【文献】
Li,T.,et al.,“Nicastrin is Required for Assembly of Presenilin/Gamma-Secretase Complexes to Mediate Notch Signaling for Processing and Trafficking of Beta-Amyloid Precursor Protein in Mammals”,J. Neurosci.,2003年 4月15日,Vol.23,No.8,P.3272-3277
【文献】
Ogura,T.,et al.,“Three-dimensional structure of the gamma-secretase complex”,Biochem. Biophys. Res. Commun.,2006年 3月 9日,Vol.34,No.2,P.525-534,[検索日 2012年 5月 2日],インターネット<URL: http://ac.els-cdn.com//ac.els-cdn.com/S0006291X06004
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明は、抗ニカストリン抗体およびその誘導体またはそれらの断片を用いたADおよび/または癌の治療薬、当該薬の製造のための使用、アルツハイマー病および/または癌の処置方法である。
【0018】
本発明における抗ニカストリン抗体の誘導体には、後記のとおり抗体の修飾物および抗ニカストリン抗体に所望の薬効を有する化合物を結合させたものも含むことを意味する。
【0019】
また、ニカストリンとは、膜蛋白質であり、複合体を形成しγ−セクレターゼ活性を示す。ニカストリンのアミノ酸配列およびこれをコードする遺伝子配列はGenBank番号(NM
-015331)に開示されている(配列番号1および2)。本発明において、ニカストリン蛋白質とは、全長蛋白質およびその断片の両方を含むことを意味する。ここで、断片とは、ニカストリン蛋白質の任意の領域を含むポリペプチドであり、天然のニカストリン蛋白質の機能を有していなくてもよい。
【0020】
本発明で抗原として使用するニカストリン蛋白質はヒトニカストリン蛋白質が好ましいが、それに限定されず、イヌニカストリン、ネコニカストリン、マウスニカストリン、ハムスターニカストリン、ショウジョウバエニカストリンなどヒト以外の種のいかなるニカストリンでもよい。さらに、ニカストリン蛋白質を使用して得られた抗体がニカストリンを構成分子とするヒト活性型γ−セクレターゼを中和することが望まれる。
ここで、ヒト活性型γ−セクレターゼとは、フラグメント型プレセニリン、ニカストリン、APH−1及びPEN−2の4種の蛋白質を含む分子量250〜500キロダルトン以上の巨大膜タンパク質複合体である。
【0021】
本発明における活性型γ−セクレターゼは、後記実施例記載の方法に従い調製することができる(WO2005/038023)。天然型のヒト活性型γ−セクレターゼとしてヒト脳の破砕物から得ることは可能であるが、γ−セクレターゼ阻害剤のスクリーニングに用いるのは極めて困難である。このため、本発明者らがWO2005/038023において、発芽バキュロウイルスを用いた、活性型γ−セクレターゼ複合体の発現に成功している方法を用いることが好ましい。
【0022】
本発明におけるγ−セクレターゼ活性の測定法としては、Yasuko Takahashiらによる方法(J Biol Chem.2003 May 16;278(20):18664−70)が一般的に知られている。すなわち、酵素として脳組織・培養細胞から調製したミクロソームと被検物を混和し、4℃で12時間インキュベーションを行った後、基質として1μMのC100FmHを加え、37℃で12時間インキュベーションを行う。その後、サンドイッチELISA法により、アミロイドβ量を測定することで、γ−セクレターゼ活性を検討する。
【0023】
抗ニカストリン抗体の作製
本発明で用いられる抗ニカストリン抗体はニカストリン蛋白質に特異的に結合するだけでなく、ヒト活性型γ−セクレターゼを中和することが好ましいが、その由来、種類(モノクローナル、ポリクローナル)および形状を問わない。具体的には、マウス抗体、ラット抗体、トリ抗体、ヒト抗体、キメラ抗体、ヒト化(CDR移植)抗体などの公知の抗体を用いることができるが、好ましくは、ヒト、キメラ、ヒト化モノクローナル抗体であることが好ましい。
【0024】
また、抗ニカストリンモノクローナル抗体は、ハイブリドーマにより産生されるもの、および遺伝子工学的手法により抗体遺伝子を含む発現ベクターで形質転換した宿主に産生されるものを含む。
【0025】
モノクローナル抗体産生ハイブリドーマは、基本的には公知技術を使用し、以下のようにして作製できる。すなわち、ニカストリン蛋白質を感作抗原として使用して、これを通常の免疫方法にしたがって免疫し、得られる免疫細胞を通常の細胞融合法によって公知の親細胞と融合させ、通常のスクリーニング法により、モノクローナルな抗体産生細胞をスクリーニングすることによって作製できる。
具体的には、モノクローナル抗体を作製するには次のようにすればよい。
【0026】
まず、抗体取得の感作抗原として使用されるニカストリン蛋白質を、GenBank番号(NM
-015331)に開示されたニカストリン遺伝子/アミノ酸配列を発現することによって得る。すなわち、ニカストリンをコードする遺伝子配列を公知の発現ベクター系に挿入して適当な宿主細胞を形質転換させた後、その宿主細胞中または培養上清中から目的のヒトニカストリン蛋白質を公知の方法で精製する。また、天然のニカストリン蛋白質を精製して用いることもできる。
【0027】
次に、この精製ニカストリン蛋白質を感作抗原として用いる。あるいは、ニカストリン蛋白質の部分ペプチドを感作抗原として使用することもできる。この際、部分ペプチドはニカストリン蛋白質のアミノ酸配列より化学合成により得ることもできるし、ニカストリン遺伝子の一部を発現ベクターに組込んで得ることもでき、さらに天然のニカストリン蛋白質を蛋白質分解酵素により分解することによっても得ることができる。部分ペプチドとして用いるニカストリンの部分および大きさは限られない。
【0028】
感作抗原で免疫される哺乳動物としては、特に限定されるものではないが、細胞融合に使用する親細胞との適合性を考慮して選択するのが好ましく、一般的にはげっ歯類の動物、例えば、マウス、ラット、ハムスター、あるいはトリ、ウサギ、サル等が使用される。
【0029】
感作抗原を動物に免疫するには、公知の方法に従って行われる。例えば、一般的方法として、感作抗原を哺乳動物の腹腔内または皮下に注射することにより行われる。具体的には、感作抗原をPBS(Phosphate−Buffered Saline)や生理食塩水等で適当量に希釈、懸濁したものに所望により通常のアジュバント、例えばフロイント完全アジュバントを適量混合し、乳化後、哺乳動物に4〜21日毎に数回投与する。また、感作抗原免疫時に適当な担体を使用することもできる。特に分子量の小さい部分ペプチドを感作抗原として用いる場合には、アルブミン、キーホールリンペットヘモシアニン等の担体蛋白質と結合させて免疫することが望ましい。
【0030】
このように哺乳動物を免疫し、血清中に所望の抗体レベルが上昇するのを確認した後に、哺乳動物から免疫細胞を採取し、細胞融合に付されるが、好ましい免疫細胞としては、特に脾細胞が挙げられる。
【0031】
前記免疫細胞と融合される他方の親細胞として、哺乳動物のミエローマ細胞を用いる。このミエローマ細胞は、公知の種々の細胞株、例えば、P3(P3x63Ag8.653)(J.Immnol.(1979)123,1548−1550)、P3x63Ag8U.1(Current Topics in Microbiology and Immunology(1978)81,1−7)、NS−1(Kohler.G.and Milstein,C.Eur.J.Immunol.(1976)6,511−519)、MPC−11(Margulies.D.H.et al.,Cell(1976)8,405−415)、SP2/0(Shulman,M.et al.,Nature(1978)276,269−270)、FO(de St.Groth,S.F.etal.,J.Immunol.Methods(1980)35,1−21)、S194(Trowbridge,I.S.J.Exp.Med.(1978)148,313−323)、R210(Galfre,G.et al.,Nature(1979)277,131−133)等が好適に使用される。
【0032】
前記免疫細胞とミエローマ細胞との細胞融合は、基本的には公知の方法、たとえば、ケーラーとミルステインらの方法(Kohler.G.and Milstein,C.、Methods Enzymol.(1981)73,3−46)等に準じて行うことができる。
【0033】
より具体的には、前記細胞融合は、例えば細胞融合促進剤の存在下に通常の栄養培養液中で実施される。融合促進剤としては、例えばポリエチレングリコール(PEG)、センダイウイルス(HVJ)等が使用され、さらに所望により融合効率を高めるためにジメチルスルホキシド等の補助剤を添加使用することもできる。
【0034】
免疫細胞とミエローマ細胞との使用割合は任意に設定することができる。例えば、ミエローマ細胞に対して免疫細胞を1〜10倍とするのが好ましい。前記細胞融合に用いる培養液としては、例えば、前記ミエローマ細胞株の増殖に好適なRPMI1640培養液、MEM培養液、その他、この種の細胞培養に用いられる通常の培養液が使用可能であり、さらに、牛胎児血清(FCS)等の血清補液を併用することもできる。
【0035】
細胞融合は、前記免疫細胞とミエローマ細胞との所定量を前記培養液中でよく混合し、予め37℃程度に加温したPEG溶液(例えば平均分子量1000〜6000程度)を通常30〜60%(w/v)の濃度で添加し、混合することによって目的とする融合細胞(ハイブリドーマ)を形成する。続いて、適当な培養液を逐次添加し、遠心して上清を除去する操作を繰り返すことによりハイブリドーマの生育に好ましくない細胞融合剤等を除去する。
【0036】
このようにして得られたハイブリドーマは、通常の選択培養液、例えばHAT培養液(ヒポキサンチン、アミノプテリンおよびチミジンを含む培養液)で培養することにより選択される。上記HAT培養液での培養は、目的とするハイブリドーマ以外の細胞(非融合細胞)が死滅するのに十分な時間(通常、数日〜数週間)継続する。ついで、通常の限界希釈法を実施し、目的とする抗体を産生するハイブリドーマのスクリーニングおよび単一クローニングを行う。
【0037】
また、ニカストリン蛋白質を認識する抗体の作製は国際公開公報WO03/104453に記載された方法を用いて作製してもよい。
【0038】
目的とする抗体のスクリーニングおよび単一クローニングは、公知の抗原抗体反応に基づくスクリーニング方法で行えばよい。例えば、ポリスチレン等でできたビーズや市販の96ウェルのマイクロタイタープレート等の担体に抗原を結合させ、ハイブリドーマの培養上清と反応させ、担体を洗浄した後に酵素標識二次抗体等を反応させることにより、培養上清中に感作抗原と反応する目的とする抗体が含まれるかどうか決定できる。目的とする抗体を産生するハイブリドーマを限界希釈法等によりクローニングすることができる。この際、抗原としては免疫に用いたものを用いればよい。
【0039】
また、ヒト以外の動物に抗原を免疫して上記ハイブリドーマを得る他に、ヒトリンパ球をin vitroでニカストリンに感作し、感作リンパ球をヒト由来の永久分裂能を有するミエローマ細胞と融合させ、ニカストリンへの結合活性を有する所望のヒト抗体を得ることもできる(特公平1−59878号公報参照)。さらに、ヒト抗体遺伝子の全てのレパートリーを有するトランスジェニック動物に抗原となるニカストリンを投与して抗ニカストリン抗体産生細胞を取得し、これを不死化させた細胞からニカストリンに対するヒト抗体を取得してもよい(国際特許出願公開番号WO94/25585号公報、WO93/12227号公報、WO92/03918号公報、WO94/02602号公報参照)。
【0040】
このようにして作製されるモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマは、通常の培養液中で継代培養することが可能であり、また、液体窒素中で長期保存することが可能である。
【0041】
当該ハイブリドーマからモノクローナル抗体を取得するには、当該ハイブリドーマを通常の方法に従い培養し、その培養上清として得る方法、あるいはハイブリドーマをこれと適合性がある哺乳動物に投与して増殖させ、その腹水として得る方法などが採用される。前者の方法は、高純度の抗体を得るのに適しており、一方、後者の方法は、抗体の大量生産に適している。
【0042】
本発明では、モノクローナル抗体として、抗体遺伝子をハイブリドーマからクローニングし、適当なベクターに組み込んで、これを宿主に導入し、遺伝子組換え技術を用いて産生させた組換え型のものを用いることができる(例えば、Vandamme,A.M.et al.,Eur.J.Biochem.(1990)192,767−775,1990参照)。
具体的には、抗ニカストリン抗体を産生するハイブリドーマから、抗ニカストリン抗体の可変(V)領域をコードするを単離する。mRNAの単離は、公知の方法、例えば、グアニジン超遠心法(Chirgwin,J.M.et al.,Biochemistry(1979)18,5294−5299)、AGPC法(Chomczynski,P.et al.,Anal.Biochem.(1987)162,156−159)等により行って全RNAを調製し、mRNA Purification Kit(Pharmacia製)等を使用して目的のmRNAを調製する。また、QuickPrep mRNA Purification Kit(Pharmacia製)を用いることによりmRNAを直接調製することもできる。
【0043】
得られたmRNAから逆転写酵素を用いて抗体V領域のcDNAを合成する。cDNAの合成は、AMV Reverse Transcriptase First−strand cDNA Synthesis Kit(生化学工業社製)等を用いて行う。また、cDNAの合成および増幅を行うには、5'−Ampli FINDER RACE Kit(Clontech製)およびPCRを用いた5'−RACE法(Frohman,M.A.et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA(1988)85,8998−9002、Belyavsky,A.et al.,Nucleic Acids Res.(1989)17,2919−2932)等を使用することができる。
【0044】
得られたPCR産物から目的とするDNA断片を精製し、ベクターDNAと連結する。さらに、これより組換えベクターを作製し、大腸菌等に導入してコロニーを選択して所望の組換えベクターを調製する。そして、目的とするDNAの塩基配列を公知の方法、例えば、ジデオキシヌクレオチドチェインターミネーション法等により確認する。
【0045】
目的とする抗ニカストリン抗体のV領域をコードするDNAを得たのち、これを、所望の抗体定常領域(C領域)をコードするDNAを含有する発現ベクターへ組み込む。
【0046】
本発明で使用される抗ニカストリン抗体を製造するには、抗体遺伝子を発現制御領域、例えば、エンハンサー、プロモーターの制御のもとで発現するよう発現ベクターに組み込む。次に、この発現ベクターにより、宿主細胞を形質転換し、抗体を発現させる。
【0047】
抗体遺伝子の発現は、抗体重鎖(H鎖)または軽鎖(L鎖)をコードするDNAを別々に発現ベクターに組み込んで宿主細胞を同時形質転換させてもよいし、あるいはH鎖およびL鎖をコードするDNAを単一の発現ベクターに組み込んで宿主細胞を形質転換させてもよい(WO94/11523号公報参照)。
【0048】
また、組換え型抗体の産生には上記宿主細胞だけではなく、トランスジェニック動物を使用することができる。例えば、抗体遺伝子を、乳汁中に固有に産生される蛋白質(ヤギβカゼインなど)をコードする遺伝子の途中に挿入して融合遺伝子として調製する。抗体遺伝子が挿入された融合遺伝子を含むDNA断片をヤギの胚へ注入し、この胚を雌のヤギへ導入する。胚を受容したヤギから生まれるトランスジェニックヤギまたはその子孫が産生する乳汁から所望の抗体を得る。また、トランスジェニックヤギから産生される所望の抗体を含む乳汁量を増加させるために、適宜ホルモンをトランスジェニックヤギに使用してもよい(Ebert,K.M.et al.,Bio/Technology(1994)12,699−702)。
【0049】
本発明では、上記抗体のほかに、人為的に改変した遺伝子組換え型抗体、例えば、キメラ抗体、ヒト化(Humanized)抗体を使用できる。これらの改変抗体は、既知の方法を用いて製造することができる。
【0050】
キメラ抗体は、前記のようにして得た抗体V領域をコードするDNAをヒト抗体C領域をコードするDNAと連結し、これを発現ベクターに組み込んで宿主に導入し産生させることにより得られる。この既知の方法を用いて、本発明に有用なキメラ抗体を得ることができる。
【0051】
ヒト化抗体は、再構成(reshaped)ヒト抗体とも称され、これは、ヒト以外の哺乳動物、例えばマウス抗体の相補性決定領域(CDR;complementarity determining region)をヒト抗体の相補性決定領域へ移植したものであり、その一般的な遺伝子組換え手法も知られている(欧州特許出願公開番号EP125023号公報、WO96/02576号公報参照)。
【0052】
具体的には、マウス抗体のCDRとヒト抗体のフレームワーク領域(framework region;FR)とを連結するように設計したDNA配列を、CDRおよびFR両方の末端領域にオーバーラップする部分を有するように作製した数個のオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いてPCR法により合成する(WO98/13388号公報に記載の方法を参照)。
【0053】
CDRを介して連結されるヒト抗体のフレームワーク領域は、相補性決定領域が良好な抗原結合部位を形成するものが選択される。必要に応じ、再構成ヒト抗体の相補性決定領域が適切な抗原結合部位を形成するように、抗体の可変領域におけるフレームワーク領域のアミノ酸を置換してもよい(Sato,K.et al.,Cancer Res.(1993)53,851−856)。
【0054】
キメラ抗体およびヒト化抗体のC領域には、ヒト抗体のものが使用され、例えばH鎖では、Cγ1、Cγ2、Cγ3、Cγ4を、L鎖ではCκ、Cλを使用することができる。また、抗体またはその産生の安定性を改善するために、ヒト抗体C領域を修飾してもよい。
【0055】
キメラ抗体は、ヒト以外の哺乳動物由来抗体の可変領域とヒト抗体由来の定常領域とからなる。一方、ヒト化抗体は、ヒト以外の哺乳動物由来抗体の相補性決定領域と、ヒト抗体由来のフレームワーク領域およびC領域とからなる。ヒト化抗体はヒト体内における抗原性が低下されているため、治療剤の有効成分として有用である。
【0056】
本発明で使用される抗ニカストリン抗体は、抗体の全体分子に限られず、ニカストリン蛋白質に結合すれば、抗体の断片またはそれらの誘導体(抗体の修飾物および所望の薬効を有する化合物を結合させた抗体も含む。)であってもよく、二価抗体も一価抗体も含まれるが、好ましくは、ヒト活性型γ−セクレターゼを中和するものであればよい。
【0057】
抗体の断片としては、例えば、Fab、F(ab')2、Fv1個のFabと完全なFcを有するFab/c、またはH鎖若しくはL鎖のFvを適当なリンカーで連結させたシングルチェインFv(scFv)が挙げられる。具体的には、抗体を酵素、例えばパパイン、ペプシンで処理し抗体断片を生成させるか、または、これら抗体断片をコードする遺伝子を構築し、これを発現ベクターに導入した後、適当な宿主細胞で発現させる(例えば、Co,M.S.et al.,J.Immunol.(1994)152,2968−2976、Better,M.& Horwitz,A.H.Methods in Enzymology(1989)178,476−496,Academic Press,Inc.、Plueckthun,A.& Skerra,A.Methods in Enzymology(1989)178,476−496,Academic Press,Inc.、Lamoyi,E.,Methods in Enzymology(1989)121,652−663、Rousseaux,J.et al.,Methods in Enzymology(1989)121,663−669、Bird,R.E. et al.,TIBTECH(1991)9,132−137参照)。
【0058】
シングルチェインFv(scFv)は、抗体のH鎖V領域とL鎖V領域とを連結することにより得られる。このscFvにおいて、H鎖V領域とL鎖V領域は、リンカー、好ましくはペプチドリンカーを介して連結される(Huston,J.S.et al.、Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.(1988)85,5879−5883)。scFvにおけるH鎖V領域とL鎖V領域は、本明細書に抗体として記載されたもののいずれの由来であってもよい。V領域を連結するペプチドリンカーとしては、例えばアミノ酸12〜19残基からなる任意の一本鎖ペプチドが用いられる。
【0059】
scFvをコードするDNAは、前記抗体のH鎖またはH鎖V領域をコードするDNA、およびL鎖またはL鎖V領域をコードするDNAのうち、それらの配列のうちの全部または所望のアミノ酸配列をコードするDNA部分を鋳型とし、その両端を規定するプライマー対を用いてPCR法により増幅し、次いで、さらにペプチドリンカー部分をコードするDNA、およびその両端が各々H鎖、L鎖と連結されるように規定するプライマー対を組み合せて増幅することにより得られる。
【0060】
また、一旦scFvをコードするDNAが作製されると、それらを含有する発現ベクター、および該発現ベクターにより形質転換された宿主を常法に従って得ることができ、また、その宿主を用いることにより、常法に従ってscFvを得ることができる。
【0061】
これら抗体の断片は、前記と同様にしてその遺伝子を取得し発現させ、宿主により産生させることができる。本発明における「抗体」にはこれらの抗体の断片も包含される。
【0062】
抗体の修飾物として、ポリエチレングリコール(PEG)や糖鎖などの各種分子と結合した抗ニカストリン抗体を使用することもできる。かかる修飾によって抗体の半減期を長くしたり、血中での加水分解や排除を低減させることができる。本発明における「抗体」にはこれらの抗体修飾物も包含される。このような抗体修飾物は、得られた抗体およびその断片に化学的な修飾を施すことによって得ることができる。なお、抗体の修飾方法はこの分野においてすでに確立されている。
【0063】
さらに、本発明で使用される抗体は、二重特異性抗体(bispecific antibody)であってもよい。二重特異性抗体はNCT分子上の異なるエピトープを認識する抗原結合部位を有する二重特異性抗体であってもよい。二重特異性抗体は2種類の抗体のHL対を結合させて作製することもできるし、異なるモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを融合させて二重特異性抗体産生融合細胞を作製し、得ることもできる。さらに、遺伝子工学的手法により二重特異性抗体を作製することも可能である。
【0064】
前記のように構築した抗体遺伝子は、公知の方法により発現させ、取得することができる。哺乳類細胞の場合、常用される有用なプロモーター、発現させる抗体遺伝子、その3’側下流にポリAシグナルを機能的に結合させて発現させることができる。例えばプロモーター/エンハンサーとしては、ヒトサイトメガロウイルス前期プロモーター/エンハンサー(human cytomegalovirus immediate early promoter/enhancer)を挙げることができる。
【0065】
また、その他に本発明で使用される抗体発現に使用できるプロモーター/エンハンサーとして、レトロウイルス、ポリオーマウイルス、アデノウイルス、シミアンウイルス40(SV40)等のウイルスプロモーター/エンハンサー、あるいはヒトエロンゲーションファクター1α(HEF1α)などの哺乳類細胞由来のプロモーター/エンハンサー等が挙げられる。
【0066】
SV40プロモーター/エンハンサーを使用する場合はMulliganらの方法(Nature(1979)277,108)により、また、HEF1αプロモーター/エンハンサーを使用する場合はMizushimaらの方法(Nucleic Acids Res.(1990)18,5322)により、容易に遺伝子発現を行うことができる。
【0067】
大腸菌の場合、常用される有用なプロモーター、抗体分泌のためのシグナル配列および発現させる抗体遺伝子を機能的に結合させて当該遺伝子を発現させることができる。プロモーターとしては、例えばlacZプロモーター、araBプロモーターを挙げることができる。lacZプロモーターを使用する場合はWardらの方法(Nature(1098)341,544−546;FASEB J.(1992)6,2422−2427)により、あるいはaraBプロモーターを使用する場合はBetterらの方法(Science(1988)240,1041−1043)により発現することができる。
【0068】
抗体分泌のためのシグナル配列としては、大腸菌のペリプラズムに産生させる場合、pe1Bシグナル配列(Lei,S.P.et al J.Bacteriol.(1987)169,4379)を使用すればよい。そして、ペリプラズムに産生された抗体を分離した後、抗体の構造を適切に組み直して(refold)使用する。
【0069】
複製起源としては、SV40、ポリオーマウイルス、アデノウイルス、ウシパピローマウイルス(BPV)等の由来のものを用いることができ、さらに、宿主細胞系で遺伝子コピー数増幅のため、発現ベクターは、選択マーカーとしてアミノグリコシドトランスフェラーゼ(APH)遺伝子、チミジンキナーゼ(TK)遺伝子、大腸菌キサンチングアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ(Ecogpt)遺伝子、ジヒドロ葉酸還元酵素(dhfr)遺伝子等を含むことができる。
【0070】
本発明で使用される抗体の製造のために、任意の発現系、例えば真核細胞または原核細胞系を使用することができる。真核細胞としては、例えば樹立された哺乳類細胞系、昆虫細胞系、真糸状菌細胞および酵母細胞などの動物細胞等が挙げられ、原核細胞としては、例えば大腸菌細胞等の細菌細胞が挙げられる。
【0071】
好ましくは、本発明で使用される抗体は、哺乳類細胞、例えばCHO、COS、ミエローマ、BHK、Vero、HeLa細胞中で発現される。
【0072】
次に、形質転換された宿主細胞をin vitroまたはin vivoで培養して目的とする抗体を産生させる。宿主細胞の培養は公知の方法に従い行う。例えば、培養液として、DMEM、MEM、RPMI1640、IMDMを使用することができ、牛胎児血清(FCS)等の血清補液を併用することもできる。
【0073】
前記のように発現、産生された抗体は、細胞、宿主動物から分離し均一にまで精製することができる。本発明で使用される抗体の分離、精製はアフィニティーカラムを用いて行うことができる。例えば、プロテインAカラムを用いたカラムとして、HyperD、POROS、SepharoseF.F.(Pharmacia製)等が挙げられる。その他、通常の蛋白質で使用されている分離、精製方法を使用すればよく、何ら限定されるものではない。例えば、上記アフィニティーカラム以外のクロマトグラフィーカラム、フィルター、限外濾過、塩析、透析等を適宜選択、組み合わせることにより、抗体を分離、精製することができる(Antibodies A Laboratory Manual.Ed Harlow,David Lane,Cold Spring Harbor Laboratory,1988)。
【0074】
前記の如くして得られる抗ニカストリン抗体は、後記実施例に示すように、ヒト活性型γ−セクレターゼの構成分子であるニカストリン蛋白質を認識し、特異的に結合し、かつ、γ−セクレターゼ中和活性を有する。また、γ−セクレターゼ依存的な生存を示す癌細胞に対して増殖阻害能も有する。従って、抗ニカストリン抗体、その誘導体もしくはそれらの断片は、アルツハイマー病および/または癌の治療薬として有効である。
本発明で治療可能な癌は、ニカストリンを発現している癌および/またはγ−セクレターゼ依存性の癌であると考えている。
かかる癌としては、肺癌、急性T細胞性リンパ芽球性白血病が挙げられる。
ここで、ニカストリンを発現している癌とは、ニカストリンが発現することによりニカストリン蛋白質を生産している癌をいう。また、γ−セクレターゼ依存性の癌とは、癌細胞の増殖にγ−セクレターゼが必須であり、γ−セクレターゼの活性が阻害されると細胞が増殖抑制または死滅する癌をいう。
【0075】
また、抗ニカストリン抗体の誘導体またはその断片は、抗ニカストリン抗体またはその断片に所望の薬効を有する化合物を常法の方法で結合させたものも挙げられる。かかる抗ニカストリン抗体の誘導体は、例えばニカストリンを特異的にターゲティングさせるミサイル療法において用いることができる。また、所望の薬効を有する化合物とは、例えば症状を直接的間接的に進行させる酵素や受容体などを阻害、促進する等の薬効を有するものをいう。
【0076】
癌治療薬の所望の薬効を有する化合物としては、例えば、癌細胞に障害をもたらす化合物、または細胞障害活性を付加あるいは増強させる化合物、例えば放射性同位元素などが挙げられる。放射性同位元素としては、当業者に公知の物質を用いることができるが、好ましくは
131I、
99mTc、
111In、
90Yである。
放射性同位元素を含む化合物を結合させた抗体を用いた癌治療は、当業者公知の方法により行うことができる。具体的には、最初に少量の放射性同位元素を含む化合物を結合させた抗体を患者に投与し、全身のシンチグラムを行う。正常組織の細胞と抗体の結合が少なく、癌細胞と抗体の結合が多いことを確認した上で、放射性同位元素を含む化合物を結合させた抗体を大量に投与する。
【0077】
本発明の治療薬は、当該技術分野においてよく知られる薬学的に許容しうる担体とともに、混合、溶解、顆粒化、錠剤化、乳化、カプセル封入、凍結乾燥等により、製剤化することができる。
【0078】
経口投与用には、本発明の治療剤を、薬学的に許容しうる溶媒、賦形剤、結合剤、安定化剤、分散剤等とともに、錠剤、丸薬、糖衣剤、軟カプセル、硬カプセル、溶液、懸濁液、乳剤、ゲル、シロップ、スラリー等の剤形に製剤化することができる。
【0079】
非経口投与用には、本発明の治療剤を、薬学的に許容しうる溶媒、賦形剤、結合剤、安定化剤、分散剤等とともに、注射用溶液、懸濁液、乳剤、クリーム剤、軟膏剤、吸入剤、座剤等の剤形に製剤化することができる。注射用の処方においては、本発明の治療剤を水性溶液、好ましくはハンクス溶液、リンゲル溶液、または生理的食塩緩衝液等の生理学的に適合性の緩衝液中に溶解することができる。さらに、組成物は、油性または水性のベヒクル中で、懸濁液、溶液、または乳濁液等の形状をとることができる。あるいは、治療剤を粉体の形態で製造し、使用前に滅菌水等を用いて水溶液または懸濁液を調製してもよい。吸入による投与用には、本発明の治療剤を粉末化し、ラクトースまたはデンプン等の適当な基剤とともに粉末混合物とすることができる。座剤処方は、本発明の治療剤をカカオバター等の慣用の坐剤基剤と混合することにより製造することができる。さらに、本発明の治療剤は、ポリマーマトリクス等に封入して、持続放出用製剤として処方することができる。
【0080】
投与量および投与回数は、剤形および投与経路、ならびに患者の症状、年齢、体重によって異なるが、一般に、本発明の治療剤は、1日あたり体重1kgあたり、約0.001mgから1000mgの範囲、好ましくは約0.01mgから10mgの範囲となるよう、1日に1回から数回投与することができる。
【0081】
治療薬は通常非経口投与経路で、例えば注射剤(皮下注、静注、筋注、腹腔内注など)、経皮、経粘膜、経鼻、経肺などで投与されるが、特に限定されず、経口投与でもよい。
【0082】
γ−セクレターゼ活性を阻害する抗体のスクリーニング方法
後記実施例記載のように、抗ニカストリン抗体は、ニカストリンとC99およびN99などのγ−セクレターゼの基質の反応を阻害することを見出した。
従って、本発明のγ−セクレターゼ活性を阻害する抗体のスクリーニング方法は、ADや癌の治療薬の探索として有望である。
本発明のスクリーニング方法は、被検抗体を添加して、ニカストリンとγ−セクレターゼの基質、例えば、Notch受容体および/またはAPPの膜内配列を含む一部又は全部からなるポリペプチドとを反応させ、当該ニカストリンと当該基質の反応を検出することによって行う。
【0083】
具体的には、被検抗体を添加して、ニカストリンとNotch配列の一部又は全部からなるポリペプチド、もしくはニカストリンとAPP配列の一部または全部からなるポリペプチドとを反応させ、公知の検出方法にて、被検抗体がこれらの反応を阻害するか否かを確認する。
または、被検抗体を、ニカストリンとNotchならびに/もしくはAPP配列の一部または全部からなるポリペプチドとが発現している細胞に添加して反応させ、公知の検出方法にて、これらの反応生産物を生成するか否かを確認する。
好ましくは後者の方法である。後者の方法はスクリーニング工程がより簡便であり、さらに公知の検出方法との組み合わせによって短期間で多数の検体を評価でき、被検抗体がγ−セクレターゼ活性を阻害する抗体か否かを評価でき、ADおよび癌の治療薬を迅速に開発することが可能となる。
【0084】
スクリーニング方法に使用されるγ−セクレターゼの基質は、Notch受容体(NM_008714)(配列番号3)の膜内配列を含む一部又は全部からなるポリペプチドおよび/またはAPPタンパク質(NM_000484)(配列番号4)の膜内配列を含む一部又は全部からなるポリペプチドが挙げられる。Notch受容体またはAPPタンパク質の一部又は全部からなるポリペプチドは、Notch受容体の膜内配列(NH2−HLMYVAAAAFVLLFFVGCGVLL−COOH)(配列番号5)を含むポリペプチドをコードする遺伝子配列(5'−cacctcatgtacgtggcagcggccgccttcgtgctcctgttctttgtgggctgtggggtgctgctg−3')(配列番号6)またはAPPタンパク質の膜内配列(NH2−GAIIGLMVGGVVIATVIVITLVML−COOH)(配列番号7)を含むポリペプチドをコードする遺伝子配列(5'−ggtgcaatcattggactcatggtgggcggtgttgtcatagcgacagtgatcgtcatcaccttggtgatgctg−3')(配列番号8)を発現させたものであればよく、Notch受容体の1711から1809番目までの膜内配列を含むタンパク質の99アミノ酸(N99ともいう。)(NH2−VKSEPVEPPLPSQLHLVYVAAAAFVLLFFVGCGVLLSRKRRRQHGQLWFPEGFKVSEASKKKRREPLGEDSVGLKPLKNASDGALMDDNQNEWGDEDLE−COOH)(配列番号9)をコードする遺伝子配列(配列番号10)またはAPPのC末端から99番目までの膜内配列を含むタンパク質の99アミノ酸(C99ともいう。)(NH2−DAEFRHDSGYEVHHQKLVFFAEDVGSNKGAIIGLMVGGVVIATVIVITLVMLKKKQYTSIHHGVVEVDAAVTPEERHLSKMQQNGYENPTYKFFEQMQN−COOH)(配列番号11)をコードする遺伝子配列(配列番号12)を発現させたものが特に好ましい。
【0085】
γ−セクレターゼの基質であるタンパク質の一部又は全部からなるポリペプチドは、アミノ酸配列およびこれをコードする遺伝子配列を発現することによって、または天然物より得られる。
γセクレターゼの基質であるタンパク質の一部又は全部からなるポリペプチドの由来は、ヒト由来が好ましいが、それに限定されず、イヌ、ネコ、マウス、ハムスター、ショウジョウバエなどヒト以外の種のいかなる由来でもよい。
ニカストリンまたはγ−セクレターゼの基質のアミノ酸配列およびこれをコードする遺伝子配列には、検出方法に応じて、V5、FLAGなどのタグ配列を付加して発現させてもよい。
【0086】
被検抗体が、γ−セクレターゼ活性を阻害するか否かの検出方法は、免疫共沈(IP)、ウェスタンブロット法、ELISA法、レポータージーンアッセイ(Reporter Gene Assay)法、SPA Beads法、Fluorescence Polarization法、Homogenous Time Resoived Fluorescence法等公知の方法を適宜単独または組み合わせることにより行うことができる。
【0087】
例えば、免疫共沈(IP)とウェスタンブロット法との組み合わせを用いる。公知の方法にて、ニカストリン、Notch受容体およびAPPの膜内配列を含む一部または全部からなるペプチドのアミノ酸配列およびこれをコードする遺伝子配列に、FLAG、V5などのタグ配列を付加して発現させる。
上記発現させた宿主細胞からニカストリンやNotch受容体およびAPPの膜内配列を含む一部または全部からなるペプチドを、公知の抽出方法により、細胞膜を可溶化して抽出し、適宜精製する。
【0088】
抽出したニカストリンを培養液で希釈後、被検抗体を混合し、4℃で8〜12時間反応後、NotchまたはAPPペプチドを添加し、さらに3〜4時間、混和する。緩衝溶液は、0.5% CHAPSOを含むHEPES Bufferを用いる。
タグに対応する抗体を添加後、IPし、ついで沈降画分を公知のウェスタンブロットにて解析する。タグに対応する抗体は、予めアガロースビーズなどの担体に結合させていてもよい。
【0089】
この場合、ニカストリンと、Notch受容体およびAPPの膜内配列を含む一部または全部からなるペプチドの沈降が少ないほど、γ−セクレターゼ活性阻害率が高い被検抗体であると判断する。
また、一方を担体やアッセイプレートなどに固定し、他方を放射性同位体や蛍光物質などでラベルし、バインディングアッセイを用いてもよい。また、被検抗体に抗原などのタグや放射性同位体などのラベルなどをつけて検出してもよい。
【0090】
また、例えば、GAL4−UASシステムとELISAやリポータージーンを組み合わせた方法を用いる。公知の方法にて、C99にGAL4を挿入したコンストラクト(SC100G)を作製し、またレポーター遺伝子としてルシフェラーゼ遺伝子を用い、ルシフェラーゼ遺伝子の上流にUAS配列を挿入したレポーターコントラスト(UAS−luc)を作製する。これらを宿主細胞にリポフェクションなどの公知の方法で導入する。恒常発現細胞の選択は、適宜抗生物質耐性マーカーなどにより行う。
恒常発現細胞を37℃、24時間培養後、被検抗体を添加して、さらに導入遺伝子を発現させる。導入遺伝子の発現誘導は、10mMのn−butylic acidを添加する。37℃、12時間培養後、当該細胞または上清を回収する。
当該細胞を用いる場合は、溶解後、ルシフェラーゼによる発光量の減少するほど、被検抗体がニカストリンとNotch受容体の膜内ペプチドまたはAPPペプチドとの結合を阻害し、Notch受容体の膜内ペプチドおよびAPPペプチド切断を抑制し、γ−セクレターゼ活性阻害率が高い被検抗体であると判断する。
当該上清を用いる場合には、細胞外に放出された、ELISAに対応できる指標を付けたAβペプチドの断片をELISA法により測定する。EILSA反応が少ないほど、被検抗体がニカストリンとNotch受容体またはAPPペプチドとの結合を阻害し、Notch受容体ペプチドまたはAPPペプチドの膜内配列切断を抑制し、γ−セクレターゼ活性阻害率が高い被検抗体であると判断する。
ルシフェラーゼの代わりに、アルカリフォスファターゼ、GFPを用いてもよい。
【実施例】
【0091】
以下に実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0092】
実施例1 昆虫細胞の培養
昆虫細胞(Spodoptera Frugiperda、Sf9)は10%ウシ胎児血清(FBS、Sigma)、penicillin(100U/mL)、streptomycin(100μg/mL)(Invitrogen)を含むGrace's Insect Media Supplemented(Invitrogen)を用いて27℃で培養を行った。大量培養を行う際には、1Lのスピナーフラスコを用いて、上記培地にさらに0.001% pluronicF−68(Invitrogen)を添加して培養した。
【0093】
実施例2 組み換えウイルスの作製
ヒトニカストリンを含むコンストラクト(pBlueBac4.5−NCT)は、pEF6−TOPO/V5−His(Invitrogen)にクローニングされたヒトニカストリンcDNA(pEF6−NCT)(T.Tomita et al.,FEBS Lett.520(2002)117−121)を、C末端側にベクター由来のV5−Hisタグを含んでpBlueBac4.5(Invitrogen)にサブクローニングして作製した。組み換えウイルスの作製はBac−N−Blue Transfection Kit(Invitrogen)に添付されているプロトコールに従い、Bac−N−BlueDNAと作製した各プラスミド4μgをSf9細胞にトランスフェクトした。数回のプラークアッセイによる純化を行い、目的の遺伝子のみを含む組み換えウイルスを調製した。High titer stock作製後、プラークアッセイによりウイルスのタイターチェックを行った。
【0094】
実施例3 ニカストリンのBV上への発現の確認
1回膜貫通型タンパク質であるニカストリンについて、組み換えウイルスを作製し、BV上への発現を確認した。Sf9細胞にmultiplicity of infection(MOI)5で感染させ、12、24、48、72時間後に細胞およびBVを回収し、抗ニカストリンN末端抗体(anti−NCT(N−19)SantaCruz)とanti−His抗体を用いたイムノブロットによりニカストリンの発現を確認したところ、細胞画分に加えてBV画分においても、感染から48時間後に十分な発現が認められたことから、ニカストリンにおいてもSREBP−2(Y.Urano et al.,Biochem.Biophys.Res.Commun.308(2003)191−196)と同様にBV上への発現が可能であることが示された。
【0095】
実施例4 発芽型ウイルス(BV)を用いた抗ニカストリン抗体の作製
BV上にはウイルス由来の膜タンパク質であるgp64が多量に発現しかつ抗原性が高いために、BVをマウスに免疫するとgp64に対する抗体が強く誘導され、目的の抗原に対する抗体を得ることが困難であることから、gp64に対して耐性を示すよう作出されたgp64トランスジェニックマウスを免疫用マウスとして使用した。
ヒトニカストリン発現組み換えウイルス(NCT−BV)を用いて、Sf9細胞(5x10
8cells/500mL)にMOI5で感染させ、48時間培養した。回収した培養上清から超遠心により抗原となるBVを調製した後、gp64トランスジェニックマウスに対して、5回免疫を行った。
抗血清、および得られたハイブリドーマの培養上清のスクリーニングは、BV−ELISAにより、定法に従い行った。固層化用の抗原として、免疫時に使用したNCT−BV、およびネガティブコントロールとしてSREBP−2とSREBP cleavage−activating protein(SCAP)(Y.Urano et al.,Biochem.Biophys.Res.Commun.308(2003)191−196)を共感染させて得られたSREBP+SCAP−BVまたは外来の遺伝子を含まないWild−BV(20μg/mL in saline)を50μL/well加えた。その結果、野生型BVやSREBP・SCAP発現BVには反応せず、ニカストリン発現BVのみに陽性な反応を示すクローンが多数得られた(
図1)。また同様にBVを用いたイムノブロットではPPMX0401、PPMX0410などBV上に発現したニカストリンを認識するクローンが複数得られた(
図2)。
【0096】
実施例5 細胞培養
COS−7(サル腎臓由来細胞)、HeLa(ヒト子宮頸癌由来細胞)、A549(ヒト肺癌由来細胞)、およびNKO細胞(ニカストリンノックアウトマウス由来線維芽細胞:T.Li et al.,J.Neurosci.23(2003)3272−3277)は、10%FBS、penicillin(100U/mL)、streptomycin(100μg/mL)(Invitrogen)を含むDulbecco's modified Eagle's medium(DMEM、Sigma)を用いて、37℃、5%CO
2中で培養した。
【0097】
実施例6 BVおよび強制発現産物を用いた抗体の同定
BV−ELISAにより得られた陽性クローンの培養上清について、NCT−BV、Wiled−BVおよびヒト野生型や各変異型ニカストリンを用いて、1xSDS−PAGE sample bufferを加え、SDS−PAGE、イムノブロットを行った。ポジティブコントロールとして抗ニカストリンN末端抗体(N−19)を用いた。動物細胞を用いた一過性の発現では、COS−7細胞へDEAE−dextranを用いて導入し、トランスフェクションから48時間後に細胞を回収した。ヒト野生型ニカストリンにはpEF6−NCTを用いた。また、各変異型ニカストリンのコンストラクト(Δ312、Δ694)は、pEF6−NCTからlongPCR法により作製した(T.Tomita et al.,FEBS Lett.520(2002)117−121)。
【0098】
その結果、いずれの抗体も外因性に発現させたヒト野生型ニカストリンを認識出来ることが確認された。ポジティブコントロールに用いた抗ニカストリンN末端抗体(N−19)やC末端に付加されたV5タグに対する抗体では、野生型、変異型に関わらず認識できるのに対して、今回作製した抗体は、PPMX0401、PPMX0410等ほとんどのクローンがニカストリンΔ312を認識しなかった(
図3)。このことは、今回得られた抗体のエピトープ部位がニカストリンの細胞外ドメイン中に存在することを示唆する。
【0099】
実施例7 ニカストリン恒常発現細胞の作製
抗ニカストリン抗体の解析を目的として、NKO細胞にpEF6−NCTをLipofectAmine(Invitrogen)を用いて遺伝子導入し、10μg/mL Blasticidinを含む培地で選択することにより、ヒトニカストリンを恒常的に発現するNKO細胞(NKO/NCT)細胞を取得した。
【0100】
実施例8 ニカストリンの糖鎖消化
ニカストリンは配列上20カ所の予想される糖鎖修飾部位を持ち、高度にN−結合型の糖鎖修飾を受けることが知られている(T.Tomita et al.,FEBS Lett.520(2002)117−121;J.Y.Leem et al.,J.Biol.Chem.277(2002)19236−19249;D.S.Yang et al.,J.Biol.Chem.277(2002)28135−28142;W.T.Kimberly et al.,J.Biol.Chem.277(2002)35113−35117)。
ニカストリンには、糖鎖の修飾の程度により成熟型(分子量約130kDa)または未成熟型(分子量約110kDa)と呼ばれるものが存在し、活性型のγ−セクレターゼ複合体中には、成熟型ニカストリンのみが含まれている。N−結合型糖鎖のうち複合型糖鎖はEndoglycosidase H(Endo H)に対しては耐性であるが、Peptide:N−glycosidase F(PNGase)では切断を受けることが知られている。したがってニカストリンにおいては、EndoH処理により複合型糖鎖修飾を受けた成熟型ニカストリンは分子量が約115kDaとなり、複合型糖鎖を持たない未成熟型は約80kDaとなるが、PNGaseF処理により両方とも約80kDaとなる(D.S.Yang et al.,J.Biol.Chem.277(2002)28135−28142、W.T.Kimberly et al.,J.Biol.Chem.277(2002)35113−35117)。
そこで、抗ニカストリン抗体のエピトープ解析を目的に糖鎖消化実験を行った。
【0101】
まずNKO/NCT細胞をPBSで洗浄後、RIPA buffer(50mM Tris−HCl at pH7.5,1% Triton X−100,1% Sodium deoxycholate,0.1% SDS,150mM NaCl)に懸濁し、4℃で8時間転倒混和して可溶化した得られた可溶画分から抗ニカストリンC末端抗体(N1660,Sigma)によりニカストリンを免疫沈降(IP)し、沈降したニカストリン画分を以降の解析に用いた。
Endo HまたはPNGase処理として、ニカストリン画分に200mM citrate−NAOH pH5.8,0.1% SDS,1% 2−mercaptoethanolを加え、95℃で5分間煮沸した。これに500mU/mL Endoglycosidase H(Roche Applied Sciences)または200U/mLのPNGase F(Roche Applied Sciences)を加え、37℃で終夜反応させた。最後に1/4量の5x sample buffer加えて95℃で5分間煮沸し、反応を停止させた。
Neuraminidase(Sialidase)処理として、ニカストリン画分に50mM Na−Acetate pH5.2,2mM CaCl
2,0.5% 2−mercaptoethanolを加え、95℃で5分間煮沸した。これに500mU/mL Neuraminidase(Roche Applied Sciences)を加え、37℃で終夜反応させた。最後に1/4量の5x sample bufferを加えて95℃で5分間煮沸し、反応を停止させた。
各糖鎖消化酵素により処理したサンプルをウェスタンブロット解析した結果、PPMX0401、PPMX0408、PPMX0410はいずれも糖鎖消化されたニカストリンに対して交差性を示すことが明らかとなった(
図4)。「○」はEndoH耐性のニカストリンを、「●」は糖鎖が完全に除去されたニカストリンを、「△」はNeuraminidaseによりシアル酸が除去されたニカストリンを表す。
この結果、特にPNGase Fにより完全に糖鎖を除去したニカストリンを認識するという結果は、今回得られた抗体がニカストリンの糖鎖ではなく、ペプチド鎖を認識して結合することを示唆する。
【0102】
実施例9 抗ニカストリン抗体による内因性ニカストリンの免疫沈降(IP)
HeLa細胞を細胞破砕buffer(10% glycerolを含むHEPES buffer(10mM HEPES pH7.4,150mM NaCl Complete inhibitor cocktail(Roche Applied Sciences)))に懸濁しホモジェナイザーにて破砕後、1,500xg、10分間遠心した。さらに上清を100,000xg、1時間超遠心し、得られた沈殿をHeLa細胞膜画分とした。細胞膜画分を1%CHAPSOを含むHEPES bufferにて可溶化し、HeLa細胞膜可溶画分を得た。今回得られた抗ニカストリンモノクローナル抗体を用いて可溶画分からIPした後、各種の抗体でウェスタンブロット解析した。
【0103】
その結果、今回得られた抗体には、未成熟型ニカストリンのみをIPする群(PPMX0401、PPMX0402、PPMX0407、PPMX0409)と未成熟型と成熟型ニカストリンの両方をIPする群(PPMX0406、PPMX0408、PPMX0410)の2群が存在することが明らかとなった(
図5)。後者(PPMX0406、PPMX0408、PPMX0410)ではγ−セクレターゼ複合体の構成因子であるプレセニリン、PEN−2、APH−1aLが共沈降されたのに対し、前者(PPMX0401、PPMX0402、PPMX0407、PPMX0409)では少量のAPH−1aLのみが共沈降された。未成熟型ニカストリンはγ−セクレターゼ複合体の形成に先立ってAPH−1と結合し、sub−complexを形成することが報告されている(M. LaVoie et al.,J.Biol.Chem.278(2003)37213−37222)。したがって、前者(PPMX0401、PPMX0402、PPMX0407、PPMX0409)はニカストリン−APH−1 sub complex中の未成熟型ニカストリンに特異的に結合するものと考えられた。
【0104】
また、ニカストリンの細胞外ドメインはγ−セクレターゼ複合体の形成に伴って構造変化をすることが報告されている(K.Shirotani et al.,J.Biol.Chem.278(2003)16474−16477)。HeLa細胞の1% CHAPSO lysateをトリプシンで処理すると、ニカストリンの細胞外ドメインはトリプシン耐性を示したことから、1%CHAPSO条件下でニカストリンの細胞外ドメインはγ−セクレターゼ複合体中での構造を保持していると考えられた(
図6)。したがって、IPの結果は、前者のエピトープ部位はニカストリンの構造変化によりマスクされるが、後者のエピトープ部位は構造変化後も露出している可能性を示唆している。
【0105】
実施例10 抗ニカストリンモノクローナル抗体を用いた培養細胞の免疫染色
生化学的検討から、成熟型ニカストリンを含む活性型γ−セクレターゼは脂質ラフトに局在することが報告されている(Urano Y,Hayashi I,Isoo N et al.:Association of active gamma−secretase complex with lipid rafts.J Lipid Res 2005,46:904)。そこで、今回得られた抗体について培養細胞を用いて免疫染色を行い、それぞれの抗体により認識されるニカストリンの細胞内局在を検討した。検討にはHeLa細胞とNKO細胞を用いた。予めポリ−D−リジンでコートしたカバーガラスに細胞を適当な密度で接着させ、PBSで洗浄後4%パラフォルムアルデヒドを含むPBSで固定した。ブロッキングには3%BSAを含むPBSを用い、浸透化する場合にはさらに終濃度0.1%のTritonX−100を加えた。適当な濃度にブロッキング液で希釈した各抗体と室温にて3時間または4℃にて一晩反応させた。二次抗体にはAlexa488または546を結合した抗マウスまたはラビットイムノグロブリン抗体を用いた。
その結果、HeLa細胞において、PPMX0408では顆粒状の構造と細胞膜が染色されたのに対し、PPMX0401ではそのような構造は染色されなかった(
図7)。NKO細胞ではPPMX0408によって顆粒状の構造は染色されなかったが、NKO細胞に野生型ニカストリンを導入するとHeLa細胞での結果と同様の染色像を示した(
図8)。これらの結果は、PPMX0408により染色される顆粒状の構造はニカストリンに由来することを示す。
【0106】
続いて、この顆粒状構造の細胞内局在を検討するため、PPMX0408と各種のマーカー蛋白質に対する抗体との共染色を行った。その結果、それぞれ小胞体、ゴルジ体のマーカー蛋白質であるカルネキシン、ジャイアンチンとは局在が一致しなかった(
図9)。それに対し、脂質ラフトに存在するGM1ガングリオシドを染色するコレラ毒素サブユニットB(CTB)の染色は、PPMX0408による顆粒状構造の染色とよく一致した。PPMX0401による染色はCTBとは一致しなかった(
図10)。ブロッキング時にTritonX−100で処理しない非浸透化条件においても同様の局在の一致が見られた(
図10)。これらの結果から、PPMX0408は細胞膜を含む脂質ラフトに局在する成熟型ニカストリンを認識することが考えられる。
【0107】
実施例11 抗ニカストリンモノクローナル抗体を用いたヒト活性型γ−セクレターゼ活性の中和
PPMX0408およびPPMX0410はγ−セクレターゼ複合体を保持した条件下で、活性型γ−セクレターゼに含まれる成熟型ニカストリンと結合することから、これらの抗体はγ−セクレターゼの活性に影響を与えるものと考えられた。HeLa細胞のミクロソーム画分を1%CHAPSOにより可溶化し、人工基質を用いたin vitro γ−セクレターゼアッセイ系に各抗体を添加して、γ−セクレターゼ活性をde novo合成されたAβの集積を指標にして測定した(Takasugi N,Tomita T,Hayashi I,Tsuruoka M,Niimura M,Takahashi Y,Thinakaran G,Iwatsubo T.:The role of presenilin cofactors in the gamma−secretase complex.Nature 2003,422:438;Takahashi Y,Hayashi I,Tominari Y et al.:Sulindac sulfide is a non−competitive gamma−secretase inhibitor that preferentially reduces Abeta 42 generation.J Biol Chem 2003,278:18664)。
その結果、PPMX0401を終濃度10μg/mL添加した場合のγ−セクレターゼ活性はPBSを添加した場合と同程度であったのに対し、PPMX0408およびPPMX0410を終濃度10μg/mL添加した場合はγ−セクレターゼ活性はPBSを添加した場合と比して約20%阻害された(
図11)。このことから、成熟型ニカストリンと結合するこれらの抗体はγ−セクレターゼ阻害活性を有することが考えられる。
【0108】
実施例12 抗ニカストリンモノクローナル抗体の各種癌細胞株の生存率に対する影響
まず、Notchシグナル依存的な生存を示す癌細胞株を同定する目的で、HeLa細胞およびA549細胞の生存に対するγ−セクレターゼ阻害剤DAPT(HF.Dovey et al.,J.Neurochem.76(2001)173−181)の影響をMTT法により評価した。各細胞5x10
3個を96ウェルマルチプレートに播種し、終濃度100μMのDAPTにより72時間処理した。処理時間経過後、PBSに希釈したMTTを終濃度500μg/mLになるよう添加し、37℃にて3−4時間培養した。その後stop solution(10%SDS,0.01M HCl)を添加して反応を停止し、さらに37℃にて一晩静置して生成したformazanを溶解させた。ピペッティングにてformazan溶液を均一に混和し、550nmの吸光度を測定して細胞生存率を算出した。その結果、DAPT処理によってA549細胞では未処理群に比して有意に細胞生存率の低下が見られたが、HeLa細胞では差が見られなかった(
図12)。さらに、この細胞生存率の低下がγ−セクレターゼ活性の阻害によるものであることを確認するため、A549細胞の内因性ニカストリンをニカストリンに対するshort interference RNA(siRNA)処理によりノックダウンして、細胞生存率の変化を測定した。その結果、ランダムな配列のsiRNA処理(scramble)に比してニカストリンsiRNAによる処理では、細胞生存率が約20%低下した(
図13)。この条件下で内因性ニカストリンの発現は完全に抑制されていた(
図14)。これらの結果から、HeLa細胞とは異なり、A549細胞の生存にはγ−セクレターゼ活性が必須であることが考えられる。
【0109】
続いて、今回得られた抗体がA549細胞の生存に与える影響を検討した。各抗体を終濃度10μg/mLになるように添加し、96時間後の細胞生存率をMTT法により評価した。その結果、A549細胞において、PPMX0410処理群では未処理群およびPPMX0401処理群に比して有意に細胞生存率の低下を認めた(
図15)。γ−セクレターゼ阻害活性を有する抗体は、γ−セクレターゼ依存的な生存を示す癌細胞に対して増殖阻害能を有することが示唆される。
【0110】
実施例13 各種白血病細胞株の増殖に対する抗ニカストリンモノクローナル抗体の影響
急性T細胞性リンパ芽球性白血病(T−cell Acute Lymphoblastic Leukemia、T−ALL)患者から単離・樹立されたTALL−1、ALL−SIL、DND−41の各細胞は、いずれもその増殖にNotchシグナリングが必要であることが報告されている(Weng, A. P., Ferrando, A. A., Lee, W.,Morris, J. P. t., Silverman, L. B., Sanchez−Irizarry, C., Blacklow, S. C.,Look, A. T. and Aster, J. C. (2004). Activating mutations of NOTCH1 in humanT cell acute lymphoblastic leukemia. Science 306, 269−271.)。さらに、TALL−1細胞にはNOTCH1遺伝子に体細胞変異は見出されていないが、ALL−SIL細胞、DND−41細胞ではNOTCH1の細胞外領域とTMIC(Transmembrane−intracellular domain of Notch)の相互作用に関与する領域(HDN)にミスセンス変異が存在し、NICD(Notch intracellular domain)の分解に関与するPEST領域が変異によって欠損していることが報告され(
図16)、HDN領域の変異によりリガンド非依存的なヘテロ二量体の解離とshedding、γ−セクレターゼによる切断が起こることやPEST領域の欠損によってNICDの安定性が高まることがNotchシグナリングの異常亢進を引き起こし、これがT−ALLの原因となると考えられている。
まず、TALL−1、ALL−SIL、DND−41の各細胞をγ−セクレターゼ阻害剤で処理した場合に、NOTCH1の代謝がどのような影響を受けるかについて、検討を行った。NOTCH1の細胞内アンキリンリピート領域に対する抗体mN1A(Chemicon、Cat #MAB5352)を用いたウェスタンブロット解析において、全ての細胞でNOTCH1 TMICと思われるバンドが確認できた。さらにALL−SIL、DND−41においてはやや低い位置にNEXT(Notch extracellular truncation)と思われるバンドと、さらにその下にNICDと思われるやや不明瞭なバンドが観察された(
図17)。ALL−SILおよびDND−41細胞では、恒常的なNICDの発現がNICDのN末端断端特異抗体Val1744(Cell Signaling、Cat #2421)により確認されたが、TALL−1細胞では見られなかった。次に各細胞の培養上清にγ−セクレターゼ阻害剤YOを10、100、1000nMの濃度で添加して、48時間後に細胞を回収してlysateをウェスタンブロット解析したところ、ALL−SILおよびDND−41細胞ではYO処理によりNICDの消失とTMIC、NEXTの蓄積が観察された(
図17)。このことから、少なくともALL−SIL、DND−41細胞の両細胞において恒常的にNotchシグナリングが活性化していることが示唆された。
【0111】
続いて、YO処理によりこれらの細胞の増殖がどのような影響を受けるかについて検討した。96−well プレートに5×10
3cells/wellの密度で細胞をまき、37℃にて一晩培養後、γ−セクレターゼ阻害剤YOを添加して培養した。7日間培養後、Alamar Blue(Serotec)を用いて細胞増殖率を測定した。1/10量のAlamar Blueを培養液に添加し、37℃にて4時間培養した後、培養上清を回収した。プレートリーダーにて培養上清中の蛍光(励起光波長:530nm、蛍光波長:590nm)を測定し、細胞増殖率を以下の式により計算した。
【0112】
【数1】
【0113】
ここで、A590はサンプルの590nmの吸光度を、PC590はポジティブコントロール群(PBSまたはDMSO処理)の590nmの吸光度を表す。その結果、TALL−1およびDND−41細胞においてYO処理によって細胞増殖の抑制が観察され、10nM YOではそれぞれ約60%および50%、1000nMにおいてはともに約80%の抑制が見られた(
図18)。予想に反して、ウェスタンブロット解析でYO処理によるNICD消失が観察されたALL−SIL細胞では、細胞増殖の抑制はほとんど認められなかった。これら結果から、TALL−1およびDND−41細胞の増殖はγ−セクレターゼ活性依存的であることが示された。
【0114】
以上の結果から、検討に用いたT−ALL由来細胞のうち、少なくともDND−41細胞の増殖はNotchシグナリング/γ−セクレターゼ活性に依存していると考えられた。そこで、DND−41細胞を用いて抗ニカストリン抗体であるPPMX0410が細胞増殖に与える影響を検討した。DND−41細胞の培養上清にPPMX0410またはマウスIgG画分を0.1、1、10、100μg/mLの濃度で添加し、7日間培養後にAlamar Blueを用いて細胞増殖率を測定した。その結果、IgG画分の添加では細胞増殖は濃度依存的にやや増加する傾向があったが、PPMX0410の添加では減少傾向が認められ、100μg/mLのPPMX0410添加によりDND−41細胞の増殖は約60%抑制された(
図19)。この結果から、PPMX0410はNotchシグナリング/γ−セクレターゼ活性依存的なT−ALL細胞の増殖を抑制することが示された。
【0115】
この結果を踏まえてPPMX0410を2006年4月21日、〒305−8566
茨城県つくば市東1−1−1 つくばセンター 中央第6、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センターにFERM
−P20895として寄託した
(国際寄託番号FERM BP−10808として移管)。
【0116】
実施例14 抗ニカストリンモノクローナル抗体のニカストリンと基質との結合阻害作用
ニカストリンはγ−セクレターゼ複合体において、基質受容体として機能する可能性が報告されている(Shah S,Lee SF,Tabuchi K,Hao YH,Yu C,LaPlant Q,Ball H,DannCE 3rd,Sudhof T,Yu G.:Nicastrin functions as a gamma−secretase−substrate receptor.Cell 2005,122:435)。
そこで、PPMX0410がγ−セクレターゼと基質との相互作用の阻害を介してγ−セクレターゼ阻害活性を発揮する可能性について検討した。
【0117】
まず、Sf9細胞にニカストリン(カルボキシル末端にV5−Hisタグ配列を付加)またはN100−FLAG((Notch受容体の膜内配列を含む1711から1809番目までの100アミノ酸(NH2−MVKSEPVEPPLPSQLHLVYVAAAAFVLLFFVGCGVLLSRKRRRQHGQLWFPEGFKVSEASKKKRREPLGEDSVGLKPLKNASDGALMDDNQNEWGDEDLE−COOH)のカルボキシル末端にFLAG−Hisタグ(DYKDDDDKGSHHHHHH)を付加)(配列番号13および14)、Lee SF,Shah S,Li H,Yu C,Han W,Yu G.:Mammalian APH−1 interacts with presenilin and nicastrin and is required for intramembrane proteolysis of amyloid−beta precursor protein and Notch.J Biol Chem.2002277:45013)を発現させ、実施例9に示した方法に従ってそれぞれの細胞膜画分を調製した。
得られた膜画分を1% CHAPSOを含むHEPES bufferにて可溶化し、ニカストリン画分およびN100画分を得た。
ニカストリン画分をPBSにて適当な濃度に希釈したPPMX0401またはPPMX0410と混合して4℃で終夜反応した後、N100画分を添加してさらに3時間転倒混和した。Bufferは、抗体との混合時には1% CHAPSOを含むHEPES buffer、N100画分を添加後は0.5% CHAPSOを含むHEPES bufferを用いた。
得られたニカストリン・N100混合画分から抗V5抗体を結合したV5−アガロースビーズ(SIGMA)または抗FLAG抗体を結合したM2−アガロースビーズ(SIGMA)を用いてニカストリンおよびN100−FLAGを共沈降し、沈降画分を抗V5抗体でウェスタンブロット解析した(
図20)。
【0118】
その結果、予め0.1% SDSにより変性させたニカストリン画分を用いた場合には、変性しない場合に比して、M2−アガロースビーズにより沈降されるニカストリン、すなわちN100−FLAGと結合しているニカストリンは減少した(
図20、レーン「D」と「N」を比較)。
したがって、本実験系によりニカストリンの構造依存的なN100との結合を検出可能であると考えられた。
【0119】
この条件下で、PPMX0401またはPPMX0410を添加した場合にM2−アガロースビーズにより沈降されるニカストリンの量を比較したところ、抗体濃度10および100μg/mLにおいてPPMX0410を添加した場合には沈降ニカストリン量の明らかな減少が見られた(
図21)。V5−アガロースビーズにより沈降されたニカストリン量により規格化したところ、PPMX0410はこれらの濃度域においてニカストリンとN100−FLAGの結合を約60%阻害していた(
図21)。
【0120】
これらの結果から、PPMX0410はニカストリンと基質との結合を阻害することで、γ−セクレターゼ活性を阻害することが示唆される。すなわち、ニカストリン−基質結合阻害を指標にして、強力なγ−セクレターゼ活性阻害をする抗体の選択方法としての可能性が示された。
【0121】
実施例15 抗ニカストリン抗体による生細胞におけるγ−セクレターゼ活性の阻害
in vitro反応系においてγ−セクレターゼ活性を阻害するPPMX0410が、生細胞においても同様にγ−セクレターゼ活性による切断を抑制するか確認するため、GAL4−UASシステムを利用したレポーター細胞を用いた検討を行った。
C99はAPP(amyloid precursor protein)がBACE(β−site APP cleaving enzyme)による切断を受けて産生される断片であり、γ−セクレターゼの直接の基質となる。
C99にpreproenkephalin由来のシグナルペプチド、および膜貫通領域直下に酵母由来の転写因子であるGAL4を挿入したコンストラクト(SC100G)を作製し、pcDNA3.1/Hygroベクター(invitrogen)にサブクローニングした。
また、Notch受容体の細胞外領域を欠損し、リガンド非依存的にγ−セクレターゼの直接の基質となるNΔE(N99を含む)にGAL4/VP16を結合したコンストラクト(NΔEGV、Taniguchi Y,Karlstrom H,Lundkvist J,Mizutani T,Otaka A,Vestling M,Bernstein A,Donoviel D,Lendahl U,Honjo T.:Notch receptor cleavagedepends on but is not directly executed by presenilins.Proc Natl Acad Sci U.S.A 2002,99:4014)をpcDNA3.1ベクターにサブクローニングした(pcDNA3.1−NΔEGV)。
レポーターコンストラクトとして、pGL3(R2.2)ベクター(promega)のluciferaseの上流にUAS配列を挿入したコンストラクト(UAS−luc)を作製した。さらに、細胞数をモニターするコントロールベクターとして、pcDNA3(invitrogen)にeGFPをサブクローニングした、pcDNA3−eGFPを作製した。HEK293細胞にpcDNA3.1−SC100GおよびUAS−lucを共に、もしくはpcDNA3.1−NΔEGV、UAS−lucとpcDNA3−eGFPを共に、Lipofectamine2000(invitrogen)を用いて遺伝子導入した。HEK/SC100G細胞、HEK/NΔEGV細胞にそれぞれHygromycin(和光純薬)またはG418(CALBIOCHEM)の抗生物質抵抗性マーカーを用いて恒常発現細胞(それぞれHEK/SC100G細胞、HEK/NΔEGV細胞)を選択した。
【0122】
48ウェルマルチプレートにHEK/SC100G細胞またはHEK/NΔEGV細胞を2.5x10
4個播種した。37℃にて24時間培養後、PBSまたはPBSにて適当な濃度に希釈したPPMX0410を添加した。また、γ−セクレターゼ活性を抑制するコントロールとして、DMSOまたはDAPT(終濃度10μM)処理した群をおいた。37℃にて36時間培養した後、終濃度10mMのn−butylic acidを添加して導入遺伝子の発現を誘導した。12時間培養後、細胞および培養上清を回収し、レポーターアッセイおよびELISAによるAβの測定を行った。
回収した細胞をlysisバッファー(promega)にて溶解し、得られたlysateをレポーターアッセイに供した。発光基質としてピッカジーン(東洋インキ)を用いた。luciferaseによる発光量の規格化は、HEK/SC100G細胞の場合は蛋白質濃度で、HEK/NΔEGV細胞の場合はeGFPの発光量で行い、得られた値をRelative Light Unit(RLU)とした。また、HEK/SC100G細胞の培養上清中に分泌されたAβ量をELISAにより測定し、luciferaseによる発光量と同様に蛋白質濃度で規格化した。
【0123】
その結果、HEK/SC100G細胞におけるレポーター活性(
図22(A))および分泌Aβ量(
図22(B))、HEK/NΔEGV細胞におけるレポーター活性(
図22(C))はいずれもPPMX0410の添加により濃度依存的に阻害された。また、この条件下でγ−セクレターゼ阻害剤であるDAPTは、いずれの活性も阻害した。
これらの結果から、PPMX0410は生細胞においてもγ−セクレターゼ活性を阻害し、APPおよびNotch受容体の膜内タンパク質切断を抑制することが示された。
【0124】
実施例14に示した方法はHigh through put screeningにも使用可能な方法であることから、強力なγ−セクレターゼ活性阻害を有する抗体の選択方法として利用できると思われる。