特許第5667439号(P5667439)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5667439
(24)【登録日】2014年12月19日
(45)【発行日】2015年2月12日
(54)【発明の名称】塩味増強剤及びそれを含有する飲食品
(51)【国際特許分類】
   A23L 1/237 20060101AFI20150122BHJP
   A23L 1/227 20060101ALI20150122BHJP
【FI】
   A23L1/237
   A23L1/227 B
【請求項の数】9
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2010-502847(P2010-502847)
(86)(22)【出願日】2009年3月11日
(86)【国際出願番号】JP2009054609
(87)【国際公開番号】WO2009113563
(87)【国際公開日】20090917
【審査請求日】2012年1月16日
(31)【優先権主張番号】特願2008-66830(P2008-66830)
(32)【優先日】2008年3月14日
(33)【優先権主張国】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004189
【氏名又は名称】日本水産株式会社
(72)【発明者】
【氏名】下野 将司
(72)【発明者】
【氏名】杉山 公教
【審査官】 吉田 知美
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭61−115464(JP,A)
【文献】 国際公開第2007/055393(WO,A1)
【文献】 特開平07−289198(JP,A)
【文献】 国際公開第01/039613(WO,A1)
【文献】 国際公開第2007/042274(WO,A1)
【文献】 NAKATA, T. et al.,Biosci. Biotech. Biochem.,1995年,Vol.59, No.4,p.689-693
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 1/22−1/237
A23L 1/24
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
構成アミノ酸として少なくとも1つグルタミン酸を有するジペプチド、Glu-Ala、Glu-Arg、Glu-Asn、Glu-Asp、Glu-Gln、Glu-Glu、Glu-Gly、Glu-His、Glu-Ile、Glu-Leu、Glu-Lys、Glu-Pro、Glu-Ser、Glu-Thr、Glu-Trp、Glu-Tyr、Glu-Val、Arg-Glu、Asn-Glu、Asp-Glu、Gln-Glu、His-Glu、Pro-Glu、Ser-Glu、Thr-Glu、Trp-Glu、Val-Gluからなる群から選ばれるジペプチドを有効成分として含有する、蛋白質酵素分解物及び/又は塩基性アミノ酸の塩味増強作用を増強するための塩味増強剤。但し、該ジペプチドは合成品、天然物から抽出、精製したもの、又は蛋白質を酵素分解物した後、固形分中の少なくとも1つグルタミン酸を有するジペプチドの含有率が2倍以上に高まるよう濃縮する処理を施したものである。
【請求項2】
構成アミノ酸として少なくとも1つグルタミン酸を有するジペプチドが、Glu-Ala、Glu-Arg、Glu-Asn、Glu-Asp、Glu-Gln、Glu-Glu、Glu-Gly、Glu-His、Glu-Ile、Glu-Pro、Glu-Ser、Glu-Thr、Glu-Trp、Glu-Val、Arg-Glu、Asp-Glu、His-Gluからなる群から選ばれるジペプチドである請求項1の塩味増強剤。
【請求項3】
ジペプチドの含有率が高まるよう濃縮する処理がエタノール分画、限外ろ過、陽イオン交換カラム、活性炭カラム処理、ODSカラム処理、シリカゲルカラム処理から選択される1つ又は2つ以上の組み合わせである請求項1又は2の塩味増強剤。
【請求項4】
さらに、蛋白質の酵素分解物及び/又は塩基性アミノ酸を含有する請求項1ないし3いずれかの塩味増強剤。
【請求項5】
塩基性アミノ酸がアルギニンである請求項1ないし4いずれかの塩味増強剤。
【請求項6】
蛋白質の酵素分解物が哺乳類、鳥類、魚介類の肉及び/又は内臓由来の蛋白質、穀物、豆類由来の蛋白質からなる群から選ばれた蛋白質の酵素分解物である請求項1ないし5いずれかの塩味増強剤。
【請求項7】
さらに塩化カリウムを添加した、請求項1ないし6いずれかの塩味増強剤。
【請求項8】
pHを5〜8に調整した、請求項1ないし7いずれかの塩味増強剤。
【請求項9】
蛋白質の酵素分解物の固形分中の少なくとも1つグルタミン酸を有するジペプチドの含有率を2倍以上に高めるよう濃縮することにより蛋白質酵素分解物の塩味増強作用を増強する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飲食品において食塩を減らすことによる塩味の弱さや物足りなさを補うための塩味増強剤、その製造方法、それを用いた塩味の増強方法、及びそれらを含有する飲食品に関する。
【背景技術】
【0002】
食塩(塩化ナトリウム)は、人間にとって必要不可欠な栄養成分である。例えば、体内の水分及びpHの調整、食べ物の消化、栄養素の吸収、神経伝達等が挙げられ、その機能において重要な役割を果たす。さらに、食塩は飲食品のおいしさを左右する重要な役割を果たしている。例えば、旨味や風味の強化、食品の保存、味噌・醤油・パンなどの発酵食品の製造、練り製品やうどんのテクスチャーの付与、葉緑素を安定化させ色調を保持すること等が挙げられる。このように、人間の生活にとって欠かせない食塩であるが、その過剰摂取は、諸説あるものの高血圧、腎臓病、心臓病等の疾病を引き起こすリスクを高めると考えられている。そのため、食塩摂取量、特にナトリウム摂取量を低減化することが重要視され、強く望まれている。これは、すでに発症している疾病を治癒させるためだけでなく、健常者に対しても予防的な措置を講ずるためでもある。
食塩摂取量を低減させるためには、単に飲食品の調味や加工において食塩の使用量を減らす方法が考えられるが、上記に論じたように、食塩は食品の風味おいて重要な役割を果たしている。従って、単に食塩の使用量を減らした飲食品は、風味を損ない、味気ないものとなる。そこで、食塩を低減しても飲食品の食塩味や風味を損なわない技術の開発が強く求められている。
【0003】
従来の飲食品における食塩味や風味を損なわず、食塩を低減する減塩方法のひとつとして、それ自身が食塩味を呈する物質、即ち食塩代替物質を使用する方法がある。これに代表されるものとして、例えば塩化カリウム等のカリウム塩、塩化アンモニウム等のアンモニウム塩、塩化マグネシウム等のマグネシウム塩等が知られている。さらにグリシンエチルエステル塩酸塩、リジン塩酸塩等のアミノ酸の塩酸塩、さらに、オルニチルタウリン、オルニチル−ベータ−アラニン、グリシルリジン等の塩基性アミノ酸からなるペプチド類が知られている。これらの塩味代替物質は食塩味のほかに苦味、特有の呈味、不快味を有するといったような欠点がある。これらの塩味代替物質を用いて食塩を低減し、食塩味以外の不快な呈味を抑制する技術として、塩化カリウム、塩化アンモニウム、乳酸カルシウム、L−アスパラギン酸ナトリウム、L−グルタミン酸塩及び/又は核酸系呈味物質を特定の割合で混合してなる調味料組成物(特許文献1)、有機酸のカルシウム塩やマグネシウム塩を組み合わせた塩化カリウムの苦味抑制方法(特許文献2)等が知られている。しかし、今もなお、塩味以外の不快な呈味、塩味強度が低い等の理由で消費者のニーズにあった減塩技術には到達していない。
【0004】
さらに、飲食品における食塩味や風味を損なわず、食塩を低減するもうひとつの減塩方法として、食塩味を増強させ食塩を低減しても食塩味を損なわせない物質、即ち塩味増強物質を使用する方法がある。例えば、L−アルギニン、L−アスパラギン酸及び塩化ナトリウムを組み合わせたもの(特許文献3)、分子量50,000ダルトン以下のコラーゲンを加水分解して得られるペプチド(特許文献4)、ソーマチン(特許文献5)、各種蛋白素材の蛋白加水分解物(特許文献6)、トレハロース(特許文献7)、酵母エキス(特許文献8)、蛋白質を加水分解処理及び脱アミド処理して得られるペプチド(特許文献9)、塩基性アミノ酸とクエン酸とを反応させて生成する中和塩を主成分とする呈味改良剤(特許文献10)等、数多くのものが報告されている。しかし、減塩効果、風味、経済性等の観点から考えると、未だ有効な技術、消費者のニーズにあった技術には到っておらず、食塩を低減しても食塩味および風味を損なわない効果的な減塩技術が強く求められている。
【0005】
【特許文献1】特開平11−187841号公報
【特許文献2】特開平4−108358号公報
【特許文献3】米国特許第5145707号明細書
【特許文献4】特開昭63−3766号公報
【特許文献5】特開昭63−137658号公報
【特許文献6】特開平7−289198号公報
【特許文献7】特開平10−66540号公報
【特許文献8】特開2000−37170号公報
【特許文献9】国際公開第01/039613号パンフレット
【特許文献10】特開2003−144088号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、飲食品において食塩を減らすことによる塩味の弱さや物足りなさを補うための塩味増強剤、その製造方法、それを用いた塩味の増強方法、及びそれらを含有する飲食品を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者らは、蛋白質の酵素分解物の塩味増強効果について検討する中で、多くの分解物の中でも、ジペプチド、特に、構成アミノ酸として少なくとも1つグルタミン酸(Glu)を含有するジペプチドに強い効果が認められることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
本発明は、以下(1)〜()の塩味増強剤を要旨とする。
(1)構成アミノ酸として少なくとも1つグルタミン酸を有するジペプチド、Glu-Ala、Glu-Arg、Glu-Asn、Glu-Asp、Glu-Gln、Glu-Glu、Glu-Gly、Glu-His、Glu-Ile、Glu-Leu、Glu-Lys、Glu-Pro、Glu-Ser、Glu-Thr、Glu-Trp、Glu-Tyr、Glu-Val、Arg-Glu、Asn-Glu、Asp-Glu、Gln-Glu、His-Glu、Pro-Glu、Ser-Glu、Thr-Glu、Trp-Glu、Val-Gluからなる群から選ばれるジペプチドを有効成分として含有する塩味増強剤。但し、該ジペプチドは合成品、天然物から抽出、精製したもの、又は蛋白質を酵素分解物した後、固形分中の少なくとも1つグルタミン酸を有するジペプチドの含有率が2倍以上に高まるよう濃縮する処理を施したものである。
(2)構成アミノ酸として少なくとも1つグルタミン酸を含有するジペプチドが、Glu-Ala、Glu-Arg、Glu-Asn、Glu-Asp、Glu-Gln、Glu-Glu、Glu-Gly、Glu-His、Glu-Ile、Glu-Pro、Glu-Ser、Glu-Thr、Glu-Trp、Glu-Val、Arg-Glu、Asp-Glu、His-Gluからなる群から選ばれるジペプチドである(1)の塩味増強剤。
)ジペプチドの含有率が高まるよう濃縮する処理がエタノール分画、限外ろ過、陽イオン交換カラム、活性炭カラム処理、ODSカラム処理、シリカゲルカラム処理から選択される1つ又は2つ以上の組み合わせである(1)又は(2)の塩味増強剤。
)さらに、蛋白質の酵素分解物及び/又は塩基性アミノ酸を含有する(1)ないし()いずれかの塩味増強剤。
)塩基性アミノ酸がアルギニンである(1)ないし(4)いずれかの塩味増強剤。
)蛋白質の酵素分解物が哺乳類、鳥類、魚介類の肉及び/又は内臓由来の蛋白質、穀物、豆類由来の蛋白質からなる群から選ばれた蛋白質の酵素分解物である(1)ないし(5)いずれかの塩味増強剤。
)さらに塩化カリウムを添加した、(1)ないし()いずれかの塩味増強剤。
)pHを5〜8に調整した、(1)ないし()いずれかの塩味増強剤。
【0009】
本発明は、以下の塩味増強作用の増強方法を要旨とする。
)蛋白質の酵素分解物の固形分中の少なくとも1つグルタミン酸を有するジペプチドの含有率を2倍以上に高めるよう濃縮することにより蛋白質酵素分解物の塩味増強作用を増強する方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の塩味増強剤は、食塩を含む食品に添加することにより、食品に含まれる食塩による塩味を強く感じさせる作用を有する。したがって、本発明の塩味増強剤を用いることにより、食品中の食塩量を減量しても、減量する前と同等の塩味を感じさせることができるので、食塩の使用量を減量することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施例4における、各グルタミン酸を含むジペプチドをカツオ煮汁エキス酵素分解物に添加したときの塩味増強作用を評価した結果を示す。
図2】実施例4における、各グルタミン酸を含むジペプチドを鮭白子酵素分解物に添加したときの塩味増強作用を評価した結果を示す。
図3】実施例4における、各アミノ酸、ジペプチド、トリペプチドをカツオ煮汁エキス酵素分解物に添加したときの塩味増強作用を評価した結果を示す。
図4】実施例5における、Glu-Thr及びGlu-Gluの塩味増強作用を評価した結果を示す。
図5】実施例6における、Glu-Thrの添加量と塩味増強作用との関係を評価した結果を示す。
図6】実施例7における、各濃縮処理物の塩味増強作用を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、構成アミノ酸として少なくとも1つグルタミン酸を有するジペプチドを有効成分として含有する塩味増強剤に関する。
本発明において構成アミノ酸として少なくとも1つグルタミン酸を含有するジペプチドとはグルタミン酸−アミノ酸、又はアミノ酸−グルタミン酸のいずれかの構造のジペプチドである。これらジペプチドの中でも、Glu-Ala、Glu-Arg、Glu-Asn、Glu-Asp、Glu-Gln、Glu-Glu、Glu-Gly、Glu-His、Glu-Ile、Glu-Leu、Glu-Lys、Glu-Pro、Glu-Ser、Glu-Thr、Glu-Trp、Glu-Tyr、Glu-Val、Arg-Glu、Asn-Glu、Asp-Glu、Gln-Glu、His-Glu、Pro-Glu、Ser-Glu、Thr-Glu、Trp-Gluからなる群から選ばれるジペプチドに特に強い効果が認められる。ジペプチドは合成品でも、天然物から抽出、精製したものでもよい。蛋白質を蛋白質分解酵素で分解して、精製して用いることができる。この蛋白質分解物としては後述する酵素分解物が使用できる。これらはひとつの種類のジペプチドを高度に精製したものでも複数のジペプチドの混合物でもよく、また、アミノ酸やトリペプチドを含む状態で用いてもよい。必要な量添加することができる純度であればよい。添加する食品に応じて、添加量を少なくする必要があれば、高度に精製すればよく、ジペプチド以外の成分の味や風味が影響しないような食品に用いる場合には、純度の低いものでよい。蛋白質の酵素分解物中のグルタミン酸を含有するジペプチドを濃縮するには、例えば、実施例7に示すようにエタノール分画、限外ろ過、陽イオン交換カラム、活性炭カラム処理、ODSカラム処理、シリカゲルカラム処理などような、遊離アミノ酸を除去する処理、分子量の大きい蛋白質や長いペプチドを除去する処理、あるいは、疎水性ペプチドと親水性ペプチドを分離する処理、塩基性ペプチドと酸性ペプチドを分離する処理により、親水性のグルタミン酸を有するジペプチドを濃縮することができる。蛋白質の酵素分解物を上記のような処理により2倍以上濃縮するのが好ましく、特に好ましくは4倍以上濃縮して用いるのが好ましい。このように濃縮することにより、不必要な成分が除去され、異味、雑味が除去され、蛋白質酵素分解物そのままで用いるよりも汎用性が高くなり、添加量も少なくなる。
実施例5に示すように本発明のジペプチドは単独では塩味増強作用を示さないが、アルギニンや蛋白質の酵素分解物などが共存すると効果を発揮する。ほとんどの食品、特に蛋白質を含む食品の場合、各種アミノ酸やペプチド、アルギニンなどを含むことが多いので、そのような食品では、本願発明のジペプチドを単独で添加することによっても塩味増強作用を期待することができる。
【0013】
本発明のジペプチドを含有する塩味増強剤は、さらに蛋白質の酵素分解物を添加しても良い。
本発明において動物蛋白質とは、畜肉類、家禽類、魚介類の肉、内臓など由来の蛋白質や乳、卵などの蛋白質である。具体的には、ビーフエキス、チキンエキス、ポークエキス、魚肉エキス、カゼイン、ゼラチン、卵白など各種動物由来蛋白質を使用することができる。特に好ましいのは、魚介類のエキスである。カツオエキス、白子エキス、ハモエキス、エソエキス、マグロエキス、ホタテエキス、オキアミエキス、タラコエキスなどが例示される。缶詰製造工程で派生する煮汁などを利用することもできる。
本発明において植物蛋白質とは、穀物類、野菜類などから得られる蛋白質である。具体的には、大豆、小麦、とうもろこし、米などを加工した各種植物由来蛋白質を使用することができる。特に好ましいのは、分離大豆蛋白質、豆乳蛋白質、濃縮大豆蛋白質、脱脂大豆蛋白質、小麦グルテン、コーングルテン、などが例示される。
本発明において、酵素分解物とは、上記動物蛋白質や植物蛋白質を酵素によりアミノ酸やペプチドの混合物に分解したものである。各種蛋白質分解酵素を利用することができる。実質的に蛋白質が酵素分解されればいいので、発酵などによる分解物でもよい。
蛋白質加水分解酵素としては、エンドペプチダーゼあるいはエキソペプチダーゼが挙げられ、それらを単独又は組み合わせて用いても良い。エンドペプチダーゼとしては、例えばトリプシン、キモトリプシン、ズブチリシンに代表されるセリンプロテアーゼ、ペプシンに代表されるアスパラギン酸プロテアーゼ、サーモリシンに代表される金属プロテアーゼ、パパインに代表されるシステインプロテアーゼ等が挙げられる。食品添加用として市販されているエンドペプチダーゼとしては、具体的にはアルカラーゼ(ノボザイムス製)、ニュートラーゼ(ノボザイムス製)、ヌクレイシン(エイチヴィアイ製)、スミチームMP(新日本化学工業性)、ブロメラインF(天野製薬製)、オリエンターゼ20A(エイチヴィアイ製)、モルシンF(キッコーマン製)、ニューラーゼF(天野製薬製)、スミチームAP(新日本化学工業製)等が挙げられる。また、食品添加用として市販されているエキソペプチダーゼ活性を有する酵素としては、フレーバーザイム(ノボザイムス製)、スミチームFP(新日本化学工業製)、アクチナーゼ(科研製薬製)、コクラーゼP(ジェネンコア製)等が挙げられる。また、これらの蛋白加水分解酵素を2種以上組み合わせて使用することもできる。これら酵素はそれぞれに適した温度、pH条件下で、原料に1〜48時間、特に3〜24時間反応させることが好ましい。このようにして得た酵素分解物をそのまま用いることができる。なお、これら酵素分解物は、TNBS法による平均ペプチド鎖長が2〜3を示す程度に分解したものが好ましい。
【0014】
本発明のジペプチドを含有する塩味増強剤に、さらに塩基性アミノ酸を添加しても良い。このとき、用いる塩基性アミノ酸としては、特にアルギニンが好ましい。アルギニンは市販のもの、あるいは常法により精製されたものを用いることができる。添加する量としては、酵素分解物を併用する場合、酵素分解物の有効成分(酵素分解物のBrixから塩化ナトリウム量を引いたものを有効成分量とする)1重量部に対し0.002〜40重量部、特に0.025〜10重量部で添加するのが好ましい。また、ジペプチド1重量部に対し、0.005〜400重量部、特に0.05〜100重量部で添加するのが好ましい。さらに塩化カリウムを組み合わせても良い。塩化カリウムは市販の物を用いれば良い。塩化カリウムを添加する量としては、酵素分解物の有効成分1重量部に対し0.002〜100重量部、特に0.05〜20重量部で添加するのが好ましい。また、ジペプチド1重量部に対し、0.005〜1000重量部、特に0.1〜200重量部で添加するのが好ましい。
ジペプチドを添加する量としては、酵素分解物の有効成分1重量部に対し0.001〜40重量部、特に0.005〜10重量部で添加するのが好ましい。また、アルギニン1重量部に対し0.0025〜200重量部、特に0.01〜20重量部で添加するのが好ましい。
【0015】
本発明の塩味増強剤は、分解物そのままのpHで用いても良いが、pHを弱酸性〜中性、具体的にはpH5〜8程度に調整することにより、より効果を発揮することができる。酵素分解物はほぼ中性付近のpHであるが、塩基性アミノ酸であるアルギニンなどを添加した場合pHがアルカリに傾くため、pHの調節をするのがよい。pHの調整は適当な酸、好ましくはクエン酸、酢酸、乳酸、コハク酸、フマル酸、リン酸、リンゴ酸、特に好ましくは塩酸を用いて調整すれば良い。調整時期は使用するまでに調節すればよく、原料段階、製造の途中段階、あるいは最終物が得られた後などに行うことができる。食品の多くは中性付近のpHを有するため、特別な対応をすることなく本発明の塩味増強剤を用いることができる。
【0016】
また本発明は、本発明塩味増強剤を用いた塩味の増強方法に関する。前記方法により得られた本発明塩味増強剤を、食塩を含有する飲食品に添加することにより、その食品の塩味を増強することができる。添加する目安としては、添加する食品によるが、本発明のジペプチドを食品中に0.1〜0.4重量%、酵素分解物の有効成分1〜2重量%、アルギニン0.1〜1.0重量%、及び塩化カリウム0.1〜1.0重量%程度を添加すると、食品に含まれる食塩を50%減量しても減量していないものと同等の塩味を感じさせることができる。したがって、食品に含まれる食塩(塩化ナトリウム)を50%減塩したい場合は、ジペプチドを食品中に0.1〜0.4重量%、酵素分解物の有効成分1〜2重量%、アルギニン0.1〜1.0重量%、及び塩化カリウム0.1〜1.0重量%を添加すればよく、これを目安に希望する減塩の程度によって本発明の塩味増強剤の量を加減すればよい。このように本発明塩味増強剤を添加することにより、減塩した飲食品の塩味を増強することが可能となる。
【0017】
また、このようにして得られた本発明の塩味増強剤を、減塩(塩化ナトリウムの減量)を目的として各種飲食品に添加することにより、減塩された飲食品が提供される。本発明の塩味増強剤は、えぐみ、苦味など使用を大きく制限するような味はないので、広い範囲の飲食品に使用できる。飲食品としては、例えば鮭フレーク、辛子明太子、塩たらこ、焼魚、干物、塩辛、魚肉ソーセージ、練製品、煮魚、佃煮、缶詰等の水産加工食品、ポテトチップス、煎餅、クッキー等のスナック菓子、うどんつゆ、そばつゆ、そーめんつゆ、ラーメンスープ、ちゃんぽんスープ、パスタソース等の麺類のつゆ、おにぎり、ピラフ、チャーハン、混ぜご飯、雑炊、お茶漬け等の米飯調理品、春巻き、シュウマイ、餃子、カレー、煮物、揚げ物等の調理食品、ハンバーグ、ソーセージ、ハム、チーズ等の畜産加工品、キムチ、漬物等の野菜加工品、醤油、ソース、ドレッシング、味噌、マヨネーズ、トマトケチャップ等の調味料、コンソメスープ、お吸い物、味噌汁、ポタージュスープ等のスープ類が挙げられる。
【0018】
また、本発明の塩味増強剤は、その他公知、市販されている減塩を目的とするための各種添加剤と組み合わせて用いても良い。
【0019】
以下に本発明の実施例を記載するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0020】
分析方法
1.食塩含量の測定
食塩含量の測定は、以下の方法に従って行った。即ち、試料を1% HClにて25倍に希釈した後30分間振とうし、ナトリウムイオンを抽出した後、抽出試料を任意の量の1%
HClにて希釈し、原子吸光光度計(日立製、Z8100)によりナトリウム含量を測定した。食塩量は、得られたナトリウム含量に2.54を乗じ算出した。
【0021】
2.有効成分量の測定
Brixから食塩量を引いたものを本発明塩味増強剤の有効成分量とした。なお、BrixはBrixメーター(アタゴ製、PAL-1)を用いて測定した。
【0022】
3.塩味増強作用(塩味増強率)の測定
食塩濃度を0.49%(w/w)に調整した試料溶液の塩味強度を、尺度基準法により測定した。即ち、0.49%(w/w) 、0.625%(w/w)、0.76%(w/w)、0.955%(w/w)に調整した食塩標準溶液の塩味強度と、試料溶液の塩味強度を比較し、試料溶液の塩味強度が4点の食塩標準溶液の濃度を直線で結んだ場合、試料溶液の塩味がどのあたりに位置するかで評価した。パネルは、飲食品の調味の専門家で構成した。また試料溶液の塩味増強率は、0.49%の食塩溶液の塩味強度をどの程度増強させたかを示すため、以下の式にて算出した。
【0023】
【数1】
【実施例2】
【0024】
アミノ酸、ジペプチド、トリペプチド
アミノ酸、ジペプチド、トリペプチドは、和光純薬工業、BACHEM社又はAnyGen社より純度98%以上のものを購入し、試験に使用した。
【実施例3】
【0025】
各種蛋白素材を原料とした酵素分解物の製造
1.小麦グルテン酵素分解物の製造
小麦グルテン:A-グル-G(グリコ栄養製)29.7gを0.6N HClに分散させ200gとした。この分散液をオートクレーブにて120℃で120分間処理し、処理後、反応液をpHメーター(F-50 、堀場製作所製)で確認しながら2N NaOHにてpH8.0に調整後、加水し200gとした。アルカラーゼ2.4L(ノボザイムス製)1gを加え、ウォーターバスにて55℃で6時間反応させた。反応後、95℃で30分間加熱して酵素を失活させ、7000回転、15分間にて遠心分離(サクマ製、50A-IV型)とろ過(アドバンテック製、NO.2ろ紙)を行い、小麦グルテン酵素分解物を得た。表1にBrix及びNaCl量を示す。
【0026】
2.カツオ煮汁エキス酵素分解物の製造
カツオ煮汁エキス(NP-40、日本水産製)1kgに3kgの水を加え、2N NaOHにてpH8.0に調整した後、さらに加水し5kgのカツオ煮汁エキス希釈液を得た。このカツオ煮汁エキス希釈液に、スミチームMP(新日本化学工業製)20gを加えて、50℃で6時間反応させた。反応後、95℃で30分間加熱して酵素を失活させ、7000回転、15分間にて遠心分離とろ過を行い、カツオ煮汁エキス酵素分解物約5kgを得た。表1にBrix及びNaCl量を示す。
【0027】
3.鮭白子酵素分解物の製造
鮭白子(笹谷商店製)1kgをフードカッター(Dito Sama製)にて破砕後、鍋に入れ、2kg加水し95℃付近で30分間加熱した。2N HClにてpH5.0に調整した後、さらに加水し3kgとした。核酸加水分解酵素であるヌクレアーゼ「アマノ」G(天野エンザイム製)1gを加えて70℃で5時間、加水分解を行った。反応後、2N NaOHにてpH6.0に調整した後、デアミザイムG(天野エンザイム製)0.1gを加えて、50℃で24時間反応させた。さらに反応後、2N NaOHにてpH7.0に調整した後、蛋白質加水分解酵素であるアルカラーゼ2.4L 0.36g及びフレーバーザイム1000L/500MG(ノボザイムス製)0.18gを加えて50℃で24時間反応させた。反応後、95℃で30分間加熱して酵素を失活させ、7000回転、15分間にて遠心分離とろ過を行い、鮭白子酵素分解物約2.8kgを得た。表2にBrix及びNaCl量を示す。
【0028】
【表1】
【実施例4】
【0029】
アミノ酸、ジペプチド及びトリペプチドを添加した酵素分解物の評価
実施例2で準備したアミノ酸、ジペプチド及びトリペプチドを実施例3で作製したカツオ煮汁エキス及び鮭白子酵素分解物に添加したときの塩味増強作用を評価した。即ち、各酵素分解物は有効成分が0.75 w/w%となるように添加した。次に各アミノ酸、ジペプチド及びトリペプチドの濃度が0.04 w/w%、アルギニンの濃度が0.70 w/w%、また塩化ナトリウム濃度が0.49 w/w%となるように各試料の10w/w%溶液を添加し調整した。さらに、pH6.0になるように2N HClにて調整した後、蒸留水を加え100gとした評価液を作製した。この評価液を用いて、実施例1の3.に記載の尺度基準法により、塩味増強作用を評価した。グルタミン酸を含む各ジペプチドをカツオ煮汁エキス酵素分解物に添加したときの塩味増強作用を評価した結果を図1に、鮭白子酵素分解物に添加したときの塩味増強作用を評価した結果を図2に、アミノ酸、ジペプチド及びトリペプチドをカツオ煮汁エキス酵素分解物に添加したときの塩味増強作用を評価した結果を図3に示す。なお、結果はアミノ酸、ジペプチド、トリペプチドを添加しない対照を1.0として示す。
【0030】
この結果、図1、2に示された通り、グルタミン酸を含むジペプチドを添加することにより、添加しない対照に比べ塩味増強作用が高まった。特にカルボキシル末端にグルタミン酸、アミノ末端に比較的親水性の高いアミノ酸を持つジペプチドが酵素分解物の塩味増強作用を強める効果をもつ傾向が認められた。具体的には、Glu-Ala、Glu-Arg、Glu-Asn、Glu-Asp、Glu-Gln、Glu-Glu、Glu-Gly、Glu-His、Glu-Ile、Glu-Leu、Glu-Lys、Glu-Pro、Glu-Ser、Glu-Thr、Glu-Trp、Glu-Tyr、Glu-Val、Arg-Glu、Asn-Glu、Asp-Glu、Gln-Glu、His-Glu、Pro-Glu、Ser-Glu、Thr-Glu、Trp-Gluが挙げられる。しかし、図3に示された通り、各アミノ酸、グルタミン酸を含まないジペプチド、トリペプチドにおいては添加しない対照に比べ飛躍的に酵素分解物の塩味増強作用を強める効果は認められなかった。
【実施例5】
【0031】
Glu-Thr及びGlu-Gluの塩味増強作用の特性
実施例4において比較的高い塩味増強作用を有するGlu-Thr及びGlu-Gluの特性を調査した。評価液の組成を表2に示す。各評価液は、2N HClにてpH6.0に調整した。これらの溶液の塩味増強作用を評価した結果を図4に示す。
【0032】
【表2】
【0033】
この結果、図4に示された通り、Glu-ThrおよびGlu-Gluは単独では塩味増強作用を有さないことを確認した。これらジペプチドは、各酵素分解物及び/又はアルギニンに添加した時に、それらの塩味増強作用を強める効果を有することを確認した。
【実施例6】
【0034】
Glu-Thrの添加量と塩味増強作用
Glu-Thrの添加量と塩味増強作用との関係を確認した。即ち、Glu-Thrの濃度が0.01、0.04、0.10、0.40%、カツオ煮汁エキス酵素分解物の有効成分が0.75%、アルギニンの濃度が0.35又は0.70%、塩化ナトリウム濃度が0.49%となるように調整した。さらに、2N HClにてpH6.0に調整した後、蒸留水を加え100gとした評価液を作製した。これらの溶液の塩味増強作用を評価した結果を図5に示す。
【0035】
この結果、図5に示された通り、Glu-Thrは一定量の添加で十分な効果を示すことを確認した。
【実施例7】
【0036】
蛋白質の酵素分解物中のグルタミン酸を含有するジペプチドの濃縮
実施例3で得られたカツオ煮熟エキス酵素分解物について、グルタミン酸を含有するジペプチドが濃縮される処理を順次行い、塩味増強活性が維持されることを確認した。
塩味増強作用の評価は、実施例3で得られたカツオ煮汁エキス酵素分解物の有効成分を0.75%、塩化ナトリウム濃度を0.49%、アルギニン濃度を0.70%含有する溶液に、濃縮前の原料であるカツオ煮汁エキス酵素分解物に換算して有効成分が2%に相当する量の濃縮処理物を添加し、2N HClにてpH6.0に調整した後、蒸留水を加え100gとした評価液を調整し、塩味増強作用を評価した。濃縮処理物を添加しない液を対照とした。
(1)エタノール分画
カツオ煮汁エキス酵素分解物に4倍量のエタノールを添加した。-20℃で2時間放置した後、遠心分離により上清画分と沈殿画分とに分画した。得られた画分は、真空中で蒸発乾固させ、蒸留水に溶解させた。
(2)限外ろ過
上記エタノール分画の沈殿画分を、分画分子量3000の限外ろ過膜(ミリポア製)により分画した。分子量3000以上と以下の画分に分画した。
(3)陽イオン交換カラム処理
上記限外ろ過により得られた分子量3000以下の画分を0.5N塩酸溶液にて有効成分の含量が1%となるように希釈し、Dowex 50W×4(200〜400メッシュ、H+型、室町テクノス製)のカラムに充填し、カラム容量の5倍量の蒸留水にて洗浄して非吸着画分を分取した。吸着画分は、カラム容量の5倍量の2N アンモニア溶液にて溶出させた。得られた画分は、真空中で蒸発乾固させ、蒸留水に溶解させた。
(4)活性炭カラム処理
上記陽イオン交換カラム処理により得られた吸着画分を活性炭(二村化学工業製)のカラムに充填し、カラム容量の5倍量の蒸留水にて洗浄して非吸着画分を分取した。吸着物質は、カラム容量の5倍量の10%、50%アセトン溶液にて順次溶出させた。得られた画分は、真空中で蒸発乾固させ、蒸留水に溶解させた。
(5)ODSカラム処理
上記活性炭カラム処理により得られた非吸着画分を2N HClにてpH3.0に調整し、カラム容量の1/50になるまで濃縮し、C18−OPN(ナカライテスク製)のカラムに充填し、カラム容量の3倍量の蒸留水を溶離液としてカラム容量の1倍量ずつ分取し、さらに吸着物質をカラム容量の5倍量の10%、50%エタノール溶液にて順次溶出させた。得られた画分は、真空中で蒸発乾固させ、蒸留水に溶解させた。
(6)シリカゲルカラム処理
上記ODSカラム処理により得られた蒸留水溶出画分を真空中で蒸発乾固させ、カラム容量の1/250なるように70%エタノール溶液を加え、シリカゲル60N(関東化学製)のカラムに充填し、70%エタノール溶液を溶離液としてカラム容量の1倍量ずつ分取した。得られた画分は、真空中で蒸発乾固させ、蒸留水に溶解させた。
(7)シリカゲル薄層クロマトグラフィ処理
上記シリカゲルカラム処理により得られた70%エタノール溶出画分をシリカゲル60 2mm(メルク製)にて70%エタノールを展開液として展開後、ニンヒドリン陽性のメインスポットを分取・抽出した。
【0037】
図6に、上記濃縮処理をした各画分の塩味増強作用の評価結果を示す。グルタミン酸を含むジペプチドを濃縮するための各処理を施しても塩味増強活性が維持されることがわかる。不必要な成分を除去することで、異味、雑味が除去され、蛋白質酵素分解物そのままで用いるよりも汎用性が高くなり、添加量を少なくすることができる。
また、カツオ煮汁エキス酵素分解物と上記(7)の処理後の濃縮物の全アミノ酸組成を表3に示す。全アミノ酸濃度は、酸加水分解、即ち試料に対し10倍量の6N HCl中で110℃、24時間処理し、処理後、高速アミノ酸分析計(日立ハイテクノロジーズ社製、L-8900)で測定した。グルタミン酸を含有する成分が濃縮されていることがわかる。
【0038】
【表3】
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明により、優れた塩味増強剤が提供され、減塩を目的とした時の塩味の不足を補うことが可能となり、風味の優れた各種減塩食品を提供することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6