【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、独立行政法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(先端的低炭素化技術開発)による委託研究「人工光合成複合システムの構築」/「人工光合成複合システムの構築」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記水の酸化触媒が、ルテニウムのオキソ錯体、マンガンのオキソ錯体、イリジウムのオキソ錯体、鉄のオキソ錯体、インジウムオキサイド、ルテニウムオキサイド、イリジウムオキサイド、酸化タングステン、およびバナジン酸ビスマスからなる群から選択される少なくとも一つである請求項1から5のいずれか一項に記載の過酸化水素製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0015】
前述のように、過酸化水素は、水素と酸素を原料として製造されており、安価に過酸化水素を製造できる方法は見出されていなかった。また、水の酸化触媒により水を酸化しても、生成物は大気中に普遍的に存在する酸素であり、水の酸化触媒に産業上利用価値は見出されていなかった。
【0016】
しかし、本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、水の酸化触媒を遷移金属錯体と組み合わせて用いると、水を原料として安価に過酸化水素を製造できることを見出し、本発明に到達した。
【0017】
本発明の製造方法において、過酸化水素発生の反応機構は必ずしも明らかではないが、例えば下記スキーム1のように推測される。ただし、下記スキーム1およびその説明は、推測可能な反応機構の一例を模式的に表すに過ぎず、本発明を限定しない。
【0018】
下記スキーム1中、Cat.は水の酸化触媒を表し、[M
1]は、遷移金属錯体中の遷移金属原子を表す。なお、本発明において、「原子」は、特に断らない限り、イオンであっても良いものとする。
【0019】
下記スキーム1において、水の酸化触媒Cat.は、水を酸化して酸素O
2を発生させる。一方、遷移金属錯体中の遷移金属原子[M
1]は、光照射により、励起状態の遷移金属原子[M
1]
*となる。この励起状態の遷移金属原子[M
1]
*が、水中の溶存酸素ガスO
2を還元して過酸化水素H
2O
2を生成させるとともに、自らは酸化されて[M
1]
+となる。前記溶存酸素ガスO
2は、例えば、あらかじめ水中(反応系中)に溶存していた酸素でも良いし、水の酸化触媒Cat.が水を酸化することにより発生した酸素でも良い。また、過酸化水素H
2O
2のプロトン源は、例えば、水または水中に溶存しているプロトンであると考えられる。
【0020】
水の酸化触媒Cat.は、図示していないが、酸化状態と還元状態との間で可逆的な変化を繰り返していると推測される。すなわち、酸化状態の水の酸化触媒Cat.が水を酸化して酸素O
2を発生させ、自らは水によって還元されて還元状態になる。その還元状態の水の酸化触媒Cat.が、遷移金属原子[M
1]
+を還元して[M
1]に戻すとともに、自らは酸化状態に戻る。このようにして、遷移金属原子[M
1]を含む遷移金属錯体および水の酸化触媒Cat.が、触媒として働き、水H
2Oおよび酸素O
2から過酸化水素H
2O
2を製造することができる。
【0022】
遷移金属原子は、酸化数が異なる複数の状態をとりやすい。また、遷移金属原子に配位子が配位して錯体となることにより、遷移金属原子の励起状態が安定化する。本発明者らは、遷移金属錯体のこれらの性質に着目し、水の酸化触媒と組み合わせることで、本発明の過酸化水素製造方法に用いることができることを見出した。
【0023】
なお、前記スキーム1中、[M
1]の酸化数(電荷)は、0に限定されず、任意である。[M
1]
+の酸化数(電荷)も、+1に限定されず、[M
1]の酸化数(電荷)よりも大きい数値であれば良い。また、前記スキーム1中、各反応物質および生成物(水の酸化触媒および遷移金属原子を含む)の物質量比は、必ずしも化学量論比を反映していない。
【0024】
前記スキーム1は、前記遷移金属錯体がルテニウム2価錯体であり、前記水の酸化触媒がイリジウムオキサイドである場合は、例えば、下記スキーム2のとおり表すことができる。ただし、下記スキーム2は、推定可能な反応機構の例示であり、本発明を限定しない。下記スキーム2中、Ru
IIは、ルテニウム2価錯体中のルテニウム原子(2価のイオン)を表し、Ru
IIIは、前記ルテニウム2価錯体が酸化されて生じたルテニウム3価錯体中のルテニウム原子(3価のイオン)を表す。また、IrO
xは、イリジウムオキサイドである。Xは任意の正の数である。また、IrO
xは、単一の酸化数のイリジウムのみを含んでいても良いが、酸化数が異なる複数のイリジウムオキサイドの混合物であっても良い。すなわち、IrO
xは、例えば、IrO、Ir
2O
3、IrO
2、IrO
3およびIrO
4からなる群から選択される少なくとも一つであっても良い。ルテニウム2価錯体は、特に限定されないが、例えば、後述の化学式(2)または(4)で表されるルテニウム2価錯体が挙げられる。
【0026】
従来、水の酸化触媒を用いた水の酸化反応では、前述のとおり、生成物が、大気中に普遍的に存在する酸素(O
2)であったため、産業上利用価値は見出されなかった。しかし、本発明によれば、水素(H
2)等の高価な原料を用いず、水を原料としてきわめて低コストに過酸化水素を製造できるため、産業上利用価値は多大である。また、本発明の過酸化水素製造方法は、光をエネルギー源とするため、簡便であり、かつ、さらに低コストに寄与し得る。例えば、本発明の過酸化水素製造方法は、利用しやすい可視光(太陽光等)をエネルギー源とすることにより、または、熱源を用いず光照射のみで反応させることにより、さらに簡便かつ低コストに行うことができる。
【0027】
また、従来、水の酸化触媒を用いた水の酸化反応は、併用する酸化剤が消費されつくすと反応が終了し、それ以上生成物を得ることができなかった。しかし、本発明では、水の酸化触媒と併用する前記遷移金属錯体が、前述のように酸化剤および還元剤の両方の機能を有することで、反応終了後に元の状態に戻ることが可能である。すなわち、前記水の酸化触媒のみならず、前記遷移金属錯体も触媒として機能する。これにより、原料の水が存在する限り、理論上は、無限に反応サイクルを回し続け、過酸化水素を発生させ続けることができるのである。ただし、これはあくまでも理論である。本発明の過酸化水素製造方法における実際の反応は、一般的な触媒反応と同様、通常は、触媒の劣化等により、サイクル数は有限である。
【0028】
以上、スキーム1および2を用いて、本発明の過酸化水素製造方法における反応機構について説明した。ただし、前述のとおり、スキーム1および2とそれらの説明は、推定可能な反応機構の一例であり、本発明は、上記の説明により何ら限定されない。
【0029】
以下、本発明についてさらに具体的に説明する。
【0030】
[<1>遷移金属錯体]
本発明の過酸化水素製造方法に用いる遷移金属錯体は、特に限定されないが、例えば、遷移金属原子に有機配位子が配位した(配位結合した)錯体であっても良い。配位結合は、特に限定されず、例えば、共有結合でも、イオン結合でも、両者の中間の性質を有する結合でも良い。前記有機配位子において、前記遷移金属原子に配位(配位結合)する原子は、特に限定されず、例えば、炭素原子でも炭素以外の原子でも良い。また、前記遷移金属原子は、中性原子に限定されず、イオンでも良く、その電荷(酸化数)は、任意である。
【0031】
前記遷移金属錯体は、遷移金属原子に芳香族配位子が配位した錯体であることが好ましい。また、前記金属錯体は、下記化学式(1)で表される錯体であることがより好ましい。
【0033】
前記化学式(1)中、
M
1は遷移金属原子であり、
R
1〜R
24は、それぞれ独立に、水素原子または任意の置換基であり、
または、R
4およびR
5は、一体となって -CH=CH- を形成しても良く、すなわち、R
4およびR
5はそれらの結合するビピリジン環と一体となってフェナントロリン環を形成しても良く、前記 -CH=CH- におけるHは、それぞれ独立に、任意の置換基で置換されていても良く、
R
12およびR
13は、一体となって -CH=CH- を形成しても良く、すなわち、R
12およびR
13はそれらの結合するビピリジン環と一体となってフェナントロリン環を形成しても良く、前記 -CH=CH- におけるHは、それぞれ独立に、任意の置換基で置換されていても良く、
R
20およびR
21は、一体となって -CH=CH- を形成しても良く、すなわち、R
20およびR
21はそれらの結合するビピリジン環と一体となってフェナントロリン環を形成しても良く、前記 -CH=CH- におけるHは、それぞれ独立に、任意の置換基で置換されていても良く、
mは、正の整数、0、または負の整数である。
【0034】
前記遷移金属錯体において、遷移金属原子は、1つでも複数でも良く、複数の場合は、同一でも異なっていても良い。前記遷移金属原子は、ルテニウム、オスミウム、鉄、マンガン、クロム、コバルト、イリジウム、ロジウム、および白金からなる群から選択される少なくとも一つが好ましい。前記遷移金属錯体が、前記化学式(1)で表される錯体である場合は、M
1は、ルテニウム、オスミウム、鉄、マンガン、クロム、コバルト、イリジウム、ロジウム、または白金であることが好ましい。また、前記各遷移金属原子の酸化数(電荷)は、特に限定されないが、例えば、+1〜+6の範囲である。前記酸化数(電荷)は、ルテニウムの場合は、+2、または+3が好ましく、オスミウムの場合は、+2〜+6の範囲が好ましく、鉄の場合は、+2〜+5の範囲が好ましく、マンガンの場合は、+2〜+5の範囲が好ましく、クロムの場合は、+2〜+6の範囲が好ましく、コバルトの場合は、+1〜+5の範囲が好ましく、イリジウムの場合は、+1〜+5の範囲が好ましく、ロジウムの場合は、+1〜+5の範囲が好ましく、白金の場合は、+1〜+5の範囲が好ましい。前記化学式(1)中、M
1は、ルテニウムであることが特に好ましい。
【0035】
前記化学式(1)中、
R
1〜R
24は、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、アリール基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、アルキルアミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、アルコキシ基、ペルフルオロアルキル基、アシル基、アルカノイル基、アシルオキシ基、またはアルカノイルオキシ基であることが好ましい。
または、
R
4およびR
5は、一体となって -CH=CH- を形成しても良く、すなわち、R
4およびR
5はそれらの結合するビピリジン環と一体となってフェナントロリン環を形成しても良く、前記 -CH=CH- におけるHは、それぞれ独立に、アルキル基、アリール基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、アルキルアミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、アルコキシ基、ペルフルオロアルキル基、アシル基、アルカノイル基、アシルオキシ基、またはアルカノイルオキシ基で置換されていても良く、
R
12およびR
13は、一体となって -CH=CH- を形成しても良く、すなわち、R
12およびR
13はそれらの結合するビピリジン環と一体となってフェナントロリン環を形成しても良く、前記 -CH=CH- におけるHは、それぞれ独立に、アルキル基、アリール基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、アルキルアミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、アルコキシ基、ペルフルオロアルキル基、アシル基、アルカノイル基、アシルオキシ基、またはアルカノイルオキシ基で置換されていても良く、 R
20およびR
21は、一体となって -CH=CH- を形成しても良く、すなわち、R
20およびR
21はそれらの結合するビピリジン環と一体となってフェナントロリン環を形成しても良く、前記 -CH=CH- におけるHは、それぞれ独立に、アルキル基、アリール基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、アルキルアミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、アルコキシ基、ペルフルオロアルキル基、アシル基、アルカノイル基、アシルオキシ基、またはアルカノイルオキシ基で置換されていても良い。
【0036】
前記化学式(1)中、
R
1〜R
24が、それぞれ独立に、水素原子、炭素数1から6の直鎖もしくは分枝アルキル基、フェニル基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、炭素数1から6の直鎖もしくは分枝アルキルアミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、アルコキシ基、ペルフルオロアルキル基、炭素数1から6の直鎖もしくは分枝アルカノイル基、または炭素数1から6の直鎖もしくは分枝アルカノイルオキシ基であることがより好ましい。
または、
R
4およびR
5は、一体となって -CH=CH- を形成しても良く、すなわち、R
4およびR
5はそれらの結合するビピリジン環と一体となってフェナントロリン環を形成しても良く、前記 -CH=CH- におけるHは、それぞれ独立に、炭素数1から6の直鎖もしくは分枝アルキル基、フェニル基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、炭素数1から6の直鎖もしくは分枝アルキルアミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、アルコキシ基、ペルフルオロアルキル基、炭素数1から6の直鎖もしくは分枝アルカノイル基、または炭素数1から6の直鎖もしくは分枝アルカノイルオキシ基で置換されていても良く、
R
12およびR
13は、一体となって -CH=CH- を形成しても良く、すなわち、R
12およびR
13はそれらの結合するビピリジン環と一体となってフェナントロリン環を形成しても良く、前記 -CH=CH- におけるHは、それぞれ独立に、炭素数1から6の直鎖もしくは分枝アルキル基、フェニル基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、炭素数1から6の直鎖もしくは分枝アルキルアミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、アルコキシ基、ペルフルオロアルキル基、炭素数1から6の直鎖もしくは分枝アルカノイル基、または炭素数1から6の直鎖もしくは分枝アルカノイルオキシ基で置換されていても良く、
R
20およびR
21は、一体となって -CH=CH- を形成しても良く、すなわち、R
20およびR
21はそれらの結合するビピリジン環と一体となってフェナントロリン環を形成しても良く、前記 -CH=CH- におけるHは、それぞれ独立に、炭素数1から6の直鎖もしくは分枝アルキル基、フェニル基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、炭素数1から6の直鎖もしくは分枝アルキルアミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、アルコキシ基、ペルフルオロアルキル基、炭素数1から6の直鎖もしくは分枝アルカノイル基、または炭素数1から6の直鎖もしくは分枝アルカノイルオキシ基で置換されていても良い。
【0037】
前記化学式(1)中、R
1〜R
24は、例えば、全て水素原子であっても良い。また、前記化学式(1)中、mは、+1〜+5の範囲であることが好ましく、+2、+3、または+4であることがより好ましい。
【0038】
前記化学式(1)で表される錯体は、下記化学式(2)または(3)で表される錯体であることがさらに好ましい。
【化2】
【化3】
前記化学式(2)および(3)中、M
1およびmは、前記化学式(1)と同じである。
【0039】
前記化学式(1)で表される錯体は、下記化学式(4)または(5)で表される錯体であることがさらに好ましく、下記化学式(4)で表される錯体であることが特に好ましい。
【化4】
【化5】
【0040】
また、前記式(1)で表される遷移金属錯体としては、前記(4)および(5)に限定されず、どのような錯体でも良い。
【0041】
前記遷移金属錯体に互変異性体または立体異性体(例:幾何異性体、配座異性体および光学異性体)等の異性体が存在する場合は、いずれの異性体も本発明に用いることができる。また、前記遷移金属錯体の塩は、酸付加塩でも塩基付加塩でも良い。さらに、前記酸付加塩を形成する酸は無機酸でも有機酸でも良く、前記塩基付加塩を形成する塩基は無機塩基でも有機塩基でも良い。前記無機酸としては、特に限定されないが、例えば、硫酸、リン酸、フッ化水素酸、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、次亜フッ素酸、次亜塩素酸、次亜臭素酸、次亜ヨウ素酸、亜フッ素酸、亜塩素酸、亜臭素酸、亜ヨウ素酸、フッ素酸、塩素酸、臭素酸、ヨウ素酸、過フッ素酸、過塩素酸、過臭素酸、および過ヨウ素酸等があげられる。前記有機酸も特に限定されないが、例えば、p−トルエンスルホン酸、メタンスルホン酸、シュウ酸、p−ブロモベンゼンスルホン酸、炭酸、コハク酸、クエン酸、安息香酸および酢酸等があげられる。前記無機塩基としては、特に限定されないが、例えば、水酸化アンモニウム、アルカリ金属水酸化物、アルカリ土類金属水酸化物、炭酸塩および炭酸水素塩等があげられ、より具体的には、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、水酸化カルシウムおよび炭酸カルシウム等があげられる。前記有機塩基も特に限定されないが、例えば、エタノールアミン、トリエチルアミンおよびトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン等があげられる。これらの塩の製造方法も特に限定されず、例えば、前記電子供与体・受容体連結分子に、前記のような酸や塩基を公知の方法により適宜付加させる等の方法で製造することができる。
【0042】
また、前記遷移金属錯体の吸収帯は特に限定されないが、可視光領域に吸収帯を有することが好ましい。可視光領域に吸収帯を有することで、例えば、可視光励起することが可能となり、太陽光をエネルギー源として利用できる。これによれば、例えば、太陽電池等への適用も可能である。
【0043】
なお、本発明において、アルキル基としては、特に限定されないが、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基およびtert-ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、イコシル基等が挙げられる。アルキル基を構造中に含む基(アルキルアミノ基、アルコキシ基等)においても同様である。また、ペルフルオロアルキル基としては、特に限定されないが、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基およびtert-ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、イコシル基等から誘導されるペルフルオロアルキル基が挙げられ、ペルフルオロアルキル基を構造中に含む基(ペルフルオロアルキルスルホニル基、ペルフルオロアシル基等)においても同様である。本発明において、アシル基としては、特に限定されないが、例えば、ホルミル基、アセチル基、プロピオニル基、イソブチリル基、バレリル基、イソバレリル基、ピバロイル基、ヘキサノイル基、シクロヘキサノイル基、ベンゾイル基、エトキシカルボニル基、等が挙げられ、アシル基を構造中に含む基(アシルオキシ基、アルカノイルオキシ基等)においても同様である。また、本発明において、アシル基の炭素数にはカルボニル炭素を含み、例えば、炭素数1のアルカノイル基(アシル基)とはホルミル基を指すものとする。さらに、本発明において、「ハロゲン」とは、任意のハロゲン元素を指すが、例えば、フッ素、塩素、臭素およびヨウ素が挙げられる。また、置換基等に異性体が存在する場合はどの異性体でも良く、例えば、「プロピル基」という場合は、n-プロピル基でもイソプロピル基でも良い。
【0044】
[<1−2>遷移金属錯体の製造方法]
本発明において、前記遷移金属錯体は、市販品を用いても良いし、適宜製造(合成)しても良い。製造する場合、製造方法は特に制限されず、例えば、公知の製造方法により、または公知の製造方法を参考にして、適宜製造することができる。例えば、遷移金属の塩と配位子とを、それぞれ、水、アルコール等の溶媒に溶解させて混合させて製造しても良い。前記化学式(2)から(5)のいずれか(特に、前記化学式(4)または(5))で表される遷移金属錯体の場合は、例えば、下記参考文献1に記載の方法を参考にして製造しても良い。
【0045】
[参考文献1]
Kotkar, D.; Ghosh, P. K. Inorg. Chem. 1987, 26, 208.またはYoung, R. C.; Meyer, T. J.; Whitten, D. G. J. Am. Chem. Soc.1976, 98, 286.
【0046】
また、製造した遷移金属錯体は、必要に応じ、陰イオン交換処理しても良い。前記陰イオン交換処理の方法は特に限定されず、必要に応じて任意の方法を用いることができる。前記陰イオン交換処理に使用可能な物質としては、例えば、前記各種有機酸および無機酸等が挙げられ、単独で用いても二種類以上併用しても良く、また、これら以外の反応物質、溶媒等を、必要に応じ適宜用いても良いし、用いなくても良い。
【0047】
[<2>水の酸化触媒]
本発明において、水の酸化触媒は特に制限されないが、遷移金属酸化物またはオキソ錯体が好ましい。前記オキソ錯体としては、例えば、ルテニウムのオキソ錯体、マンガンのオキソ錯体、イリジウムのオキソ錯体等が挙げられる。前記水の酸化触媒は、例えば、ルテニウムのオキソ錯体、マンガンのオキソ錯体、イリジウムのオキソ錯体、鉄のオキソ錯体、インジウムオキサイド、ルテニウムオキサイド、イリジウムオキサイド、酸化タングステン、およびバナジン酸ビスマスからなる群から選択される少なくとも一つであることがより好ましい。また、前記水の酸化触媒は、例えば、IrO、Ir
2O
3、IrO
2、IrO
3、IrO
4、WO
3、BiVO
4、Rb
8K
2[{Ru
4O
4(OH)
2(H
2O)
4}(γ-SiW
10O
36)
2]、Cs
10[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
4(γ-SiW
10O
36)
2]、Li
10[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
4(γ-SiW
10O
36)
2]、Li
10[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
4(γ-SiW
10O
36)
2]、Na
10[{Ru
4O
4(OH)
2(H
2O)
4}(γ-SiW
10O
36)
2]、K
10[{Ru
4O
4(OH)
2(H
2O)
4}(γ-SiW
10O
36)
2]、Rb
10[{Ru
4O
4(OH)
2(H
2O)
4}(γ-SiW
10O
36)
2]、およびCs
10[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
4(γ-SiW
10O
36)
2]からなる群から選択される少なくとも一つであっても良い。
【0048】
前記水の酸化触媒は、イリジウムオキサイドであることが特に好ましい。前記イリジウムオキサイドは、なるべく水に懸濁しやすく、沈殿を生じにくいことが、光照射時に水の酸化反応が起こりやすいため、好ましい。より具体的には、前記イリジウムオキサイドは、25℃で100mLの水に少なくとも1mg懸濁可能であることが好ましく、少なくとも1.5mg懸濁可能であることがより好ましく、少なくとも3.0mg懸濁可能であることがさらに好ましく、少なくとも12mg懸濁可能であることがさらに好ましく、少なくとも50mg懸濁可能であることがさらに好ましく、少なくとも80mg懸濁可能であることがさらに好ましく、少なくとも100mg懸濁可能であることがさらに好ましく、少なくとも200mg懸濁可能であることがさらに好ましく、少なくとも300mg懸濁可能であることが特に好ましい。同様の理由により、前記イリジウムオキサイドは、動的光散乱により測定した平均粒子径が、1〜10,000nmであることが好ましく、1〜1,000nmであることがより好ましく、5〜500nmであることがさらに好ましく、10〜500nmであることが特に好ましい。また、同様の理由により、前記イリジウムオキサイドは、BET表面積測定による比表面積が、0.8m
2/g以上であることが好ましく、5m
2/g以上であることがより好ましく、10m
2/g以上であることがさらに好ましく、20m
2/g以上であることが特に好ましい。前記比表面積の上限値は、特に限定されないが、例えば、50m
2/g以下、または30m
2/g以下である。同様の理由により、前記イリジウムオキサイドは、熱重量/示差熱分析により0℃から600℃まで、重量変化を測定したときの重量変化が70%以内であることが好ましく、40%以内であることがより好ましく、30%以内であることがさらに好ましい。また、同様に0℃から600℃まで、示差熱分析で電位測定したときの電位変化量の絶対値が、20μV以内であることが好ましく、10μV以内であることがより好ましく、5μV以内であることがさらに好ましい。さらに、前記イリジウムオキサイドにおいて、イリジウムの原子価は、0価、1価、2価、3価、4価、5価、6価等が挙げられる。前記イリジウムオキサイド中のイリジウム原子は、1種類の原子価のイリジウム原子のみからなっていても、原子化が異なる複数種類の原子を含んでも良いが、3価のイリジウム原子を含むことが好ましい。さらに、前記イリジウムオキサイドは、X線光電子分光(X-ray photoelectron spectroscopy)による測定で、酸素の1s軌道に由来する結合エネルギーが、528〜536eV(電子ボルト)であることが好ましく、530〜534eVであることがより好ましく、531〜533eVであることがさらに好ましい。前記イリジウムオキサイドの製造方法は、特に限定されないが、例えば、H
2IrCl
6・6H
2OをNaOH水溶液中で加熱して得ることができる。この製造方法については後述する。
【0049】
なお、前記水の酸化触媒は、例えば、水に懸濁しやすく、かつ溶解しにくい性質を有することが好ましい。このような性質を前記水の酸化触媒が有していると、濾過するのみで簡単に反応系から分離でき、取り扱いやすいからである。このように、水に懸濁しやすく溶解しにくい水の酸化触媒としては、例えば、イリジウムオキサイド、酸化タングステン、バナジン酸ビスマス等が挙げられる。なお、同様の理由により、前記遷移金属錯体も、水に懸濁しやすく溶解しにくい錯体であっても良い。
【0050】
[<2−2>水の酸化触媒の製造方法]
本発明において、前記水の酸化触媒の製造方法は特に制限されない。例えば、イリジウムオキサイドの場合は、前述のように、H
2IrCl
6・6H
2OをNaOH水溶液中で加熱して製造しても良い。H
2IrCl
6・6H
2Oの濃度は特に限定されないが、例えば1〜300mmol/L、好ましくは10〜80mmol/L、より好ましくは20〜50mmol/Lである。NaOHの濃度も特に限定されないが、例えば0.001〜10mmol/L、好ましくは0.05〜1mmol/L、より好ましくは0.1〜0.5mmol/Lである。加熱温度も特に限定されないが、例えば、40℃以上、好ましくは80℃以上であり、水の沸点付近(常圧で約100℃)で加熱することが特に好ましい。例えば、定法どおり、冷却管等を用いて還流させても良い。加熱時間も特に限定されないが、例えば2〜100分間、好ましくは10〜50分間、より好ましくは20〜40分間である。なお、例えば、H
2IrCl
6・6H
2Oに加え、またはこれに代えて、K
2IrCl
6等の他のイリジウム塩を用いても良い。また、例えば、NaOHに加え、またはこれに代えて、KOH等の他のアルカリ金属水酸化物、またはその他の無機塩基を用いても良い。製造したイリジウムオキサイドの精製法も特に限定されず、例えば、イリジウムオキサイドの沈殿を濾取し、必要に応じて水洗後、乾燥させても良い。
【0051】
なお、上記のようなイリジウムオキサイドの製造方法は、例えば、後述の実施例または下記参考文献2を参照して行うことができる。
【0052】
[参考文献2]
Hoertz, P. G.; Kim, Y. I.; Youngblood, W. J.; Mallouk, T. E. J. Phys. Chem. B 2007, 111 (24), 6845.
【0053】
また、例えば、前記水の酸化触媒が金属錯体である場合、金属イオン水溶液と配位子の水溶液を混合して前記金属イオンと前記配位子を反応させる等の方法により製造することができる。前記水溶液を混合した後に、必要に応じ加熱等をしてもよい。このような水の酸化触媒の製造方法としては、例えば、前記非特許文献1(Y. V. Geletii, B. Botar, P. Koegerler, D. A. Hillesheim, D. G. Musaev, C. L. Hill, Angew. Chem., Int. Ed. 2008, 47, 3896-3899)のSupporting Information(本願出願日現在、http://www.wiley-vch.de/contents/jc_2002/2008/z705652_s.pdfにおいて閲覧可能)に記載されているRb
8K
2[{Ru
4O
4(OH)
2(H
2O)
4}(γ-SiW
10O
36)
2]の製造方法、および、前記非特許文献2(Andrea Sartorel, Mauro Carraro, Gianfranco Scorrano, Rita De Zorzi, Silvano Geremia, Neal D. McDaniel, Stefan Bernhard, and Marcella Bonchio, J. AM. CHEM. SOC. 2008, 130, 5006-5007)のSupporting Information(本願出願日現在、http://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/ja077837f/suppl_file/ja077837f-file004.pdfにおいて閲覧可能)に記載されているCs
10[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
4(γ-SiW
10O
36)
2]およびLi
10[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
4(γ-SiW
10O
36)
2]の製造方法等がある。なお、これらの具体的な実験操作について以下に記す。
【0054】
(Rb
8K
2[{Ru
4O
4(OH)
2(H
2O)
4}(γ-SiW
10O
36)
2]の製造方法(前記非特許文献1))
(1)トリス(2,2’-ビピリジル)ジクロロルテニウム(II)六水和物(Ru(bpy)
32+)Cl
2は、Aldrich社から購入した。トリス(2,2’-ビピリジル)ペルクロロルテニウム(III)塩(Ru(bpy)
33+)Cl
3は、Ru(bpy)
32+を、0.5M H
2SO
4中、PbO
2で酸化し、濃HClO
4を加えて沈殿させて得た(V. Y. Shafirovich, V. V. Strelets, Bulletin of the Academy of Sciences of the USSR, Division of Chemical Sciences 1980, 7. および V. Y. Shafirovich, N. K. Khannanov, V. V. Strelets, Nouveau Journal de Chimie 1980, 4, 81.)。得られた(Ru(bpy)
33+)Cl
3は、減圧下で乾燥し、密封バイアル中、-18℃で保存し、1〜2週間以内に使い切った。
【0055】
(2)カリウムγ-デカタングストシリケートK
8[γ-SiW
10O
36]・12H
2Oは、文献(A. Teze, G. Herve, in Inorganic Syntheses, Vol. 27 (Ed.: A. P. Ginsberg), John Wiley and Sons, New York, 1990, pp. 85. )の方法に則って合成および精製し、赤外スペクトル値を前記文献と比較して同定した。合成および精製は、以下のようにして行った。すなわち、まず、タングステン酸ナトリウム(Sodium tungstate)(182g, 0.55mol)を300mLの水に溶解させた。この水溶液を攪拌しながら、4M HCl(165mL)を、一滴ずつ10分以上かけて滴下し、混合した。この混合溶液に、さらに、ナトリウムメタシリケート(Sodium metasilicate)(11g, 50mmol)を100mLの水に溶かした溶液を注ぎ、4MのHClを加えてpHを5〜6に調整した。この溶液を前記pHで100分間静置した後に、KCl(90g)を加えると、白色の沈殿が生成した。この沈殿を濾取し、850mLの水に再び溶解させた。不要物を濾過して除き、再びKCl(80g)を加え、生成した沈殿を再び濾取すると、K
8[β
2-SiW
11O
39]・14H
2O(60〜80g)が得られた(収率は37〜50%)。このK
8[β
2-SiW
11O
39]・14H
2O(15g, 5mmol)を150mLの水に溶かし、すぐにセライト濾過を行い、不純物を取り除いた。この濾液に、直ちに2Mの炭酸カリウム水溶液を加えてpHを9.1に調整した。この水溶液に、さらに2Mの炭酸カリウム水溶液を滴下し続け、16分間、pHを9.1に維持した。16分後にKCl(40g)を加えると、白色の沈殿が生成した。この沈殿を濾取し、1MのKCl水溶液で洗浄すると、目的物であるK
8[γ-SiW
10O
36]・12H
2O(〜10g)が得られた(収率は70%)。なお、pHの測定(追跡)は、適宜、pHメーターを用いて行った。
【0056】
(3)Rb
8K
2[{Ru
4O
4(OH)
2(H
2O)
4}(γ-SiW
10O
36)
2]・25H
2Oの合成
合成したばかりのK
8[γ-SiW
10O
36]・12H
2O(4.00g, 1.33mmol)を65mLの水に溶解させ、さらに、RuCl
3・H
2Oの固体サンプル(0.60g, 2.67mmol)をすばやく加えた。RuCl
3・H
2Oを加えると、前記溶液の色はただちに褐色に変化し、pHは2.6まで下がった。さらに、この溶液に6M HClを滴下してpHを1.6に調整した。この溶液をさらに5分間攪拌した後、RbCl(2.4g, 20mmol)を10〜15mLの水に溶かした溶液を少しずつ加えた。こうして得られた混合物を濾過し、濾液を室温で24時間静置したところ、褐色平板状の結晶が析出した。機器分析により、この褐色平板状の結晶が目的物であることを確認した。収量は1.8g(W基準で約40%収率)であった。以下に、機器分析値を示す。
【0057】
元素分析値:計算値: W 55.14, Ru 6.11, Si 0.84, Rb 10.18, K 1.17; 実測値: W 55.2, Ru 5.8, Si 0.73, Rb 10.2, K 0.95.なお、結晶水の分子数は、熱重量分析(thermogravimetricanalysis, TGA)により測定した。
【0058】
IR(KBr pellet; 2000-400cm
-1): 1616(m), 999(m), 947(m-s), 914(s), 874(s), 802(vs), 765(vs), 690(sh), 630(sh), 572(m-s), 542(ms).
ラマンスペクトル(in H
2O, c=0.153mM; le=1064nm): 1066(w, br), 968(w), 871(w), 798(w, br), 604(w), 487(s), 427(s, br).
【0059】
上記のとおり、赤外(IR)およびラマンスペクトルは、γ-二置換ポリタングステン酸塩の典型的なパターンを示した。ラマンスペクトルにおける487cm
-1の吸収は、Ru-O-Ru結合の存在を示す。
【0060】
Rb
8K
2[{Ru
4O
4(OH)
2(H
2O)
4}(γ-SiW
10O
36)
2]・25H
2Oは、EPR(X-band、室温、飽和水溶液)において無反応であった。さらに、Rb
8K
2[{Ru
4O
4(OH)
2(H
2O)
4}(γ-SiW
10O
36)
2]・25H
2Oの磁化率測定(2-290K, 0.1および1.0テスラ)は、反磁性の特性を示した。(χ
dia/TIP=-4.2×10
-4emu mol
-1)。
【0061】
電子吸収スペクトル(400-900nm, in H
2O(濃度c=0.153mM, 0.1mmセル長))における最大吸収波長λ
max(nm)および前記λ
maxにおける吸光係数ε(M
-1cm
-1)は、以下のとおりであった。
pH4.9(pH無調整):λ
max=445nm、吸光定数εは未定量
pH2.5に調整後測定:λ
max=445nm、吸光定数ε=2.8×10
4M
-1cm
-1
【0062】
図12(a)および(b)のグラフに、Rb
8K
2[{Ru
4O
4(OH)
2(H
2O)
4}(γ-SiW
10O
36)
2]・25H
2Oのサイクリックボルタンメトリー(CV)の測定結果を示す。
図12(a)および(b)のそれぞれにおいて、横軸は電圧(mV)であり、縦軸は電流である。
図12(a)および(b)における測定は、いずれも、0.025Mリン酸ナトリウム緩衝液および0.15M NaClのpH 7.0溶液に対するスキャン速度25mV/sで行った。
図12(a)において、実線は、0.6mM Rb
8K
2[{Ru
4O
4(OH)
2(H
2O)
4}(γ-SiW
10O
36)
2]・25H
2Oの、pH 7.0における測定値である。破線は、1mM Rb
8K
2[{Ru
4O
4(OH)
2(H
2O)
4}(γ-SiW
10O
36)
2]・25H
2Oの、0.1M HCl中(pH 1.0)における測定値である。点線は、1mM Rb
8K
2[{Ru
4O
4(OH)
2(H
2O)
4}(γ-SiW
10O
36)
2]・25H
2Oの、0.4M 差酢酸ナトリウム緩衝液中(pH 4.7)における測定値である。電圧は、Ag/AgCl参照電極(3m NaCl)に対する値である。図示のように、Rb
8K
2[{Ru
4O
4(OH)
2(H
2O)
4}(γ-SiW
10O
36)
2]・25H
2OのCVはpH依存性があった。
図12(b)において、実線は、1mM [Ru(bpy)
3]
2+の存在下、Rb
8K
2[{Ru
4O
4(OH)
2(H
2O)
4}(γ-SiW
10O
36)
2]・25H
2Oなし(濃度0)での測定結果である。破線は、1mM [Ru(bpy)
3]
2+の存在下、Rb
8K
2[{Ru
4O
4(OH)
2(H
2O)
4}(γ-SiW
10O
36)
2]・25H
2O濃度0.006mMでの測定結果である。一点鎖線は、1mM [Ru(bpy)
3]
2+の存在下、Rb
8K
2[{Ru
4O
4(OH)
2(H
2O)
4}(γ-SiW
10O
36)
2]・25H
2O濃度0.012mMでの測定結果である。点線は、1mM [Ru(bpy)
3]
2+の存在下、Rb
8K
2[{Ru
4O
4(OH)
2(H
2O)
4}(γ-SiW
10O
36)
2]・25H
2O濃度0.029mMでの測定結果である。二点鎖線は、[Ru(bpy)
3]
2+の非存在下、Rb
8K
2[{Ru
4O
4(OH)
2(H
2O)
4}(γ-SiW
10O
36)
2]・25H
2O濃度0.029mMでの測定結果である。
図12(b)における測定は、いずれもpH7.0で行った。
【0063】
(Cs
10[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
4(γ-SiW
10O
36)
2]およびLi
10[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
4(γ-SiW
10O
36)
2]の製造方法(前記非特許文献2))
(1)セシウム塩Cs
10[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
4(γ-SiW
10O
36)
2]の合成
262mg(0.359mmol)のK
4Ru
2OCl
10を30mlの脱イオン水に溶かし、さらに、1g(0.336mmol)のK
8γ-SiW
10O
36-12H
2Oを加えた。得られた暗褐色溶液のpHは、6.2であった。この溶液を70℃で1時間加熱し、pHが1.8になったところで濾過した。さらに、濾液に過剰量のCsCl(4.4g, 26.1mmol)を加え、沈殿を得た。この沈殿を、2〜3mLの冷水で3回洗浄し、目的物のセシウム塩Cs
10[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
4(γ-SiW
10O
36)
2]を980mg(85%)得た。
【0064】
(2)リチウム塩Li
10[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
4(γ-SiW
10O
36)
2]の合成
上記により得られたセシウム塩Cs
10[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
4(γ-SiW
10O
36)
2]を100mlの水に溶かし、陽イオン交換樹脂を透過させてリチウム塩Li
10[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
4(γ-SiW
10O
36)
2]を800mg得た。この未精製リチウム塩の水溶液を、セファデックス(商品名)G-50を固定相としたカラムに通し、最初の約50mgのフラクションを捨てることにより精製した。水および前記固定相の分量は、前記リチウム塩1gに対し水5mL、および前記固定相10gの比率とした。溶出物から溶媒を留去し、700mgの精製リチウム塩を得た(Wに基づく収率75%)。なお、目的物の全溶出後も前記カラムの固定相は黒く着色したままであったが、これは、幾分かの低分子量ルテニウム化学種が残留していたためと推測される。
【0065】
以下に、これらセシウム塩およびリチウム塩の機器分析値を示す。
【0066】
セシウム塩Cs
10[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
4(γ-SiW
10O
36)
2]結晶の元素分析値(括弧内は、Cs
10[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H2O)4(γ-SiW
10O
36)
2]に基づく計算値): Cs:19.20%(19.58%); Ru:5.93%(5.96%); Si:0.845%(0.827%); W:53.75%(54.16%).
なお、サンプルを元素分析前に乾燥させたところ、3.85%の質量が減少した。これは、Cs
10[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H2O)4(γ-SiW
10O
36)
2]に対する水和水15分子に相当する。
【0067】
セシウム塩Cs
10[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
4(γ-SiW
10O
36)
2]のFT-IR(KBr, ポリオキソメタレート領域): 1002(w), 950(m), 915(s), 880(s), 799(s, br), 764(sh), 707(sh), 562(m), 545(m) cm
-1.
Rラマンスペクトル:483(s), 804(w), 870(m), 950(m) cm
-1.
【0068】
リチウム塩Li
10[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
4(γ-SiW
10O
36)
2]のUV-Visスペクトル:
リチウム塩Li
10[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
4(γ-SiW
10O
36)
2]のUV-VisスペクトルはpH依存的であった。すなわち、酸性領域では、最大吸収波長λ
max(nm)=443nmにおける吸光係数ε(M
-1cm
-1)が増大し、pH2.0以下では、logε=4.57であった。これは、ルテニウムd-d繊維に由来すると推測される。これに対し、pH未調整の場合は、前記443nmの吸収は増大せず、連続的な吸収が観測されるのみであった。これは、ルテニウムからタングステンへの電荷移動帯に由来すると推測される。また、UV-Visスペクトルの可逆的な変化から、pKa=3.62であると見積もられた。水配位子の一つが脱プロトンを起こし、[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
3(OH)(γ-SiW
10O
32)
2]
11-を形成していると考えられる。
【0069】
リチウム塩Li
10[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
4(γ-SiW
10O
36)
2]水溶液(10
-5M, pH 5.11)
について、HNO
3(1M)を加えて[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
3(OH)(γ-SiW
10O
32)
2]
11-の分光光度滴定を行い、λ=443nmの吸光度をプロットした。その結果、pKa=3.62と計算された。また、同様に、リチウム塩Li
10[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
4(γ-SiW
10O
36)
2]([Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
3(OH)(γ-SiW
10O
32)
2]
11-)水溶液(10
-2M, pH 4.97)についてHNO
3(1M)を加えて酸塩基滴定を行ったところ、pKa=3.7と見積もられ、分光光度滴定の結果と良い一致を示した。また、前記酸塩基滴定における[H
+]対[HNO
3]/[POM]のプロット比から、1:1の化学量論関係が見出された。なお、前記酸塩基滴定にいて、[H
+]は水素イオン濃度を示し、[HNO
3]は硝酸濃度を示し、[POM]は、リチウム塩Li
10[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
4(γ-SiW
10O
36)
2]([Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
3(OH)(γ-SiW
10O
32)
2]
11-)の濃度を示す。
【0070】
リチウム塩Li
10[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
4(γ-SiW
10O
36)
2]のESI-MS(前記リチウム塩10
-3M、CH
3CN:H
2O:HCOOH=49:50:1 溶媒中において測定): m/z(相対強度)=1798(100), [H
9Ru
4Si
2W
20O
78]
3-; 1348(83), [H
8Ru
4Si
2W
20O
78]
4-. 標準物質としては、PW
12O
403-(m/z=957)を用いた。
【0071】
リチウム塩Li
10[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
4(γ-SiW
10O
36)
2]のサイクリックボルタンメトリー:
リチウム塩Li
10[Ru
4(μ-O)
4(μ-OH)
2(H
2O)
4(γ-SiW
10O
36)
2]の水溶液(10
-3M)に濃H
2SO
4を加えてpHを0.60とし、サイクリックボルタンメトリーを測定した。静止電位の測定値は0.72V(Ag/AgCl参照電極)であった。測定条件は、初期電位=0.72V; スイッチング電位(1)=1.4V; スイッチング電位(2)=0V; 最終電位=0.72V; スキャン速度=100mVs
-1とした。サイクリックボルタンメトリーは、+1.4〜-0.0V(vs Ag/AgCl)間で、4つの陽極波と4つの陰極波を示した。4つのほぼ可逆的な酸化還元対が、E1/2=+1.12, +0.70, +0.53,および+0.29Vにおいて、ピーク分離ΔEp(=Epa-Epc)=89, 98, 59,および166mVで観測された。スキャンの方向を逆にしても、同様の酸化還元波が観測された。
【0072】
[<3>過酸化水素製造方法]
本発明の過酸化水素製造方法は、前述のとおり、水、水の酸化触媒、遷移金属錯体、および酸素(O
2)を含む反応系に光照射して過酸化水素を発生させる過酸化水素発生工程を含むことを特徴とする。それ以外は、本発明の過酸化水素製造方法は特に限定されないが、例えば、以下のようにして行うことができる。
【0073】
まず、水、水の酸化触媒、遷移金属錯体、および酸素(O
2)を含む前記反応系を準備する。この反応系準備工程は、例えば、前記過酸化水素発生工程に先立ち行っても良いし、その一部または全部を、前記過酸化水素発生工程と同時に(すなわち、反応系に光照射をしながら)行うこともできる。具体的な操作としては、例えば、水の酸化触媒、遷移金属錯体、および酸素(O
2)のそれぞれを、水中に分散させれば良い。前記分散の形態は、特に限定されず、例えば、溶解でも良いし、懸濁でも良い。水中に分散しにくい物質の場合、例えば、定法にしたがい、超音波照射等を適宜用いても良い。前記反応系において、前記遷移金属錯体の濃度は、特に制限されないが、例えば0.0001〜0.1mmol/L、好ましくは0.002〜0.05mmol/L、特に好ましくは0.004〜0.02mmol/Lである。また、前記反応系において、前記水の酸化触媒の濃度は、特に制限されないが、例えば0.05〜10g/L、好ましくは0.5〜5g/L、さらに好ましくは0.8〜2g/Lである。酸素(O
2)の濃度も特に限定されないが、反応性の観点から、なるべく高濃度であることが好ましく、前記反応系中(水中)を酸素(O
2)で飽和させることが特に好ましい。
【0074】
なお、前記反応系は、水、水の酸化触媒、遷移金属錯体、および酸素(O
2)以外の物質を、さらに含んでいても良いし、含んでいなくても良い。例えば、前記反応系は、後述する反応性の観点から、例えば、pH調整剤をさらに含んでいてもよい。前記pH調整剤としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、リン酸水素ナトリウム、リン酸水素カリウム、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、酢酸ナトリウム等の塩基性物質、塩酸、硫酸、硝酸、酢酸、リン酸等の酸性物質が挙げられる。また、例えば、前記水が、pH緩衝剤が溶解されてpH緩衝液となった状態であっても良い。前記pH緩衝液としては、例えば、リン酸緩衝水溶液、酢酸緩衝水溶液等が挙げられる。前記pH調整剤および前記pH緩衝剤の添加量は特に制限されず、適宜設定可能である。他の反応条件にもよるが、酸素の還元は、酸性条件下の方が反応効率が良いことが多く、水の酸化は、塩基性条件下の方が反応効率が良いことが多い。したがって、これらを考慮して、過酸化水素の製造効率が良くなるように前記反応系のpHを適切に設定することが好ましい。この観点から、前記反応系のpHは、例えば-2〜10、好ましくは-2〜8、より好ましくは-2〜7、さらに好ましくは-1〜5、さらに好ましくは-0.5〜3、さらに好ましくは-0.2〜3、特に好ましくは-0.2〜2である。前記水の酸化触媒がイリジウムオキサイドで、前記遷移金属錯体がルテニウム錯体である場合、前記反応系のpHは、好ましくは-2〜8、より好ましくは-2〜5、さらに好ましくは-1〜3、特に好ましくは-0.5〜2である。
【0075】
また、前記反応系は、過酸化水素の製造効率の観点から、ルイス酸をさらに含んでいても良い。前記ルイス酸は、金属イオンが好ましく、遷移金属イオンがより好ましく、3族金属イオンがさらに好ましい。前記3族金属イオンとしては、例えば、スカンジウムイオン、イットリウムイオン、ランタノイドイオン、アクチノイドイオン等があげられる。前記3族金属イオンは、Sc
3+、Y
3+、Lu
3+、La
3+、Yb
3+、Ce
3+、Yb
3+、Sm
3+からなる群から選択される少なくとも一つを含むことがさらに好ましく、Sc
3+が特に好ましい。前記反応系が前記金属イオン(ルイス酸)を含む場合、前記金属イオンの含有量(モル数)は、特に限定されないが、例えば、前記遷移金属錯体の物質量(モル数)の1〜50000倍、好ましくは100〜10000倍、より好ましくは1000〜10000倍である。なお、前記ルイス酸(例えば、前記金属イオン)またはその塩は、前記pH調整剤を兼ねても良い。
【0076】
また、前記反応系は、有機溶媒をさらに含んでいても良いし、含んでいなくても良い。前記有機溶媒としては、例えば、ベンゾニトリル、アセトニトリル、ブチロニトリル等のニトリル、クロロホルム、ジクロロメタン等のハロゲン化溶媒、THF(テトラヒドロフラン)等のエーテル、DMF(ジメチルホルムアミド)等のアミド、DMSO(ジメチルスルホキシド)等のスルホキシド、アセトン等のケトン、メタノール等のアルコール、ニトロメタン等が挙げられる。これら溶媒は、単独で用いても二種類以上併用しても良い。前記溶媒としては、前記遷移金属錯体の溶解度、励起状態の安定性等の観点から、極性の高い溶媒が好ましく、アセトニトリルが特に好ましい。
【0077】
つぎに、水、水の酸化触媒、遷移金属錯体、および酸素(O
2)を含む前記反応系に光照射して過酸化水素を発生させる過酸化水素発生工程を行う。この過酸化水素発生工程は、前述のとおり、前記反応系準備工程と同時に行うこともできるし、前記反応系準備工程の後で行うこともできる。前記過酸化水素発生工程と前記反応系準備工程を同時に行う場合の操作としては、例えば、水、水の酸化触媒および遷移金属錯体を含む系に光照射をしながら、前記水に酸素(O
2)を溶解させても良い。光照射するための照射光は、特に限定されないが、可視光が好ましい。前記遷移金属錯体を可視光励起するためには、前記遷移金属錯体が可視光領域に吸収帯を有することが好ましい。照射する可視光の波長は、前記遷移金属錯体が有する吸収帯にもよるが、例えば400〜850nmであり、より好ましくは410〜750nmであり、さらに好ましくは420〜650nmである。前記遷移金属錯体が前記化学式(4)または(5)で表される錯体である場合、前記照射光の波長は、例えば前記のとおりであり、特に好ましくは420〜550nmである。前記過酸化水素発生工程において、光照射する際の温度も特に限定されないが、例えば、10〜30℃程度の室温でもよい。
【0078】
前記光照射において、光源は特に限定されないが、例えば、省エネルギーの観点から、太陽光等の自然光を利用することが好ましい。また、太陽光は、幅広い波長領域(特に可視光領域)の光を含み、光の強度にも優れるため、高い反応効率が得やすい。前記自然光に代えて、またはこれに加え、キセノンランプ、ハロゲンランプ、蛍光灯、水銀灯等の光源を適宜用いても良いし、用いなくても良い。さらに、必要波長以外の波長をカットするフィルターを適宜用いても良いし、用いなくても良い。
【0079】
前記光照射中、前記反応系は、そのまま静置しても良いが、撹拌しながら光照射しても良い。必要に応じ、前記反応系に対し加熱等をしても良いが、加熱等をせずに光照射のみで反応させることが簡便で好ましい。光照射の時間、光強度等は特に制限されず、適宜設定可能である。
【0080】
前記過酸化水素発生工程における反応機構は、前述のとおり、例えば、前記スキーム1または2で表すことができる。前記スキーム1および2の反応において、過酸化水素の原料となる酸素分子O
2は、特に限定されず、例えば、水の酸化により発生したO
2でも良いし、反応前から水中に溶存していたO
2でも良いし、前記反応系を撹拌しながら大気中のO
2を水に溶解させても良い。前述のとおり、前記反応系(水中)を、あらかじめO
2で飽和させておくことが、反応効率の観点から特に好ましい。
【0081】
また、前記過酸化水素反応工程においては、TON(ターンオーバー数)およびTOF(Turn Over Frequency、1時間当たりの触媒の回転数)は、特に限定されないが、なるべく高い数値であることが好ましい。前記TONは、前記過酸化水素発生工程全体において、触媒1モル当たり発生した過酸化水素のモル数であり、前記TOFは、前記TONを、前記過酸化水素発生工程の時間(h)で割って求めた数値である。また、前記水の酸化触媒、および前記遷移金属錯体のいずれも触媒として機能しうるので、それぞれについて前記TONおよびTOFを定義することができる。前記遷移金属錯体を基準とした前記TONは、例えば1以上、好ましくは10以上、より好ましくは100以上であり、上限値は特に限定されないが、例えば10,000以下である。前記遷移金属錯体を基準とした前記TOFは、例えば5以上、好ましくは10以上、より好ましくは50以上であり、上限値は特に限定されないが、例えば5,000以下である。
【0082】
以上のようにして本発明の過酸化水素製造方法を行うことができる。さらに、本発明の過酸化水素製造方法は、必要に応じ、前記過酸化水素発生工程後に、発生した過酸化水素を精製する過酸化水素精製工程をさらに含んでいてもよい。これにより、実用に適した純度の高い過酸化水素または過酸化水素水を得ることができる。具体的な方法としては、特に制限されないが、例えば、イオン交換水などで過酸化水素を抽出し、減圧蒸留する事で高濃度の過酸化水素水が得られる。
【0083】
[<4>過酸化水素製造用キット]
本発明の過酸化水素製造用キットは、前述のとおり、前記本発明の過酸化水素製造方法に用いる前記遷移金属錯体と、前記水の酸化触媒とを含む。これ以外は特に制限されず、前記遷移金属錯体と、前記水の酸化触媒以外の他の構成要素を適宜含んでいても良いし、含んでいなくても良い。前記他の構成要素としては、例えば、前述の光源等が挙げられる。本発明の過酸化水素製造用キットは、その構成、スケール等を工夫することで、実験室用、工業用等、幅広い用途に用いることができる。
【0084】
[<5>燃料電池]
本発明の燃料電池は、前述のとおり、燃料容器と、燃料電池セルとを含む燃料電池であって、前記燃料容器内に、前記本発明の過酸化水素製造方法に用いる前記遷移金属錯体と、前記水の酸化触媒とを含むことを特徴とする。これ以外には、本発明の燃料電池は特に限定されないが、例えば、以下のとおりである。
【0085】
前記燃料容器内においては、さらに水と酸素とを含むことで、前記本発明の過酸化水素製造方法により過酸化水素を発生させることができる。前記燃料電池セルは、特に限定されないが、例えば、アノードとカソードとを含む構造であっても良い。前記燃料電池セルは、例えば、前記燃料容器と一体であっても良い。アノード側の反応は、例えば、下記数式[1]で表すことができる。カソード側の反応は、例えば、下記数式[2]で表すことができる。これらを合わせた全体の反応は、例えば、下記数式[3]で表すことができる。
アノード側:H
2O
2/O
2+2H
++2e
− [1]
カソード側:H
2O
2+2H
++2e
−/2H
2O [2]
全体の反応:2H
2O
2/O
2+2H
2O [3]
【0086】
本発明の燃料電池は、例えば、下記参考文献3または4を参考にして構築しても良い。
【0087】
[参考文献3]
Chem. Commun., 2010, 46, 7334-7336
[参考文献4]
“Protonated iron-phthalocyanine complex used for cathode material of a hydrogen peroxide fuel cell operated under acidic conditions”, Yusuke Yamada, Sho Yoshida, Tatsuhiko Honda and Shunichi Fukuzumi; Energy Environ. Sci., 2011, First published on the web 16 Jun 2011
(※参考文献4のElectronic Supplementary Informationは、本願出願日現在、http://www.rsc.org/suppdata/ee/c1/c1ee01587g/c1ee01587g.pdfからダウンロード可能)
【0088】
図1に、本発明の燃料電池の構成の一例を模式的に示す。図示のとおり、この燃料電池は、燃料電池セルを兼ねる燃料容器中に、酸性水溶液(acidic solution)を含む。前記酸性水溶液は、酸素(O
2)が溶存しており、pHが酸性に調整された水溶液である。さらに、前記酸性水溶液中には、前記水の酸化触媒および前記遷移金属錯体が、それぞれ分散(溶解または懸濁)されている。前記酸性水溶液中には、ニッケル(Ni)製のアノード(anode)およびグラッシーカーボン(ガラス様カーボン、GC)製のカソード(cathode)が浸漬されている。前記カソードおよび前記アノードは、前記酸性水溶液の外部において、導線で接続され、前記導線中を、前記アノードから前記カソードに向かって電子(e
-)が移動可能である。前記カソードには、下記化学式(a)〜(c)で表されるポルフィリン錯体[Fe(OEP)Cl]、[Fe(TPP)Cl]および[Fe(Pc)Cl]からなる群から選択される少なくとも一種類が固定されている。なお、下記化学式(a)〜(c)は、いずれもFe(III)すなわち3価の鉄の錯体の構造を表しているが、Fe(III)を、Fe(II)すなわち2価の鉄に置換した構造でも良い。前記酸性水溶液中において、前記アノード側では、前記数式[1]の反応が起こり、前記カソード側では、前記数式[2]の反応が起こる。
【0090】
なお、
図1において、例えば、前記酸性水溶液に代えて、塩基性水溶液または中性水溶液を用いても良いし、前記水溶液の組成等は適宜変更しても良い。前記アノードおよび前記カソードの材質等も、特に限定されず、適宜変更可能である。
【0091】
なお、以下に、前記参考文献4のElectronic Supplementary Informationに記載の実験操作を示す。前述のとおり、本発明の燃料電池は、例えば、下記を参考に構築しても良いが、これに限定されるものではない。
【0092】
[Fe(TPP)Cl]、[Fe(OEP)Cl]および[Fe(Pc)Cl]は、Aldrich Chemicals社から購入し、精製せずに用いた。Niメッシュ(150mesh)およびグラッシーカーボン電極(glassy carbon electrodes、ガラス様カーボン電極)(3mmφまたは1cm×1cm)は、BAS社から購入した。水の精製(18.2MΩcm)は、Milli-Qシステム(Millipore社、商品名Direct-Q 3 UV)を用いて行った。
【0093】
(グラッシーカーボン電極への、鉄錯体の固定)
[Fe(TPP)Cl]、[Fe(OEP)Cl]または[Fe(Pc)Cl]を、ベンゾニトリル(0.60mg、1mL)に溶かし、溶液を作製した。[Fe(Pc)Cl]の場合は、溶解度を上げるために、前記溶液に微量のトリフルオロ酢酸を加えた。前記溶液を、少量(7.0μL)、グラッシーカーボン電極(0.071cm
2)上に塗布し、乾燥機中、70℃で40分間乾燥させた。前記Fe錯体で修飾した電極を、10μLのNafion(商品名)溶液(MeOH、0.05%)に浸漬させ、乾燥機中、70℃で40分間乾燥させることにより、Nafionでコーティングした。前記グラッシーカーボン電極上に固定されたFe錯体の量は、H
2O
2を含まない溶液中におけるFeIII/FeII還元電流に基づいて算出した。[Fe(TPP)Cl]、[Fe(OEP)Cl]および[Fe(Pc)Cl]の還元のための電荷は、それぞれ、3.6×10
-7、7.6×10
-7および2.9×10
-6Cであった。これらの電荷は、それぞれの錯体の3.7×10
-12、7.9×10
-12および3.0×10
-11molに相当する。
【0094】
([Fe(TPP)Cl]、[Fe(OEP)Cl]および[Fe(Pc)Cl]による過酸化水素の電気化学的還元)
Fe錯体で修飾した電極におけるH
2O
2の挙動は、ALS 630B electrochemical analyzer(商品名)を用いて検証した。飽和カロメル電極および白金電極を、それぞれ参照電極および対極として用いた。[Fe(TPP)Cl]、[Fe(OEP)Cl]または[Fe(Pc)Cl]を固定したグラッシーカーボン電極を、作用極として用いた。測定は、3mMのH
2O
2を含む酢酸緩衝溶液(pH4)を用い、室温で行った。
【0095】
(H
2O
2燃料電池の性能評価)
H
2O
2溶液を含むpH3〜5の緩衝溶液(300mM)を、一隔室(one-compartment)の電気化学セル中に入れた。Ni電極および[Fe(TPP)Cl]、[Fe(OEP)Cl]または[Fe(Pc)Cl]を固定したグラッシーカーボン電極を、前記H
2O
2溶液中に浸漬させた。セルの性能は、BAS 100W(商品名)を用いて評価した。測定は、脱貴した酢酸緩衝溶液を用いて室温で行った。
【実施例】
【0096】
以下、本発明の実施例について説明する。しかし、本発明は、以下の実施例により何ら限定されない。例えば、図面またはその説明等に記載の反応機構は、推定可能な機構の一例であり、本発明を限定するものではない。
【0097】
溶液の吸光度(紫外可視吸収スペクトル)は、Hewlett-Packard社製の機器8453 photodiode array spectrophotometer(商品名)を用いて測定した。拡散反射分光法による紫外可視吸収スペクトルは、株式会社島津製作所製のShimadzu UV-3300PC(商品名)およびその付属装置として同社のISR-3100(商品名)を用いて測定した。ボルタンメトリー(サイクリックボルタンメトリー、CV)は、BAS社製の機器ALS630B electrochemical analyzer(商品名)を用いて測定した。動的光散乱(Dynamic Light Scattering:DLS)測定には、米国Malvern Instruments Ltd.社のZeta Sizer Nano ZS(商品名)を用いた。この機器によるDLS測定可能範囲は、0.6-6000nmである。熱重量-示差熱同時分析(熱重量分析/示差熱分析、TG/DTA)は、SII社製 TG/DTA 7200(商品名)を用いて行った。X線光電子分光(X-ray photoelectron spectroscopy)測定は、Kratos社製AXIS−165(商品名)を用いて行った。BET表面積測定は、Bel JAPAN社製Belsorp II mini(商品名)を用いて行った。キセノンランプは、ウシオ電機株式会社製Ushio Optical ModelX SX-UID 500XAMQ(商品名、波長λ>390nm、出力500W)を用いた。単色光の照射には、株式会社島津製作所製のSHIMADZU蛍光分光光度計RF-5300PC(商品名)を用いた。全ての化学物質は、試薬級であり、特に断らない限り、東京化成工業株式会社、和光純薬工業株式会社、Aldrich社、またはナカライテスク株式会社から購入した。
【0098】
過酸化水素の定量は、下記スキーム3に記載の化学式で表される、チタンのポルフィリン錯体TiO(tpypH
4)
4+を用いて行った。すなわち、TiO(tpypH
4)
4+をHCl水溶液に溶かしたもの(Ti-TPyP試薬という)に、反応終了後の、過酸化水素が溶解した水溶液を混合すると、下記のとおり、TiO(tpypH
4)
4+が過酸化水素と反応してTiO
2(tpypH
4)
4+になる。TiO(tpypH
4)
4+とTiO
2(tpypH
4)
4+との吸収スペクトル(吸収帯)は異なるので、これを測定することにより、TiO
2(tpypH
4)
4+の生成量を通じて過酸化水素を定量することができる。
【0099】
【化S3】
【0100】
なお、
図2のグラフに、TiO(tpypH
4)
4+およびTiO
2(tpypH
4)
4+の可視吸収スペクトルを示す。同図において、横軸は、波長(nm)を表し、縦軸は、吸光度を表す。破線(A)で表される曲線が、TiO(tpypH
4)
4+(Ti-TPyP試薬)の吸収スペクトルであり、実線(B)で表される曲線が、TiO
2(tpypH
4)
4+の吸収スペクトルを表す。図示のとおり、TiO
2(tpypH
4)
4+のほうが、最大吸収波長が長波長側にシフトしていることが分かる。なお、
図2は、下記参考文献5のFig.1または下記参考文献6のFig.3と同一の図である。TiO(tpypH
4)
4+(Ti-TPyP試薬)による過酸化水素の定量は、本実施例以外に、例えば、下記参考文献5または6を参考にして行うこともできる。
【0101】
[参考文献5]
ANALYST, NOVEMBER 1992, VOL. 117, 1781-1784
[参考文献6]
Bull. Chem. Soc. Jpn., 76, 1873
【0102】
[イリジウムオキサイド(IrO
x)の合成]
過酸化水素の製造に用いるイリジウムオキサイド(水の酸化触媒)は、以下のようにして合成した。すなわち、まず、市販品のH
2IrCl
6・6H
2O(1g)に水を50mL加えて攪拌した。NaOH水溶液(5M)を加えてpHの値を10にして、オイルバスで100℃に30分間加熱した。これを室温で放置し、濾過して固体を得た。これを、真空ポンプを用いて常温で乾燥し、さらに、空気中で65℃で12時間乾燥してIrO
xを得た。なお、このIrO
xにおいて、xは、未知(未確認)の数である。以下において、IrO
xと記載する場合、特に断らない限り、この自家調製したIrO
xを表す。また、
図1〜22中において、「Ir(OH)
3」と表記している場合があるが、この表記は、前記IrO
xと同義である。「Ir(OH)
3」との表記を用いている理由は、後述の参考例3に示すように、XPS測定により、IrO
x表面にIr(OH)
3が多く存在すると推測されたためである。ただし、この表記は、便宜上の表記であり、IrO
xの構造を限定するものではない。
【0103】
[実施例1:過酸化水素の製造]
H
2SO
4水溶液(2M,3.0mL)に、[Ru
II(Me
2-phen)
3]Cl
2(20μM)とIrO
x(3.0mg)を加えて、スターラーバーを投入後、ラバーセプタムを使用して光路長1cmの二面セルに封入し、酸素ガス置換を行った。すなわち、このようにして、水、水の酸化触媒(IrO
x)、遷移金属錯体([Ru
II(Me
2-phen)
3]Cl
2)、および酸素(O
2)を含む反応系を準備した。なお、[Ru
II(Me
2-phen)
3]Cl
2は、前記化学式(4)で表されるルテニウム2価錯体を表す。つぎに、前記反応系に、キセノンランプ光源(Ushio Optical Modulex SX-UID 501XAMQ)を用いて、色ガラスフィルター(L42、AGCテクノグラス)を通して波長420nm以下の光をカットし、波長420nmを超える(波長λ>420nm)光のみを照射して、反応させた。反応後の過酸化水素の定量は、市販品のTiO(tpypH
4)
4+塩を用いて行った。すなわち、まず、HCl水溶液(50mM)にTiO(tpypH
4)
4+(50μM)を加えてTi-TPyP試薬を調製した。一方、前記反応終了後の反応系(反応溶液)を濾過して不溶物を除去し、水で希釈した。この溶液0.25mLにHClO
4(4.8M)を0.25mL、Ti-TPyP試薬を0.25mL加えて5分間放置した。放置後の溶液を水で2.5mLに希釈して可視吸収スペクトルを測定し、過酸化水素を定量した。なお、希硫酸の電離度は、ほぼ100%であることから、例えば、硫酸H
2SO
4濃度が2Mの水溶液のpHは、約−0.60(マイナス0.60)と推定することができる。
【0104】
なお、上記ルテニウム二価錯体[Ru
II(Me
2-phen)
3]Cl
2は、下記参考文献7に記載の方法で合成した。具体的には、まず、エタノール(16mL)と脱イオン精製水(4mL)の混合溶媒にルテニウム(III)塩化物(Ruthenium(III)trichloride、RuCl
3)(82.97mg,0.4mmol)と4,7−ジメチル−1,10−フェナントロリン(4,7−Dimethyl−1,10−phenanthroline)(499.82mg,2.4mmol)を加えて、窒素雰囲気下で100℃で48時間加熱還流した後、得られた橙赤色の溶液を減圧蒸留した。これをアセトンに溶解させ、ジエチルエーテルで再結晶して[Ru
II(Me
2−phen)
3]Cl
2を得た。なお、前記化学式(5)で表されるルテニウム2価錯体の塩[Ru
II(bpy)
3]Cl
2も、同様の方法で合成することができる。
【0105】
[参考文献7]
Nocera,D.G.;Turro,C.;Zaleski,J.M.;Karabatsos,Y.M.J.Am.Chem.Soc.1996,118,6060.
【0106】
図3のグラフに、上記実施例1における過酸化水素の定量結果を示す。同図において、横軸は、反応時間すなわち光照射時間(h)であり、縦軸は、反応系(反応溶液)中における過酸化水素の濃度(μM)である。上記実施例1において、反応時間3hにおけるTON([Ru
II(Me
2−phen)
3]Cl
2に基づく)は、25ときわめて高い数値を示した。このように、酸素と水を原料として高効率で過酸化水素を製造できる製造方法は、本発明が初めてである。
【0107】
[実施例2]
H
2SO
4水溶液(2M,3.0mL)に[Ru
II(Me
2−phen)
3]Cl
2(20μM)とIrO
x(3.0mg)を加えて、スターラーバーを投入後、ラバーセプタムを使用して光路長1cmの二面セルに封入し、酸素ガス置換を行った。これに、株式会社島津製作所製のSHIMADZU蛍光分光光度計RF−5300PC(商品名)を用いて波長450nm、スリット幅5nmで、反応させた。反応後の過酸化水素の定量はTiO(tpypH
4)
4+を用いて行った。この時の光強度は1.1×10
−9einstein s
−1であった。
【0108】
図4のグラフに、上記実施例2における過酸化水素の定量結果を示す。同図において、横軸は、反応時間すなわち光照射時間(h)であり、縦軸は、反応系(反応溶液)中における過酸化水素の濃度(μM)である。図示のとおり、上記実施例2において、反応時間3hにおけるTON([Ru
II(Me
2−phen)
3]Cl
2に基づく)は、8.3と、高い数値を示した。さらに、本実施例(実施例2)において、アクチノメーター(トリオキサラト鉄(III)酸カリウム)を用いて量子収率を決定したところ、反応開始後0〜1時間において、約20%の量子収率であった。天然における光合成の量子収率が、高くても約1%程度であることから、約20%という前記量子収率の数値は、きわめて高い数値であると言える。なお、本発明による過酸化水素製造方法においては、前記スキーム1または2のように、水の酸化により酸素(O
2)が発生すると推測されるから、この部分において、光合成と反応メカニズムが同様であると考えられる。ただし、前述のとおり、本発明は、前記スキーム1および2により限定されるものではない。
【0109】
[参考例1]
反応系に水の酸化触媒を加えない以外は実施例2と同様にして反応を行った。さらに、系中に酸素(O
2)を存在させない(アルゴン置換して脱酸素する)以外は前記と同様にして反応を行った。
図5に、それらの結果を示す。同図下段のグラフは、反応終了後の水溶液の蛍光スペクトル図であり、横軸は波長(nm)を表し、縦軸は蛍光強度(相対値)を表す。同図において、実線が、酸素(O
2)を存在させずに光照射した後の蛍光スペクトルであり、破線が、酸素(O
2)の存在下で光照射した後の蛍光スペクトルである。また、同図上段のスキームは、酸素(O
2)が存在する場合の、推定される反応機構である。グラフに示す通り、酸素を酸素(O
2)を存在させずに光照射した後は、[Ru
II(Me
2-phen)
3]
2+に基づく蛍光スペクトルを示したが、酸素(O
2)の存在下で光照射した後は、蛍光がほとんど消失していた。これは、酸素(O
2)が存在しない場合はほとんど反応が起こらず、酸素(O
2)が存在した場合は、同図のスキームに示す通り、[Ru
II(Me
2-phen)
3]
2+と酸素(O
2)とが反応して[Ru
III(Me
2-phen)
3]
3+(3価のルテニウムイオン)と過酸化水素とを生じたためと推測される。ただし、本参考例の場合、実施例1のように[Ru
II(Me
2-phen)
3]
2+が触媒的に働くことはなく、過酸化水素はわずかしか発生しなかった。これは、水の酸化触媒が存在せず、生じた[Ru
III(Me
2-phen)
3]
3+(3価のルテニウムイオン)が還元されない(2価のルテニウムイオンに戻らない)ために、[Ru
II(Me
2-phen)
3]
2+(2価のルテニウムイオン)が消費されつくした段階で過酸化水素の生成が停止したためと推測される。
【0110】
さらに、硫酸H
2SO
4の濃度を変化させ、硫酸濃度2M(実施例2と同じ)または1Mとして、量子収率を確認した。
図6のグラフに、その結果を示す。同図において、横軸は、反応時間すなわち光照射時間(分)である。縦軸は、蛍光スペクトルから算出した、反応系(反応溶液)中における[Ru
III(Me
2-phen)
3]
3+の濃度(μM)である。図示のとおり、硫酸濃度2Mのときのほうが、反応後の[Ru
III(Me
2-phen)
3]
3+の濃度が高かったことから、反応効率が高かったことが分かる。また、硫酸濃度2Mのときの量子収率は、21%(反応開始後0〜1分)であり、実施例2の結果と良い一致を示した。
【0111】
[参考例2]
遷移金属錯体として、[Ru
II(Me
2-phen)
3]Cl
2(前記化学式(4)で表されるルテニウム錯体の塩、実施例1と同じ)または[Ru
II(bpy)
3]Cl
2(前記化学式(5)で表されるルテニウム錯体の塩)を用いることと、硫酸H
2SO
4の濃度を種々変化させることと、水の酸化触媒(IrO
x)を用いないこと以外は、実施例1と同様にして、光照射時間(反応時間)30分で反応させた。
図7のグラフに、その結果を示す。同図において、横軸は、硫酸H
2SO
4の濃度(M)である。縦軸は、ルテニウム3価錯体の濃度(μM)または過酸化水素H
2O
2の濃度(μM)である。図示のとおり、いずれの錯体を用いた場合も、硫酸濃度が高いほど過酸化水素発生量が多かった。これは、プロトン濃度が高い方が、酸素(O
2)から過酸化水素を生成する反応が起こりやすいためと考えられる。また、硫酸濃度が同じ場合、[Ru
II(Me
2-phen)
3]Cl
2(前記化学式(4)で表されるルテニウム錯体の塩、実施例1と同じ)のほうが過酸化水素発生量が多かった。なお、生成した過酸化水素とルテニウム錯体の濃度は、図示のとおり、良い一致を示した。
【0112】
[実施例3]
遷移金属錯体として、[Ru
II(Me
2-phen)
3]Cl
2(前記化学式(4)で表されるルテニウム錯体の塩、実施例1と同じ)または[Ru
II(bpy)
3]Cl
2(前記化学式(5)で表されるルテニウム錯体の塩)を用いることと、硫酸H
2SO
4の濃度を調整して反応系のpHを0にすることと、IrO
xの使用量を1.5mgにすること以外は実施例1と同様にして、光照射時間(反応時間)3時間で反応させた。
図8に、その結果を示す。同図右側のグラフにおいて、横軸は、遷移金属錯体の種類(前記化学式(4)または(5))を表し、縦軸は、3時間反応させた後の、反応系中(水中)の過酸化水素H
2O
2の濃度(μM)を表す。図示のとおり、いずれの遷移金属錯体を用いても、効率よく過酸化水素H
2O
2を得ることができた。また、[Ru
II(Me
2−phen)
3]Cl
2(前記化学式(4)で表されるルテニウム錯体の塩、実施例1と同じ)を用いた方が、[Ru
II(bpy)
3]Cl
2(前記化学式(5)で表されるルテニウム錯体の塩)を用いるよりも、過酸化水素H
2O
2の収量がさらに多かった(約2倍)。
【0113】
[実施例4]
硫酸H
2SO
4の濃度を種々変化させることと、IrO
xの使用量を1.5mgにすること以外は実施例1と同様にして、光照射時間(反応時間)30分間で反応させた。その結果を、
図9Aに示す。図中央のグラフにおいて、横軸は、反応系中(水中)における硫酸H
2SO
4の濃度(M)を表し、縦軸は、反応後の過酸化水素H
2O
2の濃度(μM)を表す。図示のとおり、硫酸濃度を0〜5Mまで変化させたところ、2Mのときが最も反応後の過酸化水素H
2O
2の濃度が高かった(すなわち、生成量が多かった)。この理由は、以下のように推測される。すなわち、同図左側の模式図に示すように、硫酸濃度が低い(すなわち、pHが高く酸性が弱い)条件では、IrO
xによる水の酸化反応(H
2OからO
2の発生)が起こりやすいために、遷移金属錯体によるO
2の還元反応(H
2O
2の発生)が律速段階になると考えられる。逆に、硫酸濃度が高い(すなわち、pHが低く酸性が強い)条件では、O
2の還元反応(H
2O
2の発生)が起こりやすいために、IrO
xによる水の酸化反応(H
2OからO
2の発生)が律速段階になると考えられる。これらのバランスの観点から、本実施例の反応系では、硫酸濃度が2Mのときが最もH
2O
2の発生効率が良かったと推測される。また、IrO
xの使用量を3.0mgにすることと、光照射時間(反応時間)0から3hまで追跡すること以外は
図9Aと同条件で反応させた結果を、
図9Bに示す。図示のとおり、
図9Bの反応条件でも、
図9Aの反応条件と同様、同じ反応時間での過酸化水素濃度は、硫酸濃度の上昇(0.5M<1M<2M)に伴い増加した。また、
図9B中には図示していないが、
図9Bの反応条件で、硫酸濃度3Mおよび4Mの場合は、
図9Aと同様、硫酸濃度0.5Mの場合よりも過酸化水素濃度が低かった。
【0114】
[実施例5]
IrO
xの使用量を種々変化させる以外は実施例1と同様にして、光照射時間(反応時間)30分で反応を行った。結果を、
図10A左側のグラフに示す。同グラフにおいて、横軸は、IrO
xの使用量(mg)を表し、縦軸は、反応後の過酸化水素H
2O
2の濃度(μM)を表す。図示のとおり、IrO
xの使用量が3mgのときが最も反応後の過酸化水素H
2O
2の濃度が高かった(すなわち、生成量が多かった)。また、光照射時間(反応時間)を1時間にする以外は
図10A左側のグラフと同条件で反応させた結果を、
図10Bのグラフに示す。同グラフにおいて、横軸は、IrO
xの使用量(mg)を表し、縦軸は、反応後の過酸化水素H
2O
2の濃度(μM)を表す。図示のとおり、反応時間1時間でも、反応時間30分の場合(
図10A左側のグラフ)と同様、IrO
xの使用量が3mgのときが最も反応後の過酸化水素H
2O
2の濃度が高かった(すなわち、生成量が多かった)。このような結果となった理由は明らかではないが、IrO
xの使用量が多すぎると、反応系中に分散(懸濁)したIrO
xにより、遷移金属錯体による光の吸収(励起)が妨げられやすいため、IrO
xの使用量が3mgのときが最もバランスが良かったと考えられる。
【0115】
[参考例3]
IrO
xまたは市販のイリジウム(IV)オキサイドすなわちIrO
2(純度99%m、製造元:STREM CHEMICALS社)を3mg用いること以外は実施例1と同様にして、光照射時間(反応時間)30分で反応を行った。結果を、
図10A右側のグラフに示す。横軸は、IrO
xまたは市販のIrO
2のどちらかを用いた場合を表し、縦軸は、反応後の過酸化水素H
2O
2の濃度(μM)を表す。図示のとおり、IrO
xを用いた場合(実施例1と同じ条件)は、効率よく過酸化水素H
2O
2を得ることができたが、前記市販のIrO
2を用いた場合は、ほとんど過酸化水素H
2O
2が得られなかった。これは、前記市販のIrO
2は、ほとんどが沈殿してしまい、反応系中(水中)に効率よく分散しなかったためである。また、光照射時間(反応時間)を1時間にする以外は
図10A右側のグラフと同条件で反応させた結果を、
図10Cのグラフに示す。同グラフにおいて、横軸は、IrO
xまたは市販のIrO
2のどちらかを用いた場合を表し、縦軸は、反応後の過酸化水素H
2O
2の濃度(μM)を表す。図示のとおり、反応時間を1時間にしても、IrO
xを用いた場合は、効率よく過酸化水素H
2O
2を得ることができ、前記市販のIrO
2を用いた場合は、ほとんど過酸化水素H
2O
2が得られなかった。なお、IrO
xと市販のIrO
2とでこのように過酸化水素H
2O
2の発生量に違いが生じる理由は明らかではないが、IrO
xの表面に水酸基(OH)が存在し、その水酸基が、水への分散性またはIrO
xの反応性自体を促進している可能性がある。
【0116】
また、BET表面積測定により、前記市販のIrO
2の比表面積を測定したところ、0.8m
2/gであった。一方、同様にIrO
xの比表面積を測定したところ、22.1m
2/gであり、IrO
2の約28倍であった。
【0117】
さらに、
図11のグラフに、IrO
xと前記市販のIrO
2との熱重量分析/示差熱分析(熱重量-示差熱同時分析、TG/DTA)および動的光散乱(Dynamic Light Scattering:DLS)測定結果を示す。図示の4つのグラフ(左上、右上、左下および右下)のうち、左側の2つは、前記市販のIrO
2の測定結果であり、右側の2つは、IrO
xの測定結果である。また、上側の2つは、熱重量-示差熱同時分析(TG/DTA)の測定結果を表し、下側の2つは、動的光散乱(DLS)の測定結果を表す。上側の2つのグラフにおいて、横軸は、温度(℃)であり、縦軸は、測定試料の重量(図中、Weighth lossと表記している)または示唆熱分析(DTAによる測定電位(μV)を表す。Weighth lossは、測定開始前の測定試料の重量を100%とした百分率で表している。また、下側の2つのグラフにおいて、横軸は、測定試料の粒子径(nm)を表し、縦軸は、強度(相対値)を表す。なお、熱重量-示差熱同時分析(TG/DTA)は、SII社製 TG/DTA 7200を用い、試料(およそ3mg)を25℃から600℃まで昇温速度2℃/minで加熱し、100℃では、10min加熱保持して行った。DTA測定の参照物質としては、γ-Al
2O
3を用いた。動的光散乱(Dynamic Light Scattering:DLS)測定には、前述のとおり、米国Malvern Instruments Ltd.社のZeta Sizer Nano ZS(商品名)を用いた。この機器によるDLS測定可能範囲は、0.6-6000nmである。また、DLS測定は、前記市販のIrO
2(0.1mg)または自家調製したIrO
x(0.1mg)を蒸留水(1.5mL)に懸濁させて行った。
【0118】
TG測定から、IrO
xの重量減少は前記市販のIrO
2に比べて大きく、前記市販のIrO
2に比べてIrO
xは水分を多く含んでいたと考えられる。DTAから、この過程が吸熱過程であり、脱水和過程と考えて矛盾しない。
【0119】
また、DLS測定結果に示す通り、粒子径の測定値は、IrO
xのほうが前記市販のIrO
2に比べて大きかった。実際には、前記市販のIrO
2には粒子径がかなり大きいものが含まれるが、静置すると分散せずに沈殿となってしまうため、DLS測定時には、上澄みに分散したわずかな量の粒子の粒子径を測定しているものと考えられる。これに対し、IrO
xは水に高分散し、静置しても沈殿を生じなかった。図示のとおり、IrO
xの粒子径は、およそ220nm程度で均一であった。また、前記各実施例に示したとおり、このIrO
xは、水の酸化触媒として、高い触媒活性を有していた。
【0120】
さらに、
図13に、IrO
xおよび前記市販のIrO
2のXPS測定結果を併せて示す。
図13右側のグラフが、前記XPS測定結果を示すグラフである。また、
図13左側の参考図は、Hara, M. and co-workers. Electrochim. Acta 1983, 28, 1073におけるイリジウムオキサイドのXPS測定結果を示すグラフである。これら両図において、横軸は、Ir(4f)軌道に由来する結合エネルギー(eV、電子ボルト)を表し、縦軸は、ピーク強度(相対値)を表す。また、
図13左側のグラフにおいて、点線は、Ir
3+に由来するピーク曲線を表し、破線は、Ir
4+に由来するピーク曲線を表し、実線は、前記両ピーク曲線の重ね合わせを表す。図示のとおり、Ir
4+もIr
3+も、2つの大きなピークを有する。点線の、右側のピーク(約62.0電子ボルト)は、Ir
3+に由来する。破線の、右側のピーク(約63.7電子ボルト)は、Ir
4+に由来する。また、実線(Ir
4+およびIr
3+の重ね合わせ)および破線(Ir
3+)を対比すると、Ir
3+の曲線は、左側のピークよりも右側のピークの方が大きいことが特徴である。
図13右側のグラフにおいて、実線は、IrO
xのXPS測定結果を表し、破線は、前記市販のIrO
2のXPS測定結果を表す。
図13の両グラフの対比によれば、IrO
xおよび前記市販のIrO
2のいずれのピーク曲線も、Ir
3+に由来するピーク曲線とIr
4+に由来するピーク曲線との重ね合わせを示していた。特に、IrO
xの曲線は、左側のピークよりも右側のピークの方が大きいことから、測定されたイリジウム原子において、Ir
3+の含有率が高いことが確認された。すなわち、IrO
xの表面のイリジウム原子のうち、大半がIr
3+であり、それに対しIr
4+は少ないと考えられる。
【0121】
さらに、
図14に、
図13と同じXPS測定結果を示す。
図14上側のグラフは、
図13右側のグラフと同じであり、Ir(4f)軌道に由来する結合エネルギーを示す。
図14下側のグラフは、同じXPS測定の、O(1s)軌道に由来する結合エネルギーを示す。両図において、横軸は、結合エネルギー(eV、電子ボルト)を表し、縦軸は、ピーク強度(相対値)を表す。
図14下側のグラフに示す通り、酸素(1s)のピークは、前記市販のIrO
2(破線)よりも、IrO
x(実線)の方が、高エネルギーシフトしていた。この原因は明らかではないが、IrO
x表面においては、酸素原子がOH共有結合を形成して安定化しているため、イオン化にエネルギーを要することが原因と考えられる。したがって、IrO
x表面酸素のかなりの割合がOH基として存在していると推測される。
【0122】
[参考例4:水の酸化触媒を用いた酸素の発生]
IrO
x(12mg)を光路長1cmの二面セルに入れ、ラバーセプタムを使用して空気中で密封し、これに対して大気下で調整した[Ru
III(Me
2-phen)
3]
3+水溶液をシリンジで加えることで反応を開始した。次に、酸素センサー(FOXY Fiber Optic Oxygen Sensor、Ocean Optics社製)を用いて、この溶液の酸素濃度の定量を行いながら室温(298K)で、光を照射せずに静置して4時間反応させた。酸素センサーは、その配線がセプタムラバーを貫通することでセンサー検知部位を溶液中で封入し、設置した。すなわち、このようにして、水、水の酸化触媒(IrO
x)、酸化剤となる遷移金属錯体([Ru
III(Me
2−phen)
3]
3+)を含む反応系を準備し、反応の進行に伴って生成する酸素の定量を行った。上述の[Ru
III(Me
2−phen)
3]
3+水溶液(0.5mMのH
2SO
4酸性水溶液、pH0、12mL)の調整は、次に記述する方法で行った。あらかじめpH0の硫酸酸性の[Ru
II(Me
2−phen)
3]Cl
2(0.5mM)の水溶液(12mL)を用意して氷冷し、これに二酸化鉛(PbO
2、ナカライテスク社製)の粉末(100mg)を加えて懸濁させ、マグネチックスターラーによりスターラーバーで懸濁液を氷冷しながら5分間撹拌することで、二酸化鉛による[Ru
II(Me
2−phen)
3]Cl
2の酸化反応が進行した。この懸濁液を室温でシリンジフィルター(品番:DISMIC−13 PTFE 0.45μm、型番:HP045AN、Toyo Roshi Kaisha Ltd.製)を用いてろ過し、[Ru
III(Me
2−phen)
3]
3+を含むろ液を[Ru
III(Me
2−phen)
3]
3+水溶液としてそのまま反応に供した。
図15の左側の図は、参考例4において起こった反応の機構を推定する模式図である。図示のように、参考例4では、過酸化水素の発生が確認されず、水の酸化触媒による酸素(O
2)の発生のみが確認された。その結果を、
図15右側のグラフに示す。同図において、横軸は、反応時間(h)を表し、縦軸は、反応系(反応溶液)中における酸素の濃度(μM)を表す。図示のとおり、酸素(O
2)発生量は、3〜4時間の反応で、約0.8μmolに達し、酸素センサーによる測定に基づいて算出した酸素(O
2)収率は、53%であった。
【0123】
[実施例6]
光路長1cmの二面セル内の反応系に、硫酸(2M)水溶液の代わりに硝酸スカンジウム(III)(Sc(NO
3)
3)0.1M水溶液を用いた以外は実施例1と同様にし、波長420nmを超える(波長λ>420nm)光のみを照射して、反応させた。
図16右上のグラフに、その結果を●印で示す。同図において、横軸は、反応時間(h)を表し、縦軸は、反応系(反応溶液)中における過酸化水素の濃度(μM)を表す。過酸化水素の定量は、実施例1と同じく、市販品のTiO(tpypH
4)
4+塩を用いて行った。なお、
図16下側中央のグラフは、TiO(tpypH
4)
4+およびTiO
2(tpypH
4)
4の可視吸収スペクトルの変化を示す。同図において、横軸は、波長(nm)を表し、縦軸は、吸光度を表す。また、
図16左上のスキームは、本実施例(実施例6)の反応機構を推定する模式図である。更に、硝酸スカンジウム(III)(Sc(NO
3)
3)を添加しない水中で行った以外は、実施例6と同様にして得られた結果を
図16右上のグラフの■印で示す。
【0124】
図16右上のグラフに示す通り、反応時間3hにおけるTON([Ru
II(Me
2−phen)
3]Cl
2に基づく)は、52であり、実施例1のさらに2倍以上という、きわめて高い値を示した。そして、反応時間3hにおける過酸化水素濃度は、硝酸スカンジウム(III)(Sc(NO
3)
3)を添加しない水中で行った結果のさらに6.5倍という非常に高い値であった。このことは、Sc
3+イオンが過酸化水素発生をさらに促進したことを示している。
【0125】
[実施例7]
光路長1cmの二面セル内の反応系に、さらに、硝酸スカンジウム(III)(Sc(NO
3)
3)を0.1M加えること以外は実施例2と同様にし、単一波長定常光(λ=450nm)を照射して反応させた。
図17に、その結果を示す。同図右上のグラフにおいて、横軸は、反応時間(h)を表し、縦軸は、反応系(反応溶液)中における過酸化水素の濃度(μM)を表す。過酸化水素の定量は、実施例6と同じく、市販品のTiO(tpypH
4)
4+塩を用いて行った。なお、同図左側のスキームは、本実施例(実施例7)の反応機構を推定する模式図である。
【0126】
図17右上のグラフに示す通り、反応時間0〜1hにおける量子収率は、10%という、きわめて高い値を示した。また、反応時間3hにおける過酸化水素濃度は、約150μMという非常に高い値であった。これらの値は、実施例2とほぼ同じであり、Sc
3+イオンによる過酸化水素発生促進効果は見られなかったが、実施例2と同様に、きわめて高収率で過酸化水素を得ることができた。
【0127】
[参考例5]
光路長1cmの二面セル内の反応系にIrO
xを加えないこと以外は実施例7と同様にし、単一波長定常光(λ=450nm)を照射して反応させた。
図18の左側の図に、その結果を示す。
図18左側中央のグラフにおいて、横軸は、反応時間(分)を表し、縦軸は、反応系(反応溶液)中におけるRu
3+イオン濃度を表す。また、
図18左上のスキームは、本参考例(参考例5)の反応機構を推定するスキームである。グラフに示すとおり、過酸化水素の発生により、Ru
2+が酸化されてRu
3+イオンが生成した。ただし、本参考例では、水の酸化触媒を用いていないために、水の酸化による酸素(O
2)の発生が起こらず、反応系中の酸素(O
2)を使いつくしたところで、過酸化水素の発生が起こらなくなった。
【0128】
[実施例8]
下記(1)〜(5)のそれぞれの条件で、光路長1cmの二面セルを用い、波長420nmを超える(波長λ>420nm)光のみを照射して、反応させた。なお、下記(3)〜(5)は、いずれも、スカンジウムイオン(III)(Sc3+)濃度が、等しく0.1Mとなるように調整している。br/>
(1) 実施例1と同じ条件
(2) 希硫酸を水に変える以外は実施例1と同じ条件
(3) 希硫酸を水に変えて、かつ、硝酸スカンジウム(III)(Sc(NO
3)
3)を0.1M加えること以外は実施例1と同じ条件(すなわち、 希硫酸を水に変えること以外は、実施例6と同じ条件)
(4) 硝酸スカンジウム(III)(Sc(NO
3)
3)0.1Mを硫酸スカンジウム(III)(Sc
2(SO
4)
3)0.05Mに変える以外は(3)と同じ条件
(5) 硝酸スカンジウム(III)(Sc(NO
3)
3)0.1Mをトリフルオロメタンスルホン酸スカンジウム(III)(Sc(OTf)
3)0.1Mに変えること以外は(3)と同じ条件
【0129】
図18右側中央のグラフに、上記(1)〜(5)の結果を示す。左から順に、(1)〜(5)の結果をそれぞれ表している。なお、
図18右上のスキームは、スカンジウム(III)イオンが存在する場合(上記(3)〜(5))の反応機構を推定するスキームである。また、
図18右下の「TON(3h)」の数字は、(1)〜(5)のそれぞれにおいて、反応開始後3hで測定したTONを表す。図示のとおり、(1)〜(5)のいずれも、ターンオーバー数(TON)が高く、効率良く過酸化水素を製造することができた。特に、硝酸スカンジウム(III)を用いた(3)および硫酸スカンジウム(III)を用いた(4)では、(1)のさらに約2倍またはそれ以上のTON値が得られた。また、トリフルオロメタンスルホン酸スカンジウム(III)(Sc(OTf)
3)を用いた(5)では、(1)よりもかえってTON数が低くなったが、これは、トリフラートイオン(OTf
−)により、光触媒のルテニウム錯体の溶解性が低下したためと推測される。
【0130】
[実施例9]
硝酸スカンジウム(III)(Sc(NO
3)
3)の濃度を、0〜100mM(0.1M)まで種々変化させること以外は実施例6と同様にし、波長420nmを超える(波長λ>420nm)光のみを照射して、反応させた。
図19左側のグラフに、その結果を示す。同図において、横軸は、硝酸スカンジウム(III)(Sc(NO
3)
3)の濃度を表し、縦軸は、反応開始後3hにおける反応系中の過酸化水素濃度(μM)を表す。図示のとおり、触媒反応で生成する過酸化水素量は、スカンジウムイオン(硝酸スカンジウム)濃度にほぼ比例した。すなわち、硝酸スカンジウム(III)(Sc(NO
3)
3)の濃度が高いほど、反応系中における触媒の活性が高くなり、過酸化水素発生量が多くなった。
【0131】
[実施例10]
硝酸スカンジウム(III)(Sc(NO
3)
3)0.1Mを、硝酸イットリウム(III)(Y(NO
3)
3)0.1M、硝酸ルテチウム(III)(Lu(NO
3)
3)0.1M、硝酸亜鉛(II)(Zn(NO
3)
2)0.1M、または硝酸マグネシウム(II)(Mg(NO
3)
2)0.1Mにそれぞれ変える以外は実施例6と同様にし、波長420nmを超える(波長λ>420nm)光のみを照射して、反応させた。また、反応系に硝酸スカンジウム(III)(Sc(NO
3)
3)0.1Mを加えない以外は実施例6と同様(実施例1と同条件)で反応させた。これらの結果を、実施例6と対比した。結果を、
図19右側のグラフに示す。グラフの縦軸は、反応開始後1hにおける反応系中の過酸化水素濃度(μM)を表す。なお、
図19上部のスキームは、本実施例の反応機構を推定するスキームである。また、
図19右下の図は、金属イオンのルイス酸性の強さを示す模式図である。図示のとおり、Zn
2+、Mg
2+およびCa
2+よりも、Y
3+およびLu
3+の方がルイス酸性が強く、それらよりもSc
3+の方がさらにルイス酸性が強い。
【0132】
グラフに示す通り、Zn
2+、Mg
2+またはCa
2+を加えた場合は、なにも加えない場合(実施例1)と比較して、過酸化水素発生量(濃度)は、ほぼ同じであった。これに対し、Y
3+またはLu
3+を加えた場合は、反応系中に加えた触媒の活性が促進されて、過酸化水素発生量(濃度)が増加した。Sc
3+を加えた場合は、それよりもさらに過酸化水素発生量(濃度)が増加した。このように、加えた金属イオンのルイス酸性が強いほど、反応系中に加えた触媒の活性が促進されて、過酸化水素発生量(濃度)が増加したことが確認された。
【0133】
[実施例11]
実施例6と同様にし、波長420nmを超える(波長λ>420nm)光のみを照射して、反応させた。この条件で長時間反応させて、IrO
x(水の酸化触媒)の耐久性を確認した。
図20左側のグラフに、その結果を示す。同グラフにおいて、横軸は、反応時間(h)を表す。縦軸は、横軸に対応する反応時間における反応系中の過酸化水素濃度(μM)を表す。図示のとおり、[Ru
II(Me
2−phen)
3]Cl
2が活性を失って、過酸化水素濃度が上昇しなくなった時点(反応後6時間および12時間)で、反応系中に再度、初期濃度と同じ[Ru
II(Me
2−phen)
3]Cl
2を追加して反応を再開すると、再度過酸化水素が発生した。このようにして、18時間反応を続けても、IrO
xの触媒活性は、ほとんど低下しなかった。
【0134】
[実施例12]
実施例6と同じ反応条件で、長時間反応させて、触媒としての[Ru
II(Me
2−phen)
3]Cl
2の耐久性を確認した。
図20右側のグラフに、その結果を示す。同グラフにおいて、横軸は、反応時間(h)を表す。縦軸は、横軸に対応する反応時間における反応系中の過酸化水素濃度(μM)を表す。図示のとおり、反応後4〜5時間で、反応系中の過酸化水素濃度は、ほぼ上昇しなくなったが、反応後5時間の時点で再度、初期導入量と同じIrO
x(水の酸化触媒)を加えると、再度、過酸化水素が発生した。図示のとおり、8時間以上反応させても、[Ru
II(Me
2−phen)
3]Cl
2は、触媒としての活性を維持していた。
【0135】
[実施例13]
[Ru
II(Me
2−phen)
3]Cl
2の濃度を20μMよりも低くすること以外は実施例1と同条件で反応を行った。[Ru
II(Me
2−phen)
3]Cl
2の濃度を4.0μMまたは2.0μMとした場合の過酸化水素発生量およびターンオーバー数(TON)を、[Ru
II(Me
2−phen)
3]Cl
2の濃度が20μMの場合(実施例1)と併せて、
図21に示す。
図21のグラフにおいて、横軸は、反応時間(光照射時間)であり、縦軸は、反応系(反応溶液)中の過酸化水素濃度(μM)である。図示のとおり、[Ru
II(Me
2−phen)
3]Cl
2の濃度を4.0μMまたは2.0μMとした場合、過酸化水素濃度(発生量)自体は、[Ru
II(Me
2−phen)
3]Cl
2の濃度が20μMの場合よりも低下した。しかし、TONについては、[Ru
II(Me
2−phen)
3]Cl
2の濃度が20μMの場合よりも飛躍的に上昇した。すなわち、[Ru
II(Me
2−phen)
3]Cl
2の濃度が4.0μMの場合は、[Ru
II(Me
2−phen)
3]Cl
2量を基準にしたTONが111であり、[Ru
II(Me
2−phen)
3]Cl
2の濃度が2.0μMの場合は、[Ru
II(Me
2−phen)
3]Cl
2量を基準にしたTONが158であった。これらのTONの数値は、[Ru
II(Me
2−phen)
3]Cl
2の濃度が20μMで硝酸スカンジウム(III)を加えた実施例6の数値(TON=52)の2倍または3倍以上である。すなわち、反応条件の最適化により、TONを飛躍的に向上できることが確認された。さらに、[Ru
II(Me
2−phen)
3]Cl
2の濃度を1.0μMとする以外は同条件で反応させた場合の過酸化水素発生量および[Ru
II(Me
2−phen)
3]Cl
2量を基準にしたターンオーバー数(TON)を、
図22に示す。
図22のグラフにおいて、横軸は、反応時間(光照射時間)であり、縦軸は、反応系(反応溶液)中の過酸化水素濃度(μM)である。図示のとおり、この反応条件では、TON=307という驚異的な数値が得られた。