特許第5693849号(P5693849)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5693849
(24)【登録日】2015年2月13日
(45)【発行日】2015年4月1日
(54)【発明の名称】微生物複合体
(51)【国際特許分類】
   A23L 1/30 20060101AFI20150312BHJP
   A61K 35/74 20150101ALI20150312BHJP
   C12N 1/20 20060101ALI20150312BHJP
   C07K 19/00 20060101ALI20150312BHJP
   C12N 9/48 20060101ALI20150312BHJP
   C12N 9/26 20060101ALI20150312BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20150312BHJP
【FI】
   A23L1/30 Z
   A61K35/74 A
   C12N1/20 EZNA
   C07K19/00
   C12N9/48
   C12N9/26 A
   !C12N15/00 A
【請求項の数】9
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2009-546283(P2009-546283)
(86)(22)【出願日】2008年12月17日
(86)【国際出願番号】JP2008072979
(87)【国際公開番号】WO2009078438
(87)【国際公開日】20090625
【審査請求日】2011年11月30日
(31)【優先権主張番号】特願2007-325246(P2007-325246)
(32)【優先日】2007年12月17日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006138
【氏名又は名称】株式会社明治
(74)【代理人】
【識別番号】100104307
【弁理士】
【氏名又は名称】志村 尚司
(72)【発明者】
【氏名】片倉 啓雄
(72)【発明者】
【氏名】タラホンジョ シリン
(72)【発明者】
【氏名】塩谷 捨明
【審査官】 上條 肇
(56)【参考文献】
【文献】 韓国公開特許第10−2000−0037040(KR,A)
【文献】 特表2004−504803(JP,A)
【文献】 第59回日本生物工学会大会講演要旨集,2007年 8月,p.89(Abstract 3C09-3)
【文献】 Appl. Environ. Microbiol.,2006年,Vol.72,p.880-889
【文献】 Appl. Microbiol. Biotechnol.,2005年,Vol.68,p.75-81
【文献】 Curr. Opin. Microbiol.,2005年,Vol.8,p.260-267
【文献】 Int. J. Food Microbiol.,2003年,Vol.86,p.293-301
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 1/30
C12N 1/00 − 1/38
A61K 35/74
C07K 19/00
C12N 9/26
C12N 15/00 − 15/90
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物を生きたままで摂取するための医薬品又は食品であって、
生きている微生物と、多糖類と、前記微生物と前記多糖類に結合可能なペプチドとからなる微生物複合体を含み、pH3.0での生存率が向上した医薬品又は食品。
【請求項2】
微生物を生きたままで摂取するための医薬品又は食品であって、
生きている微生物と、多糖類と、前記微生物の表面に結合する能力を有するペプチド及び前記多糖類に結合する能力を有するペプチドを連結した融合ペプチドとからなる微生物複合体を含み、pH3.0での生存率が向上した医薬品又は食品
【請求項3】
微生物の表面に結合する能力を有するペプチドが、ペプチドグリカンに結合する能力を有するペプチドである請求項1又は2の何れか1項に記載の医薬品又は食品。
【請求項4】
微生物の表面に結合する能力を有するペプチドが、ペプチドグリカン加水分解酵素のペプチドグリカン結合ドメインである請求項1又は2の何れか1項に記載の医薬品又は食品。
【請求項5】
前記多糖類が、デンプン、アミロース、ペクチン、セルロース、マンナン、グリコーゲンの何れか1種又は2種以上である請求項1〜4の何れか1項に記載の医薬品又は食品。
【請求項6】
前記多糖類が、デンプン、アミロース、ペクチンの何れか1種又は2種以上であり、多糖類に結合するペプチドが、アミラーゼのデンプン結合ドメインを含むペプチドである請求項1〜4の何れか1項に記載の医薬品又は食品。
【請求項7】
前記微生物が、乳酸菌である請求項1〜6の何れか1項に記載の医薬品又は食品。
【請求項8】
前記複合体が、多糖類及び/又はタンパク質のコーティング層を有する請求項1〜7の何れか1項に記載の医薬品又は食品。
【請求項9】
前記コーティング層を形成する多糖類が、デンプン、アミロース、ペクチン、セルロース、マンナン、アミロースの何れか1種又は2種以上である請求項8に記載の医薬品又は食品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は微生物複合体、具体的には、微生物と多糖類及び前記微生物と前記多糖類に結合可能なペプチドとからなる複合体、さらに詳しく言うと、微生物と多糖類及び前記微生物の表面に結合する能力を有するペプチド及び前記多糖類に結合する能力を有するペプチドを連結した融合ペプチドとからなる複合体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、プロバイオティクスに関する研究が盛んに行われている。プロバイオティクスとは、一般には腸内細菌構成(腸内細菌叢)のバランスを改善することにより、宿主に有益な作用をもたらす生きた微生物と定義されている。プロバイオティクスの有する機能として、免疫活性化作用、便秘・下痢の防止、血中コレステロールの低下作用、血圧降下作用などが報告されている。そして、プロバイオティクスの摂取が病原微生物の侵入を防ぎ、生活習慣病を予防することが期待されている。現在、実用されている代表的なプロバイオティクスとして乳酸菌が挙げられる。プロバイオティクスとして利用される微生物に求められる条件として、宿主の腸内フローラの一員であること、安価かつ容易に取り扱えること、胃液や胆汁酸などに耐えて上部消化管(GIT)を生きた状態で通過して腸内に到達できること、増殖部位である下部消化管(小腸下部、大腸)で増殖可能なこと、食品などの形態で有効な菌数が維持できることなどが挙げられる。
【0003】
特表2002−511403号公報には、乳酸菌等の微生物が生きたままで下部消化管まで到達可能なデンプンカプセルが開示されている。このデンプンカプセルは、α−アミラーゼなどの酵素による加水分解によって内部が多孔質構造となったデンプン顆粒を微生物で充填し、さらに、そのデンプン顆粒をアミロースによって被覆化したものである。このようなデンプンカプセルは、長期間室温で保存できるとともに、活性を保ちつつ腸管にまで到達する。
【特許文献1】特表2002−511403号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記デンプンカプセルでは、デンプンに微生物が被着しなければ、多孔質となったデンプン粒子に微生物を取り込むことが困難であり、デンプンの多孔質構造に取り込まれた微生物が漏れ出る可能性がある。低pHや胆汁酸下における微生物の生存はデンプンとの結着に依存するものと考えられるが、すべての微生物が好ましいデンプンとの結着能を有しているものでもない。また、デンプンへの結合能を付与するために、微生物に対して遺伝子工学的手法を用いることも考えられるが、消費者の関心からは好ましい方法ではない。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は上記の背景技術に鑑みてなされたものであって、微生物に対して遺伝子工学的手法を用いず、簡便な方法で生菌を腸管にまで到達させることのできる複合体を提供することを目的とするものであり、本発明の微生物複合体は、微生物と多糖類と前記微生物と前記多糖類に結合可能なペプチド、例えば、微生物と多糖類と前記微生物のペプチドグリカンと前記デンプンの両者に結合可能なペプチドとから構成される。
【発明の効果】
【0006】
本発明によると、微生物に胃酸や胆汁酸に対する耐性を付与し、微生物を生きたままで腸管まで到達させることができる。また、微生物の種類によらず複合体を形成できる。しかも、ペプチドと微生物と多糖類を混合するという極めて簡単な方法により得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】ベクターpQCPHの構築を示す図である。
図2】ベクターpQCAの構築を示す図である。
図3】ベクターpQCLSの構築を示す図である。
図4】融合タンパク質の発現カセットの構造図である。
図5】精製した融合タンパク質およびデンプンと融合タンパク質の結合を解析したSDS-PAGEの結果である。レーン1はニッケルキレートカラムによって精製した融合タンパク質、レーン2はデンプンと反応させた後の上澄液、レーン3はその対照としてデンプンを除いた場合を、レーン4はイオン交換樹脂により、さらに精製した融合タンパク質であり、レーンMは分子サイズマーカーである。
図6Lactobacillus casei細胞と融合タンパク質の結合を示すSDS-PAGEの結果である。レーンMは分子サイズマーカー(図5と同じマーカーである。)を、レーン1は融合タンパク質とインキュベートした細胞、レーン2は融合タンパク質を添加していない細胞である。
図7】融合タンパク質を結合させたLb. casei細胞とデンプンが凝集体を形成していることを示す写真である。
図8】人工的な胃の状態におけるLb. casei細胞の生存率の経時変化を示すグラフである。△と▲は、それぞれpH3.0における細胞単独の場合とアミロースでコーティングした複合体の場合を示し、□と■は、それぞれpH2.0における細胞単独の場合とアミロースでコーティングした複合体の場合を示している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の微生物複合体は、微生物と多糖類と前記微生物と前記多糖類に結合可能なペプチドとからなる。
【0009】
本発明において用いられる多糖類は、1種類もしくは複数種類の単糖を構成単位とする有機化合物を指す。その種類は特に限定されるものではなく、例えば、デンプンの他に、グリコーゲン、ペクチン、アミロース、セルロース、マンナン、キチンなどが例示される。用いる多糖類では、微生物が腸内に到達した時、微生物が複合体から解放されるよう、その分解酵素が腸管に存在するものが望ましい。具体的には、小腸のアミラーゼで分解されるデンプンやグリコーゲン、ペクチン、アミロースが例示される。これらの多糖類を用いれば、上部消化管を通過した後、複合体が消化され、微生物が複合体から解放される。また、入手の容易性を考慮すればデンプンが望ましく用いられる。
【0010】
デンプンの種類は特に限定されるものではなく、天然物由来によるデンプンのみならず、天然デンプンを化学的に処理し、化学修飾を行った化学修飾多糖類デンプンのいずれでもよい。本発明の複合体は、食品や医薬の形態として摂取されるものであるので、好ましくは天然のデンプンが用いられる。
【0011】
天然のデンプンとしては、トウモロコシデンプン、ジャガイモデンプン、サツマイモデンプン、小麦デンプン、米デンプン、タピオカデンプン、ソルガムデンプンなど各種植物から得られるデンプンが例示され、起源となる植物は限定されない。また、デンプン中に含まれるアミロース、アミロペクチン含量も特に問われるものでもなく、高アミローストウモロコシデンプンのようにアミロース含量を高めたデンプンを用いてもよい。また、グリコーゲン、ペクチン、アミロースについても、その起源は限定されず、グリコーゲンであれば牡蠣由来のものを用いてもよい。また、本発明においては単一の多糖類のみならず、2種以上の多糖類を用いてもよい。
【0012】
デンプンとしては、顆粒状のものが好ましく用いられる。顆粒状のデンプンは、上記の各種デンプンを水に懸濁し、懸濁液から沈降分離することにより得られる。その粒子径は特に制約を受けるものではないが、好ましくは整粒されたものを用いるのがよい。その粒子径は概ね0.1〜100μm程度である。さらに好ましくは粒子径が0.5〜5μm程度のデンプン粒を用いるのが望ましい。微生物菌体に比べて相対的に小さすぎるとデンプンの周囲に微生物が結合できなくなると考えられる。また、粒子径が微生物の菌体に比べて相対的に大きすぎると、ペプチドを介して微生物が結着した複合体同士の凝集が困難になり、死滅する菌体が多くなると考えられ、いずれにせよ十分な耐性を有する複合体が提供できなくなるおそれが強くなる。
【0013】
本発明において用いられる微生物も特に制約されるものではないが、プロバイオティクスとして好ましい乳酸菌やビフィズス菌が例示される。この乳酸菌としては、乳酸桿菌属、連鎖球菌属、ラクトコッカス属、ロイコノストック属、コリネバクテリウム属、エンテロコッカス属、ビフィドバクテリウム属、ストレプトコッカス属に属する菌、より具体的には、Lactobacillus caseiなどが例示される。もっとも、プロバイオティクスとして利用できる微生物のみならず、低pH環境下での保存だけに限らず、その他生きた状態で保存する必要性があれば、それらの微生物を対象とすることもできる。乳酸菌以外には、例えば、バシラス属の微生物、酵母などが例示される。
【0014】
本発明では、ペプチドを介在させて多糖類と微生物を結着させているので、このペプチドとの付着性が重要となる。つまり、本発明に係る融合ペプチドが多糖類と微生物との接着剤の役割を果たす。このペプチドは、具体的には、微生物に結合する能力を有するペプチド(微生物付着ペプチド)と、多糖類と結合可能なペプチド(多糖類結合ペプチド)とを融合させたものである。本発明において微生物付着ペプチドとは、微生物の細胞の表面に存在、もしくはその一部が露出して存在する細胞膜の構成成分、例えば、膜タンパク質、細胞壁に局在するタンパク質、細胞壁を構成するペプチドグリカンやマンナンなどを認識して、それと結着できるペプチドを意味し、対象となる微生物の表面に付着できるペプチドであれば、いかなる微生物付着ペプチドであってもよい。例えば、乳酸菌の細胞壁に局在する、ペプチドグリカン加水分解酵素(例えば、"Cell Wall Attachment of a Widely Distributed Peptidoglycan Bindging Domain Is Hindered by Cell Wall Constituents", A. Steen et al.,Journal of Biological Chemistry, Vol.278, No.26, 23874-23881 (2003) 参照)やS-layer protein(SlpA)("Surface Display of the Receptor-Binding Region of the Lactobacillus brevis S-Layer Protain in Lactococccus lactis Provides Nonadhesive Lactococci with the Ability To Adhere to Intestinal Epithelial Cells", silja Avall-Jaaslelainen et al., Applied and Environmental Microbiology, Vol.69, No.4, 2230-2236 (2003) 参照)が挙げられる。また、融合ペプチドでは、微生物付着ペプチドの全部が必要とされるものではなく、少なくとも微生物の細胞表面に付着できる本質的な部位、つまり、そのペプチドの表面付着に関与するドメインを有していればよい。このドメインとして、例えば、乳酸菌の細胞膜を構成するペプチドグリカンに付着するペプチドグリカン加水分解酵素のC−末端にある繰り返し領域(例えば、同前)やSlpAのN末端領域が例示される。なお、本発明においてペプチドとは、数個のアミノ酸がペプチド結合した狭義のペプチドのみを意味するものではなく、十数個から数十のアミノ酸が結合したオリゴペプチドのみならず、数百程度のアミノ酸が結合したタンパク質レベルのものも含む広い概念で用いられる。つまり、本発明のペプチドは、上記機能を発揮できる程度のアミノ酸がペプチド結合したものであればよい。
【0015】
一方、本発明では、多糖類との結着により微生物を保護する必要があることより、融合ペプチドには多糖類との結合を可能にするペプチドが必要とされる。この融合ペプチドには、微生物付着ペプチドと同様に、多糖類と結合可能なペプチドの全部が必要とされるものではなく、少なくとも多糖類を認識できるドメインがあればよい。このような多糖類と結合可能なペプチドとして例えば、セルロースに結合するセルロース結合ドメイン(セルラーゼ類など)、デンプンに結合するアミラーゼ類のデンプン結合ドメインが例示される。
【0016】
これら微生物付着ペプチドと多糖類結合ペプチドは任意に組み合わせることができ、複合体を形成させる微生物や多糖類の種類等によって種々の組み合わせが考えられる。融合ペプチドは一般的な遺伝子工学的手法によって得られる。つまり、微生物付着ペプチド、好ましくはその表面付着ドメインと、多糖類に結合する能力を有するペプチド、好ましくはその多糖類結合ドメインのアミノ酸配列をコードする塩基配列を発現ベクターに組み込み、それを大腸菌等の適当な宿主で発現させることにより得られる。また、融合ペプチドは遺伝子工学的手法を用いずとも、上記の微生物付着能と多糖類結合能を合わせ持つ天然のタンパク質を選び、その全体もしくはその一部を用いてもよい。
【0017】
本発明の複合体は、得られた融合ペプチドと多糖類と微生物を混合するだけで簡単に得ることができる。多糖類や融合ペプチド、微生物の濃度は多糖類の粒子径、微生物の種類、目的とする複合体に含まれる菌数等によって適宜調整される。その一例を挙げると、1×109cfu/mlの菌体に対して、0.1〜100 mg/ml、好ましくは2〜7 mg/mlのデンプン及び0.01〜10 mg/mlの融合ペプチドを混合する。
【0018】
複合体の作製は、融合ペプチドと多糖類と微生物を溶液もしくは分散液状で同時に混合してもよいが、まず微生物(菌体の表面)に融合ペプチドを結合させた上で多糖類とを結合させ、そして融合ペプチドが結合した微生物と多糖類の混合比率を調整することによって凝集体を形成させるのが好ましい。これにより微生物と多糖類が交互に集合し、生菌を取り込んだ凝集体が形成されるものと期待されるからである。融合ペプチドと微生物との混合やその後のデンプン溶液との混合は微生物が生存できる温度であれば、どのような温度でもよいが、結合力が高まる4℃程度の低温で行うことが望ましい。
【0019】
得られた複合体の凝集体は、そのまま食品や医薬品として摂取できるほか、適宜の賦型剤を用いて錠剤や顆粒剤などの任意の剤型に加工したり、チーズやヨーグルト、清涼飲料水などの食品原料として用いることができる。
【0020】
また、得られた凝集体は、デンプン、アミロース、ペクチン、セルロース、マンナン、アミロース、タンパク質など、凝集体(凝集粒子)を被覆しうる適当な1種又は2種以上の被覆成分によって適宜コーティングされることもある。これらのうち、被覆成分としては、デンプン及びα−アミロースが好ましい。デンプンやα−アミロースは胃液中において消化を受けにくい一方、腸管において容易に酵素処理されるので、凝集体から微生物の放出が速やかに行われる。コーティングは、例えば、得られた凝集体に上記成分の水溶液やエタノール等の有機溶媒による溶液をスプレーして行われる。被覆成分の溶液濃度は適宜調整されるが、好ましくは0.1〜5%程度である。この結果、胃液や胆汁酸による耐性がさらに付与される。また、デンプンやアミロースを水に懸濁して高い温度で処理し、高い濃度で溶解させた溶液を調製し、この中に凝集体を入れて低温に保ち、溶解度を超えたデンプンやアミロースを凝集体の表面に沈着させることもできる。
【0021】
得られた複合体は、pH2〜3の低pH環境下でも生存し、耐酸性が付与される。従って、これらの複合体を食品や医薬品の形態として摂取することにより、微生物が生菌の状態で下部消化管にまで達することが期待される。
【実施例1】
【0022】
〔融合タンパク質の調製〕
融合タンパク質を発現させる宿主として、大腸菌Escherichia coli XL1-Blue を用い、この大腸菌をLB(Luria-Bertani)培地又はLB寒天培地にて37℃で培養した。
【0023】
(ベクターの構築)
微生物の表面とデンプンに結合可能な融合ペプチド(融合タンパク質)を発現させるため、T5プロモーターを持つベクターpQE31(Qiagen社)に、Lactococcus lactis IL1403株(Agricultural Research Service Culture Collection、NRRL)のペプチドグリカン加水分解酵素(EMBL:AE006264)のペプチドグリカン結合ドメイン(CPH)をコードする遺伝子と、Streptococcus bovis 148株のα−アミラーゼのリンカー配列およびデンプン結合ドメインをコードする遺伝子を挿入した。
【0024】
融合タンパク質発現のためのベクターは次の3つのステップにより構築した。まず、Lc. lactis IL1403の染色体DNAからCPH遺伝子をpQE31に組み込んだpQCPHを構築した(図1参照)。次にそれにStreptococcus bovis 148株のα−アミラーゼ(EMBL:AB000830)のリンカー配列およびデンプン結合ドメインをコードする遺伝子を組み込んだpQCAを構築した(図2参照)。そして、pQCAから最終目的である融合タンパク質を発現させるための遺伝子カセット(図4)を組み込んだ発現ベクターpQCLSを構築した(図3参照)。
【0025】
1.pQCPHの構築
ゲノム情報が公開されているLc. lactis IL1403株の染色体DNAをテンプレートとして、5'-tgcgcgccatgggtacttctaattccggtggttcaacagcの塩基配列で示されるcph-F(フォワード:配列番号1)及び5'-gcggatccttatttaatacgaagatattgaccの塩基配列で示されるcph-R(リバース:配列番号2)をプライマーとするPCRにより、CPHをコードするDNA断片を調製した。NcoIとBamHIで消化した、この断片を、同じくNcoIとBamHI で消化したpQE31(Qiagen GmbH, Hilden, Germany)にクローニングし、pQCPHを構築した。
【0026】
2.pQCAの構築
5'-tctctcgagaaatcataaaaaatttatttgctttgtgagcgの塩基配列で示されるpch-NF(フォワード:配列番号3)と5'-aaggatcccctttaatacgaagatattgaccaattaaaatggの塩基配列で示されるcph-NR(リバース:配列番号4)をプライマーとするPCRにより、pQCPHのT5プロモーター中にあるXhoIサイトからCPH遺伝子の3´末端までを増幅し、XhoIとBamHIで消化した。pQE31にStreptococcus bovis 148株のα−アミラーゼがクローニングされたpQEAmy31(東京農業大学 佐藤英一博士から提供:Direct Production of Ethanol from Raw Corn Starch via Fermentation by Use of a Novel Surface-engineered Yeast Strain Codisplaying Glucoamylase and α-Amylase, Hasayori Shigechi, Eiichi Satoh et al., Applied and Environmental Microbiology, Vol.70, No.8, 5037-5040 (2004) 参照)をXhoIとBamHIで消化し、PCRで得た断片を連結した。なお、3´末端側のプライマーは、CPH遺伝子の終始コドンが取り除かれ、α−アミラーゼ遺伝子にBamHIサイトを介して接続した時、フレームが合うように作製した。
【0027】
3.pQCLSの構築
pQE31Amyを鋳型として、5'-aaggatccgggccaagctagccaagcagctcの塩基配列で示されるプライマーLink-F(フォワード:配列番号5)と5'-gcgccaattatctgggttttggの塩基配列で示されるプライマーLink-R(リバース:配列番号6)を用い、α−アミラーゼの触媒ドメインとデンプン結合ドメイン(以下、SBD)の間のリンカー配列部分をコードする遺伝子をPCRによって調製した。pQCAをBamHIとBstXIで消化してCD領域とリンカー配列部分をコードする遺伝子を除去し、代わりにpQE31Amyを鋳型としてPCRで調製したリンカー配列部分をコードする断片を挿入し、pQCLSを構築した。融合タンパク質を発現させるための遺伝子カセットの塩基配列を配列番号7に示す。
【0028】
pQCLSが導入された大腸菌は、100μg/mlのアンピシリン及び15μg/mlのテトラサイクリンを加えたLB培地にて37℃で一晩、培養し、遠心分離により集菌した。次に、抗生物質を含む新鮮な前記LB培地に菌体を移し、660nmにおける濁度(OD660)が0.5となるまで37℃で培養した。その後、イソプロピル−β−D−チオガラクトシドを1mMとなるように前記培地に加え、融合タンパク質の発現を誘導した。プラスミドの維持のために、培地には最終濃度400μg/mlのアンピシリンを添加した。4時間以上、培養した後、集菌した。
【0029】
〔融合タンパク質の精製〕
融合タンパク質のN末端のヒスチジンタグとニッケルキレートカラム(Ni-NTA superflow column (1.5ml), Qiagen社)との相互作用を利用した、金属アフィニティクロマトグラフィにより、融合タンパク質を精製した。上記培養培地100mlから集めた大腸菌の菌体を、結合用緩衝液(50mM NaH2PO4(pH8), 300mM NaCl, 10mM imidazole)に懸濁し、終濃度が1mg/mlとなるようにリゾチームを添加して、1時間、氷上でインキュベートした。
【0030】
細胞を超音波によって破砕し、遠心分離した上澄液を、前記結合用緩衝液によって平衡化したNi-NTAカラムにアプライした。カラムを結合用緩衝液(50mM NaH2PO4(pH8), 300mM NaCl, 20mM imidazole)で洗浄した後、溶出用緩衝液(250mM NaH2PO4 (pH8), 300mM NaCl, 20mM imidazole)で吸着したタンパク質を溶出した。溶出液は限外濾過により20mM Tris-HCl緩衝液(pH8.0)に置換し、20mM Tris-HCl緩衝液(pH8.0)で平衡化した陰イオン交換樹脂Super Q 5PWにアプライし、0〜1M NaClの直線濃度勾配によって溶出させた。融合タンパク質が含まれる画分を集めて限外濾過によって濃縮し、脱塩した。精製された融合タンパク質の純度は12% SDS-PAGEを行い、Coomasie Brilliant Blue R250で染色して確認した。
【0031】
(細胞表面との付着アッセイ)
得られた融合タンパク質と細胞の付着(結合)を確認すべく次のアッセイを行った。Lactobacillus casei NRRL B-441 を、MRS培地(Difco Laboratories, Detroit, MI, USA)にて37℃で、OD660が1となるまで培養した。細胞を遠心分離により集菌し、OD660が1.5となるよう、0.12mg/mlの前記融合タンパク質を含むMRS培地に懸濁し、37℃で2時間、穏やかに振とうした。細胞を0.1 Mのリン酸ナトリウム緩衝液(pH 7.0)(PB)で洗浄した後、SDS-PAGE用緩衝液(20%(w/v) glycerol, 125mM Tris-HCl (pH 6.8), 4% SDS, 5%(v/v) β-mercaptoethanol, 0.01% bromophenol blue)に分散させ、5分間、煮沸した。細胞に結合した融合タンパク質は、前記と同様の方法にてSDS-PAGE法にて検出した。
【0032】
(デンプンとの結合アッセイ)
また、得られた融合タンパク質とデンプンの結合を確認すべく次のアッセイを行った。Ni-NTAカラムによって精製した融合タンパク質溶液(0.06mg/ml in PB) 200μlを、等量のデンプン顆粒懸濁液(10mg/ml in PB)と混合し、37℃で3時間、穏やかに振とうした。遠心分離した後、SDS-PAGEにより上澄液中の未結合の融合タンパク質を検出した。
【0033】
〔複合体の形成とマイクロカプセル化〕
次に、乳酸菌と融合タンパク質とデンプンとの複合体を形成させた。複合体の形成は、まず、乳酸菌と融合タンパク質を上記付着アッセイと同じ条件にて付着させ、その後、デンプン懸濁液と混合してデンプンと結合させた。すなわち、MRS培地にてOD660が1となるまで培養した乳酸菌培養液の1.5 mlを遠心分離して、得られた菌体を0.12mg/mlの融合タンパク質を含むMRS培地に懸濁し、30℃で2時間、インキュベートした。遠心分離した後、PBを加えて懸濁する操作を2回、繰り返して洗浄し、未付着の融合タンパク質を除去した。そして、細胞濃度が1×109 cells/ml(OD600=1)となるようにPBに懸濁した。
【0034】
等量の前記細胞懸濁液とPBに分散したデンプン粒子懸濁液を混合し、室温で30分間、穏やかに撹拌してから1時間、放置した。対照として、デンプンを添加しない場合、および前記細胞懸濁液を添加しない場合でも実験した。複合体の形成は、肉眼と位相差顕微鏡による観察により確認した。また、デンプンへの細胞結合率を、Crittendenらの方法(Crittenden, R., et al., Adhesion of bifidobacteria to granular starch and its implications in probiotic technologies. Applied and Environmental Microbiology, Vol.67, No.8, 3469-3475 (2001) 参照)により計測した。
【0035】
アミロースによるコーティング(マイクロカプセル化)は、複合体を1%の馬鈴薯由来のアミロース溶液(アミロースはシグマ社製)を用いて行った。即ち、10mg/mlのアミロース懸濁液を、耐圧容器に入れて180℃で1時間、加熱し、室温まで放冷することによりアミロースを溶解し、この溶液の0.5mlを複合体と緩やかに混合し、4℃で一晩、ゲル化させることにより行った。
【0036】
〔人工胃液中における細胞の生存率の測定〕
ペプシンを0.5%の生理食塩水に3mg/mlとなるように溶解し、12M HClでpHを2.0又は3.0に調整して人工胃液を調製した。人工胃液は濾過した後、滅菌した。微生物複合体(5×107cells)を1mlの人工胃液に混合し、37℃でインキュベートした。一定時間の間隔で、遠心分離により人工胃液を除去して、複合体をPBで洗浄し、さらに生理食塩水で2回、洗浄した。そして、複合体を30units/mlのα−アミラーゼ(Megazyme, Bray, Ireland)を含むPBに懸濁し、40℃で20分間、インキュベートして複合体から細胞を放出させた。生菌数は、MRS寒天培地上にて37℃で、24時間、培養して計測した。
【0037】
〔結果及び考察〕
(融合タンパク質の発現とその精製)
大腸菌の培養液の1Lから融合タンパク質の約0.3gが得られ、その75%は可溶性画分に存在した。SDS-PAGEで測定した分子サイズは、56kDaであり、理論値と一致した。なお、アフィニティクロマトグラフィにより精製した試料には、56kDa以外にも、71kDaおよび73kDaのタンパク質も含まれていた(図5、レーン1)。また、融合タンパク質のアミノ酸配列を配列番号8に示す。
【0038】
トウモロコシ由来のデンプンとの結合実験では、目的の融合タンパク質に加えて、これらの2つのタンパク質も、ある程度、デンプンに結合した(図5、レーン2)。目的の融合タンパク質のみを得るために、上記のとおり陰イオンクロマトグラフィを用いた(図5、レーン4)。陰イオンクロマトグラフィにより精製した融合タンパク質は、デンプンと結合したので(図5、レーン2)、デンプンと結合能を有する活性体であることがわかった。また、図示はしないが、精製した融合タンパク質は、トウモロコシデンプンだけでなく、馬鈴薯デンプンにも結合することを確認した。
【0039】
(融合タンパク質と細胞の付着)
Lb. casei NRRL B-441株の細胞を精製した融合タンパク質とインキュベートし、その上清に残存する融合タンパク質をSDS-PAGEによって確認した(図6)。融合タンパク質は、細胞に付着していることが確認され、Crittendenらの方法によれば、各細胞に6×10分子の融合タンパク質が付着していた。
【0040】
(複合体の形成)
融合タンパク質を付着させた細胞の一定量に対し、デンプンの濃度を変えて、デンプンとの結合を調べた。凝集体の大きさを目視で対照と比較した結果を表1に示す。融合タンパク質を結合させていない細胞を用いた場合の凝集の程度は、デンプンのみを用いた対照と同程度であった。これに対して、細胞に融合タンパク質を付着させた細胞を用いた場合、デンプン濃度が2mg/mlでの凝集の程度は対照よりも強くなり、5mg/mlでは明らかに対照よりも強くなった。このときの細胞のデンプンへの結合率は、融合タンパク質を添加しない場合は4.4%であったのに対し、添加した場合は32%であった。融合タンパク質を添加した場合の乳酸菌とデンプンの凝集物の顕微鏡写真を図7に示す。
【表1】
【0041】
(人工胃液中における細胞の生存率)
Lb. casei NRRL B-441株の細胞を融合タンパク質によってデンプンと結合させ、さらにアミロースでコーティングした複合体を人工胃液で処理した時の生存率を表2及び図8に示す。遊離の細胞をpH2.0と3.0で1時間処理した場合の生残率は、それぞれ0.002%と0.74%であったのに対して、融合タンパク質によってデンプンと結合させアミロースでコーティングした場合、pH2.0と3.0で1時間処理した場合の生残率は、それぞれ6%と64%に上昇した。また、表2に示すように、アミロースによるコーティングを行わない場合、pH3.0の人工胃液で1時間処理した場合の生存率は11%であった。
【表2】
【0042】
以上のように、融合タンパク質を用いて乳酸菌にデンプンとの複合体(凝集体)を形成させれば、人工胃液における生存率を著しく上昇させることが確認できた。また、表2では、融合タンパク質を添加せずとも生存率が上昇しているが、このことは、すでにWang et al.,らが報告しているように、低pHの環境下においてデンプンが存在していること、およびデンプン顆粒と混在していることによるものと考えられる。また、融合タンパク質を用いずにデンプンとの複合体をアミロースでコーティングした場合にも、生存率が上昇しているが、Lb. casei NRRL B-441株が元々、ある程度、デンプンおよびアミロースに結合する能力をもっているためであると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明によれば、低pH環境下における微生物の生存率を上昇させることができる。このため、低pH環境下にある上部消化管を通過して、生きた状態で下部消化管に菌体を届けることができ、本発明の利用が乳酸菌などのプロバイオティックスの応用範囲を広げる。
図1
図2
図3
図4
図8
図5
図6
図7
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]