【実施例1】
【0039】
図1を用い、本実施例における核酸分析デバイスを説明する。
【0040】
プローブに補足された蛍光色素と未反応基質の蛍光分子とを識別するためには、大きく分けて、プローブに補足された蛍光色素と、浮遊する未反応基質の蛍光色素に照射される光の強度を変えるか、あるいは、プローブに補足された蛍光色素だけ輻射過程を効率よく起こるようにする必要がある。本実施例は、後者の考え方に基づくものであり、「Physical Review Letters 2006,96,pp 113002-113005(非特許文献2)」に報告されているように、局在型表面プラズモンが、分子の光吸収による電子遷移と励起一重項から基底状態への輻射遷移の両方の確率を高めるという物理現象に基づくものである。局在型表面プラズモンの蛍光増強効果は、数倍から数十倍程度と見込むことができる。
【0041】
また、「Nano Letters. 2004,vol.4,957-961(非特許文献5)」では、三角柱状の金属体が近接すると、その間の空間に、強力な局在型表面プラズモンが発生することが示されている。三角柱間の距離が近いほど強力な局在型表面プラズモンを発生する。しかし、非特許文献5に開示されている金属体の構造では、局在型表面プラズモンが発生する空間に、測定のためのプローブを特異的に配置することは難しい。特に、プローブを所定の箇所に1分子のみ固定することは不可能に近い。
【0042】
本実施例の核酸分析デバイスでは、支持基体104上において三角柱に類した金属体105が向き合っており、その間の空間106が、局在型表面プラズモンによる蛍光増強場となっている。局在型表面プラズモンが発生する空間106と支持基体104の間には、三角柱を構成する金属とは異なる第二の金属107が配置され、この第二の金属107にプローブ101が固定されている。これにより、強力な局在型表面プラズモンが生成し、かつ、局在型表面プラズモン発生部位近傍の空間106にプローブ101を固定化しうる。そして、プローブ101に取り込まれた蛍光色素102だけが蛍光増強の恩恵を受け、浮遊する未反応基質の蛍光色素103とは数倍から数十倍以上の蛍光強度の差がもたらされる。また、半導体や配線基板の製造に用いられている薄膜プロセスを活用して製造できる構造であり、安価に製造できる。
【0043】
光がもたらす電場によって金属中により大きな反分極場(光による印加電場とは反対の位相を持つ電場)ができることが強力な局在型表面プラズモン形成につながるため、金属体105の材料は、より絶対値の大きな負の複素誘電率実部を持つ金属が好ましく、具体的にはルテニウム,ロジウム,イリジウム,パラジウムが好ましい。これらの金属は、波長500nm付近の光に対して効率よく局在型表面プラズモンを発生する。また、これらの金属は極めて小さなイオン化傾向を有し化学的に非常に安定であるため、反応液中での長時間使用が可能となる。または、金属体105として、ルテニウム,ロジウム,イリジウム,パラジウムを含む合金を用いることにより、特性を改良できる。例えば、ロジウム50%を含むイリジウム・ロジウム合金を用いることにより、金属体の酸化耐性を高められる。白金ロジウムも酸化に対する安定性を高めることができる。または、金属体105として、ルテニウム,ロジウム,イリジウム,パラジウムを含む複数種の金属薄膜を積層することもできる。
【0044】
第二の金属107としては、金属体105表面との化学的な性質の差を用いて、プローブ101を特異的に固定化できるものであれば特に制限はない。また、適した官能基を選択し、それを第二の金属に付与するか、あるいはプローブ101内の官能基と前記官能基またはこれを反応基点として、さらに修飾が施された官能基を反応させることにより所望のプローブ101を固定化しても良い。この様な金属体105と第二の金属107の組み合わせとしては、金属体105が、ルテニウム,ロジウム,イリジウム,パラジウム、また、これらの合金であれば、第二の金属107は、チタン,ニッケル,クロム,鉄,コバルト,カドミウム,アルミニウム,ガリウム,インジウム,ジルコニア,ニオブ,ハフニウム,タンタルから選ばれる少なくとも1種類以上の金属、また、これらの合金が挙げられる。または、ITOなどの導電性の酸化膜を用いても良い。第二の金属107表面上に形成した酸化膜上に、カルボン酸,ホスホン酸,リン酸エステル,有機シラン化合物を反応させることにより、プローブ101を固定するための所望な官能基を導入することができる。
【0045】
尚、空間106と支持基体104との間に絶縁体を設けてもよい。用いる絶縁体に特に制限はないが、微小領域の加工性の点より、蒸着,スパッタリング,CVD(Chemical Vapor Deposition),PVD(Physical Vapor Deposition)などで薄膜が形成可能な材料が望ましい。この様な材料としては、シリコン,チタン,ベリリウム,ジルコニウム,タングステン,ホウ素,ハフニウム,バナジウム,タンタル,アルミニウム,トリウム,モリブデン,鉄などの炭化物,窒化物,ホウ化物,ケイ化物、または酸化物などが挙げられる。
【0046】
第二の金属107や絶縁体上に導入される官能基についても特に制限はないが、プローブ101を固定するための反応基点として、アミノ基,チオール基,カルボキシル基,ヒドロキシル基,アルデヒド基,ケトン基などが挙げられる。さらに、プローブ101を固定するための反応効率を高める手法として、二価性の化合物を用いて、NHS−エステル基,イミドエステル基,スルフィジル基,エポキシ基,ヒドラジド基などの官能基を導入しても良い。また、増強場内への単分子固定化率を高めるために、アビジン,デンドロン,クラウンエーテルなどの嵩高い化合物を介して、プローブ101を固定しても良い。
【0047】
プローブ101も、測定対象の核酸108を補足できるものであれば特に制限はない。核酸108を直接補足できる様なプローブとしては、DNA,RNA,PNAなどの核酸、または、酵素などのタンパク質が挙げられる。また、染色体,核様体,細胞膜,細胞壁,ウイルス,抗原,抗体,レクチン,ハプテン,レセプター,ペプチド,スフィンゴ糖,スフィンゴ糖脂質,アプタマーなどを介して、核酸108を補足しても良い。
【0048】
表面プラズモンの発生に適する共鳴周波数は、金属体表面の自由電子群と光との相互作用によるものである為、金属体105の適切な大きさは、照射する光の波長によって異なる。励起光の波長を300〜850nmとすると、金属体の大きさは、幅・高さともに、10から1000nm程度が適しているが、この条件に縛られるものではない。
図2(A)の様な円柱が角柱で結ばれ、角柱の間に局在型表面プラズモンが発生する空間206があるもの、(B)の様に、円柱が並んで、最も小さい円柱内に空間206があるものなどが挙げられる。また、(C)の様に、金属体205,空間206、及び第二の金属207以外の領域を、支持基体204を構成する材料よりも屈折率が低い材料209で覆っても良い。屈折率が低い材料209で覆われた領域に、未反応の蛍光色素が入れないため、この蛍光色素由来のバックグランドを低減することができる。
【0049】
第二の金属上にプローブを固定した核酸分析デバイスの製造方法を、
図3を用いて説明する。
【0050】
(1)第二の金属膜の形成
平滑な支持基体304上に第二の金属307の薄膜を形成する。平滑な支持基体304には、ガラス基板,石英基板,サファイア基板,樹脂基板等が用いられる。金属体305を形成した面と反対側の裏面より励起光を照射する必要がある場合には、光透過性に優れた石英基板やサファイア基板を用いればよい。第二の金属307は、上記裏面より励起光を照射する場合には、その厚さは薄いほど好ましく、より好ましくは5〜100nmである。薄膜は、蒸着,スパッタリング,CVD,PVDなどを用いて作られる。
【0051】
(2)シリコン膜の形成、(3)シリコンのパターニング
第二の金属307上に、厚さが5nm以上のシリコン膜を形成する。薄膜形成方法は、蒸着,スパッタリング,CVD,PVDなどが好ましい。得られたシリコン膜に対して、フォトリソグラフィ,エッチングを施し、金属体305間の局在型表面プラズモンが生じる空間306を作成するためのパターニングを行う。パターンは、向き合った金属体305をアレイ状に配置するための所望のパターンに準じる。例えば、1μmピッチで向き合った金属体305を構成した場合、形成領域を1mm×1mmとすると、100万反応サイトを形成できる。フォトリソグラフィは、既存のi線(波長365nm),KrFエキシマレーザー(波長248nm),ArFエキシマレーザー(波長193nm),X線、又は電子線を光源とした方法を用いることができる。エッチングのパターニングの精度を高めるには、RIE(Reactive Ion Etching)を用いることが好ましい。
【0052】
(4)絶縁膜の形成、(5)絶縁膜のエッチング、(6)シリコンのエッチング
シリコン上にCVDを用いて、絶縁体311を形成する。絶縁膜の厚さは、金属体305間の距離を制御するものである。金属体305間の距離が短い程、局在型表面プラズモンによる蛍光増強効果を高めることができる。絶縁体311の好ましい厚さは50nm以下、より好ましくは15nm以下である。本実施例のように絶縁膜の膜厚により金属体305間の距離を制御する方法は、金属体305間の距離を15nm以下としても製造上のバラツキが小さく好ましい。この様な絶縁膜としては、半導体のゲート電極のサイドウォール(側壁酸化膜)製造プロセスで用いられる二酸化ケイ素や窒化ケイ素が好ましい。本実施例では、絶縁膜を用いるプロセスを示したが、(4)の薄膜形成から(6)のエッチングプロセスでの膜厚を制御できればよく、金属膜で実施しても良い。これらのプロセスで用いられるエッチングについては、微細加工が可能なRIEが望ましい。
【0053】
(7)金属膜の形成、(8)仕切り板の除去
金属膜の厚さは、金属体305の高さを制御するものである。局在型表面プラズモンを効果的に生じる厚さは、計測時に用いる励起波長により異なる。望ましい厚さは1000nm以下である。薄膜形成方法としては、蒸着,スパッタリング,CVD,PVDなどを用いることができる。一般的な合金薄膜の形成方法を用いることにより、金属膜の材料として合金を用いることもできる。例えば、合金をターゲットとしたスパッタリング等を用いることができる。また、複数の金属材料による薄膜形成方法を連続して行うことにより、複数種の金属薄膜を積層することもできる。仕切り板の除去は、一般的なウェット(またはドライ)エッチングを行う。具体的には、二酸化ケイ素,窒化ケイ素とともに、フッ酸または、フッ酸を含む溶液を用いる。
【0054】
(9)レジスト塗布、(10)パターニング
パターニングの大きさや形状は、局在型表面プラズモンの効果に大きく関わる。
図3に示した様な、三角形に類似した形状であれば、三角形の一辺が1000nm以下であることが好ましい。レジスト313としては、電子線用のネガ型ポジストを用いることができる。具体的には、TEBN−1(株式会社トクヤマ社製)が挙げられる。レジストをスピンナーで塗布した後、ホットプレートにより2〜5分程度プリベイクする。加速電圧50〜100KVの電子線で描画した後、乳酸エチル,イソプロパノール、又はエタノールで現像する。
【0055】
(11)エッチング、(12)レジスト除去
パターニングされたレジストをマスクとして、金属体305を形成する。パターン精度を高めるには、微細加工が可能なRIEが望ましい。レジスト除去には、広く一般的に用いられるオゾンアッシングのプロセスを用いることができる。
【0056】
(13)プローブ固定
プローブ101が核酸である場合、固定方法には種々の方法が考えられるが、例として、アミノシラン処理を用いる方法を記述する。第二の金属307の酸化膜にアミノシラン処理を行い、アミノ基を導入する。その後、ビオチン−スクシンイミド(Pierce社製NHS−Biotin)を反応させた後、ストレプトアビジンを結合させる。次に、予めビオチンを末端に修飾しておいたプローブを結合させることにより、近接した二つの金属体305の間にプローブを固定した反応サイトを完成することができる。プローブ101が核酸合成酵素の様なタンパク質であっても同様の方法で固定化することができる。具体的には、アミノ化された酸化膜上に二価性試薬であるN−(4−Maleimidobutyryloxy)succinimide(同仁化学研究所社製、GMBS)を反応させた後、核酸合成酵素を反応させることにより核酸合成酵素を固定することができる。そのほか、プローブ101が核酸かタンパク質かに関わらず、酸化膜上に導入したニトロセルロース,ポリアクリルアミドなどとの物理吸着を利用する方法,ヒスチジンとニッケルイオンやコバルトイオンとの特異的な親和を利用する方法、またはビオチンとアビジンの結合を利用する方法、その他のタンパク質やペプチド間の特異的な親和を利用する方法、などを用いることができる。
【0057】
次に、絶縁体上にプローブを固定した核酸分析デバイスの製造方法について、
図4を用いて、
図3との違いを中心に説明する。
【0058】
(1)絶縁膜の形成
支持基体404上に、蒸着,スパッタリング,CVD,PVDなどにより、絶縁膜414を形成した後、金属膜407を形成する。金属膜407は、絶縁膜414と金属体405との密着性を向上させるものである。絶縁膜414として、スピンコータで製膜可能な層間絶縁膜(日立化成工業社製、HSG)などを用いても良い。(2)シリコン膜の形成〜(8)仕切り板の除去のプロセスは
図3と同様である。
【0059】
(A)金属膜のエッチング
空間406界面に絶縁体414を露出させるために、金属膜407をエッチングする。エッチングはドライ(または、ウェット)エッチングのどちらでも良いが、加工精度を高めるためには、微細加工が可能なRIEが望ましい。(9)レジスト塗布〜(13)プローブ固定のプロセスは
図3と同様に行う。
【0060】
核酸分析デバイスの好ましい構成の一例について、
図5を参照しながら説明する。支持基体501の上に、ナノ構造体を含む反応サイトが格子状に配置されている反応領域502が複数搭載されている。反応サイトには、先に述べた、近接した二つの金属体の間にプローブを固定した構造体を用いる。配置の間隔は、解析しようとする核酸試料や、蛍光検出装置の仕様に基づいて定める。例えば、25mm×75mmのスライドガラスを支持基体501とし、1マイクロ・メートル間隔で格子状に反応サイトを配置した反応領域502を5mm×8mmとすると、1領域当たり4000万種類の核酸分子を解析でき、その領域を8個程度、支持基体501上に搭載することができる。したがって、例えば、RNAの発現解析に用いる場合には、一細胞当たり約40万分子のRNAが発現していることから、RNAの発現頻度解析をデジタルカウンティングのように十分正確に行うことができ、一枚の基板上で8解析程度行うことができる。
【0061】
前記のように、複数の反応領域502を支持基体501の上に設けたデバイス上での反応は、予め流路504を設けた反応チャンバー503を光透過性支持基体501の上にかぶせることにより達成できる。反応チャンバー503は、流路504の溝を予め掘ったPDMS(Polydimethylsiloxane)等の樹脂基体からなり、デバイス上に張り合わせて使用することになる。具体的に述べると、核酸試料,反応酵素,バッファー,ヌクレオチド基質等を保存・温度管理する温調ユニット505,反応液を送り出す分注ユニット506,液の流れを制御するバルブ507,廃液タンク508から構成される。必要に応じ、温調機を配置し、温度制御を行う。反応終了時には、洗浄液が反応チャンバー503の流路504を通じて供給され、廃液タンク508に収納される。流路,バルブ,分注ユニットの構成により、各反応領域502での反応を順次行うことも、同時に行うことも可能である。
【0062】
上に開示した核酸分析デバイスについて局在表面プラズモンの大きさをシミュレーションにより計算した。金属体105の物質をルテニウム(Ru),ロジウム(Rh),イリジウム(Ir),パラジウム(Pd)、および金の上にルテニウムを積層したもの(Ru/Au)とした。照射した光の強度と光近接場強度の比を
図6に示す。ここで、光近接場強度は支持基体104の空間106の中央部で測定した。計算は有限要素法(FEM)を用い、励起光111の波長は500nm、支持基体104の物質は石英(屈折率:n=1.45)、周辺の媒質109は水(屈折率:n=1.33)とした。検出に十分なSN比を得る為に必要な光近接場強度は45以上であり、前記の各物質とも大きな局在表面プラズモンを得られることが分かった。