特許第5703022号(P5703022)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日本水産株式会社の特許一覧

<>
  • 特許5703022-脂質の製造方法 図000036
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5703022
(24)【登録日】2015年2月27日
(45)【発行日】2015年4月15日
(54)【発明の名称】脂質の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A23J 7/00 20060101AFI20150326BHJP
   A23L 1/33 20060101ALI20150326BHJP
   A61K 35/56 20150101ALN20150326BHJP
   A61P 9/10 20060101ALN20150326BHJP
   A61P 3/06 20060101ALN20150326BHJP
   A61P 25/28 20060101ALN20150326BHJP
   A61P 37/08 20060101ALN20150326BHJP
   A61P 7/02 20060101ALN20150326BHJP
   A61P 27/02 20060101ALN20150326BHJP
【FI】
   A23J7/00
   A23L1/33 B
   !A61K35/56
   !A61P9/10 101
   !A61P3/06
   !A61P25/28
   !A61P37/08
   !A61P7/02
   !A61P27/02
【請求項の数】10
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2010-530853(P2010-530853)
(86)(22)【出願日】2009年9月24日
(86)【国際出願番号】JP2009066530
(87)【国際公開番号】WO2010035750
(87)【国際公開日】20100401
【審査請求日】2012年7月25日
(31)【優先権主張番号】特願2008-248986(P2008-248986)
(32)【優先日】2008年9月26日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004189
【氏名又は名称】日本水産株式会社
(72)【発明者】
【氏名】吉川 和宏
(72)【発明者】
【氏名】三ヶ尻 昭博
【審査官】 小石 真弓
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第00/023546(WO,A1)
【文献】 特許第2909508(JP,B2)
【文献】 特開2003−003190(JP,A)
【文献】 特開昭54−076858(JP,A)
【文献】 特開昭52−076455(JP,A)
【文献】 特開昭52−114046(JP,A)
【文献】 国際公開第2007/105734(WO,A1)
【文献】 特開平10−179038(JP,A)
【文献】 特表2003−530448(JP,A)
【文献】 Z.E.SIKORSKI, ET AL.,THE UTILIZATION OF KRILL FOR FOOD,Food Process Eng,1980年,Vol.1,pages 845-855
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23J 7/00
A23L 1/33
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
甲殻類全体またはその部分を、湿重量の5〜50%に相当する量の圧搾液を得るように圧搾して得られる圧搾液を得、圧搾液に含まれるタンパク質が凝固する温度に圧搾液を加熱し、脂質成分を含む固形分と水溶性成分を含む水分とを固液分離し、得られた脂質含有固形分又はそれを乾燥させた脂質含有乾燥物を水洗いし、脱水及び/又は乾燥した後、それら脂質含有固形分又は脂質含有乾燥物から脂質を抽出することを特徴とする脂質の製造方法。
【請求項2】
水洗いにおいて脂質含有固形分又は脂質含有乾燥物の乾物重量あたり4倍以上の水を用いるものである請求項1の方法。
【請求項3】
水洗いを2回以上行う請求項1又は2の方法。
【請求項4】
脂質含有固形分又は脂質含有乾燥物を直径1cm以上10cm以下に裁断して水洗いを行う請求項1乃至3いずれかの方法。
【請求項5】
水洗い及び/又は脱水を脂質含有固形分又は脂質含有乾燥物をメッシュバッグに入れて行う請求項1乃至4いずれかの方法。
【請求項6】
分子量100〜200の揮発成分を吸着する吸着剤で吸着される成分の匂いが感知できない程度、水洗いを行うことを特徴とする請求項1乃至5いずれかの方法。
【請求項7】
脂質含有乾燥物の乾物重量あたりの灰分が5%以下になる程度、水洗いすることを特徴とする請求項1乃至5いずれかの方法。
【請求項8】
脂質を抽出する方法が、有機溶媒抽出、酵素処理した後有機溶媒抽出、超臨界抽出のいずれかの方法によることを特徴とする請求項1乃至7いずれかの方法。
【請求項9】
甲殻類がオキアミ目に属する甲殻類である、請求項1乃至8いずれかの方法。
【請求項10】
請求項1乃至9いずれか記載の方法により得た脂質含有組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、甲殻類に含まれる脂質、特にリン脂質を効率よく製造する方法、特に悪臭を発生させずに製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食用脂質は古くから工業的に製造されている。例えば現在最も製造量の多い大豆油の場合、原料大豆を洗浄後、必要に応じて脱皮し、破砕・圧扁して、多くの場合50〜60℃程度のヘキサンなどの有機溶媒で抽出する。次に抽出物をろ過、脱溶剤(多くの場合蒸留)して粗油を得る。この粗油をさらに不溶性画分をろ過または遠心分離法で除去し、水を添加して水可溶性物を除去(脱ガム)、脱酸、脱色、脱臭工程を経て製品となる。一般に植物種子など脂質高含有植物原料からの脂質製造は比較的容易である(非特許文献1)。一方、動物原料の場合には、一般に原料を洗浄した後加熱するだけで油分が分離してくるのでより簡単に製造が可能である。例えば魚類の場合、原料を煮熟して圧搾することにより液状部が水分と粗油とに自然分離するため、これを精製することで魚油が製造される(非特許文献2)。しかし、これらの方法で得られる脂質は、トリグリセリドが中心である。
【0003】
脂質のひとつであるリン脂質は、その健康機能としてコリン欠乏症に由来する脂肪肝の改善、血中LDL(悪玉コレステロール)を減少させ、血中HDL(善玉コレステロール)を増加させるなどが知られ、そのほか高血圧やアセチルコリン欠乏症に由来する神経障害の改善、脂溶性ビタミンの吸収促進等が期待されている。従来リン脂質は大豆や鶏卵黄から分離・精製されることが多い。大豆からの場合、大豆油製造工程中の脱ガム工程で、不溶性として除去される画分にリン脂質が含まれ、これを脱色・乾燥してレシチンと呼ばれるリン脂質製品を得る(非特許文献3)。大豆油は非常に大きなマーケットであり、派生物としてのリン脂質も大量に得られる。鶏卵黄の場合にはその重量の3分の1程度が脂質であり、さらに脂質の3分の1程度がリン脂質であることから比較的リン脂質の抽出・精製は容易であるが、効率よいリン脂質の抽出とその安定性の確保のためにはあらかじめ原料卵黄から水分を除去する必要があり、熱コストを投入して乾燥卵黄を製造し、これからリン脂質を抽出している。
【0004】
リン脂質含量が比較的高い他の原料としては、水産魚卵やオキアミなどの水産物が知られる。ところがこれらの原料は鶏卵黄と比較すると原料のリン脂質含量は低く、有機酸その他の夾雑物が多いため、精製は容易ではない。これまでに水産物から脂質を得るための方法として、原料を予め乾燥した後脂質を抽出する方法、例えば原料水産物をあらかじめ水分10重量%以下まで乾燥させてから脂質を抽出する方法(特許文献1)や、原料を凍結乾燥にて乾燥させた後脂質を抽出する方法(特許文献2)、あるいは有機溶媒を使用する方法、例えば原料魚介類に対しアセトンと水の混合液を用いて脂質を抽出する方法(特許文献3)、あるいは原料オキアミから脂質を抽出するにあたり第一段階としてアセトンを使用する方法(特許文献4)等の種々の方法が提案されているが、これらはいずれもコスト的な課題、工程の煩雑性、法的規制による使用制限等の問題を抱えるものである。
【0005】
ところで、高度不飽和脂肪酸には生活習慣病(動脈硬化、高脂血症、痴呆など)の予防・改善や免疫抑制作用(アレルギー、アトピー軽減)等が知られ、さらにEPAには中性脂肪の減少や血小板凝集抑制作用など循環器系疾患の予防、DHAには神経組織の発育や機能維持、視力の向上などの効果が期待される(非特許文献4)。水産物の脂質はリン脂質の供給源であると同時にEPA、DHA等高度不飽和脂肪酸の供給源としても有望である。しかし、前述の通り水産物にはアミノ酸、脂肪酸等の有機酸その他の夾雑物が多いため、脂質の抽出、精製は容易ではなかった。
【0006】
以前から、甲殻類であるオキアミから高度不飽和脂肪酸を含む脂質を抽出する試みがなされてきた。オキアミにはタンパク質分解酵素が多く含まれるため、加熱せずタンパク質が変成しない状態(以下、未加熱という)のオキアミから脂質を濃縮しようとしても、すぐにオキアミのタンパク成分が分解してしまい、オキアミに多く含まれるリン脂質とともにエマルジョンを形成し水層に流出してしまって、脂質の回収が困難になる。
そこで従来、オキアミから脂質を濃縮する場合には、粉砕したオキアミを乾燥してオキアミミールを得て、ここから濃縮する方法が採られていたが、この方法では乾燥の過程で悪臭が生じ、食用に耐えられる脂質を得ることが難しい。また方法によっては精製時に灰分が多いため、しばしば装置に付着して装置の腐食や連続運転の妨げとなる。
一方、甲殻類であるオキアミからタンパク質を抽出する方法として従来から、オキアミのタンパク成分を熱により凝固させることでタンパク質を得る方法が知られている(特許文献5)。しかし、この方法で得られる凝固物“Okean”はタンパク質を得ることを目的としており、脂質を得ることは目的としていない(非特許文献5)。
また、本願出願後、優先権主張期間内に開示された発明として、オキアミをそのまま60〜75℃付近になるまで熱水を入れて加熱して、得られた上澄みである水溶液を90℃以上に再加熱して凝固物を得る方法が開示されている(特許文献6)。
【0007】
【特許文献1】特開平8−325192号公報
【特許文献2】特許第2909508号公報
【特許文献3】特開2004−26267号公報
【特許文献4】国際公開第00/23546号
【特許文献5】ソ連発明者証第227041号
【特許文献6】国際公開第09/027692号
【0008】
【非特許文献1】小原哲二郎編,「最新食品加工講座 食用油脂とその加工」,建帛社,1981年,p.49-74
【非特許文献2】松下七郎編,「魚油とマイワシ」,恒星社厚生閣,1991年,p.21-28
【非特許文献3】フィー(Y. H. Hui)編,「ベイリーズ・インダストリアル・オイル・アンド・ファット・プロダクツ(Bailey’s Industrial Oil and Fat Products)」,ジョン・ワイリー・アンド・サンズ(John Wiley & Sons),1996年,第5版、第1巻,p.336
【非特許文献4】クラーク(A. Clarke)著,ジャーナル・オブ・エクスペリメンタル・マリン・バイオロジー・アンド・エコロジー(Journal of Experimental Marine Biology and Ecology),1980年,第43巻,第3号、p.221-236
【非特許文献5】Vopr Pitan,1977年,第1号,p.70-73
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、甲殻類から脂質、特にリン脂質を効率よく製造することを課題とする。特に悪臭のしないサプリメントなどの食品用途に好ましい品質の脂質を製造することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上述の現状に鑑み、甲殻類由来の脂質を簡便に分離、濃縮する方法について鋭意検討を重ねた結果、甲殻類の殻、筋肉以外の内臓や頭胸部の内部組織など液状部分をあらかじめ圧搾により分離回収し、この水溶性夾雑物を含む液状部分を加熱してそのタンパク質を熱凝固させることにより脂質が固形部分に局在することを見出し、さらに水溶性有機酸やアミノ酸、ペプチドなど夾雑物はろ過、遠心分離など簡易な方法でこの固形部分から除去可能なことを見出した。さらに、この固形部分を水洗いしてから、脂質を抽出することにより、悪臭の原因物質が除去されることを見出し、本発明の完成に至った。
【0011】
本発明は、以下(1)〜(10)の内容を要旨とする。
(1)甲殻類全体またはその部分を、湿重量の5〜50%に相当する量の圧搾液を得るように圧搾して圧搾液を得、圧搾液に含まれるタンパク質が凝固する温度に圧搾液を加熱し、脂質成分を含む固形分と水溶性成分を含む水分とを固液分離し、得られた脂質含有固形分又はそれを乾燥させた脂質含有乾燥物を水洗いし、脱水及び/又は乾燥した後、それら脂質含有固形分又は脂質含有乾燥物から脂質を抽出することを特徴とする脂質の製造方法。
(2)水洗いにおいて脂質含有固形分又は脂質含有乾燥物の乾物重量あたり4倍以上の水を用いるものである(1)の方法。
(3)水洗いを2回以上行う(1)又は(2)の方法。
(4)脂質含有固形分又は脂質含有乾燥物を直径1cm以上10cm以下に裁断して水洗いを行う(1)乃至(3)いずれかの方法。
(5)水洗い及び/又は脱水を脂質含有固形分又は脂質含有乾燥物をメッシュバッグに入れて行う(1)乃至(4)いずれかの方法。
(6)分子量100〜200の揮発成分を吸着する吸着剤で吸着される成分の匂いがで感知できない程度、水洗いを行うことを特徴とする(1)乃至(5)いずれかの方法。
(7)脂質含有乾燥物の乾物重量あたりの灰分が5%以下になる程度、水洗いすることを特徴とする(1)乃至(5)いずれかの方法。
(8)脂質を抽出する方法が、有機溶媒抽出、酵素処理した後有機溶媒抽出、超臨界抽出のいずれかの方法によることを特徴とする(1)乃至(7)いずれかの方法。
(9)甲殻類がオキアミ目に属する甲殻類である、(1)乃至(8)いずれかの方法。
(10)(1)乃至(9)いずれか記載の方法により得た脂質含有組成物。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、甲殻類からリン脂質を豊富に含む脂質を簡便且つ安価に製造することができる。特に、悪臭がせず、灰分が少なく腐食を起しにくい脂質を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、実施例18において得られたクロマトグラムである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明は、甲殻類全体またはその部分を圧搾して得られる圧搾液を加熱し、脂質成分を含む固形分と水溶性成分を含む水分とを固液分離することによって得られる固形分から脂質を抽出することを特徴とする、甲殻類に含まれる脂質の製造方法に関する。本発明の原料である甲殻類は、軟甲綱(エビ綱)に属するものであれば特に限定されないが、特にオキアミ目あるいは十脚目に属するものが用いられる。具体的には、オキアミ、エビ、カニ等が挙げられ、またその部分であるエビ頭胸部、エビガラミール、オキアミミール等も用いることができる。この時、オキアミの種類は特に限定されないが、特に好ましくはナンキョクオキアミ(Euphausia superba)が用いられる。また、これら原料は、脂質を含有する状態であれば加熱あるいは未加熱のもののどちらでも良いが、好ましくは未加熱品、例えば鮮魚(生)、冷凍、あるいは冷凍されたものを解凍したものが用いられる。
圧搾方法としては一般に用いられるものであれば特に限定されないが、例えば油圧式圧搾機、スクリュープレス、採肉機、プレス脱水機、遠心分離機等、あるいはこれらを組み合わせて用いる。脂質を取得することを目的とする場合には、甲殻類全体またはその部分を圧搾して湿重量の5〜50%に相当する量の圧搾液を得るように圧搾を行うと良い。5%以下の圧搾では脂質を十分に圧搾抽出できていないこと、また50%以上の圧搾では脂質は十分に圧搾できているものの、水溶性有機酸、アミノ酸、ペプチド、タンパク質等他の夾雑物が混入し、その後脂質を分離抽出する際の工程が煩雑になってしまうことからである。但し、脂質成分を含む固形分を取得することを目的とする時には、50%以上圧搾しても構わない。また、圧搾液を得た際に発生する圧搾ガラについては、通常のオキアミの利用方法に準じて飼料原料等に利用することが可能である。
【0015】
次に得られた圧搾液を加熱する。加熱方法は特に限定されずあらゆる常法が用いられ、加熱温度はタンパク質が凝固する温度に加熱すれば良く、例えば50℃以上、好ましくは70〜150℃、特に好ましくは85〜110℃の範囲である。加圧あるいは減圧下で加熱しても良い。これにより、脂質成分を含む固形分と水溶性成分を含む水分とに分離される。これをろ過又は遠心分離等の方法により固液分離することにより、脂質含有固形分(以下、熱凝固物と言うこともある)が得られる。
【0016】
この脂質含有固形分又はその乾燥物から脂質を抽出する。脂質の抽出方法としては、一般に用いられる方法であれば特に限定されないが、溶媒抽出、pH調整あるいはプロテアーゼ又はリパーゼ等の酵素処理等によるタンパク質成分の分離除去、超臨界抽出等、あるいはこれらを組み合わせた方法が用いられ、好ましくは有機溶媒による抽出、酵素処理した後有機溶媒により抽出、又は超臨界二酸化炭素抽出が用いられる。溶媒抽出において用いる溶媒としては、適当な有機溶媒、例えばメタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、プロピレングリコール、ブチレングリコール等のアルコール類、酢酸メチル、酢酸エチル、アセトン、クロロホルム、トルエン、ペンタン、ヘキサン、シクロヘキサン等を単独あるいは2種以上を組み合わせて用いることができ、好ましくはエタノール又はヘキサン−エタノール混液を用いて脂質を抽出する。この時、溶媒混合比、あるいは原料:溶媒比は任意に設定すれば良い。又、酵素処理において用いられる酵素としては、食品に用いられるものであれば特に限定されないが、プロテアーゼ、例えばアルカラーゼ(登録商標)(ノボザイム社製)、プロテアーゼA、M、P、パンクレアチンF(天野エンザイム社製)等が用いられる。酵素処理のpHや温度条件等は、用いる酵素にあわせて設定すれば良く、例えば山下隆司編,「新しい食品加工技術I」(工業技術会,1986年,p.204-284)に記載の方法等を参考にできる。又、超臨界二酸化炭素抽出法においては、常法に従い実施すれば良く、例えば山下隆司編,「新しい食品加工技術I」,工業技術会,1986年,p.79-102に記載の方法等を参考にできる。以上の方法により、甲殻類よりリン脂質を豊富に含む脂質を簡便且つ安価に製造することができる。
【0017】
上述の方法により得られた脂質含有固形分は、脂質が効率よく濃縮されたものである。この脂質含有固形分は、全体に対し脂質を35重量%以上、好ましくは40重量%以上含有するものであり、その脂質中、40重量%以上がリン脂質であることを特徴とする。この脂質含有固形分又はその乾燥物、あるいはそれより前記方法により抽出した脂質は、リン脂質を豊富に含むものであり、EPA、DHA等の高度不飽和脂肪酸も含む脂質が得られ、これらは医薬原料、食品素材、あるいは飼料原料等として用いることができる。
固形分を乾燥する方法は、常法に従えば良い。例えば、熱風乾燥、蒸気での乾燥を行ってもよい。また高周波・マイクロ波加熱での乾燥、真空・減圧乾燥、凍結融解、乾燥剤による乾燥を行ってもよいし、これらを組み合わせてもよい。乾燥する際に高温になりすぎると酸化した脂質が悪臭を発するので、乾燥は90℃以下、好ましくは75℃以下、より好ましくは55℃以下で行うとよい。乾燥は脂質含有固形分を作製した後に行ってもよいし、後述の水洗いの後に行ってもよい(以下、水洗いの後に乾燥を行ったものを洗浄・乾燥物ということもある)。漁獲したオキアミを用いて洋上で脂質含有固形分を作製する場合には、輸送のコストを考えて輸送前に乾燥したほうがよい。洋上乾燥の場合は機器の性能等を考慮して途中で一端止めて、陸揚げしてから再度乾燥を行ってもよい。洋上乾燥から陸上での乾燥をする間に脂質含有固形分が高温に晒されてしまうことによる悪臭の発生がなければ、その後に行う水洗いによりオキアミ臭及び悪臭の元が除去できるからである。また輸送期間が長い場合には腐敗してしまう恐れがあるため、冷蔵又は冷凍で輸送することが好ましい。
【0018】
上述の方法により得られた脂質含有固形分は、さらに水洗いをすることによりオキアミ臭及び悪臭の元を除去することができる。オキアミ臭及び悪臭は、濃縮した脂質を食用とする場合に特に問題となる。これらを抽出後の脂質から除去するのは困難である。またリン脂質そのものは元来、水溶性でも脂溶性でもあり、何かに固定しない状態で水洗いをすることはできない。このため水洗いによって臭いの成分を除去するためには、臭いの成分が吸着せず、且つ、リン脂質を吸着して水に不溶性となる支持体が必要となる。本発明においては、オキアミの圧搾液に含まれるタンパク質の熱凝固物がそのような支持体として好適であることを見出し、当該性質を利用してオキアミから臭いのしない脂質を濃縮するものである。
【0019】
本発明においては、オキアミ臭あるいは悪臭の元の成分として、カラムに吸着される揮発成分を特定している。すなわち、本発明におけるオキアミ臭あるいは悪臭の元は、分子量100〜200の揮発成分を吸着させるカラム、より好ましくは分子量100〜150の揮発成分を吸着させるカラム、より好ましくは
Porapak Qで吸着させることができ、吸着させた後の脂質には臭いが残らない。吸着に際しては60℃以下で30分以上蒸留したものをカラムに通せばよく、この際の加熱は突沸を避けるために25℃から徐々に昇温させることが好ましい。ただしカラムに吸着させる方法で脂質からオキアミ臭あるいは悪臭の元の成分を除去すると、膨大な手間と費用を要するので実用的ではない。このため、本発明のように、水洗いという簡便な操作で除去することはたいへん実用的である。
【0020】
上述の方法により得られた脂質含有固形分は、水洗いをすることによりさらに灰分と水溶性タンパク質の一部を除去することができる。灰分は主に体液及び体表に付着する海水に含まれる塩化ナトリウム、カリウム、塩化カルシウムからなる。塩素塩は脂質の濃縮過程において乾燥時や蒸留時には塩素塩としても析出することがある。灰分の多くはリン脂質と同様に水に溶解する。このためリン脂質が溶解しない条件で水洗いをすることにより灰分の多くは除去される。
また特に塩化ナトリウムが析出すると濃縮装置など金属製の機械を腐食させやすい。このため析出した灰分の中の塩化ナトリウムはできるだけ少ないほうがよい。塩化ナトリウムを相対的に減らす方法として、甲殻類全体またはその部分を圧搾して、その殻に含まれるカルシウムを溶解させておく方法がある。圧搾方法としては一般に用いられるものであれば特に限定されないが、例えば油圧式圧搾機、スクリュープレス、採肉機、プレス脱水機、遠心分離機等、あるいはこれらを組み合わせて用いる。多く圧搾すればするほど塩化カルシウムが相対的に増加して、塩化ナトリウムが相対的に減少するが、多く圧搾しすぎると上述のように脂質の濃縮という点においては問題となる。このため、脂質中に含まれる灰分に含まれる塩化ナトリウムを相対的に減少させるためには、甲殻類全体またはその部分を圧搾して湿重量の5〜50%に相当する量の圧搾液を得るように圧搾を行うと良い。甲殻類全体またはその部分を圧搾しない方法では灰分に含まれる多くが塩化ナトリウムとなってしまい、このような目的には適さない。
このようにして得られた圧搾液を加熱凝固して得られる脂質含有固形分から灰分を除去するためには、水洗いすることが有効である。灰分は塩素塩としては水溶性であるが、脂質含有固形分の中に閉じ込められた状態では溶出しにくい。そこで、脂質含有固形分を細かく粉砕して行うことが好ましい。このようにして脂質含有固形分を水洗いすることにより灰分が10%以下、好ましくは5%以下に低減させることができる。また、灰分のうち塩化ナトリウムは、40%以下、好ましくは30%以下、より好ましくは20%以下、さらに好ましくは10%以下に低減することができる。
【0021】
また水溶性タンパク質は、本来水溶性であるタンパク質に加え加熱による変性により生じるさまざまなタンパク質が含まれるが、アクチン、ミオシン、トロポニン、トロポミオシン、ATPase、カルモジュリンなどが含まれる。水洗いによって、水洗いをする前の脂質含有固形分に対してタンパク質が5%以上、好ましくは10%以上、より好ましくは20%以上が洗い流される。灰分とタンパク質の一部が除去された結果、水洗いすることにより脂質含有固形分中の脂質含量を水洗い前の脂質含有固形分中の脂質含量に比べて乾物重量あたり5%以上、好ましくは10%以上、より好ましくは15%以上、さらに好ましくは20%以上増やすことができる。また脂質含有固形分に含まれる脂質の割合を45%以上、より好ましくは50%以上の割合で含まれるようにすることができる。
【0022】
水洗いの程度は、官能検査により臭いがしない程度に洗えばよい。オキアミの臭いの成分、灰分並びに水溶性タンパク質を除去するための水洗いは脂質含有固形分中の乾物重量に対して4倍量、好ましくは10倍量以上の真水及び/又は海水で行う。好ましくは2回以上、より好ましくは3回以上洗浄するとよい。水洗いは、容器に入れた脂質含有固形分に対して注水し、5分以上置いてから、水分を分離することで行うことができる。脂質含有固形分の形状によっては十分に攪拌することも有効である。また水洗いは、容器に入れた脂質含有固形分を流水で洗うことで行うこともできる。上述の方法により得られた脂質含有固形分は水に不溶性であるため、水洗いを多く行えば行うほどオキアミ臭あるいは悪臭の元、灰分及び水溶性タンパク質を除去できるようになるが、洗浄時に脂質含有固形分の断片が流出してしまわないよう目の細かいメッシュで脂質含有固形物を留めたほうがよい。メッシュの径は目詰まりしない程度の細かさであればよく、好ましくは1mm以下、より好ましくは250μm以下であるほうがよい。また脂質含有固形物は塊が大きすぎると臭いの元を除去しにくいため、細かく粉砕しておくとよい。好ましくは直径10cm以下、より好ましくは5cm以下に破砕する。ただし破片の流出を防ぐために直径1cm以下にはしないほうがよい。
脂質含有固形分は水より比重が重いタンパク質と水より比重が軽い脂質の含有比率により様々な比重を持ち得る。このため水洗い後に遠心分離を行っても効率的に水分を除去することができない。水分の分離は脂質含有固形分をスクリュープレスなどの圧搾機を用いるか、又は脂質含有固形分を留めるサイズのメッシュを用いた自然落下法又はメッシュで区切りを持たせた遠心管若しくはメッシュの袋に脂質含有固形分を閉じ込めて行う遠心分離を行うことが好ましい。このようにして、脂質含有固形分から臭いの成分、灰分及び/又は水溶性タンパク質を除去することができる。
【0023】
また上述の方法により得られた脂質含有固形分は、アスタキサンチンを多く含む。甲殻類のアスタキサンチンは甲殻内部の組織に多く含まれ、甲殻内部の組織の破壊は加熱処理等だけでは不十分であるため、オキアミを圧搾するからこそ、アスタキサンチンを多く含む脂質が濃縮可能となる。圧搾方法としては一般に用いられるものであれば特に限定されないが、例えば油圧式圧搾機、スクリュープレス、採肉機、プレス脱水機、遠心分離機等、あるいはこれらを組み合わせて用いる。多く圧搾すればするほど甲殻内部の組織が破壊され、脂質中のアスタキサンチン濃度は増加するが、多く圧搾しすぎると上述のように脂質の濃縮という点においては問題となる。このため、脂質の濃縮を行いやすいよう脂質中に含まれるアスタキサンチンを増加させるためには、甲殻類全体またはその部分を圧搾して湿重量の5〜50%に相当する量の圧搾液を得るように圧搾を行うと良い。甲殻類全体またはその部分を圧搾しない方法では甲殻内部の組織に含まれるアスタキサンチンを得ることができず、このような目的には適さない。このようにして得られた脂質含有固形分には、脂質のうちアスタキサンチンが100ppm、好ましくは150ppmの割合で含まれるようにすることができる。
【0024】
本発明の脂質含有固形分は、甲殻類の圧搾液に由来する脂質とタンパク質を含有する組成物であって、少なくとも脂質を30重量%以上、好ましくは40重量%以上含有することができる。さらに、水洗により灰分のうち塩化ナトリウムが40%以下にもすることができる。さらに、アスタキサンチンを100ppm以上含むものである。本発明の脂質含有固形分に含まれる脂質は50重量%以上がリン脂質であり、15重量%以上のEPA及び/又はDHAが含まれる。この組成物はリン脂質及びEPA、DHA等の高度不飽和脂肪酸を豊富に含む脂質を含有し、これらは医薬原料、食品素材、あるいは飼料原料等として用いることができる。
【0025】
以下に本発明の実施例を記載するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0026】
オキアミ圧搾液の取得(バッチ式)と加熱処理
2005年7月下旬に南極海にて漁獲し、直ちに−30℃に冷凍した全長45mm以上のナンキョクオキアミ400kgを室温(15℃)にて通風解凍した。この解凍オキアミを油圧式圧搾機(東京テクノ社製、原料セル約2m×約68cm×約40cmH)を用いて搾液率(解凍オキアミ投入量に対する圧搾液の収量)13重量%(ロット1)及び26重量%(ロット2)にて圧搾した。圧搾液は先に得られた解凍ドリップと合一し、容量1tの蒸気式加熱釜(ニーダー)にて加熱し、95℃達温を確認して加熱を停止し、発生した熱凝固物(脂質含有固形分)をステンレス製市販ザルにて自然落下法にて分別した。熱凝固物は蒸気加熱型真空乾燥機(大川原製作所製リボコーン、型式RM200VD)を用いて乾燥し、乾燥物9.0kg(ロット1)及び15.8kg(ロット2)を得た。原料のオキアミ及び得られた熱凝固物の乾燥物の成分を表1に示す。
【0027】
【表1】
【0028】
この結果、本発明方法により甲殻類より脂質が効率良く濃縮されていることが確認された。また、得られた熱凝固物(脂質含有固形分)の脂質について分析した。その脂質組成及び代表的な脂肪酸組成を表2に示す。なお、脂質組成はベンゼン:クロロホルム:酢酸=150:60:1.5の展開溶媒により分離した各脂質成分を薄層自動検出装置(三菱化学ヤトロン社製、型式イアトロスキャン(登録商標)MK-6)を用いて定量した。また、脂肪酸組成は構成脂肪酸を三フッ化ホウ素中メチルエステル化してガスクロマトグラフィー(アジレント・テクノロジー社、型式6890N)により分析した。使用したガスクロマトグラフィー用カラムはJ&W Scientific社、DB−WAX(型番122−7032)、キャリアガスはヘリウムを使用し、水素炎イオン化検出器で検出した。
本熱凝固物の乾燥物は、室温で1年間保存した場合でも、におい、色などで判別される変性はなく、その脂質成分が酸化されず安定に保持された。また、表1および表2に示されるように、本発明の熱凝固物の成分は畜産及び水産飼料原料として有用である。
【0029】
【表2】
【実施例2】
【0030】
オキアミ圧搾液の取得(スクリュープレス)と加熱処理
実施例1と同じオキアミを室温(8℃)で通風解凍し、解凍ドリップを除去した。この解凍オキアミをスクリュープレス脱水機(富国工業社製SHX-200型×1.5ML)に投入して、搾液率(解凍オキアミ投入量に対する圧搾液の収量)17〜36重量%にて圧搾液を得た(ロット3〜6)。それぞれの圧搾液の約5kgを容量50Lの蒸気式加熱釜(ライスボイラー)にて加熱し、95℃達温を確認して加熱を停止し、発生した熱凝固物(脂質を含有する固形分)をステンレス製市販ザルにて自然落下法にて分別した。得られた各ロットの熱凝固物の収率及び成分を、表3に示す。収率は用いた解凍原料に対する重量比率を示す。なお乾重%とは全重量から水分重量を引いた重量あたりの各成分の重量%を示す(特に記載のある場合の除き、以下の実施例で同じ)。
【0031】
【表3】
【0032】
この結果、本発明方法により甲殻類より脂質が効率良く濃縮されていることが確認された。また、得られた熱凝固物(脂質含有固形分)の脂質について、実施例1と同様に分析した。結果を表4及び表5にそれぞれ示す。
【0033】
【表4】
【0034】
【表5】
【実施例3】
【0035】
オキアミから圧搾液の取得(採肉機)と加熱処理
2006年7月中旬に南極海にて漁獲した全長45mm以上のナンキョクオキアミ10tを漁獲直後に採肉機(バーダー社製、型式BAADER605)にて圧搾し、圧搾液3tを得、直ちに冷凍した。この冷凍圧搾液を蒸気式加熱釜中加熱し、95℃達温を確認して加熱を停止した。加熱物全量を200メッシュの濾布を用いて遠心脱水機(大栄製作所製型式DT-1)に投入し、エキス(濾液)を分離し熱凝固物(脂質含有固形分)を得た。原料及び得られた熱凝固物の成分を、表6に示す。
【0036】
【表6】
【0037】
この結果、本発明方法により甲殻類より脂質が効率良く濃縮されていることが確認された。また、得られた熱凝固物(脂質含有固形分)の脂質について、実施例1と同様に分析した。結果を表7に示す。
【0038】
【表7】
【実施例4】
【0039】
クロロホルムを用いた加熱圧搾液熱凝固物からの脂質の抽出
実施例3にて製造した熱凝固物(脂質含有固形分)の乾燥品10gを用い、100mLのクロロホルム中にてホモジナイズ処理し、抽出油3.71gを得た。この抽出油をシリカゲル(旭硝子社製、マイクロスフェアゲル、型番M.S GEL SIL、300g)カラムに吸着させ、クロロホルムにて中性脂質など洗脱した。その後移動層をメタノールに変更してリン脂質0.228gを回収した。熱凝固物乾燥品10g中の脂質の分析値は4.72gであった。本リン脂質についてイアトロスキャン法(展開溶媒はクロロホルム:メタノール:水=65:25:4)で検討したところ、このリン脂質はホスファチジルコリンが96重量%、ホスファチジルエタノールアミンが4重量%を占めることがわかった。また、本実施例により得られたリン脂質の脂肪酸組成について、実施例1と同様に分析した。結果を表8に示す。
【0040】
【表8】
【0041】
この結果、抽出油からリン脂質のみを取り出すことによりEPA、DHAなど高度不飽和脂肪酸の純度が高くなることが確認された。
【実施例5】
【0042】
ヘキサン=エタノールを用いた加熱圧搾液凝固物からの脂質の抽出
実施例3にて製造した熱凝固物(脂質を含有する固形分)の乾燥品2.00g(総脂質含有量の分析値は0.94g)を用い、50mLのヘキサン−エタノール混液にて脂質を抽出した(原料:溶媒=1:25)。この脂質を用い、2種類の溶媒の混合比を100:0から0:100まで変更して抽出効率を比較した。抽出油の収量と、これをイアトロスキャン法にて脂質分析したリン脂質の純度を表9に示す。
【0043】
【表9】
【0044】
この結果、本試験ではヘキサンが20%以下の混合比の場合には減圧濃縮で抽出油から溶媒を除去する際に水分が残りエマルジョンを形成したため収率を求めていないが、ヘキサンの混合比が40〜80%において90%以上の収率で脂質を回収できた。一方抽出油中のリン脂質純度はヘキサン100%を用いた場合を除くいずれの溶媒混合比でもほぼ一定であることが確認された。
【実施例6】
【0045】
溶媒抽出時の溶媒量の検討
実施例3にてオキアミ圧搾液から得た熱凝固物(脂質を含有する固形分)乾燥品を用い、これからヘキサン−エタノール混合比60:40の溶媒を用いて、実施例5と同様の手順で抽出油を得た。ただし、原料:溶媒比を1:5〜1:20に変更した。抽出油について分析結果を表10に示す。
【0046】
【表10】
【0047】
この結果、溶媒比を変化させても抽出油のリン脂質純度はほぼ一定であることが確認された。
【実施例7】
【0048】
熱凝固物中のプロテアーゼ処理による抽出油の分離
実施例3において製造した熱凝固物(脂質を含有する固形分)3gに対し、蒸留水30gを加えてホモジナイズ処理した。熱凝固物は均一に分散した。この液(pH7.5)に対し、市販液状酵素(ノボザイム社製アルカラーゼ2.4L)を1μLまたは市販粉末状酵素(天野エンザイム製プロテアーゼA、プロテアーゼM、プロテアーゼPまたはパンクレアチンF)を1mg添加して、50℃で2時間酵素反応を作用させた。その後反応液のpHを2規定濃度塩酸で1.4に調整し、50℃で遠心分離(2230g、10分)処理した。表層に分離した油を含む液層全体を回収した。この液層全体と沈殿物とに含まれる脂質をそれぞれクロロホルム:メタノール=2:1混合溶媒にて定量し、回収率を求めた。結果を表11に示す。
【0049】
【表11】
【0050】
この結果、酵素処理することで、熱凝固物(脂質を含有する固形分)から液層への脂質の遊離が進むことが確認された。
【実施例8】
【0051】
熱凝固物の超臨界二酸化炭素による脂質の抽出
実施例3において製造した熱凝固物(脂質を含有する固形分;水分61.2重量%のもの)またはこれから得た乾燥物(水分2.0重量%)を用い、34.3MPa、40℃の条件にて超臨界二酸化炭素による脂質成分の抽出を実施し、抽出物と抽出残渣とを得た。結果を表12に示す。
【0052】
【表12】
【0053】
得られた抽出物と抽出残渣中の脂質について、実施例1と同様にして脂質組成を分析した。結果を表13に示す。
【0054】
【表13】
【0055】
この結果、熱凝固物(脂質を含有する固形分)の乾燥状態に因らず、本抽出法ではトリグリセリドが優先的に抽出され、抽出残渣にはリン脂質が優先的に濃縮することが確認された。
【実施例9】
【0056】
ナンキョクオキアミの魚体サイズと圧搾液の加熱処理
2007年4〜8月に南極海にて漁獲後直ちに−30℃に冷凍した全長30mm〜44mmのナンキョクオキアミ20kgを冷蔵庫内(4℃)にて一晩通風解凍した。この解凍オキアミをフィルタースクリュープレス(荒井鉄工所製、型式MM−2)を用いて、搾液率(解凍オキアミ投入量に対する圧搾液の収量)40〜45重量%にて圧搾した。得られた圧搾液の約5kgを容量50Lの蒸気式加熱釜(ライスボイラー)にて加熱し、95℃達温を確認して加熱を停止し、発生した熱凝固物(脂質を含有する固形分)をステンレス製市販ザルにて自然落下法にて分別した。同じ実験を異なるオキアミのロットで3回行い、原料及び得られた熱凝固物の成分を表14及び表15にそれぞれ示す。また、熱凝固物の脂質組成及び脂肪酸組成を表16に示す。
【0057】
【表14】
【0058】
【表15】
【0059】
【表16】
【実施例10】
【0060】
オキアミ圧搾液熱凝固物の大量生産(1)
2008年3月下旬に南極海にて漁獲した全長45mm以上のナンキョクオキアミ10tを漁獲直後に採肉機(バーダー社製、型式BAADER605)にて圧搾し、圧搾液3tを得た。この圧搾液を瞬間加熱乾燥機(西村鐵工所製、CDドライヤー CD−500)にて処理し、熱凝固物を1080kg得た。得られた熱凝固物の成分を表17、表18に示す。乾重%とは全重量から水分重量を引いた重量あたりの各成分の重量%を示す(特に記載のある場合の除き、以下の実施例で同じ)。また同様の方法で独立に5回の実験を行い、同年3〜4月の間に生産した合計5ロットの平均値と標準偏差を表17、表18に示す。
なお、脂質組成はベンゼン:クロロホルム:酢酸=150:60:1.5の展開溶媒により分離した各脂質成分を薄層自動検出装置(三菱化学ヤトロン社製、型式イアトロスキャン(登録商標)MK-6)を用いて定量した。また、脂肪酸組成は構成脂肪酸を三フッ化ホウ素中メチルエステル化してガスクロマトグラフィー(アジレント・テクノロジー社、型式6890N)により分析した。使用したガスクロマトグラフィー用カラムはJ&W Scientific社、DB−WAX(型番122−7032)、キャリアガスはヘリウムを使用し、水素炎イオン化検出器で検出した。
【0061】
【表17】
【0062】
【表18】
【実施例11】
【0063】
オキアミ圧搾液熱凝固物の大量生産(2)
2008年6月中旬に南極海にて漁獲した全長45mm以上のナンキョクオキアミ10tを漁獲直後に採肉機(バーダー社製、型式BAADER605)にて圧搾し、圧搾液3tを得た。この圧搾液800kgをステンレスタンクに収納し、140℃の水蒸気を直接投入することにより加熱した。約60分の加熱において85℃達温を確認して加熱を停止した。タンク底部のバルブを開放し、目合い2mmメッシュを通過する液状成分を自然落下により除去し、固形分(熱凝固物)は同量の水をシャワリングすることにより洗浄した後、アルミ製のトレイに12kgずつ収納してコンタクトフリーザにより急速冷凍した。得られた熱凝固物の成分を表19、表20に示す。また同様の実験を8回行い、同年5〜8月の間に生産した合計8ロットの平均値と標準偏差を表19、表20に示す。尚、表中TGはトリグリセリド、FFAは遊離脂肪酸、PLはリン脂質をそれぞれ表す。
【0064】
【表19】
【0065】
【表20】
【実施例12】
【0066】
熱凝固物の洗浄・乾燥
実施例11で製造し、冷凍庫で3ヶ月保管した熱凝固物300kgをフローズンカッター(湘南産業社製、FZ型)にて粉砕し、ナイロン袋(20メッシュ)に収納した。これを75℃の温水900リットルに投入して60分間漬け込んだ(終温度36℃)。次いで遠心脱水機(タナベ製遠心分離機 O−30、60秒)で処理し、袋を75℃温水900リットル(新たに調製)に40分間漬け込んだ(終温度61℃)。このときの漬け込み液の塩分終濃度は屈折率計(ATAGO社製)にて0.12%と記録された。袋を再度遠心脱水機処理(1分)し、固形分(水分67%)を袋から取り出した。これにトコフェロールを300g添加してミキサーにてよく混和し、60℃の熱風にて撹拌しながら4時間乾燥した。その結果、最終品温54℃、水分2.9%の洗浄・乾燥物48.08kgを得た。得られた洗浄・乾燥物の成分を表21、表22に示す。また同様の実験を27回行い、同工程で製造した洗浄・乾燥物合計27ロットの分析値の平均値と標準偏差を表21、表22に示す。
【0067】
【表21】
【0068】
【表22】
【実施例13】
【0069】
熱凝固物の洗浄・乾燥
実施例11で製造し、冷凍庫で3ヶ月保管した熱凝固物1トンを3000リットルの水に投入し、これを撹拌しながら加熱して65℃に達温後10分保持した。24メッシュナイロンを用いて水切りし、固形分を3000リットルの水(20℃)に投入した。15分の撹拌後、24メッシュナイロンにて水切りし、さらに遠心脱水機(タナベ製遠心分離機 O−30、15秒)で処理して固形分564kg(水分73%)を得た。このものにトコフェロール1.54kgを添加し、ミキサーでよく混和し、熱風温度60℃にて3.2時間乾燥し、洗浄・乾燥物148.4kgを得た。得られた洗浄・乾燥物の成分を表23、表24に示す。
【0070】
【表23】
【0071】
【表24】
【実施例14】
【0072】
熱凝固物(未乾燥)の洗浄物からの脂質抽出
実施例10で製造し、冷凍庫で3ヶ月保管した熱凝固物1トンをフローズンカッターにて粉砕し、80〜90℃の熱水3000リットル中に投入した。これを温度を保持したまま30分間撹拌し、60メッシュにてろ過し、固形分aを得た。固形分aに対し、80〜90℃の熱水3000リットルを添加し、温度を保持したまま30分間撹拌し、さらに60メッシュにて排水して固形分bを得た。同じ操作を繰り返し、固形分cを得て、再度同じ操作にて固形分dを得た。固形分dに対して、92%エタノールを3000リットル添加して、15分間撹拌し、60メッシュにて排液することにより固形分eおよびエタノール置換液Fを得た。固形分eに92%エタノールを3000リットル添加して常圧で2時間還流させ脂質を抽出した。脂質抽出液Gは60メッシュにてろ過し、残渣Hを得た。残渣Hに対し、3000リットルの92%エタノールを添加して常圧で2時間還流させたのち60メッシュで処理し、脂質抽出液Iおよび残渣Jを得た。エタノール置換液F、脂質抽出液G、脂質抽出液Iを合一して減圧濃縮機でエタノールおよび水を溜去し、抽出脂質88kgを得た。得られた抽出脂質の成分を表25、表25に示す。なお、表25において水分はAOAC国際基準法(第18版)984.20により測定し、またリン脂質は抽出脂質300mgをヘキサン溶液としてシリカゲルクロマトグラフィに供し、吸着画分をクロロホルムにて回収し、溶出させ溶媒を減圧溜去させた後に重量にて計測した。また固形分a、bの一部を分取して92%エタノール添加以後の操作を行って比較用抽出液K、Lをそれぞれ得た。
【0073】
【表25】
【0074】
【表26】
【実施例15】
【0075】
熱凝固物の洗浄・乾燥物からの脂質抽出
実施例13にて製造した洗浄・乾燥物299.6kgに99%エタノール1200リットルを添加し、60℃に加温して2時間撹拌した。その後ナイロンの100メッシュを用い自然落下法により固液分離して抽出液Aおよび抽出粕aを得た。抽出粕aに99%エタノール800リットルを添加し、60℃に加温して2時間撹拌後ナイロン100メッシュを用いて固液分離し、抽出液Bおよび抽出粕bを得た。抽出粕bに99%エタノール700リットルを添加し、60℃に加温して2時間撹拌後ナイロン100メッシュを用いて固液分離し、抽出液Cおよび390kg(うち105℃、4時間の乾燥減量は61.8%)の抽出粕cを得た。抽出液A、抽出液B及び抽出液Cを合一すると2089kgとなった。これを液温60℃以下で減圧濃縮し、エタノールおよび水を溜去し、抽出脂質141.6kgを得た。得られた抽出脂質の成分を表27、表28に示す。
【0076】
【表27】
【0077】
【表28】
【実施例16】
【0078】
熱凝固物の洗浄・乾燥物からの脂質抽出
実施例12にて製造した熱凝固物の洗浄・乾燥物70kgに対し、95%エタノール210リットルを加え、50℃にて2時間撹拌した。これを60メッシュ自然落下法により固液分離して、抽出液Aおよび固形分aを得た。固形分aに対し95%エタノール210Lを加え、50℃にて2時間撹拌した。これを60メッシュ自然落下法により固液分離して、抽出液Bおよび固形分bを得た。固形分bに対し95%エタノール210Lを加え、50℃にて2時間撹拌した。これを60メッシュ自然落下法により固液分離して、抽出液Cおよび固形分c(抽出残渣:58.7kg)を得た。抽出液A、抽出液B及び抽出液Cを合一し、ろ紙にて微小な固形分を排除したものを減圧濃縮し、抽出脂質24.0kgを得た。この抽出脂質の成分を表29、表30に示す。
【0079】
【表29】
【0080】
【表30】
【実施例17】
【0081】
オキアミ圧搾液熱凝固物の脂質重量比較
2008年6〜7月に南極海にて漁獲し、冷凍したオキアミ(生冷)を室温で解凍した。このオキアミを30メッシュのナイロンシーブを用いて圧搾し、全重量に対して5〜53重量%の圧搾液を得るような圧搾率で圧搾した。得られた各圧搾液を85℃以上で5分間加熱し、熱凝固物を調製した。また圧搾率50%の圧搾液から得られた熱凝固物を4倍量の水で2回洗浄し、得られた洗浄物を60℃の熱風にて撹拌しながら4時間乾燥して、熱凝固物の洗浄・乾燥物を得た。各熱凝固物の分析値を表31に示す。表中の脂質、タンパク質、灰分は全体重量に対しての重量%を示し、熱凝固物の水分についてはこれらを全体100%から引いたものとして計算した。各脂質組成は全脂質に対しての各組成成分の重量%を示す。総脂質は全体固形分すなわち、脂質とタンパク質と灰分を足した重量に対しての脂質の重量%を示す。
【0082】
【表31】
【0083】
非特許文献5に記載の「Okean(乾燥ペースト)」では脂質含量23.0%〜28.4%であるのに対して、圧搾加熱凝集物の総脂質含量(乾燥物)は34.4%〜48.4%であることが分かり、圧搾加熱凝集物の脂質含量が非常に高いことが分かる。
また、水洗いにより水溶性のタンパク質と灰分が洗い流されるため、固形分あたりの脂質の重量%は水洗い前より増加していることが分かる。
【実施例18】
【0084】
オキアミ臭及び悪臭の元の分析
実施例10に示した加熱凝集物(乾燥)Fを原料にし、99.8%エタノール(9倍量)を用いることによりオキアミ油を抽出した。
この抽出油に15倍量の蒸留水を加えて加熱し、生じた水蒸気を捕集した後にPorapakQ(Waters社製、50〜80mesh)に吸着させ、エチルエーエーテルにより溶出させてオキアミ臭気サンプルとした。
更にこのオキアミ臭気サンプルを表32の条件に設定したGCを用いて匂い嗅ぎ法(スニッフィング)によりオキアミ臭気成分の画分を確認した。
【0085】
【表32】
【0086】
その結果、図1のようなクロマトグラムが得られ、匂い嗅ぎでは表33に示すように特にフラクション(Fr)3と4にオキアミ特有の臭気を感じた。
【0087】
【表33】
【実施例19】
【0088】
抽出した脂質の官能検査
実施例18で抽出したオキアミ油をサンプル1、オキアミ臭気サンプルをサンプル2、実施例14で抽出した脂質をサンプル3、実施例15で抽出した脂質をサンプル4、実施例16で抽出した脂質をサンプル5とし、それぞれ50mlずつバイアル瓶に入れ、臭いの評価を6人の被験者で官能検査を行った。結果を表34に示す。
【0089】
【表34】
【0090】
この結果からオキアミから脂質を抽出した際に出てくるオキアミ臭及び悪臭は、抽出油を過熱水蒸気で抽出した際に PorapakQ カラムで捕捉される成分であり、オキアミ臭及び悪臭のもとは熱凝固物を脂質抽出する前に水洗いすることにより除去できるものと考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明は、リン脂質を豊富に含む脂質を簡便且つ安価に製造する方法として有用である。又、該方法により抽出した脂質、甲殻類を由来とする有用な脂質を豊富に含む組成物は、医薬原料、食品素材、あるいは飼料原料等として有用である。
図1