【実施例】
【0180】
以下、本発明について実施例を挙げて具体的に説明する。実施例における各測定方法は以下の通りである。
【0181】
<1.ポリアクリロニトリル系共重合体の組成>
共重合体の組成(各単量体単位の比率(モル%))は、
1H−NMR法により、以下のようにして測定した。溶媒としてジメチルスルホキシド−d6溶媒を用い、共重合体を溶解させ、NMR測定装置(日本電子社製、製品名:GSZ−400型)により、積算回数40回、測定温度120℃の条件で測定し、ケミカルシフトの積分比から各単量体単位の比率を求めた。
【0182】
<2.ポリアクリロニトリル系共重合体の比粘度>
共重合体0.5gを100mlのジメチルホルムアミド中に分散し、75℃で40分間保持することで、共重合体溶液を得た。この溶液の粘度ηと溶媒の粘度η
0をウベローデ型粘度計を用いて25℃で測定し、次式にて比粘度ηspを算出した。
ηsp=(η−η
0)/5η
0【0183】
<3.ポリアクリロニトリル系共重合体の湿熱下融点>
共重合体を、目開き0.5mmの篩いに通し、5mgを精秤してエスアイアイ・ナノテクノロジー社製の密封試料容器Ag製15μl(DSC200系用)(300℃/30分Air中にて熱処理済)に入れ、純水5μlを加え密封した。セイコーインスツルメンツ(株)製DSC/220を用いて、10℃/分の昇温速度で、室温から230℃まで熱流束型示差走査熱量計による測定を実施し、150℃〜200℃付近に現れる吸熱ピークの頂点に対応する温度を読取り、これを湿熱下融点Tm(℃)とした。
【0184】
<4.ポリアクリロニトリル系共重合体の水との接触角>
共重合体をジメチルアセトアミドに溶解させて、質量濃度21%の共重合体溶液を調製し、この共重合体溶液をガラス板上に、一定の厚みになるように塗布した。次に、この共重合体溶液を塗布したガラス板を、熱風乾燥機を用いて、空気中120℃で6時間乾燥し、溶媒を蒸発させて、厚み20〜40μmのフィルムとした。このフィルムの表面に1μLの水を滴下し、接触角測定装置(協和界面科学社製、商品名:DM301)を用いて、滴下の3秒後から1秒間隔毎に、水接触角を5回測定し、その平均値θ’を求めた。さらに、水を滴下するフィルムの表面の位置を変えて、同様の操作を合計3回行い、3回の算術平均値を算出し、この算術平均値を共重合体の水接触角θとした。
【0185】
<5.ポリアクリロニトリル系共重合体の酸化深さDe測定>
共重合体をジメチルホルムアミドに溶解させて、質量濃度25%の共重合体溶液を調製し、この共重合体溶液をガラス板上に、一定の厚みになるように塗布した。次に、この共重合体溶液を塗布したガラス板を、熱風乾燥機を用いて、空気中120℃で6時間乾燥し、溶媒を蒸発させて、20〜40μmの範囲で厚みが一定のフィルムとした。得られたフィルムを、熱風乾燥機を用いて、空気中240℃で60分、さらに空気中250℃で60分熱処理し、耐炎化処理を行った。得られた耐炎化フィルムを縦30mm、横10mmのサイズに切断して、エポキシ樹脂中に包埋し、耐炎化フィルムの横断面が露出するように研磨した。その研磨した耐炎化フィルム表面に対して垂直な断面を蛍光顕微鏡(商品名:MICROFLEX AFX DX)を用いて倍率1500倍で観察した。断面において酸化が進んだ部分は相対的に暗い層として、進んでいない部分は相対的に明るい層として観察されるので、フィルム表面から、暗い層と明るい層の境界までの距離を1つの断面上で少なくとも5点計測し、さらに、3つの断面について同様の測定を行い、その算術平均値を酸化深さDe(μm)とした。
【0186】
<6.前駆体繊維の単繊維繊度>
単繊維繊度とは、繊維1本の10000m当りの重さである。前駆体繊維束の任意の箇所から長さ1mの繊維束を2本とり、各々の質量を測定し、これらの各値をフィラメント数(すなわち口金の孔数)で除した後、10000倍し、2本の繊維束の平均値を算出し、これを単繊維繊度とした。
【0187】
<7.前駆体繊維束の真円度>
(1)サンプルの作製
長さ200mm程度の前駆体繊維束(サンプル繊維)の長手方向の中心部付近に木綿糸を半巻きに引っかけ、木綿糸の両端を合わせて長さ約15mmのポリエチレン細管チューブ(三商(株)ヒビキ ポリエチレン細管 No.3)に通した。この時、サンプル繊維はチューブの端部分に止めておいた。次いで、サンプル繊維に静電気防止剤(三井物産プラスチックス(株)製、スタティサイド)をまんべんなく吹き付けた(約2秒間程度)。木綿糸を引いてサンプル繊維をチューブ内に導入し、サンプル繊維が入ったチューブをゴム板上で剃刀を用いて1〜3mm程度にカットした。
【0188】
(2)SEM観察
SEM試料台にカーボン両面テープ(日新EM株式会社製、SEM用導電性カーボン両面テープ、幅8mm)を貼りつけ、その上に前記(1)により得られたサンプルチューブを繊維断面が真上になるように精密ピンセットを用いて貼りつけた。次いでSEM(PHILIPS FEI−XL20)を用いて観察し、画面上に5個以上の繊維断面が写っている写真を任意に5枚撮影した。
【0189】
(3)真円度測定
画像解析ソフトウェア(日本ローパー(株)製、製品名:Image−Pro PLUS)を用いて繊維断面の外形をトレースし、周長Lおよび面積Sを計測した。各サンプルについて5枚の写真から任意に20個、ただし、1枚の写真から3個以上の繊維断面を選んで計測し、LおよびSの平均値を求め、次式により真円度を算出した。
真円度=(4πS)/L
2【0190】
<8.前駆体繊維束の等速昇温発熱曲線>
前駆体繊維束の等速昇温発熱曲線は、熱流束型示差走査熱量計により、以下のようにして測定した。先ず、前駆体繊維束を4.0mmの長さに切断し、4.0mgを精秤して、エスアイアイ社製の密封試料容器Ag製50μl(商品名:P/N SSC000E030)中に詰め、エスアイアイ社製メッシュカバーCu製(商品名:P/N 50−037)(450℃/15分間、空気中で熱処理済)で蓋をした。次いで、熱流束型示差走査熱量計:エスアイアイ社製DSC/220を用いて、10℃/分の昇温速度、エアー供給量100ml/min(エアー供給量の基準:30℃、0.10MPa)の条件で、室温(30℃)から450℃まで測定した。得られた等速昇温発熱曲線の230℃以上260℃以下の発熱量を熱量Jaとし、260℃以上290℃以下の発熱量を熱量Jbとした。
【0191】
<9.前駆体繊維の熱流束型示差走査熱量計による発熱量の測定方法>
前駆体繊維束を2.0mmの長さに切断し、約7.0mgをエスアイアイ社製のAl製オープンサンプルパン(商品名:P/N SSSC000E030 )中に詰め、エスアイアイ社製SUSメッシュカバー(商品名:P/N 50−038 )(450℃/15分間、空気中で熱処理済)で蓋をして、熱流量測定に供した。尚、サンプルパン、SUSメッシュ及び前駆体繊維束の質量は精密天秤を用いて100分の1mg単位まで秤量した。
【0192】
装置には、熱流束型示差走査熱量計:エスアイアイ社製DSC/220を用いて、室温〜210℃の間は20℃/分、210〜300℃の間は2℃/分の昇温速度、エアー供給量100ml/min(エアー供給量の基準:30℃、0.10MPa)の条件で測定した。
【0193】
熱流量の取り込み時間間隔は、0.5秒である。発熱量は215℃の熱流量を0として215〜300℃までの熱流量を時間で積分して求めた。具体的には、取り込み時間毎の温度と熱流量を用いて、215℃から300℃まで、[熱流量(μW)×0.5(s)]の総和をとり、215〜300℃における発熱量を求めた。その発熱量をサンプル量で除して、単位質量あたりの発熱量を求めた。
【0194】
<10.前駆体繊維の固体
1H−NMRの測定方法>
市販の外径5mmのNMR用サンプル管を50mmに切断し作製したサンプル管に長手方向と繊維軸が一致するように隙間がないように前駆体繊維束をつめて測定に供した。サンプル管内の繊維サンプル長さは約6mmであった。装置はBruker Bio−Spin製 AVANCEII 300MHzマグネットを用いた。プローブはスタティックプローブを使用して繊維軸が磁場に対して垂直になるようにセットした。
【0195】
ハーンエコー法の90度パルスと180度パルスの間隔をτとしたとき、τ=6μsのスペクトルをA、τ=60μsのスペクトルをBとし、AとBの差スペクトルをCとして、Cの半値幅を求めた。差スペクトルは付属の解析ソフトで得ることができ、半値幅も付属の解析ソフトを用いて得ることができる。測定条件は次のとおりである。
測定温度:160℃、測定雰囲気:窒素、ハーンエコー法、90度パルス5μs、180度パルス10μs、積算回数:8回、繰り返し待ち時間:12s。
【0196】
<11.炭素繊維束の直径及び真円度>
(1)サンプルの作製
長さ5cmに切断した炭素繊維束をエポキシ樹脂(エポマウント主剤:エポマウント硬化剤=100:9(質量比))に包埋し、2cmに切断して横断面を露出させ、鏡面処理した。
【0197】
(2)観察面のエッチング処理
更に、繊維の外形を明瞭にするために、サンプルの横断面を次の方法でエッチング処理した。
・使用装置:日本電子(株)JP−170 プラズマエッチング装置、
・処理条件:(雰囲気ガス:Ar/O
2=75/25、プラズマ出力:50W、真空度:約120Pa、処理時間:5min。)。
【0198】
(3)SEM観察
前記(1)及び(2)により得られたサンプルの横断面を、SEM(PHILIPS FEI−XL20)を用いて観察し、画面上に5個以上の繊維断面が写っている写真を任意に5枚撮影した。
【0199】
(4)炭素繊維束の単繊維の直径測定
各サンプルについて5枚のSEM写真から任意に20個、ただし、1枚の写真から3個以上の単繊維断面を選んで、画像解析ソフトウェア(日本ローパー(株)製、製品名:Image−Pro PLUS)を用いて繊維断面の外形をトレースし、断面の長径(最大フェレ径)dを計測した。選んだ単繊維断面全ての長径dの平均を、炭素繊維束の単繊維の直径Diとした。
【0200】
(5)炭素繊維束の単繊維の真円度測定
画像解析ソフトウェア(日本ローパー(株)製、製品名:Image−Pro PLUS)を用いて繊維断面の外形をトレースし、周長Lおよび面積Sを計測した。各サンプルについて5枚の写真から任意に20個、ただし、1枚の写真から3個以上の繊維断面を選んで計測し、LおよびSの平均値を求め、次式により真円度を算出した。
真円度=(4πS)/L
2【0201】
<12.炭素繊維のストランド強度およびストランド弾性率>
炭素繊維の物性(ストランド強度およびストランド弾性率)は、JIS R 7601に記載の方法に準じて測定した。
【0202】
<13.表面皺の深さ>
炭素繊維の単繊維を数本試料台上にのせ、両端を固定し、さらに周囲にドータイトを塗り測定サンプルとした。原子間力顕微鏡(セイコーインスツルメンツ社製、製品名:SPI3700/SPA−300)によりカンチレバー(シリコンナイトライド製)を使用してAFMモードにて測定を行った。単繊維の2〜7μmの範囲を走査して得られた測定画像を二次元フーリエ変換にて低周波成分をカットしたのち逆変換を行い繊維の曲率を除去した。このようにして得られた平面画像の断面より皺の深さを5回定量し、その平均値を表面皺の深さとした。
【0203】
<14.炭素繊維束の開繊性評価>
炭素繊維束を一定張力下(0.075cN/dtex)、走行速度3.4m/minで金属ロール上を走行させた際のトウ幅をデジタル寸法測定器(キーエンス製 LS−7030M)で測定し開繊性の指標とした。
【0204】
<15.含浸性の評価>
炭素繊維束の含浸性の評価について
図3を用いて説明する。炭素繊維束5を30cmの長さで切り出して、白粉(タルク)をまぶし、炭素繊維束の一端をクリップ7で留めた。容器内にホルムアミド9を注入して、液面に対して炭素繊維束が垂直になるようにクリップで留めた側を下にする。クリップをホルムアミド中に沈めてゆき、クリップが液面より下になった時点で沈降を停止し、20分間静置させて炭素繊維束中にホルムアミドを含浸させた。20分間経過後に、ホルムアミドが含浸した高さを定規8で測定した。この操作を6回実施して平均値を求めて「上昇高さH」とした。上昇高さが高いほど含浸性は良好であることを示す。なお白粉(タルク)は、ホルムアミドの含浸高さの確認を容易にするために用いたものである。なお、本発明の炭素繊維束は、含浸高さが100mm以上であることが好ましい。
【0205】
<16.VaRTM成形での含浸性評価>
縦糸として本発明の炭素繊維束を用い、横糸として22.5texのガラス繊維(ユニチカグラスファイバー社製)に熱融着繊維(東レ株式会社製)を付着させた糸条を用い、レピア織機(津田駒製)を用いて、目付600g/m
2の一方向性織物を製織した。得られた織物を縦500mm、横500mmの大きさにカットし、繊維軸方向を揃えて3枚積層した。この積層物(即ち、繊維基材)の上に、樹脂硬化後に除去するシート、いわゆるピールプライ(ナイロンタフタ♯15)を積層し、その上に繊維基材の全面に樹脂を拡散させる為の媒体(ポリエチレン製メッシュ材、AIRTECH GREENFLOE75)を置いた。
【0206】
また、繊維基材の繊維軸方向の両端に樹脂を堆積させるスパイラルチューブ(トラスコ株式会社製 品番TSP−10:素材ポリエチレン、肉厚0.8mm、外径10mm、スパイラルピッチ11.4mm)を配置させ、真空ポンプの吸引口を取り付けた。またこれら全体をバッグフィルム(ライトロン♯8400)で覆い、空気が漏れないようにバッグフィルムの周囲をシール材(バキュームシーラント、RS200)で成形型に接着した。
【0207】
続いて樹脂タンクから注入される樹脂の吐出口に連結させた。なお樹脂は、インフュージョン成形用エポキシ樹脂(ナガセケムテック株式会社製、主剤:DENATITE XNR6815、硬化剤:DENATITE XNH6815)を主剤100質量部、硬化剤27質量部で配合(混合物粘度260 mPa・S)して使用した。ついで、真空ポンプを用いてバッグフィルムで覆われた繊維基材を、真空圧力が70〜76cmHg程度の真空状態にした後、バルブを開放して樹脂を注入した。
【0208】
その際、樹脂含浸が完了するまでの時間を測定して樹脂含浸性を評価した。樹脂含浸性の評価は、樹脂注入開始から3枚の織物全体に樹脂が含浸するまでの時間を判定基準にし、以下の評価で含浸性を評価した。
○:含浸時間が10分未満、
×:含浸時間が10分以上。
【0209】
[実施例1]
容量80リットルのタービン撹拌翼付きアルミニウム製重合釜(攪拌翼:240φ、55mm×57mmの2段4枚羽)に、脱イオン交換水が重合釜オーバーフロー口まで達するよう76.5リットル入れ、硫酸第一鉄(Fe
2SO
4・7H
2O)を0.01g加え、反応液のpHが3.0になるように硫酸を用いて調節し、重合釜内の温度を57℃で保持した。
【0210】
次に、重合開始50分前から、単量体に対してレドックス重合開始剤である過硫酸アンモニウムを0.10モル%、亜硫酸水素アンモニウムを0.35モル%、硫酸第一鉄(Fe
2SO
4・7H
2O)を0.3ppm、硫酸を5.0×10
−2モル%となるように、それぞれ脱イオン交換水に溶解して連続的に供給し、攪拌速度180rpm、攪拌動力1.2kW/m
3にて撹拌を行い、重合釜内での単量体の平均滞在時間が70分になるように設定した。
【0211】
ついで、重合開始時に、アクリロニトリル(以下「AN」と略す)98.7モル%、メタクリル酸2−ヒドロキシエチル(以下「HEMA」と略す)1.3モル%からなる単量体を水/単量体=3(質量比)となるように、単量体の連続供給を開始した。その後、重合開始1時間後に重合反応温度を50℃まで下げて温度を保持し、重合釜オーバーフロー口より連続的に重合体スラリーを取り出した。
【0212】
重合体スラリーには、シュウ酸ナトリウム0.37×10
−2モル%、重炭酸ナトリウム1.78×10
−2モル%を脱イオン交換水に溶解した重合停止剤水溶液を、重合スラリーのpHが5.5〜6.0になるように加えた。この重合スラリーをオリバー型連続フィルターによって脱水処理した後、重合体に対して10倍量の脱イオン交換水(70リットル)を加え、再び分散させた。再分散後の重合体スラリーを再度オリバー型連続フィルターによって脱水処理し、ペレット成形して、80℃にて8時間、熱風循環型の乾燥機で乾燥後、ハンマーミルで粉砕し、ポリアクリロニトリル系共重合体Aを得た。得られた共重合体Aの組成はAN単位98.5モル%、HEMA単位1.5モル%であり、比粘度は0.21であり、湿熱下融点は170℃であった。更に、この共重合体Aの水接触角は62.3°であり、酸化深さDeは、4.5μmであった。
【0213】
この共重合体をジメチルアセトアミド等の有機溶媒に溶解して濃度21質量%の紡糸原液を調製した。次いで、凝固浴濃度60質量%、凝固浴温度35℃の凝固浴条件で、湿式紡糸法にて紡糸し、前駆体繊維束を得た。この前駆体繊維束の単繊維繊度は、2.0dtex、フィラメント数は30000、繊維密度は1.18g/cm
3、断面形状は真円度0.85の空豆形状であった。更に、熱流束型示差走査熱量測定より求められる熱量Jaは185kJ/kgであり、熱量Jbは740kJ/kgであった。
【0214】
この前駆体繊維束を熱風循環式耐炎化炉にて250℃〜290℃の加熱空気中で伸張率+2%で60分間耐炎化処理を行い、耐炎化繊維束を得た。得られた耐炎化繊維束の密度は、1.392g/cm
3であった。
【0215】
次に、この耐炎化繊維束を、窒素雰囲気下、最高温度660℃、伸張率3.0%にて1.5分間低温熱処理し、さらに窒素雰囲気下、最高温度が1350℃の高温熱処理炉にて伸張率−4.5%で、約1.5分間、炭素化処理して、炭素繊維束を得た。
【0216】
得られた炭素繊維の直径Diは9.43μmであり、真円度は0.84であった。更に、ストランド引張強度は4300MPa、ストランド引張弾性率は245GPaと高い値を示した。これは、前駆体繊維にHEMA単位が含有されていることにより炭素繊維の性能発現に十分な緻密性あるいは均質性が保たれていること、また、高温、短時間で耐炎化処理を行っても繊維内部に十分に酸素が拡散するような発熱特性を有していること、加えて、前駆体繊維の繊維断面が空豆型であることにより繊維の表面から断面の中心までの距離が短いことなどにより、均一な耐炎化処理が可能となるためである。
【0217】
[実施例2〜15]
重合開始時の単量体の供給比(モル比)を表1または表2の値とした以外は、実施例1と同様の方法で共重合体A、B、CまたはF、Gを得た。尚、表1または表2中のHPMAはメタクリル酸2−ヒドロキシプロピル、またHEAはアクリル酸2−ヒドロキシエチルである。得られた共重合体の組成、比粘度、湿熱下融点、更に各々の共重合体より得られたフィルムの水接触角、及び、酸化深さDeを表1または表2に示した。
【0218】
これらの各共重合体を用いて実施例1と同様にして紡糸原液を調製して紡糸し前駆体繊維束を得た。それぞれの前駆体繊維束の単繊維繊度、フィラメント数、繊維密度、凝固浴条件、真円度、断面形状、熱量Ja及び熱量Jbを表1または表2に示した。
【0219】
次いで、これらの各前駆体繊維束を熱風循環式耐炎化炉にて表1または表2に示す温度の加熱空気中、伸張率および時間で、耐炎化処理を行った。得られた各耐炎化繊維の密度を表1または表2に示した。
【0220】
更に、この耐炎化繊維束を用いて実施例1と同様に炭素化処理して、炭素繊維束を得た。得られた炭素繊維の直径、真円度、開繊性、ストランド引張強度、及びストランド弾性率を表1または表2に示した。
【0221】
実施例2〜実施例15で得られた炭素繊維の断面形状は真円度が0.78〜0.88の空豆型であり、ストランド引張強度とストランド引張弾性率は共に高い値を示した。これは、実施例1と同様に前駆体繊維が十分な緻密性あるいは均質性を有していること、また、均一な耐炎化処理が可能となるためである。また、同じ単繊維繊度の断面形状が丸断面の前駆体繊維束より得られる炭素繊維束に対して、トウ幅が広くなっており、開繊性が優れることが確認された。
【0222】
[比較例1〜14]
重合開始時の単量体の供給比(モル比)を表3または表4の値とした以外は、実施例1と同様の方法で共重合体A、B、DまたはEを得た。尚、表3または表4中のAAmはアクリルアマイド、MAAはメタクリル酸、またIBMAはメタクリル酸イソブチルである。得られた共重合体の組成、比粘度、湿熱下融点、更に各々の共重合体より得られたフィルムの水接触角、及び酸化深さDeを表3または表4に示した。
【0223】
これらの各共重合体を用いて実施例1と同様にして紡糸原液を調製して紡糸し前駆体繊維束を得た。それぞれの前駆体繊維束の単繊維繊度、フィラメント数、繊維密度、凝固浴条件、真円度、断面形状、熱量Ja及び熱量Jbを表3または表4に示した。
【0224】
次いで、これらの各前駆体繊維束を熱風循環式の耐炎化炉にて、表3または表4に示す温度の加熱空気中、伸張率および時間で、耐炎化処理を行った。得られた各耐炎化繊維の密度を表3または表4に示した。
【0225】
更に、この耐炎化繊維束を用いて実施例1と同様に炭素化処理して、炭素繊維束を得た。得られた炭素繊維の直径、真円度、開繊性、ストランド引張強度、及びストランド弾性率を表3または表4に示した。
【0226】
比較例1で得られた炭素繊維の断面形状は、直径7.6μm、真円度0.95の丸型であった。更に、ストランド引張強度は1910MPa、ストランド引張弾性率は222GPaと低い値を示した。これは、前駆体繊維の繊維断面形状が丸型であることにより繊維の表面から断面の中心までの距離が長く、均一な耐炎化処理ができなかったからである。
【0227】
比較例2で得られた炭素繊維の断面形状は、直径9.4μm、真円度0.85の空豆型であったが、ストランド引張強度とストランド引張弾性率は実施例1と比較すると低い値を示した。これは、前駆体繊維を構成する共重合体中にHEMA単位などの親水性基を有する単量体が含まれていないことにより、フィルムの水接触角が74.4°と非常に高く、前駆体繊維束の緻密性あるいは均質性が保てなかったこと、及び、熱量Jaが52KJ/Kgと非常に小さく、耐炎化反応が進行する前に、前駆体繊維が可塑化し、耐炎化工程において、繊維が伸びてしまったからである。またこの比較例の条件では、発熱量Jbが340KJ/Kgと非常に小さいため、耐炎化反応性が低く、耐炎化処理に非常に長い時間を要し、生産性が著しく損なわれてしまう。
【0228】
比較例3で得られた炭素繊維の断面形状は、直径9.4μm、真円度0.81の空豆型であったが、ストランド引張強度とストランド引張弾性率は実施例1と比較すると低い値を示した。これは、前駆体繊維を構成する共重合体中のカルボキシ基の箇所がヒドロキシアルキル化されていないので熱量Jbの値が1150kJ/kgと非常に高く、耐炎化反応が一気に進行してしまうため断面二重構造が形成されやすいこと、及び、フィルムの酸化深さDeが3.0μmと小さく、前駆体繊維の酸素透過性が低いために単繊維繊度の大きい前駆体繊維内部まで酸素が拡散出来ず、耐炎化処理が均一に行えなかったためである。
【0229】
比較例4で得られた炭素繊維の断面形状は、直径11.9μm、真円度0.82の空豆型であったが、ストランド引張強度とストランド引張弾性率は実施例1と比較すると低い値を示した。これは、比較例3と同様の理由によるものと考えられる。
【0230】
比較例5では、炭素繊維束をサンプリングすることができなかった。これは、前駆体繊維を構成する共重合体中のカルボキシ基の箇所がヒドロキシアルキル化されていないので、熱量Jbの値が1150kJ/kgと非常に高く、耐炎化反応が一気に進行してしまうため、断面二重構造が形成されやすいこと、及び、フィルムの酸化深さDが3.0μmと小さく、前駆体繊維の酸素透過性が低いために単繊維繊度の大きい前駆体繊維内部まで酸素が拡散出来ず、耐炎化処理が不均一で、断面二重構造の形成が顕著であったためである。
【0231】
比較例6で得られた炭素繊維の断面形状は、直径11.7μm、真円度0.82の空豆型であったが、ストランド引張強度とストランド引張弾性率は実施例1と比較すると低い値を示した。これは、前駆体繊維を構成する共重合体中にHEMA単位などの親水性基を有する単量体単位が含まれていないことにより、フィルムの水接触角が76.2°と非常に高く、前駆体繊維束の緻密性あるいは均質性が保てなかったからである。さらに、共重合体Hは、IA単位を含有しているため、熱量Jaの値は、178kJ/kgと大きいが、熱量Jbの値が473kJ/kgと非常に小さいため、耐炎化処理時間を100分としても均一な耐炎化処理を行うことができないためである。
【0232】
比較例7で得られた炭素繊維の断面形状は、直径12.3μm、真円度0.81の空豆型であったが、ストランド引張強度とストランド引張弾性率は実施例1と比較すると低い値を示した。これは、前駆体繊維を構成する共重合体中にHEMA単位などの親水性基を有する単量体単位が含まれていないことにより、フィルムの水接触角が71.1°と高く、前駆体繊維束の緻密性あるいは均質性が保てなかったからである。さらに、共重合体Iは、MAA単位を含有しており、熱量Jaの値が262kJ/kgと非常に高く、耐炎化反応が一気に進行してしまうため断面二重構造が形成されやすいことと、フィルムの酸化深さDeが3.2μmと小さく、前駆体繊維の酸素透過性が低いために、単繊維繊度の大きい前駆体繊維内部まで酸素が拡散出来ず、耐炎化処理が均一に行えなかったためである。
【0233】
比較例8で得られた炭素繊維の断面形状は、直径11.9μm、真円度が0.83の空豆型であったが、ストランド引張強度とストランド引張弾性率は実施例1と比較すると低い値を示した。これは、以下のことが原因であると考えられる。前駆体繊維を構成する共重合体中にAAm単位が含まれていることにより、前駆体繊維の緻密性、均質性は保持されるが、共重合体中のカルボキシ基の箇所がヒドロキシアルキル化されていないので、熱量Jaが82kJ/kgと非常に小さく、耐炎化反応が進行する前に、前駆体繊維が可塑化し、耐炎化工程において、繊維が伸びてしまったためである。加えて、熱量Jbの値が1098kJ/kgと高く、耐炎化反応が一気に進行してしまうため断面二重構造が形成されやすいためである。また、共重合体J中には、カルボン酸基を含む単量体単位が含まれておらず、一方で単量体単位として嵩高いIBMA単位が導入されているため、フィルムの酸化深さDeが6.3μmと大きく、前駆体繊維の酸素透過性は十分であるが、耐炎化反応性が不適切であるため均一な耐炎化処理が行えなかったためである。
【0234】
比較例9で得られた炭素繊維の断面形状は、直径7.1μm、真円度が0.84の空豆型であった。更に、ストランド引張強度とストランド引張弾性率は実施例1と比較すると同等の値を示したが、開繊性の指標であるトウ幅は、20.9mmと、本発明の実施例全てに対して低い値を示した。これは、前駆体繊維束の単繊維繊度が1.0dtexと細いため、得られた炭素繊維束の単繊維同士が絡まり易く、開繊性が低下したためである。
【0235】
比較例10〜14で得られた炭素繊維のストランド引張強度とストランド引張弾性率は実施例1と比較すると低い値を示した。これは、前駆体繊維の繊維断面形状が丸型であることにより繊維の表面から断面の中心までの距離が長く、均一な耐炎化処理ができないからである。
【0236】
[実施例16]
実施例1と同様にして製造されたAN単位98.0モル%、HEMA単位2.0モル%で、比粘度が0.21であるアクリル系共重合体Aをジメチルアセトアミドに溶解して、紡糸原液を重合体濃度21%、原液温度60℃に調整した。この紡糸原液を用いて湿式紡糸法により紡糸した。紡糸原液を紡出する凝固浴は、濃度45質量%、温度25℃のジメチルアセトアミド水溶液である。使用した紡糸口金のホール数は3000である。凝固浴中で凝固して得た凝固糸を、洗浄延伸、熱延伸してトータルで7.4倍延伸して前駆体繊維束Aを得た。前駆体繊維束Aの単糸繊維繊度は2.5dtexになるように吐出量を調節した。熱流束型示差走査熱量計による発熱量は3400kJ/kg、HーNMR半値幅は12.5kHzであった。
【0237】
前駆体繊維束Aを熱風循環式耐炎化炉にて230℃〜270℃の加熱空気中で、伸張率2%で70分間耐炎化処理し、耐炎化繊維束を得た。尚、70分間で耐炎化繊維の密度が1.35g/cm
3程度になるように、耐炎化炉の温度を調節した。得られた耐炎化繊維の密度は、1.352g/cm
3であった。
【0238】
次に、この耐炎化繊維束を、窒素雰囲気下、最高温度690℃、伸張率3.0%にて1分間熱処理(前炭素化処理)し、さらに窒素雰囲気下、最高温度が1450℃の高温熱処理炉にて−4.3%の伸張の下、1分間、炭素化処理して、炭素繊維束を得た。ストランド引張強度は4390MPa、ストランド引張弾性率は251GPaと高い値を示した。
【0239】
[実施例17]
実施例16と同様にして製造された前駆体繊維束Aを熱風循環式耐炎化炉にて230℃〜270℃の加熱空気中で、伸張率2%で90分間、耐炎化処理した。90分間で1.40g/cm
3程度になるように耐炎化炉の温度を調節した。得られた耐炎化繊維の密度は、1.400であった。
【0240】
次に、実施例16と同条件で前炭素化処理、炭素化処理を行ない、炭素繊維束を得た。ストランド引張強度は4280MPa、ストランド引張弾性率は260GPaと高い値を示した。
【0241】
[実施例18〜27及び比較例15〜19]
凝固浴濃度と凝固浴温度を表5の値とし、得られる単繊維繊度を表5になるように吐出量を調節した以外は、実施例16と同様にして紡糸原液を調製して紡糸し、前駆体繊維束B〜Iを得た。
得られた前駆体繊維束の単繊維繊度、熱流束型示差走査熱量計による発熱量、
1H−NMR半値幅を表6に示した。
【0242】
次いで、これらの各前駆体繊維束を熱風循環式耐炎化炉にて実施例16または実施例17の条件で、耐炎化処理を行った。得られた各耐炎化繊維の密度を表6に示した。
【0243】
更に、この耐炎化繊維束を用いて実施例16または実施例17と同様に前炭素化処理、炭素化処理して、炭素繊維束を得た。得られた炭素繊維のストランド引張強度、及びストランド弾性率を表6に示した。
【0244】
実施例18〜実施例27で得られた炭素繊維のストランド引張強度とストランド引張弾性率はいずれも高い値を示した。
【0245】
比較例15及び16は、単位質量あたりの発熱量が3200kJ/kgより小さいため、ストランド弾性率が、実施例と比較して小さい値となった。比較例17及び18は、ストランド強度、ストランド弾性率ともに良好であるが、単繊維繊度が1.5dtexと小さいため目的の炭素繊維束は得られなかった。
【0246】
[実施例28]
実施例15と同様にして製造されたAN単位98.5モル%、HEMA単位1.5モル%で、比粘度が0.21である共重合体Bを用いて、単繊維繊度が2.0dtexになるように吐出量を調整して、表5の凝固浴条件を使用した以外は、実施例16と同様の条件で、前駆体繊維束Jを得た。
【0247】
前駆体繊維束Jを用いて熱風循環式耐炎化炉にて230℃〜270℃の加熱空気中、伸張率2%で耐炎化処理を60分間行ない、耐炎化繊維束を得た。耐炎化炉の温度は60分間で処理後の耐炎化繊維の密度が1.35g/cm
3程度になるように調節した。耐炎化処理後、実施例16と同条件で前炭素化処理、引き続き炭素化処理を行なって炭素繊維束を得た。評価結果を表6に示す。
【0248】
[比較例20及び21]
AN単位97.0モル%、AAm単位2.6モル%、メタクリル酸単位0.4モル%、比粘度0.21であるアクリル系共重合体Dを用いて、実施例16と同様に紡糸原液を作製して、吐出量を調節して、表5に示す凝固浴条件で紡糸して、前駆体繊維束KおよびLを得た。得られた前駆体繊維束の単繊維繊度、熱流束型示差走査熱量計による発熱量、
1H−NMR半値幅を表6に示した。そしてこの耐炎化繊維束を用いて、70分で耐炎化繊維の密度が1.35g/cm
3程度になるように耐炎化温度を調節して、耐炎化処理を行ない、引き続き実施例16と同様の条件で、前炭素化処理、炭素化処理をして炭素繊維束を得た。評価結果を表6に示す。
【0249】
比較例20は、単位質量あたりの発熱量が3200kJ/kgより小さく、また、
1H−NMR半値幅が14.5kHzより大きいため、酸素の拡散が充分でなく、安定な構造が少ない。そのため、ストランド引張強度、ストランド引張弾性率は共に低かった。
【0250】
比較例21は、
1H−NMR半値幅が14.5kHzより大きいため、酸素の拡散速度は遅い。しかしながら、単繊維繊度が1.5dtexと細いため、耐炎化処理時に安定な構造への変化量は大きくなるので、炭素繊維のストランド引張強度とストランド引張弾性率は高い値を示した。一方、単繊維繊度が小さいため、目標とした単繊維太さの炭素繊維は得られなかった。
【0251】
図6に実施例及び比較例のストランド弾性率と単位質量あたりの発熱量の関係を示す。単位質量あたりの発熱量が3200kJ/kgより小さくなると、共重合体組成、単繊維繊度によらず、ストランド引張弾性率が小さくなり物性が低下していることが明らかである。
【0252】
[実施例29]
アクリロニトリル、メタクリル酸2−ヒドロキシエチル、過硫酸アンモニウム−亜硫酸水素アンモニウムおよび硫酸鉄の存在下、水系懸濁重合により共重合し、アクリロニトリル単位/メタクリル酸2−ヒドロキシエチル単位=98.5/1.5(モル%)からなるアクリロニトリル系共重合体を得た。この共重合体をジメチルアセトアミドに溶解し、21質量%の紡糸原液を調製した。孔数24,000、孔直径60μmの紡糸口金(紡糸ノズル)を通して、濃度60質量%、温度35℃のジメチルアセトアミド水溶液からなる凝固浴中に吐出させ、紡糸口金面からの吐出線速度の0.32倍の速度で引き取ることで繊維束(膨潤糸条)を得た。
【0253】
次いで、この繊維束を水洗すると同時に5.4倍に延伸し、さらにアミノ変性シリコン/ポリオキシエチレン(6)ラウリルエーテル=91/9(質量比)の油剤組成物が、1.5質量%の濃度で水中に分散した油剤処理液からなる第一油浴槽に導き油剤処理液を繊維束に付与した。次いで、ガイドで油剤処理液を一旦絞った後、引き続き第一油浴槽と同じ組成、濃度からなる第二油浴槽に導き、再度、油剤処理液を繊維束に付与した。
【0254】
再度、油剤処理液を付与した繊維束を、加熱ロールを用いて乾燥し、回転速度を所定の条件に調節した加熱ロール間で1.34倍に乾熱延伸した。膨潤糸条からの全延伸倍率は7.4倍であった。その後、タッチロールにて繊維束に水を付与することで水分率を調整し、単繊維繊度2.5dtexの前駆体繊維束を得た。
【0255】
この前駆体繊維束を、熱風循環式耐炎化炉にて220〜260℃の加熱空気中で、伸長率−1.5%で70分間耐炎化処理し、耐炎化繊維束を得た。得られた耐炎化繊維束を、さらに、窒素雰囲気下700℃、+3%の伸長率で1.4分間前炭素化処理し、続いて窒素雰囲気中1,300℃、伸長率−4.0%で1.0分間炭素化処理して炭素繊維束を得た。その後、表面処理を行った後、主剤として、ジャパンエポキシレジン(株)製「エピコート828」を80質量部、乳化剤として旭電化(株)製「プルロニックF88」20質量部を混合し、転相乳化により水分散液を調製したサイジング剤を1質量%付着させ、乾燥処理を経た後に炭素繊維束を得た。
【0256】
得られた炭素繊維束の単繊維繊度は、1.3dtexであった。ストランド強度は4300MPa、ストランド弾性率は233GPaであった。またこの炭素繊維の断面の真円度は、0.75であり、皺の深さは49.8nmであった。含浸性評価を行ったところ、上昇高さは126mmであった。また、VaRTM成形加工を実施し、樹脂の含浸性評価を行ったところ、含浸時間は9分であり、含浸性は良好であった。評価結果を表7に纏めた。
【0257】
[実施例30]
アクリロニトリル、メタクリル酸2−ヒドロキシエチル、過硫酸アンモニウム−亜硫酸水素アンモニウムおよび硫酸鉄の存在下、水系懸濁重合により共重合し、アクリロニトリル単位/メタクリル酸2−ヒドロキシエチル単位=98.0/2.0(モル%)としたこと以外は実施例29と同様にして炭素繊維束を得た。
【0258】
得られた炭素繊維束の単繊維繊度は、1.3dtexであった。この炭素繊維束のストランド物性を測定したところ、ストランド強度は4.2GPa、ストランド弾性率は232GPaであった。また炭素繊維の真円度は、0.75であり、皺の深さは50.0nmであった。含浸性評価を行ったところ、上昇高さは125mmであった。また、VaRTM成形加工を実施し、樹脂の含浸状況評価を行ったところ、含浸時間は9分であり、含浸性は良好であった。
【0259】
[比較例22]
表7に示す紡糸条件以外の条件は実施例29と同様にして単繊維繊度4.5dtexの前駆体繊維束を得た。
【0260】
上記の前駆体繊維束を、熱風循環式耐炎化炉にて220〜260℃の加熱空気中で、伸長率−5.9%で70分間耐炎化処理を行い、耐炎化繊維束を得た。得られた耐炎化繊維束を、さらに、窒素雰囲気下700℃、伸長率+3%で前炭素化処理しようとしたが、耐炎化不足のためか、前炭素化工程で糸切れが多発した。そのため伸張率−5.9%で300分間耐炎化処理を行ったところ、前炭素化工程で糸切れなく工程を通過させることができるようになった。続いて窒素雰囲気中1,300℃、伸長率−4.0%で3.2分間炭素化処理して炭素繊維束を得た。これら以外の条件は実施例29と同様にして炭素繊維束を得た。各評結果を表7に示した。
【0261】
[比較例23]
アクリロニトリル、アクリルアミド、及びメタクリル酸を、過硫酸アンモニウム−亜硫酸水素アンモニウムおよび硫酸鉄の存在下、水系懸濁重合により共重合し、アクリロニトリル単位/アクリルアミド単位/メタクリル酸単位=96/3/1(モル%)からなるアクリロニトリル系共重合体を得た。この共重合体を用いて実施例29と同様にして、紡糸原液の調製、紡糸、水洗、延伸、油剤処理を実施して、油剤処理液を繊維束に付与した。
【0262】
再度、油剤処理液を付与した繊維束を加熱ロールを用いて乾燥し、回転速度を所定の条件に調節した加熱ロール間で1.3倍に乾熱延伸をした。この時の膨潤糸条からの全延伸倍率は7.3倍であった。その後、タッチロールにて繊維束に水を付与することで水分率を調整し、単繊維繊度2.5dtexの前駆体繊維束を得た。
【0263】
上記の前駆体繊維束を、熱風循環式耐炎化炉にて220〜260℃の加熱空気中で、伸長率−5.9%で70分間耐炎化処理を行い、耐炎化繊維束を得た。得られた耐炎化繊維束を、さらに、窒素雰囲気下700℃、伸長率+3%で前炭素化処理を行おうととしたが、耐炎化不足のためか、前炭素化工程で糸切れが多発した。そのため伸張率−5.9%で300分間耐炎化処理を行ったところ、前炭素化工程で糸切れなく工程を通過させることができるようになった。続いて窒素雰囲気中1,300℃、伸長率−4.0%で3.2分間炭素化処理を行い、炭素繊維束を得た。これら以外の条件は実施例29と同様にして炭素繊維束を製造し、表7の評価結果を得た。
【0264】
[比較例24]
表7に示す紡糸条件以外の条件は実施例29と同様にして単繊維繊度1.0dtexのPAN系前駆体繊維束を得、更に炭素繊維を製造し、表7の評価結果を得た。
【0265】
[比較例25]
表7に示す紡糸条件を採用して繊維束(膨潤糸条)を得た。ついでこの繊維束を水洗と同時に4.8倍に延伸し、さらに実施例29と同様にして油剤処理液を繊維束に付与した。この繊維束を熱ロールを用いて乾燥し、スチーム延伸機にて2.7倍にスチーム延伸をした。この時の膨潤糸条からの全延伸倍率は12.7倍であった。これら以外の条件は実施例29と同様にして、単繊維繊度1.2dtexの前駆体繊維束を得た。
【0266】
この前駆体繊維束を、熱風循環式耐炎化炉にて220〜260℃の加熱空気中で、伸長率−6.0%で60分間耐炎化処理を行い、耐炎化繊維束を得た。得られた耐炎化繊維束を、窒素雰囲気下700℃、伸長率+3%で1.6分間前炭素化処理を行い、続いて窒素雰囲気中1,250℃、伸長率−4.6%で1.4分間炭素化処理して炭素化繊維束を得た。これら以外の条件は実施例29と同様の方法で炭素繊維束を得た。そして表7の評価結果を得た。
【0267】
[比較例26]
表7に示す紡糸条件を採用して繊維束(膨潤糸条)を得た。ついでこの繊維束を水洗と同時に5.9倍に延伸し、さらに実施例29と同様にして油剤処理液を繊維束に付与した。この繊維束を熱ロールを用いて乾燥し、スチーム延伸機にて2.1倍にスチーム延伸した。この時の膨潤糸条からの全延伸倍率は12.5倍であった。これら以外の条件は実施例29と同様にして、単繊維繊度1.2dtexの前駆体繊維束を得た。
【0268】
この前駆体繊維束を用いて、比較例23と同様の方法で炭素繊維を製造し、表7の評価結果を得た。
【0269】
[比較例27]
表7に示す紡糸条件以外の条件は実施例29と同様にして単繊維繊度2.5dtexの前駆体繊維束を得た。この前駆体繊維束を用いて、実施例29と同様の方法で炭素繊維を製造しようとしたが、繊維束の集束性が低下し、炭素繊維束を製造する際の焼成工程通過性が悪化し、炭素繊維束を安定して製造することができなかった。
【0270】
[実施例31および32、並びに、比較例28〜30]
<1.原料>
以下の実施例および比較例においては、原材料として下記のものを用いた。
(1−1.炭素繊維)
PAN系炭素繊維1(単繊維繊度:0.75dtex、真円度:0.70、直径Di:8.4μm、強度:4116MPa、弾性率:235GPa)、
PAN系炭素繊維2(単繊維繊度:1.24dtex、真円度:0.75、直径Di:11.9μm、強度:4226MPa、弾性率:229GPa)、
PAN系炭素繊維3(単繊維繊度:2.01dtex、真円度:0.73、直径Di:15.6μm、強度:3489MPa、弾性率:246GPa)、
PAN系炭素繊維4(単繊維繊度:1.21dtex、真円度:0.95、直径Di:9.6μm、強度:3989MPa、弾性率:227GPa)、
PAN系炭素繊維5(単繊維繊度:2.29dtex、真円度:0.95、直径Di:11.9μm、強度:3283MPa、弾性率:232GPa)。
PAN系炭素繊維1は、フィラメント数を50000に変更した以外は、比較例1と同条件で製造した。PAN系炭素繊維2は、実施例3と同条件で製造した。PAN系炭素繊維3は、フィラメント数を12000に変更した以外は、実施例15と同条件で製造した。PAN系炭素繊維4は、比較例12と同条件で製造した。PAN系炭素繊維5は、フィラメント数を12000にし、炭素繊維前駆体の繊度を4.5dtexに変更した以外は、比較例14と同条件で製造した。
【0271】
(1−2.エポキシ樹脂)
jER828:液状ビスフェノールA型エポキシ樹脂(三菱化学社製)、
AER4152:オキサゾリドン型エポキシ樹脂(旭化成イーマテリアルズ社製)。
【0272】
(1−3.熱可塑性樹脂)
ビニレックE:ポリビニルホルマール樹脂(チッソ社製)。
【0273】
(1−4.硬化助剤)
DCMU:ウレア化合物 DCMU 99(保土ヶ谷化学社製)、
PDMU:ウレア化合物 オミキュア94(ピイ・テイ・アイ・ジャパン社製)。
【0274】
(1−5.硬化剤)
DICY:ジシアンジアミド DICY 15(三菱化学社製)。
【0275】
<2.製造及び評価>
以下の実施例および比較例においては、下記の製造条件および評価条件等を採用した。
(2−1.エポキシ樹脂組成物の調製)
ニーダー中にエポキシ樹脂と熱可塑樹脂を所定量加え、混練しつつ160℃まで昇温し、160℃1時間混練することで透明な粘調液を得た。60℃まで混練しつつ降温させ、硬化助剤と硬化剤を所定量加え混練し、エポキシ樹脂組成物を得た。このエポキシ樹脂組成物の組成を表8に示した。
【0276】
(2−2.フロー指数の測定)
フロー指数の測定は、先に記載した方法によって実施した。
【0277】
(2−3.樹脂フィルムの作成)
上記エポキシ樹脂組成物の調製で得られたエポキシ樹脂組成物を、フィルムコーターを用い、60℃において、樹脂目付50〜55g/m
2で離型紙上に塗布して、「樹脂フィルムT」を得た。
【0278】
(2−4.炭素繊維プリプレグの作成)
得られた樹脂フィルムTの樹脂塗布面上に各炭素繊維束(PAN系炭素繊維1〜5のいずれか)をドラムワインドにて巻き付け、その上に別の樹脂フィルムTを、その塗布面が下側になるように置いて、炭素繊維束を挟み込み、炭素繊維束の繊維の間に樹脂を含浸させることで、炭素繊維目付202〜213g/m
2で樹脂含有率32.0〜34.3質量%の一方向プリプレグを得た。評価結果を表9に示す。
【0279】
(2−5.コンポジットパネル(6ply)の成形)
得られた一方向プリプレグを、長さ(0°方向、繊維に平行方向)300mm、幅(90°方向、繊維直交方向)300mmにカットした。0°方向に揃えて6枚積層し、バギングした後、オーブンを用いて
図6の硬化条件で真空バッグ成形を行い、コンポジットパネルを得た。評価結果を表9に示す。
【0280】
(2−6.コンポジットパネル(10ply)の成形)
得られた一方向プリプレグを、長さ(0°方向、繊維に平行方向)300mm、幅(90°方向、繊維直交方向)300mmにカットした。0°方向に揃えて10枚積層し、バギングした後、オーブンを用いて
図5の硬化条件で真空バッグ成形を行い、コンポジットパネルを得た。
【0281】
(2−7.0°圧縮試験)
上記で得られたコンポジットパネルに前記コンポジットパネルと同じ材料で作成したタブを接着した後、湿式ダイヤモンドカッターにより長さ(0°方向)80mm、幅12.7mmの寸法に切断して試験片を作製した。得られた試験片にて、Instron社製万能試験機Instron5882と解析ソフトBluehillを用い、SACMA 1R−94準拠で0°圧縮試験を行い、0°圧縮強度、弾性率を算出した。評価結果を表9に示す。
【0282】
(2−8.0°曲げ試験)
上記で得られたコンポジットパネル(10ply)を湿式ダイヤモンドカッターにより長さ127mm(0°方向)、幅12.7mm(90°方向)の寸法に切断して試験片を作製した。得られた試験片を、Instron社製万能試験機Instron5565と解析ソフトBluehillを用い、ASTM D−790準拠(圧子R=5.0、L/D=40、クロスヘッドスピード5.26〜5.52mm/分)で3点曲げ試験を行い、0°曲げ強度、0°曲げ弾性率を算出した。評価結果を表9に示す。
【0283】
(2−9.90°曲げ試験)
上記で得られたコンポジットパネル(10ply)を湿式ダイヤモンドカッターにより長さ25.4mm(0°方向)、幅50mm(90°方向)の寸法に切断して試験片を作製した。得られた試験片を、Instron社製万能試験機Instron5565と解析ソフトBluehillを用い、ASTM D−790準拠(圧子R=3.2、L/D=16、クロスヘッドスピード0.838〜0.902mm/分)で3点曲げ試験を行い、90°曲げ強度、90°曲げ弾性率を算出した。評価結果を表9に示す。
【0284】
(2−10.層間せん断試験)
上記で得られたコンポジットパネル(10ply)から湿式ダイヤモンドカッターにより試験片を作製し、ASTMD−2344に準拠して層間剪断強度を測定した。評価結果を表9に記す。
【0285】
(実施例31)
繊度が1.24dtexの「PAN系炭素繊維2」を用いた。0°圧縮試験における強度、弾性率共に高い値であった。0°圧縮試験における6ply成形体強度に対する10plyコンポジットパネル強度の強度保持率(=10ply成形体強度/6ply成形体強度×100)が高い値(97.6%)を示した。
【0286】
(実施例32)
繊度が2.01dtexの「PAN系炭素繊維3」を用いた。0°圧縮試験における強度、弾性率共に高い値であった。0°圧縮試験における6ply成形体強度に対する10plyコンポジットパネル強度の強度保持率が高い値(98.7%)を示した。
【0287】
(比較例28)
繊度が1.21dtexの「PAN系炭素繊維4」を用いた。0°圧縮試験における6plyコンポジットパネル強度の強度は、実施例31より低い値であり、使用できるレベルではなかった。
【0288】
(比較例29)
繊度が2.29dtexの「PAN系炭素繊維5」を用いた。0°圧縮試験における6plyコンポジットパネル強度の強度は、実施例32より低い値であり、使用できるレベルではなかった。
【0289】
(比較例30)
繊度が0.75dtexの「PAN系炭素繊維1」を用いた。0°圧縮試験における10plyコンポジットパネル強度の強度は低い値であり、使用できるレベルではなかった。また、0°圧縮試験における6ply成形体強度に対する10ply成形体強度の強度保持率が低い値(82.5%)を示した。
【0290】
(比較例31)
この比較例は、比較例30の樹脂粘度を上昇させた例である。フロー指数が1941Pa
−1と低下し、0°圧縮試験における10plyコンポジットパネル強度の強度は低い値を示し、0°圧縮試験における6plyコンポジットパネル強度に対する10plyコンポジットパネル強度の強度保持率がやや向上したが、それでも強度保持率は低い値(87.1%)を示した。
【0291】
(比較例32)
この比較例は、比較例30の硬化速度を上昇させた例である。フロー指数が2123Pa
−1と低下し、0°圧縮試験における10plyコンポジットパネル強度の強度は低い値を示し、0°圧縮試験における6plyコンポジットパネル強度に対する10plyコンポジットパネル強度の強度保持率がやや向上したが、それでも強度保持率は低い値(88.0%)を示した。
【0292】
本発明により、単繊維繊度が大きく優れた生産性を有する前駆体繊維束を、耐炎化処理工程における生産性を落とすことなく均一に処理することが出来、更には、繊維束内の単繊維交絡が少なく、広がり性に優れた高品質な炭素繊維束を得ることが出来る。
【0293】
【表1】
【0294】
【表2】
【0295】
【表3】
【0296】
【表4】
【0297】
【表5】
【0298】
【表6】
【0299】
【表7】
【0300】
【表8】
【0301】
【表9】