【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は次の土壌・地下水の浄化方法である。
(1) 塩素化エチレンで汚染された土壌または地下水のデハロコッコイデス属細菌を利用したバイオオーグメンテーションによる浄化方法
において、
前記土壌または地下水に予め栄養剤を添加した後、
土壌または地下水のORPが−100mV以下であり、かつシス−1,2−ジクロロエチレンの濃度が、デハロコッコイデス属細菌の増殖維持濃度に増加した後に、デハロコッコイデス属細菌を注入する
方法であって、
前記デハロコッコイデス属細菌の増殖維持濃度は、注入したデハロコッコイデス属細菌の増殖量が、地下水流によるデハロコッコイデス属細菌の損失量を超える増殖を可能にするシス−1,2−ジクロロエチレンの濃度であることを特徴とする土壌・地下水の浄化方法。
(2) デハロコッコイデス属細菌の増殖維持濃度が、事前に対象土壌または地下水を用いた分解試験と対象土壌中の地下水流速の測定を行い、その結果に基づきデハロコッコイデス属細菌が増殖を維持し得ると試算されたシス−1,2−ジクロロエチレン濃度の下限値以上の濃度である上記(1
)記載の方法。
(3) シス−1,2−ジクロロエチレン濃度の下限値の試算が、分解試験と地下水流速の測定に基づき、下記式〔1〕および式〔2〕を解くことにより行われる上記
(2)記載の方法。
d[DCE]/dt=([DCE]
0−[DCE])/V×Q−Mud/Y×[DHC]×[DCE]/(Ks+[DCE])・・・〔1〕
d[DHC]/dt=Mud×[DHC]×[DCE]/(Ks+[DCE])−[DHC]/V×Q・・・・・〔2〕
(式〔1〕および〔2〕中、[DCE]は変数で、cis−DCE濃度(mg/L)を示す。[DCE]
0はDHC菌注入前のcis−DCE初濃度(mg/L)を示す。Vは処理対象エリアの地下水容量(m
3)を示す。Qは処理対象エリアに流入する地下水流量(m
3/day)を示す。MudはDHC菌の比増殖速度(1/day)を示す。YはDHC菌の収率(cells/mg)を示す。[DHC]は変数で、DHC菌濃度(cells/L)を示す。Ksは半飽和定数(mg/L)を示す。)
(4) 栄養剤がクエン酸、乳酸、プロピオン酸、酪酸、ショ糖およびこれらの塩から選ばれる1種以上の栄養剤を含有し、かつ密度1.05g/mL以上に調整された処理剤である上記(1)ないし
(3)のいずれかに記載の方法。
(5) 浄化対象となる土壌または地下水が、テトラクロロエチレンおよび/またはトリクロロエチレンを高濃度で含み、シス−1,2−ジクロロエチレンの濃度が低い土壌または地下水である上記(1)ないし
(4)のいずれかに記載の方法。
(6) デハロコッコイデス属細菌が、塩化ビニルをエチレンに分解する活性を有するデハロコッコイデス属細菌である上記(1)ないし
(5)のいずれかに記載の方法。
【0014】
本発明において、処理対象となる土壌または地下水は、塩素化エチレン等の有害物質で汚染された土壌または地下水である。汚染物質としての塩素化エチレンには、テトラクロロエチレン(PCE)、トリクロロエチレン(TCE)、シス−1,2−ジクロロエチレン(cis−DCE)、トランス−1,2−ジクロロエチレン(trans−DCE)、1,1−ジクロロエチレン(1,1−DCE)、塩化ビニル(VC)およびこれらの脱塩素化中間体などが含まれるが、本発明では特にテトラクロロエチレンおよび/またはトリクロロエチレンを高濃度で、例えば主成分として含み、シス−1,2−ジクロロエチレンの濃度が低い、特に増殖維持濃度より低い土壌または地下水が処理対象として適している。
【0015】
本発明においてこのような塩素化エチレンの分解に用いられる生物は、塩素化エチレン分解活性を有するデハロコッコイデス属細菌であるが、特に塩化ビニル(VC)を単独でエチレンに分解する活性を有するデハロコッコイデス属細菌が好ましい。このような塩化ビニルの分解活性を有するデハロコッコイデス属細菌は、前記特許文献2(特開2002−355055号)、特にその実施例に記載されている。このようなデハロコッコイデス
属細菌を本発明において用いる場合、デハロコッコイデス属細菌を単独で、あるいは他の細菌とともに培養した培養液を用い、土壌または地下水に注入するのが好ましい。土壌または地下水に注入する培養液中のデハロコッコイデス属細菌の濃度は、10
9〜10
12cell/L程度が好ましく、このような培養液を地下水中に、10
7〜10
9cell/L程度の濃度となるように注入することができる。
【0016】
このような塩素化エチレン分解活性を有するデハロコッコイデス属細菌は、テトラクロロエチレンやトリクロロエチレンを高濃度で含み、シス−1,2−ジクロロエチレンの濃度が低い土壌または地下水では増殖はするが、増殖速度は小さい。これに対しシス−1,2−ジクロロエチレンの濃度が高い土壌または地下水では、増殖速度が高い。デハロコッコイデス属細菌の増殖速度はシス−1,2−ジクロロエチレンの濃度に比例するので、シス−1,2−ジクロロエチレンの濃度が高い状態で、デハロコッコイデス属細菌を注入すると、その増殖速度が大きくなり、浄化効率が良くなる。
【0017】
本発明では、土壌または地下水のORPが−100mV以下であり、かつシス−1,2−ジクロロエチレンの濃度が、デハロコッコイデス属細菌の増殖維持濃度に増加した状態で、デハロコッコイデス属細菌を注入してバイオオーグメンテーションによる浄化を行うが、シス−1,2−ジクロロエチレン濃度の下限値を、分解試験と地下水流速の測定に基づき試算するために、前記式〔1〕および式〔2〕を準備する。式〔1〕は、微生物の増殖速度をモデル化するモノー式から、上記シス−1,2−ジクロロエチレンの分解反応を数式化するように導いた式である。また式〔2〕は、処理対象地域が完全混合のリアクターに近似するように、シス−1,2−ジクロロエチレンとデハロコッコイデス属細菌の物質収支を表わした式である。
【0018】
本発明で採用するバイオオーグメンテーション(Bio-augmentation:生物増強法)は、外部から塩素化エチレン、特に塩化ビニルに対する分解活性を有するデハロコッコイデス属細菌を植種して増強し、汚染物質を分解する方法である。この方法は浄化対象となる土壌または地下水に、塩素化エチレンに対する分解活性を有するデハロコッコイデス属細菌が生息しない土壌または地下水に、上記分解活性を有するデハロコッコイデス属細菌を植種する場合のほかに、塩素化エチレンに対する分解活性を有するデハロコッコイデス属細菌が生息する場合でも、その生息数が少ない土壌または地下水に、分解活性を有するデハロコッコイデス属細菌をさらに植種する場合、あるいは別の、特に塩化ビニルに対する分解活性を有するデハロコッコイデス属細菌をさらに植種する場合などもある。
【0019】
前述の通り、テトラクロロエチレンやトリクロロエチレンを高濃度で含み、シス−1,2−ジクロロエチレンの濃度が低い土壌または地下水では、本発明で用いる塩素化エチレン分解活性を有するデハロコッコイデス属細菌(以下、DHC菌という場合がある。)は増殖はするが、増殖速度は小さい。このため土壌または地下水にDHC菌と栄養剤を同時に添加すると、DHC菌は増殖速度が小さい状態で、上流から流れてくる地下水によって希釈されて下流に流出し、注入地点においては希釈されて低濃度になり、増殖を維持できなくなる。
【0020】
ところがテトラクロロエチレンやトリクロロエチレンは、嫌気状態において土着の一般的な嫌気微生物によるテトラクロロエチレンやトリクロロエチレンの還元的脱塩素化反応により分解され、シス−1,2−ジクロロエチレン(以下、cis−DCEという場合がある。)が生成し、cis−DCEの濃度が高くなる。このようなcis−DCEの濃度が高い土壌または地下水では、本発明で用いる塩素化エチレン分解活性を有するDHC菌は、還元性雰囲気においては、その増殖速度が大きくなり、効率の良い浄化を行うことができる。
【0021】
このため本発明では、浄化対象となる土壌または地下水に予め栄養剤を添加し、嫌気状態に保つことにより、土着の一般的な嫌気微生物の還元的脱塩素化反応により、テトラクロロエチレンやトリクロロエチレンを分解して、cis−DCEを生成させ、還元性雰囲気にする。これにより土壌または地下水のORPが−100mV以下となり、cis−DCEの濃度が高くなり、DHC菌の増殖維持濃度に増加した後にDHC菌を注入して土壌または地下水の浄化を行う。
【0022】
栄養剤としては、土着の一般的な嫌気微生物による還元的脱塩素化反応によりテトラクロロエチレンやトリクロロエチレンを分解して、cis−DCEを生成させるものであればよく、その組成、濃度等は限定されず、公知のものが使用できる。好ましい栄養剤としては、クエン酸、乳酸、プロピオン酸、酪酸、ショ糖およびこれらの塩から選ばれる1種以上の栄養剤を含有し、かつ密度1.05g/mL以上、好ましくは1.2〜1.3mg/mLに調整された処理剤がある。このような栄養剤の注入量としては、地下水当たり0.1〜10g/L、好ましくは0.5〜5g/Lの範囲となるように添加する。また栄養剤の注入頻度としては、1〜6か月、好ましくは3〜4か月間隔で繰り返し添加することができる。
【0023】
前述のように、DHC菌の増殖速度はcis−DCE濃度に比例するため、cis−DCE濃度が低い時点でDHC菌を注入すると、DHC菌の増殖は遅く、前述の通り土中に注入されたDHC菌は、上流から流れてくる地下水によって下流に流されて希釈され、DHC菌の増殖速度は低くなる。このため注入したDHC菌を浄化対象となるエリアにおいて速やかに増殖させるためには、DHC菌注入時におけるcis−DCE濃度は、DHC菌の増殖維持濃度に増加していることが必要である。このDHC菌の増殖維持濃度は、DHC菌の増殖量が地下水流れによる希釈流出量よりも大きくなるcis−DCE濃度の濃度である。
【0024】
このような増殖維持濃度は、事前に対象地下水を用いた分解試験と対象土壌中の地下水流速の測定を行い、その結果に基づき地下水流れによる希釈流出量<DHC菌の増殖量となるcis−DCE濃度の下限値を、前記式〔1〕および式〔2〕を解くことにより試算したうえで、対象地下水のcis−DCE濃度をモニタリングし、そのcis−DCE濃度が上記cis−DCE濃度の下限値以上であることを確認した後に、DHC菌を注入する。この時、一度の栄養剤添加でcis−DCE濃度が十分でなければ、複数回栄養剤を添加してもよい。
【0025】
このように栄養剤添加後、土中のORPと基質(cis−DCE)濃度がDHC菌の生育に適した条件であることを確認したうえで、DHC菌を注入することにより、注入後DHC菌が速やかに増殖し、より高い効果を発揮することができる。