(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
皮膜の剥離強度の評価については、上述のように数多くの評価試験が存在するものの、ほとんどは定性的な評価法であり、得られた評価パラメータの意味は必ずしも明確ではない。また、定量的な方法であっても、そのまま溶射皮膜の場合に適用させることはできない。また、皮膜の割れや剥離の多くは、皮膜表面が摺動されることによって生じる剪断力で起こるが、非特許文献1では引張力、即ち界面が引っ張られるように皮膜が剥離する際の評価であり、剪断力による皮膜の剥離の評価には対応できない。
【0006】
本発明は、上記事項に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、円環状の基材表面に皮膜が形成された試験体の皮膜が剪断剥離する際でも剥離強度を定量的に評価可能な皮膜の剥離強度評価方法及び評価装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第一の観点に係る皮膜の剥離強度評価方法は、
円環状基材の表面に皮膜が形成された試験体に圧縮荷重を負荷して前記皮膜を剥離させ、
前記皮膜が剥離した箇所及びこれに近接する前記皮膜が剥離していない箇所それぞれに対応する前記基材の中立軸の曲率半径の変化並びに負荷した荷重に基づいて界面破壊靭性値を求める、ことを特徴とする。
【0008】
また、以下の式で前記界面破壊靭性値を算出してもよい。
【数1】
(上記式中、Gcは界面破壊靭性値、E
e1は皮膜の弾性係数、E
e2は基材の弾性係数、P
dは皮膜が剥離した時点での荷重、r
xは荷重Pを負荷した際の荷重方向と直交する方向の基材外周の半径、ρ
AB,d及びρ
AB,d’は皮膜が未剥離の領域での荷重P
dによる変形前及び変形後の基材中立軸の曲率半径、ρ
C,d及びρ
C,d’は皮膜が既剥離の領域での荷重P
dによる変形前及び変形後の基材中立軸の曲率半径、η
0,dは荷重P
dを負荷した際の皮膜・基材界面から基材中立軸までの距離、B
1は皮膜の厚さ、B
2は基材の厚さ、βは皮膜の応力分布、ε
ys2は基材の弾塑性変形界面におけるひずみ
、bは基材及び皮膜の幅を表す。)
【0009】
また、撮影装置で前記試験体を撮影し、撮影した画像から前記曲率半径を求めてもよい。
【0010】
本発明の第二の観点に係る皮膜の剥離強度評価装置は、
円環状基材の表面に皮膜が形成された試験体が載置される載置台と、
前記試験体に圧縮荷重を負荷する荷重負荷装置と、
前記皮膜の剥離の様子を連続して撮影する撮影装置と、
前記皮膜が剥離した箇所及びこれに近接する前記皮膜が剥離していない箇所それぞれに対応する前記基材の中立軸の曲率半径の変化並びに負荷した荷重に基づいて界面破壊靭性値を求める演算装置と、を備える、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る皮膜の剥離強度評価方法では、円環状の基材表面に皮膜が形成された試験体に圧縮荷重を負荷して皮膜を剪断剥離させ、界面破壊靭性値を求めている。この界面破壊靭性値は物性値に基づくものであるため、定量的に皮膜の剥離強度を評価することが可能である。また、円環状の試験体を用いるので、基材外周面に容易に溶射皮膜を行うことができ、試験体の準備が容易であるという利点を有する。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図を参照しつつ、本実施の形態に係る皮膜剥離強度評価方法及び装置について説明する。
【0014】
図1に示すように、皮膜剥離強度評価装置1は、試験体10が載置される載置台20と、試験体10に荷重を負荷する荷重負荷装置30と、皮膜12の剥離を観察する撮影装置40と、演算装置50から構成される。
【0015】
試験体10は円環状の基材11の外周面に皮膜12が形成されたものである。皮膜12として、炭化タングステン等、種々の皮膜材料が施工されて形成されている。皮膜12は、HAVF(High Velosity Air Fuel)溶射やHVOF(High Velosity Oxygen Fuel)溶射等の高速フレーム溶射で施工され得る。
【0016】
載置台20は耐荷重が高く、変形し難い硬質の台が用いられる。また、載置台20の試験体10が載置される面は平らな表面を有する。
【0017】
荷重負荷装置30は電動ジャッキ等、試験体10に段階的に圧縮荷重を負荷可能な装置が用いられる。
【0018】
撮影装置40はCCDカメラ等、図中に矩形状の破線で示す試験体10の側面を撮影し得る装置が用いられる。
【0019】
演算装置50は、荷重負荷装置30が加える荷重情報及び撮影装置20で撮影された画像情報に基づいて、後述の演算を行い、界面破壊靭性値を算出する装置である。
【0020】
続いて、皮膜剥離強度評価装置1の動作について説明する。まず、
図1に示したように、載置台20上に試験体10をその外周面が接するように載置する。そして、
図2(A)、(B)に示すように、荷重負荷装置30を駆動させることで、試験体10に圧縮荷重を加える。そして、荷重負荷装置30が加えている荷重は経時的に演算装置50に送られる。
【0021】
また、撮影装置40は、
図2中に破線で示している範囲を経時的に撮影する。この範囲をモニタリングし撮影するのは、圧縮荷重を加えた際に試験体10の変形量が最も大きく、皮膜12が剥離しやすい箇所であることに基づく。
【0022】
荷重負荷装置30が加える圧縮荷重が大きくなると、剪断力によって皮膜12に亀裂が生じ基材11から皮膜12が剥離する。荷重負荷装置30が負荷している荷重の情報と撮影装置40が撮影する撮影画像のそれぞれの時間を同期しておくことで、皮膜12に亀裂が生じた荷重、皮膜12が剥離した際に加わっていた荷重、更に新たな剥離が生じていく際の荷重がわかる。また、これらの過程における撮影画像を公知の画像解析手段によってそれぞれの過程における基材11の中立軸の曲率半径が得られる。
【0023】
そして、これらの曲率半径及び負荷されていた荷重のそれぞれの情報を基に演算装置50が界面破壊靭性値を算出する。
【0024】
以下に界面破壊靭性値の算出について具体的に説明する。まず、
図3に示す、幅b、皮膜の厚さB
1、基材の厚さB
2の円環状の試験体1/4モデルについて考える。荷重Pが負荷されない初期の基材の中立軸の曲率半径をρ
0とする。
【0025】
この試験体のA点に荷重(1/4モデルの試験体であるため
図3ではP/2)が負荷されると、基材の中心部は弾性変形をするが、表面近傍は塑性変形し、皮膜は弾性変形する。このときのBB’上の中立軸における曲率半径をρとする。
【0026】
中立軸から皮膜方向への距離をηとすると、曲り梁のひずみ分布は厳密にはηからの距離に比例しないが、ρ
0に比べてB
1及びB
2は十分小さいので、ひずみはηに比例すると近似できる。
【0027】
中立軸から弾塑性変形の境界までの距離をy
1とする。皮膜の弾性係数をE
e1とし、基材は直線硬化材としてその弾性係数をE
e2、塑性係数をE
p2とする。
【0028】
まず、中立軸からの距離ηにおけるひずみεを考える。
図4(A)に示す荷重Pが負荷される前の状態で、中立軸上で線分の長さがΔSnとなる微小角Δθ
0で囲まれた微小要素を考えると、Δθ
0は下式で表される。
【数2】
【0029】
この微小要素において、中立軸からηほど離れた位置における曲線の長さをΔS
0とすると、ΔS
0は下式で表される。
【数3】
【0030】
荷重Pが負荷された後についても同様、
図4(B)に示すように、角Δθで囲まれた微小要素を考える。荷重Pの負荷によらず中立軸上の線分の長さΔSnは一定であるので、Δθは、
【数4】
となり、ΔSは、
【数5】
となる。
式(4)及び式(2)より、ひずみεは以下のようになる。
【数6】
【0031】
また、皮膜および基材の応力分布βは、以下の式で表される。
【数7】
【0032】
また、η=y
1におけるσはσ
ys2であるので、次式が得られる。
【数8】
【0033】
試験体断面に垂直な力のつりあい関係は、
【数9】
であり、式(7)に式(6)の各応力を代入すると、中立軸から基材・皮膜界面までの距離η
0が次式のように求まる。
【数10】
【0034】
続いて、
図5に示すように、試験体に圧縮荷重を加え、皮膜が剥離する場合を考える。
【0035】
試験体の水平方向(x軸方向)の中心線近傍で、皮膜が長さaだけすでに剥離しているものとする。皮膜が剥離している箇所の基材の曲率半径をρ
C、皮膜がまだ剥離していない領域の曲率半径をρ
ABとする。また、基材の中立軸から皮膜・基材界面までの距離をη
0とする。
【0036】
剥離亀裂先端の微小な皮膜領域Aと皮膜が剥離していない基材領域Bに着目し、圧縮荷重の負荷によってΔa=Δθ
AB(ρ
AB+η
0)≒Δθ
ABρ
ABの部分に新たな剥離が生じる過程での自由エネルギ変化を求める。
【0037】
まず、皮膜の剥離による表面エネルギの増加分ΔW
12は、
【数11】
である。
ここで、γ
12は,単位面積当たりの表面エネルギであるが、皮膜の表面エネルギと基材の表面エネルギは異なるので、γ
12は両者の平均である。
【0038】
次に、皮膜の剥離によって皮膜領域Aから解放される弾性ひずみエネルギΔU
Aは、領域Aの微小体積をdV
A=b・dη・Δθ
AB(ρ
AB+η)≒b・dη・Δθ
AB・ρ
ABとすると、
【数12】
が得られる。
【0039】
また、Δa=Δθ
AB(ρ
AB+η
0)の領域の皮膜が剥離すると、基材領域Bの曲率は増加して既に皮膜剥離が生じている領域Cの曲率半径ρ
Cと等しくなる。
【0040】
この過程での基材の弾塑性ひずみエネルギの増加分ΔU
Bは、領域BおよびCの応力をσ
Bおよびσ
C、領域Bの微小体積をdV
B=b・dη・Δθ
AB(ρ
AB+η)≒b・dη・Δθ
AB・ρ
AB、領域Bにおいて皮膜剥離前後の中立軸から弾塑性変形の境界までの距離をy
B1およびy
B2とすると、
【数13】
となる。
【0041】
y
B1及びy
B2は、それぞれε
ys2ρ
AB、ε
ys2ρ
Cであるので、これを上記式12に用いると、ΔU
Bは下式13で表される。
【数14】
【0042】
次に、剥離によって外力がなした仕事の増加分ΔLを求める。
図5中の領域Bにおける中立軸線の長さを(ρ
AB/η
0+ρ
AB)Δa≒Δaとし、皮膜Aの剥離前後において、中立軸上の点b及びb’の接線とy軸のなす角であるδθ
AB及びδθ
Cは、
図6から、
【数15】
となるので、両角度の差δθ
C−δθ
ABは以下のようになる。
【数16】
【0043】
剥離により生じる荷重点での荷重負荷方向の変位δは、荷重Pにおけるx方向の円環半径をr
xとすると、
【数17】
が得られる。したがって、
【数18】
が得られる。
【0044】
自由エネルギの変化ΔFは、
【数19】
であり、一定の荷重Pのもとで、安定な剥離長さΔaが存在するための条件は次式で与えられる。
【数20】
【0045】
式(10)、式(11)、式(13)、式(17)を式(18)に代入し、式(19)を用い、ρ
C/ρ
AB≒1と近似すると,2γ
12は以下のようになる。
【数21】
【0046】
皮膜が剥離した時点での荷重をP
d、皮膜が剥離した時点での領域AB及び領域Cの曲率半径をρ
AB,d及びρ
C,d、皮膜が剥離した時点での皮膜・基材界面と中立軸までの距離をη
0,dとすれば、界面破壊靭性値G
Cは、
【数22】
になる。以上のようにして、界面破壊靭性値が算出される。
【0047】
なお、基材が弾性変形している間に皮膜剥離が生じる場合、式(9)でβ=1とすればよく、Gcは
【数23】
となる。
【0048】
η
0,dは、式9中のβを1とすれば、
【数24】
となる。
【0049】
更にまた、皮膜と基材が同種の弾性材料である場合、E
e1=E
e2=E
p2=Eとして、Gcは、
【数25】
となる。
【0050】
なお、皮膜が剥離すると、曲げによる基材の塑性変形が進行するが、基材の除荷は生じないから、直線硬化材を弾性係数の異なる2つの弾性領域を持つ弾性体として取り扱うことができる。
【0051】
また、次に、ρ
ABとρ
Cの関係を考える。領域Aの皮膜剥離前後で、領域ABに作用するモーメントは一定であるとすると、
【数26】
であり、これを計算すると、以下のようになる。
【数27】
【0052】
y
B1=ε
ys2ρ
ABおよびy
B2=ε
ys2ρ
Cを代入すると、
【数28】
が得られる。上式より、ρ
ABとρ
Cの関係を数値解析的に求めることができる。
【0053】
したがって、円環状の試験体の圧縮により皮膜が剪断剥離するときの界面破壊靭性値は、用いられている皮膜の弾性係数E
e1、基材の弾性係数E
e2及び塑性係数E
p2を実験又は解析で求め、剥離時の曲率半径ρ
ABよりρ
Cを式(27)を用いて求め、これらを式(22)に代入して求めればよい。
【実施例】
【0054】
各種円環状の基材の外周面に皮膜を形成した試験体について界面破壊靭性値を求めた。
【0055】
JIS規格であるSCM435、SS400、S45C、SCM415(浸炭処理材)の4種の素材の基材を用いた。基材の長さは100mm、厚さは4.8mmである。基材の外径は25mm、50mm、100mm、150mmの4種を用いた。ただし、SCM415は外径50mmのみである。
【0056】
それぞれの基材表面を粒子アルミナ♯24のグリッドを用いて、表面粗さRaを3.2±0.2μmになるまでブラスト処理を行った。ブラスト処理後、基材表面にWC−12mass%Co皮膜をHAVF溶射にて形成し、それぞれの試験体を得た。用いた粉末の組成を表1に示す。また、HAVF溶射の条件を表2に示す。
【0057】
【表1】
【0058】
【表2】
【0059】
各試験体について、
図1に示したように圧縮荷重を加えた。荷重負荷装置として万能引張圧縮試験機(AG−50kNI:島津製作所製)を用いた。また、撮影装置としてCCDカメラを用い、試験体側面を撮影した。
【0060】
本実施例における靭性評価に使う値をまとめたものを表3〜6に示す。表3が皮膜の弾性係数、表4が皮膜剥離時の荷重、表5が荷重負荷前の基材の中立軸の曲率半径、表6が荷重負荷時における基材の水平方向の半径である。また、E
e2=210GPa、E
P2は別途実験で求めた値(S45C=4.02GPa,SS400=3.92GPa,SCM435=4.08GPa,SCM415=11.8GPa)を使用した。
【0061】
【表3】
【0062】
【表4】
【0063】
【表5】
【0064】
【表6】
【0065】
これらの値を用い、式(27)にてρ
ABとρ
Cの関係を数値解析的に求めた。そして、式(22)にて界面破壊靭性値を算出した。その結果を表7に示す。
【0066】
【表7】
【0067】
また、
図7は基材の外径と界面破壊靭性値との関係を示す。
図7を見ると、外径50mmよりも大きい100mm及び150mmの基材の場合では、外径が大きくなるとともにやや界面破壊靭性値が高くなる傾向が見られた。一方、外径50mm以下の基材では高い界面破壊靭性値を示しているが、皮膜が剥離するときには、基材が既に破壊しており、その衝撃で皮膜が剥離したものと考えられる。したがって、基材の外径が50mm以下では、曲率半径が過小になることにより、基材の圧縮変形による皮膜の剥離強度を評価することは困難である。
【0068】
図8は基材のビッカース硬度と外径100mm及び150mmの基材での界面破壊靭性値との関係を表したものである。
図8を見ると、界面破壊靭性値は、ビッカース硬度の増加とともに低下している。ビッカース硬度の増加による界面破壊靭性値の低下の理由は、ピーニング効果によるアンカーの減少と考えられる。すなわち、軟らかい基材ほど皮膜素材である粒子が付着しやすいので、界面破壊靭性値が高くなっている。また、このようにして得られる界面破壊靭性値は、負荷した荷重や曲率半径等、物性値に基づく値であるため、定量性を有する。