【実施例】
【0016】
まず、本実施例に係る災害復旧シミュレータの概念について説明する。災害復旧シミュレータとは、ある地理的領域において発生した地震・台風等の災害による電力流通設備の被害を応急復旧する過程を摸擬するツールである。なお、復旧作業には、設備をできるだけ早く復旧して電気を供給するために、設備を完全には補修せず、送電できる状態を回復するまでの応急復旧作業と、応急復旧作業が完了した後、破壊された大規模設備の交換作業や、折損した電柱の交換などを行い、被災前の状況に戻すための恒久復旧作業とがあるが、ここでは、応急復旧作業を対象とし、以下では、応急復旧作業を単に復旧作業と呼ぶこととする。
【0017】
災害復旧シミュレータは、被災する地域をコンピュータの中にモデル化した仮想的世界であり、
図1に示すように、災害復旧シミュレータは、大きく分けて、以下の3種類の要素を含んでいる。
(1)地域を構成する要素
(2)電力流通設備を構成する要素
(3)復旧作業を行う作業者
【0018】
災害復旧シミュレータの対象となる地域には、道路と街区とが存在する。
図2は、災害復旧シミュレータでの道路と街区の取り扱いを示す図である。同図に示すように、災害復旧シミュレータでは、道路は復旧作業時の移動経路であり、震災等により、建物が崩壊し、道路の一部を閉塞した場合、閉塞の程度により、作業者の移動速度が低下するものとする。また、街区内の建物の高さにより瓦礫の発生量および方向を予測し、震災時の道路の閉塞状況に反映させる。このように、本発明では、道路閉塞により作業者の移動速度の変化を取り込み、作業者の移動時間の見積もりを正確に行えるように工夫している。
【0019】
復旧対象である電力流通設備には、災害時における電力供給に関わる復旧作業で重要である4つの主要設備(支持物、開閉器、変圧器、電線)がある。それぞれの設備には固有の故障状態(モード)が存在するが、ここでは、各設備には、
図3に示す故障モードがあるものとする。
【0020】
復旧作業を行う作業者には、指令者、巡視者、復旧者の種類がある。指令者は、発生した障害の不完全な情報を基に人員、資材、機材を考慮して初期復旧計画を作成し、復旧者や巡視者へ作業の指示を出す。また、指令者は、事前に得られている情報を元に、初期復旧計画を作成するとともに、復旧作業中に巡視者や復旧者より得られた情報を用いて、既存の復旧計画を修正し、復旧時間を逐次予測する。
【0021】
巡視者は、被害状況を把握するため、被災現場を巡視して調査を行う作業者である。被害が発見された場合には、被害箇所および被害状況を記録し、指令者へ報告を行う。復旧者は、被災現場で復旧作業を行う作業者である。巡視者は、復旧作業前に巡視をする場合、復旧作業を並行して作業を行う場合など、いくつかのパターンがあるが、本発明では、いずれのパターンにも対応できるようにモデル化した。巡視者と復旧者の役割は、復旧作業の進行状況と指令者の判断により適宜変更される。
【0022】
なお、本実施例に係る災害復旧シミュレータでは、各作業者の個別作業レベルまでを緻密に表現するため、マルチエージェント技術を用いて各作業者をエージェントとして実現している。マルチエージェント技術では、各作業者を外部から情報を収集し、自律的に活動するソフトウェアとして表現できる。したがって、復旧作業において作業者一人一人について、いつ、どのような行動をしているかに関する詳細な分析が可能となる。
【0023】
次に、本実施例に係る災害復旧シミュレータの機能構成について説明する。
図4は、本実施例に係る災害復旧シミュレータの機能構成を示すブロック図である。同図に示すように、この災害復旧シミュレータ100は、制御部110と、地域情報記憶部120と、電力流通設備情報記憶部130と、作業者模擬部140とを有する。
【0024】
制御部110は、災害復旧シミュレータ100全体の制御を行う処理部であり、災害復旧シミュレータ100の初期化処理やシミュレーション結果の出力などを行う。初期化処理では、地域データ10、電力流通設備データ20、復旧時間データ30および作業者パラメータ40の読み込みを行う。
【0025】
地域データ10は、シミュレーションの対象となっている地域を記述するためのデータであり、道路の閉塞状況など被災状況に関するデータを含む。
図5は、地域記述データを示す図である。同図に示すように、地域データ10は、街区に関するデータおよび道路に関するデータから構成される。
【0026】
電力流通設備データ20は、被害状況を含む電力流通設備に関するデータであり、被害設備のデータは被害発生確率に基づいて算出されるデータである。地震の強度や震源地の違い、あるいは台風の強さや進路の違いなど様々な災害発生シナリオをこの電力流通設備データ20を変えることによってシミュレーションすることができる。また、同様に巡視者の作業により収集された被害状況を用いて、この電力流通設備データ20を逐次更新してシミュレーションを実行することも可能である。この機能により、得られた巡視データを逐次追加することで、より確度の高い復旧時間予測が可能となる。
図6は、電力流通設備データ20を示す図である。同図に示すように、電力流通設備データ20は、支持物、電線、開閉器、変圧器に関する被害データから構成される。
【0027】
復旧時間データ30は、電力流通設備の故障モードごとの平均的な復旧時間を示すデータである。
図7は、復旧時間データ30を示す図である。同図に示すように、復旧時間データ30は、電力流通設備の種類と故障モードごとの平均復旧時間から構成される。ここでは、電力流通設備の種類が同一で故障モードが同一である場合には、復旧時間は同じであるとしている。
【0028】
作業者パラメータ40は、各作業者の動作、能力を設定するためのパラメータである。具体的には、復旧作業の処理速度(単位時間あたりの処理数)などを定義する。
図8は、作業者パラメータ40を示す図である。同図に示すように、指令者に対しては最大連絡回数が設定可能であり、復旧者に対しては処理能力や最大稼働時間などが設定可能である。
【0029】
また、制御部110は、シミュレーション結果として、復旧作業時間情報50、復旧行動情報60および意思決定情報70を出力する。復旧作業時間情報50は所要時間、作業項目別所要時間などの情報であり、復旧行動情報60は作業経路の情報であり、意思決定情報70は作業員が行った意思決定に関するログ情報である。
【0030】
地域情報記憶部120は、制御部110が読み込んだ地域データ10を記憶する記憶部である。電力流通設備情報記憶部130は、制御部110が読み込んだ電力流通設備データ20を記憶する記憶部である。
【0031】
作業者模擬部140は、作業者を模擬する処理部であり、指令者を模擬する指令者模擬部141と、巡視者を模擬する巡視者模擬部142と、復旧者を模擬する復旧者模擬部143とを有する。指令者模擬部141は、巡視者模擬部142および復旧者模擬部143に指示を出し、巡視者模擬部142および復旧者模擬部143から被災状況の報告を受け取る。
【0032】
次に、本実施例に係る災害復旧シミュレータ100の処理手順について説明する。
図9は、本実施例に係る災害復旧シミュレータ100の処理手順を示すフローチャートである。同図に示すように、この災害復旧シミュレーションでは、まず制御部110が初期化処理を行う(ステップS10)。
【0033】
具体的には、制御部110は、初期化処理として、地域データ10を読み込んで地域情報記憶部120に格納し、電力流通設備データ20を読み込んで電力流通設備情報記憶部130に格納する。また、復旧時間データ30および作業者パラメータ40を読み込んで作業者模擬部140の設定や機材、資材の初期化を行う。また、制御部110は、出社可能な要員数を予測する。要員数の予測は、事前の想定により定められている出社割合をランダムに若干量増減することによって行う。
【0034】
そして、災害復旧シミュレータ100は、初期計画作成フェーズを模擬する初期計画作成フェーズ模擬処理を行う(ステップS20)。初期計画作成フェーズでは、指令者は、事前に策定されているマニュアルに基づき初期計画を作成する。具体的には、指令者は、作業者(復旧者、巡視者)を動員する。そして、作業が可能な要員数、機材数、資材数を確認し、被害状況の事前予測を基にして初期復旧計画を作成する。したがって、初期計画作成フェーズ模擬処理では、これらの作業を行う指令者が指令者模擬部141によって模擬される。なお、復旧計画の作成方法については後述する。
【0035】
そして、災害復旧シミュレータ100は、初期配置フェーズを模擬する初期配置フェーズ模擬処理を行う(ステップS30)。初期配置フェーズでは、指令者は、復旧作業を開始するために人・機材・資材を初期配置する。具体的には、指令者は、初期復旧計画を基にして、派遣する復旧者、機材、資材を個々の配電線に割り当てる。そして、巡視者が、分担する巡視個所へ移動し、復旧者が、分担する作業個所へ移動する。したがって、初期配置フェーズ模擬処理では、これらの作業を行う指令者、巡視者および復旧者が指令者模擬部141、巡視者模擬部142および復旧者模擬部143によって模擬される。
【0036】
また、巡視者模擬部142および復旧者模擬部143は、巡視者および復旧者の移動を模擬する際に、道路の渋滞状況および閉塞状況を移動時間に反映させる。具体的には、巡視者模擬部142および復旧者模擬部143は、移動時間へ影響を与える道路の渋滞度、建物被害による道路閉塞を事前に関数化し、渋滞シミュレーションを行うことなく移動時間に道路の渋滞度や閉塞状況を反映させる。このように、道路の渋滞状況および閉塞状況を移動時間に反映させることによって、被災時の移動時間を簡易にしかも従来手法では考慮していない要素を含めてより正確に予測することができる。また、巡視者模擬部142および復旧者模擬部143は、道路が完全に閉塞している場合には、代替経路を探索しながら巡視者および復旧者の移動を模擬する。
【0037】
そして、災害復旧シミュレータ100は、復旧フェーズを模擬する復旧フェーズ模擬処理を行う(ステップS40)。なお、復旧フェーズの詳細については後述する。そして、制御部110が、復旧作業時間情報50、復旧行動情報60および意思決定情報70を出力する出力処理を行う(ステップS50)。
【0038】
次に、復旧計画の作成・更新方法について説明する。なお、ここでは、復旧の単位は配電線とし、配電線はいくつかの開閉器区間から構成され、送電確認の単位は開閉器区間とする。開閉器区間は、送電確認の際に、根元(電源)に近い方から開閉され、通電時の不具合の有無が確認される。
【0039】
復旧計画の作成では、作業班の復旧対象設備の決定と、移動経路の計画とを同時に行う。このため、まず、復旧対象設備を、適当な距離に基づき作業班の数と同数になるようにクラスタリングする。次いで、各作業班には、それぞれの移動距離の総和が最小化されるように、順次作業を割り当てる。本発明では、復旧対象クラスタリングのための2地点間の距離として、1)開閉器区間1を配電線距離1とする「配電線距離」、2)2地点間の移動可能な道路距離の総和である「移動可能街区距離」、3)2地点間を結ぶ直線の距離である、「物理距離」の3種類を利用可能としている。これらの3種類の距離それぞれによる復旧計画を作成し、復旧シミュレーションを実行することにより最短となる戦略を選定できるようにしている。
【0040】
復旧計画の更新は、巡視者の巡視作業、あるいは復旧者の復旧作業の実施中に得られた被害情報に基づき、復旧計画を修正する過程である。この過程では、初期計画策定時には不明であった被害状況が判明した場合、その被害状況に基づき、復旧計画を更新する。具体的には、被害状況が重大であり、かつ被害個所の配電線に対する影響が大きな個所を優先して復旧するように、計画を作成し、再度巡視者、復旧者の割り当てを行う。この過程により、逐次作業計画を練り直し、できるだけ短い時間で復旧作業を完了できるようにしている。
【0041】
次に、復旧フェーズで作業者が行う作業の手順について説明する。
図10は、復旧フェーズで作業者が行う作業の手順を示すフローチャートである。同図に示すように、復旧フェーズでは、復旧者は、作業を実施する(ステップS41)。すなわち、復旧者は、分担した配電線の復旧作業を行う。
【0042】
そして、復旧者は、配電線の復旧が完了すると送電要求を行い、指令者は、送電要求へ対応して、送電指示を行う。そして、復旧者は、送電確認を行い(ステップS42)、異常が有る場合には、ステップS41に戻って作業を実施する。ここで、異常は5%の確率で発生する。
【0043】
これに対して、異常が無い場合には、指令者は、復旧対象配電線が残っているか確認し(ステップS43)、残っていない場合には、作業を完了し、復旧対象配電線が残っている場合には、指令者は、巡視者から得られた巡視情報、復旧者から得られた作業情報などにより、配電線被害・復旧状況、道路被害状況等、復旧作業に必要な各種情報を更新する(ステップS44)。
【0044】
また、復旧者は、次の作業対象を確認し(ステップS45)、作業対象配電線が決定している場合には、作業対象配電線へ移動する(ステップS49)。一方、作業対象配電線が決定していない場合には、指令者へ次の作業対象配電線の指示を要求し(ステップS46)、待機する。また、復旧者は、待機中に復旧箇所の周辺を探索し、被害箇所を発見した場合には指示を待たずに復旧を行う。指示を待たずに復旧を行った場合には、その記録を残す。この記録が制御部110によって意思決定情報70として出力される。
【0045】
一方、指令者は、各種情報を基に、復旧計画の修正を行う(ステップS47)。また、指令者は、復旧計画の進展に伴い、復旧作業と巡視との班の構成を変更する。そして、指令者は、復旧対象指示の要求に対応して、その時点の復旧計画に基づき、復旧者に復旧作業の指示を行う(ステップS48)。復旧者は、指示を受けると、復旧作業指示に基づき作業対象配電線へ移動する(ステップS49)。
【0046】
復旧フェーズ模擬処理では、このような一連の作業を行う指令者、巡視者および復旧者が、指令者模擬部141、巡視者模擬部142および復旧者模擬部143によってそれぞれ模擬される。
【0047】
このように、指令者模擬部141、巡視者模擬部142および復旧者模擬部143が、指令者、巡視者および復旧者それぞれが行う作業を模擬することとしたので、電力流通設備の復旧に関する作業を作業者の具体的な行動レベルまで分解して所要時間を評価することができ、復旧時間を高精度で予測することができる。
【0048】
なお、災害復旧シミュレータ100は、コンピュータに災害復旧シミュレーションプログラムを実行させることで実現される。そこで、災害復旧シミュレーションプログラムおよび、災害復旧シミュレーションプログラムを実行するコンピュータについて説明する。
【0049】
図11は、災害復旧シミュレーションプログラムの構成を示す図である。同図に示すように、災害復旧シミュレーションプログラム200は、入出力部210と、エージェントフレームワーク部220と、シミュレーション機能部230と、GUI部240とを有する。
【0050】
入出力部210は、地域データ10、電力流通設備データ20、復旧時間データ30および作業者パラメータ40を入力し、復旧作業時間情報50、復旧行動情報60および意思決定情報70を出力する処理部である。
【0051】
エージェントフレームワーク部220は、マルチエージェントによる災害復旧シミュレーションのフレームワークであり、エージェントフレーム221と、オブジェクトフレーム222と、シミュレーション制御部223とを有する。エージェントフレーム221は、エージェントのフレームワークであり、オブジェクトフレーム222は、オブジェクトのフレームワークである。シミュレーション制御部223は、マルチエージェントによる災害復旧シミュレーションを制御する制御部である。
【0052】
シミュレーション機能部230は、指令者、巡視者および復旧者を模擬する機能部であり、指令者として動作する指令者エージェント231と、巡視者として動作する巡視者エージェント232と、復旧者として動作する復旧者エージェント233と、電力流通設備に関する情報を記憶する電力流通設備オブジェクト234と、地域に関する情報を記憶する地域オブジェクト235とを有する。指令者エージェント231、巡視者エージェント232および復旧者エージェント233はエージェントフレーム221のインスタンスであり、エージェントフレーム221の機能を継承する。電力流通設備オブジェクト234および地域オブジェクト235は、オブジェクトフレーム222のインスタンスであり、オブジェクトフレーム222の機能を継承する。
【0053】
GUI部240は、ユーザインタフェースを提供する処理部であり、シミュレーション機能部230から画面描画データを受け取ってシミュレーション画面を表示するシミュレーション画面表示部241を有する。
【0054】
図12は、災害復旧シミュレーションプログラム200を実行するコンピュータの構成を示す機能ブロック図である。同図に示すように、このコンピュータ300は、RAM310と、CPU320と、HDD330と、LANインタフェース340と、入出力インタフェース350と、DVDドライブ360とを有する。
【0055】
RAM310は、プログラムやプログラムの実行途中結果などを記憶するメモリであり、CPU320は、RAM310からプログラムを読み出して実行する中央処理装置である。HDD330は、プログラムやデータを格納するディスク装置であり、LANインタフェース340は、コンピュータ300をLAN経由で他のコンピュータに接続するためのインタフェースである。入出力インタフェース350は、マウスやキーボードなどの入力装置および表示装置を接続するためのインタフェースであり、DVDドライブ360は、DVDの読み書きを行う装置である。
【0056】
そして、このコンピュータ300において実行される災害復旧シミュレーションプログラム200は、DVDに記憶され、DVDドライブ360によってDVDから読み出されてコンピュータ300にインストールされる。あるいは、この災害復旧シミュレーションプログラム200は、LANインタフェース340を介して接続された他のコンピュータシステムのデータベースなどに記憶され、これらのデータベースから読み出されてコンピュータ300にインストールされる。そして、インストールされた災害復旧シミュレーションプログラム200は、HDD330に記憶され、RAM310に読み出されてCPU320によって実行される。
【0057】
次に、災害復旧シミュレータ100の動作検証のために行ったシミュレーション実施例について説明する。シミュレーションは、ひとつの変電所の供給地域のデータを仮想的に作成して行った。この電力供給地域の面積はおよそ1km
2程度である。この仮想変電所の1本のバンクに合計4本のフィーダーが接続されているものとした。動作検証では、この4本の仮想フィーダー上に発生した複数個の配電設備の被害を復旧するシミュレーションを行った。
【0058】
シミュレーションの条件変更のパラメータとその意味を、
図13に示す。図中の「巡視情報の精度」は、巡視で得られる被害情報が正しい確率の高低を示す。現実のデータは収集不可能であるため、本発明では、仮想的に、巡視に誤りがない場合(巡視精度高)と、5%の確率で誤る場合(巡視精度低)の2つの場合を想定した。このパラメータは、巡視に関してセンサ情報などを併用でき、精度が向上した場合に、どの程度復旧作業に影響があるのかを検討するためのパラメータである。
【0059】
「経路情報の提供」は、復旧作業対象地域中の道路状況に関する情報提供の有無を示すパラメータである。このパラメータは、復旧作業に伴う特定の地点間の最短移動時間を実現する経路が移動前に情報として得られることによる復旧時間への影響を評価するためのパラメータである。
【0060】
「自律探索」は、復旧者が、作業指示によって復旧作業を行う際に、指示箇所の復旧完了後、復旧箇所の周辺を探索し、被害箇所を発見した場合には指示を待たずに復旧を行うか行わないかを示すパラメータである。自律的に作業を行う場合、待機時間等を節約できる可能性があり、このパラメータは、自律作業の効果を検討するためのパラメータである。
【0061】
動作検証のシミュレーションでは、これらパラメータの設定により、3つのケースを設定した。それぞれのケースに対する上記パラメータの設定を、
図14に示す。「標準ケース」は、3つのケースの中で現実の復旧過程に最も近いと考えられるケースである。このケースでは、巡視情報の精度は、障害がないのに障害としてしまう誤りが5%程度であり、経路情報の提供はなく、復旧者は指令者の指示にしたがって作業を行うものとする。
【0062】
また、「情報による支援」ケースは、今後将来的に適用される可能性のある、様々な情報収集機能による支援が得られるものと想定したケースである。このケースでは、リアルタイムに被害情報が収集され提供されるため、巡視による誤りはなく、経路情報の提供も受けられるものとしている。
【0063】
最後の、「周辺探索」ケースは、復旧者が、復旧箇所の周辺を自律的に探索して設備被害を発見した場合に復旧作業を行うケースである。「自律探索」以外の設定パラメータは、標準ケースと同様にしている。このケースを標準ケースと比較することにより復旧者の自律的な行動により、どの程度作業待機(指示待ち)時間を削減できるかの検討が可能となる。
【0064】
いずれの場合も復旧者および巡視者の通常時移動速度の上限は時速4kmに設定している。道路閉塞が発生していない場合にはこの上限値で移動できるが、道路閉塞が発生している場合には、閉塞率にしたがって移動速度が低下する。また、各電力流通設備の復旧には、平均的な復旧時間を設定している。これらのシミュレーションで利用した各種データを
図15に示す。これらのデータは、今回のシミュレーションのために設定したものであり、現実のデータに基づく値ではない。適切な値は、別途調査に基づき決定する必要がある。
【0065】
動作検証シミュレーションのため、この対象地域に発生する設備被害のデータとして、
(1)対象地域内に一様に被害が発生するものとした場合(一様被害データ)
(2)対象地域内のある特定の領域に偏って被害が発生するものとした場合(被害偏りデータ)
の2種類のデータセットをそれぞれ10種類ずつ作成した。各データセットでは、ランダムな位置に被害が生じるが、発生する設備被害数およびその種別はすべて同じである。したがって、動作検証シミュレーションでは、設備の物理的な修復作業のみに要する時間はどのケースでも同じであり、それ以外の項目の所要時間により全体の復旧時間が変化する。
【0066】
なお、本発明実施例では、仮想的なデータを利用しているが、現実の被害データが逐次入手できれば、その被害データに基づき、逐次シミュレーションを実施可能である。この場合、シミュレーション実施の過程で自動的により精度が高い予測が可能となり、本発明の実用性を高めることができる。
【0067】
本シミュレーションでは2種類のデータ合計20セットそれぞれを対象に各ケースを実行した。したがって全体で3(ケース)×20(データ)の60回のシミュレーションを実行した。
【0068】
各ケースにおける作業時間の比較を
図16に示す。同図は、一様被害データを用いた標準ケースを100とした場合の各ケースの復旧時間を示している。図の項目のうち、「全体」は総作業時間であり、以下の5項目「巡視」、「移動」、「修復」、「確認」、「待機」はそれぞれ巡視完了までの時間、移動時間、設備の物理的修復のみの作業時間、復旧作業前の設備の被害の確認時間、指示待ちの待機時間を示す。このうち、「確認」時間は、復旧時に再度被害状況を確認するために要する時間である。巡視の際に被害がない設備を誤って被害があると判定すると、設備を確認する時間が余計に必要となる。また、上述の通り、修復作業のみの時間はどのケースでも同じになっている。
【0069】
各ケースの中で最も短時間で作業が完了するのは、被害に偏りがあるデータを用いた「情報による支援」ケースであり、一様被害の標準ケースの8割程度まで短縮されていることが
図16からわかる。
【0070】
また、一様被害データと被害偏りデータとによる、各ケースの作業時間短縮率を
図17に示す。図は一様被害データと被害偏りデータそれぞれを用いた同一ケースの時間の短縮率である。被害偏りデータでは、ある地域に固まって被害が発生するため、移動時間が相対的に少なくて済み、総作業時間は短くなる。今回のケースでは、被害が偏って発生することにより、6%程度の時間が短縮される効果が生じている。現実においては、地盤や街区の違いにより、被害が集中する地区があるものと考えられるため、一様に被害が発生する状況よりも偏りがある被害状況に近い状態になるものと推定される。また、各ケースにおける作業時間の内訳を
図18に示す。
【0071】
図19は、シミュレーション実行時の表示画面の一例を示す図である。
図19には、復旧対象である地域の電線が線で、支持物が丸で表示されている。画面上部には、この災害復旧シミュレータ100の動作を制御する各種ボタンが表示されている。ボタンの下にそれぞれの機能が四角の枠に囲まれ、表示されている。
【0072】
左端の3つのボタンはそれぞれ、シミュレーションの開始、一時停止、停止の機能である。また、その右に位置するのは表示の拡大・縮小の機能である。ボタンの間に現在の拡大率が表示されている。さらにその右にあるのは、地図を重ねて表示するためのボタンと、画面の再描画ボタンが配置されている。
図19では、地図は非表示にしてある。画面上部一番右のスライドバーはシミュレーションの実行速度の調整である。右にスライドするほど実行が遅くなり、各エージェントの動作が確認しやすくなる。
【0073】
上述のように、本実施例では、地域情報記憶部120が地域データ10を記憶し、電力流通設備情報記憶部130が電力流通設備データ20を記憶し、指令者模擬部141、巡視者模擬部142および復旧者模擬部143が地域情報記憶部120および電力流通設備情報記憶部130を参照して指令者、巡視者および復旧者それぞれが行う作業を模擬することとしたので、電力流通設備の復旧に関する作業を作業者の具体的な行動レベルまで分解して所要時間を評価することができ、復旧時間を高精度で予測することができる。
【0074】
また、本実施例では、復旧者の被災箇所への移動や指令者からの指示待ちを復旧者模擬部143が模擬し、災害復旧シミュレータ100は復旧者の移動時間や待機時間を含めて復旧時間を算出することとしたので、復旧時間を高精度で予測することができる。
【0075】
また、本実施例では、移動時間へ影響を与える道路の渋滞度、建物被害による道路閉塞を事前に関数化し、渋滞シミュレーションを行うことなく移動時間に道路の渋滞度や閉塞状況を反映させることとしたので、移動時間の見積もりを短時間で容易に算出することができる。
【0076】
なお、本実施例では、電力流通設備の復旧作業をシミュレーションする場合について説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、水道、ガス、通信設備などの他のライフラインの復旧作業をシミュレーションする場合にも同様に適用することができる。