特許第5710634号(P5710634)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5710634ヒト由来の多能性幹細胞を分化させる方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5710634
(24)【登録日】2015年3月13日
(45)【発行日】2015年4月30日
(54)【発明の名称】ヒト由来の多能性幹細胞を分化させる方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20150409BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20150409BHJP
   C12N 5/0775 20100101ALI20150409BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20150409BHJP
【FI】
   C12N5/00 102
   C12N5/00 202C
   C12N5/00 202H
   !C12N15/00 AZNA
【請求項の数】7
【全頁数】39
(21)【出願番号】特願2012-536593(P2012-536593)
(86)(22)【出願日】2011年9月30日
(86)【国際出願番号】JP2011072609
(87)【国際公開番号】WO2012043814
(87)【国際公開日】20120405
【審査請求日】2013年3月29日
(31)【優先権主張番号】特願2010-222583(P2010-222583)
(32)【優先日】2010年9月30日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、文部科学省、科学技術試験研究委託事業「ヒトiPS細胞等を用いた次世代遺伝子・細胞治療法の開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100117787
【弁理士】
【氏名又は名称】勝沼 宏仁
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100107342
【弁理士】
【氏名又は名称】横田 修孝
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 裕
(72)【発明者】
【氏名】辻 浩一郎
(72)【発明者】
【氏名】海老原 康 博
【審査官】 名和 大輔
(56)【参考文献】
【文献】 特表2010−500047(JP,A)
【文献】 Yonsei Med.J.,2005,46(5),p.693-9
【文献】 PLoS One,2009,4(12),p.e8067
【文献】 Exp.Hematol.,2004,32(10),p.1000-9
【文献】 Haematologica,2009,94(12),p.1649-60
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00−5/28
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Thomson Innovation
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト由来の多能性幹細胞を分化させる方法であって、前記ヒト由来の多能性幹細胞を、ヒト由来の多能性幹細胞から樹立した間葉系幹細胞との共培養下で分化誘導する方法。
【請求項2】
前記多能性幹細胞が、ES細胞及びiPS細胞からなる群から選択される少なくとも一の細胞である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記間葉系幹細胞が、ヒト由来の血小板溶解液の存在下でヒト由来の多能性幹細胞から樹立した細胞である請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記間葉系幹細胞と前記ヒト由来の多能性幹細胞とが同一人に由来する請求項1〜3のうちのいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記分化誘導が、血液細胞への分化誘導である請求項1〜4のうちのいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
ヒト由来の多能性幹細胞から間葉系幹細胞を製造する方法であって、ヒト由来の血小板溶解液の存在下でヒト由来の多能性幹細胞から間葉系幹細胞を樹立する工程を含んでなる、方法
【請求項7】
ヒト由来の多能性幹細胞から細胞を製造する方法であって、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法によって前記ヒト由来の多能性幹細胞を分化誘導する工程を含んでなる、方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト由来の多能性幹細胞を分化させる方法に関し、より詳しくは、前記ヒト由来の多能性幹細胞を、ヒト由来の多能性幹細胞から樹立した間葉系幹細胞との共培養下で分化誘導する方法に関する。また、この方法に用いられるヒト由来の多能性幹細胞から樹立した間葉系幹細胞、並びにこの方法によって得られるヒト由来の多能性幹細胞から分化した細胞に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒト胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)等の多能性幹細胞は種々の機能細胞に分化できる多能性を有しているため、再生医療への応用が期待されている。しかし、現在のところ、ヒト多能性幹細胞から機能細胞への分化誘導には、動物血清や動物由来のフィーダー細胞を必要としている。そのため、実際にヒト多能性幹細胞から分化誘導された機能細胞をヒトに投与する際には、外来性抗原となる動物細胞(異種細胞)の混入による未知の微生物やウィルス、プリオンによる感染等の危険性があり、これを回避する方法が必要とされている。
【0003】
一方、ヒト多能性幹細胞から特定の細胞への分化、例えば、血液細胞への分化誘導に関しては、ヒト多能性幹細胞から胚樣体を介する分化誘導法があり、胚様体内に赤血球等の血液細胞が見出されたとする報告もある。しかしながら、これらの赤血球の大部分はβグロビンを発現しない一次造血を起源とする胚型赤血球で、βグロビンを発現する成人型の二次造血に由来する赤血球はほとんど認められず、成人型の二次造血への分化誘導の効率が極めて悪い(非特許文献1〜2)。
【0004】
また、ヒト多能性幹細胞から成人型の血液細胞を分化誘導するためには、ヒト多能性幹細胞をフィーダー細胞と共培養する方法が報告されている。しかしながら、従来のヒト由来フィーダー細胞との共培養系ではヒト多能性幹細胞から血液細胞への分化誘導は困難であったことから、マウス由来のフィーダー細胞と共培養する方法が利用されており(非特許文献3〜5)、そうした方法で分化誘導された細胞は、前述のような危険性があるため、ヒトに投与することはできなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Chang KHら、Blood、2006年、108巻、1515〜1523ページ
【非特許文献2】Kennedy Mら、Blood、2007年、109巻、2679〜2687ページ
【非特許文献3】Ma Fら、Proc Natl Acad Sci USA.、2008年、105巻、13087〜13092ページ
【非特許文献4】Ma Fら、International Journal of Hematology、2007年、85巻、371〜379ページ
【非特許文献5】Choi KDら、Stem Cells、2009年、27巻、559〜567ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、異種細胞を用いずにヒト由来の多能性幹細胞を分化させる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、ヒト由来の多能性幹細胞を共培養するためのフィーダー細胞として、ヒト由来の多能性幹細胞から樹立した間葉系幹細胞(mesenchymal stromal cell、MSC)を用いた場合には、ヒト由来の多能性幹細胞を分化させることができることを見出した。このことは、従来、ヒト由来の多能性幹細胞とヒト由来フィーダー細胞との共培養系ではヒト多能性幹細胞を分化させることが困難であったことに鑑みれば、驚くべき知見である。
【0008】
また、本発明者らは、ヒト由来の多能性幹細胞からの間葉系幹細胞の樹立においても、異種動物由来の血清やフィーダー細胞を用いることなく、ヒト由来の血小板溶解液を用いることによって行うことができることを見出した。さらに、前記間葉系幹細胞と多能性幹細胞とが同一人に由来するものであっても、該多能性幹細胞を分化誘導させることができることを見出した。
【0009】
このように本発明者らは、異種細胞の使用を一切排除して、ヒト由来の多能性幹細胞を分化誘導する系を確立することに世界で初めて成功し、本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明は、より詳しくは、以下の発明を提供するものである。
(1)ヒト由来の多能性幹細胞を分化させる方法であって、前記ヒト由来の多能性幹細胞を、ヒト由来の多能性幹細胞から樹立した間葉系幹細胞との共培養下で分化誘導する方法。
(2)前記多能性幹細胞が、ES細胞及びiPS細胞からなる群から選択される少なくとも一の細胞である(1)に記載の方法。
(3)前記間葉系幹細胞が、ヒト由来の血小板溶解液の存在下でヒト由来の多能性幹細胞から樹立した細胞である(1)又は(2)に記載の方法。
(4)前記間葉系幹細胞と前記ヒト由来の多能性幹細胞とが同一人に由来する(1)〜(3)のうちのいずれかに記載の方法。
(5)前記分化誘導が、血液細胞への分化誘導である(1)〜(4)のうちのいずれかに記載の方法。
(6)(1)〜(5)のうちのいずれかに記載の方法に用いられる、ヒト由来の多能性幹細胞から樹立した間葉系幹細胞。
(7)(1)〜(6)のうちのいずれかに記載の方法によって得られる、ヒト由来の多能性幹細胞から分化した細胞。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、異種細胞を用いることなく、ヒト多能性幹細胞から分化誘導された種々の細胞を産生することが可能となる。従って、本発明により、ヒトに投与する場合でも高い安全性を有する形態で、ヒト多能性幹細胞から分化誘導された種々の細胞を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】ヒト由来のES細胞(H1ヒトES細胞)から、PL(血小板溶解液)存在下にて分化誘導した均一な紡錘形の細胞(間葉系幹細胞)を示す顕微鏡写真である。
図2】ヒト由来のES細胞(khES−1ES細胞)から、PL(血小板溶解液)存在下にて分化誘導した均一な紡錘形の細胞(間葉系幹細胞)を示す顕微鏡写真である。
図3】ヒト由来のiPS細胞(253G1ヒトiPS細胞)から、PL(血小板溶解液)存在下にて分化誘導した均一な紡錘形の細胞(間葉系幹細胞)を示す顕微鏡写真である。
図4】H1ヒトES細胞からPL存在下にて分化誘導して得られた細胞を、マーカータンパク質の発現を指標として、FACS法により解析した結果を示すヒストグラム図である。
図5】H1ヒトES細胞からPL存在下にて分化誘導して得られた細胞を、更に骨芽細胞に分化誘導し、ALP染色を施して観察した結果を示す顕微鏡写真である。
図6】H1ヒトES細胞からPL存在下にて分化誘導して得られた細胞を、更に脂肪細胞に分化誘導し、オイルレッドO染色を施して観察した結果を示す顕微鏡写真である。
図7】H1ヒトES細胞(hESC)からPL存在下にて分化誘導して得られた細胞(hESC由来MSC)を、RT−PCRにより解析した結果を示す電気泳動の写真ある。
図8】H1ヒトES細胞由来間葉系幹細胞と共培養されたH1ヒトES細胞の未分化コロニーの形成を示す顕微鏡写真である。
図9】H1ヒトES細胞由来間葉系幹細胞と共培養された253G1ヒトiPS細胞の未分化コロニーの形成を示す顕微鏡写真である。
図10】253G1ヒトiPS細胞由来間葉系幹細胞と共培養された253G1ヒトiPS細胞の未分化コロニーの形成を示す顕微鏡写真である。
図11】H1ヒトES細胞由来間葉系幹細胞と共培養されたH1ヒトES細胞の未分化コロニーにおけるOct−4の発現を示す蛍光顕微鏡写真である。
図12】H1ヒトES細胞由来間葉系幹細胞と共培養されたH1ヒトES細胞の未分化コロニーにおけるTRA−1−60の発現を示す蛍光顕微鏡写真である。
図13】H1ヒトES細胞由来間葉系幹細胞と共培養されたH1ヒトES細胞の未分化コロニーにおけるNanogの発現を示す蛍光顕微鏡写真である。
図14】H1ヒトES細胞由来間葉系幹細胞と共培養されたH1ヒトES細胞の未分化コロニーにおけるSox−2の発現を示す蛍光顕微鏡写真である。
図15】H1ヒトES細胞由来間葉系幹細胞とH1ヒトES細胞とを10日間共培養した後に認められたH1ヒトES細胞由来コロニーを示す顕微鏡写真である。
図16】培養液を血液細胞への分化誘導のための培養液に変更してから14日目にH1ヒトES細胞コロニー内に認められた敷石状細胞群を示す顕微鏡写真である。
図17】血液細胞への分化誘導のための培養液に変更してから18日目にH1ヒトES細胞コロニー内に確認された円形小型細胞の増殖を示す顕微鏡写真である。なお、図17中、右は左内の四角で囲まれた部分を拡大して観察した結果を示す顕微鏡写真である。
図18】円形小型細胞を血液コロニ―培養することにより形成された、赤血球系コロニーを示す顕微鏡写真である。
図19】円形小型細胞を血液コロニ―培養することにより形成された、骨髄球系コロニーを示す顕微鏡写真である。
図20】円形小型細胞を血液コロニ―培養することにより形成された、混合コロニーを示す顕微鏡写真である。
図21】円形小型細胞を血液コロニ―培養することにより形成された赤血球系コロニーから作製されたサイトスピン標本をMay−Grunwald−Giemsa染色した結果を示す顕微鏡写真である。
図22】円形小型細胞を血液コロニ―培養することにより形成された骨髄球系コロニーから作製されたサイトスピン標本をMay−Grunwald−Giemsa染色した結果を示す顕微鏡写真である。
図23】円形小型細胞を血液コロニ―培養することにより形成された混合コロニーから作製されたサイトスピン標本をMay−Grunwald−Giemsa染色した結果を示す顕微鏡写真である。
図24】H1ヒトES細胞由来間葉系幹細胞との共培養によりH1ヒトES細胞を分化誘導した後、Methocult H4435を用いて形成された赤血球系コロニーからサイトスピン標本を作製し、Hb(上段)とβグロビン(中段)の発現を免疫染色により解析した結果を示す顕微鏡写真である。なお、最下段は、上段の写真と中段の写真とを重ね合わせた顕微鏡写真である。
図25】H1ヒトES細胞由来間葉系幹細胞との共培養によりH1ヒトES細胞を分化誘導した後、Methocult H4435を用いて形成された赤血球系コロニーからサイトスピン標本を作製し、GlycophorinA(GPA)の発現を免疫染色により解析した結果を示す顕微鏡写真である。なお、図中矢印が指し示しているのはGPAを発現している赤血球系細胞である。
図26】253G1ヒトiPS細胞由来間葉系幹細胞と253G1ヒトiPS細胞とを共培養し、培養液を血液細胞への分化誘導のための培養液に変更して、253G1ヒトiPS細胞由来のコロニー内に認められた敷石状細胞群を示す顕微鏡写真である。
図27】253G1ヒトiPS細胞由来のコロニー内に認められた敷石状細胞群から細胞を回収し、Methocult H4435を用いて形成された血液コロニーを示す顕微鏡写真である。
図28】253G1ヒトiPS細胞由来のコロニー内に認められた敷石状細胞群から細胞を回収し、Methocult H4435を用いて形成された骨髄球系コロニーから作製されたサイトスピン標本をMay−Grunwald−Giemsa染色した結果を示す顕微鏡写真である。
図29】253G1ヒトiPS細胞由来間葉系幹細胞とH1ヒトES細胞とを共培養し、培養液を血液細胞への分化誘導のための培養液に変更して得られたH1ヒトES細胞由来の敷石状細胞から、Methocult H4435を用いて形成された赤血球系コロニーを示す顕微鏡写真である。
図30】253G1ヒトiPS細胞由来間葉系幹細胞とH1ヒトES細胞とを共培養し、培養液を血液細胞への分化誘導のための培養液に変更して得られたH1ヒトES細胞由来の敷石状細胞から、Methocult H4435を用いて形成された混合コロニーを示す顕微鏡写真である。
図31】253G1ヒトiPS細胞由来間葉系幹細胞とH1ヒトES細胞とを共培養し、培養液を血液細胞への分化誘導のための培養液に変更して得られたH1ヒトES細胞由来の敷石状細胞から、Methocult H4435を用いて形成された骨髄球系コロニーを示す顕微鏡写真である。
図32】健常成人由来の皮膚繊維芽細胞から樹立したヒトiPS細胞(SPH−0103)とマウス胎仔繊維芽細胞(MEF)との共培養状態を示す顕微鏡写真である。
図33】自家血清を含む培地にて培養することにより分化誘導された、ヒトiPS細胞(SPH−0103)由来の間葉系幹細胞を示す顕微鏡写真である。
図34】ヒトiPS細胞(SPH−0103)から分化誘導された間葉系幹細胞上で維持された未分化なヒトiPS細胞(SPH−0103)コロニーを示す顕微鏡写真である。
図35】ヒトiPS細胞(SPH−0103)由来の間葉系幹細胞と共培養されたヒトiPS細胞(SPH−0103)の未分化コロニーにおけるOct−4(Oct−3/4)、Sox−2、Nanog及びSSEA−4の発現を示す蛍光顕微鏡写真である。
図36】ヒトiPS細胞(SPH−0103)由来の間葉系幹細胞とヒトiPS細胞(SPH−0103)とを共培養し、培養液を血液細胞への分化誘導のための培養液に変更して、ヒトiPS細胞(SPH−0103)由来のコロニー内に認められた小型円形細胞の増殖(aのパネル)及び敷石状細胞群(bのパネル)を示す顕微鏡写真である。
図37】ヒトiPS細胞(SPH−0103)の未分化コロニーから回収した円形小型細胞を、自家血清を用いた血液コロニ―培養に供することにより形成された血球系コロニーを示す顕微鏡写真である。なお図中、a及びdは赤血球系細胞から構成される赤血球系コロニーを示す。b及びeは好中球、マクロファージ・単球等の骨髄球系細胞から構成される骨髄球系コロニーを示す。c及びfは赤血球系細胞、骨髄球系細胞及び巨核球系細胞から構成される混合コロニーを示す。また、d〜fは各血球系コロニーから作製されたサイトスピン標本をMay−Grunwald−Giemsa染色した結果を示す。
図38】自家血清を用いた血液コロニ―培養によって形成された、ヒトiPS細胞(SPH−0103)由来の赤血球系コロニーに含まれる赤血球系細胞におけるβグロビン等の発現を免疫染色により解析した結果を示す顕微鏡写真である。上段の3パネルは、ヒトβグロビン、ヒトαグロビン及びヒトγグロビンの発現を解析した結果を各々示し、中段の3パネルはヒトヘモグロビンの発現を解析した結果を示す。また、下段の3パネルは上段のパネルと中段のパネルとを重ね合わせた結果を各々示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、ヒト由来の多能性幹細胞を分化させる方法であって、前記ヒト由来の多能性幹細胞を、ヒト由来の多能性幹細胞から樹立した間葉系幹細胞との共培養下で分化誘導する方法である。
【0014】
本発明において分化させる対象とするヒト由来の多能性幹細胞は、ヒトを構成する種々の細胞に分化できる多能性と自己複製能とを有する細胞であり、例えば、ヒト由来の胚性幹細胞(ES細胞)、ヒト由来の人工多能性幹細胞(iPS細胞)、ヒト由来の胚性腫瘍細胞(EC細胞)、ヒト由来の胚性生殖細胞(EG細胞)が挙げられる。これらの中では、生物学的特性の解析が格段に進んでいるという観点から、ES細胞及びiPS細胞からなる群から選択される少なくとも一の細胞であることが好ましい。また、胚を壊すことなく作製することができるという倫理的な観点から、さらに再生医療等に用いる際に、多能性幹細胞から分化した細胞を移植する患者と血液型の点において適合させ易いという観点から、本発明にかかるヒト由来の多能性幹細胞としてヒト由来のiPS細胞を用いることがより好ましい。さらにまた、多能性幹細胞から分化した細胞を移植する患者と血液型が完全に一致するという観点から、本発明にかかるヒト由来の多能性幹細胞として患者由来の体細胞から樹立したiPS細胞を用いることが特に好ましい。なお、本発明における血液型とは、赤血球の型(ABO、RH)のみならず、白血球の型(HLA)をも意味する。
【0015】
本発明においては、ヒト由来の多能性幹細胞と共培養を行うための「間葉系幹細胞」として、それ自体が、ヒト由来の多能性幹細胞(例えば、前述のiPS細胞、ES細胞等)から樹立した間葉系幹細胞を用いることを特徴とする。当該間葉系幹細胞は、ヒト由来の多能性幹細胞を分化誘導させる際のフィーダー細胞として機能する。間葉系幹細胞は、脂肪細胞、軟骨細胞、骨芽細胞、筋細胞等の種々の間葉系の細胞へ分化する能力と自己複製能とを有する細胞である。また、本発明に用いる間葉系幹細胞としては、再生医療等に用いる際に、多能性幹細胞から分化した細胞を移植する患者への拒絶反応が起こらないようにするという観点から、血液型の点において、分化させるヒト由来の多能性幹細胞と適合している間葉系幹細胞であることが好ましく、分化させるヒト由来の多能性幹細胞と同一人に由来する間葉系幹細胞であることがより好ましい。
【0016】
本発明にかかる間葉系幹細胞をヒト由来の多能性幹細胞から樹立する方法としては特に制限されることなく、例えば、「Wangら、Stem Cells、2005年、23巻、1221〜1227ページ」や「Hwangら、PNAS、2008年、105巻、20641〜20646ページ」に記載されているような、胚樣体を形成した後、異種動物由来の血清を含む培養液を用いて間葉系幹細胞に誘導する方法、「Lianら、Circulation、2010年、121巻、1113〜1123ページ」に記載されているような、最初に無血清の状態で培養した細胞から抗ヒトCD24抗体及び抗ヒトCD105抗体を用いてCD34CD105細胞を分画した後、異種動物由来の血清を用いて間葉系幹細胞に誘導する方法が挙げられる。また「Doucetら、J Cell Physiol、2005年、205巻、228〜236ページ」や「Mirabetら、Cell Tissue Bank、2008年、9巻、1〜10ページ」に記載されているような、ヒト由来の血小板溶解液(PL)を用いて間葉系幹細胞に誘導する方法や、後述の実施例において示すような、ヒト由来の血小板溶解液(PL)を用いて、ヒト由来の多能性幹細胞から間葉系幹細胞を樹立する方法(「Ebiharaら、「Human embryonic stem(ES) cell−derived mesenchymal stem cells capable of efficiently maintaining human ES and induced pluripotent stem cells under animal serum−free conditions.」、7th Meeting of International Society for Stem Cell Research、2009年」、「海老原ら、「ヒトES細胞維持能を有するヒトES細胞由来ストローマ細胞」、第8回日本再生医療学会、2009年」等 参照)が挙げられる。
【0017】
これらの方法の中では、異種動物由来の血清を用いることなく間葉系幹細胞を樹立することができるという観点から、フィーダー細胞を用いることなく、ヒト由来の血清、ヒト由来の血漿、ヒト由来の血小板溶解液(platelet lysate、PL)からなる群から選択される少なくとも一の血液成分を用いて、ヒト由来の多能性幹細胞から間葉系幹細胞を樹立する方法であることが好ましい。さらに、得られる間葉系幹細胞において染色体異常の発生する可能性が非常に低いこという観点から、血小板溶解液を用いて樹立する方法であることがより好ましく、また、血液型(特にHLAの型)を完全に一致させるという観点から、多能性幹細胞から分化した細胞を移植する患者由来の血小板溶解液や血清等を用いて樹立する方法であることが特に好ましい。さらに、かかる間葉系幹細胞の増殖を抑えるという観点から、ヒト由来の多能性幹細胞との共培養に際しては、放射線(例えば、15〜18Gy)を照射しておくことが好ましい。
【0018】
本発明は、本発明の方法に用いられる、ヒト由来の多能性幹細胞から樹立した間葉系幹細胞をも提供するものである。
【0019】
本発明においては、こうしてヒト由来の多能性幹細胞から樹立した間葉系幹細胞との共培養下でヒト由来の多能性幹細胞を分化誘導する。多能性幹細胞を血液細胞に分化誘導する場合、例えば、所望の血液細胞に分化させ得る因子を培地中に添加して培養すればよい。このような因子としては、例えば、幹細胞因子(SCF)、血管内皮増殖因子(VEGF)、トロンボポエチン(TPO)、顆粒球コロニー刺激因子(G−CSF)、マクロファージコロニー刺激因子(M−CSF)、顆粒球・マクロファージコロニー刺激因子(GM−CSF)、エリスロポエチン(EPO)、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、血小板由来成長因子(PDGF)、上皮成長因子(EGF)、白血病抑制因子(LIF)、骨形成タンパク質4(BMP−4)、TNF−α、Flt3リガンド、ヘパリン、インターロイキン(IL−1α、IL−2、IL−3、IL−4、IL−5、IL−7、IL−9、IL−11、IL−15、IL−6、融合蛋白質−6(IL−6と可溶性IL−6受容体との複合体)等)からなる群より選択される少なくとも一のサイトカインが挙げられる。
【0020】
本発明においては、10〜500ng/mL ヒト幹細胞因子(hSCF)、10〜500ng/mL ヒト血管内皮増殖因子(hVEGF)、10〜1000ng/mL ヒト融合蛋白質−6(ヒトインターロイキン−(IL−)6とヒト可溶性IL−6受容体との複合体、hFP−6)、5〜100ng/mL hIL−3、5〜100ng/mL ヒトトロンボポエチン(hTPO)、5〜100ng/mL 顆粒球コロニー刺激因子(G−CSF)、1〜20U/mL ヒトエリスロポエチン(hEPO)、1〜100ng/mL hbFGF、及び、1〜100ng/mL ヒト骨形成タンパク質(hBMP)−4からなるサイトカインカクテルを添加して培養する方法が特に好ましい。
【0021】
そして、これらの因子を添加した培地中において本発明にかかる間葉系幹細胞と共培養することにより、ヒト由来の多能性幹細胞を、赤血球、白血球、血小板といった血液細胞の基となる造血幹細胞や種々の造血前駆細胞に分化誘導することができる。さらに、得られた造血幹細胞や造血前駆細胞を、例えば、後述の実施例に示すような血清やサイトカイン等が添加されているメチルセルロース培地(例えば、StemCell Technologies Inc.社製のMethocult H4435)を用いた血液コロニ―培養や、「Suiら、Proc Natl Acad Sci USA、1995年、92巻、2859〜2863ページ」、「Suiら、J Exp Med、1996年、183巻、837〜845ページ」に記載の無血清の条件下での血液コロニ―培養法や浮遊血液培養法によって、成熟した血液細胞とすることができる。また、後述の実施例に示す通り、多能性幹細胞から分化した細胞を移植する患者由来の血清(自家血清)等を用いた血液コロニー培養法によっても成熟した血液細胞とすることができる。これらの方法の中では、異種動物血清(FBS等)のみならず、allogeneic(同種異系)抗原をも混入していない成熟した血液細胞が得られるという観点から、自家血清等を用いた血液コロニ―培養法が好ましい。
【0022】
多能性幹細胞を血液細胞以外の細胞に分化誘導する方法としては、ドーパミン産生神経細胞に分化誘導する場合には、例えば、「Zengら、Stem Cells、2004年、22巻、925〜940ページ」に記載の、ヒトES細胞と、マウス骨髄間質細胞由来の前脂肪細胞であるPA6細胞とを共培養する方法が挙げられる。また、血管内皮細胞に分化誘導する場合には、例えば、「Soneら、Arterioscler Thromb Vasc Biol.、2007年、27巻、2127〜2134ページ」に記載のヒトES細胞と、マウス新生児の頭蓋冠から分離したOP9細胞とを共培養し、その後出現してくるVEGF−R2(+)TRA1−60(−)VE−cadherin(+)細胞を分離し、コラーゲンIVコーティング上で培養する方法が挙げられる。さらに、心筋細胞に分化誘導する場合には、例えば、「Yamashitaら、FASEB J.、2005年、19巻、1534〜1536ページ」に記載のマウスES細胞をコラーゲンIVコーティング上において、LIFを含有していない培養液中で培養し、その後出現してくるFlk−1(+)細胞とOP−9細胞とを共培養する方法が挙げられる。そして、これらの方法において用いられる異種動物由来のフィーダー細胞(PA6細胞やOP9細胞)の代わりに、本発明にかかる間葉系幹細胞を用いることにより、異種細胞を用いずにヒト由来の多能性幹細胞をドーパミン産生神経細胞、血管内皮細胞、心筋細胞等の機能細胞に分化することが可能となる。
【0023】
間葉系幹細胞との共培養下でヒト由来の多能性幹細胞の分化誘導を行う段階においては、ヒト由来の多能性幹細胞は、高い増殖能を有しているという観点から、未分化コロニ―を形成している状態となっていることが好ましい。ヒト由来の多能性幹細胞の未分化コロニ―の形成は、例えば、ヒト由来のES細胞を用いる場合は、後述のHES1培養液中で、ヒト由来のiPS細胞を用いる場合は、後述のHES2培養液中で、6〜10日程度培養することにより行うことができる。
【0024】
本発明は、上記の本発明の方法により得られる、ヒト由来の多能性幹細胞から分化した細胞をも提供するものである。
【実施例】
【0025】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0026】
<ヒトES細胞及びiPS細胞の維持培養>
ヒトES細胞としてはH1ヒトES細胞(WiCell Research Institute製)又は、京都大学中辻憲夫教授から供与されたKhES−1細胞を用いた。ヒトiPS細胞としては、京都大学山中伸弥教授から供与されたヒトiPS細胞(253G1ヒトiPS細胞)を用いた。そして、これらヒトES細胞及びiPS細胞は、マウス胎仔繊維芽細胞(MEF)との共培養により維持し、継代は6〜8日毎に実施した。
【0027】
H1ヒトES細胞の共培養のための培養液としては、ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)とHam’s nutrient mixture F−12(Sigma社製)とを1:1で混合し、これに0.1mM 2−メルカプトエタノール(Wako社製)、200mM L−グルタミン(Invitrogen社製)、1M HEPES(Invitrogen社製)、最小必須培地(MEM)−非必須アミノ酸溶液(Invitrogen社製)、5ng/mL ヒト組み換え塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)(R&D社製)と20% ノックアウト血清代替物(KSR)(Invitrogen社製)を加えたものを用いた(以下、HES1培養液とも称する)。
【0028】
KhES−1細胞又はヒトiPS細胞(253G1ヒトiPS細胞)の維持培養のための培養液としては、DMEMとHam’s nutrient mixture F−12とを1:1で混入し、これに0.1mM 2−メルカプトエタノール、200mM L−グルタミン、1M HEPES、MEM−非必須アミノ酸溶液、4ng/mL ヒト組み換えbFGFと20% KSRとを加えものを用いた(以下、HES2培養液とも称する)。
【0029】
また、未分化なヒトES細胞コロニーであることの確認は、組織免疫染色によるOct−4、Sox−2、TRA−1−60、Nanogの発現、及び免疫不全NOD−scidマウスの腎被膜下への移植によるテラトーマ形成能によった。
【0030】
<ヒトES細胞及びiPS細胞から間葉系幹細胞への分化誘導>
血小板採取装置により得られたヒト血小板濃厚血漿を−80℃で冷凍した後解凍することにより血小板を破壊した後、900gで遠心分離して上清を回収し、血小板溶解液(platelet lysate、PL)を作製した。ヒト多能性幹細胞から間葉系幹細胞を分化誘導するために、MEF上で維持培養されていたヒトES細胞やiPS細胞を回収して、又は凍結されていたヒトES細胞やiPS細胞を解凍して、フィーダー細胞を敷かないゼラチンコートされた10cm培養皿に播種し、HES1培養液又はHES2培養液に、5% PLと10,000U ノボ−ヘパリン(持田製薬株式会社製)とを添加し(以下、PL培養液とも称する)、37℃、5%COの条件下で培養した。培養液交換は週2回行い、2〜3週毎に継代培養し、培養6〜8週目に、ヒトES細胞やiPS細胞を均一な紡錘形の細胞へと分化させた。得られた結果を図1〜3に示す。
【0031】
<間葉系幹細胞の性状の解析>
前記の通りにして得られた均一な紡錘形の細胞の細胞表面マーカーをFACS(製品名:FACSCalibur instrument、BD Medical Systems社製)を用いて検出し、FlowJoソフトウェア(Tomy Digital Biology社製)を用いて解析した。また、得られた均一な紡錘形の細胞の遺伝子発現を、表1に示すプライマーを用いてRT−PCRで検討した。さらに、NH OsteoDiff Medium、NH AdipoDiff Medium(Miltenyi Biotec社製)を用いて、得られた均一な紡錘形の細胞から脂肪細胞や骨芽細胞への分化誘導を行い、各々オイルレッドO(Oil red O)染色、アルカリフォスファターゼ(ALP)染色により各細胞に分化誘導されていることを確認した。得られた結果を図4〜7に示す。さらに、H1ヒトES細胞又は253G1ヒトiPS細胞から分化誘導された均一な紡錘形の細胞(50細胞)については、染色体検査を実施した。
【0032】
【表1】
【0033】
図1に示した結果から明らかなように、MEF上で維持されていたヒトES細胞(H1ヒトES細胞)を回収して、フィーダー細胞を用いず、ゼラチンをコートした10cm培養皿に播種し、PL培養液で37℃、5%COの条件下で培養すると、6〜8週後に均一な紡錘形の細胞、すなわち間葉系幹細胞が分化誘導された。また、同様の方法を用いて、khES−1細胞や253G1ヒトiPS細胞からも、図2〜3に示した結果から明らかなように、間葉系幹細胞を分化誘導することができた。
【0034】
さらに、これらの細胞の表面抗原をFACS法にて解析すると、図4に示した結果から明らかなように、前記均一な紡錘形の細胞は、血液細胞、血管内皮細胞、未分化なES細胞のマーカーであるCD45、CD34、CD14、CD31、SSEA−4は発現しておらず、間葉系幹細胞のマーカーであるCD105、CD166を発現していた。さらに、骨芽細胞や脂肪細胞へ分化誘導すると、図5〜6に示した結果から明らかなように、ALP染色陽性の骨芽細胞やオイルレッド染色陽性の脂肪細胞に分化したことより、前記の方法によって樹立された細胞は間葉系幹細胞であることが確認された。また、樹立された間葉系幹細胞のRT−PCR法による解析では、図7に示した結果から明らかなように、未分化なヒトES細胞のマーカーであり、hESC(H1ヒトES細胞)においては遺伝子発現が確認されたOct−4の発現は認められなかった。また、マウス細胞由来のmHPRTの発現もH1ヒトES細胞から樹立された間葉系幹細胞(hESC由来MSC)においては認められなかったため、かかる間葉系幹細胞において、未分化なヒトES細胞やMEFの残存又は混入はないことが確認された。
【0035】
さらに、図には示さないが、H1ヒトES細胞、253G1ヒトiPS細胞から分化誘導された間葉系幹細胞については染色体検査を実施し、いずれも、解析された50細胞全てが正常核型であることを確認した。
【0036】
従って、ヒトPL(血小板溶解液)を用いて6〜8週間培養することにより、異種動物由来の血清を用いることなく、ヒトES細胞から間葉系幹細胞へ分化誘導でき、これらには未分化なヒトES細胞やMEFも混入していないことが確認された。また、かかるヒトPLを用いたヒト多能性幹細胞から間葉系幹細胞への分化誘導法は、ヒト由来のES細胞、ヒト由来のiPS細胞いずれにも適応可能で有り、染色体異常の発生する可能性は非常に低いことを示している。
【0037】
<ヒトES細胞及びiPS細胞の未分化コロニーの形成>
前記の通りにして、6wellプレート上でヒトES細胞やiPS細胞から分化誘導された間葉系幹細胞を、15〜18Gyの放射線照射した後にヒトES細胞やiPS細胞と共培養した。すなわち、この際の培養液として、間葉系幹細胞上に播種する細胞がH1ヒトES細胞であればHES1培養液を、253G1ヒトiPS細胞であればHES2培養液を用いて、間葉系幹細胞との共培養を行い、ヒトES細胞及びiPS細胞の未分化コロニーの形成を行った。得られた結果を図8〜10に示す。また、一部の実験では、ヒト多能性幹細胞由来間葉系幹細胞と共培養されたヒト多能性幹細胞の未分化性を確認するために、未分化なヒトES細胞のマーカーであるOct−4、Sox−2、TRA−1−60、Nanogの発現を検討した。すなわち、蛍光標識した各々のマーカータンパク質を認識する抗体を用いて、形成されたコロニ―を染色し、蛍光顕微鏡を用いて観察した。得られた結果を図11〜14に示す。さらに、形成されたコロニ―を構成する細胞が未分化性を維持していることを確認するため、H1ヒトES細胞由来間葉系幹細胞上で培養されたH1ヒトES細胞又は253G1ヒトiPS細胞をNOD−scidマウスに移植し、テラトーマが形成されるかどうかを検証した。
【0038】
図8〜10に示した結果から明らかなように、前記の方法を用いてヒトES細胞やiPS細胞から間葉系幹細胞を分化誘導し、15〜18Gyの放射線照射した後、その上に自己、非自己のヒトES細胞やiPS細胞を播種して6〜10日間共培養すると、MEFによる継代培養中のヒトES細胞やiPS細胞、あるいは解凍直後のヒトES細胞やiPS細胞であっても、未分化コロニーの形成を認めた。また、図11〜14に示した結果から明らかなように、H1ヒトES細胞由来間葉系幹細胞上で培養されたH1ヒトES細胞は、いずれも未分化なヒトES細胞マーカーを発現していた。さらに、図には示さないが、H1ヒトES細胞由来間葉系幹細胞上で培養されたH1ヒトES細胞、253G1ヒトiPS細胞をNOD−scidマウスに移植すると、内胚樣、中胚葉、外胚葉由来の細胞からなるテラトーマが形成され、これらのヒト多能性幹細胞では未分化性が維持されていることが確認できた。
【0039】
(実施例1)
<ヒトES細胞及びiPS細胞から血液細胞への分化誘導>
前記の通りにして、ヒトES細胞やiPS細胞の未分化コロニーの形成が認められる培養6〜10日目に、2mM グルタミンと、4×10−4M モノチオグリセロール(MTG、Sigma社製)と50mg/mL アスコルビン酸(Sigma社製)とを含む無血清培地であるStemPro−34(Invitrogen社製)培養液に、100ng/mL ヒト幹細胞因子(hSCF)、100ng/mL ヒト血管内皮増殖因子(hVEGF)、100ng/mL ヒト融合蛋白質−6(ヒトインターロイキン−(IL−)6とヒト可溶性IL−6受容体との複合体、hFP−6)、20ng/mL hIL−3、10ng/mL ヒトトロンボポエチン(hTPO)、10ng/mL 顆粒球コロニー刺激因子(G−CSF)、5U/mL ヒトエリスロポエチン(hEPO)、10ng/mL hbFGF、10ng/mL ヒト骨形成タンパク質(hBMP)−4からなるサイトカインカクテルを添加して、培養液を週2回交換しながら、培養を継続した。得られた結果を図15〜17、26に示す。
【0040】
<血液細胞の同定>
前記の通りにして、10〜14日間共培養して得られた細胞を、ウシ胎児血清(FBS)等を含むMethocult H4435(StemCell Technologies Inc.社製)を用いて、血液コロニー培養し、血液コロニーの形成を行った。また、形成された血液コロニーについては、各コロニーのサイトスピン標本を作製し、May−Grunwald−Giemsa染色又は組織免疫染色して、コロニーを構成している細胞の同定を行った。なお、組織免疫染色は、前記の通りにして得られた細胞を、4% パラホルムアルデヒド(PFA)にて固定した後、Oct−4、Sox−2、TRA−1−60、Nanog、glycophorin A(GPA)、ヘモグロビン(Hb)、βグロビンの発現を、免疫染色により検討した。また、核染色を、Hoechst33342(Molecular Probes社製)を用いて行った。得られた結果を図18〜25、27〜31に示す。
【0041】
図15〜17に示した結果から明らかなように、前述のように15〜18Gyの放射線照射したH1ヒトES細胞由来の間葉系幹細胞との共培養によりH1ヒトES細胞の未分化コロニー(図15参照)が形成される培養6〜10日目に、前記サイトカインカクテル等を含むStemPro−34培養液に変更して、培養を継続し、培養液を変更してから10〜14日目にヒトES細胞から形成されたコロニーの中に、未分化な血液細胞が間葉系幹細胞下で増殖していることを示す敷石状細胞群(造血幹細胞や種々の造血前駆細胞等)が確認された(図16参照)。また、その後造血細胞、または血液細胞と推測される小型円形細胞の増殖が確認された(図17参照)。
【0042】
さらに、図18〜23に示した結果から明らかなように、それらの細胞を回収して、血液コロニー培養すると、赤血球系細胞から構成される赤血球系コロニー、好中球、マクロファージや単球等の骨髄球系細胞から構成される骨髄球系コロニー、赤血球系細胞、骨髄球系細胞及び巨核球系細胞から構成される混合コロニーが形成された。
【0043】
また、図24及び図25に示した結果から明らかなように、これらの赤血球系コロニーに含まれる細胞は、赤血球系細胞のマーカーであるGPAやHbを発現する赤血球系細胞であることを確認した。さらに、これらの赤血球系細胞が、未熟な一次造血を起源とする胚性赤血球であるか、二次造血を起源とする成人型赤血球であるかを検討したところ、これらの赤血球の95%以上が、二次造血に特異的なβグロビンの発現する成人型赤血球であることを確認した(図24参照)。なお、図には示さないが、Oct−4、Sox−2、TRA−1−60、Nanogといった未分化マーカーはこれら細胞において発現していないことも確認された。
【0044】
また、図26〜28に示した結果から明らかなように、253G1ヒトiPS細胞由来間葉系幹細胞と253G1ヒトiPS細胞との共培養においても、253G1ヒトiPS細胞から形成されたコロニー中に敷石状細胞群が確認され(図26参照)、10〜14日後に、それらの細胞を回収して血液コロニー培養すると、血液コロニーが形成され(図27参照)、マクロファージ、骨髄球系細胞等の血液細胞が含まれていた(図28参照)。
【0045】
さらに、図29〜31に示した結果から明らかなように、253G1ヒトiPS細胞由来間葉系幹細胞とH1ヒトES細胞との共培養においても、H1ヒトES細胞から形成されたコロニー中に敷石状細胞群(造血幹細胞や種々の造血前駆細胞等)が確認され(図示せず)、10〜14日後に、それらの細胞を回収して血液コロニー培養すると、赤血球コロニー、混合コロニー、骨髄球系コロニー等様々な血液コロニーが形成された。
【0046】
従って、ヒト由来の多能性幹細胞を、ヒト由来の多能性幹細胞から樹立した間葉系幹細胞との共培養下で分化誘導することによって、血液細胞といった分化した細胞を得ることができることが明らかになった。さらには、従前のヒト多能性幹細胞から胚樣体を介して血液細胞に分化誘導する方法(非特許文献1〜2 参照)では得ることが困難だった二次造血に特異的な成人型赤血球も、前述の通り、本発明の方法では95%以上と極めて効率良く得ることができることも明らかになった。
【0047】
また、分化誘導させられる多能性幹細胞と、かかる間葉系幹細胞とが同一人由来のものであっても(前記、H1ヒトES細胞由来の間葉系幹細胞とH1ヒトES細胞との共培養の例、及び、253G1ヒトiPS細胞由来間葉系幹細胞と253G1ヒトiPS細胞との共培養の例 参照)、異なる人由来のものであっても(前記、253G1ヒトiPS細胞由来間葉系幹細胞とH1ヒトES細胞との共培養の例 参照)、同様にヒト由来の多能性幹細胞から分化した細胞を得ることができることも明らかになった。
【0048】
次に、ヒトPL(血小板溶解液)の代わりに自家血清を含む培地にて培養することにより、ヒトiPS細胞から自家由来の間葉系幹細胞を樹立し、さらに当該ヒトiPS細胞を当該間葉系幹細胞との共培養下で、自家血清を用いて血球系細胞に分化させることができるかどうかを以下に示す通り検証した。
【0049】
<ヒトiPS細胞の維持培養>
先ず、N Takayamaら、Journal of Experimental Medicine、2010年12月、207巻、13号、2817〜2830ページの記載に従って、健常成人由来の繊維芽細胞からヒトiPS細胞(SPH−0103)を樹立し、<ヒトES細胞及びiPS細胞の維持培養>に記載の方法と同様の方法にて、MEF上で維持した(図32 参照)。
【0050】
<ヒトiPS細胞(SPH−0103)から間葉系幹細胞への分化誘導>
次に、MEF上にて維持されていたヒトiPS細胞(SPH−0103)を回収して、フィーダー細胞を敷かないゼラチンコートした10cm培養皿に移し、5%前記健常成人由来の血清(自家血清)を加えたHES1培養液(自家培地)にて、37℃、5%COの条件下で培養した。その結果、培養6〜8週ぐらいで図33に示すような均一な紡錘形の細胞(間葉系幹細胞)が分化誘導された。
【0051】
<ヒトiPS細胞(SPH−0103)の未分化コロニーの形成>
そして、ヒトiPS細胞(SPH−0103)から分化誘導された間葉系幹細胞に15〜18Gyの放射線を照射した後に、その上で自家iPS細胞(SPH−0103)を共培養することにより、図34に示すように、自家iPS細胞はコロニーを形成し、未分化な状態で維持された。
【0052】
また、前記未分化コロニーついて、未分化なヒトES細胞のマーカーであるOct−4、Sox−2、SSEA−4、TRA−1−60、Nanogの発現を<ヒトES細胞及びiPS細胞の未分化コロニーの形成>に記載の方法と同様に検討した。その結果、図35に示す通り(TRA−1−60については図には示さないが)、ヒトiPS細胞(SPH−0103)由来の間葉系幹細胞上で培養されたヒトiPS細胞(SPH−0103)は、いずれも未分化なヒトES細胞マーカーを発現しており、未分化性が維持されていることが確認できた。
【0053】
(実施例2)
<ヒトiPS細胞(SPH−0103)から血液細胞への分化誘導>
前記の通りにして、ヒトiPS細胞(SPH−0103)の未分化コロニーの形成が認められる培養6〜10日目に、100ng/mL hSCF、100ng/mL hVEGF、100ng/mL hFP−6、20ng/mL hIL−3、10ng/mL hTPO、10ng/mL G−CSF、5U/mL hEPO、10ng/mL hbFGF、10ng/mL hBMP−4からなるサイトカインカクテルを添加した、2mM グルタミン及び4×10−4M MTGと50mg/mL アスコルビン酸を含む無血清培地(StemPro−34培養液)に変更して培養を継続した。培養液を変更してから10〜14日目の結果を図36に示す。
【0054】
図36に示した結果から明らかなように、培養液を変更してから10〜14日目の、ヒトiPS細胞(SPH−0103)から形成されたコロニーの中に、小型円形細胞の増殖が確認された(図36のa)。また、一部には未分化な血液細胞が間葉系幹細胞下にて増殖していることを示す敷石状細胞群が確認された(図36のbの矢印が示す箇所)。
【0055】
さらに、その後、それらの細胞を回収して、FBSの代わりに自家血清を用いて血液コロニー培養を行った。すなわち、当該細胞を、30% 自家血清、0.9% メチルセルロース、1% BSA(純度100%)、50μM 2−メルカプトエタノール、100ng/ml hSCF、20ng/ml hIL−3、100ng/ml hIL−6、10ng/ml ヒトG−CSF、5U/ml hEPO、10ng/ml hTPO及びαメディウムからなる培養液にて、37℃、5%COの条件下で血液コロニー培養を行った。得られた結果を図37及び38に示す。
【0056】
図37に示した結果から明らかなように、前記自家血清を用いた血液コロニー培養によって、赤血球系細胞から構成される赤血球系コロニー(図37 a、d)、好中球、マクロファージ・単球等の骨髄球系細胞から構成される骨髄球系コロニー(図37 b、e)、赤血球系細胞、骨髄球系細胞及び巨核球系細胞から構成される混合コロニー(図37 c、f)が形成された。また、表2に、独立して4回施行した自家間葉系幹細胞との共培養によって形成された血液コロニーについての結果を示す。なお表中、「iPSコロニーの数」は、1回の前記自家血清を用いた血液コロニー培養に供したiPS細胞のコロニーの数を示す。
【0057】
【表2】
【0058】
また、これらの赤血球コロニーに含まれる赤血球系細胞におけるβグロビン等の発現を<血液細胞の同定>に記載の方法と同様の方法にて検討したところ、ほぼ100%の赤血球系細胞にαグロビン、γグロビンが、また約70%の赤血球系細胞にβグロビンが発現していた(図38 参照)。従って、これらの血液コロニーは二次造血を起源としており、約70%の赤血球系細胞は成人型ヘモグロビンを合成していることが明らかになった。
【0059】
従って、上述のようにヒトPLを用いずとも、自家血清を用いて、間葉系幹細胞を分化誘導し、分化誘導された間葉系幹細胞と自家iPS細胞とを共培養することで、ヒトiPS細胞から異種動物血清(FBS等)やallogeneic(同種異系)血清を用いずに、血液細胞を誘導できることが明らかになった。
【0060】
また、実際に、一人のドナーから樹立されたiPS細胞(SPH−0103)から、そのドナーの血清を用いて、動物細胞・動物血清を用いることなく、赤血球、白血球、巨核球等の血液細胞が分化誘導できることも明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0061】
以上説明したように、本発明によれば、ヒト由来のES細胞、iPS細胞にかかわらず、ヒト由来の多能性幹細胞から樹立した間葉系幹細胞と共培養することにより、自己又は自己以外のヒト由来の多能性幹細胞から、血液細胞等の機能細胞に分化誘導ができる。
【0062】
本発明の方法により分化誘導することによって得られる血液細胞等の機能細胞は、異種細胞の混入がなく、さらにヒト由来の血清溶解液を用いて樹立した間葉系幹細胞の共培養下で分化誘導すればり、異種血清を混入させることもない。このため本発明の方法により得られた各種細胞を用いれば、動物細胞の混入、未知の微生物やウィルスやプリオンによる感染等の危険性のない、極めて安全性の高い再生医療等を実現することができる。
【配列表フリーテキスト】
【0063】
配列番号1〜6
<223> 人工的に合成されたプライマーの配列
図1
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【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]