【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和1年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)、次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業、「バイオ医薬品の高度製造技術の開発/高性能な国産細胞株の構築」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【解決手段】哺乳動物細胞内で目的遺伝子の発現を高める方法であって、SIRT1遺伝子の機能が欠損され、かつ前記目的遺伝子が導入された、前記哺乳動物細胞の形質転換体を、低酸素条件下にて培養する工程を含む。
前記形質転換体には、前記哺乳動物細胞内で機能する哺乳動物複製開始領域および前記哺乳動物細胞内で機能する核マトリックス結合領域を具備するベクターが、さらに導入されている、請求項1または2に記載の方法。
前記哺乳動物細胞内で機能する哺乳動物複製開始領域および前記哺乳動物細胞内で機能する核マトリックス結合領域を具備するベクターをさらに含む、請求項6に記載のキット。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の一実施形態について以下に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。本発明は、以下に説明する各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能である。本発明はまた、異なる実施形態および実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態および実施例についても本発明の技術的範囲に含まれる。なお、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考文献として援用される。また、本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A〜B」は、「A以上(Aを含みかつAより大きい)B以下(Bを含みかつBより小さい)」を意図する。
【0020】
本明細書において、「遺伝子」とはヌクレオチドの重合体を意図し、「ポリヌクレオチド」、「核酸」または「核酸分子」と同義で使用される。遺伝子は、DNAの形態(例えば、cDNAもしくはゲノムDNA)でも存在しうるし、RNA(例えば、mRNA)の形態でも存在しうる。DNAまたはRNAは、二本鎖であっても、一本鎖であってもよい。一本鎖DNAまたはRNAは、コード鎖(センス鎖)であっても、非コード鎖(アンチセンス鎖)であってもよい。遺伝子は化学的に合成してもよい。また、本明細書において「ポリヌクレオチド」と記載した場合、DNAであってもよいし、RNAであってもよい。
【0021】
本明細書において、「タンパク質」は、「ペプチド」または「ポリペプチド」と同義で使用される。本明細書中、塩基およびアミノ酸の表記は、IUPACおよびIUBの定める1文字表記または3文字表記を適宜使用する。
【0022】
〔1.本発明のメカニズム(モデル)〕
本発明の一実施形態は、SIRT1遺伝子の機能を欠損した哺乳動物細胞を、遺伝子増幅する際に低酸素条件下にて培養することにより、目的遺伝子の発現を高めるものである。なお、本明細書において「目的遺伝子」とは、タンパク質の発現を目的として前記の哺乳動物細胞に導入されるポリヌクレオチドを意図する。
【0023】
SIRT1遺伝子の機能欠損と、低酸素条件下での培養とは、いずれも哺乳動物細胞における目的遺伝子の発現を高める。そして、SIRT1遺伝子の機能欠損と、低酸素条件下での培養を組み合わせることで、さらに目的遺伝子の発現が高まる。低酸素条件下では、SIRT1遺伝子が低酸素誘導因子の活性化に働くことが知られている。そのため、本発明の一実施形態において、SIRT1遺伝子の機能欠損と低酸素条件下での培養とが密接に関連して、目的遺伝子の発現を相乗的に高めることができると考えられる。
【0024】
したがって、本発明の一実施形態では、遺伝子発現に適した環境を人工的に形成し、当該環境の中に目的遺伝子を配置することによって、目的遺伝子の発現量を高めることができる。
【0025】
〔2.哺乳動物細胞内で目的遺伝子の発現を高める方法〕
本実施の形態の哺乳動物細胞内で目的遺伝子の発現を高める方法は、SIRT1遺伝子の機能が欠損され、かつ目的遺伝子が導入された、哺乳動物細胞の形質転換体を、低酸素条件下にて培養する工程を含む方法である。
【0026】
以下に、本発明の一実施形態に係る哺乳動物細胞の形質転換体(以下、「本発明の形質転換体」)について説明し、さらに、当該形質転換体を低酸素条件下にて培養する工程についても説明する。
【0027】
〔2−1.本発明の形質転換体〕
本発明の形質転換体は、SIRT1遺伝子の機能が欠損され、かつ目的遺伝子が導入されてなる哺乳動物細胞の形質転換体である。
【0028】
本発明の一実施形態に係る哺乳動物細胞としては、特に限定されず、各種哺乳動物由来の細胞(例えば、各種哺乳動物由来の培養細胞)が用いられ得る。例えば、チャイニーズハムスター由来のCHOや、各種腫瘍細胞等が挙げられる。CHOとしては、例えば、CHO−K1(ATCC CCL−61、RIKEN RCB0285、RIKEN RCB0403等)や、CHO DG44が挙げられる。CHOは、現在、医薬等の有用タンパク質の実生産に用いられており、安全性が確認されている細胞であり、本発明の一実施形態に係る方法が適用される哺乳動物細胞としては好ましい。
【0029】
遺伝子増幅効率が高いという点では、無限増殖能を有する腫瘍細胞が好ましい。前記腫瘍細胞としては、例えば、HeLa(入手先:例えば、ATCC CCL−2、ATCC CCL−2.2、RIKEN RCB0007、RIKEN RCB0191等)、ヒト大腸がんCOLO 320DM(入手先:例えば、ATCC CCL−220)、ヒト大腸がんCOLO 320HSR(入手先:例えば、ATCC CCL−220.1)、マウス骨髄腫NS0(入手先:例えば、RIKEN RCB0213)等が挙げられる。なおヒト大腸がんCOLO 320DMについては、「Shimizu, N., Kanda, T., and Wahl, G. M. Selective capture of acentricfragments by micronuclei provides a rapid method for purifying extrachromosomally amplified DNA. Nat. Genet., 12: 65−71, 1996.」に記載されている。目的遺伝子がヒト由来の遺伝子である場合、哺乳動物細胞として、COLO 320DMのようなヒト由来の細胞を用いることが好ましい。このような構成によれば、発現したタンパク質には、当該ヒト由来の細胞による翻訳後修飾が施されるため、内在性のタンパク質と同様の活性を有するタンパク質を大量に得ることが容易である。
【0030】
本発明の形質転換体は、SIRT1遺伝子の機能が欠損されている。なお、本明細書において「SIRT1遺伝子の機能が欠損」とは、特に限定されるものではないが、例えば、当該遺伝子が細胞内に存在しない場合のほか、以下の(i)〜(iv)のため、SIRT1遺伝子が機能しない場合等も含むことを意図している:(i)当該遺伝子のORFの大半が欠損している、(ii)当該遺伝子の主要部分が欠損している、(iii)当該遺伝子が発現しない、(iv)当該遺伝子に変異が含まれている。
【0031】
この場合、宿主に対して人為的に変異を施すことによって、SIRT1遺伝子の機能を欠損した形質転換体を作製してもよいが、元々、SIRT1遺伝子の機能を有していない宿主(例えば、ゲノム中にSIRT1遺伝子が存在しない宿主等)を用いて形質転換体を作製してもよい。
【0032】
生物種が異なれば、哺乳動物細胞内に存在する、SIRT1遺伝子も異なる。それ故に、本発明の形質転換体において欠損させるSIRT1遺伝子は、宿主に応じて適宜決定すればよい。例えば、本発明の形質転換体がヒト由来であった場合に、機能を欠損させるSIRT1遺伝子のゲノム配列を配列番号2に示している。また、本発明の形質転換体がチャイニーズハムスター由来であった場合に、機能を欠損させるSIRT1遺伝子のゲノム配列を配列番号6に示している。
【0033】
SIRT1遺伝子の機能が欠損されている哺乳動物細胞の形質転換体を培養することによって、遺伝子の増幅効率が向上するメカニズムの詳細は現時点では不明である。メカニズムの一例としては、SIRT1遺伝子の機能欠損によるヒストンのアセチル化レベル上昇が挙げられる。SIRT1はヒストン脱アセチル化酵素として知られており、SIRT1遺伝子の機能欠損により、ヒストンのアセチル化レベルは上昇する。そのため、SIRT1の機能欠損により、増幅した目的遺伝子が受けているエピジェネティックな発現抑制が解除され、目的遺伝子を高発現させることができると発明者らは考えている。なお、SIRT1遺伝子の機能欠損により、目的遺伝子の発現が高まるメカニズムについては、これに限定されるものではない。
【0034】
また、本発明の形質転換体には、目的遺伝子が導入されている。なお、目的遺伝子は発現させるべきタンパク質(換言すれば、目的タンパク質)をコードするポリヌクレオチドのことである。よって、目的遺伝子は、特に限定されるものではなく、所望のタンパク質をコードするポリヌクレオチドを適宜選択の上、採用すればよい。当該ポリヌクレオチドは、その塩基配列情報を元に、公知の技術(例えば、PCR法、化学合成法)を用いて取得すればよい。
【0035】
目的遺伝子は、発現制御が可能なようにプロモーターに連結されていることが好ましい。前記プロモーターは、導入される哺乳動物細胞内で機能するものであれば特に限定されない。例えば、転写因子等による影響によって、プロモーターの転写活性が制御されて活性化または不活性化されるプロモーター(換言すれば、転写活性調節型プロモーター)であってもよいし、恒常的に転写活性が活性化されている恒常型プロモーターであってもよい。
【0036】
転写活性調節型プロモーターは、特に限定されず、例えば、TREプロモーター(クロンテック社製)、T−REXプロモーター(インビトロジェン社製)等の市販品を利用可能である。恒常型プロモーターとしては、CMVプロモーター、SV40初期領域由来プロモーター(SV40プロモーター)、SRalphaプロモーター(SRαプロモーター)、LTRプロモーター、MMTVプロモーター等が利用可能である。
【0037】
目的遺伝子には、その他、ターミネーター等目的遺伝子の発現に必要なポリヌクレオチド、制限酵素認識部位、薬剤耐性遺伝子等のクローニングに必要なポリヌクレオチド等が含まれていてもよい。
【0038】
本発明の形質転換体には、以下に例示するようなベクターが導入されていてもよい。また、当該ベクターに目的遺伝子が含まれていてもよいし、目的遺伝子と、これらのベクターとは別々のプラスミドとして導入されていてもよい。
【0039】
さらに、本実施の形態に用いられるベクターは、哺乳動物細胞内で機能する哺乳動物複製開始領域(IR)および哺乳動物細胞内で機能する核マトリックス結合領域(MAR)を具備していてもよい。当該構成であれば、遺伝子増幅効率および発現効率がより高まることが期待できるという利点があるため、好ましい。
【0040】
MARは、特に限定されず、Igκ遺伝子座、SV40初期領域、および、ジヒドロ葉酸リダクターゼ遺伝子座の核マトリックス結合領域を挙げることができる。なお、Igκ遺伝子座の核マトリックス結合領域については、例えば「Tsutsui, K. et. al., J. Biol. Chem. Vol.268, p12886-12894(1993)」に記載されている。SV40初期領域の核マ
トリックス結合領域については、例えば「Pommier, Y. et. al., J. Virol., Vol.64, p419-423(1990)」に記載されている。ジヒドロ葉酸リダクターゼ遺伝子座の核マトリックス結合領域については、例えば「Shimizu N. et al., Cancer Res. Vol.61, p6987-6990(2001)」に記載されている。
【0041】
また、IRとしては、特に限定されず、c−myc遺伝子座、ジヒドロ葉酸リダクターゼ遺伝子座、および、β−グロビン遺伝子座の複製開始領域を挙げることができる。なおc−myc遺伝子座の複製開始領域については、例えば「McWhinney, C. et al., Nucleic Acids Res. vol. 18, p1233-1242(1990)」に記載されている。ジヒドロ葉酸リダクターゼ遺伝子座の複製開始領域については、例えば「Dijkwel, P.A. et al., Mol. Cell. Biol. vol.8, p5398-5409(1988)」に記載されている。β−グロビン遺伝子座の複製開始領域については、例えば「Aladjem, M. et al., Science vol. 281, p1005-1009(1998)」に記載されている。
【0042】
なお、本発明の一実施形態は、IRおよびMARを利用しない通常の発現系においても適用し得る。本発明の一実施形態に係る方法により得られる作用の一つは、反復配列による転写抑制等の影響の低減であると考えられ、当該作用はIRおよびMAR以外の発現系でも同様に効果が期待できる。そのため、例えばDHFR/Mtx法であっても、本発明の一実施形態に係る方法による目的遺伝子の発現を高める効果は、IRおよびMARを用いた場合と同様に得られると考えられる。したがって、本発明の一実施形態に係る方法によれば、IRおよびMARを利用しない通常の発現系においても、IRおよびMARを利用する場合と同様に目的遺伝子の発現を高めることができる。
【0043】
ベクターは、核マトリックス結合領域および複製開始領域の他に、目的に応じて、大腸菌内でクローニングを行うために必要な配列、薬剤耐性遺伝子(例えば、ブラストサイジン抵抗性遺伝子、ネオマイシン抵抗性遺伝子、ヒグロマイシン抵抗性遺伝子等)、または、選択マーカーとして利用可能な蛍光タンパク質をコードする遺伝子(例えば、EGFP遺伝子等)等を具備していてもよい。
【0044】
目的遺伝子およびベクターを哺乳動物細胞に導入する方法は、特に限定されるものではなく、リポフェクション、エレクトロポレーション法、パーティクルガン法等の公知の方法を利用可能である。またその詳細な条件については、導入される哺乳動物や、各エレメント等に応じて適宜最適な条件を検討の上、採用すればよい。
【0045】
〔2−2.本発明の形質転換体を、低酸素条件下にて培養する工程〕
本実施の形態の哺乳動物細胞内で目的遺伝子の発現を高める方法は、本発明の形質転換体を、低酸素条件下にて培養する工程(換言すれば、培養工程)を含んでいる。
【0046】
ここで、「低酸素条件下にて培養」とは、哺乳動物細胞を培養する際の雰囲気中の酸素濃度が、当該哺乳動物細胞が通常培養される酸素濃度未満であることを意味する。「哺乳動物細胞が通常培養される酸素濃度」は、細胞によって異なるために一義的に決定されるものではないが、一般的な哺乳動物細胞であれば20%(v/v)である。よって、低酸素条件下とは、哺乳動物細胞を培養する際の雰囲気中の酸素濃度が、20%(v/v)未満である場合である。哺乳動物細胞を低酸素条件下で培養する際の酸素濃度は、20%(v/v)未満が好ましく、10%(v/v)未満がより好ましく、5%(v/v)未満がさらに好ましい。前記好ましい範囲内であれば、哺乳動物細胞が増殖し易く、かつ遺伝子増幅効率の増加効果が得られやすい。また、哺乳動物細胞を低酸素条件下で培養する際の酸素濃度は、0%(v/v)であってもよい。なお、「%(v/v)」は「体積パーセント」を意味し、「% v/v」または「% vol/vol」とも表記する。
【0047】
哺乳動物細胞を、このような低酸素条件下で培養することによって、目的遺伝子の発現が向上するメカニズムの詳細は現時点では不明であるが、そのメカニズムの一例として、低酸素条件下で遺伝子増幅をする際に生じるDNA2本鎖切断が考えられる。このようなDNA2本鎖切断が、遺伝子増幅する際の低酸素条件下での培養において、目的遺伝子の遺伝子増幅の引き金となるのではないかと本発明者らは推察している。なお、低酸素条件下で培養することにより、目的遺伝子の発現が高まるメカニズムについては、これに限定されるものではない。
【0048】
本実施の形態の方法における培養工程によって、〔2−1.本発明の形質転換体〕の欄にて説明した本発明の形質転換体を培養して、目的遺伝子の発現を高めることができる。
【0049】
SIRT1遺伝子の機能が欠損された哺乳動物細胞の形質転換体を、低酸素条件下で培養することによって、遺伝子の増幅効率が向上するメカニズムの詳細は現時点では不明である。可能性の一つとして、冒頭に示したように、低酸素条件下では、SIRT1遺伝子が低酸素誘導因子の活性化に働くことが知られており、SIRT1遺伝子の機能欠損と低酸素条件下での培養との密接な関連が、目的遺伝子の発現に寄与していることが考えられる。すなわち、このように密接に関連している、SIRT1遺伝子の機能欠損と低酸素条件下での培養とを併用することにより、目的遺伝子の発現が相乗的に高まるのではないかと、本発明者らは推察している。
【0050】
培養工程の具体的方法は特に限定されるものではなく、培養する哺乳動物細胞によって最適な条件を検討の上、適宜採用すればよい。例えば、本発明の形質転換体を、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤の存在下で培養してもよい。HDAC阻害剤はヒストンのアセチル化レベルを上昇させるため、増幅した目的遺伝子が受けているエピジェネティックな発現抑制を解除することにより、目的遺伝子を高発現させることができる。
【0051】
HDAC阻害剤は、特に限定されるものではないが、例えば酪酸ナトリウム(Butyrate)、Trichostatin A(TSA)、MS−275、Oxamflatin、DMSO等が挙げられる。中でも、HDAC阻害剤として、酪酸ナトリウムが好ましい。HDAC阻害剤の培地への添加量については、本発明の形質転換細胞の生存および/または増殖に影響を与えない範囲内で、目的遺伝子の発現量が向上する添加量を検討の上、採用すればよい。
【0052】
〔3.哺乳動物細胞内で目的遺伝子の発現を高めるためのキット〕
本実施の形態の哺乳動物細胞内で目的遺伝子の発現を高めるためのキットは、SIRT1遺伝子の機能が欠損された、哺乳動物細胞の形質転換体を備えている。
【0053】
哺乳動物細胞の形質転換体については、〔2−1.本発明の形質転換体〕の欄にて説明した哺乳動物細胞の形質転換体を用いればよい。本実施の形態のキットに用いるSIRT1遺伝子の機能が欠損された、哺乳動物細胞の形質転換体の構成については、〔2−1.本発明の形質転換体〕の説明が援用可能である。
【0054】
本実施の形態の哺乳動物細胞内で目的遺伝子の発現を高めるためのキットでは、哺乳動物細胞内で機能する哺乳動物複製開始領域および哺乳動物細胞内で機能する核マトリックス結合領域を具備するベクターを含まれていてもよい。このようなベクターの構成については、〔2−1.本発明の形質転換体〕の説明が援用可能である。
【0055】
本実施の形態の哺乳動物細胞内で目的遺伝子の発現を高めるためのキットでは、SIRT1遺伝子の機能が欠損された、哺乳動物細胞を含み、当該哺乳動物細胞は、目的遺伝子が導入され、低酸素条件下にて培養されてもよい。
【0056】
また、本発明のキットには、形質転換に必要な機器や試薬、宿主となる哺乳動物細胞、その他取扱説明書等がさらに含まれていてもよい。
【0057】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0058】
以下、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0059】
〔実施例1〕
(SIRT1遺伝子の機能を欠損させたCOLO 320DM#3の形質転換体の培養)
実施例1では、哺乳動物細胞として神経内分泌細胞由来ヒト大腸がん細胞株であるCOLO 320DM(CCL−220)(American Type Culture Collection (ATCC; Manassas, VA, USA)から取得)のクローンであるCOLO 320DM#3を用いた。COLO 320DM#3は、複数の染色体外遺伝因子(DM)を有している。COLO 320DM#3のSIRT1遺伝子の機能を欠損させるため、CRISPR/Cas9システムにより、Cas9タンパク質とガイドRNAとの複合体によって、細胞内でゲノムDNA上の任意の領域を切断し、COLO 320DM#3の遺伝子破壊を行った。Cas9タンパク質としては、pX330-U6-Chimeric_BB-CBh-hSpCas9(Feng Zhang氏提供)を用い、このCas9タンパク質のBbs Iサイトに、ヒトのSIRT1遺伝子のガイドRNA(配列番号1)を挿入した。
【0060】
Cas9 Human Sirt1(67-87); GAGGCCGCGTCGTCCCCCGCCGG(配列番号1)
ガイドRNAが標的染色体部位を認識し、ガイドRNAにリクルートされたCas9が標的染色体部位を切断することで、COLO 320DM#3のSIRT1遺伝子を破壊した。COLO 320DMのSIRT1遺伝子のゲノム配列については、配列番号2に示す。
【0061】
図1に、SIRT1遺伝子を破壊してSIRT1遺伝子の機能を欠損させたCOLO 320DM#3の各クローンサンプル(ノックアウト:KO)におけるウエスタンブロットの結果を示す。
図1に示すように、SIRT1遺伝子を欠損させていないCOLO 320DM#3のクローンサンプル(Non−KO)と比較して、いずれのクローンサンプルでも、SIRT1遺伝子が破壊されていることが示された。
【0062】
続いて、実施例1に用いる目的遺伝子を有したベクターを作製した。
図2に、ベクターの構造を示す。pΔBM d2EGFPは、目的遺伝子であるd2EGFPと、MAR(具体的にはAR1、配列番号3)と、IR(具体的にはヒトbeta−globin遺伝子座由来の複製開始領域)と、が挿入されている。本実施例において、pΔBM d2EGFPは「Harada et al., J. Biol. Chem. vol.284, p24320-24327(2009)」に記載の方法で作製した。
【0063】
前記ベクターをCOLO 320DM#3に導入した。具体的には、GenePORTER(登録商標)2 Transfection Reagent(Genlantis社製)を用いて、COLO 320DM#3に導入し、続いて、ブラストサイジン(フナコシ社製)およびピューロマイシン(ナカライテスク社製)を用いて、薬剤同時選択を行った。SIRT1遺伝子を破壊し、前記ベクターを導入したCOLO 320DM#3の培養は、RPMI 1640培地へ10%牛胎児血清(Biowest社製)を添加した培地中で、37℃、通常の酸素濃度条件(20%(v/v))で約30日間行われた。
【0064】
(d2EGFPの増幅評価)
SIRT1遺伝子の機能を欠損させた哺乳動物細胞の形質転換体で、目的遺伝子が増幅しているかを評価するため、FISH法およびフローサイトメトリーを行った。FISH法では、細胞に導入したものと同じプラスミドDNAをDIG(ジゴキシゲニン:Digoxigein)標識したものをプローブとした。当該プローブを、形質転換体細胞から調製した染色体標本との間でハイブリダイゼーションを行ない、ハイブリダイズしたプローブを蛍光色素で検出した。このとき、DAPI染色も併せて行った。
【0065】
一方、フローサイトメトリーでは、細胞をリン酸バッファーに再懸濁し、FACS Caliburシステム(Becton Dickinson社製)を用いてd2EGFPの蛍光強度を解析した。サンプルとして、2mMの酪酸ナトリウム中で最後の3日間培養したサンプルと、酪酸ナトリウムを使用していないサンプルとを準備して、それぞれ解析した。
【0066】
(結果)
図3に、FISH法による、pΔBM d2EGFPを導入したCOLO 320DM#3の形質転換体の染色像を示す。DIG標識プローブの蛍光が観察された部分は、
図3中の白色となっている部分である。DIG標識プローブの蛍光は、染色体内で増幅したHSR(均一染色領域)および染色体外で増幅したDMとしてそれぞれ観察され、それぞれサイズの異なるHSRおよびDMが存在した。
【0067】
図4に、形質転換体においてHSRおよびDMが形成された頻度(すなわち「遺伝子増幅構造形成頻度」)を示す。ここでは、SIRT1遺伝子を破壊し、pΔBM d2EGFPを導入したCOLO 320DM#3の形質転換体(KOクローン:cl.1〜3、5、6)、および、これらの親株である、pΔBM d2EGFPを導入したCOLO 320DM#3の形質転換体(WT)を用いた。
【0068】
また、
図5にフローサイトメトリーの結果を示す。それぞれのサンプルについて、酪酸ナトリウムを使用しなかった場合(Butyrate(-))と、酪酸ナトリウム中で培養した場合(Butyrate(+))との結果を示す。なお、図中の数値はd2EGFPの蛍光強度の平均値を示している。この結果より、KO cl.1〜3、5、6のそれぞれのサンプルでは、WTと比較してd2EGFPの蛍光強度の平均値が高くなることが示された。つまり、SIRT1遺伝子の機能を欠損した形質転換体では、親株と比較して目的遺伝子の発現が大きく増加していることが示された。また、酪酸ナトリウム中で培養した場合においても、SIRT1遺伝子の機能を欠損した形質転換体では、親株と比較して目的遺伝子の発現が大きく増加していることが示された。
【0069】
図6に、親株(WT)を培養した後、SIRT1阻害剤であるEx−527を、培養液中に2μMとなるように添加した際のフローサイトメトリーの結果を示す。SIRT1阻害剤であるEx−527を添加しても、d2EGFPの蛍光強度に変化は見られなかった。この結果より、遺伝子増幅後の細胞について、SIRT1遺伝子の機能を阻害しても、目的遺伝子の発現には影響しないことが示された。したがって、SIRT1遺伝子の機能を欠損させることで、目的遺伝子の発現が増加するメカニズムは、遺伝子増幅する過程で関与していることが示された。
【0070】
〔実施例2〕
(KOクローンのd2EGFPの発現量評価)
実施例1と同様のKOクローンを培養し、SIRT1遺伝子の機能を欠損させた哺乳動物細胞の形質転換体で、目的遺伝子のコピー数に対する発現率を評価するため、セルソータおよびリアルタイムPCRを行った。
【0071】
セルソータによる測定では、FACSAria(登録商標)III(Becton Dickinson社製)を用いて、KOクローンおよび親株(WT)のそれぞれのサンプルを測定した。サンプルをセルソータで測定し、FITC−Aの値とFITC−Hの値とでプロットすることで、それぞれのd2EGFPの発現量を評価した。各細胞株について、酪酸ナトリウム中で培養したサンプルと、酪酸ナトリウムを使用していないサンプルとを準備して、それぞれ評価した。
【0072】
一方、リアルタイムPCRによる測定では、StepOnePlus(登録商標)システム(Applied Biosystems社製)を用いて、細胞中のpΔBM d2EGFPのコピー数を解析した。解析には、pΔBM d2EGFPに含まれるSRαプロモーターの配列を用いた。上述したセルソータによって検出したd2EGFPの発現量が上位10%および下位10%の各細胞集団におけるpΔBM d2EGFPのコピー数をそれぞれ解析した。
【0073】
(結果)
図7に、セルソータによる、KOクローン(KO cl.1、6)および親株(WT)の形質転換体におけるd2EGFPの発現量を示す。それぞれのサンプルについて、酪酸ナトリウムを使用しなかった場合(Butyrate(-))と、酪酸ナトリウム中で培養した場合(Butyrate(+))との結果を示す。なお、図中の数値はd2EGFPの発現量が上位10%(H)、d2EGFPの発現量が下位10%(L)および全体の蛍光強度の平均値を示している。この結果より、KO cl.1、6のそれぞれのサンプルでは、WTと比較してd2EGFPの発現量が高くなることが示された。つまり、SIRT1遺伝子の機能を欠損した形質転換体では、親株と比較して目的遺伝子の発現が大きく増加することが示された。また、酪酸ナトリウム中で培養した場合には、SIRT1遺伝子の機能を欠損した形質転換体では、親株と比較して目的遺伝子の発現が、顕著に増加していることが示された。
【0074】
図8の左側のグラフに、リアルタイムPCRによる、それぞれのサンプルにおけるpΔBM d2EGFPコピー数を示す。セルソータによって検出したd2EGFPの発現量が、上位10%(H)および下位10%(L)のそれぞれの細胞集団について、酪酸ナトリウムを使用しなかった場合と、酢酸ナトリウム中で培養した場合とをそれぞれ解析した。その結果、KOクローンおよびWTの形質転換体において、d2EGFPの発現量が上位10%の細胞集団の方が、発現量が下位10%の細胞集団よりもpΔBM d2EGFPのコピー数が高いことが示された。つまり、d2EGFPの発現量が高い細胞において、pΔBM d2EGFPのコピー数も高くなることが示された。
【0075】
また、
図8の右側のグラフに、各サンプルにおけるpΔBM d2EGFPのコピー数に対するd2EGFPの発現量の割合を示す。その結果、KO cl.1、6のそれぞれのサンプルでは、WTと比較してpΔBM d2EGFPのコピー数に対するd2EGFPの発現量の割合が高くなることが示された。つまり、SIRT1遺伝子の機能を欠損した形質転換体では、目的遺伝子を含むプラスミドのコピー数に対する目的遺伝子の発現が大きく増加しており、細胞内で目的遺伝子の発現効率が増加していることが示された。また、酪酸ナトリウム中で培養した場合においては、SIRT1遺伝子の機能を欠損した形質転換体における、目的遺伝子を含むプラスミドのコピー数に対する目的遺伝子の発現量の割合が、顕著に増加していることが示された。
【0076】
〔実施例3〕
(サブクローンのd2EGFPの増幅評価)
実施例1と同様に培養されたKOクローンおよび親株から、15以上のサブクローンを単離した。それぞれのサブクローンを、実施例1と同様にFISH法およびフローサイトメトリーによって評価した。
【0077】
(結果)
図9に、親株(WT)から分離したサブクローン(WC4、WA1、WA3、WA4)およびKOクローン(KO cl.1)から分離したサブクローン(KH1、KE5、KF3)の、それぞれのフローサイトメトリーの結果を示す。
図9の染色像(Large DM)に示す通り、WC4はWTと、Large DMの増幅量が同程度であった。また、KH1はKO cl.1と、Large DMの増幅量が同程度であった。また、
図9の染色像(single short HSR)に示す通り、WA1、WA3、WA4、KE5およびKF3は、それぞれWTおよびKO cl.1と、HSRの増幅量が同程度であった。これらの各サブクローンについて、酪酸ナトリウムを使用しなかった場合(Butyrate(-))と、酪酸ナトリウム中で培養した場合(Butyrate(+))との、フローサイトメトリーの結果を
図9に示す。
【0078】
図9に示す通り、KO cl.1のそれぞれのサブクローンでは、WTのサブクローンと比較してd2EGFPの蛍光強度の平均値が高くなることが示された。つまり、SIRT1遺伝子の機能を欠損した形質転換体のサブクローンは、親株のサブクローンと比較して、目的遺伝子の発現が大きく増加していることが示された。すなわち、SIRT1遺伝子の機能を欠損させた細胞株は、継代を重ねても、安定的に目的遺伝子の発現が増加する形質を維持していることが示された。
【0079】
〔実施例4〕
(KOクローンの低酸素条件におけるd2EGFPの増幅評価)
実施例1と同様のKOクローンを、低酸素条件(3%(v/v))で培養した。その他の条件はすべて実施例1と同様である。培養したサンプルを、実施例1と同様にFISH法およびフローサイトメトリーによって評価した。
【0080】
(結果)
図10に、KOクローンを20%の酸素濃度で培養したサンプル(20%KO cl.1、3)および当該KOクローンを3%の酸素濃度(低酸素条件下)で培養したサンプル(3%KO cl.1、3)内で、HSRおよびDMが形成された頻度を示す。20%WTおよび3%WTは、親株(WT)をそれぞれの酸素濃度で培養したサンプルである。
【0081】
また、
図11にフローサイトメトリーの結果を示す。この結果より、3%KO cl.1および3%KO cl.3のそれぞれのサンプルでは、20%WTおおよび3%WTと比較してd2EGFPの蛍光強度の平均値が高くなることが示された。また、3%KO cl.1、3のそれぞれのサンプルでは、20%KO cl.1、3と比較してd2EGFPの蛍光強度の平均値が高くなることが示された。したがって、SIRT1遺伝子の機能を欠損した形質転換体を低酸素条件で培養すると、SIRT1遺伝子の機能を欠損した形質転換体を通常の酸素濃度で培養したサンプルと比較して、目的遺伝子の発現が大きく増加していることが示された。すなわち、SIRT1遺伝子の機能を欠損させ、さらに低酸素条件で培養することで、目的遺伝子の発現を相乗的に増加させることができると示された。
【0082】
さらに、
図12に、低酸素条件で培養したサンプルであるKO cl.1を、通常の酸素濃度に戻して培養を続けた際のフローサイトメトリーの結果を示す。通常の酸素濃度に戻しても、7日間では目的遺伝子の発現量にあまり変化がみられなかった。つまり、低酸素条件下で形質転換体を培養することで、該形質転換体は目的遺伝子の発現が高い状態となり、その後に通常の酸素濃度に戻しても、当該発現が高い状態は維持されることが示された。
【0083】
〔実施例5〕
(SIRT1遺伝子の機能を欠損させたCHO DG44におけるd2EGFPの増幅評価)
実施例5では、哺乳動物細胞としてチャイニーズハムスターの卵巣から樹立された正常不死化線維芽細胞株であるCHO DG44(コロンビア大学のLawrence Chasin先生提供)を用いた。CHO DG44のSIRT1遺伝子の機能を欠損させるため、Cas9タンパク質としては、pSpCas9(BB)-2A-Puro (PX459) V2.0(Feng Zhang氏から提供)を用い、このCas9タンパク質のBbs Iサイトに、ハムスターのSIRT1遺伝子のガイドRNA(配列番号4、5)をそれぞれ挿入し、2種類のサンプルを作成した。
【0084】
Cas9 CHO SIRT1 (213-235); AACAATCCCTCCACCTGAGTTGG(配列番号4)
Cas9 CHO SIRT1 (230-252); AGTTGGATGATATGACACTGTGG(配列番号5)
それぞれのガイドRNAが標的染色体部位を認識し、ガイドRNAにリクルートされたCas9が標的染色体部位を切断することで、CHO DG44のSIRT1遺伝子を破壊した。CHO DG44のSIRT1遺伝子のゲノム配列については、配列番号6に示す。
【0085】
SIRT1遺伝子を破壊したCHO DG44に、ベクターとしてpΔBM d2EGFPを導入し、実施例1と同様に培養した。培養したサンプルを、フローサイトメトリーで評価した。
【0086】
(結果)
図13にフローサイトメトリーの結果を示す。2種類のガイドRNAによって1か所ずつSIRT1遺伝子が破壊されたCHO DG44に、pΔBM d2EGFPを導入した形質転換体(Cas9(230−252)およびCas9(213−235))は、親株であるpΔBM d2EGFPを導入したCHO DG44の形質転換体(WT)と比較して、目的遺伝子の発現が大きく増加していることが示された。すなわち、SIRT1遺伝子の機能を欠損させることで目的遺伝子の発現が増加することは、COLO 320DM#3に限られず、様々な哺乳動物細胞において適用されることが示された。
【0087】
〔実施例6〕
(低酸素条件で培養したCHO DG44における目的遺伝子の増幅評価)
実施例6では、哺乳動物細胞としてCHO DG44を使用した。ベクターとしてpΔBM d2EGFPを導入し、複数の酸素濃度条件で培養した。サンプルaは通常の酸素濃度条件(20%(v/v))で、サンプルbは低酸素条件(5%(v/v))で、サンプルcは酸素濃度を0%(v/v)として6時間培養する期間を間歇的に入れ込む条件で、それぞれ培養した。サンプルcでは、酸素濃度が0%(v/v)で培養する期間以外は通常の酸素濃度(20%(v/v))で培養した。それぞれ、酪酸ナトリウム中で最後の3日間培養したサンプルと、酪酸ナトリウムを使用していないサンプルとを作製し、フローサイトメトリーで解析した。
【0088】
(結果)
図14に、フローサイトメトリーから算出した、それぞれのサンプルにおけるd2EGFPの蛍光強度の平均値を示す。この結果より、サンプルaと比較して、サンプルbおよびサンプルcの方が目的遺伝子の発現が増加することが示された。よって、通常の酸素濃度で培養するよりも、低酸素濃度で培養することで、目的遺伝子の発現が増加することが示された。
【0089】
さらに、それぞれのサンプルから15個のクローン細胞を取得し、それぞれについてd2EGFPの蛍光強度をフローサイトメトリーで解析した。その結果、サンプルaに比べて、サンプルbおよびサンプルcの方が、d2EGFPの蛍光強度が高いクローンが得られた。すなわち、低酸素濃度で培養することで、これらのクローン細胞も目的遺伝子の発現が高い状態となることが示された。