【実施例】
【0039】
以下に、本発明について実施例を挙げてさらに詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に限られるものではない。
【0040】
<クローディン欠損上皮細胞株の作製>
クローディン欠損用ベクターの作製
本発明に係るクローディン欠損上皮細胞は、TALENsを使用したゲノム編集によって、クローディン1、クローディン2、クローディン3、クローディン4及びクローディン7を欠損させたものである。
【0041】
まず、クローディンを欠損させるためのTALENsを各クローディン遺伝子毎に作成し、作成されたTALENsを使用して、親株であるイヌ腎臓由来MDCKII株が本来持っているクローディン遺伝子のうち、クローディン1、クローディン2、クローディン3、クローディン4及びクローディン7の遺伝子をそれぞれ切断することによってクローディンを欠損させた。
【0042】
具体的には、AddneneのTALE Toolbox kit(#1000000019)を使用し、このキットの取り扱い説明書に記載の手順に従ってクローディン2遺伝子に対応するTALENペアを作成し、これらTALEN遺伝子をそれぞれpCAGGSベクターにneomyocin耐性遺伝子又はpuromycin耐性遺伝子とともに導入した。なお、pCAGGSベクターは、RIKEN BRC DNA BANKから購入することができる(カタログ#RDB08938)。
【0043】
親株の培養とTALENsによるゲノム編集
前述したような手順で作製したTALENsベクターの親株へのトランストランスフェクションは、Lipofectamine LTX with Plus Reagent(Thermo fisher,A12621)を使用して行った。培地は、Lipofectamine LTX with Plus Reagentで推奨されているOPTI−MEMを使用した。
6ウェルプレート(FALCON社製)に、親株であるイヌ腎臓由来MDCKII株(シグマアルドリッチ、MTOX1300−1VL)を、1ウェル当たり4×10
4cellとなるように播いた。その2時間後に、これら細胞に対して、前述のTALENsベクターを導入した。
ベクターを導入した翌日に、500μg/mlのG418と5μg/mlのpuromycinを4時間投与して、TALENペアを発現するための2種類のベクターが両方導入された細胞のみが生き残るようにした。
生き残った細胞株を分離して、クローディン2欠損上皮細胞株とした。
このようにして作製したクローディン2を欠損した上皮細胞株に対して、同様の手順を繰り返してクローディン4、クローディン3、クローディン7、クローディン1の順番で5種類のクローディン遺伝子を欠損させたクローディン欠損上皮細胞株を作製した。1つのクローディンサブタイプを欠損させる度に、次のトランスフェクションの前に、得られたクローディン欠損上皮細胞株のゲノムに、ベクターが導入されたことを示す薬物耐性遺伝子が組み込まれていないかどうかを、この薬物耐性遺伝子に特異的なDNA配列をPCRで増幅させることによって確認した。
【0044】
クローディン欠損上皮細胞株における各クローディン欠損の確認
(1)ゲノムシークエンスによる各クローディン遺伝子の破壊の確認
各クローディン遺伝子の破壊が成功したかどうかについては、BigDye Terminator V3.1 Sequencing Kit(Thermo Fisher Scientific)と、Applied Biosystems 3130xl DNA analyzer(Thermo Fisher Scientific)を使用して確認した。結果は図示していないが、クローディン1については、開始コドンから数えて15番目のコドンに2塩基対の挿入が確認された。クローディン2及びクローディン4については、開始コドンの直後にそれぞれ4塩基対の挿入があった。クローディン3については、開始コドンから8番目のコドンに409塩基対の挿入が確認された。クローディン7については、開始コドンから17番目のコドンに4塩基対の挿入が確認された。この実験結果から、クローディン1、クローディン2、クローディン3、クローディン4及びクローディン7の5つのクローディン遺伝子が破壊されていることが確認できた。
ゲノムPCRに使用したプライマーは以下の通りである。
Claudin−1 forward, 5‘−TTTCTCGAGCCTGATCCTTCCCAGGGGT−3’、Claudin−1 reverse, 5‘−TTTTTGAATTCACCTTGCACTGAATCTGCCC−3’。
Claudin−2 forward, 5‘−ACCCACAGACACTTGTAAGG−3’、Claudin−1 reverse, 5‘−CCAACGAAGAGATCGCACTG−3’。
Claudin−3 forward, 5‘−AAGCACAGGCAGGTGCAGGCGCTGC−3’、Claudin−1 reverse, 5‘−AGCCCGAAGGCGGCCAGCAGGATGG−3’。
Claudin−4 forward, 5‘−CTCATGGTCGTCAGCAGCAGCATCAT−3’、Claudin−1 reverse, 5‘−GTCCCGGATGATATTGTTGG−3’。
Claudin−7 forward, 5‘−GGGGTCGACCCGGCCTTCGCGGATCGCTCTTTGG−3’、Claudin−1 reverse, 5‘−CCCGAATTCTCGTACATTTTGCAGCTCATCATGC−3’。
(2)ウエスタンブロッティングによるクローディンの発現確認
前述したようにして作製した5つのクローディンを全て欠損したクローディン欠損上皮細胞株(以下、Claudin quinKO株ともいう。寄託受領番号:NITE-AP-03088)において、実際に5つのクローディンが発現していないことをウェスタンブロッティングにより確認した。
【0045】
具体的には、Claudin quinKO株をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄した後に、100mMDTTを添加したLaemmliサンプルバッファー(Bio−Rad,#1610737)で溶解し、95℃で5〜〜10分間インキュベートした。
このようにして得られたサンプルをSDS−PAGEで分離し、分離したタンパク質をポアサイズ0.45μmのニトロセルロース転写膜(Whatman,#10−401−196)に転写し、5質量%となるようにスキムミルクを添加したTBS緩衝液(ブロッキングバッファー)でブロッキングした。
その後、ブロッキングバッファに検出したいタンパク質に結合する一次抗体を添加し、室温で1〜2時間インキュベートした。
【0046】
この時に使用した、一次抗体は以下の通りである。
rabbit polyclonal anti−claudin−1(Thermo Fisher Scientific,#51−9000)、mouse monoclonal anti−claudin−2(Thermo Fisher Scientific,clone 12H12;#32−5600)、rabbit polyclonal anti−claudin−3(Thermo Fisher Scientific,#34−1700)、mouse monoclonal anti−claudin−4(Thermo Fisher Scientific,clone 3E2C1;#32−9400)、rabbit polyclonal anti−claudin−7(Thermo Fisher Scientific,#34−9100)。
また、使用した2次抗体は以下の通りである。
sheep anti−mouse IgG HRP−conjugated whole antibody(GE Helthcare,#NA931V)、donkey anti−rabbit HRP−conjugated F(a‘b’)
2 fragment(GE Helthcare,#NA9340V).
【0047】
次に、0.1質量%となるようにTween20w添加したPBSを用いて、10分間浸透しながら洗浄する工程を3回繰り返した後、ECL Prime kit(GE Healthcare,#RPN2232)を用いてシグナルを検出した。
画像は、LAS3000 mini(Fujifilm)を使用してキャプチャーし、画像の明るさ及びコントラストは、Fiji/ImageJ 1.52f(National Institute of Health)で調整した。結果を
図2示す。
【0048】
図2の結果から、今回作成したクローディン欠損上皮細胞株は、クローディン1、クローディン2、クローディン3、クローディン4及びクローディン7を発現していないことが確認できた。
【0049】
<クローディン欠損上皮細胞株におけるタイトジャンクション機能の確認>
次に、前述したようにして作製したClaudin quinKO株について、タイトジャンクションの形成状況を確認した。
凍結割断法によるタイトジャンクションの観察
まず、親株のイヌ腎臓由来MDCKII株について、タイトジャンクションの形成状況を凍結割断法によって確認した。写真を
図3に示す。
図3の写真から、イヌ腎臓由来MDCKII株では、ベルト状に連続したタイトジャンクションを形成することが確認できた。
前記凍結割断法は以下のようにして行った。
イヌ腎臓由来MDCKII株を、CorningのTranswellフィルター上で5〜7日間培養した。その後、0.1Mのリン酸緩衝液(pH7.4)で一回リンスして、2%のglutaraldehydeを含む0.1Mのリン酸緩衝液(pH7.4)中で一晩固定化した。 これを0.1Mのリン酸緩衝液(pH7.4)で10分間洗浄する工程を10回繰り返し、この試料を30%のglycerolを含む0.1Mのリン酸緩衝液(pH7.4)に室温で30分浸し、凍結保護した。
メスでフィルターを切除した後、フィルターからスクレイパーで細胞を剥がしとり、金製の試料台に載置した。余剰の緩衝液を除去した後、試料を液体窒素中で急速凍結させた。
凍結させた試料を、フリーズフラクチャー装置(Bal-Tec、BAF-060)に入れて、−110℃で割断した。割断後ただちに割断面に対して40°の角度から白金を膜厚が〜2nmとなるように蒸着させ、さらに90°の角度から炭素を膜厚が〜20nmとなるように蒸着させて、試料表面を覆った。
試料を装置から取り出した後、コロジオンで被覆し、家庭用漂白剤で洗浄した。
これを水で10分間リンスする工程を3回繰り返して作製したレプリカを200−メッシュのフォームコーティング銅電極上に集めた。
このようにして作製した試料を、透過型電子顕微鏡(JEOL,JEM1011又はJEM1010)を使用して加速電圧100−kVで観察した。画像は、iTEMMegaViewG2又はVeleta CCD カメラでキャプチャーした。
【0050】
次に、今回作製したClaudin quinKO株について、同様にタイトジャンクションの形成状況を確認した。前述した凍結割断法によって得た写真を
図4に示す。この時の実験条件は、全て
図3と同じものとした。
【0051】
これら写真を比べると分かるように、
図3では細かな点線のようにベルト状に連続して形成されていたタイトジャンクションが
図4では全く観察できないことが分かった。
この結果から、クローディン1、クローディン2、クローディン3、クローディン4及びクローディン7を欠損させると、タイトジャンクションが形成されなくなることが確認できた。
【0052】
<クローディン欠損上皮細胞株へのクローディン遺伝子の導入とタイトジャンクションのバリア機能の確認>
次に、作製したClaudin quinKO株に対して、クローディン1又はクローディン5を発現させて、タイトジャンクションが形成されることを確認した。実験手順を以下に説明する。
【0053】
ヒトClaudin-1発現ベクター及びヒトClaudin-5発現ベクターの作製
ヒトClaudin-1 cDNA又はヒトClaudin-5 cDNAを発現ベクターpCAGGSに挿入した。なお、ヒトClaudin-1 cDNA及びヒトClaudin-5 cDNAは、例えば、ヒト脳cDNAライブラリーから簡単に取得できる。
【0054】
ヒトClaudin-1発現ベクター又はヒトClaudin-5発現ベクターの導入
前述したヒトClaudin-1発現ベクター又はヒトClaudin-5発現ベクターを、それぞれClaudin quinKO細胞にトランスフェクションさせた。具体的には、Thermo Fisher Scientific社のLipofectamine LTX Reagentを用い、メーカープロトコールに従ってトランスフェクションを行った。
翌日、細胞をトリプシンで分散して蒔き直し、G418 300μg/mlを含む選択培地で培養し、11日後に耐性クローンを48個回収し、トリプシン処理を行い、96ウェルプレート2枚に等分した。
96ウェルプレートに移植した3日後に、片側の96ウェルプレートを、細胞を接着させたまま抗クローディン1抗体(フナコシ, FAB4618G)又は抗クローディン5抗体(Morita et al., J Cell Biol. 147:185-94, 1999, Thermo Fisherの4C3C2等を使用しても良い。)で蛍光免疫染色し、陽性クローンを取得した。このようにして取得した株を以下、 Claudin quinKO+claudin1株、Claudin quinKO+claudin5株とそれぞれ呼ぶことにする。
【0055】
タイトシャンクション形成の観察
前述したようにして得たClaudin quinKO+claudin1株を培養し、タイトジャンクションの形成状況を観察した。結果を
図5に示す。この時の実験条件は、全て
図3及び
図4の時と同じものとした。
この
図5から分かるように、Claudin quinKO株では形成されなかったタイトジャンクションが、クローディン1遺伝子を導入したClaudin quinKO+claudin1株では再構築されていることが分かった。このタイトジャンクションは、導入したクローディン1によって形成されているものと考えられる。
【0056】
タイトジャンクションのバリア機能評価
プラスチックシャーレに培養して増やした細胞(Claudin quinKO株及びClaudin quinKO+claudin5株)をトリプシン処理によってはがして、計数する。
2 X 105個の細胞を、Corning社 Transwellカルチャーインサート(#3401)にまいて培養し、4から6日後に以下の二通りのバリアアッセイを行った。なお、Claudin quinKO+claudin5株については、陽性クローン4種類を使用して実験を行った。
【0057】
(1)Transepithelial electrical resistance (経上皮電気抵抗)
ミリセル(Millicell) ERS-2抵抗値測定システム(ミリポア社)を用いて、Transwellの上チャンバーと下チャンバーにそれぞれ電極を入れ、細胞シートの電気抵抗を測定した。結果を
図6に示す。図中の1はClaudin quinKO株を、2〜5はClaudin quinKO+claudin5株をそれぞれ示す。
【0058】
この
図6の結果から、5つのクローディン遺伝子を欠損したClaudin quinKO株では、上チャンバーと下チャンバーとの間でほとんど電気抵抗が発生していない。この数値は、同じ条件で実験をした場合の親株(MDCKII株)の6分の1程度の値である。この結果から、Claudin quinKO株では、細胞間にタイトジャンクションが形成されておらず、バリア機能が失われていることが分かった。
【0059】
一方、クローディン5遺伝子を導入したClaudin quinKO+claudin5株の場合は、いずれのクローンでも、上チャンバーと下チャンバーとの間に明らかな電気抵抗が発生している。このことから、これらClaudin quinKO+claudin5株では、クローディン5遺伝子を導入したことによって、タイトジャンクションが形成され、バリア機能が復活していることが分かった。
【0060】
(2)Paracellular flux (傍細胞経路流量)
Transwellの上チャンバーに389Daのフルオレセイン(ナカライテスク、16106−82)を200μMになるように加え、1時間後に下チャンバーを回収し、細胞膜を通過して下チャンバーに漏れ出たフルオレセイン量を蛍光プレートリーダーにて定量した。結果を
図7に示す。図中の1はClaudin quinKO株を、2〜5はClaudin quinKO+claudin5株をそれぞれ示す。
【0061】
この
図7の結果から、5つのクローディン遺伝子を欠損したClaudin quinKO株では、上チャンバーに添加したフルオレセインが下チャンバーに漏れ出していることが分かる。同じ条件で実験をした場合の親株(MDCKII株)では、下チャンバーにはほとんどフルオレセインが漏れ出さないことが確かめられている。この結果からも、Claudin quinKO株では、細胞間にタイトジャンクションが形成されておらず、バリア機能が失われていることが分かった。
【0062】
一方、クローディン5遺伝子を導入したClaudin quinKO+claudin5株の場合は、いずれのクローンでも、上チャンバーに添加したフルオレセインは下チャンバーからはほとんど検出されなかった。このことから、これらClaudin quinKO+claudin5株では、クローディン5遺伝子を導入したことによって、タイトジャンクションが形成され、バリア機能が復活していることが分かった。
【0063】
以上の結果から、5つのクローディンを欠損することによって、タイトジャンクションが形成されず、バリア機能が失われたClaudin quinKO株に、クローディン遺伝子を導入してクローディンを発現させることによって、タイトジャンクションが形成され、バリア機能が発揮されることが分かった。
【0064】
また、Claudin quinKO株にクローディン1遺伝子又はクローディン5遺伝子を導入すれば、バリア機能を有するタイトジャンクションが形成されたことから、Claudin quinKO株は内在性のクローディンを実質的に発現しないことによって、タイトジャンクションを形成しなくなったものであり、タイトジャンクションを形成するための、例えば、上皮細胞極性などの性質や機能は保持していることが分かった。
【0065】
そのため、例えば、このClaudin quinKO株に様々なクローディン遺伝子を導入することによって、特定のクローディンのみからなるタイトジャンクションを形成することができる。その結果、クローディンに作用してタイトジャンクションのバリア機能に影響を与える物質をスクリーニングすることができると考えられる。