す。また、このナノ粒子の吸光スペクトルを、
図6に示す(加熱温度80℃のデータとして、[1−1]で作製したナノ粒子の吸光スペクトルも併記している)。
【0060】
同図から判るように、本発明の一実施形態に係るSiO
2−Auナノ粒子の製造方法は、温度への依存性は低いようである。一般的に、40〜90℃の範囲において、ザクロ状のSiO
2−Auナノ粒子が形成された。
【0061】
[1−4.塩基性アミノ酸濃度の変更]
[1−1]に示した製造方法において、塩基性アミノ酸の濃度を変更することによる影響を検討した。具体的には、[1−1]に示した製造方法において、アルギニン濃度を2.4mM、4mM、16mMまたは24mMに変更した。その結果得られたSiO
2−Auナノ粒子の顕微鏡像を、
図7に示す(a:16mM、b:2.4mM、c:4mM、d:24mM)。
【0062】
同図から、ザクロ状のSiO
2−Auナノ粒子を得るためのアルギニンの最適濃度は、8〜16mMであることが判った(
図7a)。アルギニン濃度が8mMよりも低いと、オタマジャクシ状(
図7b)または分枝状(
図7c)のナノ粒子が形成された。これらの図から判断すると、少なくとも分枝状のナノ粒子は、SiO
2−Auナノ粒子(金と二酸化ケイ素との複合粒子)であると考えられる。一方、アルギニン濃度が16mMよりも高いと、ザクロ状のSiO
2−Auナノ粒子の融合が見られた(
図7d)。
【0063】
なお、アルギニン溶液のpHは、2.4mMのときに10.0であり、4mMのときに10.2であり、8mMのときに10.6であり、16mMのときに10.7であり、24mMのときに11.0であった。それゆえ、ザクロ状のSiO
2−Auナノ粒子を得るための最適pHは、10.6〜10.7であると判った。
【0064】
[1−5.二酸化ケイ素前駆体の量の変更]
[1−1]に示した製造方法において、原料として加える二酸化ケイ素前駆体の量を変更することによる影響を検討した。具体的には、[1−1]に示した製造方法において、加えるTEOSの量を、0mmol(TEOSなし)、0.48mmol(13.63mM)、1.20mmol(34.09mM)または3.84mmol(109.09mM)に変更した。その結果得られたSiO
2−Auナノ粒子の顕微鏡像を、
図8a〜dに示す(a:0mmol、b:0.48mmol、c:1.20mmol、d:3.84mmol)。また、このナノ粒子の吸光スペクトルを、
図9に示す([1−1]で作製したナノ粒子の吸光スペクトルも併記している)。
【0065】
TEOSを加えずに製造した条件では、HAuCl
4がアルギニンによって金に還元され、反応容器の内面に青紫色の層として析出した。一方、反応容器内の液相は無色透明であった(
図8aの差込み図)。TEM像によると、ごく少数の金の凝集体が観察された(a)。0.48mmolのTEOSを加えて製造した条件では、ザクロ状のSiO
2−Auナノ粒子の形成が見られたが、金の大部分は反応容器の内面に析出した(
図8b)。1.20mmol以上のTEOSを加えて製造した条件では、充分な収率でザクロ状のSiO
2−Auナノ粒子を得ることができた(
図8c)。ただし、TEOSの量が多すぎると、副生成物である二酸化ケイ素ナノ粒子の量が増加した(
図8dの矢印)。
【0066】
図9は、SiO
2−Auナノ粒子の製造工程において、原料として加える二酸化ケイ素前駆体の量と、得られるSiO
2−Auナノ粒子の吸光スペクトルとの関係を表すグラフである。このグラフによると、TEOSの添加量が1.20〜3.84mmolの範囲では、得られるSiO
2−Auナノ粒子は概ね同じである。したがって、二酸化ケイ素前駆体の量は、SiO
2−Auナノ粒子の形状および吸光スペクトルには影響を及ぼさないと考えられる。
【0067】
(TEOSの機能の検討)
TEOSは、ザクロ状構造の形成に寄与している可能性がある。つまり、TEOSと金前駆体水溶液との混合物は、反応前には2相系であるが、これを攪拌することによってTEOSが小さな油滴となり、ザクロ状構造の鋳型となっている可能性がある。この可能性を検討するために、TEOSの代わりに同体積のシクロヘキサンを原料として、[1−1]と同じ条件でナノ粒子を作製した。その結果、TEOSを加えずに反応させた条件と同様に、反応容器の内壁に青紫色の金が析出し、液相は無色透明だった(
図8eの差込み図)。TEM像によると、金の凝集体しか観察されなかった(
図8e)。この結果から、TEOSの油滴が、ザクロ状構造の鋳型になっている訳ではないことが示唆された。
【0068】
アルギニンによる金の還元と並行して、TEOSから二酸化ケイ素ナノ粒子への変換も、アルギニンによって触媒される。そこで、二酸化ケイ素ナノ粒子の役割を検討するために、TEOSを予め作製した二酸化ケイ素ナノ粒子に変更して、[1−1]と同様の条件でナノ粒子を作製した。その結果、濃紫色の均質な懸濁液が得られ、TEM像によるとナノ粒子はザクロ状構造であった(
図8f)。このナノ粒子には、14nm程度の凹部があり、この大きさは予め作製した二酸化ケイ素ナノ粒子と同程度であった。したがって、ザクロ状構造の形成には、金による二酸化ケイ素ナノ粒子の封じ込めが関与していると考えられる。
【0069】
[1−6.金前駆体濃度の変更]
[1−1]に示した製造方法において、原料として加える金前駆体の量を変更することによる影響を検討した。具体的には、[1−1]に示した製造方法において、加えるHAuCl
4水溶液(24mM)の量を、0.2mL(0.14mM)〜2.0mL(1.38mM)まで様々に変化させた。その結果得られたSiO
2−Auナノ粒子の顕微鏡像を、
図10に示す(b:0.2mL、c:0.5mL、d:1.5mL、e:2.0mL)。また、このナノ粒子の吸光スペクトルを、
図11に示す([1−1]で作製したナノ粒子の吸光スペクトルも併記している)。
【0070】
原料として加えるHAuCl
4水溶液の量が[1−1]の製造条件よりも遥かに少ない場合は、SiO
2−Auナノ粒子の他に、不定形の金ナノ粒子が形成された(
図10aの矢印)。HAuCl
4水溶液の量が増加するにつれて、不定形の金ナノ粒子は顕著に減少した(
図10b)。原料として加えるHAuCl
4水溶液の量が[1−1]の製造条件よりも多い場合は、形成されるSiO
2−Auナノ粒子の粒径が大きくなる傾向にあった(
図10cおよびd)。
【0071】
また、
図11から判るように、原料に加えるHAuCl
4の量が増加すると、得られるSiO
2−Auナノ粒子の吸光スペクトルのピークは長波長側に変位した。これによって、可視領域に含まれる580〜730nmまで、ピークを調節することができた。
【0072】
SiO
2−Auナノ粒子の粒径は、多分散であった(このことには、上述した形成機構が寄与していると考えられる)。さらに、本発明者らは、100個程度のSiO
2−Auナノ粒子の粒径を計測し、統計的な推定を試みた。その結果を
図12に示す。原料として加える金前駆体の量が多くなるほど、SiO
2−Auナノ粒子の粒径が大きくなる傾向が確認された。
【0073】
[1−7.異なる二酸化ケイ素前駆体の使用]
[1−1]に示した製造方法において、二酸化ケイ素前駆体として、オルトケイ酸テトラエチル(TEOS)の代わりにオルトケイ酸テトラメチル(TMOS、東京化成工業株式会社製)を用いた。
【0074】
L−アルギニン水溶液(8mM、35.2mL)に、HAuCl
4水溶液(24mM、1.0mL)を加えた後、油浴内で数分間予熱した。その後、加熱・攪拌下にて、TMOS(0.5mL、3.28mmol)をさらに加えた。この混合物を、80℃の油浴中にて24時間攪拌し(攪拌速度:500rpm)、SiO
2−Auナノ粒子を得た。得られたナノ粒子の顕微鏡像を、
図13に示す。同図から判るように、二酸化ケイ素前駆体としてTMOSを使用した場合にも、ザクロ状のSiO
2−Auナノ粒子を製造することができた。
【0075】
〔2.SiO
2−Auナノ粒子の性質〕
[2−1.光学的性質]
[1−6]節で説明した通り、原料として加える金前駆体の量を変化させることによって、得られるSiO
2−Auナノ粒子の吸光スペクトルのピークは長波長側に変位した。つまり、原料として加える金前駆体の量を変化させることによって、SiO
2−Auナノ粒子を含む懸濁液の色調は変化した(
図14)。興味深いことに、この懸濁液は二色性を示し、背景が白い場合と黒い場合とでは、異なる色調を帯びていた。
【0076】
[2−2.表面増強ラマン散乱]
SiO
2−Auナノ粒子の表面増強ラマン散乱(SERS)活性を、濾紙で担持する方法で検討した。
【0077】
(SiO
2−Auナノ粒子を担持させた濾紙の作製)
[1−1]で作製したSiO
2−Auナノ粒子を含んでいる懸濁液(3mL)に、1cm×1cmに切断した濾紙(Advantech製、No. 5C)を、3日間含浸させた。その後、80℃にて濾紙を乾燥させた。その結果、濾紙にSiO
2−Auナノ粒子が担持され、色調が青紫色になった。SiO
2−Auナノ粒子を含浸させる前後における濾紙のSEM像を、
図15aおよびbに示す(a:含浸前、b:含浸後)。
【0078】
(SERSの測定方法)
SERS測定のモデル物質には、チオフェノール(TP;ナカライテスク株式会社製)を使用した。5mLのチオフェノールのエタノール溶液(濃度:10
−5〜10
−8M)に、SiO
2−Auナノ粒子を担持させた濾紙を1時間含浸させた。その後、エタノールで軽くすすいでから、風を当てて乾燥させた。SERSスペクトルの測定には、ポータブルラマン分光器(Ocean Optics製、QE65000)を使用した。レファレンスとしては、チオフェノールを含ませていないSiO
2−Auナノ粒子を担持させた濾紙を使用した。6箇所の異なる点におけるスペクトルを測定し、その平均を最終的な測定結果とした。
【0079】
また、質量に関する検出限界を評価する実験として以下を行った。まず、0.9μLのチオフェノールのエタノール溶液(濃度:10
−3M、10
−4M、0.5×10
−4M、および10
−5M)を、SiO
2−Auナノ粒子を担持させた濾紙に滴下した。その後、溶媒を蒸発させて、チオフェノールが含まれているスポットを作製した。各スポットに含まれているチオフェノールの量は、それぞれ、100ng、10ng、5ng、および1ngである。3つの異なるスポットについてSERSスペクトルを測定し、その平均を最終的な測定結果とした。
【0080】
(結果)
チオフェノールのラマンスペクトルを、
図16の上段に示す。通常、チオフェノール分子のラマンシフトは、976cm
−1、1001cm
−1、1068cm
−1、および1560cm
−1に観察される。一方、SiO
2−Auナノ粒子を担持させた濾紙で、チオフェノールのSERSスペクトルを測定したところ、973cm
−1、997cm
−1、1047cm
−1、および1549cm
−1に顕著なピークが見られた。これは、上述のチオフェノールのラマンシフトに対応していた。
【0081】
チオフェノール溶液の濃度を下げながらSERS測定を行ったところ、濃度10
−7M(14ppm)まではチオフェノール由来のピークを検出できた(
図16上段)。また、既知量のチオフェノールの検出限界を検討したところ、約1ngのチオフェノールを検出することができた(
図16中段)。これらの結果は、SiO
2−Auナノ粒子を担持させた濾紙が、約1ng程度のチオフェノールを検出できる程度に高いSERS活性を有していることを示している。
【0082】
また、原料として加える金前駆体の量を変化させて製造したSiO
2−Auナノ粒子について、同様の方法でSERS活性を検討した(
図16下段)。上述のように、原料として加える金前駆体の量を変化させることにより、SiO
2−Auナノ粒子のプラズモン共鳴特性を変化させることができる。このことは、適切なSiO
2−Auナノ粒子を選択することにより、使用するレーザ源の波長に応じた検出条件の最適化が可能であることを示唆している。