特許第5668882号(P5668882)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】5668882
(24)【登録日】2014年12月26日
(45)【発行日】2015年2月12日
(54)【発明の名称】Mo無添加の浸炭用電炉鋼の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 33/04 20060101AFI20150122BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20150122BHJP
   C22C 38/18 20060101ALI20150122BHJP
   C21C 5/52 20060101ALI20150122BHJP
【FI】
   C22C33/04 L
   C22C38/00 301N
   C22C38/18
   C21C5/52
【請求項の数】1
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-111410(P2014-111410)
(22)【出願日】2014年5月29日
【審査請求日】2014年6月12日
(31)【優先権主張番号】特願2013-150388(P2013-150388)
(32)【優先日】2013年7月19日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000116655
【氏名又は名称】愛知製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】特許業務法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】安達 裕司
(72)【発明者】
【氏名】福田 直樹
【審査官】 佐藤 陽一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2001−234275(JP,A)
【文献】 特開2010−180455(JP,A)
【文献】 特開2013−108144(JP,A)
【文献】 特開2011−026688(JP,A)
【文献】 特開2012−197472(JP,A)
【文献】 特開2011−179048(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
主原料としてスクラップ材を用いて電気炉により製鋼してなる電炉鋼を製造する方法であって、
上記電炉鋼に不純物として含有される上記スクラップ材由来のCu、Ni及びMoが、式1を満足するように上記スクラップ材の選定を行い、
式1:([Cu]+2×[Ni])0.76×[Mo]≧0.0040
(ここで、[Cu]、[Ni]及び[Mo]は、それぞれ、鋼中のCu、Ni及びMoの含有率(質量%)を意味する。)、
上記スクラップ材を電気炉により溶解すると共に、Cu、Ni及びMoをさらに添加することなく他の成分調整用合金を添加して、
質量%で、C:0.12〜0.28%、Si:0.15%以下、Mn:0.65〜0.95%、P:0.035%以下、S:0.035%以下、Cr:1.35〜1.90%、Al:0.020〜0.050%、N:0.0080〜0.0230%を含有し、
かつ、上記電炉鋼に不純物として含有されるCu、Ni及びMoが、上記式1を満足すると共に、Cu:0.30%以下、Ni:0.25%以下、及びMo:0.06%以下に制限され、残部がFe及び不可避的不純物よりなるよう製鋼することを特徴とするMo無添加の浸炭用電炉鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気炉を用いて製鋼する方法(以下、適宜、電炉法という)によって作製した鋼(以下、適宜、電炉鋼という)であって、Mo無添加でCr−Mo鋼と同等の浸炭品質を有する浸炭用電炉鋼及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車、産業用機械等で使用される歯車等の鋼部品は、エンジン等からの駆動力を長期間受けた状態で部品交換せずに使用可能なように、疲労強度、耐摩耗性を確保する必要がある。そのため、従来の疲労強度及び耐摩耗性が要求される部品は、炭素量が0.20%程度のSCr、SCM等の合金鋼を用い、表面硬化処理である浸炭処理を行なうことにより必要な強度を確保して使用されている。
【0003】
特に強度面で厳しい要求がされる部品については、Moが添加されたSCM材を用いるのが通常である。なぜなら、Moは浸炭異常層の発生を抑制しつつ焼入性を向上させることができる元素であるため、Mo添加鋼は、部品形状にかかわらず、必要な焼入性を確保して、優れた強度を有する部品を製造するのに有効だからである。
【0004】
しかしながら、近年、電炉鋼の原料となるスクラップ、合金鉄等の、特殊鋼を製造するのに必要な原料の価格変動が非常に大きくなる場合が頻発している。Mo添加に必要なフェロモリブデンの価格変動も例外ではない。従って、フェロモリブデンの価格が極端に高騰したような場合に備えて、Moの添加に頼らなくても、SCM材と同程度の性能を確保できる浸炭用鋼を開発し、準備しておく必要がある。
【0005】
例えば、特許文献1には、高価な元素であるNiおよびMoを極力含有しない場合であっても、SNCM220HおよびSCM420Hと同等の曲げ疲労強度とピッチング強度を確保することを課題として開発された肌焼鋼について記載されている。
【0006】
特許文献1では、その課題を解決すべく、NiおよびMo含有率の低減によって生じる焼入性の低下を、Cr、SiおよびMnの成分バランスを適正化することにより補っている。また、曲げ疲労強度およびピッチング強度の低下や、熱間加工時や冷間鍛造時の割れの原因となる粗大なMnSを極力少なくするために、Mn、Sの含有率のバランスの適正化が重要であることを見出し、30≦Mn/S≦150に制御して、粗大なMnS生成の抑制を図っている。さらに、NiおよびMoを極力添加させないことによる粒界酸化層や不完全焼入層等の浸炭異常層の深さが拡大するという問題を、Cr、SiおよびMnの含有率を0.7≦Cr/(Si+2Mn)≦1.1にすることにより、解決することを提案している。
【0007】
また、特許文献2には、フェロモリブデンが高騰した場合でも、Moを添加することなくMo添加鋼と同等の性能を確保する肌焼鋼について記載されている。一般的にMoの減少による焼入性の低下を抑えるには、Mo以外の焼入性向上元素であるC、Mn、Crを増量するか、焼入性向上元素であるBを添加する必要がある。ところが、これらの元素をMo添加鋼と焼入性が同等となるよう単純に増量するのみでは、浸炭異常層が増加したり、浸炭層中のトルースタイトが増加したりしてしまい、Mo添加鋼と同等の性能を確保することが困難である。
【0008】
そこで、特許文献2では、通常であれば不純物として特に管理することのないBの含有率を厳しく管理し、その上限を0.0002%未満としたことを特徴としている。これにより、Moを添加しなくても浸炭層におけるトルースタイトの生成を抑制することが可能となり、さらに、Cr%−(Si%+Mn%+Cu%+Ni%+Mo%)≧0.30%を満足させることにより焼入性を確保できることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2009−249684号公報
【特許文献2】特開2011−26688号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上記の従来技術では、以下の問題がある。
特許文献1は、Moを極力含有しないとしながらも、Mo含有率が0.04〜0.10%となるようMoを添加し、Moにより焼入性を高めて、浸炭焼入後の表面硬さ、硬化層深さおよび芯部硬さを向上させて、浸炭部品の強度を確保している。したがって、特許文献1の鋼は、高価なMoを少量といえども添加しており、Moを全く添加することなくSCM材と同等の強度を確保可能とするものではない。
【0011】
また、特許文献2は、Bの含有率の上限を0.0002%未満と厳しく管理することにより、Moを添加しなくても浸炭層におけるトルースタイトの生成を抑制することを特徴としているが、B含有率が0.0002%未満の鋼を製造するためには、原料に含まれるBを極めて厳重に管理する必要がある。そのため、鉄鉱石を原料として高炉を用いて鋼を製造する高炉法であれば容易に製造することが可能であるかもしれないが、スクラップを原料として鋼を製造する電炉法においては、非常に困難である。電炉法において、原料に含まれる不純物を特に管理しないで製造すると、Bの含有率は、添加しなくても不純物として最大0.0005%程度含有する可能性がある。そのため、B含有率を0.0002%未満とするには、原料となるスクラップ自体の選定を厳重に管理することが必要となり、電炉法によって定常的に製造することは困難を伴う。
【0012】
浸炭用鋼は、歯車のように高強度負荷状態で繰返し使用される機械用部品に多く使用されるため、浸炭品質(表面硬さ、浸炭表面粒界酸化層(浸炭異常層)、浸炭層トルースタイト量、浸炭深さ、内部硬さ)が極めて重要である。そのため、Moを完全無添加としても、SCM材と同等の強度品質を確保できる鋼を大量生産可能とすることは、極めて重要である。
【0013】
本発明は、かかる従来の問題点に鑑みてなされたものであって、フェロモリブデンが高騰したような場合において、Moを添加せず、かつ原材料に含まれるB含有率を厳しく管理することなく、従来のCr−Mo鋼(SCM)と同等の性能を有する浸炭用電炉鋼の提供を可能にすることを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の態様は、主原料としてスクラップ材を用いて電気炉により製鋼してなる電炉鋼を製造する方法であって、
上記電炉鋼に不純物として含有される上記スクラップ材由来のCu、Ni及びMoが、式1を満足するように上記スクラップ材の選定を行い、
式1:([Cu]+2×[Ni])0.76×[Mo]≧0.0040
(ここで、[Cu]、[Ni]及び[Mo]は、それぞれ、鋼中のCu、Ni及びMoの含有率(質量%)を意味する。)、
上記スクラップ材を電気炉により溶解すると共に、Cu、Ni及びMoをさらに添加することなく他の成分調整用合金を添加して、
質量%で、C:0.12〜0.28%、Si:0.15%以下、Mn:0.65〜0.95%、P:0.035%以下、S:0.035%以下、Cr:1.35〜1.90%、Al:0.020〜0.050%、N:0.0080〜0.0230%を含有し、
かつ、上記電炉鋼に不純物として含有されるCu、Ni及びMoが、上記式1を満足すると共に、Cu:0.30%以下、Ni:0.25%以下、及びMo:0.06%以下に制限され、残部がFe及び不可避的不純物よりなるよう製鋼することを特徴とするMo無添加の浸炭用電炉鋼の製造方法にある。
【発明の効果】
【0016】
電炉鋼の製造において、スクラップ材等から不純物として鋼中に混入する元素については、本来の鋼における作用効果を妨げない限り、その含有率の制御を行わないのが普通である。また、不純物の中でも製鋼時に除去することが難しい成分(Cu、Ni及びMo等)については、その含有率を低減すること自体が非常に困難である。したがって、このような含有率低減制御が難しい元素が不純物として含有された結果として、仮に何らかの影響がもたらされたとしても、その影響を取り除くことは困難であると考えられていた。また、仮に影響があるとしても、電炉法による新鋼種を検討する際に、原料中の不純物の含有率については、特に悪影響が明確に確認されている場合を除き、詳細に検討されることがないのが普通である。
【0017】
本発明は、スクラップに含有されているCu、Ni及びMoが、作製する鋼中に不純物として含有されることによって生じる効果を、従来のように無視するのではなく、積極的に利用することを特徴とするものである。但し、本来不純物として扱う元素を積極的に利用するために、前記特許文献2のように、スクラップの厳しい選別が必要となれば、実際の製造に困難を伴い、実現が難しくなる。すなわち、製鋼時に除去することが困難な元素について管理する場合、不純物の上限を管理する特許文献2のような手法では、管理すべき元素の含有量の少ない高級なスクラップのみを使用する必要がある。
【0018】
そこで、本発明では、Cu、Ni及びMoの含有レベルによってスクラップを複数種類に分類し、Cu、Ni及びMoの3元素の含有割合が上記式1を満たす範囲で、不純物の混入を許容してスクラップを選択することによって、基本的に不純物の上限を管理することなく製造することができるようになる。すなわち、本発明においては、上記3元素が不純物として含有されることによる効果を積極的に利用して目的の効果を得ようとするものであるため、ある程度上記3元素の含有量の多いスクラップを利用して製造することができ、特許文献2の場合と比べてはるかに製造しやすくなる。
【0019】
本発明は、スクラップに含まれていることにより混入する不純物としてのCu、Ni及びMoを積極的に活用して、焼入性向上を補う効果を得ると共に、この効果を勘案した上で、添加元素であるMn、Crの含有率を、必要な焼入性を確保しつつ浸炭層中のトルースタイト及び浸炭異常層の生成抑制に最適な範囲に調整するものである。その結果、本発明では、Moの意図的な添加や、B含有率上限の厳しい管理を行わなくても、Moが積極的に添加された鋼であるSCM材と同等以上の優れた浸炭品質を確保可能な浸炭用電炉鋼を提供できる。
【0020】
ここで、前記の浸炭層中のトルースタイト(以下、トルースタイトと記す。)とは、通常ガス浸炭等を行なった場合の鋼部品の表面に観察される不完全焼入層(浸炭ガス雰囲気の酸素が鋼部材の表面から拡散し、素材に含まれるSi、Mn、Cr等の合金元素と酸化物を形成するため、その周辺部のSi、Mn等の固溶合金元素が欠乏し、焼入性が低下して生じる組織)とは全く異なり、浸炭処理後の焼入による冷却時に主に浸炭層に析出する微細パーライトのことを意味する。
【0021】
なお、前記特許文献2の実施例には、Cu、Ni及びMoを不純物として含有する鋼が記載され、トルースタイトに関する評価がなされている。そして、特許文献2では、不純物として含有するこれらの元素の影響を十分考慮することなく、トルースタイトの抑制については、Cr含有率とその他焼入元素とのバランス添加及びBの抑制で達成できるとされている。
【0022】
特許文献2において、実施例で評価された鋼のMoの含有率は0又は0.01%のみであり、不純物として含有されるMo含有率の影響に対する検討が十分でない。そして、特許文献2では、基本的にはCrとその他焼入元素とのバランス添加の効果でトルースタイト抑制を図ることとし、関係式が作成されている。
【0023】
ところが、Moだけでなく、不純物として含有されるCu、Niも含めたトルースタイト抑制への影響をさらに検討した結果、電炉法においては、Moは不純物として0.06%程度までは含有する可能性があること(例えばSAE規格のクロム鋼では、Moは不純物として0.06%まで許容されている。)が判明し、かつ、特許文献2の実施例で未評価だったMo0.02%以上の含有によるトルースタイト抑制への効果が非常に大きいことが判明した。さらに、Moと同様に不純物として含有されるCu、NiとMoとの複合効果によるトルースタイト抑制効果も予想以上に大きいことも判明した。そして、これらの不純物による複合効果を利用すれば、Bを2ppm未満に抑制することなくSCM材と同程度にトルースタイトを抑制でき、同等の性能を得られることが確認され、本発明の完成に到ったのである。この複数の不純物による複合効果を定量的に表した関係式が本願において示した式1である。
【0024】
本発明は、スクラップ中に含有されていることによって不純物として混入するCu、Ni及びMoをスクラップの選別等により適切な含有率となるよう調整して製造することを特徴とするものであり、全くスクラップを選別することなく製造した場合には、安定して式1を満足する鋼を製造できない。また、本発明では、Cu、Ni及びMoを積極的に添加することなく、つまり、Mo無添加としてもSCM材と同等性能が得られる電炉鋼を得ることができる。
【0025】
以上説明した通り、本発明は、Moを全く添加せずに、SCM材と同等の性能が得られる電炉鋼を提案するものであり、Mo添加に必要な合金鉄であるフェロモリブデンが高騰したような場合であっても、Mo無添加で性能の優れた安価な鋼材を提供可能となり、ユーザーからの強い希望である省Mo化の対応が容易に可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0026】
上記Mo無添加の浸炭用電炉鋼の各成分の上下限の限定理由について、以下に説明する。
C(炭素):0.12〜0.28%、
Cは、浸炭処理後の必要な内部硬さを確保するために不可欠の元素であり、焼入性を高める元素でもあるため、0.12%以上の含有が必要である。しかしながら、C含有率を高めすぎると、焼入性が上昇し、内部硬さを高めることは可能であるが、その一方で浸炭処理前の素材硬さが上昇し、浸炭前に行なわれる所定形状への機械加工時の工具寿命が大きく低下する。従って、C含有率は、上限を0.28%とする。
【0027】
Si(ケイ素):0.15%以下、
Siは焼もどし軟化抵抗を高める効果があり、歯車として使用の際の温度上昇による硬さ低下を防止する効果があるため、浸炭用鋼でも積極的に添加される場合もある。しかしながら、不純物として含有するMoの効果を活用し、Moを無添加としても同等の性能を確保できることを最大の目的とする場合には、Moを積極添加する場合に比較すると、浸炭異常層低減効果が同程度には期待できない。そのため、浸炭処理時に酸化しやすく浸炭異常層生成を助長する可能性のあるSiは極力低減する必要がある。従って、本発明ではSi含有率の上限を0.15%とする。
【0028】
Mn(マンガン):0.65〜0.95%、
Mnは必要な焼入性と内部硬さを確保し、浸炭層のトルースタイトを抑制するために必要な元素であるため、少なくとも0.65%以上の含有が必要である。しかしながら、Mnは酸化されやすい元素であり浸炭時に酸化され浸炭異常層発生の原因になる。また多量に含有させすぎると被削性が低下し浸炭前の機械加工が難しくなるため、Mn含有率の上限を0.95%とする。
【0029】
P(リン):0.035%以下、
Pは、オーステナイト粒界に偏析しやすい元素であり、偏析すると曲げ疲労強度低下の原因となる元素である。Pは製造上、少量の含有が避けられない元素であるが、製鋼工程の改善等により、含有率を低めに抑えて製造することは可能であり、P含有率の上限を0.035%とする。望ましくは、0.020%以下とするのが良い。
【0030】
S(硫黄):0.035%以下、
Sは被削性向上に効果のある元素としてよく知られているが、多量に含有すると硫化物系の非金属介在物が増加し、これが疲労破壊の起点となり、疲労強度低下の原因となる。そのため、S含有率の上限を0.035%とする。
【0031】
Cr(クロム):1.35〜1.90%、
Crは焼入性向上に効果のある元素であり、Moを無添加とすることによる焼入性の低下を補うために不可欠な元素である。また、Crは、浸炭層のトルースタイト生成を抑制する効果がMnよりも大きい元素である。従って、JIS規格のSCr鋼に比較してCr含有率を若干高めとする必要があるため、Cr含有率の下限を1.35%とする。しかしながら、多量に含有しすぎると浸炭異常層の抑制が困難になるとともに、浸炭前の硬さが上昇し、被削性が低下することにより機械加工が難しくなるため、Cr含有率の上限を1.90%とする。
【0032】
なお、Crは浸炭時に雰囲気ガス中の酸素と反応して酸化する可能性があり、含有率を高めると浸炭異常層が増加する懸念がある。しかし、これについては浸炭異常層生成と関係の大きいSi量を極力低減しているので、必要とする焼入性が確保できることを条件に、過剰にCrを増量しないこと等で対応することが可能になる。
【0033】
Al(アルミニウム):0.020〜0.050%、
Alは、Nと結合してAlNを形成し、ピン止め効果により浸炭後の結晶粒微細化に効果があるだけでなく、その異常粒成長を抑制する元素であり、最低でも0.020%の含有が必要である。しかしながら、Al含有率が高くなると、その効果が飽和するとともに、アルミナ系の非金属介在物が増加して疲労強度低下の原因となるため、上限を0.050%とする。
【0034】
N(窒素):0.0080〜0.0230%、
Nは、Alと結合してAlNを形成し、浸炭後の結晶粒微細化と異常粒成長抑制に効果のある元素である。Nは大気中に多量に存在し、大気溶解の場合には、製造上不純物として含有が避けられない元素であるが、前記理由から製造時に含有率の下限を制御し、必要に応じ意図的な添加も必要となる。そのため、N含有率の下限を0.0080%とする。しかしながら、多量に含有させすぎても効果が飽和するため、N含有率の上限を0.0230%とする。
【0035】
式1:([Cu]+2×[Ni])0.76×[Mo]≧0.0040、ここで、[Cu]、[Ni]及び[Mo]は、それぞれ、鋼中のCu、Ni及びMoの含有率(質量%)を意味する。
不純物であるCu、Ni及びMoのトルースタイト抑制効果を活用し、Mn、Crの添加量を抑えつつ、浸炭異常層の生成を抑制可能とするためには、最終的に得られる電炉鋼中のCu、Ni及びMoの含有率が上記式1を満たすように、原料スクラップを選定することが必要となる。
【0036】
不純物として含有されるCu、Ni及びMoは、多いほどMn、Crの抑制効果が高くなるが、不純物の管理により含有され、積極的に添加するものではない。JISで定められた不純物としての上限は、Cu:0.30%以下、Ni:0.25%以下であり、これを超える含有率は好ましくなく、そもそも不純物としてはそこまで含有されることは殆どない。スクラップを原料として用いた場合のMoの不純物としての上限は、0.06%程度であるが、JISにおいては特に定められていない。ただし、不純物量が多すぎる場合には、工業的に品質の変動等が起こりうるため、上述したCu:0.30%以下、Ni:0.25%以下、及びMo:0.06%以下を上限とする。
【0037】
具体的なスクラップの選定方法は、最終的に得られる電炉鋼の化学成分における不純物としてのCu、Ni及びMoの含有率が式1を満たすようにスクラップの組合せを実現できる限り、種々の方法を採用することができる。具体的な一例を示す。不純物レベルは、スクラップの入手方法毎に異なる。そのため、まず、スクラップの入手方法別に分類して各スクラップを保管する。また、分類された群ごとに、Cu、Ni及びMoの含有レベルを把握して、3元素含有率データとして保管する。スクラップ選定時には、3元素含有率データを用いて、最終的に得られる電炉鋼の化学成分におけるCu、Ni及びMoが式1を満足するように、各分類群から採用するスクラップの重量を決定し、原料として選定する。
【0038】
本発明の浸炭用電炉鋼は、C、Mn、Crをタイトに制御し、かつSiを極力添加しないように成分バランスを適正化するとともに前記の不純物として含有されるCu、Ni及びMoの効果を有効活用することにより、Mo無添加による焼入性の低下を補うよう成分調整して焼入性を確保している。したがって、Cr鋼(省Mo化)であっても、浸炭処理後において、Cr−Mo鋼と同等の浸炭異常層深さ及びトルースタイト析出量とすることで、SCM材と同等以上の性能を得ることが可能になる。
【実施例】
【0039】
次に、本発明の効果について、以下に実施例を示すことにより明らかにする。
表1は、実施例として用いた供試材の化学成分を示すものである。このうち、1〜5鋼(炭素含有率がSCM415相当)、8〜12鋼(炭素含有率がSCM420相当)、及び28〜32鋼(炭素含有率がSCM425相当)が本発明の条件を満足する発明鋼である。一方、13〜25鋼は炭素含有率がSCM420相当であって、かつ一部の条件が本発明で規定した条件を満足しない比較鋼である。また、6、7、26、27、33、及び34鋼は、それぞれ、従来鋼であるSCM415、SCr415、SCM420、SCr420、SCM425及びCを0.25%含有するクロム鋼である。
【0040】
【表1】
【0041】
表1に記載の供試材は、原料となるスクラップとして、最終的に得られる電炉鋼中に含有されると予測されるCu、Ni及びMoの含有量が狙いの値となるようなスクラップの種類及び使用割合を決定して母材とし、電気炉溶解にて化学成分を調整し、準備されたものである。また、クロム鋼やクロムモリブデン鋼において通常Bの含有率を記載することはほとんどないが、表1には、不純物として含有するBの含有率も含めて記載した。さらに、本発明鋼にとって、不純物ではあるが、積極的に利用するとしているCu、Ni及びMoについてもその含有率を記載した。このうち、Cu、Niについては全て積極添加したものではなく、使用したスクラップ中に含有されていたことが原因で最終的に製造された電炉鋼中に不純物として含有されていた値を記載したものである。MoについてもSCM材である6、26、33鋼を除く鋼については、積極添加はしておらず、不純物として含有されていた値を記載したものである。
【0042】
そして、表1に記載の成分からなる供試材を用い、熱間圧延及び機械加工により、直径30mmの試験片を製作し、これを950℃×2.5hrの条件でガス浸炭処理した。処理後の試験片を光学顕微鏡で観察することにより、表面から深さ0.5mmの範囲内におけるトルースタイトの平均析出面積率と平均の浸炭異常層深さを測定した。結果を表2に示す。
【0043】
【表2】
【0044】
従来鋼である6、7鋼(炭素含有率0.15%)、26、27鋼(炭素含有率0.20%)、33、34鋼(炭素含有率0.25%)の同じ炭素含有率同士のCr鋼とCr−Mo鋼のトルースタイト析出面積率の結果から明らかなように、Moの含有による効果は極めて大きく、Cr鋼と比較してCr−Mo鋼はトルースタイト析出面積率が極端に低い。トルースタイトの析出は、疲労強度低下の原因となるため、Moを積極添加しない場合においても、従来鋼のCr−Mo鋼と同等かそれ以下にトルースタイト析出面積率を抑制することが重要である。
【0045】
ここで、トルースタイト析出面積率は、炭素含有率が高いほど低下傾向となることが知られている。そこで、本実施例では、炭素含有率による浸炭品質への影響を考慮した評価とするために、炭素含有率が0.13〜0.17%である1〜5鋼については、SCM415(6鋼)と、炭素含有率が0.18〜0.23%である8〜12鋼については、SCM420(26鋼)と、炭素含有率が0.24〜0.28%である28〜32鋼については、SCM425(33鋼)とそれぞれ評価結果を比較することにより、SCM材と同等以上の浸炭品質を有しているかについて評価した。その結果、全ての発明鋼について、SCM材と比べて同等か、より低いトルースタイト析出面積率、浸炭異常層深さが得られていることが確認できた。
【0046】
これに対し、比較鋼である13〜25鋼は、本発明で規定したいずれかの条件を満足していないために、ほぼ同じ炭素含有率であるSCM材であるSCM420(26鋼)と比較して浸炭品質が劣る結果となった。
【0047】
より具体的には、13、14、16鋼は、浸炭異常層深さに影響するSi、Mn、Crのうちいずれかの含有率が高いため浸炭異常層深さが深くなった。15、17鋼は、トルースタイト析出量の減少に効果的なMn、Crのいずれかの含有率が低いため、トルースタイト析出面積率の値が高くなった。18〜25鋼は、関係式(式1)を満足せず、積極的に利用している不純物元素であるCu、Ni及びMoの効果を十分利用できていないため、トルースタイト析出面積率が高くなった。
【0048】
なお、前記の通り、本願と同じ出願人による特許文献2において、B含有率を2ppm未満に制御すればトルースタイトをSCM材と同程度以下に抑制できるという知見が既に明らかにされている。本発明は、特許文献2で得られた知見を利用することなく製造面でより改善した鋼とするもの、つまり、Bの上限の厳しい管理をすることなく優れた浸炭品質を確保可能にするものである。そこで、本実施例での評価では、供試材として意図的にBが2ppm以上の供試材を選択して評価した。
【0049】
その結果、不純物であるCu、Ni及びMoの利用による効果が十分でない比較鋼である18〜25鋼は、SCM材と同等の浸炭品質を確保することができなかった。それに対し、本発明鋼である1〜5鋼、8〜12鋼、28〜32鋼は、全てBを2ppm以上含有しているにもかかわらず、SCM材と同等かそれ以上の浸炭品質を得ることが可能なことを確認できた。
【0050】
従って、本発明によれば、今後フェロモリブデンが高騰したような場合でも、B含有率を厳しく管理することなく、Mo無添加で同等性能の電炉鋼を提供可能とすることができ、産業への貢献は極めて大きい。
【要約】
【課題】Moを添加することなく、Cr−Mo鋼と同等以上の浸炭品質を確保でき、Cr−Mo鋼と同等以上の性能の電炉鋼を提供可能とすること。
【解決手段】スクラップ材を用いて電気炉により製鋼してなる電炉鋼であって、質量%で、C:0.12〜0.28%、Si:0.15%以下、Mn:0.65〜0.95%、P:0.035%以下、S:0.035%以下、Cr:1.35〜1.90%、Al:0.020〜0.050%、N:0.0080〜0.0230%を含有し、かつ、上記スクラップ材に含有されていることにより電炉鋼に含有される不純物としてのCu、Ni及びMoが、式1を満足するように上記スクラップ材の選定がなされており、残部がFe及び不可避的不純物よりなる。式1:([Cu]+2×[Ni])0.76×[Mo]≧0.0040。
【選択図】なし