【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、マンガン酸リチウムの原料として用いられるマンガン酸化物について鋭意検討した結果、従来の電解二酸化マンガン、及びこれを処理して得られたマンガン酸化物は硫酸根濃度は低減しているが、これに伴う極端な比表面積低下等の物性変化、および、広い粒子径分布など物性を有しているため、これを原料として得られるマンガン酸リチウムの結晶性が低くなり、充放電サイクル特性が低くなることを見出した。さらに、本発明者は電解二酸化マンガンを特定の状態まで還元した後にアンモニアで中和処理することで、これらの問題を解決し、充放電サイクル特性に優れたマンガン酸リチウムを得るために適したマンガン原料となることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
以下、本発明の製造方法について説明する。
【0015】
本発明のマンガン酸化物の製造方法は、原料として電解二酸化マンガンを使用する。これにより、密度の高いマンガン酸化物が得られる。
【0016】
原料の電解二酸化マンガンは、BET比表面積が30m
2/g以上であることが好ましく、35m
2/g以上であることがより好ましく、40m
2/g以上であることが更に好ましい。BET比表面積が30m
2/g以上であると、還元処理、アンモニアによる中和処理による効果が得られやすい。一方、BET比表面積が大きいほど硫酸根の除去は容易になるが、60m
2/g以下、好ましくは50m
2/g以下であれば十分である。
【0017】
原料の電解二酸化マンガンは、硫酸根含有量がSO
4/Mnモル比率で0.8%以上3.0%以下であることが好ましく、0.8%以上2.5%以下であることが好ましい。電解二酸化マンガンのSO
4/Mnモル比率をこの範囲とすることで、還元処理およびアンモニアによる中和処理が効率よく行われやすい。
【0018】
なお、電解二酸化マンガンのSO
4/Mnモル比率は以下の式によって求めることができる。
【0019】
SO
4/Mnモル比率(%)=(M
SO4/M
Mn)×100
M
SO4:電解二酸化マンガン中のSO
4(mol)
M
Mn:電解二酸化マンガン中のMn(mol)
【0020】
原料の電解二酸化マンガンは、マンガン原子価が3.9以上4.0以下であることが好ましい。マンガン原子価が3.9以上であれば、還元処理による硫酸根の除去効果が大きくなる。
【0021】
電解二酸化マンガンの平均粒子径は、目的とするマンガン酸化物と同程度であることが好ましく、例えば、平均粒子径が1μm以上35μm以下、好ましくは5μm以上25μm以下とすることが挙げられる。
【0022】
上記の性質を満たす電解二酸化マンガンとして、例えば、電解液中のMn
2+/H
2SO
4重量比が1.0以上4.0以下の硫酸マンガン浴電解において、電流密度が0.6A/dm
2を超え1.1A/dm
2以下、好ましくは0.8A/dm
2以上0.9A/dm
2以下の電流密度の電解条件で得られた電解二酸化マンガンを粉砕し、洗浄したものを挙げることができる。
【0023】
なお、電解液中のMn
2+/H
2SO
4重量比は以下の式により求まる値である。
【0024】
C
Mn=(C’
F−Mn/0.90−C’
H2SO4)×54.94
C
H2SO4=C’
H2SO4×98.02
Mn
2+/H
2SO
4重量比=C
Mn/C
H2SO4
ここで、
C’
F−Mn :補給液中のMn濃度(mol/L)
C
Mn :電解液中のMn濃度(g/L)
C’
Mn :電解液中のMn濃度(mol/L)
C
H2SO4 :電解液中のH
2SO
4濃度(g/L)
C’
H2SO4 :電解液中のH
2SO
4濃度(mol/L)
であり、係数54.94は電解二酸化マンガン(MnO
2)の質量数(g/mol)、98.02は硫酸(H
2SO
4)の質量数(g/mol)である。
【0025】
この場合において、電解期間を通じての電解液中の硫酸濃度は一定でもよいが、変化させてもよい。
【0026】
本発明の製造方法では、電解二酸化マンガンを還元処理する。
【0027】
還元処理は、マンガン原子価が2.7以上3.7以下となるまで行うことが好ましく、2.7以上3.6以下まで行うことがより好ましく、2.7以上3.5以下まで行うことが更に好ましい。マンガン原子価が3.7以下となるまで還元処理することで、硫酸根が十分に除去されやすくなる。一方、マンガン原子価を2.7以上まで還元処理することで、高い密度を有したマンガン酸化物が得られやすい。
【0028】
さらに、原料の電解二酸化マンガンが1μm以下の粒子を含んでいる場合、これらの粒子は還元処理の進行により溶解し、除去される。これにより、還元処理後のマンガン酸化物の粒子径分布がより均一になりやすい。なお、1μm以下の粒子が溶解によって、還元処理後のマンガン酸化物のBET比表面積は原料の電解二酸化マンガンよりも低くなりやすく、平均粒子径が大きくなりやすい。
【0029】
還元処理は、還元剤を使用して行うことが好ましい。還元剤としては金属イオンを含んでいないものが好ましく、ヒドラジン、ホルマリン、過酸化水素、シュウ酸化合物、蟻酸化合物であることが好ましく、ヒドラジン、ホルマリン、過酸化水素であることがより好ましい。さらに、沸点が高く、広い温度範囲で使用することができるため、ヒドラジンであることが特に好ましい。
【0030】
還元剤は水溶液として使用することが好ましい。水溶液とすることで還元剤の濃度を適宜調整できる。
【0031】
還元剤の使用量は、還元後のマンガン酸化物のマンガン原子価が上記の範囲になるようにすることが好ましく、例えば、ヒドラジン(N
2H
4)を還元剤として使用した場合、使用する電解二酸化マンガン(MnO
2)1molに対してN
2H
4を0.03mol以上0.3mol以下、好ましくは0.06mol以上0.3mol以下を例示することができる。
【0032】
還元処理は、還元剤を含む水溶液に電解二酸化マンガンを添加して還元する方法、電解二酸化マンガン分散液とし、これに還元剤を滴下して還元する方法など適宜使用することができるが、電解二酸化マンガンを水に分散させ、これに還元剤を滴下して還元することが好ましい。これにより、1μm以下の粒子の溶解が促進されやすい。
【0033】
還元処理は、反応温度が50℃以上90℃以下であることが好ましく、より好ましくは60℃以上90℃以下、更に好ましくは70℃以上90℃以下である。反応温度が50℃以上であると、還元反応が促進されやすくなる。一方、反応温度が90℃以下であれば十分に還元反応が進行しやすい。
【0034】
還元処理の時間は、上記のマンガン原子価が上記の範囲になるまで行えば制限はなく、1時間以上5時間以下を例示することができる。
【0035】
還元処理のpHは、使用する還元剤によって異なるが、2≦pH≦9であることが好ましい。必要に応じて金属イオンを含まないアルカリ化合物(アンモニアなど)を加えてpH調整してもよい。
【0036】
還元処理では、γ−MnO
2を主結晶相とする電解二酸化マンガンが還元される。そのため、得られるマンガン酸化物の結晶相はγ−MnO
2、マンガナイト(MnOOH)、ハウスマンナイト(Mn
3O
4)のいずれか一種以上を有しやすく、これ以外にもγ−MnO
2の還元相(γ−MnO
2−x)を含有しやすい。還元処理後のマンガン酸化物は、マンガナイト(MnOOH)及び/またはハウスマンナイト(Mn
3O
4)とγ−MnO
2の還元相(γ−MnO
2−x)を含むことがより好ましく、マンガナイト(MnOOH)とγ−MnO
2の還元相(γ−MnO
2−x)を含むことが更に好ましい。一方、γ−MnO
2の熱分解生成物であるβ−MnO
2やMn
2O
3は生成しない。
【0037】
本発明の方法では、還元処理をした後にアンモニアで中和処理をする。
【0038】
還元処理をした後にアンモニアで中和処理をすることで、より効率的な硫酸根除去ができる理由は不明だが、還元処理による粒子の変化に伴い硫酸根が脱離しやすい状態となり、アンモニアによる中和処理において存在するカウンターイオン(正電荷のイオン)の作用を受けやすくなり、還元処理をせずにアンモニアによる中和処理をする場合と比べて、硫酸根がより除去しやすくなるものと考えられる。そのため、本発明の製造方法では還元処理を行った後のマンガン酸化物に対してアンモニアによる中和処理を行うことが重要である。
【0039】
還元処理の後にアンモニアによる中和処理を行わずに得られたマンガン酸化物、例えば強アルカリの水酸化ナトリウムや水酸化カリウムで中和処理をしたもの、直接リチウム塩水溶液で処理又はリチウム化合物と混合したもの、或いは中和処理を全く施さないものでは、本発明の効果が得られない。その原因は明らかでないが、これらを焼成すると、リチウム化合物が副反応を起こしたり、リチウムとマンガンが不均一に反応する等によって、得られるマンガン酸リチウムの結晶性が低下しているのではないかと考えられる。
【0040】
還元処理およびアンモニアによる中和処理はバッチ式、連続式いずれの方法で行うこともできる。
【0041】
本発明の製造方法ではアンモニアによる中和処理後、洗浄および乾燥することが好ましい。洗浄および乾燥は、還元処理およびアンモニアによる中和処理で得られたマンガン酸化物の物性が大きく変化せず、かつ、不純物が混入しない条件であれば、特に制限はされないが、乾燥温度として100℃以下であることが好ましく、70℃以上90℃以下であることがより好ましい。乾燥温度が100℃以下であれば、本発明のマンガン酸化物の特性を損なわずに乾燥することができやすい。
【0042】
次に、本発明のマンガン酸化物について説明する。
【0043】
本発明は、マンガン原子価が2.7以上3.7以下、マンガナイト(MnOOH)、γ−MnO
2及びハウスマンナイト(Mn
3O
4)の群から選ばれるいずれか一種以上の結晶相を有するマンガン酸化物である。
【0044】
本発明のマンガン酸化物は、マンガン価数が2.7以上3.7以下であり、2.7以上3.6以下であることが好ましく、2.7以上3.5以下であることが更に好ましい。本発明のマンガン酸化物のマンガン価数はこの範囲であり、マンガン価数が3.9〜4.0の二酸化マンガンとは異なる。
【0045】
本発明のマンガン酸化物は、マンガナイト(MnOOH)、γ−MnO
2及びハウスマンナイト(Mn
3O
4)の群から選ばれるいずれか一種以上の結晶相を有し、γ−MnO
2の還元相(γ−MnO
2−x)を有していることがより好ましい。さらに、ハウスマンナイト(Mn
3O
4)及び/又はマンガナイト(MnOOH)とγ−MnO
2の還元相(γ−MnO
2−x)を有していることが好ましく、マンガナイト(MnOOH)およびγ−MnO
2の還元相(γ−MnO
2−x)を有していることが更により好ましい。さらに、β−MnO
2、Mn
2O
3のいずれも含んでいないことが好ましい。
【0046】
本発明のマンガン酸化物の硫酸根濃度は、SO
4/Mnモル比率で0.7%以下であることが好ましく、より好ましくは0.6%以下である。SO
4/Mnモル比率が0.7%以下のマンガン酸化物を原料とした場合、得られるマンガン酸リチウムの結晶子径が大きくなりやすく、充放電サイクル特性が向上しやすい。硫酸根濃度は低いほど好ましいが、SO
4/Mnモル比が0.1%以上であることが好ましく、より好ましくは0.15%以上であれば結晶性の高いマンガン酸リチウムを得ることができる。
【0047】
同様な理由により、本発明のマンガン酸化物のナトリウム濃度は、Na/Mnモル比率で0.1%以下であることが好ましく、0.08%以下であることがより好ましい。ナトリウム濃度は低いことが好ましいが、0.01%以上であることが好ましく、より好ましくは0.06%以上であれば結晶性の高いマンガン酸リチウムを得ることができる。
【0048】
なお、マンガン酸化物のSO
4/Mnモル比率およびNa/Mnモル比率は以下の式によって求めることができる。
【0049】
SO
4/Mnモル比率(%)=(M
SO4/M
Mn)×100
Na/Mnモル比率(%)=(M
Na/M
Mn)×100
M
SO4:マンガン酸化物中のSO
4(mol)
M
Na:マンガン酸化物中のNa(mol)
M
Mn:マンガン酸化物中のMn(mol)
【0050】
本発明のマンガン酸化物は、BET比表面積が25m
2/g以上50m
2/g以下であることが好ましく、25m
2/g以上40m
2/g以下であることがより好ましい。BET比表面積が25m
2/g以上であると、リチウム化合物との反応性が高くなりやすく、得られるマンガン酸リチウムの結晶性が高くなりやすい。一方、50m
2/g以下であればリチウム化合物と十分に反応しやすい。
【0051】
本発明のマンガン酸化物は、1μm以下の粒子が体積分率で5%以下であることが好ましく、1%以下であることがより好ましく、実質的に含んでいないことが更に好ましい。1μm以下の粒子が体積分率で5%以下であることでマンガン酸化物の粒子径がより均一になり、リチウム化合物との反応が均一に進みやすい。これにより、結晶子が大きく容量維持率に優れたマンガン酸リチウムが得られやすい。
【0052】
本発明のマンガン酸化物の平均粒子径は1μmを超えて35μm以下であることが好ましく、5μm以上30μm以下であることがより好ましく、5μm以上25μm以下であることが更に好ましい。平均粒子径が1μmを超えることでマンガン酸化物の二次凝集が抑制されやすく、このようなマンガン酸化物を原料として得られるマンガン酸リチウムの粒径が均一になり、粒径制御が容易になる。一方、粒径が35μm以下であれば、得られるマンガン酸リチウムの粒子径が正極活物質として使用する際に適した粒子径となる。
【0053】
本発明のマンガン酸化物のマンガン含有率は、58重量%以上67重量%以下であることが好ましく、60重量%を超えて67重量%以下であることがより好ましい。
【0054】
本発明のマンガン酸化物のタップ密度は1.5g/cm
3以上であることが好ましい。これにより、これを原料としたマンガン酸リチウムの密度も高くなる。
【0055】
本発明のマンガン酸化物及び本発明の製造方法で得られたマンガン酸化物は、リチウム化合物と混合、反応させることで、容量維持率に優れたマンガン酸リチウムを得ることができる。
【0056】
マンガン酸化物と反応させるリチウム化合物は特に制限はないが、水酸化リチウム、炭酸リチウム、硝酸リチウム等を例示することができる。
【0057】
また、本発明の特性を損なわない範囲において、マンガン酸化物とリチウム化合物と共に、ニッケル、コバルト、アルミニウム等の金属化合物を添加してもよい。
【0058】
マンガン酸化物とリチウム化合物との混合方法は、両者が均一に混合できれば制限はないが、マンガン酸化物とリチウム化合物を単純に乾式混合する方法や、マンガン酸化物とリチウム化合物と混合してスラリーとし、スプレー乾燥などにより造粒する方法が例示できる。本発明のマンガン酸化物は不純物が少なく、かつ、1μm以下の粒子を含まないため、単純な乾式混合であってもリチウム化合物と十分、かつ、均一に混合することができる。
【0059】
本発明のマンガン酸化物とリチウム化合物は、焼成することによりマンガン酸リチウムを製造する。焼成条件は一般的な条件を適用することができ、例えば、大気中、酸素中などの有酸素雰囲気で700℃以上1000℃以下の温度で焼成することが例示できる。
【0060】
得られるマンガン酸リチウムは、結晶子径が240Å以上であることが好ましく、特に260Å以上であることが好ましい。結晶子径が240Å以上であれば、正極活物質として優れた充放電サイクル特性を得ることができる。
【0061】
このように、本発明のマンガン酸化物はマンガン酸リチウム、特にスピネル構造を有するマンガン酸リチウムの原料に適している。
【0062】
本発明のマンガン酸化物を原料としたマンガン酸リチウムは、リチウムイオン二次電池などの二次電池用正極活物質として用いることができる。
【0063】
本発明のマンガン酸化物を原料としたマンガン酸リチウムを正極活物質として二次電池を構成する際は、一般に使用されている負極活物質、電解質、セパレーター等を使用することができ、例えば、負極活物質としては、金属リチウム並びにリチウムイオンまたはリチウムイオンを吸蔵放出可能な物質である、金属リチウム、リチウム/アルミニウム合金、リチウム/スズ合金、リチウム/鉛合金および電気化学的にリチウムイオンを挿入・脱離することができる炭素材料、電解質としては、カーボネート類、スルホラン類、ラクトン類、エーテル顆等の有機溶媒中にリチウム塩を溶解したものや、リチウムイオン導電性の固体電解質、セパレーターとしては、ポリエチレンまたポリプロピレン製の微細多孔膜等を用いることができる。