【実施例】
【0034】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【0035】
(1)シナアブラギリの胚乳組織の選定
シナアブラギリは4〜5月に開花し受粉と受精を経て結実する。その際、前胚乳組織は分裂と増殖を繰り返し、その後油脂合成を開始して10月頃には高レベルの油脂を蓄積する。培養細胞調製のためには分裂及び増殖能力を維持した肥大前の胚乳を単離する必要があるが、自生するシナアブラギリ胚乳発生時期の詳細は明らかではない。そこで、開花後のシナアブラギリ果実を収集し、培養細胞開発に適した発育時期及び種子の大きさを決定した。実験材料としては、静岡県島田市に自生するシナアブラギリを用いた。
【0036】
(1−1)シナアブラギリの胚乳肥大時期
(実施例1)
未成熟種子を結実後1〜4ヶ月と推定される未成熟果実から採種した。未成熟果実は3〜4個の子房で構成され1室あたり1つの胚珠(未成熟種子)を含んでいた。その未成熟種子は70体積%エタノールに10分間浸漬し、種子表面を滅菌した後に殻を取り除いて、長径と短径とをスケールで計測した。その結果を
図2に白丸で示す。その結果、結実4ヶ月までは両軸方向へ種子生長が直線的に進行することが明らかとなった(R2 =0.9137)。また、得られた短径/長径比のヒストグラムを
図3に白抜きで示す。
【0037】
(比較例1)
成熟種子を自然落下していた乾果から採種した。その殻を取り除いた後に、長径と短径とをスケールで計測した。その結果を
図2に黒丸で示す。その結果、成熟種子では長径16.9〜23.0mm、短径13.5〜20.4mmであり、結実4ヶ月を超えると短径方向へ生長することが判明した。また、得られた短径/長径比のヒストグラムを
図3に黒抜きで示す。
【0038】
図3に示すように、短径/長径比のヒストグラムから成熟時には未成熟時に比較して短径が有意に肥大することが確認された。
【0039】
以上、
図2及び
図3に示す結果は、シナアブラギリの種子の長径方向への生長は結実3〜4ヶ月頃に完了し、その後は短径方向への生長に特化することを示している。従って、この時期に種子における細胞分裂及び増殖期から物質貯蔵期への転換が起こることが推察される。
【0040】
(1−2)胚乳発達過程
胚乳肥大時期と発達方向の詳細を明らかにするため、短径サイズを元に採種した未成熟種子の発達過程を4ステージに分類して実体顕微鏡観察を行った。短径1〜4mmの種子をステージI(推定:結実1ヶ月以内)、4〜8mmの種子をステージII(推定:結実2ヶ月以内)、8〜12mmの種子をステージIII(推定:結実3ヶ月以内)、12mm以上の種子をステージIV(推定:結実4ヶ月以内)として分類した(表1)。
【0041】
【表1】
【0042】
(実施例2)
ステージIの未成熟種子を用いて観察を行った。その結果、シナアブラギリ胚珠では基部に長径0.5〜1mmの受精胚が観察され、透明な扁平構造の胚乳に内包されていた(
図4(A),(B))。この時期の胚では既に幼根、胚軸、子葉の分化が認められ、内部の維管束構造も観察された(
図4(C))。
【0043】
(実施例3)
ステージIIの未成熟種子を用いて最長短径部から横断切片を作製し観察を行った。その結果、発達した珠心が認められる一方で、子葉周りに約1mmの胚乳層が観察された(
図5)。
【0044】
(実施例4)
ステージIIIの未成熟種子を用いて果皮および珠心を除去し胚乳の観察を行った。さらに、胚乳の基部から厚さ1.5〜2.0mmの連続切片を形成し順に並べ比較した。その結果、この時期には基部付近でのみ胚乳肥大が認められる胚珠が存在した(
図6(A)(B))。また、連続切片では、基部の胚乳肥大部では全体が、端部では表層が成熟胚乳と同様に乳白色へと変化していた(
図6(C)(D))。この結果は、シナアブラギリ種子では珠心に近傍する胚乳表層から順次成熟し、基部から端部へと成熟が進行することを示している。
【0045】
(比較例2)
ステージIVの未成熟種子を用いて観察を行った。その結果、既に胚乳肥大がほぼ完了し、珠心の挫滅が観察された(
図7)。
【0046】
上記の結果から、短径に基づいて分類することでシナアブラギリの胚乳発達時期を推定することが可能とあることが判明した。また、ステージI〜IVの胚乳発達の過程を模式図として
図8に示す。同図に示すように、肥大前の胚乳はステージIII以前、すなわち短径12mm以下の種子に存在する。基部から順に肥大することから、端部付近の胚乳を収集することで発達前の胚乳を効率よく収集できると考えられた。その一方で、ステージIのように小さい種子であると胚乳が微小のため収集作業の作業性が悪く、また収集できる細胞数も少ない。
【0047】
したがって、未分化胚乳細胞を効率よく収集するために、以下ではステージIIIの短径8〜12mmのシナアブラギリ未成熟種子を用いることとした。
【0048】
(2)カルス誘導条件の検討
シナアブラギリ植物片からのカルス誘導(細胞の脱分化)に際する各種条件を検討した。使用した植物片は、ステージIIIの果皮を除去した胚珠端部(子葉を含まない)をアンチホルミン(有効塩素濃度1重量%)に5分間浸漬した後、蒸留水で3回洗浄したものとした。この植物片は、珠皮、珠心、胚乳から構成される。
【0049】
基本培地は、3重量%スクロースを含むpH5.8のMurashige Skoog(MS)培地(WAKO)とし、支持材は寒天0.8重量%とした。添加する植物ホルモンは、合成サイトカイニン(ベンジルアデニン:BA)を0〜20μmol/L、合成オーキシン(2,4−ジクロロフェノキシ酢酸:2,4−D)または天然オーキシン(3−インドール酢酸:IAA)を0〜20μmol/Lの濃度で用いた。
【0050】
上述した植物片を子葉に対して垂直方向にスライスし、厚さ1.5〜2.0mmの切片とし、様々な条件の植物ホルモンを含む上述した培地に置床した。
【0051】
(2−1)サイトカイニンおよびオーキシン濃度の影響
カルス誘導に際して、2種の植物ホルモン(オーキシン、サイトカイニン)の濃度条件を検討した。培養は23℃、16時間日長の培養室で行い、1ヶ月培養後にカルス形成の有無を実体顕微鏡下で判定した。
【0052】
(比較例3〜5)
2,4−Dを単独で添加した場合は、いずれの濃度(5,10,20μmol/L)でも置床した植物片からはカルス形成は認められなかった(表2)。
【0053】
【表2】
【0054】
(比較例6〜8)
IAAを単独で添加した場合は、2,4−Dと同様にいずれの濃度(5,10,20μmol/L)でもカルス形成は全く観察されなかった(表3、
図1)
【0055】
【表3】
【0056】
(比較例9〜14)
BAを単独で添加した場合は、カルス形成は11.1〜22.2%と低頻度で観察された(表2,3、
図1)。
【0057】
(実施例5〜13)
BA及び2,4−Dの両方を添加した場合は、全ての実験区でカルス形成が認められた(表2)。BA:10μmol/L、2,4−D:10μmol/L添加培地(実施例9)で、カルス形成率が最高の77.8%となった。これはBA:10μmol/Lのみを添加した比較例10のカルス形成率11.1%と2,4−D:10μmol/Lのみを添加した比較例4のカルス形成率0%とを合計した値より飛躍的に大きくなった。
【0058】
また、例えば、BA:5μmol/L、2,4−D:5μmol/Lを添加した実施例5ではカルス形成率は33.3%であるが、この場合もBA:5μmol/Lのみを添加した比較例9のカルス形成率11.1%と2,4−D:5μmol/Lのみを添加した比較例3のカルス形成率0%とを合計した値より飛躍的に大きくなった。
【0059】
(実施例14〜22)
BA及びIAAの両方を添加した場合は、全ての実験区でカルス形成が認められた(表3、
図1)。また、
図1に示すように、カルスにおいて、胚乳からの増殖細胞(図中、明色*)及び珠皮からの増殖細胞(図中、暗色*)が観察された。一方、珠心からの細胞増殖は観察されなかった。そして、BA:10μmol/L、IAA:10μmol/L添加培地(実施例18)で、カルス形成率が最高の100%となった。これはBA:10μmol/Lのみを添加した比較例13のカルス形成率11.1%とIAA:10μmol/Lのみを添加した比較例7のカルス形成率0%とを合計した値より飛躍的に大きくなった。
【0060】
また、例えば、BA:5μmol/L、IAA:5μmol/Lを添加した実施例14ではカルス形成率は44.4%であるが、この場合もBA:5μmol/Lのみを添加した比較例12のカルス形成率11.1%とIAA:5μmol/Lのみを添加した比較例6のカルス形成率0%とを合計した値より飛躍的に大きくなった。
【0061】
実施例18では、1ヶ月培養後に、増殖した細胞を同条件の新たな培地に移植し、以後2週間毎に継代を繰り返した(
図9)。その結果、移植後も安定して増殖が進行し、最初の14日で新鮮重は約15倍程度に増加した。増殖能は少なくとも5回継代後(70日後)も維持されており、1年以上安定して継代培養可能と推測された。
【0062】
(2−2)培養温度の影響
継代カルスにおける好適な培養温度の検討を行った。
【0063】
(実施例23〜25)
カルス塊を継代した後に、温度16〜27℃で2週間培養した(表4)。その結果、増殖が認められた。特に、温度23℃(実施例24)で、カルス形成率が最高の100%となった。
【0064】
【表4】
【0065】
(比較例15,16)
カルス塊を継代した後に、温度4、33℃で2週間培養した(表4)。その結果、増殖は認められなかった(表4)。
【0066】
したがって、上述した実施例の結果より、シナアブラギリ胚乳由来カルスの誘導および寒天培地上での継代培養条件の植物ホルモン濃度は、サイトカイニン:5〜20μmol/L、オーキシン:5〜20μmol/Lが好ましく、またサイトカイニン:10〜20μmol/L、オーキシン:10〜20μmol/Lがより好ましく、サイトカイニン:10μmol/L、オーキシン:10μmol/Lが最も好ましいことが判明した。また、サイトカイニンとしてはBA、オーキシンとしてはIAAが好ましいことが判明した。さらに、培養温度については、16〜27℃が好ましく、23℃が最も好ましいことが判明した。
【0067】
また、本実施例はアブラギリ属シナアブラギリについて行っているが、同様の性状を有するアブラギリ属植物及びナンヨウアブラギリ属植物についても同様の結果を得られると推測される。