【実施例】
【0043】
以下、本発明の実施例として、Lactobacillus gasseri OLL 2716株(寄託番号 FERM BP-6999)および、Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus T-11株(Satoh, E., Y. Ito, Y. Sasaki, and T. Sasaki. 1997. Appl. Environ. Microbiol. 63:4593-4596.)について行った結果について詳細に説明する。しかしながら、本発明は以下の例に限定されるものではない。
〔実施例1〕
【0044】
Lactobacillus gasseri OLL 2716株から酸素存在下での生残性が向上した変異株を取得するための変異法として不均衡変異
導入法を用いた。
【0045】
不均衡変異
導入とは、DNA複製酵素(ポリメラーゼ)遺伝子に、同酵素の校正機能(3'-→5'-エクソヌクレアーゼ活性)を低減させるような変異を導入することによってDNA複製時lagging鎖の変異率が高まる現象である(特開平8−163986)。大腸菌DNAポリメラーゼにおいてはDnaQサブユニットがDNA複製時の校正機能を司るが、アミノ酸配列の相同性からLactobacillus gasseriでは校正機能を司る領域がpol3遺伝子から発現するDNAポリメラーゼ中に含まれていると考えられた。Lactobacillus gasseri OLL 2716株pol3(4299 bp、1432アミノ酸)の校正機能を低下させるためには419番目のアミノ酸残基AspをAlaに、421番目のアミノ酸残基GluをAlaに置換すればよいと考えられた。
【0046】
OLL 2716株染色体DNA上のpol3遺伝子への上記アミノ酸置換変異導入の概略を
図1に示す。表1に示したプライマー1、2、3、4を使い、splice-overlap extension PCR法(Ho, S. N., H. D. Hunt, R. M. Horton, J. K. Pullen, and L. R. Pease. 1989. Gene 77:51-59.、Horton, R. M., H. D. Hunt, S. N. Ho, J. K. Pullen, and L. R. Pease. 1989. Gene 77:61-68)を用いて、pol3遺伝子に変異を導入した断片を増幅した。このDNA断片をベクターpTERM09に結合し、pMpol3プラスミドを作製した。pTERM09は、pSYE2+T(Ito, Y., Y. Kawai, Y. Honme, K. Arakawa, T. Sasaki, and T. Saito. 2009. Appl. Environ. Microbiol. 75:6340-6351.)の複製タンパク質遺伝子repA中に、pG
+host5(特許第3573347号、Biswas, I., A. Gruss, S. D. Ehrlich, and E. Maguin. 1993. J. Bacteriol. 175:3628-3635.)repAと同じ温度感受性変異が導入されたプラスミドベクターであり、pG
+host5と同様に温度感受性の複製様式を取る。pMpol3プラスミドおよび以後の実施例における組換えプラスミドの作製には、宿主菌株としてLactococcus lactis subsp. lactis IL1403株(Chopin, A., M. C. Chopin, A. Moillo-Batt, and P. Langella. 1984. Plasmid 11:260-263.)を用い、IL1403株のDNA形質転換はHoloらの方法(Holo, H., and I. F. Nes. 1989. Appl. Environ. Microbiol. 55:3119-3123.)に準じて行い、プラスミドを含む形質転換株は1%(w/v)グルコースと25μg/mlエリスロマイシンを含むM17寒天培地(ディフコ社)を用いて選択した。培養は32℃にて行った。
【0047】
(表1)
プライマー1 ATGAAGATGAAAGATGAAAC (配列番号:3)
プライマー2 AAGACCTGTTGTGGCAACGGCAAAAATCACATA (配列番号:4)
プライマー3 TATGTGATTTTTGCCGTTGCCACAACAGGTCTT (配列番号:5)
プライマー4 CCGTAATAAAAAGAGTGAGC (配列番号:6)
【0048】
pMpol3プラスミドをOLL 2716株へ形質転換した(
図1A)。OLL 2716株へのDNA形質転換は非特許文献4に準じて行った。プラスミドを含む形質転換株の選択は、25μg/mlエリスロマイシンを含むMRS培地(ディフコ社)寒天(1.5% w/v)プレートをアネロパック・ケンキ(三菱ガス化学)を用いた嫌気培養することにより行った。pMpol3プラスミドは約35℃以下でのみ複製が可能であるため、pMpol3プラスミドによる形質転換株は32℃にて選択した。次いで形質転換株をpMpol3プラスミドが複製不可能な39℃で培養し、ゲノム上のpol3遺伝子とpMpol3プラスミド上の同遺伝子との間での相同組換えを誘起した。これにより、pMpol3プラスミドはゲノムDNAに組み込まれた(
図1B)。次いで、エリスロマイシンを含まない培地で32℃にて培養することにより、ゲノムDNAに組み込まれていたpMpol3プラスミドが再度の相同組換えにより脱落し(
図1C)、pMpol3プラスミド上の変異pol3遺伝子の変異部位がゲノムDNA上のpol3遺伝子に移行し、すなわちゲノムDNA中に変異pol3遺伝子を持つ株を取得した(
図1C)。この株を2716M株と命名した。
【0049】
変異率の指標として抗生物質リファンピンへの耐性変異コロニーの出現率を調べたところ、2716M株では3.9×10
-5±1.2×10
-5(4クローンの平均±標準偏差)、野生株OLL 2716では1.2×10
-7±6.3×10
-8(4クローンの平均±標準偏差)となり、2716M株の方が約300倍高かった。この結果から、2716M株ではpol3遺伝子に導入した変異によって校正機能が低下して変異率が高まっていると考えられた。2716M株をミューテーター株として以後の変異株選別に用いた。
〔実施例2〕
【0050】
2716M株からの、酸素充満下低温保存で生残性が高い変異株のスクリーニングは以下のように行った。2716M株をMRS培地中37℃にて終夜培養した菌液0.1 mlを1.5 ml容の微量遠心機用チューブに入れた。蓋を開けた状態でアネロパック用の酸素不透過性バッグ中に入れ、酸素を吹き込んだ後バッグを密閉し、チューブの蓋を閉じて4℃にて保存した。菌の生残は、菌液を経日的にサンプリングし、適宜希釈後10 ml BCP加プレート寒天培地(栄研)に混釈し、アネロパックによる嫌気条件下37℃48時間培養後に生じたコロニーを計数することによって判定した。生残率が約10
-5となった時点での生残コロニー20ヶ所を選択し、MRS培地で培養後、再度同じ条件で生残性を確認した結果、うちOR1-9株、OR2-5株と命名した2株の生残性が、野生株OLL 2716よりも著しく高かった(
図2)。また、MRS培地で培養した各菌をガンマ線滅菌した通常ヨーグルト中で同様に保存後生残性を確認した結果、やはりOR1-9株、OR2-5株の生残性が野生株OLL 2716よりも著しく高かった(
図3)。
〔実施例3〕
【0051】
次いで、本変異がどの遺伝子への変異によるものかを調べた。OLL 2716株の全ゲノムDNA塩基配列は発明者らにより決定済である。変異株OR1-9、OR2-5株のゲノムDNA配列をイルミナ社Genetic Analyzer-IIを用いて解析し、OLL 2716株のゲノム配列と比較することによって変異位置を特定した。OR1-9株とOR2-5株は同等の高い生残性を持っていたため、両株で共通の変異に着目した。両株で共通の変異点および変異遺伝子は複数ヶ所認められたが、その中の1遺伝子の変異は、両株で異なる位置にフレームシフトが入ったことによる失活であったため、特に着目した。本遺伝子は、既知の遺伝子アミノ酸配列との相同性結果から、リボフラビン・トランスポーター遺伝子であると考えられた。OR1-9株では、配列番号:1に示したOLL 2716株リボフラビン・トランスポーター遺伝子DNA塩基配列中184番目の塩基位置に1塩基(G)の挿入、OR2-5株では同配列の176番目の塩基(G)の1塩基欠失があり、いずれもそのすぐ直下に終止コドンが生じて遺伝子が短く終端していた(
図4)。
〔実施例4〕
【0052】
リボフラビン・トランスポーター遺伝子のフレームシフト変異が実際に生残性に関与していることを確認するために、OR2-5株の変異リボフラビン・トランスポーター遺伝子をOLL 2716株に導入した(概略を
図5に示す)。表2に示したプライマー5、6を用いて、OR2-5株のゲノムDNAから上記フレームシフト変異を含むリボフラビン・トランスポーター遺伝子をPCR増幅し、ベクターpTERM09に結合してpOR-RT1プラスミドを作製した。pOR-RT1プラスミドのOLL 2716株への形質転換および二重交叉による遺伝子交換は、上記pMpol3プラスミドを用いたpol3への変異導入の場合と同様に行った(
図5)。得られた遺伝子交換株は、リボフラビン・トランスポーター遺伝子中にOR2-5株と同じフレームシフト変異を持つ。この株をOR_1141株と命名した。OR_1141株のMRS培地中での生残性はOR2-5株とほぼ同等であった(
図6)。この結果から、リボフラビン・トランスポーター遺伝子のフレームシフト変異によって酸素充満下低温保存時の生残性が高まることが確認された。
【0053】
(表2)
プライマー5 TAATTCAATTGCATCCGCTGCT (配列番号:7)
プライマー6 GGGCTGGGTTGATTATAGTTGC (配列番号:8)
【0054】
〔実施例5〕
次いで、OLL 2716株からリボフラビン・トランスポーター遺伝子全域を欠失させた遺伝子破壊株を作製した(概略を
図7に示す)。表3に示したプライマー7、8、9、10を用いたsplice-overlap extension PCR法により、OLL 2716株染色体DNAからリボフラビン・トランスポーター遺伝子コーディング領域全体を欠失したDNA断片を増幅した。このDNA断片をベクターpTERM09に結合し、pDeltaRT1プラスミドを作製した。pDeltaRT1プラスミドをOLL 2716株に形質転換し、二重交叉による遺伝子交換を上記同様に行った(
図7)。最終ステップの継代培養は15μg/mlリボフラビンを含むMRS培地にて行った。得られたリボフラビン・トランスポーター遺伝子欠失株をd1141株と命名した。d1141株のMRS培地中での生残性もOR2-5株とほぼ同等であった(
図8)。
【0055】
(表3)
プライマー7 GGGCTGGGTTGATTATAGTTGC (配列番号:9)
プライマー8 CTTTTAGAAAATATTGATGATTCCTCCATA (配列番号:10)
プライマー9 TATGGAGGAATCATCAATATTTTCTAAAAG (配列番号:11)
プライマー10 TGCCGACTTCAACTCCCTGC (配列番号:12)
【0056】
〔実施例6〕
他の乳酸菌種でも同様の効果が認められるかを確認するため、Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricusについて検討した。Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus T-11株染色体DNA上のリボフラビン・トランスポーター遺伝子の塩基配列を配列番号:2に示した。リボフラビン・トランスポーター遺伝子を欠失させるため、表4に示したプライマー11、12、13、14を用いたsplice-overlap extension PCR法により、T-11株染色体DNAからリボフラビン・トランスポーター遺伝子コーディング領域全体を欠失したDNA断片を増幅した。このDNA断片をベクターpSG
+E2に結合し、pDeltaLBRT1プラスミドを作製した。pSG
+E2は、pSYE2(非特許文献5)の複製タンパク質遺伝子repA中に、上記pTERM09と同じ温度感受性変異が導入されたプラスミドベクターである。Serrorらの方法(Serror, P., T. Sasaki, S. D. Ehrlich, and E. Maguin. 2002. Appl. Environ. Microbiol. 68:46-52.)により、pDeltaLBRT1プラスミドをT-11株に形質転換した。プラスミドを含む形質転換株の選択は25μg/mlエリスロマイシンを含むMRS寒天培地プレートを用い、32℃、アネロパックによる嫌気条件下での培養にて行った。二重交叉による遺伝子交換は、上記OLL 2716株からのd1141株の作製(
図7)と同様に行った。こうして得られたリボフラビン・トランスポーター遺伝子欠失株をT-11_d0726株と命名した。T-11_d0726株はT-11株に比較して、MRS培地中での酸素充満下での生残性が向上した(
図9)。また、T-11_d0726株とT-11株をスキムミルク培地(10% (w/v)スキムミルク、0.1% (w/v)酵母エキス)で37℃終夜培養し、凝固した培地をそのまま酸素充満下で保存したところ、やはりT-11_d0726株はT-11株に比較して、生残性が向上していた(
図10)。以上の結果から、Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricusにおいても、リボフラビン・トランスポーター遺伝子を欠失(失活)させることによって酸素充満下低温保存時の生残性を向上できることが示された。
【0057】
(表4)
プライマー11 TTGGCCGCTTGGACTACGAC (配列番号:13)
プライマー12 ATTTGTCTTTTCGCAATTAGCATACCTCCA (配列番号:14)
プライマー13 TGGAGGTATGCTAATTGCGAAAAGACAAAT (配列番号:15)
プライマー14 TGTCGATATAAACGAACGAC (配列番号:16)
【0058】
先に述べたOLL 2716株からの酸素充満下低温保存で生残性が高い変異株の取得実施例では、pol3遺伝子に校正機能低下変異を導入して変異率を高めたミューテーター株(2716M株)を用いたが、それに限定されるものではなく、変異誘発処理として通常用いられるアルキル化剤などの変異剤、あるいは紫外線やX線照射などの方法を用いても構わない。
【0059】
以上の結果から、Lactobacillus gasseriおよびLactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricusにおいて、リボフラビン・トランスポーターの変異により酸素充満下低温保存時の生残性が向上することが確認された。現在までにゲノム情報が公開されているLactobacillus属乳酸菌13種18株について調べたところ、全てにリボフラビン・トランスポーターと考えられる遺伝子が存在している。このため本技術は実施例に示した2種のLactobacillusに限定されるものではなく、広くLactobacillus属乳酸菌種に応用できる可能性が高い。