特許第5651894号(P5651894)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5651894
(24)【登録日】2014年11月28日
(45)【発行日】2015年1月14日
(54)【発明の名称】噴板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B05B 1/00 20060101AFI20141218BHJP
【FI】
   B05B1/00 Z
【請求項の数】6
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2010-75178(P2010-75178)
(22)【出願日】2010年3月29日
(65)【公開番号】特開2011-206645(P2011-206645A)
(43)【公開日】2011年10月20日
【審査請求日】2012年10月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】397002360
【氏名又は名称】ヤマホ工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】独立行政法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】591023594
【氏名又は名称】和歌山県
(74)【代理人】
【識別番号】100076406
【弁理士】
【氏名又は名称】杉本 勝徳
(72)【発明者】
【氏名】東 恵一
(72)【発明者】
【氏名】池口 明宏
(72)【発明者】
【氏名】堀野 裕治
(72)【発明者】
【氏名】茶谷原 昭義
(72)【発明者】
【氏名】重本 明彦
(72)【発明者】
【氏名】中本 知伸
(72)【発明者】
【氏名】竿本 仁志
【審査官】 篠原 将之
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−276568(JP,A)
【文献】 特開2009−288433(JP,A)
【文献】 特開2006−086389(JP,A)
【文献】 特開2010−025221(JP,A)
【文献】 特開2000−319784(JP,A)
【文献】 特開2006−167539(JP,A)
【文献】 特開2007−330900(JP,A)
【文献】 特開2002−227058(JP,A)
【文献】 特開2000−233143(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B05B 1/00
B05C 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
噴霧口を有する噴板基体の表面に、プラズマイオン注入法によりダイヤモンドライクカーボン膜を形成する噴板の製造方法であって、
前記プラズマイオン注入法は、加熱によりガス化したシリコン系ガスをマイナス10kVのパルスバイアス電圧を印加しながら添加することにより、噴板基体の表面に中間層を形成する中間層の形成工程と、前記中間層の形成工程により中間層が形成された噴板基体に対し、成膜原料である炭化水素ガスの存在下でパルスバイアス電圧を印加することにより、噴板基体の周囲にプラズマを発生させ、プラズマ中のイオンを噴板基体に注入し、噴板基体の表面にダイヤモンドライクカーボン膜を形成するイオン注入及び成膜工程とを備えて成り、
前記イオン注入及び成膜工程が、高周波電源に対しパルスバイアス電圧をマイナス15kVからマイナス3kVまで変化させながら印加して行なわれることを特徴とする噴板の製造方法。
【請求項2】
噴板基体が、周縁板部と、該周縁板部の底面から上向きに陥入して形成された錐陥部とから成るとともに、噴霧口が錐陥部の頂部に上下貫通して形成されていることを特徴とする請求項1に記載の噴板の製造方法
【請求項3】
ダイヤモンドライクカーボン膜の厚みが0.5μm以上5μm以下であることを特徴とする請求項1または請求項のいずれか一項に記載の噴板の製造方法
【請求項4】
噴板基体がステンレス鋼製であることを特徴とする請求項1から請求項までのいずれか一項に記載の噴板の製造方法
【請求項5】
噴板基体が合成樹脂製であることを特徴とする請求項1から請求項までのいずれか一項に記載の噴板の製造方法
【請求項6】
噴板が農業用噴霧ノズルに使用されるものであることを特徴とする請求項1から請求項5までのいずれか一項に記載の噴板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体もしくは粉粒体を噴霧する噴霧ノズルなどに使用される噴板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
噴霧技術は工業のみならず、農業においても農薬散布などに用いられている。このような農薬散布作業用の噴霧ノズルにはステンレス鋼など金属製の噴板が多用されている。そして、近年は飛散農薬の環境への影響や残留農薬の問題から、長期間に渡って一定の噴霧量や噴霧性能を維持できる耐久性に優れた噴板が求められている。
そこで、耐摩耗性に優れるセラミックス製の噴板が市販されているが(特許文献1)、プレス成型可能な金属製噴板に比べてセラミックス製噴板は機械加工のコストが高く、更に気温が下がる冬季に噴板に付着した水分による凍害割れを生じるという問題も抱えている。
また、特許文献2にあるように、インクジェットプリンタ等の精密機器用噴板の改良として、ダイヤモンドライクカーボン(Diamond-Like Carbon: 以下、DLCと略称する)をコーティングすることが既に提案されている。しかしながら、このような噴板を屋外において高水圧で使用する場合は表面コーティングが剥離しやすく、更に耐摩耗性に加えて耐食性を必要とする。そのために、農業用ノズルの噴板用としてはDLCコーティングの実用化を難しくしている。
ここで述べるDLCとは、炭素の三次元的結合であるsp3混成軌道と、二次元的結合であるsp2混成軌道、あるいは水素との結合とが不規則に混じり合っていて、特定の結晶構造を持たないアモルファス構造からなる硬質の炭素系皮膜をいう。そして、このDLC膜の特徴として、高い耐摩耗性、耐腐食性などを有することが挙げられる。
【0003】
一方、ステンレス鋼に関して、コーティング中の表面温度によっては表面鋭敏化が発生し、耐食性が劣化することが指摘されている。特許文献3によれば、DLCコーティングを450℃以下で行うと鋭敏化を避けられるとあるが、以下に示すように、DLCコーティングが施される基体(ワーク)の表面温度を正確に測定することは難しい。このような温度測定には、基体に熱電対を接触させて測る方法と、放射温度計などを用いて非接触で測る方法が知られている。接触式で測定する場合、熱電対にプラズマが当たって、測定温度が変わるおそれや熱電対そのものが破壊されるおそれがあるため、ワークの大きさをプラズマが回り込んでこないほどの大きさにする必要があるなど、ワークの形状が限られる。また、基体全体にコーティングを行う場合、この接触方式であれば基体全体の温度管理はできない。一方、非接触式で測定する場合、基体周辺に厚みをもったプラズマ雲がまとわりついているため、測定している温度が基体そのものの温度か、その周りに群がっているプラズマ自体の温度かどうかの区別をつけることができない。それ故、DLCコーティングが適用されることの多い切削工具などと比べて、噴板基体はサイズが小さく立体形状に富んでいるものが多いため、そのような噴板基体の表面温度を正確に制御しながらDLCコーティングを行うことは困難であると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−80251号公報(セラミックス製ノズル)
【特許文献2】特開2007−276344号公報(DLCコーティングしたノズル)
【特許文献3】特開2008−163430号公報(高耐食性部材およびその製造方法)
【特許文献4】特許第3555928号(表面改質方法および表面改質装置)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記した従来の問題点に鑑みてなされたものであって、一定量の噴霧を持続して行うための耐食性と耐摩耗性に優れた噴板の製造方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記したように、一定量の噴霧を継続して行うためには耐食性と耐摩耗性に優れる必要がある。この目的を達するために、本発明者等は様々な表面処理方法を検討してきた。耐摩耗性に優れた表面処理としてはDLCコーティングが有効であり、更にプラズマイオン注入法を用いることによって、噴板基体の陥入した内面にもコーティングできることに加え、処理中の表面温度を抑えることができる。これにより、450℃以上の表面温度で鋭敏化を起こすとされるステンレス鋼において耐摩耗性と耐食性を兼ね備えた噴板の実現が可能であること、更にはプラズマイオン注入により表面を硬化させて耐摩耗性に優れる合成樹脂製噴板の実現が可能であることの知見を得、本発明を完成させるに至った。すなわち、本発明に係る噴板の製造方法は、噴霧口を有する噴板基体の表面に、プラズマイオン注入法によりダイヤモンドライクカーボン膜を形成する噴板の製造方法であって、前記プラズマイオン注入法は、加熱によりガス化したシリコン系ガスをマイナス10kVのパルスバイアス電圧を印加しながら添加することにより、噴板基体の表面に中間層を形成する中間層の形成工程と、前記中間層の形成工程により中間層が形成された噴板基体に対し、成膜原料である炭化水素ガスの存在下でパルスバイアス電圧を印加することにより、噴板基体の周囲にプラズマを発生させ、プラズマ中のイオンを噴板基体に注入し、噴板基体の表面にダイヤモンドライクカーボン膜を形成するイオン注入及び成膜工程とを備えて成り、前記イオン注入及び成膜工程が、高周波電源に対しパルスバイアス電圧をマイナス15kVからマイナス3kVまで変化させながら印加して行なわれることを特徴とするものである。
【0007】
また、前記発明構成において、噴板基体が、周縁板部と、該周縁板部の底面から上向きに陥入して形成された錐陥部とから成るとともに、噴霧口が錐陥部の頂部に上下貫通して形成されているものである。
【0008】
更に、前記した各発明構成において、ダイヤモンドライクカーボン膜の厚みが0.5μm以上5μm以下であるものである。
【0009】
また、前記した各発明構成において、噴板基体がステンレス鋼製であるものである。
【0010】
そして、前記した各発明構成において、噴板基体が合成樹脂製であるものである。
【0011】
更に、前記した各発明構成において、噴板は農業用噴霧ノズルに使用されるものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明製造方法による噴板によれば、噴霧口を有する噴板基体の表面にプラズマイオン注入法によるダイヤモンドライクカーボン膜が形成されているので、DLC膜の剥離を生じにくくなる。これにより、噴板の耐摩耗性を向上させて寿命を大幅に延長することができる。因みに、これまでの噴板基体の表面改質としてはめっきが用いられてきたが、このようなめっき処理方法では母材とめっきの見分けがつきにくいために、めっきが剥がれたか否かを目視で確認することは難しかった。これに対し、本発明のDLCコーティングによる特徴として、DLC膜は黒い光沢色を有していて噴板基体の色調と大きく異なるため、噴板基体の噴霧口の異常や白色であることの多い噴霧薬剤の付着を即座に且つ簡単に確認することができる。
【0013】
そして、プラズマイオン注入法のイオン注入及び成膜工程が、高周波電源に対しパルスバイアス電圧をマイナス15kVからマイナス3kVまで変化させながら印加して行なわれるので、膜中応力によるDLC膜剥離のおそれがなく、噴板基体との密着力が大きく噴霧作業中に摩損することのないDLC膜を得ることができる。
【0014】
また、噴板基体が周縁板部と錐陥部とから成るような立体的なものである場合でも、錐陥部頂部の噴霧口はもとより噴板裏面である錐陥部にも、DLCコーティングを行なうことができる。更には、周縁板部と錐陥部の境界部分においても、経時使用によるDLCコーティングの剥離が起こらないため、耐摩耗性を向上させて噴板寿命を大幅に延ばすことができる。
【0015】
更に、ダイヤモンドライクカーボン膜の厚みを0.5μm以上5μm以下としたものでは、噴板の充分な耐久性が得られ、噴霧圧力によりDLC膜が摩損したりしない。また、内部応力によりDLC膜が剥離するということがなく、得られる耐久性のわりに成膜コストが低くて済むという利点を有する。
【0016】
また、噴板基体として、安価で入手の容易なステンレス鋼製または合成樹脂製のものを用いることができ、耐食性と耐摩耗性に富んでいるにも拘わらず廉価な噴板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の一実施形態に係る噴板の斜視図である。
図2】(a)は前記噴板の縦断面図、(b)は前記噴板を装着した噴霧ノズルの縦断面図である。
図3】前記噴板の噴板基体にDLC膜を形成する際に使用されるプラズマイオン注入装置の一例を示す概略構成図である。
図4】本発明の別の実施形態に係る噴板の斜視図である。
図5】前記別の噴板を装着した噴霧ノズルの縦断面図である。
図6】前記噴板を備える噴霧ノズルを用いた噴霧試験装置の概略構成図である。
図7】DLCコーティング処理を施した噴板とDLCコーティング処理を施していない噴板の噴霧試験における経過時間と噴霧量増加率との関係を表したグラフの図である。
図8】(a)はDLCコーティング処理を施した噴板端面の噴霧試験前後における電子顕微鏡写真の図、(b)はDLCコーティング処理を施していない噴板端面の噴霧試験前後における電子顕微鏡写真の図である。
図9】(a)は実施例6においてマイナス3kVのパルスバイアス電圧を印加してDLCコーティングを行った噴板を実施例5の噴霧試験に供したものを底面から撮影した写真の図、(b)は実施例6においてマイナス15kVのパルスバイアス電圧を印加してDLCコーティングを行った噴板を実施例5の噴霧試験に供したものを底面から撮影した写真の図、(c)は実施例2においてDLCコーティングを行った噴板を実施例5による200時間の噴霧試験に供したものを底面から撮影した写真の図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に、図を用いて本発明の実施の形態を説明する。なお、本発明はこれら実施の形態に何ら限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において、種々なる態様で実施し得る。図1は本発明の一実施形態に係る噴板の斜視図、図2(a)は前記噴板の縦断面図、図2(b)は前記噴板を装着した噴霧ノズルの縦断面図である。
図1および図2において、本実施形態に係る噴板1は、噴板基体2にダイヤモンドライクカーボン(DLC)コーティングが施されて、噴板基体2の表面全体にDLC膜6が形成されている。噴板基体2は、平面視で円形リング状に形成された周縁板部3の内縁部とつながって上向きに突出した円錐状部4と、この円錐状部4の頂部に上下貫通して形成された噴霧口5とを有している。円錐状部4の底面(裏面)は周縁板部3の底面3Aから上向きに陥入して形成された円錐状の錐陥部4Aとなっている。このような噴板1は例えば農業用の薬液散布に用いられる噴霧ノズルの主要部品として使用される。図2に示すように、噴霧ノズル10は、内部に液体流路を有するノズル本体11と、ノズル本体11の液体流路内に配備されて流体に旋回流を与える旋回中子14と、旋回中子14の上端開口に設置される噴板1と、噴板1の周縁板部3上に設置されて噴板1、旋回中子14およびO−リング13を押下する押さえ部材15と、ノズル本体11に螺止されて押さえ部材15を固定するキャップ12とを備えている。
【0019】
上記したDLC膜の形成技術として種々の方法が知られているが、本発明の噴板基体のように錐陥部を有する立体的なもので、錐陥部の奥まったところにもコーティング処理を施す必要のある被成膜物に対しては、成膜性および密着性等の良さを理由として、プラズマイオン注入法が好適である。この「プラズマイオン注入法」は、プラズマに浸した噴板基体に高電圧パルスを印加して、噴板基体の表面に形成されるシース電場で炭素などを加速してコーティング、またはイオン注入するものであり、噴板基体の表面に沿ってイオンシースができるため、三次元表面部へイオン注入できるとともに、噴板基体周囲のプラズマから直接にイオンを引き出すので、イオン電流を大きくとることが可能である。そのため、成膜時間が短くてすみ、噴板基体の温度上昇を抑えることができる。
【0020】
本発明におけるDLCは、マイナス15kV以上マイナス3kV以下のパルスバイアス電圧を印加したプラズマイオン注入法により噴板基体の表面に形成されることが好ましい。その理由は、パルスバイアスがマイナス15kVを下回ると、膜中応力によりDLC膜が剥離する不具合が発生するからである。一方、パルスバイアス電圧がマイナス3kVを上回ると、噴板基体とDLC膜との密着力が小さくなるために、噴霧作業中にDLC膜が削られるという不具合が生じる。
【0021】
本発明に用いる噴板基体の材料としては、一定以上の硬度および強度を有するものであれば特に限定されないが、例えば金属、合成樹脂、セラミックなどを用いることができる。そのうち、金属としては、特にプレス成型可能な鋼材、例えばステンレス鋼、チタン合金、アルミニウム合金などが挙げられる。また、合成樹脂としては、射出成型法や圧縮成型法により成型可能なポリエチレンやポリ塩化ビニルなどを用いることができる。
【0022】
前記した噴板基体にDLC膜を形成する際には、図3に示すようなプラズマイオン注入装置が使用される。プラズマイオン注入装置20は、例えば、真空槽21と、真空槽21に対し絶縁部22を介して貫通設置されている金属製の導体電極23と、導体電極23に接続された高周波電源24および直流パルスバイアス電源25と、真空槽21に連結された真空排気装置26と、空槽21に連結されたガス供給装置27とから構成されている。このようなプラズマイオン注入装置20は例えば栗田製作所社製の市販装置を用いることができる。導体電極23の先端には、試料である噴板基体2が取り付けられる。
【0023】
このプラズマイオン注入装置20では、まず槽内に噴板基体2を配置させた真空槽21を真空排気装置26により真空吸引した上で、真空槽21内に給気管28経由で低圧炭化水素ガス(プラズマ形成ガス)を導入する。そして、プラズマ生成用の高周波電源24とイオン注入用のパルスバイアス電源25とから出力される、例えば13.56MHzの交流の高周波パルス電圧と直流の負の高電圧パルス電圧とを整合回路(図示省略)によって重畳(相互の誘導障害を防止しながら、お互いに結合する)させる。そして、この重畳した電力を、導体電極23を介して噴板基体2に印加する。それにより、噴板基体2の周囲に炭化水素ガスプラズマを発生させると共に、このプラズマ中のイオンを負の高電圧パルスバイアス電圧によって噴板基体2に誘引・注入させる。また、このイオンのラジカル種の衝撃、積層中にもイオン注入を伴いながら、噴板基体2の表面にDLC膜の形成を行うのである。
【0024】
なお、このプラズマイオン注入法により形成されるDLC膜は、以下のような「基体表面へのイオン注入」、「中間層の形成」、「成膜」の3工程によってその厚みや硬さ等を調整することができる。すなわち、「表面へのイオン注入」工程においてはメタンやアセチレンなどの炭化水素ガス、またはヘキサメチルジシロキサンやテトラメチルシランなどのシリコン系ガスを使用することで表面硬度を上昇させる。「中間層の形成」工程においては、同様に、炭化水素ガスやシリコン系ガスによって密着性を向上させる。最後の「成膜」工程においては、DLC膜の厚みを調整する。そして、上記した各段階において、導入ガスの種類、導入ガス流量、真空度、高周波電力、高電圧パルス間隔などを適宜設定することにより、形成すべきDLC膜の厚みや硬さ等を調整することができる。
【0025】
上記のような調整により、本発明の噴板基体に形成するDLC膜を、膜厚が0.5〜5μm程度の範囲にコーティングすると良い。なぜならば、DLC膜の膜厚が上記範囲よりも薄すぎたり、膜硬度が低すぎたりした場合は、噴板としての充分な耐久性が得られず、噴霧作業の噴霧圧力によりDLC膜が摩滅する。逆に、DLC膜の膜厚が厚すぎたり硬度が高いすぎたりした場合は、内部応力によりDLC膜が剥離しやすいうえ、成膜コストのわりに耐久性が僅かしか向上しないためである。
【0026】
上記のように、プラズマイオン注入法によりDLC膜を形成する手法は、膜強度が高く耐久性に富むDLC膜を形成しにくいとされる「立体形状」の噴板基体に対して極めて好適である。すなわち、周縁板部3の底面3Aと錐陥部4Aの内周面との成す角度θ(図2参照)が40度以上80度以下であるような立体的な噴板基体2についても好適に使用できるのである。一方で、噴霧作業においては、図2(a)中の6Aで示す境目位置での摩耗が発生しやすいと想定されるが、DLC膜6のコーティングにより境目位置6Aでの摩耗の発生を防ぐことができる。
【0027】
尚、上記の実施形態では、周縁板部3の底面3Aから上向きに陥入して形成された錐陥部4Aを有するような立体的な噴板基体2から作製した噴板1を例示したが、本発明の噴板はそのような立体形状を有する噴板基体を用いるものに限定されない。図4に示すように、例えばステンレス鋼板などの板材からプレス成型などによって成形された噴板基体2aを用いた噴板1aも本発明に含まれる。この噴板1aは、中央部に噴霧口5を有する平板円板状の噴板基体2aの表面全体にDLC膜6が形成されている。
【0028】
前記の噴板1aは、図5に示すような噴霧ノズル10に使用される。噴霧ノズル10aは、例えば、内部に液体流路を有するノズル本体11aと、ノズル本体11aの液体流路の上端開口に設置される噴板1aと、ノズル本体11の上端縁部に螺止されて噴板1aおよびシールリング13aを固定するキャップ12と、ノズル本体11aの液体流路内に配備されて流体に旋回流を与える旋回中子14aとを備えている。このような平板状の噴板1aは、先述した噴板1と比べて、よりいっそう構成が簡素であり安価に提供することができる。そして、このように安価であるにも拘わらず耐食性と耐摩耗性は併せ持っている。
【実施例1】
【0029】
引続き、本発明を実施例によって更に詳しく説明する。
まず、実施例1を説明する。
「ステンレス鋼製噴板に対する膜厚0.5μmのDLCコーティング」:
先端に噴霧口が開口していて直径10mm高さ5mmの円錐部を有する直径15mm板厚0.5mmのステンレス鋼(SUS 304)製の噴板基体に対し、プラズマイオン注入装置(栗田製作所社製:図3参照)を用いてDLCコーティングを施した。その際の前処理として、加熱によってガス化したヘキサメチルジシロキサン(中間層となる)をマイナス10kVのパルスバイアス電圧を印加しながら添加した。その後、アセチレンを成膜原料として用い、マイナス15kVのパルスバイアス電圧をマイナス3kVまで変化させながら50Wの高周波電源出力でDLCコーティングを施すことにより、噴板基体の表面全体にわたってDLC膜を成膜させた。このとき噴板基体と一緒に、一部をマスキングしたシリコン基板も同じ真空槽に入れてDLCコーティングを行い、コーティング後にシリコン基板とDLC膜との段差を表面粗さ計により測定したところ、0.5μmであった。これより、噴板基体表面のDLC膜の厚みが0.5μmであると推定した。
【実施例2】
【0030】
「ステンレス鋼製噴板に対する膜厚3μmのDLCコーティング」:
先端に噴霧口が開口していて直径10mm高さ5mmの円錐部を有する直径15mm板厚0.5mmのステンレス鋼(SUS 304)製の噴板基体に対し、プラズマイオン注入装置(栗田製作所社製)を用いてDLCコーティングを施した。その際の前処理として、加熱によってガス化したヘキサメチルジシロキサンを中間層として圧力0.4Paでマイナス8kVのパルスバイアス電圧を印加しながら添加した。その後、アセチレンを成膜原料として用い、圧力1.2Paでマイナス10kVのパルスバイアス電圧を徐々にマイナス3kVまで変化させながら50Wの高周波電源出力でDLCコーティングを行なった。そして、実施例1と同様の方法で噴板基体表面のDLC膜の厚みを推定したところ、3μmであった。
【実施例3】
【0031】
「ステンレス鋼製噴板に対する膜厚5μmのDLCコーティング」:
先端に噴霧口が開口していて直径10mm高さ5mmの円錐部を有する直径15mm板厚0.5mmのステンレス鋼(SUS 304)製の噴板基体に対し、プラズマイオン注入装置(栗田製作所社製)を用いてDLCコーティングを施した。その際の前処理として、加熱によってガス化したヘキサメチルジシロキサンを中間層として圧力0.4Paでマイナス8kVのパルスバイアス電圧を印加しながら添加した。その後、アセチレンを原料として、圧力1.2Paでマイナス10kVのパルスバイアス電圧を徐々にマイナス3kVまで変化させながら50Wの高周波出力でDLCコーティングを行なった。そして、実施例1と同様の方法でDLC膜の厚みを推定したところ、5μmであった。
【実施例4】
【0032】
「合成樹脂製噴板に対する膜厚3μmのDLCコーティング」:
先端に噴霧口が開口していて直径10mm高さ5mmの円錐部を有する直径15mm板厚0.5mmの合成樹脂(ポリエチレン)製の噴板基体に対し、プラズマイオン注入装置(栗田製作所社製)を用いてDLCコーティングを施した。真空槽内において金属性負電極に対して飛来するイオンが当たるような配置で合成樹脂製噴板基体を設置し、DLCコーティングを行った。その際の前処理として、加熱によってガス化したヘキサメチルジシロキサンを中間層としてマイナス10kVのパルスバイアス電圧を印加して添加した。その後、アセチレンを成膜原料としてマイナス15kVのパルスバイアス電圧をマイナス3kVまで変化させながら、膜厚3μmのDLC膜を基板表面にコーティングした。取り出した製品噴板を確認したが、プラズマによる温度上昇に起因する劣化は見られなかった。
【実施例5】
【0033】
「ステンレス鋼製噴板に対する噴霧試験」:
実施例1と実施例3において作製したDLCコーティング済みの噴板に対し、図6に示すような循環式の噴霧試験装置30を用いて噴霧試験を行なった。噴霧試験装置30は、炭酸カルシウムを80倍の水で希釈した炭酸カルシウム水溶液Cを貯留する貯液槽31と、貯液槽31内に配備されて炭酸カルシウム水溶液Cを撹拌する撹拌機32と、一端が貯液槽31内に配置され他端が貯液槽31内の上部空間に配置された循環路34と、循環路34の他端に連結された噴板1付きの噴霧ノズル10と、貯液槽31内の液を循環路34内で圧送する動力噴霧機33と、循環路34内の液流量を検出するための圧力計35とを備えている。動力噴霧機33は汎用機であるために構造の図示は省略するが、例えば循環路34が接続される吸水口を有するシリンダと、シリンダ内で往復動する弁付きのピストンと、ピストンを駆動させる駆動機構と、噴霧ノズル10につながるシリンダ先端の吐出弁と、吐出側の流体圧を蓄圧する空気室と、吐出圧を設定するための調圧弁とを備えている。
【0034】
この噴霧試験装置30では、動力噴霧機33が2.0M Paの吐出圧(設定圧)で炭酸カルシウム水溶液Cを循環路34内に圧送し、噴霧ノズル10の噴板1から貯液槽31内に噴霧させる。このとき、圧力計35により計測された圧力と、動力噴霧機33で設定されている一定の吐出圧との圧力差から、循環路34内での流量すなわち噴霧量が推算される。そして、一定時間後の噴霧量変化を算出し、それを試験初期の噴霧量で割ったものを噴霧量増加率として百分率で導出した。尚、試験は、各実施例の噴板とともに、参照用の表面未処理のステンレス鋼(SUS 304)製の噴板基体(比較例1〜3(いずれも同じ製造ロット製品))も同時に行なった。
【0035】
まず、実施例1のDLC膜厚0.5μmの噴板と比較例1の噴板(基体)とを噴霧試験装置30に供して噴霧試験を10時間行なった。その結果を下記の表1に示す。
【0036】
【表1】
【0037】
表1によると、DLCコーティング(膜厚0.5μm)を行った実施例1の噴板は噴霧量増加率が2.2 %であったのに対し、比較例1の噴板(基体)は4.7%で、2倍以上の増加率となり、噴板(基体)の噴霧口の摩耗が大きいことが判る。尚、試験後、実施例1の噴板の表面を肉眼で観察したところ、部分的なDLC膜の剥離が確認されている。
【0038】
つぎに、実施例3のDLC膜厚5μmの噴板と比較例3の噴板(基体)とを噴霧試験装置30に供して噴霧試験を50時間行なった。その結果を下記の表2に示す。
【0039】
【表2】
【0040】
表2によれば、DLCコーティング(膜厚5μm)を行った実施例3の噴板は噴霧量増加率が1.0%であったのに対し、比較例3の噴板(基体)は2.0%であって実施例1の噴板と同様に2倍の増加率となり、噴板(基体)の噴霧口の摩耗が大きかった。試験後、実施例3の噴板の表面を肉眼で観察したところ、DLC膜の剥離は確認されなかった。
更に、噴霧試験後の実施例3の噴板と比較例3の噴板(基体)のそれぞれの噴霧口の端面を走査型電子顕微鏡により500倍の倍率で観察した。得られた顕微鏡写真を図8に示す。図8の顕微鏡写真によれば、表面未処理である比較例3の噴板(基体)は、噴霧試験後、図8(b)に示すように、炭酸カルシウム水溶液によって表面が摩滅していた。これに対し、DLCコーティングを施した実施例3の噴板については、図8(a)に示すように、噴霧試験後も噴霧口端面の表面に著しい劣化が視認されず、DLC膜が残存していることが確認された。
【0041】
続いて、実施例2のDLC膜厚3μmの噴板と比較例2の噴板(基体)とを噴霧試験装置30に供し、実施例1および実施例3の噴板と同様に、80倍希釈の炭酸カルシウム水溶液を100時間噴霧し、その後加速試験として、希釈倍率40倍に濃くした炭酸カルシウム水溶液を用いて更に100時間、合計200時間噴霧試験を行った。その結果を下記の表3および図7に示す。
【0042】
【表3】
【0043】
表3および図7によれば、比較例2の噴板(基体)は噴霧量変化率が4.6%であったのに対し、DLCコーティングを行った実施例2の噴板(膜厚3μm)は1.0%であったことから、過酷な加速試験を経た場合でも、実施例2の噴板は耐摩耗性が高く耐久性がよいことが判る。また、この実施例2の噴板はDLC膜の剥離も肉眼で確認できなかった。
【0044】
「剥離したステンレス鋼製噴板」:
先端に噴霧口が開口していて直径10mm高さ5mmの円錐部を有する直径15mm板厚0.5mmのステンレス鋼(SUS 304)製の噴板2つに対し、プラズマイオン注入装置(栗田製作所社製)を用いて圧力0.7PaでDLCコーティングを施した。その際に、一方(比較例4)にはアセチレンを成膜原料としてマイナス15kVのパルスバイアス電圧を一定に印加し、他方(比較例5)にはアセチレンを成膜原料としてマイナス3kVのパルスバイアス電圧を一定に印加して、それぞれにDLCコーティング処理を施した。実施例1と同様の方法で噴板基体表面のDLC膜の膜厚を推定したところ、いずれも3μmであった。
【0045】
そして、両者に対し実施例5に示した噴霧試験を10時間行ない、噴霧試験終了後に、それぞれの噴板を底面(裏面)側から写真撮影した。撮影結果を図9に示す。その結果、マイナス3kVのパルスバイアス電圧を印加した噴板は、図9(a)に示すように、炭酸カルシウム水溶液が当ってDLC膜が摩耗し、特に上半分のDLC膜が剥がれて、噴板基体の下地4Zであるステンレス鋼の露出が確認された。一方、図9(b)に示すように、マイナス15kVのパルスバイアス電圧を印加した噴板は、写真上側3分の1程度のDLC膜が剥離して下地4Zが露出し、残っているDLC膜には残留応力により皺と亀裂が生じていた。他方で、適切にDLCコーティングを行った実施例2の噴板を実施例5による200時間の噴霧試験に供したが、図9(c)に示すように、DLC膜の剥離は見られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明に係る噴板は耐食性および耐摩耗性に優れるため、屋内用途に加え、農業ハウスを始めとする屋外用途に利用することができる。ノズルの耐久性向上によって長期間にわたり均一な散布を実行できる。それゆえ、植物工場プラント内での水分・養分散布に用いるような場合、交換に要するメンテナンスコストを低減できる。
【符号の説明】
【0047】
1,1a 噴板
2,2a 噴板基体
3 周縁板部
3A 底面
4 円錐状部
4A 錐陥部
5 噴霧口
6 DLC膜
10,10a 噴霧ノズル
20 プラズマイオン注入装置
24 高周波電源
25 パルスバイアス電源
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9