【課題】水を含む液体と長期間接触しても優れた機械特性を保持することができるともに、耐ヒートショック性を十分に有する、水を含む流体と接触し得る車両用冷却系部品を提供する。
【解決手段】カルボキシル基末端を有するポリアリーレンサルファイド(PAS)樹脂と、オレフィン系共重合体と、ガラス繊維と、炭酸カルシウムとを含む組成物を射出成形してなり、PAS樹脂の溶融粘度が5〜35Pa・sであり、オレフィン系共重合体が所定の共重合成分を含み、組成物中のグリシジルエステル由来の構成単位が0.2〜0.6質量%であり、ガラス繊維の繊維径が9〜15μmであり、炭酸カルシウムの平均粒径が3μm以上10μm未満であり、ガラス繊維と炭酸カルシウムとの合計含有量が40〜55質量%である、水を含む流体と接触し得る車両用冷却系部品である。
カルボキシル基末端を有するポリアリーレンサルファイド樹脂と、オレフィン系共重合体と、ガラス繊維と、炭酸カルシウムとを含むポリアリーレンサルファイド樹脂組成物を射出成形してなる、水を含む流体と接触し得る車両用冷却系部品であって、
前記ポリアリーレンサルファイド樹脂の、温度310℃及びせん断速度1200sec−1で測定した溶融粘度が5〜35Pa・sであり、
前記オレフィン系共重合体が、α−オレフィン由来の構成単位と、α,β−不飽和酸のグリシジルエステル由来の構成単位と、(メタ)アクリル酸エステル由来の構成単位とを含有し、
前記ポリアリーレンサルファイド樹脂組成物中の前記グリシジルエステル由来の構成単位の含有量が0.2〜0.6質量%であり、
前記ガラス繊維の繊維径が9〜15μmであり、
前記炭酸カルシウムの平均粒径が3μm以上10μm未満であり、
前記ポリアリーレンサルファイド樹脂組成物中の前記ガラス繊維と前記炭酸カルシウムとの合計含有量が40〜55質量%である、水を含む流体と接触し得る車両用冷却系部品。
前記オレフィン系共重合体に対する前記α,β−不飽和酸のグリシジルエステル由来の構成単位の含有比率が5.0〜10.0質量%である、請求項1に記載の水を含む流体と接触し得る車両用冷却系部品。
マルチコントロールバルブ、フローシャットバルブ、及び電動ウォーターポンプからなる群から選択されるいずれかである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の水を含む流体と接触し得る車両用冷却系部品。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本実施形態の水を含む流体と接触し得る車両用冷却系部品(以下、単に「車両用冷却系部品」とも呼ぶ。)は、カルボキシル基末端を有するポリアリーレンサルファイド樹脂と、オレフィン系共重合体と、ガラス繊維と、炭酸カルシウムとを含むポリアリーレンサルファイド樹脂組成物を射出成形してなる、水を含む流体と接触し得る車両用冷却系部品である。そして、ポリアリーレンサルファイド樹脂の、温度310℃及びせん断速度1200sec
−1で測定した溶融粘度が5〜35Pa・sであり、オレフィン系共重合体が、α−オレフィン由来の構成単位と、α,β−不飽和酸のグリシジルエステル由来の構成単位と、(メタ)アクリル酸エステル由来の構成単位とを含有し、ポリアリーレンサルファイド樹脂組成物中のグリシジルエステル由来の構成単位の含有量が0.2〜0.6質量%であり、ガラス繊維の繊維径が9〜15μmであり、炭酸カルシウムの平均粒径が3μm以上10μm未満であり、ポリアリーレンサルファイド樹脂組成物中のガラス繊維と炭酸カルシウムとの合計含有量が40〜55質量%であることを特徴としている。
【0015】
本実施形態の車両用冷却系部品は、オレフィン系共重合体、ガラス繊維及び炭酸カルシウムを含有させることで、水を含む液体が存在する環境下での耐ヒートショック性に優れる。また、特に、炭酸カルシウムとして平均粒径が3μm以上10μm未満のものを用いることで、水を含む液体と長期間接触しても機械特性に優れるといった性能(以下、「耐LLC性」とも呼ぶ。)を有する。さらに、本実施形態の車両用冷却系部品においては、所定の溶融粘度のPAS樹脂及び所定のオレフィン系共重合体を含むPAS樹脂組成物を射出成形してなり、溶融時において流動性に優れることから、薄肉部の有無にかかわらず良好に成形することができる。
【0016】
本実施形態の車両用冷却系部品は、具体的には、マルチコントロールバルブ、フローシャットバルブ、電動ウォーターポンプ、サーモスタット、ラジエータータンク、冷却配管等が挙げられ、中でも、マルチコントロールバルブ、フローシャットバルブ、及び電動ウォーターポンプからなる群から選択されるいずれかに適用することが好適である。さらに、本実施形態の車両用冷却系部品は、溶融時における流動性に優れるPAS樹脂組成物を射出成形して得られることから、薄肉の樹脂部分を含むインサート成形品とすることも容易である。
以下に先ず、本実施形態に係るPAS樹脂組成物の各成分について説明する。
【0017】
[ポリアリーレンサルファイド樹脂]
PAS樹脂は、機械的性質、電気的性質、耐熱性その他物理的・化学的特性に優れ、且つ加工性が良好であるという特徴を有する。
PAS樹脂は、主として、繰返し単位として−(Ar−S)−(但しArはアリーレン基)で構成された高分子化合物であり、本実施形態では一般的に知られている分子構造のPAS樹脂を使用することができる。
【0018】
上記アリーレン基としては、例えば、p−フェニレン基、m−フェニレン基、o−フェニレン基、置換フェニレン基、p,p’−ジフェニレンスルフォン基、p,p’−ビフェニレン基、p,p’−ジフェニレンエーテル基、p,p’−ジフェニレンカルボニル基、ナフタレン基等が挙げられる。PAS樹脂は、上記繰返し単位のみからなるホモポリマーでもよいし、下記の異種繰返し単位を含んだコポリマーが加工性等の点から好ましい場合もある。
【0019】
ホモポリマーとしては、アリーレン基としてp−フェニレン基を用いた、p−フェニレンサルファイド基を繰返し単位とするポリフェニレンサルファイド樹脂が好ましく用いられる。また、コポリマーとしては、前記のアリーレン基からなるアリーレンサルファイド基の中で、相異なる2種以上の組み合わせが使用できるが、中でもp−フェニレンサルファイド基とm−フェニレンサルファイド基を含む組み合わせが特に好ましく用いられる。この中で、p−フェニレンサルファイド基を70モル%以上、好ましくは80モル%以上含むものが、耐熱性、成形性、機械的特性等の物性上の点から適当である。また、これらのPAS樹脂の中で、2官能性ハロゲン芳香族化合物を主体とするモノマーから縮重合によって得られる実質的に直鎖状構造の高分子量ポリマーが、特に好ましく使用できる。尚、本実施形態に用いるPAS樹脂は、異なる2種類以上の分子量のPAS樹脂を混合して用いてもよい。
【0020】
尚、直鎖状構造のPAS樹脂以外にも、縮重合させるときに、3個以上のハロゲン置換基を有するポリハロ芳香族化合物等のモノマーを少量用いて、部分的に分岐構造又は架橋構造を形成させたポリマーや、低分子量の直鎖状構造ポリマーを酸素等の存在下、高温で加熱して酸化架橋又は熱架橋により溶融粘度を上昇させ、成形加工性を改良したポリマーも挙げられる。
【0021】
PAS樹脂は、従来公知の重合方法により製造することができる。一般的な重合方法により製造されたPAS樹脂は、通常、副生不純物等を除去するために、水あるいはアセトンを用いて数回洗浄した後、酢酸、塩化アンモニウム等で洗浄する。その結果として、PAS樹脂末端には、カルボキシル基末端を所定の割合で含む。
【0022】
本実施形態に使用する基体樹脂としてのPAS樹脂の溶融粘度(310℃・せん断速度1200sec
−1)は、5〜35Pa・sであり、7〜30Pa・sが好ましい。PAS樹脂の溶融粘度を5Pa・s以上にすることにより、優れた機械的強度、成形性を有しやすい。また、35Pa・s以下であると、PAS樹脂組成物が金型充填時の溶融状態で高い流動性を呈しやすい。
【0023】
尚、本実施形態のPAS樹脂組成物は、その効果を損なわない範囲で、樹脂成分として、上述のPAS樹脂に加えて、その他の樹脂成分を含んでもよい。その他の樹脂成分としては、特に限定はなく、例えば、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、変性ポリフェニレンエーテル樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリエチレンナフタレート樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリサルフォン樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂、ポリエーテルケトン樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、液晶樹脂、弗素樹脂、環状オレフィン系樹脂(環状オレフィンポリマー、環状オレフィンコポリマー等)、熱可塑性エラストマー(ただし、後述のオレフィン系共重合体以外のもの)、シリコーン系ポリマー、各種の生分解性樹脂等が挙げられる。また、2種類以上の樹脂成分を併用してもよい。その中でも、機械的性質、電気的性質、物理的・化学的特性、加工性等の観点から、ポリアミド樹脂、変性ポリフェニレンエーテル樹脂、液晶樹脂等が好ましく用いられる。
【0024】
[オレフィン系共重合体]
本実施形態において、オレフィン系共重合体は、耐ヒートショック性を向上させるために使用され、α−オレフィン由来の構成単位と、α,β−不飽和酸グリシジルエステル由来の構成単位と、(メタ)アクリル酸エステル由来の構成単位とを含有する。オレフィン系共重合体は、1種単独で又は2種以上組み合わせて使用することができる。
以下、各構成単位について説明する。尚、以下、(メタ)アクリル酸エステルを(メタ)アクリレートともいう。例えば、(メタ)アクリル酸グリシジルエステルをグリシジル(メタ)アクリレートともいう。また、本明細書において、「(メタ)アクリル酸」は、アクリル酸とメタクリル酸との両方を意味し、「(メタ)アクリレート」は、アクリレートとメタクリレートとの両方を意味する。
【0025】
(α−オレフィン由来の構成単位)
α−オレフィンとしては、特に限定されず、例えば、エチレン、プロピレン、ブチレン、1−ペンテン、1−ヘキセン、1−ヘプテン、1−オクテン、4−メチル−1−ペンテン、4−メチル−1−ヘキセン等が挙げられ、特にエチレンが好ましい。α−オレフィンは、1種単独で使用することもでき、2種以上を併用することもできる。α−オレフィン由来の構成単位の含有量は、特に限定されないが、例えば、全樹脂組成物中1〜8質量%とすることができる。オレフィン系共重合体がα−オレフィン由来の構成単位を共重合成分として含むことで、樹脂部材には可撓性が付与されやすい。可撓性の付与により樹脂部材が軟らかくなることは、耐ヒートショック性の改善に寄与する。
【0026】
(α,β−不飽和酸のグリシジルエステル由来の構成単位)
α,β−不飽和酸のグリシジルエステル(以下、単に「グリシジルエステル」とも呼ぶ。)としては、特に限定されず、例えば、以下の一般式(1)に示される構造を有するものを挙げることができる。
【0027】
【化1】
(但し、R
1は、水素原子又は炭素原子数1以上10以下のアルキル基を示す。)
【0028】
上記一般式(1)で示される化合物としては、例えば、アクリル酸グリシジルエステル、メタクリル酸グリシジルエステル、エタクリル酸グリシジルエステル等が挙げられ、特にメタクリル酸グリシジルエステルが好ましい。α,β−不飽和酸のグリシジルエステルは、1種単独で使用することもでき、2種以上を併用することもできる。オレフィン系共重合体に対するα,β−不飽和酸のグリシジルエステル由来の構成単位の含有比率は、流動性及び耐ヒートショック性の向上の観点から、5.0〜10.0質量%であることが好ましく、5.0〜7.0質量%がより好ましい。尚、2種以上を併用した場合のオレフィン系共重合体に対するα,β−不飽和酸のグリシジルエステル由来の構成単位の含有比率は、混合後のオレフィン系共重合体全量に対するα,β−不飽和酸のグリシジルエステル由来の構成単位の含有比率である。
【0029】
また、本実施形態においては、PAS樹脂組成物中のα,β−不飽和酸のグリシジルエステル由来の構成単位の含有量は、0.2〜0.6質量%であり、0.3〜0.6質量%が好ましい。当該含有量が0.2〜0.6質量%の範囲である場合、耐ヒートショック性を維持しつつモールドデポジットの析出をより抑制することができる。また、樹脂の増粘による樹脂組成物の流動性の低下を抑制することができる。
【0030】
PAS樹脂組成物において耐ヒートショック性が向上するメカニズムとしては、グリシジルエステル由来の構成単位に含まれるグリシジル基と、PAS樹脂のカルボキシル末端基とが反応し、この反応によりPAS樹脂とオレフィン系共重合体との相互作用が高まることによって耐ヒートショック性が向上すると推測される。ここで、上述したように、グリシジルエステルに由来する構成単位の含有量が多すぎると、オレフィン系共重合体のグリシジル基同士が反応し、その結果、樹脂が増粘して樹脂組成物の流動性が低下して薄肉部分の成形に適さなくなる。
【0031】
((メタ)アクリル酸エステル由来の構成単位)
(メタ)アクリル酸エステルとしては、特に限定されず、例えば、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸−n−プロピル、アクリル酸イソプロピル、アクリル酸−n−ブチル、アクリル酸−n−ヘキシル、アクリル酸イソブチル、アクリル酸−n−アミル、アクリル酸−n−オクチル等のアクリル酸エステル;メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸−n−プロピル、メタクリル酸イソプロピル、メタクリル酸−n−ブチル、メタクリル酸−n−ヘキシル、メタクリル酸イソブチル、メタクリル酸−n−アミル、メタクリル酸−n−オクチル等のメタクリル酸エステルが挙げられる。中でも、特にアクリル酸メチルが好ましい。(メタ)アクリル酸エステルは、1種単独で使用することもでき、2種以上を併用することもできる。(メタ)アクリル酸エステル由来の構成単位の含有量は、特に限定されないが、例えば、全樹脂組成物中0.5〜3質量%とすることができる。
【0032】
オレフィン系共重合体は、従来公知の方法で共重合を行うことにより製造することができる。例えば、通常よく知られたラジカル重合反応により共重合を行うことによって、上記オレフィン系共重合体を得ることができる。オレフィン系共重合体の種類は、特に問われず、例えば、ランダム共重合体であっても、ブロック共重合体であってもよい。
【0033】
本実施形態に用いるオレフィン系共重合体は、その効果を害さない範囲で、他の共重合成分由来の構成単位を含有することができる。
【0034】
より具体的には、オレフィン系共重合体としては、例えば、エチレン−グリシジルメタクリレート−メチルアクリレート共重合体、エチレン−グリシジルメタクリレート−エチルアクリレート共重合体、エチレン−グリシジルメタクリレート−プロピルアクリレート共重合体、エチレン−グリシジルメタクリレート−ブチルアクリレート共重合体等が挙げられ、中でも、エチレン−グリシジルメタクリレート−メチルアクリレート共重合体が好ましい。エチレン−グリシジルメタクリレート−メチルアクリレート共重合体の具体例としては、「ボンドファースト」(住友化学(株)製)等が挙げられる。
【0035】
本実施形態に係るPAS樹脂組成物において、全樹脂組成物中のオレフィン系共重合体の含有量は、特に限定されないが、1〜8質量%以下とすることが好ましい。尚、本実施形態においては、オレフィン系共重合体の含有量よりも、上述したグリシジルエステル由来の構成単位の含有量を特定の範囲に調整することが重要となる。
【0036】
本実施形態のPAS樹脂組成物においては、流動性の更なる向上のため、エチレン・α−オレフィン系共重合体及びα−オレフィン由来の構成単位とα,β−不飽和カルボン酸アルキルエステル由来の構成単位とを含有するオレフィン系共重合体からなる群から選択される少なくとも1種のオレフィン系共重合体をさらに含むことが好ましい。そのようなオレフィン系共重合体としては、エチレン/プロピレン共重合体、エチレン/1−ブテン共重合体、エチレン/オクテン共重合体等のエチレンと炭素数3以上のα−オレフィンとの共重合体や、エチレン/アクリル酸エチル共重合体(EEA)、エチレン/メタクリル酸共重合体等のエチレンと(メタ)アクリル酸アルキルエステルとの共重合体等が挙げられる。
エチレン・α−オレフィン系共重合体及びα−オレフィン由来の構成単位とα,β−不飽和カルボン酸アルキルエステル由来の構成単位とを含有するオレフィン系共重合体からなる群から選択される少なくとも1種のオレフィン系共重合体の含有量は、全樹脂組成物中0〜10質量%が好ましく、1〜8質量%がより好ましい。
【0037】
[ガラス繊維]
本実施形態に係るPAS樹脂組成物においては、所定範囲の繊維径を有するガラス繊維を含有する。このような繊維状の無機充填剤であるガラス繊維を含有させることにより、機械強度をはじめとして、耐熱性、寸法安定性(耐変形、そり)、電気的性質等の性能を向上させることができるとともに、所定の範囲の繊維径を有するガラス繊維を用いることで、得られる成形品の耐ヒートショック性を極めて優れたものにすることができる。
【0038】
成形品の耐ヒートショック性を向上させる上で、ガラス繊維としては、上述のようにその繊維径が所定の範囲のものを含有させることが重要となる。具体的に、本実施形態に係るPAS樹脂組成物は、繊維径が9〜15μmであるガラス繊維を含有する。ここで、ガラス繊維の繊維径とは、ガラス繊維の繊維断面の長径をいう。
【0039】
ガラス繊維の繊維径が9μm以上であると、十分な耐ヒートショック性を成形品に付与しやすい。また、ガラス繊維の繊維径が15μm以下であると、耐ヒートショックの低下を抑制しやすい。そして、ガラス繊維の繊維径としては、より好ましくは9〜13μm、更に好ましくは9〜11μmの範囲とする。
【0040】
ガラス繊維としては、上述した所定範囲の繊維径を有するものであればよく、その断面
形状は特に限定されず、真円状、楕円状等のガラス繊維を用いることができる。また、ガラス繊維の種類についても特に限定されず、例えば、Aガラス、Cガラス、Eガラス等を用いることができるが、その中でもEガラス(無アルカリガラス) を用いることが好ましい。また、そのガラス繊維は、表面処理が施されたものであっても、施されていないものであってもよい。尚、ガラス繊維に対する表面処理としては、エポキシ系、アクリル系、ウレタン系等の被覆剤或いは集束剤による処理や、アミノシランやエポキシシラン等のシランカップリング剤等による処理が挙げられる。
【0041】
また、ガラス繊維は、通常、これらの繊維を多数本集束したものを所定の長さに切断したチョップドストランド(チョップドガラス繊維) として用いることが好ましい。尚、チョップドガラス繊維のカット長については特に限定されず、例えば1〜10mm程度とすることができる。
【0042】
上市品の例としては、日本電気硝子(株)製、チョップドストランド(ECS03T−747H、平均繊維径:10.5μm)、日本電気硝子(株)製、チョップドストランド(ECS03T−747、平均繊維径:13μm)等が挙げられる。
【0043】
[炭酸カルシウム]
本実施形態に係るPAS樹脂組成物においては、所定範囲の平均粒径を有する炭酸カルシウムを含有する。このように、上述したガラス繊維と共に、金属炭酸塩の無機充填剤である炭酸カルシウムを含有させることにより、機械強度をはじめとして、耐熱性、寸法安定性(耐変形、そり)、電気的性質等の性能をより向上させることができる。それとともに、所定の範囲の平均粒径を有する炭酸カルシウムを用いることで、得られる成形品の耐LLC性を長期間保持することができる。
【0044】
成形品の耐LLC性を向上させる上で、炭酸カルシウムとしては、上述のようにその平均粒径が所定の範囲のものとすることが重要となる。具体的には、本実施形態において使用する炭酸カルシウムは、平均粒径が3μm以上10μm未満のものである。3μm以上10μm未満である場合、耐LLC性を長期間保持しやすい。炭酸カルシウムの平均粒径は、3〜8μmが好ましく、4〜7μmがより好ましい。尚、平均粒径は、レーザー回折・散乱法により測定した粒度分布における積算値が50%となる粒径(50%d)を意味する。
【0045】
炭酸カルシウムとしては、上述した所定範囲の平均粒径を有するものであれば特に限定されず、例えば、重質炭酸カルシウム、沈降炭酸カルシウム(軽質炭酸カルシウム、コロイダル炭酸カルシウム) 等を用いることができる。また、これらの炭酸カルシウムを、例えば、脂肪酸、脂肪酸エステル、樹脂酸、高級アルコール付加イソシアネート化合物等により表面処理した炭酸カルシウム(表面処理炭酸カルシウム) を用いてもよい。
【0046】
[ガラス繊維及び炭酸カルシウムの合計含有量]
本実施形態に係るPAS樹脂組成物において、ガラス繊維及び炭酸カルシウムの合計含有量は40〜55質量%であり、45〜55質量%が好ましい。当該合計含有量が40質量%未満であると、機械強度等の性能改善の効果が表れ難くなるとともに、成形品の耐ヒートショック性が低下してしまう。一方で、合計含有量が55質量%を超えると、成形作業が困難になるほか、成形品の機械強度等の物性が低下するとともに耐ヒートショック性も低下してしまう。また、ガラス繊維、炭酸カルシウムの含有比率としては、好ましくは、(ガラス繊維の含有量)/(炭酸カルシウムの含有量) が1以上4.5以下となるようにする。
【0047】
[他の成分]
本実施形態においては、その効果を害さない範囲で、上記各成分の他、その目的に応じた所望の特性を付与するために、一般に熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂に添加される公知の添加剤、即ちバリ抑制剤、離型剤、潤滑剤、可塑剤、難燃剤、染料や顔料等の着色剤、結晶化促進剤、結晶核剤、各種酸化防止剤、熱安定剤、耐候性安定剤、腐食防止剤等を配合してもよい。バリ抑制剤としては、例えば、国際公開第2006/068161号や国際公開第2006/068159号等に記載されているような、溶融粘度が非常に高い分岐型ポリフェニレンサルファイド系樹脂、シラン化合物等を挙げることができる。シラン化合物としては、ビニルシラン、メタクリロキシシラン、エポキシシラン、アミノシラン、メルカプトシラン等の各種タイプが含まれ、例えばビニルトリクロロシラン、γ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−アミノプロピルトリエトキシシラン、γ−メルカプトトリメトキシシラン等が例示されるが、これらに限定されるものではない。添加剤の含有量は、例えば、全樹脂組成物中5質量%以下にすることができる。等を挙げることができる。
【0048】
本実施形態のPAS樹脂組成物は、PAS樹脂と、オレフィン系共重合体と、ガラス繊維と、炭酸カルシウムとを少なくとも含有する混合成分を溶融混練することにより製造することができる。本実施形態のPAS樹脂組成物の製造方法は特に限定されず、当該技術分野で知られている各種方法を採用することができる。例えば、上述した各成分を混合した後、押出機に投入し、溶融混練し、ペレット化する方法が挙げられる。また、一旦組成の異なるペレットを調製し、そのペレットを所定量混合して成形に供し、成形後に目的組成の成形品を得る方法、成形機に各成分の1又は2以上を直接仕込む方法等を用いてもよい。
【0049】
本実施形態のPAS樹脂組成物を用いて成形品を成形する方法としては特に限定はなく、当該技術分野で知られている各種方法を採用することができる。例えば、本実施形態のPAS樹脂組成物を押出機に投入して溶融混練してペレット化し、このペレットを所定の金型を装備した射出成形機に投入し、射出成形することで作製することができる。
【0050】
PAS樹脂成形品の形状は特に限定されず用途に応じて適宜選択することができる。例えば、シート状、板状、筒状、被膜状等の他、所望の形状の三次元成形体に成形することができる。
【0051】
本実施形態のPAS樹脂組成物は、水を含む流体と接触し得る車両用冷却系部品の成形に用いるが、当該水を含む流体としては、例えば、エチレングリコールやグリセリンなどの有機溶媒成分と、水とを含む所謂ロングライフクーラント(LLC)や、ウォッシャー液等が挙げられる。
【0052】
本実施形態のPAS樹脂組成物は、溶融時に高い流動性を有することから、成形時において金型内の厚さ1.0mm以下の薄肉部にも行き渡り、薄肉部を良好に成形することができる。従って、本実施形態のPAS樹脂組成物により、少なくとも一部に厚さ1.0mm以下の薄肉部を有する成形品であっても良好に成形することができる。薄肉部は、成形品の一部にピンポイントで形成されてもよいし、成形品の大半を占める領域に形成されてもよい。
【0053】
本実施形態の車両用冷却系部品は、インサート成形品とすることもできる。インサート成形品は、インサート部材と、当該インサート部材の少なくとも一部を覆う樹脂部材とを有する。樹脂部材は、上述のPAS樹脂組成物を用いて形成されたものであり、当該PAS樹脂組成物を含む。当該インサート成形品は、成形用金型に金属等のインサート部材をあらかじめ装着し、当該成形用金型内に上述のPAS樹脂組成物を充填して複合成形品としたものである。PAS樹脂組成物を金型に充填するための成形法としては射出、押出圧縮成形法等があるが、射出成形法が一般的である。また、インサート部材の素材は、その特性を生かし、かつ、PAS樹脂組成物の欠点を補う目的で使用されるため、成形時にPAS樹脂組成物と接触したとき、形が変化したり溶融したりしないものが使用される。そのため、主としてアルミニウム、マグネシウム、銅、鉄、真鍮及びそれらの合金等の金属類やガラス、セラミックスのような無機固体物であらかじめ平板状、棒、ピン、ネジ等に成形されているものが使用される。
【0054】
本実施形態の車両用冷却系部品をインサート成形品とした場合においても、耐ヒートショック性、特に耐LLC性が要求される部材であって、樹脂部材の少なくとも一部に薄肉部を有する部材として好適に用いることができる。一般に、インサート成形品は、インサート部材が存在するが故に樹脂部材が必然的に薄肉になる傾向にあり、成形が困難な薄肉部が存在し得る。しかし、本実施形態のインサート成形品は、溶融時に高い流動性を有する本実施形態のPAS樹脂組成物を用いて樹脂部材を形成するため、当該樹脂部材が薄肉となる部分があっても良好に成形することができる。具体的には、本実施形態のインサート成形品は、樹脂部材の少なくとも一部に厚さ1.0mm以下の薄肉部を有するものとすることができる。尚、当該薄肉部の厚さは、PAS樹脂組成物とインサート部材とが接触した箇所においてはPAS樹脂組成物部分のみの厚さを示し、インサート部材自体の厚さは含まないものとする。
【実施例】
【0055】
以下に、実施例により本実施形態をさらに具体的に説明するが、本実施形態は以下の実施例に限定されるものではない。
【0056】
[実施例1、比較例1〜6]
各実施例・比較例において、表1に示す各原料成分をドライブレンドした後、シリンダー温度320℃の二軸押出機に投入して(ガラス繊維及び炭酸カルシウムは押出機のサイドフィード部より別添加)、溶融混練し、ペレット化した。尚、表1において、各成分の数値は質量%を示す。
また、使用した各原料成分の詳細を以下に示す。
【0057】
(1)PAS樹脂
・PPS樹脂:(株)クレハ製、フォートロンKPS(溶融粘度:20Pa・s(せん断速度:1200sec
−1、310℃))
【0058】
(PPS樹脂の溶融粘度の測定)
上記PPS樹脂の溶融粘度は以下のようにして測定した。
(株)東洋精機製作所製キャピログラフを用い、キャピラリーとして1mmφ×20mmLのフラットダイを使用し、バレル温度310℃、せん断速度1200sec
−1での溶融粘度を測定した。
【0059】
(2)オレフィン系共重合体
・オレフィン系共重合体1:住友化学(株)製、ボンドファースト(登録商標)BF−7M(エチレン−グリシジルメタクリレート−メチルアクリレート共重合体)
・オレフィン系共重合体2:エチレン/グリシジルメタクリレート共重合体(E/GMA=90/10質量%)
・オレフィン系共重合体3:エチレン−アクリル酸エステル−無水マレイン酸共重合体
【0060】
(3)ガラス繊維
・ガラス繊維1:オーウェンス コーニング ジャパン(同)製、チョップドストランド、繊維径:10.5μm、長さ3mm
【0061】
(4)炭酸カルシウム
・炭酸カルシウム1:東洋ファインケミカル(株)製、ホワイトンP−30(平均粒径:5μm)
・炭酸カルシウム2:旭鉱末(株)製、MC−35W(平均粒径:25μm)
・炭酸カルシウム3:(株)カルファイン製、KS−1300(平均粒径:1.8μm)
【0062】
[評価]
得られた各実施例・比較例のペレットを用いて以下の評価を行った。
(1)樹脂組成物の溶融粘度
(株)東洋精機製作所製キャピログラフを用い、キャピラリーとして1mmφ×20mmLのフラットダイを使用し、バレル温度310℃、せん断速度1000sec
−1での溶融粘度(MV)を測定し、以下の基準に基づいて溶融粘度(MV)を評価した。下記表1に、樹脂組成物の溶融粘度の評価結果を示す。
『○』:MVが200Pa・s以下のもの
『×』:MV数が200Pa・s超のもの
【0063】
(2)インサート成形品の耐ヒートショック性
≪インサート成形品≫
得られた各実施例及び比較例の樹脂組成物ペレットを用い、樹脂温度320℃、金型温度150℃、射出時間40秒、冷却時間60秒で、インサート金属(8mm×23mm×40mm)に、樹脂部の肉厚が1mmとなるようにインサート射出成形し、実施例及び比較例のインサート成形品を製造した。
【0064】
上記インサート成形品について、冷熱衝撃試験機(エスペック(株)製)を用いて140℃にて0.5時間加熱後、−40℃に降温して0.5時間冷却後、さらに140℃に昇温する過程を1サイクルとする高低温衝撃試験を行い、成形品にクラックが入るまでのサイクル数を測定し、以下の基準に基づいて耐ヒートショック性(高低温衝撃特性)を評価した。下記表1に、耐ヒートショック性の評価結果を示す。
『○』:サイクル数が100以上のもの
『×』:サイクル数が100未満のもの
【0065】
(3)耐湿熱性(耐LLC性)
得られた各実施例・比較例のペレットを用いて、射出成形にて、シリンダー温度320℃、金型温度150℃でISO引張試験片(ISO3167に準じた厚み:4mmのダンベル試験片)を作製し、以下の評価を行った。
【0066】
(プレッシャークッカーテスト後の引張強度)
各実施例・比較例において、ISO引張試験片を10枚用意し、プレッシャークッカーテスト(PCT)装置を用いて、温度:121℃、気圧:2atm、湿度:100%RHの条件下で、10枚の試験片のうち、5枚は処理なし(0時間)、残りの5枚は300時間処理した。次いで、処理なしの各試験片及び処理後の各試験片に対し、ISO 527−1,2に準じて引張強度(TS)の測定を行った。当該引張強度の測定は、各実施例・比較例において、処理なしの5枚の試験片、及び300時間処理後の5枚の試験片に対して行い、それぞれ平均値を算出した。また、0時間(処理なし)における引張強度(=100)に対する300時間後の引張強度を保持率として算出し、以下の基準に基づいて耐湿熱性を評価した。下記表1に、耐湿熱性の評価結果を示す。
『○』:300時間後の保持率が80以上のもの
『×』:300時間後の保持率が80未満のもの
尚、測定機は、オートグラフ全自動引張り試験機AGS−20kNG((株)島津製作所製)を用い、測定は、引張り速度:5mm/min、標線間距離:50mm、つかみ具間距離:115mmの条件で行った。
【0067】
【表1】
【0068】
表1より、実施例1においては、樹脂組成物の溶融粘度が小さく流動性に優れ、薄肉部においても良好に成形可能と推察される。また、実施例1においては、耐ヒートショック性及び耐LLC性のいずれも良好な評価結果が得られた。これに対して、比較例1〜6においては、耐ヒートショック性及び耐LLC性のいずれかの評価結果が劣っていた。具体的には、平均粒径が3μm以上10μm未満の範囲内にない炭酸カルシウムを用いた比較例1及び2は耐LLC性に劣っていた。また、炭酸カルシウムを用いなかった比較例3は耐ヒートショック性及び耐LLC性のいずれも劣っていた。さらに、グリシジルエステル由来の構成単位を含まないオレフィン系共重合体を用いた比較例5は耐ヒートショック性に劣っていた。さらに、ガラス繊維及び炭酸カルシウムの合計含有量が55質量%超の比較例6は、耐LLC性に劣っていた。
一方、比較例4は、耐ヒートショック性及び耐LLC性こそ良好な評価結果が得られたが、グリシジルエステル由来の構成単位を含まないオレフィン系共重合体を使用したことから、樹脂組成物の溶融粘度が大きく流動性に劣っていた。そのため、比較例4においては、成形性に劣り、複雑な構造を有する傾向にある、水を含む流体と接触し得る車両用冷却系部品には不適である。