(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5701047
(24)【登録日】2015年2月27日
(45)【発行日】2015年4月15日
(54)【発明の名称】耐ピッチング強度、耐曲げ疲労強度、耐ねじり疲労強度に優れた鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20150326BHJP
C22C 38/44 20060101ALI20150326BHJP
C22C 38/48 20060101ALI20150326BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C22C38/44
C22C38/48
【請求項の数】2
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2010-286745(P2010-286745)
(22)【出願日】2010年12月22日
(65)【公開番号】特開2012-132077(P2012-132077A)
(43)【公開日】2012年7月12日
【審査請求日】2013年9月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101085
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 健至
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(72)【発明者】
【氏名】松本 康弘
(72)【発明者】
【氏名】常陰 典正
(72)【発明者】
【氏名】藤松 威史
【審査官】
藤代 佳
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2010/116670(WO,A1)
【文献】
特開2010−070827(JP,A)
【文献】
特開2006−249570(JP,A)
【文献】
国際公開第2012/077705(WO,A1)
【文献】
国際公開第2011/055651(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.10〜0.35%、Si:0.40〜0.78%、Mn:0.10〜1.50%、Ni:0.07〜3.0%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.50〜3.0%、Mo:0.02〜1.0%、Al:0.020〜0.059%、N:0.01〜0.03%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、かつ該Alの質量%から該Nの質量%の27/14を減じた値で示される固溶Alが0.020%以上を満足し、芯部の不完全焼入れ組織を抑制したことを特徴とする耐ピッチング強度、耐曲げ疲労強度、耐ねじり疲労強度に優れた鋼。
【請求項2】
請求項1の組成に加え、さらに質量%で、Nb:0.02〜0.20%、V:0.02〜0.20%の1種または2種を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、かつ請求項1のAlの質量%からNの質量%の27/14を減じた値で示される固溶Alが0.020%以上を満足し、芯部の不完全焼入れ組織を抑制したことを特徴とする耐ピッチング強度、耐曲げ疲労強度、耐ねじり疲労強度に優れた鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低コストのガス浸炭焼入・焼戻しを施すことにより、動力を伝達する歯車やシャフトの主要特性である、耐ピッチング強度、耐曲げ疲労強度、耐ねじり疲労強度を向上させることのできるはだ焼鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の動力伝達用の歯車は、主として優れた歯面の耐ピッチング強度と歯元の衝撃強度が要求され、また、軸部は耐ねじり疲労強度が要求される。このため、自動車の動力伝達用の歯車やシャフトには、JIS規格の鋼であるSCr420やSCM420などのはだ焼鋼に浸炭焼入・焼戻しを行い使用される場合が多い。しかし、近年では、地球温暖化防止気運が高まり、自動車の二酸化炭素排出量削減のための燃費向上のニーズが高まっている。そのため、歯車やシャフトの小型軽量化のニーズが高まっており、上記のJIS規格の鋼では十分な強度が得られなくなってきている。
【0003】
従来、歯車用のはだ焼鋼において、耐ピッチング性と耐曲げ疲労強度を同時に向上させようとした場合は、一般的なJIS SCr420やSCM420に対し、Si量を低減し、浸炭異常層深さを抑制し、Cr、Moなどの合金元素を増量添加し、焼戻し軟化抵抗特性を向上させる技術が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。しかし、この技術はSiを低減したことにより、焼戻し軟化抵抗特性はそれほど高くなく、耐ピッチング性は十分と言えない。
【0004】
一方、従来のJIS規定のはだ焼鋼に対し、Siを増量し、焼戻し軟化抵抗特性を向上させ、かつ浸炭異常層深さを低減し、衝撃強度や曲げ疲労強度を低下させることなく、耐ピッチング性を向上させた歯車用はだ焼鋼が提案されている。(特許文献2)。
【0005】
また、焼戻し軟化抵抗特性を向上させ、かつ浸炭異常層深さを低減させる元素は、SiだけでなくCrやMnにも同様の効果があり、これらの成分を含有する鋼における成分のSi、CrおよびMnが質量%で7Si+3Cr+Mn≧7.0の関係式を満足する鋼とすることで、衝撃強度や曲げ疲労強度を低下させることなく、耐ピッチング性を向上させたはだ焼鋼が提案されている(特許文献3)。しかし、この技術は、浸炭異常層深さに影響を及ぼすことやCr、MnもSi同様に焼戻し軟化抵抗特性を向上させることは述べられているが、耐ねじり疲労強度に重要な芯部硬さの影響などについて述べられていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−297347号公報
【特許文献2】特開平7−258793号公報
【特許文献3】特開2009−68065号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとしている課題は、上述の技術に加えて低コストで芯部強度を向上させ、耐ピッチング強度、耐曲げ疲労強度、耐ねじり疲労強度に優れた鋼を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決させる本発明の手段は、第1の手段では、質量%で、C:0.10〜0.35%、Si:0.40〜
0.78%、Mn:0.10〜1.50%、
Ni:0.07〜3.0%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:0.50〜3.0%、
Mo:0.02〜1.0%、Al:0.020〜0.059%、N:0.01〜0.03%
を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる鋼である。しかも、この鋼では、上記組成のAlの含有量とNの含有量から求められる固溶Alの含有量が該Alの質量%から該Nの質量%の27/14を減じた値で0.020%以上を満足し、芯部の不完全焼入れ組織を抑制した、耐ピッチング強度、耐曲げ疲労強度、耐ねじり疲労強度に優れた鋼である。
【0009】
第2の手段では、第1の手段の組成に加え、さらに質量%で、
Nb:0.02〜0.20%、V:0.02〜0.20%の1種または2種を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる鋼である。しかも、この鋼は、第1の手段の組成のAlの含有量とNの含有量から求められる固溶Alの含有量が第1の手段のAlの質量%からNの質量%の27/14を減じた値で0.020%以上を満足し、芯部の不完全焼入れ組織を抑制した、耐ピッチング強度、耐曲げ疲労強度、耐ねじり疲労強度に優れた鋼である。
【0010】
上記の手段における鋼成分の限定理由を以下に説明する。なお、%は質量%を示す。
【0011】
C:Cは強度を付与するために必要な元素であるが、0.10%未満であると、浸炭焼入後の芯部強度が確保できず低く、0.35%を超えると靭性が低下するとともに、素材の硬度が上昇して加工性が劣化する。そこで、Cは0.10〜0.35%とし、望ましくは0.10〜0.25%とする。
【0012】
Si:Siは鋼の脱酸に有効な元素であるとともに、鋼に必要な強度および焼入性を付与し、焼戻し軟化抵抗特性を向上し、一定量以上の添加で浸炭異常層深さを小さくするために有効な元素である。しかし、Siが0.40%未満では、焼戻し軟化抵抗特性が低く、ガス浸炭時の浸炭異常層深さが大きくなる。一方、Siが1.50%を超えると素材硬度が上昇し、加工性が劣化する。
なお、Siの上限は実施例のNo.5によれば0.78%である。そこで、0.40〜0.78%とする。
【0013】
Mn:Mnは鋼の焼入性を向上させる元素であるが、0.10%未満では脱酸が不十分であり、1.50%を超えると、加工性が劣化する。そこで、Mnは0.10〜1.50%とし、望ましくは0.10〜1.00%とする。
【0014】
P:Pは粒界に偏析して靭性および疲労強度を低下させ、その結果、曲げ疲労強度を低下させる元素である。そこで、Pは0.030%以下とする。
【0015】
S:Sは鋼中にMnSとして存在することにより素材の被削性を向上させる元素であるが、0.030%を超えると、粒界偏析により粒界脆化を招き、冷間加工性および靭性を劣化させる。そこで、Sは0.030%以下とする。
【0016】
Cr:Crは鋼の焼入性、靭性および焼戻し軟化抵抗特性の向上に必要な元素である。Crは少な過ぎると焼戻し軟化抵抗特性が低くなり、また多すぎると加工性を低下させ、かつ浸炭性が低下する。そこで、Crは0.50〜3.0%とし、望ましくは1.3%〜3.0%とする。
【0017】
Ni:Niは鋼の焼入性および靭性の向上に有効な元素である。Niは3.0%を超えると素材の硬度が上昇しすぎて加工性を低下させ、かつ、鋼材コストが上昇する。
なお、実施例のNo.2に基づき、Niの下限値は0.07%とする。そこで、Niは0.07〜3.0%とする。
【0018】
Mo:Moは鋼の焼入性、靭性および焼戻し軟化抵抗の向上に必要な元素である。しかし、Moは多すぎると加工性を低下させ、かつ鋼材コストが上昇する。
なお、実施例のNo.1に基づき、Moの下限値は0.02%とする。そこで、Moは0.02〜1.0%とする。
【0019】
Al:Alは本発明において重要な元素であり、鋼の脱酸に有効な元素であるとともに、鋼中のNと反応してAlNを形成し、結晶粒の粗大化を抑制する作用がある。また、固溶Alの質量%は、{Alの質量%−(27/14)×Nの質量%}≧0.020%において、焼入れ性が向上し、芯部の不完全焼入れ組織を抑制するので、Alは、
実施例のNo.4の0.059%に基づき、0.020〜
0.059%とし、望ましくは0.040〜
0.059%とする。
【0020】
N:Nは鋼中のAlと反応してAlNを形成し、浸炭時におけるオーステナイト結晶粒の粗大化を防止する作用を有するが、Nが100ppm未満であると結晶粒粗大化を防止する効果が小さく、多すぎると窒化物が増加して疲労強度および加工性が低下する。そこでNは0.010〜0.030%とする。
【0021】
Nb:Nbは結晶粒の粗大化を防止する効果を有するが、0.02%未満ではその効果は小さく、0.20%を超えるとその効果は飽和する傾向があり、かつ浸炭性を阻害する。そこで、Nbは0.02〜0.20%とし、望ましくは0.03〜0.10%とする。
【0022】
V:Vは結晶粒の粗大化を防止する効果を有するが、0.02%未満ではその効果は小さく、0.20%を超えるとその効果は飽和する傾向があり、かつ加工性が低下する。そこで、Vは0.02〜0.20%とし、望ましくは0.05〜0.10%とする。
【発明の効果】
【0023】
本発明は、第1の手段では、浸炭部品の焼戻し軟化抵抗特性を向上させつつ、焼入性を向上させ芯部の不完全焼入れ組織を抑制することで、耐ピッチング強度、耐曲げ疲労強度、耐ねじり疲労強度の特性を向上させるはだ焼鋼ができた。
【0024】
第2の手段では、第1の手段に加え、質量%で、
Nb:0.02〜0.20%、V:0.02〜0.20%の1種または2種を含有することで、耐ピッチング強度、耐曲げ疲労強度、耐ねじり疲労強度の特性を向上させるはだ焼鋼ができた。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の実施の形態について以下に説明する。表1にFeを除いて示す化学成分の本発明の実施例の鋼および表2にFeを除いて示す化学成分の比較例の鋼を、それぞれ100kg真空溶解炉で溶製し、インゴットに鋳造して鋼片とした。この鋼片を1250℃に加熱して5時間保持することにより溶体化した後、棒鋼に鍛伸した。一方、回転曲げ疲労試験片はφ20mmに、ローラーピッチング試験片およびねじり疲労試験片はφ32mmにそれぞれ鍛伸して製造した。
【0028】
表1に見られるように、本発明の実施例では、固溶Alが0.020%以上で存在している。一方、表2に見られるように、比較例では、固溶Alの欄をハイフンで記載するように、固溶Alが存在していない。また、表1および表2において、Ti、Nb、Vの欄をハイフンで示すものは、これらの元素が添加されていないことを示している。
【0029】
次いで、これらの棒鋼を900℃に加熱し、1時間保持した後、空冷して焼ならしを行った後、
図1に示す2mmVノッチを有する回転曲げ疲労試験片、
図2に示すローラーピッチング試験片、および
図3に示すねじり疲労試験片を作製し、それぞれ
図4に示す浸炭焼入・焼戻し条件によりガス浸炭による浸炭焼入・焼戻しを行った。なお、
図1〜
図3において、数値は単位のmmを省略して示している。
【0030】
この場合、ガス浸炭による浸炭焼入・焼戻し処理は、上記の棒鋼を素材として機械加工により製作した鋼部材を800〜1000℃に加熱した後、加熱炉中でCO又はCH
4を含有する浸炭ガス雰囲気中に1〜5時間保持し、この鋼部材の表面から1mm程度の深さまで炭素を拡散浸透させて浸炭した。浸炭が終了した鋼部材は水中または油中で焼入れし、さらに150〜200℃に焼戻して空冷した。この油中焼入れの熱処理のヒートパターンは上記したように
図4に示した。
【0031】
次いで、上記した
図1〜
図3の回転曲げ疲労試験、ローラーピッチング試験、ねじり疲労試験をそれぞれ実施し、その結果の本発明の実施例および比較例の固溶Al量、回転曲げ疲労強度、ローラーピッチング寿命ならびにねじり疲労強度を表3に示した。
【0033】
上記の回転曲げ疲労強度、ローラーピッチング寿命ならびにねじり疲労強度を比較例のNo16の値を基準の1.0とした際の比で示したとき、曲げ疲労強度が1.4以上、ピッチング寿命が2.0以上、ねじり疲労強度が1.4以上の何れか一つでも満たすものは、本願発明を満足するものであり、表3の実施例の
No.1〜No.8の全てのものが上記の条件を満足しており、しかも、芯部の硬さに最も影響するねじり疲労強度は
No.1〜No.8の全ての実施例が満足しており、かつ、上記した表1に見られるように、実施例の
No.1〜No.8の全てで固溶Alは0.020%以上であり、したがって芯部の不完全焼入れ組織が抑制されていた。一方、比較例のNo.16〜26は、いずれも曲げ疲労強度が1.4未満、ピッチング寿命が2.0未満、ねじり疲労強度が1.4未満であった。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【
図1】回転曲げ疲労試験片の形状を示し、(a)は正面図、(b)は(a)で丸で囲んで示すノッチ部であるA部の拡大図を示し、各数値の単位はmmである。
【
図2】ローラーピッチング試験片の形状を示し、各数値の単位はmmである。
【
図3】ねじり疲労試験片の形状を示し、各数値の単位はmmである。
【
図4】ガス浸炭による浸炭焼入・焼戻し例で、(a)は浸炭焼入のヒートパターン、(b)は焼戻しのヒートパターンを示す。