特許第5682570号(P5682570)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5682570炭素繊維前駆体繊維束、炭素繊維束、及びそれらの利用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5682570
(24)【登録日】2015年1月23日
(45)【発行日】2015年3月11日
(54)【発明の名称】炭素繊維前駆体繊維束、炭素繊維束、及びそれらの利用
(51)【国際特許分類】
   D01F 6/18 20060101AFI20150219BHJP
   D01F 9/22 20060101ALI20150219BHJP
【FI】
   D01F6/18 E
   D01F9/22
【請求項の数】24
【全頁数】54
(21)【出願番号】特願2011-545122(P2011-545122)
(86)(22)【出願日】2011年10月13日
(86)【国際出願番号】JP2011073578
(87)【国際公開番号】WO2012050171
(87)【国際公開日】20120419
【審査請求日】2012年10月23日
(31)【優先権主張番号】特願2010-230492(P2010-230492)
(32)【優先日】2010年10月13日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2011-164596(P2011-164596)
(32)【優先日】2011年7月27日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2011-164597(P2011-164597)
(32)【優先日】2011年7月27日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2011-184328(P2011-184328)
(32)【優先日】2011年8月26日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2011-186859(P2011-186859)
(32)【優先日】2011年8月30日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱レイヨン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123788
【弁理士】
【氏名又は名称】宮崎 昭夫
(74)【代理人】
【識別番号】100127454
【弁理士】
【氏名又は名称】緒方 雅昭
(72)【発明者】
【氏名】新免 祐介
(72)【発明者】
【氏名】廣田 憲史
(72)【発明者】
【氏名】中嶋 篤志
(72)【発明者】
【氏名】青山 直樹
(72)【発明者】
【氏名】松山 直正
(72)【発明者】
【氏名】二井 健
(72)【発明者】
【氏名】小亀 朗由
(72)【発明者】
【氏名】藤井 泰行
(72)【発明者】
【氏名】入江 嘉子
(72)【発明者】
【氏名】松田 治美
(72)【発明者】
【氏名】桐山 孝之
(72)【発明者】
【氏名】三浦 鉄平
(72)【発明者】
【氏名】寺西 拓也
(72)【発明者】
【氏名】森 尚平
(72)【発明者】
【氏名】金子 学
(72)【発明者】
【氏名】沼田 喜春
(72)【発明者】
【氏名】市野 正洋
(72)【発明者】
【氏名】武田 重一
(72)【発明者】
【氏名】小林 貴幸
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 稔之
(72)【発明者】
【氏名】畑 昌宏
(72)【発明者】
【氏名】中尾 洋之
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 賢一
【審査官】 斎藤 克也
(56)【参考文献】
【文献】 特公昭61−011323(JP,B2)
【文献】 特許第2535448(JP,B2)
【文献】 特開2002−061035(JP,A)
【文献】 特開2002−266173(JP,A)
【文献】 特開2005−226193(JP,A)
【文献】 特開2011−046942(JP,A)
【文献】 特許第2892127(JP,B2)
【文献】 特公平03−070011(JP,B2)
【文献】 特公平03−070012(JP,B2)
【文献】 特公平01−033572(JP,B2)
【文献】 特開平06−146120(JP,A)
【文献】 特公昭53−022575(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F 6/18
D01F 9/08 − 9/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリロニトリル単位95〜99モル%と(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキル単位1〜5モル%のポリアクリロニトリル系共重合体からなり、単繊維繊度が1.5dtex以上5.0dtex以下であり、単繊維の繊維軸に垂直な断面の形状が真円度0.7以上0.9以下である炭素繊維前駆体アクリル繊維束:
但し、真円度は下記式(1)にて求められる値であって、S及びLは、それぞれ、単繊維の繊維軸に垂直な断面をSEM観察し画像解析することにより得られる、単繊維の断面積及び周長である。
真円度=4πS/L2・・・(1)
【請求項2】
前記単繊維繊度が1.5dtex以上3.0dtex以下である請求項1に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維束。
【請求項3】
前記ポリアクリロニトリル系共重合体の湿熱下融点が160〜175℃である請求項1または2に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維束。
【請求項4】
請求項1または2に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維束を、酸化性雰囲気下、220℃以上300℃以下の温度で30分以上90分以下の時間で耐炎化処理して、繊維密度が1.35g/cm3以上1.43g/cm3以下の耐炎化繊維束を得る耐炎化処理方法。
【請求項5】
請求項1または2に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維束を、酸化性雰囲気下、220℃以上300℃以下の温度で30分以上90分以下の時間で耐炎化処理して、繊維密度が1.35g/cm3以上1.43g/cm3以下の耐炎化繊維束とし、さらに不活性ガス中、800℃以上2000℃以下の温度で炭素化処理する、単繊維の繊維軸に垂直な断面の直径Diが8μm以上で、単繊維の繊維軸に垂直な断面の形状が真円度0.70以上0.90以下である炭素繊維束の製造方法:
但し、直径Diは以下の方法によって求められる。
1)サンプルの作製:
長さ5cmに切断した炭素繊維束をエポキシ樹脂(エポマウント主剤:エポマウント硬化剤=100:9(質量比))に包埋し、2cmに切断して横断面を露出させ、鏡面処理する。
2)観察面のエッチング処理:
更に、繊維の外形を明瞭にするために、サンプルの横断面を次の方法でエッチング処理する。
・使用装置:日本電子(株)JP−170 プラズマエッチング装置、
・処理条件:(雰囲気ガス:Ar/O2=75/25、プラズマ出力:50W、真空度:約120Pa、処理時間:5min)。
3)SEM観察:
前記1)及び2)により得られたサンプルの横断面を、SEM(PHILIPS FEI−XL20)を用いて観察し、画面上に5個以上の繊維断面が写っている写真を任意に5枚撮影する。
4)炭素繊維束の単繊維断面の直径測定:
各サンプルについて5枚のSEM写真から任意に20個、ただし、1枚の写真から3個以上の単繊維断面を選んで、画像解析ソフトウェア(日本ローパー(株)製、製品名:Image−Pro PLUS)を用いて繊維断面の外形をトレースし、断面の長径(最大フェレ径)dを計測する。選んだ単繊維断面全ての長径の平均値を、炭素繊維束の単繊維の直径Diとする。
【請求項6】
平均単繊維繊度が1.0〜2.4dtexであり、単繊維の繊維軸に垂直な断面の形状が真円度0.7以上0.9以下である炭素繊維束。
【請求項7】
前記単繊維の繊維軸に垂直な断面の直径Diが8〜20μmである請求項に記載の炭素繊維束。
【請求項8】
前記単繊維の表面に単繊維の長手方向に延びる溝状の凹凸を複数有し、該単繊維の円周長さ2μmの範囲で最高部と最低部の高低差が80nm以下である請求項に記載の炭素繊維束。
【請求項9】
ストランド引張強度が4000MPa以上である請求項6〜8のいずれかの一項に記載の炭素繊維束。
【請求項10】
ストランド引張弾性率が200GPa以上である請求項6〜8のいずれかの一項に記載の炭素繊維束。
【請求項11】
総繊度が30000〜90000dtexである請求項6〜8のいずれかの一項に記載の炭素繊維束。
【請求項12】
単繊維繊度が1.2〜2.4dtexであり、単繊維の繊維軸に垂直な断面の真円度0.7以上0.9以下である炭素繊維束とマトリックス樹脂とからなる炭素繊維プリプレグ。
【請求項13】
前記炭素繊維束がPAN系炭素繊維束である請求項12に記載の炭素繊維プリプレグ。
【請求項14】
前記炭素繊維束の単繊維の繊維軸に垂直な直径Diが8〜20μmである請求項12または13に記載の炭素繊維プリプレグ。
【請求項15】
前記マトリックス樹脂のフロー指数が5000Pa-1以上である請求項12〜14のいずれかの一項に記載の炭素繊維プリプレグ。
【請求項16】
前記マトリックス樹脂がエポキシ樹脂である請求項12〜15のいずれかの一項に記載の炭素繊維プリプレグ。
【請求項17】
前記エポキシ樹脂がオキサゾリドン環構造を持つエポキシ樹脂を含んでなる請求項16に記載の炭素繊維プリプレグ。
【請求項18】
前記エポキシ樹脂が熱可塑性樹脂を含んでなる請求項16または17に記載の炭素繊維プリプレグ。
【請求項19】
前記エポキシ樹脂が硬化剤としてジシアンジアミドを含んでなる請求項16〜18のいずれかの一項に記載の炭素繊維プリプレグ。
【請求項20】
前記エポキシ樹脂が硬化助剤としてウレア化合物を含んでなる請求項16〜19のいずれかの一項に記載の炭素繊維プリプレグ。
【請求項21】
請求項6〜8のいずれかの一項に記載の炭素繊維束が縦方向に配列された一方向性繊維強化織物。
【請求項22】
前記一方向性繊維強化織物が横方向に補助糸を有し、該補助糸が縦方向の前記炭素繊維束と交錯している一方向性織物である請求項21に記載の繊維強化織物。
【請求項23】
前記補助糸が低融点ポリマーを含んでおり、そのポリマーを介して前記炭素繊維束と前記補助糸とがその交点において、互いに接着してなる請求項22に記載の繊維強化織物。
【請求項24】
前記炭素繊維束を構成するフィラメント数が15000〜100000本であるか、あるいは前記炭素繊維束の総繊度が9900〜65000dtexである、請求項21〜23のいずれかの一項に記載の繊維強化織物を、繊維基材として少なくとも1層以上成形型に積層し、その上に、樹脂を面方向に拡散する為の媒体を置いた後、該繊維基材及び該媒体の全体をバッグフィルムで覆い、次いで該バッグフィルムの内部を真空状態にし、前記繊維基材の片面上に常温硬化型樹脂を拡散させ、前記繊維基材に含浸させる繊維強化プラスチックの成形方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維前駆体繊維束、耐炎化処理方法、炭素繊維束及び炭素繊維束の製造方法に関する。また本発明は、炭素繊維プリプレグ、特に、大型成形物に適した取扱い性と強度発現性を有する炭素繊維プリプレグに関する。更に本発明は、繊維強化織物及び繊維強化プラスチック成形方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維の製造コストの低減を目的として、炭素繊維束の総繊度を大きくして生産性を改善しようとすると、実用面や、生産技術の面で問題が多く、十分なコスト削減ができていなかった。
【0003】
これらの問題を解決するため、特許文献1は、真円度が高く、更に単繊維繊度が大きな炭素繊維前駆体繊維束を用いて、耐炎化処理の際の焼け斑を抑制し、総繊度が大きいにも拘わらず単繊維間の交絡が少なく、広がり性に優れ、更に生産性にも優れた炭素繊維束を得る技術を提案している。
【0004】
また、特許文献2は、耐炎化工程を必要としないポリマーを提案している。更に、特許文献3、4及び9は、共重合体の共重合性成分として嵩高い側鎖を有するモノマーを使用することにより、炭素繊維前駆体繊維の酸素透過性を向上させて耐炎化繊維内の酸素濃度分布を均一に制御し、得られる炭素繊維の引張強度および引張弾性率を向上させる技術を提案している。
【0005】
更に、特許文献5は、PAN系の炭素繊維前駆体繊維について、メッシュ状のローラー上で繊維束内に加熱空気を貫通させながら耐炎化を進行することで、繊維束内部への蓄熱を抑制する技術を提案している。
【0006】
特許文献6は、熱流速型示差走査熱量計にて炭素繊維前駆体繊維束の等温発熱曲線を測定することで、カルボン酸基含有ビニルモノマーの含有量を適正化し、高速焼成を行っても耐炎化処理後の断面二重構造を抑制し、炭素繊維束の生産性と弾性率を両立することが出来る技術を提案している。特許文献7は、アクリルアミドを共重合することで、親水性の高いポリアクリロニトリル共重合体を得て、高性能な炭素繊維束を製造する技術を提案している。
【0007】
また、炭素繊維の製造コストの低減には、各工程における繊維の安定化も非常に重要な技術である。例えば、紡糸工程における紡糸原液のゲル化は、工程トラブルに直接繋がることがあり、紡糸原液の熱安定性向上が求められている。特許文献8は、ポリマーの耐炎化反応の促進成分であるメタクリル酸をエステル化することで、紡糸原液を80℃程度の高温で保持した際の熱安定性を飛躍的に向上させている。
【0008】
また繊維強化複合材料の成形法の1つとして、強化用繊維に主として熱硬化性樹脂によるマトリックス樹脂を含浸してなるプリプレグを用いる手法があり、このような複合材料はスポーツレジャー関連用途から航空機用途に至るまでの広範囲の用途に供されている。プリプレグからなる中間基材を用いた繊維強化複合材料の成形は、プリプレグを積層した後、これを加熱あるいは加熱、加圧して、マトリックス樹脂である熱硬化性樹脂を硬化させることによって行われている。
【0009】
プリプレグを用いる手法は、繊維の強度利用率の点で、VARTM法などと比較して優れている。大型成形物を成形する際は、一般にマトリックス樹脂が高フローであることが望まれる。マトリックス樹脂が低フローであるとボイド発生の原因となる。しかし、マトリックス樹脂が高フローであると、繊維の微小蛇行(micro ondulation)が生じ、大型成形物での機械物性が低下する。大型成形物での機械物性は厚み依存性が大きく、成形物の厚みが増すと圧縮強度が低下する。特許文献10及び11は、マトリックス樹脂を低フローにすることで諸物性の低下を防ぐことを提案している。
【0010】
繊維強化織物を繊維基材として使用する場合、オートクレーブ成形では、繊維強化織物にフィルムに樹脂が塗布された樹脂フィルムを貼り付けてプリプレグにしたものを必要枚数積層して加熱、加圧する。その場合、樹脂は織物全体に十分含浸され、良好な成形体が得られる。また、繊維強化織物の構造や繊維断面形状にかかわらず樹脂含浸性は非常に良好である。しかし、RTM成形や真空バグ成形では、樹脂を繊維基材に注入する方法であることから、樹脂としては流動性の良いいわゆる、樹脂粘度の低い樹脂が一般的に用いられる。そのためにこれまでオートクレーブ成形と比較すると、目付の大きい繊維基材の成形のコストは優位とされてきたが、樹脂の含浸性については、樹脂の粘度、繊維織物の目付、繊維間空隙、単繊維径などに大きな影響を受けるという問題があった。
【0011】
特許文献12は、集束性、樹脂含浸性および得られるクロスのクロス品位を同時に満足し、かつ強度が高い炭素繊維束として、複数の炭素繊維の単繊維からなる炭素繊維束において、単繊維の繊維断面の長径と短径との比(長径/短径)が、1.05〜1.6である炭素繊維束を提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2008−202207公報
【特許文献2】特開平1−132832号公報
【特許文献3】特開平2−84505号公報
【特許文献4】特開2006−257580号公報
【特許文献5】特開平2―6625号公報
【特許文献6】特開2000−119341号公報
【特許文献7】特開平4−281008号公報
【特許文献8】特開2007−204880号公報
【特許文献9】特開平2−84505号公報
【特許文献10】特開平1−161040号公報
【特許文献11】特開平2−169658号公報
【特許文献12】特開2002−242027号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら上記の各特許文献に記載の発明は以下の欠点を有するものであった。特許文献1の技術では、耐炎化工程そのものは短縮されるものの、ポリマーを耐炎化処理するという工程が必要であるため、炭素繊維の製造工程全体は短縮されなかった。特許文献2の炭素繊維の強度はPANやピッチを原料とするものに比較して著しく低く、市場の要求に応えられるものではなかった。
【0014】
特許文献3、4及び10の技術では、酸素の繊維内部への透過性は改善されるものの、耐炎化工程の短縮による低コスト化には至らなかった。また、共重合性成分が嵩高いアルキル基を有するメタクリル酸エステル系のモノマーでは、前駆体繊維束が炭素繊維の性能発現を確保するのに十分な緻密性あるいは均質性を保持できないという問題があった。
【0015】
特許文献5の技術では、炭素繊維前駆体繊維束が太くなると加熱空気を貫通させることが難しくなるという問題と、加熱空気の噴出圧力を増加すると繊維束内で交絡が発生し、プリプレグを製造する際の繊維束の広がり性が低下してしまうという問題があった。
特許文献6及び7の技術では、単繊維繊度が1.2dtex程度の小さい炭素繊維前駆体繊維束については、高速焼成を行っても耐炎化繊維の断面二重構造を抑制することは出来る。しかしながら、単繊維繊度が2.5dtex程度の大きい炭素繊維前駆体繊維束については、断面二重構造を抑制することが出来ない場合があった。
【0016】
特許文献8の技術では、紡糸原液の熱安定性は飛躍的に向上するものの、単繊維繊度が大きい炭素繊維前駆体繊維束を生産性が損なわれない処理時間で耐炎化処理すると、断面二重構造が促進される傾向があった。
【0017】
特許文献10及び11の技術では、マトリックス樹脂を低フローにすることにより繊維の微小蛇行の発生とそれによる機械物性の低下を防ぐことが可能であるが、この技術を大型成形物の成形に適用すると、ボイド等の欠陥が生じる点が問題である。
【0018】
特許文献12は、糸本数が3,000本と少ない本数の炭素繊維束で樹脂含浸性の優れた炭素繊維束を提供しているが、炭素繊維束の総繊度が小さいために低コスト化することが極めて難しい。
【0019】
本発明は、単繊維繊度が大きく優れた生産性を有するにも拘わらず、繊維束内の単繊維の交絡が少なく、広がり性に優れた高品質な炭素繊維束、およびその製造に適した炭素繊維前駆体繊維を提供することを目的とする。
【0020】
また本発明は、単繊維繊度が大きくても、高速焼成において耐炎化繊維の断面二重構造が抑制され、高品質な炭素繊維束を、効率良く生産することが出来る炭素繊維前駆体アクリル繊維束、およびその前駆体アクリル繊維束を用いた耐炎化繊維束の製造方法を提供することを目的とする。
【0021】
また本発明は、単繊維繊度が大きくても、経済的な耐炎化熱処理条件で処理して高品質な炭素繊維束を得ることができる炭素繊維前駆体アクリル繊維束、およびその前駆体アクリル繊維束を用いた耐炎化繊維、およびその前駆体アクリル繊維束を用いた炭素繊維束の製造方法を提供することを目的とする。
【0022】
本発明は、マトリックス樹脂の高フローを維持しながら、成形後の成形物の厚みが増しても圧縮強度の低下が少ない炭素繊維プリプレグを提供することを目的とする。
【0023】
本発明は、単繊維の直径が太くてもストランド引張強度が高く、かつ含浸性に優れた炭素繊維束、繊維強化織物及び繊維強化プラスチック成形方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0024】
前記課題は、以下の技術的手段〔1〕〜〔35〕からなる本発明によって解決される。
【0025】
〔1〕アクリロニトリル単位95〜99モル%と(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキル単位1〜5モル%のポリアクリロニトリル系共重合体からなり、単繊維繊度が1.5dtex以上5.0dtex以下、単繊維の繊維軸に垂直な断面の形状が真円度0.9以下である炭素繊維前駆体アクリル繊維束:
但し、真円度は下記式(1)にて求められる値であって、S及びLは、単繊維の繊維軸に垂直な断面をSEM観察し画像解析することにより得られる、単繊維の断面積及び周長である。
真円度=4πS/L・・・(1)
【0026】
〔2〕前記単繊維繊度が1.5dtex以上3.0dtex以下である前記〔1〕に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維束。
【0027】
〔3〕前記単繊維の繊維軸に垂直な断面の形状が真円度0.7以上である前記〔1〕または〔2〕に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維束。
【0028】
〔4〕ポリアクリロニトリル系共重合体の湿熱下融点が160〜175℃である前記〔1〕または〔2〕に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維束。
【0029】
〔5〕熱流束型示差走査熱量計を用いて、30℃、0.10MPaにおいて100ml/分の空気気流中、昇温速度10℃/分で測定した30℃以上450℃以下の等速昇温発熱曲線が以下の条件を満たす炭素繊維前駆体アクリル繊維束:
等速昇温発熱曲線の230℃以上260℃以下の発熱速度を積分して求めた熱量Jaが100kJ/kg以上250kJ/kg以下、及び、260℃以上290℃以下の発熱速度を積分して求めた熱量Jbが550kJ/kg以上1050kJ/kg以下。
【0030】
〔6〕アクリロニトリル単位が95.0モル%以上99.0モル%以下と、(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキル単位が1.0モル%以上5.0モル%以下とからなるポリアクリロニトリル系共重合体からなる前記〔5〕に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維束。
【0031】
〔7〕単繊維繊度が1.5dtex以上5.0dtex以下である前記〔6〕に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維束。
【0032】
〔8〕水接触角が40°以上70°以下である前記〔6〕に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維束。
【0033】
〔9〕前記熱量Jaが160kJ/kg以下である前記〔5〕〜〔8〕のいずれかに記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維束。
【0034】
〔10〕前記ポリアクリロニトリル系共重合体の、以下の方法により得られる酸化深さDeが4.0μm以上6.0μm以下である前記〔6〕〜〔8〕のいずれかに記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維束:
1)前記ポリアクリロニトリル系共重合体をジメチルホルムアミドに、質量濃度で25%となるよう溶解させ、共重合体溶液を調製する。
2)該共重合体溶液をガラス板上に塗布する。
3)該共重合体溶液を塗布したガラス板を、空気中120℃で6時間乾燥し、ジメチルホルムアミドを蒸発させて、20μm以上40μm以下の範囲で厚みが一定のフィルムとする。
4)得られたフィルムを、空気中240℃で60分、さらに空気中250℃で60分熱処理することにより耐炎化処理して、耐炎化フィルムを得る。
5)得られた耐炎化フィルムを樹脂包埋した後に研磨し、その研磨した耐炎化フィルムの表面に対して垂直な断面を、蛍光顕微鏡を用いて倍率1500倍で観察する。
6)該断面において酸化が進んだ部分は相対的に暗い層として、酸化が進んでいない部分は相対的に明るい層として観察されるので、研磨した耐炎化フィルム表面から、暗い層と明るい層との境界までの距離を1つの断面上で少なくとも5点計測し、更に3つの断面について同様の測定を行い、その算術平均を酸化深さDe(μm)とする。
【0035】
〔11〕以下の条件を満たす炭素繊維前駆体アクリル繊維束:
1)単繊維繊度が2.0dtex以上5.0dtex以下、
2)熱流束型示差走査熱量計を用いた測定により得られる215〜300℃の単位質量あたりの発熱量が3200kJ/kg以上(ただし、熱流束型示差走査熱量計を用いた測定における昇温速度は、2℃/min、雰囲気は空気。)、及び
3)固体H−NMRスペクトル(測定温度160℃)の半値幅が、10.0kHz以上14.5kHz以下。
【0036】
〔12〕アクリロニトリル単位が95.0モル%以上99.0モル%以下と、(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキル単位が1.0モル%以上5.0モル%以下とからなるポリアクリロニトリル系共重合体からなる前記〔11〕に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維束。
【0037】
〔13〕熱流束型示差走査熱量計を用いた測定により得られる215〜300℃の発熱量が3300kJ/kg以上である前記〔12〕に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維束。
【0038】
〔14〕固体H−NMRスペクトル(測定温度160℃)の半値幅が、10.0kHz以上13.5kHz以下である前記〔12〕に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維束。
【0039】
〔15〕前記〔1〕、〔2〕、〔5〕〜〔8〕及び〔11〕〜〔14〕のいずれかに記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維束を、酸化性雰囲気下、220℃以上300℃以下の温度で30分以上90分以下の時間で耐炎化処理して、繊維密度が1.35g/cm以上1.43g/cm以下の耐炎化繊維束を得る耐炎化処理方法。
【0040】
〔16〕前記〔1〕、〔2〕、〔5〕〜〔8〕及び〔11〕〜〔14〕のいずれかに記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維束を、酸化性雰囲気下、220℃以上300℃以下の温度で30分以上90分以下の時間で耐炎化処理して、繊維密度が1.35g/cm以上1.43g/cm以下の耐炎化繊維束とし、さらに不活性ガス中、800℃以上2000℃以下の温度で炭素化処理する、単繊維の繊維軸に垂直な断面の直径Diが8μm以上で、単繊維の繊維軸に垂直な断面の形状が真円度0.90以下である炭素繊維束の製造方法:
【0041】
但し、直径Diは以下の方法によって求められる。
1)サンプルの作製;
長さ5cmに切断した炭素繊維束をエポキシ樹脂(エポマウント主剤:エポマウント硬化剤=100:9(質量比))に包埋し、2cmに切断して横断面を露出させ、鏡面処理する。
2)観察面のエッチング処理;
更に、繊維の外形を明瞭にするために、サンプルの横断面を次の方法でエッチング処理する。
・使用装置:日本電子(株)JP−170 プラズマエッチング装置、
・処理条件:(雰囲気ガス:Ar/O=75/25、プラズマ出力:50W、真空度:約120Pa、処理時間:5min)。
3)SEM観察;
前記1)及び2)により得られたサンプルの横断面を、SEM(PHILIPS FEI−XL20)を用いて観察し、画面上に5個以上の繊維断面が写っている写真を任意に5枚撮影する。
4)炭素繊維束の単繊維断面の直径測定;
各サンプルについて5枚のSEM写真から任意に20個、ただし、1枚の写真から3個以上の単繊維断面を選んで、画像解析ソフトウェア(日本ローパー(株)製、製品名:Image−Pro PLUS)を用いて繊維断面の外形をトレースし、断面の長径(最大フェレ径)dを計測する。選んだ単繊維断面全ての長径の平均値を、炭素繊維束の単繊維の直径Diとする。
【0042】
〔17〕前記〔16〕に記載の方法によって製造される炭素繊維束であって、平均単繊維繊度が1.0〜2.4dtex、単繊維の繊維軸に垂直な断面の形状が真円度0.7以上0.9以下である炭素繊維束。
【0043】
〔18〕前記単繊維の繊維軸に垂直な断面の直径Diが8〜20μmである前記〔17〕に記載の炭素繊維束。
【0044】
〔19〕前記単繊維の表面に単繊維の長手方向に延びる溝状の凹凸を複数有し、該単繊維の円周長さ2μmの範囲で最高部と最低部の高低差が80nm以下である前記〔17〕に記載の炭素繊維束。
【0045】
〔20〕ストランド引張強度が4000MPa以上である前記〔17〕〜〔19〕のいずれかに記載の炭素繊維束。
【0046】
〔21〕ストランド引張弾性率が200GPa以上である前記〔17〕〜〔19〕のいずれかに記載の炭素繊維束。
【0047】
〔22〕総繊度が30000〜90000dtexである前記〔17〕〜〔19〕のいずれかに記載の炭素繊維束。
【0048】
〔23〕単繊維繊度が1.2〜2.4dtex、単繊維の繊維軸に垂直な断面の真円度0.7以上0.9以下である炭素繊維束とマトリックス樹脂とからなる炭素繊維プリプレグ。
【0049】
〔24〕前記炭素繊維束がPAN系炭素繊維束である前記〔23〕に記載の炭素繊維プリプレグ。
【0050】
〔25〕前記炭素繊維束の単繊維の繊維軸に垂直な直径Diが8〜20μmである前記〔23〕または〔24〕に記載の炭素繊維束プリプレグ。
【0051】
〔26〕前記マトリックス樹脂のフロー指数が5000Pa−1以上である前記〔23〕〜〔25〕のいずれかに記載の炭素繊維プリプレグ。
【0052】
〔27〕前記マトリックス樹脂がエポキシ樹脂である前記〔23〕〜〔26〕のいずれかに記載の炭素繊維プリプレグ。
【0053】
〔28〕前記エポキシ樹脂がオキサゾリドン環構造を持つエポキシ樹脂を含んでなる前記〔27〕に記載の炭素繊維プリプレグ。
【0054】
〔29〕前記エポキシ樹脂が熱可塑性樹脂を含んでなる前記〔27〕または〔28〕に記載の炭素繊維プリプレグ。
【0055】
〔30〕前記エポキシ樹脂が硬化剤としてジシアンジアミドを含んでなる前記〔27〕〜〔29〕のいずれかに記載の炭素繊維プリプレグ。
【0056】
〔31〕前記エポキシ樹脂が硬化助剤としてウレア化合物を含んでなる前記〔27〕〜〔30〕のいずれかに記載の炭素繊維プリプレグ。
【0057】
〔32〕前記〔17〕〜〔19〕のいずれかに記載の炭素繊維束が縦方向に配列された一方向性繊維強化織物。
【0058】
〔33〕前記一方向性繊維強化織物が横方向に補助糸を有し、該補助糸が縦方向の前記炭素繊維束と交錯している一方向性織物である前記〔32〕に記載の繊維強化織物。
【0059】
〔34〕前記補助糸が低融点ポリマーを含んでおり、そのポリマーを介して前記炭素繊維束と前記補助糸とがその交点において、互いに接着してなる前記〔33〕に記載の繊維強化織物。
【0060】
〔35〕前記炭素繊維束を構成するフィラメント数が15000〜100000本であるか、あるいは前記炭素繊維束の総繊度が9900〜65000dtexである、前記〔32〕〜〔34〕のいずれかに記載の繊維強化織物を、繊維基材として少なくとも1層以上成形型に積層し、その上に、樹脂を面方向に拡散する為の媒体を置いた後、該繊維基材及び該媒体の全体をバッグフィルムで覆い、次いで該バッグフィルムの内部を真空状態にし、前記繊維基材の片面上に常温硬化型樹脂を拡散させ、前記繊維基材に含浸させる繊維強化プラスチックの成形方法。
【0061】
本発明によれば、単繊維繊度が大きく優れた生産性を有するにも拘わらず、繊維束内の単繊維交絡が少なく、広がり性に優れた高品質な炭素繊維束、およびその製造に適した炭素繊維前駆体繊維が提供される。
【0062】
本発明によれば、単繊維繊度が大きくても、高速焼成において耐炎化繊維の断面二重構造の生成が抑制され、高品質な炭素繊維束を効率良く生産することが出来る炭素繊維前駆体アクリル繊維束、およびその前駆体アクリル繊維束を用いた耐炎化繊維束の製造方法が提供される。
【0063】
本発明によれば、単繊維繊度が大きくて適正な物性の炭素繊維束が提供される。
【0064】
本発明によれば、マトリックス樹脂の高フローを維持しながら、成形物の厚みが増すことによる成形物の圧縮強度の低下が少なく、成形物圧縮強度の厚み依存性が少ない成形物が提供される。
【0065】
本発明によれば、含浸性に優れたトウボリュームの大きい炭素繊維束、繊維強化織物及び繊維強化プラスチックを得ることが可能である。このため、炭素繊維の主要用途であるプリプレグ用途、織物用途において加工性が容易となる。また、従来の炭素繊維と比較して単繊維繊度が大きいが、引張強度が高く、強度発現性に優れた炭素繊維複合材料を製造することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0066】
図1】炭素繊維束をメタクリル樹脂で硬化させる工程の概略構成図である。
図2】メタクリル樹脂中に埋め込まれた炭素繊維束(試料)の断面図である。
図3】炭素繊維束への樹脂含浸性の評価方法を示す概略図である。
図4】本発明のCFRPの成形法を示す図である。
図5】樹脂組成物のフロー指数を測定する際の樹脂組成物の硬化条件を示す図である。
図6】炭素繊維のストランド弾性率と単位質量あたりの発熱量の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0067】
〔ポリアクリロニトリル系共重合体〕
本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維束(以下「前駆体繊維束」という場合がある)を構成するポリアクリロニトリル系共重合体(以下「共重合体」という場合がある)中のアクリロニトリル単位の含有量は、95〜99モル%である。95モル%以上であれば、アクリロニトリル単位の共重合率の低下が炭素繊維の性能低下をもたらすことがない。一方、上限の99モル%は共重合成分の必要量から規定されるものである。
【0068】
共重合体中の(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキル単位の含有量は、1〜5モル%である。(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキル単位のカルボン酸エステル基は、240℃以上の高温で熱分解してカルボン酸基になる。共重合体中の(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキル単位の含有量が1モル%以上であれば、耐炎化工程において(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキル単位のカルボン酸エステル基がカルボン酸基となった際に、耐炎化反応を促進する十分な効果が得られる。一方、5モル%以下であれば、耐炎化反応の暴走を抑制できる。さらに、耐炎化工程でのヒドロキシアルキル基の脱離に伴う炭素化収率の低下を抑えることができる。
【0069】
(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキル単位の含有量の下限は、前駆体繊維束の緻密性確保の観点から1.2モル%以上が好ましく、より高性能な炭素繊維が得られるという点で1.5モル%以上がより好ましい。また、(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキル単位の含有量の上限は、耐炎化工程での暴走反応を抑制する点から4.0モル%以下が好ましく、炭素化収率の低下を抑制するという点で3.0モル%以下がより好ましい。
【0070】
(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキル単位の原料となる(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキルとしては、(メタ)アクリル酸2−ヒドロキシエチル、(メタ)アクリル酸2−ヒドロキシプロピル、(メタ)アクリル酸4−ヒドロキシブチル、(メタ)アクリル酸モノグリセリルなどが挙げられる。さらには、これらの単量体を複数併用しても良い。併用する場合、単量体の総量が5.0モル%以下であれば、その割合は自由に設定することが出来る。
【0071】
(メタ)アクリル酸2−ヒドロキシエチルは、耐炎化工程においてヒドロキシエチル基の脱離温度が240℃以上であること、酸素透過性の向上に十分な嵩高さを有していること、ヒドロキシエチル基が脱離したときの質量の減少が少ないこと、工業的に入手しやすいことなどの点から、本発明の共重合体の構成成分として好適である。
【0072】
<他のモノマー>
本発明の共重合体は、アクリロニトリル単位と(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキル単位を含有するが、必要に応じて「他のモノマー単位」を含有してもよい。
他のモノマー単位の原料となる「他のモノマー」としては、アクリロニトリルと共重合可能なビニル系モノマーが好ましい。具体的には、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸プロピル、(メタ)アクリル酸ブチル、(メタ)アクリル酸ヘキシル等の(メタ)アクリル酸エステル類;塩化ビニル、臭化ビニル、塩化ビニリデン等のハロゲン化ビニル類;(メタ)アクリル酸、イタコン酸、クロトン酸等の酸類及びそれらの塩類;マレイン酸イミド、フェニルマレイミド、(メタ)アクリルアミド、スチレン、α−メチルスチレン、酢酸ビニルなどが挙げられる。これらは1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0073】
本発明の共重合体における他のモノマー単位の含有量は、アクリロニトリル単位や(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキル単位の含有量を考慮して、3.5モル%以下が好ましい。
【0074】
<湿熱下融点>
本発明の共重合体の湿熱下融点は160〜175℃であることが好ましい。湿熱下融点が160℃以上であれば、前駆体繊維束における単繊維間の接着を抑制することができ、得られる炭素繊維束の品位、力学物性の低下を抑制することができる。また、湿熱下融点が175℃以下であれば、例えば、紡糸工程中の乾燥緻密化糸をスチーム延伸する際に、より高温すなわちより高圧力のスチームが不要となり、従って高圧力のスチーム下で前駆体繊維束が上下動等することによって発生する毛羽立ちや擦過などを抑えることができるので、得られる炭素繊維束の品位や力学特性の低下を抑制することが出来る。
【0075】
<共重合体の水接触角>
本発明の共重合体の水接触角は、40°以上70°以下であることが好ましい。共重合体の水との接触角が70°以下であれば、共重合体から前駆体繊維束を形成する際の紡糸工程、特に凝固工程において、紡糸原液中の有機溶媒と、凝固浴液の交換が緩やかに行われ、前駆体繊維束の緻密性を高めやすくなる。また共重合体と水との接触角が40°以上であれば、共重合体の親水性が適正に保たれ、紡糸工程、特に凝固工程において、隣接する繊維間の融着が起こることなく効率良く凝固を行うことが出来る。これらの観点から、共重合体と水との接触角は55°以上65°以下が好ましく、58°以上62°以下がより好ましい。
【0076】
<共重合体の耐炎化処理時の酸化深さDe>
本発明の共重合体から得られるフィルムの耐炎化処理時の酸化深さDeは、焼成工程、特に耐炎化工程において、本発明の共重合体より得られる前駆体繊維束の耐炎化反応性の指標となる。すなわち、酸化深さDeが大きいほど、耐炎化工程において、前駆体繊維束の単繊維内部への酸素拡散が十分に行われ、均一な耐炎化処理が可能となることを示すものである。したがって、酸化深さDeは、耐炎化反応における酸化反応の観点から、4.0μm以上6.0μm以下であることが望ましい。
【0077】
酸化深さDeが4.0μm以上であれば、2.0dtex以上5.0dtexの単繊維繊度の大きい炭素繊維前駆体アクリル繊維束においても、耐炎化工程において酸素を繊維内部まで容易に行き渡らせることが出来、高い酸素拡散性が得られ、高性能な炭素繊維を得られやすくなる。一方、6.0μm以下であれば、耐炎化工程における酸化反応の進行度を容易に適切な範囲内にすることができ、得られる炭素繊維の収率が低下しにくくなる。これらの観点から、酸化深さDeは、より好ましくは4.4〜5.8μm、さらに好ましくは4.6〜5.6μmである。尚、酸化深さDeの測定方法は後述する。
【0078】
〔共重合体の製造方法〕
共重合体の製造方法は、特に限定されず、溶液重合、懸濁重合など公知の方法を採用することができる。また、重合開始剤は、特に限定されず、アゾ系化合物、有機過酸化物、また、過硫酸/亜硫酸や塩素酸/亜硫酸のアンモニウム塩などのレドックス触媒を用いることができる。
【0079】
懸濁重合法として、例えば、オーバーフロー式の重合容器内に各モノマー、蒸留水、過硫酸アンモニウム、亜硫酸水素アンモニウム及び硫酸を連続的に一定量供給し、一定の温度に維持しながら攪拌を続け、オーバーフローしてきた重合体スラリーを洗浄、乾燥して共重合体を得る方法を用いることができる。
【0080】
〔前駆体繊維束〕
本発明の前駆体繊維束は、単繊維繊度が1.5dtex以上5.0dtex以下であって単繊維の繊維軸に垂直な断面の形状が真円度0.90以下である。以下これらの前駆体繊維束を適宜『第一群の発明』という場合がある。
【0081】
<単繊維繊度>
前駆体繊維束の単繊維繊度が1.5dtex以上であれば、前駆体繊維束内部における単繊維同士の接触部分があまり多くなることがなく、単繊維同士がからみ合い難く、炭素繊維束になった際に炭素繊維束の広がり性を保持できる。一方、前駆体繊維束の単繊維繊度が5.0dtex以下であれば、耐炎化工程において断面二重構造が顕著とならず、均一な品質の炭素繊維束を安定に生産できる。単繊維繊度は2.0dtex以上が好ましく、2.5dtex以上がさらに好ましい。また単繊維繊度は4.5dtex以下が好ましく、3.0dtex以下がさらに好ましい。
【0082】
<断面形状>
本発明の前駆体繊維束の単繊維の断面形状は、真円度が0.90以下である。また断面形状は空豆型であることが好ましい。断面形状が真円度0.90以下の空豆型であれば、耐炎化処理時に前駆体繊維束を構成する単繊維内部への酸素拡散が不足することなく、耐炎化反応が十分に進行する。その結果、炭素化工程での毛羽が抑えられ、工程通過性が良好で、得られる炭素繊維束の強度や弾性率を適正に維持できる。
【0083】
しかし、断面形状が異形化し過ぎると、得られる炭素繊維束からプリプレグを製造する際の繊維含有率を高くすることが出来ず、複合材料の力学特性が低下する。そのため、炭素繊維束を構成する単繊維の真円度は、0.70以上が好ましく、0.75以上がより好ましく、0.80以上が更に好ましい。
【0084】
前記構造を有する、本発明の前駆体繊維束の単繊維の断面形状は、繊維の内部から表面までの距離が短くなるために単繊維繊度をある程度大きくしても均一に耐炎化処理することが可能で高性能の炭素繊維束が得られやすい。
【0085】
本発明において真円度は下記式(1)にて求められる値であって、S及びLは、単繊維の繊維軸に垂直な断面をSEM観察し画像解析することにより得られる、単繊維の断面積及び周長である。
真円度=4πS/L・・・(1)
【0086】
<等速昇温発熱曲線の熱量Ja、Jb>
また本発明の前駆体繊維束は、熱流束型示差走査熱量計を用いて100ml/分(基準:30℃、0.10MPa)の空気気流中、昇温速度10℃/分で測定したときの30℃以上450℃以下の等速昇温発熱曲線が以下の条件を満たすものである。以下これらの前駆体繊維束を『第二群の発明』という場合がある。
【0087】
[条件]:
(1)等速昇温発熱曲線の230℃以上260℃以下の発熱速度を積分して求めた熱量Jaが100kJ/kg以上250kJ/kg以下、かつ、
(2)等速昇温発熱曲線の260℃以上290℃以下の発熱速度を積分して求めた熱量Jbが550kJ/kg以上1050kJ/kg以下。
上述の等速昇温発熱曲線は、前駆体繊維束中で耐炎化反応が進行する時に発生する熱量を示している。
【0088】
なお、炭素繊維束を製造する際、前駆体繊維束から耐炎化繊維束を得る耐炎化工程では、その初期の処理温度は、耐炎化反応が開始される温度以上の温度、かつ、前駆体繊維束が溶融しない温度以下の温度、の範囲内に設定される。一方、耐炎化反応がある程度進行すれば、耐炎化処理を効率良く行うために、より高い処理温度に設定することができる。一般的には、220℃から300℃の温度域で前駆体繊維束を耐炎化処理するため、本発明者等は、260℃を中心としてこの温度領域を耐炎化工程前半と耐炎化工程後半の2つの温度領域に分けて、230℃以上260℃以下の発熱量を熱量Jaとし、260℃以上290℃以下の発熱量を熱量Jbとし、それぞれの温度領域の発熱量と最終的に得られる炭素繊維束の品質及び性能を比較した。
【0089】
その結果、熱量Ja及び熱量Jbが上記の範囲にある場合に、耐炎化反応と酸素拡散がバランス良く行われ、高速耐炎化処理において耐炎化繊維の断面二重構造が抑制され、高品質かつ性能発現性が良好な炭素繊維束が効率良く得られ、単繊維繊度の大きい前駆体繊維束を均一に耐炎化処理出来ることがわかった。なおこの際、耐炎化処理時の温度設定は、220〜300℃の範囲で、用いる前駆体繊維束を耐炎化処理するために最適な温度設定とした。
【0090】
即ち、熱量Jaが100kJ/kg以上であれば、耐炎化工程前半において適度に耐炎化反応が進行し、前駆体繊維束を熱によって溶融させることなく工程を通過させやすくなる。また、250kJ/kg以下であれば、耐炎化工程前半において、耐炎化反応が一気に進行することなく、単繊維繊度の大きい前駆体繊維束においても均一に耐炎化処理しやすくなる。熱量Jaは、耐炎化処理時間の短縮による生産性向上の観点から120kJ/kg以上がより好ましく、一方、単繊維繊度の大きい前駆体繊維束をより均一に耐炎化処理する観点から200kJ/kg以下がより好ましく、160kJ/kg以下が特に好ましい。
【0091】
一方、熱量Jbが550kJ/kg以上であれば、耐炎化工程において生産性を損なうことなく目標とする耐炎化繊維の密度まで前駆体繊維束を耐炎化処理しやすくなる。また、1050kJ/kg以下であれば、耐炎化工程において、耐炎化反応が緩やかに進行するため、単繊維繊度の大きい前駆体繊維束を均一に耐炎化処理しやすくなり、断面二重構造の形成を抑制しやすくなる。熱量Jbは、耐炎化処理時間の短縮による生産性向上の観点から600kJ/kg以上が好ましく、更なる生産性向上の観点から700kJ/kg以上がより好ましい。また、単繊維繊度の大きい前駆体繊維束をより均一に耐炎化処理する観点から950kJ/kg以下が好ましい。
【0092】
以上のことから熱量Jaを耐炎化工程前半における耐炎化反応性の指標とすることができ、熱量Jbを耐炎化工程後半における耐炎化反応性の指標とすることができることがわかった。なお、熱量Ja及び熱量Jbは、あくまで前駆体繊維束の耐炎化反応性の指標とすることができるものであって、実際の耐炎化工程に適用する処理温度領域は、熱量Jaや熱量Jbの温度領域(即ち、230〜260℃や260〜290℃)を含んでいても良いし、含んでいなくても良く、用いる前駆体繊維束に応じて、220〜300℃の範囲で適宜調節することができる。
【0093】
<発熱量とH−NMRスペクトルの半値幅>
本発明の前駆体繊維束は、熱流束型示差走査熱量計(以下、「DSC」と記載することがある)を用いて測定される215〜300℃の単位質量あたりの発熱量が3200〜3800kJ/kgであり、かつ、固体H−NMRにおいて160℃で観測されるスペクトルの半値幅が10kHz以上14.5kHz以下である。以下これらの前駆体繊維束を『第三群の発明』という場合がある。
【0094】
熱流束型示差走査熱量計は市販の熱流束型示差走査熱量計を用いることができる。
ただし、発熱量は以下の測定条件で得られる値である。
測定雰囲気:空気、
ガス流量:100ml/min、
昇温条件:20℃/min(室温〜210℃),2℃/min(210〜300℃)、
発熱量は、215℃の熱流量の値を0として、215〜300℃までの熱流量値を時間で積分して得る。単位質量あたりの発熱量は、発熱量を測定に供したサンプル質量で除して得る。
【0095】
発熱量が3200kJ/kg以上であれば、耐炎化工程後における熱に安定な構造が多いので、炭素繊維にしたときに弾性率が低下することもない。この発熱量は3300kJ/kg以上であることが好ましい。
【0096】
さらに、固体H−NMRにおいて、160℃で観測されるスペクトルの半値幅は、分子運動性の指標であり、値が小さいほど分子運動性が良いことを示す。この値はポリアクリロニトリル系共重合体の組成が同じであれば、ほぼ同じ値をとる。
【0097】
分子運動性が良いと酸素の拡散性は良い。スペクトルの半値幅が14.5kHz以下であれば、耐炎化時の酸素の拡散性が良好であり、前駆体繊維束の単繊維繊度が大きい場合であっても、内部まで安定な構造が形成できる。そのため、炭素繊維のストランド弾性率が低下することもなく、また、ストランド強度が低下することもない。スペクトルの半値幅が10.0kHz以上であれば、分子運動が抑制され、分子の配向が保たれやすくなる。スペクトルの半値幅は、好ましくは、10.0kHz以上13.5kHz以下である。
【0098】
固体H−NMRは市販の装置を用いることができ、スペクトルの半値幅はコイルが磁場に対して垂直に固定されたスタティックプローブで測定して得られる値である。
【0099】
前記『第一群の発明』である前駆体繊維束は、更に前記『第二群の発明』の特徴、または、『第三群の発明』の特徴を有することが好ましい。
【0100】
〔前駆体繊維束の製造方法〕
本発明の前駆体繊維束は、例えば、上述のポリアクリロニトリル系共重合体を溶剤に溶解して得た共重合体濃度15〜30質量%の紡糸原液を、濃度30〜70質量%、温度20〜50℃の凝固浴中に吐出して凝固糸を得、この凝固糸を2.5倍以上6倍以下で湿熱延伸することによって製造することができる。以下紡糸方法を説明する。
【0101】
<紡糸原液の調製>
上述の共重合体を溶剤に公知の方法で溶解して、紡糸原液とする。溶剤としては、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドなどの有機溶剤や、塩化亜鉛、チオシアン酸ナトリウムなどの無機化合物の水溶液を用いることができる。前駆体繊維中に金属を含有せず、また、工程が簡略化される点で有機溶剤が好ましく、その中でも凝固糸及び湿熱延伸糸の緻密性が高いという点で、ジメチルアセトアミドを用いることが好ましい。
【0102】
<凝固>
紡糸原液は、緻密な凝固糸を得るため、また、適正な粘度、流動性を有するように、ある程度以上の共重合体濃度を有することが好ましい。紡糸原液における共重合体の濃度は、15〜30質量%の範囲にあることが好ましく、より好ましくは18〜25質量%の範囲である。
【0103】
紡糸方法としては、公知の方法を採用でき、具体的には湿式紡糸法、乾湿式紡糸法、乾式紡糸法などが挙げられる。これらの中でも生産性の観点から湿式紡糸法が好ましく用いられる。
【0104】
上記紡糸原液を、紡糸口金を介して凝固浴中に吐出して紡糸することで、凝固糸を得る。前駆体繊維束の単繊維の真円度は、紡糸工程における凝固工程において制御することが可能である。凝固浴条件としては、濃度30質量%以上60質量%以下かつ、温度20℃以上40℃以下が好ましい。凝固浴条件がこの範囲内であれば、適正な凝固速度を保ちながら真円度0.75以上0.90以下の前駆体繊維束を得ることが出来る。
【0105】
凝固浴濃度が60質量%以下であれば、凝固浴中に吐出された紡糸原液の表面における溶剤と水との交換速度が、紡糸原液中への水の拡散速度を上回り、前駆体繊維束の真円度は上記範囲内に保たれると共に、緻密な前駆体繊維を得ることが出来る。更に、前駆体繊維束の単糸間の接着を抑制することができる。特に、単繊維繊度および総繊度がともに大きい前駆体繊維束を紡糸する際には、単糸間の接着をさらに抑制する点から、濃度は55質量%以下が好ましい。また、凝固浴濃度が30質量%以上であれば、凝固浴中に吐出された紡糸原液の表面における溶剤と水との交換速度が、紡糸原液中への水の拡散速度を著しく上回ることを抑制することができ、凝固糸の急激な収縮が起こらない範囲で前駆体繊維束の真円度が上記範囲内に保たれると共に、緻密な前駆体繊維束を得ることが出来る。
【0106】
一方、凝固浴温度については、40℃以下であれば、凝固浴中に吐出された紡糸原液の表面における溶剤と水との交換速度が、紡糸原液中への水の拡散速度を著しく上回ることを抑制することができ、凝固糸の急激な収縮が起こらない範囲で前駆体繊維束の真円度が上記範囲内に保たれると共に、緻密な前駆体繊維を得ることが出来る。また、20℃以上であれば、凝固浴中に吐出された紡糸原液の表面における溶剤と水との交換速度と、紡糸原液中への水の拡散速度が適正に保たれ、安定に前駆体繊維束を生産することが可能となる。さらに、凝固浴を過剰に冷却する必要が無く、設備投資やランニングコストを抑制でき、低コストで前駆体繊維束を生産することが可能となる。
【0107】
なお、前駆体繊維束の繊維構造の緻密性あるいは均質性が不十分な場合、そのような繊維構造の箇所は焼成時に欠陥点となり、炭素繊維の性能を損なうことがある。緻密で均質な前駆体繊維束を得るには、凝固糸の性状が極めて重要であり、前駆体繊維の長さ1mm中にマクロボイドが1個未満であることが好ましい。ここで、マクロボイドとは、最大径が0.1〜数μmの大きさを有する球形、紡錘形、円筒形を有する空隙を総称したものである。
【0108】
本発明における凝固糸は、このようなマクロボイドがなく、十分に均一な凝固によって得られたものである。マクロボイドが多く存在すると、凝固糸は失透して白濁するが、本発明の凝固糸にはマクロボイドがほとんど存在しないため失透せず白濁しにくい。マクロボイドの有無は、凝固糸を直接光学顕微鏡で観察するか、凝固糸を適切な方法で切断してその切断面を光学顕微鏡で観察することによって容易に判断することができる。
【0109】
<延伸>
次に、得られた凝固糸に対して湿熱延伸を行う。これにより繊維の配向をさらに高めることができる。湿熱延伸は、具体的には、凝固糸を、水洗に付しながらの延伸、あるいは熱水中での延伸によって行われる。水洗と同時の延伸は紡糸工程の簡略化、効率化の観点から好ましく、熱水中での延伸は生産性の観点から好ましい。湿熱延伸における延伸倍率は2.5倍以上が好ましく、3倍以上が更に好ましい。2.5倍よりも低いと、繊維の配向を高める効果が不十分となりやすい。延伸倍率の上限は特に限定されないが、紡糸工程の安定性の観点から6倍以下が好ましい。
【0110】
更に、湿熱延伸を終えた繊維束に対してシリコン系油剤の添油処理を行う。シリコン系油剤としては、例えばアミノシリコン系油剤等、一般的なシリコン系油剤を用いることができる。シリコン系油剤は、0.4〜1.5質量%の濃度に調製されて用いられる。シリコン系油剤の濃度のより好ましい範囲は0.8〜1.5質量である。
【0111】
次に、シリコン系油剤の添油処理を終えた繊維束は乾燥される。得られた乾燥緻密化糸を、さらにスチーム延伸もしくは乾熱延伸で1.2〜4倍に延伸する。延伸倍率は1.2倍以上であり、好ましくは1.3倍以上である。
【0112】
<交絡処理>
次に、スチーム延伸あるいは乾熱延伸を行った繊維束に対して、必要に応じてタッチロールで水分率の調整を行った後、公知の方法でエアーを吹き付けて交絡処理を施し、前駆体繊維束を得る。本発明において交絡処理は必須ではないが、前駆体繊維束のフィラメント同士に交絡を付与する事で、集束性を付与して1本のトウの形態を保持する繊維束を得ることができる。また繊維束をばらけ難くして、焼成工程の通過性を向上させることができる。
【0113】
交絡処理が施される前の繊維束の水分率は、好ましくは15質量%以下であり、より好ましくは、10質量%以下であり、さらに好ましくは、3〜5質量%である。水分率が15質量%を超えると、繊維束にエアーを吹き付けて交絡を施した際に、単繊維が交絡しにくくなる。本明細書における水分率は、次式で求められる値である。
水分率(質量%)=(W−W)×100/W
W:ウエット状態にある繊維束の質量、
0:ウエット状態にある繊維束を105℃で2時間、熱風乾燥機で乾燥した後の質量。
【0114】
交絡処理を施した前駆体繊維束における交絡度は、好ましくは5〜20個/mの範囲であり、より好ましくは10〜14個/mの範囲である。交絡度が5個/m以上であれば、繊維束がばらけ難く、焼成工程の通過性が良好である。また交絡度が20個/mを以下であれば、得られる炭素繊維束の樹脂含浸性および開繊性が良好である。
【0115】
本明細書における前駆体繊維束の交絡度とは、繊維長さ1m当たり、繊維束中の1本の単繊維が隣接する他の単繊維と何回交絡しているかを示すパラメータである。交絡度は、フックドロップ法により測定される。
【0116】
〔耐炎化処理〕
次に、本発明の炭素繊維の製造方法を説明する。まず前駆体繊維束は、酸化性雰囲気下において、240℃以上300℃以下の温度で90分以下の時間で耐炎化処理されて、耐炎化繊維束とされる。なお、本発明において、「酸化性雰囲気下」とは、二酸化窒素、二酸化硫黄、酸素等の酸化性物質を含有する空気中を意味する。
【0117】
<耐炎化処理温度>
耐炎化処理の温度が240℃以上であれば耐炎化反応を暴走させること無く、効率的に耐炎化処理を行うことができる。また、300℃以下であれば前駆体繊維のポリアクリロニトリル骨格を熱分解させることなく耐炎化処理することが可能であり、処理時間90分以下で耐炎化繊維束の密度を1.35〜1.43g/cmまで上げることができる。
【0118】
耐炎化処理の温度は、耐炎化処理時間を短縮する観点から250℃以上が好ましく、耐炎化反応の暴走を抑制する観点から280℃以下が好ましい。
【0119】
<耐炎化処理時間>
耐炎化処理時間は、10〜90分間であることが好ましい。耐炎化処理時間が10分間以上であれば、前駆体繊維束を構成する単繊維内部への酸素の拡散を充分に行うことが出来る。また、耐炎化処理時間が90分間以下であれば、炭素繊維束の製造工程において耐炎化処理工程が生産性を損なう原因となることなく、効率よく炭素繊維束を製造することが可能である。更に、炭素繊維束の性能及び生産性向上の観点から、耐炎化処理時間は、30〜70分間がより好ましい。
【0120】
<耐炎化繊維束の密度>
耐炎化処理によって得られる耐炎化繊維束の密度は、1.35〜1.43g/cmであることが好ましい。1.35g/cm以上であれば、炭素繊維束の収率を低下させること無く炭素繊維を製造することが可能である。一般的に、耐炎化繊維の密度が高いほど得られる炭素繊維束の収率は向上するが、炭素繊維の性能は低下することが知られており、耐炎化繊維束の密度が1.43g/cm以下であれば、炭素繊維の性能低下を抑えつつ、得られる炭素繊維束の収率を向上することが可能である。得られる炭素繊維の性能保持と収率向上の観点から、耐炎化繊維束の密度は、1.38〜1.41g/cmがより好ましい。
【0121】
<(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキルの耐炎化挙動>
本発明の前駆体繊維束を耐炎化処理する工程において、(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキル単位のカルボン酸ヒドロキシアルキル基(カルボン酸エステル基)が熱分解してカルボン酸基になるまでの間、耐炎化反応の進行が抑制される。これにより、酸素が単繊維の内部にまで拡散するのに十分な時間を確保した後、240℃以上の高温において、メタクリル酸ヒドロキシアルキル単位のカルボン酸ヒドロキシアルキル基の熱分解が起こってカルボン酸基になると、240℃以上の高温から素早く耐炎化処理を行うことが可能となる。
【0122】
更に、(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキル単位のカルボン酸ヒドロキシアルキル基は比較的嵩高い官能基であり、耐炎化工程での酸素透過性を改善する効果がある。これらの効果により、耐炎化反応の進行が抑制されている間に単繊維の内部にまで酸素が効率的に拡散されるので、単繊維繊度の大きい前駆体繊維束の耐炎化処理を高温から始めて短時間で行っても断面二重構造の形成が抑制され、耐炎化進行度が均一な、耐炎化繊維を得ることができる。
【0123】
〔前炭素化処理〕
耐炎化処理後、炭素化処理前に、得られた耐炎化繊維束を不活性ガス中、最高温度が550℃以上800℃以下の温度で処理する前炭素化処理を行うこともできる。
【0124】
〔炭素化処理〕
得られた耐炎化繊維束を不活性ガス中、800℃以上2000℃以下の温度で炭素化処理することによって炭素繊維束を製造することができる。さらにこの炭素繊維を不活性ガス中、2500℃以上〜2800℃以下程度の高温で処理することによって、黒鉛繊維を製造することもできる。炭素化処理によって得られる炭素繊維束は、単繊維の直径が8μm以上で、単繊維の繊維軸に垂直な断面の形状は真円度0.90以下である。断面形状は空豆型であることが好ましい。
【0125】
<炭素繊維束の単繊維の直径Di(最大フェレ径)>
単繊維の繊維軸に垂直な断面を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察し、得られた画像について画像解析ソフトウェア(日本ローパー(株)製、製品名:Image−Pro PLUS)を用いて断面の長径(最大フェレ径)を測定する。この断面の長径の平均値を直径Diとした。直径Diは、8〜20μmであることが好ましく、10〜15μmであることが特に好ましい。尚、直径Diの測定方法は後述する。
【0126】
本発明の製造方法で得られる炭素繊維束は、直径Diが8μm以上の単繊維から構成されていることから、各単繊維の曲げ剛性が高く、製造工程時の外乱により繊維同士が絡み合うことが少ないので、繊維束内の交絡数が減少する。さらに、単繊維が太い場合は、繊維束内部における単繊維同士の接触部分が少なくて単繊維同士の摩擦抵抗が減少することから、炭素繊維束は繊維数が多くても広がり性が非常に良好である。このため、直径Diは9μm以上であることがより好ましく、10μm以上であることがさらに好ましい。ただし、炭素繊維の直径が太い場合は、後述の酸素透過性の問題が解決されたとしても、単位長さあたりの体積が増えることに比例して欠陥の存在確率が増加して炭素繊維の強度が低下する。炭素繊維の強度を低下させない観点から、直径Diは17μm以下であることが好ましく、15μm以下であることがさらに好ましい。
【0127】
<炭素繊維束の単繊維の断面形状>
本発明の製造方法で得られる炭素繊維束の単繊維の断面形状は、炭素繊維束の単繊維の繊維軸に垂直な断面の真円度で表される。真円度は、前駆体繊維束の真円度と同様に式(1)で定義される。
【0128】
本発明の製造方法で得られる炭素繊維束の単繊維の断面形状は、真円度0.70以上0.90以下である。さらに、断面形状が空豆型であることが好ましい。断面形状を比較的単純な形状である真円度0.70以上0.90以下の空豆型とすることで、耐炎化処理時に前駆体繊維束を構成する単繊維内部への酸素拡散が不足することなく、耐炎化反応が十分に進行しており、その結果、炭素化工程での毛羽が抑えられ、工程通過性が良好で、得られる炭素繊維束の強度や弾性率を適正に維持できる。真円度が0.70以上0.90以下である本発明の炭素繊維は、単繊維の繊度が大きくなっても、真円度が0.9より大きい丸に近い断面形状の炭素繊維より、ストランド強度は高い数値を維持できる。また、単繊維を密に詰めることが出来るため、プリプレグ中での繊維含有率が向上し、複合材料の力学特性を向上させることが可能となる。
【0129】
さらに、一方向性プリプレグを積層してコンポジットパネルにしたときの0°圧縮強度は、真円度が0.70以上0.90以下である炭素繊維を用いた場合の方が、真円度が0.9より大きい丸に近い断面形状の炭素繊維を用いた場合より、高い値を示す。単繊維の表面から中心までの距離が短い場合は単繊維繊度を比較的大きくしても均一に耐炎化処理されるので、炭素繊維束を構成する単繊維の真円度は0.88以下であることがより好ましく、0.86以下であることが最も好ましい。しかし、断面形状が異形化し過ぎると、プリプレグを製造する際の繊維含有率を高く出来ず、複合材料の力学特性が低下する。そのため、炭素繊維束を構成する単繊維の真円度は、0.75以上が好ましく、0.80以上がより好ましい。
【0130】
一方、特開平11−124743号公報等に示されているように、扁平や3葉など比較的単純な異形断面を有する炭素繊維においては、単繊維同士がかみ合ったようになり、広がり性が低下する。また、8葉やC型など、複雑な異形断面を有する単繊維については、単繊維同士がかみ合うことは少ないものの、逆に単繊維を密に詰めることが不可能となり、プリプレグを製造する際の繊維含有率を高くできず、複合材料の力学特性が低下する。
【0131】
<炭素繊維の表面形態>
本発明の炭素繊維束は、炭素繊維の表面に繊維の長手方向に延びる皺が存在することが好ましい。繊維の長手方向に延びる皺は、炭素繊維を強化材とする繊維強化樹脂材料の機械特性の発現に非常に重要な役割を果たすものである。これは、炭素繊維と樹脂の界面相の形成とその特性に直接係わるものであり、繊維強化樹脂材料を構成する3つの要素である繊維、マトリックス樹脂および界面相の一つを特徴づけるものであるからである。単繊維の表面の皺とは、ある方向に一定以上の長さを有する凹凸の形態を指すものである。ここで一定以上とは、0.6μmから1.0μm程度である。またその方向には特に限定はなく、繊維軸方向に平行、あるいは垂直、あるいはある角度を有するものでもよい。炭素繊維束の一般的な製造方法から、通常の炭素繊維表面には繊維軸方向にほぼ平行な皺が存在する。
【0132】
本発明の炭素繊維束は、単繊維の表面に単繊維の長手方向に延びる溝状の凹凸を複数有し、単繊維の円周長さ2μmの範囲で最高部と最低部の高低差(皺の深さ)が、80nm以下であることが好ましい。皺の深さが深くなりすぎると繊維束の集束性が低下し、炭素繊維束を製造する際の焼成工程の通過性が悪化し、炭素繊維束を安定して得ることができなくなる。また、炭素繊維束の表面欠陥が増え、ストランド強度が低下する。皺の深さが浅い場合においては含浸性が悪化する懸念があるが、本発明では大きい繊度の炭素繊維束を利用することで含浸性を向上させている。なお、前駆体繊維束および炭素繊維束の断面の皺の深さは、凝固浴濃度および温度、さらに延伸条件を変更することにより決定される。
【0133】
<炭素繊維束の性能>
本発明の炭素繊維束は、ストランド引張強度が3000MPa以上であることが好ましい。ストランド引張強度が著しく低い場合、構造材など現在炭素繊維が使用されているほとんどの分野において、使用できないものとなってしまう。よって、かかる引張強度は3500MPa以上であることがより好ましく、4000MPa以上であれば風車や自動車、建材等を中心とする産業用途においては、既存のほとんどの分野への適用が可能となる。
【0134】
本発明の炭素繊維束は、ストランド引張弾性率が200GPa以上であることが好ましい。引張弾性率が著しく低い場合、構造材など現在炭素繊維が使用されているほとんどの分野において、使用できないものとなってしまう。よって、かかる引張弾性率は210GPa以上であるとより好ましく、220GPa以上であれば既存のほとんどの分野への適用が可能となる。
【0135】
本発明の炭素繊維束は、総繊度が、30000〜90000dtexであることが好ましい。総繊度がこの範囲の炭素繊維束であれば、大型の複合材・成形物の製造に適する。細い繊維束を複数合わせて総繊度をあわせた場合は、繊維束同士のずれが発生して、品質が良好な大型の複合材や成形物を製造することが困難である。総繊度が30000dtex以上であれば、生産性を高くでき、生産コストを下げ易くなるので好ましい。また総繊度が90000dtex以下であれば、取り扱いが容易であり、その点から、60000dtex以下がより好ましく、40000dtex以下が更に好ましい。
【0136】
<炭素繊維束の表面処理>
本発明の炭素繊維束は、サイジング処理工程の前に、表面処理が行われても良い。例えば、電解液中で電解酸化処理を施したり、気相または液相での酸化処理を施したりすることによって、複合材料における炭素繊維とマトリックス樹脂との親和性や接着性を向上させることが好ましい。
【0137】
(サイジング処理工程)
炭素繊維束にサイジング処理する工程では、サイジング処理と乾燥処理を行う。サイジング処理の方法は特に限定されず、炭素化繊維束に所望のサイジング剤を付与することができれば良い。例えば、ローラーサイジング法、ローラー浸漬法およびスプレー法等を挙げることができる。
【0138】
本発明の炭素繊維束にサイジング処理する工程に用いることができるサイジング処理液は特に限定されず、種々の高次加工に適した特性を有するものを選択することができる。例えば、均一に糸条に含浸するためには、サイジング剤を含む溶液を、エマルジョンまたはサスペンジョン状態とし、それを炭素化繊維束に付着させて、乾燥装置内で溶剤または分散媒を乾燥除去できるものであれば良い。
【0139】
サイジング処理液中のサイジング剤の主成分としては、エポキシ樹脂、エポキシ変性ポリウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、ポリアミド樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂、ビスマレイミド樹脂、ウレタン変性エポキシ樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリビニルピロリドン樹脂、ポリエーテルサルフォン樹脂などが挙げられ、特に限定されない。
【0140】
サイジング処理液中のサイジング剤の含有量は特に限定されず、0.2〜20質量%が好ましく、より好ましくは3〜10質量%である。サイジング処理液中のサイジング剤の含有量を0.2質量%以上とすることで、炭素繊維に所望する機能を充分に付与することができる。また、サイジング処理液中のサイジング剤の含有量を20質量%以下とすることで、サイジング剤の付着量が適切なものとなり、後工程である複合材料を製造する際の炭素繊維束中へのマトリックス樹脂の含浸性が良好となる。
【0141】
サイジング処理液に用いる溶媒または分散媒は特に限定されないが、取り扱い性および安全性の面から、水を用いることが好ましい。
【0142】
炭素繊維束100質量%に対するサイジング剤の付着量は、0.3〜5質量%であることが好ましく、0.4〜3質量%がより好ましい。サイジング剤の付着量を0.3質量%以上とすることで、炭素繊維束に所望する機能を充分に付与することができる。また、サイジング剤の付着量を3質量%以下とすることで、後工程である複合材料を製造する際の炭素繊維束中へのマトリックス樹脂の含浸性が良好となる。
【0143】
サイジング処理後の乾燥処理では、サイジング処理液の溶媒または分散媒を乾燥除去する。その際の条件は、120〜300℃の温度で、10秒間〜10分間の範囲が好適であり、より好適には150〜250℃の温度で、30秒間〜4分間の範囲である。乾燥温度を120℃以上とすることで、溶媒を充分に除去することができる。また、乾燥温度を300℃以下とすることで、サイジング処理された炭素繊維束の品質を維持することができる。
【0144】
乾燥処理の方法は特に限定されず、例えば、蒸気を熱源とするホットロールに炭素繊維束を接触させて乾燥させる方法や、熱風が循環している装置内で炭素繊維束を乾燥させる方法を挙げることができる。
【0145】
〔一方向性繊維強化織物〕
本発明炭素繊維束は以下の一方向性繊維強化織物に好適に使用可能である。本発明の一方向性繊維強化織物は、炭素繊維束が縦方向に配列された目付が、300〜1,000g/mであることが好ましい。一般に繊維織物の目付が200g/m程度に小さければ、繊維間空隙が大きくなるため、樹脂の含浸性は良くなる。一方、繊維織物の目付が大きいと繊維間空隙が小さくなり、樹脂の流動性が悪くなり含浸不良や含浸に多くの時間が掛かることになる。加えて成形加工を施す際に繊維織物の目付が小さい織物を多数積層するよりも、繊維織物の目付が大きい織物を少数積層する方がコスト低減を図ることができるため、積層を必要とする成形加工では、できる限り目付が大きい繊維織物を用いた方が有利である。本発明の炭素繊維束を使用することで繊維織物の目付が300〜1,000g/mの範囲にあっても、樹脂の含浸性が良好であり、かつ長い含浸時間を要しない繊維織物が得られる。
【0146】
一般的に繊維織物の目付が大きい織物を得る方法は、大きく2つに分類される。そのひとつは汎用的なフィラメント数が12,000本の炭素繊維束を用い、織物の織密度を増やして高目付けの織物を得る方法である。その2つ目はフィラメント数48,000本以上の炭素繊維束を用いて織物を得る方法である。しかしながら高目付の織物を得るにはフィラメント数が多い、いわゆるラージトウといわれる炭素繊維束を用いて織物を製織する方が工程通過性から見て遥かに容易である。また、これらいずれの繊維強化織物を繊維基材として用いた場合でも、フィラメント数の少ない炭素繊維束を用いた場合では、炭素繊維束の使用本数が多く必要である。また、フィラメント数の多い炭素繊維束を用いた場合では、炭素繊維束の使用本数が少ない代わりにフィラメント数が多い。そのためこれらのいずれの場合も、結局は繊維間空隙が小さくなり、成形加工時の樹脂の流動が悪くなり、含浸不良や含浸に多くの時間を要することとなる。
【0147】
これらを解決する為に繊維強化織物にラージトウの炭素繊維束で且つ単繊維径が太い炭素繊維束を用いることにより樹脂の流動性が良くなり、含浸時間も大幅に短縮することとなる。この理由は単繊維径を太くすることで繊維間の空隙が大きくなり樹脂の流動が良くなったためである。さらに本発明では先に規定した単繊維の繊維断面の真円度が0.7以上0.9以下である炭素繊維束が好ましい。真円度が0.9を超えると集束性が高くなりすぎる傾向にある。集束性が高くなりすぎると、単繊維が均一にばらけ難くなる。即ち単繊維間の空隙が少なくなることに起因して、樹脂の含浸性も低下する。一方、真円度が0,7未満であると集束性が低下してしまい、炭素繊維束を製造する際の焼成工程が悪化し、炭素繊維束を安定に生産できなくなる。よって、真円度が0,7以上0.9以下の単繊維を用いることにより炭素繊維束の集束性を適度に制御することができ、集束性とばらけやすさのバランスに優れ、成形加工において樹脂の含浸性も向上する。
【0148】
本発明に用いる織物は、炭素繊維束が縦方向に配列された一方向性繊維強化織物であり、横方向には補助糸が用いられる。この織物の基本構造は耐震補強材用途で既に周知である。補助糸としては、コンポジットの機械物性の強度を向上させる為に、縦方向に用いる炭素繊維束より小さい繊度の糸条が通常用いられる。即ち、縦方向に配列された炭素繊維束と横方向に配列された補助糸は必ず一本ずつ交互に交錯されるので、炭素繊維束には多少にかかわらず屈曲が生じ、これにより強度発現が損なわれる。屈曲の度合いは補助糸の繊度に比例し補助糸が太いほど炭素繊維束の屈曲が大きく機械物性も低下する。よって、できるだけ細い補助糸が好ましいが、織物の形態保持が外部力に耐えられるものであれば何ら限定するものではない。
【0149】
尚、補助糸は一般にはガラス繊維が多く用いられているが、これに限定するものではない。又、通常、一方向性織物の補助糸の打込み本数は、織物の取扱い性を考慮し、10本/インチ以下と比較的少なく、且つ細い補助糸で縦糸と交錯されることから、拘束力がなく、織物の取扱い性が非常に悪い。よって低融点ポリマーを含んだ補助糸を用い、そのポリマーを介して炭素繊維と補助糸とがその交点で互いに接着させることで拘束力が保持される。低融点ポリマー繊維としてはナイロン、ポリエチレンなどの低融点の熱融着繊維が用いられる。又、補助糸と熱融着繊維はカバリング、合燃、引き揃え接着などの複合糸とすれば問題ない。更に、接着方法は熱ロールを利用する方法、或いは遠赤外線ヒーターなどの輻射熱を利用する方法でも差し支えない。
【0150】
〔CFRPの成形法〕
本発明のCFRPの成形法を図4を用いて説明する。図4において、成形型11に離型剤を塗布し、その上に繊維基材として本発明の炭素繊維織物12を所定の方向に所定の枚数積層する。さらにその上にピールプライ15を積層し、その上に繊維基材の上面に樹脂を拡散させる為の媒体14を置く。また、繊維基材の繊維軸方向の両端に樹脂を堆積させるスパイラルチューブ13を配置させ、真空ポンプの吸引口18を取り付ける。これら全体をバッグフィルム16で覆い、空気が漏れないようにバッグフィルム16の周囲をシール材17で成形型11に接着する。樹脂タンクから注入される樹脂の吐出口20をスパイラルチューブ13に連結させる。樹脂タンク(不図示)には、硬化剤を所定量入れた常温でシロップ状の常温硬化型の熱硬化性樹脂を入れておく。なお、使用する樹脂の粘度により樹脂含浸性の影響は大きい。通常、RTM成形や真空バッグ成形では樹脂の流動性の良い低粘度品が用いられる。樹脂注入時の粘度として500mPa・s以下が好ましく、300mPa・s以下がより好ましい。
【0151】
ついで、真空ポンプを用いてバッグフィルム16で覆われた繊維基材を、真空圧力が70〜76cmHg程度の真空状態にした後、バルブ19を開放して樹脂を注入する。バッグフィルム16で覆われた内部は真空状態であり、繊維基材の厚さ方向より媒体の表面方向が樹脂の流通抵抗が小さいから、まず樹脂は媒体の表面に拡散されたのち、次いで繊維基材の厚さ方向へ含浸が進行する。しかし、この含浸度合いは繊維基材として用いる炭素繊維織物12の形態にかなり影響される。当然ながら繊維糸条間に隙間をもつ織物ほど厚さ方向への樹脂の含浸は速く完了する。尚、媒体としては、繊維径0.2〜0.5mm程度のポリエチレンやポリプロピレンなどのモノフィラメントを用いたメッシュ調シートやラッセル編で形成されたシートなどが使用可能であり、何ら限定されない。また、真空ポンプは少なくとも樹脂の含浸が完了するまで運転し、バッグフィルムの内部を真空状態に保つことが好ましい。樹脂硬化後、ピールプライ15を剥いで、媒体14やバッグフィルム16などを除去し、成形型から脱型することによってCFRP成形品が得られる。
【0152】
なお、ピールプライは樹脂が通過できることが必要であり、ナイロン繊維織物、ポリエステル繊維織物、またはガラス繊維織物などを用いることができる。織物の織密度が小さいものほど隙間が大きい為、樹脂の通過は容易である反面、樹脂が硬化して最後に剥がした時に繊維基材の表面に凹凸が発生する。よって、できるだけ樹脂の通過が良く、表面に凹凸の発生しにくいものを選択することが良い。また、バッグフィルムは機密性であることが必要でありナイロンフィルム、ポリエステルフィルムなどが用いられる。
【0153】
〔炭素繊維プリプレグ〕
また本発明は、炭素繊維束とマトリックス樹脂からなる炭素繊維プリプレグに関する。本発明の炭素繊維プリプレグの炭素繊維は、特には限定されないが、PAN系炭素繊維、PITCH系炭素繊維が挙げられる。望ましくはPAN系炭素繊維である。単繊維繊度が1.2〜2.4dtexのものが用いられ、特に、本発明の前記炭素繊維束が好適に用いられる。単繊維繊度が1.2dtex以上であると成形物の厚みが増した時の圧縮強度保持率が高くなる。また単繊維繊度が2.4dtex以下であると成形物の機械的強度が良好である。炭素繊維束は、同じプリプレグについて1種類のものを使用しても良く、複数種類のものを規則的にまたは不規則に並べて使用してもかまわない。通常、特定方向に比強度、比弾性率が高いことを要求される用途には単一方向プリプレグが最も適しているが、あらかじめ長繊維マットや織物などのシート形態に加工したものを使用することも可能である。
【0154】
<マトリックス>
マトリックス樹脂は、特には限定されないが、フロー指数が5000Pa−1以上であることが好ましい。マトリックス樹脂としては、エポキシ樹脂、ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、ポリイミド樹脂、マレイミド樹脂、アセチレン末端を有する樹脂、ビニル末端を有する樹脂、シアン酸エステル末端を有する樹脂等が挙げられる。好ましくはエポキシ樹脂である。
【0155】
尚「フロー指数」とは、以下の通りである。樹脂組成物の粘度をVAR−100(レオメトリクス社製)を用い、ギャップ:0.5mm、測定周波数:10rad/sec、応力:300dyne/cm、測定頻度:30sec毎で測定する。測定温度は硬化条件(図5)と同様に設定し、測定終了は樹脂組成物の最低粘度より2桁増粘したところとした。フロー指数は、次式で定義される。但し、η:粘度、t:時間とし、n回目の測定値をηn、tnとする。
【数1】
【0156】
エポキシ樹脂としては、任意のエポキシ樹脂を用いる事が出来る。例えば、耐熱性を高めるために多官能型エポキシ樹脂や、主鎖に剛直な環構造を持つエポキシ樹脂を配合したり、樹脂組成物の粘度を低下させるために低分子量のエポキシ樹脂や脂環式のエポキシ樹脂を配合するなど、目的に応じて任意のエポキシ樹脂を配合する事が出来る。例えば、分子内に水酸基を有する化合物とエピクロロヒドリンから得られるグリシジルエーテル型エポキシ樹脂、分子内にアミノ基を有する化合物とエピクロロヒドリンから得られるグリシジルアミン型エポキシ樹脂、分子内にカルボキシル基を有する化合物とエピクロロヒドリンから得られるグリシジルエステル型エポキシ樹脂、分子内に二重結合を有する化合物を酸化することにより得られる脂環式エポキシ樹脂、あるいはこれらから選ばれる2種類以上のタイプの基が分子内に混在するエポキシ樹脂などが用いられる。
【0157】
グリシジルエーテル型エポキシ樹脂の具体例としては、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ビスフェノールF型エポキシ樹脂、レゾルシノール型エポキシ樹脂、フェノールノボラック型エポキシ樹脂、その他トリスフェノールノボラック型エポキシ樹脂、ポリエチレングリコール型エポキシ樹脂、ポリプロピレングリコール型エポキシ樹脂、ナフタレン型エポキシ樹脂、ジシクロペンタジエン型エポキシ樹脂、及びそれらの位置異性体やアルキル基やハロゲンでの置換体が挙げられる。
【0158】
ビスフェノールA型エポキシ樹脂の市販品としては、EPON825、jER826、jER827、jER828(以上、三菱化学社製)、エピクロン850(DIC社製)、エポトートYD−128(新日鐵化学社製)、DER−331、DER−332(ダウケミカル社製)、Bakelite EPR154、Bakelite EPR162、Bakelite EPR172、Bakelite EPR173、およびBakelite EPR174(以上、Bakelite AG社製)などが挙げられる。
【0159】
ビスフェノールF型エポキシ樹脂の市販品としては、jER806、jER807、jER1750(以上、三菱化学社製)、エピクロン830(DIC社製)、エポトートYD−170、エポトートYD−175(新日鐵化学社製)、Bakelite EPR169(Bakelite AG社製)、GY281、GY282、およびGY285(以上、ハンツマン・アドバンスト・マテリアル社製)などが挙げられる。
【0160】
レゾルシノール型エポキシ樹脂の市販品としては、デナコールEX−201(ナガセケムテックス社製)などが挙げられる。
【0161】
フェノールノボラック型エポキシ樹脂の市販品としては、jER152、jER154(以上、三菱化学社製)、エピクロン740(DIC社製)、およびEPN179、EPN180(以上、ハンツマン・アドバンスト・マテリアル社製)などが挙げられる。
【0162】
トリスフェノールノボラック型エポキシ樹脂としてはTactix742(ハンツマン・アドバンスト・マテリアル社製)、EPPN501H、EPPN501HY、EPPN502H、EPPN503H(以上、日本化薬社製)、jER1032(三菱化学社製)などが挙げられる。
【0163】
グリシジルアミン型エポキシ樹脂の具体例としては、テトラグリシジルジアミノジフェニルメタン類、アミノフェノールのグリシジル化合物類、グリシジルアニリン類、及びキシレンジアミンのグリシジル化合物などが挙げられる。
【0164】
テトラグリシジルジアミノジフェニルメタン類の市販品としては、スミエポキシELM434(住友化学社製)、アラルダイトMY720、アラルダイトMY721、アラルダイトMY9512、アラルダイトMY9612、アラルダイトMY9634、アラルダイトMY9663(以上ハンツマン・アドバンスト・マテリアル社製)、jER604(三菱化学社製)、Bakelite EPR494、Bakelite EPR495、“Bakelite EPR496、およびBakelite EPR497(以上、Bakelite AG社製)などが挙げられる。
【0165】
アミノフェノールやアミノクレゾールのグリシジル化合物類の市販品としては、jER630(三菱化学(株)製)、アラルダイトMY0500、アラルダイトMY0510、アラルダイトMY0600(以上ハンツマン・アドバンスト・マテリアル社製)、スミエポキシELM120、およびスミエポキシELM100(以上、住友化学社製)などが挙げられる。
【0166】
グリシジルアニリン類の市販品としては、GAN、GOT(以上、日本化薬社製)やBakelite EPR493(Bakelite AG社製)などが挙げられる。キシレンジアミンのグリシジル化合物としては、TETRAD−X(三菱瓦斯化学社製)が挙げられる。
【0167】
グリシジルエステル型エポキシ樹脂の具体例としては、フタル酸ジグリシジルエステル、ヘキサヒドロフタル酸ジグリシジルエステル、イソフタル酸ジグリシジルエステル、ダイマー酸ジグリシジルエステル、及びそれぞれの各種異性体が挙げられる。
【0168】
フタル酸ジグリシジルエステルの市販品としては、エポミックR508(三井化学社製)やデナコールEX−721(ナガセケムテックス社製)などが挙げられる。
【0169】
ヘキサヒドロフタル酸ジグリシジルエステルの市販品としては、エポミックR540(三井化学社製)やAK−601(日本化薬社製)などが挙げられる。
【0170】
ダイマー酸ジグリシジルエステルの市販品としては、jER871(三菱化学社製)やエポトートYD−171(新日鐵化学社製)などが挙げられる。
【0171】
脂環式エポキシ樹脂の市販品としては、セロキサイド2021P(ダイセル化学工業社製)、CY179(ハンツマン・アドバンスド・マテリアル社製)、セロキサイド2081(ダイセル化学工業社製)、およびセロキサイド3000(ダイセル化学工業社製)などが挙げられる。
【0172】
骨格中にオキサゾリドン環を持つエポキシ樹脂としてはAER4152、AER4151、LSA4311、LSA4313、LSA7001(以上、旭化成イーマテリアルズ社製)などが挙げられる。
【0173】
骨格中にナフタレン骨格を持つエポキシ樹脂としてはHP−4032、HP−4700(以上、DIC社製)、NC−7300(日本化薬社製)などが挙げられる。
【0174】
骨格中にジシクロペンタジエン骨格を持つエポキシ樹脂としては、XD−100(日本化薬社製)、HP7200(DIC社製)などが挙げられる。
【0175】
骨格中にアントラセン骨格を持つエポキシ樹脂としては、YL7172YX−8800(以上、三菱化学社製)などが挙げられる。
【0176】
骨格中にキサンテン骨格を持つエポキシ樹脂としては、EXA−7335(DIC社製)などが挙げられる。
【0177】
好ましくは、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、骨格中にオキサゾリドン環を持つエポキシ樹脂が用いられる。
【0178】
<硬化剤>
エポキシ樹脂の硬化剤は、アミン型、酸無水物、フェノール、メルカプタン型、ルイス酸アミン錯体、オニウム塩、イミダゾールなどが用いられるが、エポキシ樹脂を硬化させうるものであればどのような構造のものでも良い。好ましくは、ジアミノジフェニルメタン、ジアミノジフェニルスルフォンのような芳香族アミン、イミダゾール誘導体、ジシアンジアミド、テトラメチルグアニジン、チオ尿素付加アミンおよびそれらの異性体、変成体である。特に好ましくはジシアンジアミドである。
【0179】
これらの硬化剤には、硬化活性を高めるために、適当な硬化助剤を組み合わせることができる。好ましい例としては、ジシアンジアミドに硬化助剤として3−フェニル−1,1−ジメチル尿素、3−(3,4−ジクロロフェニル)−1,1−ジメチル尿素(DCMU)、3−(3−クロロ−4−メチルフェニル)−1,1−ジメチル尿素、2,4−ビス(3,3−ジメチルウレイド)トルエン、メチレンジフェニルビス(ジメチルウレイド)、フェニルジメチルウレア(PDMU)のようなウレア化合物を組み合わせる例;カルボン酸無水物やノボラック樹脂に硬化助剤として三級アミンを組み合わせる例;ジアミノジフェニルスルホンに硬化助剤としてイミダゾール化合物、フェニルジメチルウレア(PDMU)などのウレア化合物、または、三フッ化モノエチルアミン、三塩化アミン錯体などのアミン錯体を組み合わせる例がある。2,4−ビス(3,3−ジメチルウレイド)トルエンはオミキュア24(ピイ・ティ・アイ・ジャパン社製)として、メチレンジフェニルビス(ジメチルウレイド)はミキュア52(ピイ・ティ・アイ・ジャパン社製)として工業的に入手できる。好ましい硬化助剤は3−(3,4−ジクロロフェニル)−1,1−ジメチル尿素(DCMU)である。
【実施例】
【0180】
以下、本発明について実施例を挙げて具体的に説明する。実施例における各測定方法は以下の通りである。
【0181】
<1.ポリアクリロニトリル系共重合体の組成>
共重合体の組成(各単量体単位の比率(モル%))は、H−NMR法により、以下のようにして測定した。溶媒としてジメチルスルホキシド−d6溶媒を用い、共重合体を溶解させ、NMR測定装置(日本電子社製、製品名:GSZ−400型)により、積算回数40回、測定温度120℃の条件で測定し、ケミカルシフトの積分比から各単量体単位の比率を求めた。
【0182】
<2.ポリアクリロニトリル系共重合体の比粘度>
共重合体0.5gを100mlのジメチルホルムアミド中に分散し、75℃で40分間保持することで、共重合体溶液を得た。この溶液の粘度ηと溶媒の粘度ηをウベローデ型粘度計を用いて25℃で測定し、次式にて比粘度ηspを算出した。
ηsp=(η−η)/5η
【0183】
<3.ポリアクリロニトリル系共重合体の湿熱下融点>
共重合体を、目開き0.5mmの篩いに通し、5mgを精秤してエスアイアイ・ナノテクノロジー社製の密封試料容器Ag製15μl(DSC200系用)(300℃/30分Air中にて熱処理済)に入れ、純水5μlを加え密封した。セイコーインスツルメンツ(株)製DSC/220を用いて、10℃/分の昇温速度で、室温から230℃まで熱流束型示差走査熱量計による測定を実施し、150℃〜200℃付近に現れる吸熱ピークの頂点に対応する温度を読取り、これを湿熱下融点Tm(℃)とした。
【0184】
<4.ポリアクリロニトリル系共重合体の水との接触角>
共重合体をジメチルアセトアミドに溶解させて、質量濃度21%の共重合体溶液を調製し、この共重合体溶液をガラス板上に、一定の厚みになるように塗布した。次に、この共重合体溶液を塗布したガラス板を、熱風乾燥機を用いて、空気中120℃で6時間乾燥し、溶媒を蒸発させて、厚み20〜40μmのフィルムとした。このフィルムの表面に1μLの水を滴下し、接触角測定装置(協和界面科学社製、商品名:DM301)を用いて、滴下の3秒後から1秒間隔毎に、水接触角を5回測定し、その平均値θ’を求めた。さらに、水を滴下するフィルムの表面の位置を変えて、同様の操作を合計3回行い、3回の算術平均値を算出し、この算術平均値を共重合体の水接触角θとした。
【0185】
<5.ポリアクリロニトリル系共重合体の酸化深さDe測定>
共重合体をジメチルホルムアミドに溶解させて、質量濃度25%の共重合体溶液を調製し、この共重合体溶液をガラス板上に、一定の厚みになるように塗布した。次に、この共重合体溶液を塗布したガラス板を、熱風乾燥機を用いて、空気中120℃で6時間乾燥し、溶媒を蒸発させて、20〜40μmの範囲で厚みが一定のフィルムとした。得られたフィルムを、熱風乾燥機を用いて、空気中240℃で60分、さらに空気中250℃で60分熱処理し、耐炎化処理を行った。得られた耐炎化フィルムを縦30mm、横10mmのサイズに切断して、エポキシ樹脂中に包埋し、耐炎化フィルムの横断面が露出するように研磨した。その研磨した耐炎化フィルム表面に対して垂直な断面を蛍光顕微鏡(商品名:MICROFLEX AFX DX)を用いて倍率1500倍で観察した。断面において酸化が進んだ部分は相対的に暗い層として、進んでいない部分は相対的に明るい層として観察されるので、フィルム表面から、暗い層と明るい層の境界までの距離を1つの断面上で少なくとも5点計測し、さらに、3つの断面について同様の測定を行い、その算術平均値を酸化深さDe(μm)とした。
【0186】
<6.前駆体繊維の単繊維繊度>
単繊維繊度とは、繊維1本の10000m当りの重さである。前駆体繊維束の任意の箇所から長さ1mの繊維束を2本とり、各々の質量を測定し、これらの各値をフィラメント数(すなわち口金の孔数)で除した後、10000倍し、2本の繊維束の平均値を算出し、これを単繊維繊度とした。
【0187】
<7.前駆体繊維束の真円度>
(1)サンプルの作製
長さ200mm程度の前駆体繊維束(サンプル繊維)の長手方向の中心部付近に木綿糸を半巻きに引っかけ、木綿糸の両端を合わせて長さ約15mmのポリエチレン細管チューブ(三商(株)ヒビキ ポリエチレン細管 No.3)に通した。この時、サンプル繊維はチューブの端部分に止めておいた。次いで、サンプル繊維に静電気防止剤(三井物産プラスチックス(株)製、スタティサイド)をまんべんなく吹き付けた(約2秒間程度)。木綿糸を引いてサンプル繊維をチューブ内に導入し、サンプル繊維が入ったチューブをゴム板上で剃刀を用いて1〜3mm程度にカットした。
【0188】
(2)SEM観察
SEM試料台にカーボン両面テープ(日新EM株式会社製、SEM用導電性カーボン両面テープ、幅8mm)を貼りつけ、その上に前記(1)により得られたサンプルチューブを繊維断面が真上になるように精密ピンセットを用いて貼りつけた。次いでSEM(PHILIPS FEI−XL20)を用いて観察し、画面上に5個以上の繊維断面が写っている写真を任意に5枚撮影した。
【0189】
(3)真円度測定
画像解析ソフトウェア(日本ローパー(株)製、製品名:Image−Pro PLUS)を用いて繊維断面の外形をトレースし、周長Lおよび面積Sを計測した。各サンプルについて5枚の写真から任意に20個、ただし、1枚の写真から3個以上の繊維断面を選んで計測し、LおよびSの平均値を求め、次式により真円度を算出した。
真円度=(4πS)/L
【0190】
<8.前駆体繊維束の等速昇温発熱曲線>
前駆体繊維束の等速昇温発熱曲線は、熱流束型示差走査熱量計により、以下のようにして測定した。先ず、前駆体繊維束を4.0mmの長さに切断し、4.0mgを精秤して、エスアイアイ社製の密封試料容器Ag製50μl(商品名:P/N SSC000E030)中に詰め、エスアイアイ社製メッシュカバーCu製(商品名:P/N 50−037)(450℃/15分間、空気中で熱処理済)で蓋をした。次いで、熱流束型示差走査熱量計:エスアイアイ社製DSC/220を用いて、10℃/分の昇温速度、エアー供給量100ml/min(エアー供給量の基準:30℃、0.10MPa)の条件で、室温(30℃)から450℃まで測定した。得られた等速昇温発熱曲線の230℃以上260℃以下の発熱量を熱量Jaとし、260℃以上290℃以下の発熱量を熱量Jbとした。
【0191】
<9.前駆体繊維の熱流束型示差走査熱量計による発熱量の測定方法>
前駆体繊維束を2.0mmの長さに切断し、約7.0mgをエスアイアイ社製のAl製オープンサンプルパン(商品名:P/N SSSC000E030 )中に詰め、エスアイアイ社製SUSメッシュカバー(商品名:P/N 50−038 )(450℃/15分間、空気中で熱処理済)で蓋をして、熱流量測定に供した。尚、サンプルパン、SUSメッシュ及び前駆体繊維束の質量は精密天秤を用いて100分の1mg単位まで秤量した。
【0192】
装置には、熱流束型示差走査熱量計:エスアイアイ社製DSC/220を用いて、室温〜210℃の間は20℃/分、210〜300℃の間は2℃/分の昇温速度、エアー供給量100ml/min(エアー供給量の基準:30℃、0.10MPa)の条件で測定した。
【0193】
熱流量の取り込み時間間隔は、0.5秒である。発熱量は215℃の熱流量を0として215〜300℃までの熱流量を時間で積分して求めた。具体的には、取り込み時間毎の温度と熱流量を用いて、215℃から300℃まで、[熱流量(μW)×0.5(s)]の総和をとり、215〜300℃における発熱量を求めた。その発熱量をサンプル量で除して、単位質量あたりの発熱量を求めた。
【0194】
<10.前駆体繊維の固体H−NMRの測定方法>
市販の外径5mmのNMR用サンプル管を50mmに切断し作製したサンプル管に長手方向と繊維軸が一致するように隙間がないように前駆体繊維束をつめて測定に供した。サンプル管内の繊維サンプル長さは約6mmであった。装置はBruker Bio−Spin製 AVANCEII 300MHzマグネットを用いた。プローブはスタティックプローブを使用して繊維軸が磁場に対して垂直になるようにセットした。
【0195】
ハーンエコー法の90度パルスと180度パルスの間隔をτとしたとき、τ=6μsのスペクトルをA、τ=60μsのスペクトルをBとし、AとBの差スペクトルをCとして、Cの半値幅を求めた。差スペクトルは付属の解析ソフトで得ることができ、半値幅も付属の解析ソフトを用いて得ることができる。測定条件は次のとおりである。
測定温度:160℃、測定雰囲気:窒素、ハーンエコー法、90度パルス5μs、180度パルス10μs、積算回数:8回、繰り返し待ち時間:12s。
【0196】
<11.炭素繊維束の直径及び真円度>
(1)サンプルの作製
長さ5cmに切断した炭素繊維束をエポキシ樹脂(エポマウント主剤:エポマウント硬化剤=100:9(質量比))に包埋し、2cmに切断して横断面を露出させ、鏡面処理した。
【0197】
(2)観察面のエッチング処理
更に、繊維の外形を明瞭にするために、サンプルの横断面を次の方法でエッチング処理した。
・使用装置:日本電子(株)JP−170 プラズマエッチング装置、
・処理条件:(雰囲気ガス:Ar/O=75/25、プラズマ出力:50W、真空度:約120Pa、処理時間:5min。)。
【0198】
(3)SEM観察
前記(1)及び(2)により得られたサンプルの横断面を、SEM(PHILIPS FEI−XL20)を用いて観察し、画面上に5個以上の繊維断面が写っている写真を任意に5枚撮影した。
【0199】
(4)炭素繊維束の単繊維の直径測定
各サンプルについて5枚のSEM写真から任意に20個、ただし、1枚の写真から3個以上の単繊維断面を選んで、画像解析ソフトウェア(日本ローパー(株)製、製品名:Image−Pro PLUS)を用いて繊維断面の外形をトレースし、断面の長径(最大フェレ径)dを計測した。選んだ単繊維断面全ての長径dの平均を、炭素繊維束の単繊維の直径Diとした。
【0200】
(5)炭素繊維束の単繊維の真円度測定
画像解析ソフトウェア(日本ローパー(株)製、製品名:Image−Pro PLUS)を用いて繊維断面の外形をトレースし、周長Lおよび面積Sを計測した。各サンプルについて5枚の写真から任意に20個、ただし、1枚の写真から3個以上の繊維断面を選んで計測し、LおよびSの平均値を求め、次式により真円度を算出した。
真円度=(4πS)/L
【0201】
<12.炭素繊維のストランド強度およびストランド弾性率>
炭素繊維の物性(ストランド強度およびストランド弾性率)は、JIS R 7601に記載の方法に準じて測定した。
【0202】
<13.表面皺の深さ>
炭素繊維の単繊維を数本試料台上にのせ、両端を固定し、さらに周囲にドータイトを塗り測定サンプルとした。原子間力顕微鏡(セイコーインスツルメンツ社製、製品名:SPI3700/SPA−300)によりカンチレバー(シリコンナイトライド製)を使用してAFMモードにて測定を行った。単繊維の2〜7μmの範囲を走査して得られた測定画像を二次元フーリエ変換にて低周波成分をカットしたのち逆変換を行い繊維の曲率を除去した。このようにして得られた平面画像の断面より皺の深さを5回定量し、その平均値を表面皺の深さとした。
【0203】
<14.炭素繊維束の開繊性評価>
炭素繊維束を一定張力下(0.075cN/dtex)、走行速度3.4m/minで金属ロール上を走行させた際のトウ幅をデジタル寸法測定器(キーエンス製 LS−7030M)で測定し開繊性の指標とした。
【0204】
<15.含浸性の評価>
炭素繊維束の含浸性の評価について図3を用いて説明する。炭素繊維束5を30cmの長さで切り出して、白粉(タルク)をまぶし、炭素繊維束の一端をクリップ7で留めた。容器内にホルムアミド9を注入して、液面に対して炭素繊維束が垂直になるようにクリップで留めた側を下にする。クリップをホルムアミド中に沈めてゆき、クリップが液面より下になった時点で沈降を停止し、20分間静置させて炭素繊維束中にホルムアミドを含浸させた。20分間経過後に、ホルムアミドが含浸した高さを定規8で測定した。この操作を6回実施して平均値を求めて「上昇高さH」とした。上昇高さが高いほど含浸性は良好であることを示す。なお白粉(タルク)は、ホルムアミドの含浸高さの確認を容易にするために用いたものである。なお、本発明の炭素繊維束は、含浸高さが100mm以上であることが好ましい。
【0205】
<16.VaRTM成形での含浸性評価>
縦糸として本発明の炭素繊維束を用い、横糸として22.5texのガラス繊維(ユニチカグラスファイバー社製)に熱融着繊維(東レ株式会社製)を付着させた糸条を用い、レピア織機(津田駒製)を用いて、目付600g/mの一方向性織物を製織した。得られた織物を縦500mm、横500mmの大きさにカットし、繊維軸方向を揃えて3枚積層した。この積層物(即ち、繊維基材)の上に、樹脂硬化後に除去するシート、いわゆるピールプライ(ナイロンタフタ♯15)を積層し、その上に繊維基材の全面に樹脂を拡散させる為の媒体(ポリエチレン製メッシュ材、AIRTECH GREENFLOE75)を置いた。
【0206】
また、繊維基材の繊維軸方向の両端に樹脂を堆積させるスパイラルチューブ(トラスコ株式会社製 品番TSP−10:素材ポリエチレン、肉厚0.8mm、外径10mm、スパイラルピッチ11.4mm)を配置させ、真空ポンプの吸引口を取り付けた。またこれら全体をバッグフィルム(ライトロン♯8400)で覆い、空気が漏れないようにバッグフィルムの周囲をシール材(バキュームシーラント、RS200)で成形型に接着した。
【0207】
続いて樹脂タンクから注入される樹脂の吐出口に連結させた。なお樹脂は、インフュージョン成形用エポキシ樹脂(ナガセケムテック株式会社製、主剤:DENATITE XNR6815、硬化剤:DENATITE XNH6815)を主剤100質量部、硬化剤27質量部で配合(混合物粘度260 mPa・S)して使用した。ついで、真空ポンプを用いてバッグフィルムで覆われた繊維基材を、真空圧力が70〜76cmHg程度の真空状態にした後、バルブを開放して樹脂を注入した。
【0208】
その際、樹脂含浸が完了するまでの時間を測定して樹脂含浸性を評価した。樹脂含浸性の評価は、樹脂注入開始から3枚の織物全体に樹脂が含浸するまでの時間を判定基準にし、以下の評価で含浸性を評価した。
○:含浸時間が10分未満、
×:含浸時間が10分以上。
【0209】
[実施例1]
容量80リットルのタービン撹拌翼付きアルミニウム製重合釜(攪拌翼:240φ、55mm×57mmの2段4枚羽)に、脱イオン交換水が重合釜オーバーフロー口まで達するよう76.5リットル入れ、硫酸第一鉄(FeSO・7HO)を0.01g加え、反応液のpHが3.0になるように硫酸を用いて調節し、重合釜内の温度を57℃で保持した。
【0210】
次に、重合開始50分前から、単量体に対してレドックス重合開始剤である過硫酸アンモニウムを0.10モル%、亜硫酸水素アンモニウムを0.35モル%、硫酸第一鉄(FeSO・7HO)を0.3ppm、硫酸を5.0×10−2モル%となるように、それぞれ脱イオン交換水に溶解して連続的に供給し、攪拌速度180rpm、攪拌動力1.2kW/mにて撹拌を行い、重合釜内での単量体の平均滞在時間が70分になるように設定した。
【0211】
ついで、重合開始時に、アクリロニトリル(以下「AN」と略す)98.7モル%、メタクリル酸2−ヒドロキシエチル(以下「HEMA」と略す)1.3モル%からなる単量体を水/単量体=3(質量比)となるように、単量体の連続供給を開始した。その後、重合開始1時間後に重合反応温度を50℃まで下げて温度を保持し、重合釜オーバーフロー口より連続的に重合体スラリーを取り出した。
【0212】
重合体スラリーには、シュウ酸ナトリウム0.37×10−2モル%、重炭酸ナトリウム1.78×10−2モル%を脱イオン交換水に溶解した重合停止剤水溶液を、重合スラリーのpHが5.5〜6.0になるように加えた。この重合スラリーをオリバー型連続フィルターによって脱水処理した後、重合体に対して10倍量の脱イオン交換水(70リットル)を加え、再び分散させた。再分散後の重合体スラリーを再度オリバー型連続フィルターによって脱水処理し、ペレット成形して、80℃にて8時間、熱風循環型の乾燥機で乾燥後、ハンマーミルで粉砕し、ポリアクリロニトリル系共重合体Aを得た。得られた共重合体Aの組成はAN単位98.5モル%、HEMA単位1.5モル%であり、比粘度は0.21であり、湿熱下融点は170℃であった。更に、この共重合体Aの水接触角は62.3°であり、酸化深さDeは、4.5μmであった。
【0213】
この共重合体をジメチルアセトアミド等の有機溶媒に溶解して濃度21質量%の紡糸原液を調製した。次いで、凝固浴濃度60質量%、凝固浴温度35℃の凝固浴条件で、湿式紡糸法にて紡糸し、前駆体繊維束を得た。この前駆体繊維束の単繊維繊度は、2.0dtex、フィラメント数は30000、繊維密度は1.18g/cm、断面形状は真円度0.85の空豆形状であった。更に、熱流束型示差走査熱量測定より求められる熱量Jaは185kJ/kgであり、熱量Jbは740kJ/kgであった。
【0214】
この前駆体繊維束を熱風循環式耐炎化炉にて250℃〜290℃の加熱空気中で伸張率+2%で60分間耐炎化処理を行い、耐炎化繊維束を得た。得られた耐炎化繊維束の密度は、1.392g/cmであった。
【0215】
次に、この耐炎化繊維束を、窒素雰囲気下、最高温度660℃、伸張率3.0%にて1.5分間低温熱処理し、さらに窒素雰囲気下、最高温度が1350℃の高温熱処理炉にて伸張率−4.5%で、約1.5分間、炭素化処理して、炭素繊維束を得た。
【0216】
得られた炭素繊維の直径Diは9.43μmであり、真円度は0.84であった。更に、ストランド引張強度は4300MPa、ストランド引張弾性率は245GPaと高い値を示した。これは、前駆体繊維にHEMA単位が含有されていることにより炭素繊維の性能発現に十分な緻密性あるいは均質性が保たれていること、また、高温、短時間で耐炎化処理を行っても繊維内部に十分に酸素が拡散するような発熱特性を有していること、加えて、前駆体繊維の繊維断面が空豆型であることにより繊維の表面から断面の中心までの距離が短いことなどにより、均一な耐炎化処理が可能となるためである。
【0217】
[実施例2〜15]
重合開始時の単量体の供給比(モル比)を表1または表2の値とした以外は、実施例1と同様の方法で共重合体A、B、CまたはF、Gを得た。尚、表1または表2中のHPMAはメタクリル酸2−ヒドロキシプロピル、またHEAはアクリル酸2−ヒドロキシエチルである。得られた共重合体の組成、比粘度、湿熱下融点、更に各々の共重合体より得られたフィルムの水接触角、及び、酸化深さDeを表1または表2に示した。
【0218】
これらの各共重合体を用いて実施例1と同様にして紡糸原液を調製して紡糸し前駆体繊維束を得た。それぞれの前駆体繊維束の単繊維繊度、フィラメント数、繊維密度、凝固浴条件、真円度、断面形状、熱量Ja及び熱量Jbを表1または表2に示した。
【0219】
次いで、これらの各前駆体繊維束を熱風循環式耐炎化炉にて表1または表2に示す温度の加熱空気中、伸張率および時間で、耐炎化処理を行った。得られた各耐炎化繊維の密度を表1または表2に示した。
【0220】
更に、この耐炎化繊維束を用いて実施例1と同様に炭素化処理して、炭素繊維束を得た。得られた炭素繊維の直径、真円度、開繊性、ストランド引張強度、及びストランド弾性率を表1または表2に示した。
【0221】
実施例2〜実施例15で得られた炭素繊維の断面形状は真円度が0.78〜0.88の空豆型であり、ストランド引張強度とストランド引張弾性率は共に高い値を示した。これは、実施例1と同様に前駆体繊維が十分な緻密性あるいは均質性を有していること、また、均一な耐炎化処理が可能となるためである。また、同じ単繊維繊度の断面形状が丸断面の前駆体繊維束より得られる炭素繊維束に対して、トウ幅が広くなっており、開繊性が優れることが確認された。
【0222】
[比較例1〜14]
重合開始時の単量体の供給比(モル比)を表3または表4の値とした以外は、実施例1と同様の方法で共重合体A、B、DまたはEを得た。尚、表3または表4中のAAmはアクリルアマイド、MAAはメタクリル酸、またIBMAはメタクリル酸イソブチルである。得られた共重合体の組成、比粘度、湿熱下融点、更に各々の共重合体より得られたフィルムの水接触角、及び酸化深さDeを表3または表4に示した。
【0223】
これらの各共重合体を用いて実施例1と同様にして紡糸原液を調製して紡糸し前駆体繊維束を得た。それぞれの前駆体繊維束の単繊維繊度、フィラメント数、繊維密度、凝固浴条件、真円度、断面形状、熱量Ja及び熱量Jbを表3または表4に示した。
【0224】
次いで、これらの各前駆体繊維束を熱風循環式の耐炎化炉にて、表3または表4に示す温度の加熱空気中、伸張率および時間で、耐炎化処理を行った。得られた各耐炎化繊維の密度を表3または表4に示した。
【0225】
更に、この耐炎化繊維束を用いて実施例1と同様に炭素化処理して、炭素繊維束を得た。得られた炭素繊維の直径、真円度、開繊性、ストランド引張強度、及びストランド弾性率を表3または表4に示した。
【0226】
比較例1で得られた炭素繊維の断面形状は、直径7.6μm、真円度0.95の丸型であった。更に、ストランド引張強度は1910MPa、ストランド引張弾性率は222GPaと低い値を示した。これは、前駆体繊維の繊維断面形状が丸型であることにより繊維の表面から断面の中心までの距離が長く、均一な耐炎化処理ができなかったからである。
【0227】
比較例2で得られた炭素繊維の断面形状は、直径9.4μm、真円度0.85の空豆型であったが、ストランド引張強度とストランド引張弾性率は実施例1と比較すると低い値を示した。これは、前駆体繊維を構成する共重合体中にHEMA単位などの親水性基を有する単量体が含まれていないことにより、フィルムの水接触角が74.4°と非常に高く、前駆体繊維束の緻密性あるいは均質性が保てなかったこと、及び、熱量Jaが52KJ/Kgと非常に小さく、耐炎化反応が進行する前に、前駆体繊維が可塑化し、耐炎化工程において、繊維が伸びてしまったからである。またこの比較例の条件では、発熱量Jbが340KJ/Kgと非常に小さいため、耐炎化反応性が低く、耐炎化処理に非常に長い時間を要し、生産性が著しく損なわれてしまう。
【0228】
比較例3で得られた炭素繊維の断面形状は、直径9.4μm、真円度0.81の空豆型であったが、ストランド引張強度とストランド引張弾性率は実施例1と比較すると低い値を示した。これは、前駆体繊維を構成する共重合体中のカルボキシ基の箇所がヒドロキシアルキル化されていないので熱量Jbの値が1150kJ/kgと非常に高く、耐炎化反応が一気に進行してしまうため断面二重構造が形成されやすいこと、及び、フィルムの酸化深さDeが3.0μmと小さく、前駆体繊維の酸素透過性が低いために単繊維繊度の大きい前駆体繊維内部まで酸素が拡散出来ず、耐炎化処理が均一に行えなかったためである。
【0229】
比較例4で得られた炭素繊維の断面形状は、直径11.9μm、真円度0.82の空豆型であったが、ストランド引張強度とストランド引張弾性率は実施例1と比較すると低い値を示した。これは、比較例3と同様の理由によるものと考えられる。
【0230】
比較例5では、炭素繊維束をサンプリングすることができなかった。これは、前駆体繊維を構成する共重合体中のカルボキシ基の箇所がヒドロキシアルキル化されていないので、熱量Jbの値が1150kJ/kgと非常に高く、耐炎化反応が一気に進行してしまうため、断面二重構造が形成されやすいこと、及び、フィルムの酸化深さDが3.0μmと小さく、前駆体繊維の酸素透過性が低いために単繊維繊度の大きい前駆体繊維内部まで酸素が拡散出来ず、耐炎化処理が不均一で、断面二重構造の形成が顕著であったためである。
【0231】
比較例6で得られた炭素繊維の断面形状は、直径11.7μm、真円度0.82の空豆型であったが、ストランド引張強度とストランド引張弾性率は実施例1と比較すると低い値を示した。これは、前駆体繊維を構成する共重合体中にHEMA単位などの親水性基を有する単量体単位が含まれていないことにより、フィルムの水接触角が76.2°と非常に高く、前駆体繊維束の緻密性あるいは均質性が保てなかったからである。さらに、共重合体Hは、IA単位を含有しているため、熱量Jaの値は、178kJ/kgと大きいが、熱量Jbの値が473kJ/kgと非常に小さいため、耐炎化処理時間を100分としても均一な耐炎化処理を行うことができないためである。
【0232】
比較例7で得られた炭素繊維の断面形状は、直径12.3μm、真円度0.81の空豆型であったが、ストランド引張強度とストランド引張弾性率は実施例1と比較すると低い値を示した。これは、前駆体繊維を構成する共重合体中にHEMA単位などの親水性基を有する単量体単位が含まれていないことにより、フィルムの水接触角が71.1°と高く、前駆体繊維束の緻密性あるいは均質性が保てなかったからである。さらに、共重合体Iは、MAA単位を含有しており、熱量Jaの値が262kJ/kgと非常に高く、耐炎化反応が一気に進行してしまうため断面二重構造が形成されやすいことと、フィルムの酸化深さDeが3.2μmと小さく、前駆体繊維の酸素透過性が低いために、単繊維繊度の大きい前駆体繊維内部まで酸素が拡散出来ず、耐炎化処理が均一に行えなかったためである。
【0233】
比較例8で得られた炭素繊維の断面形状は、直径11.9μm、真円度が0.83の空豆型であったが、ストランド引張強度とストランド引張弾性率は実施例1と比較すると低い値を示した。これは、以下のことが原因であると考えられる。前駆体繊維を構成する共重合体中にAAm単位が含まれていることにより、前駆体繊維の緻密性、均質性は保持されるが、共重合体中のカルボキシ基の箇所がヒドロキシアルキル化されていないので、熱量Jaが82kJ/kgと非常に小さく、耐炎化反応が進行する前に、前駆体繊維が可塑化し、耐炎化工程において、繊維が伸びてしまったためである。加えて、熱量Jbの値が1098kJ/kgと高く、耐炎化反応が一気に進行してしまうため断面二重構造が形成されやすいためである。また、共重合体J中には、カルボン酸基を含む単量体単位が含まれておらず、一方で単量体単位として嵩高いIBMA単位が導入されているため、フィルムの酸化深さDeが6.3μmと大きく、前駆体繊維の酸素透過性は十分であるが、耐炎化反応性が不適切であるため均一な耐炎化処理が行えなかったためである。
【0234】
比較例9で得られた炭素繊維の断面形状は、直径7.1μm、真円度が0.84の空豆型であった。更に、ストランド引張強度とストランド引張弾性率は実施例1と比較すると同等の値を示したが、開繊性の指標であるトウ幅は、20.9mmと、本発明の実施例全てに対して低い値を示した。これは、前駆体繊維束の単繊維繊度が1.0dtexと細いため、得られた炭素繊維束の単繊維同士が絡まり易く、開繊性が低下したためである。
【0235】
比較例10〜14で得られた炭素繊維のストランド引張強度とストランド引張弾性率は実施例1と比較すると低い値を示した。これは、前駆体繊維の繊維断面形状が丸型であることにより繊維の表面から断面の中心までの距離が長く、均一な耐炎化処理ができないからである。
【0236】
[実施例16]
実施例1と同様にして製造されたAN単位98.0モル%、HEMA単位2.0モル%で、比粘度が0.21であるアクリル系共重合体Aをジメチルアセトアミドに溶解して、紡糸原液を重合体濃度21%、原液温度60℃に調整した。この紡糸原液を用いて湿式紡糸法により紡糸した。紡糸原液を紡出する凝固浴は、濃度45質量%、温度25℃のジメチルアセトアミド水溶液である。使用した紡糸口金のホール数は3000である。凝固浴中で凝固して得た凝固糸を、洗浄延伸、熱延伸してトータルで7.4倍延伸して前駆体繊維束Aを得た。前駆体繊維束Aの単糸繊維繊度は2.5dtexになるように吐出量を調節した。熱流束型示差走査熱量計による発熱量は3400kJ/kg、HーNMR半値幅は12.5kHzであった。
【0237】
前駆体繊維束Aを熱風循環式耐炎化炉にて230℃〜270℃の加熱空気中で、伸張率2%で70分間耐炎化処理し、耐炎化繊維束を得た。尚、70分間で耐炎化繊維の密度が1.35g/cm程度になるように、耐炎化炉の温度を調節した。得られた耐炎化繊維の密度は、1.352g/cmであった。
【0238】
次に、この耐炎化繊維束を、窒素雰囲気下、最高温度690℃、伸張率3.0%にて1分間熱処理(前炭素化処理)し、さらに窒素雰囲気下、最高温度が1450℃の高温熱処理炉にて−4.3%の伸張の下、1分間、炭素化処理して、炭素繊維束を得た。ストランド引張強度は4390MPa、ストランド引張弾性率は251GPaと高い値を示した。
【0239】
[実施例17]
実施例16と同様にして製造された前駆体繊維束Aを熱風循環式耐炎化炉にて230℃〜270℃の加熱空気中で、伸張率2%で90分間、耐炎化処理した。90分間で1.40g/cm程度になるように耐炎化炉の温度を調節した。得られた耐炎化繊維の密度は、1.400であった。
【0240】
次に、実施例16と同条件で前炭素化処理、炭素化処理を行ない、炭素繊維束を得た。ストランド引張強度は4280MPa、ストランド引張弾性率は260GPaと高い値を示した。
【0241】
[実施例18〜27及び比較例15〜19]
凝固浴濃度と凝固浴温度を表5の値とし、得られる単繊維繊度を表5になるように吐出量を調節した以外は、実施例16と同様にして紡糸原液を調製して紡糸し、前駆体繊維束B〜Iを得た。
得られた前駆体繊維束の単繊維繊度、熱流束型示差走査熱量計による発熱量、H−NMR半値幅を表6に示した。
【0242】
次いで、これらの各前駆体繊維束を熱風循環式耐炎化炉にて実施例16または実施例17の条件で、耐炎化処理を行った。得られた各耐炎化繊維の密度を表6に示した。
【0243】
更に、この耐炎化繊維束を用いて実施例16または実施例17と同様に前炭素化処理、炭素化処理して、炭素繊維束を得た。得られた炭素繊維のストランド引張強度、及びストランド弾性率を表6に示した。
【0244】
実施例18〜実施例27で得られた炭素繊維のストランド引張強度とストランド引張弾性率はいずれも高い値を示した。
【0245】
比較例15及び16は、単位質量あたりの発熱量が3200kJ/kgより小さいため、ストランド弾性率が、実施例と比較して小さい値となった。比較例17及び18は、ストランド強度、ストランド弾性率ともに良好であるが、単繊維繊度が1.5dtexと小さいため目的の炭素繊維束は得られなかった。
【0246】
[実施例28]
実施例15と同様にして製造されたAN単位98.5モル%、HEMA単位1.5モル%で、比粘度が0.21である共重合体Bを用いて、単繊維繊度が2.0dtexになるように吐出量を調整して、表5の凝固浴条件を使用した以外は、実施例16と同様の条件で、前駆体繊維束Jを得た。
【0247】
前駆体繊維束Jを用いて熱風循環式耐炎化炉にて230℃〜270℃の加熱空気中、伸張率2%で耐炎化処理を60分間行ない、耐炎化繊維束を得た。耐炎化炉の温度は60分間で処理後の耐炎化繊維の密度が1.35g/cm程度になるように調節した。耐炎化処理後、実施例16と同条件で前炭素化処理、引き続き炭素化処理を行なって炭素繊維束を得た。評価結果を表6に示す。
【0248】
[比較例20及び21]
AN単位97.0モル%、AAm単位2.6モル%、メタクリル酸単位0.4モル%、比粘度0.21であるアクリル系共重合体Dを用いて、実施例16と同様に紡糸原液を作製して、吐出量を調節して、表5に示す凝固浴条件で紡糸して、前駆体繊維束KおよびLを得た。得られた前駆体繊維束の単繊維繊度、熱流束型示差走査熱量計による発熱量、H−NMR半値幅を表6に示した。そしてこの耐炎化繊維束を用いて、70分で耐炎化繊維の密度が1.35g/cm程度になるように耐炎化温度を調節して、耐炎化処理を行ない、引き続き実施例16と同様の条件で、前炭素化処理、炭素化処理をして炭素繊維束を得た。評価結果を表6に示す。
【0249】
比較例20は、単位質量あたりの発熱量が3200kJ/kgより小さく、また、H−NMR半値幅が14.5kHzより大きいため、酸素の拡散が充分でなく、安定な構造が少ない。そのため、ストランド引張強度、ストランド引張弾性率は共に低かった。
【0250】
比較例21は、H−NMR半値幅が14.5kHzより大きいため、酸素の拡散速度は遅い。しかしながら、単繊維繊度が1.5dtexと細いため、耐炎化処理時に安定な構造への変化量は大きくなるので、炭素繊維のストランド引張強度とストランド引張弾性率は高い値を示した。一方、単繊維繊度が小さいため、目標とした単繊維太さの炭素繊維は得られなかった。
【0251】
図6に実施例及び比較例のストランド弾性率と単位質量あたりの発熱量の関係を示す。単位質量あたりの発熱量が3200kJ/kgより小さくなると、共重合体組成、単繊維繊度によらず、ストランド引張弾性率が小さくなり物性が低下していることが明らかである。
【0252】
[実施例29]
アクリロニトリル、メタクリル酸2−ヒドロキシエチル、過硫酸アンモニウム−亜硫酸水素アンモニウムおよび硫酸鉄の存在下、水系懸濁重合により共重合し、アクリロニトリル単位/メタクリル酸2−ヒドロキシエチル単位=98.5/1.5(モル%)からなるアクリロニトリル系共重合体を得た。この共重合体をジメチルアセトアミドに溶解し、21質量%の紡糸原液を調製した。孔数24,000、孔直径60μmの紡糸口金(紡糸ノズル)を通して、濃度60質量%、温度35℃のジメチルアセトアミド水溶液からなる凝固浴中に吐出させ、紡糸口金面からの吐出線速度の0.32倍の速度で引き取ることで繊維束(膨潤糸条)を得た。
【0253】
次いで、この繊維束を水洗すると同時に5.4倍に延伸し、さらにアミノ変性シリコン/ポリオキシエチレン(6)ラウリルエーテル=91/9(質量比)の油剤組成物が、1.5質量%の濃度で水中に分散した油剤処理液からなる第一油浴槽に導き油剤処理液を繊維束に付与した。次いで、ガイドで油剤処理液を一旦絞った後、引き続き第一油浴槽と同じ組成、濃度からなる第二油浴槽に導き、再度、油剤処理液を繊維束に付与した。
【0254】
再度、油剤処理液を付与した繊維束を、加熱ロールを用いて乾燥し、回転速度を所定の条件に調節した加熱ロール間で1.34倍に乾熱延伸した。膨潤糸条からの全延伸倍率は7.4倍であった。その後、タッチロールにて繊維束に水を付与することで水分率を調整し、単繊維繊度2.5dtexの前駆体繊維束を得た。
【0255】
この前駆体繊維束を、熱風循環式耐炎化炉にて220〜260℃の加熱空気中で、伸長率−1.5%で70分間耐炎化処理し、耐炎化繊維束を得た。得られた耐炎化繊維束を、さらに、窒素雰囲気下700℃、+3%の伸長率で1.4分間前炭素化処理し、続いて窒素雰囲気中1,300℃、伸長率−4.0%で1.0分間炭素化処理して炭素繊維束を得た。その後、表面処理を行った後、主剤として、ジャパンエポキシレジン(株)製「エピコート828」を80質量部、乳化剤として旭電化(株)製「プルロニックF88」20質量部を混合し、転相乳化により水分散液を調製したサイジング剤を1質量%付着させ、乾燥処理を経た後に炭素繊維束を得た。
【0256】
得られた炭素繊維束の単繊維繊度は、1.3dtexであった。ストランド強度は4300MPa、ストランド弾性率は233GPaであった。またこの炭素繊維の断面の真円度は、0.75であり、皺の深さは49.8nmであった。含浸性評価を行ったところ、上昇高さは126mmであった。また、VaRTM成形加工を実施し、樹脂の含浸性評価を行ったところ、含浸時間は9分であり、含浸性は良好であった。評価結果を表7に纏めた。
【0257】
[実施例30]
アクリロニトリル、メタクリル酸2−ヒドロキシエチル、過硫酸アンモニウム−亜硫酸水素アンモニウムおよび硫酸鉄の存在下、水系懸濁重合により共重合し、アクリロニトリル単位/メタクリル酸2−ヒドロキシエチル単位=98.0/2.0(モル%)としたこと以外は実施例29と同様にして炭素繊維束を得た。
【0258】
得られた炭素繊維束の単繊維繊度は、1.3dtexであった。この炭素繊維束のストランド物性を測定したところ、ストランド強度は4.2GPa、ストランド弾性率は232GPaであった。また炭素繊維の真円度は、0.75であり、皺の深さは50.0nmであった。含浸性評価を行ったところ、上昇高さは125mmであった。また、VaRTM成形加工を実施し、樹脂の含浸状況評価を行ったところ、含浸時間は9分であり、含浸性は良好であった。
【0259】
[比較例22]
表7に示す紡糸条件以外の条件は実施例29と同様にして単繊維繊度4.5dtexの前駆体繊維束を得た。
【0260】
上記の前駆体繊維束を、熱風循環式耐炎化炉にて220〜260℃の加熱空気中で、伸長率−5.9%で70分間耐炎化処理を行い、耐炎化繊維束を得た。得られた耐炎化繊維束を、さらに、窒素雰囲気下700℃、伸長率+3%で前炭素化処理しようとしたが、耐炎化不足のためか、前炭素化工程で糸切れが多発した。そのため伸張率−5.9%で300分間耐炎化処理を行ったところ、前炭素化工程で糸切れなく工程を通過させることができるようになった。続いて窒素雰囲気中1,300℃、伸長率−4.0%で3.2分間炭素化処理して炭素繊維束を得た。これら以外の条件は実施例29と同様にして炭素繊維束を得た。各評結果を表7に示した。
【0261】
[比較例23]
アクリロニトリル、アクリルアミド、及びメタクリル酸を、過硫酸アンモニウム−亜硫酸水素アンモニウムおよび硫酸鉄の存在下、水系懸濁重合により共重合し、アクリロニトリル単位/アクリルアミド単位/メタクリル酸単位=96/3/1(モル%)からなるアクリロニトリル系共重合体を得た。この共重合体を用いて実施例29と同様にして、紡糸原液の調製、紡糸、水洗、延伸、油剤処理を実施して、油剤処理液を繊維束に付与した。
【0262】
再度、油剤処理液を付与した繊維束を加熱ロールを用いて乾燥し、回転速度を所定の条件に調節した加熱ロール間で1.3倍に乾熱延伸をした。この時の膨潤糸条からの全延伸倍率は7.3倍であった。その後、タッチロールにて繊維束に水を付与することで水分率を調整し、単繊維繊度2.5dtexの前駆体繊維束を得た。
【0263】
上記の前駆体繊維束を、熱風循環式耐炎化炉にて220〜260℃の加熱空気中で、伸長率−5.9%で70分間耐炎化処理を行い、耐炎化繊維束を得た。得られた耐炎化繊維束を、さらに、窒素雰囲気下700℃、伸長率+3%で前炭素化処理を行おうととしたが、耐炎化不足のためか、前炭素化工程で糸切れが多発した。そのため伸張率−5.9%で300分間耐炎化処理を行ったところ、前炭素化工程で糸切れなく工程を通過させることができるようになった。続いて窒素雰囲気中1,300℃、伸長率−4.0%で3.2分間炭素化処理を行い、炭素繊維束を得た。これら以外の条件は実施例29と同様にして炭素繊維束を製造し、表7の評価結果を得た。
【0264】
[比較例24]
表7に示す紡糸条件以外の条件は実施例29と同様にして単繊維繊度1.0dtexのPAN系前駆体繊維束を得、更に炭素繊維を製造し、表7の評価結果を得た。
【0265】
[比較例25]
表7に示す紡糸条件を採用して繊維束(膨潤糸条)を得た。ついでこの繊維束を水洗と同時に4.8倍に延伸し、さらに実施例29と同様にして油剤処理液を繊維束に付与した。この繊維束を熱ロールを用いて乾燥し、スチーム延伸機にて2.7倍にスチーム延伸をした。この時の膨潤糸条からの全延伸倍率は12.7倍であった。これら以外の条件は実施例29と同様にして、単繊維繊度1.2dtexの前駆体繊維束を得た。
【0266】
この前駆体繊維束を、熱風循環式耐炎化炉にて220〜260℃の加熱空気中で、伸長率−6.0%で60分間耐炎化処理を行い、耐炎化繊維束を得た。得られた耐炎化繊維束を、窒素雰囲気下700℃、伸長率+3%で1.6分間前炭素化処理を行い、続いて窒素雰囲気中1,250℃、伸長率−4.6%で1.4分間炭素化処理して炭素化繊維束を得た。これら以外の条件は実施例29と同様の方法で炭素繊維束を得た。そして表7の評価結果を得た。
【0267】
[比較例26]
表7に示す紡糸条件を採用して繊維束(膨潤糸条)を得た。ついでこの繊維束を水洗と同時に5.9倍に延伸し、さらに実施例29と同様にして油剤処理液を繊維束に付与した。この繊維束を熱ロールを用いて乾燥し、スチーム延伸機にて2.1倍にスチーム延伸した。この時の膨潤糸条からの全延伸倍率は12.5倍であった。これら以外の条件は実施例29と同様にして、単繊維繊度1.2dtexの前駆体繊維束を得た。
【0268】
この前駆体繊維束を用いて、比較例23と同様の方法で炭素繊維を製造し、表7の評価結果を得た。
【0269】
[比較例27]
表7に示す紡糸条件以外の条件は実施例29と同様にして単繊維繊度2.5dtexの前駆体繊維束を得た。この前駆体繊維束を用いて、実施例29と同様の方法で炭素繊維を製造しようとしたが、繊維束の集束性が低下し、炭素繊維束を製造する際の焼成工程通過性が悪化し、炭素繊維束を安定して製造することができなかった。
【0270】
[実施例31および32、並びに、比較例28〜30]
<1.原料>
以下の実施例および比較例においては、原材料として下記のものを用いた。
(1−1.炭素繊維)
PAN系炭素繊維1(単繊維繊度:0.75dtex、真円度:0.70、直径Di:8.4μm、強度:4116MPa、弾性率:235GPa)、
PAN系炭素繊維2(単繊維繊度:1.24dtex、真円度:0.75、直径Di:11.9μm、強度:4226MPa、弾性率:229GPa)、
PAN系炭素繊維3(単繊維繊度:2.01dtex、真円度:0.73、直径Di:15.6μm、強度:3489MPa、弾性率:246GPa)、
PAN系炭素繊維4(単繊維繊度:1.21dtex、真円度:0.95、直径Di:9.6μm、強度:3989MPa、弾性率:227GPa)、
PAN系炭素繊維5(単繊維繊度:2.29dtex、真円度:0.95、直径Di:11.9μm、強度:3283MPa、弾性率:232GPa)。
PAN系炭素繊維1は、フィラメント数を50000に変更した以外は、比較例1と同条件で製造した。PAN系炭素繊維2は、実施例3と同条件で製造した。PAN系炭素繊維3は、フィラメント数を12000に変更した以外は、実施例15と同条件で製造した。PAN系炭素繊維4は、比較例12と同条件で製造した。PAN系炭素繊維5は、フィラメント数を12000にし、炭素繊維前駆体の繊度を4.5dtexに変更した以外は、比較例14と同条件で製造した。
【0271】
(1−2.エポキシ樹脂)
jER828:液状ビスフェノールA型エポキシ樹脂(三菱化学社製)、
AER4152:オキサゾリドン型エポキシ樹脂(旭化成イーマテリアルズ社製)。
【0272】
(1−3.熱可塑性樹脂)
ビニレックE:ポリビニルホルマール樹脂(チッソ社製)。
【0273】
(1−4.硬化助剤)
DCMU:ウレア化合物 DCMU 99(保土ヶ谷化学社製)、
PDMU:ウレア化合物 オミキュア94(ピイ・テイ・アイ・ジャパン社製)。
【0274】
(1−5.硬化剤)
DICY:ジシアンジアミド DICY 15(三菱化学社製)。
【0275】
<2.製造及び評価>
以下の実施例および比較例においては、下記の製造条件および評価条件等を採用した。
(2−1.エポキシ樹脂組成物の調製)
ニーダー中にエポキシ樹脂と熱可塑樹脂を所定量加え、混練しつつ160℃まで昇温し、160℃1時間混練することで透明な粘調液を得た。60℃まで混練しつつ降温させ、硬化助剤と硬化剤を所定量加え混練し、エポキシ樹脂組成物を得た。このエポキシ樹脂組成物の組成を表8に示した。
【0276】
(2−2.フロー指数の測定)
フロー指数の測定は、先に記載した方法によって実施した。
【0277】
(2−3.樹脂フィルムの作成)
上記エポキシ樹脂組成物の調製で得られたエポキシ樹脂組成物を、フィルムコーターを用い、60℃において、樹脂目付50〜55g/mで離型紙上に塗布して、「樹脂フィルムT」を得た。
【0278】
(2−4.炭素繊維プリプレグの作成)
得られた樹脂フィルムTの樹脂塗布面上に各炭素繊維束(PAN系炭素繊維1〜5のいずれか)をドラムワインドにて巻き付け、その上に別の樹脂フィルムTを、その塗布面が下側になるように置いて、炭素繊維束を挟み込み、炭素繊維束の繊維の間に樹脂を含浸させることで、炭素繊維目付202〜213g/mで樹脂含有率32.0〜34.3質量%の一方向プリプレグを得た。評価結果を表9に示す。
【0279】
(2−5.コンポジットパネル(6ply)の成形)
得られた一方向プリプレグを、長さ(0°方向、繊維に平行方向)300mm、幅(90°方向、繊維直交方向)300mmにカットした。0°方向に揃えて6枚積層し、バギングした後、オーブンを用いて図6の硬化条件で真空バッグ成形を行い、コンポジットパネルを得た。評価結果を表9に示す。
【0280】
(2−6.コンポジットパネル(10ply)の成形)
得られた一方向プリプレグを、長さ(0°方向、繊維に平行方向)300mm、幅(90°方向、繊維直交方向)300mmにカットした。0°方向に揃えて10枚積層し、バギングした後、オーブンを用いて図5の硬化条件で真空バッグ成形を行い、コンポジットパネルを得た。
【0281】
(2−7.0°圧縮試験)
上記で得られたコンポジットパネルに前記コンポジットパネルと同じ材料で作成したタブを接着した後、湿式ダイヤモンドカッターにより長さ(0°方向)80mm、幅12.7mmの寸法に切断して試験片を作製した。得られた試験片にて、Instron社製万能試験機Instron5882と解析ソフトBluehillを用い、SACMA 1R−94準拠で0°圧縮試験を行い、0°圧縮強度、弾性率を算出した。評価結果を表9に示す。
【0282】
(2−8.0°曲げ試験)
上記で得られたコンポジットパネル(10ply)を湿式ダイヤモンドカッターにより長さ127mm(0°方向)、幅12.7mm(90°方向)の寸法に切断して試験片を作製した。得られた試験片を、Instron社製万能試験機Instron5565と解析ソフトBluehillを用い、ASTM D−790準拠(圧子R=5.0、L/D=40、クロスヘッドスピード5.26〜5.52mm/分)で3点曲げ試験を行い、0°曲げ強度、0°曲げ弾性率を算出した。評価結果を表9に示す。
【0283】
(2−9.90°曲げ試験)
上記で得られたコンポジットパネル(10ply)を湿式ダイヤモンドカッターにより長さ25.4mm(0°方向)、幅50mm(90°方向)の寸法に切断して試験片を作製した。得られた試験片を、Instron社製万能試験機Instron5565と解析ソフトBluehillを用い、ASTM D−790準拠(圧子R=3.2、L/D=16、クロスヘッドスピード0.838〜0.902mm/分)で3点曲げ試験を行い、90°曲げ強度、90°曲げ弾性率を算出した。評価結果を表9に示す。
【0284】
(2−10.層間せん断試験)
上記で得られたコンポジットパネル(10ply)から湿式ダイヤモンドカッターにより試験片を作製し、ASTMD−2344に準拠して層間剪断強度を測定した。評価結果を表9に記す。
【0285】
(実施例31)
繊度が1.24dtexの「PAN系炭素繊維2」を用いた。0°圧縮試験における強度、弾性率共に高い値であった。0°圧縮試験における6ply成形体強度に対する10plyコンポジットパネル強度の強度保持率(=10ply成形体強度/6ply成形体強度×100)が高い値(97.6%)を示した。
【0286】
(実施例32)
繊度が2.01dtexの「PAN系炭素繊維3」を用いた。0°圧縮試験における強度、弾性率共に高い値であった。0°圧縮試験における6ply成形体強度に対する10plyコンポジットパネル強度の強度保持率が高い値(98.7%)を示した。
【0287】
(比較例28)
繊度が1.21dtexの「PAN系炭素繊維4」を用いた。0°圧縮試験における6plyコンポジットパネル強度の強度は、実施例31より低い値であり、使用できるレベルではなかった。
【0288】
(比較例29)
繊度が2.29dtexの「PAN系炭素繊維5」を用いた。0°圧縮試験における6plyコンポジットパネル強度の強度は、実施例32より低い値であり、使用できるレベルではなかった。
【0289】
(比較例30)
繊度が0.75dtexの「PAN系炭素繊維1」を用いた。0°圧縮試験における10plyコンポジットパネル強度の強度は低い値であり、使用できるレベルではなかった。また、0°圧縮試験における6ply成形体強度に対する10ply成形体強度の強度保持率が低い値(82.5%)を示した。
【0290】
(比較例31)
この比較例は、比較例30の樹脂粘度を上昇させた例である。フロー指数が1941Pa−1と低下し、0°圧縮試験における10plyコンポジットパネル強度の強度は低い値を示し、0°圧縮試験における6plyコンポジットパネル強度に対する10plyコンポジットパネル強度の強度保持率がやや向上したが、それでも強度保持率は低い値(87.1%)を示した。
【0291】
(比較例32)
この比較例は、比較例30の硬化速度を上昇させた例である。フロー指数が2123Pa−1と低下し、0°圧縮試験における10plyコンポジットパネル強度の強度は低い値を示し、0°圧縮試験における6plyコンポジットパネル強度に対する10plyコンポジットパネル強度の強度保持率がやや向上したが、それでも強度保持率は低い値(88.0%)を示した。
【0292】
本発明により、単繊維繊度が大きく優れた生産性を有する前駆体繊維束を、耐炎化処理工程における生産性を落とすことなく均一に処理することが出来、更には、繊維束内の単繊維交絡が少なく、広がり性に優れた高品質な炭素繊維束を得ることが出来る。
【0293】
【表1】
【0294】
【表2】
【0295】
【表3】
【0296】
【表4】
【0297】
【表5】
【0298】
【表6】
【0299】
【表7】
【0300】
【表8】
【0301】
【表9】
【符号の説明】
【0302】
5:炭素繊維束
6:含浸高さ
7:クリップ
8:定規
9:ホルムアミド
10:アングル
11:成形型
12:炭素繊維織物
13:スパイラルチューブ
14:媒体
15:ピールプライ
16:バッグフィルム
17:シール材
18:真空ポンプの吸引口
19:バルブ
20:樹脂の吐出口
【産業上の利用可能性】
【0303】
本発明の炭素繊維束は、航空機やロケットなどの航空・宇宙用の材料、テニスラケット、ゴルフシャフト、釣竿などのスポーツ用品の材料、船舶、自動車などの運輸機械の材料、携帯電話やパソコンの筐体等の電子機器部品の材料や、燃料電池の電極の材料を含む多くの分野で使用可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6